(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6301554
(24)【登録日】2018年3月9日
(45)【発行日】2018年3月28日
(54)【発明の名称】蒸気タービン動翼及び蒸気タービン動翼の製造方法
(51)【国際特許分類】
F01D 5/28 20060101AFI20180319BHJP
F01D 25/00 20060101ALI20180319BHJP
C22C 14/00 20060101ALI20180319BHJP
B23K 9/04 20060101ALI20180319BHJP
B23K 15/00 20060101ALI20180319BHJP
B23K 26/342 20140101ALI20180319BHJP
【FI】
F01D5/28
F01D25/00 L
F01D25/00 X
C22C14/00 Z
B23K9/04 S
B23K9/04 H
B23K9/04 N
B23K15/00 501B
B23K26/342
【請求項の数】21
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-512522(P2017-512522)
(86)(22)【出願日】2016年4月11日
(86)【国際出願番号】JP2016061677
(87)【国際公開番号】WO2016167214
(87)【国際公開日】20161020
【審査請求日】2017年4月11日
(31)【優先権主張番号】特願2015-84960(P2015-84960)
(32)【優先日】2015年4月17日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】514030104
【氏名又は名称】三菱日立パワーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】及川 慎司
(72)【発明者】
【氏名】新井 将彦
(72)【発明者】
【氏名】土井 裕之
(72)【発明者】
【氏名】依田 秀夫
【審査官】
山崎 孔徳
(56)【参考文献】
【文献】
特表2014−530958(JP,A)
【文献】
特開2010−222705(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F01D 5/28
B23K 9/04
B23K 15/00
B23K 26/342
C22C 14/00
F01D 25/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
翼基材と、前記翼基材の表面に形成されたエロージョンシールドと、を有し、
前記翼基材は、チタン合金からなり、
前記エロージョンシールドは、金属元素が固溶した純チタン又は金属元素が固溶したチタン合金からなる母相と、前記母相中に分散された硬質相と、を含む溶接肉盛層からなることを特徴とする蒸気タービン動翼。
【請求項2】
前記溶接肉盛層は、溶融凝固組織を有することを特徴とする請求項1記載の蒸気タービン動翼。
【請求項3】
前記金属元素は、クロム及び鉄のうちの少なくとも1つであることを特徴とする請求項1又は2に記載の蒸気タービン動翼。
【請求項4】
前記硬質相は、チタン炭化物、チタンケイ化物及びチタンホウ化物のうちの少なくとも1つからなることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼。
【請求項5】
前記エロージョンシールドは、20mm以上の厚さを有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼。
【請求項6】
前記チタン合金は、6Al‐4V‐Ti又は15Mo‐5Zr‐3Al‐Tiであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼。
【請求項7】
前記エロージョンシールドは、前記蒸気タービン動翼の先端部に設けられていることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼。
【請求項8】
前記蒸気タービン動翼は、蒸気タービンの最終段に用いられる長翼であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼。
【請求項9】
前記溶接肉盛層は、前記母相粒子と無機化合物粒子とが溶融して形成されたものであり、
前記無機化合物粒子の一部は前記母相粒子に固溶し、他の一部は前記母相粒子の一部と反応して前記硬質相を生成し、前記母相中に分散されていることを特徴とする請求項1ないし8のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼。
【請求項10】
前記無機化合物粒子は、クロム炭化物、クロムケイ化物、クロムホウ化物及び鉄ホウ化物のうちの少なくとも1つからなることを特徴とする請求項9に記載の蒸気タービン動翼。
【請求項11】
チタン合金からなる翼基材と、前記翼基材の表面に形成されたエロージョンシールドと、を有する蒸気タービン動翼の製造方法であって、
前記翼基材の表面に前記エロージョンシールドを形成する工程を有し、
前記エロージョンシールドを形成する工程は、純チタン又はチタン合金からなる母相粒子の原料粉末と無機化合物粒子の原料粉末とを含む溶接原料粉末を前記翼基材上で熱源により溶融して溶接肉盛層を形成する工程を含み、
前記無機化合物粒子の一部は前記母相粒子に固溶し、他の一部は前記母相粒子の一部と反応して硬質相を生成し、前記母相中に分散されていることを特徴とする蒸気タービン動翼の製造方法。
【請求項12】
さらに、前記翼基材の前記エロージョンシールドを形成する部分に溶接シールド開先部を形成する工程、前記溶接肉盛層を焼鈍する工程及び前記溶接肉盛層を機械加工する工程のうちの少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項11記載の蒸気タービン動翼の製造方法。
【請求項13】
前記熱源として、レーザ、プラズマトランスファーアーク又は電子ビームのいずれかを用いることを特徴とする請求項11又は12に記載の蒸気タービン動翼の製造方法。
【請求項14】
前記溶接肉盛層は、溶融凝固組織を有することを特徴とする請求項11乃至13のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼の製造方法。
【請求項15】
前記無機化合物粒子は、クロム炭化物、クロムケイ化物、クロムホウ化物及び鉄ホウ化物のうちの少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項11乃至14のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼の製造方法。
【請求項16】
前記硬質相は、チタン炭化物、チタンケイ化物及びチタンホウ化物のうちの少なくとも1つからなることを特徴とする請求項11乃至15のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼の製造方法。
【請求項17】
前記エロージョンシールドは、20mm以上の厚さを有することを特徴とする請求項11乃至16のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼の製造方法。
【請求項18】
前記溶接原料粉末中の前記無機化合物粒子の含有量は、5〜15体積%であることを特徴とする11乃至17のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼の製造方法。
【請求項19】
前記チタン合金は、6Al‐4V‐Ti又は15Mo‐5Zr‐3Al‐Tiであることを特徴とする請求項11乃至18のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼の製造方法。
【請求項20】
前記エロージョンシールドは、前記蒸気タービン動翼の先端部に設けられていることを特徴とする請求項11乃至19のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼の製造方法。
【請求項21】
前記蒸気タービン動翼は、蒸気タービンの最終段に用いられる長翼であることを特徴とする請求項11乃至20のいずれか1項に記載の蒸気タービン動翼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸気タービン動翼及び蒸気タービン動翼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、省エネルギー(例えば、化石燃料の節約)及び地球温暖化防止(例えば、CO
2ガスの発生量抑制)の観点から火力発電プラントの効率向上(例えば、蒸気タービンにおける効率向上)が望まれている。蒸気タービンの効率を向上させる有効な手段の1つとして、蒸気タービン長翼(動翼)の長大化がある。蒸気タービン長翼において、水滴の衝突による先端部の摩耗(エロージョン)が課題となっている。エロージョンは、蒸気タービン長翼の長大化によって先端部の周速が増加するため、ますます苛酷化している。従来、蒸気タービン長翼にはチタン系合金と鉄鋼材料が用いられている。チタン系材料は鉄鋼材料に比べて比重が軽いため、蒸気タービン長翼の長大化に適した材料である。
【0003】
一般に、蒸気タービン長翼にはエロージョンシールドと呼ばれる耐摩耗性に優れた鍛造板が翼先端部に接合されている。チタン系長翼(チタン系材料を用いた長翼)のエロージョンシールド材としては、熱膨張係数を適合させるためにチタン系材料が使用されるが、チタン系材料は鉄鋼系材料よりも耐摩耗性が低いため、更なる長翼化は困難となっている。
【0004】
このため、蒸気タービンの高効率化と信頼性を両立するためには、チタン系長翼用の耐摩耗性に優れるエロージョンシールドが求められている。シールド方法の例としては、翼先端部に蒸着等によって硬質なセラミクス被膜を成形する方法がある(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
また、特許文献2には、チタン合金からなる蒸気タービン低圧最終段翼の翼先端前縁部を機械加工により所定の形状に仕上げた後、高エネルギー密度源により基材表面を溶融させ、セラミックス粉末を基材中に分散肉盛り溶接させたことを特徴とする蒸気タービン動翼の表面処理方法が開示されている。
【0006】
また、特許文献3には、体積比で20〜60%のセラミックス粉末と残部が実質的にチタン又はチタン合金粉末とからなる混合物を調整した後、この混合物を真空中又は不活性ガス中で焼成し、ホットアイソスタティックプレス処理により成形することを特徴とする耐食合金の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭63‐255357号公報
【特許文献2】特開平6‐287770号公報
【特許文献3】特開平3‐150331号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献1に記載されている蒸着で形成したエロージョンシールドは、膜厚が数十μmと極めて薄く、十分な信頼性が得られない可能性がある。また、特許文献2に記載されている技術においても、硬質皮膜の厚さが十分ではなく、やはり十分な強度及び信頼性が得られない可能性がある。さらに、特許文献3に記載されている技術であっても、強度が十分でない可能性がある。すなわち、従来のエロージョンシールドでは、耐摩耗性及び信頼性を両立させることが十分ではなかった。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑み、耐摩耗性及び信頼性を両立した蒸気タービン動翼及びこのような蒸気タービン動翼を得ることが可能な蒸気タービン動翼の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る蒸気タービン動翼の一態様は、翼基材と、上記翼基材の表面に形成されたエロージョンシールドと、を有し、上記翼基材は、チタン合金からなり、上記エロージョンシールドは、金属元素が固溶した純チタン又は金属元素が固溶したチタン合金からなる母相と、上記母相中に分散された硬質相と、を含む溶接肉盛層からなることを特徴とする。
【0012】
また、本発明に係る蒸気タービン動翼の製造方法は、チタン合金からなる翼基材と、上記翼基材の表面に形成されたエロージョンシールドと、を有する蒸気タービン動翼の製造方法であって、上記翼基材の表面に上記エロージョンシールドを形成する工程を有し、上記エロージョンシールドを形成する工程は、純チタン又はチタン合金からなる母相粒子の原料粉末と無機化合物粒子の原料粉末とを含む溶接原料粉末を上記翼基材上で熱源により溶融して溶接肉盛層を形成する工程を含み、上記無機化合物粒子の一部は上記母相粒子に固溶し、他の一部は上記母相粒子の一部と反応して硬質相を生成し、上記母相中に分散されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐摩耗性及び信頼性を両立した蒸気タービン動翼及びこのような蒸気タービン動翼を得ることが可能な蒸気タービン動翼の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明に係る蒸気タービン動翼の一例を示す模式図である。
【
図2A】
図1の翼基材及びエロージョンシールドの断面の一例を模式的に示す図である。
【
図2B】
図1の翼基材及びエロージョンシールドの断面の他の例を模式的に示す図である。
【
図3】実施例(No.2)の溶接肉盛層の光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る蒸気タービン動翼及び蒸気タービン動翼の製造方法について詳細に説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、要旨を変更しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0016】
[蒸気タービン動翼]
図1は本発明に係る蒸気タービン動翼の一例を示す模式図である。
図1に示すように、本発明に係る蒸気タービン動翼10は、チタン合金からなる翼基材11と、翼基材11の表面に形成されたエロージョンシールド15とを有する。
図1では、周速が早く、摩耗がより大きくなる翼基材11の先端にエロージョンシールド15が形成されている。また、翼基材11は、捩りによって隣接する翼と一体化するためのスタブ14及びコンティニュアスカバー13を有する。この蒸気タービン動翼10は、翼根部12が逆クリスマスツリー形状のアキシャルエントリータイプである。
【0017】
図2Aは、
図1の翼基材及びエロージョンシールドのA‐A´線断面の一例を模式的に示す図であり、
図2Bは、
図1の翼基材及びエロージョンシールドのA‐A´線断面の他の例を模式的に示す図である。
図2A及び
図2Bに示すように、本発明に係るエロージョンシールド15は、溶接肉盛層(以下、「肉盛層」とも称する。)で形成される(以下、符号15を「溶接肉盛層」とも称する。)。
図2Aのように、溶接肉盛層15は、翼基材11の側端から幅広面にかけて形成されていてもよいし、
図2Bのように、翼基材11の側端のみ形成されていてもよい。この溶接肉盛層15は、金属元素が固溶した純チタン又は金属元素が固溶したチタン合金からなる母相と、該母相中に分散された硬質相とを含むことを特徴とする。以下、各相について詳細に説明する。
【0018】
(1)母相
溶接肉盛層15を構成する母相(マトリクス)は、翼基材11と同じ材料、すなわち純チタン又はチタン合金に金属元素が固溶したものである。チタン合金としては、例えば6Al‐4V‐Ti又は15Mo‐5Zr‐3Al‐Tiを用いることができる。溶接肉盛層15の母相を翼基材11と同じ材料とすることで、翼基材11との熱膨張係数の差を低減し、翼基材11と溶接肉盛層15との密着性を高くすることができる。
【0019】
本発明に係る溶接肉盛層15は、上記母相に金属元素が固溶している。このように母相に金属元素が固溶することで、母相を硬質化し、溶接肉盛層15の硬さを向上して耐摩耗性を向上することができる。この金属元素は、後述する製造方法において説明する無機化合物粒子由来のものである。金属元素は、母相に固溶して硬質化するものである必要があり、具体的にはクロム(Cr)及び鉄(Fe)等が好ましい。なお、母相に上記金属元素が固溶した状態であることは、X線回折測定(X‐Ray diffraction:XRD)測定によって溶接肉盛層15の母相の結晶構造及び格子定数を求めることで評価することができる。
【0020】
(2)硬質相
本発明に係る溶接肉盛層15は、母相中に分散された硬質相を有する。このような硬質相を含むことで、上記金属元素が固溶した母相に加えてさらに溶接肉盛層15の硬さを向上することができる。この硬質相は、母相の一部と、後述する製造方法において説明する無機化合物粒子由来のものが反応して生成したものである。硬質相としては、チタン炭化物、チタンケイ化物及びチタンホウ化物のうちの少なくとも1つを含むものが挙げられる。なお、この硬質相は、溶接肉盛層15のXRD測定によって分析することができる。
【0021】
本発明に係るエロージョンシールド15は、上述した母相及び硬質相を含む溶接肉盛層であり、溶融凝固組織を有するため、上述した特許文献1の蒸着で形成された硬質膜の組織とは明確に異なる。また、本発明の溶接肉盛層の厚さは特に限定されないが、20mm以上の厚さを有するものを形成することが可能であり、特許文献1に記載されている膜厚が数十μmの硬質膜よりも厚く、蒸気タービン動翼の信頼性を高めることができる。
【0022】
特許文献2には、翼基材表面を溶融し、溶融された部位にセラミックス粉末を送給して溶接肉盛層を形成しているが、セラミックス粉末の送給量が増えると、基材中にセラミックス粉末は拡散せず、得られる溶接肉盛層の組成はセラミックス粉末と同じ組成となり、本発明のように金属元素が固溶した純チタン又は金属元素が固溶したチタン合金からなる母相中に無機化合物粒子由来の硬質相が分散した組織を有する溶接肉盛層とはならない。
【0023】
また、特許文献3に挙げられているセラミック粉末(SiC及びBN等)を使用した場合も、本発明のように金属元素が固溶した純チタン又は金属元素が固溶したチタン合金からなる母相中に無機化合物粒子由来の硬質相が分散した組織とはならない。
【0024】
本発明に係る蒸気タービン動翼は、耐摩耗性及び信頼性の両方に優れたエロージョンシールドを備える。蒸気タービン動翼の適用箇所は、もちろん限定されるものでは無いが、湿り度が最も高い蒸気タービンの最終段であることが好ましく、この場合に本発明の効果を最も発揮することができる。
【0025】
[蒸気タービン動翼の製造方法]
次に、本発明に係る蒸気タービン動翼の製造方法について説明する。本発明に係る蒸気タービン動翼の製造方法は、翼基材11上にエロージョンシールドを形成する工程を有し、このエロージョンシールドを形成する工程は、母相粒子の原料粉末と無機化合物粒子の原料粉末とを含む溶接原料粉末を翼基材11上で熱源により溶融して溶接肉盛層を形成する工程を含む。具体的には、上述した母相を構成する母相粒子の原料粉末(母粉末)と無機化合物粒子とを混合した混合粉末(溶接原料粉末)を準備する。次に、翼基材11上で上記混合粉末を熱源により溶融して肉盛層を成形する。熱源の種類として、特に限定は無いが、例えばレーザ、プラズマトランスファーアーク及び電子ビームが挙げられる。
【0026】
無機化合物粒子としては、一部が母相に固溶し、他の一部が母相と反応して硬質相を形成するものを用いる。具体的には、クロム炭化物、クロムケイ化物、クロムホウ化物及び鉄ホウ化物のうちの少なくとも1つを含むことが好ましく、これらの中でも溶接肉盛層15の硬さ向上の観点から、クロムホウ化物が特に好ましい。これらを用いる場合、溶融の過程で無機化合物粒子を構成する金属元素(クロム又は鉄)は、母相に固溶して硬質化する。また、無機化合物粒子の母相と固溶する金属元素以外の元素(炭素、ケイ素又はホウ素)は、母相の一部と反応し、硬質相を形成する。
【0027】
原料粉末中の無機化合物粒子の含有量は、5〜15体積%であることが好ましい。5体積%未満では、母相を硬質化する効果が十分得られない。また、15体積%よりも大きいと、母相の硬質化が進み過ぎて溶接する際に割れを発生してしまう。なお、上記含有量の好ましい範囲は、無機化合物粒子の種類によらない。
【0028】
なお、製造工程として、翼基材11のエロージョンシールド15を形成する部分に溶接シールド開先部を形成する工程、溶接肉盛層15を焼鈍する工程及び溶接肉盛層15を機械加工して最終形状にする工程を有していても良い。焼鈍は、保持温度を450℃〜550℃(450℃以上550℃以下)、保持時間を8〜10時間として真空中で行うことが好ましい。入熱量の小さい熱源を選択すれば、残留応力除去焼鈍を省略することができる。
【0029】
本発明に係る蒸気タービン動翼の製造方法は、上記した溶接肉盛層の組織を得るべく、母粉末と無機化合物粉末とを混合した混合粉末を用いることに特徴がある。このような製造方法によって、母相に無機化合物粒子中の金属元素が固溶して母相を硬質化し、さらに母相と無機化合物粒子とが反応して生成する硬質相によって溶接肉盛層の硬さを一層向上することができる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を説明する。
【実施例1】
【0031】
(I)要素試験
(i)試験片の作製
要素試験に供した試験片(発明材No.1〜7及び比較材No.8〜11)の作製方法について説明する。No.1〜10の基材として、6Al‐4V‐Ti合金を準備し、No.11の基材として15Mo‐5Zr‐3Al‐Ti合金鍛造板を用意した。No.1〜10について、母相粒子の原料粉末である母粉末(チタン系粉末)及び無機化合物粒子の原料粉末である無機化合物粉末を、それぞれ異なる粉末ポッドから所定の混合率となるように基材の溶接部に送給し、レーザにより基材表面にて溶融して溶接肉盛層を形成した。溶接材料の組成及び硬質相の組成を後述する表1に示す。なお、表1中、「無機化合物粉末」の欄の括弧書きは、原料粉末中の無機化合物粉末の含有量である。
【0032】
(ii)評価
肉盛層のミクロ組織評価として、光学顕微鏡観察及びXRD測定を行った。また、肉盛層の硬さはビッカース硬さ試験により評価した。試験はJIS(Japanese Industrial Standards) Z2244に準拠して行った。耐摩耗性の評価はウォータージェット試験により実施した。評価結果を後述する表1に併記する。
【0033】
【表1】
【0034】
表1中、No.1〜7が本発明に係る実施例であり、No.10及び11は比較例である。No.8及び9は参考例であり、溶接肉盛層として本発明の好ましい母粉末及び無機化合物粉末を用いているので公知のものではないが、無機化合物粉末の含有量が本発明の好ましい範囲外であるものである。表1の結果から、本実施例に係るNo.1〜7は、全て優れた硬さを有し、優れた耐摩耗性を有している。No.1〜10の試験片について、XRD測定によって母相となる純チタン又はチタン合金の結晶構造及び格子定数を評価した結果、母相中に金属元素が固溶していること及び硬質相が生成して母相中に分散されていることが確認された。以下、各試験片の評価結果について詳述する。
【0035】
No.1の光学顕微鏡観察では、肉盛層に数十μmの球状析出物が確認された。該球状析出物をXRD測定によって分析したところ、原料には含まれていないチタン炭化物であり、硬質相が形成されていることが確認された。
【0036】
図3は、実施例(No.2)の溶接肉盛層の光学顕微鏡写真である。
図3に示すように、母相30(灰色部分)に硬質相(黒色部分)が析出して分散していることが明確にわかる。
【0037】
No.1及び3を比較すると、Cr炭化物の量が多くなるに従い、硬質相であるチタン炭化物の析出量及びサイズが増大し、硬さが大きくなった。No.4及び5では、無機化合物粉末をそれぞれCrケイ化物及びCrホウ化物としたが、それぞれ硬質相としてチタンホウ化物及びチタンケイ化物が肉盛層中に形成されていることが確認された。No.6では無機化合物粉末をFeホウ化物としたが、No.5と同様に、チタンホウ化物が肉盛層中に形成されていることが確認された。No.7ではチタン系粉末を純チタンとしたが、No.1〜3と同様に、肉盛層中の硬質相としてチタン炭化物が確認された。No.2、4及び5の比較から、硬質相がチタンホウ化物であるときに、チタン炭化物及びチタンケイ化物よりも硬さ及び耐摩耗性が優れていた。
【0038】
比較材であるNo.8は、無機化合物粉末の含有量が十分ではなく、母相が十分に硬質化されなかったため、耐摩耗性に改善が見られなかった。比較材であるNo.9は、無機化合物粉末の含有量が過剰であるため、肉盛層に割れが発生した。また、No.10ではチタン炭化物が確認されたが、レーザにより十分に融解されておらず原料粉と同程度の粒径だった。したがって、母相に金属元素が固溶したものとはならなかった。
【0039】
現用のエロージョンシールド材であるNo.11の15Mo‐5Zr‐3Al‐Ti合金のウォータージェットによる減肉深さを1.0として、各試験片と減肉深さの相対比較を行った。この結果、発明材の減肉量は比較材よりも小さく、耐摩耗性の改善が確認された。また、無機化合物の量が多く、硬さが高いほど、減肉量は小さくなる傾向にあった。比較材であるNo.9は、肉盛層に割れが発生したため、耐摩耗性の評価はできなかった。また、No.10では、無機化合物粉末が母相と反応して硬質相を形成する元素を含んでおらず、耐摩耗性は改善していなかった。
【実施例2】
【0040】
(II)実機試作
本発明に係る蒸気タービン動翼を実機に使用した例について説明する。6Al‐4V‐Ti合金からなる40インチの蒸気タービンチタン長翼を作製した。蒸気タービンチタン長翼の製造方法として、40インチの翼型を用いて6Al‐4V‐Ti合金のビレットを型打ち鍛造した。この後、ミクロ組織を調整するための熱処理を行った。次に、翼全体を所定の形状に機械加工して、先端部にはシールド溶接開先部を設けた。シールド溶接開先部において、表1のNo.2に示す原料をレーザにより溶融し、肉盛溶接した。最終的な加工として、肉盛層の加工や、翼全体の表面研磨や曲り矯正を行って40インチの長翼とした。
【0041】
以上の工程により得られた蒸気タービン動翼のエロージョンシールド部の欠陥検査を行ったところ、問題は認められなかった。また、検証試験設備にて蒸気タービンチタン長翼の耐エロージョン性を評価したところ、長期間の使用におけるエロージョンによる減肉はほぼ認められず問題ないレベルであり、信頼性に優れることが確認された。
【0042】
以上説明したように、本発明によれば、耐摩耗性及び信頼性を両立した蒸気タービン動翼及びこのような蒸気タービン動翼を得ることが可能な蒸気タービン動翼の製造方法を提供することができることが実証された。
【0043】
なお、上記した実施例は、本発明の理解を助けるために具体的に説明したものであり、本発明は、説明した全ての構成を備えることに限定されるものではない。例えば、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。さらに、各実施例の構成の一部について、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。
【符号の説明】
【0044】
10…蒸気タービン動翼、11…翼基材、12…根部、13…コンティニュアスカバー、14…スタブ、15…エロージョンシールド、30…母相、31…硬質相。