【実施例】
【0028】
次に、実施例1及び実施例2について説明する。また、この実施例1,2においては、比較例1及び比較例2を作製してこれとの性能比較試験を行った。
実施例1,2及び比較例1,2において、固体基材として、幅50mm,長さ100mm,厚さ3mmの純Al(JIS A1100)板を使用した。使用に際して、アセトン洗浄のみを行い、固体基材表面を粗面化するブラスト処理は行わなかった。
【0029】
実施例1,比較例1において、使用した皮膜材料は、ルチル型の酸化チタン(株式会社石原産業製の可視光応答型光触媒粉末であるMPT-623)を用いた。MPT-623は可視光下で高い活性を示すよう白金化合物処理された粉末である。一次粒子の平均粒径は14nmであった。
これを、下記のスプレードライ法によって造粒した。
図5(a1)に造粒した粉末外観の走査電子顕微鏡写真(以下「SEM写真」という)を示し、
図5(a2)に粉末表面のSEM写真を示す。二次粒子の粒径は10〜45μmの範囲にした。
【0030】
実施例2,比較例2において、使用した皮膜材料は、アナターゼ型の酸化チタン(株式会社石原産業製ST-41)を用いた。一次粒子の平均粒径は200nmであった。
これを、下記のスプレードライ法によって造粒した。
図5(b1)に造粒した粉末外観のSEM写真を示し、
図5(b2)に粉末表面のSEM写真を示す。二次粒子の粒径は10〜45μmの範囲にした。
図5(a2)(b2)の粉末表面のSEM写真からルチル型酸化チタンの一次粒子はアナターゼ型の一次粒子と比較して非常に細かいことがわかる。
【0031】
スプレードライヤーは、株式会社坂本技研製のディスク式の装置を用いて、固形分濃度25mass%,固形分1kgあたり,ポリビニルアルコール(PVA)添加量0.3kgで行った。スプレードライした粉末は、分級して粒度範囲10〜45μmにして使用した。これらの粉末のX線回折結果を後述する皮膜の結果とともに
図10に示す。
【0032】
次に、実施例1,2におけるコールドスプレー法による成膜方法について示す。コールドスプレー装置は、ロシアOCPS社製のDYMET412kを使用した。成膜はスプレーガンを株式会社安川電機製の6軸多関節ロボットに取り付け、プログラムによる自動方式でコーティングを行った。スプレー条件は、作動ガス(プロセスガス)として空気を使用し、設定圧力0.5MPa,ヒータ設定はHighモード(噴出空気温度:450℃〜500℃),スプレー距離15mm,ステップ2mm,トラバース速度200mm/s,粉末供給量を1g/minにして成膜を行った。
【0033】
また、比較例1,2は、以下のように作製した。これは、高速フレーム溶射法(以下「HVOF溶射法」という)により成膜した。スルザーメテコ社製のダイヤモンドジェット溶射装置を用い、プロピレン−酸素を燃料ガスとして使用し、溶射距離175mm,ステップ3mm,トラバース速度750mm/s,粉末供給量を38g/minにして溶射を行った。
【0034】
実施例1,2及び比較例1,2について、下記の実験を行い、評価した。
(1)皮膜の付着状態
実施例及び比較例について、成膜後の光触媒プレートを精密切断機で15mm×10mmの大きさに切断して超音波洗浄した後、カーボン蒸着して観察及び分析を行った。観察及び分析は、日本電子株式会社製フィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ(FE-EPMA) JXA-8530Fを使用した。皮膜の結晶構造解析はブルカー・エイエックスエス株式会社製の粉末X線回折装置(D8 DISCOVER)で測定を行った。
図6にスプレーした固体基材外観の写真を示す。膜厚は、比較例1,2が15μm程度であったのに対して、実施例1,2は5μm程度であった。
図7(a1)(a2)に比較例1の表面のSEM写真、
図7(b1)(b2)に比較例2の表面のSEM写真を示す。比較例1,2ともに凹凸があるもののほぼ均一な皮膜が得られている。
【0035】
図8(a1)に実施例1の表面のSEM写真(外観)、
図8(a2)に実施例1の表面のSEM写真(拡大)を示す。また、
図8(b1)に(a2)の写真(拡大)のエリアにおける固体基材(Al)のX線の強度分布を示し、
図8(b2)に(a2)の写真(拡大)のエリアにおける皮膜材料(Ti)のX線の強度分布を示す。
図9(a1)に実施例2の表面のSEM写真(外観)、
図9(a2)に実施例2の表面のSEM写真(拡大)を示す。また、
図9(b1)に(a2)の写真(拡大)のエリアにおける固体基材(Al)のX線の強度分布を示し、
図9(b2)に(a2)の写真(拡大)のエリアにおける皮膜材料(Ti)のX線の強度分布を示す。
この実施例1,2のSEM写真及びX線の強度分布から分かるように、皮膜材料(TiO
2)が点在し、固体基材が所々露出しているのが分かる。また、実施例1と実施例2とを比較すると、実施例1は粒状、実施例2は島状の表面形態となっており、付着している面積は実施例2の方が多くなっていることが観察される。コールドスプレーした皮膜の密着は機械的なアンカー効果によるものと推察され、切断,超音波洗浄を行っても脱落しない密着力が得られている。
【0036】
次に、
図10に、皮膜のX線回折測定結果を示す。比較のために原料粉末の測定結果も併せて示す。実施例2のアナターゼ型(ST-41)のコールドスプレー皮膜はアナターゼ相のみのピークが認められるが、比較例2のHVOF溶射皮膜は、フレームの熱影響によって変態したルチル相のピークも認められる。ルチル型(MPT-623)を成膜した結果は、比較例1のHVOF溶射,実施例1のコールドスプレー両皮膜ともTiO
2はルチル相のみのピークが認められる。アナターゼ相からなるTiO
2は溶射の熱影響によって一部がルチル相に変態することが知られているが、用いた粉末はルチル相からなっているため結晶構造の変化は認められなかった。しかし、HVOF溶射皮膜のピークは,原料粉末と比較してシャープになっておりフレームの熱影響があることが推察された。
【0037】
(2)溶射皮膜の抗菌性
光触媒性能の評価として抗菌試験とガス分解実験を行った。抗菌試験は、JIS R 1702 ファインセラミックス-光照射下での光触媒抗菌加工製品の抗菌性試験方法・抗菌効果に準じて試験を行った。光触媒プレートの大きさは50mm×50mmで、これをシャーレに入れて使用した。使用細菌はE. coli (大腸菌)で、1mlあたり約10万個の菌数に調整した菌液0.15mlに生理食塩水1mlを添加した溶液を光触媒プレート表面に滴下して、アナターゼ型光触媒(ST-41)はブラックライト(パナソニック株式会社製FL20S-BL-B)を、可視光応答型光触媒(MPT-623)は蛍光灯(東芝ライテック株式会社製FL20SD)をそれぞれ2本光源として2時間照射した。照明ランプと光触媒プレートの距離は100mmである。所定の時間照射後、菌液を回収して寒天培地で培養を行い、コロニー数から抗菌性の評価を行った。抗菌性はコロニー数が基材のみの結果と比較して100分の1以下となる場合に抗菌性有りと判定した。抗菌試験結果を
図11に示す。レファレンスとして、成膜しない固体基材のみも試験を行った。
【0038】
この結果から、ブラックライトでの試験ではHVOF溶射で成膜した結果も示しているが、どちらの皮膜も菌は検出されなかった。コールドスプレーしたルチル型TiO
2(MPT-623)皮膜の蛍光灯による試験でも菌数は、レファレンスの100分の1以下に減少しており、光触媒プレートの抗菌効果が認められた。これらのことから粒状の組織で皮膜が非常に薄いコールドスプレーしたルチル型TiO
2(MPT-623)でも抗菌性を有していることが確認された。
【0039】
(3)溶射皮膜のガス分解性能
光触媒プレートの製品化のためには,光源をLEDとすれば、装置の小型化,長寿命化などのメリットがあると思われる。そこで光源を紫外線LED(波長365nm)及び可視光LED(波長405nm)とし、更にガス分解性能について検討を行った。
ガス分解実験装置を作製した(図示せず)。これは、容器として、内寸250mm×250mm×95mm(容量約6リットル)のアクリル製真空デシケータを使用し、この容器に光源となるランプと光触媒プレートを入れて密閉した試験を行った。使用した光源は波長405nm及び365nmのLEDライトである。
ガス分解評価試験では、アセトアルデヒドを使用した。試験ではアセトアルデヒド溶液をマイクロピペットにより15μl秤量したものを真空デシケータ内に固定したろ紙に滴下した。直後にフタを閉めて密閉容器内で自然に気化させた。初期濃度は約100ppmである。分解評価実験を行うにあたり、光触媒効果がでない状態、すなわちランプを点灯しない状態でデシケータ内のガス濃度を測定し、十分に気化及び吸着してデシケータ内のガス濃度が一定になる時間を調べたところ20minであった。そのためガス濃度変化は20min経過後から測定を行った。照明と光触媒プレート表面との距離は約30mmである。濃度測定には、株式会社ガステック製のガス検知管92Mを使用した。
【0040】
測定したガス濃度を下記の式で評価した。
In(C)/(C
0)=-(t)/(τ)・・・・・・式
C
0:初期濃度
C:各照射時間後の測定濃度
t:照明照射時間(s)
τ:光触媒特性値(s)
この式ではアセトアルデヒド濃度が初期濃度の1/eに分解する時間を光触媒評価値τと定義しているが、このτ値を用いて光触媒特性の評価を行った。このτ値が低いほど光触媒活性は高いことを示している。
【0041】
図12に、紫外線LEDでのアセトアルデヒドガス分解実験結果を示す。初期濃度は100ppmである。溶射していない基材のみをデシケータに入れた実験では,ガス濃度の変化は認められなかった。光触媒プレートは実施例及び比較例ともに濃度低下が認められた。ガス検知管で測定できなくなるまでの時間は、実施例2で1.8ks、比較例1で3ks、比較例2で3.6ks、実施例1で3ksとなり、実施例2のコールドスプレーしたアナターゼ型TiO
2(ST-41)の皮膜の分解速度が速かった。
【0042】
図13に、光源を405nmのLEDにした場合の分解実験結果を示す。アナターゼ型TiO
2(ST-41)は紫外光のみで光触媒反応が起こるため、このLEDではガス濃度変化は認められなかった。ルチル型TiO
2(MPT-623)では、ガス濃度の減少が認められ、ガス検知管で測定できなくなるまでの時間は実施例1が5.4ks、比較例1が7.2ksとなり、わずかであるが実施例1の皮膜の分解速度が速かった。基材表面のSEM写真から基材への粉末付着量はHVOF溶射皮膜と比較してコールドスプレー皮膜の付着量が少ないことを考慮すれば、分解能力はコールドスプレー皮膜の方が高いといえる。
【0043】
図14には、今まで評価した条件での各皮膜の光触媒特性値τを示す。LEDに関しては、紫外線LEDのτ値が低くなっている。これは波長が短く光触媒皮膜表面がより光活性になったためである。紫外線LED下の試験では、コールドスプレーした実施例2のτ値が一番低く、これ以外はほぼ同等の結果となった。可視光LEDの結果は、コールドスプレー皮膜の方がHVOF溶射皮膜より低いτ値となっている。これらの結果からコールドスプレーによる光触媒皮膜の成膜は、低コストで光触媒材料を固定化できる有効な方法であると考えられる。
【0044】
上記の結果から考察すると、溶射法で光触媒活性の高いプレートを成膜するためには、フレームの熱影響をできるだけ抑えて、結晶型の変化や結晶粒の成長を抑えながら成膜することが重要である。アナターゼ型TiO
2のHVOF溶射皮膜は、フレームによる熱影響でアナターゼ相から一部ルチル相への変態が認められた。熱影響のほとんど無いコールドスプレー法で成膜した皮膜はアナターゼ相のみからなっており、両者のガス分解特性を比較するとコールドスプレー法で成膜したプレートの分解速度が速かった。
【0045】
ルチル型TiO
2の成膜では、コールドスプレー法による皮膜は、粒状組織となっていて、付着率は低いにもかかわらず、ガス分解特性はHVOF溶射した皮膜よりも少し高かった。X線回折の結果から周知のScherrerの式によって、実施例及び比較例の結晶子サイズを計算した。結果を
図15に示す。アナターゼ相は(101)面,ルチル相は(110)面のピークから計算をしている。比較のために粉末の測定結果も併せて示す。アナターゼ型粉末の結晶子サイズは約50nmで成膜してもほとんど変化せず、また、溶射法による差はほとんどない。これに対してルチル型TiO
2(MPT-623)は溶射法によって結晶子サイズに差が認められる。すなわち、原料粉末で14nmであったものが、比較例1のHVOF溶射皮膜では36nmと2倍以上大きくなっているのに対して、実施例1のコールドスプレー皮膜は15nmとほとんど変化していない。発明者らは一次粒径の異なるアナターゼ型TiO
2の造粒粉末を種々の温度で熱処理して結晶構造変化を調べた。それによれば、一次粒径が小さいほどアナターゼからルチルへ結晶構造が変化する温度は低下し、また、変化する割合も大きくなる。結晶子サイズは小さいほど光触媒活性が高く、溶射による成膜ではフレームの熱影響による結晶粒成長や結晶構造の変化も少ないことが望ましい。光触媒皮膜の有害物質等の分解は、皮膜表面での接触部分でのみ反応が起きるため、皮膜厚さが薄くても十分であると考えられる。コールドスプレー皮膜組織は粒状となっていて、結晶粒成長や結晶型の変化を抑えながら光触媒材料を成膜する有効な方法である。