【文献】
BEAMISH,Eric et al.,Precise control of the size and noise of solid-state nanopores using high electric fields,NANOTECHNOLOGY,2012年 9月14日,vol.23,no.40(405301)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
α−溶血素などの生体ナノポアを用いると、一般に感度を高めて低ノイズ特性とすることができるが、支えている脂質二重層が脆く大きさも一定であるため、適用できることには限度がある。これに対し、固体ナノポアは一般に窒化ケイ素膜または酸化ケイ素膜などの薄い(10〜50nm)絶縁膜に形成され、異なる大きさで作製でき、ウエハスケールの技術で容易に集積化可能であり、より丈夫であるため、一層広範囲にわたる実験条件を可能にしている。こうした利点にもかかわらず、固体ナノポア技術には、生体分子研究における有用性を制限するいくつかの実用上の欠点がある。ナノポアの大きさの制御は可能であるが、一般に特別な装置と人材を必要として費用がかかる上、実現も面倒である。たとえば、集束イオンビームによって穿孔されたナノポアは、走査型電子顕微鏡(SEM)での特定の実験条件下で縮むことが、最近になって示された。他の手法では、透過型電子顕微鏡法(TEM)で穿孔されたナノポアは、ビームの状態や以後の水性溶媒への暴露次第では膨張したり縮んだりする可能性がある。これらの事例では、ナノポアの大きさとして、実現可能な範囲は限られており、制御が困難で、信頼できないことすらあるが、これはナノポアの大きさが、化学処理後または特定の液体環境に浸漬されたときに変化する可能性があるからである。
【0004】
また、固体ナノポアを通るイオン電流も、大きなノイズの影響を受けることがあり、そのノイズの発生源は、ナノポアの文献において活発に調査されている主題である。電気ノイズを低減すべく、さまざまな方法が提案されてきたが、信頼できて安定した低ノイズのナノポアになる歩留まりは一般に、依然として極めて低い。穿孔およびイメージング時に炭素質の残留物が堆積することで、電気信号の品質に悪影響がおよぶ場合があり、この堆積の結果、完全な濡れをいかに得るかが課題となり、除去が困難な可能性のあるナノバブルが形成されることも多い。さらに、検体分子によるナノポアの詰まりは信号品質を落とし、以後の実験でポアを使用できなくしてしまう。これらの影響によって、機能的ナノポアデバイスの歩留まりが大幅に低下するとともに、固体ナノポアの研究に関連するコストが上昇する。このため、信頼できるナノポアの再現可能な形成と微調整は、アカデミックの研究環境だけでなく、ナノポアベースのあらゆる技術の商業化にとっても、課題として残ったままである。
【0005】
以上のセクションでは、先行技術とは限らない本開示に関連する背景情報を示している。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このセクションでは本開示の概要を示すが、その完全な範囲ではなく、その特徴全てを包括的に開示するものでもない。
【0007】
固体膜に形成されたナノポアを微調整するための方法が提供される。この方法は、高値と低値との間で振動するパルス波形を有する電位をナノポアに印加し、ナノポアを流れる電流を測定し、測定された電流に部分的に基づいてナノポアの大きさを決定し、ナノポアの大きさが所望の大きさに一致したら、ナノポアに印加した電位を消失させること、を含む。
【0008】
本開示の一態様では、電位が高値で印加されている間にナノポアを流れる電流の測定がなされるのに対し、もうひとつの態様では、電位が低値で印加されている間にナノポアを流れる電流の測定がなされる。
【0009】
本開示の一態様では、この方法はさらに、約0.3ボルト毎ナノメートルの電界をナノポアに誘導するような電位の値を選択し、この電位をあらかじめ定められた時間印加することを含むものと定義される。あらかじめ定められた時間経過後、ナノポアに印加する電位を選択された値未満の値まで低下させ、その小さくなった値で電位を印加しながら、ナノポアを流れる電流を測定する。測定された電流に部分的に基づいて、ナノポアの大きさを決定する。
【0010】
本開示のいくつかの態様では、測定された電流が閾値を超えるまで、このプロセスを繰り返す。比較的高い電位を再印加する際、電位の極性を反転させて、ポアの幾何学的形状における対称性を達成または維持してもよい。測定された電流が閾値を超えたら、電位を消失させる。
【0011】
本明細書にて提供する説明から、適用の可能性がある別の分野が明らかになろう。この概要に記載の説明および具体例は、例示のみを目的とするものであり、本開示の範囲を限定することを意図したものではない。
【0012】
本明細書で説明する図面はいずれも、選択された実施形態の例示目的のものにすぎず、考えられるすべての実施の形態ではなく、本開示の範囲を限定することを意図したものではない。
【0013】
<関連出願へのクロスリファレンス>
本出願は、2012年5月7日にファイルされた米国仮特許出願第61/643,651号および2013年3月14日にファイルされた米国仮特許出願第61/781,081号の優先権の利益を主張する。上記出願各々の開示内容全体を、本明細書に援用する。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図面の複数の図をとおして、同一の参照符合は同一の構成要素を示す。
【0016】
以下、添付の図面を参照して、例示的な実施形態を一層十分に説明する。
【0017】
図1は、膜にあらかじめ形成されたナノポアの大きさを微調整するための例示的な技術を示す。高電界の印加を利用して、最適な低ノイズ性能を保証しつつ、ナノポアの大きさを正確に拡大する。ナノポアに電位を印加することによって、12で示すように高電界を生じさせる。この電位の値は、0.1ボルト毎ナノメートルを超える(一般に、0.1〜0.4ボルト毎ナノメートルの)電界を誘導するよう選択される。なお、上に特定の値をあげてはいるが、誘導される電界は膜材料や他の要素に応じて変わってくる。とはいえ、調整対象となるナノポアのオーム性の範囲は上回る(一般に、0.1ボルト毎ナノメートルを超える)。
【0018】
高電界に長時間暴露すると、ポア壁を構成する膜材料が除去されはじめ、ナノポアの直径が増加する。この拡径は、電界の強度と持続時間を微調整することで、正確に制御可能である。13で示すように、ナノポアに、あらかじめ定められた時間、比較的高い電位を印加する。一実施形態では、この時間は、100ミリ秒から5秒の範囲内に入る。他の実施形態では、この時間は、もっと短くてもよい(たとえば、数マイクロ秒)し、もっと長くてもよい(たとえば、数分)。この時間が経過したら、14で、ナノポアに印加した電位を比較的高い値未満の値まで低下させる。たとえば、ゼロから0.1ボルト毎ナノメートルの範囲の電界を誘導する値まで、電位を低下させてもよい。
【0019】
この低下させた電位をナノポアに印加しながら、15で、ナノポアを流れる電流を測定する。ここで、測定された電流は、以下でさらに説明するように、ナノポアの大きさと相関する。いくつかの実施形態では、電位を一連のパルスとして印加して、各パルス間で測定を行う。他の実施形態では、一群のパルスを印加後、電流を測定する(たとえばnパルスごとの印加後であり、ここでnは1より大きい)。
【0020】
別の手法では、印加電位を高く維持したまま、ナノポアを流れる電流を測定する。電界がナノポア系のオーム性の範囲を超えているため、測定された電流から推定されるナノポアの大きさは、それほど正確ではない。このため、ナノポアの大きさが所望の大きさに近づいたら、低下させた電位で電流が測定されるよう、電位を上述したようにパルスの形で印加する。
【0021】
ナノポアの大きさが所望の大きさと等しくなったら、ナノポアへの印加電位を消失させる。例示的な実施形態では、16で、測定された電流と閾値電流とを比較することによって、ナノポアの大きさを決定する。ここで、閾値電流は、所望の大きさに対応するよう選択される。測定された電流が閾値以上になったら、17で電位を消失させる。そうでなければ、この条件が満たされるまで、高い拡大用電位を印加した後に低めの測定電位を印加するプロセスを繰り返す。比較的高い電圧パルスの周期的な印加によって、一分子研究に理想的な、クリーンで低ノイズのナノポア表面が生み出される。分子がナノポア表面に吸着すると、ナノポアの詰まりによって実験の途中で電流トレースが劣化するため、このプロセスを繰り返し、そうでなければ廃棄されていたであろう詰まったデバイスを復旧させることができる。つまり、同じデバイスを複数回使用できることで、機能的ナノ粒子の歩留まりをさらに高めている。この技術を用いると、いくつかの利点が得られる。それが、実験条件下の液体中ですみやかに実施され、標準的な実験室機器しか必要とせず、ソフトウェアでの自動化が可能であり、95%を上回る歩留まりで高品質の機能的ナノポアを提供するからである。
【0022】
厚さの異なる膜が本開示の範囲に包含されるが、本開示で研究されたナノポアは、厚さ30nmまたは10nmの窒化ケイ素膜に穿孔された。トランジスター用のゲート材料として普通に用いられている他の誘電材料(たとえば、他の酸化物および窒化物)で構成される膜も、本開示の範囲内に包含される。同様に、膜は、グラフェン、窒化ホウ素などの他の材料で構成されてもよい。
【0023】
本明細書に記載のプロトコールは、任意の方法を用いて形成されるさまざまな材料の固体ナノポアに適用可能であるが、普通は、すでに確立されたプロトコールを用いて、TEMによって穿孔されている。本明細書に記載の実験に用いられるナノポアはTEMによって穿孔され、一般に直径4nmから10nmである。厚さ30nmの膜と10nmの膜の両方が後述するプロトコールを用いて取り付けられ、調整されるが、本明細書に記載の電圧バイアスは、特に明記しないかぎり、厚さ30nmの膜に必要な電圧バイアスをいう。厚さの異なる膜については、それに応じて印加電圧を調節し、ナノポア内に0.1〜0.4ボルト毎ナノメートルの範囲の(オーム性制限値(Ohmic limit)を超える)電界を生じるようにしなければならない。
【0024】
ひとたび絶縁膜に存在するようになると、ナノポアは、それ以上の処理やクリーニングをしなくても、液体セルに直接取り付けることが可能である。しかしながら、もしも実験と実験とのあいだで微量の汚染物質を除去する必要がある場合、あるいは詰まりがひどい場合などには、ピラニア溶液(3:1のH
2SO
4:H
2O
2)を使用するか、酸素プラズマに暴露することによって、ナノポアチップをクリーンにすることができる。このプロセスは、穿孔やイメージングの過程、濡れを助けたりナノポアの表面を親水性にする操作の過程で残った汚染物質を除去するためや、特にしつこい詰まりを取り除いたりするためにも使用できる。それでも、ほとんどのデバイスは、本明細書に記載の方法を使用して、詰まりが生じた時にin situで再調整でき、結果として準備の時間が削減され、強すぎる化学物質を使う必要性も少なくなる。
【0025】
図2は、膜にあらかじめ形成されたナノポアを微調整するための例示的なセットアップを示している。このセットアップは通常、流体セル22と、電流増幅回路25に電気的に接続された一対の電極24(たとえば、Ag/AgCl)と、電流増幅回路25とインタフェースされるコントローラー26と、で構成される。流体セル22はさらに、通路を介して互いに流体的に連結された2つのリザーバー21によって画定され、ナノポアそのものが、2つのリザーバー間におけるイオン電流の唯一の通り道として作用する。リザーバーには、水溶液(たとえば、塩化物系の塩)、非水溶液(たとえば、LiClのエタノール溶液)または他のタイプのイオン溶液を充填することができる。
【0026】
電流増幅回路25は、電極間に電位差を生みだし、ナノポアを流れる電流を測定するように動作する。いくつかの実施形態では、コントローラー26は、パーソナルコンピューター27または他のタイプのコンピューティングデバイスに接続されたデータ取得回路28によって実現されてもよい。このように、このセットアップは、生体分子検出において普通に用いられているものと似ている。ナノポアを微調整するための他のセットアップも、本開示によって企図される。
【0027】
例示的なセットアップでは、ナノポアセル22を使用して、シリコンチップ32を収容し、これにナノポアを含む膜30を収容する。シリコンチップ32をセットアップに取り付けるための例示的なプロトコールは、以下のとおりである。ナノポアセル22を20%硝酸溶液中において10分間沸騰させることで、これをクリーンにする。セル22を注意深く硝酸から取り出し、沸騰した脱イオン水中に10分間おいておく。セル22を取り出し、新鮮な脱イオン水中でさらに10分間沸騰させて、硝酸を完全に除去する。ホットプレートからビーカーを取り除き、室温まで冷ます。セル22をビーカーから取り出し、フィルターを通した空気またはN
2で風乾させる。セル22をクリーンなペトリ皿に保管する。濾過した緩衝電解質溶液を、ソニケーターにて40℃で30分間、真空下におくことで脱気する。ナノポアの調整と拡大にはpHの異なるさまざまな塩溶液を使用できるが、本明細書に記載する実験の大半は、pH8のHEPESで緩衝した1MのKCl溶液中でなされている。エタノール中で少なくとも10分間超音波処理することによって、シリコンチップ32用の2つのシリコーンエラストマーガスケットをクリーンにする。ガスケットの開口と膜のウィンドウとを慎重に整列配置しながら、チップ32をクリーンなエラストマーガスケットに載せる。第2のガスケットをチップ32に載せて整列配置する。チップ32とガスケットを、クリーンにしたナノポアセル22の片方のリザーバーのインレットに置く。もう片方を適所にネジ止めすることで、セル22を組み立てる。セルリザーバーにピペットでエタノールを加え、インレットからいくつかの気泡が出ていくのが認められるまで真空チャンバの中に入れることで、チップ32を濡らす。少なくとも3mlの脱気濾過した電解質溶液をリザーバーにフラッシュして、エタノールを除去する。あふれた分を除去する際は、アスピレーターを用いて慎重に行う。その後、流体セル22の2つのリザーバー21間にシリコーンチップ32を取り付ける。状況によって、これらの工程のうちの1つまたは複数が任意であってもよいことは、容易に理解できよう。さらに、ナノポアを含む膜をセットアップに取り付けるための他の技術も、本開示の範囲内に包含される。
【0028】
微調整の前に、任意に、ナノポアの特徴を調べてもよい。そうするには、ナノポアセルを電気的にシールドされた実験セットアップ23に入れ、電極24を各リザーバーに入れる。このセットアップは、電流増幅回路およびコントローラーが、低ノイズ抵抗性フィードバック増幅器(たとえば、Molecular Devices IncのAxopatch 200Bパッチクランプ増幅器)に置き換えられたこと以外は、
図2に示すものと似ている。増幅器を電圧クランプモードで使用して、−200mVから+200mVまでスイープする電位を印加し、I−V(電流対電圧)特性を記録する。I−V曲線をフィットさせてナノポアのコンダクタンスを得て、これを用いて溶液中でのその直径を計算することができる。計算した直径が、TEMイメージングで想定したものよりかなり小さい場合、ポアは、完全に濡れていないおよび/またはデブリまたは汚染物質を含む可能性が高い。30秒間、ナノポアに200mVの電位を印加してイオン電流を記録する。イオン電流のパワースペクトル密度(PSD)分析を実施し、積分してナノポアの電気ノイズ特性を定量する。ノイズが5kHzの帯域幅で15pA RMSを上回る場合、ポアは完全に濡れていないおよび/または汚染物質を含む可能性が高く、実験で信頼して使用することはできない。
【0029】
生成したI−V曲線が非対称のコンダクタンスまたは想定未満のコンダクタンスを示した場合、あるいは、電流トレースが低周波(<10kHz)で不安定さと高いノイズレベルを示した場合、ナノポア表面の汚染物質を除去するおよび/またはナノポアを濡らすために、高電界を用いてナノポアを調整する必要がある。この方法は、測定に用いられる電流増幅器の入力に接続された膜容量または寄生容量によって生じる高周波ノイズには影響しないが、低周波ノイズ(1/fノイズとも呼ばれる)を大幅に低減可能である。このような調整が場合によっては不要であることは、容易に理解できよう。
【0030】
図2は、この調整を行うのに使用できる例示的なセットアップである。これを用いるには、電極をパッチクランプ増幅器から切り離す。電極のうちの一方を、3ボルトより高い電圧(本明細書で用いる厚さ30nmの膜で電界強度>0.1V/nm)を生成できるコンピューター制御された電源に接続し、他方をリアルタイムで監視可能な電流増幅回路25に接続する。400mV (測定電圧)の電位差を少なくとも5秒間、ナノポアに印加する。最後の1秒のデータから平均電流値を計算し、ナノポアのコンダクタンスを決定する。このコンダクタンスに基づいてナノポアの直径を計算するが、これは、コントローラー26によってインプリメントされるソフトウェアと、もっともありそうな幾何学的形状に基づく最適なナノポアコンダクタンスモデルとを用いて、自動的に実施可能である。これは、I−V曲線から測定される直径に対応するはずである。6ボルト(濡れ電圧)で200msのパルスをナノポアに印加して、0.2V/nmの電界を発生させた後、400mVで5秒間の測定時間とする。再び、最後の1秒のデータを用いてナノポアの直径を計算し、TEM測定値から想定される値と比較して、ナノポアが完全に濡れるようにする。あるいは、上述したように電圧を−200mVから+200mVまでランプしてI−V曲線をフィットさせることを、この段階で実施して、一層正確なナノポアのコンダクタンスの推定値、ひいては大きさを得るようにしてもよい。電圧を高めながら高電界パルスを印加する上記のプロセスを、測定時間での電流信号が安定して想定されたコンダクタンスが得られるまで、繰り返すことが可能である。この段階で10ボルトを超える(すなわち>0.3V/nm)ことは推奨されない。なぜなら、それはナノポアを急速におよび/または制御不能に拡大または破損することがあるからである。
【0031】
ナノポアの直径は、特定の生体分子検知の用途に対するその機能性を決定する際に極めて重要である。この目的のために、ナノポアをクリーンにして濡らすのに用いたものと同じ(すなわち
図2の)セットアップで、適切な直径が達成されるまで高電界を印加することによって、あらかじめ形成されたナノポアを所望の大きさまで拡大することができる。同一のセットアップを使用して、ポアに200〜500mVのバイアスを印加し、直径の測定値を得る。I−V曲線をフィットさせるよりは精度が劣るが、単点測定を用いて、ナノポアの大きさを短時間で大まかに推定してもよい。
【0032】
パルス波形を有する電位を、ナノポアに印加する(たとえば、8ボルトで2秒のパルスをナノポアに印加した後、400mVで約5秒の測定時間とする)。新たな直径の計算では、一般に、ナノポアの大きさが極めてわずかに増加することになる(すなわち、<0.1nm)。拡大電圧と測定電圧を交互に用いながら上記のプロセスを周期的に繰り返し、大きくなっていくナノポア直径のin situかつリアルタイムの測定値を得る。これよりも速い拡径速度が望ましい場合、印加する電圧の大きさを段階的に10ボルトまで増すことができる。拡径は一般に、ナノポアの大きさ、電界の強度、電解質溶液の特性に応じて、0.03nSs
-1から10nSs
-1の範囲にわたるコンダクタンスの増加速度でポアが拡大するにつれて加速する。したがって、ナノポアの拡径速度を制御するために、電解質溶液のイオン強度およびpHを変えることも可能である。
【0033】
所望の直径に達したら、高電界の印加を停止する。この微調整の技術は、コントローラー26によってインプリメントされるコンピュータープログラムを用いて自動的に実現可能である。パッチクランプ増幅器を電極に再接続する。上述した工程での場合のように、新たな低ノイズI−Vおよび電流トレースデータを200mVで取得して、ナノポアの直径を確認するとともに、低ノイズ電流シグナルを確認する。必要であれば、調整と拡大のプロトコールを繰り返す。
【0034】
図3Aは、厚さ30nmの膜に設けられた10nmのナノポアの高電界での処理前後の2つの典型的なイオン電流トレースを示す。新たに穿孔したナノポアを実装すると、低周波変動の生じる度合いが高い不安定でノイズのあるイオン電流信号が得られる尤度は、通常は高い。
図3Aに示すナノポアでは、この挙動が際だっている。そのコンダクタンスは、その大きさのナノポアで想定されるよりもかなり低く、原因として最も可能性が高いのは濡れが不完全なことである。8Vのパルス(2秒間隔で90パルス)で生じる0.27V/nmの大きさの高電界を印加すると、ナノポアは完全に濡れた状態になる。その後、直径21nmまで拡大される。この時点で、ポアは低ノイズ特性で安定したコンダクタンスを呈する。同様のナノポアでのノイズの定量分析結果を、電力スペクトル密度プロットとして
図3Bに示す。濡れていないおよび/または詰まったポアの低周波ノイズ振幅は極めて大きく(5kHzの帯域幅で>20pA RMS)、これらのポアが実験で使用できないものとなる。高電界を用いて調整すると、低周波(<10kHz)でのノイズ電力は大きさが最大で3桁小さくなり、低ノイズ実験に使える状態になる。
【0035】
図4Aは、印加電位が拡大用の高電界と低電界の測定時間との間でパルス状になっている場合の一般的な電流測定値を示す。この例示的な実施形態では、一連の矩形波として電位を印加する。いくつかの実施形態では、特定のパルスの電位をピーク値との間で(たとえば、線形に、指数関数的に、段階的になど)ランプアップまたはランプダウンしてもよい。他の実施形態では、ピーク値で電位を変化させてもよい(たとえば、正弦波形)。電位を印加するための他のタイプの波形も、本開示で企図される。
【0036】
その後の各パルスの後に、測定電圧でナノポアを流れるイオン電流(すなわち、ナノポアのコンダクタンス)が有限の量で増大する。これは、ナノポアの大きさが大きくなることを示している。ナノポアの幾何学形状を有効長l
effの円筒形として近似して、導電性σの溶液中におけるコンダクタンスGから直径dを推定できるためである。ナノポアのコンダクタンスとその幾何学的形状とを関連させるためのさまざまな他のモデルが存在するが、TEMで穿孔されるナノポアには、高塩濃度で、生体分子の移送で対象となる広範囲にわたる直径に対して、以下の関係が有効とされている。
【数1】
所望の直径に達したら、プロセスは、ソフトウェアによって自動的に停止される。その後、得られるナノポア直径を、
図5に示すような正確なI−V測定値を用いて確認することができる。高電界を用いて処理されるナノポアが、十分に機能的であることに注意することが重要である。
【0037】
本開示の一態様では、ポアの幾何学的形状の対称性を達成または維持するために、パルスを交互にするよう電位の極性を反転させてもよい。また、in situでのI−V測定を実施して、さらに正確なナノポアの大きさまたはノイズ特性を得るために、測定時間を延長または変更してもよい。
【0038】
さまざまな要素が、ナノポアの拡径速度に影響し得る。たとえば、印加電圧の大きさを大きくすることで、
図4Bに示すように、ナノポアの拡径速度を高めることができる。イオン溶液のイオン強度を変えることによっても、
図4Cに示すように、ナノポアの拡径速度を高めることができる。拡径速度に影響する他の要素として、温度、イオン溶液のpH、溶液の塩の種などがあげられるが、これらに限定されるものではない。
【0039】
高電界を用いる処理では、イオン電流測定のノイズを最小限に保証しつつナノポアの大きさを正確に制御できるようにすることで、生体分子実験用の固体ナノポアが形成される。この手法は、λ DNA(48.5kbpの二本鎖)での生体分子移送実験を行うことによって、さらに有効なものとされる。対照実験として、試料の非存在下、+150から+300mVの印加電位下で電流トレースを得て、2分後に電流の遮断が検出されないことを確認する。DNAを、最終濃度が0.5〜5ng/μLになるように、cisリザーバーに加える。少なくとも10秒間、ピペットによって穏やかに還流し、リザーバー全体で試料が均一に分布するようにする。厚さ30nmのナノポアについては、+150から+300mVの電位バイアスをtransリザーバーに印加し、ナノポアを流れるイオン電流を測定する。極めて短い移送イベントでは、比較的高い低域通過フィルタリング周波数(100kHz)を用いて、高周波(250kHz以上)でサンプルするのが望ましい。ソフトウェアを使用してイオン電流を監視し、分子がナノポアを介して移送される際の一過性の電流遮断を検出する。対象となる試料についての情報を推定するために、分子移送のイオン電流トレースを分析して、遮断深度、期間、周波数を決定することが可能である。逆に、移送されている分子に関する情報が明らかであれば、このデータを使用して、ナノポア自体の特性を調査することができる。
【0040】
図6は、λ DNA分子の移送に関連する電流トレースを示す。同図では、上述した方法を用いて11nmおよび32nmまで拡大された2つのナノポアに、dsDNAを通す。それぞれの場合で、ベースライン電流は極めて安定しており、dsDNA分子がナノポアを介して移送される際に、信号対ノイズ比の高い一分子移送イベントを示す明確な電流遮断が観察される。
図6の差し込み図に示されるように、たたまれた個々の分子が移送される際、これらの大きさのナノポアで想定されるとおり、複数の不連続な遮断レベルが観察される。各ポアを通っての移送イベントの間の電流遮断振幅のヒストグラムを、
図7Aおよび
図7Bに示す。ナノポアが低ノイズ特性であることから、ベースライン(DNAなし)、単一遮断(DNA鎖1本−たたまれていない)、二重遮断(DNA鎖2本−たたまれている)の各状態に対応する、容易に分解可能な個別のピークが明らかになっている。注目すべきは、ポアを占める単一のdsDNA分子に対応する絶対的な電流遮断が、大きなナノポアと小さなナノポアとで異なるという事実である。仮にプロセスの間に他のポアまたは亀裂が膜に形成されていれば、両者で同じ電流遮断振幅が観察されるであろうことから、上記の事実は、高電界を印加すると既存のナノポアが実際に拡大されることを示す間接的な証拠となる。
【0041】
同様に、
図8は、厚さの異なる膜に形成されたナノポアを拡大する上での高電界の有効性を示している。ここでは、10nmのSiN
x膜に形成されたナノポアを拡大する。±3V(±0.3ボルト毎ナノメートル)で4秒幅(合計30)の交互パルスの印加時、ナノポアは濡れた状態になり、3ナノメートルのポアに理想的なI−V特性を呈する。この方法論をさらに400パルス繰り返し、ナノポアを8ナノメートルまで拡大した。この拡大は、30nmの膜に形成されたナノポアの場合と電界は同様であるが、そのナノポアの場合より低い印加電圧バイアスで実施されており、当該プロセスが、ある程度は電界によって駆動されていることを示している。薄膜を通る移送によって生じる電流遮断は、それより厚みのあるポアでの電流遮断より大きいため、このようにして処理される薄膜のナノポアは、タンパク質などの短めの分子を、より高感度で研究するのに使用できる。
【0042】
ナノポアの大きさを制御することは、生体分子検知の用途において根本的に重要である。ナノポアの直径は、プローブ対象となる分子の大きさとほぼ同じでなければならない。また、試料が入るだけの大きさがなければならないが、最適な信号対雑音を達成するのに十分な小さなものでなければならない。ここに提示する、高電界を印加する方法を用いた大きさの制御は、ナノポアの直径がプロセス全体を通して増加するだけであるという点で一方向的ではあるが、ナノメートルより細かい精度で直径3〜100nmのナノポアを形成可能である。3〜4nmのポアはTEMなどの方法を用いて容易に形成できるため、これはssDNA構造のプロービングから、かさのあるタンパク質−リガンド複合体の相互作用に至るまで、さらに広い範囲の用途に向けた固体ナノポアの信頼できる形成を可能にする。100nmを超えてのナノポアの拡径は、さらに速く精度も落ちることがあるが、より穏やかな拡大条件を利用することで、プロセス全体で、より良い制御を達成できる。このように、大きさを効果的に制御するのに最も重要な工程は、所望のポア直径を達成するのに必要とされる拡大効率と精度のレベルとをバランスさせるためのパルス強度と幅の選択である。最終的な大きさに応じて、通常は、数分でナノポアを100nm未満の直径まで拡大可能である。
【0043】
同様に、大きな低周波電流変動があると、移送信号とバックグラウンドノイズとの区別がほぼ不可能であるため、単分子研究はできない。不完全な濡れ、最初の形成後に残る炭素質の残留物の存在、ナノポア壁へのデブリの吸着は、信号品質を低下させ、強すぎる化学物質で処理する追加のクリーニングを必要とする場合もある(それには効果がないことも多い)。興味深いことに、固体ナノポアのプロトコールでは、濡れを助けるために取り付け前にナノポアをクリーニングする重要性を強調しているのが普通であり、失敗した試みに提案された解決策は、極めて時間を消費しかねないピラニアクリーニングまたはプラズマクリーニングを追加で実施することである。高電界の印加を用いると、実施される実験によっては、これらの時間のかかるプロトコールが不要な場合もあり、電気ノイズを軽減する上で最も重要な工程は、ポアを完全に濡らすとともに、ゆるく結合したデブリを取り除くために、単に電圧を高めるおよび/またはパルス幅を大きくすることである。このようにして処理されるナノポアは、DNAおよびタンパク質の通過など、生体分子移送実験に容易に使用可能である。これらの分子がポア壁に付着し、詰まってノイズのある電気信号が生じたら、高電界パルスを印加しなおして、流体セルからナノポアチップを取り外すことなく、以後の実験用に、障害を取り除いて低ノイズ特性を回復することができる。
【0044】
ここに記載のセットアップを用いた高電界の印加は、電流増幅器と最大10Vまで印加できる外部電源を必要とするが、現在のところ、これらは一分子検知用の高帯域(>1kHz)での感度および低ノイズ特性に欠ける、という制約を受けている。一般的な生体分子実験は、±1Vまでに制限される(Axopatch 200Bなどの)低ノイズ電流増幅器に頼っているが、高電界での調整と感度のある電流測定の両方を調節可能なゲインで達成可能であろう単一のシステムの設計は簡単にできる。また、上記の制約があるにもかかわらず、ひとつのセットアップから他のセットアップへの移行はすみやかで簡単にできる。SEMを使用するなどのナノポアの大きさを制御するための既存の技術と比較して、熱酸化および膜の再形成、高電界によって、標準的な機器を用いて実験台で実施可能な、より高速かつ一層精密で、より費用のかからない方法論が得られ、より広範囲にわたるナノポアの大きさが得られる。さらに、このプロセスは、ナノポアの大きさ制御の信頼性と精度を改善しつつ、実験条件下にてin situで実施される。さらに、低周波ノイズを高速かつ再現可能に低減し、続いて、ナノポアを所望の大きさまで拡大する機能も、このナノポアの形成を一層信頼できるものとし、固体ナノポアの寿命を延ばす。なぜなら、過去に使用されたポアを回復させ、以後の実験用に再調整できるからである。本発明者らの実験室で高電界を用いて調整した、さまざまな厚さのナノポアのうち95%を超えるものが、極めてわずかな低周波ノイズ特性しか呈さず、生体分子検知に適したものとなった。これらの手順は、実験を研究者にとって一層利用しやすいものとすることができ、潜在的に、一層強固な形成プロセスでのナノポア技術の商業化に向けた道筋を可能にする。
【0045】
本明細書に記載の技術は、1つまたは複数のプロセッサーによって実行される1つまたは複数のコンピュータープログラムによって実現されてもよい。コンピュータープログラムは、非一過性で有形のコンピューター読み取り可能な媒体に格納されたプロセッサーで実行可能な指示を含む。また、コンピュータープログラムは、格納されたデータを含んでもよい。非一過性で有形のコンピューター読み取り可能な媒体の非限定的な例として、不揮発性メモリ、磁気記憶媒体、光学記憶媒体があげられる。
【0046】
上記の説明のいくつかの部分は、情報に対する動作のアルゴリズムと象徴的な表現に関して、本明細書に記載の技術を提示する。これらのアルゴリズム的な説明と表現は、データ処理分野の当業者によって、自らの研究内容を他の当業者に最も効果的に伝送するのに用いられている手段である。これらの動作は、機能的または論理的に説明してはあるが、コンピュータープログラムによって実現されるものとして理解される。さらに、時には、汎用性を失うことなく、これらの動作の構造を、モジュールとして、あるいは機能的な名称で呼ぶほうが便利であることも明らかになっている。
【0047】
上記の説明から自明であることを特に明記しないかぎり、ここでの説明全体を通して、「処理する(processing)」または「コンピューティング(computing)」または「計算する(calculating)」あるいは「決定する(determining)」または「表示する(displaying)」などの表現を用いる説明は、コンピューターシステムメモリーまたはレジスターまたは他のそのような情報記憶媒体、送信または表示装置内で、物理的な(電子的な)量として表現されるデータを操作して変形する、コンピューターシステムまたは同様の電子コンピューティングデバイスのアクションおよびプロセスをいう。
【0048】
ここに記載の技術の特定の態様は、本明細書に記載のプロセスの工程および指示をアルゴリズムの形で含む。ここに記載のプロセスの工程および指示は、ソフトウェア、ファームウェアまたはハードウェアで実施でき、ソフトウェアで実施される場合、リアルタイムネットワークオペレーティングシステムによって使用される異なるプラットフォームに常駐させ、そこから動作されるようダウンロードできることに、注意されたい。
【0049】
また、本開示は、本明細書に記載の動作を実施するための装置にも関する。この装置は、必要とされる目的に合わせて特別に構成されたものであってもよいし、コンピューターによってアクセス可能なコンピューター読み取り可能な媒体に格納されたコンピュータープログラムによって選択的に起動または再構成される汎用コンピューターを含むものであってもよい。このようなコンピュータープログラムは、各々がコンピューターのシステムバスに接続された、フロッピーディスク、光ディスク、CD−ROM、磁気光ディスクをはじめとする任意のタイプのディスク、リードオンリーメモリー(ROM)、ランダムアクセスメモリー(RAM)、EPROM、EEPROM、磁気カードまたは光学カード、特定用途向け集積回路(ASIC)あるいは、電子的な指示を格納するのに適した任意のタイプの媒体などであるが、これに限定されるものではない、有形のコンピューター読み取り可能な記憶媒体に格納されてもよい。さらに、本明細書にて言及するコンピューターは、単一のプロセッサーを含んでもよいし、コンピューティング能力を高めるために複数のプロセッサーデザインを用いたアーキテクチャであってもよい。
【0050】
実施形態についての上記の説明は、例示および説明目的で提供されているものである。これは、包括的であること、あるいは、本開示を限定することを意図したものではない。特定の実施形態の個々の要素または特徴は通常、その特定の実施形態に限定されるものではなく、適用可能であれば、具体的に図示または説明していない場合であっても、入れ替え可能であって、選択された実施形態で使用できる。また、これは、多くの方法で変更されてもよい。このような変更は、本開示から逸脱するものとはみなされず、そのような改変はいずれも本開示の範囲に包含されることを意図している。