【実施例】
【0026】
[試験醸造]
図1は、汲水及び追水の添加量と醪日数との関係を示したグラフである。縦軸は汲水及び追水の合計の添加量(ml)であり、横軸は醪日数(日)を表している。醪の仕込みにおける酒母の醪日数は−8日目、初添の醪日数は−2日目、仲添の醪日数は0日目、留添の醪日数は1日目である。
図2は、醪の発酵温度と醪日数との関係を示したグラフである。縦軸は発酵温度(℃)であり、横軸は醪日数(日)を表している。醪の仕込みにおける酒母、初添、仲添、及び留添の醪日数は、
図1と同じである。醪の仕込みから醪の発酵における発酵温度と、汲水及び追水の添加タイミングとを、
図1及び
図2に示すように変更して実施例1〜3、及び比較例に関する試験醸造を行った。実施例1及び比較例の掛米、麹米、及び汲水の配合量を以下の表1に示す。実施例2及び実施例3の掛米、麹米、及び汲水の配合量を以下の表2に示す。
【0027】
【表1】
【0028】
【表2】
【0029】
この試験醸造では、掛米には精米歩合60%の米(五百万石)を使用し、米麹には乾燥麹(精米歩合60%)を用いた。酒母には乳酸0.1mlを添加し、酵母の添加量としては、酵母密度が約1×10
7細胞/mlとなるように添加した。汲水及び追水の添加は、表1及び
図1に示すように、実施例1では、掛米及び麹米の合計重量に対して汲水歩合が140%となるように汲水を添加し、醪の発酵初期段階に当たる醪日数3日目〜5日目に各100mlの追水を添加した。実施例2及び実施例3は、表2及び
図1に示すように、掛米及び麹米の合計重量に対して汲水歩合が200%となるように汲水を添加し、追水は添加しなかった。比較例は、実施例1と同様、掛米及び麹米の合計重量に対して汲水歩合が140%となるように汲水を添加し、醪の発酵中期から発酵後期段階に当たる醪日数19日目に50ml、21日目に50ml、26日目に50ml、29日目に100mlの追水を添加した。
【0030】
発酵温度経過については、
図2に示すように、実施例1、実施例2、及び比較例は、酒母(醪日数−8日)を24℃、初添(醪日数−2日)を10℃、仲添(醪日数0日)を9℃、留添(醪日数1日)を8℃で行い、以降醪日数3日目、5日目、7日目、9日目、13日目に1℃ずつ昇温して、最高温度を13℃とした。上槽は、留添後、40日目で行った。実施例3は、酒母(醪日数−8日)を24℃、初添(醪日数−2日)を13℃とし、以降13℃の一定温度で発酵を行った。上槽は、留添後、40日目で行った。
【0031】
(酒質分析)
実施例1〜3及び比較例の上槽酒について、酒質の分析を行った。各種分析方法は、独立行政法人酒類総合研究所が定める「酒類総合研究所標準分析法」(平成22年11月4日、http://www.nrib.go.jp/data/nribanalysis.htm)基づいて実施した。具体的には、以下の方法である。
(1)アルコール:蒸留−密度(比重)法である浮ひょう法、振動式密度計法あるいはそれに準ずる方法を用いて測定する。
(2)日本酒度:日本酒度は、水に対する酒の比重を日本酒度計で計った値である。具体的には、日本酒度計を用いて15℃における清酒の密度を測定し、4℃の水と同じ重さの清酒の日本酒度を0とし、それより軽いものを(+)、重いものを(−)で表す。
(3)酸度:酸度は、清酒に含まれる、有機酸(乳酸、リンゴ酸、コハク酸等)の総量を示した値である。具体的には、10mLの清酒を中和するのに要する水酸化ナトリウム溶液の滴定量(mL)で表す。
(4)アミノ酸度:アミノ酸度は、清酒10mLを0.1Nの水酸化ナトリウムで中和した後、中性ホルマリン液を5mL加え、再度0.1Nの水酸化ナトリウムで中和するのに要する0.1Nの水酸化ナトリウムの滴定量(mL)で表す。
(5)エキス分:エキス分=(S−A)×260+0.21により算出した。
Sは、S(比重(15/4℃))=1443/(1443+日本酒度)の式から算出した。Aはアルコールを比重(15/15℃)に換算して求めた。
(6)簡易算定糖質:エキス分からタンパク質を控除した値(エキス分−タンパク質)を「簡易算定糖質」とした。糖質は、エキス分から、タンパク質、脂質、食物繊維および灰分を控除した値であるが、清酒において、脂質、食物繊維、及び灰分は、糖質とタンパク質の量と比較すると、無視できる程度の量しか含まれていないため、「エキス分−タンパク質」を、間接的に糖質を示すパラメーターとして使用した。
また、各検体に関して生産性を確認するために、酒化率(L/t)を算出した。酒化率は、1トンの白米から生成されるアルコール量(L)の割合を百分率で表したものである。以下の表3に各上槽酒の分析結果を示す。
【0032】
【表3】
【0033】
実施例1及び比較例は、汲水歩合は同じであり、添加した追水の合計量も略同じであるが(汲水歩合140%、追水量:実施例1が300ml,比較例が250ml)、実施例1は、表3に示すように、比較例と比べると、エキス分及び簡易算定糖質が大幅に減少していた。また、実施例2及び3は、実施例1で添加した汲水及び追水の合計量と同じ量の汲水(汲水歩合200%)を添加し、追水を添加しなかったものであるが、実施例1と同様に、比較例と比べてエキス分及び糖質が大幅に減少していた。これら結果から、汲水歩合が一定以上(汲水歩合200%以上)となるように汲水を添加するか、或いは添加する汲水及び追水の合計重量が一定以上となるように、醪の発酵初期までに追水を添加すると、エキス分及び糖質が大幅に低減することが明らかとなった。また、実施例1〜3は、比較例と比べて、アルコール度数及び酒化率が高い値になっていることから、生産性も優れていることが示された。
【0034】
(糖質の分析)
図3は、糖質及び糖質の各成分の濃度を比較したグラフである。
図3(a)は、実施例1〜3及び比較例の上槽酒に含まれる糖質の含有量を示し、
図3(b)は、実施例1〜3及び比較例の上槽酒の糖質に含まれる成分の濃度を示している。実施例1〜3及び比較例の上槽酒に含まれる糖質及び糖質に含まれる成分の量を比較し、糖質の低減効果に関して評価した。糖質は、例えば、食品の重量から、タンパク質、脂質、食物繊維、灰分、エタノールおよび水分の量を控除して算定したものであり、グルコース等の単糖類以外に、二糖類、三糖類、オリゴ糖類、多糖類、糖アルコール、糖エステル等が含まれる。清酒の糖質としては、グルコースや二糖類等の糖類以外に、エチル―α―(D)―グルコシド(以下、α―EGと称す)、α―D−グルコシルグリセロール(以下、α―GGと称す)、及びグリセロール等が多く含まれている。
図3(b)では、清酒中に多く含まれるグルコース、α―EG、α―GG、及びグリセロールの量を比較している。グルコース、α―EG、α―GG、及びグリセロールの分析は、高速液体クロマトグラフ(HPLC:型番LC-20、株式会社島津製作所製)を用いて行った。
【0035】
実施例1〜3は、
図3(a)に示すように、比較例と比べて、糖質を半分以下に低減させた。また、
図3(b)に示すように、糖質に含まれるグルコース、α―EG、α―GG、及びグリセロールの各成分のうち、グリセロールでは優位な低減効果は認められなかったが、α―EGに関しては優位に低減し、グルコース及びα―GGに関しては大幅に低減していた。当該結果から、汲水歩合が一定以上(汲水歩合200%)となるように汲水を留添までに添加するか、或いは添加する汲水及び追水の合計重量が一定以上となるように、醪の発酵初期段階までに追水を添加すると、グルコースだけでなく、α―EGやα―GG等を効果的に低減させ、清酒の糖質が大幅に低減することが示された。
【0036】
(醪の発酵経過とグルコース濃度)
実施例1〜3及び比較例について、醪発酵期間中におけるグルコース濃度の変化を評価した。以下の表4に、醪日数の5日目以降の実施例1〜3及び比較例のグルコース濃度を分析した結果を示す。グルコース濃度は、全自動グルコース測定装置(型番GA−1152、アークレイ株式会社製)を用いて測定した。
【0037】
【表4】
【0038】
実施例1〜3は、表4に示すように、醪の発酵中期である醪日数15日目には、グルコース濃度が0.1(g/dl)未満となり、以降グルコース濃度は低濃度に維持された。実施例1及び2では、初添から醪日数5日目まで10℃以下の低温の発酵温度で醪の発酵を行い、実施例3では、初添えから上槽まで13℃の一定の発酵温度で醪の発酵を行った。発酵温度を13℃の一定で発酵を行った実施例3は、グルコース濃度が醪日数5日目には既に低下しており、8日目にはグルコース濃度が0.1(g/dl)未満になった。また、初添から醪日数5日目まで10℃以下の低温で発酵を行った実施例1及び2では、醪の仕込みにおいて、汲水歩合を200%となるように汲水を添加した実施例2の方が、追水を添加した実施例1よりもグルコース濃度の低下が速かった。実施例2は醪日数12日目にはグルコース濃度が0.1(g/dl)未満になり、実施例1は醪日数15日目にグルコース濃度が0.1(g/dl)未満になった。これに対して比較例では、醪の発酵中期段階以降に追水を行っているが、グルコース濃度が一定濃度以下に低下せず、醪日数22日目以降は、逆にグルコース濃度が高くなった。これら結果から、初添から醪日数5日目まで10℃以下の低温の発酵温度で醪の発酵を行う、例えば、吟醸酒を製造するような場合、上槽酒の糖質を低減させるためには、追水の添加を、醪の発酵初期段階までに行う必要があることが示された。
【0039】
(カプロン酸エチルの含有量の比較)
図4は、カプロン酸エチルの含有量を比較したグラフである。実施例1〜3及び比較例の上槽酒について、カプロン酸エチルの含有量を比較した。カプロン酸エチルは、リンゴ様の華やかな香を有し、特に清酒では重要な香気成分(吟醸香)である。カプロン酸エチルはヘッドスペース法によりガスクロマトグラフィー(型番GC-2010、株式会社島津製作所製)を用いて分析した。
【0040】
比較例は、初添から醪日数5日目まで10℃以下の低温の発酵温度で醪の発酵を行い、さらに、追水を醪の発酵中期から発酵後期段階にかけて添加しているため、吟醸香であるカプロン酸エチルが生成する好適な発酵条件となっている。
図4に示すように、発酵温度を13℃の一定で行った実施例3は、比較例と比べて約50%のカプロン酸エチルの含有量であった。追水を行わず、汲水歩合を200%とした実施例2は、比較例と比べて約85%のカプロン酸エチルの含有量であった。追水を行った実施例1では、比較例と略同等のカプロン酸エチルの含有量であった。当該結果から、実施例1及び2は、糖質を低減させるだけでなく、効率よくカプロン酸エチルを生成することができ、特に実施例1の製造方法、つまり、追水を醪の発酵初期までに添加する清酒の製造方法では、糖質を低減させながら吟醸香を有する清酒を製造できると考えられる。
【0041】
(官能試験)
実施例1〜3及び比較例の各上槽酒について、8人のパネラーにより官能試験を行った。官能試験は、香り、味、後味、コク、苦味等を総合して5段階の採点法により吟醸酒としての評価を行った。点数が小さい方が良好な清酒となる。以下の表5に官能試験結果を示す。
【0042】
【表5】
【0043】
実施例2及び実施例3は、比較例と比べて、吟醸香の香りが弱く、吟醸酒としての官能試験では若干劣る結果となったが、実施例1は、糖質を低減させながら吟醸香の香りがよく比較例と略同等の結果を得ることができた。