(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6299055
(24)【登録日】2018年3月9日
(45)【発行日】2018年3月28日
(54)【発明の名称】外科手術用エネルギーデバイス
(51)【国際特許分類】
A61B 18/18 20060101AFI20180319BHJP
A61B 18/14 20060101ALI20180319BHJP
A61B 17/32 20060101ALI20180319BHJP
【FI】
A61B18/18 100
A61B18/14
A61B17/32 510
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-551601(P2016-551601)
(86)(22)【出願日】2015年7月13日
(86)【国際出願番号】JP2015070066
(87)【国際公開番号】WO2016051918
(87)【国際公開日】20160407
【審査請求日】2017年2月8日
(31)【優先権主張番号】特願2014-201277(P2014-201277)
(32)【優先日】2014年9月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504177284
【氏名又は名称】国立大学法人滋賀医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】特許業務法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三木 真哉
(72)【発明者】
【氏名】足立 慈
(72)【発明者】
【氏名】谷 徹
(72)【発明者】
【氏名】仲 成幸
(72)【発明者】
【氏名】清水 智治
【審査官】
宮下 浩次
(56)【参考文献】
【文献】
特表2007−510519(JP,A)
【文献】
特表平11−508171(JP,A)
【文献】
米国特許第06409725(US,B1)
【文献】
欧州特許出願公開第02298198(EP,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2008/0027428(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 18/00 − 18/28
A61B 17/00 − 17/94
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エネルギーを生体対象部に伝達する作動領域部を持つ外科手術用エネルギーデバイスにおいて、作動領域部を構成する基材の全周面に形成したコーティング層が、基材上に形成された基礎被膜と基礎被膜上に形成された最上部被膜からなり、前記基礎被膜が酸化ケイ素あるいは酸化ケイ素を含む混合物であるとともに、前記最上部被膜がポリシロキサンあるいはポリシロキサンを含む化合物または一部をフッ素化したポリシロキサンを含む化合物であり、前記基礎被膜が形成される前の前記基材の表面粗さが、Ra値で1.0μm以下であることを特徴とする外科手術用エネルギーデバイス。
【請求項2】
前記基礎被膜の膜厚が0.05〜10μmであることを特徴とする請求項1に記載の外科手術用エネルギーデバイス。
【請求項3】
前記作動領域部から生体対象部に伝達されるエネルギーが、マイクロ波、高周波、または超音波であることを特徴とする請求項1または2に記載の外科手術用エネルギーデバイス。
【請求項4】
前記外科手術用エネルギーデバイスが、メスや鑷子、鉗子またはスネアであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の外科手術用エネルギーデバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ波や高周波、または超音波による熱に代表されるエネルギーを生体対象部に作用させることにより、生体組織を切開、凝固し、止血できる機能を備えた外科手術用エネルギーデバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、外科手術用エネルギーデバイスにおいては、作動領域部から生体対象部にマイクロ波や高周波、または超音波を伝送し、これらの作用により生体組織を切開、組織からの出血凝固(止血)、または切開および凝固を同時に行うために用いられている。このような外科手術用エネルギーデバイスにおいては、生体組織への処置時に、作業領域部に生体組織が固着することによって、電極のインピーダンスや放電特性、導電性、熱伝導性、エネルギーの伝達特性が変化し、発煙したり、切れ味や凝固性能、止血性能などの処置性が低下したりすることがある。このような問題に対する技術として、作業領域部表面に生体組織が固着しにくいコート層を設けることが知られている。以下、引用文献1〜4を参照して従来技術を説明する。
【0003】
特許文献1において、従来の外科手術用エネルギーデバイスは、金属製の作動領域部の表面に凹凸を形成し、凹部にフッ素樹脂等の低表面エネルギー樹脂を充填した後に比較的円滑な面にし、金属からなる導電性を有する部分と、低表面エネルギー樹脂からなり、絶縁性および低表面エネルギーを有する部分から構成されている。このように構成された外科手術用エネルギーデバイスにおいては、作動領域部表面の凹凸に埋め込まれたフッ素系ポリマーが部分的に露出されることで、生体組織の固着が低減される。
【0004】
特許文献2において、従来の外科手術用エネルギーデバイスは、金属製の作動領域部の表面の少なくとも一部が熱可塑性フッ素樹脂から構成されている。このように構成された外科手術用エネルギーデバイスにおいては、作動領域部表面に配置された熱可塑性フッ素樹脂が生体組織に強く押し当てられ、金属露出部は弱く押し付けられるため、作動領域部への生体組織の固着が低減される。
【0005】
特許文献3において、従来の外科手術用エネルギーデバイスは、ブラスト処理により粗面化した金属製の作動領域部の表面にポリシロキサン樹脂を含むプライマー層とシリコーンエラストマー基ポリマーからなる最上部被膜フッ素系ポリマーで構成されている。この最上部被膜の厚さは均一ではなく、外科手術用ブレードのエッジ部は薄く、主表面では76〜510μmの膜厚を有する。このように構成された外科手術用エネルギーデバイスにおいては、被膜が薄いエッジ部で高周波を優先的に導通させて生体組織を切開、凝固させ、高周波が導通しない主表面においては、熱的影響を受けないため、生体組織の固着が低減される。
【0006】
特許文献4において、従来の外科手術用エネルギーデバイスは、ステンレス鋼製の作動領域部の表面を熱処理で酸化させた酸化物層と、シリコーンを含む剥離材料から構成されている。このように構成された外科手術用エネルギーデバイスにおいては、特許文献3と同様に、厚さが均一でない被膜を得ることで生体組織の固着が低減されると同時に酸化物層を設けることで密着性も改善している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表平10−500051号公報
【特許文献2】特開2011−72324号公報
【特許文献3】特許第3182153号公報
【特許文献4】特許第4502565号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の外科手術用エネルギーデバイスにおいては、生体組織の固着を防止するためのフッ素系ポリマーが、表面の凹部に埋め込んであるだけのため、脱落の恐れが大きい。また、部分的にフッ素系ポリマーが配置されていても、導電性を有する凸部が露出しているため、充分な固着防止効果を発現することができない。また、電極支持体にブラスト等による粗面化やバフ研磨等による機械変形表面仕上げが行われる工程も記載されており、複雑な形状の電極支持体には適用できないことが示唆される。
【0009】
特許文献2に記載の外科手術用エネルギーデバイスにおいては、生体組織の固着を防止するための熱可塑性フッ素樹脂が、作動領域部の少なくとも一部が線状あるいは点状あるいは格子状に配置しているものの、導電性を有する金属系の基材が露出しているため、充分な固着防止効果を発現することができない。また、熱可塑性フッ素樹脂の形成には、1〜4MPa、320〜340℃で1〜30分間加熱、圧着して形成されることから、基材が変形する恐れがあり、複雑な形状には適用できないという課題がある。
【0010】
特許文献3に記載の外科手術用エネルギーデバイスにおいては、生体組織の固着を防止するため、ポリシロキサン樹脂を含むプライマー層とシリコーンエラストマー基ポリマーからなる最上部被膜フッ素系ポリマーを被覆している。この最上部被膜は浸漬処理にて被覆することで、ブレードのエッジ部の膜厚が薄く、平坦部が厚くなる。この特徴を利用することで、膜厚が薄いエッジ部ではエネルギーが導通されるため、生体組織の切開、凝固ができ、膜厚が厚い平坦部は熱的に絶縁され、生体組織の固着を防止できる。しかし、この手法では、膜厚が作動領域部の形状に依存するため、導通部を任意に設計することができない。また、ポリシロキサン樹脂を含むプライマー層の基材への密着力が高いわけではなく、この対策として製造方法の実施事例には、酸化アルミニウム媒体によるサンドブラストを行う工程が記載されており、複雑な形状には適用できないという課題がある。
【0011】
特許文献4に記載の外科手術用エネルギーデバイスにおいては、生体組織の固着を防止するため、ステンレス製の作動領域部の表面にシリコーンを含む剥離材料を被覆している。このシリコーンを含む剥離材料を密着させる手法として、シリコーンを被覆する前の下地材料に、中間層や粗面化層を必要とせず、ステンレス製金属基材の作動領域部表面を実施例では750°Fで30分間熱処理することで最も密着力に優れる鉄酸化物層を形成することが記述されている。しかし、この手法では基材が変形する恐れや、鋭敏化によって簡単に発錆することという課題がある。また、その基材も鉄系材料に限定される。
【0012】
本発明は上記従来技術の課題を解決するためになされたものであり、良好な密着性を有し、複雑な形状にも適用可能なコーティング層を提供し、生体組織の固着を防止することのできる外科手術用エネルギーデバイスを得ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために本発明では、エネルギーを生体対象部に伝達する作動領域部を持つ外科手術用エネルギーデバイスにおいて、作動領域部を構成する基材の外周面に形成したコーティング層が、基材上に形成された基礎被膜と基礎被膜上に形成された最上部被膜を有し、前記基礎被膜が酸化ケイ素あるいは酸化ケイ素を含む混合物であるとともに、前記最上部被膜がポリシロキサンあるいはポリシロキサンを含む化合物または一部をフッ素化したポリシロキサンを含む化合物であることを特徴とする外科手術用エネルギーデバイスであることを特徴とするものである。
【0014】
上記構成の外科手術用エネルギーデバイスにおいては、低表面エネルギーの最上部被膜の撥水、撥油作用により、生体組織の作動領域部への固着が抑制される。また、上記構成の外科手術用エネルギーデバイスにおいては、基礎被膜が基材および最上部被膜と強固に接着するため、良好な密着性が得られる。さらに、基礎被膜は常温あるいは150℃程度で形成できるため、熱影響による基材の変形を抑制できる。
【0015】
本発明のさらに他の好適例としては、前記作動領域部を構成する基材の表面粗さが、前記コーティング層が形成される前に、Ra値で3μm以下好ましくは0.01〜1.0μmである。上記構成の外科手術用エネルギーデバイスにおいては、電解研磨あるいはバフによる研磨、球状あるいは多角形のセラミックス砥粒を用いたブラスト処理やレーザ照射によって任意の表面に調整し、生体組織の固着抑制に効果的な表面形状、粗さを選択できる。
【0016】
本発明のさらに他の好適例としては、前記基礎被膜の膜厚が0.05〜10μm好ましくは0.1〜1.0μmである。上記構成の外科手術用エネルギーデバイスにおいては、基礎被膜が薄膜であるため、複雑な形状の基材にも均一に成膜することができる。ポリシロキサンあるいはポリシロキサンを含む化合物または一部をフッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜は膜厚0.1μm以上で生体組織の固着を防止することができる。
【0017】
なお、前記作動領域部を構成する基材は、金属、好ましくはステンレス鋼やチタンまたはチタン合金、あるいは、樹脂、好ましくはポリイミドやPEEK樹脂である。上記構成の外科手術用エネルギーデバイスにおいては、一般的に生体安全性を有する材料として取り扱うことができ、基礎被膜とも良好な密着性が得られる。また、前記作動領域部を構成する基材は、これらの基材以外にも適用が可能であり、これらの基材に限定されない。
【0018】
本発明のさらに他の好適例としては、前記作動領域部から生体組織に伝達されるエネルギーが、マイクロ波、高周波、または超音波である。上記構成の外科手術用エネルギーデバイスにおいては、生体組織の切開、凝固あるいは止血のために用いられるエネルギーがいかなるエネルギーであっても、上述のコーティング層を被覆することにより、生体組織の固着を抑制できる。
【0019】
本発明のさらに他の好適例として、前記外科手術用エネルギーデバイスは、外科手術に用いられる、メス、鑷子、鉗子およびスネアである。上記構成の外科手術用エネルギーデバイスにおいては、生体組織の固着を抑制するコーティング層を作業領域部全周面に均一に被覆することで、特に外科手術に用いられる、メス、鑷子、鉗子およびスネアに対して適用できる。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように、本発明によれば、外科手術用エネルギーデバイスの作業領域部において、生体組織の固着を抑制することが可能な、外科手術用エネルギーデバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】(a)、(b)はそれぞれ本発明の外科手術用エネルギーデバイスの一例として電気メスの構成を説明するための図である。
【
図2】試験片のコーティング層を示す断面図である。
【
図3】メス、鑷子、鉗子およびスネアの作動領域部の基材に酸化ケイ素からなる基礎被膜およびフッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜を形成した後、各々の被膜の断面組織を電子顕微鏡で拡大して観察した結果を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1(a)、(b)はそれぞれ本発明の外科手術用エネルギーデバイスの一例として電気メスの構成を説明するための図であり、
図1(a)はその一部の斜視図を示し、
図1(b)は
図1(a)におけるA−A線に沿った断面図を示している。
図1(a)に示す例において、本発明の一例としての電気メス1は、電気メス本体2と電気メス本体2から突出して設けられている作動領域部3とから構成されている。
【0023】
実際の使用時には、電気メス1の作動領域部3を処置すべき生体(図示せず)に近づけ、作動領域部3からマイクロ波や高周波、または超音波を生体に伝送し、これらの作用により生体組織を切開、組織からの出血凝固(止血)、または切開および凝固を同時に行うために用いられている。
【0024】
本発明の特徴は、
図1(a)、(b)に示す作動領域部3の構成にある。すなわち、本発明では、
図1(b)に示すように、作動領域部3を、基材11と、基材11の外周面に設けられた基礎被膜12および基礎被膜12の外周面に設けられた最上部被膜13からなるコーティング層14とから構成し、コーティング層14を構成する基礎被膜12を酸化ケイ素あるいは酸化ケイ素を含む化合物で形成するとともに、コーティング層14を構成する最上部被膜13をポリシロキサンあるいはポリシロキサンを含む化合物または一部をフッ素化したポリシロキサンを含む化合物で形成している。このような構成をとることで、低表面エネルギーの最上部被膜の撥水、撥油作用により、生体組織の作動領域部への固着を抑制することができる。また、基礎被膜12が基材11および最上部被膜13と強固に接着するため、良好な密着性が得られる。さらに、基礎被膜12は常温あるいは150℃程度で形成できるため、熱影響による基材11の変形を抑制できる。
【0025】
上述した例において、基礎被膜12の膜厚が0.1〜10μmであることが好ましく、さらに好ましくは0.1〜1.0μmである。この好適例では、基礎被膜12が薄膜であるため、複雑な形状の基材11にも均一に成膜することができる。またポリシロキサンあるいはポリシロキサンを含む化合物または一部をフッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜は膜厚0.1μmで生体組織の固着を防止することができる。最上部被膜13は複数回塗り重ねることによって、厚みを調整できるが0.1μmで実用上十分な効果を得ることができる。
【0026】
上述した例において、作動領域部3を構成する基材11の表面粗さは、コーティング層14が形成される前に、Ra値で3μm以下が好ましく、さらに好ましくは0.01〜1.0μmである。この好適例では、電解研磨あるいはバフによる研磨、球状あるいは多角形のセラミックス砥粒を用いたブラスト処理やレーザ照射によって基材11を任意の表面に調整し、生体組織の固着抑制に効果的な表面形状、粗さを選択できる。また、作動領域部3を構成する基材11が、金属、好ましくはステンレス鋼やチタンまたはチタン合金、あるいは、樹脂、好ましくはポリイミドやPEEK樹脂である。この好適例では、一般的に生体安全性を有する材料として取り扱うことができ、また、基礎被膜12とも良好な密着性が得られる。
【0027】
上述した例において、作動領域部3に伝達されるエネルギーが、マイクロ波、高周波、または超音波であることが好ましい。この好適例では、生体組織の切開、凝固あるいは止血のために用いられるエネルギーがいかなるエネルギーであっても、上述のコーティング層14を被覆することにより、生体組織の固着を抑制できる。また、外科手術用エネルギーデバイスは、外科手術に用いられる、メスや鑷子、鉗子またはスネアに適用することができる。上記構成の外科手術用エネルギーデバイスにおいては、生体組織の固着を抑制するコーティング層を作業領域部全周面に均一に被覆することで、特に上述の製品群に対して適用できる。
【0028】
なお、基礎被膜12の基材11への形成方法としては、従来から知られている種々の方法をとることができる。例えば、フローコートやディッピング、スプレー法、CVD法などを用いることができる。
【0029】
また、最上部被膜13の基材11への形成方法としては、例えば、従来から知られているフローコートやディッピング、スプレー法など種々の方法を用いることができる。
【実施例】
【0030】
以下、上記実施形態に係る外科手術用エネルギーデバイスの実施例について説明する。
【0031】
<実施例1>
図1(a)、(b)に示した外科手術用エネルギーデバイスとしての電気メス1の作動領域部3を模擬して、
図2に示すコーティング層を有する試験片を作成した。
図2に示す例において、まず、SUS304鋼からなる基材21の表面をブラスト処理することにより表面粗さRa:1μmの前処理部22を形成した。次に、100℃でのエチルシリケート(TEOS、たとえば高純度化学(株)製)により酸化ケイ素からなる基礎被膜23を形成した。次に、基礎被膜23上にディッピングによりフッ素化したポリシロキサンを含む混合物からなる最上部被膜24を形成した。上記工程により本発明例の試験片を作製した。また、比較例の試験片として、上記本発明例の試験片のうち、基礎被膜23および最上部被膜24を形成しない試験片、および、最上部被膜24を形成しない試験片を準備した。準備した本発明例および比較例の試験片におけるコーティング層の表面に対し、水の接触角および菜種油の接触角を求めた。接触角はJIS R 3257に準じた液適法により測定した。結果を以下の表1に示す。
【0032】
【表1】
【0033】
表1の結果から、本発明例の試験片によれば、低表面エネルギーの最上部被膜24の撥水、撥油作用により、比較例の試験片と比べて、生体組織の固着が抑制できることがわかる。
【0034】
<実施例2>
本発明のコーティング層における基礎被膜について検討した。実施例1に従って、25mm(幅)×100mm(長さ)×1mm(厚さ)のSUS304鋼からなる基材の表面に前処理を施した後、酸化ケイ素からなる基礎被膜を被覆後、フッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜を形成した本発明例の試験片、熱処理によって鉄酸化物からなる基礎被膜を形成後、フッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜を形成した本発明例の試験片、および、直接フッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜を形成した比較例の試験片を準備した。準備した本発明例および比較例の試験片に対し、ラビングテスト(ASTM D4752)による密着性の評価を行った。結果を表2に示す。
【0035】
【表2】
【0036】
表2の結果から、酸化ケイ素からなる基礎被膜を有する発明例の試験片は、基礎被膜を形成しなかった比較例あるいは熱処理による鉄酸化物を基礎被膜として形成した比較例の試験片と比べて、ラビングテストの往復回数が多く、コーティング層が高い密着性を有することがわかる。しかも熱処理による鉄酸化物を基礎被膜として形成した比較例の試験片は、基礎皮膜を形成する際に変形を生じていた。
【0037】
<実施例3>
本発明のコーティング層における基礎被膜の膜厚の好適例について検討した。実施例1に従って、2.7mm(直径)×10mm(長さ)の棒状のSUS304鋼からなる基材の表面に前処理を施した後、酸化ケイ素からなる基礎被膜の膜厚を0.01μm〜15.0μmの範囲で変えて被覆した後、フッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜を形成した試験片を準備した。準備した試験片のそれぞれを、豚の肝臓に差込み50Wで30秒マイクロ波を導通させた後、組織の凝固性および焦げ付きの程度を評価した。結果を表3に示す。
【0038】
【表3】
【0039】
表3の結果から、酸化ケイ素からなる基礎被膜の膜厚が0.05μm未満のときは、焦げ付きの程度が大きくなるとともに、膜厚が10μmより大きいときは、焦げ付きはないが、組織の凝固性が低くなることがわかる。そのため、酸化ケイ素からなる基礎被膜の膜厚は0.05〜10.0μmの範囲であることが好ましいことがわかる。
【0040】
<実施例4>
本発明の基材に対する前処理の好適例について検討した。2.7mm(直径)×10mm(長さ)の棒状のSUS304鋼からなる基材の表面に、電解研磨あるいはバフ研摩、球状または多角形のセラミックス砥粒を用いたブラスト処理、レーザ照射によって、任意の表面粗さRaを付与した後に、実施例1に従って、酸化ケイ素からなる基礎被膜およびフッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜を形成した試験片を準備した。準備した試験片のそれぞれを、豚の肝臓に差込み50Wで30秒マイクロ波を導通させた後、焦げ付きの程度を評価した。結果を表4に示す。
【0041】
【表4】
【0042】
表4の結果から、基材の表面粗さRaを、Ra:3.0μm以下、さらに好ましくはRa:0.01〜1.0μmとしたときに、特に肝臓組織の焦げ付きの程度が小さく、生体組織の固着が抑制できることがわかる。そのため、基材の表面粗さは、Ra:3.0μm以下が好ましく、Ra:0.01〜1.0μmの範囲がさらに好ましいことがわかる。
【0043】
<実施例5>
本発明の基材の材質の好適例について検討した。以下の表5に示すように材質を変えた25mm(幅)×100mm(長さ)×1mm(厚さ)の基材に、実施例1に従って、酸化ケイ素からなる基礎被膜およびフッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜を形成した試験片を準備した。準備した試験片のそれぞれを、ホットプレートで100℃に加熱した後、豚の肝臓片を試験片上に乗せ、焦げ付きの程度を評価した。結果を表5に示す。
【0044】
【表5】
【0045】
表5の結果から、基材の材質を問わず、基礎被膜および最上部被膜を形成することができ、生体組織の固着が抑制できることがわかる。なお、生体安全性を考慮すると、ステンレス鋼やチタンまたはチタン合金、ポリイミドやPEEK樹脂などが適している。
【0046】
<実施例6>
本発明の作動領域部に供給するエネルギーの好適例について検討した。マイクロ波、高周波、超音波または電気エネルギーを用いる外科手術用エネルギーデバイスの作動領域部として、実施例1に従って、基材上に酸化ケイ素からなる基礎被膜およびフッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜からなるコーティング層を形成した後、豚の肝臓を切開および凝固し、焦げ付きの程度を評価した。結果を表6に示す。
【0047】
【表6】
【0048】
表6の結果から、いずれのエネルギーデバイスにおいても、酸化ケイ素からなる基礎被膜およびフッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜を形成することで、生体組織の固着が抑制できることがわかる。
【0049】
<実施例7>
外科手術に用いられる、メスや鑷子、鉗子およびスネアの作動領域部の基材に、実施例1に従って、酸化ケイ素からなる基礎被膜およびフッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜を形成した後、各々の被膜の断面組織を観察した。結果を
図3に示す。
図3の結果から、外科手術用エネルギーデバイスの作動領域部の形状を問わず、酸化ケイ素からなる基礎被膜およびフッ素化したポリシロキサンを含む化合物からなる最上部被膜を形成することができることがわかる。
【0050】
なお、上述した実施例では、基礎被膜として酸化ケイ素を用いたが、基礎被膜として酸化ケイ素に代えて酸化ケイ素を含む混合物を用いても上述した実施例と同様の結果を得ることができた。また、最上部被膜としてフッ素化したポリシロキサンを含む化合物を用いたが、最上部被膜としてフッ素化したポリシロキサンを含む化合物に代えてポリシロキサンあるいはポリシロキサンを含む混合物を用いても上述した実施例と同様の結果を得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0051】
以上説明したように、本発明によれば、外科用エネルギーデバイスの作業領域部において、生体組織の固着を抑制することが可能な、被覆した外科手術用エネルギーデバイスを提供することができ、外科手術に用いられる、メスや鑷子、鉗子およびスネアとして好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0052】
1 電気メス
2 電気メス本体
3 作動領域部
11、21 基材
12、23 基礎被膜
13、24 最上部被膜
14 コーティング層
22 前処理部