【実施例】
【0043】
以下、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を何ら限定するものではない。なお、特に断らない限り、含有率を示す%は質量%を表す。
<実験例1>
各種微生物によるヒダカコンブ発酵物のアンジオテンシンI変換酵素(以下「ACE」とする)阻害活性を測定した。
【0044】
ここで、ACEとは血圧調節に関与する物質の一つであり、アンジオテンシンIをアンジオテンシンIIに変換する役割を担う酵素である。アンジオテンシンIIは強力な昇圧作用を持つ生理活性物質で、末梢血管の収縮、アルドステロンの産生、ナトリウムや水の貯留、糸球体ろ過量の低下など、複数の機序によって血圧を上昇させる。すなわち、ACE阻害活性とは、アンジオテンシンIのアンジオテンシンIIへの変換を抑制することで昇圧物質であるアンジオテンシンIIを生成させず、血圧上昇を抑制する活性である。
【0045】
1.各種微生物によるヒダカコンブ発酵培養液の作製
ヒダカコンブを原料として、各種微生物の発酵培養液を作製した。発酵に用いた微生物には、乳酸菌はラクトバチルス・カゼイ、納豆菌はバチルス・サブチリス ナットー、麹菌はアスペルギルス・オリゼを用いた。なお、これらの微生物は、いずれも市販されており、当業者が容易に入手できる微生物である。
【0046】
次に、それぞれの微生物の培養方法について説明する。
【0047】
(1)乳酸菌の培養方法
乳酸菌の増殖に必要である十分な量のグルコースおよびタンパク質を確保するため、乳酸菌を海藻に植菌する前に、ヒダカコンブの骨格多糖類をセルラーゼで分解する酵素処理を行った。
【0048】
−80℃中で冷凍保存していた乳酸菌をILS培地を用いて37℃で1日静置培養し、これを乳酸菌前培養液とした。
【0049】
作製したヒダカコンブ酵素処理液をpH6.8に調整後、121℃、15分間の加圧加熱滅菌を行い、十分に冷ましたのち、ヒダカコンブ酵素処理液全量の1%にあたる量の乳酸菌前培養液を添加した。その後、37℃で静置培養を2日間行い、発酵培養液を得た。
【0050】
(2)納豆菌の培養方法
−80℃中で冷凍保存していた納豆菌をSP培地を用いて30℃で1日振とう培養し、これを納豆菌前培養液とした。
【0051】
5%となるように蒸留水にヒダカコンブ粉末を添加し、ヒダカコンブ懸濁液を調製した。その懸濁液に121℃、15分間の加圧加熱滅菌を行い、十分に冷ましてから、ヒダカコンブ懸濁液の1%の納豆菌前培養液を添加した。その後、30℃で振とう培養を2日間行い、発酵培養液を得た。
【0052】
(3)麹菌の培養方法
−80℃中で冷凍保存していた麹菌をPDB培地を用いて28℃で1日振とう培養し、これを麹菌前培養液とした。
【0053】
1%となるように蒸留水にヒダカコンブ粉末を添加し、ヒダカコンブ懸濁液を調製した。その懸濁液に121℃、15分間の加圧加熱滅菌を行い、十分に冷ましてから、ヒダカコンブ懸濁液の1%の麹菌前培養液を添加した。その後、28℃で振とう培養を2日間行い、発酵培養液を得た。
【0054】
2.水抽出物の作製
上記の各発酵培養液を−20℃で凍結し、次いで凍結乾燥を行い、これをヒダカコンブ発酵物とした。ヒダカコンブ未発酵物、ヒダカコンブ発酵物を蒸留水に懸濁し、50℃恒温槽中で1時間振とうした。これを遠心分離し、上清をヒダカコンブ未発酵水抽出物、ヒダカコンブ発酵水抽出物とした。
【0055】
3.ACE阻害活性の測定
上記の未発酵水抽出物、発酵水抽出物のACE阻害活性を測定した。
【0056】
ACE阻害活性はACE Kit−WST(製品名、同仁化学研究所)を用いてキットのプロトコルに従い、測定した。ACE阻害率は以下の式を用いて算出した。コントロールには各抽出物の代わりに蒸留水を用いた。各抽出物のブランクには Enzyme working solutionの代わりに蒸留水を用いた。コントロール ブランクには各抽出物、Enzyme working solutionの代わりに蒸留水を用いた。
【0057】
阻害率(%)=〔[(C−Cb)−(S−Sb)]/(C−Cb)〕*100
C:コントロールの吸光度、Cb:コントロール ブランクの吸光度、S:各抽出物の吸光度、Sb:各抽出物のブランクの吸光度
未発酵水抽出物と各発酵水抽出物のACE阻害率を
図1に示した。未発酵のものと比較すると、いずれの微生物発酵水抽出物にもACE阻害活性の上昇が確認できたが、中でも麹菌発酵水抽出物が最も強いACE阻害率を示したことから、麹菌発酵ヒダカコンブを摂取することによる血圧上昇抑制効果を期待することができた。
【0058】
乳酸菌の発酵にはセルラーゼ酵素処理が必須であった。加えて、本実験例では乳酸菌および納豆菌発酵物は2日の発酵で得られたものであるが、これら発酵物が十分なACE阻害活性を得るためには4〜5日間の発酵が必要であった。麹菌による発酵は酵素処理の行程が不要であり、2日間という短い期間の発酵でACE阻害活性を著しく上昇させることができる。発酵の手間、酵素や緩衝液のコスト、所要時間の削減が可能という観点から、麹菌発酵ヒダカコンブは、乳酸菌、納豆菌発酵ヒダカコンブに優位性を持つものである。
【0059】
なお、80%エタノールに懸濁して抽出を行ったエタノール抽出物においてもACE阻害活性の測定を行ったが、麹菌の発酵物については水抽出物の方が強いACE阻害活性を示した。
【0060】
<実験例2>
麹菌による褐藻綱に属する各種海藻(ヒジキ、ワカメ、ヒダカコンブ、マコンブ、アカモク)発酵物の、ACE阻害活性を測定した。方法は実験例1と同様に行った。
【0061】
2日間発酵させた各種海藻発酵水抽出物のACE阻害率を
図2に示した。ヒジキ、ワカメ、ヒダカコンブ、マコンブ、およびアカモクのいずれも、発酵水抽出物は、未発酵水抽出物よりも高いACE阻害活性を示した。各種海藻発酵物の中でも、ヒダカコンブの発酵水抽出物は高いACE阻害活性を示した。
【0062】
<実験例3>
麹菌を用いた発酵によりヒダカコンブのACE阻害活性を向上させる上で、発酵過程における最適なヒダカコンブ濃度を検討した。
【0063】
実験例1と同様の方法を用いて麹菌前培養液を調製した。蒸留水に1%、2%、3%、4%、5%の濃度でヒダカコンブ粉末(株式会社横井昆布)を添加し、各濃度ヒダカコンブ懸濁液を調製した。各ヒダカコンブ懸濁液を121℃、15分間の加圧加熱滅菌を行い、十分に冷ましてから、ヒダカコンブ懸濁液の1%の麹菌前培養液を添加した。その後、28℃で振とう培養を2日間行い発酵培養液を得た。
【0064】
上記の各麹菌発酵培養液から、実験例1と同様の方法を用いて各麹菌発酵水抽出物を得た後、ACE阻害活性の測定を行った。
【0065】
図3にヒダカコンブ濃度とACE阻害率との関係を示した。ヒダカコンブ濃度を1%で発酵させたものが最も高いACE阻害活性を示した。また、ヒダカコンブ濃度を1%で発酵させたものと、2%で発酵させた値は僅差であり、有意差は示さなかった。加えて、ヒダカコンブ濃度を4%と5%で発酵させた場合、1%から3%のものと比較して著しく大きくなり、ACE阻害活性を大幅に低下させる結果となった。
【0066】
<実験例4>
ヒダカコンブ発酵物の水抽出を行う際に最も適した温度を検討した。
【0067】
実験例1と同様の方法を用いて麹菌のヒダカコンブ発酵物を得た。
【0068】
麹菌発酵物を蒸留水に懸濁し、それぞれ20、30、40、50、60、70、80℃の恒温槽中で1時間振とうした。これを遠心分離し、上清を発酵ヒダカコンブ水抽出物とした。
【0069】
得られた各発酵水抽出物をサンプルとして用いて、実験例1と同様の方法を用いてACE阻害活性の測定を行い、ACE阻害率を算出した。
【0070】
抽出温度と麹菌発酵水抽出物のACE阻害率の関係を
図4に示した。30〜60℃の温度で抽出した麹菌発酵ヒダカコンブにACE阻害活性が見られ、特に40〜50℃で抽出したものが高い活性を示した。
【0071】
<実験例5>
ヒダカコンブを発酵させる麹菌の種類によってACE阻害活性の強さに影響が出るのかを調べ検討するために、各麹菌発酵ヒダカコンブ水抽出物のACE阻害活性を見る実験を行った。
【0072】
発酵実験にはアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、、アスペルギルス・ルーチェンシス(Aspergillus luchuensis)、およびアスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)を用いた。
【0073】
実験例1と同様の方法を用いて各麹菌前培養液を調製した。蒸留水に1%の濃度でヒダカコンブ粉末を添加し、ヒダカコンブ懸濁液を調製した。ヒダカコンブ懸濁液を121℃、15分間の加圧加熱滅菌を行い、十分に冷ましてから、ヒダカコンブ懸濁液の1%の各麹菌前培養液を添加した。その後、28℃で2日間の振とう培養を行い、これを各麹菌発酵培養液とした。
【0074】
上記の各麹菌発酵培養液から、実験例1と同様の方法を用いて各麹菌発酵ヒダカコンブ水抽出物を得た。
【0075】
得られた各麹菌発酵ヒダカコンブ水抽出物をサンプルとして用いて、実験例1と同様の方法を用いてACE阻害活性の測定を行い、それぞれのACE阻害率を算出した。
【0076】
各麹菌発酵ヒダカコンブ水抽出物のACE阻害率を
図5に示した。アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)を用いた発酵物に非常に高いACE阻害活性がみられた。
【0077】
<実験例6>
アンジオテンシンIの負荷による血圧の上昇に対し、ヒダカコンブ発酵が血圧上昇抑制作用を示すかどうかを検討する試験を行った。
【0078】
ここで、アンジオテンシンIIは、レニン-アンジオテンシン系(昇圧系)に関与する因子のひとつであり、強力な昇圧作用を示す。動脈血圧が低下し、腎臓の血流量が減少すると、レニン-アンジオテンシン系が活性化される。血圧が低下することで腎臓の輸入細胞脈にある伸展圧受容体が感知し、傍糸球体細胞からレニンの分泌を増加させる。分泌されたレニンが肝臓で作られるアンジオテンシノーゲンに作用することで、アンジオテンシンIというペプチドに変化する。このアンジオテンシンIが、肺や血管内皮細胞にあるACEによってアンジオテンシンIIに変換される。アンジオテンシンIIはアンジオテンシンIよりも小さい分子であり、血管平滑筋細胞膜状にあるアンジオテンシンII−1型受容体と結合することで、血管収縮、腎Na再吸収、交感神経の活性化、アルドステロンの分泌が引き起こされ、血圧が上昇する。昇圧系に関与する他の物質には、バソプレシン、ノルアドレナリン、アドレナリンなどが挙げられる。
【0079】
各ヒダカコンブ水抽出物は、実験1と同様の方法で調製した。
【0080】
ddYマウス(日本SLC株式会社、雄性、5週齢)を、1週間の予備飼育後、1群6匹とし、コントロール群、未発酵ヒダカコンブ投与群、発酵ヒダカコンブ投与群の3群に分けた。試験の1時間前にケージから全ての飼料を取り除き、絶食させた。その後、コントロール群には蒸留水、未発酵ヒダカコンブ投与群と発酵ヒダカコンブ投与群にはそれぞれ前述したヒダカコンブ未発酵水抽出物、ヒダカコンブ発酵水抽出物(それぞれ1000mg/kg)を0.4mL経口投与した。経口投与から30分後、収縮期血圧の測定を行った。測定後にカニューレを用いてアンジオテンシンI(270μg/kg)を100μL投与し、2分後に再び収縮期血圧を測定した。アンジオテンシンI投与後の収縮期血圧から投与直前の収縮期血圧を引いた差の値を収縮期血圧上昇値とした。
【0081】
血圧測定にはマウス・ラット用無加温型非観血式血圧計(BLOOD PRESSURE MONITOR FOR MICE & RAT Model MK−2000、室町機械株式会社製)を使用し、自動的に尾動脈血圧を6回測定し、その平均値で評価した。
【0082】
アンジオテンシンI投与後の収縮期血圧上昇値を
図6に示した。アンジオテンシンIの投与後はコントロール群が最も高い血圧上昇値を示し、未発酵ヒダカコンブ投与群の血圧上昇値はコントロール群よりわずかに低い傾向を示した。コントロール群、未発酵ヒダカコンブ投与群に対して、発酵ヒダカコンブ投与群のアンジオテンシンIの投与による血圧上昇値は有意に低い値を示した。
【0083】
このことから、麹菌発酵ヒダカコンブはアンジオテンシンIの投与による血圧の上昇を抑制する作用を有することが示唆された。