【実施例】
【0023】
1.塩基配列データの取得
1−1.唾液ストック
唾液は、被験者から採取した後、すぐにデータ解析に使用しても良いが、すぐに使用しない場合には、グリセロールストック(例えば、1mlの唾液に対し、1mlのPBS(pH7.2)を加えて混合した後、2mlの40% グリセロール溶液を加える)を調製し、液体窒素で急冷後、-80℃で保存することもできる。分解等による細菌叢の構成の変化を防ぐために、保存期間は1年間程度とするのがよい
【0024】
1−2.唾液細菌叢からの細菌ゲノムDNAの調製
唾液細菌叢の細菌ゲノムDNAは、溶菌酵素法(Morita et al., Microbes Environ. 22, p214-222 (2007))に準じて調製した。唾液のグリセロールストックを氷上にてゆっくり融解した(新鮮な唾液の場合は、1mlの唾液に数mlのPBSを混合して唾液のPBS溶液を調製する)。融解した溶液(又は、唾液のPBS溶液)を、孔径100μmフィルター(BD社製Falconセルストレーナー)でろ過し、不ろ過物をさらに2〜3mlのPBSで数回洗浄ろ過し、得られたろ液を混合して、遠心後(5,000 r.p.m.×10分間)、沈殿を回収した。回収した沈殿は、PBSで1回洗浄し、TE10溶液(10 mM Tris、10 mM EDTA)(以下、TE10)2回洗浄し、遠心後(5,000 r.p.m.×10分間)、菌体ペレットを得た。得られた菌体ペレットは、3mlのTE10に懸濁し、Lysozyme(Sigma社)を最終濃度15mg/ml-cell suspensionになるように添加し、軽く振とうした(37℃×1時間)。次に、精製したアクロモペプチダーゼ(和光純薬工業社)を最終濃度2,000units/ml-cell suspensionになるように加え、軽く振とうした(37℃×30分間)。溶液に10% SDS (pH 7.2)を、最終濃度1%になるように添加し、Proteinase K(Merck社)を最終濃度1mg/ml-lysate)になるように加え、軽く振とうした(55℃×1時間)。さらに、TE10を加えて10mlにし、10mlのフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1 [vol/vol/vol])を加え、よく混合し、遠心した(5,000r.p.m.×10分間)。得られた上清を回収して、再度当量のフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコールを加え、よく混合し、遠心した(5,000 r.p.m.×10分間)。遠心後、回収した上清に1/10倍量の3M 酢酸ナトリウム(pH 5.2)を加えて混合し、さらに、2倍量のエタノール(99.9%)を加え、氷上にて5分間静置した。遠心(500
0 r.p.m.×10分間)後、DNAペレットを回収し、これを15mlの75% エタノールでリンスした。リンス処理をさらに1回行った後、ペレットを真空乾燥し、TE(600μl)に溶解した。得られたDNA溶液に6μlのRNase A(10 mg/ml、Novagen社)を加え、加温後(37℃×1時間)、300μlの1.6M NaClと300μlの26(wt/vol)% PEG#6000(ナカライテスク社)を添加し、氷上で1時間、静置した。静置後、DNA溶液を4℃で遠心(12,000r.p.m.×30分間)し、DNAペレットを得た。得られたDNAペレットに1mlの75% ethanolを加えてリンスし、DNAペレットを真空乾燥し、300μlのTEを加えて、RNAの混入がない唾液細菌叢の細菌ゲノムDNAの溶液とした。
【0025】
1−3.16SリボソームRNA遺伝子のV1-V2領域のPCR増幅
40ngの唾液細菌叢の細菌ゲノムDNAを鋳型として、前述のユニバーサルプライマーセット(フォワードプライマー27Fmod-454A(配列番号1)とリバースプライマー338R-454B(配列番号2))を用いて、16SリボソームRNA遺伝子(以下、16S遺伝子)のV1-V2領域(
図1)をPCRで増幅した。PCRはタカラバイオ社製の「TaKaRa Ex Taq」(登録商標)を用いて、各プライマー(0.2μmol)を含む反応液を作成し、94℃で2分間のプレヒーティングを行った後、変性、アニーリング、伸長をそれぞれ94℃×30秒間、55℃×30秒間、72℃×60秒間で行い25サイクル繰り返した。サイクル終了後、さらに、72℃×14分間の処理を行った。
フォワードプライマー27Fmod-454Aに含まれるバーコード配列は、複数の検体を同時にシークエンサーにより解析する場合、各検体を識別するための配列であり、解析する検体数分の異なる配列を設計し、これらの配列を有するフォワードプライマー27Fmod-454Aを調製した。PCRの結果、唾液細菌叢を構成する種々の細菌の16S遺伝子のV1-V2領域を含むDNA(約400塩基)が増幅され、それらの混合物をそのPCR産物として得た。
【0026】
1−4.配列決定用サンプルの調製
得られたPCR産物を、AMPure XP kit(BECKMAN COULTER社)を用いて処理し、過剰な基質のヌクレオチドやプライマー等を除去して精製を行った。精製されたDNAは、10μlのTEで溶出・回収した。各検体から得られた精製DNAを定量後、各検体由来のDNAの量が、正確に同じ量となるように、混合し、再度、DNA量を定量し、配列決定用のDNAサンプルを調製した。
1−5.16S遺伝子の配列決定と配列データの精度評価
上記シークエンス用サンプルを、ロシュ社製GS FLX+ System又はGS Junior Systemシークエンサーに供しシークエンスを行った。シークエンスの条件・工程等はメーカー所定のプロトコールに従って行った。
得られた粗配列データ(〜500塩基/データ)は、配列データに含まれるバーコード配列に基づき、各検体毎に分類した。その後、以下に示す評価条件(1)〜(3)を満たさない低精度の配列データを除去することにより、高精度データを抽出した。
(1)配列データの両末端配列としてユニバーサルプライマー配列(27Fmod及び338R)との配列類似度が80%以下である配列データを除去した。この工程は相同性検索プログラムのBLASTを用いて行い、両末端にユニバーサルプライマーの配列を持たない不完全な配列データを除去した。
(2)シークエンサーに付属のクオリティプログラムを用いて、配列決定した塩基配列の平均クオリティ値が25以下の配列データを除去した。
(3)上記で選択された配列データを細菌の16S配列データの公表データベースであるRDP(http://rdp.cme.msu.edu/)とCORE(http://microbiome.osu.edu./)に登録されている16S配列、及び、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)とHMP(http://commonfund.nih.gov/hmp/)に登録されている細菌ゲノム配列中の16S配列と比較を行い、アラインメント塩基長が90%以上を有する配列データを選択した。
以上の精度評価により、各被験者由来のサンプルにおいて、〜10,000の全粗配列データのうち、60〜70%のデータが高精度配列データとして選択された。
【0027】
2.Operational Taxonomic Unit解析
上述のようにして取得した高精度配列データから各被験者あたりランダムに抽出した3,000データを、クラスターリング(類似度95-97%の閾値)によるOperational Taxonomic Unit解析(以下、OTU解析)に使用した。
図2は、OTU解析の概略説明図を示す。OTU解析では、配列データの類似度を基準にして各配列データをグループ化する。今回の解析においては、互いに95-97%以上の配列類似度を有する配列データのクラスターグループ(以下、OTU)を得た。配列データのクラスタリングは、例えば、フリーウェアUSEARCH(http://drive5.com/usearch/usearch3.0.html)などを用いて行うことができる。ここで得られた各OTUは同じ種の細菌に由来すると推測することができる。従って、得られたOTUの数は、唾液細菌叢を構成する菌種の数と評価することができる。また、各OTUに含まれる配列データ数は、該OUTに対応する菌種の菌の数に相当するため、総配列データ数に対する各OTUに含まれる配列データ数の割合は、細菌総を構成する全菌種に対する該OTUに対応する菌種の割合として捉えることができる。そして、各OTUの代表配列データに関して、16S及び細菌ゲノムのデータベースへの相同性検索を行うことにより、もっとも高い配列類似度を有する既知菌種がOTUの菌種であると同定することができる。
【0028】
図3には、38名の健常者群と34名のIgA腎症(IgAN)患者群について、各被験者に由来する塩基配列のデータ群のOTU解析によって得られたOTU数を、健常者群とIgA腎症の患者群とで比較した結果を示す。健常者群の平均OTU数(38名の平均)とIgA腎症患者群の平均OTU数(34名の平均)は、各々、132±20と98±14であり、IgA腎症の患者のOTU数は健常者のそれよりも統計学的に有意に低いことが示された(t-testによるp値<0.05)。
以上の結果より、唾液細菌叢を構成する菌種数(OTU数)を指標にして、任意の唾液検体に関し、IgA腎症患者に由来する唾液検体を検出することが可能であることが分かった。
【0029】
3.UniFrac解析およびそれに基づく主座標分析
38名の健常者群及び34名のIgA腎症(IgAN)患者群について、前述のようにして取得した高精度配列データから各被験者あたりランダムに抽出した3,000データを、UniFrac解析に使用し、各被験者間の類似度を求め、その類似度に基づく主座標分析を行った。
ここでUniFrac解析は、塩基配列のデータ群から構成される任意の複数群ついて、各群に属する塩基配列の配列同士の類似度と配列数から、各群間の類似度を数値化する手法である(Lozupone C and Knight R: UniFrac: a new phylogenetic method for comparing microbial communities. Appl Environ Microbiol 71: 8228-8235 (2005))。また、主座標分析は、対象についての任意の基準の類似度を元にして、その対象をn次元座標上に布置する手法である。
UniFrac解析を行うにはフリーウェア(http://bmf.colorado.edu/unifrac/)などが利用可能である。また、主座標分析についても市販のプログラムなどが利用可能である。
【0030】
まず、各被験者に由来する塩基配列のデータ群のOTU解析を行い、得られたOTUについて、各OTUに属する代表塩基配列同士の類似度と各OTUに含まれる塩基配列のデータ数とに基づいてUniFrac解析を行い、38名の健常者群及び34名のIgA腎症(IgAN)患者群に関し、各被験者に由来する塩基配列のデータ群の類似度を、系統樹上での系統距離(UniFrac Distance)(以下、群間類似距離)として求めた。そして、その群間類似距離(UniFrac Distance)に基づいた主座標分析を行い、2次元座標上への主座標1及び主座標2の値をもとに、各被験者間の菌叢構造の類似度を2次元散布図で表した。その結果を
図4Aに示す。
【0031】
図4Aから分かるように、健常者群が分布する座標領域とIgA腎症患者群が分布する座標領域が、明らかに異なっていた。従って、IgA腎症患者の唾液細菌叢と健常者の唾液細菌叢とでは、少なくとも、細菌叢を構成する細菌の種類とその存在量が、有意に相異していることが明らかとなった。また、各被験者間の菌叢構造の類似度を、上記群間類似距離又はそれに基づく主座標分析により判定することができ、健常者群とIgA腎症患者群を明確に識別することが可能である。また、
図4Bは、IgA腎症患者同士(IgAN−IgAN)、IgA腎症患者と健常者同士(IgAN−健常者)及び健常者同士(健常者−健常者)の群間類似距離を縦軸にとりグラフ化したものである。この結果から、IgA腎症患者と健常者同士(IgAN−IgAN)の群間類似距離は、IgA腎症患者同士又は健常者同士の群間類似距離に比べて、より大きな値(群同士の距離が離れている)を示すことが分かった。
以上の結果から、健常者群に対する群間類似距離を指標にして、任意の唾液検体から任意の唾液検体に関し、IgA腎症患者に由来する唾液検体を検出し得ることが明かとなった。
【0032】
4.健常者とIgA腎症患者の間で有意に異なるOTUの探索と菌種の特定
38名の健常者群及び34名のIgA腎症(IgAN)患者群について、前述のようにして取得した高精度配列データから各被験者あたりランダムに抽出した3,000データを、OTU解析に使用した。クラスタリングのための閾値としては、上記した個別細菌叢のOTU解析と同じ95〜97%の配列類似度を閾値として設定した。得られたOTUのうち、健常者群とIgA腎症患者群との群間での配列データ数の差異について、t-testでp<0.05を示すOTUを検出した。また、これらのOTUの門、属レベルでの菌種の帰属を、16S遺伝子配列のデータベースであるRDPとCORE、及びゲノム配列のデータベースであるNCBIとHMPを使用した相同性検索により行った。
【0033】
4−1.門レベルにおける菌種の特定
OTU解析から、被験者すべての72名の唾液細菌叢に計5門の細菌種が検出された。それらの検出された5門のうち、Bacteroidetes門、Proteobacteria門の2門に属する菌種の配列データ数が、健常者群とIgA腎症患者群の群間で有意に異なっていた(t-testにより、p<0.05)。具体的には、Bacteroidetes門に属する菌種の配列データ数において、IgA腎症患者群では健常者群に比べて有意に減少しており、他方、Proteobacteria門に属する菌種の配列データ数において、IgA腎症患者群では健常者群に比べて有意に増加していた(
図5)。Bacteroidetes門は平均のリード数が健常者では510に対してIgA腎症患者では280であった。一方、Proteobacteria門は平均のリード数が健常者では150に対してIgA腎症患者では290であった。
【0034】
4−2.属レベルにおける菌種の特定
OTU解析から、被験者すべての72名の唾液細菌叢において、1%以上の存在量があった43属を分析の対象とした。その43属のうち、Prevotella属、Neisseria属、Rothia属、Propionibacteria属、Veillonella属、Staphylococcus属、Eubacterium属、Enhydrobacter属の8属に属する菌種の配列データ数が、健常者群とIgA腎症患者群の群間で有意に異なっていた(t-testにより、p<0.05)。具体的には、Prevotella属、Propionibacteria属、Veillonella属、Staphylococcus属、Eubacterium属、Enhydrobacter属に属する菌種の配列データ数において、IgA腎症患者群では健常者群に比べて有意に減少しており、他方、Neisseria属、Rothia属に属する菌種の配列データ数において、IgA腎症患者群では健常者群に比べて有意に増加していた(
図6)。Prevotella属は平均のリード数が健常者では410に対してIgA腎症患者では190であった。Propionibacteria属は平均のリード数が健常者では10に対してIgA腎症患者では0であった。Veillonellaは平均のリード数が健常者では80に対してIgA腎症患者では60であった。Staphylococcus属は平均のリード数が健常者では15に対してIgA腎症患者では0であった。Eubacterium属は平均のリード数が健常者では8に対してIgA腎症患者では5であった。Enhydrobacter属は平均のリード数が健常者では3に対してIgA腎症患者では0であった。一方、Neisseria属は平均のリード数が健常者では40に対してIgA腎症患者では195であった。Rothia属は平均のリード数が健常者では50に対してIgA腎症患者では125であった。