(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本願発明の実施形態の説明]
本発明は、炭素と、炭素により構成される結晶構造内にドープされた異種元素と、を含み、異種元素は、酸素以外の16族元素からなる群より選択される1種以上であり、異種元素の原子濃度は、1×10
20/cm
3以上1×10
22/cm
3以下である、ナノ多結晶ダイヤモンドである。本発明のナノ多結晶ダイヤモンドは、高い硬度と鉄系材料に対する高い耐摩耗性とを有することができる。
【0012】
また、上記ナノ多結晶ダイヤモンドにおいて、ナノ多結晶ダイヤモンドを構成する単結晶の粒径は500nm以下であることが好ましい。これにより、ナノ多結晶ダイヤモンドは、より高い硬度を有することができる。
【0013】
また、上記ナノ多結晶ダイヤモンドは、鉄系材料を加工するための工具に用いられることが好ましい。この場合、ナノ多結晶ダイヤモンドの特性を十分に生かすことができる。
【0014】
また、本発明は、上記ナノ多結晶ダイヤモンドを備える工具である。本発明の工具によれば、高い硬度と鉄系材料に対する高い耐摩耗性とを有する工具を提供することができる。
【0015】
また、本発明は、上記ナノ多結晶ダイヤモンドを製造する方法であり、黒鉛を準備する準備工程と、黒鉛を焼結させてナノ多結晶ダイヤモンドに直接変換させる変換工程と、を備え、黒鉛は、炭素と、炭素により構成される結晶構造内にドープされた異種元素とを含み、異種元素は、酸素以外の16族元素からなる群より選択される1種以上であり、黒鉛に含まれる単結晶の粒径は10μm以下であり、黒鉛における異種元素の原子濃度は、1×10
20/cm
3以上1×10
22/cm
3以下である、ナノ多結晶ダイヤモンド製造方法である。本発明のナノ多結晶ダイヤモンドの製造方法によれば、高い硬度と鉄系材料に対する高い耐摩耗性とを有するナノ多結晶ダイヤモンドを製造することができる。
【0016】
上記ナノ多結晶ダイヤモンドの製造方法において、準備工程は、炭化水素ガスと、異種元素を含むガスとを用いた化学気相成長法により黒鉛を形成する工程であることが好ましい。これにより、より効率的にナノ多結晶ダイヤモンドを製造することができる。
[本願発明の実施形態の詳細]
以下、本発明に係るナノ多結晶ダイヤモンド、それを備える工具、およびナノ多結晶ダイヤモンドの製造方法のそれぞれについて、さらに詳細に説明する。
【0017】
<ナノ多結晶ダイヤモンド>
本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドは、炭素と、炭素により構成される結晶構造内にドープされた異種元素とを含み、異種元素は、酸素以外の16族元素、すなわち、硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)、ポロニウム(Po)からなる群より選択される1種以上であり、当該異種元素の原子濃度は、1×10
20/cm
3以上1×10
22/cm
3以下である。このようなナノ多結晶ダイヤモンドは、本発明者らが、ナノ多結晶ダイヤモンドの鉄系材料に対する耐摩耗性を向上させるべく、鋭意検討を重ねた結果完成されたものであり、高い硬度と鉄系材料に対する高い耐摩耗性とを有しており、新規かつ有用なものである。
【0018】
本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドが高い硬度を有することができる理由の1つは、ナノ多結晶ダイヤモンドを構成する単結晶ダイヤモンドの粒径、すなわち多結晶ダイヤモンドを構成する結晶単位の粒径がナノサイズである点にある。具体的には、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドは、ナノサイズの単結晶ダイヤモンド、すなわち、1μm未満の粒径を有する単結晶ダイヤモンドの粒子により構成される。本発明者らは、このような構造を有するナノ多結晶ダイヤモンドが単結晶ダイヤモンドよりも高い硬度を有することを知見している。なお、単結晶ダイヤモンドの「粒径」とは、粒子の最も長い径(長径)を意味し、本明細書において、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いて測定された値を「粒径」として記載する。
【0019】
また、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドが高い硬度を有することができる理由の他の1つは、異種元素が炭素により構成される結晶構造内にドープされている点にある。このような構造は、異種元素の多くがクラスター化した状態でダイヤモンドの結晶構造内に存在している構造とは異なる。
【0020】
すなわち、クラスター化した状態で結晶構造内に存在する異種元素は、結晶構造を構成する炭素と共有結合することなく、単に結晶構造内に存在しているに過ぎない。具体的には、クラスター化した異種元素は、原子レベルで結晶構造内に分散して存在することができず、複数の原子が凝集した状態で結晶構造内に存在することになる。このため、異種元素は結晶構造内に不均一に存在することになり、ダイヤモンドの均質性を低下させるとともに、結晶構造に大きな歪みをもたらし、結果的に、ダイヤモンドの硬度を低下させる原因となる。なお、「原子レベルで結晶構造内に分散して存在する」状態とは、真空雰囲気中で、炭素と異種元素とを気相状態で混合させて固化させることによって固体炭素を作製した場合に、該固体炭素中に存在する異種元素の分散状態と同程度の状態を意味し、異種元素の原子それぞれは、固体炭素の結晶構造内に共有結合した状態で存在していることになる。
【0021】
これに対し、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドによれば、異種元素は、炭素により構成される結晶構造内にドープされている。このため、異種元素は、炭素同士が共有結合することによって構成されるダイヤモンドの結晶構造において、一部の炭素と置換された状態で、換言すれば、結晶構造を構成する炭素と共有結合した状態で存在することができる。したがって、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドにおいて、異種元素は、結晶構造内に原子レベルで分散された状態で存在することができる。このように、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドにおいて、異種元素は、結晶構造内に均一に存在することができるため、ダイヤモンドの均質性を損なうことがなく、結晶構造に大きな歪みをもたらすことがなく、結果的に、ナノ多結晶ダイヤモンドは高い硬度を維持することができる。本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドは、好ましくはクラスター化した異種元素を含まない。
【0022】
また、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドが高い硬度を有し、かつ、鉄系材料に対する高い耐摩耗性を有することができる理由の1つは、結晶構造内にドープされる異種元素が、酸素以外の16族元素からなる群より選択される1種以上であり、その原子濃度が、1×10
20/cm
3以上1×10
22/cm
3以下である点にあると考えられる。本発明者らは、その理由について以下のように推察している。
【0023】
すなわち、ダイヤモンドによる鉄系材料の加工時において、鉄系材料とダイヤモンドとの接触に伴い、ダイヤモンドと鉄系材料とが反応してダイヤモンドの結晶構造内から電子が引き抜かれ、炭素間の共有結合が弱まり、結果的に、ダイヤモンドの摩耗が進むと考えられる。本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドは、炭素と比して電子を2個多く有する異種元素がドープされているため、絶縁性のダイヤモンドよりも多くの電子を結晶構造内に有することができ、これにより、鉄系材料との接触時に生じる電子の抜けを結晶構造の内部より供給して補完することができる。そして、異種元素の濃度が1×10
20/cm
3以上であることにより、電子の抜けを内部より供給して補完する機能を十分に発揮することができ、1×10
22/cm
3以下であることにより、ナノ多結晶ダイヤモンドの高い硬度を十分に維持することができる。
【0024】
ここで、上述の推察、すなわち、引き抜かれた電子を結晶構造の内部から供給するという観点を踏まえれば、異種元素は、16族元素に限られず、15族元素でもよいと考えることもできる。しかしながら、15族元素は炭素と比して電子を1個多く有する元素であるため、16族元素よりも電子の供給能が低い。また、本発明者らの鋭意検討の結果、異種元素として16族元素がドープされたナノ多結晶ダイヤモンドを鉄系材料の加工に用いた場合、15族元素がドープされたナノ多結晶ダイヤモンドと比して、耐摩耗性、換言すれば耐反応性に優れるという傾向にあることが確認された。この理由は明らかではないが、ダイヤモンドを構成する炭素の電子が鉄に奪われることによって、ダイヤモンド中の共有結合が弱くなるのに対し、電子余剰の16族元素から炭素へ電子を共有するために必要なイオン化エネルギーが、15族元素のそれに比して小さい傾向にあることが関与していると考えられる。
【0025】
ナノ多結晶ダイヤモンドにおいて、異種元素が含まれるかどうかおよびその含有率は、二次イオン質量分析(SIMS:Secondary Ion Mass Spectroscopy)によって測定することができる。また、ナノ多結晶ダイヤモンドに異種元素が含まれる場合に、異種元素が原子レベルで結晶構造内に分散されているかどうかは、たとえば、(1)ナノ多結晶ダイヤモンド中に異種元素の結晶相が存在するかどうかを観察することによって、(2)ナノ多結晶ダイヤモンドにおける異種元素の原子濃度分布を測定することによって、(3)ナノ多結晶ダイヤモンドの導電性の有無を測定することによって、また、上記(1)〜(3)を適宜組み合わせることによって確認することができる。
【0026】
上記(1)に関し、異種元素が原子レベルで結晶構造内に分散されている場合、異種元素は析出しないため、異種元素の結晶相は観察されない。これに対し、ナノ多結晶ダイヤモンドにおいて、異種元素がクラスター化している場合、炭素からなる結晶中に異種元素が析出し、結晶相を構成する。このような結晶相の有無は、たとえば、X線回折によって観察することができ、また、結晶相の大きさによっては、目視によっても観察することができる。
【0027】
上記(2)に関し、異種元素が原子レベルで結晶構造内に分散されている場合、クラスター化した状態で存在している場合と比して、異種元素の原子濃度分布は均一となる。このような原子濃度分布は、たとえば、SIMSによって測定することができる。結晶構造中の任意の2点において測定される異種元素の原子濃度差が所定の値以下である場合に、異種元素の原子濃度分布が均一であるとみなすことができ、異種元素は、原子レベルで結晶構造内に分散されている状態であり、クラスター化している状態ではないとみなすことができる。
【0028】
上記(3)に関し、ナノ多結晶ダイヤモンドに対し、X線回折によって異種元素の結晶相、グラファイトの結晶相の有無を確認し、さらに、ナノ多結晶ダイヤモンドの抵抗値(Ω・cm)を測定して導電性を確認する。いずれの結晶相も確認されず、かつ抵抗値が所定値以下である場合に、異種元素が原子レベルで結晶構造内に分散されているとみなすことができる。なお、本明細書において、抵抗値とは、JIS C2141に準じて測定される値とする。
【0029】
以上詳述した本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドにおいて、異種元素は、少なくともSを含むことが好ましく、Sのみからなることがより好ましい。この場合、高い硬度と鉄系材料に対する高い耐摩耗性とを、より効果的に両立することができることを確認している。
【0030】
また、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドを構成する単結晶の粒径は、500nm以下であることが好ましい。この場合、ナノ多結晶ダイヤモンドはより高い硬度を有することができる。また、単結晶の粒径が500nm以下であることにより、ナノ多結晶ダイヤモンドを構成する単結晶の粒径のばらつきをより小さくすることができるため、より均質なナノ多結晶ダイヤモンドを提供することができる。なかでも、単結晶の粒径は、10nm以上500nm以下であることが好ましい。この場合、高い硬度の維持と特性のばらつきの抑制とをより効果的に両立することができる。
【0031】
また、上記単結晶の平均粒径は、30μm以上100μm以下であることが好ましい。これにより、高い硬度の維持と特性のばらつきの抑制とをさらに効果的に両立することができる。ここで、平均粒径とは、X線レーザー回折法などの公知の粒度分布測定法により測定された単結晶の粒度分布に基づき、その体積平均を算出して求められる体積平均粒径をいう。
【0032】
また、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドは、後述するナノ多結晶ダイヤモンドの製造方法(以下、単に「製造方法」ともいう。)により製造することができ、この製造方法によれば、単結晶の粒子間に結合剤を介在させることなく、粒子同士を強固に結合させることができる。これにより、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドは、結合剤を含有しなくても、十分に高い硬度を有することができ、さらに、結合剤を含有しないことにより、1000℃以上の高温領域での利用に耐え得るという優れた効果を発揮することができる。したがって、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドは、結合剤を含有しないことが好ましい。
【0033】
また、後述する製造方法によれば、不可避不純物の混入量が十分に低いナノ多結晶ダイヤモンドを製造することができる。具体的には、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドにおいて、不可避不純物である各元素の各々の含有率を0.01質量%以下とすることができる。不可避不純物である各元素の各々の含有率が0.01質量%以下であることにより、単結晶粒界でのすべりを抑制することができ、単結晶粒同士の結合をより強固にすることができるため、ナノ多結晶ダイヤモンドの硬度をさらに高めることができる。したがって、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドにおいて、不可避不純物である各元素の各々の含有率は、0.01質量%以下であることが好ましい。なお、不可避不純物とは、Cおよび意図した異種元素以外の元素を意味し、窒素(N)、水素(H)、酸素(O)、シリコン(Si)、遷移金属などを挙げることができる。
【0034】
また、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドにおいて、結晶構造中の任意の2点において測定される異種元素の原子濃度差が10%以下であることが好ましい。この場合、結晶構造内に異種元素がより均一に存在することができるため、ナノ多結晶ダイヤモンドの硬度をさらに十分に高く維持することができ、また、ナノ多結晶ダイヤモンドの均質性をさらに向上させることができる。
【0035】
また、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドは、高い硬度と鉄系材料に対する高い耐摩耗性とを有するため、鉄系材料を加工するための工具に用いることにより、より効果的にその特性を発揮することができる。なお、鉄系材料とは、鉄を含む材料を意味し、純鉄の他、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、Mn(マンガン)、コバルト(Co)などを挙げることができる。
【0036】
工具としては、切削工具、研削工具、耐摩工具などを挙げることができる。切削工具としては、たとえば、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどを挙げることができる。より具体的には、研削工具としては、砥石、ディスクグラインダー、グラインダーなどを挙げることができる。耐摩工具としては、ダイス、摺動部品などを挙げることができる。
【0037】
<工具>
本実施形態の工具は、上述のナノ多結晶ダイヤモンドを備える工具である。工具としては、上記と同様に、切削工具、研削工具、耐摩工具などを挙げることができ、これらの具体的な例示も上記と同様である。
【0038】
本実施形態の工具によれば、上述のナノ多結晶ダイヤモンドを備えるため、鉄系材料の加工に用いた場合に、長寿命を発揮することができ、これにより、安定的に鉄系材料を加工することができる。なお、本発明者らは、本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドを旋盤用のチップとして加工し、これを用いて純鉄の切削を行ったところ、異種元素がドープされていないナノ多結晶ダイヤモンドと比して、3倍以上の耐摩耗性を示すことを確認している。
【0039】
<ナノ多結晶ダイヤモンドの製造方法>
本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドの製造方法は、黒鉛を準備する準備工程と、黒鉛を焼結させてナノ多結晶ダイヤモンドに直接変換させる変換工程と、を備える。そして、準備される黒鉛は、炭素と、炭素により構成される結晶構造内にドープされた異種元素とを含み、異種元素は、酸素以外の16族元素からなる群より選択される1種以上であり、黒鉛を構成する単結晶の粒径は10μm以下であり、黒鉛における異種元素の原子濃度は、1×10
20/cm
3以上1×10
22/cm
3以下である。以下、
図1および
図2を用いながら、各工程について説明する。
【0040】
(準備工程)
本工程は、黒鉛を準備する工程であり、これにより、
図1に示すように、炭素と、炭素により構成される結晶構造内にドープされた異種元素とを含み、異種元素は、酸素以外の16族元素からなる群より選択される1種以上であり、黒鉛を構成する単結晶の粒径は10μm以下であり、黒鉛における異種元素の原子濃度は1×10
20/cm
3以上1×10
22/cm
3以下である黒鉛1を、基材2上に準備する。このような黒鉛は、たとえば、以下の化学気相成長(CVD:Chemical Vapor Deposition)法を用いることにより基材上に形成することができる。
【0041】
(CVD法)
まず、真空チャンバ内に、その主面上に黒鉛を気相成長させるための基材2を配置する。基材2の材料としては、1500℃〜3000℃程度の温度に耐え得る材料であれば、いかなる金属、無機セラミック材料、炭素材料を用いてもよい。ただし、ナノ多結晶ダイヤモンドの原材料となる黒鉛に混入する不純物を低減するという観点から、少なくとも基材の主面は炭素材料であることが好ましく、不純物の極めて少ないダイヤモンドまたは黒鉛であることがより好ましい。
【0042】
次に、真空チャンバ内に配置された基材2を1500℃以上3000℃以下程度の温度で加熱する。加熱方法としては公知の方法を採用することができ、たとえば、基材2を直接あるいは間接的に加熱可能なヒータを真空チャンバに設置する方法が挙げられる。
【0043】
次に、真空チャンバ内に、炭化水素ガスと、異種元素を含むガスとを導入する。このとき、真空チャンバ内の真空度(圧力)を大気圧以下にする。これにより、炭化水素ガスと異種元素を含むガスとを、真空チャンバ内で均一に混合させることができる。
【0044】
炭化水素ガスとしては、エタン、ブタン、メタンなどを用いることができ、分子量が小さく取り扱いが容易という観点から、メタンを用いることが好ましい。また、異種元素を含むガスとしては、異種元素の水素化物からなるガス、異種元素を含む炭化水素ガスを用いることが好ましい。異種元素の水素化物からなるガスを用いた場合、当該ガスを高温中で容易に分解することができるため、効率的に異種元素を基材上に供給することができる。また、異種元素を含む炭化水素ガスを用いた場合、既に炭素と結合した状態の異種元素を基材上に供給することができるため、より効率的に異種元素を黒鉛中にドープさせることができる。
【0045】
たとえば、異種元素としてSをドープさせる場合には、硫化水素(H
2S)、硫化ジメチル(C
2H
6S)などを用いることが好ましく、Seをドープさせる場合には、セレン化水素(H
2Se)、セレン化ジメチル(C
2H
6Se)などを用いることが好ましく、Teをドープさせる場合には、テルル化水素(H
2Te)、またはテルル化ジメチル(C
2H
6Te)などのアルキルテルル化合物を用いることが好ましく、Poをドープさせる場合には、ポロニウム化水素(H
2Po)、またはポロニウム化ジメチル(C
2H
6Po)などのアルキルポロニウム化合物を用いることが好ましい。
【0046】
そして、混合されたガスを1500℃以上の温度で熱分解することにより、基材の主面上に、炭素と、炭素により構成される結晶構造内にドープされた異種元素とを含む黒鉛、換言すれば、16族元素が原子レベルで結晶構造内に分散して存在する黒鉛1が形成される。
【0047】
上記CVD法において、黒鉛1に含まれる単結晶の粒径を10μm以下にするために、真空チャンバ内の圧力を20Torr以上120Torr以下とする。単結晶の粒径を10μm以下にすることにより、直接変換により製造されるナノ多結晶ダイヤモンドにおける単結晶の粒径を1μm未満に抑えることができる。また、黒鉛1に含まれる単結晶の粒径を30nm以上500nm以下に調製することにより、ナノ多結晶ダイヤモンドを構成する単結晶の粒径を10nm以上500nm以下にすることができる。なお、黒鉛1の構成は、単結晶を一部に含み、他の部分がアモルファス、不定型状態である構成でもよく、単結晶から構成される多結晶であってもよい。より粒径が均一なナノ多結晶ダイヤモンドを得るためには、いずれの状態の黒鉛であってもそのサイズのばらつきの小さい黒鉛、具体的には、体積平均粒度分布において、平均値と最大値との差、および平均値と最小値との差の各々が、平均値の半分以下の値である黒鉛1を形成することが好ましい。
【0048】
また、上記CVD法において、黒鉛1における異種元素の原子濃度を1×10
20/cm
3以上1×10
22/cm
3以下にするために、炭化水素ガスと異種元素を含むガスとの混合割合を調製する。具体的には、異種元素を含むガスの混合割合を大きくすることにより、黒鉛1における異種元素の原子濃度を大きくすることができる。また、異種元素を含むガスの種類を変えることによっても、異種元素の原子濃度を調製することができる。黒鉛1における異種元素の原子濃度を1×10
20/cm
3以上1×10
22/cm
3以下にすることにより、ナノ多結晶ダイヤモンドにおける異種元素の原子濃度を1×10
20/cm
3以上1×10
22/cm
3以下にすることができる。
【0049】
本工程において、上記CVD法を用いることにより、基材上に、炭素と、炭素により構成される結晶構造内にドープされた異種元素とを含む黒鉛であって、該黒鉛に含まれる単結晶の粒径が10μm以下であり、異種元素の原子濃度が1×10
20/cm
3以上1×10
22/cm
3以下である黒鉛が形成される。換言すれば、16族元素が1×10
20/cm
3以上1×10
22/cm
3以下の原子濃度で結晶構造内に原子レベルで分散して存在し、かつ単結晶の粒径が10μm以下である黒鉛が、基材上に気相成長される。
【0050】
また、本工程で準備される黒鉛に関し、厚み方向および面内方向のいずれにおいても、異種元素が均一にドープされていること、すなわち、黒鉛中における異種元素の原子濃度分布が均一であることが好ましい。黒鉛中に均一に異種元素がドープされていることにより、後述する変換工程によって製造されるナノ多結晶ダイヤモンドにおける異種元素の分布を均一にすることができる。
【0051】
異種元素の原子濃度分布を均一にするためには、炭化水素ガスと、異種元素を含むガスとを同時に真空チャンバ内に導入することが好ましい。これにより、各ガスを容易に均一に混合することができ、異種元素が均一にドープされた黒鉛を効率的に基材上に生成することができる。また、各ガスは、基材の主面の真上方向から基材の主面に向けて供給してもよく、基材の主面に対して斜め方向あるいは水平方向から基材に向けて供給してもよい。ただし、より効率的に、かつより均一に異種元素をドープするという観点からは、基材の主面の真上方向から基材の主面に向けて供給することが好ましい。また、さらに効率的に、かつさらに均一に異種元素をドープすべく、真空チャンバ内に、炭化水素ガスおよび異種元素を含むガスを基材の主面上に導く案内部材を設けてもよい。
【0052】
また、本工程で準備される黒鉛に関し、その密度は、0.8g/cm
3以上2.2g/cm
3以下であることが好ましい。黒鉛の密度が0.8g/cm
3以上の場合、後述する変換工程において、黒鉛がナノ多結晶ダイヤモンドに直接変換されるときの体積の変化を十分に小さくすることができるため、製造されるナノ多結晶ダイヤモンドに割れが発生する確率を抑制することができ、また、装置内の環境の変化を抑制することができ、結果的に、製造歩留まりを向上させることができる。特に、本発明者らは、各種実験を行うことにより、準備される黒鉛の密度が、0.8g/cm
3以上2.2g/cm
3以下の場合に、黒鉛の密度がこの範囲外の場合と比して、製造されるナノ多結晶ダイヤモンドに割れが発生する確率を1/2以下にできることを確認している。さらに、本発明者らは、各種実験により、黒鉛の密度が1.4g/cm
3以上2.0g/cm
3以下である場合に、最も高い製造歩留まりで、ナノ多結晶ダイヤモンドを製造できることを確認している。
【0053】
黒鉛の密度は、たとえば、黒鉛を基材の主面上に成長させる際の温度(℃)、各ガスの導入速度(ml/min)によって調製することができる。具体的には、温度を高くすることにより、また、炭化水素の導入速度を速めることにより、黒鉛の密度を大きくすることができる。
【0054】
また、本工程で準備される黒鉛に関し、不可避不純物の含有量が低いことが好ましく、具体的には、不可避不純物である各元素の各々の含有率が0.01質量%以下であることが好ましい。これは、黒鉛における不可避不純物の含有量が、製造されるナノ多結晶ダイヤモンドに引き継がれるためである。また、不可避不純物の濃度を低く抑えることにより、不可避不純物の存在に起因する粒成長を抑制することができるため、黒鉛中により均一な大きさの単結晶を含有させることができる。なお、SIMS分析、ICP(Inductively Coupled Plasma)分析など、黒鉛中の不可避不純物の含有量を測定可能な分析に用いられる分析装置は、一般的に、検出限界が0.01質量%であるため、含有率が0.01質量%以下の元素は、上記分析装置において検出されないことになる。
【0055】
黒鉛への不可避不純物の混入は、ガスを熱分解する際の真空チャンバ内の真空度を比較的高く設定することによって抑制することができる。通常、CVD法により黒鉛を形成する場合、真空チャンバ内の真空度は200Torr以上に維持されるが、本発明者らは、この真空度を20Torr以上120Torr以下に維持することにより、不可避不純物である各元素の各々の含有率を0.01質量%以下に制御できることを知見している。
【0056】
なお、上記CVD法では、基材を加熱した後に、真空チャンバ内に混合ガスを導入する方法について説明したが、混合ガスを導入した後に、基材を加熱する方法を用いてもよく、同時に行ってもよい。
【0057】
(変換工程)
本工程は、黒鉛を焼結させてナノ多結晶ダイヤモンドに直接変換させる工程であり、これにより、
図2に示すように、ナノ多結晶ダイヤモンド3を、基材2上に作製する。
【0058】
具体的には、まず、
図1に示す基材2上の黒鉛1を、高温高圧装置に配置する。高温高圧装置とは、装置内部に黒鉛を配置することができ、かつ、該内部を上記のような条件下に制御可能な装置であればよく、たとえば、CVD法に用いる真空チャンバを用いることができる。
【0059】
そして、この黒鉛1を、1800℃〜2500℃、および15GPa〜30GPaという高温高圧件下に曝す。これにより、黒鉛1は瞬間的に焼結され、
図2に示すように、ナノ多結晶ダイヤモンド3へと変換される。この場合、ナノ多結晶ダイヤモンド3の形状は、わずかな体積変化を除き、黒鉛1の形状を引き継ぐことになる。なお、黒鉛1から基材2を取り除いた後に、黒鉛1のみを高温高圧条件下に曝してもよく、この場合にも、製造されるナノ多結晶ダイヤモンドは、基本的に黒鉛1の形状を引き継ぐことになる。
【0060】
本工程において、焼結助剤、触媒、結合剤などの添加剤を用いないことが好ましい。本工程によれば、添加剤を用いなくても、単結晶が強固に結合したナノ多結晶ダイヤモンドを製造することができる。添加剤を用いて焼結される従来のダイヤモンドは、添加剤とダイヤモンドとの熱膨張係数差のために1000℃の高温条件に対して耐熱性を有することができないが、本実施形態に係るナノ多結晶ダイヤモンドは、添加剤を含んでいないため、1000℃という高温環境下においても耐熱性を有することができる。
【0061】
以上詳述した本実施形態のナノ多結晶ダイヤモンドの製造方法によれば、上述の特徴を有するナノ多結晶ダイヤモンド、すなわち、炭素と、炭素により構成される結晶構造内にドープされた異種元素とを含み、異種元素は、酸素以外の16族元素からなる群より選択される1種以上であり、ナノ多結晶ダイヤモンドにおける異種元素の原子濃度が1×10
20/cm
3以上1×10
22/cm
3以下であるナノ多結晶ダイヤモンドを製造することができる。このようなダイヤモンドは、従来の技術では製造できないものである。
【0062】
なお、本発明者らは、本発明を完成させるに先だって、異種元素がドープされたダイヤモンドを製造すべく、(1)異種元素を含む溶媒中に黒鉛を加えて加熱処理する方法、(2)炭化水素ガスと異種元素を含むガスとを用いたCVD法によって所謂エピタキシャルダイヤモンドを製造する方法、(3)黒鉛と異種元素とを用い、高温高圧下でダイヤモンドに直接変換する方法、(4)炭素粉末、異種元素粉末等を用いて焼結する方法のそれぞれを検討した。
【0063】
検討の結果、上記(1)の方法では、炭素により構成される結晶構造内に異種元素がドープされることはほとんどなく、このため、本発明のような高濃度での異種元素のドープは不可能であった。また、上記(2)の方法でも、結晶構造内に原子レベルで分散するように異種元素をドープすることはできなかった。さらに、上記(3)の方法では、全ての異種元素がクラスター化した状態でダイヤモンド中に取り込まれてしまい、上記(4)の方法でも、粉末をできるだけ細かく粉砕し、かつ厳しくその純度、粒径等を選別した上で実施した場合であっても、ダイヤモンド中において、ほとんどの異種元素がクラスター化した状態であることが確認された。
【0064】
また、本実施形態の製造方法によれば、異種元素は黒鉛中に均一に分散するため、黒鉛からダイヤモンドに直接変換する際に、ダイヤモンドの結晶粒が局所的に異常成長するのを効果的に抑制することができる。これにより、ナノ多結晶ダイヤモンドを構成する単結晶の粒径をより均一にすることができ、結果的に、上記特徴を均一に有する、均質なナノ多結晶ダイヤモンドを製造することができる。
【実施例】
【0065】
実施例1〜3、比較例1および2において、以下に詳述するように、CVD法で黒鉛を作成し、得られた黒鉛に関して、以下の方法により単結晶の粒径の測定、密度の測定、および異種元素の含有率の測定を行った。その後、当該黒鉛を直接変換してナノ多結晶ダイヤモンドを作成し、得られたナノ多結晶ダイヤモンドに関して、以下の方法により単結晶の粒径の測定、X線回折スペクトルの測定、ヌープ硬度の測定を行った。
【0066】
<単結晶の粒径の測定>
電子顕微鏡を用いて得たSEM像における各単結晶の粒径を実測した。
【0067】
<異種元素の含有率の測定>
ICP−MS分析装置を用いて、異種元素の含有率を測定した。
【0068】
<X線回折測定>
X線回折装置により、X回折スペクトルを得た。
【0069】
<ヌープ硬度の測定>
マイクロヌープ硬度計により、測定荷重を4.9Nとしてヌープ硬度を測定した。
【0070】
<実施例1>
(準備工程)
まず、真空チャンバ内に、単結晶のダイヤモンドからなる基材を配置した。次に、真空チャンバ内の基材を1900℃で加熱し、そして、真空チャンバ内にメタンと硫化水素とを導入して、基材の主面上にメタンと硫化水素との混合ガスを供給した。なお、このときのチャンバ内の真空度は20〜30Torrとし、メタンと硫化水素との混合比は体積比で1:1とした。これにより、基材の主面上に硫黄がドープされた黒鉛が形成された。
【0071】
形成された黒鉛に関し、密度が2.0g/cm
3、粒径が100nm〜10μm、硫黄の原子濃度が1.2×10
20/cm
3(0.06質量%)であることが確認された。
【0072】
(変換工程)
次に、形成された基材上の黒鉛を、2200℃、15GPaの高温高圧環境下に曝すことにより、黒鉛をダイヤモンドに直接変換し、硫黄がドープされたナノ多結晶ダイヤモンドを製造した。
【0073】
製造されたナノ多結晶ダイヤモンドについて、SEM観察により、単結晶の粒径が各々10〜100nmであること、X線回折スペクトルにおいてダイヤモンドの単結晶以外の結晶相が存在しない、すなわち、硫黄による結晶相の析出が存在しないことを確認した。また、このナノ多結晶ダイヤモンドのヌープ硬度は、120GPaであった。さらに、このナノ多結晶ダイヤモンドをバイト形状に加工し、これを用いて純鉄を切削したところ、非ドープのナノ多結晶ダイヤモンドに比して2倍以上の工具寿命であり、もって、高い耐摩耗性を有することが確認された。なお、このときの工具寿命とは、工具が摩耗して、被切削物である純鉄を切削できなくなるまでの使用時間である。
【0074】
<実施例2>
硫化水素の代わりに、硫化ジメチルを用いた以外は、実施例1と同様の方法により、硫黄がドープされた黒鉛を形成した。形成された黒鉛に関し、密度が2.0g/cm
3、粒径が100nm〜10μm、硫黄の原子濃度が0.8×10
21/cm
3(0.5質量%)であることが確認された。
【0075】
次に、実施例1と同様の方法により、形成された基材上の黒鉛をダイヤモンドに直接変換し、硫黄がドープされたナノ多結晶ダイヤモンドを製造した。製造されたナノ多結晶ダイヤモンドについて、SEM観察により、単結晶の粒径が各々10〜100nmであること、X線回折スペクトルにおいて硫黄による結晶相の析出が存在しないことを確認した。また、このナノ多結晶ダイヤモンドのヌープ硬度は、120GPaであった。さらに、このナノ多結晶ダイヤモンドをバイト形状に加工し、これを用いて純鉄を切削したところ、非ドープのナノ多結晶ダイヤモンドに比して2倍以上の工具寿命であり、もって、高い耐摩耗性を有することが確認された。
【0076】
<実施例3>
真空チャンバ内の温度が1500℃を超えないように保持し、硫化ジメチルの導入量を10分の1にしてメタンと硫化ジメチルとの混合比を体積比で10:1とした以外は、実施例2と同様の方法により硫黄がドープされた黒鉛を形成した。形成された黒鉛に関し、密度が0.8g/cm
3、粒径が100nm〜10μm、硫黄の原子濃度が1×10
20/cm
3であることが確認された。
【0077】
次に、実施例1と同様の方法により、形成された基材上の黒鉛をダイヤモンドに直接変換し、硫黄がドープされたナノ多結晶ダイヤモンドを製造したところ、実施例1および2と同様に、単結晶の粒径が各々10〜100nmであり、硫黄による結晶相の析出が存在しないナノ多結晶ダイヤモンドを製造することができた。しかし、変換工程において、真空チャンバに異常が生じることによって装置を停止せざるを得ない頻度が、実施例1および2に対して2倍以上であった。これは、黒鉛からダイヤモンドに直接変換される際の体積変化が大きいためと考えられる。
【0078】
<比較例1>
粒径2μm以下の黒鉛の粉末と硫黄の粉末とを混合し、該混合物を2000℃で焼成することにより、硫黄が固溶された固体炭素を作製した。この黒鉛中の硫黄の原子濃度は0.8/cm
3(0.5質量%)であった。この黒鉛を、2200℃、15GPaの高温高圧環境下に曝すことにより、硫黄を含有する多結晶ダイヤモンドを製造した。
【0079】
製造された多結晶ダイヤモンドについて、SEM観察により、単結晶の粒径が各々100μm〜500μmであって、粒径に大きなばらつきがあることが確認された。また、目視により、この多結晶ダイヤモンド中には、不透明な部分と透明な部分とが存在することが確認され、X線回折スペクトルにおいて、不透明な部分が硫黄による結晶相であり、透明な部分が炭素による結晶相であることが確認された。また、透明な部分のヌープ硬度は100GPaであり、不透明な部分のヌープ硬度が60GPaであった。
【0080】
<比較例2>
粒径2μm以下の黒鉛を、硫黄を含むエタンチオールメルカプタン溶液に12時間浸漬し、該溶液から取り出した後、該黒鉛に対して2000℃で熱処理を施した。SEM観察により熱処理後の黒鉛を観察したところ、黒鉛中の硫黄の原子濃度は検出限界以下(0.001質量%以下)であった。また、上記エタンチオールメルカプタン溶液をアルカリ性にした場合、酸性にした場合、および有機溶媒に変えた場合のいずれの場合においても、黒鉛中に硫黄を高濃度でドープすることはできなかった。
【0081】
今回開示された実施形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。