(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、引張強度が980MPa以上の特に高強度冷延鋼板や高強度溶融亜鉛めっき鋼板の、延性および曲げ性を改善するために、鋭意検討を重ねて来た。
【0019】
その結果、成分組成を適切に制御することを前提として、鋼板の金属組織におけるフェライト相と硬質相を最適化すると共に、Mnの偏析を適切に制御すれば、980MPa以上の高強度を確保しつつ、延性、および曲げ性を改善できることを見出し、本発明に至った。
【0020】
以下、本発明で金属組織を規定した理由について詳述する。なお、顕微鏡観察によって測定される分率は鋼板の全組織(100%)に占める割合を意味する。本発明を構成する金属組織は、金属組織によって測定方法が相違している。そのため、本発明で規定する金属組織を全て合計した場合、100%を超える場合があるが、これはフレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトの混合組織を構成する残留γが光学顕微鏡観察によって測定されるだけでなく、X線回折によっても重複して測定されるためである。以下、残留オーステナイトを「残留γ」といい、フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトの混合組織を、「MA(Martensite−Austenite Constituent)組織」ということがある。
【0021】
[フェライトの面積率:5%以上50%未満]
フェライトは鋼板の延性と曲げ性を向上させる効果を有する組織である。本発明ではフェライトの面積分率を高めることで、引張強度が980MPa以上の高強度領域における延性、および曲げ性を向上させることができる。このような効果を発揮させるには、フェライトの面積率を5%以上、好ましくは7%以上、より好ましくは10%以上とする。しかし、フェライトが過剰になると鋼板の強度が低下して、980MPa以上の高強度を確保するのが困難となる。したがってフェライトの面積率は50%未満、好ましくは45%以下、より好ましくは40%以下とする。フェライトの面積率は鋼板の板厚1/4位置を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)観察によって測定した値である。
【0022】
[硬質相]
硬質相は引張強度を向上させるのに必要な組織である。本発明では硬質相の面積分率を高めることで、軟質なフェライトを上記面積率の範囲内で存在させつつ、980MPa以上の高強度を達成できる。このような効果を発揮させるには、フェライト以外の残部金属組織が硬質相である必要がある。本発明において硬質相とは、フェライトよりも硬い相であり、例えばベイニティックフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、およびMA組織よりなる群から選択される少なくとも一種であり、本発明では、下記に示す通り、少なくともMA組織を含む。上記硬質相のうち、ベイニティックフェライト、ベイナイト、および焼戻しマルテンサイトは鋼板の板厚1/4位置のSEM観察による測定値である。尚、残留γはベイニティックフェライトのラス間もしくはMA組織に含まれて存在している。
【0023】
[全組織に対するMA組織の面積率:0%超30%以下]
MA組織が存在すると強度や延性を向上させることができる。よって、強度−延性バランスを向上させる観点からは、MA組織の面積率は好ましくは3%以上、より好ましくは4%以上とする。一方、MA組織の面積率が多くなりすぎると、曲げ性が悪化する。よって本発明では、MA組織の面積率を30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは15%以下とする。
【0024】
なお、MA組織を構成するフレッシュマルテンサイトとは、鋼板を加熱温度から室温まで冷却する過程で未変態オーステナイトがマルテンサイト変態した状態のものをいい、加熱処理後の焼戻しマルテンサイトとは区別している。本発明ではレペラー腐食して光学顕微鏡観察したときに白色化した箇所をMA組織とした。なお、フレッシュマルテンサイトと残留γは、光学顕微鏡観察では区別することは困難なため、フレッシュマルテンサイトと残留γの複合組織をMA組織として測定している。MA組織は鋼板の板厚1/4位置の光学顕微鏡観察による測定値である。
【0025】
[Mn濃度が鋼板中のMn濃度の1.2倍以上濃縮している領域:5面積%以上、且つ
□2μm区画でMn濃度が鋼板中のMn濃度の1.2倍以上濃縮している領域の面積分率の標準偏差:4.0%以上]
本発明においてMn濃度の濃縮している領域は、鋼板の横断面をビーム径1μm以下で20μm×20μmの範囲を電子線マイクロプローブ分析計(Electron Probe Microanalyzer:EPMA)を用いた分析によって得られるMn濃度を用いて規定される。また「鋼板中のMn濃度」とは、母材鋼板を誘導結合プラズマ発光分光法で化学分析して得られるMn濃度である。したがってMn濃度が鋼板中のMn濃度の1.2倍以上濃縮している領域とは、母材鋼板中のMn濃度よりもEPMA分析によって得られたMn濃度の測定値が1.2倍以上高い領域であり、20μm×20μmの範囲で測定している。
【0026】
また「□2μm区画」とは、2μm四方の区画であって、本発明では20μm×20μmのEPMA測定範囲を縦横各2μm間隔の線を引いて得られる1区画2μm四方の区画100個に分割し、各区画内でMn濃度が1.2倍以上高い領域の面積分率を測定し、100個の区画で統計学的に標準偏差を求めている。
【0027】
本発明では、Mn濃度分布において鋼板中のMn濃度の1.2倍以上濃縮している領域が、5面積%以上存在し、且つ□2μmの区画でMnが1.2倍以上濃縮している領域の分率を計測したときの標準編差が4.0%以上であれば、曲げ性が大幅に向上することを見出した。以下では、鋼板中のMn濃度の1.2倍以上濃縮している領域を「Mn濃度1.2倍以上の領域」といい、□2μmの区画でMnが1.2倍以上濃縮している領域の分率を計測したときの標準編差を「Mn濃度が1.2倍以上濃縮している領域の標準偏差」あるいは単に「標準偏差」ということがある。
【0028】
すなわち、Mn濃度1.2倍以上の領域は主に硬質相となる。そしてMn濃度1.2倍以上の領域の面積率が大きい程、相対的にフェライト相中のMn濃度が低下してフェライト相の硬度を低下させることができ、曲げ性を向上できる。またMnの偏析が多いほど標準偏差が大きくなるが、曲げ性向上に寄与するフェライト相中のMn濃度が低くなり、フェライト相の硬度を低下させることができる。
【0029】
このような効果を得るためには、Mn濃度1.2倍以上の領域は5.0面積%以上、好ましくは5.2面積%以上、より好ましくは5.5面積%以上とする。一方、Mn濃度1.2倍以上の領域の占める割合が高すぎるとオーステナイトのMs点が低下してMA組織が増加することがあるため、Mn濃度1.2倍以上の領域は好ましくは20面積%以下、より好ましくは15面積%以下とする。
【0030】
また、Mn濃度が1.2倍以上濃縮している領域の標準偏差は4.0%以上、好ましくは4.5%以上、より好ましくは5.0%以上とする。標準偏差が4.0%より小さい場合は、Mnの分布が不十分で均一に分布しているため、曲げ性向上に寄与する上記フェライト相の硬度低下が不十分である。一方、標準偏差の上限は特に限定されず、好ましくは10%以下である。
【0031】
そして上記Mn濃度1.2倍以上の領域を5面積%以上、且つ標準偏差を4.0%以上とすることで、球状化した硬質相をフェライト相中に分散させることができ、鋼材の強度向上効果とフェライトによる曲げ性向上効果を兼備できる。以下、前記球状化した硬質相を「球状硬質相」という。ここで、球状硬質相は硬質相の一部であり、上記硬質相と同じくベイニティックフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、MA組織などから構成される。従来から硬質相とフェライト相の硬度差が大きいと曲げ加工時に界面亀裂が生じ、曲げ性が悪化すると考えられていたが、フェライト相中の球状硬質相によって界面亀裂を抑制できることがわかった。このような効果を得るためには、フェライト相中の球状硬質相は小さい方がよく、アスペクト比で好ましくは3以下、より好ましくは2.5以下、さらに好ましくは、2以下で、円相当径で好ましくは2μm以下、より好ましくは1.8μm以下、更に好ましくは1.5μm以下とする。また上記効果を奏するためには球状硬質相は、上記硬質相に対して好ましくは0.70体積%以上、より好ましくは、0.75体積%以上、更に好ましくは、0.80体積%以上とする。
【0032】
[フェライト中のMn濃度が鋼板中のMn濃度の0.90倍以下]
フェライト相中のMn濃度が高すぎると、フェライト相の硬度を十分に低減できず、曲げ性が悪化することから、フェライト相中のMn濃度は鋼板中のMn濃度よりも低くする必要がある。したがってフェライト相中のMn濃度は、鋼板中のMn濃度の0.90倍以下、好ましくは0.85倍以下、より好ましくは0.80倍以下とする。一方、フェライト中のMn濃度が低くなりすぎると、フェライトの硬度が低下し、強度が不足することがあるため、フェライト中のMn濃度は鋼板中のMn濃度の好ましくは0.3倍以上、より好ましくは0.4倍以上とする。なお、フェライト相中のMn濃度はEPMAにて測定できる。
【0033】
[全組織に対する残留γの体積率:5%以上]
残留γは、鋼板を加工する際に歪を受けて変形し、マルテンサイトに変態することにより良好な延性を確保できると共に、加工時に変形部の硬化を促進して歪の集中を抑制する効果を有することから、鋼板の強度−延性バランス向上に必要な組織である。このような効果を有効に発揮させるには、残留γの体積率は好ましくは5%以上、より好ましくは6%以上、更に好ましくは7%以上とする。なお、残留γの体積率の上限は、特に限定されないが、本発明の成分組成および製造条件の範囲内では、多くても20%以下となる。残留γは鋼板の板厚1/4位置のX線回折法による測定値である。
【0034】
なお、残留γはベイニティックフェライトのラス間もしくはMA組織に含まれて存在する。上記残留γの効果は存在形態によらず発揮されるため、本発明では、測定した際に確認できる残留γは、存在形態に係わらず残留γとした。
【0035】
次に本発明の高強度鋼板の成分組成について説明する。
【0036】
[C:0.10%以上0.30%以下]
Cは、強度を確保し、且つ、残留γの安定性を高めるのに必要な元素である。980MPa以上の引張強度を確保するには、C含有量は0.10%以上、好ましくは0.12%以上、より好ましくは0.15%以上とする。しかし、C含有量が過剰になると、熱延後の強度が上昇し、冷間圧延時に割れが生じたり、最終製品の溶接性が低下するため、C含有量は0.30%以下、好ましくは0.26%以下、より好ましくは0.23%以下とする。
【0037】
[Si:1.2%以上3%以下]
Siは、固溶強化元素として鋼の高強度化に寄与する元素である。また、炭化物の生成を抑え、残留γの生成に有効に作用し、優れたTS×ELバランスを確保するのに有効な元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Si含有量は1.2%以上、好ましくは1.35%以上、より好ましくは1.5%以上とする。しかし、Si含有量が過剰になると、熱間圧延時に著しいスケールが形成されて鋼板表面にスケール跡疵が付き、表面性状が悪くなることがある。また、酸洗性を劣化させる。よってSi含有量は、3%以下、好ましくは2.8%以下、より好ましくは2.6%以下とする。
【0038】
[Mn:0.5%以上3.0%以下]
Mnは、焼入れ性を向上させて鋼板の高強度化に寄与する元素である。また、γを安定化させて、残留γを生成させるのにも有効に作用する元素である。このような作用を有効に発揮させるには、Mn含有量は0.5%以上、好ましくは0.6%以上、より好ましくは1.0%以上、更に好ましくは1.5%以上、より更に好ましくは2.0%以上とする。しかしMn含有量が過剰になると、熱延後の強度が上昇し、冷間圧延時に割れが生じたり、最終製品の溶接性が劣化する原因となる。また過剰なMnの添加は、Mnが偏析して加工性が劣化する原因となる。よってMn含有量は、3.0%以下、好ましくは2.8%以下、より好ましくは2.6%以下とする。
【0039】
[P:0%超0.1%以下]
Pは不可避的に含有する元素であり、鋼板の溶接性を劣化させる元素である。したがってP含有量は、0.1%以下、好ましくは0.08%以下、より好ましくは0.05%以下とする。なお、P含有量はできるだけ少ない方がよいため、下限は特に限定されないが、工業的には下限は0.0005%である。
【0040】
[S:0%超0.05%以下]
Sは、Pと同様、不可避的に含有する元素であり、鋼板の溶接性を劣化させる元素である。また、Sは、鋼板中に硫化物系介在物を形成し、鋼板の加工性を低下させる原因となる。したがってS含有量は、0.05%以下、好ましくは0.01%以下、より好ましくは0.005%以下とする。S含有量はできるだけ少ない方がよいため、下限は特に限定されないが、工業的には下限は0.0001%とする。
【0041】
[Al:0.005%以上0.2%以下]
Alは、脱酸剤として作用する元素である。このような作用を有効に発揮させるには、Al含有量は0.005%以上、より好ましくは0.01%以上とする。しかしAl含有量が過剰になると、鋼板の溶接性が著しく劣化するため、Al含有量は0.2%以下、好ましくは0.15%以下、より好ましくは0.10%以下とする。
【0042】
[N:0%超0.01%以下]
Nは、不可避的に含有する元素であるが、鋼板中に窒化物を析出させて鋼板の高強度化に寄与する元素である。この観点から、N含有量は好ましくは0.001%以上とする。しかしN含有量が過剰になると、窒化物が多量に析出して伸び、伸びフランジ性(λ)、曲げ性などの劣化を引き起こす。従ってN含有量は0.01%以下、好ましくは0.008%以下、より好ましくは0.005%以下とする。
【0043】
[O:0%超0.01%以下]
Oは不可避的に含まれる元素であり、過剰に含まれると延性や加工時の曲げ性の低下を招く元素である。従ってO含有量は、0.01%以下、好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.003%以下とする。なお、O含有量はできるだけ少ない方がよいため、下限は特に限定されないが、工業的には下限は0.0001%である。
【0044】
[その他の成分]
本発明の鋼板は、上記成分組成を満足し、残部は鉄および不可避的不純物である。該不可避的不純物としては、例えば鋼中に原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれることがある上記P、S、N、Oや、Pb、Bi、Sb、Snなどのトランプ元素が含まれることがある。また上記本発明の作用に悪影響を与えない範囲で、更に他の元素として以下の元素を積極的に含有させることも可能である。
【0045】
本発明の鋼板は、更に他の元素として、
(A)Cr:0%超1%以下およびMo:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも一種、
(B)Ti:0%超0.15%以下、Nb:0%超0.15%以下、およびV:0%超0.15%以下よりなる群から選択される少なくとも一種、
(C)Cu:0%超1%以下およびNi:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも一種、
(D)B:0%超0.005%以下、
(E)Ca:0%超0.01%以下、Mg:0%超0.01%以下、およびREM:0%超0.01%以下よりなる群から選択される少なくとも一種、などを含有してもよい。これら(A)〜(E)の元素は、単独、或いは任意に組み合わせて含有させることもできる。こうした範囲を定めた理由は次の通りである。
【0046】
[(A)Cr:0%超1%以下およびMo:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも一種]
CrとMoは、いずれも焼入れ性を高めて鋼板の強度を向上させるのに有効な元素であり、単独で、或いは併用して使用できる。こうした作用を有効に発揮させるには、Cr、Moの含有量は、夫々好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.3%以上とする。しかし、過剰に含有すると加工性が低下し、また高コストとなるため、Cr、Moの含有量は、夫々単独で含有させる場合は、好ましくは1%以下、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下である。CrとMoを併用する場合は、夫々単独で上記上限の範囲内であって、且つ好ましくは合計量を1.5%以下とする。
【0047】
[(B)Ti:0%超0.15%以下、Nb:0%超0.15%以下、およびV:0%超0.15%以下よりなる群から選択される少なくとも一種]
Ti、Nb、およびVは、いずれも鋼板中に炭化物や窒化物の析出物を形成し、鋼板の強度を向上させると共に、旧γ粒を微細化させる作用を有する元素であり、単独で、或いは併用して使用できる。こうした作用を有効に発揮させるには、Ti、Nb、およびVの含有量は、夫々好ましくは0.005%以上、より好ましくは0.010%以上とする。しかし、過剰に含有すると粒界に炭化物が析出し、鋼板の伸びフランジ性や曲げ性が劣化する。従って、Ti、NbおよびVの含有量は、夫々好ましくは0.15%以下、より好ましくは0.12%以下、更に好ましくは0.10%以下とする。
【0048】
[(C)Cu:0%超1%以下およびNi:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも一種]
CuとNiは、残留オーステナイトの生成、安定化に有効に作用する元素であり、更に耐食性を向上させる効果も有する元素であり、単独で、或いは併用して使用できる。こうした作用を発揮させるには、Cu、Niの含有量は、夫々好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.10%以上とする。しかし、Cuは過剰に含有すると熱間加工性が劣化するため、単独で添加する場合には、Cu含有量は好ましくは1%以下、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下とする。Niは過剰に含有すると高コストとなるため、Ni含有量は好ましくは1%以下、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下とする。CuとNiは併用すると上記作用が発現し易くなり、またNiを含有させることによってCu添加による熱間加工性の劣化が抑制されるため、CuとNiを併用する場合、合計量で好ましくは1.5%以下、より好ましくは1.0%以下とする。
【0049】
[(D)B:0%超0.005%以下]
Bは焼入れ性を向上させる元素であり、オーステナイトを安定に室温まで存在させるのに有効な元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、B含有量は好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.0010%以上、更に好ましくは0.0015%以上とする。しかし、過剰に含有すると、ホウ化物を生成して延性を劣化させるため、B含有量は、好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.004%以下、更に好ましくは0.0035%以下とする。
【0050】
[(E)Ca:0%超0.01%以下、Mg:0%超0.01%以下、およびREM:0%超0.01%以下よりなる群から選択される少なくとも一種]
Ca、Mg、およびREMは、鋼板中の介在物を微細分散させる作用を有する元素であり、夫々単独で含有させてもよいし、任意に選ばれる2種以上を含有させてもよい。こうした作用を有効に発揮させるには、Ca、Mg、REMの含有量は、夫々単独で好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.0010%以上とする。しかし、過剰に含まれると、鋳造性や熱間加工性などを劣化させる原因となる。従ってCa、Mg、REMの含有量は、夫々単独で好ましくは0.01%以下、より好ましくは0.008%以下、更に好ましくは0.007%以下とする。
【0051】
なお、本発明においてREMとは希土類元素の略であり、ランタノイド元素、即ちLaからLuまでの15元素、およびスカンジウムとイットリウムを含む意味である。
【0052】
次に、本発明の高強度冷延鋼板、高強度電気亜鉛めっき鋼板、高強度溶融亜鉛めっき鋼板および高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法、特には高強度冷延鋼板と高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法について説明する。尚、高強度冷延鋼板の製造方法と高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法とは、「前記成分組成からなる鋼板の熱延工程で、巻取り温度500℃以上800℃以下で巻取り、その後500℃以上800℃以下で3時間以上保持した後室温まで冷却し、冷延後、(Ac
1点+20℃)以上Ac
3点未満の温度域で均熱保持し、その後、500℃までを平均冷却速度10℃/秒以上、500℃以下を平均冷却速度10℃/秒以上で、500℃以下の温度域まで冷却」するまでの工程は同一であるため、該工程については併せて説明し、前記「500℃以下の温度域まで冷却」後の再加熱工程は両者で異なるため、該工程については高強度冷延鋼板と高強度溶融亜鉛めっき鋼板の場合に分けて説明する。
【0053】
本発明の高強度冷延鋼板と高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法では、上記成分組成を満足する鋼に熱間圧延、および冷間圧延を行って得られた鋼板に対し、後記する焼鈍を行う。高強度冷延鋼板の製造方法では、前記焼鈍後、再加熱を行う。更には必要に応じて、電気亜鉛めっき処理を適宜組み合わせて行うことにより高強度電気亜鉛めっき鋼板を得ることができる。高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法では焼鈍を行った後、再加熱すると共に溶融亜鉛めっき処理を行う。更には必要に応じて、合金化処理を適宜組み合わせて行うことによって高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得ることができる。本発明では製造条件を適切に制御することによって、所望の組織を有する高強度冷延鋼板や高強度溶融亜鉛めっき鋼板等を得ることができる。
【0054】
例えば
図1に示すように上記成分組成を有する鋼を用いて常法に基づき、熱間圧延を行う。熱間圧延では、例えば仕上げ圧延温度がAc
3点以上となるように熱間圧延した後、巻取り温度500℃以上、800℃以下で巻取る。その後500℃以上800℃以下で3時間以上保持した後、室温まで冷却して冷間圧延を行う。尚、仕上げ圧延後の冷却は操業上の上限で約500℃/秒である。
【0055】
冷間圧延後、焼鈍工程として、Ac
1点+20℃以上、Ac
3点未満の2相温度域で均熱保持し、その後、500℃までを平均冷却速度10℃/秒以上で冷却し、次いで500℃以下を平均冷却速度10℃/秒以上で、500℃以下の温度域まで冷却する。高強度冷延鋼板の製造方法では、次いで250℃以上500℃以下の温度域に再加熱して該温度域で30秒間以上保持してから室温まで冷却する工程を含むようにする。また高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法では、前記500℃以下の温度域まで冷却後、次いで250℃以上500℃以下の温度域に再加熱して該温度域で30秒間以上保持すると共に、該保持時間内で溶融亜鉛めっきを施してから室温まで冷却する工程を含むようにする。
【0056】
以下、上記各条件を規定した理由について詳述する。
【0057】
[巻取り温度500℃以上、800℃以下で巻き取り、その後500℃以上800℃以下で3時間以上保持した後、室温まで冷却]
熱間圧延後、巻き取り温度500℃以上、800℃以下で巻き取り、その後500℃以上800℃以下で3時間以上保持することで、上記所定のMn濃度分布を生じさせ、Mnを含む炭化物が析出すると共に、冷間圧延後の焼鈍によってフェライト相中で球状化した硬質相となる。このような効果を得るためには、巻き取り温度は500℃以上、好ましくは550℃以上、より好ましくは600℃以上とする。しかし巻き取り温度が高すぎると鋼板に多量のスケールや、粒界酸化などを生じ、酸洗性が劣化することから、巻き取り温度は800℃以下、好ましくは750℃以下、より好ましくは700℃以下とする。また巻き取り後に保持する温度域は、500℃以上、好ましくは510℃以上、より好ましくは520℃以上、更に好ましくは550℃以上、より更に好ましくは580℃以上とする。一方、保持温度が高すぎると巻き取り温度が高すぎる場合と同じく鋼板に多量のスケールや、粒界酸化などを生じ、酸洗性が劣化することがあるため、保持温度は800℃以下、好ましくは780℃以下、より好ましくは750℃以下、更に好ましくは700℃以下とする。該温度域での保持時間は3時間以上、好ましくは4時間以上、より好ましくは5時間以上、更に好ましくは7時間以上、より更に好ましくは10時間以上である。一方、保持時間が長すぎると巻き取り温度が高すぎることと同様に鋼板に多量のスケールや、粒界酸化などを生じ、酸洗性が劣化することがあるため、保持時間は好ましくは72時間以下、より好ましくは60時間以下とする。
【0058】
本発明において、所定の温度で保持するとは、必ずしも同一温度で保持し続けなくてもよく、所定の温度範囲内であれば、変動してもよい趣旨である。例えば上記保持温度の範囲内で恒温保持してもよいし、この範囲内で変化、即ち、温度低下や加熱による温度上昇、変態に伴う復熱による温度上昇等を含む趣旨である。
【0059】
本発明では上記温度域で所定の時間保持した後、室温まで冷却するが、その際の冷却速度は特に限定されず、例えば空冷などでよい。
【0060】
[酸洗、冷延]
熱間圧延後は、必要に応じて酸洗し、冷延率30〜80%程度の冷間圧延を行う。
【0061】
[焼鈍]
冷間圧延後の焼鈍工程として、Ac
1点+20℃以上、Ac
3点未満の2相域で均熱保持し、その後、500℃までの温度域を平均冷却速度10℃/秒以上で冷却し、次いで500℃以下の温度域を平均冷却速度10℃/秒以上で冷却し、500℃以下の温度域まで冷却する。
【0062】
均熱保持温度をAc
1点+20℃以上、Ac
3点未満の2相域で均熱保持することで、本発明の上記Mn濃度分布を維持しながら、上記所望量のフェライトを確保できる。均熱保持温度がAc
1点+20℃よりも低いと、最終的に得られる鋼板の金属組織のフェライト量が多くなり過ぎて十分な強度を確保できない。そのため、均熱保持温度はAc
1点+20℃以上、好ましくはAc
1点+25℃以上、より好ましくはAc
1点+50℃以上、更に好ましくはAc
1点+80℃以上とする。一方、Ac
3点以上になると、均熱保持中にフェライトを十分に生成・成長させることができず、延性が低下すると共に、Mn濃度分布が均一となり、フェライト相中に生成する球状硬質相が減少する。そのため、均熱保持温度はAc
3点未満、好ましくはAc
3点−5℃以下、より好ましくはAc
3点−10℃以下、更に好ましくはAc
3点−20℃以下の温度とする。
【0063】
なお、上記均熱保持温度域に昇温する際の平均昇温速度は特に限定されず、適宜選択することが可能であり、例えば0.5〜50℃/秒程度の平均昇温速度でもよい。
【0064】
本発明では上記均熱保持温度域での保持時間は特に限定されない。しかしながら保持時間が短すぎると加工組織が残存し、鋼の延性が低下することがあるため、保持時間は好ましくは40秒以上、より好ましくは60秒以上とする。一方、保持時間が長すぎるとオーステナイト相へのMnの濃縮が進み、Ms点が低下してMA組織が増加することがあるため、保持時間は好ましくは3600秒以下、より好ましくは3000秒以下とする。
【0065】
また上述の通り本発明において所定の温度で保持するとは、必ずしも同一温度で保持し続けなくてもよく、所定の温度範囲内であれば、変動してもよい趣旨である。例えば上記均熱保持温度で保持する場合は、Ac
1点+20℃以上、Ac
3点未満の範囲内で恒温保持してもよいし、この範囲内で変化させてもよい。
【0066】
上記Ac
1点とAc
3点は、「レスリー鉄鋼材料化学」(丸善株式会社、1985年5月31日発行、273頁)に記載されている下記(a)式、(b)式から算出できる。式中[ ]は各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼板に含まれない元素の含有量は0質量%として計算すればよい。
Ac
1(℃)=723−10.7×[Mn]−16.9×[Ni]+29.1×[Si]+16.9×[Cr]+290×[As]+6.38×[W]・・・(a)
Ac
3(℃)=910−203×√[C]−15.2×[Ni]+44.7×[Si]+104×[V]+31.5×[Mo]+13.1×[W]−(30×[Mn]+11×[Cr]+20×[Cu]−700×[P]−400×[Al]−120×[As]−400×[Ti])・・・(b)
【0067】
上記均熱保持した後、500℃までの温度域を平均冷却速度10℃/秒以上で冷却する。上記均熱保持温度からの冷却速度を制御することによってMn濃度の高いフェライトの生成を抑制すると共に、フェライトの生成量を抑制できる。平均冷却速度が遅い場合は、冷却中にMn濃度が高いフェライトが生成し、曲げ性を劣化させたり、強度が低下することがある。そのため、平均冷却速度は10℃/秒以上、好ましくは15℃/秒以上であり、より好ましくは20℃/秒以上とする。平均冷却速度の上限は特になく、水冷や油冷でもよい。
【0068】
上記500℃までの温度域を上記平均冷却速度で冷却した後、500℃以下を平均冷却速度10℃/秒以上で冷却する。500℃以下の平均冷却速度を10℃/秒以上とすることで、軟質な高温ベイナイトの生成を抑制すると共に、マルテンサイトの自己焼戻しを抑制して、強度を向上させることができる。このような効果を得るためには、500℃以下の平均冷却速度は10℃/秒以上、好ましくは15℃/秒以上、より好ましくは20℃/秒以上とする。平均冷却速度の上限は特になく、水冷や油冷でもよい。
【0069】
なお、500℃までの平均冷却速度と500℃以下の平均冷却速度は同じであっても異なっていてもよく、上記範囲内で適宜調整すればよい。
【0070】
上記500℃以下を平均冷却速度10℃/秒以上で冷却する場合の冷却停止温度は、500℃以下の温度域である。冷却停止温度が500℃よりも高いと、硬質相が少なくなってしまい、強度を確保できず、またMA組織が増加して曲げ性が劣化する。そのため、冷却停止温度は500℃以下、好ましくは400℃以下、より好ましくは350℃以下、さらに好ましくは300℃以下とする。冷却停止温度の下限は特に限定されないが、操業上、室温までである。
【0071】
以下、再加熱工程については、冷延鋼板の製造方法と溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法に分けて説明する。
【0072】
[冷延鋼板の製造方法における再加熱]
上記500℃以下の温度域で冷却を停止した後、次いで250℃以上、500℃以下の温度域まで再加熱を行い、30秒間以上保持してから室温まで冷却する。
【0073】
冷却停止後、250℃以上、500℃以下の温度域まで再加熱を行い、30秒間以上保持することで、マルテンサイトなどの硬質相を焼戻しすると共に、未変態オーステナイトを変態させることができる。再加熱を行わない場合や保持温度が低すぎる場合は、硬質相の焼き戻しが進まず、高密度の転位が生じたり、MA組織が多量に残存し、曲げ性を悪化させることがある。したがって再加熱温度は、250℃以上、好ましくは300℃以上、より好ましくは350℃以上とする。一方、前記保持温度が高くなりすぎると強度が低下する。したがって再加熱温度は500℃以下、好ましくは470℃以下、より好ましくは450℃以下とする。なお、本発明において、この「再加熱」は文言通り、前記500℃以下までの冷却停止温度からの加熱、即ち、昇温を意味する。従って、再加熱温度は上記冷却停止温度よりも高い温度であり、上記250℃以上、500℃以下の温度域であっても、冷却停止温度と再加熱温度が同じである等温保持や、冷却停止温度から更に低い温度への冷却過程は、この再加熱に含まれない。
【0074】
また上記再加熱温度域での保持時間が短すぎると、硬質相を十分に焼き戻すことができず、また未変態オーステナイトを変態させることができない。したがって保持時間は30秒以上、好ましくは50秒以上、より好ましくは100秒以上、更に好ましくは200秒以上とする。一方、保持時間の上限は特に限定されないが、長時間保持し過ぎると、生産性が低下する他、強度が低下するため、好ましくは1500秒以下、より好ましくは1000秒以下とする。
【0075】
上記再加熱温度域で所定時間保持した後は、室温まで冷却する。この際の平均冷却速度は特に限定されず、好ましくは0.1℃/秒以上、より好ましくは0.4℃/秒以上、好ましくは200℃/秒以下、より好ましくは150℃/秒以下の平均冷却速度で冷却すればよい。
【0076】
本発明では、上記得られた鋼板表面に、電気亜鉛めっき層(EG)が形成されていてもよい。
【0077】
上記の電気亜鉛めっき層の形成方法は特に限定されず、常法の電気亜鉛めっき処理法を採用することができる。例えば、電気亜鉛めっき鋼板を製造する場合、55℃の亜鉛溶液に浸漬しつつ通電し、電気亜鉛めっき処理を行う方法が挙げられる。また片面あたりのめっき付着量も特に限定されず、例えば電気亜鉛めっき鋼板の場合は10〜100g/m
2程度とすることが挙げられる。
【0078】
[溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法における再加熱]
上記500℃以下の温度域で冷却を停止した後、次いで250℃以上、500℃以下の温度域まで再加熱を行い、30秒間以上保持すると共に、該保持時間内で溶融亜鉛めっきを施してから室温まで冷却する。
【0079】
冷却停止後、250℃以上、500℃以下の温度域まで再加熱を行い、30秒間以上保持することで、マルテンサイトなどの硬質相を焼戻しすると共に、未変態オーステナイトを変態させることができる。再加熱を行わない場合や保持温度が低すぎる場合は、硬質相の焼き戻しが進まず、高密度の転位が生じたり、MA組織が多量に残存し、曲げ性を悪化させることがある。したがって再加熱温度は、250℃以上、好ましくは300℃以上、より好ましくは350℃以上とする。一方、前記保持温度が高くなりすぎると強度が低下する。したがって再加熱温度は500℃以下、好ましくは470℃以下、より好ましくは450℃以下とする。なお、本発明において、この「再加熱」は文言通り、前記500℃以下までの冷却停止温度からの加熱、即ち、昇温を意味する。従って、再加熱温度は上記冷却停止温度よりも高い温度であり、上記250℃以上、500℃以下の温度域であっても、冷却停止温度と再加熱温度が同じである等温保持や、冷却停止温度から更に低い温度への冷却過程は、この再加熱に含まれない。
【0080】
また上記再加熱温度域での保持時間が短すぎると、硬質相を十分に焼き戻すことができず、また未変態オーステナイトを変態させることができない。したがって保持時間は30秒以上、好ましくは50秒以上、より好ましくは100秒以上、更に好ましくは200秒以上とする。一方、保持時間の上限は特に限定されないが、長時間保持し過ぎると、生産性が低下する他、強度が低下するため、好ましくは1500秒以下、より好ましくは1000秒以下とする。
【0081】
本発明では上記再加熱温度域での30秒間以上の保持時間内において溶融亜鉛めっき処理を行い、鋼板表面に溶融亜鉛めっき層を形成する。本発明では、溶融亜鉛めっきと上記再加熱温度域における保持とを兼ねて行う。すなわち、再加熱による金属組織や強度などの適切な管理を行うためには、再加熱温度域の上記保持時間において溶融亜鉛めっきを行う必要がある。溶融亜鉛めっき層の形成方法は特に限定されず、常法の溶融亜鉛めっき処理法を採用することができる。例えば上記再加熱温度域に温度調整されためっき浴に鋼板を浸漬させて溶融亜鉛めっき処理を行えばよい。めっき時間は上記保持時間を満足すればよく、所望のめっき量を確保できるように適宜調整すればよい。めっき時間は例えば1〜10秒とすることが好ましい。
【0082】
再加熱における、溶融亜鉛めっき処理と;加熱のみでめっき処理なし;との組み合わせとして、下記種々のパターンがある。
(i)加熱のみを行った後、溶融亜鉛めっき処理を行う。
(ii)溶融亜鉛めっき処理を行った後、加熱のみを行う。
(iii)加熱のみ、溶融亜鉛めっき、加熱のみの順に行う。
【0083】
前記加熱のみの場合の再加熱温度と、溶融亜鉛めっき温度、即ちめっき浴の温度とが異なる場合、一方の温度から他方の温度へ加熱または冷却する場合を含みうる。前記加熱の方法として、炉加熱や誘導加熱等が挙げられる。
【0084】
鋼板表面に合金化溶融亜鉛めっき層を形成する場合は、上記溶融亜鉛めっき後、合金化を行えばよい。合金化温度は特に限定されないが、合金化温度が低すぎると合金化が十分に進まないため、好ましくは450℃以上、より好ましくは460℃以上、更に好ましくは480℃以上である。一方、合金化温度が高すぎると合金化が進行し過ぎてめっき層中のFe濃度が高くなり、めっき密着性が悪化するため、好ましくは550℃以下、より好ましくは540℃以下、更に好ましくは530℃以下である。また合金化処理の時間は特に限定されず、所望の合金化が得られるように調整すればよい。合金化処理時間は好ましくは10秒以上60秒以下である。なお、合金化処理は上記再加熱温度域内で所定時間保持した後に行うため、合金化処理時間は上記再加熱温度域内での保持時間に含まない。
【0085】
上記再加熱温度域で所定時間保持した後は、室温まで冷却する。この際の平均冷却速度は特に限定されず、好ましくは0.1℃/秒以上、より好ましくは0.4℃/秒以上、好ましくは200℃/秒以下、より好ましくは150℃/秒以下の平均冷却速度で冷却すればよい。
【0086】
本発明の技術は、特に板厚が6mm以下の薄鋼板に好適に採用できる。
【0087】
本発明の高強度冷延鋼板および高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、引張強度が980MPa以上、好ましくは1,000MPa以上、より好ましくは1,010MPa以上の鋼板を対象とする。延性は、強度と延性のバランス(引張強度(MPa)×延性(%))で表され、好ましくは15,000(MPa・%)以上、より好ましくは15,100(MPa・%)以上、更に好ましくは15,200(MPa・%)以上とする。曲げ性は強度とVDA曲げ角度のバランス(引張強度(MPa)×VDA曲げ角度(°))で表され、好ましくは100,000(MPa・°)以上、より好ましくは100,500(MPa・°)以上、更に好ましくは101,000(MPa・°)以上とする。
【実施例】
【0088】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0089】
[実施例1]
下記表1に示す成分組成の鋼(残部は鉄および不可避的不純物、表1において空欄は元素を添加していないことを意味する)を溶製し、下記条件で熱間圧延→冷間圧延→連続焼鈍を行って、冷延鋼板を製造した。
【0090】
[熱間圧延]
スラブを1250℃まで加熱し、圧下率90%、仕上げ圧延温度が920℃となるように板厚2.3mmまで熱間圧延した。その後、この温度から平均冷却速度30℃/秒で表2または表3に示す「巻取り温度(℃)」まで冷却して巻き取った後、表2に示す「保持温度1(℃)」、および「保持時間(時間)」で保持するか、表3に示す「保持開始温度(℃)」、「保持終了温度(℃)」、および「保持時間(時間)」の条件で保持した。次いで室温まで空冷して熱延鋼板を製造した。
【0091】
[冷間圧延]
得られた熱延鋼板を酸洗して表面のスケールを除去した後、冷間圧延を行い、板厚1.2mmの冷延鋼板を製造した。
【0092】
[冷延鋼板(CR)の焼鈍]
得られた冷間圧延鋼板を、表2または表3に示す条件で、均熱保持→冷却→再加熱して、供試鋼を製造した。尚、表2のNo.32は、再加熱を行っていない比較例であり、再加熱の代わりに、冷却停止温度480℃から350℃に冷却後、該温度で300秒間保持したことを、再加熱の欄に示している。
【0093】
表中、均熱保持した温度は「均熱温度(℃)」、均熱後500℃までの平均冷却速度は「平均冷却速度1(℃/秒)」、500℃以下での冷却速度は「平均冷却速度2(℃/秒)、冷却停止温度は「冷却停止温度(℃)」、冷却停止後再加熱時の保持温度は「再加熱保持温度(℃)」、該保持温度での保持時間は「再加熱保持時間(秒)」と夫々表記した。なお、本実施例では、均熱保持温度での保持時間を100秒〜600秒とした。前記「再加熱保持温度(℃)」で「再加熱保持時間(秒)」後は、室温まで放冷して供試鋼を得た。なお、後記電気亜鉛めっきを行わなかった冷延鋼板については、表中の「品種」欄に「CR」と記入した。
【0094】
[電気亜鉛めっき鋼板(EG)の製造]
上記供試鋼の一部は、55℃の亜鉛めっき浴に浸漬し、電気めっき処理(電流密度30〜50A/dm
2)を施した後、水洗、乾燥して電気亜鉛めっき鋼板を得た。なお、片面あたりの亜鉛めっき付着量:10〜100g/m
2であった。また上記めっき処理では、適宜アルカリ水溶液浸漬脱脂、水洗、酸洗等の洗浄処理を行って、表面に電気亜鉛めっき層を有する供試鋼を得た。電気亜鉛めっきした鋼板は、表中の「品種」欄に「EG」と記入した。
【0095】
各供試鋼について、下記に詳述する通り、金属組織、Mn濃度、各種機械的特性の評価を行い、表4または表5に示した。
【0096】
[金属組織の測定]
フェライトの面積率、硬質相の面積率、MA組織の面積率、残留γの体積率、球状硬質相の割合は以下のように測定した。すなわち、供試鋼の断面を研磨し、下記に示す通り腐食させてから、光学顕微鏡または走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて板厚の1/4位置を観察した。そして、光学顕微鏡またはSEMで撮影した金属組織写真を画像解析して各組織の割合を測定した。下記に詳細を示す。
【0097】
(フェライトの面積率)
上記研磨後に、ナイタールで腐食し、SEMにて倍率1000倍で3視野(100μm×100μmサイズ/視野)観察し、格子間隔5μm、格子点数20×20の点算法にてフェライトの面積率を測定し、3視野の平均値を算出した。結果を表中の「フェライト(面積%)」に記載した。なお、フェライトの面積率には、フェライト相中の硬質相を除く。
【0098】
(硬質相の面積率)
上記フェライト以外の組織を硬質相とし、上記観察視野100面積%からフェライト面積率を除いた値を硬質相の面積率とした。結果を表中の「硬質相(面積%)」に記載した。なお、硬質相の組織についても観察し、硬質相はベイニティックフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、残留γ、およびMA組織よりなる群から選択される少なくとも一種であることを確認した。
【0099】
(MA組織の面積率)
上記研磨後に、レペラーで腐食し、光学顕微鏡にて倍率1000倍で3視野(100μm×100μmサイズ/視野)観察し、格子間隔5μm、格子点数20×20の点算法にてMA組織の面積率を測定し、3視野の平均値を算出した。結果を表中の「MA(面積%)」に記載した。なお、上記レペラー腐食で白色化した箇所をMA組織として観察した。
【0100】
(残留γの体積率)
板厚1/4位置まで#1000〜#1500のサンドペーパーを使用して研磨した後、更に表面を深さ10〜20μmまで電解研磨してから、X線回折装置(リガク社製RINT1500)を用いて測定した。具体的には、Coターゲットを使用し、40kV−200mAを出力して2θで40°〜130°の範囲を測定し、得られたbcc(α)の回折ピーク(110)、(200)、(211)、及びfcc(γ)の回折ピーク(111)、(200)、(220)、(311)から残留γの定量測定を行った。結果を表中の「残留γ(体積%)」に記載した。
【0101】
(フェライト相中の球状硬質相)
上記研磨後に、ナイタールで腐食し、フェライト相に存在する円相当径で2μm以下のアスペクト比1〜3の球状の硬質相をSEMにて倍率1000倍で3視野(100μm×100μmサイズ/視野)観察し、画像解析して上記硬質相に占める球状硬質相の割合を求めた。結果を表中の「球状硬質相(面積%)」に記載した。
【0102】
[Mn濃度が鋼板中のMn濃度の1.2倍以上濃縮している領域の割合]
Mn濃度は、供試鋼を横断面で切断、樹脂に埋め込み、研磨後、20μm×20μmの範囲を、EPMAを用いビーム径1μm以下の条件で測定した。得られたMn濃度を、誘導結合プラズマ発光分光法で化学分析を行った鋼板のMn濃度で除して鋼板中のMn濃度に対するMn濃度1.2倍以上濃縮している領域の割合を求めた。その後、Mn濃度の1.2倍以上の領域と1.2倍未満の領域をそれぞれ色分けし、Mn濃度の1.2倍以上を有する領域の面積%を求めた。結果を表中の「Mn濃度1.2倍の面積率(%)」に記載した。
【0103】
[Mn濃度が鋼板中のMn濃度の1.2倍以上濃縮している領域の標準偏差]
上記鋼板中のMn濃度に応じて色分けした画像を、□2μm区画に100区画に区切り、各区画内においてMn濃度が1.2倍以上濃縮している領域の分率を計測し、100区画の標準偏差を求めた。結果を表中の「Mn濃度1.2倍領域の標準偏差(面積%)」に記載した。
【0104】
[フェライト相中のMn濃度が鋼板中のMn濃度に占める割合]
上記Mn濃度をEPMA分析にて測定した20μm×20μmと同視野をSEM観察した。EPMA分析結果とSEM画像を見比べて、各フェライト粒とそのMn濃度分布を同定した。フェライト粒の長軸、および短軸の交わる点をフェライト粒の中心位置とし、該中心位置のMn濃度をそのフェライト粒のMn濃度とした。20μm×20μm範囲におけるフェライト粒中心位置のMn濃度を上記手法にて同定し、各20μm×20μm範囲における一番Mn濃度の高いフェライト粒のMn濃度を、鋼板のMn濃度で割ることによって、フェライト相中のMn濃度が鋼板のMn濃度に占める割合を求めた。本発明では20μm×20μmを1視野とし、3視野の平均値をフェライト相中のMn濃度が鋼板のMn濃度に占める割合とした。結果を表中の「フェライト相中Mn濃度の割合」に記載した。
【0105】
[機械的特性の評価]
供試鋼の機械的特性は、JIS Z2201で規定される5号試験片を用いて引張試験を行い、引張強度、および延性を測定した。上記試験片は供試鋼から、圧延方向に対して垂直な方向が長手方向となるように切り出した。得られた引張強度と延性から強度−延性バランスを算出した。表中、引張強度は「TS(MPa)」、延性は「EL(%)」、強度−延性のバランスは「TS×EL(MPa・%)」とした。
【0106】
本発明では、引張強度が980MPa以上の場合は、高強度であり合格とし、980MPa未満の場合は強度不足であり不合格と評価した。
【0107】
また延性は強度−延性バランスで評価し、TS×EL(MPa・%)が15,000(MPa・%)以上の場合は、延性に優れるとして合格とし、15,000未満の場合は、延性が悪いとして不合格と評価した。
【0108】
[曲げ性の評価]
曲げ性はドイツ自動車工業会で規定されたVDA基準(VDA238−100)に基づいて以下の測定条件で評価を行った。本発明では曲げ試験で得られる最大荷重時の変位をVDA基準で角度に変換し、曲げ角度を求めた。結果を表中の「VDA曲げ角度(°)」に記載した。また引張強度と曲げ角度から曲げ性を評価した。結果を表中の「TS×VDA(MPa・°)」に記載した。TS×VDA(MPa・°)が、100,000(MPa・°)以上の場合は、曲げ性に優れるとして合格とし、100,000未満の場合は、曲げ性不足として不合格と評価した。
(測定条件)
試験方法:ロール支持、ポンチ押し込み
ロール径:φ30mm
ポンチ形状:先端R=0.4mm
ロール間距離:2.9mm
押し込み速度:20mm/min
試験片寸法:60mm×60mm
曲げ方向:圧延直角方向
試験機:SIMAZU AUTOGRAPH 20kN
【0109】
【表1】
【0110】
【表2】
【0111】
【表3】
【0112】
【表4】
【0113】
【表5】
【0114】
表1〜5より次のことがわかる。本発明の成分組成を満たす鋼種A〜TおよびW〜ACを用いて本発明で規定する焼鈍条件にて製造した実験No.1〜18、20、24〜26、28、29、および33〜43の鋼板は、引張強度980MPa以上の領域において、延性と曲げ性に優れていた。
【0115】
これに対し、上記以外の鋼板は、下記に詳述する通り、本発明で規定する成分組成や製造条件を満たさず、所望の特性が得られなかった。
【0116】
表1の鋼種UはC含有量、鋼種VはMn含有量が本発明の上限を超えており、冷間圧延時に破断を生じたため、供試鋼を製造できなかった。
【0117】
実験No.19は、500℃以下まで冷却した後、再加熱しなかった例であり、MA組織が増加して曲げ性が劣化した。
【0118】
実験No.21は巻き取り後、所定の温度で保持しなかった例であり、Mn濃度1.2倍領域の標準偏差が低く、曲げ性が悪かった。
【0119】
実験No.22は巻取り温度、および保持温度が低かった例であり、Mn濃度1.2倍の面積率、およびMn濃度1.2倍領域の標準偏差が低く、曲げ性が悪かった。
【0120】
実験No.23は巻き取り後、所定の温度での保持時間が短かった例であり、Mn濃度1.2倍領域の標準偏差が低く、曲げ性が悪かった。
【0121】
実験No.27は均熱温度が高かった例であり、フェライトが生成せず、またMn濃度1.2倍の面積率、およびMn濃度1.2倍領域の標準偏差が低かったため、延性が悪かった。
【0122】
実験No.30は冷却停止温度が高かった例であり、フェライトとMA組織が多くなり、強度が低く、また延性、および曲げ性も悪かった。
【0123】
実験No.31は500℃までの冷却速度が遅い例であり、フェライト相中のMn濃度が高くなりすぎたため、曲げ性が悪化した。
【0124】
実験No.32は500℃以下まで冷却した後、再加熱を行っていない例であり、MA組織が増加して曲げ性が劣化した。
【0125】
[実施例2]
下記表6に示す成分組成の鋼(残部は鉄および不可避的不純物、表6において空欄は元素を添加していないことを意味する)を溶製し、下記条件で熱間圧延→冷間圧延→連続焼鈍を行って、冷延鋼板を製造した。
【0126】
[熱間圧延]
スラブを1250℃まで加熱し、圧下率90%、仕上げ圧延温度が920℃となるように板厚2.3mmまで熱間圧延した。その後、この温度から平均冷却速度30℃/秒で表7または表8に示す「巻取り温度(℃)」まで冷却して巻き取った後、表7に示す「保持温度1(℃)」、および「保持時間(時間)」で保持するか、表8に示す「保持開始温度(℃)」、「保持終了温度(℃)」、および「保持時間(時間)」の条件で保持した。次いで室温まで空冷して熱延鋼板を製造した。
【0127】
[冷間圧延]
得られた熱延鋼板を酸洗して表面のスケールを除去した後、冷間圧延を行い、板厚1.2mmの冷延鋼板を製造した。
【0128】
[冷延鋼板(CR)の焼鈍、溶融亜鉛めっき鋼板や合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造]
得られた冷間圧延鋼板を、表9または表10に示す条件で、均熱保持→冷却→再加熱→めっき処理して、供試鋼を製造した。尚、表7のNo.29は、再加熱を行っていない比較例であり、再加熱の代わりに、冷却停止温度470℃から400℃に冷却後、該温度で45秒間保持したことを、再加熱の欄に示している。
【0129】
表中、均熱保持した温度は「均熱温度(℃)」、均熱後500℃までの平均冷却速度は「平均冷却速度1(℃/秒)」、500℃以下での冷却速度は「平均冷却速度2(℃/秒)、冷却停止温度は「冷却停止温度(℃)」、冷却停止後再加熱時の保持温度は「再加熱保持温度(℃)」、該保持温度での保持時間は「再加熱保持時間(秒)」、めっき浴の温度を「めっき浴温度(℃)」、めっき処理時間を「溶融亜鉛めっき処理時間(秒)」と夫々表記した。なお、「再加熱保持時間(秒)」は「溶融亜鉛めっき処理時間(秒)」を含む合計時間である。
【0130】
前記「再加熱保持温度(℃)」で、ほぼ(「再加熱保持時間(秒)」−「溶融亜鉛めっき処理時間(秒)」)保持した後、亜鉛めっき浴に鋼板を浸漬させ、「溶融亜鉛めっき処理時間(秒)」で溶融亜鉛めっき層を形成した。実験No.31、33では、亜鉛めっき浴へ浸漬直前に、表8の「再加熱保持温度(℃)」から「めっき浴温度(℃)」まで加熱を行ってから亜鉛めっき浴に浸漬させた。尚、一部鋼板には溶融亜鉛めっき処理を施した後、合金化処理を行った。表中、このときの合金化温度を「合金化温度(℃)」、合金化温度での保持時間を「合金化処理時間(秒)」と表記した。所定時間保持した後、室温まで放冷して供試鋼を得た。なお、表中の「品種」欄に溶融亜鉛めっき処理のみを行った鋼板は「GI」、合金化処理も行った鋼板は「GA」と記入した。
【0131】
各供試鋼について、下記に詳述する通り、金属組織、Mn濃度、各種機械的特性の評価を実施例1と同様にして行い、表9または表10に示した。
【0132】
【表6】
【0133】
【表7】
【0134】
【表8】
【0135】
【表9】
【0136】
【表10】
【0137】
表6〜10より次のことがわかる。本発明の成分組成を満たす鋼種A〜NおよびQ〜Uを用いて本発明で規定する焼鈍条件にて製造した実験No.1、2、4、5、10、11、13〜16、18〜23、25〜28、および30〜35の鋼板は、引張強度980MPa以上の領域において、延性と曲げ性に優れていた。
【0138】
これに対し、上記以外の鋼板は、下記に詳述する通り、本発明で規定する成分組成や製造条件を満たさず、所望の特性が得られなかった。
【0139】
表6の鋼種OはC含有量、鋼種PはMn含有量が本発明の上限を超えており、冷間圧延時に破断を生じたため、供試鋼を製造できなかった。
【0140】
実験No.3は500℃以下まで冷却した後の再加熱保持温度での保持時間が短かった例であり、MA組織が増加して曲げ性が劣化した。
【0141】
実験No.6は巻き取り後、所定の温度で保持しなかった例であり、Mn濃度1.2倍領域の標準偏差が低く、曲げ性が悪かった。
【0142】
実験No.7は巻取り温度、および保持温度が低かった例であり、Mn濃度1.2倍の面積率、およびMn濃度1.2倍領域の標準偏差が低く、曲げ性が悪かった。
【0143】
実験No.8は巻き取り後、所定の温度での保持時間が短かった例であり、Mn濃度1.2倍領域の標準偏差が低く、曲げ性が悪かった。
【0144】
実験No.9は、500℃以下まで冷却した後の再加熱が低かった例であり、MA組織が増加して曲げ性が劣化した。
【0145】
実験No.12は均熱温度が高かった例であり、フェライトが十分生成せず、またフェライト相中のMn濃度が高くなりすぎたため、延性が悪かった。
【0146】
実験No.17は冷却停止温度が高かった例であり、フェライトとMA組織が多くなり、強度が低く、また曲げ性も悪かった。
【0147】
実験No.24は500℃までの冷却速度が遅い例であり、フェライト相中のMn濃度が高くなりすぎたため、曲げ性が悪化した。
【0148】
実験No.29は、500℃以下まで冷却した後、再加熱しなかった例であり、MA組織が増加して曲げ性が劣化した。