(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
膜厚方向に複数の結晶粒子が存在する構造のニオブ酸カリウムナトリウム薄膜と、該ニオブ酸カリウムナトリウム薄膜を挟んで構成された一対の電極膜とを有する薄膜圧電素子であって、
前記ニオブ酸カリウムナトリウム薄膜をその膜厚方向に3層の等しい厚さの領域に分割して、各領域の平均結晶粒径A1、A2、A3を求めた場合、A1、A2、A3の最小値:mと、A1、A2、A3の最大値:Mとの比率:m/Mが10%〜80%であり、
前記平均結晶粒径が最小値:mである領域が前記一対の電極膜のいずれかの電極膜側に存在し、
前記ニオブ酸カリウムナトリウム薄膜の前記各領域の最小の平均結晶粒径:mが60nm以上、90nm以下、であり、最大の平均結晶粒径:Mが100nm以上であることを特徴とする薄膜圧電素子。
前記ニオブ酸カリウムナトリウム薄膜がLi(リチウム)、Sr(ストロンチウム)、Ba(バリウム)、Zr(ジルコニウム)、およびTa(タンタル)から選ばれる少なくとも3種の元素を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の薄膜圧電素子。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献2に示されているように、KNN薄膜において実用的な圧電特性を得るためには、KNN薄膜を構成する結晶粒子の平均結晶粒径を適正な範囲にする必要がある。
【0012】
しかしながら、結晶粒径が大きくなると、膜厚方向に(電極膜に垂直方向に)形成された結晶粒界で酸素欠損が発生した場合において、結晶粒界が電流の通り道となり、電極膜間のリーク電流が増大するリスクが上昇する。平均結晶粒径が適正な範囲より大きく、リーク電流が増大してしまったKNN薄膜の断面の模式図を
図2A、実際の透過型電子顕微鏡(以下TEMという)による観察画像を
図2B、また、
図2Bにおける圧電体薄膜103のリーク電流経路である結晶粒界106を強調したイメージを
図2Cに示す。
【0013】
図2Aに示すように、基板101上に形成され、上下電極膜102、104に挟まれた圧電体薄膜103を構成する結晶粒子は、上下電極膜102、104にまで達する大きな結晶であり、結晶粒界106によりそれぞれ隔てられた構造である。しかし、
実際に
図2Aに近い大きな結晶粒子を有する圧電体薄膜103のTEM観察画像:
図2Bにおいては、
図2Cに示したように、結晶粒界106の一部がリーク電流経路となり、この薄膜圧電素子のリーク電流密度は実用上の上限である1×10
−5A/cm
2を上回るため、この薄膜圧電素子は実用に耐えない。
【0014】
このリーク電流増大という問題は、薄膜圧電素子作製およびその信頼性において大きな懸念事項であった。一般に用いられる対策としては、特許文献3に示されているように、圧電体薄膜成膜後のアニールが挙げられるが、スパッタリング法で得られた誘電体薄膜の場合、成膜後にアニールを施したとしても、ある程度の効果はあるが、膜中の結晶粒界全ての酸素欠損をなくすことは困難である。したがって、成膜後のアニールでは電極膜間のリーク電流低減対策として十分ではない。
【0015】
本発明はこのような問題を鑑みなされたものであり、圧電体薄膜であるKNN薄膜の圧電特性を損なうことなく電極膜間のリーク電流を低減することで、薄膜圧電素子の信頼性を高めることを可能にするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係わる薄膜圧電素子は、膜厚方向に複数の結晶粒子が存在する構造のニオブ酸カリウムナトリウム薄膜(KNN薄膜)と、該ニオブ酸カリウムナトリウム薄膜を挟んで構成された一対の電極膜とを有する薄膜圧電素子であって、前記ニオブ酸カリウムナトリウム薄膜をその膜厚方向に3層の等しい厚さの領域に分割して、各領域の平均結晶粒径A
1、A
2、A
3を求めた場合、A
1、A
2、A
3の最小値:mと、A
1、A
2、A
3の最大値:Mとの比率:m/Mが10%〜80%であり、前記平均結晶粒径が最小値:mである領域が前記一対の電極膜のいずれかの電極膜側に存在することを特徴とする。このことにより、電極膜間でのリーク電流を低減するとともに高く安定的な圧電特性:−d31を得ることができる。
【0017】
ここで、「膜厚方向に複数の結晶粒子が存在する構造」とは、
図3Aに示すように、圧電体薄膜203が上下電極膜202、204の間に複数の結晶粒子が堆積している構造であること言い、「最小値:mである領域が前記一対の電極膜のいずれかの電極膜側に存在する」とは、
図4に例示したように最小値:mである領域が「領域:2031あるいは領域:2033である」ことを言う。また、ニオブ酸カリウムナトリウム薄膜は構造式(K、Na)NbO
3で示され、ペロブスカイト構造を有するものであり、添加剤としてMn(マンガン)、Li(リチウム)、Sr(ストロンチウム)、Ba(バリウム)、Zr(ジルコニウム)、およびTa(タンタル)などを含んでいても構わない。
【0018】
ここで
図4に基づいて本発明に係る平均結晶粒径を定義する。薄膜圧電素子100において圧電体薄膜(KNN薄膜)203の厚み方向に、機械加工あるいはFocused Ion Beam(以下FIBという)により圧電体薄膜203を含む積層体を切断し、その切断面を走査型電子顕微鏡(以下SEMという)あるいはTEMで観察する。
【0019】
つぎに圧電体薄膜203の観察画像を、膜厚方向に3層の等しい厚さの領域に分割した3つの領域2031、2032、2033に分け、それぞれの領域での電極膜と平行な方向での結晶粒子の幅を測定する。
図4に示すように、結晶粒子の幅の測定領域の幅:Wは圧電体薄膜の厚さ:Tと同じであり、各結晶粒子の幅の測定位置は各領域における膜厚方向の中央部である。そして各結晶粒子の幅の平均値を各領域における平均結晶粒径とする。なお、測定ポイントで10nm以下の幅をもつ結晶については、本発明では測定対象としない。
【0020】
さらに本発明に係わる薄膜圧電素子におけるニオブ酸カリウムナトリウム薄膜(KNN薄膜)は、平均結晶粒径の最大値:Mである領域が前記一対の電極膜のいずれの電極膜側にも存在しないことが好ましい。これは、言い換えれば平均結晶粒径がMの領域が、平均結晶粒径がA
2である領域であることを示す。このことにより、電極膜間でのリーク電流をさらに低減するとともに、より高く安定的な圧電特性:−d31を得ることができる。
【0021】
本発明に係わる薄膜圧電素子におけるニオブ酸カリウムナトリウム薄膜(KNN薄膜)の3つの領域のうち最小の平均結晶粒径:mは60nm以上、90nm以下、最大の平均結晶粒径:Mは100nm以上であることが好ましい。平均結晶粒径が60nm以上、90nm以下の領域が電極膜側に存在することで電極膜間のリーク電流はさらに低減する。また同時に平均結晶粒径が100nm以上の領域が存在することでより高いレベルの圧電特性:−d31を達成できる。
【0022】
本発明に係わる薄膜圧電素子におけるニオブ酸カリウムナトリウム薄膜(KNN薄膜)は、Mnを含むことが好ましい。Mnを含むことでさらにリーク電流を低減すると同時に、より高い圧電特性:−d31を得ることが可能となる。
【0023】
また、本発明に係わる薄膜圧電素子におけるニオブ酸カリウムナトリウム薄膜(KNN薄膜)は、Li、Sr、Ba、Zr、およびTaから選ばれる3種以上の元素を含むことが好ましい。これらの元素を含むことでさらにリーク電流を低減すると同時に、より高い圧電特性:−d31を得ることが可能となる。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係わる薄膜圧電素子によれば、従来のKNN薄膜を用いた薄膜圧電素子よりもリーク電流を低減することができるとともに、圧電特性を向上させることができる。また、本発明に係る薄膜圧電アクチュエータ、及び薄膜圧電センサにおいてもリーク電流の低減、圧電特性の向上を図ることができ、高性能なハードディスクドライブ、及びインクジェットプリンタ装置を提供することができる。
【0025】
本発明に係る薄膜圧電アクチュエータは、上記の構成で表される薄膜圧電素子を有しており、この薄膜圧電素子は膜厚方向に複数のニオブ酸カリウムナトリウムの結晶粒子が存在するKNN薄膜を備えている。薄膜圧電アクチュエータとして具体的には、ハードディスクドライブのヘッドアセンブリ、インクジェットプリンタヘッドの圧電アクチュエータなどが挙げられる。
【0026】
また、本発明に係る薄膜圧電センサは、上記の構成で表される薄膜圧電素子を有しており、この薄膜圧電素子は膜厚方向に複数のニオブ酸カリウムナトリウムの結晶粒子が存在するKNN薄膜を備えている。薄膜圧電センサとして具体的には、ジャイロセンサ、圧力センサ、脈波センサなどが挙げられる。
【0027】
そして、本発明に係るハードディスクドライブ、及びインクジェットプリンタ装置には上記の薄膜圧電アクチュエータが用いられている。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の好適な実施の形態について、図を参照して詳細に説明する。
【0030】
(薄膜圧電素子)
図1に本実施形態の薄膜圧電素子10の構成を示す。
【0031】
基板1としては、単結晶シリコン、Silicon on Insulator(SOI)基板、石英ガラス基板、GaAs等からなる化合物半導体基板、サファイア基板、ステンレス等からなる金属基板、MgO基板、SrTiO
3基板等があり、特にコストやプロセスでの取り扱いの観点から単結晶シリコンが好適である。基板1の厚さは通常10〜1000μmである。
【0032】
基板1上に下部電極膜2を形成する。材料はPt(白金)やRh(ロジウム)が好ましい。形成方法は蒸着法やスパッタリング法である。膜厚は50〜1000nmの厚さが好適である。
【0033】
下部電極膜2上に圧電体薄膜3(KNN薄膜)を形成する。圧電体薄膜3は、その厚さ方向に複数の結晶粒子が堆積して形成される。圧電体薄膜3の切断面の観察画像について、膜厚方向に3等分したときの各領域の平均結晶粒径を求めた場合、最小値:mと最大値:Mとの比率:m/Mが10%〜80%となるように形成する。
【0034】
結晶粒子の大きさを制御する手法としては、圧電体薄膜3の形成時に基板1の温度設定を変えることが挙げられる。圧電体薄膜3は基板1の温度を低く設定すると結晶粒子は小さくなり、基板1の温度を高く設定すると結晶粒子は大きくなる傾向がある。そして結晶粒子が大きくなるに従い、圧電体薄膜3の圧電特性:−d31は増加する。したがって、圧電体薄膜3の形成時に基板1の温度設定を変化させることで、単一のスパッタリングターゲットを用いた場合でも、その厚さ方向に平均結晶粒径の異なった圧電体薄膜3を得ることができる。
【0035】
また、圧電体薄膜3を形成する際に、組成の異なる複数のスパッタターゲットを用い、各組成に応じた大きさの異なる結晶粒子を積層することも手法として挙げられる。
【0036】
これは圧電体薄膜3の結晶粒子の大きさが、形成時の基板1の温度が同じ場合において添加剤がない場合において最も大きくなり、添加剤の量に応じて小さくなる傾向があることを利用したものである。したがって、圧電体薄膜3の形成時に添加剤組成の異なる複数のスパッタリングターゲットを用いることで、その厚さ方向に平均結晶粒径の異なった圧電体薄膜3を得ることができる。
【0037】
そして3つの領域のうち平均結晶粒径が最小値:mである領域を、下部電極膜2あるいは、後述する上部電極膜4のいずれかの電極膜側に存在させる。これによりその領域における結晶粒子の結晶粒界は複雑に入り組み、結晶粒界の長さが長くなることで電極膜間のリーク電流は低減する。
【0038】
ここでリーク電流のパスができるメカニズムを発明者らは以下のように推測する。リークパスの主要因は圧電体薄膜3の結晶粒界における酸素欠陥である。酸素欠陥は結晶粒界すべてに均一分布するのではなく、熱履歴、成膜時の酸素分圧、膜厚、添加剤の量などの要因により、部分的に生じる。結晶粒界のトータル距離が長ければ長いほど、結晶粒界のトータル距離に占める酸素欠陥が存在している箇所の割合が減り、その結果リークパスが減る。仮にひとつの結晶粒界がリークパスとなる発生率をA%、膜厚方向に堆積した結晶粒子の数をNとしたとき、それらが連続してリークパスとなるリスクはA
N%となる。これに対し、
図2Aに示したように結晶性が高くなると電極膜間に堆積している結晶粒子数は1であるから、結晶粒界がリークパスとなるリスクはA%となる。A>A
Nとなることは必須であるから、膜厚方向に複数の結晶粒子を堆積させることは電極膜間のリーク電流低減に効果がある。
【0039】
しかし、前記のとおり平均結晶粒径を小さくしすぎることにより、圧電体薄膜3の圧電特性:−d31も低下する。従って、平均結晶粒径を適正な範囲に制御することで、薄膜圧電素子10として求められる圧電特性を維持しつつ、リーク電流の低減を実現する必要がある。
【0040】
そこで3つの領域のうち平均結晶粒径が最大値:Mである領域がいずれの電極膜側にも存在しないようにする。これにより圧電体薄膜3の圧電特性:−d31を向上させることが可能となる。
【0041】
以上の構成によりリーク電流低減と高い圧電特性が両立した圧電体薄膜3が得られるが、圧電体薄膜3の各領域のうちの平均結晶粒径の最小値:mは60nm以上、90nm以下であることが好ましい。
【0042】
平均結晶粒径の最小値:mが60nm未満の場合は、圧電特性:−d31が薄膜圧電素子10として実用上十分な値よりも低くなる傾向にあり、90nmを超えると電極膜間でのリーク電流が薄膜圧電素子10としての実用上の上限値よりも高くなる傾向にある。
【0043】
また圧電体薄膜3の各領域のうちの平均結晶粒径の最大値:Mは100nm以上であることが好ましい。これにより圧電特性:−d31が実用上十分な値の圧電体薄膜3を得られる。また、平均結晶粒径の最小値:mが60nm以上、90nm以下である場合、最大値:Mの上限は、900nmとなる。
【0044】
図3Bに示したように、例えば圧電体薄膜203として、耐リーク電流特性が優れた平均結晶粒径が小さい領域2034を下部電極膜202側に設け、その上に高い圧電特性:−d31をもつ平均結晶粒径が大きい領域2035を積層することで、トータルとしての薄膜圧電素子100の特性は電極間リーク電流が低く、圧電特性:−d31の高いものとなる。
【0045】
またこれと反対に
図3Aに示したように、高い圧電特性:−d31をもつ平均結晶粒径が大きい領域2036を下部電極膜202側に設け、その上に耐リーク電流特性が優れた平均結晶粒径が小さい領域2037を積層して圧電体薄膜203を形成することでも、トータルとしての薄膜圧電素子100の特性は電極間リーク電流が低く、圧電特性:−d31の高いものとなる。
【0046】
圧電体薄膜3には、Mn(マンガン)を含有することが好ましい。これにより薄膜圧電素子10のリーク電流をさらに低減すると同時に、より高い圧電特性:−d31を得ることが可能となる。このときMnの添加量の範囲は0.1〜3.0at%である。Mnの添加量を3.0at%以下にすることで圧電体薄膜3の圧電特性:−d31の減少を抑えられる傾向にあり、0.1at%以上にすることで電極膜間でのリーク電流低減の効果を得やすい傾向にある。この圧電体薄膜3の平均結晶粒径は、添加剤を含まないスパッタリングターゲットで成膜した場合と比較して、基板温度が同じ条件下では小さくなる傾向がある。
【0047】
圧電体薄膜3には、Li(リチウム)、Sr(ストロンチウム)、Ba(バリウム)、Zr(ジルコニウム、Ta(タンタル)のうち、3種以上の元素を含むことがより好ましい。これらの元素を含有することで圧電体薄膜3のリーク電流はさらに低減すると同時に、より高い圧電特性:−d31を得ることが可能となる。このとき各元素の添加量の範囲は、Li:0.1〜3.0at%、Sr:0.5〜6.0at%、Ba:0.05〜0.3at%、Zr:0.5〜6.0at%、Ta:0.01〜15at%である。各元素の添加量の上限を前記値に設定することで、圧電特性:−d31の劣化を防ぐ傾向にある。各元素の添加量の下限を前記値に設定することで、圧電特性−d31を向上できる傾向にある。前記元素に加えてMnを上述と同様の範囲で加えても良い。
【0048】
また
図3Cに示したように、圧電体薄膜203に添加剤が入るとその結晶粒径が小さくなる傾向を利用し、例えば下部電極膜202側には添加剤を含む圧電体薄膜2038を成膜し、その上に添加剤を含まない圧電体薄膜2039を積層することも好ましい。この構成にすることで圧電体薄膜203のリーク電流はさらに低減すると同時に、より高い圧電特性:−d31を得ることが可能となる。
【0049】
圧電体薄膜3の膜厚は特に限定されず、例えば、0.5〜10μm程度とすることができる。
【0050】
次に圧電体薄膜3上に上部電極膜4を形成する。材料は下部電極膜2と同じPtやRhが好ましい。膜厚は50〜1000nmの厚さが好適である。
【0051】
次にフォトリソグラフィおよびドライエッチング、ウェットエッチングにより圧電体薄膜3を含む積層体をパターニングし、最後に基板1を切断加工することで、複数の薄膜圧電素子10を得た。なお、この薄膜圧電素子10の基板1を除去することで、積層体のみからなる薄膜圧電素子を作製することもできる。また積層体をパターニングした後に、ポリイミド等で保護膜を形成することもできる。
【0052】
本実施形態における薄膜圧電素子10の評価方法は、以下のとおりである。
<1> 平均結晶粒径の算出:
圧電体薄膜3の成膜後、あるいは上部電極膜4を成膜後に圧電体薄膜3の厚み方向に、機械加工あるいはFIBにより切断し、その切断面をSEMあるいはTEMで観察する。ここで圧電体薄膜3の厚さをT、観察領域の幅をWとしたときW=Tであり、T x Wの領域を観察する。つぎに圧電体薄膜3の観察領域を膜厚方向に3層の等しい厚さの領域に分割して、それぞれの領域での電極膜と平行な方向での結晶粒子の幅を測定する。測定領域の幅:Wは圧電体薄膜3の厚さ:Tと同じであり、測定位置は各領域における膜厚方向の中央部である。そしてそれらの平均値を各領域における平均結晶粒径とする。(
図4参照)
<2> 電極膜間のリーク電流密度の測定:
基板1を5mm×20mmサイズに切断加工することで得られる薄膜圧電素子10の上下部電極膜2、4間にDC±20Vを印加して測定する。評価装置は強誘電体評価システムTF−1000(aixACCT社製)を用いる。なお電圧印加時間は2秒である。
<3> 圧電特性:−d31の測定:
薄膜圧電素子10の上下部電極膜2、4間に700Hz、3V
p-pおよび20V
p-pを印加し、レーザードップラー振動計とオシロスコープを用いて薄膜圧電素子10の先端部における変位を測定する。圧電特性:−d31は以下の式(1)から計算することで得る。
式(1)
ここで、h
s:シリコン基板の厚さ [400μm]、S
11,p:圧電体薄膜の弾性コンプライアンス[1/104GPa]、S
11,s:シリコン基板の弾性コンプライアンス[1/168GPa]、L:駆動部の長さ[13.5mm]、δ:変位量、V:印加電圧
なお、薄膜圧電素子10は実用上、リーク電流密度:1×10
−5A/cm
2以下、圧電特性:−d31:70pm/V以上である必要がある。
【0053】
(薄膜圧電アクチュエータ)
図5Aは、これらの薄膜圧電素子を用いた薄膜圧電アクチュエータの1例としてのハードディスクドライブ(以下HDDとも呼ぶ)に搭載されたヘッドアセンブリの構成図である。この図に示すように、ヘッドアセンブリ200は、その主なる構成要素として、ベースプレート9、ロードビーム11、フレクシャ17、駆動素子である第1及び第2の薄膜圧電素子13、及びヘッド素子19aを備えたスライダ19を備えている。
【0054】
そして、ロードビーム11は、ベースプレート9に例えばビーム溶接などにより固着されている基端部11bと、この基端部11bから先細り状に延在された第1及び第2の板バネ部11c及び11dと、第1及び第2の板バネ部11c及び11dの間に形成された開口部11eと、第1及び第2の板バネ部11c及び11dに連続して直線的かつ先細り状に延在するビーム主部11fと、を備えている。
【0055】
第1及び第2の薄膜圧電素子13は、所定の間隔をもってフレクシャ17の一部である配線用フレキシブル基板15上にそれぞれ配置されている。スライダ19はフレクシャ17の先端部に固定されており、第1及び第2の薄膜圧電素子13の伸縮に伴って回転運動する。
【0056】
第1及び第2の薄膜圧電素子13は、第一電極膜と、第二電極膜と、この第一および第二電極膜に挟まれた圧電体薄膜から構成されており、この圧電体薄膜として、本発明に係わる薄膜圧電素子におけるリーク電流が小さく、大きな変位量の圧電体薄膜を用いることで、高い耐電圧性と十分な変位量を得ることができる。
【0057】
図5Bは、上記の薄膜圧電素子を用いた薄膜圧電アクチュエータの他の例としてのインクジェットプリンタヘッドの薄膜圧電アクチュエータの構成図である。
【0058】
薄膜圧電アクチュエータ300は、基板20上に、絶縁膜23、下部電極膜24、圧電体薄膜25および上部電極膜26を積層して構成されている。
【0059】
所定の吐出信号が供給されず下部電極膜24と上部電極膜26との間に電圧が印加されていない場合、圧電体薄膜25には変形を生じない。吐出信号が供給されていない薄膜圧電素子が設けられている圧力室21には、圧力変化が生じず、そのノズル27からインク滴は吐出されない。
【0060】
一方、所定の吐出信号が供給され、下部電極膜24と上部電極膜26との間に一定電圧が印加された場合、圧電体薄膜25に変形を生じる。吐出信号が供給された薄膜圧電素子が設けられている圧力室21ではその絶縁膜23が大きくたわむ。このため圧力室21内の圧力が瞬間的に高まり、ノズル27からインク滴が吐出される。
【0061】
ここで、圧電体薄膜として、本発明に係わる薄膜圧電素子におけるリーク電流が小さく、大きな変位量の圧電体薄膜を用いることで、高い耐電圧性と十分な変位量を得ることができる。
【0062】
(薄膜圧電センサ)
図6Aは、上記の薄膜圧電素子を用いた薄膜圧電センサの一例としてのジャイロセンサの構成図(平面図)であり、
図6Bは
図6AのA−A線矢視断面図である。
【0063】
ジャイロセンサ400は、基部110と、基部110の一面に接続する二つのアーム120、130を備える音叉振動子型の角速度検出素子である。このジャイロセンサ400は、上述の薄膜圧電素子を構成する圧電体薄膜30、上部電極膜31、及び下部電極膜32を音叉型振動子の形状に則して微細加工して得られたものであり、各部(基部110、及びアーム120、130)は、薄膜圧電素子によって一体的に形成されている。
【0064】
一方のアーム120の第一の主面には、駆動電極膜31a、31b、及び検出電極膜31dがそれぞれ形成されている。同様に、他方のアーム130の第一の主面には、駆動電極膜31a、31b、及び検出電極膜31cがそれぞれ形成されている。これらの各電極膜31a、31b、31c、31dは、上部電極膜31を所定の電極形状にエッチングすることにより得られる。
【0065】
なお、基部110、及びアーム120、130のそれぞれの第二の主面(第一の主面の裏側の主面)にべた状に形成されている下部電極膜32は、ジャイロセンサ400のグランド電極として機能する。
【0066】
ここで、それぞれのアーム120、130の長手方向をZ方向とし、二つのアーム120、130の主面を含む平面をXZ平面とした上で、XYZ直交座標系を定義する。
【0067】
駆動電極膜31a、31bに駆動信号を供給すると、二つのアーム120、130は、面内振動モードで励振する。面内振動モードとは、二つのアーム120、130の主面に平行な向きに二つのアーム120、130が励振する振動モードのことを称する。例えば、一方のアーム120が−X方向に速度V1で励振しているとき、他方のアーム130は+X方向に速度V2で励振する。
【0068】
この状態でジャイロセンサ400にZ軸を回転軸として角速度ωの回転が加わると、二つのアーム120、130のそれぞれについて速度方向に直交する向きにコリオリ力が作用し、面外振動モードで励振し始める。面外振動モードとは、二つのアーム120、130の主面に直交する向きに二つのアーム120、130が励振する振動モードのことを称する。例えば、一方のアーム120に作用するコリオリ力F1が−Y方向であるとき、他方のアーム130に作用するコリオリ力F2は+Y方向である。
【0069】
コリオリ力F1、F2の大きさは、角速度ωに比例するため、コリオリ力F1、F2によるアーム120、130の機械的な歪みを圧電体薄膜30によって電気信号(検出信号)に変換し、これを検出電極膜31c、31dから取り出すことにより角速度ωを求めることができる。
【0070】
この圧電体薄膜として、本発明に係わる薄膜圧電素子におけるリーク電流が小さく、大きな変位量の圧電体薄膜を用いることで、高い耐電圧性と十分な検出感度を得ることができる。
【0071】
図6Cは、上記の薄膜圧電素子を用いた薄膜圧電センサの第二の例としての圧力センサの構成図である。
【0072】
圧力センサ500は、圧力を受けたときに対応するための空洞45を有するとともに、薄膜圧電素子40を支える支持体44と、電流増幅器46と、電圧測定器47とから構成されている。薄膜圧電素子40は共通電極膜41と圧電体薄膜42と個別電極膜43とからなり、この順に支持体44に積層されている。ここで、外力がかかると薄膜圧電素子40がたわみ、電圧測定器47で電圧が検出される。
【0073】
この圧電体薄膜として、本発明に係わる薄膜圧電素子におけるリーク電流が小さく、大きな変位量の圧電体薄膜を用いることで、高い耐電圧性と十分な検出感度を得ることができる。
【0074】
図6Dは、上記の薄膜圧電素子を用いた薄膜圧電センサの第三の例としての脈波センサの構成図である。
【0075】
脈波センサ600は、基板51上に送信用薄膜圧電素子、及び受信用薄膜圧電素子を搭載した構成となっており。ここで、送信用薄膜圧電素子では送信用圧電体薄膜52の厚み方向の両面には電極膜54a、55aが形成されており、受信用薄膜圧電素子では受信用圧電体薄膜53の厚み方向の両面にも電極膜54b、55bが形成されている。また、基板51には、電極56、上面用電極57が形成されており、電極膜54a、54bと上面用電極57とはそれぞれ配線58で電気的に接続されている。
【0076】
生体の脈を検出するには、先ず脈波センサ600の基板裏面(薄膜圧電素子が搭載されていない面)を生体に当接させる。そして、脈の検出時に、送信用薄膜圧電素子の両電極膜54a、55aに特定の駆動用電圧信号を出力させる。送信用薄膜圧電素子は両電極膜54a、55aに入力された駆動用電圧信号に応じて励振して超音波を発生し、該超音波を生体内に送信する。生体内に送信された超音波は血流により反射され、受信用薄膜圧電素子により受信される。受信用薄膜圧電素子は、受信した超音波を電圧信号に変換して、両電極膜54b、55bから出力する。
【0077】
この両圧電体薄膜として、本発明に係わる薄膜圧電素子におけるリーク電流が小さく、大きな変位量の圧電体薄膜を用いることで、高い耐電圧性と十分な検出感度を得ることができる。
【0078】
(ハードディスクドライブ)
図7は、
図5Aに示したヘッドアセンブリを搭載したハードディスクドライブの構成図である。
【0079】
ハードディスクドライブ700は、筐体60内に、記録媒体としてのハードディスク61と、これに磁気情報を記録及び再生するヘッドスタックアセンブリ62とを備えている。ハードディスク61は、図示を省略したモータによって回転させられる。
【0080】
ヘッドスタックアセンブリ62は、ボイスコイルモータ63により支軸周りに回転自在に支持されたアクチュエータアーム64と、このアクチュエータアーム64に接続されたヘッドアセンブリ65とから構成される組立て体を、図の奥行き方向に複数個積層したものである。ヘッドアセンブリ65の先端部には、ハードディスク61に対向するようにヘッドスライダ19が取り付けられている(
図5A参照)。
【0081】
ヘッドアセンブリ65は、ヘッド素子19a(
図5A参照)を2段階で変動させる形式を採用している。ヘッド素子19aの比較的大きな移動はボイスコイルモータ63によるヘッドアセンブリ65、及びアクチュエータアーム64の全体の駆動で制御し、微小な移動はヘッドアセンブリ65の先端部によるヘッドスライダ19の駆動により制御する。
【0082】
このヘッドアセンブリ65に用いられる薄膜圧電素子において、本発明に係わる薄膜圧電素子におけるリーク電流が小さく、大きな変位量の圧電体薄膜を用いることで、高い耐電圧性と十分なアクセス性を得ることができる。
【0083】
(インクジェットプリンタ装置)
図8は、
図5Bに示したインクジェットプリンタヘッドを搭載したインクジェットプリンタ装置の構成図である。
【0084】
インクジェットプリンタ装置800は、主にインクジェットプリンタヘッド70、本体71、トレイ72、ヘッド駆動機構73を備えて構成されている。
【0085】
インクジェットプリンタ装置800は、イエロー、マゼンダ、シアン、ブラックの計4色のインクカートリッジを備えており、フルカラー印刷が可能なように構成されている。また、このインクジェットプリンタ装置800は、内部に専用のコントローラボード等を備えており、インクジェットプリンタヘッド70のインク吐出タイミング及びヘッド駆動機構73の走査を制御する。また、本体71は背面にトレイ72を備えるとともに、その内部にオートシートフィーダ(自動連続給紙機構)76を備え、記録用紙75を自動的に送り出し、正面の排出口74から記録用紙75を排紙する。
【0086】
このインクジェットプリンタヘッド70の薄膜圧電アクチュエータに用いられる薄膜圧電素子において、本発明に係わる薄膜圧電素子におけるリーク電流が小さく、大きな変位量の圧電体薄膜を用いることで、高い耐電圧性と高い安全性を有するインクジェットプリンタ装置を提供することができる。
【実施例】
【0087】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0088】
(実施例1)
まず単結晶シリコンである基板1上に圧電体薄膜:3の下地膜となる下部電極膜2を結晶成長させて得た。この下部電極膜2はPt膜であり、膜厚は200nmとした。形成方法はスパッタリング法であり、基板1を500℃にした条件下で成膜した。
【0089】
続いて添加剤を含まない(K,Na)NbO
3のスパッタリングターゲットを用い、一層目の圧電体薄膜を成膜した。形成方法はスパッタリング法であり、基板1の設定温度を580℃にした条件下で成膜した。この条件でのこの圧電体薄膜の膜厚は0.7μmとした。圧電体薄膜3がKNN薄膜の場合、基板1の設定温度を550℃にした条件下で結晶のc軸配向が最も高くなることが分っている。
【0090】
続いて基板1の設定温度を560℃にした条件下で二層目の圧電体薄膜を成膜した。この条件でのこの圧電体薄膜の膜厚は0.7μmとした。さらに、基板1の設定温度を540℃にした条件下で二層目の圧電体薄膜を成膜した。この条件でのこの圧電体薄膜の膜厚は0.7μmとした。これによりトータル2.1μmの圧電体薄膜3を得た。
【0091】
次に上部電極膜4としてPtを成膜した。下部電極膜2と同様に形成方法はスパッタリング法であるが、基板温度は200℃とした。膜厚は200nmである。
【0092】
続いてフォトリソグラフィおよびドライエッチング、ウェットエッチングにより圧電体薄膜3を含む積層体をパターニングし、基板を5mm×20mmのサイズに切断加工することで、複数の薄膜圧電素子10を得た。
【0093】
圧電体薄膜3の平均結晶粒径を評価するため、FIBを用いて薄膜圧電素子10の一部を膜厚方向に切断加工し、その切断面をTEMで観察した。観察領域は高さ・幅とも圧電体薄膜3の膜厚と同じ2.1μmである。
【0094】
図9Aに実施例1の圧電体薄膜3についての平均結晶粒径の評価方法を示す。圧電体薄膜3のTEM面像を膜厚方向に3層の等しい厚さの領域3001、3002、3003に分割し、
図4に示した定義に従って各領域での平均結晶粒径を測定した。
図9Aにおいて、上部電極膜4側の領域3001では、観察領域の幅W内に完全に含まれる結晶粒子はA〜Fの6個が存在し、それぞれの結晶粒径は、225nm、225nm、261nm、239nm、405nm、658nmと計測され、これらの平均値である領域3001の平均結晶粒径は336nmとなった。同様に領域3002では、G〜Kの5個の結晶粒子の計測値、189nm、239nm、644nm、144nm、941nmより、平均結晶粒径は432nmとなった。また、領域3003では、L、P2つの結晶粒子の計測値、1108nm、1131nm、より平均結晶粒径は、1119nmとなった。以上より、圧電体薄膜3の3つの領域の平均結晶粒径は、下部電極膜2側から順に1119nm、432nm、336nmとなった。このとき最小値mと最大値Mとの比率は30%であり、最小値mの領域は上部電極膜4との界面側にある。
【0095】
次に、実施例1の別の薄膜圧電素子10について電極膜間のリーク電流密度の測定を行った。上下部電極膜2、4間にDC±20Vを印加して測定した。評価装置は強誘電体評価システムTF−1000(aixACCT社製)を用いた。なお電圧印加時間は2秒である。リーク電流密度は9.9×10
−6A/cm
2 であった。
【0096】
同様に、さらに別の薄膜圧電素子10について圧電特性:−d31の評価を行った。薄膜圧電素子10の上下部電極膜2、4間に700Hz、20V
p-pを印加し、レーザードップラー振動計とオシロスコープを用いて薄膜圧電素子10の先端部における変位を測定した。
【0097】
圧電特性−d31は以下の式(1)から計算することで得た。
式(1)
h
s:Si基板の厚さ [400μm]、S
11,p:圧電体薄膜の弾性コンプライアンス[1/104GPa]、S
11,s:Si基板の弾性コンプライアンス[1/168GPa]、L:駆動部の長さ[13.5mm]、δ:変位量、V:印加電圧
圧電特性:−d31は115(pm/V)であった。
【0098】
薄膜圧電素子10の特性は、実用上必要な、リーク電流密度:1×10
−5A/cm
2以下、および−d31:70pm/V以上を満たしている。
【0099】
実施例1における圧電体薄膜3を形成する際の基板設定温度、圧電体薄膜3を膜厚方向に3等分した場合の各領域での平均結晶粒径、平均結晶粒径の最小値と最大値の比率、リーク電流密度、圧電特性:−d31の値を表1に示す。
【0100】
(比較例1)
表1に記載した基板設定温度条件とした以外、実施例1と同様の方法で比較例1の薄膜圧電素子90の作製、および特性の評価を行った。
図9Bに比較例1の薄膜圧電素子90のTEM断面画像を示す。
【0101】
圧電体薄膜93のTEM断面像を膜厚方向に3層の等しい厚さの領域に分割し、定義に従って各領域での平均結晶粒径を測定したところ、上部電極膜94側の領域3004では、観察領域の幅W内に完全に含まれる結晶粒子はa〜fの6個が存在し、それぞれの結晶粒径は、636nm、709nm、218nm、132nm、264nm、182nmと計測され、これらの平均値である領域3004の平均結晶粒径は357nmとなった。同様に領域3005では、g〜kの5個の結晶粒子の計測値、600nm、841nm、168nm、168nm、255nmより、平均結晶粒径は406nmとなった。また、領域3006では、l〜sの5個の結晶粒子の計測値、614nm、832nm、118nm、291nm、218nmより平均結晶粒径は、415nmとなった。以上より、圧電体薄膜3の3つの領域の平均結晶粒径は、下部電極膜92側から順に415nm、406nm、357nmとなった。このとき最小値mと最大値Mの比率は86%であり、最小値mの領域は上部電極膜94との界面側にある。
【0102】
次に、比較例1の別の薄膜圧電素子90について電極膜間のリーク電流密度の測定を行った。結果は5.0E−5A/cm
2 であった。
【0103】
同様に、さらに別の薄膜圧電素子90について圧電特性:−d31の評価を行った。結果は109pm/Vであった。
【0104】
薄膜圧電素子90は高い圧電特性を示すが、実用上必要な、リーク電流密度:1×10
−5A/cm
2以下、を満たしておらず、実用に耐えない。
【0105】
(実施例2〜8、比較例2〜5)
表1に示した2段階あるいは3段階での基板設定温度にて圧電体薄膜3を形成したこと以外は実施例1と同様にして薄膜圧電素子10あるいは90の作製、および特性の評価を行った。作製条件および評価結果を表1に示す。基板設定温度の1st〜3rdの各ステップでは、それぞれ0.7μmの圧電体薄膜を形成している。
【0106】
(実施例9〜10)
圧電体薄膜3の形成に用いるスパッタリングターゲットとして、Mnを0.4at%加えた(K、Na)NbO
3を用いた。また表1に示した基板設定温度にて圧電体薄膜3を形成した。それ以外の事項は実施例1と同様にして、薄膜圧電素子10の作製、および特性の評価を行った。作製条件および評価結果を表1に示す。
【0107】
(実施例11〜12)
圧電体薄膜3の形成に用いるスパッタリングターゲットとして、Mnを0.4at%、Liを1.5at%、Srを3.0at%、Baを0.1at%、Zrを3.0at%、Taを4at%加えた(K、Na)NbO
3を用いた。また表1に示した基板設定温度にて圧電体薄膜3を形成した。それ以外の事項は実施例1と同様にして、薄膜圧電素子10の作製、および特性の評価を行った。作製条件および評価結果を表1に示す。
【0108】
(実施例13〜14)
圧電体薄膜3の形成に用いるスパッタリングターゲットとして、添加剤を含まない(K、Na)NbO
3、およびMnを0.4at%、Liを1.5at%、Baを0.1at%、Taを4at%加えた(K、Na)NbO
3を用いた。また表1に示した順序でスパッタリングターゲットを変更し、各基板設定温度にて圧電体薄膜3を形成した。それ以外の事項は実施例1と同様にして、薄膜圧電素子10の作製、および特性の評価を行った。作製条件および評価結果を表1に示す。
【0109】
【表1】
【0110】
比較例1、2の結果にあるように、圧電体薄膜93を単一の条件で形成した場合、薄膜圧電素子で実用上必要となる、リーク電流密度:1×10
−5A/cm
2以下、圧電特性−d31:70pm/V以上を同時に得ることは困難である。この場合、m/M比は80%を超える。
【0111】
また比較例3の結果にあるように、圧電体薄膜93の平均結晶粒径に電極膜厚さ方向の勾配を持たせた場合でも、両電極膜側に大きな平均結晶粒径の圧電体薄膜を形成した場合には、薄膜圧電素子90のリーク電流密度は高くなる。
【0112】
さらに比較例4の結果にあるように、圧電体薄膜93の平均結晶粒径に電極膜厚さ方向の勾配を持たせ、さらにリーク電流密度を下げようと両電極膜側に比較的小さな平均結晶粒径の圧電体薄膜を形成した場合でも、圧電体薄膜93の中央部の平均結晶粒径を電極膜側の平均結晶粒径よりも小さくした場合には、薄膜圧電素子90の圧電特性:−d31が低くなってしまう。
【0113】
さらに比較例5の結果にあるように、リーク電流密度を下げようと片方の電極膜側に小さくし過ぎた平均結晶粒径の圧電体薄膜を形成した場合には、m/M比が10%未満となり、その平均結晶粒径の小さい領域の圧電特性:−d31が著しく低下してしまうため、圧電体薄膜93の全体としての圧電特性:−d31が低くなってしまう。
【0114】
これらに対して、実施例1〜8においては、表1に示した平均結晶粒径をもつ圧電体薄膜領域の積層により、薄膜圧電素子10におけるリーク電流密度と圧電特性:−d31の両方において目標値を達成することができた。
【0115】
しかしながら、実施例1、2においては、下部電極膜2側に最も大きな平均結晶粒径をもつ領域を形成したことで、圧電体薄膜3のリーク電流密度はやや高くなり、目標値である1.0×10
−5A/cm
2 以下 に対して余裕度の少ない結果となった。
【0116】
実施例3〜6においては、最も大きな平均結晶粒径をもつ領域を圧電体薄膜3の中央部に形成したことで、圧電体薄膜3のリーク電流密度のである1.0×10
−5A/cm
2 以下 に対する余裕度は実施例1、2と比較して向上した。
【0117】
しかしながら、実施例3、5、6は平均結晶粒径の最小値が小さいため、また、実施例4は平均結晶粒径の最大値が小さいために圧電体薄膜3の全体としての圧電特性:−d31が目標値である70pm/V以上に対して余裕度の少ない結果となった。
【0118】
上記の結果に比べ、最小平均結晶粒径を60〜90nm、最大結晶粒径を100nm以上とした実施例7、8では、薄膜圧電素子10は安定したリーク電流密度を維持しながらも、実施例3〜6よりも高い圧電特性:−d31を得た。
【0119】
実施例9、10では(K、Na)NbO
3にMnを0.4at%加えたスパッタリングターゲット用い、実施例7、8と同様の平均結晶粒径をもつ領域と構成で圧電体薄膜3を形成した。非特許文献;1、2にあるように、Mnを加えることで、ニオブ酸カリウムナトリウム薄膜(KNN薄膜)のリーク電流が低下することについては知られているが、本実施例の結果では、Mnを含んでいないスパッタリングターゲットを用いて作製した実施例7、8の薄膜圧電素子10と比較して、リーク電流密度がさらに低くなることに加え、より高い圧電特性:−d31を得た。
【0120】
さらに実施例11、12ではMn、Li、Sr、Ba、Zr、Taを(K、Na)NbO
3に加えたスパッタリングターゲット用い、実施例7〜10と同程度の平均結晶粒径をもつ領域と構成で圧電体薄膜3を形成した。評価の結果、Mnのみを(K、Na)NbO
3に加えた実施例9、10と比較して薄膜圧電素子10のリーク電流密度はさらに低下し、同時に十分高い圧電特性:−d31を得た。
【0121】
実施例13、14では表1の添加剤の欄に記載した順番で、異なる組成を持つ複数のスパッタリングターゲットを用いて圧電体薄膜3を形成したが、この場合においても十分低いリーク電流密度と十分高い圧電特性:−d31を得た。
【0122】
本発明に係わる薄膜圧電素子は、下部電極膜と、上部電極膜と、この下部および上部電極膜に挟まれた圧電体薄膜から構成されており、薄膜圧電アクチュエータの圧電体薄膜としてこのリーク電流が小さく、大きな変位量の圧電体層を用いることで、高い耐電圧性と十分な変位量を得ることができる。
【0123】
また、薄膜圧電センサの圧電体薄膜として本発明に係わるリーク電流が小さく、大きな変位量の圧電体薄膜を用いることで、高い耐電圧性と十分な検出感度を得ることができる。
【0124】
ハードディスクドライブのヘッドアセンブリに用いられる薄膜圧電素子において、圧電体薄膜として本発明に係わるリーク電流が小さく、大きな変位量の圧電体薄膜を用いることで、高い耐電圧性と十分なアクセス性を得ることができる。
【0125】
そして、インクジェットプリンタヘッドの薄膜圧電アクチュエータに用いられる薄膜圧電素子において、圧電体薄膜として本発明に係わるリーク電流が小さく、大きな変位量の圧電体薄膜を用いることで、高い耐電圧性と高い安全性を有するインクジェットプリンタ装置を提供することができる。