【実施例1】
【0066】
1.材料及び方法
(1)マウス
C57BL/6マウス及びBALB/cマウスは8〜12週齢を用い、Clea Japan, Inc (Tokyo, Japan) より購入した。C57BL/6背景及びBALB/cA背景CD155遺伝子欠損マウスはGunter Bernhardt博士らによって作製された(Maier, M. K. et al. 2007. Eur J Immunol 37: 2214-2225)。
IFN-γ遺伝子欠損マウスとRag-1遺伝子欠損マウスはJackson Laboratory (Bar Harbor, ME, USA) より購入した。いずれもSPF (specific pathogen free) の環境下にて飼育し、筑波大学生命科学動物資源センターの規約に従い実験を行った。
【0067】
(2)抗体、サイトカイン
抗マウスCD3、CD4、CD8、CD62L、CD44、Siglec-F、CD11b、CD16/32、IFN-γ、IL-4、IL-17抗体及びアイソタイプコントロール抗体は、BD Bioscience (San Jose, CA, USA) より購入した。抗マウスT-bet、GATA-3抗体はeBioscience (San Diego, CA, USA) より購入した。抗リン酸化マウスERK、STAT1およびERK、STAT1、IκBα抗体はCell Signaling (Danvers, MA, USA) より購入した。抗マウスNFκB抗体はSanta Cruz Biotechnology (Santa Cruz, CA, USA) より購入した。抗マウスβ-actin抗体はSigma Aldrich (St. Louis, MO, USA) より購入した。ELISAに用いた精製およびビオチン化抗マウスIFN-γ、IgE抗体はBD Bioscienceより、horseradish peroxidase (HRP) 標識ストレプトアビジン、抗ラットIgG、抗マウスIgG抗体はGE Healthcare Biosciences (Little Chalfont, UK) より購入した。
CD155に対する抗体(抗CD155抗体 (TX56))は、以下のようにして作製した。
マウスCD155を抗原として用いてWisterラットに免疫した後、10〜30日後に当該ラットから脾臓またはリンパ節を採取し、脾臓細胞またはリンパ節細胞とミエローマ細胞株とをペグチン等により融合し、さらに融合細胞から抗体産生ハイブリドーマをスクリーニングすることによりTX56産生ハイブリドーマを取得した。TX56産生ハイブリドーマをマウスの腹腔内に投与し、ハイブリドーマを大量に増殖させた。1〜2週間後に腹水を採取し、ラット抗マウスCD155抗体(TX56)として用いた。
本発明者らが作製した抗CD155抗体 (TX56)及び抗DNAM-1抗体 (TX42) のアイソタイプは、いずれもラットIgG2aである。またいずれもリガンドとの結合を阻害する抗体であり、生体内において免疫細胞を除去しない。抗CD155抗体 (TX56)の作製方法の詳細は、Tahara-Hanaoka S, et al. (2006) Blood 107: 1491-1496、Iguchi-Manaka A, et al. (2008) J Exp Med 205: 2959-2964、Nabekura T, et al. (2010) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 107: 18593-18598などに記載されている。
また、本実施例で用いたマウス抗ヒトCD155抗体(TX24)(Tahara-Hanaoka, S. et al. (2004) Int Immunol 16:533-538)は、抗原としてヒトCD155を用い、免疫動物としてマウスを用いた以外は上記TX56の作製方法と同様の方法により作製した。
リコンビナントマウスIL-2はBD Bioscienceより購入した。
【0068】
(3)フローサイトメトリー解析
洗浄液(2%ウシ胎児血清を加えたPBS)にて洗浄した細胞浮遊液を1×10
6個/サンプルに調整し、氷上で抗CD16/32抗体(2.4G2)0.5μgにてFcレセプターに対するブロックを10分行った後、一次抗体にて氷上で20分反応させ、次いで二次抗体にて氷上で20分反応させ染色を行った。細胞を洗浄液(2%ウシ胎児血清を加えたPBS)で洗浄後、フローサイトメトリー法にて解析を行った。フローサイトメーターはFACSCalibur (BD) を用いた。データ解析はCellquest Pro (BD) およびFloJo (Tree Star, OR, USA) を用いた。
【0069】
(4)In vitroでのCD4
+ T細胞刺激実験
C57BL/6N野生型マウスより脾細胞を採取し、0.75%塩化アンモニウム溶液にて溶血後、細胞を洗浄液(2%ウシ胎児血清を加えたPBS)にて洗浄し、MACS (Miltenyi Biotec, Bergisch Gladbach, Germany) にてCD4
+ T細胞をポジティブセレクションで得た。純度は95%以上である。CD4
+ T細胞を、抗CD3抗体 (0.25μg/ml) と抗CD155抗体あるいはrat IgG2aアイソタイプコントロール (20μg/ml) を37℃で2時間プレートコートしたウェルに、5×10
4個ずつ播種し、10%ウシ胎仔血清(Biological Industries, Kibbutz Beit-Haemek, Israel)、50μM 2-メルカプトエタノール (Sigma)、100U/mlペニシリン/0.1mg/mlストレプトマイシン(Sigma)含有の、コンプリートRPMI (Sigma)(以下「培養メディウム」と称する)にて、37℃、5%CO
2環境下にて培養した。CD4
+ナイーブT細胞は、MACSで採取したCD4
+細胞を抗CD4抗体、抗CD62L抗体で染色し、FACSAria (BD) にてCD4
+CD62L
highの分画をソーティングして得た。CD4
+ナイーブT細胞は、抗CD3抗体 (1μg/ml) と抗CD155抗体あるいはrat IgG2a (20μg/ml) を37℃で2時間プレートコートしたウェルに2.5×10
5個ずつ播種し、リコンビナントマウスIL-2 (20 ng/ml) 含有培養メディウムで37℃、5%CO
2環境下にて6日間培養した。
【0070】
(5)細胞内サイトカイン染色、転写因子の染色
細胞内サイトカイン染色は、まず培養細胞をPMA/Ionomycin (Sigma) をそれぞれ終濃度50 ng/ml、500 ng/mlで37℃、4時間反応し、後半の2時間はBrefeodin A (Sigma) を終濃度10μg/mlで添加した。細胞を洗浄液に回収し、表面抗原抗体 (抗CD4-APC) で氷上で30分間反応させ染色を行い、ホルムアルデヒドで室温、30分間固定したのち、抗サイトカイン抗体を30 分間反応させ染色を行った。染色はFIX and PERMキット (Invitrogen) を用い、プロトコールに従い行った。転写因子は、細胞を洗浄液に回収後、表面抗原を染色し、細胞を固定したのちに抗転写因子抗体を反応させ染色を行った。染色はFoxp3 staining kit (eBioscience) を用いた。解析はフローサイトメトリーを用いた。
【0071】
(6)ELISA
培養上清中のIFN-γ、IL-2濃度、血清中IgE濃度は、キャプチャー抗体およびビオチン化二次抗体、HRP標識ストレプトアビジンを用いたサンドイッチELISA法にて測定した。IL-4、IL-17のELISA用キットはそれぞれBD Bioscience、R&Dより購入し、キットの添付プロトコールに従い定量した。吸光度の測定にはSpectra Max M2 (Molecular Devices, Tokyo, Japan) を用いた。
【0072】
(7)生化学的解析
MACSにて分離したマウス脾臓CD4
+ T細胞を、抗CD3抗体 (0.25μg/ml) と抗CD155抗体あるいはrat IgG2a (20μg/ml) を37℃で2時間プレートコートした48穴プレート (STAT1の解析) あるいは6穴プレート (IκBα, NFκBの解析) に1.5×10
5あるいは1.2×10
6ずつ播種し、培養メディウムにて37℃、5%CO
2環境下にて表記の時間刺激培養した。全細胞溶解液は細胞を溶解バッファー(1%NP-40、PMSF、アプロチニン、Na
3VO
4、セリン/スレオニンフォスファターゼインヒビター) を用いて4℃、2時間で溶解して得た。核抽出液、細胞質抽出液は、Nuclear Extract kit (Active Motif, Carlsbad, CA, USA) を用い、キットのプロトコールに従い調整した。全細胞溶解液、核抽出液、細胞質抽出液は非還元条件下でSDS-PAGEにて分離した。その後PVDFメンブレン (Immobilon-P, Millipore, Billerica, MA) に転写バッファー (25 mM Tris, 195 mM glycine, 20% methanol) 中で100 V、1時間で転写した。メンブレンは3%牛血清アルブミン(BSA) 含有のTBST (pH 8.0, 10 mM Tris-buffered salineに0.5% Tween 20を0.5 g/L MgCl
2を添加した洗浄液) でブロッキングをした後、一次抗体を4℃、オーバーナイトで反応させ、TBSTで洗浄し、次いでHRP標識二次抗体を室温、1時間反応させた。メンブレンを洗浄した後、基質 (Super-Signal CL-HRP substrate, Thermo Fisher Scientific, Inc, Waltham, MA, USA) と反応させ、化学発光をLAS-3000 mini (FUJIFILM, Tokyo, Japan) で検出し解析した。リブロットするためにメンブレンをRestore Western Blot Stripping Buffer (Thermo Fisher Scientific, Inc) で処理しTBSTで洗浄した後、同様の方法で一次抗体、二次抗体反応、化学発光の検出を行った。
【0073】
(8)定量PCR
刺激培養を行った細胞を回収し、ISOGEN(NIPPON GENE, Tokyo, Japan)を用いてプロトコールに従いmRNAを抽出し、High-Capacity cDNA Reverse Transcription Kits(Applied Biosystems, Carlsbad, CA, USA)を用いてプロトコールに従いcDNAを合成した。Platinum SYBR Green qPCR SuperMix-UDG(Invitrogen)を用いて、ABI 7500 fast(Applied Biosystems)にて解析を行った。プライマーは以下のものを用いた。
【0074】
Tbx21 Forward: 5’-AGCAAGGACGGCGAATGTT-3’(配列番号7)
Tbx21 Reverse: 5’-GGGTGGACATATAAGCGGTTC-3’(配列番号8)
Gata3 Forward: 5’-TTATCAAGCCCAAGCGAAGG-3’(配列番号9)
Gata3 Reverse: 5’-CATTAGCGTTCCTCCTCCAGAG-3’(配列番号10)
RORc Forward: 5’-GGAGGACAGGGAGCCAAGTT-3’(配列番号11)
RORc Reverse: 5’-CCGTAGTGGATCCCAGATGACT-3’(配列番号12)
Foxp3 Forward: 5’-CCCATCCCCAGGAGTCTTG3’(配列番号13)
Foxp3 Reverse: 5’-ACCATGACTAGGGGCACTGTA-3’(配列番号14)
Actb Forward: 5’-GGCTGTATTCCCCTCCATCG-3’(配列番号15)
Actb Reverse: 5’-CCAGTTGGTAACAATGCCATGT-3’(配列番号16)
PCRサイクル条件は、95℃にて10分変性後、95℃15秒、60℃1分にて40サイクル行った。
【0075】
(9)接触性皮膚炎 (Contact Hypersensitivity; CHS)
1-クロロ-2,4-ジニトロベンゼン (DNCB) (Sigma) を100%エタノール (Sigma)に溶解し5%とし、剃毛したC57BL/6N野生型およびCD155遺伝子欠損マウスの腹部に200μl塗布して感作を行った。5日後、1% DNCBをマウスの左耳、溶媒のエタノールを右耳にそれぞれ40μlずつ塗布し、チャレンジを行った。本明細書において、「チャレンジ」とは、ある抗原に感作されている個体に再び同じ抗原を接触させ、二次応答を誘発することを意味する。24時間後、耳介の厚さを計測した。また、病理組織解析のため、耳介を摘出した。Δ耳介の厚さ(thickness)(mm)は以下の方法で算出した。
Δ耳介の厚さ(thickness)(mm)=チャレンジした耳介の厚さ(mm)−チャレンジしていない耳介の厚さ(mm)
【0076】
移入モデルでは、Rag-1遺伝子欠損マウスに野生型あるいはCD155遺伝子欠損CD4
+ T細胞 1 x 10
7個と、野生型CD8
+ T細胞 1×10
6を尾静脈より移入し、移入後1週間でCHSの誘導を開始した。
リンパ節の解析は、感作後5日目に鼠径および腋窩リンパ節を採取し、PMA/IONOで4時間刺激後、細胞内サイトカインをフローサイトメトリー法にて観察した。
【0077】
(10)好酸球性気道炎症
0日目及び7日目に、100μgのOVAタンパク (Sigma) を水酸化アルミニウムゲル (Sigma)と1:1で混和し、BALB/cA野生型およびCD155遺伝子欠損マウスに腹腔内投与し感作を行った。14、15及び16日目にOVAタンパク10μg/PBSあるいはPBSのみを経鼻的に投与し、チャレンジを行った。18日目に、2% 血清入り洗浄液1 mlで気管支肺胞洗浄 (BAL) を3回行い、BAL液中の細胞分画をフローサイトメトリー法にて解析した。CD45
+Siglec-F
+CD11b
+細胞を好酸球とし、好酸球の割合とBAL液中総血球数を乗じて総好酸球を算出した。また、18日目に、病理組織解析のため、肺を摘出した。血清IgE値は、7日目と14日目に採取した血清を用いて測定した。
【0078】
(11)病理学的解析
耳介および肺はホルマリン固定、パラフィン包埋し、HE染色を行った。組織標本は顕微鏡BioRevo (KEYENCE, Osaka, Japan) を用いて観察した。
【0079】
(12)抗CD155抗体投与試験
C57BL/6N野生型マウスに抗CD155モノクローナル抗体 (TX56) あるいはコントロール抗体 (rat Ig (MP Biomedicals, Solon, OH)) を、DNCBによる感作あるいはチャレンジの2時間前にそれぞれ1.0 mg、0.5 mg経静脈投与した。
【0080】
(13)統計
統計学的解析はunpaired t-testを用いて行った。P<0.05を有意差ありと判定した。
【0081】
2.結果
(1)CD155のTh1分化誘導能の検討
CD155が、共刺激分子として細胞内にシグナルを伝える機能を持つことから、CD4
+ T細胞の活性化だけではなく、CD4
+ナイーブT細胞からCD4
+エフェクターT細胞 (Th1/Th2/Th17細胞) への機能分化に関与している可能性を検討することとした。
CD4
+ナイーブT細胞をマウスの脾臓より分離し、抗CD3と抗CD155抗体(TX56)で6日間刺激培養し、PMA/Ionomycinで4時間再刺激した後、細胞内サイトカインをフローサイトメトリー法にて観察した。Th1/Th2/Th17細胞への分化を細胞内サイトカインIFN-γ/IL-2/IL-17の産生で評価した。また、上記6 日間培養した細胞を抗CD3 抗体で再刺激し、48 時間後の培養上清中のサイトカイン産生をELISA にて測定した。
フローサイトメトリー解析の結果、CD3とCD155を刺激するとCD3単独刺激に比べてIFN-γの産生が亢進していた (
図2A)。また培養上清中のIFN-γの濃度をELISAにて定量した結果、CD3とCD155を刺激した方がCD3単独刺激に比べIFN-γ産生が有意に亢進していた (
図2B)。一方、IL-4、IL-17産生には影響はなかった (
図2A, B)。
これらのことから、CD155がCD4
+ T細胞のTh1分化誘導を促進していることが示された。
【0082】
CD4
+エフェクターT細胞では、マスターレギュレーターと呼ばれる転写因子の発現が、各エフェクター細胞への分化マーカーとなっている。そこで、CD155がこれらのマスターレギュレーターの発現を制御しているか確認するため、CD4
+T細胞上のCD3とCD155を同時に刺激し、T-bet (Th1のマスターレギュレーター)、GATA-3 (Th2)、RORγt (Th17)、Foxp3 (Treg) のmRNAの発現を定量PCRにて解析した。具体的には、CD4
+ T 細胞を抗CD3 抗体とTX56 あるいはcIg で48 時間刺激培養し、mRNA を抽出し、T-bet, GATA3, RORγt, Foxp3 のmRNA 相対発現量を定量PCR にて解析した。未処置B6マウスの脾臓におけるmRNA 発現を1 とした。また、上記48 時間刺激培養後、T-bet, GATA3 の発現をフローサイトメトリー法にて観察した。
その結果、T-betの発現上昇およびGATA-3の発現低下が認められた (
図3A)。また、フローサイトメトリー解析の結果、タンパクレベルでもT-betの発現上昇を認めた (
図3B)。一方、RORγt、 Foxp3には影響を与えなかった (
図3A)。これらのことから、CD155がCD4
+ T細胞においてTh1分化誘導の促進に関与していることが示された。
なお、本実験では、最低2回の独立した実験を実施し、同様の結果を得た。図において、棒グラフは平均値+SD を表す。p<0.05; *, p<0.01; **, p<0.005; ***, ND; not detectable。
【0083】
また、ヒトCD4
+T細胞のTh1分化誘導に対するCD155の効果について検討した。まず、ヒ卜末梢血中の免疫細胞におけるCD155の発現を測定した。その結果、末梢血中のCD14
+単球においてCD155の発現が認められた(
図23A)。次に、ヒ卜末梢血中のCD4
+T細胞を抗CD3抗体及び抗CD28抗体で刺激し、24時間及び48時間後のCD155の発現を測定した。その結果、CD4
+T細胞の活性化に伴い、CD155の発現の上昇が認められた(
図23B)。また、ヒ卜臍帯血中のCD4
+ナイーブT細胞を抗CD3抗体(anti-CD3)と抗ヒトCD155抗体(TX24)あるいはコントロール抗体(cIg)で刺激し、6日目にPMA/Ionomycinで4時間再刺激したのち、細胞内サイトカイン産生を測定した。その結果、CD3とCD155を同時に刺激した場合、CD3単独刺激に比べIFN-γの産生が亢進した。一方、IL-4及びIL-17産生には影響はなかった(
図23C)。同様に、ヒ卜臍帯血中のCD4
+ナイーブT細胞を抗CD3抗体と抗ヒトCD155抗体あるいはコントロール抗体で刺激し、6日目にPMA/Ionomycinで4時間再刺激したのち、培養上清中のサイトカイン濃度を定量した。その結果、CD3とCD155を同時に刺激した場合、CD3単独刺激に比べIFN-γの産生が亢進した。一方、IL-4,IL-17産生には影響はなかった(
図23D)。
これらの結果より、ヒ卜においても、CD155はCD4
+T細胞のTh1分化誘導を促進していることが明らかになった。すなわち、上記の結果により、CD155を分子標的とする本願発明はヒトの免疫疾患に対しても有効であることが示された。
【0084】
(2)CD155によるTh1分化誘導機構の検討
CD155を介した共刺激およびTh1分化の詳細な分子メカニズムを検討するため、CD4
+ T細胞の活性化および分化に関与するシグナル伝達因子を解析した。
具体的には、野生型CD4
+ T細胞を抗CD3抗体と抗CD155抗体 (TX56) あるいはコントロール抗体 (cIg) で刺激し、シグナル伝達分子(ERK、STAT1、T-bet)の発現を観察した。以下、この系に基づき、以下の実験を行った。
ERKのリン酸化の解析においては、上記系において
図4に示す時間刺激をした後、全細胞溶解液を抗リン酸化ERK 抗体でブロットし、その後抗ERK 抗体でリブロットした。
その結果、刺激後2分において、CD3単独刺激に比べERKのリン酸化が亢進しているのが認められた (
図4)。このことから、CD155を介した共刺激シグナルはERKの活性化を増強することが示された。
ERKのリン酸化の遷延化は、GATA-3の発現を低下させ、その結果T-betの発現が上昇することで、Th1分化を誘導することが知られている(Yamane, H., J. Zhu, and W. E. Paul. 2005. J Exp Med 202: 793-804)。CD155を刺激した場合、ERKのリン酸化の遷延化は認められなかった (
図4)。このことから、CD155によるTh1分化誘導はERK非依存的であることが示された。
【0085】
次に、CD155がどのようにT-betの発現を促しているか検討するため、T-betの上流因子であるSTAT1に着目し、CD4
+ T細胞を抗CD3抗体と抗CD155抗体で刺激した際のSTAT1のリン酸化を観察した。具体的には、上記系に抗IFN-γ 中和抗体又はIFN-γ 遺伝子欠損CD4
+ T 細胞を用い、48 時間刺激培養した後、全細胞溶解液を抗リン酸化STAT1 抗体でブロットし、その後抗STAT1 抗体、抗β-actin 抗体でリブロットした。
その結果、CD3単独刺激に比べ、CD155を刺激するとSTAT1のリン酸化が増強された (
図5A, B:左の2レーン)。また、STAT1タンパクの発現量自体も、CD155を刺激することで上昇した (
図5A, B:左の2レーン)。
【0086】
STAT1はIFN-γの刺激で、IFN-γ受容体の下流で活性化する(Murphy, K. M., and S. L. Reiner. 2002. Nat Rev Immunol 2: 933-944)。そこで、CD155が直接STAT1の活性化を引き起こしているのか、あるいは間にIFN-γを介しているのか検討するため、IFN-γ中和抗体およびIFN-γ遺伝子欠損マウスを用いて同様の解析を行った。具体的には、上記STAT1の測定と同様の刺激を行い、24 時間後のT-bet の発現をフローサイトメトリー法にて解析した。
その結果、CD155によるSTAT1のリン酸化の増強および発現上昇が、IFN-γ中和抗体の添加およびIFN-γ遺伝子欠損CD4
+ T細胞で認められなくなった (
図5A, B:右の2レーン)。また、STAT1の下流因子、T-betについても、IFN-γ中和抗体の添加およびIFN-γ遺伝子欠損CD4
+ T細胞でCD155による発現上昇がキャンセルされた (
図6A, B)。これらのことから、CD155によるSTAT1の活性化、T-betの発現上昇にはIFN-γが必須であることが明らかになった。
【0087】
さらに、CD155を介したTh1分化誘導にIFN-γが必須であるかどうかを検討した。具体的には、OVA特異的T細胞受容体を有するトランスジェニックマウス(CD155+/+ OT-II Tgマウス又はCD155-/- OT-II Tgマウス)由来のCD4
+ナイーブT細胞を、抗IFN-γ中和抗体(anti-IFN-γ)又はコントロール抗体(clg)存在下で抗原提示細胞及びOVAペプチドと共培養し、6日目にPMA/Ionomycinで4時間再刺激したのち、細胞内サイトカイン産生を測定した。
その結果、IFN-γ中和抗体非存在下ではCD155-/- OT-II CD4
+T細胞におけるIFN-γ産生細胞の割合が、CD155+/+ OT-II CD4
+T細胞に比べて減少していた。一方IFN-γ中和抗体存在下では、その差はキャンセルされ、いずれにおいてもIFN-γ産生細胞の割合が減少した(
図20)。
この結果から、CD155を介したTh1分化誘導にはIFN-γが必須であることが明らかになった。
【0088】
次に、CD155がSTAT1やT-betの活性化の前にどのようにIFN-γ発現を制御しているのか検討することとした。IFN-γをターゲット遺伝子とする転写因子の一つにNFκBがあることが知られており、NFκBはT-betと協同してIFN-γの転写を促進することが知られている(Podojil, J. R., and S. D. Miller. 2009. ImmunolRev 229: 337-355)。そこで、CD155シグナルによるNFκBの活性化を検討することとした。NFκBは定常状態では細胞質内でIκBと結合しており、IκBが分解されIκBから遊離することで核内に移行することができる(Liou, H. C. 2002. J Biochem Mol Biol 35: 537-546)。すなわち、IκBの分解はNFκBの活性化の指標となる。そこでまず、CD4
+ T細胞を抗CD3抗体と抗CD155抗体あるいはコントロール抗体で刺激し、IκBαの分解を観察した。具体的には、上記の系で
図7Aに示した時間刺激した後、全細胞溶解液を抗IκBα 抗体でブロットし、その後抗β-actin 抗体でリブロットした。また、
図7Bに示した時間刺激した後、核抽出液および細胞質抽出液を抗NFκBp65 抗体でブロットし、その後抗β-actin 抗体でリブロットした。
その結果、刺激後15分において、CD3単独刺激に比べCD155を刺激するとIκBαの分解の亢進が認められた (
図7A)。同様の刺激でNFκB p65の核内移行を観察した結果、CD155を刺激すると核内におけるNFκB p65の量がCD3単独刺激に比べ増加しているのが認められた (
図7B)。細胞内NFκB p65についてはその差を認めなかった (
図7B、nuc; nuclear extracts, cyt; cytoplasimic extracts)。本実験においては、最低2回の独立した実験を実施し、同様の結果を得ている。図において、棒グラフは平均値+SD を表す。p<0.005; ***
【0089】
また、CD155を介したNFκBの活性化にIFN-γが必須であるかどうかについて検討した。具体的には、野生型(WT)あるいはIFN-γ遺伝子欠損(Ifng
-/-)マウス由来のCD4
+T細胞を抗CD3抗体(anti-CD3)と抗CD155抗体(TX56)又はコントロール抗体(clg)で15分間刺激し、IκBαの分解を観察した。
その結果、野生型CD4
+T細胞において、CD3とCD155を同時に刺激した場合、CD3単独刺激に比べIκBαの分解が亢進した。IFN-γ遺伝子欠損CD4
+T細胞においても、同様の結果であった(
図21)。
この結果から、CD155を介したNFκBの活性化にはIFN-γが必須ではないことが明らかになった。
【0090】
さらに、CD155のIFN-γ産生に対する効果を検討した。具体的には、マウスCD4
+ナイーブT細胞を抗CD3抗体(anti-CD3)と抗CD155抗体(TX56)又はコントロール抗体(cIg)で10時間刺激し、IFN-γのmRNAの発現を観察した。その結果、CD3とCD155を同時に刺激した場合、CD3単独刺激に比べてIFN-γの発現が上昇した(
図22A)。また同様に、マウスCD4
+ナイーブT細胞を抗CD3抗体と抗CD155抗体又はコントロール抗体で18時間刺激し、CD4
+T細胞上のIFN-γ受容体をフローサイトメトリー法で検出した。抗IFN-γ受容体α鎖抗体として、IFN-γと競合しない2E2クローン、あるいは競合するGR20クローンを用いた。その結果、2E2で検出するとIFN-γ受容体の蛍光強度に違いがないのに対し、GR20で検出すると、CD3とCD155を同時に刺激した場合、CD3単独刺激に比べIFN-γ受容体の蛍光強度が減弱した。すなわち、CD3とCD155を同時に刺激した方が、IFN-γがIFN-γ受容体により多く結合したことが示された(
図22B)。この結果から、CD155を介してIFN-γが刺激初期に産生され、IFN-γがCD4
+T細胞にオートクリンに作用していることが明らかになった。
以上の結果から、CD155はNFκBの活性化を増強することで、IFN-γの発現を上昇させ、より多く産生されたIFN-γがCD4
+ T細胞にオートクリンに作用することでSTAT1、T-betの発現を上げ、その結果、Th1分化を誘導していることが示された (
図19)。
より詳細には、T細胞受容体が抗原刺激を受ける際、CD155は抗原提示細胞上のリガンドから刺激を受け、細胞内にシグナルを伝達する。CD155は、T細胞受容体刺激の共刺激分子として、NFκBの活性化を促進する(
図24(1))。NFκBはIFN-γ遺伝子の発現を促す(
図24(2))。より多く産生されたIFN-γはオートクリンに作用し、IFN-γ受容体に結合する(
図24(3))。IFN-γ受容体の下流でSTAT1の発現上昇およびリン酸化の増強が起こる(
図24(4))。その下流でT-betの発現が上昇し(
図24(5))、さらにIFN-γの産生が亢進する。その結果、Th1分化が促進される。CD155はTh1分化誘導を促進するポジティブフィードバックループを開始するトリガーとなることが明らかとなった(
図19及び
図24)。
【0091】
(3)CD155による接触性皮膚炎の病態の増悪の検討
CD155が生体内においてTh1型免疫応答に関与しているか検討するため、Th1型免疫応答がその病態の主体をなす接触性皮膚炎 (Contact Hypersensitivity; CHS) のマウスモデルを用い解析を行った。CHSは、0日目にDNCB (1-クロロ-2, 4-ジニトロベンゼン)を腹部に塗布して感作し、5日目に右耳に溶媒のみ、左耳にDNCB を塗布することにより耳介チャレンジすることで誘導し、耳介の腫脹で病態を評価した (
図8)。
CHSをCD155遺伝子欠損マウスあるいは野生型マウスに誘導し、耳の腫脹を計測して病態の比較検討を行った結果、野生型に比べ、CD155遺伝子欠損マウスで耳介の腫脹が抑制された (
図9A)。またHE 染色による病理組織解析においても、炎症細胞の浸潤および浮腫が、野生型に比べCD155遺伝子欠損マウスで軽度であった (
図9B)。これらのことから、CD155はCHSの病態の増悪に関与していることが明らかになった。
【0092】
次に、CD155がDNCBによる感作に対するTh1免疫応答に関与しているか検討するため、感作して5日目の所属(腋窩)リンパ節を摘出し、Th1分化を細胞内サイトカイン産生で評価した。具体的には、リンパ節CD4
+ T 細胞における細胞内サイトカイン産生を、フローサイトメトリー法にて解析した。
その結果、野生型に比べ、CD155遺伝子欠損マウスにおいてIFN-γ産生細胞の割合が低いという結果を得た (
図10A, B)。一方、IL-4、IL-17産生には影響を及ぼさなかった (
図10A, B)。
図10Bの棒グラフは平均値+SD を表す。p<0.05; *, p<0.01; **, p<0.005; ***
これらのことから、CD155はDNCBの感作に対してTh1型免疫応答を促進しており、それが病態の増悪に関与していることが示された。
【0093】
CD155はCD4
+ T細胞のみならず生体内の細胞に広範に発現しているため、CD4
+T細胞上のCD155がCHSの病態に関与しているかを検討することとした。Rag-1遺伝子欠損マウスにCD155遺伝子欠損あるいは野生型CD4
+ T細胞と、野生型CD8
+ T細胞を移入し、1週間後からCHSを誘導し病態の比較検討を行った (
図8)。
その結果、野生型CD4
+ T細胞移入群に比べ、CD155遺伝子欠損CD4
+ T細胞移入群において、耳介の腫脹が抑制された (
図11)。
図11において、グラフの丸印は各個体を表し、実線は平均値±SD を表す。
これらことから、CD4
+ T細胞上のCD155がCHSの病態の増悪に関与していることが示された。またこの結果により、CHSに代表されるTh1型免疫疾患には、CD4
+ T細胞上のCD155が重要な役割を担っていることが示された。
【0094】
(4)CD155に対する抗体によるTh1型免疫疾患の治療及び/又は予防
抗CD155抗体であるTX56は、リガンドとの結合を阻害する阻害抗体であることがin vivoおよびin vitroの予備実験で明らかになっており、またTX56の投与によって、いずれの細胞分画も除去されないことを確認した (データ非掲載)。
抗CD155抗体の投与による治療及び予防効果を判定するため、CHSにおいてDNCBの感作前、およびチャレンジ前に抗CD155抗体あるいはコントロール抗体を投与し、CHS病態の比較検討を行った (
図12)。具体的には、感作の2 時間前に抗CD155 抗体(TX56) あるいはコントロール抗体 (cIg) を、1 mg/ マウス、チャレンジの2 時間前に0.5 mg/ マウスの量でそれぞれ経静脈的に投与し、耳介の腫脹の計測又は耳介の病理組織のHE染色を行い、CHS病態を比較検討した。
その結果、感作前の投与で、コントロール抗体投与に比べ、抗CD155抗体投与によって耳介の腫脹が抑制された (
図13A, B)。また、チャレンジ前投与によっても同様の結果を得た (
図14A, B)。本実験では、最低2回の独立した実験を実施し、同様の結果を得ている。
図13A及び
図14Aにおけるグラフの丸印は各個体を表し、実線は平均値±SD を表す。p<0.05; *, p<0.01; **
これらのことから、CD155に対する抗体はCHSに対して治療及び/又は予防効果を有することが示された。
なお、CHSには、抗原に感作されてTh1細胞が分化する感作相、再び抗原に暴露され、メモリーTh1細胞が活性化し局所でエフェクター機能を発揮する惹起相がある(Krasteva, M. et al. 1999. EJD 9: 65-76)。本実施例で行った感作前の投与は感作相の抑制、チャレンジ前の投与は惹起相の抑制に相当すると考えられる。ヒトにおける接触性皮膚炎においても、その発症は2回目以降の抗原暴露によって起こるため、臨床的には惹起相が接触性皮膚炎の発症に深く関与しており、惹起相を抑制することが接触性皮膚炎発症の抑制において重要である。
すなわち、惹起相においても疾患発症の抑制効果を示した本発明の抗CD155抗体は、CHSに代表されるTh1型免疫疾患の治療及び/又は予防において、極めて顕著な効果を有する。
【0095】
(5)CD155に対する抗体によるTh2型免疫疾患の治療及び/又は予防
Th2型気管支喘息のモデルとして好酸球性気道炎症のマウスモデルを用い、CD155のTh2型免疫疾患への関与について解析した。好酸球性気道炎症モデルにはBALB/cを用いるため、まず、CD155によるTh1分化の促進がBALB/cマウスでもB6マウスと同様に惹起されるかどうかを確認した。具体的には、BALB/cマウス由来のCD4
+ T細胞を抗CD3抗体と抗CD155抗体又はコントロール抗体で刺激し、6日後の細胞内サイトカイン産生をフローサイトメトリー法により解析した。その結果、CD3単独刺激に比較してIFN-γ産生の亢進が認められ、B6マウスと同様の結果を得た (
図16)。
好酸球性気道炎症は、0、7日目にOVAタンパクで感作し、14、15、16日目にOVAタンパクを経鼻的に投与することで誘発した (
図15)。好酸球性気道炎症をCD155遺伝子欠損マウスまたは野生型マウスに誘導し、血清中のIgE濃度、気管支肺胞洗浄 (BAL) 液中の好酸球数、肺への炎症細胞浸潤を指標に病態の比較検討を行った (
図15)。
その結果、Th2型免疫応答の指標となるIgE産生は、免疫後7、14日目において野生型に比べCD155遺伝子欠損マウスで亢進していた (
図17)。未処置のCD155遺伝子欠損マウスでは、野生型マウスと同様IgEは検出されないことを予備実験で確認した(データ非掲載)。
BAL液中の血球細胞を計数し、好酸球(CD45
+Siglec-F
+CD11b
+)をフローサイトメトリー法にて解析し、好酸球の割合と血球細胞数を乗じて好酸球の絶対数を算出した。
その結果、BAL液中の好酸球数は、野生型に比べ、CD155遺伝子欠損マウスで増加していた (
図18A)。HE染色を用いた肺の病理組織解析の結果、PBSのみでチャレンジすると炎症細胞の浸潤は観察されないのに対し、OVAでチャレンジした場合は肺への炎症細胞の浸潤が認められ、その程度はCD155遺伝子欠損マウスの方が野生型よりも激しいという結果を得た (
図18B)。なお、本実験では、最低2回の独立した実験を実施し、同様の結果を得た。
図18A において、グラフの丸印は各個体を表し、実線は平均値+SD を表す。p<0.05; *、 p<0.005; ***。
これらの結果から、CD155遺伝子欠損マウスではTh2型免疫応答が亢進していること、すなわちCD155は生体内でTh2型免疫応答を抑制していることが示された。また、これらの結果から、CD155に対しアゴニスト作用を有する抗CD155抗体を用いてCD155を活性化することにより、Th2型免疫疾患を治療又は予防できることが示唆された。
【0096】
以上より、CD155は、T細胞受容体刺激の共刺激分子として、NFκBの活性化を促進し、IFN-γの産生を促して、IFN-γによるポジティブフィードバックを介してTh1分化を誘導することが示された。
また、CD155は生体内でTh1/Th2免疫応答のバランスを制御していることが示され、CD155に対する抗体は、マウス、ヒト等の哺乳動物において、Th1型免疫疾患及びTh2型免疫疾患を含む幅広い免疫疾患の治療及び/又は予防効果を有することが示された。