特許第6307491号(P6307491)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6307491
(24)【登録日】2018年3月16日
(45)【発行日】2018年4月4日
(54)【発明の名称】コーティング組成物および医療機器
(51)【国際特許分類】
   A61L 29/08 20060101AFI20180326BHJP
   A61L 29/16 20060101ALI20180326BHJP
   A61L 31/08 20060101ALI20180326BHJP
   A61L 31/16 20060101ALI20180326BHJP
   A61K 31/337 20060101ALI20180326BHJP
   A61M 25/10 20130101ALI20180326BHJP
   A61F 2/82 20130101ALI20180326BHJP
【FI】
   A61L29/08
   A61L29/16
   A61L31/08
   A61L31/16
   A61K31/337
   A61M25/10
   A61F2/82
【請求項の数】11
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2015-510105(P2015-510105)
(86)(22)【出願日】2014年4月1日
(86)【国際出願番号】JP2014059670
(87)【国際公開番号】WO2014163093
(87)【国際公開日】20141009
【審査請求日】2017年3月10日
(31)【優先権主張番号】特願2013-76387(P2013-76387)
(32)【優先日】2013年4月1日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080159
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 望稔
(74)【代理人】
【識別番号】100090217
【弁理士】
【氏名又は名称】三和 晴子
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 秀明
(72)【発明者】
【氏名】山下 恵子
(72)【発明者】
【氏名】野沢 滋典
【審査官】 常見 優
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/119159(WO,A1)
【文献】 特開平09−075446(JP,A)
【文献】 国際公開第1997/042166(WO,A1)
【文献】 特開平06−023032(JP,A)
【文献】 特表2010−540159(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L15/00−33/18
A61F 2/00− 4/00
13/00−13/84
15/00−17/00
A61B13/00−18/28
A61M25/00−99/00
A61K31/00−33/44
A61P 1/00−43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水不溶性薬剤と、生理的pHにおいて正電荷を帯びる塩基性化合物とを含有
前記水不溶性薬剤がパクリタキセルおよびドセタキセルからなる群から選択される少なくとも1つであり、
前記塩基性化合物が下記一般式(III)で表される化合物およびその塩からなる群から選択される少なくとも1つである、薬剤溶出性の医療機器に用いられるコーティング組成物。
【化1】
[式中、Rは炭素数10〜18のアルキル基である。]
【請求項2】
前記塩基性化合物が3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジンおよび/またはその塩である、請求項1に記載のコーティング組成物。
【請求項3】
前記塩基性化合物が3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジン塩酸塩である、請求項1または2に記載のコーティング組成物。
【請求項4】
前記水不溶性薬剤がパクリタキセルである、請求項1〜3のいずれか1項に記載のコーティング組成物。
【請求項5】
前記水不溶性薬剤がパクリタキセルであり、前記塩基性化合物が3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジン塩酸塩である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のコーティング組成物。
【請求項6】
さらに低級アルコールを含有する、請求項1〜のいずれか1項に記載のコーティング組成物。
【請求項7】
前記低級アルコールがグリセリンである、請求項に記載のコーティング組成物。
【請求項8】
前記医療機器が管腔内で径方向に拡張可能な医療機器である、請求項1〜のいずれか1項に記載のコーティング組成物。
【請求項9】
前記医療機器がバルーンまたはカテーテルである、請求項に記載のコーティング組成物。
【請求項10】
請求項1〜のいずれか1項に記載のコーティング組成物により前記医療機器の表面の少なくとも一部に形成された薬剤コート層。
【請求項11】
請求項10に記載の薬剤コート層を有する医療機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤溶出性の医療機器のためのコーティング組成物、薬剤溶出性の医療機器の薬剤コート層、またはそのコーティング組成物でコートされた薬剤溶出性の医療機器に関する。
【背景技術】
【0002】
局所薬剤デリバリー治療の一例として、薬剤溶出ステント(DES)がある。DESは、局所で薬剤を長期にわたって持続的に放出することによって、血管の再狭窄を防止するよう設計されている。DESの薬剤徐放は、ポリ乳酸(PLA)等のポリマーコンジュゲートにより達成されている。しかし、ポリマーが長期的に生体内に残存するため、病変患部での慢性炎症や遅発性血栓など、重篤な合併症が課題とされている。
【0003】
従来、再狭窄を抑制するには、長期の薬剤徐放が必要であると報告されてきた。ところが、近年では、薬剤を標的組織に急速に移行させ、短期の薬剤持続効果でも再狭窄が防止できることが明らかになりつつある。急速に薬剤を送達する技術では、徐放のためのPLAやポリ乳酸−グリコール酸共重合体(PLGA)などのポリマーマトリクスを必要とせず、合併症を回避するために有利である。
【0004】
また、近年、バルーンカテーテルに薬剤をコートした薬剤溶出バルーン(Drug Eluting Balloon;DEB)の開発も積極的に行われており、再狭窄の治療および予防に効果的であると報告されている。バルーンは、薬剤および添加剤を含むコーティングによってコートされており、血管を拡張した際に、バルーンを血管壁に押し付け、薬剤を標的組織に送達させる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、バルーンが標的組織に送達されるまでの過程で、薬剤が容易にバルーンから剥がれると、病変患部に送達されたときには既に、治療効果に十分な薬剤がバルーンに残存しない状態になり、期待される治療効果が望めない。また、送達過程で容易に剥がれてしまった薬剤は、不必要に血中に暴露することになるため、安全性の面でも好ましくない。従って、薬剤でコートしたバルーンカテーテルを、病変患部に薬剤が剥がれることなく送達させ、拡張と同時にバルーンを血管壁に押し付け、薬剤を迅速に放出させることを可能にする薬剤コート層が望まれる。
【0006】
親水性薬物は、親水性ポリマーのハイドロゲルによってコーティングされたバルーンカテーテルを用いることで送達可能であるとの報告がある。一方で、水不溶性薬剤の場合は、ハイドロゲルを形成するような親水性ポリマーとは混合することが難しい場合があり、効果的に薬剤を送達することが困難である。たとえ混合することができたとしても、親水性の高いポリマーと薬剤とを混合したコーティング層は、医療機器との付着性が乏しく、その高い極性の影響により標的組織に送達されるよりも容易に血中へ溶出すると考えられる。したがって、親水性のポリマーを用いた場合、病変患部に送達する過程で容易に脱落し、標的組織への薬剤移行性を高めることは困難である。
【0007】
一方、水で溶解しないような疎水性の高い疎水性ポリマーを用いた場合、水不溶性薬物との疎水性相互作用が強いため、送達過程における薬剤コート層の耐性は改善されるが、一方で、薬剤と疎水性ポリマーとの相互作用が強いため病変患部において薬剤を迅速に放出することができない。また、水不溶性の疎水性薬剤が相互に、または医療機器表面に、凝集し、均一にコーティングすることができない。さらに、凝集した薬剤状態は取り扱いの間に脱落しやすく、安全性および機能面で望まれない状態である。
【0008】
そのため、再狭窄などの血管患部を治療するために、標的組織に送達する過程で薬剤が容易に医療機器から剥がれることなく送達することができ、送達後、病変患部において迅速に薬剤を放出し、薬剤の標的組織への移行性を高めることを可能にする医療機器の薬剤コート層が求められている。
【0009】
そこで、本発明は、水不溶性薬剤を標的組織に送達する過程で容易に剥がれない薬剤コート層を形成することができる、薬剤溶出性の医療機器のためのコーティング組成物およびそれによりコートされた医療機器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねたところ、水不溶性薬剤と、生理的pHにおいて正電荷を帯びる塩基性化合物とを含有するコーティング組成物を用いると、医療機器の表面に、標的組織に送達する過程での脱落を防ぎながら、病巣患部において薬剤の組織移行性を高められる薬剤コート層を形成することができることを知得し、本発明を完成させた。
【0011】
本発明の薬剤コート層に含まれる塩基性化合物は、アルキル鎖の疎水性部位と正電荷を帯びるカチオン化部位の両方を有し、該疎水性部位は水難溶性薬剤および医療機器表面(例えばバルーン表面)との親和性を高め、一方、カチオン化部位は、アニオンに帯電している細胞表面との親和性を高め、薬剤の組織移行性を促進すると考えられる。
【0012】
類似構造としてリン脂質が挙げられるが、リン脂質はリン酸基の存在により、生理的pHにおいて中性または負電荷に帯電し、強く正電荷を帯びることはない。そのため、本発明の薬剤コート層に含まれる塩基性化合物のほうが細胞との特異的な親和性がより強いと考えられる。従って、リン脂質と水不溶性薬剤との組み合わせは、薬剤および医療機器表面との親和性を向上できたとしても、本発明の薬剤コート層に含まれる塩基性化合物と水不溶性薬剤の組み合わせのほうが標的組織におけるより良好な薬剤組織移行性が期待できる。
【0013】
すなわち、本発明は、次の(1)〜(11)を提供する。
(1)水不溶性薬剤と、生理的pHにおいて正電荷を帯びる塩基性化合物とを含有
前記水不溶性薬剤がパクリタキセルおよびドセタキセルからなる群から選択される少なくとも1つであり、
前記塩基性化合物が下記一般式(III)で表される化合物およびその塩からなる群から選択される少なくとも1つである、薬剤溶出性の医療機器に用いられるコーティング組成物。
【化1】
[式中、Rは炭素数10〜18のアルキル基である。]
(2)前記塩基性化合物が3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジンおよび/またはその塩である、上記(1)に記載のコーティング組成物。
(3)前記塩基性化合物が3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジン塩酸塩である、上記(1)または(2)に記載のコーティング組成物
4)前記水不溶性薬剤がパクリタキセルである、上記(1)〜(3)のいずれかに記載のコーティング組成物
5)前記水不溶性薬剤がパクリタキセルであり、前記塩基性化合物が3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジン塩酸塩である、上記(1)〜(4)のいずれかに記載のコーティング組成物
(6)さらに低級アルコールを含有する、上記(1)〜()のいずれかに記載のコーティング組成物。
)前記低級アルコールがグリセリンである、上記()に記載のコーティング組成物
(8)前記医療機器が管腔内で径方向に拡張可能な医療機器である、上記(1)〜()のいずれかに記載のコーティング組成物。
)前記医療機器がバルーンまたはカテーテルである、上記()に記載のコーティング組成物。
10)上記(1)〜()のいずれかに記載のコーティング組成物により前記医療機器の表面の少なくとも一部に形成された薬剤コート層。
11)上記(10)に記載の薬剤コート層を有する医療機器
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、標的組織に送達する過程で容易に剥がれず、一方、標的組織において薬剤の組織移行性を高められる薬剤コート層を形成することができる、薬剤溶出性の医療機器のためのコーティング組成物を提供することができる。
【0015】
本発明のコーティング組成物で形成した薬剤コート層を有する薬剤溶出性の医療機器を用いると、薬剤コート層の脱落を抑えながら病変患部に効率よく薬剤を送達させることができる。しかも、管腔内で径方向に拡張可能な医療機器から、病変患部において、薬剤を迅速に放出し、薬剤と共存するカチオン化塩基性化合物によって薬剤の組織移行性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、模倣血管を用いた薬剤コート層耐性評価試験において、模倣血管内に設置したガイディングカテーテルに、バルーンカテーテルを挿入した状態の実験装置の断面模式図である。
図2図2は、模倣血管を用いた薬剤コート層耐性評価における、実施例1〜6および比較例C1〜C2のデリバリー操作後のバルーン上パクリタキセル残存率を表すグラフである。
図3図3は、模倣血管を用いた薬剤コート層耐性評価における、実施例1〜6の、パクリタキセルに対するTRX−20の質量比と、バルーン上のパクリタキセル残存率との関係を表すグラフである。
図4図4は、送達過程における薬剤コート層耐性評価における、実施例7〜9のラッピング後およびデリバリー操作後のバルーン上パクリタキセル残存率を表すグラフである。
図5図5は、ウサギ腸骨動脈における薬剤組織移行性評価における、実施例2、6および比較例C1〜C3の血管組織中パクリタキセル量を表すグラフである。
図6図6は、ウサギ腸骨動脈における薬剤組織移行性評価において得られた結果に基いて求めた、パクリタキセルの血管組織移行率、バルーン上のパクリタキセル残存率、および血中へのパクリタキセルの流出率を表すグラフである。
図7図7は、異なるバルーンサイズでのウサギ腸骨動脈における組織中薬剤滞留性評価における実施例10および実施例11の、バルーン拡張1時間後および24時間後の血管組織中パクリタキセル量を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.コーティング組成物
本発明のコーティング組成物は、水不溶性薬剤と、生理的pHにおいて正電荷を帯びる塩基性化合物とを含有する、薬剤溶出性の医療機器に用いられるコーティング組成物である。なお、本発明のコーティング組成物は、水不溶性薬剤と、生理的pHにおいて正電荷を帯びる塩基性化合物とが混じり合った混合物(ブレンド)である。
【0018】
本発明のコーティング組成物は、生理的pHにおいて正電荷を帯びる塩基性化合物を含有することにより、コーティング組成物と医療機器の表面との親和性が強化され、医療機器の表面に脱落しにくいコート層を形成することができるとともに、コート層の親水性が増強されるため、薬剤の組織移行性も向上する。
【0019】
(1)水不溶性薬剤
水不溶性薬剤とは、水に不溶または難溶性である薬剤を意味し、具体的には、水に対する溶解度が、pH5〜8で5mg/mL未満である。その溶解度は、1mg/mL未満、さらに、0.1mg/mL未満でもよい。水不溶性薬剤は脂溶性薬剤を含む。
【0020】
いくつかの好ましい水不溶性薬剤の例は、免疫抑制剤、例えば、シクロスポリンを含むシクロスポリン類、ラパマイシン等の免疫活性剤、パクリタキセル等の抗がん剤、抗ウイルス剤または抗菌剤、抗新生組織剤、鎮痛剤および抗炎症剤、抗生物質、抗てんかん剤、不安緩解剤、抗麻痺剤、拮抗剤、ニューロンブロック剤、抗コリン作動剤およびコリン作動剤、抗ムスカリン剤およびムスカリン剤、抗アドレナリン作用剤、抗不整脈剤、抗高血圧剤、ホルモン剤ならびに栄養剤を含む。
【0021】
水不溶性薬剤としては、ラパマイシン、パクリタキセル、ドセタキセルおよびエベロリムスからなる群から選択される少なくとも1つが好ましい。ラパマイシン、パクリタキセル、ドセタキセル、エベロリムスは、それぞれ、同様の薬効を有する限り、それらの類似体および/またはそれらの誘導体を含む。例えば、パクリタキセルとドセタキセルとは類似体の関係にあり、ラパマイシンとエベロリムスとは誘導体の関係にある。これらのうちでは、パクリタキセルがさらに好ましい。
【0022】
上記水不溶性薬剤のコーティング組成物中の含有量は、特に限定されないが、得られるコート層において、上記水不溶性薬剤の付着量を、好ましくは0.1μg/mm〜10μg/mm、より好ましくは0.5μg/mm〜5μg/mm、さらに好ましくは0.5μg/mm〜3.5μg/mm、いっそう好ましくは1.0μg/mm〜3.0μg/mmとすることができる濃度であることが望ましい。
【0023】
(2)生理的pHにおいて正電荷を帯びる塩基性化合物
生理的pHとは、生体内、主に血液中でのpH範囲であり、具体的には、好ましくはpH6.0〜8.0、より好ましくはpH7.0〜7.7、さらに好ましくはpH7.3〜7.5の範囲である。
【0024】
また、本発明において、塩基性化合物とは、電子供与体であるルイス塩基もしくはプロトン受容体であるブレンステッド塩基、または水溶液中でカチオントアニオンとに解離し、その水溶液のpHが塩基性を示す化合物をいう。
【0025】
上記生理的pHにおいて正電荷を帯びる塩基性化合物としては、例えば、アミジノ基を有する塩基性化合物、ピペリジン環を有する塩基性化合物、アミノ基を1分子中に2個以上有する塩基性化合物、第四級アンモニウムカチオンおよびこれらの塩が挙げられる。
【0026】
上記生理的pHにおいて正電荷を帯びる塩基性化合物のコーティング組成物中の含有量は、特に限定されるものではないが、合計で、上記水不溶性薬剤100質量部に対して、好ましくは0.5〜200質量部、より好ましくは4〜100質量部、さらに好ましくは6〜40質量部とすることが好ましい。
【0027】
〈アミジノ基を有する塩基性化合物〉
下記式で表されるアミジノ基を有する化合物は、プロトン化された共役酸が、正電荷を2つの窒素原子に非局在化させて安定化するため、強い塩基である。
【化5】
【0028】
上記アミジノ基を有する塩基性化合物として、好ましくは、下記式(I)で表される化合物が挙げられる。
【化6】
[式中、Aは芳香環であり、RおよびRは、互いに独立に、炭素数10〜25のアルキル基またはアルケニル基であり、XおよびXは、互いに独立に、O、S、COO、OCO、CONHまたはNHCOであり、mは0または1であり、nは0であるか、または1〜6の自然数である。]
【0029】
上記式(I)で表される化合物は、疎水性部分(炭素数10〜25のアルキル基またはアルケニル基)と、親水性部分(アミジノ基)とのバランスがよく、特に疎水性部分は、不溶性薬剤およびバルーン表面との親和性を高め、一方、親水性部分(アミジノ基の正電荷)は、負電荷を帯びた細胞表面との親和性を高める。これにより、本発明のコーティング組成物により医療機器の表面の少なくとも一部に形成される薬剤コート層の標的部位への送達過程における耐性を高めるとともに、標的部位での薬剤の組織移行性を良好なものとする。
【0030】
上記アミジノ基を有する塩基性化合物として、より好ましくは、下記式(II)で表される化合物が挙げられる。
【化7】
[式中、RおよびRは、互いに独立に、炭素数10〜18のアルキル基である。]
【0031】
上記式(II)で表される化合物の製造方法は、特に限定されるものではなく、例えば、国際公開1997/47166号に記載された方法によって合成することができる。
以下に、ジアルカロキシベンズアミジンの製造方法の一例を挙げて説明する。
まず、ジヒドロキシベンゾニトリル(2,3−ジヒドロキシベンゾニトリル、3,4−ジヒドロキシベンゾニトリルまたは3,5−ジヒドロキシベンゾニトリル)と、ハロゲン化アルキルとを用いて、アルカリ存在下、アセトン等の非プロトン性溶媒中で、S2反応を行い、ヒドロキシ基の水素原子をアルキル基に置換して、ジアルキロキシベンゾニトリルを得る。
次に、得られたジアルキロキシベンゾニトリルを、塩化水素等の酸触媒の存在下、メタノール等のアルコールを加え、ピナー反応を行ってピナー塩を得る。得られたピナー塩をアンモニアまたはアミンの存在下で求核付加反応を行って、ジアルカロキシベンズアミジンを得る。
【0032】
上記アミジノ基を有する塩基性化合物として、さらに好ましくは、下記式(III)または下記式(IV)で表される化合物が挙げられる。
【化8】
【0033】
上記アミジノ基を有する塩基性化合物として、いっそう好ましくは、下記式(V)で表される化合物が挙げられる。
【化9】
【0034】
上記アミジノ基を有する塩基性化合物の塩としては、上記アミジノ基を有する化合物がプロトンを受容して形成されるカチオンと、アニオンとから形成される塩、または上記アミジノ基を有する化合物が窒素原子の孤立電子対をルイス酸に供与して形成される塩が挙げられる。好ましい塩として、例えば、塩酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、リン酸塩、ピロリン酸塩等が挙げられる。
【0035】
〈ピペリジン環を有する塩基性化合物〉
下記式で表されるピペリジンの水素原子を置換した構造を有する化合物(ピペリジン環を有する化合物)は、ピペリジン環上の窒素原子が孤立電子対を持ち、ルイス塩基またはブレンステッド塩基として振る舞う。
【化10】
【0036】
上記ピペリジン環を有する塩基性化合物として、好ましくは、下記式(VI)で表される化合物が挙げられる。
【化11】
[式中、Rは水素原子または炭素数1〜8のアルキル基もしくはアルニケル基であり、Rは水素原子または炭素数1〜8のアルキル基もしくはアルニケル基であり、RおよびR10は、互いに独立に、水素原子または炭素数1〜25のアルキル基もしくはアルニケル基であり(但し、RおよびR10が共に水素である場合を除く。)、Xは−O−または−S−であり、pは0または1であり、qは0であるか、または1〜10の整数である。]
【0037】
上記ピペリジン環を有する塩基性化合物の塩としては、上記ピペリジン環を有する化合物がプロトンを受容して形成されるカチオンと、アニオンとから形成される塩、または上記ピペリジン環を有する化合物が窒素原子の孤立電子対をルイス酸に供与して形成される塩が挙げられる。好ましい塩として、例えば、塩酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、リン酸塩、ピロリン酸塩等が挙げられる。
【0038】
〈1分子中にアミノ基を2個以上有する塩基性化合物〉
アミノ基は、1級アミノ基、2級アミノ基および3級アミノ基のいずれであってもよく、2個以上のアミノ基の組合せは限定されない。アミノ基の窒素原子が孤立電子対を持ち、ルイス塩基またはブレンステッド塩基として振る舞う。
【0039】
上記1分子中にアミノ基を2個以上有する塩基性化合物として、好ましくは、下記式(VII)で表される化合物が挙げられる。
【化12】
【0040】
上記1分子中にアミノ基を2個以上有する塩基性化合物の塩としては、上記1分子中にアミノ基を2個以上有する塩基性化合物がプロトンを受容して形成されるカチオンと、アニオンとから形成される塩、または上記1分子中にアミノ基を2個以上有する塩基性化合物が窒素原子の孤立電子対をルイス酸に供与して形成される塩が挙げられる。好ましい塩として、例えば、塩酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、リン酸塩、ピロリン酸塩等が挙げられる。
【0041】
〈第四級アンモニウムカチオン〉
上記第四級アンモニウムカチオンとして、好ましくは、下記式(VIII)で表されるものが挙げられる。
【化13】
[式中、R11およびR12は、互いに独立に、炭素数1〜8のアルキル基またはアルニケル基であり、R13は水素原子または炭素数1〜8のアルキル基もしくはアルニケル基であり、R14およびR15は、互いに独立に、水素原子または炭素数1〜25のアルキル基もしくはアルニケル基であり(但し、R14およびR15が共に水素である場合を除く。)、Xは−O−または−S−であり、rは0または1であり、sは0であるか、または1〜10の自然数である。]
【0042】
第四級アンモニウムカチオンと塩を形成するアニオンは特に限定されない。好ましいアニオンとしては、例えば、塩化物イオン、炭酸イオン、炭酸水素イオン、リン酸イオン、ピロリン酸イオン等が挙げられる。
【0043】
(3)その他の好ましい含有成分
本発明のコーティング組成物は、さらに低級アルコールを含有することが好ましい。低級アルコールを含有すると、水不溶性薬剤の血管浸透性を増強することができ、また、薬剤コート層の均一性を高めることができる。低級アルコールは、炭素数5以下のアルコールであれば特に限定されないが、炭素数5以下のトリオールまたはテトラオールが好ましく、グリセリン(「グリセロール」または「プロパン−1,2,3−トリオール」ともいう。)、1,2,4−ブタントリール(「ブタン−1,2,4−トリオール」ともいう。)またはエリトリトール(「(2R,3S)−ブタン−1,2,3,4−テトラオール」ともいう。)がより好ましく、グリセリンがさらに好ましい。
【0044】
上記低級アルコールを本発明の組成物に含有する場合、その含有量は、特に限定されないが、上記水不溶性薬剤100質量部に対して、好ましくは5〜350質量部、より好ましくは20〜250質量部、さらに好ましくは30〜100質量部である。
【0045】
(4)その他の含有してもよい成分
本発明のコーティング組成物は、上記成分の他に、水、エタノール、アセトン、テトラヒドロフラン等の、上記成分の溶媒を含んでもよく、さらに、本発明の効果を妨げないことを条件に、その他の添加剤を含有してもよい。
【0046】
2.薬剤コート層
薬剤コート層は、本発明のコーティング組成物から形成された層であり、水不溶性薬剤と、生理的pHにおいて正電荷を帯びる塩基性化合物とを含有する層である。本発明の薬剤コート層は、医療機器の表面との親和性が高く、当該医療機器の送達過程においては剥離または脱落しにくいが、標的組織においては薬剤コート層の正電荷と細胞表面の負電荷の相互作用により、迅速に薬剤を放出し、細胞組織への薬剤移行性を高めることができる。
【0047】
薬剤コート層は、本発明のコーティング組成物を、医療機器の表面にコートし、乾燥させることによって形成することができるが、この方法に限定されるものではない。
【0048】
上記薬剤コート層の薬剤含有量は、特に限定されないが、好ましくは0.1μg/mm〜10μg/mm、より好ましくは0.5μg/mm〜5μg/mm、さらに好ましくは0.5μg/mm〜3.5μg/mm、いっそう好ましくは1.0μg/mm〜3.0μg/mmとする。
【0049】
3.薬剤溶出性の医療機器
本発明の薬剤溶出性の医療機器は、その表面上に直接、または有機溶剤やプライマー照射、UV照射等の前処理を介して上記薬剤コート層を有する。医療機器としては、血管等の管腔内で径方向(周方向)に拡張可能な医療機器が好ましく、バルーンカテーテルまたはステントがより好ましい。
【0050】
本発明の薬剤溶出性の医療機器の表面の少なくとも一部には、水不溶性薬剤と、生理的pHにおいて正電荷を帯びる塩基性化合物とを含有する薬剤コート層が形成されている。この薬剤コート層は、該塩基性化合物のアルキル基の疎水性部分が水不溶性薬剤および医療機器の表面との親和性を高めるため、当該医療機器の送達過程において剥離または脱落しにくい。さらに、該塩基性化合物は生理的pHにおいて正電荷を帯びるため、負電荷を帯びた病変患部組織との親和性を高め、標的組織においては迅速に薬剤を溶出し、薬剤の組織移行性を高めることが期待される。バルーンカテーテルの場合、拡張部(バルーン)の外表面に薬剤コート層が形成される。またステントの場合、拡張部の外表面に薬剤コート層が形成される。
【0051】
医療機器の拡張部の材質は、ある程度の柔軟性と血管や組織等に到達した時拡張されてその表面に有する薬剤コート層から薬剤を放出できるようにある程度の硬度を有するものが好ましい。具体的には、薬剤コート層が設けられる拡張部の表面は樹脂で構成されている。拡張部の表面を構成する樹脂としては、特に限定されないが、好適にはポリアミド類が挙げられる。すなわち、薬剤をコートする医療機器の拡張部の表面の少なくとも一部がポリアミド類である。ポリアミド類としては、アミド結合を有する重合体であれば特に制限されないが、例えば、ポリテトラメチレンアジパミド(ナイロン46)、ポリカプロラクタム(ナイロン6)、ポリヘキサメチレンアジパミド(ナイロン66)、ポリヘキサメチレンセバカミド(ナイロン610)、ポリヘキサメチレンドデカミド(ナイロン612)、ポリウンデカノラクタム(ナイロン11)、ポリドデカノラクタム(ナイロン12)などの単独重合体、カプロラクタム/ラウリルラクタム共重合体(ナイロン6/12)、カプロラクタム/アミノウンデカン酸共重合体(ナイロン6/11)、カプロラクタム/ω−アミノノナン酸共重合体(ナイロン6/9)、カプロラクタム/ヘキサメチレンジアンモニウムアジペート共重合体(ナイロン6/66)などの共重合体、アジピン酸とメタキシレンジアミンとの共重合体、またはヘキサメチレンジアミンとm,p−フタル酸との共重合体などの芳香族ポリアミドなどが挙げられる。さらに、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン11、ナイロン12などをハードセグメントとし、ポリアルキレングリコール、ポリエーテルまたは脂肪族ポリエステルなどをソフトセグメントとするブロック共重合体であるポリアミドエラストマーも、本発明に係る医療機器の基材として用いることができる。上記ポリアミド類は、1種類を単独で使用してもよいし、2種類以上を併用してもよい。
【0052】
また、医療機器の拡張部の他の部分には、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−プロピレン共重合体等のポリオレフィン、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル、ポリ塩化ビニル、エチレン−酢酸ビニル共重合体、架橋型エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリウレタン等の熱可塑性樹脂、ポリアミド、ポリアミドエラストマー、シリコーンゴム、ラテックスゴム等が使用できる。
【0053】
4.薬剤溶出性の医療機器を用いる治療方法
本発明の薬剤溶出性の医療機器を用いる治療方法は、当該医療機器の表面の少なくとも一部に形成された薬剤コート層から薬剤を溶出するステップを備える。より詳細には、本発明の薬剤溶出性の医療機器を用いる治療方法は、当該医療機器を管腔内に送達するステップと、前記管腔内で前記医療機器を径方向に拡張させるステップと、前記医療機器の表面の少なくとも一部に形成された薬剤コート層から薬剤を溶出させ、前記管腔に薬剤を作用させるステップとを備えることが好ましい。
【0054】
上記本発明の薬剤溶出性の医療機器を管腔内に送達するステップは、従来公知のバルーンやステントと同様に行うことができる。例えば、本発明の薬剤溶出性のバルーンまたはステントを冠動脈の狭窄部に送達する場合には、患者の手首または太股の動脈から筒状になっているガイディングカテーテルを心臓冠動脈の入口部まで挿入し、ガイディングカテーテルの中にガイドワイヤーを挿入し、バルーンカテーテルをガイドワイヤーに沿って挿入することで、バルーンまたはステントを狭窄部に送達することができる。
【0055】
本発明の薬剤溶出性の医療機器を管腔内で径方向に拡張させるステップは、従来公知のバルーンやステントと同様に行うことができる。
【0056】
本発明の薬剤溶出性の医療機器の表面の少なくとも一部に形成された薬剤コート層から薬剤を溶出させ、前記管腔に薬剤を作用させるステップは、管腔内で拡張させた医療機器を、薬剤溶出バルーンを拡張したまま数十秒間〜数分間保持したり、薬剤溶出ステントを留置したりすることによって行うことができる。これにより、管腔が拡張され、薬剤コート層の薬剤が管腔組織に作用する。
【0057】
本発明の薬剤溶出性の医療機器を用いる治療方法は、例えば、血管狭窄症の治療に適用することができ、薬剤としてパクリタキセル等の抗がん剤や免疫抑制剤など細胞増殖を抑える薬剤を利用することで、再狭窄を防止することができる。
【0058】
本発明のコーティング組成物が含有する生理的pHにおいて正電荷を帯びる塩基性化合物は、血栓形成の誘導を起こさないなど生体適合性が高いため、安全性の面でも好ましい薬剤溶出性の医療機器を提供することができる。
【実施例】
【0059】
以下に実施例を示して本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0060】
[3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジン塩酸塩の合成]
3,5−ジヒドロキシベンゾニトリル0.50g、1−ブロモペンタデカン2.70g、炭酸カリウム2.56gおよびアセトン30mlを混合し、一夜加熱還流した後、水を加え、塩化メチレンで抽出し、水洗した後、無水硫酸マグネシウムで乾燥させた。溶媒を留去して、無色の結晶として3,5−ジペンタデシロキシベンゾニトリル0.33gを得た。これをメタノール20mlとベンゼン35mlの混合溶媒に溶解し、氷冷下1時間塩化水素ガスを導入した。減圧下溶媒を留去し得られた結晶をクロロホルムとヘキサンで再結晶して3,5−ジペンタデシロキシ−α−メトキシ−α−イミノトルエン塩酸塩0.28gを得た。これをクロロホルム10m1に溶解し、氷冷下40分間アンモニアガスを導入した後、4.5時間加熱還流した。減圧下溶媒を留去し得られた固体からクロロホルム不溶物を除去して、無色の結晶0.20gを得た。このものの機器分析データは下記式の構造を支持する。
H−NMR(CDCl) δ(ppm):6.92(s,2H)、6.65(s,1H)、3.99(t,4H,J=6.4Hz)、1.77−1.22(m,52H)、0.88(t,6H,J=6.8Hz)
融点149〜150℃
【0061】
【化14】
【0062】
[薬剤溶出バルーンの作製]
〈実施例1〉
(1)コーティング溶液1の調製
1.1)合成した3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジン塩酸塩(以下「TRX−20」という。)(60mg)を量りとり、テトラヒドロフラン(以下「THF」という。)(1mL)に加えて溶解し、60mg/mL TRX−20/THF溶液を調製した。
1.2)パクリタキセル(以下「PTX」という。CAS No.33069−62−4)(80mg)を量りとり、THF(2mL)を加えて溶解し、40mg/mL PTX/THF溶液を調製した。
1.3)60mg/mL TRX−20/THF溶液(24μL)と、40mg/mL PTX/THF溶液(200μL)とを混合し、コーティング溶液1を調製した。調製したコーティング溶液中のPTXに対するTRX−20の質量比は、TRX−20/PTX=0.18/1であった。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン、以下同じ。)を準備した。拡張したバルーンをパクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、コーティング溶液1をピペットでコートし、バルーンを乾燥させ、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0063】
〈実施例2〉
(1)コーティング溶液2の調製
1.1)合成したTRX−20(60mg)を量りとり、THF(1mL)に加えて溶解し、60mg/mL TRX−20/THF溶液を調製した。
1.2)PTX(80mg)を量りとり、THF(2mL)を加えて溶解し、40mg/mL PTX/THF溶液を調製した。
1.3)60mg/mL TRX−20/THF溶液(48μL)と、40mg/mL PTX/THF溶液(200μL)とを混合し、コーティング溶液2を調製した。調製したコーティング溶液中のPTXに対するTRX−20の質量比は、TRX−20/PTX=0.36/1であった。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン)を準備し、調製したコーティング溶液2を用いて、パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、実施例1と同様にして、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0064】
〈実施例3〉
(1)コーティング溶液3の調製
1.1)合成したTRX−20(40mg)を量りとり、THF(1mL)に加えて溶解し、40mg/mL TRX−20/THF溶液を調製した。
1.2)PTX(80mg)を量りとり、THF(2mL)を加えて溶解し、40mg/mL PTX/THF溶液を調製した。
1.3)40mg/mL TRX−20/THF溶液(120μL)と、40mg/mL PTX/THF溶液(200μL)とを混合し、コーティング溶液3を調製した。調製したコーティング溶液中のPTXに対するTRX−20の質量比は、TRX−20/PTX=0.6/1であった。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン)を準備し、調製したコーティング溶液3を用いて、パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、実施例1と同様にして、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0065】
〈実施例4〉
(1)コーティング溶液4の調製
1.1)合成したTRX−20(40mg)を量りとり、THF(1mL)に加えて溶解し、40mg/mL TRX−20/THF溶液を調製した。
1.2)PTX(80mg)を量りとり、THF(2mL)を加えて溶解し、40mg/mL PTX/THF溶液を調製した。
1.3)40mg/mL TRX−20/THF溶液(120μL)と、40mg/mL PTX/THF溶液(100μL)とを混合し、コーティング溶液4を調製した。調製したコーティング溶液中のPTXに対するTRX−20の質量比は、TRX−20/PTX=1.2/1であった。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン)を準備し、調製したコーティング溶液4を用いて、パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、実施例1と同様にして、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0066】
〈実施例5〉
(1)コーティング溶液5の調製
1.1)合成したTRX−20(60mg)を量りとり、THF(1mL)に加えて溶解し、60mg/mL TRX−20/THF溶液を調製した。
1.2)PTX(40mg)を量りとり、無水エタノール(1mL)およびアセトン(1mL)からなる無水エタノール/アセトン混合溶液に加えて溶解し、40mg/mL PTX/EtOH溶液を調製した。
1.3)60mg/mL TRX−20/THF溶液(24μL)と、40mg/mL PTX/EtOH溶液(200μL)とを混合し、コーティング溶液5を調製した。調製したコーティング溶液中のPTXに対するTRX−20の質量比は、TRX−20/PTX=0.18/1であった。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン)を準備し、調製したコーティング溶液5を用いて、パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、実施例1と同様にして、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0067】
〈実施例6〉
(1)コーティング溶液6の調製
1.1)合成したTRX−20(60mg)を量りとり、THF(1mL)に加えて溶解し、60mg/mL TRX−20/THF溶液を調製した。
1.2)PTX(40mg)を量りとり、無水エタノール(1mL)およびアセトン(1mL)からなる無水エタノール/アセトン混合溶液に加えて溶解し、40mg/mL PTX/EtOH溶液を調製した。
1.3)60mg/mL TRX−20/THF溶液(48μL)と、40mg/mL PTX/EtOH溶液(200μL)とを混合し、コーティング溶液6を調製した。調製したコーティング溶液中のPTXに対するTRX−20の質量比は、TRX−20/PTX=0.36/1であった。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン)を準備し、調製したコーティング溶液6を用いて、パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、実施例1と同様にして、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0068】
〈実施例7〉
(1)コーティング溶液7の調製
1.1)合成したTRX−20(140mg)を量りとり、THF(2mL)に加えて溶解し、70mg/mL TRX−20/THF溶液を調製した。
1.2)PTX(168mg)を量りとり、無水エタノール(1.5mL)およびアセトン(1.5mL)からなる無水エタノール/アセトン混合溶液に加え、溶解して、56mg/mL PTX/EtOH溶液を調製した。
1.3)70mg/mL TRX−20/THF溶液(30μL)と、56mg/mL PTX/EtOH溶液(200μL)とを混合し、コーティング溶液7を調製した。調製したコーティング溶液中のPTXに対するTRX−20の質量比は、TRX−20/PTX=0.19/1であった。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン)を準備し、調製したコーティング溶液7を用いて、パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、実施例1と同様にして、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0069】
〈実施例8〉
(1)コーティング溶液8の調製
1.1)合成したTRX−20(140mg)を量りとり、THF(2mL)に加えて溶解し、70mg/mL TRX−20/THF溶液を調製した。
1.2)PTX(112mg)を量りとり、THF(2mL)に加えて溶解し、56mg/mL PTX/THF溶液を調製した。
1.3)グリセリン(CAS No.56−81−5)(500μL)と、無水エタノール(500μL)とを混合し、50% グリセリン溶液を調製した。
1.4)70mg/mL TRX−20/THF溶液(60μL)と、56mg/mL PTX/THF溶液(200μL)と、50% グリセリン溶液(17μL)とを混合し、コーティング溶液8を調製した。調製したコーティング溶液中のPTXに対するTRX−20の質量比は、TRX−20/PTX=0.38/1であった。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン)を準備し、調製したコーティング溶液8を用いて、パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、実施例1と同様にして、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0070】
〈実施例9〉
(1)コーティング溶液9の調製
1.1)合成したTRX−20(140mg)を量りとり、THF(2mL)に加えて溶解し、70mg/mL TRX−20/THF溶液を調製した。
1.2)PTX(112mg)を量りとり、無水エタノール/アセトン(1/1)混合溶液に加えて溶解し、56mg/mL PTX/EtOH溶液を調製した。
1.3)グリセリン(500μL)と、無水エタノール(500μL)とを混合し、50% グリセリン溶液を調製した。
1.4)70mg/mL TRX−20/THF溶液(11μL)と、56mg/mL PTX/THF溶液(200μL)と、50% グリセリン溶液(6μL)とを混合し、コーティング溶液9を調製した。調製したコーティング溶液中のPTXに対するTRX−20の質量比は、TRX−20/PTX=0.07/1であった。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン)を準備し、調製したコーティング溶液9を用いて、パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、実施例1と同様にして、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0071】
〈実施例10〉
(1)コーティング溶液10の調製
1.1)合成したTRX−20(140mg)を量りとり、THF(2mL)に加えて溶解し、70mg/mL TRX−20/THF溶液を調製した。
1.2)PTX(112mg)を量りとり、無水エタノール/アセトン(1/1)混合溶液に加え、溶解して、56mg/mL PTX/EtOH溶液を調製した。
1.3)グリセリン(1000μL)と、無水エタノール(1000μL)とを混合し、50% グリセリン溶液を調製した。
1.4)70mg/mL TRX−20/THF溶液(30μL)と、56mg/mL PTX/EtOH溶液(200μL)と、50% グリセリン溶液(15μL)と、無水エタノール(100μL)とを混合し、コーティング溶液10を調製した。調製したコーティング溶液中のPTXに対するTRX−20の質量比は、TRX−20/PTX=0.19/1であった。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径2.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン)を準備し、調製したコーティング溶液10を用いて、パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、実施例1と同様にして、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0072】
〈実施例11〉
(1)コーティング溶液11の調製
1.1)合成したTRX−20(140mg)を量りとり、THF(2mL)に加えて溶解し、70mg/mL TRX−20/THF溶液を調製した。
1.2)PTX(112mg)を量りとり、無水エタノール/アセトン(1/1)混合溶液に加えて溶解し、56mg/mL PTX/EtOH溶液を調製した。
1.3)グリセリン(1000μL)と、無水エタノール(1000μL)とを混合し、50% グリセリン溶液を調製した。
1.4)70mg/mL TRX−20/THF溶液(11μL)と、56mg/mL PTX/EtOH溶液(200μL)と、50% グリセリン溶液(6μL)とを混合し、コーティング溶液11を調製した。調製したコーティング溶液中のPTXに対するTRX−20の質量比は、TRX−20/PTX=0.07であった。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径2.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン)を準備し、調製したコーティング溶液11を用いて、パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、実施例1と同様にして、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0073】
〈比較例C1〉
(1)コーティング溶液12の調製
1.1)水素添加大豆リン脂質(ホスファチジルコリン、HSPC)(SPC−3、Lipoid社製、分子量:790)(100mg)を量りとり、無水エタノール(2mL)に溶解して、50mg/mL 水素添加大豆リン脂質溶液を調製した。
1.2)アセチル化ヒアルロン酸ナトリウム(AcHA,平均分子量=100,000、アセチル基置換度=2.6〜3.8個/ユニット、CAS No.287390−12−9)(5mg)を量りとり、無水エタノール(0.8mL)およびRO水(0.2mL)からなる無水エタノール/水混合液に加えて混合し、0.5% アセチル化ヒアルロン酸溶液を調製した。
1.3)PTX(80mg)を量りとり、無水エタノール(1mL)およびアセトン(1mL)からなる無水エタノール/アセトン混合溶液に加えて溶解し、40mg/mL パクリタキセル溶液を調製した。
1.4)50mg/mL 水素添加大豆リン脂質溶液40μLと、0.5% アセチル化ヒアルロン酸溶液40μLと、無水エタノール120μLと、40mg/mL パクリタキセル溶液200μLとを混合し、コーティング溶液13を調製した。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン)を準備し、調製したコーティング溶液12を用いて、パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、実施例1と同様にして、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0074】
〈比較例C2〉
(1)コーティング溶液13の調製
1.1)アクリル酸エチル(EA)・メタクリル酸メチル(MMA)コポリマー分散液(オイドラギットNE30D,樋口商会)(200μL)を量りとり、無水エタノール(1800μL)を加えて混合し、10%アクリル酸エチル・メタクリル酸メチルコポリマー溶液を調製した。
1.2)PTX(80mg)を量りとり、無水エタノール/アセトン(1/1)混合溶液に加えて溶解し、40mg/mL PTX/EtOH溶液を調製した。
1.3)10%アクリル酸エチル・メタクリル酸メチルコポリマー溶液(20μL)と、40mg/mL PTX/EtOH溶液(200μL)とを混合し、コーティング溶液10を調製した。
(2)バルーンへの薬剤コーティング
拡張時サイズが直径3.0×長さ20mm(拡張部)のバルーンカテーテル(テルモ社製、バルーン部分(拡張部)の素材はナイロン)を準備し、調製したコーティング溶液13を用いて、パクリタキセル量が約3μg/mmとなるように、実施例1と同様にして、薬剤溶出バルーンを作製した。
【0075】
〈比較例C3〉
市販品の薬剤溶出バルーンであるIn.Pact(Invatec社、直径3.0×長さ20mm(拡張部))を準備した。
【0076】
[模倣血管を用いた薬剤コート層耐性評価]
実施例1〜6および比較例C1〜C2の薬剤放出バルーンについて、病変患部に送達する過程でどれだけ薬剤コート層が脱落するかを評価するために、模倣血管を用いてデリバリー操作を行い、デリバリー後のバルーン上に残存するパクリタキセルを定量することで薬剤コート層耐性試験を行った。なお、薬剤コート層耐性試験は、以下の手順に従って行った。
(1)90度の角度がついている中空の模倣血管1を準備し、その中にガイディングカテーテル2(外径:5Fr)を通した(図1を参照)。
(2)ガイディングカテーテル2の内部を37℃で加温したPBSで満たした。
(3)作製した薬剤放出バルーン(拡張時サイズ(拡張部) 直径3.0×長さ20mm)を、ラッピング機で折りたたんだ。
(4)ラッピング後のバルーン4を、PBSで満たしたガイディングカテーテル内に挿入し、ガイディングカテーテルの出口に向かって1分間にわたりデリバリー操作を行った。
(5)ガイディングカテーテル内をデリバリー後のバルーンを回収し、液体クロマトグラフによってバルーンに残存したパクリタキセル量を定量した。さらに、パクリタキセルの残存率を算出した。
【0077】
デリバリー前のバルーン1個当たりのパクリタキセル量に対する、デリバリー操作後のバルーン1個あたりのバルーン上に残存したパクリタキセルの質量割合を表1の「デリバリー操作後バルーン上PTX残存率[質量%]」に示す。なお、表1中、「TRX−20/PTX」はパクリタキセル(PTX)に対するTRX−20(3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジン塩酸塩)の質量比を、「HSPC/AcHA」はアセチル化ヒアルロン酸(AcHA)に対する水素添加大豆リン脂質(ホスファチジルコリン、HSPC)の質量比を、「EA/MMA」はアクリル酸エチル・メタクリル酸メチルコポリマー中のメタクリル酸メチル(MMA)成分に対するアクリル酸エチル(EA)成分の質量比を、それぞれ意味する。
【0078】
また、図2に、模倣血管を用いた薬剤コート層耐性評価における、実施例1〜6および比較例C1〜C2のデリバリー操作後のバルーン上パクリタキセル残存率を表すグラフを示す。図2において、横軸は実施例または比較例を表し、数字1〜6は、それぞれ、実施例1〜6を意味し、アルファベット付き数字C1およびC2は、それぞれ、比較例C1および比較例C2を意味する。また、縦軸はデリバリー操作後のバルーン上パクリタキセル残存率(質量%)を表す。“mass %”は「質量%」の意味である。
【0079】
さらに、図3に、模倣血管を用いた薬剤コート層耐性評価における、実施例1〜6の、パクリタキセルに対するTRX−20の質量比と、バルーン上のパクリタキセル残存率との関係を表すグラフを示す。図3において、横軸はパクリタキセル(PTX)に対するTRX−20の質量比(TRX−20/PTX)を表す。“mass ratio”は「質量比」の意味である。また、縦軸はデリバリー操作後のバルーン上のパクリタキセル残存率(質量%)を表す。“mass %”は「質量%」の意味である。なお、グラフ上のプロットに付されたラベルの“Ex.”は「実施例」の意味であり、Ex.1〜Ex.6は、それぞれ、実施例1〜実施例6を意味する。
【0080】
【表1】
【0081】
表1および図2に示す結果から、いずれの実施例もデリバリー操作後のバルーン上のPTX残存率は50質量%以上であり、送達過程における薬剤コート層の耐性は良好であることがわかった。一方、比較例C1およびC2に関してもデリバリー操作における薬剤コート層の耐性は比較的良好であった。
また、図3に示す結果から、TRX−20/PTX質量比によらず、PTX残存率は大きく変化せず、デリバリー操作での薬剤コート層の耐性はいずれにおいても良好であることがわかった。
【0082】
[送達過程における薬剤コート層耐性評価]
実施例7〜9の薬剤放出バルーンについて、病変患部に送達する過程でどれだけ薬剤コート層が脱落するかを評価するために、模倣血管を用いてデリバリー操作を行い、デリバリー後のバルーン上に残存するパクリタキセルを定量することで薬剤コート層耐性試験を行った。なお、薬剤コート層耐性試験は、以下の手順に従って行った。
(1)90度の角度がついている中空の模倣血管1を準備し、その中にガイディングカテーテル2(外径:5Fr)を通した(図1を参照)。
(2)ガイディングカテーテル2の内部を37℃で加温したPBSで満たした。
(3)作製した薬剤放出バルーン(拡張時サイズ(拡張部) 直径3.0×長さ20mm)を、ラッピング機で折りたたんだ。
(4)ラッピング後のバルーン4を、PBSで満たしたガイディングカテーテル内に挿入し、ガイディングカテーテルの出口に向かって1分間にわたりデリバリー操作を行った。
(5)ガイディングカテーテル内をデリバリー後のバルーンを回収し、液体クロマトグラフによってバルーンに残存したパクリタキセル量を定量した。さらに、パクリタキセルの残存率を算出した。
【0083】
ラッピング前のバルーン1個当たりのパクリタキセル量に対する、ラッピング後のバルーン上に残存したパクリタキセルの質量割合を表2の「バルーン上PTX残存率−ラッピング後[質量%]」に、ラッピングおよびデリバリー操作後のバルーン上に残存したパクリタキセルの質量割合を表2の「バルーン上PTX残存率−デリバリー操作後[質量%]」に、それぞれ示す。なお、表2中、「TRX−20/PTX」はパクリタキセル(PTX)に対するTRX−20(3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジン塩酸塩)の質量比を意味する。
【0084】
さらに、図4に、送達過程における薬剤コート層耐性評価における、実施例7〜9のラッピング後およびデリバリー操作後のバルーン上パクリタキセル残存率を表すグラフを示す。図4において、横軸は実施例を表し、数字7〜8は、それぞれ、実施例7〜8を意味する。また、縦軸はラッピング後またはデリバリー操作後のバルーン上パクリタキセル残存率(質量%)を表す。各実施例において、左側の棒グラフはラッピング直後におけるバルーン上のパクリタキセル残存率を表し、右側の棒グラフはラッピングおよびデリバリー操作後におけるバルーン上のパクリタキセル残存率を表す。“mass %”は「質量%」の意味である。
【0085】
【表2】
【0086】
表2および図4に示す結果から、コーティング溶液にグリセリンを添加しない場合(実施例7)でも、添加した場合(実施例8、9)でも、いずれの場合も、送達過程における薬剤コート層の耐性は良好であることがわかった。
【0087】
[ウサギ腸骨動脈における薬剤組織移行性評価]
1.作製した薬剤溶出バルーン(実施例2、6および比較例C1、C2)および市販品のIn.Pact(Invatec社製)(比較例C3)を用いて、以下の手順に従って、ウサギ腸骨動脈におけるバルーン拡張1時間後の血管へのパクリタキセル組織移行性を評価した。
(1)ウサギにガイドワイヤーをX線透視下で右腸骨動脈または左腸骨動脈まで挿入した。次いで、薬剤溶出バルーン(拡張時サイズ(拡張部) 直径3.0mm×長さ20mm)を、ガイドワイヤーに沿わせて、該腸骨動脈まで移行させた。
(2)7atmで1分間バルーンを拡張させた。その後、直ちに、バルーンを抜去した。
(3)バルーン拡張60分後に、血管(分枝より約3.5cmの範囲)を採取した。
(4)採取した血管にメタノールを添加し、ホモジネイトして、組織ホモジネイトとした。
(5)組織ホモジネイトを、高速液体クロマトグラフを用いて分析し、組織中パクリタキセル量(組織1gあたりのパクリタキセル量)を定量した。さらに、薬剤溶出バルーンにコートされたパクリタキセル量と、組織中パクリタキセル量とから、パクリタキセルの血管組織への移行率(質量割合)を算出し、バルーン上に残存したパクリタキセル量から残存率(質量割合)を算出した。
【0088】
組織中パクリタキセル量を表3の「組織中PTX量[μg/g 組織]」の欄に、パクリタキセルの血管組織への移行率を表3の「組織へのPTX移行率[質量%]」の欄に、バルーン上のパクリタキセル残存率を表3の「バルーン上PTX残存率[質量%]」の欄に、それぞれ示す。なお、表3中、「TRX−20/PTX」はパクリタキセル(PTX)に対するTRX−20(3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジン塩酸塩)の質量比を、「HSPC/AcHA」はアセチル化ヒアルロン酸(AcHA)に対する水素添加大豆リン脂質(ホスファチジルコリン、HSPC)の質量比を、「EA/MMA」はアクリル酸エチル・メタクリル酸メチルコポリマー中のメタクリル酸メチル(MMA)成分に対するアクリル酸エチル(EA)成分の質量比を、それぞれ意味する。
【0089】
さらに、図5に、ウサギ腸骨動脈における薬剤組織移行性評価における、実施例2、6および比較例C1〜C3の血管組織中パクリタキセル量を表すグラフを示す。図5において、横軸は実施例または比較例を表し、数字2および6は、それぞれ、実施例2および実施例6を意味する。また、縦軸は血管組織中パクリタキセル量(μg/g 組織)を表す。“μg/g tissue”は「μg/g 組織」の意味である。
【0090】
【表3】
【0091】
表3および図5に示す結果から、実施例2および実施例6で作製した薬剤溶出バルーンは、比較例C1〜3に比べて組織中パクリタキセル量が著しく向上し、良好な薬剤組織移行性を示した。また、実施例2および6において、PTXの溶媒として、THFを用いた場合(実施例2)でも、EtOH/アセトン混合液を用いた場合(実施例6)でも、いずれの場合も、溶媒に影響されることなく良好な組織移行性が得られることがわかった。
また、比較例C1および比較例C2は、模倣血管を用いた薬剤コート層耐性は良好であったにも関わらず、組織へ移行した薬剤量は少なかったことから、標的組織との親和性が乏しいと考えられる。
【0092】
さらに、血中に流出したパクリタキセルの割合を示すために、組織へ移行したパクリタキセルの割合およびバルーン上に残存したパクリタキセルの割合の合計を100から差し引くことで求めた。表4の「血中に流出したPTX率[質量%]」の欄に、血中に流出したパクリタキセルの割合を示す。なお、表4中、「TRX−20/PTX」はパクリタキセル(PTX)に対するTRX−20(3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジン塩酸塩)の質量比を意味する。
【0093】
さらに、図6に、ウサギ腸骨動脈における薬剤組織移行性評価において得られた結果に基いて求めた、パクリタキセルの血管組織移行率、バルーン上のパクリタキセル残存率、および血中へのパクリタキセルの流出率を表すグラフを示す。図6において、横軸は実施例または比較例を表し、数字2および6は、それぞれ、実施例2および実施例6を意味し、C1〜C3は、それぞれ、比較例C1〜C3を意味する。また、縦軸はパクリタキセルの血管組織移行率(質量%)、バルーン上のパクリタキセル残存率(質量%)、または血中へのパクリタキセルの流出率(質量%)を表す。各実施例および比較例において、左側の棒グラフはパクリタキセルの血管組織移行率を表し、中央の棒グラフはバルーン上のパクリタキセル残存率を表し、右側の棒グラフは血中へのパクリタキセルの流出率を表す。“mass %”は「質量%」の意味である。
【0094】
【表4】
【0095】
表4および図6に示す結果から、実施例2および実施例6で作製した薬剤溶出バルーンは、比較例C1〜C3に比べて薬剤の組織移行率が2倍以上あるにも関わらず、バルーンに残存したパクリタキセル量も2倍以上あった。このことから、実施例2および6は、比較例C1〜C3と比べて血中に流出したパクリタキセル量が少ないことが明らかとなった。以上のことから、実施例2および実施例6は、標的組織において薬剤を効率良く放出し、組織に移行しなかったパクリタキセルの多くはバルーンに残存して回収され、血中に流出する量を抑えられるため、安全面においても非常に好ましいことが明らかとなった。一方、比較例C1〜3は、バルーンに搭載されたパクリタキセルの70%以上が血中に流出しており、安全面においても好ましくない。
【0096】
[異なるバルーンサイズでのウサギ腸骨動脈における組織中薬剤滞留性評価]
実施例10および11では、拡張時の直径が2.0mm、長さ20mmと、実施例2、6および比較例C1、2よりも拡張径が細いバルーンを用いて、ウサギ腸骨動脈における組織中薬剤滞留性評価を実施した。
【0097】
組織中パクリタキセル量を表5の「組織中PTX量[μg/g tissue]」の欄に、バルーン上のパクリタキセル残存率を表5の「バルーン上PTX残存率[mass %]」の欄に、それぞれ示す。なお、表5中、「TRX−20/PTX」はパクリタキセル(PTX)に対するTRX−20(3,5−ジペンタデシロキシベンズアミジン塩酸塩)の質量比を意味し、「1H」および「24H」は、それぞれ血管内拡張1時間後および24時間後を意味する。
【0098】
さらに、図7に、異なるバルーンサイズでのウサギ腸骨動脈における組織中薬剤滞留性評価における実施例10および実施例11の、バルーン拡張1時間後および24時間後の血管組織中パクリタキセル量を表すグラフを示す。図7において、横軸は実施例を表し、数字10および11は、それぞれ、実施例10および実施例11を意味する。また、縦軸は血管組織中パクリタキセル量(μg/g 組織)を表す。各実施例において、左側の棒グラフはバルーン拡張1時間後の血管組織中パクリタキセル量を表し、右側の棒グラフはバルーン拡張24時間後の血管組織中パクリタキセル量を表す。“μg/g tissue”は「μg/g 組織」の意味である。
【0099】
【表5】
【0100】
表5に示すとおり、実施例10および11の血管拡張1時間後に回収された組織中薬剤パクリタキセル量は、それぞれ、63μg/g 組織、91μg/g 組織であり、拡張径が3.0mmのバルーンのとき(実施例2および6)と比べると低かったものの、組織への薬剤の移行を確認できた。
また、実施例10および11とも血管拡張1時間後および24時間後の組織中パクリタキセル量を比較すると、これらはほぼ横ばいの値を示し、血管組織に移行したパクリタキセルの量は時間とともに大きく減衰しないことが示唆された。このことから、本発明の薬剤コート層は、薬剤が組織に移行した後も十分な薬剤が長時間にわたり組織内に滞留することが明らかとなった。
【0101】
本発明のコーティング組成物でコートした医療機器、例えば、バルーンカテーテルなど、を用いると、病変患部に送達する過程での薬剤コート層の脱落を抑えながら病変患部に効率よく薬剤を送達させることができ、しかも病変患部における医療機器からの迅速な薬剤放出および組織移行性を促し、薬剤の組織移行性を高めることができる。
【符号の説明】
【0102】
1 模倣血管
2 ガイディングカテーテル
3 バルーンカテーテル
4 バルーン
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7