(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記被測定試料が1次巻線および2次巻線を有する場合には、前記第1計測工程において、前記1次巻線に前記周期信号を印加し、前記2次巻線の両端電圧を測定する請求項1から5のいずれか一項に記載の鉄損測定方法。
電圧測定回路、電流検出用素子および電流測定回路を使用して被測定試料の鉄損を測定するための、前記電流検出用素子のインピーダンスの大きさの周波数特性と、前記電圧測定回路に対する前記電流検出用素子および前記電流測定回路の相対測定位相誤差の周波数特性を測定する方法であって、
基準試料のインピーダンスの大きさの周波数特性と周波数位相特性を測定し記憶する第1準備工程と、
前記基準試料の両端電圧を前記電圧測定回路で、前記基準試料に流れる電流を前記電流検出用素子および前記電流測定回路で測定し、前記第1準備工程で記憶しておいた測定データを用いて、前記電流検出用素子のインピーダンスの大きさの周波数特性と、前記電圧測定回路に対する前記電流検出用素子および前記電流測定回路の相対測定位相誤差の周波数特性を算出する第2準備工程と、を有し、
前記第1準備工程を実行する前に、
前記電圧測定回路および前記電流測定回路の周波数振幅特性を、ガウシアン特性あるいは最大平坦特性に調整し、前記電圧測定回路および前記電流測定回路の周波数位相特性を直線に調整し、遮断周波数を測定周波数の上限の10倍以上にする装置設定工程を、有する方法。
前記被測定試料が1次巻線および2次巻線を有する場合には、前記第1計測工程において、前記1次巻線に前記周期信号を印加し、前記2次巻線の両端電圧を測定する請求項9又は10に記載の鉄損測定装置。
【発明を実施するための形態】
【0016】
実施形態の鉄損測定装置を説明する前に、一般的な鉄損測定技術について説明する。
一般に、コイル部品の鉄損を測定するには、パワーメータやパワーアナライザが使用されており、これら従来の測定器を使用してコイル部品の鉄損を測定する方法を説明する。
【0017】
図1は、一般的な鉄損測定装置の概略構成を示すブロック図である。
鉄損測定装置10は、電圧測定回路1と、電流測定回路2と、シャント抵抗3と、制御演算部4と、表示装置5と、を有する。制御演算部4は、例えば、CPU、ROM、RAMなどから形成される。
【0018】
電圧測定回路1は、増幅器(アンプ)11と、A/D変換器(コンバーター)12と、記憶装置13と、を有する。電流測定回路2は、増幅器21と、A/D変換器(コンバーター)22と、記憶装置23と、を有する。
【0019】
測定を行う場合には、外部信号発生器6と、被測定物であるコイル部品7と、シャント抵抗3を図示のように接続し、外部信号発生器6から角周波数ω
0の周期信号を出力し、コイル部品7に印加する。この時、電圧測定回路1は、少なくとも1周期分(周期T
0=2π/ω
0)、コイル部品7の両端電圧V
L(t)を測定し、A/Dコンバーター12でデジタル信号に変換し、記憶装置13に記憶する。電流測定回路2は、少なくとも1周期分、シャント抵抗3の両端電圧V
s(t)を測定し、A/Dコンバーター22でデジタル信号に変換し、記憶装置23に記憶する。(t)は時間tの関数であることを示している。このように、電圧測定回路1および電流測定回路2は、それぞれ、V
L(t)およびV
s(t)を離散データとして保持する。制御演算部4は、電圧測定回路1および電流測定回路2の制御を行うとともに、記憶装置13および23に保持された離散データを使って数値演算等のデータ処理を行う。表示装置5はデ−タ処理の結果を表示する。
【0020】
V
s(t)は、シャント抵抗3の(直流)抵抗値R
sを用いて、次の式(1)でコイル部品7に流れる電流I
L(t)に変換される。
【0022】
そして、コイル部品7の電力損失である鉄損P
cは、次の式(2)に従って数値積分で算出される。
【0024】
ところが、この従来の測定方法で得られる鉄損の値は、以下に記述する2つの問題があり、鉄損を正確に測定しているとはいえない。
第1の問題は、コイル部品7に流れる電流I
L(t)の振幅が正確に測定できていないということである。
【0025】
シャント抵抗3は、直流抵抗値R
sだけで構成されているわけではなく、寄生静電容量C
sと寄生インダクタンスL
sとで構成される寄生リアクタンスX
sを必ず有するので、シャント抵抗3のインピーダンスZ
sは、次の式(3)で表される。
【0027】
シャント抵抗3は、コイル部品7に流れる電流I
L(t)を測定するために設けるものであり、シャント抵抗3の抵抗値R
sは、外部信号発生器6から見ると本来は不要な負荷である。特に、外部信号発生器6から出力される周期信号が方形波の場合は、抵抗値R
sが小さくないとコイル部品7に流れる電流が三角波状にならないという印加信号の劣化を生じる。また、シャント抵抗3の電力損失による発熱により、シャント抵抗3の抵抗値R
sそのものの変動の原因ともなることから、抵抗値R
sは、シャント抵抗3の両端電圧V
s(t)が検出できる範囲で、できる限り小さい値のものを使用することが望ましい。特に、自動車関連などで使用されるコイル部品7は大電流用であり、シャント抵抗3での電力損失が大きくなる。
【0028】
一方、シャント抵抗3の寄生静電容量や寄生インダクタンスは、シャント抵抗3固有のものであり、意図的に付加されたものではないので、寄生リアクタンスX
sを小さくするには限界がある。
【0029】
上記の理由でシャント抵抗3の直流抵抗値R
sを小さくすることが望ましい。すると、シャント抵抗3のインピーダンスZ
sに占める寄生リアクタンスX
sの直流抵抗値R
sに対する比率が高くなる。特に、外部信号発生器6から出力される周期信号の角周波数ω
0が高くなると、さらにその比率が高くなる。
【0030】
例えば、あるシャント抵抗3が、抵抗値R
s=100[mΩ]と寄生インダクタンスL
s=10[nH]の直列回路と等価とみなされる場合、周波数ω
0/2π=100[kHz]で、リアクタンスX
sは6.3[mΩ]である。周波数ω
0/2π=1[MHz]で、X
sは63[mΩ]にもなってしまう。外部信号発生器6から出力される周期信号の角周波数ω
0が高くなるに従って、リアクタンスX
sはさらに大きくなり、式(1)を用いてシャント抵抗3の両端電圧V
s(t)をコイル部品7に流れる電流I
L(t)に変換するのは正確ではなくなる。
【0031】
第2の問題は、コイル部品7の両端電圧V
L(t)とコイル部品7に流れる電流I
L(t)との相対位相差が正確に測定できていないということである。
【0032】
コイル部品7の両端電圧V
L(t)とコイル部品7に流れる電流I
L(t)を、それぞれ直流成分がないとしてフーリエ級数で表すと次の式(4)および(5)となる。式(4)および(5)において、V
LkおよびI
Lkは、それぞれV
L(t)とI
L(t)の角周波数ω
0のk次高調波の振幅(k:自然数)、θ
kはV
L(t)に対するI
L(t)の角周波数ω
0のk次高調波の相対位相差である。
【0035】
これらを式(2)に代入すると、鉄損P
cは、次の式(6)で表される。
【0037】
この式(6)から、鉄損P
cを正確に求めるためには、角周波数ω
0、およびそのk次高調波kω
0に対するコイル部品7の両端電圧の振幅V
Lk、コイル部品7に流れる電流の振幅I
Lk、およびこれらの相対位相差θ
kを正確に測定することが重要であることが分かる。
【0038】
ところが従来の測定方法では、この相対位相差θ
kは、本来測定したいθ
kからずれてしまい相対測定位相誤差Δφ
kが生じ、コイル部品7に流れる電流I
L(t)は式(5)ではなく、次の式(7)で表されるようになってしまうことが知られている。
【0040】
この相対位相測定誤差Δφ
kが生じる原因は、電圧測定回路1とシャント抵抗3を含む電流測定回路2との間で測定信号の遅延時間に差異が必ず生じるためである。
従って、この場合の鉄損は、式(6)ではなく、次の式(8)のP
c'で表わされることになる。
【0042】
ここで、この相対測定位相誤差Δφ
kが鉄損の値に与える影響を見てみるために、鉄損誤差ΔP
cを次の式(9)で定義する。なお、式(9)は説明を簡単にするため、ある特定の角周波数ω
x(k=x)成分のみ記述した。
【0044】
図2は、相対測定位相誤差が鉄損の値に与える影響を示す図である。
図2では、式(9)を用いて、力率角θ
xが89.1[deg]〜89.7[deg]、相対測定位相誤差Δφ
xが±0.2[deg]の範囲で変化した時の鉄損誤差ΔP
cを求めた結果が示される。この図から、相対測定位相誤差Δφ
xがいかに鉄損の値に影響を及ぼすかが分かる。例えば、被測定物の力率角θ
xが89.7[deg]の高力率角の場合、相対測定位相誤差Δφ
xが±0.1[deg]生じただけで、鉄損誤差ΔP
cが33.3[%]にもなってしまう。
【0045】
従って、何らかの方法で相対測定位相誤差Δφ
kを取り除かなければ、コイル部品7の両端電圧V
L(t)とコイル部品7に流れる電流の振幅I
L(t)との相対位相差θ
kは正確に測定できず、鉄損P
cも正確に測定できないことが分かる。
【0046】
この相対測定位相誤差Δφ
kを取り除く方法として、オシロスコープのチャンネル間の測定信号の遅延時間の補正に古くから用いられているデスキューと呼ばれる手法があり、近年では一部のパワーメータにも使用されている。
【0047】
デスキューは、2つの特性を一致させるように補正して、相対測定位相誤差を除去する手法である。しかし、このデスキューの手法を用いても相対測定位相誤差Δφ
kを正確に取り除くことはできない。以下、この理由を説明する。
まず、デスキューで相対測定位相誤差Δφ
kを取り除く原理を説明する。
【0048】
図3は、従来のデスキューが前提とする電圧測定回路およびシャント抵抗を含む電流測定回路の周波数位相特性を示す図であり、(A)が2つの特性を、(B)および(C)は2つの特性を一致させる手法を示す。
【0049】
図3の(A)に示すように、デスキューは、電圧測定回路1とシャント抵抗3を含む電流測定回路2のそれぞれの周波数位相特性が、電気回路として理想的な直線P、および直線Qであると想定している。この場合、
図3の(B)および(C)に示すように、デスキューを行う前の相対測定位相誤差Δφ
kは、直線Pと直線Qとの差異であり、直線Rで表される。
図3の(A)から(C)では、角周波数ω
xで直線Pと直線Qとの差異が、相対測定位相誤差Δφ
xであるとしている。
【0050】
デスキューでは、ある特定の角周波数ω
xにて電圧測定回路1とシャント抵抗3を含む電流測定回路2のそれぞれに入力する電圧信号と電流信号の相対位相差θ
xが0、あるいは既知であるように、一方(または両方)の信号の位相を調整する。説明を簡単にするため、
図3の(B)および(C)では、相対位相差θ
xが0の信号を入力した場合で説明する。θ
x=0が正しく測定できるためには、
図3の(B)に示すように、角周波数ω
xに対する直線Qの点Aが直線Pの点Bに重なるように、あるいは
図3の(C)に示すように、その逆で点Bが点Aに重なるように、電圧測定回路1、あるいはシャント抵抗3を含む電流測定回路2の周波数位相特性を補正しなければならない。
【0051】
上記の補正は、次のように行われる。直線P、直線Qとは別に、次の式(10)で表される角周波数ω
xで位相がΔφ
xである直線Rを作る。次に
図3の(B)に示すように、直線Qに直線Rを加える、もしくは、
図3の(C)に示すように、直線Pから直線Rを差し引く補正を行う。
【0053】
前者の場合は、電圧V
L(t)は式(4)のままであり、式(7)の電流I
L(t)の各周波数成分の位相に対して、次の式(11)の位相補正を施すことであり、後者の場合は、電流I
L(t)は式(7)のままであり、式(4)の電圧V
L(t)の各周波数成分の位相に対して、次の式(12)の位相補正を施すことである。
【0056】
どちらの場合も式(2)に代入すると、相対測定位相誤差Δφ
kが取り除かれ、鉄損P
cは式(6)で表されるようになり、一見正しそうに見える。
【0057】
ところが、電気計測の分野では周知であるように、電圧測定回路1、および電流測定回路2の周波数位相特性を電気回路として理想的な直線に近づけることは可能であるが、シャント抵抗3を含んだ電流測定回路2の周波数位相特性を、理想的な直線にすることは不可能である。シャント抵抗3は、前述したように直流抵抗R
sだけで構成されているわけではなく、寄生静電容量C
sと寄生インダクタンスL
sとで構成される寄生リアクタンスX
sを必ず有するからである。このため、デスキューでは相対測定位相誤差Δφ
kを正確に取り除くことができない。
【0058】
図4は、デスキューの問題点を説明する図であり、(A)が2つの特性を、(B)および(C)は2つの特性を一致させる手法を示す。
図4を参照して、デスキューでは相対測定位相誤差Δφ
kを正確に取り除くことができない理由をさらに説明する。
図4では、説明を簡単にするために、電圧測定回路1の周波数位相特性が、
図4の(A)に示す直線Sであり、シャント抵抗3を含む電流測定回路2の周波数位相特性が折れ線Tであるとする。デスキューを行う前の相対測定位相誤差Δφ
kは、直線Sと折れ線Tとの差異となる。ここでは、角周波数ω
xで直線Sと折れ線Tとの差異が、相対測定位相誤差Δφ
xであるとしている。
【0059】
この場合のデスキューについて、
図4の(B)および(C)を用いて説明する。デスキューでは、電圧測定回路1とシャント抵抗3を含む電流測定回路2のそれぞれに、角周波数ω
xで相対位相差θ
xが0である電圧信号と電流信号を入力する。θ
x=0が正しく測定できるようにするためには、
図4の(B)に示すように、角周波数ω
xに対する折れ線Tの点Aが直線Sの点Bに重なるように、あるいは
図4の(C)に示すように、その逆で点Bが点Aに重なるように、電圧測定回路1、あるいはシャント抵抗3を含む電流測定回路3の周波数位相特性を補正する。
【0060】
この補正は次のように行われる。
図4の(B)に示すように、直線S、折れ線Tとは別に、角周波数ω
xで位相がΔφ
xである直線Uを作る。次に、折れ線Tに直線Uを加える、もしくは、
図4の(C)に示すように、直線Sから直線Uを差し引く補正を行う。前者の場合、折れ線Tは折れ線Vとなり、角周波数ω
xを除いて直線Sとは重ならない。後者の場合は、直線Sが直線Wとなり、やはり角周波数ω
xを除いて折れ線Tとは重ならない。これはいずれも、デスキューでは、角周波数ω
xを除いて他の角周波数では相対測定位相誤差Δφ
kが取り除かれていないことを意味する。
【0061】
以上の通り、デスキューでは、角周波数の1点では相対測定位相誤差を取り除けるが、それ以外の角周波数では相対測定位相誤差Δφ
kを正確に取り除くことができない。
以上説明したように、一般の鉄損測定装置は、第1および第2の問題を有し、鉄損P
Cを正確に測定できない。
【0062】
上記の例では、シャント抵抗3を使用する鉄損測定装置の例を説明したが、パワーメータやパワーアナライザは、コイル部品7に流れる電流I
L(t)の検出手段として、シャント抵抗を用いるのではなく、カレントトランスや電流プローブ等のカレントセンサーを用いる場合がある。
【0063】
図5は、シャント抵抗の代わりにカレントセンサー16を使用した鉄損測定装置の概略構成を示すブロック図である。
図5の鉄損測定装置10Aは、カレントセンサー16を使用した以外、
図1の鉄損測定装置10と同じであり、説明は省略する。カレントセンサー16を含む電流測定回路17も、周波数位相特性が理想的な直線にならないことが知られている。従って、デスキューでは、
図1のシャント抵抗3を用いた装置と同様に、相対測定位相誤差Δφ
kを正確に取り除くことはできない。言い換えれば、カレントセンサー16を使用した場合も、シャント抵抗3を使用した場合と同様に、上記の第2の問題があり、鉄損は正確に測定できない。
【0064】
以下に説明する実施形態の鉄損測定装置は、コイル部品の鉄損を正確に測定することができる。
実施形態の鉄損測定装置は、
図1の鉄損測定装置10または
図5の鉄損測定装置10Aと類似の構成を有するが、制御演算部4の構成が異なる。以下、シャント抵抗3を有する
図1の鉄損測定装置10を例として説明するが、カレントセンサー16を有する
図5の鉄損測定装置10Aについても同様である。
【0065】
実施形態の鉄損測定装置は、測定周波数が10[kHz]〜1[MHz]である。シャント抵抗3の直流抵抗値R
s=100mΩである。前述のように、制御演算部4は、コンピュータ等で実現され、電圧測定回路1および電流測定回路2の制御を行うとともに、データの記憶および数値演算等のデータ処理を行う。表示装置5、デ−タ処理の結果の表示や、オペレータへの情報・指示を表示する。
【0066】
図6は、実施形態の鉄損測定装置が、被測定試料であるコイル部品7の鉄損を測定するために実行する処理を示すフローチャートである。
図6に示すように、処理は、装置設定工程S10と、第1準備工程S11と、第2準備工程S12と、第1計測工程S13と、第2計測工程S14と、第3計測工程S15と、を有する。第1準備工程S11と第2準備工程S12を合わせて準備工程と、第1計測工程S13から第3計測工程S15を合わせて計測工程と、称する場合がある。
【0067】
装置設定工程S10では、鉄損測定装置を、測定を行うのに適した状態に設定する。もし鉄損測定装置が測定を行うのに適した状態にあれば、装置設定工程S10を行う必要はない。また、後述するように、準備工程で取得した情報が既に記憶されており、準備工程無しで計測工程を開始する場合には、装置設定工程S10を行う。この場合も、鉄損測定装置が測定を行うのに適した状態にあれば、装置設定工程S10を行う必要はない。準備工程では、シャント抵抗3のインピーダンスの大きさの周波数特性|Z
s(ω)|と、電圧測定回路に対するシャント抵抗を含む電流測定回路の
相対測定位相誤差の周波数特性Δφ(ω)をあらかじめ算出し記憶しておく。計測工程では、実際の被測定試料であるコイル部品を測定し、準備工程で記憶しておいた|Z
s(ω)|とΔφ(ω)を用いて補正処理を行って鉄損を求める。
【0068】
以下、各工程について詳細に説明する。
装置設定工程S10では、電圧測定回路1と、シャント抵抗3を含まない電流測定回路2のそれぞれについて、周波数振幅特性を公知のガウシアン特性あるいは最大平坦特性に、周波数位相特性を直線に調整し、遮断周波数が測定周波数の上限の1[MHz]の10倍である10[MHz]になるようにする。
【0069】
電気計測の分野で周知されているように、遮断周波数がこの程度あれば、測定周波数の上限でも、電圧測定回路1およびシャント抵抗3を含まない電流測定回路2のそれぞれ単独での電圧測定値は正確である。
【0070】
第1準備工程S11では、抵抗(代表抵抗値(直流抵抗値)R
d=0.5[Ω])とインダクタ(代表インダクタンス値L
d=0.5[μH])を直列に接続した基準試料を準備し、インピーダンスの大きさの周波数特性|Z
std(ω)|、および周波数位相特性θ
std(ω)を、トレーサビリティが保証されているインピーダンスアナライザ等のインピーダンス測定器で、測定周波数の下限の10[kHz]から上限の1[MHz]の100倍である100[MHz]まで測定し、記憶装置に記憶しておく。基準試料の抵抗、およびインダクタは、温度係数が可能な限り小さいものを使うことが推奨される。実施形態で用いたものは、抵抗は100[ppm/℃]、インダクタは35[ppm/℃]である。
【0071】
図7は、第2準備工程S12を実行する時の実施形態の鉄損測定装置10の状態を示す図である。
第2準備工程S12では、
図7に示すように、上記の基準試料24を実施形態の鉄損測定装置10の被測定試料として配置する。そして、以下に詳細に述べる測定と演算を測定周波数の下限の10[kHz]から上限の100倍である100[MHz]まで繰り返し行い、シャント抵抗3のインピーダンスの大きさの周波数特性|Z
s(ω)|と、電圧測定回路1に対するシャント抵抗3を含む電流測定回路2の相対測定位相誤差の周波数特性Δφ(ω)を求めて記憶しておく。
【0072】
第2準備工程S12を具体的に説明する。信号発生器6から角周波数ω
xの正弦波を出力し基準試料24に印加する。このとき、基準試料の両端電圧V
std(t)とシャント抵抗3の両端電圧V
s(t)を少なくとも1周期分取込み記憶する。V
std(t)とV
s(t)をフーリエ級数展開し、それぞれ次の式(13)および(14)で表わされる基本波ω
x成分のみを取り出す。V
std1、V
s1はそれぞれV
std(t)、V
s(t)の基本波ω
x成分の振幅である。またα(ω
x)、β(ω
x)は、それぞれV
std(t)、V
s(t)の基本波ω
x成分の位相である。(ω
x)は角周波数ω
xの関数であることを示している。
【0075】
まず、角周波数ω
xに対するシャント抵抗3のインピーダンスの大きさ|Z
s(ω
x)|を求める。
第1準備工程で基準試料24の角周波数ω
xに対するインピーダンスの大きさ|Z
std(ω
x)|は、既知なので、基準試料24に流れている最大電流I
std1は、式(13)の結果から次の式(15)で求めることができる。
【0077】
また、シャント抵抗3の未知であるインピーダンスを|Z
s(ω
x)|とすると、I
std1は式(14)の結果から、次の式(16)で表すこともできる。
【0079】
従って、式(15)および(16)のそれぞれの右辺が等しいことから、未知であったシャント抵抗3のインピーダンスの大きさ|Z
s(ω
x)|は、次の式(17)から求めることができる。
【0081】
次に、電圧測定回路1に対するシャント抵抗3を含む電流測定回路2の角周波数ω
xに対する相対測定位相誤差Δφ(ω
x)を求める。
基準試料24の両端電圧V
std(t)の基本波に対するシャント抵抗3の両端電圧V
s(t)の基本波の位相、即ち基準試料24に流れる電流I
std(t)の基本波の位相γ(ω
x)は式(13)および(14)より次の式(18)で求めることができる。
【0083】
本来、このγ(ω
x)が、第1準備工程で測定した基準試料24の角周波数ω
xに対する位相θ
std(ω
x)に一致しなければならないが、相対測定位相誤差Δφ(ω
x)があるために一致しない。従って、相対測定位相誤差Δφ(ω
x)は、第1準備工程で測定し記憶しておいた位相θ
std(ω
x)とγ(ω
x)との位相差となり、次の式(19)で与えられる。
【0085】
実際には、式(14)のV
s(t)の基本波の位相-β(ω
x)に、このΔφ(ω
x)を加え位相補正を施すと、V
s(t)の基本波の位相は次の式(20)で表される。
【0087】
したがって、V
std(t)の基本波に対するV
s(t)の基本波の位相、即ちI
std(t)の基本波の位相は、次の式(21)で表される。
【0089】
このように、第1準備工程で測定し記憶しておいた、正確な基準試料24の位相θ
std(ω
x)と一致することが分かる。
【0090】
以上の測定と演算を、周波数を変えながら、測定周波数の下限の10[kHz]から上限の1[MHz]の100倍である100[MHz]まで繰り返し行い、シャント抵抗3のインピーダンスの大きさの周波数特性|Z
s(ω)|と、相対測定位相誤差の周波数特性Δφ(ω)を求めて記憶しておくことで、第2準備工程が終了する。
【0091】
図8は、第1準備工程で測定した基準試料24の周波数位相特性θ
std(ω)、第2準備工程で算出したα(ω)およびβ(ω)の周波数特性の関係を示す図であり、横軸をリニアスケールで描画した図である。
【0092】
図9は、
図8と同様に、第1準備工程で測定した基準試料24の周波数位相特性θ
std(ω)、第2準備工程で算出したα(ω)およびβ(ω)の周波数特性の関係を示す図であり、位相補正の説明が把握し易いように横軸を対数で描画し、(A)は全周波数範囲を、(B)は周波数範囲の一部を拡大して示している。
図9の(B)では、さらに、γ(ω
x)およびθ
std(ω
x)の関係も示している。
【0093】
図10は、第2準備工程で算出した相対測定位相誤差の周波数特性Δφ(ω)およびシャント抵抗3のインピーダンスの大きさの周波数特性|Z
s(ω)|を示す図であり、(A)がΔφ(ω)を、(B)が|Z
s(ω)|を示す。
【0094】
例えば、特許文献1に記載された鉄損の算出ではないが、被測定物の電流のみを算出する方法が提案されている。特許文献1によれば、シャント抵抗3のインピーダンスの大きさの周波数特性、あるいは周波数位相特性を、基準試料24の時と同様にトレーサビリティが保証されたインピーダンスアナライザ等の鉄損測定装置とは別のインピーダンス測定器で予め測定することが提案されている。しかし、実施形態では、特許文献1のように、シャント抵抗3のインピーダンスの大きさの周波数特性、あるいは周波数位相特性を、別のインピーダンス測定器で予め測定することは行わない。その理由は、実施形態のシャント抵抗3の抵抗値が100[mΩ]と小さいため、これを別のインピーダンス測定器で測定しても、大きな測定誤差が生じるためである。
【0095】
シャント抵抗は本来不要な負荷であり、また、電力損失による発熱により抵抗値そのものの変動の原因ともなることから、抵抗値はシャント抵抗両端電圧が検出できる範囲で、できる限り小さい値を選択し、数十[mΩ]〜数百[mΩ]の範囲ものを使用するが一般的である。ところがこれら別のインピーダンス測定器は、インピーダンスの大きさが200〜300[mΩ]未満、あるいは4〜5[MΩ]を超えると測定確度が非常に悪く、インピーダンスの大きさで数[%]〜数10[%]、位相で数[deg]もの大きな測定誤差が生じることが知られている。これだけ測定誤差が生じると、
図2で説明したが、もはや鉄損の正確な測定には到底利用できない。特許文献1の実施例に記載された例では、シャント抵抗の抵抗値が1[Ω]のものが使用されており、シャント抵抗の抵抗値としては大きいものを使用しているのは、この問題を回避するためと考えられる。
【0096】
以上、準備工程について説明した。前述のように、準備工程は、実施形態の鉄損測定装置を使用してコイル部品の鉄損を測定する度に行う必要はない。鉄損測定装置の調整作業の中で、一度、シャント抵抗3のインピーダンスの大きさの周波数特性|Z
s(ω)|と、相対測定位相誤差の周波数特性Δφ(ω)を求めて記憶しておけば、再度行う必要はない。
【0097】
図11は、第1計測工程S13を実行する時の実施形態の鉄損測定装置10の状態を示す図である。
以下、
図11を参照して計測工程について説明する。
【0098】
第1計測工程では、被測定物であるコイル部品7を、実施形態の鉄損測定装置10の被測定試料として配置し、シャント抵抗3と直列回路を形成する。外部の信号発生器6から角周波数ω
0の周期信号を出力させ、直列回路の両端に印加する。これにより、コイル部品7およびシャント抵抗3に周期信号に応じた電流が流れる。このとき、コイル部品7の両端電圧V
L(t)とシャント抵抗3の両端電圧V
s(t)を少なくとも1周期分取込み記憶する。V
L(t)とV
s(t)をそれぞれ次の式(22)、(23)で表わされる100次高調波までフーリエ展開する。V
Lk、V
skはそれぞれV
L(t)、V
s(t)のω
0のk次高調波の振幅であり、α(kω
0)、β(kω
0)はそれぞれV
L(t)、V
s(t)のω
0のk次高調波の位相である。100次高調波まで展開したのは、フーリエ級数では周知のように60次程度以上あれば、コイル部品7の両端電圧V
L(t)、あるいはシャント抵抗3の両端電圧V
s(t)が方形波であっても再現できるからである。
【0101】
第2計測工程で、次の式(24)で表すようにV
s(t)の各周波数成分の振幅V
skを、準備工程で記憶しておいたシャント抵抗3のインピーダンスの大きさの周波数特性|Z
s(kω
0)|で除して、コイル部品7に流れる電流I
L(t)の各周波数成分の振幅を正確な振幅に補正する。また、V
s(t)の各周波数成分の位相β(kω
0)に、同じく準備工程で記憶しておいた相対測定位相誤差の周波数特性Δφ(kω
0)を加えて、電流I
L(t)の各周波数成分の位相を正確な位相に補正し、正確な電流I
L(t)を求める。
【0103】
準備工程で記憶しておいたシャント抵抗3のインピーダンスの大きさの周波数特性|Z
s(ω)|に、角周波数kω
0に対応するものがない場合は、周波数特性|Z
s(ω)|を1次関数による内挿によって求めたものを使用する。相対測定位相誤差の周波数特性Δφ(ω)についても、角周波数kω
0に対応するものがない場合は、同様な処理を行う。
【0104】
第3計測工程で、式(24)のコイル部品7に流れる電流I
L(t)、式(22)のコイル部品7の両端電圧V
L(t)を用いて、前述の式(2)に従って数値積分して鉄損P
cを求める。
【0105】
コイル部品7に流れる電流の振幅、およびコイル部品7の両端電圧に対するコイル部品7に流れる電流の相対位相差を正確に補正することができているので、本発明の鉄損測定装置によれば正確な鉄損P
cを求めることができる。
【0106】
実施形態の鉄損測定装置10によるコイル部品7の両端電圧に対するコイル部品7に流れる電流の相対位相差とコイル部品7に流れる電流の振幅が正確であることを証明する具体例を示す。
【0107】
図12は、準備工程で使用した基準試料24を、あらためて被測定試料として配置し、信号発生器6から周波数を10[kHz]〜1[MHz]まで変化させながら正弦波を出力して印加し、各周波数ごとに前述の計測工程を実施したときに得られた、式(22)の試料の両端電圧V
L(t)の基本波に対する、式(24)の試料に流れる電流I
L(t)の基本波の位相差の周波数特性θ'
std(ω)と、第1準備工程で測定した基準試料24の周波数位相特性θ
std(ω)との、次の式(25)で表す差異Δθ
std(ω)を示したものである。これが全周波数に渡り0.00[deg]であることが理想ではあるが、本発明により±0.02[deg]という非常に高い確度で、第1準備工程で測定した基準試料24の周波数位相特性θstd(ω)と一致し、試料両端電圧に対する試料に流れる電流の相対位相差が測定されていることが分かる。
【0109】
図13は、
図12同様に、各周波数ごとに計測工程を実施したときに得られた、式(22)の試料の両端電圧V
L(t)の基本波の振幅を、式(24)の試料に流れる電流I
L(t)の基本波の振幅で除して得られる試料のインピーダンスの大きさの周波数特性|Z'
std(ω)|と、第1準備工程で測定した基準試料24のインピーダンスの大きさの周波数特性|Z
std(ω)|との、次の式(26)で表す差異|ΔZ
std(ω)| を示したものである。これも全周波数に渡り0.00[%]であることが理想ではあるが、本発明により最大0.16[%]未満という非常に高い確度で、第1準備工程で測定した基準試料24のインピーダンスの大きさの周波数特性|Z
std(ω)|と一致し、試料のインピーダンスの大きさ、即ち試料に流れる電流が測定されていることが分かる。
【0111】
上記の実施形態の説明では、単コイルのコイル部品7を測定する場合について説明したが、2次巻線(巻数N
2)を有するコイル部品を測定することも可能である。
図14は、2次巻線を有するコイル部品を測定する時の実施形態の鉄損測定装置の状態を示す図である。
【0112】
図14に示すように、2次巻線を有するコイル部品26の1次巻線の一方の端子をシャント抵抗3に接続し、1次巻線の他方の端子とシャント抵抗3の他の端部に、外部の信号発生器6から角周波数ω
0の周期信号を出力させ、1次巻線に信号を印加する。これにより、1次巻線およびシャント抵抗3に周期信号に応じた電流が流れ、2次巻線に信号が誘起される。電圧測定回路1は、1次巻線(巻数N
1)の両端電圧ではなく、2次巻線の両端電圧を測定する。
【0113】
図11の状態で示した単コイルのコイル部品7は、2次巻線を巻くことができないコイル部品、例えばパッケージされたインダクタ部品の銅損を含む鉄損を測定するのに用いられる。これに対して、
図14のように、2次巻線を有するコイル部品26を測定する場合は、1次巻線の銅損が含まれない鉄損が測定できるので、コイル部品の鉄心である軟磁性体そのものの純粋な鉄損が測定できる利点がある。
【0114】
図14のように、2次巻線を有するコイル部品26を測定する構成では、鉄損P
cを式(2)で算出する代わりに次の式(27)で算出する。しかし、準備工程および計測工程の手順とデータ処理は、鉄損P
cの算出以外は同じなので、詳細な説明は省略する。
【0116】
実施形態では、式(23)のV
s(t)の各周波数成分の位相β(kω
0)に、相対測定位相誤差の周波数特性Δφ(kω
0)を加えて補正しているが、式(22)のV
L(t)の各周波数成分の位相α(kω
0)の方にΔφ(kω
0)を加えて補正しても、式(2)で求められる鉄損P
cの正確さに影響はない。しかしながら、V
L(t)の各周波数成分の位相α(kω
0)の方にΔφ(kω
0)を加える位相補正は、鉄損P
c以外の測定値に問題を生じさせる。この位相補正は、周波数位相特性が直線ではないシャント抵抗を含む電流測定回路2で測定したV
s(t)を基準に、周波数位相特性が直線である電圧測定回路で測定したV
L(t)の各周波数成分の位相を補正してしまうことになるので、V
s(t)、およびV
L(t)の信号波形は真の信号波形とは異なるものに変化してしまう。そのため、実施形態のように、V
s(t)の各周波数成分の位相β(kω
0)に、相対測定位相誤差の周波数特性Δφ(kω
0)を加えて補正することが望ましい。ただし、シャント抵抗を含む電流測定回路2の周波数位相特性が直線に近ければ、V
L(t)の各周波数成分の位相α(kω
0)の方にΔφ(kω
0)を加える位相補正でも問題はない。
【0117】
実施形態では、準備工程、および計測工程での信号の取込みは1周期分としているが、1周期に限定されるわけではない。できるだけ多くの整数周期分を取込み、平均処理を行った1周期を演算対象とすれば、より測定確度は向上する。
【0118】
さらに実施形態では、基準試料として抵抗とインダクタを直列に接続したものを採用しているが、基準試料は特にこの素子構成に限定されるわけではない。測定周波数の下限から上限の100倍まで、トレーサビリティが保証されているインピーダンスアナライザ等の本発明の鉄損測定装置とは別のインピーダンス測定器で、インピーダンスの大きさの周波数特性と周波数位相特性が高確度に測定できる0.5[Ω]〜数[Ω] のインピーダンスを有する素子構成であれば良い。
【0119】
さらに、実施形態では、電流I
L(t)の検出手段としてシャント抵抗を用いた場合について説明したが、これに限定されるわけではなく、カレントトランスや電流プローブ等のカレントセンサーを用いてもよい。
以上説明してきたように、本発明の鉄損測定装置によれば、コイル部品に流れる電流の振幅、およびコイル部品両端電圧に対するコイル部品に流れる電流の相対位相差を正確に補正することができるので、正確なコイル部品に流れる電流、正確なコイル部品両端電圧、および正確なコイル部品両端電圧に対するコイル部品に流れる電流の相対位相差からコイル部品の正確な鉄損を求めることができる。