特許第6296747号(P6296747)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6296747ヒト唾液細菌叢の検査によるIgA腎症の診断方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6296747
(24)【登録日】2018年3月2日
(45)【発行日】2018年3月20日
(54)【発明の名称】ヒト唾液細菌叢の検査によるIgA腎症の診断方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20180312BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20180312BHJP
【FI】
   C12Q1/68 A
   C12Q1/04ZNA
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-216247(P2013-216247)
(22)【出願日】2013年10月17日
(65)【公開番号】特開2015-77101(P2015-77101A)
(43)【公開日】2015年4月23日
【審査請求日】2016年10月17日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.刊行物での発表 発行者名 一般社団法人 日本腎臓学会 刊行物名 日本腎臓学会誌第55巻。第3号 学術総会号 第301頁(O−060) 発行年月日 2013(平成25)年4月25日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2.集会において発表 発表日 2013(平成25)年5月10日 集会名、開催場所 第56回日本腎臓学会学術総会 東京国際フォーラム、第7会場(G409、17:45〜18:45)(〒100−0005 東京都千代田区丸の内3丁目5番1号)
(73)【特許権者】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森田 英利
(72)【発明者】
【氏名】服部 正平
【審査官】 松岡 徹
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/092961(WO,A1)
【文献】 特開2013−183663(JP,A)
【文献】 Genome Biology, 2012, 13(6), R42
【文献】 日本農村医学会誌, 1999, 48(2), pp.132-136
【文献】 日本腎臓学会誌, 2013.04.25, 55(3), 学術総会号, p.301, O-060
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
唾液検体中の細菌叢に含まれる細菌の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を決定し、得られた塩基配列のデータ群に基づいて細菌叢を構成する菌種数を決定し、該菌種数が健常者の唾液細菌叢を構成する菌種数に比べて少ない場合、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症である可能性が高いと予想する、IgA腎症の診断を補助する方法。
【請求項2】
唾液検体中の細菌叢に含まれる細菌の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を決定し、得られた塩基配列のデータ群に含まれる各塩基配列間の類似度に基づいてクラスター解析を行い、該データ群のクラスターグループ数を求め、該クラスターグループ数が健常者のクラスターグループ数に比べて少ない場合、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症である可能性が高いと予想する、IgA腎症の診断を補助する方法。
【請求項3】
唾液検体中の細菌叢に含まれる細菌の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を決定し、得られた塩基配列のデータ群に含まれる各塩基配列間の類似度に基づいてクラスター解析を行い、該データ群の各クラスターグループに含まれる塩基配列のデータ数、及び、各クラスターグループに属する代表塩基配列同士の類似度を指標にして、各唾液検体から取得された該データ群との群間類似距離を求め、該群間類似距離が患者の群間距離に近い場合、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症である可能性が高いと予想する、IgA腎症の診断を補助する方法。
【請求項4】
唾液検体中の細菌叢に含まれる細菌の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を決定し、Bacteroidetes門、及び/又はProteobacteria門に属する菌種に関し、得られた塩基配列のデータ群に含まれる該菌種に属する塩基配列のデータ数を求め、Bacteroidetesの数が健常者よりも少ない場合、及び/又は、Proteobacteriaの数が健常者より多い場合、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症である可能性が高いと予想する、IgA腎症の診断を補助する方法。
【請求項5】
唾液検体中の細菌叢に含まれる細菌の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を決定し、Prevotella属、Neisseria属、Rothia属、Propionibacteria属、Veillonella属、Stphylococcus属、Eubacterium属、及びEnhydrobacter属から選択される1又は2種以上の属に属する菌種に関し、得られた塩基配列のデータ群に含まれる該菌種に属する塩基配列のデータ数を求め、Prevotellaの数、Propionibacteriaの数、Veillonellaの数、Staphylococcusの数、Eubacteriumの数、Enhydrobacterの数が健常者よりも少ない場合、及び/又は、Neisseriaの数、Rothiaの数が健常者より多い場合、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症である可能性が高いと予想する、IgA腎症の診断を補助する方法。
【請求項6】
被験者から採取した唾液検体中の細菌叢に含まれる細菌の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を決定して得られた塩基配列のデータ群に基づいて解析を行った場合、下記(a)〜(e)の1又は複数に該当する場合に、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症である可能性が高いと予想する、IgA腎症の診断を補助する方法。
(a)得られた塩基配列のデータ群に基づいて、該唾液検体中の細菌叢を構成する菌種数を決定し、該菌種数が健常者の菌種数に比べて少ない場合、
(b)得られた塩基配列のデータ群から求められるクラスターグループ数が健常者の値と比較して低いと判定される場合、
(c)得られた塩基配列のデータ群の群間類似距離が患者群に近い場合、
(d)得られた塩基配列のデータ群に基づいて、門レベルにおいて、Bacteroidetes門が健常者よりも少ない場合、及び/又は、Proteobacteria門が健常者より多い場合、
(e)得られた塩基配列のデータ群に基づいて、属レベルにおいて、Prevotella属、Propionibacteria属、Veillonella属、Staphylococcus属、Eubacterium属、Enhydrobacter属が健常者よりも少ない場合、及び/又は、Neisseria属、Rothia属が健常者より多い場合、
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、IgA腎症の診断方法に関し、具体的には、唾液に含まれる細菌叢の菌叢構造に基づくIgA腎症の診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
IgA腎症は、原発性糸球体腎炎のうち、腎臓の糸球体メサンギウム領域へのIgA(IgA1)沈着が認められるもののことで、慢性糸球体腎炎の一型である。フランスのJ. Bergerらによって初めて報告されたことから、ベルジェ(Berger)病とも呼ばれる。日本においては、慢性糸球体腎炎のうち、約40%程度がIgA腎症を原因としており、慢性糸球体腎炎の中でも多く認められる病型である。10代後半〜30代前半において多く発症し、発症の頻度に性差が存在し、女性よりもやや男性に多い。IgA腎症の病因としては、ウイルス等を抗原とする免疫複合体が糸球体で沈着することにより引き起こされる可能性などが示唆されているが、未だ不明な点が多く残されている。
【0003】
IgA腎症は、初期段階では無症状であることが多いため、その発症を早期に発見することが難しい。それにも関わらず、予後は必ずしも良いものではなく、腎臓の生検後20年では、約40%前後が慢性糸球体腎炎を経由して、末期腎不全に陥ると言われている。そのため、早期にIgA腎症の罹患を発見することが非常に重要な課題となっている。
現在のところ、IgA腎症の確定診断は、腎生検による糸球体の観察が唯一の方法であり、メサンギウム増殖性変化の光顕所見、メサンギウム領域のIgA沈着の抗体法による所見などを基準に診断が行われている。腎生検は、被験者に対する負担が大きく、判断までに時間を要することから、より患者への負担が少なく、簡便な方法が望まれている。
【0004】
近年、腎生検に代わる手法の開発が盛んに行われつつある。例えば、被験者の扁桃由来の試料に存在するTreponema属又はCampylobacter属の細菌を検出することを特徴とするIgA腎症の予測方法(特許文献1、非特許文献1)が報告されている。また、IgA腎症の検出方法の手がかりとなり得る情報として、IgA腎症を含む慢性糸球体腎疾患患者の唾液常在細菌叢のMicrococcus属、Haemophilus parainfluenzae属及びBacillus属が腎機能の低下に伴い減少することが報告されている(非特許文献2)。
しかしながら、集団検診などにおいて実施可能な簡便かつ有効なIgA腎症の診断方法は、未だに確立されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2010/092961
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Annual Review 腎臓 vol. 2013, p40-p46, 2013.01.25
【非特許文献2】日本農村医学会雑誌 vol. 48, No.2, p132-p136, 1999.07.20
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記事情に鑑み、本発明は、簡便かつ有効にIgA腎症を診断する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、IgA腎症の診断法の開発を目的として、鋭意研究を行った結果、被験者由来の唾液細菌叢における細菌の16SリボソームRNA遺伝子の配列を手がかりに、簡便にIgA腎症の診断を行う方法を見出し、本発明を完成するに至った。
本発明の解決手段の概要は以下の通りである。
(I)唾液細菌叢からDNAを精製し、図1のとおり網羅的な16SリボソームRNA遺伝子配列に基づく細菌叢解析を行う際、図2のとおり統計学上の言葉でOperational taxonomic unit(OTU)に当たる部分が当該細菌叢に含まれる菌種数に相当する。そして、その解析の結果、図3のとおり健常者より少ないOTUが110以下の時にはIgA腎症が疑われる1つの指標となる。
(II)図4のとおり、唾液細菌叢についてUniFrac(群集)解析を行い、健常者のクラスターから外れた場合は、IgA腎症が疑われる1つの指標となる。
(III)図5のとおり、細菌の分類学上の門のレベルで、Bacteroidetes門が健常者より有意に減少する場合、そして、Proteobacteria門が健常者より有意に増加する場合は、IgA腎症が疑われる1つの指標となる。
(IV)図6のとおり、細菌の分類学上の属のレベルで、Prevotella属、Veillonella属及びEubacterium属が健常者より有意に減少する場合、そして、Neisseria属及びRothia属が健常者より有意に増加する場合、さらに、健常者には存在するPropionibacteria属、Staphylococcus属及びEnhydrobacter属がほとんど検出されない場合は、IgA腎症が疑われる1つの指標となる。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(7)である。
(1)唾液検体中の細菌叢に含まれる細菌の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を決定し、得られた塩基配列のデータ群に基づいて、IgA腎症と判断される被験者由来の唾液検体を検出することを特徴とする、IgA腎症の診断方法。
(2)前記データ群に基づいて細菌叢を構成する菌種数を決定し、該菌種数が健常者の唾液細菌叢を構成する菌種数に比べて少ない場合、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症であると判断する、上記(1)に記載のIgA腎症の診断方法。
(3)前記データ群に含まれる各塩基配列間の類似度に基づいてクラスター解析を行い、該データ群のクラスターグループ数を求め、該クラスターグループ数が健常者のクラスターグループ数に比べて少ない場合、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症であると判断する、上記(1)に記載のIgA腎症の診断方法。
(4)前記データ群に含まれる各塩基配列間の類似度に基づいてクラスター解析を行い、該データ群の各クラスターグループに含まれる塩基配列のデータ数、及び、各クラスターグループに属する代表塩基配列同士の類似度を指標にして、各唾液検体から取得された該データ群との群間類似距離を求め、該群間類似距離が健常者の群間距離に近い場合、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症であると判断する、上記(1)に記載のIgA腎症の診断方法。
(5)Bacteroidetes門、及び/又はProteobacteria門に属する菌種に関し、前記データ群に含まれる該菌種に属する塩基配列のデータ数を求め、Bacteroidetesの数が健常者よりも少ない場合、及び/又は、Proteobacteriaの数が健常者より多い場合、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症であると判断する、上記(1)に記載のIgA腎症の診断方法。
(6)Prevotella属、Neisseria属、Rothia属、Propionibacteria属、Veillonella属、Stphylococcus属、Eubacterium属、及びEnhydrobacter属から選択される1又は2種以上の属に属する菌種に関し、前記データ群に含まれる該菌種に属する塩基配列のデータ数を求め、Prevotellaの数、Propionibacteriaの数、Veillonellaの数、Staphylococcusの数、Eubacteriumの数、Enhydrobacterの数が健常者よりも少ない場合、及び/又は、Neisseriaの数、Rothiaの数が健常者より多い場合、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症であると判断する、上記(1)に記載のIgA腎症の診断方法。
(7)被験者から採取した唾液検体中の細菌叢に含まれる細菌の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を決定して得られた塩基配列のデータ群に基づいて解析を行った場合、下記(a)〜(e)の1又は複数に該当する場合に、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症であると判断する、上記(1)に記載のIgA腎症の診断方法。
(a)得られた塩基配列のデータ群に基づいて、該唾液検体中の細菌叢を構成する菌種数を決定し、該菌種数が健常者の菌種数に比べて少ない場合、
(b)得られた塩基配列のデータ群から求められるクラスターグループ数が健常者の値と比較して低いと判定される場合、
(c)得られた塩基配列のデータ群の群間類似距離が患者群に近い場合、
(d)得られた塩基配列のデータ群に基づいて、門レベルにおいて、Bacteroidetes門が健常者よりも少ない場合、及び/又は、Proteobacteria門が健常者より多い場合、
(e)得られた塩基配列のデータ群に基づいて、属レベルにおいて、Prevotella属、Propionibacteria属、Veillonella属、Staphylococcus属、Eubacterium属、Enhydrobacter属が健常者よりも少ない場合、及び/又は、Neisseria属、Rothia属が健常者より多い場合、
【発明の効果】
【0010】
本発明のIgA腎症の診断方法は、被験者から採取した唾液を使用することから、人体に対し非侵襲的で負担の少ないものである。また、細菌叢に含まれる細菌群由来の16SリボソームRNA遺伝子の配列決定結果に基づいて判断を行うことから、1度のシークエンス作業により網羅的かつ簡便なIgA腎症の診断方法が提供される。
【0011】
さらに、本発明は、集団健康診断などにおいても実施可能であることから、自覚症状のない段階や検査意志のない場合において、早期にIgA腎症を検出することができるため、早期に、適切な治療を行うことを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】真正細菌の染色体上の16SリボソームRNA遺伝子の模式図、及び本発明で用いたV1-V2のPCR増幅部分を示す図である。
図2】Operational Taxnomic Unit (OTU)解析の説明図である。本発明では、このOTU数を、細菌叢に含まれる菌種数として考える。
図3】健常者とIgA腎症(IgAN)患者の唾液細菌叢のOUT数を比較した結果を示すグラフである。
図4】38名の健常者群及び34名のIgA腎症(IgAN)患者群の各被験者間の菌叢構造類似度を2次元散布図で表した結果である。健常者とIgA腎症患者の唾液細菌叢の間に有意差を認めた。
図5】唾液細菌叢に存在する主要な5門(Firmicutes、Actinobacteria、Bacteroidetes、Proteobacteria、Fusobacteria)に関し、その菌種の配列データ数を比較したグラフである。縦軸は、その菌種の配列データ数を示す。
図6】唾液細菌叢に存在する菌種のうち、健常者とIgA腎症(IgAN)患者との間において、その菌種の配列データ数が有意に異なる菌種(属レベル)の配列データ数を比較したグラフである。縦軸は、その菌種の配列データ数を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、被験者の唾液中の細菌叢に含まれる菌種の構成が、健常者とIgA腎症患者との間で異なることに基づいている。
すなわち、本発明の第1の態様は、唾液検体中の細菌叢に含まれる細菌の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を決定し、得られた塩基配列のデータ群に基づいて、IgA腎症と評価される被験者由来の唾液検体を検出することを特徴とする、IgA腎症の診断方法である。
細菌の16SリボソームRNA遺伝子の配列決定においては、特定の菌種の16SリボソームRNA遺伝子に偏ることなく、唾液検体中の細菌叢に含まれる、可能な限り全ての菌種の16SリボソームRNA遺伝子の配列をランダムに決定することが望ましい。この場合、被験者の唾液検体は、細菌叢に含まれる各種細菌の16SリボソームRNA遺伝子を網羅的に取得できる程度の量があれば足りる。この唾液検体の量は、16SリボソームRNA遺伝子の抽出方法や配列決定のために使用するシークエンサーの性能にも依存するが、被験者の唾液採取の負担等も考慮して、例えば、0.2mL〜3mL程度の量で解析が可能である。
唾液検体は、採取後すぐに16SリボソームRNA遺伝子の配列決定に使用することもできるが、グリセロールストックの状態で、−80℃で凍結保存(10年間程度)することも可能である。凍結保存せずに使用する場合には、自己溶解等を防ぐために4℃において保存し速やかに使用することが望ましい。
【0014】
唾液の細菌叢に含まれる菌種の16SリボソームRNA遺伝子の配列を網羅的に決定するためには、まず、唾液検体から細菌ゲノムを菌種の偏りがないように、効率的に抽出することが望ましい。唾液検体からの細菌ゲノムDNAの抽出方法は、特に限定されるものではなく、当業者であれば容易に選択することが可能であるが、例えば、溶菌酵素法(Morita et al., Microbes Environ. 22, p214-222 (2007))などを使用してもよい。溶菌酵素法による場合、唾液検体に含まれるDNAを可能な限り抽出するため、唾液検体に含まれる全細菌の99%程度が溶菌していることを確認することが望ましい。
次に、抽出した細菌ゲノムDNAに含まれる16SリボソームRNA遺伝子の配列を決定する。本発明の方法は、各菌種に特徴的な16SリボソームRNA遺伝子の配列を決定し、その配列データに基づいて唾液細菌叢の菌叢構造を解析することを要するため、該菌叢構造を反映するように、配列決定を行うべき16SリボソームRNA遺伝子の領域を選択する必要がある。16SリボソームRNA遺伝子の全領域の配列決定を行っても良いが、できるだけ迅速に解析を行い、配列の読み取りエラーを排除するためには、各菌種の配列の特徴が反映される限り、短い領域の配列を決定して比較することが望ましい。
例えば、真正細菌の16SリボソームRNA遺伝子上には、塩基配列が菌種間で保存されずに、変化に富む領域V1〜V9が存在することが知られている。従って、V1〜V9のいずれか、あるいは、これらの複数の領域を含む領域(例えば、V1及びV2など)の塩基配列を決定することが望ましい。
【0015】
塩基配列を決定する際、決定領域をPCRによって増幅させる場合、唾液検体中に含まれる菌種の16SリボソームRNA遺伝子を網羅的に解析するために、プライマーは、菌種間で普遍的に保存されている領域に設定することが望ましい。
例えば、16SリボソームRNA遺伝子のV1及びV2領域の配列決定を行う場合には、以下のプライマーセットを用いることができる。
フォワードプライマー27Fmod-454A;
5’- CCATCTCATC CCTGCGTGTC TCCGACTCAG nnnnnnnnnn agrgtttgat ymtggctcag-3’ (但し、大文字領域はシーケンスに使用するアダプター配列、nは a, c, g, 又はtのいずれか、mはa又はc、rはg又はa、yはt又はc)(配列番号1)
リバースプライマー338R-454B;
5’-CCTATCCCCT GTGTGCCTTG GCAGTCTCAG tgctgcctcc cgtaggagt-3’ (但し、大文字領域はシーケンスに使用するアダプター配列)(配列番号2)
ここで、フォワードプライマーとして例示した27Fmod-454Aは、nで示される「バーコート配列」を含んでいる。バーコード配列は、唾液検体間の識別に利用するもので、同時に配列決定をするサンプル数に対応した任意の塩基配列である。バーコード配列は検体間の識別を容易にする上で便利であるが、必須の構成要素ではない。また、27Fmod-454Aの小文字の部分は、細菌16SリボソームRNA遺伝子の保存領域に相補的な配列であるが、菌種間で多少の相違が存在することから、可能な限り網羅的に菌種の配列を増幅するために、菌種間の相違を反映した配列を採用している。
【0016】
増幅されたPCR産物を精製後、配列決定を行う。配列決定は既知の如何なる方法を用いても良いが、例えば、次世代型超高速シークエンス装置などを使用すると、迅速かつ安価に配列決定をすることができる。
取得された配列データのうち、不正確さを含むデータを排除し、残りの60〜70%のデータを高精度配列データとし、IgA腎症の診断に使用するデータ群とする。取得されたデータ群に基づいてIgA腎症と評価する方法としては、特に限定はされない。例えば、以下に述べる方法を挙げることができる。
【0017】
まず、本発明の第1の実施方法として、唾液細菌叢を構成する細菌の菌種数を調べ、該菌種数に基づいて、IgA腎症であるか否かを評価する方法を例示することができる。
IgA腎症の患者の唾液細菌叢を構成する菌種数を調べると、健常者の唾液細菌叢を構成する菌種数に比べて、有意に少ないことを発明者らは明らかにしている。従って、被験者から採取した唾液検体中の細菌叢に含まれる細菌の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を決定して得られた塩基配列のデータ群に基づいて、該唾液検体中の細菌叢を構成する菌種数を決定し、該菌種数が健常者の菌種数に比べて有意に少なければ該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症であると判断することができるか、あるいは、IgA腎症である可能性が高いと予想することができる。被験者の唾液菌叢の菌種数が健常者の菌種数に比べ有意に低いかどうかの判断は、多数の被験者由来の唾液検体を採取することができる集団検診などの機会において、被験者同士の統計的差異に基づいて判断を行ってもよい。あるいは、被験者由来の唾液検体数が少ないか又は単独である場合には、すでに取得している健常者由来の唾液検体中の細菌叢の菌種数に関するデータから基準値(健常者由来の唾液細菌叢を構成する菌種数平均値など)を閾値として設定し、該閾値との比較において、被験者由来の検体中の菌種数の多寡を判断してもよい。
唾液検体中の細菌叢の菌種数によるIgA腎症の罹患の可能性を判断する場合、上記データ群は、1被験者あたり約1000以上のデータ数を有していることが好ましく、約2000以上がより好ましく、約3000以上がさらに好ましい。
【0018】
本発明の第2の実施方法としては、取得したデータ群に含まれる各塩基配列間の類似度に基づいたクラスターグループ数を指標にする方法が例示される。16SリボソームRNA遺伝子に由来する塩基配列同士が互いに高い配列類似度を有する場合、それらの塩基配列データは、同じ細菌種に由来するということができる。従って、得られた塩基配列のデータ群について、各塩基配列間の類似度に基づいたクラスター解析を行った結果(例えば96%塩基配列類似度を閾値として設定して)得られるクラスターグループは、細菌叢を構成する細菌の菌種に対応することになり、クラスターグループ数は、細菌叢を構成する細菌の菌種数と評価することができる。
よって、上記第1の実施方法として例示した方法と同様に、データ群から求められるクラスターグループ数が健常者の値と比較して有意に低いと判定される場合に、該データ群が由来する唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症であると判断することができるか、あるいは、IgA腎症である可能性が高いと予想することができる。得られたクラスターグループ数が健常者の値に比べ有意に低いかどうかの判断は、多数の被験者由来の唾液検体を採取することができる集団検診などの機会において、被験者同士の統計的差異に基づいて判断を行ってもよい。あるいは、被験者由来の唾液検体数が少ないか又は単独である場合には、すでに取得している過去のデータから基準値(所定のクラスターグループ数など)を閾値として設定し、該閾値との比較において、クラスターグループ数の多寡を判断してもよい。また、本方法において、上記データ群は、1被験者あたり約1000以上のデータ数を有していることが好ましく、約2000以上がより好ましく、約3000以上がさらに好ましい。
【0019】
本発明の第3の実施方法として、基準となるデータ群との群間類似距離を指標にする方法を例示することができる。唾液細菌叢の菌叢構造は、構成細菌の種類とその存在量の多寡によって特徴づけられ、その菌叢構造の特徴は、上記のように得られた塩基配列のデータ群の類似性として見積もることができる。例えば、上記データ群に基づいて、上述のクラスターグループ(例えば96%塩基配列類似度を閾値として設定して)を求め、各クラスターグループに含まれる塩基配列のデータ数と、各クラスターグループを代表する代表塩基配列同士の類似度を指標にして、他の被験者から取得されたデータ群との系統樹上での系統距離を求める。この系統距離は、各被験者から取得されたデータ群との類似性をあらわす群間類似距離として定義することができる。このような群間類似距離は、被験者由来のデータ群に属する塩基配列の配列間の類似度と配列数に基づいて、各群間の類似度を数値化する手法であるUniFrac解析によって求めることができる(Lozupone C and Kn
ight R: UniFrac: a new phylogenetic method for comparing microbial communities. Appl Environ Microbiol 71: 8228-8235 (2005))。得られた群間類似距離に基づき、主座標分析で2次元散布図を作成すると、例えば、健常者のデータ群は、そのX軸の負領域に布置し、他方、患者のデータ群は、X軸上の正領域に分布するといったように、患者と健常者のデータ群を区別して識別することが可能となる。
従って、任意の唾液検体について、基準となるデータ群との群間類似距離が、健常者群に近いか患者群に近いかによって、該唾液検体がIgA腎症の患者に由来するものかどうかを判定することができる。
よって、唾液検体のデータ群の群間類似距離が患者群に近い場合、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症であると判断することができるか、あるいは、IgA腎症である可能性が高いと予想することができる。得られた群間類似距離が健常者に近いかどうかの判定は、多数の被験者由来の唾液検体を採取することができる集団検診などの機会において、被験者同士の統計的差異に基づいて判断を行ってもよい。あるいは、被験者由来の唾液検体数が少ないか又は単独である場合には、すでに取得している健常者由来の過去のデータから基準値(健常者群との所定の群間類似距離など)を予め設定しておき、その基準値を閾値にして判定を行なってもよい。本方法において、上記データ群は、1被験者あたり約50以上の配列データ数を有していることが好ましく、約100以上がより好ましく、約2000以上がさらに好ましい。
【0020】
本発明の第4の実施方法として、特定の門、属又は種に属する細菌の塩基配列のデータ数を指標にする方法を例示することができる。本発明者らは、IgA腎症の患者の唾液細菌叢と健常者の唾液細菌叢を比較すると、特定の門、属又は種に属する細菌の存在数が有意に異なることを明らかにしている。そして、前述のようにして取得されたデータ群に含まれる特定の塩基配列データの数は、特定の菌種の数を反映していると考えられる。従って、被験者の唾液検体から取得したデータ群に基づいて、特定の門、属又は種に属する細菌の塩基配列のデータ数を算出し、その値と健常者の値と比較し、有意差がある場合には、該被験者はIgA腎症のであるとの判断をすることができる。その判断は、門レベルで行ってもよく、属レベルで行なってもよく、種レベルで行ってもよく、それらの複数レベルを併用して評価してもよい。また、2種以上の門、属、及び/又は種についての判定を併用して評価してもよい。
例えば、門レベルにおいて、Bacteroidetes門の数が健常者よりも有意に少ない場合、及び/又は、Proteobacteria門の数が健常者より有意に多い場合、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症であると判断することができるか、あるいは、IgA腎症である可能性が高いと予想することができる。また、属レベルにおいて、Prevotella属の数、Propionibacteria属の数、Veillonella属の数、Staphylococcus属の数、Eubacterium属の数、Enhydrobacter属の数が健常者よりも有意に少ない場合、及び/又は、Neisseria属の数、Rothia属の数が健常者より有意に多い場合は、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症であると判断することができるか、あるいは、IgA腎症である可能性が高いと予想することができる。
【0021】
上記第1〜第4の実施方法は組み合わせて実施してもよい。
すなわち、被験者から採取した唾液検体中の細菌叢に含まれる細菌の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を決定して得られた塩基配列のデータ群に基づいて解析を行った場合、下記(a)〜(e)の1又は複数に該当する場合に、該唾液検体が採取された被験者は、IgA腎症であると判断することができるか、あるいは、IgA腎症である可能性が高いと予想することができる。
(a)得られた塩基配列のデータ群に基づいて、該唾液検体中の細菌叢を構成する菌種数を決定し、該菌種数が健常者の菌種数に比べて有意に少ない場合、
(b)得られた塩基配列のデータ群から求められるクラスターグループ数が健常者の値と比較して有意に低いと判定される場合、
(c)得られた塩基配列のデータ群の群間類似距離が患者群に近い場合、
(d)得られた塩基配列のデータ群に基づいて、門レベルにおいて、Bacteroidetes門の数が健常者よりも有意に少ない場合、及び/又は、Proteobacteria門の数が健常者より有意に多い場合、
(e)得られた塩基配列のデータ群に基づいて、属レベルにおいて、Prevotella属の数、Propionibacteria属の数、Veillonella属の数、Staphylococcus属の数、Eubacterium属の数、Enhydrobacter属の数が健常者よりも有意に少ない場合、及び/又は、Neisseria属の数、Rothiavの数が健常者より有意に多い場合、
【0022】
以下に実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0023】
1.塩基配列データの取得
1−1.唾液ストック
唾液は、被験者から採取した後、すぐにデータ解析に使用しても良いが、すぐに使用しない場合には、グリセロールストック(例えば、1mlの唾液に対し、1mlのPBS(pH7.2)を加えて混合した後、2mlの40% グリセロール溶液を加える)を調製し、液体窒素で急冷後、-80℃で保存することもできる。分解等による細菌叢の構成の変化を防ぐために、保存期間は1年間程度とするのがよい
【0024】
1−2.唾液細菌叢からの細菌ゲノムDNAの調製
唾液細菌叢の細菌ゲノムDNAは、溶菌酵素法(Morita et al., Microbes Environ. 22, p214-222 (2007))に準じて調製した。唾液のグリセロールストックを氷上にてゆっくり融解した(新鮮な唾液の場合は、1mlの唾液に数mlのPBSを混合して唾液のPBS溶液を調製する)。融解した溶液(又は、唾液のPBS溶液)を、孔径100μmフィルター(BD社製Falconセルストレーナー)でろ過し、不ろ過物をさらに2〜3mlのPBSで数回洗浄ろ過し、得られたろ液を混合して、遠心後(5,000 r.p.m.×10分間)、沈殿を回収した。回収した沈殿は、PBSで1回洗浄し、TE10溶液(10 mM Tris、10 mM EDTA)(以下、TE10)2回洗浄し、遠心後(5,000 r.p.m.×10分間)、菌体ペレットを得た。得られた菌体ペレットは、3mlのTE10に懸濁し、Lysozyme(Sigma社)を最終濃度15mg/ml-cell suspensionになるように添加し、軽く振とうした(37℃×1時間)。次に、精製したアクロモペプチダーゼ(和光純薬工業社)を最終濃度2,000units/ml-cell suspensionになるように加え、軽く振とうした(37℃×30分間)。溶液に10% SDS (pH 7.2)を、最終濃度1%になるように添加し、Proteinase K(Merck社)を最終濃度1mg/ml-lysate)になるように加え、軽く振とうした(55℃×1時間)。さらに、TE10を加えて10mlにし、10mlのフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1 [vol/vol/vol])を加え、よく混合し、遠心した(5,000r.p.m.×10分間)。得られた上清を回収して、再度当量のフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコールを加え、よく混合し、遠心した(5,000 r.p.m.×10分間)。遠心後、回収した上清に1/10倍量の3M 酢酸ナトリウム(pH 5.2)を加えて混合し、さらに、2倍量のエタノール(99.9%)を加え、氷上にて5分間静置した。遠心(500
0 r.p.m.×10分間)後、DNAペレットを回収し、これを15mlの75% エタノールでリンスした。リンス処理をさらに1回行った後、ペレットを真空乾燥し、TE(600μl)に溶解した。得られたDNA溶液に6μlのRNase A(10 mg/ml、Novagen社)を加え、加温後(37℃×1時間)、300μlの1.6M NaClと300μlの26(wt/vol)% PEG#6000(ナカライテスク社)を添加し、氷上で1時間、静置した。静置後、DNA溶液を4℃で遠心(12,000r.p.m.×30分間)し、DNAペレットを得た。得られたDNAペレットに1mlの75% ethanolを加えてリンスし、DNAペレットを真空乾燥し、300μlのTEを加えて、RNAの混入がない唾液細菌叢の細菌ゲノムDNAの溶液とした。
【0025】
1−3.16SリボソームRNA遺伝子のV1-V2領域のPCR増幅
40ngの唾液細菌叢の細菌ゲノムDNAを鋳型として、前述のユニバーサルプライマーセット(フォワードプライマー27Fmod-454A(配列番号1)とリバースプライマー338R-454B(配列番号2))を用いて、16SリボソームRNA遺伝子(以下、16S遺伝子)のV1-V2領域(図1)をPCRで増幅した。PCRはタカラバイオ社製の「TaKaRa Ex Taq」(登録商標)を用いて、各プライマー(0.2μmol)を含む反応液を作成し、94℃で2分間のプレヒーティングを行った後、変性、アニーリング、伸長をそれぞれ94℃×30秒間、55℃×30秒間、72℃×60秒間で行い25サイクル繰り返した。サイクル終了後、さらに、72℃×14分間の処理を行った。
フォワードプライマー27Fmod-454Aに含まれるバーコード配列は、複数の検体を同時にシークエンサーにより解析する場合、各検体を識別するための配列であり、解析する検体数分の異なる配列を設計し、これらの配列を有するフォワードプライマー27Fmod-454Aを調製した。PCRの結果、唾液細菌叢を構成する種々の細菌の16S遺伝子のV1-V2領域を含むDNA(約400塩基)が増幅され、それらの混合物をそのPCR産物として得た。
【0026】
1−4.配列決定用サンプルの調製
得られたPCR産物を、AMPure XP kit(BECKMAN COULTER社)を用いて処理し、過剰な基質のヌクレオチドやプライマー等を除去して精製を行った。精製されたDNAは、10μlのTEで溶出・回収した。各検体から得られた精製DNAを定量後、各検体由来のDNAの量が、正確に同じ量となるように、混合し、再度、DNA量を定量し、配列決定用のDNAサンプルを調製した。
1−5.16S遺伝子の配列決定と配列データの精度評価
上記シークエンス用サンプルを、ロシュ社製GS FLX+ System又はGS Junior Systemシークエンサーに供しシークエンスを行った。シークエンスの条件・工程等はメーカー所定のプロトコールに従って行った。
得られた粗配列データ(〜500塩基/データ)は、配列データに含まれるバーコード配列に基づき、各検体毎に分類した。その後、以下に示す評価条件(1)〜(3)を満たさない低精度の配列データを除去することにより、高精度データを抽出した。
(1)配列データの両末端配列としてユニバーサルプライマー配列(27Fmod及び338R)との配列類似度が80%以下である配列データを除去した。この工程は相同性検索プログラムのBLASTを用いて行い、両末端にユニバーサルプライマーの配列を持たない不完全な配列データを除去した。
(2)シークエンサーに付属のクオリティプログラムを用いて、配列決定した塩基配列の平均クオリティ値が25以下の配列データを除去した。
(3)上記で選択された配列データを細菌の16S配列データの公表データベースであるRDP(http://rdp.cme.msu.edu/)とCORE(http://microbiome.osu.edu./)に登録されている16S配列、及び、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)とHMP(http://commonfund.nih.gov/hmp/)に登録されている細菌ゲノム配列中の16S配列と比較を行い、アラインメント塩基長が90%以上を有する配列データを選択した。
以上の精度評価により、各被験者由来のサンプルにおいて、〜10,000の全粗配列データのうち、60〜70%のデータが高精度配列データとして選択された。
【0027】
2.Operational Taxonomic Unit解析
上述のようにして取得した高精度配列データから各被験者あたりランダムに抽出した3,000データを、クラスターリング(類似度95-97%の閾値)によるOperational Taxonomic Unit解析(以下、OTU解析)に使用した。図2は、OTU解析の概略説明図を示す。OTU解析では、配列データの類似度を基準にして各配列データをグループ化する。今回の解析においては、互いに95-97%以上の配列類似度を有する配列データのクラスターグループ(以下、OTU)を得た。配列データのクラスタリングは、例えば、フリーウェアUSEARCH(http://drive5.com/usearch/usearch3.0.html)などを用いて行うことができる。ここで得られた各OTUは同じ種の細菌に由来すると推測することができる。従って、得られたOTUの数は、唾液細菌叢を構成する菌種の数と評価することができる。また、各OTUに含まれる配列データ数は、該OUTに対応する菌種の菌の数に相当するため、総配列データ数に対する各OTUに含まれる配列データ数の割合は、細菌総を構成する全菌種に対する該OTUに対応する菌種の割合として捉えることができる。そして、各OTUの代表配列データに関して、16S及び細菌ゲノムのデータベースへの相同性検索を行うことにより、もっとも高い配列類似度を有する既知菌種がOTUの菌種であると同定することができる。
【0028】
図3には、38名の健常者群と34名のIgA腎症(IgAN)患者群について、各被験者に由来する塩基配列のデータ群のOTU解析によって得られたOTU数を、健常者群とIgA腎症の患者群とで比較した結果を示す。健常者群の平均OTU数(38名の平均)とIgA腎症患者群の平均OTU数(34名の平均)は、各々、132±20と98±14であり、IgA腎症の患者のOTU数は健常者のそれよりも統計学的に有意に低いことが示された(t-testによるp値<0.05)。
以上の結果より、唾液細菌叢を構成する菌種数(OTU数)を指標にして、任意の唾液検体に関し、IgA腎症患者に由来する唾液検体を検出することが可能であることが分かった。
【0029】
3.UniFrac解析およびそれに基づく主座標分析
38名の健常者群及び34名のIgA腎症(IgAN)患者群について、前述のようにして取得した高精度配列データから各被験者あたりランダムに抽出した3,000データを、UniFrac解析に使用し、各被験者間の類似度を求め、その類似度に基づく主座標分析を行った。
ここでUniFrac解析は、塩基配列のデータ群から構成される任意の複数群ついて、各群に属する塩基配列の配列同士の類似度と配列数から、各群間の類似度を数値化する手法である(Lozupone C and Knight R: UniFrac: a new phylogenetic method for comparing microbial communities. Appl Environ Microbiol 71: 8228-8235 (2005))。また、主座標分析は、対象についての任意の基準の類似度を元にして、その対象をn次元座標上に布置する手法である。
UniFrac解析を行うにはフリーウェア(http://bmf.colorado.edu/unifrac/)などが利用可能である。また、主座標分析についても市販のプログラムなどが利用可能である。
【0030】
まず、各被験者に由来する塩基配列のデータ群のOTU解析を行い、得られたOTUについて、各OTUに属する代表塩基配列同士の類似度と各OTUに含まれる塩基配列のデータ数とに基づいてUniFrac解析を行い、38名の健常者群及び34名のIgA腎症(IgAN)患者群に関し、各被験者に由来する塩基配列のデータ群の類似度を、系統樹上での系統距離(UniFrac Distance)(以下、群間類似距離)として求めた。そして、その群間類似距離(UniFrac Distance)に基づいた主座標分析を行い、2次元座標上への主座標1及び主座標2の値をもとに、各被験者間の菌叢構造の類似度を2次元散布図で表した。その結果を図4Aに示す。
【0031】
図4Aから分かるように、健常者群が分布する座標領域とIgA腎症患者群が分布する座標領域が、明らかに異なっていた。従って、IgA腎症患者の唾液細菌叢と健常者の唾液細菌叢とでは、少なくとも、細菌叢を構成する細菌の種類とその存在量が、有意に相異していることが明らかとなった。また、各被験者間の菌叢構造の類似度を、上記群間類似距離又はそれに基づく主座標分析により判定することができ、健常者群とIgA腎症患者群を明確に識別することが可能である。また、図4Bは、IgA腎症患者同士(IgAN−IgAN)、IgA腎症患者と健常者同士(IgAN−健常者)及び健常者同士(健常者−健常者)の群間類似距離を縦軸にとりグラフ化したものである。この結果から、IgA腎症患者と健常者同士(IgAN−IgAN)の群間類似距離は、IgA腎症患者同士又は健常者同士の群間類似距離に比べて、より大きな値(群同士の距離が離れている)を示すことが分かった。
以上の結果から、健常者群に対する群間類似距離を指標にして、任意の唾液検体から任意の唾液検体に関し、IgA腎症患者に由来する唾液検体を検出し得ることが明かとなった。
【0032】
4.健常者とIgA腎症患者の間で有意に異なるOTUの探索と菌種の特定
38名の健常者群及び34名のIgA腎症(IgAN)患者群について、前述のようにして取得した高精度配列データから各被験者あたりランダムに抽出した3,000データを、OTU解析に使用した。クラスタリングのための閾値としては、上記した個別細菌叢のOTU解析と同じ95〜97%の配列類似度を閾値として設定した。得られたOTUのうち、健常者群とIgA腎症患者群との群間での配列データ数の差異について、t-testでp<0.05を示すOTUを検出した。また、これらのOTUの門、属レベルでの菌種の帰属を、16S遺伝子配列のデータベースであるRDPとCORE、及びゲノム配列のデータベースであるNCBIとHMPを使用した相同性検索により行った。
【0033】
4−1.門レベルにおける菌種の特定
OTU解析から、被験者すべての72名の唾液細菌叢に計5門の細菌種が検出された。それらの検出された5門のうち、Bacteroidetes門、Proteobacteria門の2門に属する菌種の配列データ数が、健常者群とIgA腎症患者群の群間で有意に異なっていた(t-testにより、p<0.05)。具体的には、Bacteroidetes門に属する菌種の配列データ数において、IgA腎症患者群では健常者群に比べて有意に減少しており、他方、Proteobacteria門に属する菌種の配列データ数において、IgA腎症患者群では健常者群に比べて有意に増加していた(図5)。Bacteroidetes門は平均のリード数が健常者では510に対してIgA腎症患者では280であった。一方、Proteobacteria門は平均のリード数が健常者では150に対してIgA腎症患者では290であった。
【0034】
4−2.属レベルにおける菌種の特定
OTU解析から、被験者すべての72名の唾液細菌叢において、1%以上の存在量があった43属を分析の対象とした。その43属のうち、Prevotella属、Neisseria属、Rothia属、Propionibacteria属、Veillonella属、Staphylococcus属、Eubacterium属、Enhydrobacter属の8属に属する菌種の配列データ数が、健常者群とIgA腎症患者群の群間で有意に異なっていた(t-testにより、p<0.05)。具体的には、Prevotella属、Propionibacteria属、Veillonella属、Staphylococcus属、Eubacterium属、Enhydrobacter属に属する菌種の配列データ数において、IgA腎症患者群では健常者群に比べて有意に減少しており、他方、Neisseria属、Rothia属に属する菌種の配列データ数において、IgA腎症患者群では健常者群に比べて有意に増加していた(図6)。Prevotella属は平均のリード数が健常者では410に対してIgA腎症患者では190であった。Propionibacteria属は平均のリード数が健常者では10に対してIgA腎症患者では0であった。Veillonellaは平均のリード数が健常者では80に対してIgA腎症患者では60であった。Staphylococcus属は平均のリード数が健常者では15に対してIgA腎症患者では0であった。Eubacterium属は平均のリード数が健常者では8に対してIgA腎症患者では5であった。Enhydrobacter属は平均のリード数が健常者では3に対してIgA腎症患者では0であった。一方、Neisseria属は平均のリード数が健常者では40に対してIgA腎症患者では195であった。Rothia属は平均のリード数が健常者では50に対してIgA腎症患者では125であった。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、IgA腎症に罹患しているかどうかの診断を行うにあたり、唾液サンプルを使用して、簡便に、かつ、迅速に実施する方法を提供するものである。従って、従来の腎生検よりも被験者の負担が少なく、集団検診等においても容易に行い得るIgA腎症の診断方法として、集団検診等における実用化が大いに期待される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]