【実施例】
【0027】
本発明を実証する実施例について、比較例と対比しながら以下に説明する。各実施例、各比較例で使用した電解液溶媒や電極を表1に示した。尚、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0028】
【表1】
【0029】
1.正極がLiNi
0.5Mn
1.5O
4、負極が黒鉛の組合せ−その1
[実施例1−1]
(正極の作製)
5V級正極活物質としてLiNi
0.5Mn
1.5O
4(戸田工業製)を、導電助材として炭素を、バインダとしてポリフッ化ビニリデン(クレハ製、KFポリマ)を用い、正極活物質と導電助材とバインダとを質量比で85:10:5となるように混合することで、正極合材を作製した。その正極合材をN−メチル−2−ピロリドン(NMP)で分散させたペーストを、厚さ20μmのアルミニウム箔の両面に塗工乾燥させた。その後、塗布シートを加圧プレス処理し、10cm
2の面積に打ち抜いて円盤状の正極を得た。
【0030】
(非水電解液の作製)
モノフルオロエチレンカーボネートとトリフルオロエチルメチルカーボネートとを体積比で50:50の割合で混合した溶媒に、LiPF
6を1mol/Lになるように加えて混合溶液とした。その後、この混合溶液100質量部に対して、式(1)に示す2,2−ビストリフルオロメチル−1,3−ジオキソランを1質量部含有させて、非水電解液を得た。
【0031】
(負極の作製)
d
002=0.388nm以下の黒鉛100質量部に対して、d
002=0.34nm以上の易黒鉛化炭素を40質量部混合して負極活物質とした。バインダにポリフッ化ビニリデン(クレハ製、KFポリマ)を用い、負極活物質とバインダとを質量比で95:5となるように混合することで、負極合材を作製した。その負極合材をNMPで分散させたペーストを、厚さ10μmの銅箔の両面に塗工乾燥させた。その後、塗布シートを加圧プレス処理し、10cm
2の面積に打ち抜いて円盤状の負極を得た。
【0032】
(二極式評価セルの作製)
上述した正極と負極との間に、上述した非水電解液を含浸させたセパレータ(東レ東燃製)を挟んで二極式評価セルを作製した。
【0033】
(充放電試験)
上述した二極式評価セルを用い、20℃の温度環境下、1.0mAで4.9Vまで充電した後、1.0mAで3.5Vまで放電させた。この操作を150サイクル行った。初回の放電容量をQ
1st、150サイクル後の放電容量をQ
150thとして、(Q
150th/Q
1st)×100(%)を150サイクル後の容量維持率とした。
【0034】
[実施例1−2]
非水電解液を作製する際に混合溶液100質量部に対して式(1)の化合物を2質量部含有させた以外は、実施例1−1と同様にして二極式評価セルを作製し、充放電試験を行った。
【0035】
[比較例1−1]
非水電解液を作製する際に式(1)の化合物を含有させなかった以外は、実施例1−1と同様にして二極式評価セルを作製し、充放電試験を行った。
【0036】
[充放電試験の評価]
5V級正極活物質を含有する正極と炭素質材料の負極との間に非水電解液が介在するリチウムイオン二次電池において、主たる電解液溶媒としてフッ素系溶媒を用いた実施例1−1,1−2及び比較例1−1の充放電試験の結果を
図2及び表2に示す。
図2及び表2から、フッ素系溶媒に式(1)の化合物を添加した場合、添加しない場合に比べてサイクル特性が向上することがわかった。これは、フッ素系溶媒の耐酸化性が高いことに加えて、式(1)の化合物がフッ素系溶媒の分解を抑制したことによるものと推察される。この場合、フッ素系溶媒100質量部に対して式(1)の化合物を1〜5質量部添加するのが好ましく、1〜2質量部添加するのがより好ましい。
【0037】
2.正極がLiNi
0.5Mn
1.5O
4、負極が黒鉛の組合せ−その2
[実施例2−1]
非水電解液を作製する際に、エチレンカーボネートとジメチルカーボネートとエチルメチルカーボネート
とを体積比で30:40:30の割合で混合した溶媒に、LiPF
6を1mol/Lになるように加えて混合溶液とし、この混合溶液100質量部に対して、式(1)の化合物を1質量部含有させて、非水電解液を得た。それ以外は、実施例1−1と同様にして二極式評価セルを作製し、充放電試験を行った。充放電試験では、150サイクル後の容量維持率に加えて、500サイクル後の容量維持率も測定した。なお、500サイクル後の容量維持率は、500サイクル後の放電容量をQ
500thとして、(Q
500th/Q
1st)×100(%)として求めた。
【0038】
[実施例2−2]
非水電解液を作製する際に、混合溶液100質量部に対して、式(1)の化合物を5質量部含有させて、非水電解液を得た。それ以外は、実施例2−1と同様にして二極式評価セルを作製し、充放電試験を行った。
【0039】
[比較例2−1]
非水電解液を作製する際に式(1)の化合物を含有させなかった以外は、実施例2−1と同様にして二極式評価セルを作製し、充放電試験を行った。
【0040】
[充放電試験の評価]
5V級正極活物質を含有する正極と炭素質材料の負極との間に非水電解液が介在するリチウムイオン二次電池において、主たる電解液溶媒として非フッ素系溶媒を用いた実施例2−1,2−2及び比較例2−1の充放電試験の結果を表2に示す。非フッ素系溶媒に式(1)の化合物を添加した場合、添加しない場合に比べてサイクル特性が向上することが分かった。これは、式(1)の化合物が非フッ素系溶媒の分解を抑制したことによるものと推察される。この場合、非フッ素系溶媒100質量部に対して式(1)の化合物を1〜5質量部添加するのが好ましい。
【0041】
【表2】
【0042】
3.作用極がLiNi
0.5Mn
1.5O
4、対極がリチウム金属箔の組合せ
[実施例3−1]
(作用極の作製)
5V級正極活物質としてLiNi
0.5Mn
1.5O
4(戸田工業製)を、導電助材として炭素を、バインダとしてポリフッ化ビニリデン(クレハ製、KFポリマ)を用い、正極活物質と導電助材とバインダとを質量比で85:10:5となるように混合することで、正極合材を作製した。その正極合材をN−メチル−2−ピロリドンで分散させたペーストを、厚さ20μmのアルミニウム箔の両面に塗工乾燥させた。その後、塗布シートを加圧プレス処理し、2.05cm
2の面積に打ち抜いて円盤状の作用極を得た。
【0043】
(非水電解液の作製)
式(1)に示す2,2−ビストリフルオロメチル−1,3−ジオキソランと式(5)に示す1,2−ジフルオロエチレンカーボネートとを質量比で50:50の割合で混合した非水溶媒に、LiPF
6を1mol/kgになるように加えて、非水電解液を作製した。
【0044】
【化3】
【0045】
(二極式評価セルの作製)
上述した円盤状の作用極とリチウム金属箔(厚み300μm)からなる対極との間に、上述した非水電解液を含浸させたセパレータ(東レ東燃製)を挟んで二極式評価セルを作製した。
【0046】
(充放電試験)
上述した二極式評価セルを用い、20℃の温度環境下、0.14mAで5.0Vまで酸化(充電)した後、0.14mAで3.0Vまで還元(放電)させた。この操作を1サイクル行った。その後、同様の充放電試験の条件において70サイクルの試験を行った。サイクル毎の充電容量をQ
c、放電容量をQ
discとして、(Q
disc/Q
c)×100(%)を各サイクルのクーロン効率とした。また、1サイクル目の放電容量を初期容量として、(70サイクル目の放電容量/初期容量)×100(%)を容量維持率とした。
【0047】
[比較例3−1]
エチレンカーボネートとジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネートを体積比で30:40:30の割合で混合した非水溶媒に、LiPF
6を1mol/Lになるように加えて調整した非水電解液を用いた以外は、実施例3−1と同じである。ここで使用した各溶媒は、リチウムイオン二次電池において通常よく使用されるものである。
【0048】
[比較例3−2]
1,2−ジフルオロエチレンカーボネートとジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネートを体積比で30:40:30の割合で混合した非水溶媒に、LiPF
6を1mol/Lになるように加えて調整した非水電解液を用いた以外は、実施例3−1と同じである。
【0049】
[充放電試験の評価]
実施例3−1及び比較例3−1,3−2のサイクル試験結果を
図3及び
図4に示す。具体的には、
図3には、サイクル数に対する放電容量の変化を示し、
図4には、サイクル数に対するクーロン効率の変化を示す。また、表3に初期容量と70サイクル目の放電容量、容量維持率及び70サイクル目のクーロン効率を示す。
【0050】
【表3】
【0051】
表3からわかるように、比較例3−1及び比較例3−2に比べて、実施例3−1は容量維持率が高かった。なお、比較例3−2については、5サイクル目の放電容量が初期容量と比べて大きく落ち込んだことから、5サイクル目でサイクル試験を打ち切った。比較例3−1で用いた電解液を用いてLiCoO
2やLiNiO
2のような4Vで動作する正極活物質を含む正極と金属リチウム負極からなるセルで評価した場合、サイクル特性は良好であった。このことから、比較例1−1での容量維持率の低下は、5Vで動作する際に電解液が酸化分解を起こしてCOガスやCO
2ガスが発生し、被膜が作用極に十分形成されなかったためと考えられる。また、
図4及び表3からわかるように、比較例3−1に比べて実施例3−1は全てのサイクルにおいて高いクーロン効率を示した。また、比較例3−2に比べて実施例3−1は初回から5サイクル目までのクーロン効率が高かった。
【0052】
ところで、図示しないが、実施例3−1では、比較例3−1,3−2に比べて、初回の充電過程(酸化)において大きな分極挙動を示し、2サイクル目以降は比較例3−1と実施例3−1はほぼ同様の充放電カーブを示した。このことから、実施例3−1では、初回の充電過程において式(1)の2,2−ビストリフルオロメチル−1,3−ジオキソランが酸化分解して作用極上に保護被膜が形成され、その被膜が非水電解液の更なる酸化分解を抑制することでサイクル毎のクーロン効率が高くなり、容量維持率も良好になったものと推察される。比較例3−1のように式(1)のフッ素化合物を含まない非水電解液を用いた場合、作用極に被膜が十分形成されず、作用極上にて継続的に非水電解液の酸化分解が起こるために、容量維持率が低下したものと推察される。
【0053】
また、図示しないが、10サイクル目の充電末期において、比較例3−1では、実施例3−1に比べて充電電位の立ち上がり分の容量が大きかった。これは、比較例3−1では、実施例に比べて電解液の酸化分解量が多かったためと推察される。そのため、実施例3−1では、比較例3−1に比べてクーロン効率が向上したものと考えられる。
【0054】
以上のように、5V級の正極活物質を含む正極を備えたリチウムイオン二次電池において、式(I)で表される化合物を含むフッ素系溶媒にリチウム塩を溶解した非水電解液を用いた場合には、金属リチウム電位基準で5V以上の電位まで充電しその後放電するという操作を1サイクルとし、このサイクルを何度も繰り返したあとの充放電特性(サイクル特性)が向上することが分かった。
【0055】
4.作用極が黒鉛、対極がリチウム金属箔の組合せ
[実施例4−1]
(二極式評価セルの作製)
黒鉛を作用極とし、リチウム金属箔(厚み300μm)を対極として、両電極の間に実施例1−1の非水電解液を含浸させたセパレータ(東レ東燃製)を挟んで二極式評価セルを作製した。
【0056】
(充放電試験)
上述した二極式評価セルを用い、20℃の温度環境下、0.17mAで0.05Vまで放電(還元)した後、0.17mAで1.5Vまで充電(酸化)させた。この操作を10サイクル行った。1サイクル目の充電容量をQ
1st、10サイクル後の放電容量をQ
10thとして、(Q
10th/Q
1st)×100(%)を10サイクル後の容量維持率とした。
【0057】
[比較例4−1]
非水電解液を作製する際に、エチレンカーボネートとジメチルカーボネートとエチルメチルカーボネートとを体積比で30:40:30の割合で混合した溶媒に、LiPF
6を1mol/Lになるように加えて混合溶液とし、この混合溶液をそのまま非水電解液とした以外は、実施例4−1と同様にして二極式評価セルを作製し、充放電試験を行った。
【0058】
[比較例4−2]
非水電解液を作製する際に、1,3−ジオキソランと1,2−ジメトキシエタンとを体積比で50:50の割合で混合した溶媒に、LiPF
6を1mol/Lになるように加えて混合溶液とし、この混合溶液をそのまま非水電解液とした以外は、実施例4−1と同様にして二極式評価セルを作製し、充放電試験を行った。
【0059】
[充放電試験の評価]
実施例4−1及び比較例4−1の1〜10サイクル目の充放電カーブをそれぞれ
図5及び
図6に示す。
図5及び
図6の結果から、比較例4−1に比べて、実施例4−1は、電解液溶媒に式(1)の化合物を含有させたことで、安定した充放電を繰り返すことがわかった。また、比較例4−2の1サイクル目の充放電カーブを
図7に示す。
図7から、1,3−ジオキソランのようなフッ素基を有さない環状エーテルを溶媒として用いると、Li吸蔵に相当する還元反応は進行するものの、その後のLi放出に相当する酸化反応は起こりにくくなり、容量が著しく減少することがわかった。これはフッ素基を有さない環状エーテルを含む電解液の場合、Li吸蔵時に溶媒がLiイオンに溶媒和したままの状態で黒鉛の層間に挿入され、その後、Li放出が困難になり劣化するコ・インターカレーション(co-intercalation)と称される現象の結果であると思われる(参考文献 Journal of Power Sources 54 (1995) 228-231)。一方、1,3−ジオキソランにフッ素基が導入された式(1)の化合物では、フッ素基により分子のサイズが大きくなるために、黒鉛の層間時に溶媒が挿入されずにLi吸蔵放出を起こすものと推察される。更に、式(1)の化合物を含む電解液では、式(1)の化合物を含まないカーボネート系電解液に比べて、黒鉛と電解液とのより安定な界面を付与することでサイクル性が向上したものと思われる。
【0060】
5.本発明で使用可能なフッ素化合物
上述した実施例で使用した式(1)の2,2−ビストリフルオロメチル−1,3−ジオキソランと同等の性質を有するフッ素化合物を探索した。具体的には、表4に示した式(1)〜(4)、式(C1)〜(C5)の化合物について、HOMO−LUMO準位を計算した。計算には、Gaussian 09(HPCシステムズ社製)を使用し、計算レベルはB3LYP/6-31Gにより構造最適化した。計算結果を表4に示す。なお、HOMOエネルギーは酸化性の程度を示し、数値が小さいほど耐酸化性に優れ、LUMOエネルギーは還元性の程度を示し、数値が大きいほど耐還元性に優れている。
【0061】
【表4】
【0062】
表4から明らかなように、式(1)の化合物は、比較例2−1等で使用した式(C1)のエチレンカーボネートに比べて、HOMOエネルギーが同等でLUMOエネルギーが大きいことから、耐酸化性は同等で耐還元性は優れているといえる。式(C1)のような環状カーボネートの場合、カルボニル基(C=O)の部分で酸化分解して、COガスやCO
2ガスが生成することが報告されている(例えばJ. Electrochem. Soc., 156, A563-A571(2009))。充電時に正極で式(C1)の化合物が酸化分解する際にガスが発生すると、正極上の被膜を十分に形成することが困難になると推察される。一方、式(1)の化合物は、構造からみて酸化分解の際にガスが発生しないため、正極上の被膜が十分に形成され、良好なサイクル特性が得られたと推察される。このように、式(1)と式(C1)とは、HOMOエネルギーがほぼ同じであるため耐酸化性は同等と考えられるが、酸化分解時のガスの発生の有無によりサイクル特性に差が生じたと考えられる。式(2)〜(4)の化合物は、式(1)の化合物と比べて、HOMOエネルギーが小さくLUMOエネルギーが大きいことから、耐酸化性も耐還元性も優れているといえる。したがって、式(2)〜(4)の化合物を非水電解液の溶媒に用いた場合には、式(1)の化合物を使用した上述の実施例と同等かそれ以上のサイクル特性が得られると予測される。
【0063】
一方、式(C2)及び式(C3)の化合物は、式(1)や式(C1)の化合物に比べて、HOMOエネルギーが大きいことから耐酸化性が劣る。したがって、これらを式(1)の化合物の代わりに用いたとしても、式(1)の化合物を使用した上述の実施例の性能は得られないと予測される。式(C4)及び式(C5)の化合物は、フッ素化された1,3−ジオキソランではあるが2位に塩素原子又は水素原子を有している。式(C4)の化合物は、式(1)の化合物と比べてHOMOエネルギーが大きいことから耐酸化性が劣り、式(C5)の化合物は式(1)の化合物と比べてLUMOエネルギーが小さいことから耐還元性が劣る。耐酸化性が劣ると、充電時に正極で容易に酸化分解されてしまい、耐還元性が劣ると、充電時に負極で容易に還元分解されてしまうため、いずれも良好なサイクル特性が得られない。したがって、これらを式(1)の化合物の代わりに用いたとしても、式(1)の化合物を使用した上述の実施例の性能は得られないと予測される。