(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6299457
(24)【登録日】2018年3月9日
(45)【発行日】2018年3月28日
(54)【発明の名称】表皮厚の推定方法
(51)【国際特許分類】
A61B 5/107 20060101AFI20180319BHJP
A61B 5/00 20060101ALI20180319BHJP
A45D 44/00 20060101ALI20180319BHJP
【FI】
A61B5/10 300Q
A61B5/00 M
A45D44/00 A
【請求項の数】7
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2014-122457(P2014-122457)
(22)【出願日】2014年6月13日
(65)【公開番号】特開2016-2120(P2016-2120A)
(43)【公開日】2016年1月12日
【審査請求日】2017年3月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000224
【氏名又は名称】特許業務法人田治米国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】天野 恭子
【審査官】
磯野 光司
(56)【参考文献】
【文献】
特開平11−286432(JP,A)
【文献】
特開2012−205855(JP,A)
【文献】
特開2014−104132(JP,A)
【文献】
韓国公開特許第10−2006−0115478(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00
A61B 5/107
A45D 44/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロスコープで被験者の表皮の画像を撮り、
該画像で観察される、血液が流れているループ状毛細血管像の分布の密度を計測し、複数人から取得されたループ状毛細血管密度と表皮厚との関係に基づき、被験者のループ状毛細血管密度から表皮厚を推定する表皮厚の推定方法。
【請求項2】
表皮の画像として動画を撮る請求項1記載の推定方法。
【請求項3】
ループ状毛細血管密度が段階的に異なる複数のループ状毛細血管画像で形成したフォトスケールを使用して、被験者のループ状毛細血管密度を段階的に計測する請求項1又は2記載の推定方法。
【請求項4】
複数人から取得された皮膚表皮厚とループ状毛細血管密度との関係として、複数人から取得された、ループ状毛細血管密度と表皮厚との回帰式を使用する請求項1〜3のいずれかに記載の推定方法。
【請求項5】
複数人から取得された皮膚表皮厚とループ状毛細血管密度との関係が、60歳以上69歳以下の老齢者から取得されたものであり、被験者の年齢が前記年齢幅に入る請求項1〜4のいずれかに記載の表皮厚の推定方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の方法により推定した被験者の表皮厚に基づき、被験者の皮膚の老化の程度を評価する方法。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の方法により推定した被験者の表皮厚に基づき、被験者に好ましい化粧料を推奨する美容アドバイス方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表皮厚の推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、表皮厚は、加齢に伴い薄くなっていくことが知られている(非特許文献1)。一方、同年代の人を比較した場合に、表皮が厚い人と薄い人がいるが、この個人差は蓄積した紫外線ダメージ(光老化)により、表皮の菲薄化の程度が異なるためと考えられる。個々の肌状態にあった化粧品を提供するには、肌の老化状態を知る必要があるが、表皮厚は皮膚の加齢による老化の程度や蓄積した紫外線ダメージの程度を知る重要な指標となっている。
【0003】
表皮厚の測定方法としては、皮膚の切断面を顕微鏡観察する侵襲法がある。また、非侵襲的な表皮厚の測定方法として、共焦点レーザー生体顕微鏡を使用して測定深度を漸次変えて皮膚の水平断面画像を撮る方法、光干渉断層法(OCT)等により表皮の層状構造を計測する方法がある(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−326182号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】日本化粧品技術者会編「化粧品の有用性」、薬事日報社、p51-52
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記表皮厚の測定方法のうち、侵襲法は被験者への負担が大きい。
一方、共焦点レーザー生体顕微鏡、OCT等を用いる従来の非侵襲法は装置が高額または大がかりであったり、また、操作に習熟を要する。そのため、簡便には使用することができず、店頭等で行う美容カウンセリングには適さない。
【0007】
これに対し、本発明の課題は、非侵襲的、かつ簡便な方法で表皮厚を推定することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、皮膚表面からマイクロスコープで表皮の画像を撮影すると、血液が流れている毛細血管のみが観察され、毛細血管のうち島状に観察されるループ状の毛細血管の像の分布の密度(以下、ループ状毛細血管密度という)は表皮厚と相関することを見出し、このループ状毛細血管密度に基づいて表皮厚を推定する本発明を想到した。
【0009】
即ち、本発明は、マイクロスコープで被験者の表皮の画像を撮り、
該画像で観察される、血液が流れているループ状毛細血管像の分布の密度を計測し、複数人から取得されたループ状毛細血管密度と表皮厚との関係に基づき、被験者のループ状毛細血管密度から表皮厚を推定する表皮厚の推定方法を提供する。
【0010】
また、本発明は、当該方法により推定した被験者の表皮厚に基づき、被験者の皮膚の老化の程度を評価する方法を提供すると共に、被験者に好ましい化粧料を推奨する美容アドバイス方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、マイクロスコープで非侵襲的に皮膚表面の画像を撮ることにより、被験者の表皮厚をより簡便に推定することができる。
【0012】
したがって、推定された表皮厚から、公知の表皮厚と老化との関係に基づき、被験者の皮膚の老化の程度を評価することができ、さらに、被験者の皮膚の老化の程度に応じた化粧料を推奨することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1A】
図1Aは、マイクロスコープで撮った皮膚表面画像である。
【
図1B】
図1Bは、マイクロスコープで撮った皮膚表面画像において、ループ状毛細血管像を点線で囲んだものである。
【
図2】
図2は、ループ状毛細血管画像のフォトスケールである。
【
図3】
図3は、ループ状毛細血管密度と表皮厚との関係図である。
【
図4】
図4は、ループ状毛細血管像を用いた美容アドバイス方法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しつつ本発明を詳細に説明する。
本発明は、皮膚表面からマイクロスコープで表皮の画像を撮ると、皮膚表面画像内に血液が流れているループ状毛細血管の血管像が島状に観察され、この血液が流れているループ状毛細血管の島状の血管像の分布の密度(即ち、ループ状毛細血管密度)と表皮厚には相関関係があるとの本発明者の知見に基づいている。そこで、本発明においては、予め、ループ状毛細血管密度と表皮厚との関係を取得しておき、一方、任意の被験者についてループ状毛細血管密度を計測し、予め取得しておいたループ状毛細血管密度と表皮厚との関係に基づき、任意の被験者のループ状毛細血管密度からその被験者の表皮厚を推定する。
【0015】
<ループ状毛細血管密度と表皮厚との関係の取得>
ループ状毛細血管密度と表皮厚との関係は、次のようにして得ることができる。
まず、複数人の被験者について、表皮厚を推定する皮膚の表面にマイクロスコープを当て、皮膚表面の画像を撮る。この場合、表皮厚を推定する皮膚の部位は、マイクロスコープにより、表皮内のループ状毛細血管の血管像を撮れる部位であれば良く、例えば、顔、腕、手甲等とすることができる。
【0016】
マイクロスコープとしては、50〜600倍で動画を撮ることのできるものが好ましい。例えば、株式会社徳製、BScanを使用することができる。真皮乳頭の深さの血管像を撮るため、皮膚表面から深さ10μm〜100μmの位置の血管像を撮ることが好ましい。
【0017】
また、表皮の撮像時には、皮膚表面に、水又は、スクワラン、オリーブオイル等の油脂を塗布し、それにより表面反射を抑制して皮膚内部の画像を撮り易くすることが好ましい。
【0018】
皮膚表面を広い面積で撮影する場合には、撮影プローブをゆっくりと動かし、所定時間の動画を撮影してもよい。
【0019】
こうして撮った皮膚表面画像では、例えば、
図1Aに示すように、真皮乳頭に存在するループ状毛細血管の血管像1が島状に分散して見える。血管像1は、撮影画像が動画の場合も静止画の場合も、毛細血管中を流れる赤血球の色や周辺部とのコントラストによって、血液が流れている血管を識別することができる。特に、動画で観察すると、血流の有無が容易にわかる。
【0020】
図1Bは、
図1Aに示した皮膚表面画像において、血流のあるループ状毛細血管の血管像1を点線2で囲んだものである。
【0021】
次に、こうして得た皮膚表面画像のループ状毛細血管密度を計測する。ループ状毛細血管密度は、血液が流れているループ状毛細血管像の分布の密度であるから、端的には、このループ状毛細血管像の皮膚単位面積あたりの個数として計測される。かかる個数をフォトスケールを用いて段階的に計測してもよい。フォトスケールを用いる場合に、フォトスケールのスコア(以下、血管密度スコアという)で評価してもよい。
【0022】
以上の皮膚表面画像の取得とループ状毛細血管密度の計測は、具体的には、例えば以下の順序で行う。なお、撮影した個々の皮膚表面画像におけるループ状毛細血管密度の計測を複数名の評価者で
図2に示すようなフォトスケールを用いて行い、評価者の血管密度スコアを平均化したものをループ状毛細血管密度の計測値として用いてもよい。
【0023】
工程1:予めループ状毛細血管密度が段階的に異なる複数のループ状毛細血管画像をフォトスケールとして作成しておく(
図2)。
この場合、フォトスケールの作成は次の手順で行う。まず、20代〜60代の複数人の額、目元、頬、口元、手の各部を動画撮影する。撮影画像を、ループ状毛細血管密度によって次のようにスコア1〜5の5段階に分け、それぞれのスコアを代表する動画中から平均的なループ状毛細血管密度の静止画を選択し、各段階の基準画像とする。
スコア1:ほとんどない(ループ状毛細血管の島状の血管像1個/0.35mm
2未満)、
スコア2:わずかにある(ループ状毛細血管の島状の血管像1個/0.35mm
2以上5個/0.35mm
2未満)、
スコア3:中程度にある(ループ状毛細血管の島状の血管像5個/0.35mm
2以上10個/0.35mm
2未満)、
スコア4:やや多い(ループ状毛細血管の島状の血管像10個/0.35mm
2以上15個/0.35mm
2未満)、
スコア5:多い(ループ状毛細血管の島状の血管像15個/0.35mm
2以上)
【0024】
工程2:フォトスケールの作成のための撮影とは別に、複数人の一定面積の皮膚表面を位置をずらしながら約2分間動画を撮影する。
【0025】
工程3:工程2で撮影した動画について、撮像視野(0.35mm
2)におけるループ状毛細血管密度が平均的な皮膚表面画像を定め、その皮膚表面画像のループ状毛細血管密度を、工程1で作成した5段階のスコアのフォトスケールを用いて段階的に計測する。
なお、フォトスケールを用いるループ状毛細血管密度の計測では、各スコアの基準画像に基づいて目視により段階的スコアでループ状毛細血管密度を計測するため、当該皮膚表面画像におけるループ状毛細血管密度が、或るスコアの基準画像と、その次のスコアの基準画像の間にあると判断される場合、隣り合うスコアの間に中間のスコアを設定し、5つの基準画像を用いる9段階のスコアでループ状毛細血管密度を計測してもよい。
【0026】
ループ状毛細血管密度を計測する手法としては、フォトスケールを用いて段階的に血管密度スコアで計測するほかに、血流のあるループ状毛細血管の血管像の個数を計測し、皮膚表面画像の単位面積当たりの、血流のあるループ状毛細血管の血管像の個数(即ち、ループ状毛細血管密度[個/mm
2])を求める。このループ状毛細血管密度の具体的な計測方法としては、例えば、計測範囲をマイクロスコープの視野範囲全体とし、その中に確認できるループ状毛細血管の個数を数えて、単位面積あたりの個数を算出することができる。
この他、ループ状毛細血管密度は、画像処理により計測してもよい。
【0027】
一方、ループ状毛細血管密度を計測した皮膚領域について、表皮厚を求める。表皮厚の測定方法としては、例えば、In vivo生体共焦点レーザー顕微鏡(例えば、株式会社インテグラル製、Vivascope)で水平断面画像を非侵襲的に撮影し、表皮厚を測定する領域内で表皮構造が完全に見えなくなる深さを求める。
【0028】
こうして得られるループ状毛細血管密度と、表皮厚とは、例えば、60歳以上69歳以下の老齢者を被験者とした場合に、
図3に示すように相関を有している。なお、このループ状毛細血管密度の計測では
図2に示すフォトスケールを使用したが、計測されたループ状毛細血管密度の殆どがスコア2以下であったため、スコア1とスコア2の間にスコア1.5の中間値を設定した。
なお、
図3に示した、ループ状毛細血管密度と表皮厚との関係は、Spearmanの順位相関検定を用いて検証することにより、p<0.05で有意な相関関係があることがわかった。
【0029】
また、この複数人は同一年代か、年齢が大きく異ならない範囲の被験者集合とすることが好ましい。
【0030】
<任意の被験者の表皮厚の推定>
任意の被験者のループ状血管密度を上述と同様に行い、上述の相関関係に基づいて該被験者の表皮厚を推定する。そのため、ループ状毛細血管密度と表皮厚との回帰式を求めておくことが好ましい。この場合、任意の被験者の年齢は、ループ状毛細血管密度と表皮厚との関係を求めたときの年齢幅に入るようにすることが好ましい。
【0031】
<表皮厚に基づく美容アドバイス>
本発明の方法により推定された被験者の表皮厚は、個々の被験者ごとに表皮の老化の程度の指標となることがわかっている。
そこで、美容アドバイザーは、例えば、
図4に示すように、(1)現在の被験者の皮膚表面画像と、(2)その画像のループ状毛細血管密度から推定される表皮厚を示すと共に、(3)現在よりも皮膚の代謝が活発化し、肌年齢が若くなった場合の皮膚表面画像の予想図と、(4)現在よりも皮膚の代謝が衰え、肌年齢が増した場合の皮膚表面画像の予想図を示す。この画像の提示は、肌年齢を現在よりも若くしたいと希望している被験者にとって、肌の適切な管理を行うことに対する強い動機付けになる。美容アドバイザーは、表皮の老化の進行の程度に応じて、皮膚に適用すべき化粧料や美容上の肌の手入れ方法を選択することができるから、被験者に好ましい化粧料を推奨し、美容上の肌の手入れ方法を説明する美容アドバイスを行うことができる。この場合、加齢による老化、あるいは表皮の老化の程度と、老化に応じて使用すべき化粧料について、予めデータベースを構築してもよい。
【実施例】
【0032】
以下、実施例に,基づいて本発明を詳細に説明する。
(1)ループ状毛細血管密度と表皮厚との関係の取得
(1-1) ループ状毛細血管密度の計測
60歳から68歳の女性20名の被験者の頬にスクワランを滴下し、その上からビデオマイクロスコープ(BScan、株式会社徳製)を軽く押し立て、ゆっくりと測定位置を動かしながら、約2分間皮膚表面の動画を取得した。
【0033】
こうして得られた皮膚表面画像に対し、予め20代から60代の女性被験者90名を対象として撮影された毛細血管画像を用いて作成した
図2に示す5段階のフォトスケールを用いてスコア付を行った。
【0034】
(1-2)表皮厚の計測
In vivo 生体共焦点レーザー顕微鏡(株式会社インテグラル製、Vivascope 1500)を用い、頬部の皮膚の水平断面画像を角層表面より3.17μm刻みで約150μm深度まで計測し、表皮層と真皮層の境界部が見え始めた深さを表皮厚上端とし、境界部が完全に見えなくなる深さを表皮厚下端とし、表皮厚上端と下端の平均値を表皮厚とした。被験者1名につき頬部3か所を計測し、3か所の表皮厚の平均値を求めた。
【0035】
(1-3)ループ状毛細血管密度と表皮厚との関係
(1-1)で得たループ状毛細血管密度Xと(1-2)で得た表皮厚Yとから次の回帰式を得た。
Y=7.9105X+24.048
(R=0.543、p<0.05)
【0036】
(2)被験者の表皮厚の推定
37歳の女性を被験者とし、被験者のループ状毛細血管密度を上述の(1-1)と同様に計測した。また、この被験者の皮膚表面画像のループ状毛細血管密度は、(1-1)で得たフォトスケールによれば、フォトスケールの評価スコアは「2」であった。
【0037】
(1-3)で得た回帰式に基づき、ループ状毛細血管密度の計測値から表皮厚を推定したところ、39.9μmであった。
一方、この被験者のループ状毛細血管密度の計測部位の表皮厚を、(1-2)と同様にして共焦点レーザー顕微鏡で測定したところ、41.2μmであり、皮膚表面画像から表皮厚を良好に推定することができた。