特許第6298247号(P6298247)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6298247
(24)【登録日】2018年3月2日
(45)【発行日】2018年3月20日
(54)【発明の名称】抵抗溶接用電極
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/30 20060101AFI20180312BHJP
【FI】
   B23K11/30 320
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-133169(P2013-133169)
(22)【出願日】2013年6月25日
(65)【公開番号】特開2015-6688(P2015-6688A)
(43)【公開日】2015年1月15日
【審査請求日】2016年6月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000229173
【氏名又は名称】日本タングステン株式会社
(72)【発明者】
【氏名】毛利 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】向江 信悟
(72)【発明者】
【氏名】三島 彰
【審査官】 黒石 孝志
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭62−89583(JP,A)
【文献】 特開2006−15349(JP,A)
【文献】 特開2000−200581(JP,A)
【文献】 特開昭61−176494(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/057052(WO,A1)
【文献】 特開平8−132255(JP,A)
【文献】 特開昭54−116313(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/30
B23K 35/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステンまたはモリブデンのいずれかの焼結体からなる高融点金属部を有する抵抗溶接用電極で、前記高融点金属部が、少なくとも表面の一部に前記高融点金属部を構成する高融点金属の炭化物からなる表面層を有する抵抗溶接用電極。
【請求項2】
前記表面層の厚さが1〜300μmである請求項1に記載の抵抗溶接用電極。
【請求項3】
前記高融点金属の炭化物がWC、WCのいずれか1種または両方を含む請求項1または
請求項2のいずれか1項に記載の抵抗溶接用電極。
【請求項4】
前記高融点金属の炭化物がMoC、MoCのいずれか1種または両方を含む請求項1ま
たは請求項2のいずれか1項に記載の抵抗溶接用電極。
【請求項5】
アルミニウム、マグネシウム、亜鉛、銅または真鍮のいずれかの抵抗溶接に用いる、請求項1から請求項4のいずれかに1項に記載の抵抗溶接用電極。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一対の電極間に挟まれた2以上の部材に通電することにより、2以上の部材の材料自体や、界面の高い電気抵抗を利用して溶接を行なう「抵抗溶接」に用いる抵抗溶接用電極に関する。
【背景技術】
【0002】
抵抗溶接用電極として最も用いられる機会が多いのは、クロム銅、アルミナ分散銅、ベリリウム銅などの銅合金である。銅合金は、電気抵抗率が極めて低く、また熱伝導率が高く温度の上昇および下降が速いために生産性が高くでき、例えば鉄材やステンレス材などの2以上の被溶接材(以下「ワーク」とも表現する)との反応が大きくないため、抵抗溶接用電極(以下、単に「電極」とも表現する)として広く用いられている。
【0003】
しかしながら、被溶接材が鉄材やステンレス材ではなく、アルミニウム、マグネシウム、亜鉛、銅や真鍮などであれば、ワークと電極との反応が顕著になり、使用可能回数が極めて少なくなる。この際、ワークと電極との反応生成物によって電気抵抗率が変化して、接合品質にムラが生じる問題も生じる。また、アルミニウムのように、大気中の酸素を取り込んで表面に酸化膜を容易に作るような金属は、ワーク同士が溶着しにくいという問題点もある。
【0004】
また、銅、アルミニウム、マグネシウム、亜鉛、真鍮などは、鉄材と比べて低融点で酸化しやすいため、短時間で大電流を流して溶接する必要がある。電極はどのような材質でも、使用していくうちに表面にクラックが入るが、さらに被溶接材がアルミニウムなどの場合には、被溶接材と電極との反応が激しく、溶接後に電極とワークとが一体化して、電極がワークを持ち上げる「ピックアップ」と呼ばれる現象も発生する。この現象は、電極の表面状態が荒くなるほど起き易く、連続溶接工程中に発生し始めるために、製造ラインでは連続稼動の大きな弊害となり望ましくない。
【0005】
特許文献1には、タングステンまたはモリブデンからなる抵抗溶接用電極の、被溶接材を挟圧する溶接面に酸化膜を形成する技術が開示されている。これは、空気中の使用にてタングステン、モリブデンが酸化しやすいことに着目し、あらかじめ酸化層を設けることにより、溶接面の酸化による電気抵抗値変化の影響を抑える方法である。
【0006】
特許文献2には、銅合金の表面に酸化物、炭化物、窒化物または炭窒化物を分散した金属被覆層を有する溶接用電極材料が開示されている。軟鋼板や亜鉛メッキ鋼板の抵抗溶接に適しており、電極寿命が延びるという記載がある。
【0007】
特許文献3には溶接面を含む芯材部分にタングステン材を、その周辺部には銅材を用いた2重構造のスポット溶接用電極が開示されている。この文献には、タングステンの面積を、溶接面の70〜300%にすることで、メッキ鋼板などを良好に溶接で出来ると記載がある。また、タングステン中に0.5〜10体積%の2a族元素,4a族元素又は希土類元素の酸化物,窒化物,炭化物及び硼化物の微粒子を分散させると、より効果が明らかになるという記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−153371号公報
【特許文献2】特開昭60−227998号公報
【特許文献3】特開2006−015349号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
抵抗溶接用電極材、とりわけ被溶接材と接触する面(「溶接面」とも記載する)としてW(タングステン)材料やMo(モリブデン)材料が適していることは特許文献1〜3などにより知られている。WやMoは融点が高く、鉄材と反応しにくいという特徴を有する。また、高温での硬さが金属の中でも高いために抵抗溶接用電極に使用しやすい。
【0010】
とりわけ図2左に示すように、WやMoで溶接面を含む抵抗溶接用電極の先端部分を構成し、周辺部を銅などのような低価格で熱伝導率が高く、電気抵抗の低い材料で構成した電極は多く使用されている。この構造の電極の利点は、熱伝導率の高い銅材などで周辺部を構成するために、溶接面にて発生した熱を拡散でき、全体をW材やMo材で構成した電極よりも雰囲気中の酸素などとの反応が少なくなる。反応が少なければ、溶接面周辺で変質して脆くなる「脱粒」が起こりにくくなり、その結果、電極寿命を伸ばすことができることである。
【0011】
しかしながら、このような構成とした場合でも、溶接中の溶接面付近の温度ではWやMoは空気中の酸素と反応する。反応により生じる酸化物は様々であるが、代表的にはWO(三酸化タングステン)やMoO(三酸化モリブデン)が挙げられる。このような酸化物は電気的には半導体から絶縁体領域であり、表面に付着することで電極としての電気抵抗を著しく変化させる。その結果、同じ電圧で抵抗溶接を続けていても、抵抗値の変化に伴い発熱量が変化し、溶接条件を一定に保つことが難しくなる。これを解消しようとすれば、電圧値を変化させる機能を装置側に取り付けるか、短い、例えば数100ショットおきに電極表面を磨くという作業が必要となり、コストの増大に繋がる。
【0012】
特許文献1に示された技術は、明細書に記載のように使用初期の電気抵抗を安定させる働きがある。そのために、使用開始時における工程のロスが少なくて済むという効果を有する。一方、タングステン材料の酸化は、空気中で使用すれば益々進行する。図2(左、右)を使って説明するが、この現象は被溶接物からある程度離れた部分(C部)で顕著に見られる。酸化したタングステン電極、モリブデン電極の表面は、表面に粉末状の酸化タングステン、酸化モリブデン(以後合せて「酸化物」とも記載する)が付着する。この状態から酸素が供給される状態で温度が上がると、表面の酸化物が剥がれ落ち、その内部のタングステン、モリブデンが新たに酸化する。こうして、図2右に示すように、電極先端部1のC部近辺は使用時に径方向に寸法が縮む「酸化消耗」と呼ばれる電極側面の消耗が顕著になる。なお、この現象がC部に顕著に見られるのは、溶接後の熱が逃げにくい部分であるためと考えられる。C部は銅部3とも、被溶接物(図面上Bの下部)とも距離が遠く、熱が溜まりやすい。この酸化消耗が進むと、電極が細くなった分だけ電極の機械的強度が落ち、電気抵抗率が変化するため、使用が困難となる。この場合は、電極先端は再研磨して再使用できるにもかかわらず、電極側面側の要因で短寿命となるという問題が生じる。
【0013】
また、特許文献2に記載の手段は、電気抵抗の変化を少なくでき、溶着を低減することができるが、被覆層が摩耗または剥離により一部でも欠損すれば使用できなくなり、その電極は再度用いることはできない。また、被覆層は電気メッキや無電解メッキで形成すると記載があるが、メッキで数10μmの厚さを形成するには製造に時間が掛かり、また、メッキ前にマスキングや表面層の洗浄など複数の工程も必要になる。一つの電極価格が高価な割には、再利用できない電極となってしまう。
【0014】
特許文献3に記載の電極は、炭化物、窒化物などの微粒子が分散しており、その部分では使用中の化学変化はおきにくいが、芯材の殆どの部分はタングステンが露出しているために酸化反応がやはり生じやすい。
【0015】
本発明は、このような不具合に鑑みてなされたものであり、抵抗溶接用電極使用中の電気抵抗値の変化を抑制し、生産性の高い抵抗溶接用電極を提供することを課題としている。
さらに、被溶接材との化学反応が起こりにくく、電極寿命を長くすることを課題とする。
【0016】
また、前述の酸化消耗に対して有効な対応策を、多額の費用を掛けることなく得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
電極のタングステンまたはモリブデン表面を、使用前にあらかじめ炭化タングステン層、または炭化モリブデン層(以後合せて「炭化物層」とも記載する)とすることにより、前記課題が解決できる。
【0018】
タングステンの融点は3410℃と金属中で最も高く、Moは同2620℃とやはり高く、高温材料として優れた特性を有している。しかしながら、WやMoは酸素との反応性が高く、抵抗溶接の際には、使用雰囲気中の酸素と反応して、表面に酸化物層を形成する。
【0019】
本発明の抵抗溶接用電極は、少なくともWまたはMoの表面の一部をおよそ700℃以上にて炭化処理することにより炭化タングステン化、炭化モリブデン化させており、高温においても空気中の酸素と容易に反応しない。
【0020】
この炭化タングステンは、最もよく用いられるのはWCであるが、たとえばWCなどのWとCの比が異なる炭化タングステンが一部または全部を占めていても構わない。炭化モリブデンの場合は同様に、順にMoC、MoCとなる。炭化物層より内部は、タングステン、モリブデンのままである。
【0021】
炭化物(WC、MoCなど)の融点は2400〜2900℃程度であり、WやMoよりも低いが、鉄や銅、アルミニウムやマグネシウムを抵抗溶接する最高温度では殆ど化学変化を起こさない。そのために、溶融はもちろん変形も殆ど起こらない。
【0022】
酸素に対する反応性は、WやMoよりも炭化物の方が低い。例えば、単体のWは常温でも長期間空気に晒しておくと表面に薄い酸化層ができる。これに対してWCなどの炭化タングステンは安定しており、常温はもちろん、1000℃程度の温度での酸素、水、被溶接材の金属との反応性はWよりも低い。
【0023】
また、W、Moは金属であり、特に温度が上がった状態での外力により延性および展性を示す。抵抗溶接用電極に関して述べれば、「使用中に、与えられた応力により徐々に変形する」ということになり、これは溶接精度の点から見ても望ましくない。一方、炭化物には延性や展性はなく、使用中の変形がない。炭化物単体であれば、衝撃による破壊の可能性がW材よりも高くなるが、本電極の様に表面に薄く形成された炭化物であればその危険性も考慮しなくてよい程度となる。
【0024】
また、炭化タングステン、炭化モリブデンと多くの溶融金属との接触角が1000℃において100°超と比較的濡れ性が低いことから、溶融した被溶接材との反応を抑制することができる。このことから、従来の溶接面に金属Wが露出している電極よりも、長寿命とすることができる。一方、WやMoはアルミニウムやマグネシウムとの反応性が比較的高いために、被溶接材がこれらの材料の場合や、表面にこれらの成分が入ったメッキ層を有する鉄材などの材料の場合には、溶接面が炭化物層の電極の方が、WやMoの電極よりも反応を抑えられる。このことも寿命を伸ばせる要因となる。
【0025】
また、溶接面以外のタングステン表面、モリブデン表面、特に側面側も同時に炭化することによる利点がある。これは前述のように溶接面以外の酸化消耗を抑える働きがあることである。
【0026】
本発明の抵抗溶接用電極は、円形状の比較的狭い範囲のみを溶接するスポット溶接、継ぎ目を連続的に溶接するシーム溶接、あらかじめ被溶接材の一部に突起を形成してその部分に通電させ溶接を行なうプロジェクション溶接、突合せ抵抗溶接、ヒュージング溶接とも呼ばれる熱カシメ溶接などに使用できる。いずれの方法で行なう場合でも電極材料には「空気中の酸素との反応性の低さ」「被溶接材との低い反応性」が求められる。
【0027】
Wの熱伝導率は167(W/m・K)と高く(Moは同138)、また表面層の炭化タングステンについてもWCの場合で60〜70(W/m・K)(MoCは同45〜60)と、セラミックスの中でも比較的熱伝導率が高い。また、炭化物は表面層のみであるため、熱伝導の阻害要因としては極めて小さい。そのために、前述のように溶接面より発生した熱を、電極内に拡散する働きは十分に維持される。
【0028】
炭化物層は溶接面のみに設ける場合でも使用初期の電気抵抗を安定させるなどの効果があるが、電極の側面部(溶接面以外の露出した部分)にも設けることで、更なる効果が得られる。電極の側面に設けられた(例として、図1のC部)炭化物層は、タングステンやモリブデンと比較して、前述のように空気中での酸素との反応が極めて小さい。そのために、使用時においても酸化消耗を極めて起こしにくい。側面からの酸化消耗が押さえられるために、電極が使用中に細くなるという現象が起こりにくい。また、寿命となった後に先端部の炭化物層の厚さが十分であれば、先端のみを再研磨して再生することが可能であるし、先端部の炭化層が十分な厚さ残ってなければ表面炭化処理を再度行なってもよい。この表面炭化処理は、そのまま行なってもよいし、一度表面層を除去した後に行なってもよい。
【0029】
実際の電極の形態の例を挙げる。抵抗溶接用電極は前記材質の材料の焼結体を溶接面およびその付近にのみ用い、他の部分は銅材などからなる直接溶接面と接さない導通、保持部分である「シャンク部」と組合せることも可能であるし、焼結体でシャンク部まで形成する構造でもよい。なお、シャンク部を用いる場合は、溶接面を含む前記材質の部分は「チップ部」と表現する。図1にはこれらの模式図を示す。図4(1)の群にはシャンク部の溶接面を含む先端部にのみ前記材料を用いた模式図を、(2)の群には抵抗溶接用電極全体を前記材料にて形成した例を示す。
【0030】
シャンク部は様々な材料が使用可能であるが、銅(純銅および添加物を加えた銅)、アルミニウムなどを用いることが好ましい。これらの材質は電気抵抗率が低く、通電によってシャンク部で発熱が殆ど起こらない。また、金属であり溶接時などに欠損が起こりにくい。大気中の酸素や水と反応しないか、反応してもごく表層部のみにとどまる。所望のシャンク形状を得るための鋳造、機械加工などが容易であり、素材も安価である。
【0031】
チップ部とシャンク部とを接合する場合は、埋設固着、ロウ付けや圧接などの手段を行なうことができる。
【0032】
埋設固着とは、チップ部と低融点の金属(シャンク材料を指す)とを昇温し、溶融した低融点の金属がチップ部表面の一部または全部と接触した状態とし、そのまま降温してチップ部と固化した低融点金属とを一体化する方法である。固化した低融点金属の部分に必要な加工を加え、所望の形状とした部分がシャンク部となる。埋設固着ではなく鋳ぐるみ、鋳包みなどと呼ばれることもある。
【発明の効果】
【0033】
本発明の抵抗溶接用電極は下記の問題を解決する。
【0034】
通電時における発熱特性が炭化タングステン層または炭化モリブデン層によって安定し、電極の使用初期状態から長期間にわたって同一のしかも比較的小さな電流値で溶接作業を繰り返すことが可能になることから、抵抗溶接を行なうに当たり、生産性が著しく向上するという顕著な効果を奏する。
【0035】
電極側面からの酸化消耗を抑えることができ、電極寿命が側面の酸化消耗により短縮されることを防ぐ。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】本発明の抵抗溶接用電極の実施の形態の模式図
図2】タングステン部(モリブデン部)の酸化消耗の模式図
図3】本発明を構成する炭化物表面層の写真
図4】(1)シャンク部の溶接面を含む先端部にのみ前記材料を用いた模式図 (2)抵抗溶接用電極全体を前記材料にて形成した模式図
図5】(1)本発明を熱カシメに適用した形態の要部の模式図 (2)熱カシメ前の断面図 (3)熱カシメ後の断面図
図6】本発明の電極をスポット溶接用電極に用いた模式図
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の好ましい実施の形態について詳述する。図1は本発明の抵抗溶接用電極の模式図である。Wの基材1の少なくとも一部を炭化物が覆っている(図1では電極表面に露出している部分は全て炭化タングステンまたは炭化モリブデンが覆っている)。
【0038】
本発明のように、W、Moの表面に炭化物層が形成されている場合には、後述する実施例のように、使用初期状態から長期間にわたって発熱特性が安定する。炭化物層としては、WC、WC、MoC、MoCなどを採用することができる。
【0039】
抵抗溶接用電極の少なくとも表面の一部に炭化物層(炭化タングステン層または炭化モリブデン層)を形成する。炭化方法としては、炭素源としてカーボンを含有する粉末を電極材料周辺に置く、カーボン容器中に電極材料を投入する、カーボンを含有する液体を電極材料に塗布する、もしくは有機ガスを使用して、還元雰囲気で700〜2500℃に加熱するなどのいずれの方法を選択してもよく、少なくとも電極の溶接面を炭化できれば、方法は問わない。
【0040】
炭化する箇所は溶接面のみでもよいが、電極材料全体でもよい。この炭化層はWCであっても、その他のWとCの比が異なる炭化タングステンの単体、それらの混合物であってもよい。Moの場合も同様である。炭化層厚みについては、少なくとも溶接面には金属タングステンが表面に露出しない程度とすることが望ましい。この厚さは1μm程度である。またW、Mo全体を炭化すると熱伝導率が低下したり、電気抵抗率の変化が大きくなったりするために、厚くとも最高厚さ300μm以下の炭化物層が好ましい。
【0041】
電極の構造は特に特定するものではない。先端が平面のもの、曲面のもの、段差があるものいずれの場合でも本発明は適用できる。
【0042】
また、電極の構造について、電極全体をタングステンまたはモリブデンで形成する構造でもよいし、前述の銅等のシャンク部中にタングステンチップ部またはモリブデンチップ部を埋め込んだ構造とすることも可能である。
【0043】
銅などのシャンク部中にチップ部を埋め込んだ構造とするには、予め表面を炭化したチップをシャンク部中に埋め込んでもよいし、埋め込んだ後にチップ部表面を炭化しても構わない。
【実施例】
【0044】
(実施例1)
抵抗溶接用電極の一例として、熱カシメ用溶接電極を選択した例を示す。
【0045】
図1の1に示すような、溶接面に円柱状のタングステン材1を有する、「F型(平面形)」と呼ばれる円柱の先端部が平面形状の電極10を製作した。タングステン材の溶接面を含む面Aは表面が炭化タングステンである。
【0046】
以下にその製法を説明する。
【0047】
タングステン材は公知の方法により得られたタングステンの焼結体を用いる。
【0048】
タングステン焼結体を切断および機械加工し、F形の(円柱状)のチップ部とした。
【0049】
このチップ部をシャンク部となる銅材と共に炉中で埋設固着を行なった。埋設固着の条件は下記である。

シャンク部の材質:純銅(C1020)
チップ部とシャンク部の接合条件:1150℃、Ar雰囲気にて埋設固着

こうして、チップ部とシャンク部とが一体となった電極材が得られた。
【0050】
この電極材の溶接面を含むチップ部が露出した面に、コロイド状のカーボンを分散したカーボンスプレーにて噴霧し、乾燥機にて乾燥させた。
【0051】
乾燥後に再び炉に投入し、水素ガス雰囲気中、1000℃で熱処理を行なった。この熱処理により、チップ部の表面にあるカーボンがチップ部のタングステンに取り込まれ、表面に炭化タングステンが生成した。
【0052】
カーボンスプレーを塗布したチップ表面は、タングステンが一様に表面から40〜50μm程度炭化しており、炭化タングステンとなっていた。X線回折にて観察したところ、WCとWCが観察され、Wは観察されなかった。この熱処理を行なった部分の断面写真を図3に示す。表面から約50μmの比較的色の薄い部分が炭化タングステンであり、内部(図面下方)のやや濃い灰色部分はWのままである。
【0053】
以上の工程にて本発明の一形態である、チップ部とシャンク部を有する、F形の抵抗溶接用電極を得た。これを電極1とする。
【0054】
電極1を得るための最後の工程、すなわちタングステン表面を炭化する工程を行わなかった従来の円柱状電極を比較電極1とする。
【0055】
比較電極1は電極1と、炭化タングステン層を有していないことのみが異なる。
【0056】
電極1と比較電極1にて図5に要部を示す溶接装置にて、抵抗溶接方法の1種である熱カシメの試験を行った。溶接装置は1対の電極(チップ部は円柱状)と、被溶接材である10本の銅製のワイヤー、ワイヤーの束をまとめるスズメッキをした銅製の銅線用裸圧着端子(R型)丸型からなる。圧着端子内に挿入された複数のワイヤーを抵抗溶接にて一体化するのが目的である。圧着端子の筒内にワイヤーを挿入し、その部分を一対の抵抗溶接用電極にて挟み、電流を流してワイヤー部より発熱させることによりワイヤーを軟化させ、更に電極にて加圧することで全ワイヤーと圧着端子とを一体化させる。
【0057】
この試験を一対の電極1と、一対の比較電極1を用いて行なった。
【0058】
比較電極1の結果について先に述べる。
【0059】
寿命については、再研磨など無しで3000ショットの使用が可能であった。使用直後からタングステンの表面部分に黄色い粉状の付着物(WO)7が生成し始め、それは寿命に至るまで発生し続けた。電気抵抗は特に初期段階での変化が大きく、数ショットごとに電圧値を調整する必要があった。また、3000ショット使用後に電極C部は特に径方向に酸化消耗の現象が起こっており、直径が約1mm減少していた。
【0060】
先端部の再研磨にて再利用は可能だが、2、3回の再研磨後には酸化消耗による径の縮小により、強度が保てなくなると予想できる。
【0061】
次に電極1の結果について述べる。
【0062】
寿命は再研磨無しで10000ショットの使用が可能であった。使用直後から寿命まで、電気抵抗の大きな変化は無く、安定していた。炭化タングステンの被膜を有する表面部分は酸化がほとんど起こっておらず、粉状の酸化物の付着も見られなかった。また、先端部は若干のひび割れが入っていたが、C部を含む電極側面に径の変化は殆ど現れなかった。

(実施例2)
抵抗溶接用電極の一例として、スポット溶接電極を選択した例を示す。
【0063】
図6の20に示すような、弾丸状のモリブデン材1を有する、「DR型(ドームラジアス形)」と呼ばれる円柱の先端部がなだらかなR曲面である電極20を製作した。モリブデン材の溶接面を含む面Aは表面が炭化モリブデンである。
【0064】
以下にその製法を説明する。
【0065】
モリブデン材は公知の方法により得られたモリブデンの焼結体を用いる。
【0066】
モリブデン焼結体を切断および機械加工し、DR形の(ドームラジアス形)の抵抗溶接用電極形状とした。
【0067】
この電極材料の溶接面を含む全面に、コロイド状のカーボンを分散したカーボンスプレーを噴霧し、乾燥機にて乾燥させた。
【0068】
乾燥後に再び炉に投入し、水素ガス雰囲気中、750℃で熱処理を行なった。この熱処理により、電極材料の表面にあるカーボンが、電極材料のモリブデンに取り込まれ、表面に炭化モリブデンが生成した。
【0069】
カーボンスプレーを塗布した電極材料は、モリブデンが一様に表面から100〜120μm程度炭化しており、炭化モリブデンとなっていた。X線回折にて観察したところ、MoCが観察され、Moは観察されなかった。
【0070】
以上の工程にて本発明の一形態である、電極表面に炭化物層(MoC)を有する、DR形の抵抗溶接用電極を得た。これを電極2とする。
【0071】
電極2を得るための最後の工程、すなわちモリブデン表面を炭化する工程を行わなかった従来のDR形電極を比較電極1とする。
【0072】
比較電極2は電極2と、炭化モリブデン層を有していないことのみが異なる。
【0073】
電極2と比較電極2にて図6に要部を示す溶接装置にて、抵抗溶接方法の1種であるスポット溶接の試験を行った。溶接装置は1対のDR形の電極、被溶接材は2枚のアルミ板であり、2枚のアルミ板を溶接して接合する。
【0074】
この試験を一対の電極2と、一対の比較電極2を用いて行なった。
【0075】
比較電極2の結果について先に述べる。
【0076】
寿命については、再研磨など無しで1500ショットの使用が可能であった。使用直後からモリブデンの表面に粉状の付着物(MoO)が生成し始め、それは寿命に至るまで発生し続けた。電気抵抗は特に初期段階での変化が大きく、数ショットごとに電圧値を調整する必要があった。また、表面で被溶接材から最も遠いB部以外の部分は、酸化消耗により、表面から深さ方向に100μm以上寸法が減少していた。
【0077】
表面全体の再研磨にて再利用は可能だが、径方向に小さくなってしまう為に、数回の再研磨後にはDR形としての形状が保持できなくなり、完全に使用できなくなると考える。
【0078】
次に電極2の結果について述べる。
【0079】
寿命は再研磨無しで5000ショットの使用が可能であった。使用直後から寿命まで、大きな電気抵抗の変化は無く、安定していた。炭化モリブデンの被膜を有する表面部分は酸化がほとんど起こっておらず、粉状の酸化物の付着も見られなかった。また、先端部は若干のひび割れが入っていたが、C部を含む電極側面に径の変化は殆ど現れなかった。
【符号の説明】
【0080】
1 チップ部
2 チップ部表面の炭化タングステン層(または炭化モリブデン層)
3 シャンク部
4 被溶接材(ワーク)
5 ナゲット
6 銅線
7 酸化タングステン粉末
8 圧着端子
10 熱カシメ用電極
20 スポット溶接用電極
図1
図2
図3
図4
図5
図6