特許第6304447号(P6304447)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6304447錫めっき付銅端子材及び端子並びに電線端末部構造
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6304447
(24)【登録日】2018年3月16日
(45)【発行日】2018年4月4日
(54)【発明の名称】錫めっき付銅端子材及び端子並びに電線端末部構造
(51)【国際特許分類】
   C25D 7/00 20060101AFI20180326BHJP
   H01R 13/03 20060101ALI20180326BHJP
   C25D 5/12 20060101ALI20180326BHJP
   C25D 5/14 20060101ALI20180326BHJP
   C25D 5/50 20060101ALI20180326BHJP
   C23C 10/28 20060101ALI20180326BHJP
【FI】
   C25D7/00 H
   H01R13/03 D
   C25D5/12
   C25D5/14
   C25D5/50
   C23C10/28
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-513159(P2017-513159)
(86)(22)【出願日】2016年11月24日
(86)【国際出願番号】JP2016084690
(87)【国際公開番号】WO2017090638
(87)【国際公開日】20170601
【審査請求日】2017年3月14日
(31)【優先権主張番号】特願2015-232465(P2015-232465)
(32)【優先日】2015年11月27日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-66515(P2016-66515)
(32)【優先日】2016年3月29日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101465
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 正和
(72)【発明者】
【氏名】久保田 賢治
(72)【発明者】
【氏名】樽谷 圭栄
(72)【発明者】
【氏名】中矢 清隆
【審査官】 萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−144482(JP,A)
【文献】 特開2009−084616(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/177563(WO,A1)
【文献】 特開2016−169439(JP,A)
【文献】 特開2013−033656(JP,A)
【文献】 特開2013−243106(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/00−7/12
C23C 8/00−12/02
H01R 13/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅又は銅合金からなる基材の上に、亜鉛及びニッケルを含有する亜鉛ニッケル合金層と、錫合金からなる錫層とがこの順に積層されており、前記亜鉛ニッケル合金層は、厚みが0.1μm以上5μm以下で、ニッケル含有率が5質量%以上35質量%以下であり、前記錫層の亜鉛濃度が0.6質量%以上15質量%であり、前記錫層の上には、最表面の酸化物層の下に金属亜鉛層が形成されていることを特徴とする錫めっき付銅端子材。
【請求項2】
前記錫層には亜鉛が拡散しており、前記金属亜鉛層は、亜鉛の拡散層であって、亜鉛濃度が5at%以上40at%以下で厚みがSiO換算で1nm以上10nm以下であることを特徴とする請求項1記載の錫めっき付銅端子材。
【請求項3】
前記基材と前記亜鉛ニッケル合金層との間に、ニッケル又はニッケル合金からなる下地層が形成されており、該下地層は、厚みが0.1μm以上5μm以下であり、ニッケル含有率が80質量%以上であることを特徴とする請求項1記載の錫めっき付銅端子材。
【請求項4】
帯板状に形成されるとともに、その長さ方向に沿うキャリア部に、プレス加工により端子に成形されるべき複数の端子用部材が前記キャリア部の長さ方向に間隔をおいて連結されていることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項記載の錫めっき付銅端子材。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか一項記載の錫めっき付銅端子材からなることを特徴とする端子。
【請求項6】
請求項5記載の端子がアルミニウム又はアルミニウム合金からなる電線の端末に圧着されていることを特徴とする電線端末部構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム線材からなる電線の端末に圧着される端子として用いられ、銅又は銅合金基材の表面に錫又は錫合金からなるめっきを施した錫めっき付銅端子材及びその端子材からなる端子、並びにその端子を用いた電線端末部構造に関する。
【0002】
本願は、2015年11月27日に出願された特願2015−232465及び2016年3月29日に出願された特願2016−66515に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0003】
従来、銅又は銅合金で構成されている電線の端末部に、銅又は銅合金で構成された端子を圧着し、この端子を機器に設けられた端子に接続することにより、その電線を機器に接続することが行われている。また、電線の軽量化等のために、電線を、銅又は銅合金に代えて、アルミニウム又はアルミニウム合金で構成している場合がある。
【0004】
例えば、特許文献1には、アルミニウム合金からなる自動車ワイヤーハーネス用アルミ電線が開示されている。
【0005】
ところで、電線(導線)をアルミニウム又はアルミニウム合金で構成し、端子を銅又は銅合金で構成すると、水が端子と電線との圧着部に入ったときに、異金属の電位差による電食が発生することがある。そして、その電線の腐食に伴い、圧着部での電気抵抗値の上昇や圧着力の低下が生ずるおそれがある。
【0006】
この腐食の防止法としては、例えば特許文献2や特許文献3記載のものがある。
特許文献2には、第1の金属材料で構成された地金部と、第1の金属材料よりも標準電極電位の値が小さい第2の金属材料で構成され、地金部の表面の少なくとも一部にめっきで薄く設けられた中間層と、第2の金属材料よりも標準電極電位の値が小さい第3の金属材料で構成され、中間層の表面の少なくとも一部にめっきで薄く設けられた表面層とを有する端子が開示されている。第1の金属材料として銅又はこの合金、第2の金属材料として鉛又はこの合金、あるいは錫又はこの合金、ニッケル又はこの合金、亜鉛又はこの合金が記載されており、第3の金属材料としてはアルミニウム又はこの合金が記載されている。
【0007】
特許文献3には、被覆電線の端末領域において、端子金具の一方端に形成されるかしめ部が被覆電線の被覆部分の外周に沿ってかしめられ、少なくともかしめ部の端部露出領域及びその近傍領域の全外周をモールド樹脂により完全に覆ってなるワイヤーハーネスの端末構造が開示されている。
【0008】
また、特許文献4に開示のコネクタ用電気接点材料は、金属材料よりなる基材と、基材上に形成された合金層と、合金層の表面に形成された導電性皮膜層とを有し、その合金層が、Snを必須に含有するとともに、さらにCu、Zn、Co、Ni及びPdから選択される1種または2種以上の添加元素を含んでおり、導電性皮膜層が、Sn32(OH)2の水酸化酸化物を含んだものとされている。そして、このSn32(OH)2の水酸化酸化物を含む導電性皮膜層により、高温環境下での耐久性が向上し、長期間にわたって低い接触抵抗を維持することができると記載されている。
【0009】
さらに、特許文献5には、銅又は銅合金の表面に、下地Niめっき層、中間Sn−Cuめっき層及び表面Snめっき層を順に有するSnめっき材であって、下地Niめっき層はNi又はNi合金で構成され、中間Sn−Cuめっき層は少なくとも表面Snめっき層に接する側にSn−Cu−Zn合金層が形成されたSn−Cu系合金で構成され、表面Snめっき層はZnを5〜1000質量ppm含有するSn合金で構成され、最表面にZn濃度が0.1質量%を超えて10質量%までのZn高濃度層をさらに有するSnめっき材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−134212号公報
【特許文献2】特開2013−33656号公報
【特許文献3】特開2011−222243号公報
【特許文献4】特開2015−133306号公報
【特許文献5】特開2008−285729号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献3記載の構造では腐食は防げるものの、樹脂モールド工程の追加により製造コストが増大し、さらに、樹脂による端子断面積増加によりワイヤーハーネスの小型化が妨げられるという問題がある。特許文献2記載の第3の金属材料であるアルミニウム系めっきを実施するためにはイオン性液体などを用いるため、非常にコストがかかるという問題があった。
【0012】
ところで、端子の材料には、銅又は銅合金の基材上に錫めっきをしてなる錫めっき付銅端子材を用いることが多い。この錫めっき付銅端子材をアルミニウム製電線に圧着する場合、錫とアルミニウムとは腐食電位が近いため電食を生じ難いはずであるが、塩水などが圧着部に付着すると電食が生じる。
【0013】
この場合、特許文献4のようにSn32(OH)2の水酸化酸化物層を設けた場合でも
、腐食環境や加熱環境に曝された際に速やかに水酸化酸化物層に欠損が生じるため持続性が低いという問題があった。さらに特許文献5のようにSn−Cu系合金層上にSn−Zn合金を積層し、再表層に亜鉛濃化層を持つものは、Sn−Zn合金めっきの生産性が悪く、Sn−Cu合金層の銅が表層に露出した場合にアルミニウム線材に対する防食効果がなくなるという問題があった。
【0014】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたものであって、アルミニウム線材からなる電線の端末に圧着される端子として銅又は銅合金基材を用いて電食の生じない錫めっき付銅端子材及びその端子材からなる端子、並びにその端子を用いた電線端末部構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の錫めっき付銅端子材は、銅又は銅合金からなる基材の上に、亜鉛及びニッケルを含有する亜鉛ニッケル合金層と、錫合金からなる錫層とがこの順に積層されているとともに、前記亜鉛ニッケル合金層は、厚みが0.1μm以上5.0μm以下で、ニッケル含有率が5質量%以上35質量%以下であり、前記錫層の亜鉛濃度が0.6質量%以上15質量%であり、前記錫層の上には、最表面の酸化物層の下に金属亜鉛層が形成されている。
【0016】
この錫めっき付銅端子材は、最表面の酸化物層の下に金属亜鉛層が形成されており、この金属亜鉛の腐食電位がアルミニウムと近いので、アルミニウム製電線と接触した場合の電食の発生を抑えることができる。しかも、錫層の中に所定量の亜鉛が存在するため、その亜鉛が錫層の表面部分に拡散してくるので、金属亜鉛層が高濃度に維持される。また、万一、摩耗等により錫層の全部又は一部が消失した場合でも、その下の亜鉛ニッケル合金層により電食の発生を抑えることができる。
【0017】
この場合、亜鉛ニッケル合金層の厚みを0.1μm以上5.0μm以下としたのは、厚みが0.1μm未満では表面の腐食電位を卑化させる効果がなく、5.0μmを超えると端子へのプレス加工時に割れが発生するおそれがあるからである。
【0018】
また、亜鉛ニッケル合金層中のニッケル含有率は、5質量%未満では、錫層形成のための錫めっき時に置換反応が発生し、錫めっきの密着性が著しく低下する。亜鉛ニッケル合金層中のニッケル含有率が50質量%を超えると表面の腐食電位を卑化させる効果がない。
【0019】
錫層の亜鉛濃度は0.6質量%未満では腐食電位を卑化してアルミニウム線を防食する効果が乏しく、15質量%を超えると錫層の耐食性が著しく低下するため腐食環境に曝されると錫層が腐食され接触抵抗が悪化する。
【0020】
本発明の錫めっき付銅端子材において、前記錫層には亜鉛が拡散しており、前記金属亜鉛層は、亜鉛の拡散層であって、亜鉛濃度が5at%以上40at%以下で厚みがSiO換算で1nm以上10nm以下であるとよい。
【0021】
金属亜鉛層の亜鉛濃度は5at%未満では腐食電位を卑化する効果に乏しく、40at%を超えると接触抵抗が悪化するおそれがある。金属亜鉛層のSiO換算厚みが1nm未満では腐食電位を卑化する効果に乏しく、10nmを超えると接触抵抗が悪化するおそれがある。
【0022】
本発明の錫めっき付銅端子材において、前記基材と前記亜鉛ニッケル合金層との間に、ニッケル又はニッケル合金からなる下地層が形成されており、該下地層は、厚みが0.1μm以上5.0μm以下であり、ニッケル含有率が80質量%以上であるとよい。
【0023】
基材と亜鉛ニッケル合金層との間の下地層は、銅又は銅合金からなる基材から亜鉛ニッケル合金層や錫層への銅の拡散を防止する機能があり、その厚みが0.1μm未満では銅の拡散を防止する効果に乏しく、5.0μmを超えるとプレス加工時に割れが生じ易い。また、そのニッケル含有率は80質量%未満では銅が亜鉛ニッケル合金層や錫層へ拡散することを防止する効果が小さい。
【0024】
また、本発明の錫めっき付銅端子材において、帯板状に形成されるとともに、その長さ方向に沿うキャリア部と、プレス加工により端子に成形されるべき複数の端子用部材とを有し、前記端子用部材が前記キャリア部の長さ方向に間隔をおいて並んだ状態で前記キャリア部にそれぞれ連結されている。
【0025】
そして、本発明の端子は、上記の錫めっき付銅端子材からなる端子であり、本発明の電線端末部構造は、その端子がアルミニウム又はアルミニウム合金からなる電線の端末に圧着されている。
【発明の効果】
【0026】
本発明の錫めっき付銅端子材によれば、最表面の酸化物層の下に腐食電位がアルミニウムと近い金属亜鉛層が形成されているので、アルミニウム製電線と接触した場合の電食の発生を抑えることができ、しかも、錫層の下の亜鉛ニッケル合金層から亜鉛が錫層の表面部分に拡散してくるので、金属亜鉛層を高濃度に維持することができ、長期的に耐食性に優れており、さらに、万一、摩耗等により錫層の全部又は一部が消失した場合でも、その下の亜鉛ニッケル合金層により電食の発生を抑えることができ、電気抵抗値の上昇や電線への圧着力の低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の錫めっき付銅端子材の実施形態を模式的に示す断面図である。
図2】実施形態の端子材の平面図である。
図3】試料7の端子材の断面の顕微鏡写真である。
図4】試料6の端子材の表面部分におけるXPS分析による深さ方向の各元素の濃度分布図である。
図5】試料6の端子材の表面部分における深さ方向の化学状態解析図であり、(a)が錫、(b)が亜鉛に関する解析図である。
図6】試料6の端子材、試料9の端子材、及びめっきを有しない銅製端子材のそれぞれのガルバニック腐食経過を測定したグラフである。
図7】実施形態の端子材が適用される端子の例を示す斜視図である。
図8図7の端子を圧着した電線の端末部を示す正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の実施形態の錫めっき付銅端子材、端子及び電線端末部構造を説明する。
【0029】
本実施形態の錫めっき付銅端子材1は、図2に全体を示したように、複数の端子を成形するための帯板状に形成されたフープ材であり、長さ方向に沿うキャリア部21に、端子として成形すべき複数の端子用部材22がキャリア部21の長さ方向に間隔をおいて配置され、各端子用部材22が細幅の連結部23を介してキャリア部21に連結されている。各端子用部材22は例えば図7に示すような端子10の形状に成形され、連結部23から切断されることにより、端子10として完成する。
【0030】
この端子10は、図7の例ではメス端子を示しており、先端から、オス端子(図示略)が嵌合される接続部11、電線12の露出した心線12aがかしめられる心線かしめ部13、電線12の被覆部12bがかしめられる被覆かしめ部14がこの順で一体に形成されている。
【0031】
図8は電線12に端子10をかしめた端末部構造を示しており、心線かしめ部13が電線12の心線12aに直接接触することになる。
【0032】
そして、この錫めっき付銅端子材1は、図1に断面を模式的に示したように、銅又は銅合金からなる基材2上にニッケル又はニッケル合金からなる下地層3、亜鉛ニッケル合金層4、錫層5がこの順に積層されるとともに、さらに、錫層5の上に、その最表面に形成される酸化物層6の下に、金属亜鉛層7が形成されている。
【0033】
基材2は、銅又は銅合金からなるものであれば、特に、その組成が限定されるものではない。
【0034】
下地層3は、厚さが0.1μm以上5.0μm以下で、ニッケル含有率は80質量%以上である。この下地層3は、基材2から亜鉛ニッケル合金層4や錫層5への銅の拡散を防止する機能があり、その厚みが0.1μm未満では銅の拡散を防止する効果に乏しく、5.0μmを超えるとプレス加工時に割れが生じ易い。下地層3の厚さは、0.3μm以上2.0μm以下がより好ましい。
【0035】
また、そのニッケル含有率は80質量%未満では銅が亜鉛ニッケル合金層4や錫層5へ拡散することを防止する効果が小さい。このニッケル含有率は90質量%以上とするのがより好ましい。
【0036】
亜鉛ニッケル合金層4は、厚みが0.1μm以上5.0μm以下であり、亜鉛、ニッケルが含有されるとともに、錫層5に接しているので錫も含有している。この亜鉛ニッケル合金層4のニッケル含有率は5質量%以上50質量%以下である。
【0037】
この亜鉛ニッケル合金層4の厚みが0.1μm未満では表面の腐食電位を卑化させる効果がなく、5.0μmを超えると端子10へのプレス加工時に割れが発生するおそれがある。亜鉛ニッケル合金層4の厚さは、0.3μm以上2.0μm以下がより好ましい。
【0038】
亜鉛ニッケル合金層4のニッケル含有率が5質量%未満では、錫層5を形成するための後述する錫めっき時に置換反応が発生し、錫めっき(錫層5)の密着性が著しく低下する。亜鉛ニッケル合金層4中のニッケル含有率が50質量%を超えると表面の腐食電位を卑化させる効果がない。このニッケル含有率は7質量%以上20質量%以下とするのがより好ましい。
【0039】
錫層5は、亜鉛濃度が0.6質量%以上15質量%以下である。この錫層5の亜鉛濃度が0.6質量%未満では腐食電位を卑化してアルミニウム線を防食する効果が乏しく、15質量%を超えると錫層5の耐食性が著しく低下するため、腐食環境に曝されると錫層5が腐食され接触抵抗が悪化する。この錫層5の亜鉛濃度は、1.5質量%以上6.0質量%以下がより好ましい。
【0040】
また、錫層5の厚みは0.1μm以上10μm以下が好ましく、薄過ぎるとはんだ濡れ性の低下、接触抵抗の低下を招くおそれがあり、厚過ぎると、表面の動摩擦係数の増大を招き、コネクタ等での使用時の着脱抵抗が大きくなる傾向にある。
【0041】
金属亜鉛層7は、亜鉛濃度が5at%以上40at%以下で厚みがSiO換算で1nm以上10nm以下である。この金属亜鉛層の亜鉛濃度は5at%未満では腐食電位を卑化する効果がなく、40at%を超えると接触抵抗が悪化する。この金属亜鉛層7の亜鉛濃度は、10at%以上25at%以下がより好ましい。
【0042】
一方、金属亜鉛層7のSiO換算厚みが1nm未満では腐食電位を卑化する効果がなく、10nmを超えると接触抵抗が悪化する。このSiO換算厚みは1.25nm以上3nm以下がより好ましい。
【0043】
なお、最表面には、亜鉛や錫の酸化物層6が形成される。
【0044】
次に、この錫めっき付銅端子材1の製造方法について説明する。
【0045】
基材2として、銅又は銅合金からなる板材を用意する。この板材に裁断、穴明け等の加工を施すことにより、図2に示すような、キャリア部21に複数の端子用部材22を連結部23を介して連結されてなるフープ材に成形する。そして、このフープ材に脱脂、酸洗等の処理をすることによって表面を清浄にした後、下地層3を形成するためのニッケル又はニッケル合金めっき、亜鉛ニッケル合金層4を形成するための亜鉛ニッケル合金めっき、錫層5を形成するための錫又は錫合金めっきをこの順序で施す。
【0046】
下地層3を形成するためのニッケル又はニッケル合金めっきは緻密なニッケル主体の膜が得られるものであれば特に限定されず、公知のワット浴やスルファミン酸浴、クエン酸浴などを用いて電気めっきにより形成することができる。ニッケル合金めっきとしてはニッケルタングステン(Ni−W)合金、ニッケルリン(Ni−P)合金、ニッケルコバルト(Ni−Co)合金、ニッケルクロム(Ni−Cr)合金、ニッケル鉄(Ni−Fe)合金、ニッケル亜鉛(Ni−Zn)合金、ニッケルボロン(Ni−B)合金などを利用することができる。
【0047】
端子10へのプレス曲げ性と銅に対するバリア性を勘案すると、スルファミン酸浴から得られる純ニッケルめっきが望ましい。
【0048】
亜鉛ニッケル合金層4を形成するための亜鉛ニッケル合金めっきは、緻密な膜を所望の組成で得られるものであれば特に限定されず、公知の硫酸塩浴や塩化物塩浴、中性浴などを用いることができる。
【0049】
錫層5を形成するための錫又は錫合金めっきは、公知の方法により行うことができるが、例えば有機酸浴(例えばフェノールスルホン酸浴、アルカンスルホン酸浴又はアルカノールスルホン酸浴)、硼フッ酸浴、ハロゲン浴、硫酸浴、ピロリン酸浴等の酸性浴、或いはカリウム浴やナトリウム浴等のアルカリ浴を用いて電気めっきすることができる。
【0050】
このようにして、基材2の上にニッケル又はニッケル合金めっき、亜鉛ニッケル合金めっき、錫又は錫合金めっきをこの順序で施した後、熱処理を施す。
【0051】
この熱処理は、素材の表面温度が30℃以上190℃以下となる温度で加熱する。この熱処理により、亜鉛ニッケル合金めっき層中の亜鉛が錫めっき層内および錫めっき層上に拡散し、表面に薄く金属亜鉛層を形成する。亜鉛の拡散は速やかに起こるため、30℃以上の温度に24時間以上晒すことで金属亜鉛層7を形成することができる。ただし、亜鉛ニッケル合金は溶融錫をはじき、錫層5に錫はじき箇所を形成するため、190℃を超える温度には加熱しない。
【0052】
このようにして製造された錫めっき付銅端子材1は、全体としては基材2の上にニッケル又はニッケル合金からなる下地層3、亜鉛ニッケル合金層4、錫層5がこの順に積層されているが、その錫層5の表面に酸化物層6が薄く形成され、その酸化物層6の下に金属亜鉛層7が形成されている。
【0053】
そして、プレス加工等によりフープ材のまま図7に示す端子10の形状に加工され、連結部23が切断されることにより、端子10に形成される。
【0054】
図8は電線12に端子10をかしめた端末部構造を示しており、心線かしめ部13が電線12の心線12aに直接接触することになる。
【0055】
この端子10は、錫層5に亜鉛を含み、錫層5の最表面の酸化物層6の下に金属亜鉛層7が形成されているので、アルミニウム製心線12aに圧着された状態であっても、金属亜鉛の腐食電位がアルミニウムと非常に近いことから、電食の発生を防止することができる。この場合、図2のフープ材の状態でめっき処理し、熱処理したことから、端子10の端面も基材2が露出していないので、優れた防食効果を発揮することができる。
【0056】
しかも、錫層5の下に亜鉛ニッケル合金層4が形成されており、その亜鉛が錫層5の表面部分に拡散してくるので、摩耗等による金属亜鉛層7の消失を抑制し、金属亜鉛層7が高濃度に維持される。また、万一、摩耗等により錫層5の全部又は一部が消失した場合でも、その下の亜鉛ニッケル合金層4はアルミニウムと腐食電位が近いので、電食の発生を抑えることができる。
【0057】
なお、本発明は上記実施形態に限定されることはなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0058】
例えば、表面の金属亜鉛層を亜鉛ニッケル合金層からの拡散によって形成したが、錫層の表面に亜鉛めっきにより金属亜鉛層を形成してもよい。この亜鉛めっきは公知の方法により行うことができるが、例えばジンケート浴、硫酸塩浴、塩化亜鉛浴、シアン浴を用いて電気めっきすることができる。
【実施例】
【0059】
基材の銅板を脱脂、酸洗した後、下地層としてのニッケルめっき、亜鉛ニッケル合金めっき、錫めっきを順に施した。各めっきの条件は以下のとおりとし、亜鉛ニッケル合金めっきのニッケル含有率は硫酸ニッケル六水和物と硫酸亜鉛七水和物の比率を変量して調整した。下記の亜鉛ニッケル合金めっき条件は、ニッケル含有率が15質量%となる例である。また、試料9は、亜鉛ニッケル合金めっきを実施せず、銅板を脱脂、酸洗した後、ニッケルめっき、錫めっきの順に施した。試料1〜4は下地層としてのニッケルめっきを施さなかった。下地層にニッケル合金めっきを施した試料として、試料6ではニッケル−タングステンめっき、試料8ではニッケル−リンめっき、試料10ではニッケル−鉄めっきを実施した。
【0060】
<ニッケルめっき条件>
・めっき浴組成
スルファミン酸ニッケル:300g/L
塩化ニッケル:5g/L
ホウ酸:30g/L
・浴温:45℃
・電流密度:5A/dm
【0061】
<亜鉛ニッケル合金めっき条件>
・めっき浴組成
硫酸亜鉛七水和物:75g/L
硫酸ニッケル六水和物:180g/L
硫酸ナトリウム:140g/L
・pH=2.0
・浴温:45℃
・電流密度:5A/dm
【0062】
<錫めっき条件>
・めっき浴組成
メタンスルホン酸錫:200g/L
メタンスルホン酸:100g/L
光沢剤
・浴温:25℃
・電流密度:5A/dm
【0063】
次に、そのめっき層付銅板に30℃〜190℃の温度で1時間〜36時間の範囲で熱処理を施して試料とした。
【0064】
得られた試料について、下地層及び亜鉛ニッケル合金層のそれぞれの厚み、ニッケル含有率、錫層中の亜鉛濃度、金属亜鉛層の厚みと濃度をそれぞれ測定した。
【0065】
下地層及び亜鉛ニッケル合金層の厚みは走査イオン顕微鏡により断面を観察することにより測定した。
【0066】
ニッケル含有率は、セイコーインスツル株式会社製の集束イオンビーム装置:FIB(型番:SMI3050TB)を用いて、試料を100nm以下に薄化した観察試料を作製し、この観察試料を日本電子株式会社製の走査透過型電子顕微鏡:STEM(型番:JEM−2010F)を用いて、加速電圧200kVで観察を行い、STEMに付属するエネルギー分散型X線分析装置:EDS(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)を用いて測定した。
【0067】
錫層中の亜鉛濃度は日本電子株式会社製の電子線マイクロアナライザー:EPMA(型番JXA−8530F)を用いて、加速電圧6.5V、ビーム径φ30μmとし、試料表面を測定した。
【0068】
金属亜鉛層の厚みと亜鉛濃度については、各試料について、アルバック・ファイ株式会社製のXPS(X−ray Photoelectron Spectroscopy)分析装置:ULVAC PHI model−5600LSを用い、試料表面をアルゴンイオンでエッチングしながらXPS分析により測定した。その分析条件は以下の通りである。
【0069】
X線源:Standard MgKα 350W
パスエネルギー:187.85eV(Survey)、58.70eV(Narrow)
測定間隔:0.8eV/step(Survey)、0.125eV(Narrow)
試料面に対する光電子取り出し角:45deg
分析エリア:約800μmφ
【0070】
厚みについては、あらかじめ同機種で測定したSiOのエッチングレートを用いて、測定に要した時間から「SiO換算膜厚」を算出した。
【0071】
SiOのエッチングレートの算出方法は、20nmの厚さであるSiO膜を2.8×3.5mmの長方形領域でアルゴンイオンでエッチングを行い20nmをエッチングするのに要した時間で割ることによって算出した。上記分析装置の場合には8分要したためエッチングレートは2.5nm/minである。XPSは深さ分解能が約0.5nmと優れるが、Arイオンビームでエッチングされる時間は各材料により異なるため、膜厚そのものの数値を得るためには、膜厚が既知かつ平坦な試料を調達し、エッチングレートを算出しなければならない。この方法は容易でないため、膜厚が既知であるSiO膜にて算出したエッチングレートで規定し、エッチングに要した時間から算出される「SiO換算膜厚」を利用した。このため「SiO換算膜厚」は実際の酸化物の膜厚と異なる点に注意が必要である。SiO換算エッチングレートで膜厚を規定すると、実際の膜厚は不明であっても、SiO換算エッチングレートと実際の膜厚との関係が一義的であるため、定量的に膜厚を評価することができる。
【0072】
これらの測定結果を表1に示す。
【0073】
【表1】
【0074】
得られた試料について、腐食電流、曲げ加工性、接触抵抗について測定、評価を行った。
【0075】
<腐食電流>
腐食電流については、直径2mmの露出部を残し樹脂で被覆した純アルミニウム線と直径6mmの露出部を残し樹脂で被覆した試料とを距離1mmにて露出部を対向させて設置し、5質量%の食塩水中でアルミニウム線と試料との間に流れる腐食電流を測定した。腐食電流測定には北斗電工株式会社製無抵抗電流計HA1510を用い、試料を150℃で1時間加熱した後と加熱前との腐食電流を比較した。1000分間の平均電流値を比較した。
【0076】
<曲げ加工性>
曲げ加工性については、試験片を圧延方向が長手となるように切出し、JISH3110に規定されるW曲げ試験治具を用い、圧延方向に対して直角方向となるように9.8×10Nの荷重で曲げ加工を施した。その後、実体顕微鏡にて観察を行った。曲げ加工性評価は、試験後の曲げ加工部に明確なクラックが認められないレベルを「優」と評価し、クラックは認められるが、発生したクラックにより銅合金母材の露出が認められないレベルを「良」と評価し、発生したクラックにより銅合金母材が露出しているレベルを「不良」と評価した。
【0077】
<接触抵抗>
接触抵抗の測定方法はJCBA−T323に準拠し、4端子接触抵抗試験機(株式会社山崎精機研究所製:CRS−113−AU)を用い、摺動式(1mm)で荷重0.98N時の接触抵抗を測定した。平板試料のめっき表面に対して測定を実施した。
これらの結果を表2に示す。
【0078】
【表2】
【0079】
図3は、試料7についての断面の電子顕微鏡写真であり、基材側から下地層(ニッケル層)、亜鉛ニッケル合金層、錫層が形成されていることが確認できるが、錫層の最表面部については判別できない。
【0080】
図4は、試料6のXPS分析による表面部分における深さ方向の各元素の濃度分布図であり、亜鉛濃度が5at%〜43at%の金属亜鉛層がSiO換算厚みで5.0nm存在しており、亜鉛濃度は22at%である。金属亜鉛層の亜鉛濃度はXPSにより5at%以上の金属亜鉛が検出されている部位の厚み方向の亜鉛濃度の平均値をとった。本発明における金属亜鉛層の亜鉛濃度は、XPS分析により5at%以上の金属亜鉛が検出されている部位の厚み方向の亜鉛濃度の平均値である。
【0081】
図5は、試料7の深さ方向の化学状態解析図である。結合エネルギーのケミカルシフトから、最表面から1.25nmまでの深さでは酸化物主体であり、2.5nm以降は金属亜鉛主体であると判断できる。
【0082】
表2の結果から、亜鉛ニッケル合金層が厚み0.1μm以上5.0μm以下、ニッケル含有率が5質量%以上50質量%以下で形成され、錫層の亜鉛濃度が0.6質量%以上15質量%以下で、錫層の上に金属亜鉛層が形成されている試料1〜8は、優れた電食防止効果を有し、曲げ加工性も良好であることがわかる。
【0083】
そのうち、金属亜鉛層の亜鉛濃度が5at%以上40at%以下でSiO換算厚みが1nm以上10nm以下である試料3〜8は、いずれも腐食電流が試料1よりも低かった。
【0084】
また、基材と亜鉛ニッケル合金層との間に、厚みが0.1μm以上5.0μm以下で、ニッケル含有率が80質量%以上の下地層が形成されている試料5〜8は、下地層を有しない試料1〜4より加熱後でも優れた電食防止効果を有しており、その中でも試料7と試料8は、曲げ加工性が良好で、接触抵抗も他より低く、特に優れた結果となっている。
【0085】
これに対して、比較例の試料9は、亜鉛ニッケル合金層を有していないため、高い腐食電流であった。また、試料10は、亜鉛ニッケル合金層の厚みが5.0μmを超えており、下地層のニッケル含有率が低いため、加熱後の腐食電流値が顕著に悪化し曲げ加工性が劣っている。試料11は、下地層の厚みが薄く、亜鉛ニッケル合金層の厚みも非常に薄いため、腐食電流値も高くなっている。試料12は、下地層の厚みが5.0μmを超えており、亜鉛ニッケル合金層のニッケル含有率が50質量%を超えているため、腐食電流が高く、曲げ加工時にクラックが生じた。
【0086】
なお、図6は試料7及び試料9の腐食電流の測定結果を示す。参考として、めっきを施さない無酸素銅(C1020)の端子材についても値を示している。腐食電流が正の値で大きいほどアルミニウム線がガルバニック腐食を受けており、この図6で示されるように実施例の試料7は腐食電流が小さく、電食の発生を抑制できることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0087】
銅又は銅合金基材を用いた端子でありながら、アルミニウム線材からなる電線の端末に圧着しても電食の生じない端子として利用することができる。
【符号の説明】
【0088】
1 錫めっき付銅端子材
2 基材
3 下地層
4 亜鉛ニッケル合金層
5 錫層
6 酸化物層
7 金属亜鉛層
10 端子
11 接続部
12 電線
12a 心線
12b 被覆部
13 心線かしめ部
14 被覆かしめ部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8