特許第6308107号(P6308107)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6308107
(24)【登録日】2018年3月23日
(45)【発行日】2018年4月11日
(54)【発明の名称】クロマトグラフ質量分析データ処理装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20180402BHJP
【FI】
   G01N27/62 Y
   G01N27/62 C
   G01N27/62 X
【請求項の数】6
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2014-232329(P2014-232329)
(22)【出願日】2014年11月17日
(65)【公開番号】特開2016-95253(P2016-95253A)
(43)【公開日】2016年5月26日
【審査請求日】2017年2月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】種田 克行
【審査官】 吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−195099(JP,A)
【文献】 特開2011−237311(JP,A)
【文献】 特開2010−054406(JP,A)
【文献】 特開2014−134385(JP,A)
【文献】 特開2013−234859(JP,A)
【文献】 国際公開第2005/113830(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60−70、92
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の各成分をクロマトグラフにより時間方向に分離した後に所定の質量電荷比範囲に亘る質量分析を繰り返し実行することで得られたデータを解析処理するクロマトグラフ質量分析データ処理装置であって、
a)目的成分毎に、保持時間と、標準マススペクトルと、該標準マススペクトル上で特徴的なピークが現れる質量電荷比である複数の特徴的質量電荷比と、該複数の特徴的質量電荷比のうち代表的な質量電荷比におけるピーク強度を判定するための強度閾値と、を記憶しておく情報記憶部と、
b)着目している目的成分について、実測により得られたデータに基づいて作成される前記複数の特徴的質量電荷比におけるマスクロマトグラム上で検出されるピークをその出現時間に応じて1又は複数のピークグループに分類し、少なくともその中の一つのピークグループに含まれるピークのピークトップの出現時間に得られた実測のマススペクトルを取得する実測マススペクトル抽出部と、
c)前記実測マススペクトル抽出部により抽出された実測マススペクトルと前記着目している目的成分に対応する標準マススペクトルとを質量電荷比毎に対応付け、該目的成分の標準マススペクトルに存在する全てのピークの質量電荷比について、該標準マススペクトル上のピークの信号強度に対する実測マススペクトル上のピークの信号強度の比をそれぞれ求めたものの中で最小である最小倍率を見つけ、最小倍率を該標準マススペクトルのピークの信号強度に乗じて拡大又は縮小する標準マススペクトル伸縮部と、
d)前記標準マススペクトル伸縮部により拡大又は縮小されたあとの標準マススペクトルにおいて、前記着目している目的成分に対応する代表的な質量電荷比におけるピークの強度が該目的成分に対応する強度閾値を超えているか否かを判定し、超えていることを条件の一つとして、該目的成分を含有の有無が不確定である成分として選択する成分選択部と、
を備えることを特徴とするクロマトグラフ質量分析データ処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理装置であって、
前記成分選択部は、前記着目している目的成分に対応する代表的な質量電荷比におけるピークの強度が該目的成分に対応する強度閾値を超えており、且つ、該代表的な質量電荷比におけるピークの強度とそのほかの特徴的質量電荷比におけるピークの強度との比である確認イオン比が所定の範囲を外れている場合に、該目的成分を含有の有無が不確定である成分として選択することを特徴とするクロマトグラフ質量分析データ処理装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理装置であって、
試料毎に複数の目的成分の存在量又は存在量を反映した指標値を一覧表示する表を作成して表示部の画面上に表示する表示処理部をさらに備え、
該表示処理部は、前記成分選択部によって含有の有無が不確定である成分として選択された目的成分の存在量又は存在量を反映した指標値を、他の目的成分の存在量又は存在量を反映した指標値とは識別可能な態様で以て表示することを特徴とするクロマトグラフ質量分析データ処理装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理装置であって、
前記成分選択部によって含有の有無が不確定である成分として選択された目的成分について、該目的成分に対応する代表的な質量電荷比におけるマスクロマトグラムを表示部の画面上に表示する表示処理部をさらに備えることを特徴とするクロマトグラフ質量分析データ処理装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理装置であって、
前記成分選択部によって含有の有無が不確定である成分として選択された目的成分について、前記実測マススペクトル抽出部により取得された実測マススペクトルを表示部の画面上に表示する表示処理部をさらに備えることを特徴とするクロマトグラフ質量分析データ処理装置。
【請求項6】
請求項5に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理装置であって、
前記表示処理部は、実測マススペクトルとともに、前記標準マススペクトル伸縮部により拡大・縮小されたあとの標準マススペクトルを表示部の画面上に表示することを特徴とするクロマトグラフ質量分析データ処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC−MS)や液体クロマトグラフ質量分析装置(LC−MS)などのクロマトグラフ質量分析装置で取得されたデータを処理するデータ処理装置に関し、さらに詳しくは、夾雑成分を多く含む試料中の目的成分に対するスクリーニング分析に好適なクロマトグラフ質量分析データ処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
GC−MSやLC−MSなどのクロマトグラフ質量分析装置では、試料に含まれる各種成分をクロマトグラフにより時間方向に分離し、その分離された各成分由来のイオンを検出する。クロマトグラフ質量分析装置により試料中の目的成分を定量する際には、一般に、目的成分に対応した質量電荷比m/zのマスクロマトグラム(抽出イオンクロマトグラムとも呼ばれる)を作成し、そのマスクロマトグラムにおいて目的成分の保持時間付近に現れるクロマトグラムピークの面積値を求める。そして、予め作成しておいた検量線を参照して、実測による面積値から目的成分の濃度つまり定量値を算出する。
【0003】
例えば飲食物中の残留農薬の検査では農薬が目的成分であるが、こうした試料には目的成分以外の夾雑成分が多く含まれており、クロマトグラフでも目的成分と夾雑成分とを十分に分離することができず、夾雑成分が目的成分のクロマトグラムピークに影響を及ぼすことがよくある。具体的には、夾雑成分の溶出時間が目的成分の溶出時間に近く、且つ夾雑成分と目的成分とで同じ(実際には所定の質量電荷比範囲に含まれる)質量電荷比のイオンが生成される場合には、その質量電荷比のマスクロマトグラムにおいて目的成分由来のピークに夾雑成分由来のピークが重なる。また、そうしたピークの重なりによって、目的成分由来のピークに対する保持時間が誤って(実際とはずれて)認識されてしまうこともある。
【0004】
一般に、マスクロマトグラム上の或るピークが確かに目的成分由来のピークであると確認する、つまり該目的成分を同定するには、該目的成分に特徴的な質量電荷比におけるマスクロマトグラム上でのピークの保持時間のほか、その保持時間において得られるマススペクトル上での異なる複数の質量電荷比におけるピークの信号強度の比(いわゆる確認イオン比)などが利用される(特許文献1など参照)。しかしながら、上述したように夾雑成分の影響が大きい場合には、分析の信頼性を確保するために、オペレータがマスクロマトグラムやマススペクトルを一つずつ目視で確認して夾雑成分の影響がないかどうかを判断しているのが実状である。
【0005】
我が国における食品中の残留農薬の検査では、現在、ポジティブリスト制度が導入され、百を超える種類の残留農薬の一斉分析が行われるようになってきているが、膨大な数の被検体についてそれぞれ上記従来の手法で、全ての目的成分に対する確認作業をオペレータが行うのには多大な手間と時間が掛かり非効率的である。そこで、分析作業の効率を改善する手法として、目的成分それぞれについて、定量値(濃度)や確認イオン比の閾値を予め設定しておき、実際の分析によって得られた定量値や確認イオン比が上記閾値を超えるような成分、つまり夾雑成分の影響の可能性がある成分のみに絞り込んで、マスクロマトグラムやマススペクトルを一つずつ確認する方法も採られている。
【0006】
具体的な方法として、食品中の残留農薬の分析において、目的成分を次のような三つのグループ[G1]〜[G3]に分類する方法が従来知られている。
[G1]:対象の被検体に含まれていないことが明らかであるか又は実測による定量値が閾値以下であるために確認作業が不要である成分群。
[G2]:実測による定量値が閾値を超えており且つ確認イオン比が閾値以下であるために、高い濃度で存在していることが明らかである成分群。
[G3]:実測による定量値は閾値を超えているものの確認イオン比も閾値を超えているために、想定している目的成分であるか否かが不確定であり、改めて確認を要する成分群。
【0007】
上記のような成分の分類を高い精度で行うことができれば、[G3]に分類された成分のみについてマスクロマトグラムやマススペクトルを確認すればよいので、検出された全成分について同様の確認作業を行う場合に比べてオペレータの手間や時間は大幅に軽減できる。しかしながら、定量計算のための質量電荷比(いわゆる定量イオンの質量電荷比)におけるマスクロマトグラム上のピークに夾雑成分由来のピークが重なってピーク面積が増加すると、ピーク面積に基づいて算出される定量値が嵩上げされ、本来は[G1]に分類されるべき成分が誤って[G3]に分類されてしまうことがある。一方、夾雑成分由来の大きなピークの重なり等によって目的成分の保持時間の位置付近でピークが検出できなくなると、本来は[G2]又は[G3]に分類されるべき成分が誤って[G1]に分類されてしまうことがある。
【0008】
ここで、図6に基づいて、誤った分類を行う場合の例を説明する。
ここでは、定量イオンの質量電荷比としてM1、確認イオン比計算用の確認イオンの質量電荷比としてM2、M3が指定されたうえでデータが取得されている。また、目的成分に対応する標準的なマススペクトル(標準マススペクトル)は図6(a)に示すデータAの実測マススペクトルとほぼ同じであるとする。さらにまた、[G3]に分類される条件は、[i]質量電荷比M1におけるマスクロマトグラム(以下、こうしたマスクロマトグラムをマスクロマトグラム(M1)と記す)上で観測される目的成分に特徴的なピークの強度に対応する濃度が基準値(10ppb)以上であること、[ii]確認イオン比が基準を外れている(閾値以上である)こと、の二つである。
【0009】
図6(a)に示すデータAでは、マスクロマトグラム(M1)上で下向き矢印で示される目的成分由来のピークがその両隣に出現している夾雑成分由来のピークの影響を受けることなく、濃度及び確認イオン比が計算されている。そのため、濃度は基準値を超える一方、確認イオン比は基準内に収まっており、明らかに対象の目的成分が存在するとして絞り込みの対象から除外される。この場合、この目的成分は[G2]に分類される。
【0010】
これに対し、図6(b)に示すデータBでは、マスクロマトグラム(M1)上で目的成分由来のピークにその直前に存在する夾雑成分由来の大きなピークが重なっている。そのため、本来の保持時間ではなく、下向き矢印で示される保持時間がずれた別の成分由来のピークで目的成分の同定が判断される。この場合、算出される濃度は目的成分の実際の濃度(15ppb)よりも低い5ppbであって基準値を下回るため、対象とする目的成分は確認不要と誤って判断されて絞り込み対象から外れる。この場合、目的成分は[G1]に分類される。
【0011】
図6(c)に示すデータCでは、対象とする目的成分は含まれていないにも拘わらず、マスクロマトグラム(M1)上で保持時間が近い別の成分由来のピークが検出され、そのピークに基づく濃度及び確認イオン比で目的成分の同定が行われる。その結果、目的成分は[G3]に分類され、本来は明らかに絞り込みの必要がないのに、絞り込み対象に含まれることになる。
さらにまた、図6(d)に示すデータDでは、対象とする目的成分と一つの夾物成分との保持時間がほぼ同じであるために、この夾物成分が目的成分由来のピークの強度を嵩上げしている。その結果、算出される濃度は目的成分の実際の濃度(5ppb)よりも高い濃度となってしまい、その結果、目的成分は[G3]に分類され、本来は明らかに絞り込みの必要がないのに絞り込み対象に含まれることになる。
【0012】
このように上記の例では、目的成分の実濃度に基づけばデータA、データBの二つが絞り込みの対象となるべきであるのに、データBは絞り込み対象から外れてしまい、逆に、データC、データDは本来は絞り込み対象から外れるべきであるのに絞り込み対象に含まれてしまっている。即ち、実測のデータに基づき絞り込み対象であるか否かを判定する際に、擬陰性や擬陽性が生じてしまうことになり、スクリーニングの精度低下をもたらすとともにスクリーニングに余計な手間が掛かることになる。
【0013】
夾雑成分の影響を受けない質量電荷比を定量イオンの質量電荷比として選択することができれば、上記のような不具合は避けることができる。しかしながら、どのような夾雑成分が存在するのかは、被検体である食品の種類や分析のための前処理の方法、さらには液体クロマトグラフでは使用する移動相の種類、等によって異なる。そのため、夾雑成分の影響を受けない質量電荷比を定量イオンの質量電荷比として予め選択するのは、現実的にはかなり難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2013−234859号公報(段落[0006])
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、夾雑成分が混じっている試料中の目的成分の有無を判定したり定量したりする際に、夾雑成分の影響を受けているか否かをオペレータ等が確認する作業を軽減することができるとともに、そうした作業の要否を高い精度で判定することができるクロマトグラフ質量分析データ処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するためになされた本発明は、試料中の各成分をクロマトグラフにより時間方向に分離した後に所定の質量電荷比範囲に亘る質量分析を繰り返し実行することで得られたデータを解析処理するクロマトグラフ質量分析データ処理装置であって、
a)目的成分毎に、保持時間と、標準マススペクトルと、該標準マススペクトル上で特徴的なピークが現れる質量電荷比である複数の特徴的質量電荷比と、該複数の特徴的質量電荷比のうち代表的な質量電荷比におけるピーク強度を判定するための強度閾値と、を記憶しておく情報記憶部と、
b)着目している目的成分について、実測により得られたデータに基づいて作成される前記複数の特徴的質量電荷比におけるマスクロマトグラム上で検出されるピークをその出現時間に応じて1又は複数のピークグループに分類し、少なくともその中の一つのピークグループに含まれるピークのピークトップの出現時間に得られた実測のマススペクトルを取得する実測マススペクトル抽出部と、
c)前記実測マススペクトル抽出部により抽出された実測マススペクトルと前記着目している目的成分に対応する標準マススペクトルとを質量電荷比毎に対応付け、該目的成分の標準マススペクトルに存在する全てのピークの質量電荷比について、該標準マススペクトル上のピークの信号強度に対する実測マススペクトル上のピークの信号強度の比をそれぞれ求めたものの中で最小である最小倍率を見つけ、最小倍率を該標準マススペクトルのピークの信号強度に乗じて拡大又は縮小する標準マススペクトル伸縮部と、
d)前記標準マススペクトル伸縮部により拡大又は縮小されたあとの標準マススペクトルにおいて、前記着目している目的成分に対応する代表的な質量電荷比におけるピークの強度が該目的成分に対応する強度閾値を超えているか否かを判定し、超えていることを条件の一つとして、該目的成分を含有の有無が不確定である成分として選択する成分選択部と、
を備えることを特徴としている。
【0017】
ここで、クロマトグラフは例えば液体クロマトグラフやガスクロマトグラフである。
【0018】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理装置では、測定対象である目的成分毎に、保持時間、標準マススペクトル、複数の特徴的質量電荷比、及び強度閾値、を予め情報記憶部に記憶しておく。標準マススペクトルは例えば標準試料を夾雑成分の影響のない条件の下で測定することによって得られたものとすればよい。また一般的には、複数の特徴的質量電荷比は定量イオン及び確認イオンの質量電荷比であり、そのうち定量イオンの質量電荷比を代表的な質量電荷比とすればよい。
【0019】
実測マススペクトル抽出部は、着目している目的成分の保持時間を参照し、実測により得られたデータに基づいて作成される複数の特徴的質量電荷比におけるマスクロマトグラム上で検出されるピークを、その出現時間に応じて1又は複数のピークグループに分類する。目的成分の出現時間の近傍に濃度の高い夾雑成分が存在している場合であって、目的成分の特徴的質量電荷比と該夾雑成分の質量電荷比とが一致している場合には、マスクロマトグラム上で夾雑成分由来のピークに目的成分由来のピークが重なり、その目的成分由来のピークが検出できないことがある。その場合であっても、目的成分に対して定められている複数の特徴的質量電荷比の全てについて、マスクロマトグラム上でピークが検出できないことは通常あり得ない。そのため、目的成分に対応する複数の特徴的質量電荷比の少なくとも一つでは、マスクロマトグラム上で該目的成分由来のピークが検出される。それにより、夾雑成分が存在する場合であっても目的成分由来のピークを含むピークグループを得ることができ、該目的成分の出現時間付近の実測マススペクトルを得ることができる。
【0020】
標準マススペクトル伸縮部は、着目している目的成分に対応する標準マススペクトルを情報記憶部から読み出し、該標準マススペクトルと上記実測マススペクトルとを質量電荷比毎に対応付け、該目的成分の標準マススペクトルに存在する全てのピークの質量電荷比について、該標準マススペクトル上のピークの信号強度に対する実測マススペクトル上のピークの信号強度の比をそれぞれ求めたものの中で最小である最小倍率を見つけ、該標準マススペクトル上の各ピークの信号強度にその最小倍率を乗じることにより、該標準マススペクトルのピーク強度を拡大又は縮小する。そして、成分選択部は、実測マススペクトルではなく、その拡大又は縮小された標準マススペクトルにおいて、着目している目的成分に対応する代表的な質量電荷比におけるピークの強度が該目的成分に対応する強度閾値を超えているか否かを判定の条件の一つとして、含有の有無が不確定である成分があるか否かを判定する。
【0021】
着目している目的成分に対して夾雑成分の影響が全くない場合には、実測マススペクトルは標準マススペクトルの定数倍で表すことができる。これに対し、夾雑成分の影響がある場合には、実測マススペクトルのピーク強度は夾雑成分の分だけ増加する。ただし、その場合であっても、上述したように、全ての特徴的質量電荷比におけるピークに夾雑成分の影響が及んでいることは通常あり得ないから、少なくとも一つの特徴的質量電荷比におけるピークは夾雑成分の影響のない目的成分由来のピークである可能性が高い。
【0022】
例えば目的成分の保持時間とほぼ同じ時間に夾雑成分が存在し、且つ該目的成分に対応する代表的な質量電荷比と該夾雑成分に対する質量電荷比とが一致していると、実際には目的成分が殆ど含まれていない場合であっても、実測マススペクトルにおいてその代表的な質量電荷比に夾雑成分由来のピークが現れる。しかしながら、実測マススペクトルにおいて上記夾雑成分の影響を全く又はあまり受けない別の特徴的質量電荷比ではピーク強度は小さく、そのピーク強度を超えないように倍率が定められて拡大又は縮小された標準マススペクトル上では、夾雑成分の影響は相対的に小さくなる。そのため、拡大又は縮小された標準マススペクトル上で代表的な質量電荷比におけるピーク強度を判定すると、夾雑成分の重なりの影響を排除した、より適切な判定が行える。
【0023】
ただし、目的成分が含有されていることが確実である場合にも、上記成分選択部において上述したピーク強度が強度閾値を超えていると判定される。そこで本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理装置において、さらに好ましくは、成分選択部は、着目している目的成分に対応する代表的な質量電荷比におけるピークの強度が該目的成分に対応する強度閾値を超えており、且つ、該代表的な質量電荷比におけるピークの強度とそのほかの特徴的質量電荷比におけるピークの強度との比である確認イオン比が所定の範囲を外れている場合に、該目的成分を含有の有無が不確定である成分として選択する構成とするとよい。
【0024】
また本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理装置では、含有の有無が不確定である目的成分が最終的に確定したならば、その目的成分を分析者に提示し、実測のマススペクトルやマスクロマトグラムなどの目視による確認を促すようにすることが好ましい。
そこで、本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理装置の一実施態様は、
試料毎に複数の目的成分の存在量又は存在量を反映した指標値を一覧表示する表を作成して表示部の画面上に表示する表示処理部をさらに備え、
該表示処理部は、前記成分選択部によって含有の有無が不確定である成分として選択された目的成分の存在量又は存在量を反映した指標値を、他の目的成分の存在量又は存在量を反映した指標値とは識別可能な態様で以て表示する構成とするとよい。
【0025】
ここで、目的成分の存在量を反映した指標値とは、例えばクロマトグラムピークの面積値やピーク高さ値などである。
この構成によれば、オペレータ(分析者)は、試料毎に複数の目的成分の存在量又は存在量を反映した指標値が一覧表示された表において、マスクロマトグラム等を目視で確認すべき目的成分を一目で把握することができる。
【0026】
また本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理装置では、含有の有無が不確定である成分として選択された目的成分について、該目的成分に対応する代表的な質量電荷比におけるマスクロマトグラムを表示部の画面上に表示する表示処理部をさらに備える構成としてもよい。さらにまた、本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理装置では、含有の有無が不確定である成分として選択された目的成分について、前記実測マススペクトル抽出部により取得された実測マススペクトルを表示部の画面上に表示する表示処理部をさらに備える構成としてもよい。
【0027】
マスクロマトグラムやマススペクトルは例えば、上記一覧表示の表中の定量値表示欄やそれら定量値に関連付けられ、それら欄や値をマウス等のポインティングデバイスでクリック操作したりそれら欄や値の上にポインティングデバイスによるカーソルを置いたりしたときに自動的に開くポップアップウインドウ中に表示されるようにするとよい。こうした構成によれば、オペレータが目視で確認すべきマスクロマトグラムやマススペクトルが簡単な操作で表示されるので、オペレータがマスクロマトグラムやマススペクトルを確認する作業の手間が軽減される。
【0028】
さらにまた本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理装置では、表示処理部は、実測マススペクトルとともに、標準マススペクトル伸縮部により拡大・縮小されたあとの標準マススペクトルを表示部の画面上に表示するとよい。
これにより、オペレータは目的成分の標準マススペクトルを実測マススペクトルと併せて確認できるので、実測マススペクトルにおける夾雑成分の影響の有無を容易に判定することができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理装置によれば、試料中に目的成分が含まれるか否かを調べたり目的成分を定量したりする際に、夾雑成分の影響によって、マスクロマトグラム上で目的成分由来のピークを的確な保持時間において検出できなかったり目的成分由来のピークの強度が実際よりも嵩上げされてしまっていたりした場合であっても、試料中に含まれることが明確である成分や逆に含まれないことが明確である成分を排除し、含有の有無が不明確な成分のみを的確に選択することができる。換言すれば、本当にオペレータがマスクロマトグラムやマススペクトルを目視で確認する必要がある成分を、的確に選別することができる。それによって、そうした確認作業におけるオペレータの負担を軽減することができ、例えば残留農薬検査のような、多数の目的成分についての定量を多数の検体について行う場合において、分析作業の効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理装置を適用したGC−MSの一実施例の全体構成図。
図2】本実施例のGC−MSにおけるデータ処理動作を示すフローチャート。
図3図6に示したデータに対し本実施例のGC−MSにおけるデータ処理を実施する場合の説明図。
図4】本実施例のGC−MSにおけるデータ処理を説明するための模式図。
図5】本実施例のGC−MSにおいて表示される定量結果の一例を示す図。
図6】着目している目的成分の保持時間付近のマスクロマトグラムと実測マススペクトルの一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理装置を適用したGC−MSの一実施例について、添付図面を参照して説明する。
【0032】
本実施例のGC−MSは、試料気化室10、インジェクタ11、カラム12、及びカラム12を内装するカラムオーブン13を含むGC部1と、イオン源20、四重極マスフィルタ21、イオン検出器22を含むMS部2と、を備え、イオン検出器22による検出信号がA/D変換器3でデジタルデータに変換されてデータ処理部4に入力される。
【0033】
GC部1においては、ヘリウム等のキャリアガスが一定流量で試料気化室10を経てカラム12に供給される。図示しない制御部の指示により所定のタイミングでインジェクタ11から試料気化室10に微量の試料が注入されると、該試料は瞬時に気化し、キャリアガス流に乗ってカラム12に導入される。そして、カラムオーブン13により温調されたカラム12を通過する間に、試料に含まれる各種成分は分離され、時間的にずれてカラム12の出口から流出する。
【0034】
カラム12から流出する試料ガスはMS部2においてイオン源20に導入され、試料ガスに含まれる成分分子は例えば電子イオン化法によりイオン化される。生成されたイオンは四重極マスフィルタ21に導入され、四重極マスフィルタ21に印加される電圧に応じた特定の質量電荷比m/zを持つイオンのみが選択的に通過してイオン検出器22に到達する。図示しない四重極駆動部は四重極マスフィルタ21への印加電圧を所定電圧範囲で繰り返し走査することで、所定の質量電荷比範囲に亘る質量走査を行う。これにより、MS部2では、時間経過に伴って順次導入される試料ガスに対し所定の質量電荷比範囲のスキャン測定が実行され、アナログデジタル変換部(ADC)3を通してデータ処理部4には、質量電荷比、時間、信号強度をディメンジョンとするデータが入力される。
【0035】
データ処理部4は、機能ブロックとして、データ収集部41、要確認成分抽出部42、要確認成分記憶部43、定量演算部44、定量結果表示処理部45等を備える。このデータ処理部4には、実測データ記憶部5、成分情報記憶部6、入力部7、及び表示部8が接続されている。成分情報記憶部6には、定量したい又は含有の有無を確認したい全ての目的成分について、保持時間、標準マススペクトル、特徴的な質量電荷比値(通常は定量イオン及び確認イオンの質量電荷比値)、ピーク強度を判定するためのマスピーク強度閾値、などが予め格納されている。
【0036】
データ収集部41は、測定実行に伴って上述したように入力されるデータを収集して実測データ記憶部5に格納する。測定終了後に、入力部7を介してデータ解析処理(目的の定量処理)の実行の指示を受けると、要確認成分抽出部42は実測データ記憶部5から解析対象であるデータを読み出すとともに、成分情報記憶部6から目的成分に関する保持時間等の情報を読み出し、後述する特徴的な処理を実行して、オペレータによる目視の確認が必要である成分を抽出する。そして、抽出した成分を要確認成分記憶部43に記憶する。定量演算部44は目的成分について、定量イオン又は確認イオンの質量電荷比におけるマスクロマトグラムに基づいて、該成分の定量を行う。定量結果表示処理部45はその定量分析結果を表示部8に表示する。
【0037】
データ処理部4及び図示しない制御部の実体はパーソナルコンピュータであり、そのコンピュータに予めインストールされた専用の制御・処理ソフトウエアを実行することにより、要確認成分抽出部42などの機能を実現するものとすることができる。
【0038】
本実施例のGC−MSでは、定量演算部44による定量演算に先立って要確認成分抽出部42が、一つの試料中に含まれる多数の目的成分を上述した三つのグループ[G1]〜[G3]に分類する。再掲であるが、グループ[G1]〜[G3]は以下のとおりである。
[G1]:対象の被検体に含まれていないことが明らかであるか又は実測による定量値が閾値以下であるために確認作業が不要である成分群。
[G2]:実測による定量値が閾値を超えており且つ確認イオン比が閾値以下であるために、高い濃度で存在していることが明らかである成分群。
[G3]:実測による定量値は閾値を超えているものの確認イオン比も閾値を超えているために、想定している目的成分であるか否かが不確定であり、改めて確認を要する成分群。
【0039】
本実施例のGC−MSにおいて要確認成分抽出部42は、以下に述べる特徴的なデータ処理を行うことにより、その分類の精度を向上させ、オペレータによる無駄な作業を極力なくすとともに目的成分の検出漏れを軽減している。図2は一つの着目している目的成分を分類する際のデータ処理動作のフローチャート、図4図6に示したデータに対し本実施例のGC−MSにおけるデータ処理を実施する場合の説明図、図5は本実施例のGC−MSにおけるデータ処理を説明するための模式図である。
【0040】
着目している一つの目的成分を上記三つのグループのいずれかに分類する処理の開始が指示されると、要確認成分抽出部42は該目的成分に対応する保持時間を成分情報記憶部6から読み出し、その保持時間の前後にそれぞれ適宜の時間幅を設けた所定の時間範囲に得られた実測データを実測データ記憶部5から読み出す。そして、その目的成分に対応する一つの特徴的な質量電荷比について、所定の時間範囲内のマスクロマトグラムを作成する。そのあと、そのマスクロマトグラムにおいて所定のピーク検出アルゴリズムに従ってピークを検出する(ステップS1)。具体例として、図3(a)に示したデータAを処理対象とする場合を考える。この場合、特徴的な質量電荷比がM1であるとすれば、図3(a)上段中に実線で示されるマスクロマトグラム(M1)が作成され、三つのピークが検出される。
【0041】
次いで、その目的成分に対し成分情報記憶部6に登録されている全ての特徴的な質量電荷比についてステップS1の処理を実行したか否かを判定し(ステップS2)、未処理の特徴的な質量電荷比があればステップS1へと戻る。したがって、ステップS1、S2の繰り返しにより、目的成分に対応する複数の特徴的質量電荷比におけるマスクロマトグラム全てについてピークを検出する。図3(a)の例では、目的成分に対応してM1以外にM2、M3が特徴的質量電荷比として登録されているため、それら質量電荷比M2、M3におけるマスクロマトグラムがそれぞれ作成され、それらマスクロマトグラムにおいてピークが検出される。その結果、マスクロマトグラム(M2)では一つの、またマスクロマトグラム(M3)では二つのピークが検出される。
【0042】
続いて、複数のマスクロマトグラム上で得られたピークのピークトップの出現時間を比較し、許容時間範囲内の時間差である1又は複数のピークが同一成分由来のピークであるものと推定してグループ化する(ステップS3)。図3(a)の例では、三つのマスクロマトグラムに対し全部で6個のピークが検出されているが、これらが三つのピークグループg1、g2、g3に分けられる。
【0043】
そのあと、複数のピークグループの中の一つ、例えば出現時間が最も早いピークグループを選び、そのピークグループの中の一つのピークのピークトップに対応する時間において得られている実測マススペクトルを実測データ記憶部5から取得する(ステップS4)。ピークグループに複数のピークが含まれる場合には、例えば、最大の信号強度を示すピークを選択し該ピークのピークトップに対応する時間において得られている実測マススペクトルを求めればよい。この実測マススペクトルを利用して、目的成分に対応付けられている標準マススペクトルのピーク強度を正規化する。具体的には、実測マススペクトルに対し標準マススペクトル上のピークを質量電荷比毎に対応付け、実測マススペクトル上のそれぞれのピーク強度を超えないように全質量電荷比範囲に亘り均一に、つまりは同じ倍率で以て標準マススペクトル上のピークの強度を拡大又は縮小する。拡大又は縮小したあとの標準マススペクトルを正規化標準マススペクトルということとする(ステップS5)。
【0044】
上記ステップS5の処理を、図4を用いて詳しく説明する。説明を簡単にするために、いま、図4(a)に示すように、標準マススペクトルには同じ信号強度U3である2本のピークが存在するものとする。一方、実測マススペクトル上では、図4(b)に示すように、上記2本のピークに対応するピークは信号強度がU1、U2であるとする。標準マススペクトルの正規化のためには、目的成分の標準マススペクトルに存在する全てのピークの質量電荷比について、該標準マススペクトル上のピーク強度に対する実測マススペクトル上のピーク強度の比(倍率)をそれぞれ求めたものの中で最小のもの(最小倍率)を見つける必要がある。図4の例では、U1/U3>U2/U3であるから、最小倍率はN=U2/U3であり、この最小倍率Nを標準マススペクトル上の各ピークの信号強度に乗じて拡大・縮小したもの(図4(c)参照)が正規化標準マススペクトルとなる。
【0045】
実測マススペクトルでは、標準マススペクトルに対して夾雑成分の分だけ各ピークの強度が増加している可能性があると考えると、上述したように倍率が最小となる質量電荷比は、その実測マススペクトルが得られた測定時点において夾雑成分の影響が最も小さい質量電荷比であるといえる。一般的には、少なくとも一部の質量電荷比において夾雑成分の影響がないと考えられるから、最小倍率は夾雑成分の影響でなく純粋に成分濃度や検出感度の相違等を反映した倍率であるとみなすことができる。したがって、正規化標準マススペクトルは、その測定時点で得られた実測マススペクトルに基づいて推定した成分濃度や検出感度の相違等を反映してピーク強度を修正したマススペクトルであるということができる。
【0046】
そこで次に、上記正規化標準マススペクトルにおいて代表的な質量電荷比(通常は定量イオンの質量電荷比)に対するピークの信号強度値を求め、この強度値がその目的成分に対応して定められているマスピーク強度閾値を超えているか否かを判定する(ステップS6、S7)。そして、マスピーク強度閾値を超えている場合には、目的成分が含まれている可能性があるので、ステップS7からS10へと進み、定量イオンの質量電荷比におけるピーク強度と確認イオンの質量電荷比におけるピーク強度とから確認イオンを計算し、その確認イオン比が予め定めた基準の範囲を外れるか否かを判定する。そして、基準の範囲を外れていれば、該目的成分を絞り込み結果候補として一時的に記憶し(ステップS11)、後述するステップS8へと戻る。ここでいう「絞り込み」とはグループ[G3]に分類する目的成分を選択又は抽出することを意味する。
【0047】
ステップS7においてマスピーク強度閾値を超えていないと判定された場合には、現在処理しているピークグループが目的成分に対応して得られている最後のピークグループであるか否かを判定し(ステップS8)、最後のピークグループでなければ未処理である次のピークグループを選び、ピークトップ時間に得られる実測マススペクトルを取得して(ステップS9)、ステップS5へと戻る。それによって、次のピークグループに対して得られた実測マススペクトルを利用して目的成分の標準マススペクトルの正規化が再度実施される。そして、その結果求まった正規化標準マススペクトルにおいて代表的な質量電荷比に対するピークの信号強度値が得られ、この強度値が目的成分に対応して定められているマスピーク強度閾値を超えているか否かが判定される。
【0048】
したがって、ステップS5〜S10の処理によって、一つの目的成分に対して得られた複数のピークグループの中で、ステップS7においてYesと判定されるピークが一つでも見つかり、それにより計算される確認イオン比が予め定めた基準の範囲を外れていれば、該目的成分は絞り込み候補結果として一時的に記憶されることになる。逆に、複数のピークグループの中で、ステップS7においてYesと判定されるピークが一つもなければ、又はステップS7においてYesと判定されるピークが存在しても確認イオン比が基準の範囲に収まっていれば、該目的成分は絞り込み結果候補とならずに処理を終了する。これは、そのときの処理対象の目的成分がグループ[G2]に分類されたことを意味する。
【0049】
ステップS8でYesと判定された場合には、目的成分に対応して得られている全てのピークグループについての判定が終了したことになるから、その時点で絞り込み結果候補として一時的に記憶されている目的成分を正式に絞り込み結果として要確認成分記憶部43に格納する(ステップS12)。このときに、目的成分が一時的な絞り込み結果候補として挙げられていれば該目的成分がグループ[G3]に分類されたことを意味するし、目的成分が一時的な絞り込み結果候補として挙げられていなければ、そのときの処理対象の目的成分はグループ[G2]に分類されたことになる。
【0050】
図3(a)に示すデータAでは、上述したように分けられた三つのピークグループg1、g2、g3についてステップS5以降の処理が実行される。この例では、三つのピークグループg1、g2、g3のいずれにおいても正規化標準マススペクトルでの代表的な質量電荷比M1に対するピーク強度はマスピーク強度閾値を超える。そのため、この目的成分は絞り込み結果候補に挙げられる。そして、ピークグループg2に対応して得られる実測マススペクトルでは、ピークグループg1、g3に含まれる夾雑成分由来のピークの影響を受けることがないので、確認イオン比は基準範囲内に収まり、その結果、この目的成分は絞り込み対象から外れ、グループ[G2]に分類される。
【0051】
図3(b)に示すデータBでは、マスクロマトグラム(M1)において二つのピーク、マスクロマトグラム(M2)において一つのピーク、マスクロマトグラム(M3)において二つのピークが検出される。そして、これらピークをグループ化することで、図3(a)に示した例と同様に、三つのピークグループが得られる。ピークグループg1、g3に対応して得られる実測マススペクトルでは、質量電荷比M2、M3におけるピークの強度はほぼゼロであるので、これを超えないような最小倍率は非常に小さな値となり、正規化標準マススペクトルにおいて質量電荷比M1におけるピークの強度はかなり小さくなる。そのため、それらピーク強度はマスピーク強度閾値を超えない。
【0052】
一方、ピークグループg2に対応して得られる実測マススペクトルでは、質量電荷比M1におけるピークには夾雑成分の影響が大きく現れ、その分、該ピークの強度はかなり嵩上げされる。この嵩上げされた分は質量電荷比M2、M3におけるピークの強度に基づく正規化によって抑えられ、正規化標準マススペクトルでは、M1におけるピークに対する夾雑成分の影響はかなり低減されるものの、それでもそのピーク強度はマスピーク強度閾値を超え、この目的成分は絞り込み結果候補に挙げられる。ただし、質量電荷比M1におけるピークは夾雑成分の影響を受けて強度が増加しているので、確認イオン比は基準の範囲に収まらない。その結果、この目的成分は絞り込み対象となり、グループ[G3]に分類される。即ち、マスクロマトグラム(M1)では夾雑成分の影響を受けて目的成分由来のピークは明確なピーク形状となっていないが、従来法のように絞り込み対象から漏れることなく、確実に絞り込み対象とすることができる。
【0053】
図3(c)に示すデータCでは、マスクロマトグラム(M1)において二つのピーク、マスクロマトグラム(M3)において一つのピークが検出され、マスクロマトグラム(M2)においてはピークは検出されない。これらピークをグループ化すると、二つのピークグループが得られる。いずれのピークグループに対応する実測マススペクトルでも、質量電荷比M2に対するピークの強度はほぼゼロであるため最小倍率は非常に小さくなり、正規化標準マススペクトルにおいて、質量電荷比M1に対するピークの強度はマスピーク強度閾値を下回る。その結果、この目的成分は絞り込み対象から外れ、グループ[G1]に分類される。
【0054】
図3(d)に示すデータDでは、マスクロマトグラム(M1)において三つのピーク、マスクロマトグラム(M2)において一つのピーク、マスクロマトグラム(M3)において二つのピークが検出される。そして、これらピークをグループ化することで、図3(a)に示した例と同様に、三つのピークグループが得られる。ただし、この場合には、ピークグループg2に含まれるピークは目的成分由来ではなく夾雑成分由来であり、実測マススペクトルのピークパターンは目的成分の標準マススペクトルとは大きく異なる。その結果、正規化標準スペクトルにおいては質量電荷比M1に対するピークの強度は小さくなり、マスピーク強度閾値を下回る。それにより、この目的成分は絞り込み対象から外れ、グループ[G1]に分類される。
【0055】
このように従来法では、誤って絞り込み対象に分類されていたデータC、データDのようなケースについても、上述したデータ処理によって、的確に絞り込み対象から除外することができる。
【0056】
図2に示したフローチャートは試料中の一つの目的成分を[G1]、[G2]、[G3]のいずれかのグループに分類する処理を示したものであるが、これを繰り返すことで試料中の多数の目的成分をそれぞれ的確に分類することができる。そして、その結果、主として夾雑成分の影響によって含有の有無が不確定である目的成分を絞り込み、その絞り込んだ目的成分のみについて実測によるマスクロマトグラムやマススペクトルをオペレータが容易に確認できるように表示することができる。
【0057】
具体的には、本実施例のGC−MSにおいて、定量結果表示処理部45は以下のような特徴的な表示を行う。図5は表示部8に表示される定量結果の一例を示す図である。図5において「検体」は試料のことであり、多数の試料(検体a、b、c、…)についてそれぞれ多数の目的成分(成分A、B、C、…)を定量した結果、つまり定量値(濃度値)が一覧表の形式で表示されている。ここで表示される定量値は、定量演算部44において、目的成分に対応する定量イオン又は確認イオンの質量電荷比におけるマススペクトル上のピークの面積から算出されたものである。上述した要確認成分抽出部42による処理によってグループ[G1]、[G2]、[G3]のいずれに分類された目的成分も定量値が算出されるが、図5に示した表示においては、グループ[G3]に分類された、つまりは絞り込み対象とされた目的成分の定量値は、それ以外の定量値と識別可能であるように、異なる色や異なるフォントの文字で示される。また、文字の態様を変える以外に、その背景の色などを変えるようにしてもよい。図5ではこうした表示態様に変更が加えられた定量値を点線の枠で囲って示している。つまり、図5では、検体b中の成分Bの定量値が不確定である(マススペクトル等の確認を要する)ことを示している。
【0058】
オペレータはこうした表示によって、マススペクトルやマスクロマトグラムを目視で確認する必要があるような試料と成分との組み合わせを、容易に把握することができる。さらには、好ましくは、図5に示した表中の文字や欄内の適宜の位置をマウス等のポインティングデバイスでクリック操作すると、その試料と成分との組み合わせに対応する実測マススペクトルやマスクロマトグラムなどが、自動的に開いたポップアップウインドウ画面内に描出されるようにするとよい。さらにまた、処理の過程で得られた正規化標準マススペクトルも併せて描出するようにしてもよい。このように簡単な操作によって確認が必要であるグラフを画面上に表示させることで、オペレータによるグラフの確認作業の手間が軽減され、分析作業の効率改善に大きく寄与する。
【0059】
なお、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。例えば上記実施例は本発明をGC−MSに適用したものであるが、LC−MSにも適用可能であることは明らかである。
【符号の説明】
【0060】
1…GC部
10…試料気化室
11…インジェクタ
12…カラム
13…カラムオーブン
2…MS部
20…イオン源
21…四重極マスフィルタ
22…イオン検出器
3…A/D変換器
4…データ処理部
41…データ収集部
42…要確認成分抽出部
43…要確認成分記憶部
44…定量演算部
45…定量結果表示処理部
5…実測データ記憶部
6…成分情報記憶部
7…入力部
8…表示部
図1
図2
図3
図4
図5
図6