特許第6307188号(P6307188)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6307188
(24)【登録日】2018年3月16日
(45)【発行日】2018年4月4日
(54)【発明の名称】黒色フェライト系ステンレス鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180326BHJP
   C22C 38/28 20060101ALI20180326BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20180326BHJP
   C23C 24/08 20060101ALI20180326BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/28
   C22C38/54
   C23C24/08 C
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-32727(P2017-32727)
(22)【出願日】2017年2月23日
【審査請求日】2017年10月16日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100182925
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 明弘
(72)【発明者】
【氏名】田井 善一
(72)【発明者】
【氏名】齋田 知明
(72)【発明者】
【氏名】今川 一成
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 聡
【審査官】 太田 一平
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−061376(JP,A)
【文献】 特開平08−239733(JP,A)
【文献】 特開2000−129405(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/157578(WO,A1)
【文献】 特開2016−211076(JP,A)
【文献】 特開2016−183375(JP,A)
【文献】 特開平10−259418(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C23C 24/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.020%以下、Si:1.0%以下、Mn:0.35%以下、P:0.04%以下、S:0.005%以下、Cr:11〜25%、Mo:1.0%以下、N:0.020%以下、Al:0.4%以下、Ti:10(C+N)〜0.3%、Nb:0.05%以下、O:0.01%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼を素地とし、前記素地の上に酸化皮膜が形成された表面を有しており、
前記表面は、明度指数(L*)がL*≦45、クロマネチックス指数(a*、b*)が、−5≦a*≦5、−5≦b*≦5、黒色度(E)がE=(L*+a*+b*1/2≦45の範囲にある、溶接性に優れる黒色フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
前記ステンレス鋼が、さらに、質量%で、Ni:1.0%以下、Cu:1.0%以下、V:1.0%以下、B:0.01%以下から選ばれる一種又は二種以上を含有する、請求項1に記載の溶接性に優れる黒色フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
前記ステンレス鋼が、さらに、質量%で、Ca:0.01%以下、REM:0.01%以下、Zr:0.1%以下から選ばれる一種又は二種以上を含有する、請求項1または2に記載の溶接性に優れる黒色フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
平板部の黒色度と溶接熱影響部の黒色度との黒色度差が10以下であり、かつ、平板部と溶接熱影響部との孔食電位差が100mV以下である、請求項1〜3のいずれかに記載の溶接性に優れる黒色フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載された黒色フェライト系ステンレス鋼を含む溶接構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒色の均一な色調を備えた意匠性に加えて、溶接性に優れたフェライト系ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、耐食性、意匠性に優れた素材であり、ステンレス無垢材が有する光沢のある銀白色の地肌を活かし、内装・外装材、排ガス経路部材等に使用されている。一方で、銀白色以外の意匠が求められる場合は、様々な色調を持つステンレス鋼が適用される。ステンレス鋼に黒色の色調を付与する手段としては、化学発色法、塗装法、酸化処理法等が採用されている。
【0003】
酸化処理法は、酸化性雰囲気でステンレス鋼を加熱し、表面に形成した酸化皮膜によって黒色の色調を付与するものである。酸化処理法は、ステンレス鋼の製造工程における焼鈍処理を利用できるので、工程数を追加する必要がなく、化学発色法および塗装法に比べて安価に黒色の色調を付与することが可能である。
【0004】
酸化処理法によるステンレス鋼の黒色処理は、酸化皮膜の組成および厚さが影響するため、ステンレス鋼の化学成分の他に、雰囲気、加熱温度、加熱時間などの処理条件を選定する必要がある。例えば、特許文献1には、0.1〜1.5質量%のTiを含有させたステンレス鋼を大気中で特定の温度範囲に加熱することにより黒色の色調を有するステンレス鋼を製造する方法が記載されている。特許文献2には、黒色の色調付与に適する露点について記載されている。特許文献3には、0.05〜1.0%のTiを含有させたステンレス鋼を、酸素濃度5〜15体積%の雰囲気で加熱することにより、密着性の良い黒色皮膜を形成する方法が記載されている。特許文献4には、熱延後に#150以上の研磨ベルトで仕上げ研磨した後、冷延率50%以上で冷間圧延し、酸化処理を行い、均一な黒色皮膜を形成する方法が記載されている。特許文献5には、酸化皮膜直下のCr貧化層におけるCr濃度および酸化皮膜内層のAl濃度を規制することにより、耐食性に優れる酸化皮膜を形成する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平4−33863号公報
【特許文献2】特開平11−61376号公報
【特許文献3】特許第3198979号公報
【特許文献4】特許第3657356号公報
【特許文献5】特許第3770995号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車の排気系部材などの製品は、鋼板を加工した後に溶接されて、所定形状に成形され、その後、製品表面に塗装処理が施される。この塗装処理は、製造コストの増加につながる。また、排気系部材のような製品は、高温に曝されるため、適正な塗料を選択する必要がある。そこで、塗装処理を省略するため、耐食性と意匠性に優れる黒色ステンレス鋼板の適用が検討されている。しかし、酸化処理法により黒色化された黒色ステンレス鋼板は、溶接時に、表面の酸化皮膜が溶接部に巻き込まれて、溶接部の靭性を低下させる場合がある。また、溶接時の加熱が黒色ステンレス鋼板の黒色度や耐食性に影響する可能性がある。
【0007】
本発明は、酸化処理により黒色の色調が付与された黒色ステンレス鋼板であって、溶接された後も、良好な靭性および耐食性を確保できるとともに、表面の黒色度を維持できる、溶接性に優れる黒色ステンレス鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために検討し、フェライト系ステンレス鋼の合金成分および鋼板表面の酸化皮膜を制御することにより、溶接部の靭性および耐食性を良好に確保できるとともに、表面の黒色度を維持できることを見出し、本発明に至った。具体的には、本発明は、以下のものを提供する。
【0009】
(1)本発明は、質量%で、C:0.020%以下、Si:1.0%以下、Mn:0.35%以下、P:0.04%以下、S:0.005%以下、Cr:11〜25%、Mo:1.0%以下、N:0.020%以下、Al:0.4%以下、Ti:10(C+N)〜0.3%、Nb:0.05%以下、O:0.01%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼を素地とし、前記素地の上に酸化皮膜が形成された表面を有しており、前記表面は、明度指数(L*)がL*≦45、クロマネチックス指数(a*、b*)が、−5≦a*≦5、−5≦b*≦5、黒色度(E)がE=(L*+a*+b*1/2≦45の範囲にある、溶接性に優れる黒色フェライト系ステンレス鋼板である。
【0010】
(2)本発明は、前記ステンレス鋼が、さらに、質量%で、Ni:1.0%以下、Cu:1.0%以下、V:1.0%以下、B:0.01%以下から選ばれる一種又は二種以上を含有する、(1)に記載の溶接性に優れる黒色フェライト系ステンレス鋼板である。
【0011】
(3)本発明は、前記ステンレス鋼が、さらに、質量%で、Ca:0.01%以下、REM:0.01%以下、Zr:0.1%以下から選ばれる一種又は二種以上を含有する、(1)または(2)に記載の溶接性に優れる黒色フェライト系ステンレス鋼板である。
【0012】
(4)本発明は、平板部の黒色度と溶接熱影響部の黒色度との黒色度差が10以下であり、かつ、平板部と溶接熱影響部との孔食電位差が100mV以下である、(1)〜(3)のいずれかに記載の溶接性に優れる黒色フェライト系ステンレス鋼板である。
【0013】
(5)本発明は、(1)〜(4)のいずれかに記載された黒色フェライト系ステンレス鋼を含む溶接構造体である。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、溶接された後も、良好な靭性および耐食性を確保できるとともに、表面の黒色度が維持され、良好な耐皮膜剥離性を有する、溶接性に優れる黒色ステンレス鋼板を提供できる。当該黒色ステンレス鋼板をプレスによる成形および溶接による加工に適用できるから、排気系部材などの製品に広く適用可能である。また、溶接後においても鋼板表面の黒色の色調が維持されるので、塗装を省略して使用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態について説明する。本発明は、以下の説明に限定されるものではない。
【0016】
本発明に係る黒色フェライト系ステンレス鋼板は、具体的には、以下の成分を含有する。なお、以下に記載する各元素の含有量を示す%表示は、特に断わらない限り、質量%を意味する。
【0017】
Cは、ステンレス鋼中に不可避的に含まれる元素である。C含有量を低減すると、炭化物の生成が少なくなり、溶接部の耐食性および鋭敏化特性を向上させるため、0.020%以下が好ましく、0.015%以下がより好ましい。他方、C含有量を低減させる精錬処理の時間が長くなると、製造コストの上昇を招くため、C含有量の下限は、0.005%以上で含有してもよい。
【0018】
Siは、耐スケール剥離性等の耐高温酸化性を向上させる合金成分であり、0.05%以上を含有してもよい。他方、Siを過剰に含有させると、鋼板の延性が低下して、加工性の低下や低温靭性の低下を招く。そのため、Siの含有量は、1.0%以下が好ましく、より好ましくは、0.7%以下である。
【0019】
Mnは、耐スケール剥離性等の耐高温酸化性の向上に有効な元素であり、0.04%以上を含有してもよい。他方、Mnを過剰に含有させると、加工性および溶接性が低下する。さらに、Crの含有量が少ない場合には、Mnの添加によりマルテンサイト相の形成が促進され、溶接部の加工性を低下させる可能性がある。そのため、Mnの含有量は、0.35%以下が好ましく、より好ましくは、0.30%以下である。
【0020】
PおよびSは、ステンレス鋼中に不可避的に含まれる元素であり、溶接部の靭性を低下させるため、可能な限り含有量を低減することが好ましい。PおよびSの含有量は、それぞれ0.04%以下、0.005%以下とした。
【0021】
Crは、ステンレス鋼の表面に不働態皮膜を形成する主要な合金元素であり、耐孔食性、耐隙間腐食性および一般耐食性の向上をもたらす。黒色の色調を有する均一な酸化皮膜を形成するには、11%以上を含有することが好ましい。より好ましくは、17%以上である。他方、Crを過剰に含有させると、機械的性質や靭性の低下を招き、さらにはコストを増大させる要因となる。そのため、Cr含有量は、25%以下が好ましい。一般的な使用には23%以下でもよい。
【0022】
Moは、Crと同様に、耐食性レベルを向上させるための有効な元素である。他方、Moを過剰に含有させると、酸化処理時に、局所的に酸化皮膜が形成されるため、均一な黒色皮膜の形成を阻害する。さらに、溶接熱影響部における酸化皮膜の形成が進行しやすく、溶接熱影響部の色調と平板部の色調との差が大きくなるため、外観を損なう。そのため、Mo含有量は、1.0%以下が好ましく、より好ましくは、0.60%以下である。
【0023】
Nは、不可避的不純物であり、Tiと結合して窒化物を形成する。後記するように、黒色皮膜の形成には、Tiを必要とするところ、N含有量が多くなると、鋼中の固溶Ti量が減少するため、黒色皮膜の形成が阻害される。また、形成された窒化物は、腐食の起点になりやすく、耐食性、特に耐孔食性を低下させる。さらに、溶接部の靱性低下を招く。そのため、N含有量は、0.020%以下とした。
【0024】
Alは、フェライト系ステンレス鋼表面に緻密な保護性の酸化皮膜を形成して耐酸化性を向上させる合金成分であり、0.04%以上を含有することができる。他方、Alを過剰に含有させると、低温靭性が低下するため、Al含有量は、0.4%以下が好ましく、より好ましくは、0.10%以下である。
【0025】
Tiは、CおよびNと親和力の強い元素であるため、炭窒化物を形成して粒界腐食を抑制することができる。さらに、酸化処理により、TiおよびCr酸化物からなる黒色皮膜を形成する。そのため、Tiは、CおよびNの含有量(質量%)の10倍以上を含有することが好ましい。他方、Tiを過剰に含有させると、表面品質や加工性が低下する。また、酸化皮膜の成長が不均一となり、表面にムラが生じ易い。そのため、Tiの含有量は、0.3%以下が好ましい。
【0026】
Nbは、Tiと同様に、CおよびNと親和力の強い元素であり、炭窒化物を形成して粒界腐食を抑制する。他方、Nbの酸化物は、TiおよびCr酸化物による黒色皮膜の形成を阻害して、黒色度に富む均一な酸化皮膜の形成を困難にする。そのため、Nbの含有量は、0.05%以下であることが好ましく、0.02%以下がより好ましい。
【0027】
Oは、不可避的不純物であり、溶接時にAlなどと酸化物を形成し、靭性を低下させるため、可能な限り含有量を低減することが好ましい。そのため、Oの含有量は、0.01%以下とした。
【0028】
必要に応じて、Ni:1.0%以下、Cu:1.0%以下、V:1.0%以下、B:0.01%以下の少なくとも1種以上を含有させることが好ましい。
【0029】
Niは、耐食性の向上および加工性の低下を防止する作用を有する合金成分であり、0.05%以上を含有してもよい。他方、Niは、オーステナイト生成元素であって、含有量が過多になると、溶接部の相バランスを損ねる可能性があり、さらにコストを増大させる要因にもなる。そのため、Niの含有量は、1.0%以下が好ましく、より好ましくは0.7%以下である。
【0030】
Cuは、Moと同様に、耐食性、特に耐孔食性を向上させる上で重要な元素であり、0.01%以上を含有してもよい。他方、Cuを過多に添加すると、鋼板が硬質化して加工性の低下を招く。そのため、Cu含有量は、1.0%以下が好ましく、より好ましくは0.50%以下である。
【0031】
Vは、靭性を損なわずに高温強度を向上させる合金成分であり、0.01%以上を含有してもよい。他方、Vを過剰に含有させると、鋼板が硬質化して加工性の低下を招く。そのため、V含有量は、1.0%以下が好ましく、より好ましくは0.50%以下である。
【0032】
Bは、低温靭性を向上させる合金成分であり、0.0005%以上を含有してもよい。他方、Bを過剰に含有させると、延性が低下して加工性の低下を招く。そのため、B含有量は、0.01%以下が好ましく、より好ましくは0.0050%以下である。
【0033】
また、必要に応じて、Ca、REMまたはZrを添加することができる。Ca、REMまたはZrは、ステンレス鋼中に不可避的に含まれるSおよびPに対して優先的に化合物を形成することで、溶接部の靭性低下を抑制する合金成分であり、CaおよびREMは、それぞれ0.001%以上、Zrは、0.01%以上を含有することができる。他方、これらの元素を過多に添加すると、鋼板が硬質化して加工性の低下を招き、また、製造時に表面疵が生じやすくなって製造性を低下させる。そのため、Ca、REMまたはZrは、少なくとも1種以上をCaおよびREMは、それぞれ0.01%以下、Zrは、0.1%以下を含有させることが好ましい。
【0034】
酸化処理による黒色ステンレス鋼板の製造方法は、特許文献1、3および4で記載された方法を適用できる。例えば、ステンレス鋼スラブを熱間圧延し、得られた熱延コイルを焼鈍、酸洗した後に、#150以上の研磨ベルトにより表面に仕上げ研磨を施す。次いで、冷延率50%以上で冷間圧延した後、得られた冷延板を酸化性雰囲気において900℃以上で60秒以上焼鈍して、黒色ステンレス鋼板が得られる。あるいは、熱延コイルを焼鈍、酸洗した後に冷延、焼鈍、酸洗を施した冷延焼鈍板を用いた場合、#150以上の研磨ベルトにより表面に仕上げ研磨を施した後、酸化性雰囲気において900℃以上で60秒以上焼鈍することで、黒色ステンレス鋼板が得られる。したがって、仕上げ研磨工程なしでも黒色の酸化皮膜形成は可能であるが、均一な酸化皮膜を形成するため研磨を施すことが好ましい。黒色ステンレス鋼板は、所定形状に成形加工された後、溶接接合される。溶接手段としては、一般的なMIG溶接およびTIG溶接が使用される。
【0035】
(色調)
本発明に係る黒色ステンレス鋼板は、素地のステンレス鋼が上述の成分組成を有することに加えて、素地の上に酸化皮膜が形成された表面外観をCIELAB(L*a*b*表色系)により規定した。試験材の表面において、明るさを示す明度指数L*、色調を示すクロマネチックス指数a*、b*、黒色度E=(L*+a*+b*1/2を特定の範囲とした。これらの数値は、JIS Z 8722に準拠する色調測定で得られる。鋼板の平板部と、溶接部から5mm離れた溶接熱影響部において、任意の5点で測定し、平均した数値を得た。本発明に係る黒色ステンレス鋼板は、その表面が、L*≦45、−5≦a*≦5、−5≦b*≦5かつE=(L*+a*+b*1/2≦45の範囲を有している。なお、上記の黒色度Eは、一般的には、色差と称される指標であり、本明細書では「黒色度」ということにする。
【0036】
(黒色度差)
本明細書では、平板部の黒色度(E1)と、溶接熱影響部の黒色度(E2)との差を黒色度差ΔEということにする。黒色ステンレス鋼板において、E1は、E2より大きな数値になるのが一般的であるが、逆の関係を示したとしても、「E1−E2」の絶対値により、黒色度差ΔEを評価すればよい。本発明に係る黒色ステンレス鋼板は、溶接後の黒色度差ΔEが10以下である特性を備えているため、平板部に対する溶接熱影響部の黒色度の差が小さく、溶接後においても優れた意匠性を確保できる。黒色度差ΔEは、5以下であると、さらに好ましい。
【0037】
(孔食電位差)
孔食電位(V’c)は、孔食が発生するか否かの目安となるものであり、孔食電位が使用環境の電位(自然電位)よりも高いと、孔食の発生が抑制される。本明細書では、平板部の孔食電位V’c1と溶接熱影響部の孔食電位V’c2との差を孔食電位差ΔV’cということにする。黒色ステンレス鋼板において、V’c1は、V’c2よりも大きな数値になるのが一般的であるが、逆の関係を示したとしても、「V’c1−V’c2」の絶対値により、孔食電位差ΔV’cを評価すればよい。本発明に係る黒色ステンレス鋼板は、溶接後の孔食電位差ΔV’cが100mV以下である特性を備えているため、平板部と比べて、溶接熱影響部における耐食性の低下が小さく、溶接後においても優れた耐食性を維持できる。孔食電位差ΔV’cは、50mV以下であると、さらに好ましい。
【実施例】
【0038】
以下、本発明に係る実施例について説明する。本発明は、以下の説明に限定されるものではない。
【0039】
表1に示す化学成分を有するステンレス鋼(実施例1〜8、比較例1〜11)を溶製し、熱間圧延によって板厚3.0mmの熱延板を作製した。この熱延板に1050℃で3分間焼鈍を施した後、ドライホーニングを用いて表面の酸化皮膜を除去した。その後、板厚1.0mmまで冷間圧延し、1030℃で1分間の仕上焼鈍を施した後、120番、240番および400番の乾式研磨紙を順次用いて手研磨を行い、鋼板表面の酸化スケールを除去した。表1の鋼組成は、質量%で示されており、残部がFeおよび不可避的不純物である。
【0040】
その後、得られた実施例1〜8、比較例1〜9の鋼板の表面を黒色化するため、大気雰囲気下で、1050℃、3分の熱処理による黒色処理を施して試験材(A)とした。得られた2枚の黒色ステンレス鋼板を溶接して、試験材(B)を作製した。溶接は、心線にY310を用いて、MIG溶接を行った。また、比較例10、11は、黒色処理を施さずに試験材とした。これらの試験材を所定の評価試験に供した。
【0041】
【表1】
【0042】
(平板部黒色度の評価試験)
試験材(A)により、平板部黒色度を評価した。試験材(A)表面における任意の5点に対して、測定径3mmφ程度の分光測色計によるCIELAB(L*a*b*表色系)を用いて、明度指数L*、クロマネチックス指数a*、b*を測定し、平均値を得た。L*、a*、b*がL*≦45、−5≦a*≦5、−5≦b*≦5をともに満たすときを合格とした。さらに、L*、a*、b*に基づいて、平板部の黒色度E1=(L*+a*+b*1/2を算出し、E1≦45を満たすとき、合格とした。また、黒色の色調の程度を目視で評価した。色調において不均一な部分が観察されなかったものを合格(○)、不均一な部分が観察されたものを不合格(×)と評価した。
【0043】
(溶接部黒色度の評価試験)
溶接を施した試験材(B)により、溶接部黒色度を評価した。試験材(B)において、溶接部から5mm離れた溶接熱影響部の任意の5点に対して、分光測色計による測定を行い、溶接熱影響部の黒色度E2を得た。前述の測定で得られた平板部の黒色度E1との黒色度差ΔEを算出した。黒色度差ΔEが、5以下であるときを良好(◎)、5超から10以下であるときを合格(○)、10を超えるときを不合格(×)と評価した。
【0044】
(耐食性の評価試験)
試験材(B)を切削加工して、20mm×15mmの寸法の耐食性試験片を作製した。平板部の耐食性試験片は、試験材(B)の溶接部より50mm離れた箇所から切り出された。溶接熱影響部の耐食性試験片は、当該溶接部が試験片の中央になるように切り出された。試験片の一端に導線をスポット溶接して接続し、試験面10mm×10mm以外をシリコーン樹脂により被覆した。溶接熱影響部の耐食性試験片は、溶接部が露出試験面の中央になるように被覆した。試験液として、3.5%のNaCl水溶液を使用し、30℃でAr脱気において試験を行った。上記のNaCl水溶液中に試験面を完全に浸し、10分間の放置をした後、ポテンショスタットを用いた動電位法により、電位掃引速度20mV/minで、自然電極電位からアノード電流密度が500μA/cmに達するまで電位を測定し、アノード分極曲線を得た。孔食電位は、アノード分極曲線において100μA/cmに対応する電位のうち、最も貴な値とした。
【0045】
黒色ステンレス鋼板における平板部の孔食電位V’c1、溶接熱影響部の孔食電位V’c2をそれぞれ測定し、両者の孔食電位差ΔV’cを得た。孔食電位差ΔV’cが、50mV以下であるときを良好(◎)、100mV以下であるときを合格(○)、100mVを超えるときを不合格(×)と評価した。
【0046】
(皮膜密着性の評価試験)
試験材(B)の溶接部が中央になるように50mm×50mmの寸法で切り出して、試験片を作製した。圧縮試験機を用いて、試験片の溶接部に垂直にR=2mmで角度90°に曲げて、溶接部における酸化皮膜の剥離の有無を目視で確認した。剥離が無かったものを合格(○)、剥離が生じたものを不合格(×)と評価した。
【0047】
(溶接部の靱性の評価試験)
上記の皮膜密着性の評価と同様の試験片を用い、圧縮試験機を用いて、試験片の溶接部に平行にR=2mmで角度90°に曲げて、溶接部における割れの有無を目視で確認した。溶接部に割れが無かったものを合格(○)、割れが生じたものを不合格(×)と評価した。
【0048】
上記の黒色度、耐食性、皮膜密着性、溶接部靭性について、評価試験の結果を表2に示す。
【0049】
【表2】
【0050】
表2に示すように、本発明の範囲に含まれる実施例1〜8の黒色ステンレス鋼板は、平板部と溶接熱影響部において、それぞれの黒色度および耐食性の差が小さかった。さらに、実施例1〜8は、溶接部における皮膜密着性に優れるともに、溶接部の靭性が良好であることも確認された。
【0051】
それに対し、比較例1〜9の黒色ステンレス鋼板は、本発明の成分組成の範囲外であるため、黒色度、耐食性、皮膜密着性または溶接部靭性のいずれかで実施例1〜8よりも劣っていた。比較例1は、S含有量が0.005%を超えており、また、比較例2は、酸素含有量が0.01%を超えているため、いずれも溶接部の靭性が劣っていた。比較例3は、Cr含有量が11%より少ないため、黒色の酸化皮膜が形成せず、黒色度が本発明の範囲外であり、さらに熱影響部の耐食性および皮膜密着性が低下した。比較例4は、Ti含有量がCおよびNの総和の10倍より少ないため、溶接熱影響部の耐食性が低下した。比較例5、6は、Ti含有量がCおよびNの総和の10倍より少なく、かつNb含有量が0.05%を超えているため、黒色度が本発明の範囲外であり、さらに皮膜の形成が均一でないため、不均一な色調を呈した。比較例7、8は、Mo含有量が1.0%を超えているため、溶接時の加熱によって溶接熱影響部の酸化が局所的に進行し、溶接熱影響部の色調と平板部のそれとの差異が明瞭となった。比較例9は、N含有量が0.020%を超えているため、黒色の酸化皮膜が形成せず、黒色度が本発明の範囲外であり、さらに溶接熱影響部の耐食性が低下した。
【0052】
比較例10、11は、本発明の範囲内の成分組成であるものの、黒色化の酸化処理を施さなかった参考例である。溶接後の外観および耐食性の試験結果によると、平板部と溶接熱影響部との間で明瞭な差が生じた。黒色処理により形成された酸化皮膜は、ステンレス鋼板に黒色表面を付与する意匠性に加えて、溶接後も良好な耐食性を確保できる点で寄与することを確認できた。
【要約】
【課題】溶接された後も、良好な靭性および耐食性を確保できるとともに、表面の黒色度を維持できる、溶接性に優れる黒色ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】本発明は、質量%で、C:0.020%以下、Si:1.0%以下、Mn:0.35%以下、P:0.04%以下、S:0.005%以下、Cr:11〜25%、Mo:1.0%以下、N:0.020%以下、Al:0.4%以下、Ti:10(C+N)〜0.3%、Nb:0.05%以下、O:0.01%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼を素地とし、前記素地の上に酸化皮膜が形成された表面を有しており、前記表面は、明度指数(L*)がL*≦45、クロマネチックス指数(a*、b*)が、−5≦a*≦5、−5≦b*≦5、黒色度(E)がE=(L*+a*+b*1/2≦45の範囲にある、溶接性に優れる黒色フェライト系ステンレス鋼板である。
【選択図】なし