【実施例】
【0031】
《試料の製造》
表1に示す種々の試料(摺動部材)を製造した。各試料は、ブロック試験片(15.7mm×6.5mm×10mm)の摺動面(特定摺動面)となる一面に種々の被膜を形成したものである。但し、試料C1は、基材の研磨面をそのまま摺動面とした。
【0032】
〈基材〉
試料C1を除き、ブロック試験片の基材には、マルテンサイト系ステンレス鋼(JIS SUS440C)の焼入れ焼戻し材(HRC58)を用いた。試料C1の基材には、浸炭鋼(JIS SCM420)の焼入れ焼戻し材(HV700±50)を用いた。なお、被膜を形成される各基材表面(被処理面)は、研磨により表1に示す表面粗さ(Ra)とした。この点は試料C1の摺動面も同様である。なお、本実施例でいう表面粗さは全て、特に断らない限り、JIS B0601:’01に準拠した算術平均粗さ(Ra)に基づく。
【0033】
〈成膜〉
(1)試料1〜3、C5およびC6は、各基材表面に組成の異なるB−DLC膜を形成したものである。これらの成膜は、
図1に示す成膜装置1を用いて、表1に示す各成膜条件の下で、直流プラズマCVD(PCVD)法により行った。具体的には次の通りである。
【0034】
成膜装置1は、ステンレス製の容器10と、導電性を有する基台11と、ガス導入管12と、ガス導出管13を備える。ガス導入管12には、バルブ(図略)と質量流量制御器(マスフロー)14を介して、各種のガスボンベ15が接続されている。
【0035】
またガス導入管12には、バルブ(図略)と質量流量制御器(マスフロー)16を介して、ヒーター17で加熱可能な原料保存容器18が接続されている。ガス導出管13には、バルブ(図略)を介してロータリーポンプ(図略)および拡散ポンプ(図略)が接続されている。
【0036】
成膜装置1を用いた成膜は次のような手順で行った。成膜装置1の容器10内にある基台11上に基材19を配置する。その後、容器10を密閉し、ガス導出管13に接続されたロータリーポンプおよび拡散ポンプにより、容器10内を真空排気する。この真空排気された容器10内へ、表1に示す所望組成に調整したガスをガス導入管12から導入する。この容器10内へプラズマ電源から電圧を印加する。こうして基材19の周囲にグロー放電環境110が形成される。
【0037】
成膜手順をより具体的にいうと次の通りである。先ず、放電加熱、イオン窒化およびプレスパッタリングを順に行った(前処理工程)。このときの各処理条件(使用ガスの種類と各ガスの導入量、容器内圧、基材温度、印加電圧を表2に示した。なお、これらの処理は、上述した各試料とも同一条件で行った。
【0038】
次に、上記の前処理工程後に連続して、B−DLC膜を形成する合成処理工程を行った。この際の処理条件は表1に示した通りである。ちなみに、B−DLC膜の原料ガスとなるTEB(トリエチルホウ素)は、成膜装置1の原料保存容器18に入れ、ヒーター17で加熱し、蒸発させて供給した。なお、各B−DLC膜の組成(BとHの含有量)は、TEBとCH
4 の比率(流量比)および合成温度を表1に示すように調整することにより制御した。
【0039】
(2)試料C2、C3は、アンバラスドマグネトロンスパッタ装置(株式会社神戸製鋼製)を用いて、ブロック試験片の被処理面に、スパッタリングによりB−DLC膜を合成したものである。具体的にいうと、このB−DLC膜は、ブロック試験片の表面にCr系中間層を形成した後、B
4CおよびグラファイトターゲットをArガスでスパッタリングすると共にCH
4ガス(炭化水素系ガス)を導入して形成したものである。
【0040】
(3)試料C4は、ブロック試験片の表面に市販のHフリーDLC膜(日本アイ・ティ・エフ株式会社製ジニアスコートHA)を形成したものである。
【0041】
(4)試料C7は、ブロック試験片の表面に二硫化モリブデン系被膜(東洋ドライルーブ株式会社製:MK−4190)を形成したものである。
【0042】
《測定・観察》
表1に示した各試料について、各特性をそれぞれ測定し、その結果を表1に併せて示した。具体的にいうと、表面粗さ(Ra)は、白色干渉法非接触形状測定機(New View 5022,ザイゴ株式会社製)により測定した。膜厚は、精密膜厚測定器(CALOTEST、CSEM社製)により測定した。硬さは,ナノインデンター試験機(TRIBOSCOPE,HYSITRON社製)により測定した。被膜中のB量はEPMA分析(日本電子製、JXA−8200)により測定し、H量はRBS/HFS分析(National Electrostatics Corporation製、Pelletron 3SDH)により測定した。
【0043】
《摩擦試験》
上述した各試料の被覆面(試料C1を除く)を摺動面として、リング・オン・ブロック型摩擦試験機(LFW−1、FALEX社製)により摩擦試験を行った。この様子の概略を
図2に示した。具体的にいうと、各試料に係るブロック試験片21の摺動面21f(15.7mm×6.5mm)を、潤滑油Lが入った浴槽20内で回転するリング試験片22の摺動面22fに押圧しつつ摺接させて、そのときの摩擦係数と試験後の摩耗深さを測定した。リング試験片22には、浸炭材(SAE4620、φ35mm×8.8mm、表面粗さRa0.2±0.1μm)を用いた。潤滑油は、トヨタ自動車株式会社の純正エンジン油(トヨタキャッスル SN 0W−20/ILSAC規格:GF−5、MoDTC非含有)を用いた。また、リング試験片22に対してブロック試験片21を押圧する荷重F:133N、両試験片のすべり速度:0.3m/s、潤滑油の油温:80℃(一定)、試験時間:30分間とした。なお、摩擦係数は、試験終了直前の1分間における平均値とした。また摩耗深さは、白色干渉法非接触形状測定機により得られた形状から、非摺動面から摺動面の最深部までの深さとして算出した。こうして得られた結果を表1に併せて示した。
【0044】
《評価》
(1)摩擦係数
各試料に係る摩擦係数を
図3に示した。
図3および表1から明らかなように、試料1〜3の摩擦係数が他の試料よりも群を抜いて小さくなっている。具体的にいうと、試料2、試料3の摩擦係数は0.02以下であり、試料1の摩擦係数は0.01以下さらには0.005以下と、極めて小さくなった。
【0045】
B−DLC膜が形成された各試料について、その被膜中に含有されるB量とH量の関係および各摩擦係数を
図4に示した。
図4から明らかなように、B−DLC膜中に23%以上のBと26%以上のHを含む試料1〜3は、上述したように摩擦係数が極端に低くなっている。
【0046】
(2)摩耗深さと表面粗さ
各試料に係る被膜の摩耗深さを、その膜厚と共に
図5に示した。
図5および表1から明らかなように、試料C2〜C6の被膜は殆ど摩耗していないが、試料1〜3のB−DLC膜は相応に摩耗した。但し、試料1〜3のB−DLC膜も摩滅することはなかった。なお試料C7の被膜は、摩耗深さが10μmを超えて摩滅した。
【0047】
B−DLC膜で被覆された摺動面を有する試料1、2、C3およびC6について、摩擦試験前後の摺動面の様子を
図6A〜6Dにそれぞれ示した。なお、各図の左側に示した立体図と右側に示した立体図断面における表面粗さ曲線は、白色干渉法非接触形状測定機により測定して描いたものである。
【0048】
図6Aおよび
図6Bから明らかなように、試料1、2に係るB−DLC膜は、摩擦試験前の初期表面粗さが大きくても、摺動相手材の外形状に応じて摩耗し、非常に平滑な摺動面(特定摺動面)を形成して著しい低摩擦性を発揮することがわかる。一方、
図6Cおよび
図6Dから明らかなように、試料C3、C6に係る被膜は、摩耗による摺動面の平滑化を生じず、初期表面粗さをほぼ維持し、摩擦試験前後で摩擦係数は殆ど低減しないことがわかる。
【0049】
以上のことから、BおよびHを比較的多く含有した本発明に係るB−DLC膜は、摩耗しつつ摺動面を平滑化させ、それによって潤滑油が存在する湿式条件下で著しい低摩擦性を発揮することが明らかとなった。
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】