特許第6296382号(P6296382)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6296382結合型アミノ酸のキラル分析方法及びキラル分析システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6296382
(24)【登録日】2018年3月2日
(45)【発行日】2018年3月20日
(54)【発明の名称】結合型アミノ酸のキラル分析方法及びキラル分析システム
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/88 20060101AFI20180312BHJP
   G01N 30/06 20060101ALI20180312BHJP
   G01N 30/72 20060101ALI20180312BHJP
【FI】
   G01N30/88 F
   G01N30/88 J
   G01N30/88 201W
   G01N30/06 E
   G01N30/72 C
【請求項の数】10
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-517945(P2017-517945)
(86)(22)【出願日】2016年5月10日
(86)【国際出願番号】JP2016063835
(87)【国際公開番号】WO2016181956
(87)【国際公開日】20161117
【審査請求日】2017年9月21日
(31)【優先権主張番号】特願2015-96959(P2015-96959)
(32)【優先日】2015年5月11日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】浜瀬 健司
(72)【発明者】
【氏名】石郷 翔人
(72)【発明者】
【氏名】三次 百合香
(72)【発明者】
【氏名】植田 正
(72)【発明者】
【氏名】三田 真史
【審査官】 高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】 宮本 哲也,タンパク質に含まれるD-アミノ酸残基の検出に関する研究,博士論文(応用生命工学専攻),日本,東京大学 [オンライン],2011年 3月24日,P76-139,[検索日 2016.07.22],インターネット:〈URL:http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/22,URL,http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/51311/2/39-087042.pdf
【文献】 MIYAMOTO Tetsuya, et al.,Generation of Enantiomeric Amino Acids during Acid Hydrolysis of PeptidesDetected by the Liquid Chro,CHEMISTRY & BIODIVERSITY,米国,2010年,Vol.7,P1644-1650
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/88
G01N 30/06
G01N 30/72
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重塩酸重水溶液及び/又は重水を用いて結合型アミノ酸を加水分解させる工程と、
該加水分解により生成したアミノ酸のD体とL体を光学分割する工程と、
該光学分割されたアミノ酸からフラグメントを生成させる工程と、
該生成したフラグメントの中から、質量分析によりα炭素を含み、かつ側鎖を含まない所定のフラグメントを選択して解析する工程と、
を有することを特徴とする結合型アミノ酸のキラル分析方法。
【請求項2】
前記加水分解により生成したアミノ酸のD体とL体をクロマトグラフィー法により光学分割することを特徴とする請求項1に記載の結合型アミノ酸のキラル分析方法。
【請求項3】
前記加水分解により生成したアミノ酸を誘導体化する工程をさらに有し、
該誘導体化されたアミノ酸のD体とL体を光学分割することを特徴とする請求項1に記載の結合型アミノ酸のキラル分析方法。
【請求項4】
前記フラグメントを生成させる工程において、前記光学分割されたアミノ酸のD体とL体それぞれについて前記フラグメントを生成させ、
前記解析する工程において、前記光学分割されたアミノ酸のD体とL体それぞれについて、α炭素を含み、かつ側鎖を含まない前記所定のフラグメントを選択し、該D体の前記所定のフラグメント及びL体の前記所定のフラグメントに基づき、前記結合型アミノ酸に元々含まれる前記アミノ酸のD体又はL体の存在比率を解析する請求項1に記載の結合型アミノ酸のキラル分析方法。
【請求項5】
前記解析する工程において、前記所定のフラグメントは、α炭素を含むとともに側鎖を含まず、前記α炭素に結合した水素原子が重水素原子で置換されていないフラグメントである請求項4に記載の結合型アミノ酸のキラル分析方法。
【請求項6】
前記フラグメントを生成させる工程において、熱、圧力又は分子衝突により、前記アミノ酸から前記フラグメントを生成することを特徴とする請求項1に記載の結合型アミノ酸のキラル分析方法。
【請求項7】
重塩酸重水溶液及び/又は重水を用いて結合型アミノ酸を加水分解させることにより生成したアミノ酸のD体とL体を光学分割する光学分割部と、
該光学分割されたアミノ酸からフラグメントを生成させるフラグメント生成部と、
該生成したフラグメントの中から、質量分析によりα炭素を含み、かつ側鎖を含まない所定のフラグメントを選択して解析する質量分析部を有することを特徴とする結合型アミノ酸のキラル分析システム。
【請求項8】
重塩酸重水溶液及び/又は重水を用いて前記結合型アミノ酸を加水分解させる加水分解部をさらに有することを特徴とする請求項7に記載の結合型アミノ酸のキラル分析システム。
【請求項9】
前記質量分析部には、前記検出された情報を解析する情報解析データ処理部を有することを特徴とする請求項7に記載の結合型アミノ酸のキラル分析システム。
【請求項10】
さらに、前記検出された情報を解析する情報解析データ処理部を有することを特徴とする請求項7に記載の結合型アミノ酸のキラル分析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結合型アミノ酸のキラル分析方法及び結合型アミノ酸のキラル分析システムに関する。
【背景技術】
【0002】
結合型アミノ酸は、アミノ酸がアミド結合(ペプチド結合)により鎖状に結合してできた化合物であり、生体内では、タンパク質やペプチドとして存在し、糖、脂質等と並び、重要な成分である。カルボキシル基が結合した炭素(α炭素)にアミノ基が結合したα−アミノ酸は、グリシンを除き、α炭素を光学中心とした光学異性体のD体、L体が存在するキラル分子である。生体内に存在する結合型アミノ酸のほとんどは、L−アミノ酸から構成されており、その光学異性体であるD−アミノ酸は、細菌の細胞壁に存在するペプチドグリカンの構成成分等の極めて限られた生体分子と考えられてきた。
【0003】
しかしながら、近年、D−アミノ酸とL−アミノ酸を識別する能力を有するキラル分析技術の進展に伴い、微生物や植物をはじめ、哺乳動物にも様々なD−アミノ酸が存在し、生理現象に影響を与え得ることが明らかになりつつある。
【0004】
タンパク質をはじめとする結合型アミノ酸のアミノ酸残基の同定や定量は、一般に熱や酸を用いた加水分解により生成するアミノ酸についてクロマトグラフィー等の分離技術を用いて行われるが、この過程においてD体とL体が相互に変換する異性化を原因としたアーティファクトが生じる可能性があり、内在性キラル分子の正確な分析の障害となっている。
【0005】
非特許文献1には、重塩酸を用いてタンパク質を加水分解させた後、キラルカラムを備えたLC/ESI−MS/MSを用いて、アミノ酸残基のD体とL体の比率(%D:D/(D+L))を算出するキラル分析方法が開示されている。このとき、加水分解過程中に異性化したアミノ酸は、α炭素に結合する水素原子が重水素原子で置換されているため、異性化されていないアミノ酸とは、α炭素を含むイオンの質量分析において、質量電荷比が異なることを利用して区別している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】T. Miyamoto, M. Sekine, T. Ogawa, M. Hidaka, H. Homma, H. Masaki: Generation of Enantiomeric Amino Acids during Acid Hydrolysis of Peptides Detected by the Liquid Chromatography/Tandem Mass Spectroscopy, Chem. Biodivers., 7, 1644-1649 (2010).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1に記載の方法では、側鎖を有するアミノ酸残基は、側鎖に含まれる水素原子も重水素原子で置換される可能性があり、側鎖に含まれる水素原子が重水素原子で置換されたアーティファクトは、α炭素に結合した水素原子が重水素原子で置換されたアーティファクトと、質量分析において、区別することができない。そのため、結合型アミノ酸に微量に内在するアミノ酸残基のキラル分析において、正確度を著しく低下させるという問題を包含している。
【0008】
そこで、本発明の一態様は、上記の従来技術が有する問題に鑑み、結合型アミノ酸の分析過程中に生じるアーティファクトと、結合型アミノ酸に内在するD−アミノ酸残基及び/又はL−アミノ酸残基とを、高い正確度で識別することが可能な結合型アミノ酸のキラル分析方法及びキラル分析システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様によれば、重塩酸重水溶液及び/又は重水を用いて結合型アミノ酸を加水分解させる工程と、該加水分解により生成したアミノ酸のD体とL体を光学分割する工程と、該光学分割されたアミノ酸からフラグメントを生成させる工程と、該生成したフラグメントの中から、質量分析によりα炭素を含み、かつ側鎖を含まない所定のフラグメントを選択して解析する工程と、を有することを特徴とする結合型アミノ酸のキラル分析方法が提供される。
【0010】
また、本発明の一態様によれば、重塩酸重水溶液及び/又は重水を用いて結合型アミノ酸を加水分解させることにより生成したアミノ酸のD体とL体を光学分割する光学分割部と、該光学分割されたアミノ酸からフラグメントを生成させるフラグメント生成部と、該生成したフラグメントの中から、質量分析によりα炭素を含み、かつ側鎖を含まない所定のフラグメントを選択して解析する質量分析部を有することを特徴とする結合型アミノ酸のキラル分析システムが提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、結合型アミノ酸の分析過程中に生じるアーティファクトと、結合型アミノ酸に内在するD−アミノ酸残基及び/又はL−アミノ酸残基とを、高い正確度で識別することが可能な結合型アミノ酸のキラル分析方法及びキラル分析システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本実施形態における結合型アミノ酸のキラル分析システムの構成の一例を示す図である。
図2】ペプチドの加水分解生成物に含まれるアスパラギン酸及びグルタミン酸のキラル分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
次に、本発明を実施するための形態を図面と共に説明する。
【0014】
本実施形態における結合型アミノ酸のキラル分析方法は、重塩酸重水溶液及び/又は重水を用いて結合型アミノ酸を加水分解させる工程と、該加水分解により生成したアミノ酸のD体とL体を光学分割する工程と、該光学分割されたアミノ酸からフラグメントを生成させる工程と、該生成したフラグメントの中から、質量分析によりα炭素を含み、かつ側鎖を含まない所定のフラグメントを選択して解析する工程と、を有する。
【0015】
本実施形態における結合型アミノ酸のキラル分析方法では、結合型アミノ酸の分析過程中に生じるアーティファクトと、結合型アミノ酸に内在するD−アミノ酸残基及び/又はL−アミノ酸残基とを、高い正確度で識別することができる。
【0016】
結合型アミノ酸は、アミノ酸がアミド結合(ペプチド結合)により鎖状に結合してできた化合物であり、例えば、生体内において、タンパク質やペプチドとして存在する。
【0017】
結合型アミノ酸の加水分解とは、一般的に、結合型アミノ酸に水が反応し、分解生成物である遊離アミノ酸が得られる反応である。
【0018】
結合型アミノ酸を加水分解させる工程では、重塩酸重水溶液、重水等を用いて、公知の加水分解方法を適用することができ、例えば、非特許文献1に記載されている加水分解方法を用いることができる。
【0019】
なお、温度や重塩酸、重水の濃度、時間等の加水分解の条件は、任意で設定することができる。ところで、このような加水分解で得られる遊離アミノ酸には、結合型アミノ酸残基の立体配置を維持したものと、工程中に異性化されたものとが含まれ得る。
【0020】
一例として、結合型アミノ酸を重水素と反応させて加水分解させて得られる、遊離アスパラギン酸について説明する。
【0021】
まず、結合型アミノ酸に内在するアスパラギン酸残基を化学式(1)に示す。
【0022】
【化1】
次に、結合型アミノ酸を加水分解させて得られ、工程中に異性化されていないアスパラギン酸を化学式(2)〜(4)に示す。
【0023】
【化2】
【0024】
【化3】
【0025】
【化4】
さらに、結合型アミノ酸を加水分解させて得られ、工程中に異性化されているアスパラギン酸を化学式(5)〜(7)に示す。
【0026】
【化5】
【0027】
【化6】
【0028】
【化7】
次に、結合型アミノ酸を加水分解させて得られたアミノ酸のD体とL体を光学分割する。
【0029】
アミノ酸のD体とL体を光学分割する方法としては、特に限定されないが、結晶化、旋光度、酵素反応における性質の違いを利用する方法やジアステレオマー法、不斉要素が異なる相分配を用いる方法等が挙げられる。中でも、キラル認識能を有する固定相(カラム)を用いるクロマトグラフィー法が好ましい。
【0030】
上述したアスパラギン酸のように重水素原子で置換され得る水素原子を含む側鎖を有するアミノ酸残基の場合、例えば化学式(3)及び化学式(5)は1分子に対して1つの水素が重水素に置換されているため同じ質量を示す。同様に、化学式(4)及び化学式(6)は1分子に対して2つの水素が重水素に置換されているため同じ質量を示す。このような構造の分子においては工程中の異性化の履歴が異なるにもかかわらず、質量的に分離することができない。
【0031】
本実施形態において、さらに、光学分割されたアミノ酸又はアミノ酸誘導体それぞれについて、フラグメンテーションにより、フラグメントを生成させる。ここで、フラグメンテーションにより、フラグメンテーション前のアミノ酸又はアミノ酸誘導体よりも質量の小さい一以上のフラグメントを生成することができる。
【0032】
このようなフラグメントは、光学分割されたD体及びL体のそれぞれについて、熱、圧力、分子衝突等により生成させることができ、例えば、質量分析計に備えられている分子衝突機構を用いて生成させることができる。
【0033】
一例として、アスパラギン酸では、例えば、化学式(8)に示す、α炭素を含み、かつ側鎖を含まないフラグメントを生成させる。また、このとき、α炭素及び/又は側鎖を含むフラグメントも生成させてもよい。
【0034】
【化8】
次に、生成したフラグメントを質量分析により質量に基づき分離・検出し、α炭素を含み、かつ側鎖を含まない所定のフラグメントを選択し、解析する。具体的には、α炭素を含み、かつ側鎖を含まない所定のフラグメントであって、α炭素に結合した水素原子が重水素原子で置換されているものといないものを識別することができる。次いで、そのデータに基づいて結合型アミノ酸残基の立体配置を維持したものと工程中に異性化したものを同定し、D−アミノ酸とL−アミノ酸の存在比率や量を解析することができる。
【0035】
このように、重水素原子で置換され得る水素原子を含む側鎖を有するアミノ酸残基であっても、α炭素を含み、かつ側鎖を含まない所定のフラグメントを生成・分離・検出・選択・解析することにより、側鎖に重水素原子が導入されたアーティファクトを排除することができる。
【0036】
これにより、結合型アミノ酸の分析過程中に生じるアーティファクトと、結合型アミノ酸に内在するD−アミノ酸残基及び/又はL−アミノ酸残基とを、高い正確度で識別することが可能となる。
【0037】
なお、フラグメントの構造は、例えば、分析対象のアミノ酸が同位体で置換されている標準品の質量分析スペクトルを解析することにより推定することができる。
【0038】
結合型アミノ酸のキラル分析方法では、光学分割や質量分析の効率を向上させるために、アミノ酸のD体とL体を光学分割する前、又は、アミノ酸のD体とL体を光学分割した後に、アミノ酸を誘導体化してもよい。
【0039】
アミノ酸を誘導体化する際に用いられる誘導体化試薬としては、特に限定されないが、4−フルオロ−7−ニトロベンゾフラザン、4−フルオロ−7−ニトロ−2,1,3−ベンゾキサジアゾール、o−フタルアルデヒド、イソチオシアン酸フェニル、フルオレサミン、ダンシルクロライド等が挙げられる。
【0040】
本実施形態における結合型アミノ酸のキラル分析方法は、結合型アミノ酸に含まれ、加水分解工程で、重水素原子で置換され得る水素原子を含む側鎖を有するアミノ酸残基のD体とL体を識別する分析に好適である。この場合、本実施形態における結合型アミノ酸のキラル分析方法を用いて、結合型アミノ酸に含まれる全てのアミノ酸残基のD体とL体を分析してもよいし、重水素原子で置換され得る水素原子を含む側鎖を有するアミノ酸残基のD体とL体のみを分析してもよい。
【0041】
重水素原子で置換され得る水素原子を含む基としては、特に限定されないが、メチレン基等が挙げられ、例えばカルボキシル基等の電子吸引性基に結合しているメチレン基等である。
【0042】
カルボキシル基に結合しているメチレン基を有するアミノ酸としては、特に限定されないが、アスパラギン酸(Asp)、グルタミン酸(Glu)等が挙げられる。
【0043】
なお、本実施形態における結合型アミノ酸のキラル分析方法は、天然に存在する結合型アミノ酸に限らず、人為的に合成された結合型アミノ酸にも適用することができる。
【0044】
図1は、本実施形態における結合型アミノ酸のキラル分析システム100の構成の一例を示す図である。本実施形態における結合型アミノ酸のキラル分析システム100は、重塩酸重水溶液及び/又は重水を用いて結合型アミノ酸を加水分解させることにより生成したアミノ酸のD体とL体を光学分割する光学分割部104と、光学分割されたアミノ酸について、α炭素を含み、かつ側鎖を含まないフラグメントを生成させるフラグメント生成部106と、生成したフラグメントを質量分析により検出する質量分析部108と、を有する。
【0045】
ここで、結合型アミノ酸のキラル分析システム100は、結合型アミノ酸を重水と反応させて加水分解させる加水分解部102をさらに有していてもよい。また、結合型アミノ酸のキラル分析システム100は、結合型アミノ酸が複数種のアミノ酸を含む場合に、加水分解部102で加水分解された各アミノ酸を分離するアミノ酸分離部103をさらに有していてもよい。また、結合型アミノ酸のキラル分析システム100は、質量分析部108内に、検出された情報を解析する情報解析データ処理部を有していてもよく、又は質量分析部108内に限らず、別途、検出された情報を解析する情報解析データ処理部110を有していてもよい。
【0046】
加水分解部102は、例えば、結合型アミノ酸を含む試料を乾燥させ、真空状態に保持することが可能な反応恒温槽で、結合型アミノ酸を加水分解させる機構を備える。ただし、加水分解部102は、特定の装置としてキラル分析システム100に組み込まれるのではなく、オフラインで加水分解処理を行う構成としてもよい。
【0047】
アミノ酸分離部103は、例えば、逆相ミクロカラム等を含み、目的のアミノ酸を他の成分から分離する。なお、アミノ酸分離部103は、光学分割部104と一体構成とされていてもよい。
【0048】
光学分割部104は、例えば、加水分解後の試料の光学活性を認識する固定相を用いたクロマトグラフィーによる分離機構を備える。
【0049】
フラグメント生成部106は、例えば、光学分割後の試料に分子衝突等のエネルギーを与えることにより断片化させる機構を有する。
【0050】
質量分析部108は、例えば、試料をイオン化し、電気的・磁気的な作用等により質量電荷比に応じて、フラグメントイオンを分離して検出し、質量電荷比、検出強度に関するマススペクトルを得る機構を備える。
【0051】
情報解析部108は、例えば、マススペクトルから、対象となるフラグメントイオンを選択して、定性、定量解析を行い、検量、比率データ等を出力する機構を備える。情報解析部108の構成は、任意のコンピュータのCPU、メモリ、メモリにロードされたプログラム、そのプログラムを格納するハードディスクなどの記憶ユニット、ネットワーク接続用インタフェースを中心にハードウエアとソフトウエアの任意の組合せによって実現される。
【0052】
このような構成の結合型アミノ酸のキラル分析システム100は、結合型アミノ酸の分析過程中に生じるアーティファクトと、結合型アミノ酸に内在するD−アミノ酸残基及び/又はL−アミノ酸残基とを、高い正確度で識別することができる。
【実施例】
【0053】
結合型アミノ酸として、すべてL体のアミノ酸で合成したペプチド(HN−)Gly−Pro−Glu−Ala−Asp−Ser−Gly(−COOH)(渡辺化学工業社製)1mgに、重水素化率が100%の0.1M重塩酸(ACROS ORGANICS社製)250μLを加え、4℃で1晩間静置した後、水を蒸発させて乾燥させた。さらに、重水素化率が100%の6M重塩酸(ACROS ORGANICS社製)200μLを加え、ヒーター(Waters社製)を用いて、110℃で20時間加水分解させた後、水を蒸発させて乾燥させた。次に、水100μLを加え、孔径が0.45μmのフィルター(Millipore社製)で濾過した後、8000rpmで5分間遠心分離し、遊離アミノ酸水溶液100μLを得た。
【0054】
得られた遊離アミノ酸水溶液10μLに、pHが8.0の400mMホウ酸ナトリウム緩衝液10μL及びNBD−F(4−フルオロ−7−ニトロベンゾフラザン)(東京化成社製)の40mMアセトニトリル溶液5μLを加えた後、60℃で2分間反応させた後、2体積%トリフルオロ酢酸水溶液75μLを加えて反応を停止させ、アミノ酸のNBD誘導体を得た。
【0055】
2次元HPLC−FL−MS/MSシステムを用いて、アミノ酸のNBD誘導体を分析した。このとき、2次元HPLC−FL−MS/MSシステムの装置構成と分析条件は、以下の通りである。ここで、アミノ酸分離部103において一次元目のカラムを用いて、各アミノ酸のNBD誘導体を分離した。また、光学分割部104において二次元目のカラムを用いて、各アミノ酸のD体とL体とを分離した。
【0056】
・装置構成
<1次元目>
送液ポンプ:3301(資生堂社製)
カラムオーブン:3004(資生堂社製)
オートサンプラー:3033(資生堂社製)
蛍光検出器:3213(資生堂社製)
データ処理プログラム:Ezchrome Elite(資生堂社製)
<2次元目>
送液ポンプ:3201(資生堂社製)
デガッサー:3202(資生堂社製)
カラムオーブン:3014(資生堂社製)
オートサンプラー:3033(資生堂社製)
ハイプレッシャーバルブ:3011(資生堂社製)
蛍光検出器:3013(資生堂社製)
質量分析計:TQ−5500(AB Sciex社製)
データ処理プログラム:Analyst(AB Sciex社製)
・分析条件
<1次元目>
カラム:モノリス型ODSカラム(0.53mm(内径)×1000mm)
移動相:0〜35min;A100%、35〜55min;A100%−B100%(gradient)、55〜100min;B100%、100〜130min;C100%、130〜180min;A100%
移動相の流速:25μL/min
A:5質量%アセトニトリル、0.05質量%トリフルオロ酢酸水溶液
B:18質量%アセトニトリル、0.05質量%トリフルオロ酢酸水溶液
C:85質量%アセトニトリル水溶液
<2次元目>
カラム:SumichiralOA−3200S(1.5mm(内径)×250mm)
グルタミン酸用の移動相:0.8質量%ギ酸のアセトニトリル/メタノール(体積比:80/20)溶液
アスパラギン酸用の移動相:1質量%ギ酸のアセトニトリル/メタノール(体積比:50/50)溶液
移動相の流速:150μL/min
蛍光検出装置:励起波長470nm、蛍光波長530nmにおける蛍光強度を計測
質量分析装置:イオン化電圧5500V、温度600℃で生成した親イオン(m/z:299(Asp);313(Glu))について、衝突エネルギー37eV(Asp);21eV(Glu)を与えて得られたフラグメントイオンを計測
質量分析装置は、フラグメント生成部106及び質量分析部108に対応する。
【0057】
質量分析で検出するフラグメントイオンとして、
(1)アスパラギン酸のNBD誘導体由来の、α炭素及び側鎖を含むイオン(m/z:192)(Asp、側鎖有)と、
(2)アスパラギン酸のNBD誘導体由来の、α炭素を含み、かつ側鎖を含まないイオン(m/z:237)(Asp、側鎖無)と、
(3)グルタミン酸のNBD誘導体由来の、α炭素及び側鎖を含むイオン(m/z:247)(Glu、側鎖有)と、
(4)グルタミン酸のNBD誘導体由来の、α炭素を含み、かつ側鎖を含まないイオン(m/z:149)(Glu、側鎖無)とを選択した。
【0058】
なお、(1)及び(3)は、α炭素に結合した水素原子が重水素原子で置換されていないフラグメントを対象としている。
【0059】
図2に、ペプチドの加水分解生成物に含まれるアスパラギン酸及びグルタミン酸のキラル分析の結果を示す。図2では、上記(1)〜(4)の結果に加え、蛍光検出結果も示す。
なお、蛍光、MSのそれぞれのクロマトグラムから、式
(D体のクロマトのピークの高さ)/(標準品のD体のクロマトのピークの高さ)/{(L体のクロマトのピークの高さ)/(標準品のL体のクロマトのピークの高さ)+(D体のクロマトのピークの高さ)/(標準品のD体のクロマトのピークの高さ)}×100
により、%Dを算出した。
【0060】
図2から、すべてL体のアミノ酸で合成したペプチドにもかかわらず、D体が検出されたことがわかる。これは、試薬の純度、タンパク質の結合水、反応に用いる重塩酸や試料に内在するプロトンにより、α炭素に結合する水素原子が異性化反応の際に重水素原子に置換されなかったために生じたアーティファクトではないかと推測される。しかし、図2からわかるように、アスパラギン酸のNBD誘導体由来の、α炭素を含み、かつ側鎖を含まないフラグメントイオン(Asp、側鎖無)においては、アスパラギン酸のNBD誘導体由来の、側鎖を含むフラグメントイオン(Asp、側鎖有)や蛍光検出結果に比べて、D体の検出量が低減している。検出限界をシグナル/ノイズ比(S/N)によって算出して、検出感度を比較した場合、アスパラギン酸のNBD誘導体由来の、α炭素を含み、かつ側鎖を含まないフラグメントイオンにおいては、アーティファクトの識別・選択能を全く有さない蛍光検出と比較して、18.5倍、側鎖を含むフラグメントイオンと比較して、1.6倍に検出感度が向上している。
【0061】
また、グルタミン酸のNBD誘導体由来の、α炭素を含み、かつ側鎖を含まないフラグメントイオン(Glu、側鎖無)においても、グルタミン酸のNBD誘導体由来の、側鎖を含むフラグメントイオン(Glu、側鎖有)や蛍光検出結果に比べて、D体の検出量が低減している。検出限界をシグナル/ノイズ比(S/N)によって算出して、検出感度を比較した場合、グルタミン酸のNBD誘導体由来の、α炭素を含み、かつ側鎖を含まないフラグメントイオンにおいては、蛍光検出と比較して、41.2倍、側鎖を含むフラグメントイオンと比較して、8.3倍に検出感度が向上している。
【0062】
このことは、検出するフラグメントイオンとして、α炭素を含み、かつ側鎖を含まないフラグメントイオンを選択することにより、分析過程中に生じるアーティファクトと、結合型アミノ酸に内在するD−アミノ酸残基及び/又はL−アミノ酸残基とを高い正確度で識別することが可能になったことを示している。
【0063】
以上、本発明の好ましい実施形態及び実施例について詳述したが、本発明は上記した特定の実施形態及び実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能なものである。
【0064】
本国際出願は2015年5月11日に出願された日本国特許出願2015−096959号に基づく優先権を主張するものであり、その全内容をここに援用する。
図1
図2