【発明が解決しようとする課題】
【0016】
ところで、置換換気がなされている居室における気流パターンは対象居室に存在する発熱体と吸熱体からの対流に支配される。暖かい空気層は空間上部に、冷たい空気層は空間の下部に形成される。空気は水平方向の空気層内では容易に移動するが、空気層の間を上下に移動するには、より大きな駆動力がファン等に必要となる。(非特許文献1参照)
【0017】
又、特許文献2に開示されたものでは、内壁に設けた吹出口から吹き出す冷風はコアンダ効果(壁面や天井に接近して吹き出された気流は、その面に吸い寄せられて付着するように流れる傾向があるという気流現象)により低層域に留まろうとする。
【0018】
このように、特許文献2に開示されたものは、自然対流を利用した技術であり、垂直温度分布は50%ルールに従う。因みに、50%ルールとは、非特許文献1に記載されているように、床近傍の空気温度が給気温度(例えば、16[℃])と排気温度(例えば、34[℃])の中間(例えば、25[℃])であることをいう。又、非特許文献1では、排気口の位置について述べているが、これは排気口と同様に機械的に空気を空調機3へ吸い込む還気口4についても同様のことが言える。
【0019】
仮に、
図9(c)に示されるように、排気口や還気口4が吹出口と同等の高さ(例えば、3[m]前後)にあって低い場合、室内の垂直温度の勾配は、
(34−25)/3=3[℃/m]
となり、排気口や還気口4が天井近くの高さ(
図9(b)に示されるように、例えば、6[m]程度)にある場合の室内の垂直温度の勾配が、
(34−25)/6=1.5[℃/m]
となるのに比べ、温度勾配が急となる。因みに、温熱環境に関する国際規格としてのISO7730では、温度勾配は、床上0.1[m]から1.1[m]の間において、3[℃/m]より小さくすべきであると述べられている。即ち、排気口や還気口4の高さが低い場合は、垂直温度の勾配が急となり、ISO7730の規定を満たさない場合があり、室内は良好な環境とならない。
【0020】
又、
図9(c)に示されるように、3[℃/m]の垂直温度の勾配の場合、室内の居住者の姿勢が座位の場合1.1[m]、立位の場合1.5[m]程度の高さに顔面があり、16[℃]の吹き出し温度にもかかわらず、顔面高さの空気温度は28〜30[℃]程度となり不快な環境となってしまう。
【0021】
こうした理由により、自然対流を利用している特許文献2に開示されているような従来の温度成層型のものの場合、機械的に空気を空調機3へ吸い込む還気口4を天井近くに設置しなくてはならないが、このように還気口4を天井近くに設置すると、室内の上部熱気を吸い込むこととなり、空調機3の消費エネルギーが大きくなるという不具合を有していた。
【0022】
そして、
図12及び
図13に示されるような従来の温度成層型の空調システムにおいて、夏期冷房時に、前記空調機3から給気ユニット2へ冷房用空気を送り込み、該給気ユニット2から建物1内へ冷房用空気を吹き出すと、
図14に示されるように、冷房用空気は、床面に沿うように流れて建物1内部に冷気が溜まっていき、温度成層が形成されるものの、前記コアンダ効果により低温空気が低層域に留まることによる温度成層を良好に形成するためには、垂直方向の温度勾配を適切にするために、還気口4を高い位置に設置する必要があり、空調機3の消費エネルギーが大きくなって充分な省エネルギー化を図ることができなかった。
【0023】
又、冬期暖房時に、前記空調機3から給気ユニット2へ暖房用空気を送り込み、該給気ユニット2から建物1内へ暖房用空気を吹き出すと、
図15に示されるように、低速で水平方向へ吹き出される暖房用空気は、自身の高い温度による上昇気流によりコアンダ効果が得られず、吹き出された直後から上昇するため、床面に暖房用空気が行き渡らず足元に冷気溜りが生じやすかった。
【0024】
更に又、前記給気ユニット2が建物1の床面レベルにその周方向へ所要間隔をあけて複数配備されるため、暖房用空気も冷房用空気も局所的にしか吹き出されず、建物1内部の温度や湿度のムラが生じやすくなると共に、床面に接するように前記給気ユニット2を配置することによってフロアスペースの一部が利用できなくなっていた。
【0025】
本発明は、上記従来の問題点に鑑みてなしたもので、夏期冷房時には高さ方向に小さい体積の低温空気層を有する温度成層を形成することで充分な省エネルギー化を図り、且つ冬期暖房時には空調機を夏期と同じ風量で運転しながらコールドドラフトを抑制して足元の冷気溜りの発生を抑えつつ、建物内部の高さ方向に小さい体積領域を温度や湿度のムラなく均一に暖房空調することができ、更に、フロアスペースを最大限効率的に利用できる温度成層型空調システムを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明は、天井の高い大空間を内部に有する建物の外部から熱負荷が伝わる領域であるペリメータゾーンにおける設定高さレベルに全体として閉ループを形成するよう配設されるループダクトと、
空気を冷却する冷却コイル及び空気を加熱する温水コイルが内蔵され前記ループダクトへ冷暖房用空気を送り込むための空調機と、
前記ループダクトの下面にその長手方向へ設定ピッチで挿入配置される円筒状部材を有し、該円筒状部材の前記ループダクトの中心軸と平行な上端開口のループダクト内方への差込長さを調節自在に設け、前記空調機によって前記ループダクトへ送り込まれた冷暖房用空気を前記円筒状部材の下端から下降流として吹き出す空気吹出ノズルと、
前記大空間内の前記ループダクトと同一高さレベル又は低いレベルに配設される還気口と
を備えたことを特徴とする温度成層型空調システムにかかるものである。
【0027】
上記手段によれば、以下のような作用が得られる。
【0028】
空調機から冷暖房用空気をループダクトへ送り込むと、冷暖房用空気は、空気吹出ノズルの円筒状部材の下端から下降流として吹き出される。
【0029】
通常のダクトからの空気吹出ノズルは、ダクト内への差込長さを0[cm]とするような接続をするが、この場合、ダクト長手方向に直交する空気吹出ノズルの断面形状寸法を、空調機のダクトに対する接続箇所から、ダクト長手方向最遠箇所まで同じ形状、同じ寸法として均等に吹き出すのは著しく困難である。その原因として、以下の三点が考えられる。
【0030】
その1)空調ダクトの元側に備わる空調機が内蔵する送風機から吐出される、全ての空気吹出口から吹き出す空気量の合算量を同じ断面積のダクト内を通過させるため、まだ空気吹出口から空気量が減少していないダクト元側は、ダクト末端と比較して高速となる。元側に設けた空気吹出口上方ダクト内のダクト延長方向速度が大、つまり動圧が大となり、そこまでの摩擦抵抗を無視すると、送風機で生じた全圧のうちのその位置における動圧が占める割合が大きく、トレードオフとしてダクトの周囲へ押し出す静圧は小さくなっている。よって、ダクト内静圧が小さいことにより元側の空気吹出口からの吹き出しが弱く、風量が小さくなる。
【0031】
その2)ダクトの延長方向に配置される各空気吹出口から空調空気の一部が流出していくと、その下流の空調ダクト内を流れる空気量が減少し、空気の流速が減少するものの、ダクトの長手方向直交断面形状が同じ、つまりダクト断面積が同じなので、動圧が小さくなっていくものの、全圧も空気量減少分小さくなっていくので、静圧が上昇しない。
【0032】
その3)ダクトの元側から中間に掛けての空気吹出口から、期待している空気量が吹き出されないので、ダクト内に余分な空気が残存し、その下流にある空気吹出口の設計合計風量よりも大量の空気が、結局ダクトの末端近くまで持ち越され、該ダクトの閉鎖されている末端で空気の動圧が失われると、全圧が静圧に急激に変換され、前記ダクトの末端付近の空気吹出口から多量の空気が吹き出す。
【0033】
上記のようなメカニズムを理由として、ダクトの長手方向に沿って不均一な吹出し風量となり、ダクトの末端近くからの吹出し風量が多いダクト装置となってしまうと考えられる。
【0034】
ここで、前記空気吹出ノズルのループダクト内方への前記差込長さを0[cm]より大とした場合、ループダクト内を流れる空気が空気吹出ノズルの差込部分による影響を受け、上流側の流れが持ち上げられて空気吹出ノズルに流れ込み、その下流側に渦が発生し、これが大きな流路抵抗を生じさせることとなる。このため、ループダクト全長に亘る各空気吹出ノズルの位置で、ループダクト内を流れる空気の運動エネルギーである動圧から静圧への変換が進み、それぞれの空気吹出ノズルから所定の風量をループダクト長手方向と直交する方向に押し出す静圧が、各空気吹出ノズルの円筒状部材のループダクトの中心軸と平行な上端開口位置で得られて、各空気吹出ノズルで均一な吹き出し風量が得られることとなる。
【0035】
この空気吹出ノズルは、円筒状部材の内径をφ60〜150[mm]とし、円筒状部材での通過風速を2〜7[m/s]としているので、前記空気吹出ノズル下端の高さを床面から2.3[m]以上の位置とすれば、居住者が座位で位置する1.1〜1.2[m]の高さ位置では、風速を0.5[m/s]未満とすることができる。よって、夏期冷房時、前記空気吹出ノズルの真下であっても、気流が肌に触れて不快と感じる、いわゆるドラフト感がほとんどなく、しかも、ゆっくりとした気流が床面に沿って形成されることにより、温度成層が形成される。
【0036】
建物の外部から熱負荷が伝わる領域であるペリメータゾーンにループダクトを設定高さレベルに設置し、該ループダクトに前記均一に空気を吹き出す空気吹出ノズルを挿入配置することにより、吹出し当初は下降流であった気流がペリメータゾーンを包み込むように床に同速度で到達し、一部気流は床面に沿って、他の一部気流は床面にぶつかって少し上方へそれぞれ押し出し流れを形成する。そして、還気口がループダクトと同一高さか又は低いレベルに配設されるのでループダクト下方に冷気が澱むこととなる。
【0037】
この結果、夏期冷房時の室内温度分布は、ループダクトより下層の作業エリアのみが冷房され、上層の人がいないエリアは冷房されないため、大きな省エネルギー効果が得られる。
【0038】
冬期暖房時も夏期冷房時と同じ風量で吹き出すので、前記空気吹出ノズルの真下であっても、前記ドラフト感がほとんどなく、しかも、冬期、建物の外壁から侵入しようとする冷気を、多数の空気吹出ノズルから吹き下ろす吹き出し風により形成される、建物内の壁面に沿ったカーテン状の暖房気流によって遮断することが可能となる。この結果、吹出ダクトから建物内へ暖房用空気を吹き出した際に、該暖房用空気が吹き出された直後から上昇するようなことが避けられ、足元に冷気溜りが生じにくくなって、足元まで快適な暖房が実現される。又、特許文献1に記載の温風暖房機は、重油やガス等の燃料を燃焼させて空気を加熱し、温風の温度を吹き出し直後で40[℃]以上130[℃]以下にするようになっているが、本発明の加熱は、45〜55[℃]の温水を熱媒とする温水コイルを用いて、暖房時における空気吹出ノズルからの温風の吹き出し温度は40[℃]未満でも暖房気流が成立することから、前記空調機としての要求は、熱媒となる温水を加熱してその温度を55[℃]まで上昇させて温水コイルへ導入すれば良いので、空調機と別体の加熱源としては、一般的なヒートポンプ熱源の利用が可能となる。更に本発明では、燃料の燃焼を必要としないので、1次エネルギー換算のエネルギー消費を大きく削減できる。
【0039】
一方、本発明では、夏期冷房時、設定高さレベルに設置されたループダクト下面の空気吹出ノズルから冷風を下降流として供給する方式であって、空気吹出ノズルから供給された冷風は、設定高さレベル以下の体積部分において室内に積極的に拡散しようとするため、ループダクト直下からの冷房が可能となる。即ち、冷房区域はループダクト高さに依存するため、ファンの空気搬送力に頼る機械換気として空気を空調機へ吸い込む還気口を、ループダクト高さまで又はそれ以下に下げたとしても、室内温度は、ループダクトが配設される高さまでは略一定となり、良質な垂直温度勾配が得られる。これにより、本発明では還気口から上部の熱気層を吸い込むことがないため、空調機の消費エネルギーを従来と比較して大幅に抑えることが可能となる。
【0040】
つまり、従来の温度成層空調のように、温度成層が床上から天井直下にかけて一次直線の垂直温度勾配をなすのではなく、本発明では、床上からループダクトが配設される高さまでは空気温度が略一定、即ち垂直温度勾配がほとんどない状態であり、且つループダクトに勾配変化点を有し、それより上方へ向けてある勾配を有する一次直線的リニアな垂直温度勾配をなすような空気温度分布の状態になるので、還気口の位置を下げやすい温度成層が得られる。
【0041】
しかも、本発明では、従来の空調システムのように、吹出ダクトを建物の床面レベルにその周方向へ所要間隔をあけて複数配備しなくて済み、ループダクトを床面から設定高さレベルに配設すれば良く、建物内部の温度や湿度のムラが生じにくくなると共に、前記吹出ダクトによってフロアスペースの一部が利用できなくなってしまう心配もなく、空間の有効活用が可能となり、非常に好ましい。
【0042】
前記温度成層型空調システムにおいては、前記設定高さレベルが床面から2.5〜6[m]の範囲であるようにすることができる。
【0043】
又、前記温度成層型空調システムにおいては、前記建物の天井位置に天井排気口及び該天井排気口から建物内部の空気を外部へ排気する排気ファンを備え、夏期冷房時に排気ファンを所定の間隔で間欠運転するよう構成することができ、このようにすると、前記設定高さレベルより上方に形成される温度勾配を有する温度成層の最高温の空気を排気することが可能となり、熱溜まりを所定の温度に維持し、且つ前記設定高さレベルより下方の冷房区域の温度成層を乱さないようにすることが可能となる。
【0044】
更に又、前記温度成層型空調システムにおいては、前記空気吹出ノズルの円筒状部材外周面に雄ネジを切り、内周面に前記雄ネジと螺合する雌ネジが切られた固定部材を前記ループダクトの下面に穿設された孔に固着し、該固定部材に対し前記円筒状部材をねじ込むよう構成することができ、このようにすると、吹出口の構成が簡単であり、吹き出し量の調整も容易となり、ダクトの製造が安価に行えると共に、ダクト設置時や設置後の調整も容易に行える。