特許第6298132号(P6298132)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6298132
(24)【登録日】2018年3月2日
(45)【発行日】2018年3月20日
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/20 20060101AFI20180312BHJP
   B22F 7/04 20060101ALI20180312BHJP
   C08L 101/00 20060101ALI20180312BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20180312BHJP
   F16C 33/16 20060101ALI20180312BHJP
   C01B 32/205 20170101ALI20180312BHJP
【FI】
   F16C33/20 A
   B22F7/04 E
   C08L101/00
   C08K3/04
   F16C33/16
   C01B32/205
【請求項の数】9
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2016-186168(P2016-186168)
(22)【出願日】2016年9月23日
【審査請求日】2017年4月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山内 貴文
【審査官】 日下部 由泰
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−145842(JP,A)
【文献】 特開平9−295867(JP,A)
【文献】 特開2017−88741(JP,A)
【文献】 特開2013−83301(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 7/04
C01B 32/205
C08K 3/04
C08L 101/00
F16C 17/00 − 17/26
F16C 33/00 − 33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
裏金層と、該裏金層上に設けられた摺動層とを備える摺動部材であって
前記摺動層は、合成樹脂と、該合成樹脂中に分散された黒鉛粒子とからなり、該黒鉛粒子の体積は、前記摺動層の体積の5〜50体積%であり、
前記黒鉛粒子は、黒鉛化度K1の長球状黒鉛粒子と黒鉛化度K2の薄板形状の鱗片状黒鉛粒子とからなり、前記黒鉛粒子の全体積に対する前記鱗片状黒鉛粒子の体積の割合が10〜40%であり、
前記長球状黒鉛粒子の断面組織は、黒鉛結晶のAB面が粒子表面から中心方向に向けて粒子表面の丸みに沿って曲線状に複数積層しており、前記鱗片状黒鉛粒子の断面組織は、黒鉛結晶のAB面が前記薄板形状の厚さ方向に複数積層しており、
前記長球状黒鉛粒子の平均粒径が3〜50μmであり、前記鱗片状黒鉛粒子の平均粒径が1〜25μmであり、
前記長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1が0.80〜0.97であり、前記鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2が前記長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1よりも大きく、その差K2−K1が0.03〜0.15である摺動部材。
【請求項2】
前記長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1が0.85〜0.97である、請求項1に記載された摺動部材。
【請求項3】
前記鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2と前記長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1との差K2−K1が0.03〜0.10である、請求項1または請求項2に記載された摺動部材。
【請求項4】
前記長球状黒鉛粒子の平均アスペクト比が1.5〜4.5である、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項5】
前記鱗片状黒鉛粒子の平均アスペクト比が5〜10であり、
前記鱗片状黒鉛粒子の異方分散指数が3以上であり、該異方分散指数は、各鱗片状黒鉛粒子についての比X1/Y1の平均により表され、ここで
X1は、前記摺動層の摺動面に対して垂直方向の断面組織での、前記鱗片状黒鉛粒子の前記摺動面に対して平行方向の長さであり、
Y1は、前記摺動層の摺動面に対して垂直方向の断面組織での、前記鱗片状黒鉛粒子の前記摺動面に対して垂直方向の長さである、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項6】
前記合成樹脂が、PAI、PI、PBI、PA、フェノール、エポキシ、POM、PEEK、PE、PPS、及びPEIから選ばれる1種または2種以上からなる、請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項7】
前記摺動層が、MoS、WS、h−BN、及びPTFEから選ばれる1種または2種以上の固体潤滑剤を1〜20体積%をさらに含む、請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項8】
前記摺動層が、CaF、CaCo、タルク、マイカ、ムライト、酸化鉄、リン酸カルシウム、及びMoCから選ばれる1種または2種以上の充填材を1〜10体積%さらに含む、請求項1から請求項7までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項9】
前記裏金層と前記摺動層との間に、多孔質金属層をさらに有する、請求項1から請求項8までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材に関するものであり、詳細には、裏金層と、合成樹脂および黒鉛からなる摺動層とを備えた摺動部材に係るものである。
【背景技術】
【0002】
合成樹脂に固体潤滑剤として鱗片状の黒鉛を添加した樹脂組成物を有する摺動部材が、従来より用いられている(特許文献1)。天然黒鉛は、一般的に、その性状によって、鱗片状黒鉛、鱗状黒鉛、土壌黒鉛に分けられる。黒鉛化度は、鱗状黒鉛が100%と最も高く、次いで鱗片状黒鉛の99.9%であり、土壌黒鉛は28%と低い。従来、摺動部材用の固体潤滑剤としての黒鉛は、黒鉛化度が高い鱗状黒鉛または鱗片状黒鉛の天然黒鉛を機械的に粉砕した鱗片状粒子が用いられてきた。
【0003】
この鱗片形状の黒鉛は、炭素原子が規則正しく網目構造を形成して平面状に広がるAB面(六角網面平面、ベーサル面)が多数積層し、AB面に垂直なC軸方向に厚みを有する結晶である。積層したAB面相互間のファンデルワールス力による結合力がAB面の面内方向の結合力に比べてはるかに小さいため、AB面間でせん断が起きやすい。そのため、この黒鉛は、AB面の広がりに対して積層の厚みが薄いため、全体としては薄板状を呈している。なお、鱗片状黒鉛粒子は、外力を受けた場合にAB面間のせん断が起こることにより固体潤滑剤として機能すると考えられている。
【0004】
近年、鱗片状黒鉛粒子を含有する樹脂組成物を用いた摺動部材では、鱗片状黒鉛粒子の形状が薄板状であり脆いことに起因して、摺動面となる樹脂組成物の表面を機械加工した際に鱗片状黒鉛粒子が割れて脱落してしまい、摺動層の表面の粗さが悪くなり、その結果として耐焼付性が悪くなるという問題が生じている。この問題を解決するため、合成樹脂に球状化天然黒鉛粒子を含有させ、機械加工後の表面粗さを小さくできるとする摺動材料が、たとえば特許文献2に提案されている。
ここで、球状化黒鉛粒子は、天然の鱗片状黒鉛粒子を原材料とし、鱗片状黒鉛粒子に小さな負荷を繰り返し加えて、折り曲げることにより球状に造粒したものである。(特許文献3、特許文献4)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005-89514号公報
【特許文献2】国際公開第2012/074107号
【特許文献3】国際公開第2012/137770号
【特許文献4】特開2008−24588号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
空調装置は長期間にわたって使用されないことがよくある。その場合には、空調装置に用いられる圧縮機も、長期間にわたって作動されない。このような圧縮機の長期停止後の始動時には、圧縮機の軸受部の摺動部材の摺動面と軸表面との間には油がなく、また、始動を開始してからしばらくの間は軸受部への油の供給が不十分であるため、摺動部材の摺動面と相手軸表面が直接、接触する摺動が起こる。
特許文献2のような天然黒鉛を球状化した黒鉛粒子を合成樹脂に含有させた樹脂組成物を用いた摺動部材は、空調装置の圧縮機等のように装置の始動時に油の供給が不十分になる軸受部に用いられると、相手軸の表面に傷がつき、摩耗が起きやすいという問題がある。
【0007】
したがって、本発明の目的は、従来技術の上記欠点を克服して、通常の使用時のみならず、摺動開始直後の油の供給が不十分な状況でも相手軸の表面に傷が発生し難い摺動部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一観点によれば、裏金層と、この裏金層上に設けられた摺動層とを備える摺動部材が提供され、この摺動層は、合成樹脂と、この合成樹脂に分散された黒鉛粒子とからなり、この黒鉛粒子は、摺動層の5〜50体積%を占める。黒鉛粒子は、長球状黒鉛粒子と、薄板形状の鱗片状黒鉛粒子とからなり、黒鉛粒子の全体積に対する鱗片状黒鉛粒子の体積の割合は10〜40%である。長球状黒鉛粒子の断面組織は、黒鉛結晶のAB面が粒子表面から中心方向に向けて粒子表面の丸みに沿って曲線状に複数積層している。鱗片状黒鉛粒子の断面組織は、黒鉛結晶のAB面が薄板形状の厚さ方向(黒鉛結晶のAB面に対して垂直方向であるC軸方向)に複数積層している。長球状黒鉛粒子の平均粒径は3〜50μmであり、鱗片状黒鉛粒子の平均粒径は1〜25μmであり、長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1が0.80〜0.97であり、鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2が、長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1よりも大きく、その差K2−K1が0.03〜0.15である。
【0009】
本発明の摺動部材は、摺動面と相手軸の表面との間の隙間への油の供給が十分な通常の使用状況(すなわち軸受装置の常用運転時)では、主に、長球状黒鉛粒子が潤滑成分として作用する。
摺動層中に分散する長球状黒鉛粒子の断面(内部)組織は、黒鉛結晶のAB面(六角網面平面)が粒子表面から中心方向に向けて粒子表面の丸みに沿って曲線状に複数積層しているために、摺動層の摺動面に露出する長球状黒鉛粒子の表面は、黒鉛結晶のAB面で構成されることとなる。
上記の通り、黒鉛結晶は、AB面が多数積層し、AB面に垂直方向であるC軸方向に厚みを有する結晶であり、積層したAB面相互間の結合力(ファンデルワールス力)は、AB面の面内方向の結合力に比べてはるかに小さいため、AB面間でせん断が起きやすい。摺動面に黒鉛結晶のAB面からなる面が露出した場合、摺動面では相手軸に対してAB面が接触するので、相手軸から負荷が小さい場合でも、AB面間でせん断が容易に起こり、その結果、摺動面と相手軸表面との摩擦力が小さくなり、摺動層の摩耗量が少なくなる。
【0010】
また、本発明の摺動部材は、装置の始動直後の摺動面と相手軸表面との間の隙間への油の供給が不十分な状況では、主に、鱗片状黒鉛粒子の作用により、相手軸の表面に傷が発生することが防がれる。
【0011】
装置の始動直後の油の供給が不十分な状況での相手軸との摺動により、摺動面に露出する鱗片状黒鉛粒子は、摺動面から摩耗し脱落するが、鱗片状黒鉛粒子は、厚みが薄いので、摺動面と相手軸表面との間の隙間に侵入する。隙間に侵入した鱗片状黒鉛粒子は、摺動面と軸表面との間の隙間に油が無いか、あるいは、僅かな量の油しかない場合は、鱗片状黒鉛粒子の平板面(AB面)が、摺動面に対して平行となるように摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上に移着する。移着した鱗片状黒鉛粒子は、摺動面に対して、僅かに摺動面から相手軸側に突出する。このような移着部が、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上に多数形成される。摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上の鱗片状黒鉛粒子の移着部が、相手軸の表面と接するので、本来の摺動部材の摺動面に露出する長球状黒鉛粒子が相手軸表面と直接接触することが防がれるか、または、接触する頻度が減少する。この結果、相手軸の表面に傷が発生することが抑制される。
【0012】
摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上に移着した鱗片状黒鉛粒子は、相手軸表面との摺動により長球状黒鉛粒子上からせん断されるが、油の供給が不十分である間は、相手軸表面と摺動面との間の隙間から外部に排出され難いので、再度、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上に移着すると考えられる。油の供給が十分に行われるようになると、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上に移着した鱗片状黒鉛粒子は、長球状黒鉛粒子上からせん断された後に油とともに、相手軸表面と摺動面との間の隙間の外部へ流される。
合成樹脂と球状黒鉛粒子とからなる摺動層を有する従来の摺動部材では、軸受装置の運転開始直後の摺動部材の摺動面と相手軸表面との間への油の供給が不十分な状況では、摩耗が起こりやすい。これは、表面に露出する球状黒鉛粒子と相手軸の表面が、直接、接触した状態で摺動することにより相手軸の表面に傷がつき、その後、油の供給が十分になされても、摺動層の摩耗が起きやすくなるからである。
【0013】
本発明によれば、長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1は0.80〜0.97とする。黒鉛化度が大きいほうが純粋な黒鉛結晶を有するので、上記に説明した黒鉛結晶のAB面でのせん断が起こりやすい。黒鉛化度K1が0.80未満であると、長球状黒鉛粒子のAB面でのせん断が起き難くなり、油の供給がなされる摺動時の潤滑成分として機能することが不十分となる場合がある。
【0014】
油の供給が不十分な状況での摺動時に、摺動面から脱落した鱗片状黒鉛粒子が相手軸の表面からの負荷により、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上に押し付けられて移着するが、このとき鱗片状黒鉛粒子および該鱗片状黒鉛粒子と接する長球状黒鉛粒子の表面付近がほぼ同じように塑性変形することで長球状黒鉛粒子上に鱗片状黒鉛粒子が移着する。
本発明によれば、鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2が、長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1よりも大きく、その差K2−K1は、0.03〜0.15とする。この関係であると、鱗片状黒鉛粒子は、長球状黒鉛粒子よりも、外力をうけた場合に塑性変形が若干起こり易くなり、鱗片状黒鉛粒子が長球状黒鉛粒子上に移着しやすくなる。
移着時に、鱗片状黒鉛粒子および長球状黒鉛粒子が塑性変形し粒子のAB面間でせん断が起こる場合があるが、上記黒鉛化度の関係であると、鱗片状黒鉛粒子内でせん断が起こりやすく、長球状黒鉛粒子内ではせん断が起こり難くなる。なお、移着時に鱗片状黒鉛粒子内にせん断が起こっても、長球状黒鉛粒子上に鱗片状黒鉛粒子が移着した状態で残る。すなわち、長球状黒鉛粒子の表面と接した側の鱗片状黒鉛粒子が残るように鱗片状黒鉛粒子のAB面どうしの間でせん断が起こる。
【0015】
黒鉛化度の差K2−K1が0.03未満の場合には、鱗片状黒鉛粒子と長球状黒鉛粒子との黒鉛化の程度がほぼ等しいので、移着時に鱗片状黒鉛粒子の内部でなく鱗片状黒鉛粒子が接する長球状黒鉛粒子の表面近くの粒子内部でせん断が発生して摺動面から脱落しやすくなるために長球状黒鉛粒子上に鱗片状黒鉛粒子の移着部が形成されにくい。
他方、黒鉛化度の差K2−K1が0.15を超えると、鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度が長球状黒鉛粒子の黒鉛化度よりも大きくなり過ぎ、相手軸から負荷が加わる時に、長球状黒鉛粒子に対して鱗片状黒鉛粒子は塑性変形し易くなりすぎて、鱗片状黒鉛粒子が複数の小さいせん断片に破壊されやすくなり、長球状黒鉛粒子上に鱗片状黒鉛粒子が移着し難くなる。
【0016】
長球状黒鉛粒子の平均粒径は3〜50μmとすることが好ましい。摺動面に露出する長球状黒鉛粒子は、相手軸の表面からの負荷を支えるが、平均粒径が3μm未満であると、摺動時に、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子の一部は、摺動面から脱落しやすくなり、摺動層が負荷を支える能力が低下することがある。長球状黒鉛粒子の平均粒径が50μmを超えると、無給油状態での摺動時に、相手軸の表面に傷が発生する場合がある。
【0017】
鱗片状黒鉛粒子の平均粒径は、1〜25μmとすることが好ましい。鱗片状黒鉛粒子の平均粒径が1μm未満であると、摺動層中に鱗片状黒鉛粒子どうしの凝集部が形成されやすく、摺動層の強度が低下する場合がある。鱗片状黒鉛粒子の平均粒径が25μmを超えると、摺動時に摺動層に加わる負荷により摺動層中の鱗片状黒鉛粒子にせん断が起こり、摺動層の強度が小さくなる場合がある。
【0018】
本発明の一具体例によれば、長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1は0.85〜0.97であることが好ましい。長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1が0.85以上であると、黒鉛化度K1が0.85未満であるよりも摺動特性がさらに向上し、耐摩耗もさらに向上する。さらに、長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1は0.90〜0.97がより好ましい。
【0019】
本発明の一具体例によれば、鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2と長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1との差K2−K1は、0.03〜0.10であることが好ましい。黒鉛化度の差が0.10以下であると、黒鉛化度の差が0.10を超える場合よりも、さらに、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上に鱗片状黒鉛粒子が移着しやすくなり摺動特性がさらに向上する。さらに、黒鉛化度の差K2−K1は0.03〜0.05が好ましい。
【0020】
本発明の一具体例によれば、長球状黒鉛粒子の平均アスペクト比A1は1.5〜4.5であることが好ましい。長球状黒鉛粒子の平均アスペクト比は、長球状黒鉛粒子の長軸と短軸との比の平均により表される。長球状黒鉛粒子の平均アスペクト比A1が1.5以上であると、平均アスペクト比A1が1.5未満である場合よりも、耐摩耗性がさらに向上する。これは、長球状黒鉛粒子の表面積が大きくなることにより、合成樹脂との長球状黒鉛粒子の接触面積が大きくなり、合成樹脂との密着性が大きくなるために摺動時に摺動面から脱落し難くなるからと考えられる。さらに、長球状黒鉛粒子の平均アスペクト比A1は2以上が好ましい。
【0021】
長球状黒鉛粒子の原材料である球状化黒鉛粒子は、天然の鱗片状黒鉛粒子に小さな負荷を繰り返し加えて、折り曲げることにより球状に造粒したものである。造粒時に天然の鱗片状黒鉛粒子に大きな負荷をかけると、AB面間でせん断が起こり小さい鱗片状に粉砕されてしまうので、印加する負荷は小さくせざるを得ない。このため、球状化粒子の内部で、造粒前の鱗片状黒鉛粒子の表面どうしの接触が不十分となる箇所が生じ、鱗片状黒鉛粒子の表面間に空隙が形成されやすい(特許文献3の図5(C)や特許文献4の図3図6参照)。
この球状化天然黒鉛粒子は、摺動部材の合成樹脂に球形状が維持された状態で分散させた場合、黒鉛粒子内には空隙が存在するために、摺動面の露出する黒鉛粒子が負荷を受けると黒鉛粒子に割れが生じ、摺動面から脱落し、相手軸表面との間の隙間に侵入して摺動面に損傷が発生するという問題がある。
【0022】
本発明の上記平均アスペクト比A1を有する長球状黒鉛粒子は、後述するように原材料である球状黒鉛粒子に長球形状を付与する処理により形成されるが、この処理により、同時に、球状黒鉛粒子の内部の空隙をなくすることができる。長球状黒鉛粒子の平均アスペクト比A1が1.5であると、長球状黒鉛粒子の断面組織に空隙が少なくなり、さらに、平均アスペクト比A1が2以上であると、長球状黒鉛粒子の断面組織に空隙が(ほぼ)存在しなくなり、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子が相手軸から負荷を受けても、長球状黒鉛粒子には割れが生じることがない。そのため、長球状黒鉛粒子が摺動面から脱落したり、または長球状黒鉛粒子の割れに伴う破片が発生して、相手軸表面との間の隙間に侵入して摺動面に損傷が発生する問題が起こらない。
【0023】
本発明の一具体例によれば、鱗片状黒鉛粒子は、平均アスペクト比A2が5〜10であることが好ましい。鱗片状黒鉛粒子の平均アスペクト比は、鱗片状黒鉛粒子の長軸と短軸との比の平均により表される。
さらに、鱗片状黒鉛粒子は、異方分散指数Sが3以上であることが好ましい。この異方分散指数Sは、各鱗片状黒鉛粒子についての比X1/Y1の値の平均として定義される。ここで、X1は、摺動層の摺動面に対して垂直方向の断面組織における鱗片状黒鉛粒子の摺動面に平行方向の長さであり、Y1は、摺動層の摺動面に対し垂直方向の断面組織における鱗片状黒鉛粒子の摺動面に垂直方向の長さである。
【0024】
摺動層内の鱗片状黒鉛粒子の平板面(AB面の広がる方向)が摺動面に略平行に配向するものの割合が大きいほど、この異方分散指数Sの値が大きくなる。上記したように装置の始動直後の油の供給が不十分な状況での相手軸との摺動により、摺動面に露出する鱗片状黒鉛粒子は摺動面から脱落する。鱗片状黒鉛粒子は、上記の通り平均アスペクト比A2が5〜10の薄板形状を有し、さらに、異方分散指数Sが3以上であると、平板面が摺動面に略平行に配向するものの割合が大きい。そのため、脱落した直後から、鱗片状黒鉛粒子は、その平板面が、摺動面に概ね平行になり、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上に移着しやすくなる。鱗片状黒鉛粒子の異方分散指数Sは、4以上であることがさらに好ましい。
【0025】
本発明の一具体例によれば、合成樹脂は、PAI(ポリアミドイミド)、PI(ポリイミド)、PBI(ポリベンゾイミダゾール)、PA(ポリアミド)、フェノール、エポキシ、POM(ポリアセタール)、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)、PE(ポリエチレン)、PPS(ポリフェニレンサルファイド)およびPEI(ポリエーテルイミド)のうちから選ばれる1種または2種以上からなることができる。
【0026】
本発明の一具体例によれば、摺動層は、MoS、WS、h−BNおよびPTFEから選ばれる1種または2種以上の固体潤滑剤1〜20体積%をさらに含むことができる。
この固体潤滑剤を含有することにより、摺動層の摺動特性を高めることができる。
【0027】
本発明の一具体例によれば、摺動層は、CaF、CaCo、タルク、マイカ、ムライト、酸化鉄、リン酸カルシウムおよびMoC(モリブデンカーバイト)のうちから選ばれる1種または2種以上の充填材を1〜10体積%をさらに含むことができる。この充填材を含有することにより、摺動層の耐摩耗性を高めることが可能となる。
【0028】
本発明の一具体例によれば、摺動部材は、裏金層と摺動層との間に多孔質金属層をさらに有することができる。裏金層の表面に多孔質金属層を設けることにより、摺動層と裏金層の接合強度を高めることができる。すなわち、多孔質金属層の空孔部に摺動層を構成する組成物が含浸されることによるアンカー効果により裏金層と摺動層との接合力の強化が可能になる。
多孔質金属層は、Cu、Cu合金、Fe、Fe合金等の金属粉末を金属板や条等の表面上に焼結することにより形成することができる。多孔質金属層の空孔率は20〜60%程度であればよい。多孔質金属層の厚さは0.05〜0.5mm程度とすればよい。この場合、多孔質金属層の表面上に被覆される摺動層の厚さは0.05〜0.4mm程度となるようにすればよい。ただし、ここで記載した寸法は一例であり、本発明がこの値に限定されるものではなく、異なる寸法に変更するも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】本発明の一例による摺動部材の断面を示す図。
図2】長球状黒鉛粒子のアスペクト比(A1)を説明する図。
図3】鱗片状黒鉛粒子のアスペクト比(A2)および異方分散指数(S)を説明する図。
図4】本発明の他の例による摺動部材の断面を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0030】
図1に本発明による摺動部材1の一例の断面を概略的に示す。摺動部材1は、裏金層2上に、摺動層3が設けられている。摺動層3は、合成樹脂4と、5〜50体積%の黒鉛粒子5とからなる。黒鉛粒子5は、長球状形状の長球状黒鉛粒子51と薄片形状の鱗片状黒鉛粒子52とからなる。長球状黒鉛粒子51の黒鉛化度K1は、0.80〜0.97であり、鱗片状黒鉛粒子52の黒鉛化度K2は、長球状黒鉛粒子51の黒鉛化度K1よりも0.03〜0.15大きい。黒鉛粒子5の全体積に対する鱗片状黒鉛粒子52の体積割合は10〜40%である。長球状黒鉛粒子51の断面(内部)組織は、黒鉛結晶のAB面が粒子表面から中心方向に向けて粒子表面の丸みに沿って曲線状に複数積層しており、長球状黒鉛粒子51の断面組織中には空隙が存在しない。鱗片状黒鉛粒子52の断面組織は、黒鉛結晶のAB面が薄板形状の厚さ方向(黒鉛結晶のAB面に対して垂直方向であるC軸方向)に複数積層している。球状黒鉛粒子の平均粒径D1は3〜50μmであり、鱗片状黒鉛粒子の平均粒径D2は1〜25μmである。
なお、摺動層3と裏金層2との間に多孔質金属層6を設けてもよい。多孔質金属層6を設けた摺動部材の一例の断面を図4に概略的に示す。
【0031】
本明細書で用いる「長球状」の語は、幾何学的に厳密な長球形を意味するものではなく、広い意味で、一方向に長く延びており(すなわち下記のアスペクト比を有する)、角ばって不定形な形状を有さないことを表わす。
また、長球状黒鉛粒子51の組織内に空隙がないことは、摺動層3の摺動面に垂直方向の断面において、複数個(例えば、20個)の黒鉛粒子を電子顕微鏡を用いて倍率2000倍で電子像を撮影し、撮影画像中の長球状黒鉛粒子51の断面組織内に空隙が形成されていないことを観察することにより確認できる。ただし、長球状黒鉛の粒子51の断面組織内に幅0.1μm以下の細線状の空隙の形成は許容されるが、この幅0.1μm以下の細線状の空隙は、その総面積が、長球状黒鉛粒子51の断面組織中での面積率が3%以下に限定される。
【0032】
摺動層3内に分散する長球状黒鉛粒子51の長軸と短軸との比の平均で表される平均アスペクト比A1は1.5〜4.5であることが好ましい。他方、鱗片状黒鉛粒子52の長軸と短軸との比の平均で表される平均アスペクト比(A2)は5〜10であることが好ましい。
【0033】
さらに、鱗片状黒鉛粒子52は、異方分散指数Sが3以上となっていることが好ましい。異方分散指数Sは、摺動層の摺動面に対して垂直方向の断面組織での鱗片状黒鉛粒子52の摺動面に対して平行方向の長さをX1、摺動層の摺動面に対して垂直方向の断面組織での鱗片状黒鉛粒子52の摺動面に対して垂直方向の長さをY1としたとき(図3参照)、各鱗片状黒鉛粒子の比X1/Y1の値を全鱗片状黒鉛粒子について平均したものとして表される。さらに、異方分散指数Sは4以上とすることが好ましい。
【0034】
上記に説明した摺動部材について、製造工程に沿って以下に詳細に説明する。
(1)原材料黒鉛粒子の準備
長球状黒鉛粒子の原材料として、鱗片状天然黒鉛を造粒した球状黒鉛粒子を用いることができる。この球状黒鉛粒子は、黒鉛結晶のAB面が粒の表面から内部に向かって粒子表面の丸みに沿って曲線状に複数積層した組織となっており、粒子の内部には空隙が形成されている。この原材料の球状黒鉛粒子は、黒鉛化度K1が0.80〜0.97の粒子であるものを用いる。ここで黒鉛化度は、X線回折(XRD)測定装置により測定された黒鉛の回折ピークの回折角2θ(度)、半価値(度)をシリコン(Si)標準試料の回折ピークの回折角2θ(度)、半価値(度)で補正して、黒鉛結晶の(002)面の平均面間隔d002値(nm)を求めて、次式にd002値を挿入して求められる。
黒鉛化度=(d002−0.344)/(0.335−0.344)
【0035】
また、原材料の球状黒鉛粒子は、レーザー回折式粒度測定装置により測定される平均粒径が2〜60μmで、円形度が0.92以上であるものを用いることが好ましい。ここで、円形度は、次式で表される。
円形度=(投影粒子形状と同一の面積を有する円の周囲長)/(投影粒子形状の周囲長)
投影粒子形状が真円をなす場合には円形度は1となる。投影粒子形状は、光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡などを用いて得られた撮影画像から求めることができる。
原材料の球状黒鉛粒子の円形度が0.92未満のものを用いた場合、後述する混合工程での空隙を無くす処理の際に、黒鉛粒子の表面には不均質に負荷が加わりやすくなり、黒鉛粒子の表面が局部的に変形してせん断を起こしたり、内部に割れが生じて新たな空隙が形成されやすくなる。
【0036】
鱗片状黒鉛粒子の原材料としては、薄板形状を有する天然の鱗片状黒鉛粒子を用いる。この鱗片状黒鉛粒子は、球状黒鉛粒子の黒鉛化度の測定方法と同様の方法にて黒鉛化度K2を測定し、鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2と球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1の差K2−K1が0.03〜0.15の範囲内であるものを用いる。また、レーザー回折式粒度測定装置により測定されるAB面に平行方向の平均粒径が1〜30μmであり、また、粒子の平均厚さが0.2〜3.5μmである粒子を用いることが好ましい。
【0037】
(2)合成樹脂粒子の準備
原材料である合成樹脂粒子は、球状黒鉛粒子の平均径の50〜150%の平均粒径を有するものを用いることが好ましい。合成樹脂としては、PAI、PI、PBI、PA、フェノール、エポキシ、POM、PEEK、PE、PPSおよびPEIのうちから選ばれる1種または2種以上からなるものを用いることができる。
【0038】
(3)混合
球状黒鉛粒子および鱗片状黒鉛粒子を、鱗片状黒鉛粒子の体積割合が全黒鉛粒子体積の10〜40%となるように調整する。次に、この黒鉛成分が5〜50体積%となるように、球状黒鉛粒子および鱗片状黒鉛粒子と合成樹脂粒子との割合を調整する。この球状黒鉛粒子および鱗片状黒鉛粒子並びに合成樹脂粒子を有機溶剤で希釈し、粘度が40000〜110000mPa・sとなる組成物を作製する。この希釈液をロールミルで混合することにより、混合時に、ほぼ球状であった球状黒鉛粒子に長球形状が付与され、同時に、球状黒鉛粒子の内部組織中の空隙が減少あるいは消滅する。
【0039】
この理由は、以下のように考えられる。
従来の黒鉛粒子や他の充填材粒子を含有する樹脂組成物の希釈液の粘度は、通常は、最大でも15000mPa・s程度になされていた。しかし、ここでは、希釈した組成物の粘度を40000〜110000mPa・sと通常よりも大きくする。このことにより、ロールミルによる混合時に、球状黒鉛粒子と樹脂粒子とが同時にロールミルのロール間のギャップ(間隙)を通過する頻度が高くなる。球状黒鉛粒子と樹脂粒子とが同時にロールギャップを通過するときに、球状黒鉛粒子に負荷が加わることにより黒鉛粒が変形するが、ロールから球状黒鉛粒子へ加わる負荷は、球状黒鉛粒子に接した樹脂粒子が変形することにより緩和されることで、球状黒鉛粒子の表面に局部的に過度な負荷が加わることが防がれ、黒鉛粒子をせん断させることなく変形させられる。黒鉛粒子は、合成樹脂の粒子とともにロールミルのロールギャップを通過する毎に徐々に変形し長球形状が付与され、同時に、粒子の内部の空隙が減少あるいは消失する。
組成物の粘度が110000mPa・sを超えると、溶剤の濃度が低すぎて、樹脂粒子と長球状黒鉛粒子と鱗片状黒鉛粒子とを均質に分散させ難くなるため好ましくない。さらに、ロールミルでの混合時に、鱗片状黒鉛粒子に割れが発生する場合ある。
【0040】
ロールミルのロール間のギャップは、球状黒鉛粒子の平均粒径の150%〜250%に相当する間隔に設定する。従来技術においては、摺動部材である黒鉛粒子や他の充填材粒子を含有する樹脂組成物をロールミルを用いて混合する場合、混合は、単に有機溶剤中に樹脂粒子と黒鉛粒子や他充填材粒子を均質分散させることを目的としており、ロールミルのロール間のギャップは、原材料である樹脂粒子や黒鉛粒子の粒径よりもかなり大きな間隔(例えば、黒鉛粒子の平均粒径の400%程度)になされていた。
【0041】
なお、球状黒鉛粒子のみを有機溶剤で希釈した組成物をロールミルに通しても、球状黒鉛粒子を変形させることはできない。この場合、球状黒鉛粒子にせん断や割れが発生してしまい変形は起こらない。これは、ロール間のギャップを球状黒鉛粒子が通過するとき、球状黒鉛粒子のロール表面との接触部や球状黒鉛粒子どうしの接触部に局部的に大きな負荷が加わりせん断や割れが生じるためと考えられる。
【0042】
上記した合成樹脂粒子の平均粒径が、球状黒鉛粒子の平均粒径の50〜150%である関係は、ロール間のギャップを通過するときに黒鉛粒子に過度な負荷が加わりせん断が発生することを防ぐために好適である。摺動層中に固体潤滑剤や充填材をさらに含有させる場合、これら固体潤滑剤や充填材の粒子は、球状黒鉛粒子の平均粒径の50%以下の平均粒径を有するものを用いることが好ましい。
【0043】
合成樹脂粒子、球状黒鉛粒子および鱗片状黒鉛粒子の混合方法は、上記実施形態で示したロールミルを用いた混合方法に限定されないで、他の混合機を用いたり、他の混合条件を調整することも可能である。
【0044】
(4)裏金
裏金層としては、Fe合金、Cu、Cu合金等の金属板を用いることができる。裏金層表面、すなわち摺動層との界面となる側に多孔質金属層を形成してもよいが、多孔質金属層は裏金層と同じ組成を有することも、異なる組成または材料を用いることも可能である。
【0045】
(5)被覆工程
混合後の組成物は、裏金層の一方の表面、あるいは裏金層上の多孔質金属層に塗布され、組成物を塗布した裏金は、組成物の厚さを均一とするため、所定の一定の間隙を有するロール間に通される。
混合後の組成物の粘度は、摺動部材の摺動層中での鱗片状黒鉛粒子の長軸方向の異方(配向)分散にも密接に関係し、この鱗片状黒鉛粒子の異方分散は、この被覆工程での条件設定が重要であることが判明した。
【0046】
混合工程で組成物の粘度が大きい(有機溶剤の割合が少ない)場合、組成物を塗布した裏金層がロール間を通過するときに、組成物中の鱗片状黒鉛粒子が(その平板面が摺動面に対して平行な方向を向くように)流動しにくくなるからである。
他方、組成物の粘度が110000mPa・s以下であると、被覆工程で長球状の黒鉛粒子が有機溶剤とともに流動しやすいので、この鱗片状黒鉛粒子は、その平板面の向く方向が、摺動部材の摺動層中において配向すなわち異方に分散する。具体的には、組成物の粘度が110000mPa・s以下であると、摺動層に分散する鱗片状黒鉛粒子は、異方分散指数Sが2.5以上となる。さらに組成物の粘度が100000mPa・s以下であると異方分散指数が3以上、80000mPa・s以下であると異方分散指数が4以上となる。
【0047】
(6)乾燥・焼成工程
組成物を被覆した裏金層(あるいは、裏金層および多孔質多孔質金属層)は、組成物中の有機溶剤を乾燥させるための加熱、組成物中の樹脂を焼成するための加熱を施して摺動部材が得られる。これらの加熱条件は、使用した樹脂に対して一般に用いられる条件を採用できる。
【0048】
(7)測定
長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1および鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2は、摺動部材の摺動面に垂直方向の断面から測定した。具体的には、長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1と鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2は、X線回折装置(装置:X’pert MPD ; PHILIPS社製)を用いて、Cuターゲットを線源として、管電圧を40Kv、管電流を50mAに設定して精密測定した摺動部材に分散する各黒鉛粒子の回折線の回折角2θ(度)、半価値(度)をSi標準試料のピークの回折角2θ(度)、半価値(度)で補正して平均面間隔d002値(nm)を求めた後、次式にd002値を挿入し、各黒鉛化度を算出して求める。
黒鉛化度=(d002−0.344)/(0.335−0.344)
なお、摺動部材に分散した長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1および鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2の値は、上述した原材料時の球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1および鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2の値と同じになる。
【0049】
長球状黒鉛粒子の平均粒径は、摺動部材の摺動面に垂直方向の断面を、電子顕微鏡を用いて電子像を200倍で撮影し、長球状黒鉛粒子の平均粒径を測定した。具体的には、長球状黒鉛粒子の平均粒径は、得られた電子像を一般的な画像解析手法(解析ソフト:Image−Pro Plus(Version4.5);(株)プラネトロン製)を用いて、各長球状黒鉛粒子の面積を測定し、それを円と想定した場合の平均直径に換算して求める。
【0050】
鱗片状黒鉛粒子の平均粒径も、上記の手法で得られた電子像を上記の像解析手法を用いて、各鱗片状黒鉛粒子の面積を測定し、それを円と想定した場合の平均直径に換算して求める。ただし、電子像の撮影倍率は、200倍に限定されないで、他の倍率に変更することができる。
【0051】
長球状黒鉛粒子のアスペクト比A1は、上記の手法で得られた電子像を、上記の像解析手法を用い、各長球状黒鉛粒子の長軸の長さL1と短軸の長さS1の比(長軸の長さL1/短軸の長さS1)の平均として求める(図2参照)。なお、長球状黒鉛粒子の長軸の長さL1は、上記電子像中の長球状黒鉛粒子の長さが最大となる位置での長さを示し、長球状黒鉛粒子の短軸の長さS1は、この長軸の長さL1の方向に直交する方向での長さが最大となる位置での長さを示す。
【0052】
鱗片状黒鉛粒子のアスペクト比A2は、上記の手法で得られた電子像を、上記の像解析手法を用い、各鱗片状黒鉛粒子の長軸の長さL2と短軸の長さS2の比(長軸の長さL2/短軸の長さS2)の平均として求める(図3参照)。なお、鱗片状黒鉛粒子の長軸の長さL2は、上記電子像中の鱗片状黒鉛粒子の長さが最大となる位置での長さを示し、鱗片状黒鉛粒子の短軸の長さS2は、この長軸の長さL2の方向に直交する方向での長さが最大となる位置での長さを示す。
【0053】
長球状黒鉛粒子は、断面組織が、黒鉛結晶のAB面が粒子表面から中心方向に向けて粒子表面の丸みに沿って曲線状に複数積層している組織となっていることは、摺動部材の摺動面に垂直方向の断面において、複数個(例えば20個)の長球状黒鉛粒子を電子顕微鏡を用いて倍率2000倍で電子像を撮影し、撮影画像中の長球状黒鉛粒子の断面組織が、粒子表面から中心方向に向けて粒子表面の丸みに沿った層状部が形成されていることが観察されることで確認できた。
原材料として球状化天然黒鉛粒子を用い、この黒鉛粒子を、上記の混合工程で黒鉛粒子の内部組織中の空隙を無くす処理を施しても、長球状黒鉛粒子の一部は、上記の観察方法により内部に、幅(組織中の黒鉛結晶のAB面に垂直方向の幅)が0.1μm以下の細線状の空隙が、空隙の総面積が長球状黒鉛粒子の断面組織中での面積率が3%以下で形成される場合があったものの、このような細線状の空隙を有する長球状黒鉛粒子であれば、完全に空隙の無い長球状黒鉛粒子と同等の摺動性能を有する。
【0054】
鱗片状黒鉛粒子は、断面組織が、黒鉛結晶のAB面が薄板形状の厚さ方向(黒鉛結晶のAB面に対して垂直方向であるC軸方向)に複数積層している組織となっていることは、摺動部材の摺動面に垂直方向の断面において、複数個(例えば20個)の鱗片状黒鉛粒子を電子顕微鏡を用いて倍率2000倍で電子像を撮影し、撮影画像中の鱗片状黒鉛粒子の断面組織が、薄板形状の厚さ方向に複数積層している層状部が形成されていることを観察することにより確認できた。
【0055】
鱗片状黒鉛粒子52の異方分散指数Sは、摺動部材の摺動面に対して垂直方向の断面を電子顕微鏡を用いて電子像を200倍で撮影した画像を、上記画像解析手法を用い、摺動層中の各鱗片状黒鉛粒子52の摺動面に対して平行方向の長さX1と、摺動面に対して垂直方向の長さY1を測定し、それら各長さの比X1/Y1の平均値を算出して求めた(図3参照)。
【実施例】
【0056】
本発明による裏金層および摺動層を有する摺動部材の実施例1〜10および比較例11〜20を以下に示すとおり作製した。実施例1〜10および比較例11〜20の摺動部材の摺動層の組成は、表1に示すとおりである。
【0057】
【表1】
【0058】
原材料として用いた球状黒鉛粒子は、鱗片状天然黒鉛を球状に造粒したもので、粒子の内部組織は黒鉛結晶のAB面が粒の表面から内部に向かって粒子表面の丸みに沿って曲線状に複数積層した組織となっており、粒の内部には約10%程度の空隙が形成されていた。
【0059】
また、原材料として用いた鱗片状黒鉛粒子は、平面状に広がるAB面が多数積層しAB面に垂直方向であるC軸方向に厚みを有する組織となっており、AB面の広がりに対して積層の厚みが薄いため、粒子の形状は薄板状を呈している。この鱗片状黒鉛粒子は、断面組織内には空隙がない。
【0060】
また、原材料として用いた合成樹脂(PAI、PI)粒子は、原材料が球状黒鉛粒子を含む場合は、球状黒鉛粒子の平均粒径に対して合成樹脂の平均粒径が125%であるものを用いた。原材料が鱗片状黒鉛粒子のみである比較例16では、原材料の合成樹脂の粒径は、鱗片状黒鉛粒子の平均粒径に対して125%であるものを用いた。実施例5〜7の原材料として用いた固体潤滑剤(MoS、PTFE)は粒子の平均粒径が、原材料である球状黒鉛粒子の平均粒径に対して30%のものを用い、充填材(CaCo)の粒子は、粒子の平均粒径が球状黒鉛粒子の平均粒径に対して25%のものを用いた。
【0061】
上記の原材料を用いた表1に示す組成物を有機溶剤で希釈し、表1の「粘度(mPa・s)」欄に示す粘度の組成物を準備し、次に、ロールミルを用いて組成物の混合と球状黒鉛粒子の内部空隙を消滅させる処理(処理時間1時間)を同時に行った。なお、ロールミルのロール間のギャップは、実施例1〜10および比較例11〜15、17〜20は、原材料として用いた球状黒鉛粒子の平均径に対する比率が200%となるようにし、比較例16は、原材料として用いた鱗片状黒鉛粒子の平均径に対する比率が400%となるようにした。
【0062】
次に混合後の組成物をFe合金製の裏金層の一方の表面に塗布したのち、ロールにて組成物が所定の厚さとなるように被覆した。なお、実施例1〜9及び比較例11〜20の裏金層はFe合金を用い、実施例10は表面にCu合金の多孔質焼結部を有するFe合金を用いた。
次に、組成物中の溶剤を乾燥する加熱、組成物の合成樹脂の焼成する加熱を施して摺動部材を作製した。作製された実施例1〜10および比較例11〜20の摺動部材の摺動層の厚さは0.3mmであり、裏金層の厚さは1.7mmであった。
【0063】
作製された実施例の摺動部材は、上記に説明した測定方法による摺動層中に分散する長球状黒鉛粒子の平均粒径の測定を行い、その結果を表1の「平均粒径」欄に示した。また、上記に説明した長球状黒鉛粒子の黒鉛化度(K1)の測定を行い、その結果を表1の「黒鉛化度(K1)」欄に示した。また、上記に説明した長球状黒鉛粒子の平均アスペクト比(A1)の測定行い、その結果を表1の「アスペクト比(A1)」欄に示した。比較例11〜15、17〜20は、実施例と同様の方法で平均粒径、平均アスペクト比(A1)を測定した結果を表1に示した。
【0064】
作製された実施例の摺動部材は、上記に説明した測定方法による摺動層中に分散する鱗片状黒鉛粒子の平均粒径の測定を行い、その結果を表1の「平均粒径」欄に示した。また、上記に説明した鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度(K2)の測定を行い、その結果を表1の「黒鉛化度(K2)」欄に示した。また、上記に説明した鱗片状黒鉛粒子52の平均アスペクト比(A2)、異方分散指数(S)の測定行い、その結果を表1の「アスペクト比(A2)」欄、「異方分散指数(S)」欄にそれぞれ示した。比較例11〜14、16〜20は、実施例と同様の方法で平均粒径、平均アスペクト比(A2)、「異方分散指数(S)」を測定した結果を表1に示した。
【0065】
作製された実施例の摺動部材は、上記に説明した測定方法による摺動層中に分散する長球状黒鉛粒子の黒鉛化度(K1)、鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度(K2)の測定を行い、それぞれ表1の「黒鉛化度(K1)」、「黒鉛化度(K2)」の欄に結果を示した。また、鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度(K2)と長球状黒鉛粒子の黒鉛化度(K1)との差K2−K1を算出し、その結果を表1の「黒鉛化度差(K2−K1)」欄に示した。
【0066】
各実施例および各比較例の部材を摺動層を内側にして円筒形状に形成し、表2に示す条件で摺動試験を行った。各実施例および各比較例の摺動試験後の摺動層の摩耗量を表1の「摩耗量」欄に示す。また、各実施例および各比較例は、摺動試験後の相手軸の表面の複数箇所を、粗さ測定器を用いて表面の傷の発生の有無を評価した。相手軸の表面に深さが2μm以上の傷が測定された場合には「有」、測定されなかった場合には「無」とし、表1の「傷有無」欄に示した。
【0067】
【表2】
【0068】
表1に示す結果から分かるとおり、実施例1〜10は、比較例11〜20に対して、摺動試験後の摺動層の摩耗量が少なくなった。
【0069】
さらに、実施例1〜10は、摺動試験後の相手軸の表面に傷の発生がなかったが、これは摩耗量の抑制と同じ理由である。すなわち、実施例1〜10が相手軸の表面の傷発生を抑制する理由は、既に説明したとおり、摺動層が、長球状黒鉛粒子と鱗片状黒鉛粒子とを含み、摺動層に含まれる全黒鉛粒子に対する鱗片状黒鉛粒子の体積割合が10〜40%であり、長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1が0.80〜0.97であり、且つ、鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2と長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1との差K2−K1が0.03〜0.15であることで、無潤滑条件での摺動時に摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上に鱗片状黒鉛粒子が移着することによる。
【0070】
実施例4〜9は、特に比較例に対して摩耗量が少なくなったが、理由を以下に示す。
【0071】
実施例4は、摺動層に含まれる長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1が0.85以上であり、油の供給がなされる通常の摺動時の摺動成分としての機能する作用が大きいため摺動層の摩耗量が少なくなったと考える。
【0072】
実施例5は、摺動層に含まれる鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2と長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1との差K2−K1が、0.10以下であるため、上記で説明したように油の供給が不十分な状況での摺動時に、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上に鱗片状黒鉛粒子の移着部が形成され易くなったために摩耗量が少なくなったと思われる。
【0073】
実施例6は、摺動層に含まれる長球状黒鉛粒子の平均アスペクト比A1が3以上であるために、上記で説明したように長球状黒鉛粒子の表面積が大きくなることにより、合成樹脂との接触面積が増大して合成樹脂による保持が大きくなったために摩耗量が少なくなったと思われる。
【0074】
実施例7は、摺動層に含まれる鱗片状黒鉛粒子の平均アスペクト比A2が5〜10の範囲内であり、かつ異方分散指数Sが3以上であるために、上記で説明したように鱗片状黒鉛粒子の平板面が摺動面に概ね平行となり、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上に鱗片状黒鉛粒子の移着部が形成され易くなったために摩耗量が少なくなったと思われる。
【0075】
また実施例8、9は特に摩耗量が少なくなった。これは上記実施例4〜7の摩耗量が少なくなる理由として説明した条件の全てを満たすので、特に摩耗量が少なったと思われる。
【0076】
比較例11は、摺動層に含まれる長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1が0.698と低いために潤滑成分として十分に機能せず、給油状態での摺動時に摺動層の摩耗量が多くなったと考えられる。
【0077】
比較例12は、摺動層に含まれる鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2と長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1との差K2−K1が0.015と小さいため、上記で説明したように油の供給が不十分な状況での摺動時に、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上に鱗片状黒鉛粒子の移着部が形成され難く、長球状黒鉛粒子と相手軸が直接接触して相手軸の表面に傷が発生し、摺動層の摩耗量が多くなったと考えられる。
【0078】
比較例13は、摺動層に含まれる長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1が鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2よりも大きいために、上記で説明したように油の供給が不十分な状況での摺動時に、鱗片状黒鉛粒子の移着部が十分に形成され難く、また長球状黒鉛粒子の内部でせん断がおこり摺動面から脱落し、相手軸表面との間の空隙に侵入して摺動面の摩耗が促進されたと考えられる。
【0079】
比較例14は、摺動層に含まれる鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2と長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1との差K2−K1が0.171と大きすぎるため、上記で説明したように鱗片状黒鉛粒子が長球状黒鉛粒子上に移着しても相手軸から負荷が加わった時に長球状黒鉛粒子に対して鱗片状黒鉛粒子は塑性変形しすぎて、鱗片状黒鉛粒子が複数の小さいせん断片に破壊されやすくなり、結果、長球状黒鉛粒子上に移着する鱗片状黒鉛粒子が少なくなる。このため、長球状黒鉛粒子と相手軸が直接接触して相手軸の表面に傷が発生した。このため、摺動層の摩耗量が多くなった。
【0080】
比較例15は、表1に示すように実施例とは異なり、摺動層は長球状黒鉛粒子のみを含む。比較例15は、摺動時に軸部材の表面に露出する硬質粒子と摺動部材の摺動面に露出する長球状黒鉛粒子が、直接、接触し、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子に割れが生じて摺動面からの脱落がおこり、摺動面に傷がつき、摺動層の摩耗量が多くなった。さらに、比較例15は上記したように、無給油状態では、摺動面に露出する長球状黒鉛粒子と相手軸が直接、接触して摺動し相手軸の表面に傷が発生する。さらに、比較例15は、原材料である黒鉛粒子として内部に空隙を有する球状化黒鉛粒子を用いたが、黒鉛粒子を含む組成物を有機溶剤で粘度が15000mPa・sとなるよう希釈したため、組成物中の有機溶剤の割合が多く、混合工程でロールミルのロール間のギャップを球状化黒鉛粒子が通るときに同時に合成樹脂の粒子が通過する頻度が低い。このため、混合工程で原材料である球状化黒鉛粒子の変形量が少なくなり、その結果、摺動層の分散する長球状黒鉛粒子は、平均アスペクト比A1が小さくなり、断面組織内には、原材料である球状化黒鉛粒子の内部に形成されていた空隙が、ほぼそのまま残った。
このため、比較例15の摺動部材は、摺動試験において、無給油状態、給油状態のいずれにおいても、摺動層の表面に露出する黒鉛粒子が相手軸の表面からの負荷を受けると、長球状黒鉛粒子に割れが生じたり、内部空隙が潰されて座屈が起こり、粒の表面積が小さくなり、長球状黒鉛粒子の合成樹脂による保持が十分でなくなることにより、長球状黒鉛粒子のせん断片が摺動面から脱落し、相手軸表面との間の空隙に侵入して摺動面の摩耗が促進されたと考えられる。
【0081】
比較例16は、表1に示すように実施例とは異なり、摺動層は鱗片状黒鉛粒子のみを含む。比較例16において摺動層の摩耗量が増加した理由は以下のように考えられる。
比較例16は、摺動層は、鱗片状黒鉛粒子のみを含むので、実施例に比べて摺動面に露出する鱗片状黒鉛粒子の量が多い。このため、比較例16は、無給油状態での摺動時に、摺動面から相手軸表面と摺動面との間の隙間に脱落する鱗片状黒鉛粒子の量が多くなりすぎて、相手軸の表面に傷が発生し、この相手軸の傷の発生により摺動層の摩耗量が多くなった。
さらに、比較例16は、摺動面に多量の鱗片状黒鉛粒子が露出するので、給油状態での摺動時においても、摺動面に露出する鱗片状黒鉛粒子のうちで脱落するものの量が多くなり、脱落した鱗片状黒鉛粒子の存在により、相手軸の表面と摺動面との間の油膜の形成が抑制されることで摺動層の摩耗量が増加した。
【0082】
比較例17は、摺動層は、長球状黒鉛粒子と鱗片状黒鉛粒子の両方を含むが、摺動層に分散された黒鉛粒子の全体積に対する鱗片状黒鉛粒子の体積割合が8%と低すぎるため、無給油状態での摺動時の鱗片状黒鉛粒子の摺動面に露出する長球状黒鉛粒子上への移着部の形成が不十分となり、相手軸の表面に傷が発生した。このため、摺動層の摩耗量が多くなった。
【0083】
比較例18は、摺動層は、長球状黒鉛粒子と鱗片状黒鉛粒子の両方を含むが、摺動層に分散された黒鉛粒子の全体積に対する鱗片状黒鉛粒子の体積割合が45%と大きすぎるため、給油状態での摺動時に、摺動面に露出する鱗片状黒鉛粒子に割れが生じて脱落する量が多くなり、脱落した鱗片状黒鉛粒子によって相手軸の表面と摺動面との間の油膜の形成が抑制されることで摺動層の摩耗量が増加したと考えられる。
【0084】
比較例19は、摺動層に含まれる長球状黒鉛粒子と鱗片状黒鉛粒子とからなる黒鉛粒子の量が3体積%と少ないため、摺動層と相手軸表面との摩擦力を低くする効果が不十分となり、摺動層の摩耗量が多くなったと考えられる。
【0085】
比較例20は、摺動層に含まれる長球状黒鉛粒子と鱗片状黒鉛粒子とからなる黒鉛粒子の量が60体積%と多いため、摺動層の強度が低くなり、摺動層の摩耗量が多くなったと考えられる。
【符号の説明】
【0086】
1:摺動部材
2:裏金層
3:摺動層
4:合成樹脂
5:黒鉛粒子
51:長球状黒鉛粒子
52:鱗片状黒鉛粒子
6:多孔質金属層
L1:長球状黒鉛粒子の長軸
S1:長球状黒鉛粒子の短軸
L2:鱗片状黒鉛粒子の長軸
S2:鱗片状黒鉛粒子の短軸
X1:鱗片状黒鉛粒子の摺動面に平行方向の長さ
Y1:鱗片状黒鉛粒子の摺動面に垂直方向の長さ
【要約】
【課題】摺動開始直後の油供給が不十分な状況でも相手軸表面に傷が発生し難い摺動部材。
【解決手段】摺動部材は、裏金層と摺動層とを備え、摺動層は、合成樹脂と黒鉛粒子とからなり、黒鉛粒子の体積は、摺動層の5〜50体積%であり、黒鉛粒子は、長球状黒鉛粒子と薄板形状の鱗片状黒鉛粒子とからなり、黒鉛粒子の全体積に対する鱗片状黒鉛粒子の体積割合が10〜40%であり、長球状黒鉛粒子の断面組織は、黒鉛結晶のAB面が粒子表面から中心方向に向けて粒子表面の丸みに沿って曲線状に複数積層しており、鱗片状黒鉛粒子の断面組織は、黒鉛結晶のAB面が薄板形状の厚さ方向に複数積層しており、長球状黒鉛粒子の平均粒径が3〜50μmであり、鱗片状黒鉛粒子の平均粒径が1〜25μmであり、長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1が0.80〜0.97であり、鱗片状黒鉛粒子の黒鉛化度K2は長球状黒鉛粒子の黒鉛化度K1よりも0.03〜0.15大きい。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4