【実施例】
【0047】
光受容細胞の適切な機能は、光受容体外節(photoreceptor outer
segments)の継続的な合成および脱落(shedding)を含む。網膜色素上皮の細胞(RPE細胞)は、脱落した外節を貪食することによって、ならびにレチノイドおよび膜脂質を再循環させることによって、このプロセスを補助する。
【0048】
Royal College of Surgeonsラット(「RCSラット」)は、網膜変性が、光受容体外節を貪食できない欠陥RPE細胞から生じる遺伝性網膜変性の動物モデルである。D’Cruz et al. (2000) Human Molecular Genetics 9(4):645−651。組織学的には、RCSラットの網膜は、光受容細胞外節層と網膜色素上皮との間の外節破片の異常な蓄積によって特徴付けられる。蓄積は、光受容細胞の死の前に、およびその死と同時に起こる。RCSラットは、生後、進行性に光受容細胞が喪失することおよび付随して視覚喪失を経験する。
【0049】
網膜電図記録法は、電極を角膜上に配置し、眼を閃光によって刺激し、光受容細胞の電気活動を電極によって測定するプロセスである。Odom JV, Leys M, Weinstein GW. Clinical visual electrophysiology. In: Tasman W, Jaeger EA,編 Duane’s Ophthalmology. 第15版 Philadelphia, Pa: Lippincott Williams & Wilkins;2009:chap 5; Baloh RW, Jen J. Neuro−ophthalmology. In: Goldman L, Schafer AI,編 Cecil Medicine. 第24版 Philadelphia, PA: Saunders Elsevier; 2011:chap 432; Cleary TS, Reichel E. Electrophysiology. In: Yanoff M, Duker JS,編 Ophthalmology. 第3版 St. Louis, Mo: Mosby Elsevier; 2008:chap 6.9。
【0050】
網膜造影法(retinography)によって測定され得る光受容体機能の別の尺度は、アジ化ナトリウムの全身導入後の0.05Hz〜50Hzの電気活動のピーク(アジド応答として公知)である。
【0051】
(実施例1:SB623細胞懸濁物の調製)
SB623細胞を、ヒトNotchタンパク質の細胞内ドメインをコードするDNAで、ヒト骨髄接着性幹細胞(MASC)をトランスフェクトすることによって得た。MASCを、以下のようにヒト骨髄から得た。ヒト成人骨髄吸引物を、Lonza(Walkersville, MD)から購入した。細胞を1回洗浄し、増殖培地:10% ウシ胎仔血清(FBS)(Hyclone, Logan, UT)、2mM L−グルタミンおよびペニシリン/ストレプトマイシン(両方ともInvitrogen, Carlsbad, CA)を補充したα−MEM(Mediatech, Herndon, VA)中で、Corning T225フラスコ(Corning, Inc. Lowell, MA.)にプレートした。3日後、付着しなかった細胞を除去した;そのMASC培養物を、増殖培地中で約2週間維持した。その期間の間に、0.25% トリプシン/EDTAを使用して細胞を2回継代した。
【0052】
SB623細胞を作製するために、上記MASCを、Fugene6(Roche Diagnostics, Indianapolis, IN)を製造業者の説明書に従って使用して、pN−2プラスミド(これは、ヒトNotch1細胞内ドメイン(CMVプロモーターの転写制御下にある)およびネオマイシン耐性遺伝子(SV40プロモーターの転写制御下にある)をコードする配列を含む)でトランスフェクトした。簡潔には、細胞を、Fugene6/プラスミドDNA複合体とともに24時間インキュベートした。翌日、培地を、100μg/ml G418(Invitrogen, Carlsbad, CA)を含む増殖培地(上記の成分)と置換し、7日間にわたって選択を継続した。G418選択培地を除去した後、培養物を増殖培地中で維持し、2継代にわたって増殖させた。SB623細胞を、トリプシン/EDTAを使用して採取し、凍結培地中で細胞密度7.5×10
3細胞/ml、1.5×10
4細胞/mlおよび3×10
4細胞/mlに調合して、凍結保存した。凍結したSB623細胞を、必要になるまで液体N
2ユニットの気相の中で貯蔵した。
【0053】
(実施例2:硝子体内移植)
RCSラットを、生後2日目に開始して移植まで継続する経口シクロスポリンA(飲料水中200mg/l)の投与によって免疫抑制した。注射によるSB623細胞の移植を、生後4週間で行った。移植の前に、動物を、キシラジン塩酸塩(Celactal
(登録商標), Bayer Medical, Ltd.)およびケタミン塩酸塩(Ketalar
(登録商標), Daiichi Sankyo Co., Ltd.)の混合物で全身麻酔し、0.4% オキシブプロカイン塩酸塩(Benoxyl
(登録商標), Santen Pharmaceutical Co., Ltd.)で局所麻酔した。5μlのSB623細胞懸濁物を硝子体腔へと注射する前に、トロピカミドおよびフェニレフリン塩酸塩(Mydrin−P
(登録商標), Santen Pharmaceutical Co., Ltd.)で瞳孔を開かせた。30ゲージ針を付けたHamiltonシリンジを使用して注射を行った。コントロールコホートには、ビヒクル(PBS)を注射したか、または未処置のまま(ナイーブ)であった。実験デザインを表1に示す。
【表1】
【0054】
4週齢でSB623細胞を移植した後、動物を、網膜電図記録法によって5週齢、6週齢、8週齢および12週齢で(すなわち、移植の1週間後、2週間後、4週間後および8週間後)試験し、アジド応答に関しては12週齢(移植後8週間)で試験した。13週齢(処置後9週間)で、動物を屠殺し、彼らの眼を組織学検査のために摘出した。
【0055】
網膜電図記録法のために、ラットを1時間暗順応させ、次いで、キシラジン塩酸塩(Celactal
(登録商標), Bayer Medical, Ltd.)およびケタミン塩酸塩(Ketalar
(登録商標), Daiichi Sankyo Co., Ltd.)の混合物で全身麻酔した。トロピカミドおよびフェニレフリン塩酸塩(Mydrin−P
(登録商標), Santen Pharmaceutical Co., Ltd.)で瞳孔を開かせた。網膜電位図(ERG)を、角膜に配置した接触電極および鼻に配置した接地電極で記録した。応答を白色LED閃光(3,162cd/m
2, 10ms継続時間)で誘発し、Neuropack S1 NEB9404(Nihon Kohden Corp.)で記録した。
【0056】
図1(パネルの上側3つの対)は、移植直前(生後4週間)、移植後4週間および移植後8週間で得た、ビヒクル処置動物(左パネル)および片眼あたり1.5×10
5SB623細胞で処置した動物(右パネル)の代表的ERG記録を示す。ビヒクル処置動物では、処置後4週間および処置後8週間において、a波もb波も認められなかった;一方で、SB623処置動物では、これらの時点で電気活動が保持されていた。ERGによって測定される、受容体細胞電気活動の定量的評価を、
図2に示す。試験した全ての時点において、SB623処置動物は、ナイーブ動物もしくはビヒクル処置動物のいずれよりも大きな光受容細胞電気活動を保持していた。
【0057】
移植後8週間でのアジド応答の決定に関しては、RCSラットを1時間暗順応させ、次いで、キシラジン塩酸塩(Celactal
(登録商標), Bayer Medical, Ltd.)およびケタミン塩酸塩(Ketalar
(登録商標), Daiichi Sankyo Co., Ltd.)の混合物で全身麻酔し、0.4% オキシブプロカイン塩酸塩(Benoxyl
(登録商標), Santen Pharmaceutical Co., Ltd.)で局所麻酔した。接触電極を角膜に配置し、0.1mlの0.1% アジ化ナトリウム(NaN
3)を尾静脈に注射した。Neuropack S1 NEB9404(Nihon Kohden Corp.)で応答を記録し、0.05Hz〜50Hzの間の領域で増幅した。ベースラインから正のピークまでの振幅を測定したところ、ピークは、アジド溶液の注射後に約4秒間出現した。
【0058】
図1中の下側のパネルの対は、処置後8週間で、1.5×10
5 SB623細胞の硝子体内注射によって処置されたRCSラットの眼において(右下パネル)アジド応答が保持されていたが、PBSを注射したラットでは失われた(左下パネル)ことを示す。
図3は、SB623処置した眼およびコントロールの眼における応答の振幅の測定値を示す。示されるように、1.5×10
5 SB623細胞の注射は、処置後8週間でのアジド応答の振幅において統計的に有意な増大を生じた。
【0059】
組織学的分析に関しては、ラットを屠殺し、彼らの眼を摘出した。4% パラホルムアルデヒド中で固定した後、眼を、製造業者の説明書に従ってTechnovit
(登録商標) 8100樹脂(Heraeus Kulzer, Werheim, Germany)中に包埋した。簡潔には、4℃において、6.8% スクロースを含むPBS中で眼を一晩洗浄し、100% アセトン中で脱水し、Cryomold
(登録商標)(EMS, Hatfield, PA)中に包埋した。重合したブロックを、接着剤で木製のブロック上に固定し、使い捨てナイフ付きの滑走式ミクロトーム(HM440E, MICROM International GmbH, Walldorf, Germany)を使用して切り出した。3μmの切片を、ヒト抗ミトコンドリア抗体(Millipore MAB1273)での免疫染色に使用した。
【0060】
組織学的分析から、ビヒクル処置マウスでは、網膜の外顆粒層の細胞の大部分は、処置後9週間までになくなったことが明らかになった(
図4A)。対照的に、SB623処置マウスでは、外顆粒層の細胞は十分に保存されていた(
図4B)。移植したSB623細胞の塊が、硝子体の中で認められ(
図5Aおよび
図5B)、SB623細胞は、網膜の内境界膜にも認められた(
図5Cおよび
図5D)。さらなる実験において、SB623細胞の硝子体内移植は処置後最大25週間までの間にわたって外顆粒層細胞の喪失を防止すること、およびSB623細胞はこの時点で硝子体の中に残っていることが認められた。
【0061】
上記で示される電気生理学的分析および形態分析の両方の結果から、SB623細胞の硝子体内移植は、網膜機能を保存することが示される。
【0062】
(実施例3:網膜下移植)
SB623細胞を、実施例1に記載されるとおりに調製し、密度3×10
4 細胞/μlへとPBS中に懸濁した。RCSラットの免疫抑制、全身麻酔および局所麻酔、ならびに瞳孔拡大を、全て実施例2に記載されるとおりに行った。SB623細胞の移植を、30ゲージ針を付けたHamiltonシリンジを使用して、網膜下腔へと硝子体内に5μlのSB623細胞懸濁物を注射することによって生後4週間で行った。コントロールコホートにはビヒクル(PBS)を注射したか、または注射しないまま(ナイーブ)であった。実験デザインを表2に示す。この実験では、処置後より長期間にわたって分析を継続した:網膜電図記録法およびアジド応答測定を、24週間にわたって継続し、処置後27週間で得た標本に対して組織学および免疫組織化学法を行った。
【表2】
【0063】
網膜電図記録法およびアジド応答の決定を、実施例2に記載されるとおりに行った。代表的結果を
図6に示す。大部分のビヒクル処置ラットでは、ERGは、処置後4週間で記録できなかった(
図6,左パネル)。しかし、SB623処置動物では、ERGおよびアジド応答の両方が、処置後24週間でも保持されていた(
図6,右パネル)。
【0064】
図7は、移植後最大24週間まで、4週間間隔でERG振幅の変化の時間経過を示す。処置後8週間までに、ナイーブラットおよびビヒクル処置ラットからは、a波もb波も眼で検出できなかった;しかし、SB623細胞の網膜下注射を受けたラットでは、a波およびb波の両方が、処置後最大で24週間まで保持されていた。
【0065】
図8は、移植後最大24週間まで、4週間間隔でアジド応答の変化の時間経過を示す。ナイーブ動物およびビヒクル注射動物では、全ての時点で応答が低減される。SB623細胞の網膜下注射を受けたラットでは、処置後最大で24週間までに全ての時点でナイーブラットおよびビヒクル注射ラットと比較して統計的に有意なアジド応答の増大が認められた。
【0066】
これら電気生理学的試験の結果から、SB623細胞の移植は、長期間にわたって網膜機能を保存することが示される。
【0067】
視覚シグナルが網膜から脳の視覚皮質へと伝達されたか否かを決定するために、処置RCSラットおよび未処置RCSラットにおいて処置後26週間で視覚誘発電位(VEP)を測定した。VEP記録の7日前に、スクリュー電極を、ブレグマから6.8mm後方および正中線から3.2mm外側で、頭部の各側の硬膜外に配置し、基準電極を、ブレグマから11.8mm後方の正中線上で、硬膜外に配置した。VEP記録のその日に、ラットを1時間暗順応させ、次いで、キシラジン塩酸塩(Celactal
(登録商標), Bayer Medical, Ltd.)およびケタミン塩酸塩(Ketalar
(登録商標), Daiichi Sankyo Co., Ltd.)の混合物で全身麻酔した。トロピカミドおよびフェニレフリン塩酸塩(Mydrin−P
(登録商標), Santen Pharmaceutical Co., Ltd.)で瞳孔を開かせた。VEP応答を、白色LED閃光(3,162cd/m
2, 10ms持続時間)で誘発し、Neuropack S1 NEB9404(Nihon Kohden Corp.)で記録した。100の応答を測定し、結果を平均化した。代表的結果を
図9に示す。ナイーブ動物およびビヒクル注射動物では、VEPを検出できなかった。対照的に、SB623細胞を網膜下注射したラットでは、処置後26週間でVEP応答はよく保存されていた。これら結果は、SB623細胞での処置が視覚シグナルを視覚皮質に送る能力を回復させることを示す。
【0068】
組織学および免疫化学法を、処置後27週間で得られた標本に対して実施例2に記載されるとおりに行った。
図10に示されるように、移植後27週間までに、外顆粒層(ONL)の細胞は、あるとしてもごく僅かしかビヒクル処置ラットには存在しなかった。しかし、SB623処置ラットでは、ONLの細胞が27週間でよく保存されていた。さらに、移植したSB623細胞は、抗ヒトミトコンドリア抗体での免疫染色によって検出され、網膜下空間において認められた(
図11)。
【0069】
これらの結果は、網膜下注射後にSB623細胞が長期間持続することを実証し、移植したSB623細胞が光受容細胞の死を防止できたことを示す。