【実施例】
【0031】
実施例1:抗CD5/抗HLA-DR二重特異性抗体の設計
変異体Fabフラグメントの設計
二重特異性抗体の構築に選択する抗体は、共にPCT WO 2010/145895に記載された抗CD5抗体及び抗HLA-DR抗体である。
天然型形態では、これら抗体は、κ軽鎖を有するそれぞれIgG2a及びIgG1アイソタイプのマウスモノクローナル抗体(mAb)であった。両mAbは、重鎖の定常ドメインがヒトIgG1サブクラスであり、軽鎖の定常部分がκタイプである一方、両鎖の可変ドメインがマウス起源のままであるキメラマウス/ヒトmAbに事前に変換した。
抗CD5抗体のCH1及びCL鎖の選択した部位に2つの異なる相補変異セットを提供し、抗HLA-DR抗体は天然型形態のままであった。
抗CD5抗体中の変異部位は、CL/CH1結合に重要であるように選択する一方、正確なフォールディングに関与する最も重要な残基は保存した。
【0032】
「荷電残基」及び「疎水性-極性-スワップ」と呼ばれる以下のアプローチを使用した。
「荷電残基」アプローチでは、一対の相互作用する極性界面残基を、一対の中性で塩橋形成性の残基と交換した。塩橋の導入は、会合の特異性を高めると仮定した。一方、望ましくない対合は、野生型鎖と変異型鎖との間の立体構造上の相補性及び電荷相補性の欠如により回避すべきである。計算機上での広範な試験の後、CH1鎖でのThr192のGluによる置き換え、及びCL鎖でのAsn137のLysへの交換を選択した。これら2つの変異後の残基は塩橋を形成する。追加的に、より大きなリジン側鎖との立体衝突を回避するため、CL鎖でSer114をAlaへ置換した。得られる変異体を、以下で、「CR3変異体」と呼ぶ。
【0033】
「疎水性-極性-スワップ」アプローチについて、改変した定常ドメインは四重変異(各鎖での二重変異)を導入することにより得た。この改変は、IgG CH1/CL界面での2つの残基-残基相互作用の性質を入れ替える。一対の相互作用する無極性残基を一対の極性アミノ酸に交換しつつ、同時に、一対の相互作用する極性残基を一対の疎水性残基に交換する。界面相互作用のこの極性/疎水性の交換は、変異CLドメインと変異CH1ドメインとの間の親和性を変化させないまま維持しつつ、他の野生型の対応物に関するそれぞれの親和性を減少させ、よってミスマッチの(変異型/野生型)鎖の複合体化に際して生じる好ましくない相互作用により誤対合を防止すると仮定した。
可能性のある多くの変異を計算機上で試験した後、本発明者らは、CH1ドメインのLeu143をGln残基で置き換えつつ、CL鎖の対向する残基(すなわち、Val133)をThr残基で置き換えることを選択した。この第1の二重変異は、疎水性相互作用から極性相互作用への切替を構成する。同時に、2つの相互作用性セリン(CH1鎖のSer188及びCL鎖のSer176)のバリン残基への変異を選択して、極性相互作用から疎水性相互作用への切替を行った。得られる変異体を、以下で、「mut4変異体」と指称する。
【0034】
選択した変異を下記の表Iにまとめる:
【表1】
【0035】
他の変異は、「ノブ・インツー・ホール」アプローチ(RIDGWAYら,Protein Eng, 9, 617-21, 1996)を用いて行った。
これら変異を下記の表IIにまとめる:
【表2】
【0036】
変異した複合体の結合自由エネルギーを、MM-GBSA法を用いて評価した。同時に、誤対合複合体モデルを作製し、その相互作用エネルギーを同じ方法で算出した。選択した改変について、改変CL鎖と改変CH1鎖との間の複合体は、野生型複合体と同程度に安定であると見積もった一方、誤対合の複合体中で有意に好ましくない相互作用を観察した。
【0037】
ポリペプチドリンカーの設計
抗HLADR抗体のCH1領域のC末端を変異体抗CD5抗体のVH領域のN末端に連結するポリペプチドリンカーを設計した。
このポリペプチドリンカーは、完全長IgG1ヒンジ領域に続く、ヒトIgG1 CH2のN末端9アミノ酸、ヒトIgA1ヒンジの配列の一部及びジペプチドGGを含んでなる。このリンカーは以下の配列:EPKSCDKTHTCPPCPAPELLGGPSTPPTPSPSGG(配列番号9)を有する。
【0038】
実施例2:抗HLADR(MAB1)及び抗CD5(MAB2)二重特異性抗体を発現する組換えバキュロウイルスの構築
バキュロウイルス/昆虫細胞発現系を用いて二重特異性抗体を発現させて製造した。
この製造には、リンカー(例えば(本発明者らの現行の構築物中では)ヒトIgA1の天然ヒンジに由来するペプチド+GGで延長された低級ヒンジを含んでなるリンカー)で分離され、mAb2の完全長重鎖に融合したmAb1のVH/CH1/ヒンジドメインを含んでなる改変重鎖の合成が必要であった。
2つの異なる軽鎖(一方は第1の抗体に特異的であり、他方は第2の抗体に特異的である)は、独立して合成する。これは、上記のように、異なるCL及びCH1ドメインに導入した相反変異(reciprocal mutations)の結果として、該当する重鎖と対合する。
【0039】
(第1のものは融合重鎖及び唯1つの軽鎖を発現し、第2のものは融合重鎖及び第2の軽鎖を発現する)2つの異なるバキュロウイルスを構築してこの混合物に昆虫細胞を同時感染させることは容易である。しかし、このアプローチはより長く、各パートナーの化学量論を制御することは非常に困難である。そこで、本発明者らは、融合重鎖及び2つの軽鎖を発現する唯1つの組換えウイルスを構築することを決定した。
これには、前記バキュロウイルスに、CLドメイン用の2つの同一配列及び重鎖のCH1-ヒンジ(CH1+Hg)ドメイン用の2つの同一配列を導入することが必要であった。この同一性が、ゲノムの再構築及び遺伝情報の喪失を導く相同組換えを引き起こし得る。
この現象を回避するため、本発明者らは、唯1つの野生型コーディング配列を導入し、第2のものは合成とした(全てのコドンの改変)。後者では、DNA配列は当初のものとは異なるが、野生型のものと同一(100%)のタンパク質をコードする。
【0040】
2.1 融合重鎖をコードするcDNAの構築
抗HLADR Fab+リンカー
配列番号9のポリペプチドリンカーに融合した抗HLADR抗体のCH1ドメインをコードする合成遺伝子を、合成重複オリゴヌクレオチドのハイブリッド形成を用いて構築した。
pUCプラスミドでのクローニング及び配列の検証の後、この合成遺伝子を、野生型配列の代わりに、プラスミドpOCγ1KCH1SII/リンカーA1PstI/VH抗HLADR中、抗HLADR VHドメインをコードする配列と上記実施例1に記載した延長ペプチドをコードする配列との間に導入した。得られるプラスミドをpOCγ1KCH1εリンカーA1/VHと名付けた。
【0041】
変異抗CD5 Fab:
重鎖と軽鎖との間での正しい対合を保証するため、変異CR3、mut4、(KH1又はKH2)を、抗CD5 Fab成分のCH1ドメインに導入した。プラスミドpUCCγ1mutT192E(すなわち、CR3変異体用)を、NheI/BstXIで消化し、変異配列を有するフラグメントを精製し、NheI/BstXIで消化したpUCKPSCγ1/VHCD5に挿入して、pUCKPSCγ1/VHCD5-CR3を得た。
同様にして、pUCKPSCγ1/VHCD5-mut4、(pUCKPSCγ1/VHCD5-KH1及びpUCKPSCγ1/VHCD5-KH2)を構築した。
【0042】
完全長融合重鎖:
完全長の融合重鎖をコードするcDNAを構築して、それぞれpVT抗HLADR/リンカーA1/抗CD5/CR3、pVT抗HLADR/リンカーA1/抗CD5/mut4、(pVT抗HLADR/リンカーA1/抗CD5/KH1、pVT抗HLADR/リンカーA1/抗CD5/KH2)を得た。
得られる移入ベクターをそれぞれpVT抗HLADR/リンカーA1/抗CD5/CR3及びpVT抗HLADR/リンカーA1/抗CD5/mut4、(pVT抗HLADR/リンカーA1/抗CD5/KH1及びpVT抗HLADR/リンカーA1/抗CD5/KH2)と呼ぶ。
【0043】
2.2 軽鎖をコードするcDNAの構築
新たな移入ベクターの構築
完全に機能的な二重特異性抗体の製造には、(i)上記の融合重鎖及び(ii)2つの軽鎖(変異(CR3、mut4、KH1又はKH2)を有し抗CD5に特異的な軽鎖及び抗HLADR(Mab1)の軽鎖)の同時発現が必要である。これには、古典的なポリヘドリン及びp10遺伝子座の他に、第3のコーディング配列鎖をバキュロウイルスゲノムに挿入するための第3の遺伝子座の選択が必要である。バキュロウイルス複製に必須でなく、したがって外来遺伝子の挿入を可能にする「gp37」(CHENGら,J. Gen. Virol., 82, 299-305, 2001)と呼ばれる遺伝子座を選択した。
独特なXbaIクローニング部位をgp37配列に隣接した合成P10プロモーターの制御下に含有する新たな移入ベクター(pVTgp37)を構築した。
【0044】
合成CLドメインの構築
重鎖CH1ドメインの再構成について記載したように、合成CLドメインを、重複合成オリゴヌクレオチドを用いて合成した。2つのサブフラグメントCKFr1及びCKFr2を作製した。
pUCプラスミドでのおけるクローニング及び配列の検証の後、CKFr1及びCKFr2を、Cκドメインをコードする野生型配列の代わりに、プラスミドpUCK/VL抗HLADRに導入した。
gp37移入ベクターへの軽鎖の導入
合成定常ドメインCκを含有する軽鎖をコードする再構成配列を、XbaIでの消化後に単離し、移入ベクターpVTgp37中、独特なXbaI部位で導入して、最終構築物pVTgp37P10S1CKεVL抗HLADRを得た。
【0045】
2.3 組換えウイルスの構築
二重特異性抗体を発現する組換えウイルスの構築には、2つの工程が必要である:(i)Mab 1たる抗HLADRの軽鎖のみを発現する第1のバキュロウイルスの構築;及び(ii)二重特異性抗体たる抗CD5/抗HLADRを発現するウイルスの構築。
抗HLADRを発現する組換えウイルスの構築
この目的のため、Sf9細胞を、pVTgp37P10S1CKεVL/抗HLADR及びgp37遺伝子座でgp37プロモーターの制御下にポリヘドリン遺伝子を発現する改変バキュロウイルスから抽出したDNAで同時トランスフェクトした。
「ポリヘドリン陰性」表現型を示す組換えウイルスを単離し、4つの組換えウイルスのゲノムを、合成κ cDNAをプローブとして用いるサザンブロットにより検証した。BacLC/抗HLADRと呼ぶ1つの組換えウイルスを選択した。
【0046】
二重特異性抗体を発現する組換えウイルスの構築
Sf9細胞を、融合重鎖pVT抗HLADR/リンカーA1/抗CD5(CR3、mut4、KH1又はKH2)をコードするcDNAを有する移入ベクター及びMab2軽鎖をコードするcDNAを有する移入ベクターpVTVLIICD5CkmutCR3、pVTVLIICD5Ckmut4、(pVTVLIICD5CkKH1又はpVTVLIICD5CkKH2)で、BacLC/抗HLADRから抽出したウイルスDNAの存在下に同時トランスフェクトした。生産クローンをELISAによりスクリーニングした。組換えウイルスのゲノムは、ヒト定常γ1及び定常κ領域をそれぞれコードするcDNAをプローブとして用いるサザンブロットにより検証した。選択した2つのクローン(抗CD5/抗HLADR(CR3)についてクローンC683及び抗CD5/抗HLADR(mut4)についてクローンC977)を抗体の産生に使用した。
【0047】
2.4 組換え抗体の製造及び精製
Sf9細胞を、600,000細胞/mlの密度でローラーボトル中400mlの無血清培地に播種し、クローンC683又はクローンC977のいずれかに2PFU/細胞の感染多重度で感染させた。28℃にて4日間のインキュベーション後、上清を回収し、分泌された組換え抗体をプロテインAセファロース(GE, HealthCare)で精製した。精製した二重特異性抗体の濃度は、BCAアッセイを製造業者たるPIERCEが推奨するように用い、ウシIgG(ref Standard PIERCE 23209)を標準として測定した。
【0048】
最終的な二重特異性抗体の構造を
図1に示す。
図1の説明:Mab1:抗HLA-DR Fab;Mab2:抗CD5変異体Fab;リンカー:ポリペプチドリンカー;ヒンジ:ヒトIgG1ヒンジ;Fc:ヒトIgG1 Fc領域。IgG1ヒンジからの2つのシステイン残基の存在により、2つの抗原結合性アームは、2つの鎖間ジスルフィド橋架けを介して接続している。
精製した抗CD5/抗HLADR変異体抗体の分子量をSuperose 6で評価した。プロテインAセファロースで精製した分子の90%以上が、Superose 6で約299kDaの推定分子量を示した。よって、この分子量は、
図1の組換え二重特異性抗体についての理論上の分子量260kDa(グリカン類なしで算出したMW)と相関する。
【0049】
これら抗体を、還元又は非還元条件下でのSDS-PAGEにより更に分析した。結果を
図2に示す。
図2の説明:(A)還元条件で分析したサンプル;(B)非還元条件で分析したサンプル;BS:二重特異性抗体;Mab:コントロールのIgG1組換え抗HLADR。
このゲルで見積もられた二重特異性抗体の重鎖サイズは、
図1の抗体の融合重鎖の計算された分子量78 000 Daに対応した。
これら分析は、本明細書に記載した方法が2つの融合重鎖と2組の軽鎖との結合により1つの分子を形成することを示している。
【0050】
実施例3:抗CD5/抗HLADR(CR3)の機能的特性
結合性部位の機能性
二重特異性抗体が2つの異なる抗体結合部位により結合できることを示すことが重要であった。この目的のため、本発明者らは、フローサイトメトリによりCD5又はHLADRのいずれかを発現する細胞への結合について試験した。簡潔には、研究対象の全ての抗体に、Zenon R-フィコエリトリンヒト(又はマウス)IgG標識キットを用いてフィコエリトリン(PE)を結合させた。次いで、細胞株を、PE標識した抗CD5、抗HLADR、CR3二重特異性抗体又は無関係なコントロールのマウス若しくはヒトIgG1抗体と共にインキュベートし、洗浄した後、フローサイトメトリで分析した。
【0051】
CD5
+/HLADR
- Jurkat細胞株及びCD5
-/HLA-DR
+ JOK1細胞株への結合の結果をそれぞれ
図3及び4に示す。
図3の説明:Jurkat細胞株(CD5+/HLADR-)を、PE標識したマウス抗CD5(抗CD5m)、マウス抗HLADR(抗HLADRm)、二重特異性抗CD5/抗HLADR CR3キメラ抗体又はコントロールのヒト若しくはマウスIgG1抗体(それぞれhIgG1及びmIgG1)(全てPE標識)で染色した。次いで、細胞を標準のフローサイトメトリで分析した。各抗体について重ね書きしたヒストグラムを示す。各抗体について括弧内に平均蛍光強度値(MFI)を示す。1.mIgG-PE 1μg(MFI=2.6);2.抗CD5m-PE 1μg(MFI=17);3.抗HLADRm-PE 1μg(MFI=2.5);4.hIgG1-PE 1μg(MFI=3.9);5.抗CD5/抗HLADR/chi-PE CR3 1μg(MFI=103)。
【0052】
図4の説明:JOK1細胞株(CD5-/HLADR+)を、PE標識マウス抗CD5(抗CD5m)、マウス抗HLADR(抗HLADRm)、二重特異性抗CD5/抗HLADR CR3キメラ抗体又はコントロールのヒト若しくはマウスIgG1抗体(それぞれmIgG1及びhIgG1)(全てPE標識)で染色した。次いで、細胞を標準のフローサイトメトリで分析した。各抗体について重ね書きしたヒストグラムを示す。各抗体について括弧内に平均蛍光強度値(MFI)を示す。1.mIgG1-PE 1μg(MFI=25);2.(斜線付き)抗CD5m-PE 1μg(MFI=18);3.抗HLADRm-PE 1μg(MFI=432);4.hIgG1-PE 1μg(MFI=3);5.抗CD5/抗HLADR/chi-PE CR3 1μg(MFI=3521)。
【0053】
図3は、予想通り、マウス抗CD5及び二重特異性CR3が共にCD5
+ Jurkat細胞株に結合できる一方、抗HLADR抗体は結合しないことを示す。よって、二重特異性CR3抗体は、CD5陽性細胞株のCD5抗原を認識する。
図4は、予想通り、マウス抗HLADR及び二重特異性CR3抗体がCD5
-/HLADR
+ JOK細胞株に高強度で結合する一方、マウス抗CD5は結合しないことを示す。このことから、二重特異性CR3抗体はHLADR+細胞株のHLADR抗原を認識することが証明される。
本発明者らは、二重特異性CR3抗体が両特異性(CD5及びHLADR)を正確に認識すると結論付けた。
【0054】
同一細胞で発現する抗原への結合
次に、本発明者らは、本発明者らの二重特異性CR3抗体が、同一細胞表面に(すなわち、シスで)発現している2つの標的に結合できることを証明することを望んだ。この目的のため、本発明者らは、先ず、ほぼ同量のCD5及びHLADRを発現するB-CLL患者サンプルを同定した。B-CLL患者細胞をマウス抗CD5、マウス抗HLADR又はマウスIgG1コントロール抗体と30分間室温にてインキュベートし、次いでFITC標識抗マウスIgG二次抗体とインキュベートした。洗浄後、細胞を標準のフローサイトメトリで分析した。
図5Aに示すように、細胞は、類似量のCD5及びHLADRを発現した。平均蛍光強度はそれぞれ65及び98であった。
【0055】
二重特異性抗CD5/抗HLADR CR3抗体が同一細胞上の両抗原に結合したことを証明するため、本発明者らは、次いで、同一B-CLLサンプルで交差ブロッキング実験を実施した。細胞を1μg/mlのキメラCR3二重特異性抗体と、過剰(10μg/ml)のマウス抗CD5又はマウス抗HLADR抗体又はその両方の存在下又は不在下でインキュベートした。洗浄後、二重特異性CR3抗体の結合を、ヒトFcに特異的でありマウスFcには結合できない二次モノクローナルFITC標識抗体(Sigma-Aldrich)とのインキュベーションにより検出した(データは示さず)。
【0056】
図5の説明:
パネルA:B-CLL患者細胞をマウス抗CD5(mCD5)、マウス抗HLADR(mDR)又はコントロールとしての無関係なマウスIgG抗体(mIgG)とインキュベートした。洗浄後、細胞をFITC標識抗マウス二次抗体で染色し、次いで標準のフローサイトメトリで分析した。mCD5及びmDRについてのMFIを括弧内に示す。
パネルB:Aと同じ患者由来の細胞を、1μg/mlのキメラCR3のみ(濃い太線)と、又は1μg/mlのキメラCR3と10μg/mlのマウス抗CD5(薄灰色線)若しくはマウス抗HLADR(濃灰色線)若しくはその両方(不連続線)の存在下にインキュベートした。洗浄後、細胞をモノクローナルFITC標識抗ヒトFc抗体とインキュベートし、洗浄し、フローサイトメトリで分析した。各条件について重ね書きしたヒストグラムを示す。各場合で得られたMFIを各曲線の上方に示す。BS:二重特異性、m:マウス、h:ヒト、chi:キメラ。
【0057】
【表3】
【0058】
図5Bに示したように、二重特異性CR3抗体単独は、97の平均蛍光強度(MFI)を生じた。抗CD5又は抗HLADRの単独による競合は、CR3と部分的にのみ置き換わった(それぞれMFI 72及び54)。対照的に、両抗体を併せて加えると、二重特異性CR3抗体とほぼ完全に置き換わった(MFI 20)。これらデータは、二重特異性CR3抗体が細胞に、CD5又はHLADR成分のいずれかを介して結合し、その置換には抗CD5及び抗HLADR抗体の混合物による競合が必要であることを示唆する。
本発明者らは、これらデータから、キメラ抗CD5/抗HLADR抗体である二重特異性抗体CR3は同一細胞上のHLADR及びCD5の両方に結合できると結論付けた。
【0059】
実施例4:二重特異性抗体のFC成分及び抗原結合性成分の機能性
Fc成分
抗体分子のFc成分は、マクロファージ(FcγRI、II及びIII)及びNK細胞(FcγRIII)のFcγRへの結合により、それぞれファゴサイトーシス(ADP)及び抗体依存性細胞傷害性(ADCC)のような種々の免疫機能を活性化することができる。構築した二重特異性抗体はヒトIgG1由来のFc成分を有するので、本発明者らは、それが機能的であり、したがってこれら免疫媒介機能を媒介できるかどうかを調べた。
【0060】
ナチュラルキラー細胞による抗体依存性細胞性細胞傷害性(ADCC)
最初に、本発明者らは、パラトープのいずれかがそれぞれの分子に結合したとき、二重特異性CR3分子のFc部分が活性であるかどうかを決定することを望んだ。本発明者らは、NK細胞へのFc結合により媒介され、CD5
+/HLA-DR
-標的(例えばJurkat細胞)及びHLA-DR
+/CD5
-標的(例えばJOK1)及び二重陽性標的JOK1.5.3細胞で誘導されるADCCを分析した。NK細胞は、末梢血単核細胞から免疫ビーズ選択により精製した。標的細胞は、1μMのカルボキシフルオレセインジアセテートスクシンイミジルエステル(CFSE)で4℃にて20分間標識し、洗浄し、精製NK細胞と37℃にて4時間、10:1のエフェクター対標的比(E:T)で培養した。その後、細胞を7AADで標識し、フローサイトメトリで分析した。殺傷率を、CFSE+細胞総数に対する7AAD陽性標的(CFSE+)のパーセントとして測定した。
【0061】
結果を
図6に示す。
図6の説明:JURKAT(CD5
+HLADR
-、パネルA)、JOK1(CD5
-HLADR
+、パネルB)及びJOK1 5.3(CD5
+HLADR
+、パネルC)をCFSE標識し、10:1のE:T比のヒトNK細胞及び1μg/mlのキメラ抗CD5(抗CD5chi)又はキメラ抗HLADR(抗-HLADRchi)又は2μg/mlの二重特異性CR3抗体の存在下でADCCアッセイに使用した。細胞傷害性は、37℃にて4時間後に、フローサイトメトリで測定した。
データは、二重特異性CR3抗体が3つ全ての細胞株でADCCを媒介する(33〜78%細胞傷害性)ことを示す。対照的に、抗CD5chi及び抗HLADRchiはそれぞれCD5
+又はHLADR
+細胞株に対してのみ細胞傷害性である。
本発明者らは、二重特異性CR3抗体のFc成分は機能的であり、Fc成分により該抗体はCD5、HLADR又は両抗原を発現する標的のADCCを媒介することが可能になると結論付けた。
【0062】
ファゴサイトーシス
マクロファージに存在するFcγR(FcγRI、FcγRII及びFcγRIII)への結合及びそれぞれの分子へのパラトープの同時結合に関するCR3分子のFc部分の機能性を確証するために、本発明者らは、ADPをインビトロで評価した。CD14
+単球は、健常ドナーの単核細胞から、抗CD14マイクロビーズ磁性細胞ソーティングで製造業者(Miltenyi Biotec)の指示に従って精製した。CD14
+単球を、8ウェルチャンバースライド(LabTek;Nunc)中、2×10
5/ウェルで6〜7日間、20%胎仔ウシ血清及び20ng/mlヒトrM-CSF(R&D Systems)を補充したRPMI 1640培地で培養した。次いで、これらマクロファージによるB-CLL標的細胞(CD5
+/HLA-DR
+)のファゴサイトーシスを行った。合計2×10
5のB-CLL標的を、各ウェルに0.01〜0.1μg/mlのCR3二重特異性抗体又は抗CD20 mAbリツキシマブの存在下又は不在下で加えた。37℃にて2時間後、スライドをPBS中で穏やかにリンスし、固定し、メイ-グリュンヴァルトギームザで染色した。ファゴサイトーシスは、ImageJ 1.38イメージプロセシング及び分析ソフトウェアを用いて顕微鏡下で各実験条件について少なくとも200細胞を計数し、総マクロファージに対する少なくとも1つの腫瘍標的細胞を取り込んだマクロファージの率を算出することにより評価した。
【0063】
結果を
図7に示す。
図7の説明:ファゴサイトーシスの率をY軸に示し、使用した抗体の濃度をX軸に示す。抗体濃度は、0.01〜1μg/mlの範囲の二重特異性抗体CR3又は単一特異性抗CD20抗体リツキシマブ(RTX)である。0:抗体の添加なし。
下記のデータは、二重特異性CR3抗体が0.1〜1μg/mlで、リツキシマブと同様に、バックグラウンドを超える約40%のファゴサイトーシスを媒介することを示す。陰性コントロール抗体トラスツズマブ(抗HER2)はファゴサイトーシスを媒介しない(データは示さず)。
よって、本発明者らは、二重特異性CR3抗体分子のFc成分が機能的であり、FcとマクロファージのFcγRとの相互作用を介してマクロファージよる標的細胞のファゴサイトーシスを媒介できると結論付けた。
【0064】
抗原結合性成分
二重特異性CR3抗体による、サイトカイン誘導キラー細胞による殺傷の再指向化
次に、本発明者らは、二重特異性CR3抗体のパラトープが2つの異なる細胞タイプに存在する標的抗原に結合できるかどうかを決定した。
サイトカイン誘導キラー細胞(CIK)は、インターフェロン-γ、抗CD3での末梢血単核細胞の刺激及びインターロイキン-2での3〜4週間のインビトロ拡大によりインビトロで生成される活性化CD3
+CD56
+二重陽性Tリンパ球である(SCHMIDT WOLFFら,J. Exp. Med. 174:139-149;1991)。CIK細胞は、NK細胞と同様、インビトロで、腫瘍細胞に対して有意な天然の細胞傷害活性を有するが正常細胞に対しては有さない。しかし、CIK細胞はFcγRを発現せず、したがって単一特異性IgG抗体(例えばリツキシマブ)の存在下でADCCを媒介しない。CIK細胞はCD5を発現する。この理由のため、CIK細胞は、CIKのCD5及び腫瘍標的のHLA-DRを認識する二重特異性抗体CR3でHLADR陽性腫瘍細胞に再指向化できるが、HLADR陰性腫瘍細胞には再指向化できない。ADCCとは異なり、この再指向化された殺傷は、Fc部分ではなく、抗体の2つのFab特異性を利用する。
【0065】
方法
末梢血単核細胞を、3×10
6/mlにて、無血清X-VIVO 15培地(BioWhittaker, Walkersville, MD, USA)中で培養した。培地には、日目に1000U/mLのIFN-γ(Gammakine;Boehringer Ingelheim, Vienna, Austria)を加え、1日目に0.50ng/mLの抗CD3(OKT-3, Janssen-Cilag S.p.a., Italy)を加え、1日目から先は500U/mLのrhIL-2を含ませた。拡大は、3〜4日ごとに新鮮なrhIL-2含有培地中1×10
6/mlに細胞を調整して21〜28日間行った。拡大の終時に、CD3
+/CD5
+/CD56
+細胞傷害性CIK細胞は、集団の40〜70%であった。残る細胞は、ほとんどがCD3
+/CD56
- CIK前駆体細胞である。
ヒト腫瘍標的細胞株BJAB(CD5
-/HLA-DR
+)、JOK1.5.3(CD5
+/HLA-DR
+)、Jurkat(CD5
+/HLA-DR
-)及びKCL22(CD5
-/HLA-DR
-)を、10%胎仔ウシ血清(Euroclone, Wetherby, West Yorkshire, U.K.)、2mMのL-グルタミン(Euroclone)及び110μMゲンタマイシン(PHT Pharma, Milano, Italy)を補充したRPMI-1640培地(Lonza, Basel, Switzerland)中で維持した。
再指向化細胞傷害性アッセイのために、標的細胞株を30分間37℃にて3.5μMカルセイン-AM(Fluka, Sigma-Aldrich Company, Ayrshire, UK)で標識した。洗浄後、標識標的細胞を96ウェルプレート中に5×10
3/ウェルで分配した。CIK細胞を10:1のエフェクター対標的比で、1μg/mlの二重特異性CR3抗体の存在下又は不在下に加えた。4時間後、細胞を遠心分離により沈降させ、100μlの上清を回収し、カルセイン放出を、蛍光マイクロプレートリーダー(GENios, TECAN, Austria GmbH, Salzburg, Austria)を485nmの励起光及び535nmの発光で用いて測定した。特異的溶解のパーセンテージ(%)を、(試験カルセイン放出−自発カルセイン放出)×100/(最大カルセイン放出−自発カルセイン放出)として算出した。最大溶解は1%のTriton X-100の添加により達成された。
【0066】
結果を
図8に示す。
図8の説明:カルセイン-AM負荷標的細胞株BJAB、JOK1.5.3、Jurkat及びKCL22を、1μg/mlの二重特異性CR3抗体の存在下(白抜きバー)又は不在下(黒塗りバー)及び10:1のエフェクター:標的比のCIK細胞の存在下にインキュベートした。4時間、上清を回収し、放出カルセインを測定した。データは、測定した溶解パーセンテージ(Y軸)を、各細胞株での2〜6の別個の実験の平均及び標準偏差として示す。CTRL:抗体なしのコントロール。
結果は、インビトロで、HLADR陽性標的(BJAB、JOK15.3)のパーセンテージ殺傷(溶解)は、10:1のエフェクター:標的比のCIK細胞の存在下での1μg/mlのCR3抗体の添加により50〜60%増大するが、HLADR陰性標的(Jurkat, KCL22)のパーセンテージ殺傷(溶解)はしないことを示す。このことは、二重特異性CR3抗体により形成される細胞間橋架けがCIK細胞によるHLADR
+標的の殺傷を劇的に増強することを証明する。HLADR陰性標的の殺傷の増強が観察されなかったことは特異性を証明している。
二重特異性CR3抗体による、正常T細胞に関するCIK細胞の細胞傷害効果の増強の特異性は、以下のとおり更に証明した:HLADR
+ BJAB標的細胞を、種々の量のエフェクター細胞としての末梢血単核細胞と1:1〜10:1の範囲のエフェクター:標的比にて、1μg/mlのCR3の存在下又は不在下でインキュベートした。溶解は4時間で測定した。
【0067】
結果を
図9に示す。
図9の説明:細胞傷害性実験は、エフェクターとしてのPBMC及び標的細胞としてのBJABを種々のエフェクター:標的比で用い、二重特異性抗体CR3の存在下(黒丸)及び不在下(白抜き丸)で行った。X軸:エフェクター:標的比;Y軸:%溶解;CR3:二重特異性CR3抗体;CTRL:抗体なしコントロール。
正常TによるHLADR
+標的の溶解に対するCR3抗体の効果は観察されなかった。
これら結果は、二価の二重特異性抗体CR3が養子免疫療法治療においてサイトカイン誘導キラー(CIK)細胞との組合せで使用できることを示す。この場合、2つのFab対の異なる特異性を利用する:一方の対(この場合、抗HLADR)は標的細胞を認識し、他方の対(抗CD5)はエフェクターCIK細胞を認識する。これら結果は、HLADRに代えて、種々の標的抗原(例えば、HER1、HER2、EpCAM、CD19、CD20など)を挿入し得ることを示す。結果はまた、種々の形態のガン療法の分野で、CD5に代えて、エフェクター細胞が発現する他の抗原(例えば、Tリンパ球が発現するCD3、NK細胞に存在するFcγRIII若しくはNKG2D又はマクロファージに存在するFcγRI-III)を使用し得ることを示す。
【0068】
二重特異性MUT 4抗体による、サイトカイン誘導キラー細胞による殺傷の再指向化
本発明者らは、二重特異性MUT 4抗体が2つの異なる細胞タイプに存在する標的抗原に結合し、CD5
+サイトカイン誘導キラー細胞(CIK)の殺傷をHLADR
+リンパ腫標的(JOK1 5.3)に再指向化することができるかどうかを決定した。CIKは、インターフェロン-γ、抗CD3での刺激及びインターロイキン-2での3〜4週間のインビトロ拡大によりインビトロで生成される活性化CD3
+CD56
+二重陽性Tリンパ球である(SCHMIDT WOLFFら,J. Exp. Med. 174:139-149;1991)。CIK細胞は、NK細胞と同様、インビトロで、腫瘍細胞に対して有意な天然の細胞傷害活性を有するが正常細胞に対しては有さない。しかし、CIK細胞はFcγRを発現せず、したがって単一特異性IgG抗体(例えばリツキシマブ)の存在下でADCCを媒介しない。CIK細胞はCD5を発現する。この理由のため、CIK細胞は、CIKのCD5及び腫瘍標的のHLADRを認識する二重特異性抗体MUT 4でHLADR陽性腫瘍細胞に再指向化できるが、HLADR陰性腫瘍細胞には再指向化できない。ADCCとは異なり、この再指向化された殺傷は、Fc部分ではなく、抗体の2つのFab特異性を利用する。
【0069】
方法
末梢血単核細胞を、3×10
6/mlにて、無血清X-VIVO 15培地(BioWhittaker, Walkersville, MD, USA)中で培養した。培地には、日目に1000U/mLのIFN-γ(Gammakine;Boehringer Ingelheim, Vienna, Austria)を加え、1日目に0.50ng/mLの抗CD3(OKT-3, Janssen-Cilag S.p.a., Italy)を加え、1日目から先は500U/mLのrhIL-2を含ませた。拡大は、3〜4日ごとに新鮮なrhIL-2含有培地中1×10
6/mlに細胞を調整して21〜28日間行った。拡大の終時に、CD3
+/CD5
+/CD56
+細胞傷害性CIK細胞は、集団の約50%であった。残る細胞は、ほとんどがCD3
+/CD56
- CIK前駆体細胞である。
ヒト腫瘍標的細胞株JOK1.5.3(CD5
+/HLA-DR
+)を、10%胎仔ウシ血清(Euroclone, Wetherby, West Yorkshire, U.K.)、2mMのL-グルタミン(Euroclone)及び110μMゲンタマイシン(PHT Pharma, Milano, Italy)を補充したRPMI-1640培地(Lonza, Basel, Switzerland)中で維持した。
【0070】
再指向化細胞傷害性アッセイのために、標的細胞株を30分間37℃にて3.5μMカルセイン-AM(Fluka, Sigma-Aldrich Company, Ayrshire, UK)で標識した。洗浄後、標識標的細胞を96ウェルプレート中に5×10
3/ウェルで分配した。CIK細胞を10:1のエフェクター対標的比で、1又は5μg/mlの二重特異性MUT 4抗体、CR3抗体又はコントロールとしてのリツキシマブ(RTX)の存在下又は不在下に加えた。4時間後、細胞を遠心分離により沈降させ、100μlの上清を回収し、カルセイン放出を、蛍光マイクロプレートリーダー(GENios, TECAN, Austria GmbH, Salzburg, Austria)を485nmの励起光及び535nmの発光で用いて測定した。特異的溶解のパーセンテージ(%)を、(試験カルセイン放出−自発カルセイン放出)×100/(最大カルセイン放出−自発カルセイン放出)として算出した。最大溶解は1%のTriton X-100の添加により達成された。
結果を
図10に示す。
図10の説明:カルセイン-AM負荷標的細胞JOK1.5.3を、1又は5μg/mlの二重特異性MUT 4、CR3又はリツキシマブ(RTX)抗体の存在下又は不在下及び10:1のエフェクター:標的比のCIK細胞の存在下にインキュベートした。4時間、上清を回収し、放出カルセインを測定した。データは、測定した溶解パーセンテージ(Y軸)を、2つの独立した実験の平均及び標準偏差として示す。−:抗体なしのコントロール。
結果は、インビトロで、HLADR陽性JOK15.3のパーセンテージ殺傷(溶解)は、10:1のエフェクター:標的比のCIK細胞の存在下での1〜5μg/mlのMUT 4抗体の添加により60〜70%増大し、CR3抗体の添加により40〜50%増大することを示す。対照的に、リツキシマブは有意な効果を有さない。このことは、二重特異性MUT 4抗体により形成される細胞間橋架けが、CR3で得られたものと同様に又はより高度に、CIK細胞によるHLADR
+標的の殺傷を劇的に増強することを証明している。