(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1〜3のいずれか1項に記載の成分組成を有する鋳片を熱間圧延する工程、該熱間圧延後にショットブラスト処理を行う工程、該ショットブラスト処理後に900℃以上1100℃以下の温度で熱処理を行う工程、及び、該熱処理後に酸洗を行う工程を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の成形性及び耐孔食性に優れたフェライト系ステンレス鋼線の製造方法。
【背景技術】
【0002】
従来、ステンレス鋼製マフラーハンガーとして、STKM11Aなどの機械構造用炭素鋼が用いられてきたが、耐食性を確保するために、該炭素鋼に金属めっきや塗装が施されてきている。しかしながら、海岸沿いや、冬季に融雪塩を散布する積雪地域を走行する自動車においては、マフラーハンガーに塩分が多量に付着し、発銹が激しくなり、場合によっては、孔食の進展によって破断が生じ、マフラーが脱落する虞がある。
【0003】
そこで、SUS410等のクロム含有量の低いフェライト系ステンレス鋼とともに、SUS304、SUSXM7等のオーステナイト系ステンレス鋼の使用が検討されてきた。フェライト系ステンレス鋼は、Cr以外の合金量が少なく、コストが低いものの耐食性が劣る。オーステナイト系ステンレス鋼は、耐食性や成形性に優れるもののNi含有量が多く、コストが高くなる。経済性の観点からは、Ni含有量の少ないフェライト系ステンレス鋼が有利である。
【0004】
しかしながら、フェライト系ステンレス鋼をマフラーハンガーとして、製品化させるためには、
(1)頭部の冷間鍛造性を向上させること、
(2)成形後に塩水噴霧試験を行った場合のさび発生を防止するために、Cr量を始めとする合金量を多く含む必要があり、コスト下げるためには合金量を少なくして耐食性を向上させること、
(3)走行中に石や砂が跳ね、それらが連続的に衝突して摩耗するため、耐摩耗性の向上させること、及び、
(4)石や砂の衝突でできたキズ部からの腐食発生・進展に対する抵抗力を高めること
が課題となる。
【0005】
特許文献1〜3には、これらの課題を個別に解決する技術が開示されている。特許文献1には、冷間鍛造性、耐食性及び電磁気特性に優れ、電磁部品などの素材として利用されるステンレス鋼が開示されている。特許文献2には、耐摩耗性と2次加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。また、特許文献3には、冷間加工性、靭性及び耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼及びその製造方法が開示されている。しかし、何れの文献にも、上記4つの課題を全て解決する手段は開示されていない。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明のフェライト系ステンレス鋼線について説明する。なお、以下「%」は、特に明記しない限り「質量%」を意味する。
【0012】
まず、ステンレス鋼線の成分組成の限定理由について説明する。
【0013】
C:0.02%以下
Cは、マトリックスのフェライト組織の強度を高め、更に、オーステナイト相及び炭化物を生成する元素である。オーステナイト相は、溶接後においてマルテンサイト組織を生じて強度を向上させ、また、微細炭化物も強度の向上に寄与し、鋼線としての高温強度を向上させる。
【0014】
しかしながら、0.02%超では、Cr炭化物が粒界に析出し、その回りにCr欠乏層が生成するようになる。腐食環境では、粒界に沿ったCr欠乏層が溶解するので、いわゆる粒界腐食が発生する。したがって、0.02%以下に限定した。更に、粒界腐食を防止するには、0.015%以下が好ましい。また、0.001%未満では、鋼線のオーステナイト相や微細炭化物の生成量が少なすぎて、強度が不足するため、0.001%以上が好ましい。
【0015】
Si:1.0%以下
Siは、脱酸剤として、またSiO
2の酸化皮膜を形成して酸化の進行を抑制するので、耐高温酸化性に有用な元素である。しかしながら、1.0%超になると硬くなり機械的性質が劣化するので、1.0%以下とした。また、0.1%未満では、脱酸効果が得られないため、0.1%以上が好ましい。
【0016】
Mn:1.0%以下
Mnは、Cと同様、マトリックスのフェライト組織の強度を高め、更に、オーステナイト相を生成する元素である。しかしながら、1.0%を超えると、鋼中に残存する介在物が多くなり耐食性が劣化するので、1.0%以下とした。また、0.1%より少ないと鋼線の強度が低く、また、溶接後も強度不足となるので、0.1%以上が好ましい。
【0017】
P:0.04%以下
Pは、靱性等の機械的性質を劣化させるのみならず、耐食性に対しても有害な元素である。0.04%超になると、その悪影響が顕著になるので、0.04%以下とした。下限は特に限定しないが、0.001%以下に低減すると、製造コストの上昇を招くので、実用鋼線上、0.001%が実質的な下限である。
【0018】
S:0.03%以下
Sは、Mnと結合して、初期発銹の起点となるMnSを形成する元素である。また、Sは、結晶粒界に偏析して粒界脆化を促進する有害元素でもあるので、極力低減することが好ましい。0.03%を超えるとその悪影響が顕著になるので、0.03%以下とした。下限は特に限定しないが、0.0001%以下に低減すると、製造コストの上昇を招くので、実用鋼線上、0.0001%が実質的な下限である。
【0019】
Cr:10.5%以上25.0%以下、
Crは、本発明における耐食性発現成分として重要な元素である。本発明で対象にする鋼線においては、所要の耐食性を確保するために、少なくとも10.5%が必要である。好ましくは、11.0%以上である。これは、10.5%未満になると、強固な不動態皮膜が生成し難くなるためである。
【0020】
一方、25.0%超になると、耐食性は良くなるものの、フェライト相の生成量が多くなり靱性不足が生じることやコストアップに繋がる。この傾向は、20.0%超で生じるので、20%以下が好ましい。以上より、10.5%以上25.0%以下とした。好ましくは、11.0%以上20.0%以下である。
【0021】
N:0.025%以下
Nは、マトリックスのフェライト組織の強度を高め、更に、オーステナイト相及び窒化物を生成する元素である。しかしながら、0.025%を超えると、耐食性、冷間鍛造性が劣化するため、0.025%以下とした。また、0.001%未満では、鋼線の窒化物の生成が少なく強度向上の効果が得られないため、0.001%以上が好ましい。
【0022】
また、各特性を高めるために、本発明のフェライト系ステンレス鋼線においては、更に、Cu、Mo及びNiの1種又は2種以上を含有する。
【0023】
Cu:2.0%以下
Cuは、耐食性及び強度を向上させる有用な元素である。しかしながら、2.0%超になると、靭性が劣化するばかりか冷間鍛造性が劣化するので、2.0%以下とした。また、0.2%未満では、耐食性向上効果が得られ難いため、0.2%以上が好ましい。
【0024】
Mo:3.0%以下、
Moは、耐食性及び耐摩耗性を高める元素である。しかしながら、3.0%を超えるとσ相が析出しやすく脆化し、冷間鍛造性が劣化するので、3.0%以下とした。0.01%より少ないと耐食性が十分に発現しないので、0.01%以上が好ましい。より好ましくは、0.2%以上3.0%以下である。
【0025】
Ni:5.0%以下
Niは、Cuと同様に、耐食性、強度、及び耐摩耗性の向上に有効な元素である。しかしながら、5.0%超になると冷間鍛造性が劣化するので、5.0%以下とした。また、0.01%未満では、耐食性及び強度向上効果が得られ難いため、0.01%以上が好ましい。
【0026】
また、Cr炭化物の生成を抑制し、粒界腐食を防止する目的で、本発明では、更に、Nb及びTiの1種又は2種を含有させる。
【0027】
Nb:0.8%以下
固溶したNbは、強度を高めるとともに、炭窒化物を形成するので、Cr炭化物の生成を抑制し、その結果、Cr欠乏層の生成を抑制するので粒界腐食の防止に寄与する元素である。即ち、Nbは、耐食性の向上に有用な元素である。しかしながら、0.8%超になると冷間鍛造性が劣化するので、0.8%以下とした。また、0.05%未満では、耐食性向上効果が得られ難いため、0.05%以上が好ましい。
【0028】
Ti:0.5%以下
Tiは、Nbと同様、炭化物や窒化物を形成するので、Cr炭化物の生成を抑制し、その結果、Cr欠乏層の生成を抑制して粒界腐食の防止に寄与する元素である。即ち、Tiは、耐食性の向上に有用な元素である。しかしながら、0.5%超になると冷間鍛造性が劣化するので、0.5%以下とする。また、0.05%未満であるとTiの耐食性向上効果を発現させることができないため、0.05%以上が好ましい。
【0029】
以上が本発明で必要な元素である。更に、各特性を向上させる目的で、必要に応じて、以下の元素を任意で含有させることができる。
【0030】
Sn:1.0%以下
Snは、酸中での活性溶解を抑制させ、強度の向上に有用な元素である。しかしながら、1.0%超になると、熱間加工性が劣化するので、1.0%以下とした。また、0.001%未満であるとSnの効果を発現させることができないため、0.001%以上が好ましい。
【0031】
本発明では、更に、種々の目的に応じて、W、Ta、Co、Al、Ca、V、B、Bi、Mg、Zr、REM(Sc、Y及び原子番号57番〜71番までの元素)、Ga、Sr、Se、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sb、Te、Hf、Re、Os、Irから選ばれた1種又は2種以上を添加することができる。
【0032】
W:0.5%以下
Wは、耐摩耗性及び耐食性の向上に有用な元素である。0.5%超になると靭性が劣化するので、0.5%以下とした。0.01%未満であると、耐摩耗性及び耐食性を発現させることができないため、0.01%以上が好ましい。
【0033】
Ta:0.5%以下、
Taは、耐摩耗性及び耐食性を向上させる有用な元素である。0.5%超になると靭性が劣化するので、0.5%以下とした。0.01%未満であると、耐摩耗性及び耐食性を発現させることができないため、0.01%以上が好ましい。
【0034】
Co:0.5%以下
Coは、耐摩耗性の向上に有用な元素である。0.5%超になると靭性が劣化するので、0.5%以下とした。0.01%未満であると、耐摩耗性を発現させることができないため、0.01%以上が好ましい。
【0035】
Al:0.05%以下
Alは、脱酸剤として有用な元素である。0.05%超になると靭性が劣化するので、0.05%以下とした。脱酸剤としての効果を発揮させるために、0.001%以上が好ましい。
【0036】
Ca:0.05%以下
Caは、熱間加工性の向上に有用な元素である。0.05%超になると靭性が劣化するので、0.05%以下とした。熱間加工性向上効果を発揮させるために、0.001%以上が好ましい。
【0037】
V:0.5%以下
Vは、耐食性の向上に有用な元素である。0.5%超になると靭性が劣化するので、0.5%以下とした。耐食性向上効果を発揮させるために、0.03%以上が好ましい。
【0038】
B:0.01%以下
Bは、熱間加工性の向上に有用な元素である。0.01%超になると靭性が劣化するので、0.01%以下とした。熱間加工性向上効果を発揮させるために、0.0003%以上が好ましい。
【0039】
Bi:0.5%以下
Biは、耐食性及び切削加工性の向上に有用な元素である。0.5%超になると靭性が劣化するので、0.5%以下とした。耐食性及び切削加工性向上効果を発揮させるために、0.005%以上が好ましい。
【0040】
Mg:0.1%以下
Mgは、耐食性の向上に有用な元素である。0.1%超になると靭性が劣化するので、0.1%以下とした。耐食性向上効果を発揮させるために、0.0002%以上が好ましい。
【0041】
Zr:0.5%以下
Zrは、耐食性と、熱間加工性の向上に有用な元素である。0.5%超になると、耐食性と熱間加工性の向上効果が飽和するので、0.5%以下とした。耐食性と熱間加工性の向上効果を発揮させるために、0.03%以上が好ましい。
【0042】
REM:0.1%以下
REMは、熱間加工性の向上に有用な元素である。0.1%超になると靭性が劣化するので、0.1%以下とした。熱間加工性向上効果を発揮させるために、0.03%以上が好ましい。
【0043】
Ga:0.05%以下
Gaは、冷間鍛造や曲げ加工において加工性を向上させる有用な元素である。添加効果を確実に得るためには、0.0010%以上が好ましい。一方、0.05%超になると靭性が劣化するので、0.05%以下とした。
【0044】
Sr:0.05%以下
Srは、Caと同様、熱間加工性の向上に有用な元素である。熱間加工性の向上効果を確実に得るためには、0.001%以上が好ましい。一方、0.05%超になると靭性が劣化するので、0.05%以下とした。
【0045】
Se、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sb、Te、Hf、Re、Os、Ir:0.05%以下
Se、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sb、Te、Hf、Re、Os及びIrは、耐食性の向上に有用な元素である。耐食性の向上効果を得るため、それぞれ、0.0010%以上が好ましい。一方、0.05%超になると、偏析によって耐食性が劣化するので、それぞれ、0.05%以下とした。
【0046】
次に、鋼線の長手方向に対して、垂直断面における内層のミクロ組織の結晶粒度番号が4.0〜9.0で、表面から1/4×(直径)の深さまでの表層の結晶粒度番号が5.0〜10.0で、内層より表層の結晶粒度番号が大きいとした理由について説明する。
【0047】
まず、平均結晶粒度番号の測定方法について述べる。
【0048】
JIS G 0551(2013)(鋼−結晶粒度の顕微鏡試験方法)の付属書Cで規定される方法にて、単位長さ当たりの結晶粒界の交点数を測定し、JIS G 0551(2013)の表B.1又は附属書JBにより結晶粒度を求める。
【0049】
鋼線の中心線に対する垂直断面に対して、表面から1/4×(直径)の深さまでの断面についての結晶粒度番号を表層の平均結晶粒度番号とし、表面から1/4×(直径)の深さから中心までの断面についての結晶粒度番号を内層の結晶粒度番号とする。
【0050】
次に、平均結晶粒度番号の限定理由について述べる。
【0051】
結晶粒度番号が4.0以上の場合、曲げ加工が容易となり、マフラーハンガーの形状加工を達成できる。好ましくは、5.0以上である。4.0未満の場合、曲げ加工性が低いため、成形途中で割れが生じるなど成形そのものが難しくなる。10.0超の場合、曲げ加工の負荷が大きすぎて加工し難くなるため、10.0以下とした。好ましくは、9.0以下である。
【0052】
表層は、耐摩耗性が要求されるため、結晶粒度番号を大きくすることで、強度が大きく、しかも、伸びも大きくなるため加工性が向上する。そこで、表層の結晶粒度番号を内層よりも1以上大きくした。結晶粒度番号は、表層が大きく、内層へ向かうほど小さくなる。表層の結晶粒度番号と、内層の結晶粒度番号の差が、明瞭であれば、冷間鍛造性、耐摩耗性、耐食性を満足することを見出した。
【0053】
したがって、鋼線の長手方向に対して、垂直断面における内層の結晶粒度番号が4.0〜9.0で、表層の結晶粒度番号が5.0〜10.0で、内層より表層の結晶粒度番号を大きくした。
【0054】
次に、平均粒界侵食深さが表層の平均結晶粒径の0.5倍〜1倍であることとした理由について説明する。
【0055】
まず、平均粒界侵食深さの測定方法について述べる。
【0056】
蓚酸電解エッチング等の方法により粒界を明確にし、200μm×200μm〜300μm×300μmの視野について、光学顕微鏡を用いて、表面の粒界侵食深さ(表面と粒界侵食の最も深い点の距離)をμm単位で測定し、その総和(ΣD)を計算する。次に、測定した粒界に接する結晶粒の数(N)を測定する。最後に、粒界侵食深さの総和(ΣD)を結晶粒の数(N)で割って、準平均粒界侵食深さ(=ΣD/N)とする。準平均粒界侵食深さを5視野について測定し、その平均を平均粒界侵食深さとする。
【0057】
結晶粒径は、500μm×500μmの1視野に対して、画像解析により結晶粒の断面積から結晶粒を円とみなした直径を計算し、1視野における全結晶粒の平均直径を計算する。それを任意の5視野について計測し、5視野の平均直径を平均結晶粒径とする。
【0058】
次に、平均粒界侵食深さの限定理由について述べる。
【0059】
鋼線は、熱処理後、表層の粒界近傍に生成されるCr欠乏層が酸洗により優先的に溶削されて、粒界に沿った小さな溝(ミクログルーブ)が形成される。このミクログルーブは、伸線する場合、表面に潤滑剤を保持するために有効な部位となる。このミクログルーブの深さは、潤滑性、光沢等による表面の美麗さ、冷間加工性に影響を与え、深さは、ショットブラスト処理の有無に関係なく、平均結晶粒径との関連で整理できることを見出した。
【0060】
ミクログルーブ深さ(粒界侵食深さ)が、表層の平均結晶粒径の0.5倍未満であると、表面の潤滑剤が少なすぎて伸線ができなかったり、表面に焼付きが生じたりする。ミクログルーブ深さが、平均結晶粒径の1倍を超えると、粒界侵食部が伸線後の表面に残り、表面の美麗さを損なうばかりか、冷間鍛造や曲げ加工を行う際の割れの起点となる。以上より、平均粒界侵食深さを表層の平均結晶粒径の0.5倍〜1倍とした。
【0061】
次に、表面から1/4×(直径)の深さまでの断面の硬さHv1が140以上であることとした理由について説明する。
【0062】
鋼線の耐摩耗性は、表面硬さが高いほど耐摩耗性に優れるため、表面硬さによって制御する。表層の硬さが、Hv1(JIS Z 2244)で140未満であると、マフラーハンガーとして使用した際に、走行中に石や砂が跳ねそれらが連続的に衝突して摩耗するため、表層の硬さを140以上とした。好ましくは、160以上である。上限は特に限定しないが、加工性の点で、250程度が上限となる。
【0063】
以上、説明してきた本発明のフェライト系ステンレス鋼線は、上述したマフラーハンガーに必要な条件を全て満たすため、マフラーハンガー用として特に好適に用いることができる。
【0064】
次に、本発明のフェライト系ステンレス鋼線の製造方法について説明する。
【0065】
本発明のフェライト系ステンレス鋼線は、前記成分組成に調整された鋳片を熱間圧延後に、ショットブラスト処理をして、熱処理、酸洗処理を行い、伸線することで製造されるが、熱間圧延後に、ショットブラスト処理を行い、その後更に熱処理を行う点が特徴である。
【0066】
熱間圧延工程、ショットブラスト処理工程
熱間圧延(線材圧延)では、減面率((ビレットの断面積)−(熱間圧延後の断面積))/(ビレットの断面積)が、約98〜99%と大きくなり、全断面にわたって歪が導入される。熱間圧延に引き続き、ショットブラスト処理を行うことにより、表層にさらに細かい歪が導入される。ショットブラスト処理は、100kg/m
2以上300kg/m
2以下が好ましい。100kg/m
2未満では、歪を入れる効果は無く、300kg/m
2超では、表層の変形が大きくなり表面が美麗で無くなる。
【0067】
熱処理工程
ショットブラスト処理後に、900℃以上1100℃以下の温度で熱処理を施す。これにより、熱間圧延及びショットブラストで導入された歪が、余熱で回復する前に歪を核とした再結晶が表層から中心部全体にかけて進行し、表層が細かく、中心が大きな結晶粒分布が形成される。
【0068】
しかも、鋼線の長手方向に対して、垂直断面における内層のミクロ組織の結晶粒度番号が4.0〜9.0で、表層の結晶粒度番号が5.0〜10.0で、表層の結晶粒度番号を内層のそれより大きくすることができる。また、表層の結晶粒径が小さい組織であるため、線材の表面粗さが小さく、美麗な表面とすることができ、冷間鍛造や曲げ加工によるしわやひび割れが出難い。
【0069】
また、熱処理の温度は、900℃未満では再結晶が不十分であり、1100℃を超えると結晶が粗大粒となり、表層の結晶粒度番号が5.0より小さくなる。なお、熱処理時間は、4〜5分が望ましい。
【0070】
酸洗工程
熱処理後に酸洗処理を行う。酸洗処理を行うことによって、脱スケールとともに適切な粒界侵食深さを得ることができる。酸洗処理は、硝弗酸のようなCr欠乏層を優先的に溶解する酸中に、一定温度、一定時間、鋼を浸漬させる。
【0071】
平均粒界腐食深さは、酸洗処理の温度と浸漬時間によって制御することができる。例えば、温度が高い場合は、浸漬時間を短く、温度が低い場合は、浸漬時間を長くする。温度に対する浸漬時間が、最適範囲より短い場合は、粒界侵食深さが、表層の平均結晶粒径の0.5倍より小さくなる。温度に対する浸漬時間が、最適範囲より長い場合は、表面粗度が大きくなり、粒界侵食深さが、表層の平均結晶粒径の1倍を超える部分が表れる。したがって、酸洗処理の温度と浸漬時間を調整することで、平均粒界侵食深さが、表層の平均結晶粒径の0.5倍〜1倍である鋼線を得ることができる。
【実施例】
【0072】
以下の(1)〜(7)の工程で、マフラーハンガーを製造した。
(1)ビレット(直径178mm丸断面)
(2)線材圧延(圧延後の直径11.5mm)
(3)ショットブラスト処理
(4)熱処理(900℃以上1100℃以下)
(5)酸洗
(6)伸線(伸線後の直径10.5mm)
(7)冷間鍛造
【0073】
表1に、本発明と比較鋼のステンレス鋼線の化学成分を示す。(5)の酸洗は、塩酸に浸漬した後、30℃の硝弗酸(1%のHFと10%のHNO
3)に5分浸漬した。
【0074】
【表1】
【0075】
また、表2に、鋼線に(7)の冷間鍛造を施したマフラーハンガー模擬製品の評価結果を示す。結晶粒度番号は、上述した方法にて測定した。
【0076】
冷間鍛造性は、φ10.5mm、長さ150mmのサンプルを据え込み鍛造で、ヘッドを加工した後、1/2長さ部分において、90°曲げ加工を行い、鍛造後表面の割れの有無を観察した。据え込み率70%で割れ無しを◎、据え込み率50%で割れ無しを○、据え込み率50%で割れ有りを×とした。また、据え込み率(%)は、下記のように求めた。
据え込み率(%)=((H−h)/H)×100
H:鍛造前のサンプルの長さ
h:鍛造後のサンプルの長さ
【0077】
耐摩耗性は、表面硬さが高いほど耐摩耗性に優れる。表面から1/4×(直径)までの深さの断面についての硬さHv1(JIS Z 2244)を5点平均により評価し、140以上を合格とした。
【0078】
耐食性は、マフラーハンガーを模擬したサンプルについてJIS Z 2371に準拠し、35℃、5%塩水噴霧試験(168h)を実施し、発銹の状況を観察した。発銹無しを◎、僅かに発銹有り(レイティングナンバー6以上)を○、発銹有り(レイティングナンバー6未満)を×とした。
【0079】
【表2】
【0080】
発明例である試験No.1〜12は、冷間鍛造性、硬さ、及び、耐食性の評価において、良好である。成分範囲を外れた比較例である試験No.13〜23は、冷間鍛造性、硬さ、及び、耐食性の1つ又は2つ以上の評価において、劣っている。酸洗方法を変化させ、平均粒界侵食深さ/表層平均結晶粒径の範囲を外れた比較例である試験No.24及び25は、冷間鍛造性の評価において、劣っている。
【0081】
表3に、鋼No.1、5及び8において、(3)ショットブラスト処理、(4)熱処理の条件を変化させて、評価した結果を示す。
【0082】
【表3】
【0083】
発明例である試験No.26〜No.34は、冷間鍛造性、硬さ、及び、耐食性の評価において、良好である。比較例である試験No.35〜No.43は、冷間鍛造性、硬さ、及び、耐食性の1つ又は2つ以上の評価において、劣っている。