(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6307684
(24)【登録日】2018年3月23日
(45)【発行日】2018年4月11日
(54)【発明の名称】高音圧音場の音圧分析装置及び方法、超音波洗浄機、超音波処理機
(51)【国際特許分類】
G01H 3/08 20060101AFI20180402BHJP
B08B 3/12 20060101ALI20180402BHJP
H01L 21/304 20060101ALI20180402BHJP
【FI】
G01H3/08
B08B3/12 A
H01L21/304 648G
【請求項の数】17
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2017-563276(P2017-563276)
(86)(22)【出願日】2017年4月19日
(86)【国際出願番号】JP2017015802
【審査請求日】2017年12月15日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第25回 ソノケミストリー討論会 講演論文集(平成28年10月21日発行)P26にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第37回 超音波エレクトロニクスの基礎と応用に関するシンポジウム論文集(平成28年11月16日発行)1P4−1にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第37回 超音波エレクトロニクスの基礎と応用に関するシンポジウム論文集(平成28年11月16日発行)1P4−2にて発表
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000243364
【氏名又は名称】本多電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114605
【弁理士】
【氏名又は名称】渥美 久彦
(72)【発明者】
【氏名】岡田 長也
(72)【発明者】
【氏名】朝倉 義幸
【審査官】
山口 剛
(56)【参考文献】
【文献】
特開2014−076440(JP,A)
【文献】
特開平06−300725(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2011/0186155(US,A1)
【文献】
安田啓司、NGUYEN Thanh Tam、朝倉義幸、香田忍,“超音波照射によるホワイトノイズと化学・機械的効果の閾値の周波数依存性”,第24回ソノケミストリー討論会 講演論文集,日本,日本ソノケミストリー学会,2015年10月23日,pp.11-12 (A05)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01H 1/00 − 17/00
B08B 3/12
H01L 21/304
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体中における超音波の音場を検出し、前記音場の音圧に応答した電圧の信号を出力するハイドロホンと、
前記ハイドロホンからの電圧信号に基づいて前記音場の周波数成分を分析し、基本周波数成分、ハーモニック成分、サブハーモニック成分及びホワイトノイズ成分に分別する周波数分析装置と、
前記周波数分析装置が得た周波数成分の分析結果に基づき所定の演算を行う演算装置とを備え、
前記演算装置は、
実用感度を有する周波数範囲における前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)を演算により求め、前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)がほぼゼロの値から増加に転じる点に、キャビテーションが発生する閾値があるものと推定するとともに、前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)の大きさからキャビテーション発生量を推定することを特徴とする高音圧音場の音圧分析装置。
【請求項2】
前記演算装置は、
実用感度を有する周波数範囲における音圧において、隣接する複数の周波数ピーク間にある谷部同士を線分で結ぶとともに、前記線分よりも上側の領域を除去することにより、前記ホワイトノイズ成分を抽出する
ことを特徴とする請求項1に記載の高音圧音場の音圧分析装置。
【請求項3】
前記演算装置は、さらに、
実用感度を有する周波数範囲における全ての周波数成分の平均音圧(AP)を演算により求め、前記全ての周波数成分の平均音圧(AP)に基づいて正しい音圧値を推定する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の高音圧音場の音圧分析装置。
【請求項4】
前記演算装置は、さらに、
前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)に基づいて、超音波による機械的作用により金属エロージョンが生じる閾値を推定する
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の高音圧音場の音圧分析装置。
【請求項5】
前記ハイドロホンは、ハイドロホン感度特性曲線により前記電圧信号を音圧に変換した後に出力することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の高音圧音場の音圧分析装置。
【請求項6】
前記ハイドロホンは、S/N比が2倍以上の感度と定義される前記実用感度を、5MHzを超える周波数においても有することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の高音圧音場の音圧分析装置。
【請求項7】
前記ハイドロホンは、S/N比が2倍以上の感度と定義される前記実用感度を、20kHz以上20MHz以下の周波数において有することを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の高音圧音場の音圧分析装置。
【請求項8】
前記ハイドロホンは、耐食性金属ケースの内面に圧電体の正面側を接合し、前記圧電体の背面側に音響バッキング材を配設した構造を有することを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の高音圧音場の音圧分析装置。
【請求項9】
前記装置は、超音波キャビテーションメータであることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項に記載の高音圧音場の音圧分析装置。
【請求項10】
液体中に浸漬された被処理物を、超音波を用いて洗浄する超音波洗浄機であって、
前記液体を溜めておくための処理槽と、
前記処理槽内の前記液体に超音波を照射するべく、前記処理槽に設置された超音波振動子と、
前記超音波振動子を駆動制御する駆動装置と、
請求項1乃至8のいずれか1項に記載の高音圧音場の音圧分析装置と
を備えたことを特徴とする超音波洗浄機。
【請求項11】
前記駆動装置は、前記音圧分析装置による分析結果に基づき、前記キャビテーションの発生に伴い超音波による化学的作用が生じる閾値を超えないような音圧条件で、前記超音波振動子を駆動制御することを特徴とする請求項10に記載の超音波洗浄機。
【請求項12】
前記駆動装置は、前記音圧分析装置による分析結果に基づき、前記キャビテーションの発生に伴い超音波による化学的作用が生じる閾値を超えないような音圧条件、及び、前記超音波による化学的作用が生じる閾値と超音波による機械的作用により金属エロージョンが生じる閾値との間の音圧条件のうちのいずれかを選択して、前記超音波振動子を駆動制御することを特徴とする請求項10に記載の超音波洗浄機。
【請求項13】
液体中に浸漬された被処理物を、超音波を用いて化学的に処理する超音波処理機であって、
前記液体を溜めておくための処理槽と、
前記処理槽内の前記液体に超音波を照射するべく、前記処理槽に設置された超音波振動子と、
前記超音波振動子を駆動制御する駆動装置と、
請求項1乃至8のいずれか1項に記載の高音圧音場の音圧分析装置と
を備えたことを特徴とする超音波処理機。
【請求項14】
前記駆動装置は、前記音圧分析装置による分析結果に基づき、前記キャビテーションの発生に伴い超音波による化学的作用が生じる閾値を超えないような音圧条件で、前記超音波振動子を駆動制御することを特徴とする請求項10に記載の超音波処理機。
【請求項15】
ハイドロホンを用いて液体中における超音波の音場を検出し、前記音場の音圧に応答した電圧の信号を出力する音場検出ステップと、
前記ハイドロホンからの電圧信号に基づいて前記音場の周波数成分を分析し、基本周波数成分、ハーモニック成分、サブハーモニック成分及びホワイトノイズ成分に分別する周波数分析ステップと、
前記周波数分析装置が得た周波数成分の分析結果に基づき所定の演算を行う演算ステップと
を含む高音圧音場の音圧分析方法であって、
前記演算ステップでは、
実用感度を有する周波数範囲における前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)を演算により求め、前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)がほぼゼロの値から増加に転じる点に、キャビテーションが発生する閾値があるものと推定するとともに、前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)の大きさからキャビテーション発生量を推定することを特徴とする高音圧音場の音圧分析方法。
【請求項16】
前記演算装置は、さらに、
実用感度を有する周波数範囲における全ての周波数成分の平均音圧(AP)を演算により求め、前記全ての周波数成分(AP)の平均音圧に基づいて、正しい音圧値を推定することを特徴とする請求項15に記載の高音圧音場の音圧分析方法。
【請求項17】
前記演算装置は、さらに、
前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)に基づいて、超音波による機械的作用により金属エロージョンが生じる閾値を推定する
ことを特徴とする請求項15または16に記載の高音圧音場の音圧分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高音圧音場の音圧分析装置及び方法、超音波洗浄機、超音波処理機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超音波を利用した機器として、例えば超音波洗浄機が従来からよく知られている。一般的に超音波洗浄機は、洗浄液を溜めておくための処理槽の底部に超音波振動子を設置した構成を備えている。そして、超音波振動子が発生した超音波を洗浄液に照射すると、洗浄液中に音場が形成され、これにより被洗浄物が洗浄されるようになっている。超音波振動子が発生した超音波は、水面で反射して定在波を生じさせることが知られている。また、所定周波数域の強力な超音波を洗浄液中に照射すると、高音圧音場が形成される結果、減圧状態と加圧状態とが交互に発生し、減圧時の圧力によって液体中に気泡が生じる、「キャビテーション」という現象が生じることも知られている。
【0003】
キャビテーションは低周波の超音波ほど起きやすく、比較的低い超音波エネルギーで発生させることができる。従って、低・中周波用の超音波洗浄機では、キャビテーションの膨張及び収縮や崩壊による衝撃波を積極的に利用して、比較的に大きな汚れや落ち難い油系の汚れなどを効率よく洗浄することができる。また、半導体基板などを洗浄する超音波洗浄機では、比較的高い周波数(数百kHz〜数MHz)の超音波が利用され、キャビテーションの崩壊による衝撃力を制御しながら洗浄処理が行われる(例えば、特許文献1参照)。そして、このような超音波洗浄機では、洗浄効率を維持するためにキャビテーションの発生を制御する技術が求められている。
【0004】
ところで、超音波洗浄機の洗浄液中に例えば音圧を検知するセンサの一種であるハイドロホンを挿入すると、音場の音圧に応答した電圧が出力されることが知られている。この場合、音圧の大きさに応じ、振動子が発生する基本波の周波数fの成分だけでなく、その高調波成分(ハーモニック成分)の周波数や、サブハーモニック成分の周波数や、広帯域な周波数成分を持つホワイトノイズ成分が発生する。特に、キャビテーションが発生し始める条件付近では、キャビテーション由来の非線形の音が生じる。このため、例えば特許文献2に記載の従来技術においては、ハーモニック成分やサブハーモニック成分などの非線形成分の発生をモニターして、キャビテーションが発生しているか否かを判定することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−165695号公報
【特許文献2】特開2014−76440号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献2に記載の方法では、キャビテーションが発生しているか否かの判定はある程度は可能であったが、キャビテーションが生じ始める閾値(キャビテーション閾値)や、キャビテーションの発生量を正確に推定することが難しかった。
【0007】
また、キャビテーションが発生し始める条件付近では、キャビテーション由来の非線形の音が生じる一方で、基本周波数成分の音圧がいったん落ち込んでその後再び増加することが従来経験的に知られている。ゆえに、この音圧の落ち込みをもってキャビテーション閾値を把握すればよいとも考えられる。ところが、このような音圧の落ち込みは、そのときの諸条件により左右される不安定なものであるため、キャビテーション閾値の正確な推定には適していない。
【0008】
また、従来においては、ホワイトノイズ成分に着目してその発生をモニターし、キャビテーションの発生を推定することも提案されている。具体的には、周波数を横軸としかつ出力電圧(音圧)を縦軸としたグラフにおいて、ハイドロホン出力の周波数成分を示した曲線につき、斜線領域で示すホワイトノイズ成分を積分し、BIV値(broadband integrated voltage値)を求める(次式1を参照)。
【数1】
上式において、a、bは積分範囲(周波数)、v(f)はハイドロホンの出力電圧を表す。ただし、積分時には、基本周波数成分、ハーモニック成分及びサブハーモニック成分は取り除いて計算するものとする。
【0009】
しかしながら、超音波振動子への投入電力とBIV値とは必ずしもリニアな関係にはならないことが分かっており、それゆえBIV値を用いた手法では、キャビテーション閾値やキャビテーション発生量を正確に推定することが難しかった。
【0010】
以上のような事情から、高音圧音場の存在によって高調波が生じるような環境でも、正確な音圧を求めることができる手法が望まれていた。
【0011】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、キャビテーション閾値及びキャビテーション発生量を正確に推定することができる高音圧音場の音圧分析装置及び方法を提供することにある。また、本発明のさらなる目的は、キャビテーション閾値及びキャビテーション発生量の正確な推定に基づいて適切な超音波処理条件を容易にかつ確実に設定することが可能な超音波洗浄機、超音波処理機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題を解決するべく鋭意研究を行ったところ、非線形成分のうちホワイトノイズ成分に着目するとともに、ハイドロホンが実用感度を有する周波数範囲におけるホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)という値を導入してみたところ、BIV値による場合などに比較してキャビテーション閾値やキャビテーション発生量を正確に推定できることを新たに知見した。そして、本発明者らは上記の知見に基づいてさらに鋭意研究を進めることにより、最終的に下記の発明を完成させるに至ったのである。以下、上記の課題を解決するための発明を列挙する。
【0013】
即ち、請求項1に記載の発明は、液体中における超音波の音場を検出し、前記音場の音圧に応答した電圧の信号を出力するハイドロホンと、前記ハイドロホンからの電圧信号に基づいて前記音場の周波数成分を分析し、基本周波数成分、ハーモニック成分、サブハーモニック成分及びホワイトノイズ成分に分別する周波数分析装置と、前記周波数分析装置が得た周波数成分の分析結果に基づき所定の演算を行う演算装置とを備え、前記演算装置は、実用感度を有する周波数範囲における前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)を演算により求め、前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)がほぼゼロの値から増加に転じる点に、キャビテーションが発生する閾値があるものと推定するとともに、前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)の大きさからキャビテーション発生量を推定することを特徴とする高音圧音場の音圧分析装置をその要旨とする。
【0014】
従って、請求項1に記載の発明の作用効果を以下に記す。超音波振動子への投入電力を増加していった場合、当初ABP値はほぼゼロの値で推移するが、ある点を境に増加に転じるとともに、その後は超音波振動子に対する印加電力とほぼリニアな関係を保つことがわかっている。このため、ABPがほぼゼロの値から増加に転じる点を見つけることにより、他の手法に比較してキャビテーション閾値を正確に推定することができる。また、ABPの大きさからキャビテーション発生量を正確に推定することができる。
【0015】
請求項2に記載の発明は、請求項1において、前記演算装置は、実用感度を有する周波数範囲における音圧において、隣接する複数の周波数ピーク間にある谷部同士を線分で結ぶとともに、前記線分よりも上側の領域を除去することにより、前記ホワイトノイズ成分を抽出することをその要旨とする。
【0016】
従って、請求項2に記載の発明によると、演算装置が演算を行うことにより、ホワイトノイズ成分よりも高い音圧で出現している基本周波数成分、ハーモニック成分及びサブハーモニック成分が確実に除去される。そのため、ホワイトノイズ成分を正確に抽出することができ、結果的にキャビテーション閾値及びキャビテーション発生量をより正確にかつ簡単に推定することが可能となる。
【0017】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2において、前記演算装置は、さらに、実用感度を有する周波数範囲における全ての周波数成分の平均音圧(AP)を演算により求め、前記全ての周波数成分の平均音圧(AP)に基づいて正しい音圧値を推定することをその要旨とする。
【0018】
従って、請求項3に記載の発明によると、AP値に基づいて正しい音圧値を推定することが可能となる。
【0019】
請求項4に記載の発明は、請求項1乃至3のいずれか1項において、前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)に基づいて、超音波による機械的作用により金属エロージョンが生じる閾値を推定することをその要旨とする。
【0020】
本発明者らは、低・中周波領域においては、キャビテーション閾値と超音波による機械的作用により金属エロージョンが生じる閾値とはほぼ同じであるが、例えば100kHzを超える高周波領域においては、キャビテーション閾値よりも金属エロージョン閾値のほうが大きくなるという知見を新たに知見した。そしてこの知見から、高周波領域においては、ABPの値を基準としてそれよりも大きい値が金属エロージョン閾値であると推定することを想到した。従って、請求項4に記載の発明によると、低・中周波領域において金属エロージョン閾値を正確に推定することができるとともに、高周波領域においても金属エロージョン閾値をある程度推定することができる。
【0021】
請求項5に記載の発明は、請求項1乃至4のいずれか1項において、前記ハイドロホンは、ハイドロホン感度特性曲線により前記電圧信号を音圧に変換した後に出力することをその要旨とする。
【0022】
従って、請求項5に記載の発明によると、音圧に変換された後の電圧信号に基づいて、音場の周波数成分分析及び所定の演算が行われることから、ABP値やAP値を正確に求めることができる。よって、キャビテーション閾値及びキャビテーション発生量をいっそう正確に推定することが可能となる。
【0023】
請求項6に記載の発明は、請求項1乃至5のいずれか1項において、前記ハイドロホンは、S/N比が2倍以上の感度と定義される前記実用感度を、5MHzを超える周波数においても有することをその要旨とする。
【0024】
「実用感度」のことをS/N比が2倍以上の感度と定義すると、従来よくあるハイドロホンでは、一般に100kHz〜1MHz程度の比較的狭い周波数領域でこのような実用感度を有することが知られている。ここで、請求項6に記載の発明によると、100kHz〜1MHzの周波数領域のみならず、それよりも高い周波数領域においても実用感度を有するハイドロホンから出力される電圧信号を用いているので、より正確なABP値やAP値を求めることができる。よって、キャビテーション閾値及びキャビテーション発生量をいっそう正確に推定することが可能となる。
【0025】
請求項7に記載の発明は、請求項1乃至6のいずれか1項において、前記ハイドロホンは、S/N比が2倍以上の感度と定義される前記実用感度を、20kHz以上20MHz以下の周波数において有することをその要旨とする。
【0026】
従って、請求項7に記載の発明によると、低周波域から高周波域に広くわたって実用感度を有するハイドロホンから出力される電圧信号を用いているので、よりいっそう正確なABP値やAP値を求めることができる。よって、キャビテーション閾値及びキャビテーション発生量を極めて正確に推定することが可能となる。
【0027】
請求項8に記載の発明は、請求項1乃至7のいずれか1項において、前記ハイドロホンは、耐食性金属ケースの内面に圧電体の正面側を接合し、前記圧電体の背面側に音響バッキング材を配設した構造を有することをその要旨とする。
【0028】
従って、請求項8に記載の発明によると、耐食性金属ケースの内面に圧電体の正面側を接合した構造を採用しているため、圧電体が直接外部に露出せず、強力な振動や衝撃などから隔離され保護される。また、圧電体の背面側に音響バッキング材を配設した構造を採用しているため、音響的に周波数感度特性がフラットになるように設計することが可能となり、幅広い周波数領域で実用感度を有するものとすることができる。このため、小型であるにも関わらず堅牢であって、しかも高感度なハイドロホンとすることができ、これを用いることにより、小型、低価格、高寿命、高精度な音圧分析装置を実現しやすくなる。
【0029】
請求項9に記載の発明は、請求項1乃至8のいずれか1項において、前記装置は、超音波キャビテーションメータであることをその要旨とする。
【0030】
請求項10に記載の発明は、請求項1乃至8のいずれか1項において、液体中に浸漬された被処理物を、超音波を用いて洗浄する超音波洗浄機であって、前記液体を溜めておくための処理槽と、前記処理槽内の前記液体に超音波を照射するべく、前記処理槽に設置された超音波振動子と、前記超音波振動子を駆動制御する駆動装置と、請求項1乃至8のいずれか1項に記載の高音圧音場の音圧分析装置とを備えたことを特徴とする超音波洗浄機をその要旨とする。
【0031】
従って、請求項10に記載の発明によると、キャビテーション閾値及びキャビテーション発生量の正確な推定ができ、それに基づいて超音波洗浄にとって適切な超音波処理条件を容易にかつ確実に設定することが可能となる。
【0032】
請求項11に記載の発明は、請求項10において、前記駆動装置は、前記音圧分析装置による分析結果に基づき、前記キャビテーションの発生に伴い超音波による化学的作用が生じる閾値を超えないような音圧条件で、前記超音波振動子を駆動制御することをその要旨とする。
【0033】
従って、請求項11に記載の発明によると、キャビテーションの発生に伴い超音波による化学的作用が生じる閾値を超えないような音圧条件で、超音波振動子が駆動制御される結果、当該化学的作用が生じる手前の条件に設定して洗浄を行うことが可能となる。このため、洗浄能力が必要以上に高まることで、被洗浄物の表面に化学的ダメージを与えるといった問題を回避することができる。
【0034】
請求項12に記載の発明は、請求項10において、前記駆動装置は、前記音圧分析装置による分析結果に基づき、前記キャビテーションの発生に伴い超音波による化学的作用が生じる閾値を超えないような音圧条件、及び、前記超音波による化学的作用が生じる閾値と超音波による機械的作用により金属エロージョンが生じる閾値との間の音圧条件のうちのいずれかを選択して、前記超音波振動子を駆動制御することをその要旨とする。
【0035】
従って、請求項12に記載の発明によると、比較的弱い音圧条件と、比較的強い音圧条件とが選択可能であるため、被処理物の性質等に応じて適切な洗浄処理を行うことができる。
【0036】
請求項13に記載の発明は、液体中に浸漬された被処理物を、超音波を用いて化学的に処理する超音波処理機であって、前記液体を溜めておくための処理槽と、前記処理槽内の前記液体に超音波を照射するべく、前記処理槽に設置された超音波振動子と、前記超音波振動子を駆動制御する駆動装置と、請求項1乃至8のいずれか1項に記載の高音圧音場の音圧分析装置とを備えたことを特徴とする超音波処理機をその要旨とする。
【0037】
従って、請求項13に記載の発明によると、キャビテーション閾値及びキャビテーション発生量の正確な推定ができ、それに基づいて超音波処理にとって適切な超音波処理条件を容易にかつ確実に設定することが可能となる。
【0038】
請求項14に記載の発明は、請求項10において、前記駆動装置は、前記音圧分析装置による分析結果に基づき、前記キャビテーションの発生に伴い超音波による化学的作用が生じる閾値を超えないような音圧条件で、前記超音波振動子を駆動制御することをその要旨とする。
【0039】
従って、請求項14に記載の発明によると、キャビテーションの発生に伴い超音波による化学的作用が生じる閾値を超えないような音圧条件で、超音波振動子が駆動制御される結果、当該化学的作用が生じる手前の条件に設定して超音波処理を行うことが可能となる。このため、処理能力が必要以上に高まることで、超音波化学反応の効率が低下するといった問題を回避することができる。
【0040】
請求項15に記載の発明は、ハイドロホンを用いて液体中における超音波の音場を検出し、前記音場の音圧に応答した電圧の信号を出力する音場検出ステップと、前記ハイドロホンからの電圧信号に基づいて前記音場の周波数成分を分析し、基本周波数成分、ハーモニック成分、サブハーモニック成分及びホワイトノイズ成分に分別する周波数分析ステップと、前記周波数分析装置が得た周波数成分の分析結果に基づき所定の演算を行う演算ステップとを含む高音圧音場の音圧分析方法であって、前記演算ステップでは、実用感度を有する周波数範囲における前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)を演算により求め、前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)がほぼゼロの値から増加に転じる点に、キャビテーションが発生する閾値があるものと推定するとともに、前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)の大きさからキャビテーション発生量を推定することを特徴とする高音圧音場の音圧分析方法をその要旨とする。
【0041】
従って、請求項15に記載の発明によると、ABPがほぼゼロの値から増加に転じる点を見つけることにより、他の手法に比較してキャビテーション閾値を正確に推定することができる。また、ABPの大きさからキャビテーション発生量を正確に推定することができる。
【0042】
請求項16に記載の発明は、請求項15において、前記演算ステップでは、さらに、実用感度を有する周波数範囲における全ての周波数成分の平均音圧(AP)を演算により求め、前記全ての周波数成分の平均音圧(AP)に基づいて、正しい音圧値を推定することをその要旨とする。
【0043】
従って、請求項16に記載の発明によると、全ての周波数成分の平均音圧(AP)に基づいて、正しい音圧値を推定することが可能となる。
【0044】
請求項17に記載の発明は、請求項15または16において、前記演算ステップでは、さらに、前記ホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)に基づいて、超音波による機械的作用により金属エロージョンが生じる閾値を推定することをその要旨とする。
【0045】
従って、請求項17に記載の発明によると、ABP値を導入することによって、低・中周波領域において金属エロージョン閾値を正確に推定することができるとともに、高周波領域においても金属エロージョン閾値をある程度推定することができる。
【発明の効果】
【0046】
以上詳述したように、請求項1〜9に記載の発明によると、キャビテーション閾値及びキャビテーション発生量を正確に推定することができる高音圧音場の音圧分析装置を提供することができる。また、請求項10〜14に記載の発明によると、キャビテーション閾値及びキャビテーション発生量の正確な推定に基づいて適切な超音波処理条件を容易にかつ確実に設定することが可能な超音波洗浄機、超音波処理機を提供することにある。また、請求項15〜17に記載の発明によると、キャビテーション閾値及びキャビテーション発生量を正確に推定することができる高音圧音場の音圧分析方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【
図1】本発明を具体化した一実施形態の超音波洗浄機を示す概略構成図。
【
図2】本実施形態の超音波洗浄機に使用するハイドロホンの概略構成図。
【
図3】(a)〜(d)はハイドロホンの補正について説明するためのグラフ。
【
図4】周波数とハイドロホンの音圧との関係を示すグラフ。
【
図5】(a)〜(c)はホワイトノイズ成分の抽出について説明するためのグラフ。
【
図6】低電圧印加時における印加電圧とハイドロホンの音圧との関係を示すグラフ。
【
図7】高電圧印加時における印加電圧とハイドロホンの音圧との関係を示すグラフ。
【
図8】周波数ごとのキャビテーション閾値、超音波による化学的作用が生じる閾値、超音波による機械的作用により金属エロージョンが生じる閾値を示すグラフ。
【発明を実施するための最良の形態】
【0048】
以下、本発明の高音圧音場の音圧分析装置及び方法を超音波洗浄機に具体化した一実施の形態を図面に基づき詳細に説明する。
【0049】
図1には、本実施形態の超音波洗浄機11の概略構成図が示されている。この超音波洗浄機11は、液体(洗浄液)W1中に浸漬された被処理物を超音波を用いて洗浄するための装置であり、処理槽12、超音波振動子13、駆動装置、高音圧音場の周波数分析装置42を備えている。
【0050】
処理槽12は上部が開口した有底の容器であって、その内部に液体W1が溜められるようになっている。本実施形態では、内径56mmの円筒型二重槽を処理槽12として用い、そこに液体W1としての25℃の水(空気飽和水)を溜めるとともに循環させるようにしている。
【0051】
超音波振動子13は、処理槽12内の液体W1に超音波を照射するための手段であって、処理槽12の底部に設置されている。本実施形態では、処理槽12の底部の外面に、振動板付振動子を超音波振動子13として取り付けている。超音波振動子13としては、例えば直径45mmのマルチ周波数振動子(22、43、98kHz;本多電子社製)が用いられるが、そのほか直径50mmの300kHz用振動子、490kHz用振動子、1MHz用振動子、2MHz用振動子や、直径20mmの5MHz振動子などが用いられる(いずれも本多電子社製)。なお、超音波振動子13は、底部内面に設置されていてもよい。
【0052】
この超音波洗浄機11における駆動装置は、超音波発振器21、パワーアンプ22及び制御手段としてのPC(パーソナル・コンピュータ)23によって構成されている。超音波発振器21は、パワーアンプ22を介して超音波振動子13に電気的に接続されている。超音波発振器21は、所定周波数(本実施形態では300kHzと490kHz)の連続正弦波の発振信号を出力する。この発振信号は、パワーアンプ22で信号増幅された後、超音波振動子13に供給され、超音波振動子13を駆動する。図示しないが、300kHz及び490kHz以外の周波数の超音波振動子13を駆動する場合には、パワーアンプ22と超音波振動子13との間にインピーダンス・マッチング回路が設けられる。そして、超音波振動子13は、超音波発振器21の発振周波数に応じた周波数(あるいはインピーダンス・マッチングされた周波数)の超音波を発生する。この結果、処理槽12内の液体W1に対し、処理槽12の底部側から上方に向けて超音波が照射される。なお、PC23は超音波発振器21に電気的に接続されており、超音波振動子13から発生される超音波の出力を調整して駆動するべく、超音波発振機21の発振信号の信号レベルを制御するようになっている。
【0053】
この超音波洗浄機11における高音圧音場の音圧分析装置42は、ハイドロホン31、プリアンプ41、周波数分析装置42、オシロスコープ43、演算装置としてのPC23によって構成されている。
【0054】
図1、
図2に示されるように、ハイドロホン31は、液体W1中における超音波の音場を検出して音場の音圧に応答した電圧の信号を出力する超音波センサであって、先端側を液体W1中に浸漬した状態で図示しない支持部材に固定されている。本実施形態では直径3.5mmの小型のハイドロホン31を用いている。このハイドロホン31を構成する耐食性金属ケース32は、二重構造をなす円筒状のケース本体33と、そのケース本体33の一方の開口を閉塞する蓋部材34とにより構成されている。ケース本体33の内側筒部及び蓋部材34は、いずれもキャビテーションの衝撃波に耐え得るチタン等の耐食性金属材料を用いて形成されている。蓋部材34の内面には、圧電体35の正面側が接合されている。本実施形態では、チタン製の蓋部材34の内面に対し、センサ材料であるPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)膜を化学合成法によって形成することにより、超音波振動でも剥離しにくい圧電体35としている。圧電体35の背面側には、音響バッキング材37が導電性接着剤36を介して接合されている。音響バッキング材37は導電性金属材料を用いて形成されるとともに、その外周面には耐食性金属ケース32との絶縁を図るために絶縁材38が配設されている。音響バッキング材37の基端側は、導電性接着剤36を介して同軸ケーブル39の導線に接合されている。そして、同軸ケーブル39は、ケース本体33の基端側から外部に引き出されている。
【0055】
ハイドロホン31は、プリアンプ41を介して周波数分析装置42及びオシロスコープ43に電気的に接続されている。ハイドロホン31は、音場の音圧に応答した電圧信号をプリアンプ41に出力する。プリアンプ41はハイドロホン31からの電圧信号をインピーダンス変換したうえで外部に出力する。オシロスコープ43は、プリアンプ41から出力された電圧信号を読み取り、電圧波形として画面上に表示するようになっている。なお、オシロスコープ43は、周波数分析装置42及びPC23に電気的に接続されているとともに、パワーアンプ22からの出力電流を検知すべく電流プローブ25にも電気的に接続されている。
【0056】
周波数分析装置42は、プリアンプ41を介して入力したハイドロホン31からの電圧信号に基づいて音場の周波数成分を分析し、基本周波数成分、ハーモニック成分、サブハーモニック成分及びホワイトノイズ成分に分別するようになっている。本実施形態では、横軸を周波数とし、縦軸を電圧とする二次元のグラフを画面上に表示する電気計測器であるスペクトラムアナライザを、周波数分析装置42として使用している。なお、周波数分析装置42は、高速フーリエ変換(FFT)回路により、デジタル化された前記電圧信号をフーリエ変換処理することで、各周波数成分に分別するようなものであってもよい。
【0057】
上記制御手段であるとともに演算装置でもあるPC23は、周波数分析装置42からの出力信号を入力することで、周波数分析装置42が得た周波数成分を分析し、その分析結果に基づき所定の演算を行うように構成されている。
【0058】
ここで、
図3(a)は、ハイドロホン31及びプリアンプ41を経て、オシロスコープ43が取得した電圧波形を例示したグラフであって、電圧波形は縦軸を電圧とし、横軸を時間として表されている。
図3(b)は、周波数分析装置42により取得された各周波数成分を例示したグラフであって、横軸を周波数とし、縦軸を電圧として表されている。ハイドロホン31はフラットな感度特性を有していることが望ましいが、ハイドロホン31を用いた場合には、例えば
図3(c)の周波数成分グラフC1のように各周波数で感度がフラットにならないことがある。
図3(c)は、感度が既知である基準ハイドロホンと感度を比較し、感度を縦軸とし、周波数を横軸としたハイドロホン感度特性曲線C2を例示したものである。上記のように感度がフラットにならない場合には、このハイドロホン感度特性曲線C2を考慮して
図3(b)の周波数成分グラフC1を補正する。なお、例示されたハイドロホン感度特性曲線C2を見ると、20kHz付近の感度が高いため、感度特性がフラットになっていないことがわかる。そして、
図3(d)は、ハイドロホン感度特性曲線C2を考慮して補正された周波数成分グラフC3、言い換えると前記補正によって音圧(kPa)に変換されたグラフが示されている。つまり、このグラフにすることで、各周波数ごとに、取得した電圧値が何kPaに相当するかがわかるようになっている。なお、この例においては、上記補正がなされることによって、20kHz付近のピークが小さくなり、ハイドロホン31の感度特性が比較的フラットなものになる(
図3(d)参照)。このような感度補正は、例えばPC23内のメモリに格納された感度補正プログラムを、PC23内のCPUが読み出して実行することにより、行われるようになっている。この感度補正においては、メモリ内に格納されたハイドロホン感度特性曲線データが参照される。
【0059】
ちなみに、
図2に示したハイドロホン31は、ハイドロホン感度特性曲線C2により電圧信号を音圧に変換した後に出力するべく、あらかじめ周波数感度特性を音響的にできるだけフラットにするように設計された音響バッキング材37を用いて構成されている。なお、
図2の構造を採用した本実施形態のハイドロホン31は、20kHz〜20MHzというかなり広い周波数において、実用感度を有したものとなっている。ここで、実用感度とは、S/N比が2倍以上の感度と定義する。
【0060】
次に、演算装置としてのPC23が行う演算処理について説明する。ちなみに、以下の各演算処理は、PC23内のメモリに格納された所定のプログラムに基づいてCPUが実行する。
【0061】
まずPC23は、周波数分析装置42から周波数成分の分析結果(即ち、補正された周波数成分グラフC3)を取得する。そしてこの分析結果に基づいて、PC23は、実用感度を有する周波数範囲におけるホワイトノイズ成分51の平均音圧(ABP;average of broadband sound pressure)と、実用感度を有する周波数範囲における全ての周波数成分の平均音圧(AP;average of sound pressure)を演算により求める。なお、本実施形態のハイドロホン31においては、「実用感度を有する周波数範囲」とは20kHz〜20MHzの周波数のことを指している。
【0062】
ABP値及びAP値はそれぞれ次式2、3により求める。
【数2】
【数3】
【0063】
ここで、P
Nはハイドロホン31で得られたf
a(=20kHz)からf
b=20MHz)の周波数範囲における音圧のバックグランドノイズ成分、P
Aはf
aからf
bの周波数範囲におけるすべての音圧成分、P
Wはf
aからf
bの周波数範囲における基本周波数成分、全ハーモニック成分及び全サブハーモニック成分の音圧成分をP
Aから除いたものである。つまり、APは、(P
A−P
N)をf
aからf
bの範囲で積分したものを(f
b−f
a)で除した値であって、当該範囲における全ての周波数成分の平均音圧を示す値となる。ABPは、(P
W−P
N)をf
aからf
bの範囲で積分したものを(f
b−f
a)で除した値であって、当該範囲におけるホワイトノイズ成分51の平均音圧を示す値となる。
【0064】
なお、
図4は、周波数300kHz、印加電力4Wで超音波を照射したときに処理槽12内に発生する音場の音圧の周波数成分を示すグラフである。このグラフにおいては縦軸が音圧を示し、横軸が周波数を示している。このグラフを見ると、基本周波数成分f
1の音圧が最も大きいピークとして観測される。このほかにも、ハーモニック成分f
2、f
3のピーク、サブハーモニック成分f
1.5、f
2.5のピーク、及びホワイトノイズ成分51が観測される。
【0065】
ここで、
図5(a)〜(c)に基づいてホワイトノイズ成分51の抽出について説明する。
図5(a)は音圧が低いときの周波数成分を示すグラフである。このとき、各周波数成分のピーク50はいずれも低い。
図5(b)は音圧が高くなったときの周波数成分を示すグラフである。このとき、各周波数成分のピーク50は先の場合よりも高くなるため、それに付随していわゆる裾野部分54も広がった状態となる。従って、ホワイトノイズ成分51の抽出を行うにあたっては、以下のようなことを行う。まず、実用感度を有する周波数範囲における音圧において、複数の周波数成分のピーク50を抽出し、さらに隣接するピーク50間にある谷部52を抽出する(
図5(c)参照)。次に、抽出した谷部52同士を線分(直線)53で結ぶとともに、前記線分53よりも上側の領域(即ち、各ピーク50とそれらの広がった裾野部分54)を除去する。そして、各周波数で、超音波が印加されていないときのバックグラウンドノイズを引き算する。このような処理により、ホワイトノイズ成分51を抽出することができる。本実施形態においては、ホワイトノイズ成分抽出プログラムがメモリに格納されており、CPUがこのプログラムを実行することでホワイトノイズ成分51の抽出が自動的に行われるようになっている。
【0066】
そして、この超音波洗浄機11においてPC23は、ABPがほぼゼロの値から増加に転じる点にキャビテーション閾値TH1があるものと推定するとともに、ABPの大きさからキャビテーション発生量を推定することを行うようなっている。また、PC23は、AP値に基づいて正しい音圧値を推定することを行うとともに、ABP値に基づいて超音波による機械的作用により金属エロージョンが生じる閾値を推定することも行うようになっている。
【0067】
図6は、低電圧印加時における超音波振動子13に対する印加電力の1/2乗と、基本周波数成分f
1の音圧P
1、ハーモニック成分f
2の音圧P
2、サブハーモニック成分f
1.5の音圧P
1.5、AP値、ABP値との関係を示すグラフである。なお、グラフにおいて上下方向に延びる破線は、キャビテーション閾値TH1を示すものである。これによると、印加電力の1/2乗の値が0.6W
1/2となる点にキャビテーション閾値TH1があることがわかる。
【0068】
印加電力をゼロから徐々に増加させていった場合、APB値は、0.6W
1/2に到るまでの間、ほぼゼロの値を維持する。そして、印加電圧が0.6W
1/2を超えるあたりから、APB値が、ゼロの値から増加に転じ、その後は緩やかに増加し始めるようになる。従って、この点にキャビテーション閾値TH1があることが示唆される。
【0069】
基本周波数成分f
1の音圧P
1について着目すると、この音圧P1はキャビテーション閾値TH1よりも低い0.56W
1/2を超えるあたりから低下し、キャビテーション閾値TH1よりも高い0.74W
1/2を超えるあたりから再び増加に転じるという挙動を示す。従って、印加電圧に対してリニアに応答しない音圧P1を参照してキャビテーション閾値TH1を正確に推定することは妥当ではないと結論付けられる。
【0070】
これに対して、AP値は0.56W
1/2を超えても比較的直線的に増加することがわかる。また、高電圧印加時における印加電圧とハイドロホン31の音圧との関係を示す
図7のグラフからもわかるように、AP値は10W
1/2に到るまで比較的直線的に増加している。従って、AP値は印加電圧に対してほぼリニアに応答している。また、APB値についても同様に、0.6W
1/2を超えるあたりから、印加電圧に対してほぼリニアに応答している。従って、AP値に基づいて正しい音圧値を推定することは妥当であると結論付けられる。また、APB値に基づいてキャビテーション発生量を推定することも妥当であると結論付けられる。
【0071】
また、ハーモニック成分f
2の音圧P
2について着目すると、音圧P
2の増加は、キャビテーション閾値TH1より若干低い印加電力のときからみられる。ゆえに、キャビテーション閾値TH1より低い音圧でも、気泡による非線形振動があるものと考えられる。サブハーモニック成分f
1.5の音圧P
1.5について着目すると、音圧P
1.5の増加は、逆にキャビテーション閾値TH1を超えた0.74W
1/2あたりからみられる。以上のことから,キャビテーション閾値TH1近傍でホワイトノイズ成分51、サブハーモニック成分f
1.5、ハーモニック成分f
2が現れ、このために基本周波数成分f
1の音圧P
1が低下したと考えられる。勿論、ハーモニック成分f
2の音圧P
2、サブハーモニック成分f
1.5の音圧P
1.5を参照したとしても、キャビテーション閾値TH1を正確に推定することはできないと結論付けられる。しかしながら、上記のとおりABPという値を導入することにより、キャビテーション閾値TH1を正確に推定することが可能となった。
【0072】
図8は、周波数ごとのキャビテーション閾値TH1を示すグラフである。ここでは、ホワイトノイズ成分51に係るABP値をもってキャビテーション閾値TH1としている。同グラフには、超音波による機械的作用によりアルミホイルにエロージョンが生じる閾値(即ち、金属エロージョン閾値)と、KI法による化学的作用によりI
3が発生する閾値(即ち、超音波による化学的作用(ソノケミストリー反応)が生じる閾値)とが、それぞれ周波数ごとに示されている。これによると、KI法による化学的作用が生じる閾値とキャビテーション閾値TH1とは、各周波数でほぼ一致していた。よって、キャビテーションの発生と同時に超音波による化学作用が発生することがわかった。また、上記金属エロージョン閾値は、22kHz、43kHzでキャビテーション閾値TH1とほぼ同じ値であったが、100kHz以上の高い周波数域ではキャビテーション閾値TH1より大きな値となることがわかった。
【0073】
以上のことから、100kHz未満の低周波領域においては、ABP値をもって、金属エロージョン閾値及び超音波による化学的作用が生じる閾値の両方を正確に推定できることがわかった。また、超音波による化学的作用が生じる閾値については、100kHz以上の高い周波数域においても、ABP値をもって同様に正確に推定できることがわかった。なお、金属エロージョン閾値については、100kHz以上の高い周波数域にてキャビテーション閾値TH1より大きな値として現れることから直接的かつ正確に推定することはできないが、ABP値に基づいてそれよりも若干大きい値であるとある程度推定することが可能であると結論付けられた。
【0074】
次に、上記のように構成された超音波洗浄装機11を用いた被洗浄物の洗浄処理について説明する。
【0075】
まず、作業者は、超音波洗浄機11において、処理槽12内に溜めた液体W1中に被洗浄物を入れた後、図示しない洗浄開始スイッチをオンする。駆動装置としてのPC23は、そのスイッチ操作に基づき超音波発振器21を駆動させる。このとき、超音波発振器21は、例えば300kHzの発振信号をパワーアンプ22を介して出力し、超音波振動子22から所定の超音波を発生させる。超音波振動子13から発生された超音波は、処理槽12内の液体W1を伝搬して音場を形成し、被洗浄物に作用する。この結果、被洗浄物の表面に付着した汚れが除去される。
【0076】
このとき、ハイドロホン31は液体W1中に発生する超音波の音場を検出し、音圧に応答した電圧の信号を、プリアンプ41を介して周波数分析装置42に出力する。周波数分析装置42は、入力した電圧信号に基づいて音場の周波数成分を分析し、その分析結果を演算装置であるPC23に出力する。PC23は、周波数分析装置42が得た周波数成分の分析結果に基づき演算を行い、AP値及びAPB値を求めて、さらにこれらに基づいてそのときの周波数におけるキャビテーション閾値TH1、金属エロージョン閾値及び超音波による化学的作用が生じる閾値を推定する。
【0077】
例えば、比較的弱い音圧条件で洗浄すべき被洗浄物の場合には、PC23は、キャビテーションの発生に伴い超音波による化学的作用が生じる閾値を超えないような音圧条件となるような印加電圧を設定し、超音波振動子13を駆動制御するようになっている。また、比較的強い音圧条件で洗浄すべき被洗浄物の場合には、PC23は、前記超音波による化学的作用が生じる閾値と超音波による機械的作用により金属エロージョンが生じる閾値との間の音圧条件となるような印加電圧を設定し、超音波振動子13を駆動制御するようになっている。
【0078】
このように、本実施形態の超音波洗浄機11では、キャビテーションの発生状況等に応じて、超音波の出力が調整されて超音波洗浄が行われる。そして、所定時間の経過後、作業者によって図示しない洗浄停止ボタンが操作されると、PC23は超音波発振器21を停止させ、超音波洗浄処理を終了させるようになっている。
【0079】
従って、本実施の形態によれば以下の効果を得ることができる。
【0080】
(1)本実施形態の超音波洗浄機11によると、上述したようにAPB値を導入したことにより、他の手法に比較してキャビテーション閾値及びキャビテーション発生量を正確に推定することができる。また、AP値を導入したことにより、これに基づいて正しい音圧値を推定することができる。以上のことから、その正確な推定に基づいて、超音波洗浄にとって適切な超音波処理条件を容易にかつ確実に設定することが可能となる。
【0081】
(2)本実施形態の超音波洗浄機11によると、キャビテーションの発生に伴い超音波による化学的作用が生じる閾値を超えないような音圧条件、及び、前記超音波による化学的作用が生じる閾値と超音波による機械的作用により金属エロージョンが生じる閾値との間の音圧条件のうちのいずれかを選択して、超音波振動子が駆動制御される。従って、前者の条件を選択したときには、当該化学的作用が生じる手前の条件に設定して洗浄を行うことが可能となる。このため、洗浄能力が必要以上に高まることで、被洗浄物の表面に化学的ダメージを与えるといった問題を回避することができる。また、後者の条件を選択したときには、当該化学的作用が生じる一方で金属エロージョンが生じる手前の条件に設定して洗浄を行うことが可能となる。このため、洗浄能力が必要以上に高まることで、被洗浄物の表面に物理的ダメージを与えるといった問題を回避することができる。このように本実施形態によれば、比較的弱い音圧条件と、比較的強い音圧条件とが選択可能であるため、被処理物の性質等に応じて適切な洗浄処理を行うことが可能となる。
【0082】
(3)本実施形態の超音波洗浄機11において、PC23は、実用感度を有する周波数範囲における音圧において、隣接する複数の周波数ピーク50間にある谷部52同士を線分53で結ぶとともに、線分53よりも上側の領域を除去することにより、ホワイトノイズ成分51を抽出する演算を行っている。そしてこの演算により、ホワイトノイズ成分51よりも高い音圧で出現している基本周波数成分、ハーモニック成分及びサブハーモニック成分が確実に除去される。そのため、上記式3の積分計算の結果の信頼性が向上し、ホワイトノイズ成分51を正確に抽出することができる。その結果、キャビテーション閾値TH1及びキャビテーション発生量をより正確にかつ簡単に推定することが可能となる。
【0083】
(4)本実施形態の超音波洗浄機11におけるハイドロホン31は、20kHz以上20MHz以下の周波数において実用感度を有している。つまり、低周波域から高周波域に広くわたって実用感度を有するハイドロホン31から出力される電圧信号を用いて演算が行われるので、よりいっそう正確なABP値やAP値を求めることができる。よって、キャビテーション閾値TH1及びキャビテーション発生量を極めて正確に推定することが可能となる。
【0084】
(4)本実施形態の超音波洗浄機11におけるハイドロホンは31、耐食性金属ケース32の内面に圧電体35の正面側を接合し、圧電体35の背面側に音響バッキング材37を配設した構造を有している。よって、圧電体35が直接外部に露出せず、強力な振動や衝撃などから隔離され保護される。また、音響バッキング材37の配設によって、音響的に周波数感度特性がフラットになるように設計することが可能となり、幅広い周波数領域で実用感度を有するものとすることができる。このため、小型であるにも関わらず堅牢であって、しかも高感度なハイドロホン31とすることができ、これを用いることにより、小型、低価格、高寿命、高精度な音圧分析装置14を実現しやすくなる。
【0085】
なお、本発明の各実施の形態は以下のように変更してもよい。
【0086】
・上記実施の形態では、処理槽12の上部開口から液体W1に浸漬するタイプのハイドロホン31を用いたが、処理槽12の側壁や底板(振動板)等を通じて設置されるタイプのハイドロホンを用いても勿論よい。
【0087】
・上記実施の形態では、チタン製の耐食性金属ケース32を用いてハイドロホン31を構成したが、これに限定されずチタン以外の耐食性金属(ステンレス等)を用いてケース32を構成してもよいほか、金属以外の材料(例えば石英などのガラス材)を用いてケース32を構成してもよい。
【0088】
・上記実施の形態では、本発明の高音圧音場の音圧分析装置及び方法を、超音波洗浄機11に具体化したが、これ以外のもの、例えば、超音波分散器、超音波殺菌装置、ソノケミストリー反応を使用して化学的反応を行わせる超音波反応装置などに具体化してもよい。また、本発明の高音圧音場の音圧分析装置は、キャビテーションが発生しているか否かを検知するとともに、キャビテーションの発生量を測定するための超音波キャビテーションメータであってもよい。
【符号の説明】
【0089】
11…超音波洗浄機
12…処理槽
13…超音波振動子
14…高音圧音場の音圧分析装置
21…駆動装置を構成する超音波発振器
22…駆動装置を構成するパワーアンプ
23…駆動装置の一部及び演算装置としてのPC
31…ハイドロホン
32…耐食性金属ケース
35…圧電体
37…音響バッキング材
42…周波数分析装置
50…ピーク
51…ホワイトノイズ成分
52…谷部
53…線分
54…裾野部分
ABP…実用感度を有する周波数範囲におけるホワイトノイズ成分の平均音圧
AP…実用感度を有する周波数範囲における全ての周波数成分の平均音圧
f
1…基本周波数成分
f
2、f
3…ハーモニック成分
f
1.5、f
2.5…サブハーモニック成分
TH1…キャビテーションが発生する閾値(キャビテーション閾値)
W1…液体
【要約】
キャビテーション閾値及びキャビテーション発生量を正確に推定すること
ができる高音圧音場の音圧分析装置であって、本発明の高音圧音場の音圧分
析装置(42)は、音場の音圧に応答した電圧の信号を出力するハイドロホ
ン(31)、周波数分析装置(42)、演算装置(23)を備え、周波数分析
装置(42)は、ハイドロホン(31)からの電圧信号に基づいて音場の周
波数成分を分析して、基本周波数成分、ハーモニック成分、サブハーモニッ
ク成分及びホワイトノイズ成分に分別し、演算装置(23)は、実用感度を
有する周波数範囲におけるホワイトノイズ成分の平均音圧(ABP)を演算
により求め、ABPがほぼゼロの値から増加に転じる点に、キャビテーショ
ンが発生する閾値があるものと推定し、ABPの大きさからキャビテーショ
ン発生量を推定する。