【実施例】
【0050】
以下、実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
≪癌細胞の増殖抑制作用を有する化合物の設計≫
本発明者らによる予備研究から、下記の構造を有する天然物物質(化合物6)が、FIRΔexon2と相互作用すること、さらには癌細胞の増殖抑制作用を有することが判明している。
【0052】
【化10】
【0053】
これを踏まえて、化合物データベースからのスクリーニングにより、上述した天然物物質と類似のファーマコフォアを有する合成化合物を探索した。探索の結果に基づいて、いくつかの化合物分子を購入して癌細胞の増殖抑制作用について評価したところ、下記の構造を有する化合物(化合物7)が癌細胞の増殖抑制作用を有することが判明した。
【0054】
【化11】
【0055】
さらに、上記化合物に類似の構造を有する化合物をデータベースより探索して購入し、下記の構造を有する化合物(化合物8)も癌細胞の増殖抑制作用を有することを見出した。
【0056】
【化12】
【0057】
上記化合物6がFIRΔexon2と相互作用すること、並びに、上記化合物7および上記化合物8がともに癌細胞の増殖抑制作用を有することから、これらの化合物による増殖抑制作用は、FIRΔexon2の機能を阻害することによるものと推察される。
【0058】
上記の知見から、本発明者らは、FIRΔexon2の機能を阻害することによる癌細胞の増殖阻害作用の発現には、上記化合物7および上記化合物8のように、芳香環から離れた位置カルボキシ基が存在することが必須ではないかとの仮説を設定した。そして、以下に記載するように、当該仮説に基づいていくつかの化合物について癌細胞の増殖抑制作用をMTSアッセイにより調べた。
【0059】
≪MTSアッセイによる癌細胞の増殖抑制作用の評価≫
(細胞の調製)
接着性細胞株であるHeLa細胞(ヒト子宮頸癌由来の細胞)については、化合物処理の前日に、平底96ウェルプレートのウェル(培地100μL)中、37℃/5%CO
2の条件下で24時間、化合物処理の時点で40〜80%コンフルエントとなるように培養を行った。
【0060】
一方、浮遊細胞株であるJurkat細胞(ヒト白血病由来の細胞)については、化合物処理の直前に、平底96ウェルプレートのウェル(培地100μL)中で0.9×10
5〜3.6×10
5細胞/ウェルとなるように培養を行った。
【0061】
(化合物処理後の処理)
化合物処理の後に37℃にて24時間インキュベーションを行い、CellTiter 96(登録商標)Aqueous One Solution Reagent(Promega社製)を、製造者の指示書に従って各ウェルに添加した。この操作について概説すると、CellTiter 96(登録商標)Aqueous One Solution Reagentを加温し、各ウェルに20μL/ウェルの量で添加し、37℃にてさらに1時間インキュベーションを行った。次いで、10%SDS溶液を各ウェルに添加した(25μL/ウェル)。細胞の生育性については、550 Bio-Radプレートリーダーを用いた波長490nmでの吸光度を測定することにより評価した。すべての試料について2回ずつ実験を行い、吸光度の測定は3回ずつ行った(つまり、6回の測定の平均値を算出して比較した)。なお、すべての実験において、ネガティブコントロール(陰性対照)としてはジメチルスルホキシド(DMSO)を用い、ポジティブコントロール(陽性対照)としては3%過酸化水素水を用いた。
【0062】
(Jurkat細胞を用いたMTSアッセイ)
本願発明の実施例に相当する以下の化合物1〜3について、Jurkat細胞を用いたMTSアッセイにより、細胞増殖抑制作用を評価した。なお、評価に用いる化合物試料としては、まずDMSOを溶媒とした10mM溶液を調製しておき、この10mM溶液を各ウェル(培地100μL)に対して1μLずつ(すなわち、100μMの濃度で)添加して、MTSアッセイに供した。吸光度の測定結果を
図1に示す。
【0063】
【化13】
【0064】
ここで、上記化合物1および上記化合物2の合成方法を以下に記載する。
【0065】
≪化合物1≫
分子量:440.6
NMRデータ:
1H-NMR(400MHz,DMSO-D6) 7.72(s,1H),7.74(s,1H),7.92(s,1H),7.97(dd,J=8.4Hz,1H)
(合成方法)
(4−ブロモ−1,3−フェニレン)ジメタノールの合成
アルゴン雰囲気・氷冷下にて、水素化ホウ素ナトリウム(2.70g,71.4mmol)のテトラヒドロフラン(20ml)溶液に、4−ブロモイソフタル酸(4.98g,20.3mmol)のテトラヒドロフラン(80ml)溶液を加え撹拌した。氷冷したままボロントリフルオリドジエチルエーテル錯体(7.6ml,60.9mmol)を1時間かけて加え、室温に戻し1時間撹拌した。反応溶液に1mol/lの水酸化ナトリウム水溶液(40ml)を加え、酢酸エチルで抽出した。水層を酢酸エチルでさらに2回抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウムで乾燥させた。減圧下で溶媒を留去し、残渣をカラムで精製して、(4−ブロモ−1,3−フェニレン)ジメタノール(3.52g,80%)を白色固体として得た。
【0066】
4−ブロモイソフタルアルデヒドの合成
(4−ブロモ−1,3−フェニレン)ジメタノール(3.03g,16.2mmol)のテトラヒドロフラン(300ml)溶液に、二酸化マンガン(IV)(22.7g,261mmol)を加え60℃で2時間加熱した。その後セライト濾過を行い、減圧下で濾液から溶媒を除去した。4−ブロモイソフタルアルデヒド(1.69g,49%)が白色固体として得られた。
【0067】
(E)−4−(4−(t−ブチル)スチリル)イソフタルアルデヒドの合成
4−ブロモイソフタルアルデヒド(0.49g,2.3mmol)に、酢酸パラジウム(II)(78mg,0.35mmol)、リン酸三カリウム(0.79g,3.7mmol)、4−t−ブチルスチレン(4.3ml,23.7mmol)、N,N−ジメチルホルムアミド(20ml)を順に加え、140℃で1時間加熱した。反応溶液に水を加え、吸引濾過し、濾液を酢酸エチルで抽出した。水層を酢酸エチルでさらに2回抽出し、有機層を1mol/lの塩酸、飽和食塩水で順に洗浄後、無水硫酸マグネシウムで乾燥させた。減圧下で溶媒を留去し、残渣をカラム(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で精製して、(E)−4−(4−(t−ブチル)スチリル)イソフタルアルデヒド(0.25g,37%)を黄色油状物質として得た。
【0068】
(5Z,5’Z)−5,5’−((4−((E)−4−(t−ブチル)スチリル)−1,3−フェニレン)ビス(メタニリリデン))ビス(2−チオキソチアゾリジン−4−オン)の合成
(E)−4−(4−(t−ブチル)スチリル)イソフタルアルデヒド(0.25g,0.86mmol)に、ロダニン(0.47g,3.5mmol)、酢酸ナトリウム三水和物(6.0g,44mmol)、酢酸(20ml)を加え、100℃で3時間加熱した。その後反応溶液を氷に入れ、氷が解け室温になったら吸引濾過した。残留物を水に溶かし吸引濾過した後、デシケーターで乾燥させた。(5Z,5’Z)−5,5’−((4−((E)−4−(t−ブチル)スチリル)−1,3−フェニレン)ビス(メタニリリデン))ビス(2−チオキソチアゾリジン−4−オン)がオレンジ色固体として得られた。
【0069】
(E)−3,3’−(4−(4−(t−ブチル)スチリル)−1,3−フェニレン)ビス(2−チオキソプロパノン酸)の合成
(5Z,5’Z)−5,5’−((4−((E)−4−(t−ブチル)スチリル)−1,3−フェニレン)ビス(メタニリリデン))ビス(2−チオキソチアゾリジン−4−オン)に、1mol/lの水酸化ナトリウム水溶液(20ml)を加え60℃で10分加熱した。反応溶液に氷を加え、氷が溶けたら酢酸エチルで洗浄した。水層を酢酸エチルでさらに3回洗浄し、水層に2mol/lの塩酸(10ml)を加えて中和した。水層を酢酸エチルで3回抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウムで乾燥させた。減圧下で溶媒を留去して、(E)−3,3’−(4−(4−(t−ブチル)スチリル)−1,3−フェニレン)ビス(2−チオキソプロパノン酸)(0.14g)をオレンジ色固体として得た。
【0070】
≪化合物2≫
分子量:440.6
NMRデータ:
1H-NMR(400MHz,DMSO-D6) 7.38(dd,j=9.1Hz,2H),7.44(dd,j=8.2Hz,2H),7.53(s,1H),7.59(dd,j=8.3Hz,2H),7.73(s,2H),7.92(s,2H)
(合成方法)
(5−ブロモ−1,3−フェニレン)ジメタノールの合成
アルゴン雰囲気・氷冷下にて、水素化ホウ素ナトリウム(2.76g,73.0mmol)のテトラヒドロフラン(20ml)溶液に、5−ブロモイソフタル酸(5g,20.4mmol)のテトラヒドロフラン(80ml)溶液を加え撹拌した。氷冷したままボロントリフルオリドジエチルエーテル錯体(7.6ml,60.9mmol)を1時間かけて加え、室温に戻し1時間撹拌した。反応溶液に0.5mol/lの水酸化ナトリウム水溶液(40ml)を加え、酢酸エチルで抽出した。水層を酢酸エチルでさらに2回抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウムで乾燥させた。減圧下で溶媒を留去し、残渣をカラムで精製して、(5−ブロモ−1,3−フェニレン)ジメタノール(3.60g,81%)を白色固体として得た。
【0071】
5−ブロモイソフタルアルデヒドの合成
(5−ブロモ−1,3−フェニレン)ジメタノール(3.60g,16.6mmol)のテトラヒドロフラン(250ml)溶液に、二酸化マンガン(IV)(35.5g,408mmol)を加え60℃で4時間加熱した。その後セライト濾過を行い、減圧下で濾液から溶媒を除去した。5−ブロモイソフタルアルデヒド(1.61g,46%)が白色固体として得られた。
【0072】
(E)−5−(4−(t−ブチル)スチリル)イソフタルアルデヒドの合成
5−ブロモイソフタルアルデヒド(0.49g,2.3mmol)に、酢酸パラジウム(II)(82mg,0.37mmol)、リン酸三カリウム(0.78g,3.7mmol)、4−t−ブチルスチレン(4.3ml,23.7mmol)、N,N−ジメチルホルムアミド(20ml)を順に加え、140℃で1時間加熱した。反応溶液に水を加え、吸引濾過し、濾液を酢酸エチルで抽出した。水層を酢酸エチルでさらに2回抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウムで乾燥させた。減圧下で溶媒を留去し、残渣をカラム(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で精製して、(E)−5−(4−(t−ブチル)スチリル)イソフタルアルデヒド(0.37g,55%)を黄色固体として得た。
【0073】
(5Z,5’Z)−5,5’−((5−((E)−4−(t−ブチル)スチリル)−1,3−フェニレン)ビス(メタニリリデン))ビス(2−チオキソチアゾリジン−4−オン)の合成
(E)−5−(4−(t−ブチル)スチリル)イソフタルアルデヒド(0.37g,1.3mmol)に、ロダニン(1.02g,7.7mmol)、酢酸ナトリウム三水和物(6.0g,44mmol)、酢酸(20ml)を加え、100℃で2時間加熱した。その後反応溶液を氷に入れ、氷が解け室温になったら吸引濾過した。残留物を水に溶かし吸引濾過した後、デシケーターで乾燥させた。(5Z,5’Z)−5,5’−((5−((E)−4−(t−ブチル)スチリル)−1,3−フェニレン)ビス(メタニリリデン))ビス(2−チオキソチアゾリジン−4−オン)がオレンジ色固体として得られた。
【0074】
(E)−3,3’−(5−(4−(t−ブチル)スチリル)−1,3−フェニレン)ビス(2−チオキソプロパノン酸)の合成
(5Z,5’Z)−5,5’−((5−((E)−4−(t−ブチル)スチリル)−1,3−フェニレン)ビス(メタニリリデン))ビス(2−チオキソチアゾリジン−4−オン)に、1mol/lの水酸化ナトリウム水溶液(20ml)を加え60℃で10分加熱した。反応溶液に氷を加え、氷が溶けたら酢酸エチルで洗浄した。水層を酢酸エチルでさらに3回洗浄し、水層に2mol/lの塩酸(15ml)を加えて中和した。水層を酢酸エチルで3回抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウムで乾燥させた。減圧下で溶媒を留去して、(E)−3,3’−(5−(4−(t−ブチル)スチリル)−1,3−フェニレン)ビス(2−チオキソプロパノン酸)を山吹色固体として得た。
【0075】
図1に示すように、上記化合物1〜3はいずれも、ブランクおよび陰性対照に対して有意に低い吸光度の測定値を示しており、高い細胞増殖抑制作用を有していることがわかる。なかでも、化合物3が特に優れた(陽性対照よりも高い)細胞増殖抑制作用を有することもわかる。なお、本発明者らは、下記の化合物4〜5も上記化合物1〜3と同様に有意な細胞増殖抑制作用を示すことを確認している。
【0076】
【化14】
【0077】
上述したように、本発明者らは、上記化合物1〜5が癌細胞(ヒト白血病細胞)の増殖抑制作用を有することを確認した。一方、
図1に示すように、下記の化合物9〜14については、癌細胞(ヒト白血病細胞)の増殖抑制作用はないか、あっても低いものであった。
【0078】
【化15】
【0079】
また、以下の化合物群についても評価を行ったが、以下の化合物群についても、癌細胞(ヒト白血病細胞)の増殖抑制作用はないか、あっても低いものであった。
【0080】
【化16】
【0081】
以上の結果から、癌細胞の増殖抑制作用の発現には、化合物の中心に位置するベンゼン環に対して、当該ベンゼン環とπ電子共鳴構造を取りうる基が結合していることが必要であることがわかる。また、ベンゼン環に対して1つまたは2つの2−チオキソプロパノイル基または2−メルカプトプロペノイル基が結合していることも必要であることがわかる。
【0082】
≪MTSアッセイによる化合物3の癌細胞の増殖抑制作用におけるIC
50の測定≫
上述したJurkat細胞を用いたMTSアッセイにおいて最も優れた細胞増殖抑制作用を示した化合物3について、癌細胞の増殖抑制作用におけるIC
50を測定した。
【0083】
具体的には、癌細胞として接着性細胞株であるHeLa細胞または浮遊細胞株であるJurkat細胞を用い、上記で調製した化合物3の10mM DMSO溶液をDMSOを用いて5mM、2.5mM、1.25mM、0.625mMおよび0.3125mMに希釈した希釈系列を調製した。そして、それぞれの希釈倍率の溶液を1μLずつ用いて上記と同様の手法によりMTSアッセイを行った(最終濃度は100μM、50μM、25μM、12.5μM、6.25μMおよび3.0625μMである)。そして、得られた吸光度の測定値をプロットしたグラフから、癌細胞の増殖を50%まで抑制する化合物3の濃度を、IC
50として求めた。その結果、40%コンフルエントのHeLa細胞に対するIC
50は45μMであり、3.6×10
5細胞/ウェルの細胞濃度のJurkat細胞に対するIC
50は10.8μMであり、1.8×10
5細胞/ウェルの細胞濃度のJurkat細胞に対するIC
50は9.5μMであった。このことから、本願発明に係る化合物(特に化合物3)は、HeLa細胞のような接着性細胞株よりも、Jurkat細胞のような浮遊細胞株に対して優れた細胞増殖抑制作用を示すことがわかる。
【0084】
ここで、本発明者らは、ヒト白血病細胞においてFIRのスプライシング変異が生じてFIRΔexon2が発現していることを裏付けるデータを有している。
【0085】
ところで、Fbw7((F-box and WD repeat domain-containing 7)タンパク質は、癌細胞において発現が著明に低下していることが知られているが、このFbw7タンパク質は、トリプトファン残基(W;Trp)とアスパラギン酸残基(D;Asp)の繰り返し領域を有している。
図2にこの領域の三次元モデルを示すが、WおよびDの残基は黄色で示されている。これら黄色で示した6つのWD残基は、丸い分子構造を形成する役割を担っていると思われる。一方、
図2の中央にもマジェンタで示されるWDが存在しており、これがFIRとの相互作用に関与しているものと本発明者らは推察している。
【0086】
このFbw7タンパク質は、多くの重要なタンパク質のユビキチン化に関与するタンパク質である。Fbw7によって認識されるタンパク質は数多く存在するが、いずれも
図3に示すようにタンパク質のC末端側に特定のアミノ酸配列(具体的には、--TP--S--または--TP--E--の配列)を有している。このアミノ酸配列におけるT(Thr)残基やS(Ser)残基などがリン酸化を受けると、Fbw7の丸い形の中央に位置する3つのR(Arg)残基(塩基性)がリン酸化された上記アミノ酸を静電相互作用によって捉えるのである。
【0087】
図4は、X線結晶構造解析から導かれた、リン酸化されたペプチド(緑色)が3つのR(Arg)残基によって捕捉されている様子を示している。このとき、中央にマジェンタで示したW(Trp)残基およびD(Asp)残基はほとんど結合に関与していない。また、T(Thr)残基およびS(Ser)残基の双方がリン酸化を受けた場合は、一方のみがリン酸化を受けた場合と比較して結合親和性が高いことも報告されている。
【0088】
ここで、スプライソソーム中のU2核内低分子リボ核タンパク質(snRNP)のsubcomplexであるスプライシング因子3b(SF3b)を構成するサブユニットSF3B1(SAP155)もまた、やはりWD繰り返し領域を有している。このSF3B1(SAP155)におけるWD繰り返し領域のアミノ酸配列は、Fbw7のWD繰り返し領域とは異なっている。ただし、スプライシングに関係するタンパク質でSF3B1と相互作用する分子としてSPF45(KDA-splicing factor, RNA-Binding Motif protein17)タンパク質が知られており、このSPF45がSF3B1と相互作用している構造がX線結晶構造解析により示されている(
図5)。
図5において、SPF45は緑で示されており、SF3B1のWD繰り返し領域のアミノ酸の一部が黄色で示されている。つまり、SF3B1の有するWD繰り返し領域は分子認識に深く関与していることがわかる。
図6は、
図5をもう少し遠くから見た図である。
図6においても
図5と同様に、SPF45は緑で示されており、SF3B1のWD繰り返し領域のアミノ酸の一部が黄色で示されている。
【0089】
ここで、SPF45および野生型FIRのC末端側のアミノ酸配列を比較すると、以下のようになる。
【0090】
【化17】
【0091】
このように、FIRはそのC末端側に、SPF45がSF3B1によって認識捕捉されるアミノ酸配列に極めて類似したアミノ酸配列を有していることがわかる。このことから、FIRもSF3B1によって認識捕捉されるのである。
【0092】
一方、SF3B1のタンパク質認識部位の三次元構造を
図7に示し、Fbw7のタンパク質認識部位の三次元構造を
図8に示す。これらの対比から明らかなように、
図7に示すSF3B1のWD構造(黄色)と
図8に示すFbw7のWD構造(マジェンタ)とは、ほぼ同じ構造を有することがわかる。したがって、上述したようにFIRがSF3B1と相互作用するのであれば、FIRはFbw7とも相互作用するものと推察される(論文投稿予定)。
【0093】
ここで、
図7に示すSF3B1のWD構造(黄色)を抜き出したものを
図9に示す。このSF3B1のWD構造は、上述した化合物7および化合物8の構造に類似している。このことから、本発明に係る芳香環含有化合物は、SF3B1のWD構造を模倣したものであることにより、癌細胞におけるFIR-SF3B1相互作用を阻害し、結果として癌細胞の増殖抑制作用を発現しているものと推察される。また、これと同時に、SF3B1をはじめとした各種タンパク質に存在するWD構造が、新規な癌治療の標的となりうる可能性も示唆される。
【0094】
また、
図10に示すように、Fbw7タンパク質は、T細胞性急性リンパ性白血病(T-ALL)の発症において極めて重要な働きを担っていると考えられている(例えば、Fbw7の機能低下によってc-MycやNotch1の発現が増大し、これにp53の機能喪失が重なるとT-ALLが発症すると考えられている)。なお、本発明者らは、FIRヘテロノックアウトマウスおよびp53ホモノックアウト(FIR
+/-p53
-/-)でT-ALLが高率に発症すること、並びにp53ホモノックアウトマウス(FIR
+/+p53
-/-)では胸腺リンパ腫は発生するがT-ALLの発症は少ないことを確認している(論文投稿予定)。
【0095】
そして、近年では食道癌、胃癌、大腸癌をはじめとする固型癌でもFbw7タンパク質の発現が低下していることが報告されている。これは、Fbw7タンパク質がc-MycやcyclinE、mTORなどの細胞増殖に影響を与えるタンパク質をポリユビキチン化する酵素であることから、Fbw7の機能が喪失するとこれらのタンパク質はプロテアソーム系で分解されずに長く細胞内に止まることとなり、結果として癌化が促進されるものと考えられる。
【0096】
また、
図11に示すように、Fbw7の基質タンパク質には、癌化・増殖・細胞死に関連する重要なタンパク質が多く存在している。例えば、Fbw7はmTORの分解を促進する。ここで、mTORは癌細胞内の様々なシグナルにおける重要な機能が知られているが、近年ではオートファジーを誘導することが報告されている。上述したようにFbw7がmTORを分解すること、FIRがFbw7と相互作用する可能性があること、オートファジーの作用に重要なApg16L、Fbw7、SF3B1(SAP155)などが全てWD繰り返し配列を有するタンパク質であることなどから、本発明者らは、このFbw7によるプロテオソーム系とオートファジー系のタンパク質分解のスイッチにFIR-SF3B1(SAP155)の複合体形成が関与しているのではないかと考えている(
図12)。
【0097】
腫瘍では、FIRΔexon2などがFwb7タンパク質に結合することにより、リン酸化されたタンパク質ペプチドのFwb7への競合阻害が起こっている可能性がある。つまり細胞増殖に関わるいくつかの重要なタンパク質がユビキチン化によって排除されないために、これらのタンパク質が細胞内で過剰に存在する原因にもなっていると推察される。このことからすると、FIRΔexon2に結合してFwb7への相互作用を抑える物質は、Fwb7による細胞内のシグナルタンパク質量の制御機能を回復させる働きがあるものと期待される。