特許第6307715号(P6307715)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6307715
(24)【登録日】2018年3月23日
(45)【発行日】2018年4月11日
(54)【発明の名称】音声信号処理装置、音声信号処理方法
(51)【国際特許分類】
   H03M 3/02 20060101AFI20180402BHJP
   G10L 19/03 20130101ALI20180402BHJP
   G10L 19/26 20130101ALI20180402BHJP
【FI】
   H03M3/02
   G10L19/03
   G10L19/26
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-95986(P2015-95986)
(22)【出願日】2015年5月8日
(65)【公開番号】特開2016-213683(P2016-213683A)
(43)【公開日】2016年12月15日
【審査請求日】2016年7月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】398034168
【氏名又は名称】株式会社アクセル
(74)【代理人】
【識別番号】100104776
【弁理士】
【氏名又は名称】佐野 弘
(74)【代理人】
【識別番号】100119194
【弁理士】
【氏名又は名称】石井 明夫
(72)【発明者】
【氏名】小島 悠貴
【審査官】 羽鳥 友哉
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−242863(JP,A)
【文献】 特開2002−374170(JP,A)
【文献】 特開平07−193814(JP,A)
【文献】 特開平07−023007(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03M 3/02
G10L 19/03
G10L 19/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
声信号を量子化る量子化手段と、
前記量子化する処理で発生する量子化ノイズの影響を低減させるノイズシェーピングを実現できる第1伝達関数を有する、前記量子化手段の後段に設けられるフィルタと、
前記第1伝達関数の逆関数である第2伝達関数を有する、前記量子化手段の前段に設けられるフィルタと
を備えることを特徴とする音声信号処理装置。
【請求項2】
前記第1伝達関数は、帰還の要素を含む初期伝達関数に基づいて信号処理を実現する構成から帰還ループを外した構成を得る等価変換の過程によって得られる、請求項1記載の音声信号処理装置。
【請求項3】
記第フィルタから前記第フィルタに音声信号を帰還させる帰還手段がない
ことを特徴とする請求項1に記載の音声信号処理装置。
【請求項4】
第1伝達関数は、全ての係数が整数であ
とを特徴とする請求項1または2に記載の音声信号処理装置。
【請求項5】
前記音声信号処理装置は、さらに、
声信号の周波数特性を変化させることで、前記音声信号の大きさに対する前記量子化ノイズの大きさを小さくする機能を有し、前記第2フィルタの前段に設けられる前処理手段
備えることを特徴とする請求項1乃至の何れか一つに記載の音声信号処理装置。
【請求項6】
音声信号処理装置によって実行される音声信号処理方法であって、
音声信号を量子化する処理で発生する量子化ノイズの影響を低減させるノイズシェーピングを実現できる第1伝達関数の逆関数である、第2伝達関数を用いて音声信号をフィルタリングし、
前記フィルタリングした音声信号を量子化し、
前記第1伝達関数を用いて前記量子化した音声信号をフィルタリングする
ことを特徴とする音声信号処理方法。
【請求項7】
前記第1伝達関数は、帰還の要素を含む初期伝達関数に基づいて信号処理を実現する構成から帰還ループを外した構成を得る等価変換の過程によって得られる、請求項6記載の音声信号処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音声信号の量子化等、音声信号のディジタル処理の技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ディジタルの音声信号を生成する際、信号を量子化する手順が行われる。従来、この量子化の手順においては、例えば、出力信号を1サンプリング時間遅延する遅延手段と、遅延手段によって遅延された遅延信号と入力信号とを加算して加算結果を得る加算手段と、加算結果の信号のうちで、固有に持つ共振周波数の前後の周波数成分のみを増幅して共振結果を得る共振手段と、共振結果を量子化し、量子化結果を得る量子化手段とを有するノイズシェーピング手段を備え、入力信号を加算手段、共振手段、量子化手段の順に処理して出力信号として出力させる構成において、この入力信号の一部を量子化手段から再び加算手段に帰還させる構成を備えたA/D変換装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−298365号公報(段落[0022]、[図1]等参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1に記載の発明は、例えば量子化手段で処理された信号の一部を加算手段に帰還させる構成を備えている等、構成と処理が複雑になるという問題がある。
【0005】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、簡素な構成と処理によってノイズシェーピングを実現して量子化ノイズの聴感上の影響を低減させることができる音声信号処理装置、音声信号処理方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、声信号を量子化る量子化手段と、前記量子化する処理で発生する量子化ノイズの響を低減させるノイズシェーピングを実現できる第1伝達関数を有する、前記量子化手段の後段に設けられるフィルタと、前記第1伝達関数の逆関数である第2伝達関数を有する、前記量子化手段の前段に設けられるフィルタとを備えることを特徴とする。
【0007】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の構成に加え、前記第1伝達関数は、帰還の要素を含む初期伝達関数に基づいて信号処理を実現する構成から帰還ループを外した構成を得る等価変換の過程によって得られるように構成されたことを特徴とする。請求項2に記載の発明のこのような構成が加わることにより、請求項3に記載の発明では、請求項1に記載の構成に加え、前記第一のフィルタと前記第二のフィルタとの間には、前記第一のフィルタで処理された前記音声信号を前記第二のフィルタに帰還させる帰還手段が設けられないように音声信号処理装置を構成することができる
【0008】
以上より、請求項3に記載の発明は、請求項1に記載の発明に請求項2に記載の発明の構成が追加されることで、結果的に実現される音声信号処理の新規な構成を規定する
【0009】
請求項4に記載の発明は、請求項3に記載の構成に加え、第1伝達関数は、全ての係数が整数であように構成されたことを特徴とする。
【0010】
請求項5に記載の発明は、請求項1乃至4の何れか一つに記載の構成に加え、前記音声信号処理装置において、音声信号の周波数特性を変化させることで、前記音声信号の大きさに対する前記量子化ノイズの大きさを小さくする機能を有し、前記第2フィルタの前段に設けられる前処理手段をさらに、備えることを特徴とする。
【0011】
請求項6に記載の発明は、音声信号処理装置によって実行される音声信号処理方法であって、音声信号を量子化する処理で発生する量子化ノイズの影響を低減させるノイズシェーピングを実現できる第1伝達関数の逆関数である、第2伝達関数を用いて音声信号をフィルタリングし、前記フィルタリングした音声信号を量子化し、前記第1伝達関数を用いて前記量子化した音声信号をフィルタリングすることを特徴とする。
また、請求項7に記載の発明は、請求項6に記載の構成に加え、前記第1伝達関数は、帰還の要素を含む初期伝達関数に基づいて信号処理を実現する構成から帰還ループを外した構成を得る等価変換の過程によって得られる、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
請求項1、及び請求項6に記載の発明によれば、量子化された音声信号のノイズシェー
ピングを実現できる特性を有する第一のフィルタによる処理を量子化手段の処理の後段に
おいて行うことにより、量子化ノイズのノイズシェーピングを行うことができる。また、
第一のフィルタの逆特性を有する第二のフィルタによる処理を量子化手段の処理の前段に
おいて行うことにより、音声信号自体は第二のフィルタの処理と第一のフィルタの処理と
がそれぞれ行われることで、元の状態を維持したまま量子化できる。そして、第一のフィルタによる処理、量子化手段による処理、第二のフィルタによる処理の順に音声信号を処理することにより、量子化とノイズシェーピングとを、簡素な構成における簡素な処理として実現できる。これにより、信号を帰還させるためのフィードバックループを必要としない簡易な構成と処理によって量子化ノイズの影響を低減可能なノイズシェーピングが実現できると共に、ノイズシェーピング処理によって原信号に加わった変質作用を、逆特性を有するフィルタにより相殺することができる
【0013】
さらに、請求項1および6に記載の発明によれば、第一のフィルタと、第二のフィルタとは、所定の伝達関数を備えたことにより、複数の時系列信号からなる音声信号のノイズシェーピングを、伝達関数を用いて確実に行うことが可能となる。また、第二のフィルタの伝達関数は第一のフィルタの伝達関数の逆関数となるように構成されていることにより、第二のフィルタと第一のフィルタとでそれぞれ処理された信号は元の状態が維持される。これにより、原信号を変質させずに量子化とノイズシェーピングを行うことが可能になる。
また、請求項2および7に記載の発明によれば、量子化処理部の後段に設けたフィルタの伝達関数を、帰還の要素を含む初期伝達関数に基づいて信号処理を実現する構成を等価変換して帰還ループを外した構成に対応した伝達関数としている。こうすることで、この発明によれば、帰還の要素を含んで実現されていた等価変換前の音声信号が実現していたノイズシェーピング特性を、等価変換後に帰還ループを外した構成においてもそのまま維持することができる。
【0014】
請求項3に記載の発明によれば、第一のフィルタで処理された音声信号を第二のフィル
タに帰還させる帰還手段が設けられないように構成されていることにより、信号を帰還させるための複雑な構成が形成されることと帰還させた信号を含めた信号処理を行うという
複雑な処理の発生や、帰還によってシステムの出力が無限に増大してシステムの破損を招くようなシステムの不安定化を抑止できて、簡素な構成と処理によってノイズシェーピン
グを具体的に実現し、特別な配慮を行わなくてもシステムの安定化を図ることができる。
【0015】
請求項4に記載の発明によれば、第一のフィルタの備える第1伝達関数は、全ての係数が整数であるように構成されたことにより、フィルタ係数の値が小数点以下の成分をも含む場合とは異なり、第一のフィルタで処理した音声信号を再度量子化する必要がなく、簡素な構成と簡素な手順において量子化とノイズシェーピングを行うことが可能になる。
【0016】
請求項5に記載の発明によれば、符号化の前に音声信号の周波数特性を変化させること
で、音声信号の大きさに対する量子化ノイズの大きさを小さくできる前処理手段と共にノ
イズシェーピング手段が用いられる。これにより、請求項5に記載の発明によれば、存在する量子化ノイズの大きさを音声信号の大きさに対して小さくしつつノイズシェーピングを行い、音声信号の音質をより向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】この発明の実施の形態に係る音声信号処理装置の全体構成を示す機能ブロック図である。
図2】同上音声信号処理装置の伝達関数による処理の原理を示す機能ブロック図である。
図3】同上音声信号処理装置の伝達関数による処理の原理を示す機能ブロック図である。
図4】同上音声信号処理装置の伝達関数による処理の原理を示す機能ブロック図である。
図5】同上音声信号処理装置の伝達関数による処理の原理を示す機能ブロック図である。
図6】同上音声信号処理装置の伝達関数による処理の原理を示す機能ブロック図である。
図7】同上音声信号処理装置における、量子化部の構成を示す機能ブロック図である。
図8】同上音声信号処理装置における、従来の(この実施の形態のポストフィルタとプリフィルタとを用いない場合の)前処理部と量子化部との構成を示す機能ブロック図である。
図9】同上音声信号処理装置における、本発明に係る(この実施の形態のポストフィルタとプリフィルタとを用いた場合の)前処理部と量子化部との構成を示す機能ブロック図である。
図10】同上音声信号処理装置による処理行った音声信号と、比較例としての、従来の音声信号処理装置による処理を行った音声信号とをそれぞれ再生した結果を示す第1の図である。
図11】同上音声信号処理装置による処理を行った音声信号と、比較例としての、従来の音声信号処理装置による処理を行った音声信号とをそれぞれ再生した結果を示す第2の図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[基本構成]
図1にこの発明の実施の形態を示す。
【0019】
図1は、この実施の形態に係る音声信号処理装置の全体構成を示す機能ブロック図である。
【0020】
この実施の形態の音声信号処理装置1Aには、例えば、入力されたアナログの音声信号をディジタルの音声信号に変換(A/D変換)して出力する処理に用いられる。音声信号処理装置1Aは、例えば、少なくとも一のCPU等の制御手段を備え、音声信号をA/D変換するための各種処理や、A/D変換に関連する各種処理等を行う。
【0021】
図1に示す通り、この実施の形態の音声信号処理装置1Aは、符号化部1、前処理部2、量子化部3を備えている。
【0022】
符号化部1は、A/D変換の際の符号化処理を行う。即ち、符号化部1にはアナログ信号を標本化、量子化した後のデータが入力され、このデータを符号化してディジタル信号を生成する。符号化部1による符号化は、例えば、時系列信号によって形成される音声信号を線形予測によって予測符号化を行う形態(例えば、適応的差分パルス符号変調(adaptive differential pulse code modulation:ADPCM、以下「ADPCM」と記載する))等が考えられる。ただしこれに限定されず、どのような符号化方法を用いてもよい。また、符号化部1においてA/D変換時の標本化や量子化が行われる構成であってもよい。
【0023】
前処理部2は、符号化部1から出力されたディジタル信号に対し、この実施の形態における量子化処理を行う前の信号成分を調整する機能を備えている。具体的には、前処理部2は量子化処理が行われる前の音声信号の高域周波数の信号成分を増幅させる機能を有している。この前処理部2は、例えばこの実施の形態の符号化部1においてADPCM等の予測符号化による符号化が行われる場合、符号化されたディジタル信号に対し、ローパスフィルタ(図示せず)による高域周波数成分のカットやバンドパスフィルタ(図示せず)による特定周波数帯以外の周波数成分のカット等を行う機能を有している。これにより、
音声データや出力された音声の大きさに対する量子化ノイズの大きさを相対的に小さくすることができる。
【0024】
量子化部3は、符号化部1及び前処理部2から出力された音声信号を量子化する。この、量子化部3の具体的構成と処理の原理については後述する。
【0025】
[量子化部の具体的構成]
図1に示す通り、量子化部3は、「量子化手順」を行う「量子化手段」としての量子化処理部31と、量子化処理部31の後段に設けられた、「ノイズシェーピング手順」を行う「ノイズシェーピング手段」、及び「第一のフィルタリング手順」を行う「第一のフィルタ」としてのポストフィルタ32と、量子化処理部31の前段に設けられた、「ノイズシェーピング手順」を行う「ノイズシェーピング手段」、及び、「第二のフィルタリング手順」を行う「第二のフィルタ」としてのプリフィルタ33とを備えている。
【0026】
なお、量子化部3においては、プリフィルタ33、量子化処理部31、ポストフィルタ32の順に処理が行われる構成のみが存在し、処理された信号の一部を帰還させる「帰還手段」に相当する構成(例えば、ポストフィルタ32で処理された音声信号の一部をプリフィルタ33に帰還させるための構成)は設けられていない。そのため、複雑な処理の発生や、帰還によってシステムの出力が無限に増大してシステムの破損を招くようなシステムの不安定化を抑止できる。そして、簡素な構成により、特別な配慮を行わなくてもシステムの安定化を図ることができる。
【0027】
量子化処理部31は、サンプリングされた音声信号(この実施の形態においては、符号化部1及び前処理部2から出力された音声信号)を量子化するための具体的な処理を行う。
【0028】
ポストフィルタ32は、量子化された音声信号のノイズシェーピングを実現できる特性を有しており、量子化された音声信号についてのノイズシェーピングを行う。即ち、ポストフィルタ32は、量子化処理部31から出力された音声信号に存在する各種のノイズ、例えば量子化によって発生した量子化ノイズを、ノイズが目立ちやすい周波数帯である高い周波数帯や音声信号の小さい周波数帯から、ノイズが目立ちにくい周波数帯である低い周波数帯や音声信号の大きい周波数帯に移動させることで、ノイズの存在を目立たなくして量子化された音声信号が出力された際の音質を向上させる機能を奏する。ポストフィルタ32は、後述するような所定の伝達関数を備えており、この伝達関数によって音声信号の演算処理を行う。また、ポストフィルタ32の備える伝達関数は、後述するように、全ての係数が整数であるように構成されている。
【0029】
プリフィルタ33は、ポストフィルタ32の逆特性を有している。プリフィルタ33もポストフィルタ32と同様に所定の伝達関数を備えており、この伝達関数によって音声信号の演算処理を行う。プリフィルタ33の備える伝達関数は、ポストフィルタ32の備える伝達関数の逆関数となるように構成されており、この伝達関数によって音声信号の演算処理を行う。これにより、プリフィルタ33の備える伝達関数とポストフィルタ32の備える伝達関数とを乗算すると、全通過フィルタとなるように構成されており、プリフィルタ33で演算処理を行った音声信号をポストフィルタ32で演算処理を行うと、その音声信号の信号値は、原信号の信号値と同じになる。
【0030】
なお、量子化部3においては、図示せぬバッファが設けられており、このバッファ(図示せず)には、ポストフィルタ32やプリフィルタ33で伝達関数を用いて処理が行われる場合に用いられる、直前数個分の信号(や信号値)が一時的に保管されるように構成されている。
【0031】
[ポストフィルタの原理]
ポストフィルタ32においては、z領域における、下記(式1)に示す伝達関数
【0032】
を用いて処理を行う。なお、
【0033】
はフィードバック要素であり、z−1の時間遅れを含むものである。
【0034】
式1の伝達関数は、z領域における伝達関数として
【0035】
として表すこともできる。なお、ここでの係数aは整数に限られている。これは、係数aを整数に限定することにより、ポストフィルタ32で処理された音声信号を更に量子化する必要がなくなり(係数に少数点以下の値が発生すると、その信号をさらに量子化して小さい単位に細分化しなければ適切な処理が図れない可能性が生ずるが、係数を整数のみとすることで、更なる細分化が不要になるから。)、構成の簡素化と処理の簡素化を図ることができるからである。
【0036】
上記(式1)や(式2)の伝達関数を用いて、ポストフィルタ32からポストフィルタ32への音声信号の帰還を行わずにノイズシェーピングを行える理由を以下説明する。
【0037】
まず、帰還の要素を含む伝達関数における処理は、一般には、図2に示すような帰還を含む構成で実現される。同図においては、量子化処理部31の前段と後段からそれぞれポストフィルタ32に送り、更に量子化処理部31の前段に信号を帰還させることで(式1)や(式2)の伝達関数による処理を実現している。
【0038】
この図2において、量子化処理部31において発生する量子化ノイズをQとすると、元の音声信号に対して量子化ノイズQを足すものと同価になり、図3に示すものと同価となる。ここで、量子化前と量子化後の差分信号は量子化ノイズQであるため、帰還ループを外すと、図4に示すものと同価になる。この図4に示すものから量子化ノイズQをまとめると、図5に示すものと同価値になる。この図5に示すものの並列要素(図5において
【0039】
のブロックとその直上の実線で示された要素)は加算となり(一般的に知られた等価交換規則)、また、要素がない線は1倍の要素があると扱えるため、最終的に、図5は、図6に示すものと等価となる。この図6は、帰還を要素に含んでおらず、上記(式1)(式2)で示すものと等価である。従って、(式1)(式2)においてこの実施の形態のノイズシェーピングを実現することが可能である。なお、図2乃至図5においては、説明の簡単のために便宜的にポストフィルタ32と記載したが、これらは等価変換の過程のものであって、図2乃至図5に示す通り、関数の内容が図6に示すものと異なっている。その点で、図2乃至図5に示すポストフィルタ32は、図6のポストフィルタ32と(等価であっても)厳密な意味では同一ではない。
【0040】
[ポストフィルタとプリフィルタを用いた構成]
上述のように、ポストフィルタ32にてノイズシェーピングに用いられる所定の伝達関数を
H(z)・・・(式3)
とした場合、プリフィルタ33においては、所定の伝達関数として、ポストフィルタ32の伝達関数とは逆関数、即ち
【0041】
が用いられることになる。
これにより、この実施の形態の量子化部3は、図7に示すように構成される。これにより、一般的なノイズシェーピングシステムよりも簡素な構成で簡素な処理によってノイズシェーピングを実現できるようになる。
【0042】
[前処理部と量子化部との組み合わせによる構成(実装最適化)]
この実施の形態において、前処理部2において用いられるフィルタの伝達関数Gn(z)は、z=−1に零点を持つものである。
【0043】
仮に、前処理部2において用いられるフィルタの伝達関数をGn(z)とし、前処理部2のみによって量子化ノイズの除去を行う場合、音声信号処理装置1の前処理部2と量子化部3の構成は、図8に示すようになる(なお、図8において、量子化部3にはプリフィルタ33、ポストフィルタ32が設けられておらず、量子化処理部31のみが設けられた構成であるとする)。これに、プリフィルタ33、ポストフィルタ32が設けられた構成とした場合、図9に示す構成となる。図8図9に示す通り、双方のシステム構成の構成は大きく相違しない。即ち、前処理部2の構成と共にこの実施の形態のプリフィルタ33、ポストフィルタ32を用いても、構成はさほど複雑化したものにはならずに済む。
【0044】
なお、図9に示す伝達関数Gn(z)は、図8に示す、前処理部2において用いられるフィルタの伝達関数
Gn(z)・・・(式5)
を、上記(式3)に示すポストフィルタ32の伝達関数H(z)で割ったもの、すなわち
【0045】
である。
【0046】
なお、上述した通り、(式5)に示す伝達関数Gn(z)は、z=−1に零点を持つものであるから、プリフィルタ33に用いられる、ポストフィルタ32の逆特性フィルタ
【0047】
と直列接続した合成特性
【0048】
は約分により分母からzを除去することができ、FIRフィルタによる実装が可能である。
【0049】
ここで、伝達関数Gn(z)は、z=−1に零点を持ち、振幅が高周波帯域に向かい緩やかに単調減少するフィルタである。ここで、伝達関数Gn(z)によるフィルタリングで生じる量子化ノイズQは周波数に依らず一定のレベルであると仮定すると、ナイキスト周波数付近の帯域では量子化ノイズQがフィルタリング後のエネルギーを上回り、劣化の影響が強くなる。特に、原信号の高周波エネルギーが小さいときに量子化ノイズQによる劣化の影響を受ける帯域が広くなる。よって、以下の条件を満たす特性(即ち伝達関数H(z)の特性)が量子化ノイズQに対して有効と考えられる。
・ナイキスト周波数で振幅を零とする。
・簡素な実装をするため次数を1とする。
・伝達関数H(z)のポストフィルタ32は因果性フィルタとする。
【0050】
さらには、上記(式1)が示すように、伝達関数H(z)の零次項は1となる必要がある。
【0051】
これらの条件を満たすポストフィルタ32の伝達関数H(z)を
H(z)=1+z−1・・・(式9)
とすると、上記伝達関数Gn(z)は、例えばn=3,5,7,9のとき、下記(式10)〜(式13)のように算出される。
【0052】
上記(式10)〜(式13)に示す伝達関数Gn(z)のフィルタを用いた音声信号処理装置1Aの出力は、図2に示すポストフィルタ32を用いたシステムと同じものになる。
【0053】
以上に示した、この実施の形態に示すノイズシェーピングは、下記(条件1)(条件2)の条件を満たすどのようなポストフィルタ32に対しても適用が可能となる。
・(条件1):伝達関数H(z)の係数がすべて整数であること。
(条件2):前処理部2の伝達関数Gn(z)との合成特性{Gn(z)/H(z)}を約分することで分母のzを除去できること。
【0054】
以上示した通り、この実施の形態の音声信号処理装置1Aにおいては、量子化された音声信号のノイズシェーピングを実現できる特性を有するポストフィルタ32による処理を量子化処理部31の処理の後段において行うことにより、量子化ノイズのノイズシェーピングを行うことができる。また、ポストフィルタ32の逆特性を有するプリフィルタ33による処理を量子化処理部31の処理の前段において行うことにより、音声信号自体はプリフィルタ33の処理とポストフィルタ32の処理とがそれぞれ行われることで、元の状態を維持したまま量子化できる。そして、ポストフィルタ32による処理、量子化手段による処理、プリフィルタ33による処理の順に音声信号を処理することにより、量子化とノイズシェーピングとを、簡素な構成における簡素な処理として実現できる。これにより、簡素な構成と処理によってノイズシェーピングを実現して量子化ノイズの聴感上の影響を低減させることができる。
【0055】
この実施の形態の音声信号処理装置1Aにおいては、ポストフィルタ32で処理された音声信号をプリフィルタ33に帰還させる帰還手段が設けられないように構成されていることにより、信号を帰還させるための複雑な構成が形成されることと帰還させた信号を含めた信号処理を行うという複雑な処理の発生や、帰還によってシステムの出力が無限に増大してシステムの破損を招くようなシステムの不安定化を抑止できて、簡素な構成と処理によってノイズシェーピングを具体的に実現し、特別な配慮を行わなくてもシステムの安定化を図ることができる。
【0056】
この実施の形態の音声信号処理装置1Aにおいては、ポストフィルタ32は伝達関数H(z)を、プリフィルタ33は伝達関数1/H(z)を備えたことにより、複数の時系列信号からなる音声信号のノイズシェーピングを、伝達関数を用いて確実に行うことが可能となる。また、プリフィルタ33の伝達関数1/Hz)はポストフィルタ32の伝達関数H(z)の逆関数となるように構成されていることにより、プリフィルタ33とポストフィルタ32とでそれぞれ処理された信号は元の状態が維持される。これにより、原信号を変質させずに量子化とノイズシェーピングを行うことが可能になる。
【0057】
この実施の形態の音声信号処理装置1Aにおいては、ポストフィルタ32の備える伝達関数H(z)は、全ての係数が整数であるように構成されたことにより、ポストフィルタ32で処理した音声信号を再度量子化する必要がなく、簡素な構成と簡素な手順において量子化とノイズシェーピングを行うことが可能になる。
【0058】
この実施の形態の音声信号処理装置1Aにおいては、符号化の前に音声信号の周波数特性を変化させることで、音声信号の大きさに対する量子化ノイズの大きさを小さくできる,前処理部2と共にポストフィルタ32とプリフィルタ33が用いられることにより、存在する量子化ノイズの大きさを音声信号の大きさに対して小さくしつつノイズシェーピングを行い、音声信号の音質をより向上させることができる。
【0059】
上記実施の形態においては、時系列信号は音声信号としたが、これに限定されず、動画の画像信号等、時系列的に動的変化を示し、相関性の高いものであればどのようなものであってもよい。また、この実施の形態の時系列信号を形成する音声信号は、データベース等に予め記録された音声サンプル等であって、それらの中から相関性の高いものを抽出して複数の系列を形成することで実現するものであってもよい。
【0060】
上記実施の形態は本発明の例示であり、本発明が上記実施の形態のみに限定されることを意味するものではないことは、いうまでもない。
【実施例】
【0061】
図10図11に、この実施の形態に係る音声信号処理装置1Aにおいて本発明に係る処理を行った信号に基づく音声データの再生結果と、比較例として、従来の方法に係る処理を行った信号に基づく音声データの再生結果を示す。図10図11において、符号101は本発明に基づく音声データの再生結果である。具体的には、図1に示す符号化部1にて線形予測による予測符号化を行って符号化した音声信号に、ポストフィルタ32とプリフィルタ33とを用いて量子化処理部31が量子化した音声信号を復号して再生した音声の音質を示したものである(なお、本実施例においては、本発明に基づく音声データ(再生結果101に示すもの)に前処理部2の処理は行っていない。)。一方、符号102は、比較例としての音声データの再生結果である。具体的には、図1に示す符号化部1にて線形予測による予測符号化を行って符号化した音声信号に、(ポストフィルタ32とプリフィルタ33とを用いずに)量子化処理部31が量子化した音声信号を復号して再生した音声の音質を示したものである(なお、本実施例においては、比較例としての音声データ(再生結果102に示すもの)にも前処理部2の処理は行っていない)。
【0062】
同図に示す通り、本発明に基づいて処理を行った音声データの再生結果101の方が、比較例の音声データの再生結果102よりもODGscoreが高い(すなわち音質が良好である)ことを示している。これにより、本発明に基づいて処理を行った音声の方が、従来の方法で処理を行った音声に比べて良好な音質で再生できることが示された。
【符号の説明】
【0063】
1A・・・音声信号処理装置
2・・・前処理部(前処理手段)
31・・・量子化処理部(量子化手段)
32・・・ポストフィルタ(ノイズシェーピング手段、第一のフィルタ)
33・・・プリフィルタ(ノイズシェーピング手段、第二のフィルタ)
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