(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
<ガスセンサの概略構成>
初めに、本実施の形態に係る処理方法の適用対象たるガスセンサ100の概略構成について説明する。
【0016】
図1は、ガスセンサ100の構成の一例を概略的に示した断面模式図である。センサ素子101は、それぞれがジルコニア(ZrO2)等の酸素イオン伝導性固体電解質層からなる第1基板層1と、第2基板層2と、第3基板層3と、第1固体電解質層4と、スペーサ層5と、第2固体電解質層6との6つの層が、図面視で下側からこの順に積層された構造を有する素子である。また、これら6つの層を形成する固体電界質は緻密な気密のものである。係るセンサ素子101は、例えば、各層に対応するセラミックスグリーンシートに所定の加工および回路パターンの印刷などを行った後にそれらを積層し、さらに、焼成して一体化させることによって製造される。
【0017】
センサ素子101の一先端部であって、第2固体電解質層6の下面と第1固体電解質層4の上面との間には、ガス導入口10と、第1拡散律速部11と、緩衝空間12と、第2拡散律速部13と、第1内部空所20と、第3拡散律速部30と、第2内部空所40とが、この順に連通する態様にて隣接形成されてなる。
【0018】
ガス導入口10と、緩衝空間12と、第1内部空所20と、第2内部空所40とは、スペーサ層5をくり抜いた態様にて設けられた上部を第2固体電解質層6の下面で、下部を第1固体電解質層4の上面で、側部をスペーサ層5の側面で区画されたセンサ素子101内部の空間である。
【0019】
第1拡散律速部11と、第2拡散律速部13と、第3拡散律速部30とはいずれも、2本の横長の(図面に垂直な方向に開口が長手方向を有する)スリットとして設けられる。なお、ガス導入口10から第2内部空所40に至る部位をガス流通部とも称する。
【0020】
また、ガス流通部よりも先端側から遠い位置には、第3基板層3の上面と、スペーサ層5の下面との間であって、側部を第1固体電解質層4の側面で区画される位置に基準ガス導入空間43が設けられている。基準ガス導入空間43には、NOx濃度の測定を行う際の基準ガスとして、例えば大気が導入される。
【0021】
大気導入層48は、多孔質アルミナからなる層であって、大気導入層48には基準ガス導入空間43を通じて基準ガスが導入されるようになっている。また、大気導入層48は、基準電極42を被覆するように形成されている。
【0022】
基準電極42は、参照電極とも称される、第3基板層3の上面と第1固体電解質層4とに挟まれる態様にて形成される多孔質サーメット電極であり、上述のように、その周囲には、基準ガス導入空間43につながる大気導入層48が設けられている。また、後述するように、基準電極42を用いて第1内部空所20内や第2内部空所40内の酸素濃度(酸素分圧)を測定することが可能となっている。
【0023】
なお、基準ガス導入空間43に
は大気が導入されることから、基準ガス導入空間43内部の酸素濃度は概ね大気中の酸素濃度と一致することとなるが、該酸素濃度は大気中への水蒸気その他の混入によって変動しうるものであることから、本実施の形態に係るガスセンサ100においては、後述するポンプリファレンス処理を行うことによって、基準電極42の表面近傍の酸素濃度を局所的により安定させることができるようになっている。
【0024】
ガス流通部において、ガス導入口10は、外部空間に対して開口してなる部位であり、該ガス導入口10を通じて外部空間からセンサ素子101内に被測定ガスが取り込まれるようになっている。
【0025】
第1拡散律速部11は、ガス導入口10から取り込まれた被測定ガスに対して、所定の拡散抵抗を付与する部位である。
【0026】
緩衝空間12は、第1拡散律速部11より導入された被測定ガスを第2拡散律速部13へと導くために設けられた空間である。
【0027】
第2拡散律速部13は、緩衝空間12から第1内部空所20に導入される被測定ガスに対して、所定の拡散抵抗を付与する部位である。
【0028】
被測定ガスが、センサ素子101外部から第1内部空所20内まで導入されるにあたって、外部空間における被測定ガスの圧力変動(被測定ガスが自動車の排気ガスの場合であれば排気圧の脈動)によってガス導入口10からセンサ素子101内部に急激に取り込まれた被測定ガスは、直接第1内部空所20へ導入されるのではなく、第1拡散律速部11、緩衝空間12、第2拡散律速部13を通じて被測定ガスの濃度変動が打ち消された後、第1内部空所20へ導入されるようになっている。これによって、第1内部空所20へ導入される被測定ガスの濃度変動はほとんど無視できる程度のものとなる。
【0029】
第1内部空所20は、第2拡散律速部13を通じて導入された被測定ガス中の酸素分圧を調整するための空間として設けられている。係る酸素分圧は、主ポンプセル21が作動することによって調整される。
【0030】
主ポンプセル21は、第1内部空所20に面する第2固体電解質層6の下面のほぼ全面に設けられた天井電極部22aを有する内側ポンプ電極22と、第2固体電解質層6の上面の天井電極部22aと対応する領域に外部空間に露出する態様にて設けられた外側ポンプ電極23と、これらの電極に挟まれた第2固体電解質層6とによって構成されてなる電気化学的ポンプセルである。
【0031】
内側ポンプ電極22は、第1内部空所20を区画する上下の固体電解質層(第2固体電解質層6および第1固体電解質層4)、および、側壁を与えるスペーサ層5にまたがって形成されている。具体的には、第1内部空所20の天井面を与える第2固体電解質層6の下面には天井電極部22aが形成され、また、底面を与える第1固体電解質層4の上面には底部電極部22bが形成され、そして、それら天井電極部22aと底部電極部22bとを接続するように、側部電極部(図示省略)が第1内部空所20の両側壁部を構成するスペーサ層5の側壁面(内面)に形成されて、該側部電極部の配設部位においてトンネル形態とされた構造において配設されている。
【0032】
内側ポンプ電極22と外側ポンプ電極23とは、多孔質サーメット電極(例えば、Auを1%含むPtとZrO2とのサーメット電極)として形成される。なお、被測定ガスに接触する内側ポンプ電極22は、被測定ガス中のNOx成分に対する還元能力を弱めた材料を用いて形成される。
【0033】
主ポンプセル21においては、内側ポンプ電極22と外側ポンプ電極23との間に所望のポンプ電圧Vp0を印加して、内側ポンプ電極22と外側ポンプ電極23との間に正方向あるいは負方向にポンプ電流Ip0を流すことにより、第1内部空所20内の酸素を外部空間に汲み出し、あるいは、外部空間の酸素を第1内部空所20に汲み入れることが可能となっている。
【0034】
また、第1内部空所20における雰囲気中の酸素濃度(酸素分圧)を検出するために、内側ポンプ電極22と、第2固体電解質層6と、スペーサ層5と、第1固体電解質層4と、第3基板層3と、基準電極42によって、電気化学的なセンサセル、すなわち、主ポンプ制御用酸素分圧検出センサセル80が構成されている。
【0035】
主ポンプ制御用酸素分圧検出センサセル80における起電力V0を測定することで第1内部空所20内の酸素濃度(酸素分圧)がわかるようになっている。
【0036】
さらに、起電力V0が一定となるようにVp0をフィードバック制御することでポンプ電流Ip0が制御されている。これによって、第1内部空所内20内の酸素濃度は所定の一定値に保つことができる。
【0037】
第3拡散律速部30は、第1内部空所20で主ポンプセル21の動作により酸素濃度(酸素分圧)が制御された被測定ガスに所定の拡散抵抗を付与して、該被測定ガスを第2内部空所40に導く部位である。
【0038】
第2内部空所40は、第3拡散律速部30を通じて導入された被測定ガス中の窒素酸化物(NOx)濃度の測定に係る処理を行うための空間として設けられている。NOx濃度の測定は、主として、補助ポンプセル50により酸素濃度が調整された第2内部空所40において、さらに、測定用ポンプセル41の動作によりNOx濃度が測定される。
【0039】
第2内部空所40では、あらかじめ第1内部空所20において酸素濃度(酸素分圧)が調整された後、第3拡散律速部を通じて導入された被測定ガスに対して、さらに補助ポンプセル50による酸素分圧の調整が行われるようになっている。これにより、第2内部空所40内の酸素濃度を高精度に一定に保つことができるため、係るガスセンサ100においては精度の高いNOx濃度測定が可能となる。
【0040】
補助ポンプセル50は、第2内部空所40に面する第2固体電解質層6の下面の略全体に設けられた天井電極部51aを有する補助ポンプ電極51と、外側ポンプ電極23(外側ポンプ電極23に限られるものではなく、センサ素子101と外側の適当な電極であれば足りる)と、第2固体電解質層6とによって構成される、補助的な電気化学的ポンプセルである。
【0041】
係る補助ポンプ電極51は、先の第1内部空所20内に設けられた内側ポンプ電極22と同様なトンネル形態とされた構造において、第2内部空所40内に配設されている。つまり、第2内部空所40の天井面を与える第2固体電解質層6に対して天井電極部51aが形成され、また、第2内部空所40の底面を与える第1固体電解質層4には、底部電極部51bが形成され、そして、それらの天井電極部51aと底部電極部51bとを連結する側部電極部(図示省略)が、第2内部空所40の側壁を与えるスペーサ層5の両壁面にそれぞれ形成されたトンネル形態の構造となっている。
【0042】
なお、補助ポンプ電極51についても、内側ポンプ電極22と同様に、被測定ガス中のNOx成分に対する還元能力を弱めた材料を用いて形成される。
【0043】
補助ポンプセル50においては、補助ポンプ電極51と外側ポンプ電極23との間に所望の電圧Vp1を印加することにより、第2内部空所40内の雰囲気中の酸素を外部空間に汲み出し、あるいは、外部空間から第2内部空所40内に汲み入れることが可能となっている。
【0044】
また、第2内部空所40内における雰囲気中の酸素分圧を制御するために、補助ポンプ電極51と、基準電極42と、第2固体電解質層6と、スペーサ層5と、第1固体電解質層4と、第3基板層3とによって電気化学的なセンサセル、すなわち、補助ポンプ制御用酸素分圧検出センサセル81が構成されている。
【0045】
なお、この補助ポンプ制御用酸素分圧検出センサセル81にて検出される起電力V1に基づいて電圧制御される可変電源52にて、補助ポンプセル50がポンピングを行う。これにより第2内部空所40内の雰囲気中の酸素分圧は、NOxの測定に実質的に影響がない低い分圧にまで制御されるようになっている。
【0046】
また、これとともに、そのポンプ電流Ip1が、主ポンプ制御用酸素分圧検出センサセル80の起電力の制御に用いられるようになっている。具体的には、ポンプ電流Ip1は、制御信号として主ポンプ制御用酸素分圧検出センサセル80に入力され、その起電力V0が制御されることにより、第3拡散律速部30から第2内部空所40内に導入される被測定ガス中の酸素分圧の勾配が常に一定となるように制御されている。NOxセンサとして使用する際は、主ポンプセル21と補助ポンプセル50との働きによって、第2内部空所40内での酸素濃度は約0.001ppm程度の一定の値に保たれる。
【0047】
測定用ポンプセル41は、第2内部空所40内において、被測定ガス中のNOx濃度の測定を行う。測定用ポンプセル41は、第2内部空所40に面する第1固体電解質層4の上面であって第3拡散律速部30から離間した位置に設けられた測定電極44と、外側ポンプ電極23と、第2固体電解質層6と、スペーサ層5と、第1固体電解質層4とによって構成された電気化学的ポンプセルである。
【0048】
測定電極44は、多孔質サーメット電極である。測定電極44は、第2内部空所40内の雰囲気中に存在するNOxを還元するNOx還元触媒としても機能する。さらに、測定電極44は、第4拡散律速部45によって被覆されてなる。
【0049】
第4拡散律速部45は、アルミナ(Al
2O
3)を主成分とする多孔体にて構成される膜である。第4拡散律速部45は、測定電極44に流入するNOxの量を制限する役割を担うとともに、測定電極44の保護膜としても機能する。
【0050】
測定用ポンプセル41においては、測定電極44の周囲の雰囲気中における窒素酸化物の分解によって生じた酸素を汲み出して、その発生量をポンプ電流Ip2として検出することができる。
【0051】
また、測定電極44の周囲の酸素分圧を検出するために、第2固体電界質層6と、スペーサ層5と、第1固体電解質層4と、第3基板層3と、測定電極44と、基準電極42とによって電気化学的なセンサセル、すなわち、測定用ポンプ制御用酸素分圧検出センサセル82が構成されている。測定用ポンプ制御用酸素分圧検出センサセル82にて検出された起電力V2に基づいて可変電源46が制御される。
【0052】
第2内部空所40内に導かれた被測定ガスは、酸素分圧が制御された状況下で第4拡散律速部45を通じて測定電極44に到達することとなる。測定電極44の周囲の被測定ガス中の窒素酸化物は還元されて(2NO→N
2+O
2)酸素を発生する。そして、この発生した酸素は測定用ポンプセル41によってポンピングされることとなるが、その際、測定用ポンプ制御用酸素分圧検出センサセル82にて検出された制御電圧V2が一定となるように可変電源
46の電圧Vp2が制御される。測定電極44の周囲において発生する酸素の量は、被測定ガス中の窒素酸化物の濃度に比例するものであるから、測定用ポンプセル41におけるポンプ電流Ip2を用いて被測定ガス中の窒素酸化物濃度が算出されることとなる。
【0053】
また、測定電極44と、第1固体電解質層4と、第3基板層3と基準電極42を組み合わせて、電気化学的センサセルとして酸素分圧検出手段を構成するようにすれば、測定電極44の周りの雰囲気中のNOx成分の還元によって発生した酸素の量と基準大気に含まれる酸素の量との差に応じた起電力を検出することができ、これによって被測定ガス中のNOx成分の濃度を求めることも可能である。
【0054】
また、第2固体電解質層6と、スペーサ層5と、第1固体電解質層4と、第3基板層3と、外側ポンプ電極23と、基準電極42とから電気化学的なセンサセル83が構成されており、このセンサセル83によって得られる起電力Vrefによりセンサ外部の被測定ガス中の酸素分圧を検出可能となっている。
【0055】
このような構成を有するガスセンサ100においては、主ポンプセル21と補助ポンプセル50とを作動させることによって酸素分圧が常に一定の低い値(NOxの測定に実質的に影響がない値)に保たれた被測定ガスが測定用ポンプセル41に与えられる。したがって、被測定ガス中のNOxの濃度に略比例して、NOxの還元によって発生する酸素が測定用ポンプセル41より汲み出されることによって流れるポンプ電流Ip2に基づいて、被測定ガス中のNOx濃度を知ることができるようになっている。
【0056】
さらに、センサ素子101は、固体電解質の酸素イオン伝導性を高めるために、センサ素子101を加熱して保温する温度調整の役割を担うヒータ部70を備えている。ヒータ部70は、ヒータ電極71と、ヒータ72と、スルーホール73と、ヒータ絶縁層74、圧力放散孔75とを備えている。ヒータ電極71は、第1基板層1の下面に接する態様にて形成されてなる電極である。ヒータ電極71を外部電源と接続することによって、外部からヒータ部70へ給電することができるようになっている。
【0057】
ヒータ72は、第2基板層2と第3基板層3とに上下から挟まれた態様にて形成される電気抵抗体である。ヒータ72は、スルーホール73を介してヒータ電極71と接続されており、該ヒータ電極71を通して外部より給電されることにより発熱し、センサ素子101を形成する固体電解質の加熱と保温を行う。
【0058】
また、ヒータ72は、第1内部空所20から第2内部空所40の全域に渡って埋設されており、センサ素子101全体を上記固体電解質が活性化する温度に調整することが可能となっている。
【0059】
ヒータ絶縁層74は、ヒータ72の上下面に、アルミナ等の絶縁体によって形成されてなる絶縁層である。ヒータ絶縁層74は、第2基板層2とヒータ72との間の電気的絶縁性、および、第3基板層3とヒータ72との間の電気的絶縁性を得る目的で形成されている。
【0060】
圧力放散孔75は、第3基板層3を貫通し、基準ガス導入空間43に連通するように設けられてなる部位であり、ヒータ絶縁層74内の温度上昇に伴う内圧上昇を緩和する目的で形成されてなる。
【0061】
<ポンプリファレンス処理>
次に、ガスセンサ100に対して行われるポンプリファレンス処理について概説する。本実施の形態において、ポンプリファレンス処理とは、ガスセンサ100の使用時、基準電極42の表面近傍の酸素濃度を安定化させる(一定に保つ)ために行うものである。換言すれば、ポンプリファレンス処理とは、基準電極42の表面近傍における酸素濃度を安定化させる処理(酸素濃度安定化処理)である。
図2は、ポンプリファレンス処理を説明するためのガスセンサ100の概略断面図である。なお、
図2では、ガスセンサ100の構成要素については、
図1に示したものの一部のみを示し、他については一部簡略化または省略している。
【0062】
係るポンプリファレンス処理においては、
図2に示すように、基準電極42を外部直流電源91の正極と電気的に接続するとともに、外側ポンプ電極23を外部直流電源91の負極と電気的に接続し、外側ポンプ電極23と基準電極42との間に直流電圧を印加することによって、基準電極42の表面近傍に酸素を供給するようにする。
【0063】
より詳細には、外部直流電源91により両電極間に電圧が印加されると、外側ポンプ電極23においては酸素が電子を受け取ることによってイオン化されてセンサ素子101の内部に取り込まれる一方、基準電極42においては酸素イオン伝導性固体電解質からなるセンサ素子101内部を移動してきた酸素イオンが電子を受け渡すことによって酸素に酸化され、この酸素が基準電極42の表面近傍に滞留するようになる。
【0064】
ポンプリファレンス処理のタイミングは、ガスセンサ100の使用状況に応じて適宜に定められてよいが、例えば、ガスセンサ100が自動車の排気管に取り付けられて使用される場合であれば、自動車のエンジン起動時や、アイドリング時、或いはセンサ駆動時常時などに行われるのが好適である。
【0065】
なお、過度のポンプリファレンス処理を行うと、外側ポンプ電極23と基準電極42との間における電気的インピーダンス(抵抗)の上昇や、センサ素子動作時に測定電極
44と
外側ポンプ電極23との間などに与えられる起電力の想定値からのズレや、センサ素子の応答性の悪化などが生じることとなり、好ましくない。これらの事象は、基準電極42の表面近傍における酸素濃度が必要以上に高くなって、基準電極42の酸化が顕著に生じてしまった結果であると考えられる。それゆえ、ポンプリファレンス処理は、基準電極42の酸化を進行させない条件で行うべきものである。
【0066】
そこで、本実施の形態においては、この点を鑑み、ポンプリファレンス処理の際の外部直流電源91からの印加電圧および一度の処理における印加時間はそれぞれ、0.2V〜4Vおよび2msec〜1secとする。また、実際のガスセンサ100の使用時に行うことから、センサ素子101の温度(素子温度)は、ヒータ72による加熱によって700℃〜900℃程度となっている。
【0067】
<逆電圧印加処理>
上述のように、基準電極42の表面近傍における酸素濃度を安定化させるために行うポンプリファレンス処理は、基準電極42の酸化を進行させない条件で行うべきものである。しかしながら、酸化という現象が経時的要素を含むものである以上、実際の使用時においては、係る条件でポンプリファレンス処理を行ったとしても、その後に基準電極42が酸化される場合も起こり得る。加えて、ガスセンサ100の製造過程においても、程度はわずかではあったとしても、基準電極42が酸化されてしまうこともある。すなわち、基準電極42が酸化されるか否かは、ポンプリファレンス処理の仕方のみならず、個々のガスセンサ100の製造状況および使用状況にも依存する。それゆえ、ポンプリファレンス処理の際の印加電圧や印加時間を上述した範囲内で設定したからといって、基準電極42の酸化が全く生じないとは限らない。
【0068】
この点を鑑み、本実施の形態においては、基準電極42の酸化をより確実に抑制するための処理(逆電圧印加処理)を行うようにする。
図3は、係る逆電圧印加処理を説明するためのガスセンサ100の概略断面図である。なお、
図3では、
図2と同様、ガスセンサ100の構成要素については、
図1に示したものの一部のみを示し、他については一部簡略化または省略している。
【0069】
係る逆電圧印加処理においては、
図3に示すように、基準電極42を外部直流電源92の負極と電気的に接続するとともに、外側ポンプ電極23を外部直流電源92の正極と電気的に接続し、外側ポンプ電極23と基準電極42との間に直流電圧を印加することによって、基準電極42の表面近傍から酸素を除去するようにする。
【0070】
すなわち、電気的接続関係についてみれば、逆電圧印加処理は、ポンプリファレンス処理と印加する電圧の向きを反転させた処理となっている。それゆえ、印加する電圧の正負を適宜に反転させることが出来るのであれば、外部直流電源91と外部直流電源92とは、共通化されていてもよい。
【0071】
より詳細には、外部直流電源92により両電極間に電圧が印加されると、基準電極42においては、基準電極42の表面近傍に存在する酸素が電子を受け取ることによってイオン化されてセンサ素子101の内部に取り込まれることになるが、基準電極42の酸化によって酸化物(金属酸化物)が形成されていた場合、併せて該酸化物の還元も生じる。すなわち、酸素原子はイオン化され、残った金属原子(たとえばPt原子)は再び基準電極42の一部となる。すなわち、逆電圧印加処理とは、基準電極42に由来する酸化物を還元し、金属原子を再び基準電極42の一部として機能させるべく行う処理であるともいえる。
【0072】
なお、外側ポンプ電極23では、酸素イオン伝導性固体電解質からなるセンサ素子101内部を移動してきた酸素イオンが電子を受け渡すことによって酸素に酸化され、センサ素子101の外部へと排出されるようになる。
【0073】
逆電圧印加処理の際の印加電圧と印加時間については、概ね、印加電圧を大きいほど、および、処理時間が長いほど、効果が高くなる傾向がある。なお、逆電圧印加処理の効果は、外側ポンプ電極23と基準電極42との間のインピーダンス値(抵抗値)の大小で評価することができる。基準電極42の酸化の度合いが小さいほど、係るインピーダンス値は小さくなる傾向があるからである。なお、係るインピーダンス値は、例えば、外側ポンプ電極23と基準電極42間に一定電圧を印加し、その時に得られる電流値と印加電圧値から求めることが出来る。
【0074】
ただし、印加電圧を大きくしすぎた場合、あるいは、処理時間を長くしすぎた場合は、センサ素子101を構成する酸素イオン伝導性固体電解質から酸素が離脱する、いわゆる素子ブラックニングという現象が生じてしまうため、好ましくない。また、素子ブラックニングが生じないまでも、ポンプリファレンス処理の効果を著しく減殺することになる条件で逆電圧印加処理を行うのも、好ましくない。
【0075】
具体的には、少なくとも、印加電圧を最大値が1.4V以上2V以下となるように設定し、印加時間を10秒以上1200秒以下とするのがよい。係る場合、外側ポンプ電極23と基準電極42との間のインピーダンス値を好適に小さくすることができる。
【0076】
あるいは、印加電圧を最大値が2V以上2.1V以下となるように設定した場合には10秒以下の印加時間でも一定の効果が得られる。また、印加電圧を最大値が2.1Vとなるように設定した場合には、印加時間が30秒以下であれば一定の効果は得られる。
【0077】
なお、電圧印加は連続的または断続的に繰り返し行われてもよいが、その場合には、一の繰り返し処理の開始から終了までにおける合計の電圧印加時間が1200秒を超えないようにする。
【0078】
次に、逆電圧印加処理の実行タイミングについて説明する。
図4は、ガスセンサ100の生産から使用に至るまでのプロセスにおける、逆電圧印加処理の実行タイミングを示す図である。
図4に示すように、ガスセンサ100は、概略、ガスセンサ100を販売可能な状態とするための生産/校正工程(ステップSa)と、ユーザーに供するもしくは販売するための出荷工程(ステップSb)と、ユーザーにおいてガスセンサ100を濃度測定対象に実装する実装工程(ステップSc)とを経たうえで、(実)使用(ステップSd)されることになるが、このうち、逆電圧印加処理の実行に適しているのは、
図4において網掛けとした生産/校正工程の間と実使用時である。
【0079】
ただし、より詳細には、生産/校正工程は、
図4に示すように、以下の工程を含んでいる。
【0080】
酸素イオン伝導性固体電解質のセラミックスグリーンシートに所定の回路パターン等の印刷を行う印刷工程(ステップS1);
印刷後のセラミックグリーンシートに適宜に打ち抜き加工等を施したうえで接着積層し、得られた積層体を素子単位にカットする加工工程(ステップS2);
素子体を焼成して一体化させ、センサ素子101を得る焼成工程(ステップS3);
焼成により得られたセンサ素子101の外観を検査する外観検査工程(ステップS4);
外観検査をクリアしたセンサ素子101に所定の前処理を施したうえでその電気的特性を検査する前処理・素子検査工程(ステップS5);
素子検査をクリアしたセンサ素子101を保護カバー等に組み付けてガスセンサ100を得る組立工程(ステップS6);
ガスセンサ100の組立の良否を検査する組立検査工程(ステップS7);
組立検査をクリアしたガスセンサ100に制御回路を組み付ける回路組付工程(ステップS8);
制御回路が組み付けられたガスセンサ100の感度特性などを校正する校正工程(ステップS9)。
【0081】
逆電圧印加処理は、このうちの、前処理・素子検査工程、組立検査工程、校正工程の前後もしくは途中において、実行が可能である。
【0082】
なお、上述のように、逆電圧印加処理の主たる目的は基準電極42の酸化の進行を抑制すること、および、基準電極42に由来する酸化物を還元することであるので、その処理条件は、処理開始実行時点において存在する基準電極42の酸化物を全て還元する一方で、基準電極42の近傍に存在する酸素を必要以上に還元してしまうことのないように、定められるのが理想的である。
【0083】
しかしながら、ガスセンサ100の実使用時においては、逆電圧印加処理を行っている間は本来の処理であるNOx濃度の測定を行い得ないため、逆電圧印加処理にさほど長い時間を割くことは難しく、また実行のタイミングも限られる。一方で、ガスセンサ100について実際の使用を開始する前、つまりは、ガスセンサ100の製造途中であれば、実使用時に比べれば、生産性に支障が生じない範囲において逆電圧印加処理の実行時間を確保することは比較的容易である。
【0084】
それゆえ、
図4に示したプロセスのうち、生産/校正工程と、実使用時とでは、逆電圧印加処理を行う場合の印加時間と処理条件の設定範囲を違えるのが好ましい。具体的には、生産/校正工程において逆電圧印加処理を行うのであれば、外側ポンプ電極23と基準電極42との間のインピーダンス値が十分に低下するように処理時間を長めに定めるのが好ましく、実使用時に逆電圧印加処理を行うのであれば、処理時間は短い方が好ましい。なお、後者の場合、一度の逆電圧印加処理によるインピーダンス値の低下の度合いは小さくなるが、逆電圧印加処理自体をある程度以上の頻度で行うことで、基準電極42の酸化の進行を好適に抑制することは可能である。
【0085】
また、ガスセンサ100を自動車の排気管に取り付けて使用する場合であれば、逆電圧印加処理は、毎運転停止後や、Fuel cut中のようなリーン雰囲気(空気比λ>1)のもとで行うのが好ましい。
【0086】
なお、一の逆電圧印加処理における印加電圧の与え方(印加電圧と印加時間との関数関係)は種々に定められてよい。
図5は、逆電圧印加処理に好適な印加電圧と印加時間との関数関係を例示する図である。
【0087】
例えば、
図5(a)は、パルス的に電圧を印加する場合を示している。具体的には、
図5(a)の場合、時刻t=0からt=taまでの所定時間Δtaの間、一定の電圧Vaが印加されるようになっている。
【0088】
また、
図5(b)は、所定時間の電圧印加とその後の印加停止とを繰り返す場合を示している。具体的には、
図5(b)の場合、時刻t=0からt=tb1までの所定時間Δtb1の間、一定の電圧Vbを印加した後、t=tb2までの所定時間Δtb2の間、電圧の印加を停止し、さらにt=tb3までの時間Δtb1の間、電圧Vbを印加した後、t=tb4までの所定時間Δtb2の間、電圧の印加を停止し、最後にt=tb5までの時間Δtb1の間、電圧Vbを印加するようになっている。
【0089】
さらに、
図5(c)は、三角波状に電圧を印加する場合を示している。具体的には、
図5(c)の場合、時刻t=0からt=tc1までの間、時刻t=tc1からt=tc2までの間、および、時刻t=tc2からt=tc3までの間、所定時間Δtcごとに、0からVcまでの電圧値の線形的な増加とVcから0までの電圧値の線形的な減少とを交互に繰り返すようになっている。
【0090】
また、逆電圧印加処理の際の素子温度は、ガスセンサ100の実使用時の温度(ポンプリファレンス処理と同程度の温度)かそれ以下とするのが好ましい。具体的には、700℃以上850℃以下の範囲で行うのが好ましい、係る場合、外側ポンプ電極23と基準電極42との間のインピーダンス値を好適に低下させることができる。さらには、810℃以上830℃以下の範囲で行うのがより好ましい。係る場合、他の温度の場合に比して該インピーダンス値をより大きく低下させることが出来る。係る逆電圧印加処理の際の素子温度は、ヒータ72による加熱によって実現される。
【0091】
以上、説明したように、本実施の形態によれば、ガスセンサの基準電極を外部直流電源の負極と電気的に接続するとともに、外側ポンプ電極を外部直流電源の正極と電気的に接続し、外側ポンプ電極と基準電極との間に所定の値の直流電圧を所定時間印加することによって、基準電極の酸化の進行を抑制することができる。これにより、基準電極の状態が安定化するので、ガスセンサの測定精度の劣化を抑制することができる。
【実施例】
【0092】
(実施例1)
図4のステップS1〜S9を経て作製したガスセンサ100を全60個用意し、それぞれについて、印加電圧および印加時間の条件を種々に違えて、逆電圧印加処理を行うとともに、処理前後における外側ポンプ電極23と基準電極42との間のインピーダンス値(抵抗値)の変化を測定した。具体的には、
図5(a)に示したようなパルス的な電圧の印加を行った。印加電圧(Va)は0.5V、1V、1.4V、1.5V、1.6V、1.7V、1.8V、2V、2.1V、2.5Vの10水準に違えた。処理時間(Δta)は、1sec、10sec、20sec、30sec、150sec、1200secの6水準に違えた。なお、素子温度は850℃とした。
【0093】
表1に各条件ごとの測定結果を示している。なお、表1においては、逆電圧印加処理の前後におけるインピーダンス値(抵抗値)の変化が400Ω以上と特に大きい場合を「◎」で表し、400Ω未満100Ω以上と比較的大きい場合を「○」で表し、100Ω未満と小さい場合「△」で表している。また、素子ブラックニングが生じた場合を「×」で示している。
【0094】
【表1】
【0095】
表1に示すように、少なくとも、印加電圧を1.4V以上2V以下とし、印加時間を10秒以上1200秒以下とした場合には、測定結果は、「◎」もしくは「○」となった。このことは、これらの条件範囲であれば、逆電圧印加処理の効果が好適に得られることを示している。
【0096】
特に、印加電圧を1.6V以上2V以下とし、印加時間を150秒以上1200秒以下とした場合や、印加電圧を1.4V以上1.6V以下とし、印加時間を1200秒とした場合には、測定結果は「◎」となった。これらの条件は、今回の実施例と同様、ガスセンサ100の実使用に先立って逆電圧印加処理を行う際に適用するのに適しているといえる。
【0097】
また、印加電圧を最大値が2V以上2.1V以下となるように設定した場合には10秒以下の印加時間でも測定結果は「○」となった。また、印加電圧を最大値が2.1Vとなるように設定した場合には、印加時間が30秒以下であれば測定結果は「○」となった。
【0098】
測定結果が「○」となった条件は、ガスセンサ100の実使用時に逆電圧印加処理を行うのに適しているといえる。
【0099】
(実施例2)
図4のステップS1〜S9を経て作製したガスセンサ100を全5個用意し、それぞれについて、素子温度を種々に違えて、逆電圧印加処理を行うとともに、処理前後における外側ポンプ電極23と基準電極42との間のインピーダンス値(抵抗値)の変化を測定した。素子温度は650℃、700℃、820℃、850℃、900℃の5水準に違えた。また、電圧の印加は、
図5(a)に示したようなパルス的なものとし、印加電圧を1.6Vとし、処理時間を30secとした。
【0100】
表2に各条件ごとの測定結果を示している。なお、表2においても、インピーダンス値の変化の度合いと、表1と同様の基準で表している。
【0101】
【表2】
【0102】
表2に示すように、素子温度が700℃〜850℃の範囲でインピーダンス値(抵抗値)低減の効果が得られ、特に、素子温度が820℃のときに最も顕著な効果が得られた。