(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
マニュアルトランスミッションに使用されるスリーブ・ドッグギヤは、変速の際に高速でスライドして変速ギヤに連結する、変速に不可欠な部品である。スリーブ・ドッグギヤは、スライドの際に衝撃的な負荷を受けるため、歯の先端で摩耗が発生する。この摩耗が進行し、顕著な形状変化が起きた場合、変速できない事態となることから、耐衝撃摩耗性の向上がより一層望まれている。
【0003】
従来、変速の際のスライド速度を低下させ、負荷を低減することで顕著な摩耗を回避している。しかし、スライド速度が低下すると変速に要する時間が長くなることから、操作性の低下が問題となる。
【0004】
耐摩耗性の向上に関する従来技術として、硬質でμmオーダーの析出物を利用した技術が開示されている。例えば、特許文献1では0.5μm以上の大きさを有する粗大で硬質なTiC等を1mm
2あたり400個以上含有させること、特許文献2では粒子径2μm以上のNb、Tiの1種以上を含有する炭化物を1mm
2あたり300〜1000個を含有させることによる耐摩耗性の向上が示されている。しかし粗大かつ多量に存在する硬質な析出物は靭性を低下させるため、スリーブ・ドッグギヤへ適用した場合には割れ等の欠陥として問題が顕在化し、耐衝撃摩耗性にも影響する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以上の状況を鑑み、本発明は、耐衝撃摩耗性に優れるスリーブ・ドッグギヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、スリーブ・ドッグギヤの耐衝撃摩耗性を向上するため、衝撃摩耗のメカニズムについて鋭意調査した。その結果、スリーブ・ドッグギヤにおいて摩耗現象を支配しているのは、き裂の発生、伝播に伴うはく離であること、き裂を抑制することで耐衝撃摩耗性が向上することを知見した。
【0008】
次に、本発明者らは、衝撃摩耗時に形成するき裂を抑制できる鋼を実現するために、化学組成を広範囲かつ系統的に変化させた鋼に対して浸炭処理を行った後に、衝撃摩耗試験を実施した。その結果、表層部に存在するTiおよび/またはNbを含有する微細な析出物の量が、き裂の抑制に影響し、Tiおよび/またはNbを含有する微細な析出物の量の増加によって耐衝撃摩耗性が向上することを知見した。
【0009】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は次のとおりである。
(1)成分組成が、質量%で、
C:0.16〜0.30%、
Si:0.01〜2.0%、
Mn:0.30〜2.0%、
Cr:0.05〜3.0%、
Al:0.001〜0.2%、
S:0.004〜0.04%、
N:0.003〜0.03%
を含有し、
さらに、
Ti:0.001〜0.3%、Nb:0.001〜0.3%のうちの1種又は2種を含有し、
O:0.005%以下、
P:0.025%以下
に制限し、
残部がFe及び不可避的不純物よりなる鋼からなり、浸炭焼入れ焼戻しが施されており、表層C濃度が0.6%以上1.0%以下であり、
前記表層C濃度は、表面から深さ5〜50μmの範囲のC濃度の平均値であり、
表面から0.3mm深さまでに、径が5nm以上100nm以下で、Tiおよび/またはNbを含有する析出物が10個/μm
2以上存在することを特徴とするスリーブ・ドッグギヤ。
【0010】
(2)前記鋼が、さらに、質量%で、
Ni:5.0%以下(0%を含まない)、
Mo:1.0%以下(0%を含まない)
Cu:1.0%以下(0%を含まない)、
B:0.005%以下(0%を含まない)
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)に記載のスリーブ・ドッグギヤ。
【0011】
(3)前記鋼が、さらに、質量%で、
Ca:0.01%以下(0%を含まない)、
Pb:0.5%以下(0%を含まない)
の1種又は2種を含有することを特徴とする上記(1)又は(2)に記載のスリーブ・ドッグギヤ。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、耐衝撃摩耗性に優れるスリーブ・ドッグギヤを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の説明に限定されず、本発明の趣旨及びその範囲から逸脱することなくその形態及び詳細を様々に変更し得ることは、当業者であれば容易に理解される。従って、本発明は以下に示す実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。
【0015】
まず、本実施形態に係る鋼の化学成分の限定理由について説明する。以下、合金元素の含有量に係る単位である「質量%」は、単に「%」と記載する。
【0016】
C:0.16〜0.30%
C含有量は、スリーブ・ドッグギヤの芯部(非浸炭部)強度を決定し、さらに有効硬化層深さにも影響する。所要の芯部強度を確保するために、C含有量の下限値を0.16%とする。一方、C含有量が多すぎると製造性が低下するので、C含有量の上限値を0.30%とする。C含有量は、好ましくは0.18〜0.25%である。
【0017】
Si:0.01〜2.0%
Siは、鋼の脱酸に有効な元素であるとともに、必要な強度及び焼入れ性を鋼に付与するために有効な元素である。Si含有量が0.01%未満では、その効果が不十分である。また、Si含有量が2.0%を超えると、製造時の脱炭が著しくなり、スリーブ・ドッグギヤの強度および有効硬化層深さが不足する。以上の理由によって、Si含有量を0.01〜2.0%の範囲内とする。Si含有量は、好ましくは0.1〜1.0%である。
【0018】
Mn:0.30〜2.0%
Mnは鋼の脱酸に有効な元素であるとともに、必要な強度及び焼入れ性を鋼に付与するために有効な元素である。Mnは、鋼中に不可避的に混入する不純物元素のSを、MnSとして固定して無害化する元素である。Mnの添加効果を確保するため、含有量は下限を0.30%とする。また、Mn含有量が2.0%を超えると、サブゼロ処理を施しても、残留オーステナイトが安定的に存在して、スリーブ・ドッグギヤの強度が低下する。以上の理由によって、Mn含有量を0.30〜2.0%の範囲内とする。Mn含有量は、好ましくは、0.50〜1.20%である。
【0019】
Cr:0.05〜3.0%
Crは、必要な強度及び焼入れ性を鋼に付与するために有効な元素である。Cr含有量が0.05%未満では、その効果が不十分であり、下限を0.05%とする。Cr含有量が3.0%を超えると、硬さが上昇して、冷間加工性が低下するので、上限を3.0%とする。Cr含有量は、好ましくは0.2〜1.5%である。
【0020】
Al:0.001〜0.2%
Alは、鋼の脱酸に有効な元素であるとともに、窒化物として鋼中に析出して、結晶粒微細化効果を奏する元素である。Al含有量が0.001%未満では、その効果が不十分である。また、Al含有量が0.2%を超えると、析出物(Al窒化物)が粗大化し、鋼およびスリーブ・ドッグギヤの脆化の原因となる。以上の理由によって、Al含有量を0.001〜0.2%の範囲内とする。Al含有量のより好適な範囲は0.01〜0.15%である。
【0021】
S:0.004〜0.04%
Sは、鋼中でMnSを形成し、これにより鋼の被削性を向上させる。Sの添加効果を得るため、下限を0.004%とする。S含有量が0.04%を超えると、その効果は飽和し、むしろ粒界偏析を起こし粒界脆化を引き起こすため、上限は0.04%とする。S含有量のより好適な範囲は0.01〜0.03%である。
【0022】
N:0.003〜0.03%
Nは、鋼中でAl、Ti、Nb等と結合して窒化物又は炭窒化物を生成し、これら窒化物および炭窒化物は結晶粒の粗大化を抑制する効果を有する。また、これら窒化物は、凝固時に形成する粗大な析出物と、凝固の後期およびその後の熱処理で形成する微細な析出物に分かれ、耐衝撃摩耗性の向上には、微細な析出物が影響を及ぼす。Nの添加効果を得るため、下限を0.003%とする。N含有量が0.03%を超えると、粗大な析出物量が顕著になり、部品強度を低下させるため、上限を0.03%とする。N含有量のより好適な範囲は0.004〜0.025%である。
【0023】
Ti:0.001〜0.3%
Tiは、耐衝撃摩耗性の向上に有効な微細な析出物(例えばTiC、(Ti,Nb)C)を鋼中に生成する。また、微細な析出物の効果として、結晶粒微細化効果を奏する元素である。Tiの添加効果を得るため、下限を0.001%とする。Ti含有量が0.3%を越えると、TiN主体の析出物が多くなって、脆性破壊を起こしやすくなるため、上限を0.3%とする。Ti含有量のより好適な範囲は0.02〜0.2%である。
【0024】
Nb:0.001〜0.3%
Nbは、耐衝撃摩耗性の向上に有効な微細な析出物(例えばNbC、NbCN、(Ti,Nb)C)を鋼中に生成する。また、微細な析出物の効果として、結晶粒微細化効果を奏する元素である。Nbの添加効果を得るため、下限を0.001%とする。Nb含有量が0.3%を越えると、析出物が粗大化し、脆性破壊を起こしやすくなるため、上限を0.3%とする。Nb含有量のより好適な範囲は0.02〜0.2%である。
【0025】
O:0.005%以下
Oは鋼中で硬い酸化物系介在物を形成して脆性破壊を起こしやすくする元素である。O含有量は0.005%以下に制限されるとよい。O含有量のより好適な範囲は0.002%以下である。O含有量は少ない方が好ましいので、O含有量の下限値は0%である。
【0026】
P:0.025%以下
Pは、浸炭時にオーステナイト粒界に偏析し、それにより粒界破壊を引き起こすことよって脆性破壊を起こしやすくする。したがって、P含有量を0.025%以下に制限するとよい。P含有量のより好適な範囲は0.02%以下である。P含有量が少ない方が好ましいので、P含有量の下限値は0%である。しかし、Pの除去を必要以上に行った場合、製造コストが増大する。従って、P含有量の実質的な下限値は約0.004%となるのが通常である。
【0027】
本発明鋼においては、さらなる焼入れ性の向上を目的として、Ni、Mo、Cu、及び、Bの1種又は2種以上を添加してもよい。
Ni:5.0%以下(0%を含まない)
Mo:1.0%以下(0%を含まない)
Cu:1.0%以下(0%を含まない)
B:0.005%以下(0%を含まない)
【0028】
Ni、Mo、Cu及び、Bは、焼入れ性の向上に有効な元素である。その添加効果を確実に得るためには、Niは0.2%以上添加し、Mo及びCuは0.05%以上添加し、Bは0.0006%以上添加するのが好ましい。含有量がNiは5.0%、Mo及びCuは1.0%を超えると、添加効果は飽和し、経済的に不利となるので、それらを上限とする。Bは、0.005%を超えると、B化合物が粒界に析出し靭性が低下するので、含有量の上限を0.005%とする。Ni含有量のより好適な好適範囲は、0.2〜2.0%である。Mo、Cu含有量のより好適な範囲は、0.05〜0.2%である。B含有量のより好適な範囲は0.0006〜0.0025%である。
【0029】
本発明鋼においては、被削性を改善するために、さらに、Ca、Pbの1種または2種を添加してもよい。
Ca:0.01%以下(0%を含まない)
Pb:0.5%以下(0%を含まない)
【0030】
Caは酸化物を低融点化し、切削加工環境下の温度上昇により軟質化することで、被削性を改善するが、0.01%を超えるとCaSを多量に生成し、被削性が低下するので、Ca含有量の上限を0.01%とする。添加効果を確実に得るにはCa添加量の下限を0.0005%とするのが好ましい。
【0031】
Pbは切削時に溶融、脆化することで被削性を向上する元素である。一方過剰に添加すると製造性が低下することから、上限は0.5%とする。添加効果を確実に得るにはPb添加量の下限は0.01%とするのが好ましい。
【0032】
本実施形態に係る鋼は、上述の合金成分を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物を含む。上述の合金成分以外の元素が、不可避的不純物として、原材料および製造装置から鋼中に混入することは、その混入量が鋼の特性に影響を及ぼさない水準である限り許容される。
【0033】
次に、表層C濃度を範囲について説明する。
表層C濃度は、浸炭後の表層部のC濃度であり、表層部の硬さに大きく影響する。表層部の硬さが十分でない場合、Tiおよび/またはNbを含有する微細な析出物の効果以上に耐衝撃摩耗性が低下する。表層C濃度が0.6%未満ではマルテンサイト自体の硬さが低下するため、1.0%以上では残留オーステナイトが多量に存在して硬さが低下するため、表層C濃度の範囲を0.6〜1.0%とする。
【0034】
尚、表層C濃度は、表面から深さ5〜50μmの範囲のC濃度の平均値である。
【0035】
次に、耐衝撃摩耗性の評価方法について説明する。
耐衝撃摩耗性の評価には、
図1に示す、断面が10mm×10mmの正方形であり、全長が25mmで、片側に先端角度100度の凸部を持つ衝撃摩耗試験片を用いた。なお、凸部はフライス加工で作製しており、加工面をそのまま試験に使用している。耐衝撃摩耗性の評価には、成分組成や浸炭量等が同材質の衝撃摩耗試験片を一対ずつ作製し、
図2、
図3、および
図4に示す模式図のように実施する。すなわち、
図2に示す状態から試験片[1]を、試験片[2]の長手方向軸線に平行に往復運動させ、100℃のミッションオイルを衝突位置に滴下しながら、144kgの荷重を長手方向軸線に対して垂直横向きに負荷して左右方向にのみに平行移動可能に固定された試験片[2]に、試験片[1]を、衝突速度400mm/sで、
図3に示すように衝突させ、その後、
図4に示す位置まで前進させることを繰り返す衝撃摩耗試験を実施した。なお、試験片[1]を、試験片[2]の長手方向軸線に対し5度傾けるとともに、試験片[1]を試験片[2]に対し下方向に2mmずらして試験片[1]と[2]の縦方向の衝突範囲を3mmとして衝突させているのは実機より厳しい条件で評価する為である。これを344rpmで10万回実施し、試験片[1]の試験前後での重量減量をもって摩耗量とした。耐衝撃摩耗性の良否を判定する基準は摩耗量5mgとし、摩耗量が5mg以下の場合に十分な耐衝撃摩耗性を有するとした。
【0036】
摩耗量は以下の理由により、5mg以下である必要がある。上述のように、現状のスリーブ・ドッグギヤは、耐衝撃摩耗性が十分でないため、速度の低下すなわち操作性の低下によって部品としての機能を維持している。十分な操作性を得るには、現状広く使用されているSCM822Hの摩耗量7mgに対し、5mg以下に低減することが好ましい。
【0037】
次に、耐衝撃摩耗性に寄与するTiおよび/またはNbを含有する微細な析出物について説明する。
【0038】
本発明者らは、スリーブ・ドッグギヤの耐衝撃摩耗性を向上するため、スリーブ・ドッグギヤにおける衝撃摩耗のメカニズムについて鋭意調査した。その結果、摩耗現象を支配しているのは、き裂の発生、伝播に伴うはく離であること、き裂を抑制することで耐衝撃摩耗性が向上することを知見した。そこで、本発明者らはき裂の抑制に影響する鋼成分について検討した。その結果、Tiおよび/またはNbを含有する微細な析出物が存在する際に、顕著にき裂の数が減少することを知見した。これは、Tiおよび/またはNbを含有する微細な析出物によって摩耗に伴う加工を受ける表層部での加工硬化特性が向上したためと考えられる。さらに、Tiおよび/またはNbを含有する微細な析出物と耐衝撃摩耗性の関係を調査した。その結果、表面から0.3mm深さまでに存在する、径が5nm以上100nm以下の、Tiおよび/またはNbを含有する微細な析出物の個数の増加に伴い摩耗量が減少し、10個/μm
2以上で摩耗量が5mg以下になることを明らかにした。また、Tiおよび/またはNbを含有する微細な析出物は、5000個/μm
2を超えるとその効果は飽和する。経済的に不利となるので、5000個/μm
2以下にすることが好ましい。
【0039】
尚、Tiおよび/またはNbを含有する析出物とは、前記のとおり、例えば、TiC、(Ti,Nb)C、NbC、NbCN等の炭化物、窒化物、炭窒化物等である。
【0040】
次に、本発明に用いられる鋼、及び、本発明のスリーブ・ドッグギヤの製造方法について説明する。
【0041】
先ず、常法によって、本発明範囲の組成を有する鋼を溶製、鋳造し、得られた鋼片又は鋼塊を熱間加工し、成型して、スリーブ・ドッグギヤ用素形材を得る。Tiおよび/またはNbを含有する微細な析出物を得るためには、十分加熱させて粗大な析出物を溶体化する必要があるため、熱間加工時に1000℃以上に加熱する。熱間加工は、熱間圧延又は熱間鍛造であり、複数回行ってもよく、熱間圧延と熱間鍛造を組み合わせて行ってもよい。成形は、熱間鍛造で行ってもよく、冷間加工や切削、又は、それらの組み合わせで行ってもよい。
【0042】
得られたスリーブ・ドッグギヤ用素形材に浸炭処理を行い、スリーブ・ドッグギヤを得る。なお、浸炭方法は特別な方法を用いる必要はなく、一般的な浸炭方法であるガス浸炭法、真空浸炭法などを用いても本発明の効果は発現する。また、浸炭に加えて浸窒を実施してもよく、高濃度浸炭を実施してもよい。浸炭処理時の焼入れ方法は油冷却でもガス冷却でもよい。浸炭焼入れ後の焼戻しは、通常の低温焼戻しが採用される。
【実施例】
【0043】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
表1に示す成分組成を有する種々の鋼塊を1250℃に加熱後、熱間鍛造を行ってφ35mmに鍛伸し、焼準を施した後、機械加工により鍛伸方向を長手方向として
図1に示す断面が10mm×10mmの正方形であり、長手方向の全長が25mmで、片側に先端角度90度の凸部を持つ衝撃摩耗試験片を、φ35mmの棒材の表面から9mmの位置を正方形の中心として、それぞれ一対(試験片[1]、[2])ずつ作製した。作製した各試験片対について、表2に示すNo.1〜30は930℃で、浸炭期としてCP1.1の雰囲気下で140分保持した後に、拡散期としてCP0.9の雰囲気下で50分保持した後に、130℃油焼入れを施し、180℃で焼戻しを行った後に衝撃摩耗試験に供した。No.31は、No.1と同じ鋼を用いて930℃で、CP1.1の雰囲気下で190分保持した後に130℃油焼入れを施し、180℃で焼戻しを行った後に衝撃摩耗試験に供した。No.32は、No.1と同じ鋼を用いて930℃で、CP0.5の雰囲気下で190分保持した後に130℃油焼入れを施し、180℃で焼戻しを行った後に上記の衝撃摩耗試験に供した。
【0047】
試験前後の重量を比較し、減量分を摩耗量とした。
【0048】
表層C濃度の測定方法を説明する。試験片[1]を先端から15mmの位置で切断し、断面10mm×10mmを研磨した後に、日本電子株式会社製のEPMA、JXA−8200を使用して、断面の辺の中点における深さ方向のCの濃度分布を5μmピッチで測定し、表面から5〜50μmの濃度の平均値を表層C濃度とした。測定点の大きさ(EPMAの電子ビーム径)はφ5μmとした。
【0049】
表層硬さの測定方法を説明する。試験片[1]を先端から15mmの位置で切断し、断面10mm×10mmを研磨した後に、マイクロビッカース硬さ試験機を用いて、荷重200gで断面の辺の中点における表面から50μm深さの硬さを測定し、これを表層硬さとした。
【0050】
Tiおよび/またはNbを含有する微細な析出物量の同定方法について説明する。試験片[1]を先端から15mm位置で切断し、断面10mm×10mmに対し、抽出レプリカ法を用いてカーボン蒸着膜に析出物を付着させた。抽出レプリカ法の電解抽出時の電気量は0.6クーロン/cm
2とした。その後電解放出型透過電子顕微鏡を用いて、採取できた領域のうち断面の辺の中点近辺で表面から0.3mm深さ×1mmの範囲の中で、倍率20万倍の状態で蛍光X線を用いてTi、Nbの元素マッピングを取得して重ね合わせ、円相当直径が5〜100nm以内の領域数を計数し、マッピング面積で割ることで1μm
2当たりの個数を算出した。この操作を10視野について行い、平均した個数をTiおよび/またはNbを含有する微細な析出物の個数とした。
【0051】
表2に各水準の表層C濃度、表面から0.3mmのTiおよび/またはNbを含有する微細な析出物量、および摩耗量を示す。
【0052】
発明例のNo.1〜26は、いずれも摩耗量が5mg以下であり、良好な耐衝撃摩耗性を有する。
これに対し、比較例のNo.27〜32は摩耗量が5mgを越えており、耐衝撃摩耗性は不十分だった。
【0053】
比較例のNo.27は、TiおよびNb添加量が本発明の規定範囲を下回っており、かつTiおよび/またはNbを含有する微細な析出物量が本発明の範囲を下回ったため、低い耐衝撃特性であった。比較例のNo.28、29は、鋼の成分が本発明の規定範囲外であったため、低い耐衝撃摩耗性であった。No.28はC含有量が本発明の規定範囲を下回り、芯部の強度が不足したためである。No.29は、Mn添加量が本発明の規定範囲を超えており、残留オーステナイトが多量に形成されて表層硬さが低下したためである。
【0054】
比較例No.30〜32は、各合金元素の含有量は本発明の規定範囲内ではあるが、その他の要件を満足していないため、低い耐衝撃摩耗性であった。No.30は、Tiおよび/またはNbを含有する微細な析出物が本発明の規定範囲を下回ったためである。No.31、32は、表層C濃度が本発明の規定範囲外で、表層硬さが十分でないためである。