(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6306711
(24)【登録日】2018年3月16日
(45)【発行日】2018年4月4日
(54)【発明の名称】耐遅れ破壊特性を有するマルテンサイト鋼および製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20180326BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20180326BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20180326BHJP
【FI】
C22C38/00 301U
C22C38/54
C21D9/46 F
【請求項の数】21
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-538711(P2016-538711)
(86)(22)【出願日】2013年12月11日
(65)【公表番号】特表2017-503072(P2017-503072A)
(43)【公表日】2017年1月26日
(86)【国際出願番号】US2013074399
(87)【国際公開番号】WO2015088514
(87)【国際公開日】20150618
【審査請求日】2016年8月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】515214729
【氏名又は名称】アルセロールミタル
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】特許業務法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ソン,ロンジエ
(72)【発明者】
【氏名】ポットーレ,ナラヤン
(72)【発明者】
【氏名】フォンスタイン,ニーナ
【審査官】
田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2007/129676(WO,A1)
【文献】
特開2013−104081(JP,A)
【文献】
特開2010−248565(JP,A)
【文献】
特開2005−097725(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46− 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷延、焼鈍および冷却後に直接得られるマルテンサイト鋼板であって、重量%で以下:
0.30≦C≦0.5%、
0.2≦Mn≦1.5%、
0.5≦Si≦3.0%、
0.02≦Ti≦0.05%、
0.001≦N≦0.008%、
0.0010≦B≦0.0030%、
0.01≦Nb≦0.1%、
0.2≦Cr≦2.0%、
P≦0.02%、
S≦0.005%、
Al≦1%、
Mo≦1%、および
Ni≦0.5%
を含み、
組成の残部が鉄および溶融から生じる不可避な不純物であり、
微細構造が、旧オーステナイトの粒径が20μm未満である100%マルテンサイトであり、
酸浸漬U曲げ試験中での少なくとも24時間の耐遅れ破壊特性を有する鋼板。
【請求項2】
0.01≦Nb≦0.05%である、請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板。
【請求項3】
0.2≦Cr≦1.0%である、請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板。
【請求項4】
Ni≦0.2%である、請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板。
【請求項5】
Ni≦0.05%である、請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板。
【請求項6】
Ni≦0.03%である、請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板。
【請求項7】
1≦Si≦2%である、請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板。
【請求項8】
引張強度が少なくとも1700MPaであり、降伏強度が少なくとも1300MPaであり、全伸び率が少なくとも3%である、請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板。
【請求項9】
耐遅れ破壊特性が、酸浸漬U曲げ試験中に少なくとも100時間である、請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板。
【請求項10】
耐遅れ破壊特性が、酸浸漬U曲げ試験中に少なくとも300時間である、請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板。
【請求項11】
耐遅れ破壊特性が、酸浸漬U曲げ試験中に少なくとも600時間である、請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板。
【請求項12】
請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板を製造する方法であって、
鋼を鋳造してスラブを得るステップ、
1150℃を超える温度Treheatで該スラブを再加熱するステップ、
該再加熱したスラブを850℃を超える温度で熱間圧延して、熱間圧延鋼を得るステップ、
500と660℃との間のコイル化温度Tcoilingまで該熱間圧延鋼を冷却するステップ、
該冷却した熱間圧延鋼をTcoilingでコイル化するステップ、
該熱間圧延鋼を脱スケールするステップ、
該鋼を冷間圧延して、冷間圧延鋼板を得るステップ、
粒径20μm未満の100%オーステナイト微細構造を得るように、Ac3℃と950℃との間の温度Tannealまで加熱し、Tannealで40秒と600秒との間の時間焼き鈍すステップ、および
該冷間圧延鋼を少なくとも100℃/秒の冷却速度CRquenchで室温または焼戻し温度まで冷却するステップ
を含む方法。
【請求項13】
該冷却速度CRquenchが少なくとも200℃/秒である、請求項12に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板の製造方法。
【請求項14】
該冷却速度CRquenchが少なくとも500℃/秒である、請求項13に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板の製造方法。
【請求項15】
該Tannealでの40秒と600秒との間の時間での焼鈍の間に形成されたオーステナイト粒径が15μm未満である、請求項12に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板の製造方法。
【請求項16】
請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼を含む車両用部品。
【請求項17】
請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼を含む構造部材。
【請求項18】
請求項1に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼で作製された部品を含む車両。
【請求項19】
請求項12に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板を製造する方法であって、焼鈍温度から少なくとも820℃の温度T1まで少なくとも1℃/秒の冷却速度で該冷間圧延鋼への冷却ステップを適用するステップをさらに含む方法。
【請求項20】
請求項12に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板の製造方法であって、180℃と300℃との間の温度で少なくとも40秒間、該冷間圧延鋼を焼き戻すステップをさらに含む方法。
【請求項21】
請求項12に記載の冷延焼鈍マルテンサイト鋼板の製造方法であって、該ステップが連続的に行われる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐遅れ破壊特性に対して優れた抵抗性を示す車両用マルテンサイト鋼に関する。そのような鋼は、主として自動車用の構造部材および補強材として使用されることが意図されている。本発明はまた、優れた耐遅れ破壊特性の完全マルテンサイトグレードの鋼を製造する方法も扱う。
【背景技術】
【0002】
車両の鋼部品はしばしば、原子状水素が形成され吸収され得る環境に曝される。吸収された水素は、部品製造の間にすでに吸収された水素に加わることになる。鋼の中で水素が原因となり得る有害な効果には、鋼の破壊応力の低下、延性および靱性の制限、または鋼の内部のクラック成長の加速すらある。水素攻撃に起因する鋼の破壊は、吸収後即座に、または遅れ期間の後に発生する可能性がある。この挙動は、水素脆化に起因する破壊の予測を非常に困難にし、賠償責任および修理の観点からコスト高となり得る。一般に、水素劣化による故障発生率は、鋼の強度の増加に伴って増加し、鋼の強度が1000MPaよりも高いときにより顕著になる。
【0003】
このように、様々な強度レベルを示す、以下で言及されたようないくつかの鋼の系統が提案されてきた。
【0004】
このような発想の中で、硬質化が析出およびフェライト粒径の微細化により同時に得られる微細合金元素を有する鋼が開発されてきた。そのような低合金高張力(HSLA)鋼の開発は、高度高張力鋼と呼ばれるより高い強度の鋼に引き継がれており、それらは二相鋼、ベイナイト鋼、TRIP鋼などの良好な低温成形性を伴う良好な強度レベルを保持するが、このような発想で到達できる引張強度レベルは一般に1300MPa未満である。
【0005】
さらにより高い強度と同時に良好な成形性を有する鋼への要求に応えるために、挑戦として、水素脆化に耐え得るグレードの鋼を得ることにつき多くの開発が行われた。それは1500MPaを超える抵抗性を有するマルテンサイト鋼をもたらすが、鋼中の水素の存在に起因する遅れ破壊問題が発生した。加えて、マルテンサイト鋼の成形性は低レベルである。
【0006】
マルテンサイト鋼の開発は、例えば、国際出願WO2013082188に例示されており、このような出願はマルテンサイト鋼の組成およびその製造方法を取り扱っている。より詳細には、本出願で開示されたマルテンサイト鋼は、1700から2200MPaの範囲の引張強度を有する。さらに詳細には、本発明は薄肉(厚さ1mm)およびその製造方法に関する。しかしながらこのような出願は、耐遅れ破壊特性に対しては沈黙しており、耐遅れ破壊特性の鋼をどのように得るかについては教示していない。
【0007】
また、以下の論文、「ISIJ 1994(vol 7)−Effect of Ni、Cu and Si on delayed fracture properties of High Strength Steels with tensile strength of 1450 by Shiraga」が知られており、これは、水素起因の耐遅れ破壊特性に関するNi含有量の正の効果を教示している。しかしながら、この文献は結果として十分な耐遅れ破壊特性をもたらさなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2013/082188号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】ISIJ 1994(vol 7)−Effect of Ni、Cu and Si on delayed fracture properties of High Strength Steels with tensile strength of 1450 by Shiraga
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
(発明の要旨)
本発明の目的は、以下の引張強度:
− 少なくとも1700MPa、好ましくは少なくとも1800MPa、さらに好ましくは少なくとも1900MPa、
− 少なくとも1300MPa、好ましくは少なくとも1500MPa、さらに好ましくは少なくとも1600MPaの降伏強度、
− 少なくとも3%、好ましくは少なくとも5%、さらに好ましくは少なくとも6%の全伸び率、および
− 酸浸漬U曲げ試験中での少なくとも24時間の耐遅れ破壊特性
を有する、耐性、成形性および耐遅れ破壊特性が向上した、冷延焼鈍鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、酸浸漬U曲げ試験中での少なくとも24時間の耐遅れ破壊特性を有する冷延焼鈍マルテンサイト鋼板であって、重量%で以下:
0.30≦C≦0.5%、
0.2≦Mn≦1.5%、
0.5≦Si≦3.0%、
0.02≦Ti≦0.05%、
0.001≦N≦0.008%、
0.0010≦B≦0.0030%、
0.01≦Nb≦0.1%、
0.2≦Cr≦2.0%、
P≦0.02%、
S≦0.005%、
Al≦1%、
Mo≦1%、および
Ni≦0.5%
を含み、
組成の残部は鉄および溶融から生じた不可避な不純物であり、微細構造が旧オーステナイトの粒径が20μm未満である100%マルテンサイトである、冷延焼鈍マルテンサイト鋼板を提供する。
本発明は、冷延、焼鈍および冷却後に直接得られるマルテンサイト鋼板を提供する。
【0012】
好ましくは、冷延焼鈍マルテンサイト鋼板は、0.01≦Nb≦0.05%となるようにする。
【0013】
好ましくは、冷延焼鈍マルテンサイト鋼板は、0.2≦Cr≦1.0%となるようにする。
【0014】
好ましくは、冷延焼鈍マルテンサイト鋼板は、Ni≦0.2%、さらに好ましくはNi≦0.05%、理想的にはNi≦0.03%となるようにする。
【0015】
好ましくは、冷延焼鈍マルテンサイト鋼板は、1≦Si≦2%となるようにする。
【0016】
好ましい実施形態では、冷延焼鈍マルテンサイト鋼板は、引張強度が少なくとも1700MPa、降伏強度が少なくとも1300MPaおよび全伸び率が少なくとも3%であるようにする。
【0017】
好ましい実施形態では、冷延焼鈍マルテンサイト鋼板は、耐遅れ破壊特性が、酸浸漬U曲げ試験中で少なくとも48時間であり、さらに好ましくは、耐遅れ破壊特性が、酸浸漬U曲げ試験中で少なくとも100時間であり、別の好ましい実施形態では、耐遅れ破壊特性が、酸浸漬U曲げ試験中で少なくとも300時間であるようにする。理想的には、耐遅れ破壊特性は、酸浸漬U曲げ試験中で少なくとも600時間である。
【0018】
本発明はまた、以下のステップ:
− 組成が本発明による鋼を鋳造しスラブを得るステップ、
− 1150℃を超える温度T
reheatでスラブを再加熱するステップ、
− 再加熱したスラブを、850℃を超える温度で熱間圧延して、熱間圧延鋼を得るステップ、
− 500と660℃との間のコイル化温度T
coilingまで熱間圧延鋼を冷却するステップ、その後
− 冷却した熱間圧延鋼をT
coilingでコイル化するステップ、
− 熱間圧延鋼を脱スケールするステップ、
− 鋼を冷間圧延して、冷間圧延鋼板を得るステップ、
− 粒径20μm未満の100%オーステナイト微細構造を得るように、Ac3℃(加熱中にオーステナイトを形成する温度)と950℃との間の温度T
annealまで加熱し、T
annealで40秒と600秒との間の時間で焼き鈍すステップ、
− 場合によって、焼鈍温度から少なくともAc3℃の温度T
1まで、少なくとも1℃/秒の冷却速度で低下させる、冷間圧延鋼に冷却ステップを適用するステップ、
− 冷間圧延鋼を場合により、少なくとも100℃/秒の冷却速度CR
quenchで室温まで冷却するステップ、および
− 場合によって、冷間圧延鋼を180℃と300℃との間の温度で少なくとも40秒間焼き戻すステップ
を含み、ステップは連続的に実施されてもよい、冷延焼鈍マルテンサイト鋼板を製造する方法を提供する。
【0019】
好ましくは、本発明による冷延焼鈍マルテンサイト鋼板を製造する方法では、冷却速度CR
quenchは少なくとも200℃/秒である。
【0020】
好ましい実施形態では、本発明による冷延焼鈍マルテンサイト鋼板を製造する方法では、冷却速度CR
quenchは少なくとも500℃/秒である。
【0021】
好ましくは、本発明による冷延焼鈍マルテンサイト鋼板を製造する方法では、T
annealで40秒と600秒との間の時間での焼鈍中に形成されたオーステナイトの粒径は、15μm未満である。
【0022】
本発明による冷延焼鈍鋼は、車両用の部品を製造するために使用され得る。
【0023】
本発明による冷延焼鈍鋼は、車両用の構造部材を製造するために使用され得る。
【0024】
本発明の好ましい実施形態および主要な態様は、ここで以下の図に関連して説明される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図2】冷延焼鈍マルテンサイト鋼の微細構造を例示する。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明によるマルテンサイト鋼板を得るために、すべての目標に到達し優れた耐遅れ破壊特性を得るように、化学的組成は製造パラメーターと同様に、非常に重要である。0.5%未満のニッケル含有量がH脆化を低減するために必要とされ、0.3と0.5%との間の炭素含有量が引張特性のために必要とされ、0.5%を超えるSi含有量もまた、H脆化の抵抗性改善に必要とされる。
【0027】
以下の化学的組成の元素は、重量パーセントで示される。
【0028】
炭素に関しては、0.5重量%を超える含有量の増加は、結晶粒界の炭化物の数を増加させることになり、これらは鋼の耐遅れ破壊特性の悪化の主要な原因の1つである。しかしながら、少なくとも0.30重量%の炭素含有量は、目標とされる鋼の強度、すなわち1700MPaの引張強度および1300MPaの降伏強度を得るために必要とされる。炭素含有量はゆえに、0.30から0.5重量%の範囲内に限定されるべきである。好ましくは、炭素は0.30と0.40%との間の範囲内に限定される。
【0029】
マンガンは、高張力鋼の遅れ破壊への感受性を増加させる。MnS含有物の形成は、水素によって誘導されるクラック発生の出発点となる傾向があり、この理由のためにマンガン含有量は最大量で1.5重量%に制限される。Mn含有量を0.2重量%未満に低減することは、通常の残留含有量がこのレベルを超えているために、コストおよび生産性に有害となる。マンガン含有量はゆえに、0.2≦Mn≦1.5重量%に制限されるべきである。好ましくは、0.2≦Mn≦1.0重量%、より好ましくは、0.2≦Mn≦0.8重量%である。
【0030】
ケイ素:最低量で0.5重量%が本発明の目標特性に達するために必要とされ、なぜならSiが鋼の耐遅れ破壊特性を向上させるためであり、理由は、
− 水素の拡散運動を低下させて、H
2の形成を妨げる、および
− 場合による焼戻しプロセスの間に炭化物形成を抑制する。
【0031】
ケイ素含有量が3.0重量%を超えると、鋼の被覆性を悪化させる。Siの添加量はゆえに、0.5重量%から3.0重量%の範囲、好ましくは1.2%≦Si≦1.8%に限定される。
【0032】
チタンに関しては、0.02重量%未満のチタンの添加が、結果として本発明の鋼の耐遅れ破壊特性を低めることとなり、酸浸漬U曲げ試験中に50時間未満でクラックが入ることになる。実際、Tiは、Ti(C、N)析出物による水素トラッピング効果のために必要とされる。Tiはまた、強力な窒化物形成体(TiN)として作用するために必要とされ、Tiはホウ素が窒素と反応するのを防ぎ、結果としてホウ素は鋼の中で固溶体となる。加えて、チタン析出物は旧オーステナイト結晶粒界をピン止めし、旧オーステナイト粒径が20μm未満となるようにするため、それで細密な最終的なマルテンサイト構造を有することを可能にする。しかしながら、0.05重量%を超えるTi含有量は、粗大なTi含有析出物をもたらすことになり、それらの粗大な析出物は、それらの結晶粒界ピンニング効果を失うことになる。望ましいチタン含有量はゆえに、0.01と0.05重量%との間である。好ましくは、Ti含有量は、0.02と0.03重量%との間である。
【0033】
0.001重量%未満の窒素含有量は、鋼中の窒化物の析出物を減少させ、析出物によるピンニング効果の少なさのゆえに鋼のより粗大な構造をもたらす。加えて、粗い微細構造は、結晶粒界の量的低下を引き起こし、それはクラック伝搬運動を増加させる。その結果は、鋼の耐遅れ破壊特性の悪化となる。しかしながら、0.008重量%を超える窒素含有量では、鋼中の窒化物はより粗大になり、そのため粒径のピンニング効果の減少が、鋼の耐遅れ破壊特性の悪化を引き起こす。窒素含有量はゆえに、0.001から0.008重量%の範囲内に限定されるべきである。
【0034】
ホウ素は、鋼の焼入性を向上させるために固溶体で残るべきである。0.0010重量%未満では、ホウ素は、本発明の鋼の優れた遅れ破壊に到達するために必要とされる結晶粒界強化に十分に寄与しない。加えて、リンよりも著しく速く結晶粒界に拡散することにより、ホウ素は、耐遅れ破壊特性を悪化させることになる前記結晶粒界でのリンの偏析という害作用を妨げる。しかしながら、0.0030重量%を超えると、ホウ化炭素が形成できる。このため、ホウ素は10から30ppm添加される。
【0035】
望ましいニオブ含有量は、0.01と0.1重量%との間である。0.01重量%未満のNb含有量は、十分な旧オーステナイト粒の微細化効果をもたらさない。一方、0.1重量%を超えるNb含有量では、さらなる粒の微細化はない。好ましくは、Nb含有量は、0.01≦Nb≦0.05重量%になるようにする。
【0036】
クロムについて:2.0重量%を超えると、耐遅れ破壊特性は改善されず、追加のCrは製造コストを増加させる。Crが0.2重量%未満では、耐遅れ破壊特性は期待を満たさないことになる。望ましいクロム含有量は、0.2〜2.0重量%の間である。好ましくは、Cr含有量は、0.2≦Cr≦1.0重量%となるようにする。
【0037】
アルミニウムは、耐遅れ破壊特性に関して正の効果を有する。しかしながら、この元素はオーステナイト安定化剤であり、これは焼鈍中冷却前に完全にオーステナイト化するためにAc3点を上昇させる。完全オーステナイト化は、完全にマルテンサイト微細構造を得るために求められるので、Al含有量は、省エネルギー目的のため、および旧オーステナイト粒子の粗大化をもたらすことになる高い焼鈍温度を避けるために、1.0重量%に制限される。
【0038】
ニッケルについては、従来技術の文献、例えば「ISIJ 1994(vol 7)−Effect of Ni、Cu and Si on delayed fracture properties of High Strength Steels with tensile strength of 1450 by Shiraga」が、ニッケルの添加は耐遅れ破壊特性に有益であると教示している。従来技術の教示とは正反対に、驚くべきことに、ニッケルは本発明の合金では耐遅れ破壊特性に負の影響があることを、発明者らは発見した。この理由のために、ニッケル含有量は0.5重量%に制限され、好ましくは、Ni含有量は0.2重量%よりも低く、さらに好ましくは、Ni含有量は、0.05重量%よりも低く、理想的には、鋼はNiを不純物レベルで、0.03重量%未満で含有する。
【0039】
モリブデン含有量は、コスト問題のために1重量%に制限されるが、加えて、Moを添加しても耐遅れ破壊特性に関する改善が認められなかった。好ましくは、モリブデン含有量は0.5重量%に制限される。
【0040】
リンについては、0.02重量%を超える含有量では、リンは鋼の結晶粒界に沿って偏析し、鋼板の耐遅れ破壊特性の悪化の原因となる。リンの含有量はゆえに、0.02重量%に制限されるべきである。
【0041】
イオウについては、0.005重量%を超える含有量は、大量の非金属性含有物(MnS)をもたらし、これは鋼板の耐遅れ破壊特性の悪化の原因となる。したがって、イオウ含有量は0.005重量%に制限されるべきである。
【0042】
水素劣化はしばしば、結晶粒界の相対的強度に応じて、脆性分裂または境界面分離による粒間破壊として観察される。オーステナイト化中に結晶粒界で不純物(例えば、P、S、SbおよびSn)の偏析が結合することにより、および焼戻し中に結晶粒界に沿ってセメンタイト(Fe3C)が析出することにより、粒間脆化の原因となり得ると考えられている。不純物の偏析の程度、したがって脆化の程度は、合金中にMnが存在することにより強化される。ゆえに、本発明では、S、Sb、SnおよびPの含有量は可能な限り低く制限されることが好ましい。
【0043】
本発明による鋼を製造する方法は、本発明の化学的組成で鋼を鋳造することを含む。
【0044】
鋳造された鋼は、1150℃を超えて再加熱される。スラブの再加熱温度が1150℃未満のときは、鋼は均質でなく、析出物は完全には分解されないことになる。
【0045】
その後スラブは熱間圧延されるが、最後の熱間圧延パスは少なくとも850℃の温度T
1pで起こる。T
1pが850℃未満である場合、熱間加工性が低減され、クラックが出現することになり、圧延力が増加することになる。好ましくは、T
1pは少なくとも870℃である。
− 鋼をコイル化温度Tcoilingまで冷却する。
− Tcoilingは500℃と660℃との間である。
− コイル化の後、熱間圧延鋼は脱スケールされる。
− 最終的な目標厚さに依存することになり、好ましくは30と80%との間である、冷間圧延比で鋼を冷間圧延する。
− その後、後均熱処理が行われる。
− Ac3と950℃との間でなければならない焼鈍温度Tannealまで、鋼を加熱する。
− 焼入れ前に粒径が20μm未満であるオーステナイトを100%形成するように、Ac3と950℃との間の温度Tannealで、少なくとも40秒間、完全なオーステナイト領域で鋼を焼き鈍す。焼鈍温度の制御は、焼入れ前の100%オーステナイト構造に加えて旧オーステナイトの粒径を制御することができるから、プロセスの重要な特徴である。Ac3未満ではフェライトが存在し、フェライトの存在はオーステナイトの化学的組成を変更することになり、鋼の引張強度を目標とする1700MPa未満に低下させ、さらに、フェライトの存在は鋼の中に、焼入れ後に得られる硬質マルテンサイトに比べて非常に軟らかい第2の相を創成することになる。大きく硬度の異なるこれらの2つの相が共存することは、孔拡張または可屈曲性のような実用特性にとって有害である。好ましくは、焼鈍は40から300秒以内で行われ、温度は好ましくは850と900℃との間である。
【0046】
旧オーステナイトは20μm未満でなければならず、なぜなら、本発明の機械的特性および耐遅れ破壊特性は、径が20μmより小さい、好ましくは15μm未満であるときに、改善されるからである。
− その後冷間圧延鋼は、少なくとも1つのステップで冷却される。本発明による好ましい実施形態では、鋼は最初に1℃/秒超の冷却速度CR1で、820℃を超える温度まで冷却されるが、この温度はまだAc3温度を超えている。Ac3は、この冷却ステップでこの温度未満ではフェライトが出現することがある温度である。この第1の冷却ステップは場合による。1℃/秒未満ではオーステナイト粒成長が起こることになり、耐遅れ破壊特性および機械的特性に有害な粗大なマルテンサイト粒をもたらす。
− その後、冷間圧延鋼は、第2の冷却ステップにおいて、100℃/秒超の冷却速度CR2(好ましくはCR2≧200℃/秒、さらに好ましくはCR2≧500℃/秒)で、室温までさらに急速に冷却され、最終的な微細構造が小径のマルテンサイトで作られる。100℃/秒未満では、粗大なマルテンサイト粒またはフェライトさえも出現することになり、これは耐遅れ破壊特性もしくは引張強度のそれぞれに有害となる。
− 室温または焼戻し温度のいずれかまで冷却した後、鋼の延性に有益な焼戻し処理のために、鋼は再加熱され、温度180℃と300℃との間で少なくとも40秒間保持される。180℃未満では、焼戻しは延性に関して効果がないと思われ、完全なマルテンサイト構造は脆性挙動を示すことになる。300℃を超えると、より多くの炭化物形成が鋼の強度を低下させ、耐遅れ破壊特性を悪化させる。
【0047】
マルテンサイトは、焼鈍中に形成されたオーステナイトを冷却した後に形成された構造である。マルテンサイトは、焼戻し後のプロセスステップ中にさらに鍛えられる。このような焼戻しの1つの効果は、延性および耐遅れ破壊特性の向上である。マルテンサイトの含有量は100%でなければならず、本発明の目標とする構造は完全マルテンサイト構造である。
【0048】
本発明による急速冷却CR
2後の場合による焼戻し処理は、温度および時間が特許請求の範囲の範囲内に留まる限り、どのような適切な方法によって実施されても良い。
【0049】
特に、高周波焼鈍は、コイル化されていない鋼板について、連続的に実施され得る。
【0050】
このような焼戻し処理を実施するための別の好ましい方法は、鋼板のコイルについていわゆるバッチ焼鈍を実施することである。
【0051】
機械的特性の目標値に応じて、当業者は、本発明の特性に達するために、本発明の特許請求の範囲内に留まりながら、どのようにして鋼の組成および焼戻しパラメーター(時間および温度)を決定すればよいかを知っている。
【0052】
焼戻し処理の後で、被覆は、例えば、電気亜鉛メッキ、真空メッキ(ジェット蒸着)、または化学蒸着被覆を含めて、どのような適切な方法によっても行われ得る。好ましくは、Znの電着被覆が適用される。
【0053】
略語:
− TS(MPa)は、圧延方向に対して長手方向での引張試験(ASTM)によって測定された引張強度を意味し、
− YS(MPa)は、圧延方向に対して長手方向での引張試験(ASTM)によって測定された降伏強度を意味し、
− 降伏比は、YSとTSとの間の比である。
− TE1(%)は、圧延方向に対して長手方向での引張試験(ASTM)によって測定された全伸び率を意味し、
− UE1(%)は、圧延方向に対して長手方向での引張試験(ASTM)によって測定された一様伸び率を意味し、
− N.E:未評価である。
【0054】
分析方法:
微細構造を、4分の1の厚さの位置でSEMを使用して観察し、すべてが完全にマルテンサイト状であることを明らかにした。
【0055】
機械的特性については、ASTM E8規格を使用して平板引張試験片(熱間圧延鋼に対しては横方向および焼鈍鋼に対しては長手方向)を、室温引張試験のために準備した。試験は、12.5mm/分の一定クロスヘッド速度で行い、伸び計のゲージ範囲は50mmであった。
【0056】
耐遅れ破壊特性に関しては、試験は、平板方形試験片を曲げて85%の引張強度(TS)の所望の応力レベルに、または最大曲げで90%TSに、続いて85%TSの応力状態に緩和することからなる。鋼は、0.1N HCl酸(pH=1)中に浸漬する前に、85%TSで変形させる。
【0057】
曲げの間の最大歪みの変化を監視するために、U曲げ試料の重心に歪みゲージを接着する。標準的な引張試験を使用して測定した完全応力−歪み曲線、すなわち歪みとTSの間の相関関係に基づいて、U曲げの間のTSの目標とする割合を、歪み(例えば、曲げの高さ)を調整することで正確に決定することができる。85%TSの控えめな応力下でのU曲げ試料を、クラックが形成しているかどうかを確かめるために、0.1N HCl中にその後浸漬する。クラック発生の時間が長いほど、鋼の耐遅れ破壊特性が良好である。いくつかのクラックの発生はクラックが起きた数時間(例えば、速やかなクラック発生の報告なしに一晩)後に認められることがあるので、結果は範囲の形で示される。
【0058】
マルテンサイト変態点は、以下の式を使用して測定する。
【数1】
【0059】
焼鈍の間の加熱時に完全オーステナイト構造に達する温度Ac3は、それ自体が当業者に知られたThermo−Calcソフトウエアを使用して計算する。
【0060】
この理論に結びつけられることなく、オーステナイト微細構造は焼鈍中に成長する。オーステナイト微細構造は、室温への冷却中にマルテンサイト微細構造に変化する。その結果、マルテンサイトの粒径は、冷却前の旧オーステナイトの粒径の関数である。マルテンサイトの粒径は、耐遅れ破壊特性および機械的特性に重要な役割を果たす。冷却前および均熱処理中のオーステナイトの粒径が小さいほど、結果としてマルテンサイトの粒径が小さくなり、より良い耐遅れ破壊特性をもたらす。そこで、本発明によれば、材料が、U曲げ試験中に1日(24時間)以上クラック発生しないようにするためには、20μm未満の旧オーステナイト粒径が望まれる。旧オーステナイト粒径は、冷却後に結果として生じるマルテンサイト微細構造上に、EBSD(electron backscatter diffraction(後方散乱電子回折))法を使用して検出できる。
【実施例】
【0061】
実施例のすべての試料は、同じ熱機械的経路を経由している。
【0062】
実施例の試行:
下記の実施例中で使用した鋼は、以下の化学的組成を有する。
【0063】
【表1】
【0064】
上流工程では、1250℃で3時間の再加熱およびオーステナイト化の後、表1に記載の化学的組成で実験室鋳造した50kgのスラブを厚さ65mmから20mmまで実験室の製作機械で熱間圧延した。最終圧延温度は870℃であった。熱間圧延の後、圧延板を空冷した。
【0065】
事前圧延した20mmの厚さの板をシャーリングし、1250℃に3時間再加熱した後、板を熱間圧延して3.4mmにした。最終圧延温度から660℃未満まで平均冷却速度45℃/秒で制御して冷却した後、各組成の熱間圧延鋼を炉の中に温度620℃で1時間保持し、続いて工業的コイル化プロセスを再現するために24時間炉中冷却した。コイル化温度CTは、℃で示される。
【0066】
熱間圧延鋼の両表面を研磨し、すべての脱炭層を除去した。
【0067】
下流工程では、冷間圧下で厚さ1.0mmに低温で圧縮した後、均熱処理を再現するために、試料片にソルトポット処理を施した。前記均熱処理は、1.0mm厚の冷間圧延試験片を900℃まで加熱し、等温でこれを100秒間保持して焼鈍を再現し、続いて第1のステップで880℃まで冷却することを含む。その後、試料を水焼き入れ(WQ)するが、これは100℃/秒をかなり超える冷却速度をもたらす冷却システムである。その後試料を加熱し、200℃で100秒間焼き戻し、室温まで空冷した(最終冷却)。
【0068】
熱間圧延鋼板1から13の微細構造を
図1に示す。図中、フェライトは黒色で、パーライトなどの炭化物を含有する相は白色である。
【0069】
以下の表2および表3は、それぞれ熱間圧延板および冷間圧延板のためのプロセスパラメーターを示す。
【0070】
【表2】
【0071】
【表3】
【0072】
以下の表4からわかるように、どの熱間圧延板も850MPaを超える引張強度を示さず、このことは冷間圧延を従来型の冷間圧延機で実施可能にする。材料が硬すぎると、冷間圧延中にクラックが出現する可能性があり、または熱間圧延鋼が硬すぎると、最終的な目標厚さが達成されない。
【0073】
【表4】
【0074】
鋼1から6は、それらが短時間でクラックを発生させることから、耐遅れ破壊でないことが、以下の表5から明らかにわかる。これらの構想は、U曲げ試験中に1日未満で、ときには6時間未満ですら(1/4日)失敗する。これは、少なくともこれらが0.2重量%のSi含有量であることによる(表1参照)。
【0075】
表3の鋼7〜13に示すように、鋼中へのNbの添加は、明らかに耐遅れ破壊特性を改善する。これは、粒を微細化し、より多くのH捕獲サイトを提供することへのNb析出物の効果に帰すことができる。焼き鈍された100%マルテンサイト鋼は
図2に例示した微細構造を有し、機械的特性および耐遅れ破壊特性試験結果を表5に示す。
【0076】
【表5】
【0077】
鋼の参照番号7から13は、本発明に従っており、鋼13は、この酸浸漬遅れ破壊試験(U曲げ)中、12日超でクラックがなく、少なくとも1600MPaのYS、少なくとも1900MPaの引張強度および少なくとも6%の全伸び率であり、同類結果中最高を示している。
【0078】
旧オーステナイト粒径を、EBSD法を用いて評価することができる。鋼13では、少なくとも3画像に基づいたそれらの値は、結果として10から15μmの間の粒径である。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明による鋼は、無色の部品として自動車の車体に使用できる。