(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
車両の動力源から動力が入力される第1入力軸と、前記動力源から動力が入力される第2入力軸と、前記車両の駆動輪へ動力を出力する出力軸と、複数の全変速段のうちの一部である第1グループの1つ又は複数の変速段の何れか1つを選択的に確立して前記第1入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成する確立状態又は前記第1グループの変速段の何れも確立せずに前記第1入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成しない開放状態を選択的に達成する第1機構部と、前記全変速段のうちの残りである第2グループの1つ又は複数の変速段の何れか1つを選択的に確立して前記第2入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成する確立状態又は前記第2グループの変速段の何れも確立せずに前記第2入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成しない開放状態を選択的に達成する第2機構部と、を備えた変速機と、
前記駆動源の出力軸と前記第1入力軸との間に介装された第1クラッチであって第1クラッチが伝達し得るトルクの最大値である第1クラッチトルクを調整可能な第1クラッチと、
前記駆動源の出力軸と前記第2入力軸との間に介装された第2クラッチであって第2クラッチが伝達し得るトルクの最大値である第2クラッチトルクを調整可能な第2クラッチと、
前記車両の走行状態に基づいて、前記第1、第2機構部、前記第1、第2クラッチトルクを制御するとともに、前記動力源のトルクを前記車両の運転者によって操作される加速操作部材の操作量に応じた値である操作量相当値に制御する制御手段と、
を備えた車両の動力伝達制御装置であって、
前記制御手段は、
前記車両の走行状態に基づいて、前記複数の全変速段のうち選択されるべき変速段である選択変速段を決定し、
前記制御手段は、
前記第1、第2機構部のうちで前記選択変速段に対応する選択機構部を制御して前記選択変速段を確立するとともに前記第1、第2クラッチのうちで前記選択機構部に対応する選択クラッチのクラッチトルクを前記動力源のトルクよりも大きい完全接合用トルクに調整して前記選択クラッチを滑りを伴わない完全接合状態に調整し、前記第1、第2機構部のうちで前記選択変速段に対応しない非選択機構部を制御して前記選択変速段に対して高速側又は低速側の隣接変速段を確立するとともに前記第1、第2クラッチのうちで前記選択機構部に対応しない非選択クラッチのクラッチトルクをゼロに調整して前記非選択クラッチを分断状態に調整するように構成され、
前記制御手段は、
前記選択機構部にて前記選択変速段が確立され、前記非選択機構部にて前記選択変速段に対して低速側の隣接変速段が確立され、前記選択クラッチのクラッチトルクが前記完全接合用トルクに調整され、前記非選択クラッチのクラッチトルクがゼロに調整され、前記動力源のトルクが前記操作量相当値に調整され、前記動力源の回転速度が前記選択機構部にて現在確立されている前記選択変速段である変更前変速段の減速比と前記車両の速度とから決定される前記変更前変速段の車速対応回転速度に維持された状態において、前記選択変速段が、前記変更前変速段から、前記非選択機構部にて現在確立されている前記低速側の隣接変速段である変更後変速段に変更された第1時点が到来したことに基づいて、前記第1、第2クラッチ間での前記選択クラッチ及び前記非選択クラッチの入れ替えが行われる際、
前記入れ替えによって前記非選択クラッチから前記選択クラッチに移行する接合側クラッチのクラッチトルクをゼロに維持し、前記入れ替えによって前記選択クラッチから前記非選択クラッチに移行する開放側クラッチのクラッチトルクを前記完全接合用トルクから減少して前記完全接合用トルクより小さく且つゼロより大きい半接合用トルクに調整し、前記動力源のトルクを前記操作量相当値から減少して前記半接合用トルクより大きく且つ前記操作量相当値より所定量だけ小さい値に調整し、
この状態にて、前記動力源のトルクが前記半接合用トルクより大きいことに起因して増大していく前記動力源の回転速度が前記変更後変速段の減速比と前記車両の速度とから決定される前記変更後変速段の車速対応回転速度に達した第2時点が到来したことに基づいて、前記接合側クラッチのクラッチトルクをゼロから増大して前記完全接合用トルクに調整し、前記開放側クラッチのクラッチトルクを前記半接合用トルクから減少してゼロに調整し、前記動力源のトルクを前記操作量相当値より前記所定量だけ小さい値に維持し、
この状態にて、前記第2時点から所定期間が経過したことに基づいて、前記動力源のトルクを前記操作量相当値より前記所定量だけ小さい値から増大して前記操作量相当値に戻すように構成された、車両の動力伝達制御装置。
【背景技術】
【0002】
従来より、特許文献1等に記載のように、車両のエンジンから動力が入力される第1、第2入力軸と、車両の駆動輪へ動力を出力する出力軸と、全変速段のうちの一部(例えば、1速を含む複数の奇数段)の何れか1つを選択的に確立して第1入力軸と出力軸との間で動力伝達系統を形成する確立状態又は何れの変速段も確立せずに第1入力軸と出力軸との間で動力伝達系統を形成しない開放状態を選択的に達成する第1機構部と、全変速段のうちの残り(例えば、2速を含む複数の偶数段)の何れか1つを選択的に確立して第2入力軸と出力軸との間で動力伝達系統を形成する確立状態又は何れの変速段も確立せずに第2入力軸と出力軸との間で動力伝達系統を形成しない開放状態を選択的に達成する第2機構部と、を備えた変速機が知られている。
【0003】
この変速機には、エンジンの出力軸と第1入力軸との間に介装されて、クラッチストロークの調整によりエンジンの出力軸と第1入力軸との間において伝達可能な最大トルク(第1クラッチトルク)を調整可能な第1クラッチと、エンジンの出力軸と第2力軸との間に介装されて、クラッチストロークの調整によりエンジンの出力軸と第2入力軸との間において伝達可能な最大トルク(第2クラッチトルク)を調整可能な第2クラッチと、が組み合わされる。このような組み合わせにより得られる機構は、「ダブルクラッチトランスミッション」(以下、「DCT」とも呼ぶ。)とも呼ばれる。
【0004】
以下、第1クラッチ、第1入力軸、及び第1機構部で構成される系統を「第1系統」と呼び、第2クラッチ、第2入力軸、及び第2機構部で構成される系統を「第2系統」と呼ぶ。また、クラッチトルクが「0」より大きい状態、即ち、クラッチが動力を伝達する状態を「接合状態」と呼び、クラッチトルクが「0」の状態、即ち、クラッチが動力を伝達しない状態を「分断状態」と呼ぶ。
【0005】
DCTの制御に際し、車両の運転者によるシフトレバーの操作、及び/又は、車両の走行状態に基づいて、達成すべき1つの変速段(以下、「選択変速段」と呼ぶ。)が選択される。以下、第1、第2機構部、第1、第2クラッチ、第1、第2入力軸、第1、第2系統のうちで、選択変速段に対応する方をそれぞれ、「選択機構部」、「選択クラッチ」、「選択入力軸」、「選択系統」と呼び、選択変速段に対応しない方をそれぞれ、「非選択機構部」、「非選択クラッチ」、「非選択入力軸」、「非選択系統」と呼ぶ。
【0006】
選択変速段が選択されると、選択機構部において選択変速段が確立された状態で選択クラッチが接合状態に制御され(選択クラッチのクラッチトルクがエンジンの駆動トルク(エンジントルク)より大きい完全接合用トルクに制御され)、非選択クラッチが分断状態に制御される(非選択クラッチのクラッチトルクがゼロに制御される)。これにより、エンジンの出力軸と変速機の出力軸との間で、選択系統を介して選択変速段の減速比を有する動力伝達系統が形成される。この動力伝達系統を介してエンジントルクが駆動輪に伝達され、車両が加速され得る。エンジントルクは、通常、アクセルペダルの操作量に応じた値(操作量相当値)に調整される。
【0007】
他方、非選択系統では、非選択クラッチが分断状態となっている。従って、次に選択される(であろう)変速段(具体的には、選択変速段に対して高速側又は低速側の隣接変速段(典型的には、1段だけ高速側又は低速側の変速段。3段だけ又は5段だけ高速側又は低速側の変速段であってもよい。))が確立された状態で非選択機構部を待機させておくことができる。このことを利用すれば、第1、第2系統間において選択系統と非選択系統とが入れ替わる変速作動(変速段を1段だけ高速側に変更するシフトアップ、或いは、1段だけ低速側に変更するシフトダウン)がなされる場合において、第1、第2クラッチについて「接合状態にあったクラッチを分断状態に変更する作動」と「分断状態にあったクラッチを接合状態に変更する作動」とを同時期に実行することで、エンジントルクを変速機の出力軸(従って、駆動輪)に対して途切れなく伝達し続けることができる。この結果、変速ショックが低減され得る。
【発明の概要】
【0009】
DCTにおいて、選択変速段が、「前記選択機構部にて現在確立されている前記選択変速段」(以下、「変更前変速段」とも呼ぶ)から、「前記非選択機構部にて現在確立されている前記高速側又は低速側の隣接変速段」(以下、「変更後変速段」とも呼ぶ)に変更される際(即ち、変速作動の際)、第1、第2クラッチ間での選択クラッチ及び非選択クラッチの入れ替えが行われる。ここで、変更後変速段が変更前変速段と比べて高速側の変速段である場合が「シフトアップ」に対応し、低速側の変速段である場合が「シフトダウン」に対応する。
【0010】
以下、変速作動(シフトアップ、又は、シフトダウン)のうち、特に、シフトダウンの際の作動について考察する。シフトダウンの際、通常、上述したクラッチの入れ替えを含む以下のような動作が想定される(詳細は、後述する
図5を参照)。
【0011】
先ず、選択変速段が「変更前変速段」から「変更後変速段」に変更されると、エンジントルクを操作量相当値に維持した状態で、前記入れ替えによって非選択クラッチから選択クラッチに移行するクラッチ(接合側クラッチ)のクラッチトルクがゼロに維持され、前記入れ替えによって選択クラッチから非選択クラッチに移行するクラッチ(開放側クラッチ)のクラッチトルクが前記完全接合用トルク(>エンジントルク)から減少されて半接合用トルク(<エンジントルク)に調整される。即ち、開放側クラッチが滑りを伴う「半接合状態」とされる。
【0012】
次に、エンジントルクを操作量相当値に維持した状態で、「エンジントルクが半接合用トルクより大きいことに起因して増大していくエンジンの回転速度」が、「変更後変速段の減速比と車両の速度とから決定される変更後変速段の車速対応回転速度」に達すると、接合側クラッチのクラッチトルクがゼロから増大されて完全接合用トルク(>エンジントルク)に調整され、開放側クラッチのクラッチトルクが半接合用トルクから減少されてゼロに調整される。以上の動作によって、シフトダウンの際の作動が達成され得る。
【0013】
ところで、一般に、シフトダウンがなされる場合として、運転者がアクセルペダルを踏み増すなど、運転者が「車両を加速させたい」と要求する場合が多い。従って、シフトダウンの際の作動は、極力短期間で完了することが好ましい。そのためには、上述した「エンジンの回転速度の増大」に要する期間、及び、「クラッチトルクの調整」に要する期間を極力短くする必要がある。そのためには、エンジン回転速度の増加勾配を極力大きくし、且つ、接合側クラッチトルクの増加勾配(接合側クラッチの接合速度)を極力大きくする必要がある。
【0014】
しかしながら、エンジン回転速度の増加勾配を大きくし、及び/又は、接合側クラッチの接合速度を大きくすると、シフトダウン時の作動の完了時点(具体的には、接合側クラッチの接合が完了した時点)以降において、車両の駆動系統に振動が発生・継続し易くなる。
【0015】
この振動は、接合側クラッチの接合が完了した時点にてエンジン回転速度の増大が急激に停止することによって、「車両加速方向のエンジンの慣性トルク」がエンジンの出力軸に発生すること、並びに、接合側クラッチの接合の完了の直前から直後にかけて変速機の出力軸に伝達されるトルクの大きさが急激に増大すること、に基づく、と考えられる。
【0016】
エンジン回転速度の増加勾配が大きいほど、及び、接合側クラッチの接合速度が大きいほど(即ち、シフトダウン時の作動に要する期間が短いほど)、前記振動の程度が大きくなる。このような振動を抑制することが望まれてきたところである。
【0017】
本発明の目的は、DCTを用いた車両の動力伝達制御装置であって、シフトダウン時の変速作動に要する期間が短く、且つ、シフトダウン時の作動完了後に発生する駆動系統の振動を抑制し得るものを提供することにある。
【0018】
本発明に係る車両の動力伝達制御装置は、上述と同じ「第1入力軸(Ai1)」、「第2入力軸(Ai2)」、「出力軸(Ao)」、「第1機構部(M1)」、及び「第2機構部(M2)」、を備えた変速機(T/M)と、第1クラッチ(C1)と、第2クラッチ(C2)とを備えた装置である。ここにおいて、前記第1グループの複数の変速段としては、1速を含む複数の奇数段が備えられ、前記第2グループの複数の変速段としては、2速を含む複数の偶数段が備えられることが好適である。
【0019】
この動力伝達制御装置の特徴は、シフトダウンの作動の際、「選択変速段が変更前変速段から変更後変速段に変更された時点」において、動力源のトルクが「操作量相当値」から所定量だけ減少され、その後、動力源のトルクが「操作量相当値より所定量だけ小さい値」(>半接合用トルク)に維持され、その後、「動力源の回転速度が変更後変速段の車速対応回転速度に達した時点から所定期間が経過した時点」において、動力源のトルクが「操作量相当値」まで戻される(増大される)点、にある。
【0020】
本発明者は、「動力源の回転速度が変更後変速段の車速対応回転速度に達した時点」(従って、接合側クラッチの接合が完了した時点)以降において車両の駆動系統に振動が発生開始した状態において、或る適切なタイミングで動力源のトルクを所定量だけ増大すると、その「動力源のトルクの増大」が前記振動を打ち消す方向に作用し得、この結果、前記振動が抑制され得ることを見出した。
【0021】
このように動力源のトルクを所定量だけ増大するための準備として(動力源のトルクの増大分を確保するため)、本発明では、「選択変速段が変更前変速段から変更後変速段に変更された時点」において、動力源のトルクが操作量相当値から所定量だけ事前に減少される。
【0022】
ここで、前記所定量は、前記変更前変速段の減速比、前記変更後変速段の減速比、前記半接合用トルク、及び、前記第1時点での前記動力源のトルク、に基づいて決定されることが好適である。
【0023】
前記振動を効果的に打ち消すための「動力源のトルクの増大量」は、「接合側クラッチの接合の完了の直前から直後までの変速機の出力軸に伝達されるトルク(出力軸トルク)の増加量」に大きく依存すると考えらえる。他方、接合側クラッチの接合の完了の直前では、出力軸トルクは、「変更前変速段の減速比」及び「前記半接合用トルク」に基づいて決定され得、接合側クラッチの接合の完了の直後では、出力軸トルクは、「変更後変速段の減速比」及び「動力源のトルク」に基づいて決定され得る。従って、以上より、接合側クラッチの接合の完了の直前から直後までの出力軸トルクの増加量は、前記変更前変速段の減速比、前記変更後変速段の減速比、前記半接合用トルク、及び、(前記第1時点での)前記動力源のトルク、に基づいて決定され得る。上記構成は、係る知見に基づく。
【0024】
また、前記所定期間は、前記変更後変速段の減速比に基づいて決定される、前記動力源から前記駆動輪までの動力伝達系統の振動周期に基づいて決定されることが好適である。より具体的には、種々の実験、及びシミュレーション等を通して、前記所定期間は、前記振動周期の25〜50%の時間に基づいて決定されることがより好ましいことが判明している。
【0025】
一般に、車両の動力源から車両の駆動輪までの動力伝達系統の振動周期は、変速機にて確立されている変速段の減速比に大きく依存する。従って、シフトダウンの作動の完了後の前記動力伝達系統の振動周期は、変更後変速段の減速比に基づいて決定され得る。
【0026】
上述したように、前記振動の原因は、接合側クラッチの接合が完了した時点にて「車両加速方向のエンジンの慣性トルク」がエンジンの出力軸に発生すること、並びに、接合側クラッチの接合の完了の直前から直後にかけて出力軸トルクの大きさが急激に増大すること、である。従って、変速機の入力軸及び出力軸のトルクの振動は、接合側クラッチの接合の完了の直後においてトルクの推移が「上に凸」の推移となる状態から開始する。
【0027】
本発明者は、このような振動の態様において、動力源のトルクを所定量だけ増大するタイミングが、「接合側クラッチの接合の完了から、前記振動周期の25〜50%の時間が経過した時点」に基づいて決定されると、前記振動を効果的に打ち消すことができることを見出した。これは、「接合側クラッチの接合の完了から、前記振動周期の25〜50%の時間が経過した時点」が、「振動する動力源の回転速度が減少していくタイミング」と合致し易いこと、に基づく、と考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態に係る車両の動力伝達制御装置(本装置)について図面を参照しつつ説明する。本装置は、変速機T/Mと、第1クラッチC1と、第2クラッチC2と、ECUとを備えている。この変速機T/Mは、車両前進用に6つの変速段(1速〜6速)、及び、車両後進用に1つの変速段(リバース)を備えている。
【0030】
変速機T/Mは、第1入力軸Ai1と、第2入力軸Ai2と、出力軸Aoと、第1機構部M1と、第2機構部M2とを備える。第1、第2入力軸Ai1,Ai2は、同軸的且つ相対回転可能に、ケース(図示せず)に支持されている。出力軸Aoは、第1、第2入力軸Ai1,Ai2からずれた位置で第1、第2入力軸Ai1,Ai2と平行にケースに支持されている。
【0031】
第1入力軸Ai1は、第1クラッチC1を介して車両の駆動源であるエンジンE/Gの出力軸AEと接続されている。同様に、第2入力軸Ai1は、第2クラッチC2を介してエンジンE/Gの出力軸AEと接続されている。出力軸Aoは、車両の駆動輪と動力伝達可能に接続されている。
【0032】
第1機構部M1は、互いに常時噛合する1速の駆動ギヤG1i及び1速の被動ギヤG1oと、互いに常時噛合する3速の駆動ギヤG3i及び3速の被動ギヤG3oと、互いに常時噛合する5速の駆動ギヤG5i及び5速の被動ギヤG5oと、互いに常時噛合しないリバースの駆動ギヤGRi及びリバースの被動ギヤGRoと、駆動ギヤGRi及び被動ギヤGRoとそれぞれ常時噛合するリバースアイドルギヤGRdと、スリーブS1,S2とを備える。スリーブS1,S2はそれぞれ、スリーブアクチュエータAS1,AS2により駆動される。
【0033】
駆動ギヤG1i,G3i,G5i,GRiのうち、G1i,GRiは第1入力軸Ai1に一体回転するように固定され、G3i,G5iは第1入力軸Ai1に相対回転可能に支持されている。被動ギヤG1o,G3o,G5o,GRoのうち、G1o,GRoは出力軸Aoに相対回転可能に支持され、G3o,G5oは出力軸Aoに一体回転するように固定されている。
【0034】
スリーブS1は、出力軸Aoと一体回転するハブに対して軸方向に移動可能に常時スプライン嵌合している。スリーブS1が
図1に示す位置(非接続位置)にある場合、スリーブS1は、被動ギヤG1oと一体回転する1速ピース、及び、被動ギヤGRoと一体回転するリバースピースに対して共にスプライン嵌合しない。スリーブS1が非接続位置より左側の位置(1速位置)に移動すると、スリーブS1が1速ピースに対してスプライン嵌合し、右側の位置(リバース位置)に移動すると、スリーブS1がリバースピースに対してスプライン嵌合する。
【0035】
スリーブS2は、第1入力軸Ai1と一体回転するハブに対して軸方向に移動可能に常時スプライン嵌合している。スリーブS2が
図1に示す位置(非接続位置)にある場合、スリーブS2は、駆動ギヤG3iと一体回転する3速ピース、及び、駆動ギヤG5iと一体回転する5速ピースに対して共にスプライン嵌合しない。スリーブS2が非接続位置より左側の位置(3速位置)に移動すると、スリーブS2が3速ピースに対してスプライン嵌合し、右側の位置(5速位置)に移動すると、スリーブS2が5速ピースに対してスプライン嵌合する。
【0036】
以上より、第1機構部M1では、スリーブS1,S2を共に非接続位置に調整すると、第1入力軸Ai1と出力軸Aoとの間で動力伝達系統が形成されないニュートラル状態が得られる。ニュートラル状態においてスリーブS1が1速位置へ移動すると、1速の減速比を有する動力伝達系統が形成され(1速が確立され)、ニュートラル状態においてスリーブS1がリバース位置へ移動すると、リバースの減速比を有する動力伝達系統が形成される(リバースが確立される)。ニュートラル状態においてスリーブS2が3速位置へ移動すると、3速の減速比を有する動力伝達系統が形成され(3速が確立され)、ニュートラル状態においてスリーブS2が5速位置へ移動すると、5速の減速比を有する動力伝達系統が形成される(5速が確立される)。
【0037】
第2機構部M2は、互いに常時噛合する2速の駆動ギヤG2i及び2速の被動ギヤG2oと、互いに常時噛合する4速の駆動ギヤG4i及び4速の被動ギヤG4oと、互いに常時噛合する6速の駆動ギヤG6i及び6速の被動ギヤG6oと、スリーブS3,S4とを備える。スリーブS3,S4はそれぞれ、スリーブアクチュエータAS3,AS4により駆動される。
【0038】
駆動ギヤG2i,G4i,G6iは全て、第2入力軸Ai2に一体回転するように固定されている。被動ギヤG2o,G4o,G6oは全て、出力軸Aoに相対回転可能に支持されている。
【0039】
スリーブS3は、出力軸Aoと一体回転するハブに対して軸方向に移動可能に常時スプライン嵌合している。スリーブS3が
図1に示す位置(非接続位置)にある場合、スリーブS3は、被動ギヤG2oと一体回転する2速ピース、及び、被動ギヤG4oと一体回転する4速ピースに対して共にスプライン嵌合しない。スリーブS3が非接続位置より右側の位置(2速位置)に移動すると、スリーブS3が2速ピースに対してスプライン嵌合し、左側の位置(4速位置)に移動すると、スリーブS3が4速ピースに対してスプライン嵌合する。
【0040】
スリーブS4は、出力軸Aoと一体回転するハブに対して軸方向に移動可能に常時スプライン嵌合している。スリーブS4が
図1に示す位置(非接続位置)にある場合、スリーブS4は、被動ギヤG6oと一体回転する6速ピースに対してスプライン嵌合しない。スリーブS4が非接続位置より右側の位置(6速位置)に移動すると、スリーブS4が6速ピースに対してスプライン嵌合する。
【0041】
以上より、第2機構部M2では、スリーブS3,S4を共に非接続位置に調整すると、第2入力軸Ai2と出力軸Aoとの間で動力伝達系統が形成されないニュートラル状態が得られる。ニュートラル状態においてスリーブS3が2速位置へ移動すると、2速の減速比を有する動力伝達系統が形成され(2速が確立され)、ニュートラル状態においてスリーブS3が4速位置へ移動すると、4速の減速比を有する動力伝達系統が形成される(4速が確立される)。ニュートラル状態においてスリーブS4が6速位置へ移動すると、6速の減速比を有する動力伝達系統が形成される(6速が確立される)。なお、本明細書で、「N速の減速比」(N:1〜6の自然数)とは、「N速が確立された状態における、出力軸Aoの回転速度に対する、N速に対応する入力軸(Ai1、or、Ai2)の回転速度の割合」を指す。
【0042】
第1、第2クラッチC1,C2は、同軸的且つ軸方向に直列に配置構成されている。第1クラッチC1のクラッチストロークSt1は、クラッチアクチュエータAC1により調整される。
図2に示すように、クラッチストロークSt1を調整することで、第1クラッチC1が伝達可能な最大トルク(第1クラッチトルクTc1)が調整され得る。「Tc1=0」の状態では、エンジンE/Gの出力軸AEと第1入力軸Ai1との間で動力伝達系統が形成されない。この状態を「分断状態」と呼ぶ。また、「Tc1>0」の状態では、エンジンE/Gの出力軸AEと第1入力軸Ai1との間で動力伝達系統が形成される。この状態を「接合状態」と呼ぶ。なお、クラッチストロークとは、クラッチアクチュエータにより駆動される摩擦部材(図示せず)の原位置(クラッチストローク=0)からの圧着方向(クラッチトルクの増大方向)への移動量を意味する。
【0043】
同様に、第2クラッチC2のクラッチストロークSt2は、クラッチアクチュエータAC2により調整される。
図2に示すように、クラッチストロークSt2を調整することで、第2クラッチC2が伝達可能な最大トルク(第2クラッチトルクTc2)が調整され得る。第2クラッチC2についても、第1クラッチC1と同様に、「分断状態」及び「接合状態」が定義される。
【0044】
また、本装置は、車両の車輪の車輪速度を検出する車輪速度センサV1と、アクセルペダルAPの操作量(アクセル開度)Accpを検出するアクセル開度センサV2と、シフトレバーSFの位置を検出するシフト位置センサV3と、ブレーキペダルBPの踏み込み力(ブレーキ液の圧力に相当)を検出するブレーキ液圧センサV4と、を備えている。なお、ブレーキペダルBPの踏み込み力に応じてブレーキ液圧(従って、ブレーキディスクに対するブレーキパッドの押圧力、摩擦制動力)の大きさが調整されるようになっている。
【0045】
更に、本装置は、電子制御ユニットECUを備えている。ECUは、上述のセンサV1〜V4からの情報等に基づいて、クラッチアクチュエータAC1,AC2、並びにスリーブアクチュエータAS1〜AS4を制御することで、変速機T/Mの変速段、及び第1、第2クラッチC1,C2の状態を制御する。このように、本装置は、ダブルクラッチトランスミッション(DCT)を用いた動力伝達装置である。
【0046】
また、本装置では、通常、エンジンE/Gの出力軸AEのトルク(エンジントルク)Teは、アクセル開度Accpに応じた値(開度相当値)Temに制御される。開度相当値Temは、例えば、
図3に示すように、アクセル開度Accpの増加につれて増加するように設定される。エンジントルクTeの調整は、エンジンE/Gにおいて燃料噴射量、及び点火タイミング等を調整することによってなされ得る。
【0047】
本装置では、シフトレバーSFの位置が「自動モード」に対応する位置にある場合、ECU内のROM(図示せず)に記憶された
図4に示す変速マップに基づいて変速機T/Mの変速段が決定される。より具体的には、車輪速度センサV1から得られる車輪速度に基づいて算出される車速と、アクセル開度センサV2から得られるアクセル開度Accpとの組み合わせが、変速マップ上におけるどの変速段の領域に対応するかにより、達成すべき1つの変速段(以下、「選択変速段」と呼ぶ。)が選択される。例えば、現在の車速がαで現在のアクセル開度がβである場合(
図4に示す黒点を参照)、選択変速段として「3速」が選択される。
【0048】
図4に示す変速マップは、車速とアクセル開度との組み合わせに対して最適な変速段を適合する実験を、前記組み合わせを種々変更しながら繰り返し行うことにより取得され得る。また、この変速マップは、ECU内のROMに記憶されている。なお、シフトレバーSFの位置が「手動モード」に対応する位置にある場合、運転者によるシフトレバーSFの操作に基づいて選択変速段が選択される。
【0049】
以下、説明の便宜上、第1クラッチC1、第1入力軸Ai1、及び第1機構部M1で構成される系統を「第1系統」と呼び、第2クラッチC2、第2入力軸Ai2、及び第2機構部M2で構成される系統を「第2系統」と呼ぶ。また、第1、第2機構部M1,M2、第1、第2クラッチC1,C2、第1、第2入力軸Ai1,Ai2、第1、第2系統のうちで、選択変速段に対応する方をそれぞれ、「選択機構部」、「選択クラッチ」、「選択入力軸」、「選択系統」と呼び、選択変速段に対応しない方をそれぞれ、「非選択機構部」、「非選択クラッチ」、「非選択入力軸」、「非選択系統」と呼ぶ。
【0050】
上述したように、この変速機T/Mでは、第1機構部M1にて1速を含む奇数段(1速、3速、5速)が選択的に確立され得、第2機構部M2にて2速を含む偶数段(2速、4速、6速)が選択的に確立され得る。従って、選択変速段が現在の変速段から現在の変速段より1段だけ高速側の変速段へ変更(シフトアップ)される毎に、或いは、選択変速段が現在の変速段から現在の変速段より1段だけ低速側の変速段へ変更(シフトダウン)される毎に、第1、第2系統間において選択系統と非選択系統とが入れ替わる。
【0051】
本装置では、選択機構部において選択変速段が確立され、且つ、選択クラッチのクラッチトルクがエンジントルクTeよりも大きいトルク(以下、「完全接合用トルク」と呼ぶ)に調整されて選択クラッチが滑りを伴わない完全接合状態に制御される。一方、非選択機構部において「隣接変速段」が確立され、且つ、非選択クラッチのクラッチトルクがゼロに調整されて非選択クラッチが分断状態に制御される。
【0052】
隣接変速段とは、現在の選択変速段の次に選択される(であろう)変速段であり、具体的には、現在の選択変速段に対して1段だけ高速側又は低速側の変速段である。本装置では、周知の手法の1つにより、現在までの車両の運転状態の推移(例えば、車速の推移、エンジントルクの推移、アクセル開度の推移等)に基づいて、シフトアップ及びシフトダウンの何れが次になされるかが予測される。そして、シフトアップがなされると予測される場合、隣接変速段が「現在の選択変速段よりも1段だけ高速側の変速段」に設定され、シフトダウンがなされると予測される場合、隣接変速段が「現在の選択変速段よりも1段だけ低速側の変速段」に設定される。
【0053】
「完全接合用トルク」は、エンジントルクTeよりも大きい範囲内(即ち、選択クラッチに滑りが発生しない範囲内)において任意の値に設定され得る。例えば、完全接合用トルクは、最大値Tmax(一定)に設定されてもよいし(
図2を参照)、エンジントルクに対して一定値だけ大きい値に調整されてもよい。
【0054】
以上、選択変速段が或る変速段に維持された状態では、エンジンE/Gの出力軸AEと変速機T/Mの出力軸Aoとの間で、選択系統を介して選択変速段の減速比を有する動力伝達系統が形成される。この結果、選択系統を介してエンジントルクが駆動輪に伝達され得る。
【0055】
(変速時の制御)
次に、車両の状態(車速とアクセル開度の組み合わせ)の変化により選択変速段が現在確立されている変速段(以下、「変更前変速段」とも呼ぶ)から1段だけ高速側又は低速側の変速段(以下、「変更後変速段」とも呼ぶ)に変更される場合の作動(変速作動)について説明する。ここで、変更後変速段が変更前変速段に対して1段だけ高速側の変速段である場合が「シフトアップ」に対応し、変更後変速段が変更前変速段に対して1段だけ低速側の変速段である場合が「シフトダウン」に対応する。
【0056】
本装置では、変速作動の際、第1、第2クラッチ間で選択クラッチと非選択クラッチを入れ替える作動が同時期に実行される。より具体的には、「非選択クラッチから選択クラッチに移行するクラッチ(以下、「接合側クラッチ」とも呼ぶ)を分断状態から接合状態に変更する作動」と、「選択クラッチから非選択クラッチに移行するクラッチ(以下、「解放側クラッチ」とも呼ぶ)を接合状態から分断状態に変更する作動」と、が同時期に実行される。これにより、車両走行中においてシフトアップ又はシフトダウンがなされる場合、エンジントルクが変速機T/Mの出力軸AE(従って、駆動輪)に対して途切れなく伝達され得る。
【0057】
(シフトアップ時の制御)
以下、先ず、本装置によるシフトアップ時の制御について、より具体的に説明する。シフトアップ時では、接合側クラッチのクラッチトルクがゼロから増大されて「選択側トルク」に調整されるとともに、開放側クラッチのクラッチトルクが完全接合用トルクから減少されて「非選択側トルク」に調整される。「選択側トルク」とは、ゼロより大きく且つ完全接合用トルクより小さいトルクであり、「非選択側トルク」とは、ゼロより大きく且つ選択側トルクより小さいトルクである。加えて、同時期に、開度相当値Temに調整され続けてきたエンジントルクTeが、開度相当値Tem(
図3を参照)から減少させられる。
【0058】
その後、エンジントルクTeが開度相当値Temまで増大される。加えて、同時期に、接合側クラッチのクラッチトルクが「選択側トルク」から増大されて「完全接合用トルク」に調整されるとともに、開放側クラッチのクラッチトルクが「非選択側トルク」から減少されてゼロに調整される。以上の動作によって、シフトアップ時の変速作動が達成される。
【0059】
(シフトダウン時の制御)
次に、本装置によるシフトダウン時の制御について、より具体的に説明する。先ず、そのための準備として、比較例によるシフトダウン時の変速作動について、
図5を参照しながら説明する。
【0060】
図5は、時刻t1以前にて、車両が4速で(選択変速段が4速の状態)走行中において、運転者が車両を加速させるためにアクセル開度Accpを増大したことに起因して、時刻t1にて、選択変速段が4速から3速に変更された場合における、比較例による作動の一例を示す。この例では、4速、及び、3速が、それぞれ、「変更前変速段」、及び、「変更後変速段」に対応し、第1、第2クラッチC1、C2が、それぞれ、「接合側クラッチ」、及び、「解放側クラッチ」に対応する。また、第1、第2入力軸Ai1、Ai2を、それぞれ、「接合側入力軸」、及び、「解放側入力軸」とも呼ぶ。また、「N速の減速比」(N:1〜6の自然数)を、「GN」と表す。例えば、4速の減速比は、「G4」と表される。
【0061】
この例では、時刻t1以前にて、第2機構部M2にて4速が確立され、第1機構部M1にて3速が確立され、開放側クラッチC2のクラッチトルクTc2が完全接合用トルクT1(>エンジントルクTe)に調整され(解放側クラッチC2が接合状態にあり)、接合側クラッチC1のクラッチトルクTc1がゼロに調整され(接合側クラッチC1が分断状態にあり)、エンジントルクTeが開度相当値Temで推移し、エンジンE/Gの出力軸AEの回転速度(エンジン回転速度)Neが、「4速の減速比G4」と「車速」とから決定される「4速の車速対応回転速度」(=解放側入力軸Ai2の回転速度Ni2)に調整されている。接合側入力軸Ai1のトルクTi1はゼロに維持され、開放側入力軸Ai2のトルクTi2は、エンジントルクTeと同じ値(=開度相当値Tem)で推移している。出力軸AoのトルクToは、値「G4・Tem」で推移している。
【0062】
時刻t1にて、選択変速段が4速から3速に変更されると、このことに基づいて、時刻t1以降、エンジントルクTeが開度相当値Temに維持された状態で、接合側クラッチトルクTc1がゼロになおも維持され、開放側クラッチトルクTc2が完全接合用トルクT1(>エンジントルクTe)から減少されて半接合用トルクTx(0<Tx<エンジントルクTe)に調整される。即ち、接合側クラッチC1が分断状態になおも維持される一方、開放側クラッチC2が、滑りを伴わない「完全接合状態」から、滑りを伴う「半接合状態」に移行される。半接合用トルクTxの大きさは、種々の実験等を通して事前に決定され得る。
【0063】
この結果、時刻t1以降において、エンジントルクTeが開度相当値Temに維持された状態にて、「エンジントルクTeが半接合用トルクTxより大きいこと」に起因して、エンジン回転速度Neが「4速の車速対応回転速度」(=Ni2)から増大していく。接合側入力軸トルクTi1はなおもゼロに維持され、開放側入力軸トルクTi2は、半接合用トルクTxで推移する。出力軸トルクToは、値「G4・Tx」(>0)で推移する。なお、「Tem>Tx>0」であるので、「G4・Tem」>「G4・Tx」>0、という関係が成立する。従って、時刻t1の前後において、出力軸トルクTo(従って、車両の駆動トルク)が減少するものの、車両の駆動トルクが途切れる(ゼロになる)ことはない。
【0064】
時刻t2にて、増大中のエンジン回転速度Neが、「3速の減速比G3」と「車速」とから決定される「3速の車速対応回転速度」(=接合側入力軸Ai1の回転速度Ni1)に達すると、このことに基づいて、時刻t2以降、エンジントルクTeが開度相当値Temに維持された状態で、接合側クラッチトルクTc1がゼロから増大されて完全接合用トルクT1(>エンジントルクTe)に調整され、開放側クラッチトルクTc2が半接合用トルクTxから減少されてゼロに調整される。即ち、接合側クラッチC1が分断状態から完全接合状態に移行され、開放側クラッチC2が半接合状態から分断状態に移行される。これにより、比較例によるシフトダウン時の変速作動が完了される。
【0065】
この結果、時刻t2以降において、エンジントルクTeが開度相当値Temに維持された状態にて、開放側入力軸トルクTi2がゼロに維持される。また、エンジン回転速度Neが「3速の車速対応回転速度」(=Ni1)に維持され、接合側入力軸トルクTi1がエンジントルクTeと同じ値(=Tem)で推移し、出力軸トルクToが値「G3・Tem」で推移する(はずである)。なお、「G3>G4」、且つ、「Tem>Tx」であるので、「G3・Tem」>「G4・Tx」>0、という関係が成立する。従って、時刻t2の前後において、出力軸トルクTo(従って、車両の駆動トルク)は急激に増大する。
【0066】
しかしながら、
図5の時刻t2以降に示すように、シフトダウン時の変速作動の完了時点(具体的には、接合側クラッチC1の接合が完了した時点)以降において、車両の駆動系統に振動が発生する。
図5では、時刻t2以降において、エンジン回転速度Ne、接合側入力軸トルクTi1、及び、出力軸トルクToに振動が発生している。
【0067】
この振動は、接合側クラッチC1の接合が完了した時点にてエンジン回転速度Neの増大が急激に停止することによって、「車両加速方向のエンジンE/Gの慣性トルク」がエンジンの出力軸AEに発生すること、並びに、上述のように、接合側クラッチC1の接合の完了の直前から直後にかけて出力軸トルクToの大きさが急激に増大すること、に基づく、と考えられる。
【0068】
一般に、シフトダウンがなされる場合として、
図5に示す例のように、運転者がアクセルペダルを踏み増すなど、運転者が「車両を加速させたい」と要求する場合が多い。従って、シフトダウンの際の変速作動は、極力短期間で完了することが好ましい。そのためには、上述した「エンジンの回転速度の増大」に要する期間、及び、「クラッチトルクの調整」に要する期間を極力短くする必要がある。そのためには、エンジン回転速度の増加勾配を極力大きくし、且つ、接合側クラッチトルクの増加勾配(接合側クラッチの接合速度)を極力大きくする必要がある。
【0069】
しかしながら、エンジン回転速度の増加勾配が大きいほど、及び、接合側クラッチの接合速度が大きいほど(即ち、シフトダウン時の変速作動に要する期間が短いほど)、前記振動の程度が大きくなる。以上より、シフトダウン時の変速作動に要する期間が短く、且つ、上記の振動を抑制することが望まれている。
【0070】
そこで、本装置では、係る要求に対処するため、
図5に対応する
図6に示すように、シフトダウン時の変速作動の際、以下の点において上記比較例と異なる作動がなされる。なお、
図6において、細い破線は、上記比較例による
図5に示す作動を示す。
【0071】
即ち、本装置では、選択変速段が変更前変速段(4速)から変更後変速段(3速)に変更された時点t1において、エンジントルクTeが開度相当値Temから所定量a(>0)だけ減少される。時刻t1以降、エンジントルクTeが「Tem−a」(>半接合用トルクTx)に維持される。その後、「増大中のエンジン回転速度Neが「3速の車速対応回転速度」(=接合側入力軸Ai1の回転速度Ni1)に達した時点t2から所定期間「b・C」が経過した時点」において、エンジントルクTeが開度相当値Temまで戻される(増大される)。
【0072】
本発明者は、「エンジン回転速度が変更後変速段の車速対応回転速度に達した時点」(
図6では、時刻t2)以降において車両の駆動系統に振動が発生開始した状態において、或る適切なタイミングでエンジントルクを所定量aだけ増大すると、その「エンジントルクの増大」が前記振動を打ち消す方向に作用し得、この結果、前記振動が抑制され得ることを見出した(
図6において、時刻t2以降における、エンジン回転速度Ne、接合側入力軸トルクTi1、及び、出力軸トルクToの推移(実線)を参照)。
【0073】
本装置では、このようにエンジントルクTeを所定量aだけ増大するための準備として(エンジントルクTeの増大分を確保するため)、「選択変速段が変更前変速段から変更後変速段に変更された時点」(
図6では、時刻t1)において、エンジントルクTeが開度相当値Temから所定量aだけ事前に減少される。即ち、
図6に示す例では、開放側クラッチトルクTc2とエンジントルクTeとが同時に減少開始されている。なお、時刻t1〜時刻t2の間において、エンジントルクTeが開度相当値Temから所定量aだけ減少されてもよい。以下、「所定量aの大きさ」、並びに、「エンジントルクTeが所定量aだけ増大されて開度相当値Temまで戻される時期」について付言する。
【0074】
<所定量aの大きさ>
所定量aの大きさは、変更前変速段の減速比、変更後変速段の減速比、半接合用トルク、及び、エンジントルク、に基づいて決定され得る。
図6に示す例では、所定量aは、4速の減速比G4、3速の減速比G3、半接合用トルクTx、及び、エンジントルクTe(=Tem)に基づいて決定され得る。この理由は、以下のとおりである。
【0075】
即ち、前記振動を効果的に打ち消すための「エンジントルクの増大量」(=所定量a)は、「接合側クラッチC1の接合の完了の直前から直後までの出力軸トルクToの増加量」に大きく依存すると考えらえる。ここで、上述のように、接合側クラッチC1の接合の完了の直前(時刻t2の直前)では、出力軸トルクToは「G4・Tx」で表され、接合側クラッチC1の接合の完了の直後(時刻t2の直後)では、出力軸トルクToは「G3・Tem」で表される。従って、「接合側クラッチC1の接合の完了の直前から直後までの出力軸トルクToの増加量」は、「G3・Te−G4・Tx」で表される。以上より、所定量aの大きさは、変更前変速段の減速比、変更後変速段の減速比、半接合用トルク、及び、エンジントルク、に基づいて決定され得る。なお、この「エンジントルク」としては、「選択変速段が変更前変速段から変更後変速段に変更された時点」(
図6では、時刻t1)における値Temが使用され得る。また、所定量aは、前記振動が時間の経過と共に減衰していく際の減衰係数にも基づいて決定され得る。この減衰係数は、種々の実験等を通して事前に取得することができる。
【0076】
<エンジントルクTeがTemまで戻される時期>
エンジントルクTeがTemへ向けて戻し始められる時期を、「エンジン回転速度が変更後変速段の車速対応回転速度に達した時点(
図6では、時刻t2)から所定期間が経過した時期」と考えると、この「所定期間」は、変速作動後における、エンジンから駆動輪までの動力伝達系統の「振動周期」に基づいて決定される。なお、一般に、車両のエンジンから駆動輪までの動力伝達系統の振動周期は、変速機にて確立されている変速段の減速比に大きく依存する。従って、シフトダウンの変速作動の完了後の前記動力伝達系統の「振動周期」(
図6の期間C)は、変更後変速段の減速比(
図6では、3速の減速比G3)に基づいて決定される。各変速段に対するそれぞれの「振動周期」は、種々の実験等を通して、事前に取得することができる。
【0077】
上述したように、前記振動の原因は、接合側クラッチの接合が完了した時点にて「車両加速方向のエンジンの慣性トルク」がエンジンの出力軸に発生すること、並びに、接合側クラッチの接合の完了の直前から直後にかけて出力軸トルクの大きさが急激に増大すること、である。従って、変速機の入力軸及び出力軸のトルクの振動は、接合側クラッチの接合の完了の直後においてトルクの推移が「上に凸」の推移となる状態から開始する。
【0078】
本発明者は、このように、「上に凸」から必ず開始される振動の態様において、前記「所定期間」が、前記「振動周期」(
図6の期間C)の25〜50%の時間(
図6の期間「b・C」を参照、ここで係数b=0.25〜0.50)に決定されると、前記振動を効果的に打ち消すことができることを見出した。これは、「接合側クラッチの接合の完了から、前記振動周期の25〜50%の時間が経過した時点」が、「振動するエンジン回転速度が減少していくタイミング」と合致し易いこと、に基づく、と考えられる。なお、エンジントルクTeの調整には応答遅れが不可避的に発生する。従って、エンジントルクTeをTemに戻すためのエンジンへの指令は、エンジントルクTeがTemへ向けて実際に戻し始められる目標時期に対して応答遅れ分だけ早い時期になされることが好ましい。
【0079】
図6に示すように、エンジントルクTeがTemへ向けて戻される際、エンジントルクTeの増加速度が徐々に減少するようにエンジントルクTeを増大することが好ましい。これによれば、エンジントルクTeがTemへ向けてステップ的に増大される場合と比較して、前記振動をより一層効果的に打ち消すことができる。
【0080】
以上、上記実施形態によれば、シフトダウン時の変速作動に要する期間が短く、且つ、シフトダウン時の作動完了後に発生する駆動系統の振動を抑制することができる。