(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2に記載の方法においては、細胞培養支持体から細胞構造体を剥離する際に、ピペットやスポイトを用いて液流を生じさせるが、液流の強弱の調節が難しく、細胞構造体が折れ曲がったり、皺が生じたり、破れたりして、破損する危険性があった。また、ピンセット等を用いた場合においても部分的に細胞構造体を把持して力を作用させて剥離を行うことから、細胞構造体が破損する危険性があった。
【0008】
したがって、本発明の目的は、上記課題に鑑み、シート状細胞培養物を破損させることなく基板上から剥離することのできるシート状細胞培養物の剥離方法および製造方法ならびにこれらに用いる培養容器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく研究を進める中で、慣性力を用いることによりシート状細胞培養物を基板上から、シート状細胞培養物の破損なく剥離できることを見出し、さらに鋭意検討した結果、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち本発明は以下に関する。
(1) シート状細胞培養物が主面に付着した第1の基板に対し略平行に、かつ当該主面と対向するように第2の基板を配置するステップと、
シート状細胞培養物に対して第1の基板から第2の基板へ向かう方向に慣性力を作用させることにより、シート状細胞培養物を第1の基板から剥離して第2の基板に坦持させるステップと、
を有する、シート状細胞培養物の剥離方法。
(2) 慣性力が、遠心力である、(1)に記載のシート状細胞培養物の剥離方法。
(3) 慣性力の大きさが、20〜1000Gである、(1)または(2)に記載のシート状細胞培養物の剥離方法。
(4) 第2の基板を配置後の第1の基板と第2の基板との間の距離が、0.04〜20mmである、(1)〜(3)のいずれかに記載のシート状細胞培養物の剥離方法。
(5) 第1の基板上でシート状細胞培養物を形成するステップと、
シート状細胞培養物が主面に付着した第1の基板に対し略平行に、かつ当該主面と対向するように第2の基板を配置するステップと、
シート状細胞培養物に対して第1の基板から第2の基板へ向かう方向に慣性力を作用させることにより、シート状細胞培養物を第1の基板から剥離して第2の基板に坦持させるステップと、
を有する、シート状細胞培養物の製造方法。
(6) 主面上でシート状細胞培養物を形成可能な第1の基板と、
第1の基板に対し略平行に配置されるように構成された第2の基板とを有し、
第2の基板配置時において第1の基板と第2の基板との間の距離が、0.04〜20mmとなるように構成されている、培養容器。
(7) 開口を有する容器本体と、当該開口を覆うことのできる蓋とを有し、
第1の基板は、容器本体の底部をなし、
第2の基板は、蓋に支持されて、蓋と第1の基板との間に配置されるように構成されている、(6)に記載の培養容器。
(8) 開口を有する容器本体を有し、
容器本体は、その底部をなす第1の基板と、第1の基板から立設された壁部とを有し、
壁部の内表面の一部が、凹部をなしている、(6)または(7)に記載の培養容器。
【発明の効果】
【0011】
以上の本発明によれば、シート状細胞培養物を破損させることなく基板上から剥離することのできるシート状細胞培養物の剥離方法および製造方法ならびにこれらに用いる培養容器を提供することができる。
すなわち、シート状細胞培養物の剥離に慣性力を用いた場合、シート状細胞培養物の全体に慣性力が作用するため、シート状細胞培養物に対し局所的な力が作用せず、シート状細胞培養物が破損しにくい。また、慣性力はシート状細胞培養物の全体に作用するため、シート状細胞培養物に対し、局所的に作用する流体力学的な力または機械的な力と比較して、比較的大きな慣性力を作用させることができ、容易にシート状細胞培養物を剥離することができる。
【0012】
さらに、慣性力は、例えば遠心分離機等の機器によって遠心力として、容易かつ精度良く発生させることができる力であるため、不本意にシート状細胞培養物に過度の力が作用することも防止され、シート状細胞培養物の破損が防止される。
また、第1の基板から一旦剥離したシート状細胞培養物は、直ちに第1の基板と略平行に配置された第2の基板に坦持されるため、折れ曲がりや皺等の発生も防止される。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を、好適な実施態様に基づき図面を参照しつつ詳細に説明する。
まず、本発明の培養容器について説明する。
図1は、本発明の好適な実施態様に係る培養容器の断面図、
図2は、
図1に示す培養容器の分解図、
図3は、
図1に示す培養容器の断面図である。
なお、本願の各図においては説明を容易とするため、各部材の大きさが、適宜強調されており、図示の各部材は、実際の大きさ、比率を示すものではない。また、図中、説明の容易化のため、培養容器1中にシート状細胞培養物100を記載しているが、当然、シート状細胞培養物100は本発明を構成するものではない。
図1〜3に示す培養容器1は、細胞を培養してシート状細胞培養物100を形成するために用いられるものである。
【0015】
ここで、本明細書中において、「シート状細胞培養物」とは、細胞が互いに連結してシート状になったものをいい、典型的には1つの細胞層からなるものであるが、2以上の細胞層から構成されるものも含む。細胞同士は、直接および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも機械的に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも機械的に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。
【0016】
また、シート状細胞培養物は、好ましくはスキャフォールド(支持体)を含まない。スキャフォールドは、その表面上および/またはその内部に細胞を付着させ、細胞培養物の物理的一体性を維持するために当該技術分野において用いられることがあり、例えば、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)製の膜等が知られている。しかしながら、シート状細胞培養物は、かかるスキャフォールドがなくともその物理的一体性を維持することができる。また、シート状細胞培養物は、好ましくは、細胞培養物を構成する細胞由来の物質のみからなり、それら以外の物質を含まない。
なお、シート状細胞培養物の1枚当たりの厚さは、特に限定されないが、例えば、10μm〜3mm、好ましくは、30μm〜2mmとすることができる。例えば、骨格筋芽細胞によって構成されるシート状細胞培養物の1枚当たりの厚さは、一般に、20〜40μm程度である。また、例えば、軟骨細胞によって構成されるシート状細胞培養物の1枚当たりの厚さは、一般に、0.7〜1.3mm程度である。
【0017】
図1〜
図3に示すように、培養容器1は、開口21を有する容器本体2と、開口21を覆うことのできる蓋3と、蓋3に脱着可能に構成された受け部材4とを有している。
容器本体2は、容器本体2の底部をなす第1の基板22と容器本体2の側部を構成する壁部23とを有し、第1の基板22と壁部23とで収納空間24を形成している。
図2に示すように、第1の基板22は、円板状をなす基板であり、収納空間24に面した主面上においてシート状細胞培養物100が形成可能に構成されている。
壁部23は、第1の基板22の縁部に沿って第1の基板22を囲うように立設された環状の部材であり、壁部23の第1の基板22とは接しない縁部は開口21を形成する。
【0018】
第1の基板22の主面221の面積は、特に限定されないが、例えば、1〜200cm
2、好ましくは2〜100cm
2、より好ましくは3〜80cm
2である。
【0019】
また、壁部23は、その内表面の一部が凹部231を形成している。凹部231は、後述する慣性力の作用時においてシート状細胞培養物100が剥離、移動した際に、空気溜めとして機能し、シート状細胞培養物100の剥離、移動をより確実なものとする。
【0020】
凹部231の容積は、特に限定されないが、例えば、1〜500cm
3、好ましくは、20〜200cm
3とすることができる。
【0021】
また、壁部23の外壁面には、蓋3を固定するための固定部材232が設けられている。本実施態様において、固定部材232は、周方向に沿って螺旋状に設けられた凸部である。容器本体2と蓋3とは、固定部材232と後述する蓋3に設けられた凹部である固定部材321とを介して螺合して、蓋3が容器本体2に固定される。
【0022】
容器本体2を構成する材料としては、特に限定されず、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ナイロン6,6、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコーン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、ポリカーボネート、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン樹脂(ABS)、塩化ビニルなどを挙げられ、これらのうち1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。なお、蓋3、受け部材4についても、特段の言及がない限り、上述した材料を1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0023】
また、第1の基板22のシート状細胞培養物100を形成することのできる主面221は、好ましくは、細胞非接着性の表面である。主面221が細胞日接着性を有することにより、シート状細胞培養物100の剥離に必要な慣性力を比較的小さいものとすることができ、第1の基板22からのシート状細胞培養物100の剥離時における損傷をより確実に防止することができる。
ここで、「細胞非接着性」とは、付着細胞が接着しないか、または接着しにくいことを意味する。例えば、付着細胞は、接する表面の疎水性または親水性がある程度以上高いと接着しにくくなることが知られている。したがって、主面221は、ある程度以上の疎水性または親水性を有することが好ましい。表面の疎水性または親水性の程度は、例えば、水接触角で表すことができるが、主面221の水接触角は、好ましくは70°以上または50°以下、特に75°以上または40°以下である。
【0024】
また、主面221は、改質されていてもよく、例えば、主面211は、改質されて細胞非接着性を有していてもよい。このような改質としては、親水性または疎水性の材料のコーティング、温度変化により疎水性または親水性となる温度応答性材料(特開平2−211865参照)のコーティングが挙げられる。
【0025】
温度応答性材料としては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N−エチルアクリルアミド、N−n−プロピルアクリルアミド、N−n−プロピルメタクリルアミド、N−イソプロピルアクリルアミド、N−イソプロピルメタクリルアミド、N−シクロプロピルアクリルアミド、N−シクロプロピルメタクリルアミド、N−エトキシエチルアクリルアミド、N−エトキシエチルメタクリルアミド、N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド等)、N,N−ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N−エチルメチルアクリルアミド、N,N−ジエチルアクリルアミド等)、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、1−(1−オキソ−2−プロペニル)−ピロリジン、1−(1−オキソ−2−プロペニル)−ピペリジン、4−(1−オキソ−2−プロペニル)−モルホリン、1−(1−オキソ−2−メチル−2−プロペニル)−ピロリジン、1−(1−オキソ−2−メチル−2−プロペニル)−ピペリジン、4−(1−オキソ−2−メチル−2−プロペニル)−モルホリン等)、またはビニルエーテル誘導体(例えば、メチルビニルエーテル)のホモポリマーまたはコポリマーが挙げられる。
【0026】
蓋3は、容器本体2の開口21を覆うように容器本体2に対し脱着可能に構成されており、天板31と、天板31に連結された側壁32とを有している。
天板31は、その主面が開口21より大きな面積を有する円板である。天板31は、開口21と面する側の主面において、受け部材4を連結する連結部材311が設けられている。
連結部材311は、受け部材4の内壁面に対応する形状をなすように、主面から突出する壁部をなし、壁面の外表面には、螺旋状の凸部312が設けられている。連結部材311は、受け部材4の連結部材42と螺合することにより、蓋3に対し受け部材4を連結する。
また、側壁32は、その内壁面に固定部材321を有している。固定部材321は、側壁32の内壁面に螺旋状に設けられた凹部であり、容器本体2の固定部材232とともに螺合して、蓋3と容器本体2とを固定する。
【0027】
受け部材4は、蓋3に対し脱着自在に構成され、第2の基板41と、第2の基板41の縁部に沿って立設された連結部材42とを有している。
第2の基板41は、第1の基板22に対応した形状、本実施態様では第1の基板22と相似した形状、すなわち円板状をなす板である。
第2の基板41は、容器本体2、蓋3、受け部材4がすべて連結され、固定された状態において、蓋3に支持されて蓋3と第1の基板22との間に第1の基板22に対し略平行に配置されるように構成されている。このように、第2の基板41が第1の基板22に対して略平行に配置されることにより、シート状細胞培養物100に対し慣性力を付与した際に、第1の基板22から剥離したシート状細胞培養物100を、これを折れ曲げることなく第2の基板41が受け取り、坦持することができる。
なお、上述したように第1の基板22と第2の基板41とは「略平行」となるように配置されることができるが、具体的には、第1の基板22と第2の基板41とは、対向する主面同士のなす角度が、例えば、5°以下、好ましくは3°以下、より好ましくは1°以下となるように配置されるように構成されている。
【0028】
第2の基板41は、容器本体2、蓋3、受け部材4がすべて連結され、固定された状態において、すなわち第2の基板41の配置時において、第1の基板22との距離が0.04〜20mmとなるように設定されている。第1の基板22と第2の基板41との距離が上述した範囲内となることにより、第1の基板22から第2の基板41へのシート状細胞培養物100の受け渡しが容易に行われ、シート状細胞培養物100の破損や皺の発生が防止される。
第1の基板22と第2の基板41との距離は、好ましくは0.04〜20mm、より好ましくは0.04〜6mm、更に好ましくは0.04〜0.06mmである。
【0029】
また、シート状細胞培養物100が第1の基板22に付着している際において、シート状細胞培養物100と第2の基板41との距離は、好ましくは0.01〜20mm、より好ましくは0.01〜3mm、更に好ましくは0.01〜0.03mmである。
【0030】
なお、本明細書中において、第1の基板22と第2の基板41との距離や、シート状細胞培養物100と第2の基板41との距離とは、これらの対向する主面同士の平均距離をいう。
【0031】
また、容器本体2、蓋3、受け部材4がすべて連結され、固定された状態において、第2の基板41の外周と壁部23の内表面は、収納空間24の一部より間隙241を形成している。
間隙241の平均距離は、特に限定されないが、例えば、0.01〜1mm、好ましくは0.01〜0.3mm、より好ましくは0.01〜0.1mmとすることができる。このように、比較的間隙241の距離を小さくすることにより、シート状細胞培養物100に対し第1の基板22から第2の基板41に向かう方向に慣性力を作用させた場合において、剥離したシート状細胞培養物100が間隙241に入り込み、破れが生じたり、シート状細胞培養物100が取出しにくくなることが防止される。さらに、このように間隙241の距離を一定以上とすることにより、受け部材4を連結した蓋3の容器本体2に対する脱着が容易となる。
【0032】
第2の基板41を構成する材料としては、特に限定されず、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ナイロン6,6、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコーン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、ポリカーボネート、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン樹脂(ABS)、塩化ビニル、ポリウレタンなどを挙げられ、これらのうち1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
上述した中でも、第2の基板41とシート状細胞培養物100との密着を防止するために、第2の基板41として、ポリエチレンテレフタレート、シリコーン、テフロン(登録商標)からなる材料から選択される1種または2種以上を組み合わせて用いることが好ましい。
【0033】
また、第2の基板41は、シート状細胞培養物100を坦持する主面に複数の凹部および/または凸部を有していてもよい。これにより、第2の基板41にシート状細胞培養物100が密着することが防止され、第2の基板41に坦持されたシート状細胞培養物100の取出しが容易となる。また、慣性力の作用時において、シート状細胞培養物100に対し、第1の基板22から第2の基板41へ向かう方向に対し垂直な慣性力が作用する場合であっても、シート状細胞培養物100が第2の基板41上でずれることが防止され、シート状細胞培養物100に皺が発生することが防止される。
【0034】
第2の基板41の主面に複数の凹凸を形成する方法としては、例えば、第2の基板41の主面を織布(織物、編物)、不織布、特に所定のメッシュを有するメッシュ生地で構成する方法や、第2の基板41の主面を凹凸を有する樹脂材料で構成する方法が挙げられる。
なお、第2の基板41の主面を織布または不織布で構成した場合には、第2の基板41は織布または不織布からなるものであってもよいし、支持体としての硬質な基板上に織布または不織布が配置されたものであってもよい。
【0035】
連結部材42は、第2の基板41と蓋3とを連結する部材である。連結部材42は、第2の基板41と連結されるように、第2の基板41の縁部に渡って設けられている環状部材である。
また、連結部材42は、その環の外側の面において、螺旋状に形成された凹部421を有する。蓋3と受け部材4とは、連結部材311の凸部312と連結部材42の凹部との螺合および螺合の解除により、脱着可能となる。
【0036】
なお、上述した培養容器1の各構成部材の大きさ、厚さ等は、特に言及がない場合であっても、形成するシート状細胞培養物100の大きさや、操作性等の各種使用条件に合わせて、当業者が適宜設定できることは言うまでもない。
【0037】
以上のような本実施態様の培養容器1によれば、容器本体2と蓋3と受け部材4とを連結した状態において第1の基板22から第2の基板41へ向かう慣性力、例えば遠心力をシート状細胞培養物100に対し作用させることにより、シート状細胞培養物100を破損させることなく第1の基板22上から剥離することができる。剥離されたシート状細胞培養物100は、第2の基板41上に坦持されるが、第2の基板41とシート状細胞培養物100とは接着細胞等によっては密着していないため、第2の基板41上のシート状細胞培養物100をピンセット等により容易に把持、操作、移送することができる。
【0038】
また、蓋3に対し受け部材4が脱着自在に構成されていることにより、
図3に示すようにシート状細胞培養物100の形成時においては受け部材4を外した状態で培養容器1を従来のシャーレと同様に用いることができ、例えば液体培地101中でシート状細胞培養物100を形成することができる。一方で、シート状細胞培養物100の形成後においては、受け部材4を蓋3に装着して第1の基板22からのシート状細胞培養物100の剥離に供することが可能である。
そして、培養容器1は、本発明のシート状細胞培養物の剥離方法および製造方法に好適に適用可能である。
【0039】
上述した培養容器1の変形態様としては、例えば、
図4(a)、(b)に示すような、蓋3a、3bと受け部材4a、4bとが、すなわち蓋3a、3bと第2の基板41a、41bとが一体化した培養容器1a、1bが挙げられる。このような態様において、培養容器1a、1bは、それぞれ、好ましくは、蓋3a、3bに加え、受け部材4a、4bを有しない蓋をさらに有している。なお受け部材4aは中空部を有し、一方で受け部材4bは、中空部を有さないものである。
なお、類似の変形態様として、受け部材が省略され、蓋の天板が第2の基盤を構成する態様が挙げられる。この場合、第1の基板と第2の基板との距離が比較的小さいことから、培養容器を比較的薄いものとすることができ、同培養容器は、収納性に優れる。
【0040】
また、培養容器1の他の変形態様としては、螺合以外の機構によって蓋と受け部材とが連結されるものが挙げられる。すなわち、蓋と受け部材との連結には任意の機構を採用することができる。例えば、
図5(a)に示すような第2の基板41c上に設けられた複数の柱状体(連結部材)42cを有する受け部材4cと、これに嵌合可能な凹部を有する連結部材311cが設けられた蓋3cとを有する培養容器1cが挙げられる。
【0041】
また、培養容器1の他の変形態様としては、複数の第1の基板と複数の第2の基板とを備えた培養容器が挙げられる。このような培養容器としては、例えば、
図5(b)に示す培養容器1dが挙げられる。
培養容器1dの容器本体2dは、支持体25上に複数の、すなわち6個の凹部26が設けられている。また、凹部26の底部は、平板状をなして第1の基板22dを形成している。一方で、培養容器1dの蓋3dは、支持体25の凹部26が設けられた面の全体を覆うことができるように、支持体25の当該面に対応した外形をなしており、支持体25に対向する面には、凹部26に対応する位置に、それぞれ第2の基板41dが配置された複数の受け部材4dが設けられている。なお、培養容器1dは、好ましくは受け部材4dを有さない蓋(図示せず)をさらに有し、シート状細胞培養物100の形成時においては蓋3に代えて当該蓋を用いることができる。
【0042】
このような培養容器1dは、培養容器1と同様の効果を奏するとともに、複数のシート状細胞培養物100を形成、剥離できるという効果を奏する。
なお、培養容器1dは、6個の第1の基板22dと第2の基板41dとを備えるが、第1の基板および第2の基板の数は、その用途に応じて適宜変更することができる。
【0043】
また、培養容器1の他の変形態様としては、第1の基板および第2の基板の形状を方形等の多角形、楕円形等の任意の形状に変更したものが挙げられる。
【0044】
次に、本発明のシート状細胞培養物の剥離方法および製造方法について説明する。
図6、
図7は、本発明のシート状細胞培養物の製造方法の好適な態様を示す概要図である。
【0045】
本発明のシート状細胞培養物の剥離方法は、シート状細胞培養物が主面に付着した第1の基板に対し略平行に、かつ当該主面と対向するように第2の基板を配置するステップ(配置ステップ)と、
シート状細胞培養物に対して第1の基板から第2の基板へ向かう方向に慣性力を作用させることにより、シート状細胞培養物を第1の基板から剥離して第2の基板に坦持させるステップ(剥離ステップ)と、
を有する。
【0046】
また、本発明のシート状細胞培養物の製造方法は、第1の基板上でシート状細胞培養物を形成するステップ(形成ステップ)と、
シート状細胞培養物が主面に付着した第1の基板に対し略平行に、かつ当該主面と対向するように第2の基板を配置するステップ(配置ステップ)と、
シート状細胞培養物に対して第1の基板から第2の基板へ向かう方向に慣性力を作用させることにより、シート状細胞培養物を第1の基板から剥離して第2の基板に坦持させるステップ(剥離ステップ)と、
を有する。
このように、本発明のシート状細胞培養物の製造方法は、シート状細胞培養物の剥離方法の各ステップに加え、上記形成ステップを有するものである。したがって、以下に、本発明のシート状細胞培養物の製造方法の好適な実施態様を説明しつつ、併せて本発明のシート状細胞培養物の剥離方法の好適な実施態様を説明する。
【0047】
まず、形成ステップにおいては、第1の基板22上でシート状細胞培養物100を形成する(
図6(a))。シート状細胞培養物100の形成は、第1の基板22上に細胞を播種し、培養することにより行うことができる。
シート状細胞培養物100を形成する培養容器としては特に限定されず、例えば、
図1〜
図5に示すものを用いることができるが、本実施態様においては、
図1〜
図3に示す培養容器1を用いる。本ステップにおいては、受け部材4を取り外した状態で、蓋3で容器本体2を覆い、容器本体2中の収納空間24内で細胞の播種、培養を行うことができる。
【0048】
本実施態様において用いることのできる細胞には、細胞培養物、特にシート状の細胞培養物を形成し得る任意の細胞が含まれる。かかる細胞の例としては、限定されずに、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞)、心筋細胞、線維芽細胞、滑膜細胞、上皮細胞、内皮細胞、軟骨細胞などが含まれる。細胞は、細胞培養物による治療が可能な任意の生物に由来し得る。かかる生物には、限定されずに、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジなどが含まれる。また、本実施態様に係る方法に用いる細胞は1種類のみであってもよいが、2種類以上の細胞を用いることもできる。特に、細胞培養物を形成する細胞が2種類以上ある場合、最も多い細胞の比率(純度)は、細胞培養物製造終了時において、例えば、65%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは75%以上である。
【0049】
第1の基材22上への細胞の播種は、例えば、公知の液体培地101を第1の基材22上へ供給した後に当該培地上に均一に細胞を播種することにより行うことできる。
【0050】
なお、細胞は、最終細胞密度が実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度となるように播種されることが好ましい。
ここで、「実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度」とは、成長因子を含まない非増殖系の培養液で培養した場合に、シート状細胞培養物を形成することができる細胞密度を意味する。
【0051】
具体的には、例えば、骨格筋芽細胞については、かかる密度は典型的には300,000個/cm
2以上である。細胞密度の上限は、細胞培養物の形成が損なわれず、細胞が分化に移行しなければ特に制限されないが、骨格筋芽細胞の播種密度は、3.0×10
5〜3.4×10
6個/cm
2、3.5×10
5〜3.4×10
6個/cm
2、1.0×10
6〜3.4×10
6個/cm
2、3.0×10
5〜1.7×10
6個/cm
2、3.5×10
5〜1.7×10
6個/cm
2、1.0×10
6〜1.7×10
6個/cm
2から選択される密度である。上記範囲は、上限が3.4×10
6個/cm
2未満である限り、上限および下限の両方、または、そのいずれか一方を含んでもよい。
【0052】
当業者であれば、本発明に適した細胞密度を、実験により適宜決定することができる。培養期間中、細胞は増殖してもしなくてもよいが、増殖するとしても、細胞の性状が変化する程には増殖しない。例えば、骨格筋芽細胞はコンフルエントになると分化を開始するが、本実施態様においては、好ましくは、骨格筋芽細胞は、細胞培養物は形成するが、分化に移行しない密度で播種される。細胞が増殖したか否かは、例えば、播種時の細胞数と、細胞培養物形成後の細胞数とを比較することにより評価することができる。本実施態様において、細胞培養物形成後の細胞数は、典型的には播種時の細胞数の300%以下、好ましくは200%以下、より好ましくは150%以下、さらに好ましくは125%以下、特に好ましくは100%以下である。
【0053】
細胞の培養は、当該技術分野で通常なされている条件で行うことができる。例えば、典型的な培養条件としては、37℃の、5%CO
2の雰囲気下での培養が挙げられる。培養期間は、細胞培養物の十分な形成、および、細胞分化防止の観点から、好ましくは48時間以内、より好ましくは40時間以内、さらに好ましくは24時間以内である。培養は任意の大きさおよび形状の容器で行うことができる。上述した期間内である場合、細胞の分化への移行が防止され、細胞が培養期間中、未分化の状態に維持される。細胞の分化への移行は、当業者に知られた任意の方法で評価することができる。例えば、骨格筋芽細胞の場合は、MHCの発現や、細胞の多核化を分化の指標とすることができる。
【0054】
以上のようにして形成されるシート状細胞培養物100は、通常細胞接着分子等の作用により、第1の基板22の主面に付着している。
【0055】
次に、配置ステップにおいては、シート状細胞培養物100が主面に付着した第1の基板22に対し略平行に、かつ当該主面と対向するように第2の基板41を配置する(
図6(b))。
なお、第1の基板22と第2の基板41との好ましい配置については、培養容器1の説明時において詳述したとおりである。
【0056】
第2の基板41の配置は、蓋3と受け部材4とを連結し、さらに受け部材4が連結された蓋3を容器本体2に固定することにより行うことができる。培養容器1は、単に各部材を固定することにより、第1の基板22に対し第2の基板41を精度よく略平行に配置することができるとともに、第1の基板22と第2の基板41との距離や、第2の基板41とシート状細胞培養物100との距離を精度よく設定できる。
【0057】
次に、剥離ステップにおいては、シート状細胞培養物100に対して第1の基板22から第2の基板41へ向かう方向に慣性力を作用させることにより、シート状細胞培養物100を第1の基板22から剥離して第2の基板41上に坦持させる。これにより、シート状細胞培養物100が第1の基板41より剥離し、目的とするシート状細胞培養物100が得られる。
【0058】
慣性力は、シート状細胞培養物100の一部分ではなく、全体に作用する。したがって、従来のようにピンセット等を用いて機械的な力により剥離する場合は局所的にシート状細胞培養物に対し剥離のための力を作用させる場合があったが、本実施態様によれば、このような問題を防止することができ、シート状細胞培養物100の破断や皺の形成等が防止される。
また、従来のようにスポイト等により流体を付与してシート状細胞培養物を剥離する場合には、液流がシート状細胞培養物の形成する平面と平行に移動し、シート状細胞培養物に皺が生じたり、液流の強弱をうまく制御できない問題があったが、本実施態様においては、シート状細胞培養物100に対し慣性力を目的とする方向(第1の基板22からシート状細胞培養物100が離れる方向)に精度良く作用させてシート状細胞培養物100を剥離することができるため、このような問題が防止されている。
【0059】
慣性力は、いかなる方法によって発生させるものであってもよいが、好ましくは回転によって生じさせることが好ましい。すなわち、慣性力は、遠心力であることが好ましい。遠心力は、遠心分離機等によって比較的容易に、精度良く所望の大きさで生じさせることができる。本実施態様においては、慣性力として遠心力を用いる。
【0060】
本実施態様においては、培養容器1を遠心分離器に配置し、培養容器1を回転させることにより、シート状細胞培養物100に対して第1の基板22から第2の基板41へ向かう方向に遠心力を作用させる。
培養容器1の回転に用いるローターは、アングルローター、スイングローターの何れであってもよいが、スイングローターであることが好ましい。スイングローターを用いることにより、遠心力を精度よく目的とする方向に対し一定に作用させることが可能となる。
【0061】
本実施態様においては、遠心分離機中においてスイングローターに培養容器1をセットする。
図6(c)において、スイングローター200は、ローターボティ201と、バケット202とを有している。バケット202は、ピン203によってローターボティ201に接続されており、ピン203を軸としてバケット202の底部が遠心力の作用する方向に向くように構成されている。
このようなスイングローター200において、培養容器1は、第1の基板22から第2の基板41へ向けて遠心力が作用するように、すなわち、第1の基板22に対して第2の基板41がバケット202の底部に近くなるように、すなわち蓋3側が底部に配置されるように、配置される。なお、図示の実施態様においては、バケット202毎に1つの培養容器1が配置されているが、バケット202毎に複数の培養容器1を配置してもよい。
【0062】
次に、
図7(a)、(b)に示すように、遠心分離機によって培養容器1を回転(公転)させることにより、シート状細胞培養物100に対して第1の基板22から第2の基板41へ向かう方向(図中矢印)に遠心力(慣性力)を作用させる。これにより、シート状細胞培養物100が第1の基板22から剥離して、第2の基板41に担持される。
作用させる遠心力(慣性力)の大きさは、特に限定されないが、20〜1000Gであることが好ましく、80〜250Gであることがより好ましい。これにより、シート状細胞培養物100の破損を防止しつつ、第1の基板22から好適にシート状細胞培養物100を剥離できる。
また、遠心力を作用させる時間は、特に限定されないが、例えば、1〜60分、好ましくは、5〜10分とすることができる。
【0063】
なお、遠心分離機においては、目的とする回転数となるまで回転数を徐々に増やし、目的とする回転数で一定時間運転後、回転が止まるまで回転数を徐々に減じていく必要がある。回転数(回転速度)の増加、減少時においては、シート状細胞培養物100に対し遠心力に加え、回転軌道に沿った慣性力が作用するため、回転数の変化は、できる限り少なくなるように遠心分離機を運転することが好ましい。
【0064】
また、培養容器1の回転中における遠心分離機の温度(周囲環境の温度)は、特に限定されないが、2〜37℃であることが好ましく、20〜25℃であることがより好ましい。
【0065】
以上のようにして、シート状細胞培養物100を破損させることなく第1の基板22上から剥離することができ、皺や破れ等の発生が防止されたシート状細胞培養物100を得ることができる。なお、第2の基板41上に担持されたシート状細胞培養物100は第2の基板41に対し接着細胞等の作用により密着するものではないため、これをピンセット等の器具により容易に把持、移送することが可能である。
【0066】
以上、本発明を図示の実施態様について説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。
本発明においては、各構成は、同様の機能を発揮し得る任意のものと置換することができ、あるいは、任意の構成を付加することもできる。