特許第6296294号(P6296294)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6296294硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6296294
(24)【登録日】2018年3月2日
(45)【発行日】2018年3月20日
(54)【発明の名称】硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20180312BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20180312BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   C23C16/36
【請求項の数】8
【全頁数】34
(21)【出願番号】特願2014-154501(P2014-154501)
(22)【出願日】2014年7月30日
(65)【公開番号】特開2016-30319(P2016-30319A)
(43)【公開日】2016年3月7日
【審査請求日】2017年3月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【弁理士】
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100076679
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 和夫
(72)【発明者】
【氏名】龍岡 翔
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 賢一
(72)【発明者】
【氏名】山口 健志
【審査官】 山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−097536(JP,A)
【文献】 特開2013−240866(JP,A)
【文献】 特開2014−061588(JP,A)
【文献】 特開2014−133267(JP,A)
【文献】 特開2014−121747(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14,51/00,
B23C 5/16,
B23P 15/28,
C23C 16/00−16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1〜20μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表した場合、前記複合窒化物または複合炭窒化物層のAlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足し、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、電子線後方散乱回折装置を用いて、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を、前記複合窒化物または複合炭窒化物層の縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、該傾斜角のうち法線方向に対して0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の35%以上の割合を示し、
(d)前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1〜2.0μm、平均アスペクト比Aが2〜10である柱状組織を有し、
(e)また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層中の前記NaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒内に、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在し、工具基体表面の法線方向に沿った周期が4〜150nmであり、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03〜0.25であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層中のTiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、TiとAlの周期的な組成変化が該結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位に沿った周期が3〜100nmであり、その方位に直交する面内でのAlのTiとAlの合量に占める含有割合XOの変化は0.01以下であること特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、X線回折からNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の格子定数aを求め、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の格子定数aが、立方晶TiNの格子定数aTiNと立方晶AlNの格子定数aAlNに対して、0.05aTiN+0.95aAlN≦a≦0.4aTiN+0.6aAlNの関係を満たすことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物の単相からなることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒からなる柱状組織の粒界部に、六方晶構造を有する微粒結晶粒が存在し、該微粒結晶粒の存在する面積割合が30面積%以下であり、該微粒結晶粒の平均粒径Rが0.01〜0.3μmであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記工具基体と前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の間に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有する下部層が存在することを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項7】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む上部層が存在することを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項8】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により成膜されたものであることを特徴とする請求項1乃至請求項7のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合金鋼等の高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工で、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を備えることにより、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金、炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットあるいは立方晶窒化ホウ素(以下、cBNで示す)基超高圧焼結体で構成された工具基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、硬質被覆層として、Ti−Al系の複合窒化物層を物理蒸着法により被覆形成した被覆工具が知られており、これらは、すぐれた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ただ、前記従来のTi−Al系の複合窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性にすぐれるものの、高速断続切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、工具基体表面に、組成式(Ti1−xAl)N(ただし、原子比で、xは0.40〜0.60)を満足するAlとTiの複合窒化物層からなり、かつ、
該複合窒化物層についてEBSDによる結晶方位解析を行った場合、表面研磨面の法線方向から0〜15度の範囲内に結晶方位<110>を有する結晶粒の面積割合が50%以上であり、また、隣り合う結晶粒同士のなす角を測定した場合に、小角粒界(0<θ≦15゜)の割合が50%以上であるような結晶配列を示すAlとTiの複合窒化物層からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、重切削加工条件においても硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を発揮することが開示されている。
ただ、この被覆工具は、物理蒸着法により硬質被覆層を蒸着形成するため、Alの含有割合xを0.60以上にすることは困難で、より一段と切削性能を向上させることが望まれている。
【0004】
このような観点から、化学蒸着法で硬質被覆層を形成することで、Alの含有割合xを、0.9程度にまで高める技術も提案されている。
例えば、特許文献2には、TiCl、AlCl、NHの混合反応ガス中で、650〜900℃の温度範囲において化学蒸着を行うことにより、Alの含有割合xの値が0.65〜0.95である(Ti1−xAl)N層を蒸着形成できることが記載されているが、この文献では、この(Ti1−xAl)N層の上にさらにAl層を被覆し、これによって断熱効果を高めることを目的とするものであるから、Alの含有割合xの値を0.65〜0.95まで高めた(Ti1−xAl)N層の形成によって、切削性能にどのような影響を及ぼしているかについては明らかでない。
【0005】
また、例えば、特許文献3には、TiCN層、Al層を内層として、その上に、化学蒸着法により、立方晶構造あるいは六方晶構造を含む立方晶構造の(Ti1−xAl)N層(ただし、原子比で、xは0.65〜0.90)を外層として被覆するとともに該外層に100〜1100MPaの圧縮応力を付与することにより、被覆工具の耐熱性と疲労強度を改善することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−17785号公報
【特許文献2】特表2011−516722号公報
【特許文献3】特表2011−513594号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工における省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にあり、被覆工具には、より一層、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性等の耐異常損傷性が求められるとともに、長期の使用に亘ってのすぐれた耐摩耗性が求められている。
しかし、前記特許文献1に記載されている被覆工具は、(Ti1−xAl)N層からなる硬質被覆層が物理蒸着法で蒸着形成され、硬質被覆層中のAlの含有割合xを高めることが困難であるため、例えば、合金鋼の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性、耐チッピング性が十分であるとは言えないという課題があった。
一方、前記特許文献2に記載されている化学蒸着法で蒸着形成した(Ti1−xAl)N層については、Alの含有割合xを高めることができ、また、立方晶構造を形成させることができることから、所定の硬さを有し耐摩耗性にすぐれた硬質被覆層が得られるものの、工具基体との密着強度は十分でなく、また、靭性に劣るという課題があった。
さらに、前記特許文献3に記載されている被覆工具は、所定の硬さを有し耐摩耗性にはすぐれるものの、靭性に劣ることから、合金鋼の高速断続切削加工等に供した場合には、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷が発生しやすく、満足できる切削性能を発揮するとは言えないという課題があった。
そこで、本発明が解決しようとする技術的課題、すなわち、本発明の目的は、合金鋼等の高速断続切削等に供した場合であっても、すぐれた靭性を備え、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者らは、前述の観点から、少なくともTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物(以下、「(Ti,Al)(C,N)」あるいは「(Ti1−xAl)(C1−y)」で示すことがある)を含む硬質被覆層を化学蒸着で蒸着形成した被覆工具の耐チッピング性、耐摩耗性の改善をはかるべく、鋭意研究を重ねた結果、次のような知見を得た。
【0009】
即ち、従来の少なくとも1層の(Ti1−xAl)(C1−y)層を含み、かつ所定の平均層厚を有する硬質被覆層は、(Ti1−xAl)(C1−y)層が工具基体に垂直方向に柱状をなして形成されている場合、高い耐摩耗性を有する。その反面、(Ti1−xAl)(C1−y)層の異方性が高くなるほど(Ti1−xAl)(C1−y)層の靭性が低下し、その結果、耐チッピング性、耐欠損性が低下し、長期の使用に亘って十分な耐摩耗性を発揮することができず、また、工具寿命も満足できるものであるとはいえなかった。
そこで、本発明者らは、硬質被覆層を構成する(Ti1−xAl)(C1−y)層について鋭意研究したところ、(Ti1−xAl)(C1−y)層のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒粒内にTiとAlの周期的な組成変化を形成させるという全く新規な着想により、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に歪みを生じさせ、硬さと靭性の双方を高めることに成功し、その結果、硬質被覆層の耐チッピング性、耐欠損性を向上させることができるという新規な知見を見出した。
【0010】
具体的には、硬質被覆層が、化学蒸着法により成膜されたTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足し、複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、該層について、電子線後方散乱回折装置を用いて該層の縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、該傾斜角のうち法線方向に対して0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の35%以上の割合を示し、また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1〜2.0μm、平均アスペクト比Aが2〜10である柱状組織を有し、さらに、複合窒化物または複合炭窒化物層中の前記NaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒内に、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在し、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03〜0.25であることにより、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に歪みを生じさせ、従来の硬質被覆層に比して、(Ti1−xAl)(C1−y)層の硬さと靭性が高まり、その結果、耐チッピング性、耐欠損性が向上し、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することを見出した。
【0011】
そして、前述のような構成の(Ti1−xAl)(C1−y)層は、例えば、工具基体表面において反応ガス組成を周期的に変化させる以下の化学蒸着法によって成膜することができる。
用いる化学蒸着反応装置へは、NHとNとHからなるガス群Aと、TiCl、Al(CH、AlCl、N、Hからなるガス群Bがおのおの別々のガス供給管から反応装置内へ供給され、ガス群Aとガス群Bの反応装置内への供給は、例えば、一定の周期の時間間隔で、その周期よりも短い時間だけガスが流れるように供給し、ガス群Aとガス群Bのガス供給にはガス供給時間よりも短い時間の位相差が生じるようにして、工具基体表面における反応ガス組成を、(イ)ガス群A、(ロ)ガス群Aとガス群Bの混合ガス、(ハ)ガス群Bと時間的に変化させることができる。ちなみに、本発明においては、厳密なガス置換を意図した長時間の排気工程を導入する必要は無い。従って、ガス供給方法としては、例えば、ガス供給口を回転させたり、工具基体を回転させたり、工具基体を往復運動させたりして、工具基体表面における反応ガス組成を、(イ)ガス群Aを主とする混合ガス、(ロ)ガス群Aとガス群Bの混合ガス、(ハ)ガス群Bを主とする混合ガス、と時間的に変化させることでも実現する事が可能である。
工具基体表面に、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、例えば、ガス群AとしてNH:3.5〜4.0%、N:0〜5%、H:55〜60%、ガス群BとしてAlCl:0.6〜0.9%、TiCl:0.2〜0.3%、Al(CH:0〜0.5%、N:0.0〜12.0%、H:残、反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa、反応雰囲気温度:700〜900℃、供給周期1〜5秒、1周期当たりのガス供給時間0.15〜0.25秒、ガス供給Aとガス供給Bの位相差0.10〜0.20秒として、所定時間、熱CVD法を行うことにより、所定の目標層厚の(Ti1−xAl)(C1−y)層を成膜する。
【0012】
前述のようにガス群Aとガス群Bが工具基体表面に到達する時間に差が生じるように供給し、ガス群Aにおける窒素原料ガスとしてNH:3.5〜4.0%、N:0〜5%、と設定し、ガス群Bにおける金属塩化物原料あるいは炭素原料であるAlCl:0.6〜0.9%、TiCl:0.2〜0.3%、Al(CH:0〜0.5%と設定する事により、結晶粒内に局所的な組成のムラ、転位や点欠陥の導入による結晶格子の局所的な歪みが形成され、なおかつ結晶粒の工具基体表面側と皮膜表面側での{110}配向の度合いを変化させることが出来る。その結果、耐摩耗性を維持しつつ靭性が飛躍的に向上することを見出した。その結果、特に、耐欠損性、耐チッピング性が向上し、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する合金鋼等の高速断続切削加工に用いた場合においても、硬質被覆層が、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し得ることを見出した。
【0013】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1〜20μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表した場合、前記複合窒化物または複合炭窒化物層のAlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足し、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、電子線後方散乱回折装置を用いて、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を、前記複合窒化物または複合炭窒化物層の縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、該傾斜角のうち法線方向に対して0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の35%以上の割合を示し、
(d)前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1〜2.0μm、平均アスペクト比Aが2〜10である柱状組織を有し、
(e)また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層中の前記NaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒内に、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在し、工具基体表面の法線方向に沿った周期が4〜150nmであり、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03〜0.25であることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層中のTiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、TiとAlの周期的な組成変化が該結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位に沿った周期が3〜100nmであり、その方位に直交する面内でのAlのTiとAlの合量に占める含有割合XOの変化は0.01以下であること特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、X線回折からNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の格子定数aを求め、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の格子定数aが、立方晶TiNの格子定数aTiNと立方晶AlNの格子定数aAlNに対して、0.05aTiN+0.95aAlN≦a≦0.4aTiN+0.6aAlNの関係を満たすことを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物の単相からなることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(5) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒からなる柱状組織の粒界部に、六方晶構造を有する微粒結晶粒が存在し、該微粒結晶粒の存在する面積割合が30面積%以下であり、該微粒結晶粒の平均粒径Rが0.01〜0.3μmであることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(6) 前記工具基体と前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の間に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有する下部層が存在することを特徴とする(1)乃至(5)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(7) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む上部層が存在することを特徴とする(1)乃至(6)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(8) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により成膜されたものであることを特徴とする(1)乃至(7)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0014】
本発明について、以下に詳細に説明する。
【0015】
硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層の平均層厚:
本発明の硬質被覆層は、化学蒸着された組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表されるTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含む。この複合窒化物または複合炭窒化物層は、硬さが高く、すぐれた耐摩耗性を有するが、特に平均層厚が1〜20μmのとき、その効果が際立って発揮される。その理由は、平均層厚が1μm未満では、層厚が薄いため長期の使用に亘っての耐摩耗性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20μmを越えると、TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。したがって、その平均層厚を1〜20μmと定めた。
なお、前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、立方晶と六方晶の混相であっても構わないが、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の占める面積割合が70面積%を下回ると硬さが低下してくることから、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の占める面積割合が70面積%以上であることが好ましく、さらに、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物の単相からなることにより、特に優れた耐摩耗性を発揮する。
【0016】
硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層の組成:
本発明の硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層は、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足するように制御する。
その理由は、Alの平均含有割合Xavgが0.60未満であると、TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層は硬さに劣るため、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。一方、Alの平均含有割合Xavgが0.95を超えると、相対的にTiの含有割合が減少するため、脆化を招き、耐チッピング性が低下する。したがって、Alの平均含有割合Xavgは、0.60≦Xavg≦0.95と定めた。
また、複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるC成分の平均含有割合Yavgは、0≦Yavg≦0.005の範囲の微量であるとき、複合窒化物または複合炭窒化物層と工具基体もしくは下部層との密着性が向上し、かつ、潤滑性が向上することによって切削時の衝撃を緩和し、結果として複合窒化物または複合炭窒化物層の耐欠損性および耐チッピング性が向上する。一方、C成分の平均含有割合Yavgが0≦Yavg≦0.005の範囲を逸脱すると、複合窒化物または複合炭窒化物層の靭性が低下するため耐欠損性および耐チッピング性が逆に低下するため好ましくない。したがって、Cの平均含有割合Yavgは、0≦Yavg≦0.005と定めた。
【0017】
TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層((Ti1−xAl)(C1−y)層)内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の結晶面である{110}面についての傾斜角度数分布:
本発明の前記(Ti1−xAl)(C1−y)層について、電子線後方散乱回折装置を用いてNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を、その縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線(断面研磨面における工具基体表面と垂直な方向)に対する前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、その傾斜角のうち、法線方向に対して0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計したとき、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体の35%以上の割合となる傾斜角度数分布形態を示す場合に、前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層からなる硬質被覆層は、NaCl型の面心立方構造を維持したままで高硬度を有し、しかも、前述したような傾斜角度数分布形態によって硬質被覆層と基体との密着性が飛躍的に向上する。
したがって、このような被覆工具は、例えば、合金鋼の高速断続切削等に用いた場合であっても、チッピング、欠損、剥離等の発生が抑えられ、しかも、すぐれた耐摩耗性を発揮する。
【0018】
複合窒化物または複合炭窒化物層を構成するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の平均粒子幅W、平均アスペクト比A:
複合窒化物または複合炭窒化物層中のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒について、工具基体表面と平行な方向の粒子幅をw、また、工具基体表面に垂直な方向の粒子長さをlとし、前記wとlとの比l/wを各結晶粒のアスペクト比aとし、さらに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比A、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとした場合、本発明では、平均粒子幅Wが0.1〜2.0μm、平均アスペクト比Aが2〜10を満足するように制御する。
この条件を満たすとき、複合窒化物または複合炭窒化物層を構成するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒は柱状組織となり、すぐれた耐摩耗性を示す。一方、平均アスペクト比Aが2を下回ると、NaCl型の面心立方構造の結晶粒内に本発明の特徴である組成の周期的な分布を形成しにくくなり、10を上回るとクラックの進展を抑制し難くなる。また、平均粒子幅Wが0.1μm未満であると耐摩耗性が低下し、2.0μmを超えると靭性が低下する。したがって、複合窒化物または複合炭窒化物層を構成するNaCl型の面心立方構造の結晶粒の平均粒子幅Wは、0.1〜2.0μmと定めた。
【0019】
NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に存在するTiとAlの組成変化:
さらに、NaCl型の面心立方構造を有する結晶を組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表した場合、結晶粒内にTiとAlの周期的な組成変化が存在し、その法線方向に沿った周期が4〜150nmであるとき、結晶粒に歪みが生じ、硬さが向上する。しかしながら、TiとAlの組成変化の大きさの指標である前記組成式におけるxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03より小さいと前述した結晶粒の歪みが小さく十分な硬さの向上が見込めない。一方、xの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.25を超えると結晶粒の歪みが大きくなり過ぎ、格子欠陥が大きくなり、硬さが低下する。そこで、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に存在するTiとAlの組成変化は、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxを0.03〜0.25とした。
さらに、その法線方向に沿った周期が4nm未満の場合は、複数の組成変化層を伝播するクラックを抑制する事が出来ず、靭性が低下する。一方、150nmを超えると結晶粒に歪みが十分に生じず、硬さの向上効果が見込めない。
また、TiとAlの周期的な組成変化は、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在することが好ましい。しかしながら、その周期が3nm未満であると靭性が低下する。一方、100nmを超えると硬さの向上効果が見込めない。したがって、立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在する周期は、3〜100nmであることが好ましい。また、その方位に直交する面内でのAlのTiとAlの合量に占める含有割合XOの変化は0.01以下となることにより、{110}面と角度をなす{001}面内の転位のすべり運動を誘発して靭性が向上する。
【0020】
複合窒化物または複合炭窒化物層を構成するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の格子定数a:
前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、X線回折装置を用い、Cu−Kα線を線源としてX線回折試験を実施し、NaCl型の面心立方構造の結晶粒の格子定数aを求めたとき、前記結晶粒の格子定数aが、立方晶TiN(JCPDS00−038−1420)の格子定数aTiN:4.24173Åと立方晶AlN(JCPDS00−046−1200)の格子定数aAlN:4.045Åに対して、0.05aTiN+0.95aAlN ≦a ≦ 0.4aTiN + 0.6aAlNの関係を満たすとき、より高い硬さを示し、かつ高い熱伝導性を示すことで、すぐれた耐摩耗性に加えて、すぐれた耐熱衝撃性を備える。
【0021】
複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒からなる柱状組織の粒界部に存在する微粒結晶粒と該微粒結晶粒の存在する面積割合および平均粒径R:
NaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒からなる柱状組織の粒界部に六方晶構造を有する微粒結晶粒が存在することにより、粒界滑りが抑制され、靭性が向上する。しかしながら、その面積割合が30面積%を超えると相対的にNaCl型の面心立方構造の結晶相の割合が減少するため硬さが低下し好ましくない。また、微粒結晶粒の平均粒径Rが0.01μm未満であると粒界滑りを抑制する効果が十分でなく、一方、0.3μmを超えると柱状組織内の歪みが大きくなり硬さが低下するため好ましくない。
【0022】
下部層および上部層:
また、本発明の複合窒化物または複合炭窒化物層は、それだけでも十分な効果を奏するが、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有する下部層を設けた場合、および/または、1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む上部層を設けた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、一層すぐれた特性を創出することができる。Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなる下部層を設ける場合、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の効果が十分に奏されず、一方、20μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均層厚が1μm未満では、上部層の効果が十分に奏されず、一方、25μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1〜20μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足し、複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒中にNaCl型の面心立方構造を有するものが存在し、該結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し該傾斜角のうち法線方向に対して0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の35%以上の割合を示し、また、複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1〜2.0μm、平均アスペクト比Aが2〜10である柱状組織を有し、複合窒化物または複合炭窒化物層中の前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在し、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03〜0.25であるという本発明に特有の構成を有していることによって、立方晶構造を有する結晶粒内に歪みが生じるため、結晶粒の硬さが向上し、高い耐摩耗性を保ちつつ、靭性が向上する。その結果、耐チッピング性が向上するという効果が発揮され、従来の硬質被覆層に比して、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し、被覆工具の長寿命化が達成される。
特に、TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層のNaCl型の面心立方構造の結晶粒において、結晶粒内にTiとAlの周期的な組成変化が存在することにより、結晶粒内にひずみが生じ、硬さが向上し、また、柱状組織を有することにより、高い耐摩耗性を発揮すると同時に、柱状組織の粒界部に六方晶構造の微粒結晶粒が存在することにより、粒界滑りを抑制し、靭性が向上し、さらに、NaCl型の面心立方構造の結晶粒が{110}面に配向することによって、耐逃げ面摩耗性、耐クレーター摩耗性がそれぞれ向上することが相俟って、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する合金鋼等の高速断続切削加工に用いた場合においても、本発明の被覆工具は、耐チッピング性、耐欠損性とともにすぐれた耐摩耗性を発揮するのである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の断面を模式的に表した膜構成模式図である。
図2】本発明の一実施態様に該当する硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面において、TiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒について、TiとAlの周期的な組成変化が該結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位に直交する面内でのTiとAlの組成変化は小さいことを模式的に表した模式図である。
図3】本発明の一実施態様に該当する硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面において、TiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒について、透過型電子顕微鏡を用いて、エネルギー分散型X線分光法(EDS)による線分析を行った結果のTiとAlの周期的な組成変化xのグラフの一例を示すものである。
図4】本発明の硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面において、立方晶構造を有する結晶粒について求めた傾斜角度数分布の一例を示すグラフである。
図5】比較例の硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面において、立方晶構造を有する結晶粒について求めた傾斜角度数分布の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例1】
【0026】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Cをそれぞれ製造した。
【0027】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体Dを作製した。
【0028】
つぎに、これらの工具基体A〜Dの表面に、化学蒸着装置を用い、
(a)表4に示される形成条件A〜J、すなわち、NHとHからなるガス群Aと、TiCl、Al(CH、AlCl、N、Hからなるガス群B、およびおのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群AとしてNH:3.5〜4.0%、N:0〜5%、H:55〜60%、ガス群BとしてAlCl:0.6〜0.9%、TiCl:0.2〜0.3%、Al(CH:0〜0.5%、N:0.0〜12.0%、H:残、反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa、反応雰囲気温度:700〜900℃、供給周期1〜5秒、1周期当たりのガス供給時間0.15〜0.25秒、ガス供給Aとガス供給Bの位相差0.10〜0.20秒として、所定時間、熱CVD法を行い、表7に示される結晶粒内平均方位差が2度以上を示すNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒が表7に示される面積割合存在し、表7に示される目標層厚を有する(Ti1−xAl)(C1−y)層からなる硬質被覆層を形成することにより本発明被覆工具1〜15を製造した。
なお、本発明被覆工具6〜13については、表3に示される形成条件で、表6に示される下部層、上部層のいずれかを形成した。
【0029】
前記本発明被覆工具1〜15の硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層について、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍及び20000倍)を用いて複数視野に亘って観察したところ、図1に示した膜構成模式図に示されるようにNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒からなる柱状組織が観察され、試料によっては柱状組織の粒界部に六方晶結晶を有する微粒結晶粒が存在するとともに、その面積割合が30面積以下であり、さらに、微粒結晶粒の平均粒径Rが0.01〜0.3μmであることが確認された。
【0030】
また、NaCl型の面心立方構造の結晶粒内にTiとAlの周期的な組成変化が存在していることが、透過型電子顕微鏡(倍率200000倍)を用いて、エネルギー分散型X線分光法(EDS)による面分析により確認された。さらに詳しく解析した結果、TiとAlの周期的な組成変化xの極大値と極小値の差が0.03〜0.25であることが確認された。
【0031】
また、比較の目的で、工具基体A〜Dの表面に、表3および表5に示される条件かつ表8に示される目標層厚(μm)で本発明被覆工具1〜15と同様に、少なくともTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層を蒸着形成した。この時には、(Ti1−xAl)(C1−y)層の成膜工程中に工具基体表面における反応ガス組成が時間的に変化しない様に硬質被覆層を形成することにより比較被覆工具1〜13を製造した。
なお、本発明被覆工具6〜13と同様に、比較被覆工具6〜13については、表3に示される形成条件で、表6に示される下部層、上部層のいずれかを形成した。
【0032】
参考のため、工具基体Bおよび工具基体Cの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Ti1−xAl)(C1−y)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表8に示される参考被覆工具14、15を製造した。
なお、参考例の蒸着に用いたアークイオンプレーティングの条件は、次のとおりである。
(a)前記工具基体BおよびCを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、アークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着し、また、カソード電極(蒸発源)として、所定組成のAl−Ti合金を配置し、
(b)まず、装置内を排気して10−2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつAl−Ti合金からなるカソード電極とアノード電極との間に200Aの電流を流してアーク放電を発生させ、装置内にAlおよびTiイオンを発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄し、
(c)次に、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−50Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、前記Al−Ti合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、前記工具基体の表面に、表8に示される目標組成、目標層厚の(Ti,Al)N層を蒸着形成し、参考被覆工具14、15を製造した。
【0033】
また、本発明被覆工具1〜15、比較被覆工具1〜13および参考被覆工具14、15の各構成層の工具基体に垂直な方向の断面を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表6〜表8に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
また、複合窒化物または複合炭窒化物層のAlの平均含有割合Xavgについては、電子線マイクロアナライザ(EPMA,Electron−Probe−Micro−Analyser)を用い、表面を研磨した試料において、電子線を試料表面側から照射し、得られた特性X線の解析結果の10点平均からAlの平均含有割合Xavgを求めた。Cの平均含有割合Yavgについては、二次イオン質量分析(SIMS,Secondary−Ion−Mass−Spectroscopy)により求めた。イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向の濃度測定を行った。Cの平均含有割合YavgはTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層についての深さ方向の平均値を示す。ただしCの含有割合には、意図的にガス原料としてCを含むガスを用いなくても含まれる不可避的なCの含有割合を除外している。具体的にはAl(CHの供給量を0とした場合の複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるC成分の含有割合(原子比)を不可避的なCの含有割合として求め、Al(CHを意図的に供給した場合に得られる複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるC成分の含有割合(原子比)から前記不可避的なCの含有割合を差し引いた値をYavgとして求めた。
また、本発明被覆工具1〜15および比較被覆工具1〜13、参考被覆工具14、15について、工具基体に垂直な方向の断面方向から走査型電子顕微鏡(倍率5000倍及び20000倍)を用いて、工具基体表面と水平方向に長さ10μm、工具基体表面と垂直方向には膜厚の範囲に存在する複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する(Ti1−xAl)(C1−y)層中のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒について、基体表面と平行な方向の粒子幅w、基体表面に垂直な方向の粒子長さlを測定し、各結晶粒のアスペクト比a(=l/w)を算出するとともに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比Aとして算出し、また、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとして算出した。さらに、立方晶構造を有する個々の結晶粒からなる柱状組織の粒界部に存在する微粒結晶粒の平均粒径Rについても算出した。その結果を、表7および表8に示した。
また、硬質被覆層の傾斜角度数分布については、立方晶構造のTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の工具基体表面に垂直な方向の断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記断面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射し、電子後方散乱回折像装置を用いて、工具基体表面と水平方向に長さ100μm、工具基体表面と垂直な方向の断面に沿って膜厚以下の距離の測定範囲内の該硬質被覆層について0.01μm/stepの間隔で、基体表面の法線(断面研磨面における基体表面と垂直な方向)に対して、前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより、0〜10度の範囲内に存在する度数のピークの存在を確認し、かつ0〜10度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。その結果を、同じく、表7および表8に示す。
図4に、一例として、本発明被覆工具5について測定した傾斜角度数分布グラフを示し、また、図5に、比較被覆工具5について測定した傾斜角度数分布グラフを示す。
また、電子線後方散乱回折装置を用いて、TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の工具基体に垂直な方向の断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記断面研磨面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に照射し、工具基体と水平方向に長さ100μm、工具基体表面と垂直な方向の断面に沿って膜厚以下の距離の測定範囲内に亘り硬質被覆層について0.01μm/stepの間隔で、電子線後方散乱回折像を測定し、個々の結晶粒の結晶構造を解析することでNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒からなる柱状組織の粒界部に存在する微粒結晶粒が六方晶構造であることを同定し、その微粒結晶粒の占める面積割合を求めた。その結果を、同じく、表7および表8に示す。さらに微粒結晶粒の平均粒径Rは、微結晶粒が見出される柱状組織の粒界のうち、0.5μm以上の粒界長さを有する部位を複数の観察視野から3ヶ所見出し、おのおの0.5μmの線分上に存在する粒界数を数え上げて、1.5μmを3か所での合計粒界数で割ることにより得る事が出来る。
さらに、透過型電子顕微鏡(倍率200000倍)を用いて、複合窒化物または複合炭窒化物層の微小領域の観察を行い、エネルギー分散型X線分光法(EDS)を用いて、断面側から面分析を行ったところ、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在することを確認した。また、該結晶粒について電子線回折を行うことで、TiとAlの周期的な組成変化がNaCl型の面心立方構造の結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在することを確認し、その方位に沿ったEDSによる線分析を行い、TiとAlの周期的な組成変化の極大値の平均と極小値の平均の差をΔxとして求め、さらに極大値の周期をTiとAlの周期的な組成変化の周期として求め、その方位に直交する方向に沿った線分析を行い、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合xの最大値と最小値の差をTiとAlの組成変化XOとして求めた。
その結果を、同じく、表7および表8に示す。
【0034】
【表1】
【0035】
【表2】
【0036】
【表3】
【0037】
【表4】
【0038】
【表5】

【0039】
【表6】
【0040】
【表7】
【0041】
【表8】
【0042】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれもカッタ径125mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1〜15、比較被覆工具1〜13および参考被覆工具14,15について、以下に示す、合金鋼の高速断続切削の一種である乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。その結果を表9に示す。
【0043】
工具基体:炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、
切削試験: 乾式高速正面フライス、センターカット切削加工、
被削材: JIS・SCM440幅100mm、長さ400mmのブロック材、
回転速度: 955 min−1
切削速度: 375 m/min、
切り込み: 1.2 mm、
一刃送り量: 0.12 mm/刃、
切削時間: 8分、
(通常の切削速度は、220m/min)、
【0044】
【表9】
【実施例2】
【0045】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表10に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体α〜γをそれぞれ製造した。
【0046】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表11に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.09mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体δを形成した。
【0047】
つぎに、これらの工具基体α〜γおよび工具基体δの表面に、
化学蒸着装置を用い、実施例1と同様の方法により表3および表4に示される条件で、少なくとも(Ti1−xAl)(C1−y)層を含む硬質被覆層を目標層厚で蒸着形成することにより、表13に示される本発明被覆工具16〜30を製造した。
なお、本発明被覆工具19〜28については、表3に示される形成条件で、表12に示される下部層、上部層のいずれかを形成した。
【0048】
また、比較の目的で、同じく工具基体α〜γおよび工具基体δの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表3および表5に示される条件かつ表13に示される目標層厚で本発明被覆工具と同様に硬質被覆層を蒸着形成することにより、表14に示される比較被覆工具16〜28を製造した。
なお、本発明被覆工具19〜28と同様に、比較被覆工具19〜28については、表3に示される形成条件で、表12に示される下部層、上部層のいずれかを形成した。
【0049】
参考のため、工具基体βおよび工具基体γの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Ti1−xAl)(C1−y)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表14に示される参考被覆工具29,30を製造した。
なお、アークイオンプレーティングの条件は、実施例1に示される条件と同様の条件を用いた。
【0050】
また、本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29,30の各構成層の断面を、走査電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表12〜表14に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
また、前記本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29、30の硬質被覆層について、実施例1に示される方法と同様の方法を用いて、Alの平均含有割合Xavg、Cの平均含有割合Yavg、柱状組織(Ti1−xAl)(C1−y)層を構成する立方晶構造を有する結晶粒の平均粒子幅W、平均アスペクト比Aを算出した。さらに、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒からなる柱状組織の粒界部に存在する微粒結晶粒の平均粒径Rおよび微粒結晶粒が存在する面積割合についても、実施例1に示される方法と同様の方法を用いて算出した。また、基体表面の法線(断面研磨面における基体表面と垂直な方向)に対して、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより、0〜10度の範囲内に存在する度数のピークの存在を確認し、かつ0〜10度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。
その結果を、表13および表14に示す。
【0051】
前記本発明被覆工具16〜30の硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層について、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍及び20000倍)を用いて複数視野に亘って観察したところ、図1に示した膜構成模式図に示されるようにNaCl型の面心立方晶結晶と六方晶結晶が存在する柱状組織の(Ti1−xAl)(C1−y)層が確認された。また、NaCl型の面心立方晶結晶粒内にTiとAlの周期的な組成分布が存在していることが、透過型電子顕微鏡(倍率200000倍)を用いて、エネルギー分散型X線分光法(EDS)による面分析により確認された。さらに詳しく解析した結果、xの極大値の平均と極小値の平均のΔxが0.03〜0.25であることが確認された。
【0052】
また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、電子線後方散乱回折装置を用いて立方晶構造を有する個々の結晶粒からなる柱状組織を、TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の縦断面方向から解析したところ、粒界部に存在する微粒結晶粒は六方晶構造を有することが確認された。
【0053】
【表10】
【0054】
【表11】
【0055】
【表12】
【0056】
【表13】
【0057】
【表14】
【0058】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29,30について、以下に示す、炭素鋼の乾式高速断続切削試験、鋳鉄の湿式高速断続切削試験を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
切削条件1:
被削材:JIS・SCM435の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:380m/min、
切り込み:1.5mm、
送り:0.1mm/rev、
切削時間:5分、
(通常の切削速度は、220m/min)、
切削条件2:
被削材:JIS・FCD700の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:320m/min、
切り込み:1.0mm、
送り:0.1mm/rev、
切削時間:5分、
(通常の切削速度は、180m/min)、
表15に、前記切削試験の結果を示す。
【0059】
【表15】
【実施例3】
【0060】
原料粉末として、いずれも0.5〜4μmの範囲内の平均粒径を有するcBN粉末、TiN粉末、TiCN粉末、TiC粉末、Al粉末、Al粉末を用意し、これら原料粉末を表16に示される配合組成に配合し、ボールミルで80時間湿式混合し、乾燥した後、120MPaの圧力で直径:50mm×厚さ:1.5mmの寸法をもった圧粉体にプレス成形し、ついでこの圧粉体を、圧力:1Paの真空雰囲気中、900〜1300℃の範囲内の所定温度に60分間保持の条件で焼結して切刃片用予備焼結体とし、この予備焼結体を、別途用意した、Co:8質量%、WC:残りの組成、並びに直径:50mm×厚さ:2mmの寸法をもったWC基超硬合金製支持片と重ね合わせた状態で、通常の超高圧焼結装置に装入し、通常の条件である圧力:4GPa、温度:1200〜1400℃の範囲内の所定温度に保持時間:0.8時間の条件で超高圧焼結し、焼結後上下面をダイヤモンド砥石を用いて研磨し、ワイヤー放電加工装置にて所定の寸法に分割し、さらにCo:5質量%、TaC:5質量%、WC:残りの組成およびJIS規格CNGA120412の形状(厚さ:4.76mm×内接円直径:12.7mmの80°菱形)をもったWC基超硬合金製インサート本体のろう付け部(コーナー部)に、質量%で、Zr:37.5%、Cu:25%、Ti:残りからなる組成を有するTi−Zr−Cu合金のろう材を用いてろう付けし、所定寸法に外周加工した後、切刃部に幅:0.13mm、角度:25°のホーニング加工を施し、さらに仕上げ研摩を施すことによりISO規格CNGA120412のインサート形状をもった工具基体イ、ロをそれぞれ製造した。
【0061】
【表16】
【0062】
つぎに、これらの工具基体イ、ロの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、実施例1と同様の方法により表3および表4に示される条件で、少なくとも(Ti1−xAl)(C1−y)層を含む硬質被覆層を目標層厚で蒸着形成することにより、表18に示される本発明被覆工具31〜36を製造した。
なお、本発明被覆工具33、34については、表3に示される形成条件で、表17に示すような下部層、上部層のいずれかを形成した。
【0063】
また、比較の目的で、同じく工具基体イ、ロの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表3および表5に示される条件で、少なくとも(Ti1−xAl)(C1−y)層を含む硬質被覆層を目標層厚で蒸着形成することにより、表19に示される比較被覆工具31〜34を製造した。
なお、本発明被覆工具33、34と同様に、比較被覆工具33、34については、表3に示される形成条件で、表17に示すような下部層、上部層のいずれかを形成した。
【0064】
参考のため、工具基体イ、ロの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、(Ti1−xAl)(C1−y)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表19に示される参考被覆工具35,36を製造した。
なお、アークイオンプレーティングの条件は、実施例1に示される条件と同様の条件を用い、前記工具基体の表面に、表19に示される目標組成、目標層厚の(Al,Ti)N層を蒸着形成し、参考被覆工具35,36を製造した。
【0065】
また、本発明被覆工具31〜36、比較被覆工具31〜34および参考被覆工具35,36の各構成層の断面を、走査電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表17〜表19に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0066】
また、前記本発明被覆工具31〜36、比較被覆工具31〜34および参考被覆工具35,36の硬質被覆層について、実施例1に示される方法と同様の方法を用いて、Alの平均含有割合Xavg、Cの平均含有割合Yavg、(Ti1−xAl)(C1−y)層を構成するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の平均粒子幅W、平均アスペクト比Aを算出した。さらに、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒からなる柱状組織の粒界部に存在する微粒結晶粒の平均粒径Rおよび微粒結晶粒が存在する面積割合についても、実施例1に示される方法と同様の方法を用いて算出した。その結果を、表18および表19に示す。また、基体表面の法線(断面研磨面における基体表面と垂直な方向)に対して、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより、0〜10度の範囲内に存在する度数のピークの存在を確認し、かつ0〜10度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。
【0067】
【表17】
【0068】
【表18】
【0069】
【表19】
【0070】
つぎに、各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具31〜36、比較被覆工具31〜34および参考被覆工具35,36について、以下に示す、浸炭焼入れ合金鋼の乾式高速断続切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
工具基体:立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体、
切削試験: 浸炭焼入れ合金鋼の乾式高速断続切削加工、
被削材: JIS・SCr420(硬さ:HRC62)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 240 m/min、
切り込み: 0.1mm、
送り: 0.1mm/rev、
切削時間: 4分、
表20に、前記切削試験の結果を示す。
【0071】
【表20】
【0072】
表9、表15および表20に示される結果から、本発明の被覆工具は、硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成するNaCl型の面心立方構造の結晶粒内において、結晶粒内にTiとAlの周期的な組成変化が存在することにより、結晶粒内にひずみが生じ、硬さが向上し、また、柱状組織を有することにより、高い耐摩耗性を発揮すると同時に、柱状組織の粒界部に六方晶構造の微粒結晶粒が存在することにより、粒界滑りを抑制し、靭性が向上し、さらに、NaCl型の面心立方構造の結晶粒が{110}面に配向することによって、耐逃げ面摩耗性、耐クレーター摩耗性がそれぞれ向上し、その結果、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合でも、耐チッピング性、耐欠損性にすぐれ、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することが明らかである。
【0073】
これに対して、比較被覆工具1〜13、16〜28,31〜34および参考被覆工具14、15、29、30、35、36については、高熱発生を伴い、しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合、チッピング、欠損等の発生により短時間で寿命にいたることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0074】
前述のように、本発明の被覆工具は、合金鋼の高速断続切削加工ばかりでなく、各種の被削材の被覆工具として用いることができ、しかも、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
図1
図2
図3
図4
図5