(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
海中部分に電気防食を施した鋼矢板または鋼管矢板における水際の表面に、ペトロラタムを含む防食層と、クッション層とを積層するとともに、前記クッション層の表面を耐食性金属薄板で被覆した防食構造であって、
前記耐食性金属薄板の本体部の辺縁に形成された平坦部と、前記平坦部の裏面側に沿って配置されかつ前記鋼矢板または前記鋼管矢板に固定された固定板と、前記固定板と前記平坦部との間に積層された前記防食層および前記クッション層の延長部分と、前記平坦部の表面に沿って配置されかつ前記平坦部と前記本体部との境界部分まで延びる押圧板と、前記押圧板から前記固定板までを締め付け固定する非導電性材料からなる締め付けボルトと、前記押圧板の前記締め付けボルトに対する傾きを規制する、締め付けナットよりも径が大きい規制部材とを有することを特徴とする鋼矢板または鋼管矢板の防食構造。
【背景技術】
【0002】
鋼矢板または鋼管矢板を配列して構成される構造物は、港湾や河川の岸壁、桟橋、橋脚などに広く用いられる。港湾や河川に設置される構造物では、海水や河川水にさらされた環境下で長期間使用するため、何らかの防食処理を施すのが一般的である(特許文献1および特許文献2参照)。
従来、防食処理として、水環境下の耐食性が大きい有機被覆を用いた有機被覆防食法が採用されていた。
有機被覆防食法としては、重防食塗装と樹脂ライニング法が用いられている。これらは、いずれも鋼材表面に下地処理を施し、その上に樹脂塗料を塗布して固化させるか、或いは射出成形等で得た樹脂皮膜や樹脂含浸シート等を接着して、鋼材表面全体又はその所定範囲に有機皮膜を形成させる防食被覆法である。
【0003】
近年では、鋼材表面に有機防食層を形成し、さらにその表面を耐食性金属薄板で被覆する複層被覆防食法が利用されている(特許文献1参照)。
複層被覆防食法では、構造物を構成する鋼矢板または鋼管矢板の表面にペトロラタム等の有機皮膜による有機防食層を形成し、更にその表面を耐食性金属薄板で被覆している。
このような複層被覆防食法では、有機防食層により鋼矢板または鋼管矢板の表面の防食性が確保されるとともに、その表面を被覆する耐食性金属薄板によって有機防食層の耐久性を確保している。
すなわち、有機防食層を形成するペトロラタム等の有機皮膜は、鋼矢板または鋼管矢板の表面に付着されていれば高い防食性が確保できるが、衝撃力に弱く、船体や流木等の衝突により傷つき易い。また、港湾や河川に設置される構造物は、通常はきわめて長い期間(例えば50年以上)の耐久性が要求されるが、このような状況では、紫外線による劣化や、水の浸入による接着力の低下などにより、有機皮膜のみでは耐久性を確保することが難しい。
これに対し、複層被覆防食法では、耐食性金属薄板により有機防食層の表面を被覆して保護することができ、長期間にわたり十分な防食性を確保することができる。
【0004】
なお、有機防食層を2層に形成し、具体的には鋼矢板または鋼管矢板の表面に張られたペトロラタム防食シートによる防食層と、その上に張られた厚手の特殊発砲ポリエチレンによるクッション層とすることがなされている(特許文献1の段落0015参照)。
このようなクッション層を用いることで、外側の耐食性金属薄板と鋼矢板または鋼管矢板との間隔が一定にできない海中設置等の状況下であっても、耐食性金属薄板で覆われた際にクッション層が防食層を鋼矢板または鋼管矢板に押し付け、密着性を確保して確実な防食状態を得ることができる。
【0005】
また、鋼矢板または鋼管矢板に耐食性金属薄板を取り付ける構造として、鋼矢板または鋼管矢板の突出する部分を断面台形状あるいは断面半円形状の耐食性金属薄板を形成し、その両側辺縁を鋼矢板または鋼管矢板の配列方向に沿って平坦に形成しておき、鋼矢板または鋼管矢板の相互連結部分に配列されたスタッドボルトで締め付け固定する構造(特許文献3参照)を利用することができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述した複層被覆防食法では、鋼矢板または鋼管矢板の表面に有機防食層を形成し、さらにその表面を耐食性金属薄板で被覆する。この際、有機防食層を、防食層とクッション層の2層にすることで、防食層の鋼矢板または鋼管矢板に対する密着性を確保することがなされている。
しかし、このようなクッション層を用いつつ、鋼矢板または鋼管矢板の相互連結部分のスタッドボルトで耐食性金属薄板を締め付け固定する構成では、場合によって、当該締め付け固定部分で耐食性金属薄板が傾き、当該締め付け部分の直下にあるクッション層が部分的に過剰に圧縮されるとともに、他の部分では押し付けが不十分になる可能性がある。
【0008】
図4において、鋼管矢板1は、表面に有機防食層2が形成されている。有機防食層2は、ペトロラタム防食シートによる防食層21と、厚手の特殊発砲ポリエチレンによるクッション層22とによる2層とされている。有機防食層2は、チタン合金等による耐食性金属薄板3で更に被覆され、これらにより複層被覆防食構造9が形成されている。
耐食性金属薄板3は、断面形状の中間部分が鋼管矢板1に沿った半円弧状の本体部31を有し、その両端に締め付け固定用の平坦部32が形成されている。
【0009】
平坦部32の下方には、鋼管矢板1を相互に連結するための連結部(図示省略)が形成されており、この連結部に沿って平鋼材を用いた固定板41が設置されている。固定板41の表面側には、前述した鋼管矢板1の表面から連続する防食層21およびクッション層22と、耐食性金属薄板3と同質の連結板42と、前述した平坦部32と、鋼管矢板1の延伸方向(図面と交差する方向)に沿って延びる長尺平板状の押圧板43とが順次積層されている。
固定板41は、端部を鋼管矢板1に溶接等で固定されており、その表面には、鋼管矢板1の延伸方向に沿って所定間隔でスタッドボルト44が設置されている。前述した防食層21、クッション層22、連結板42、平坦部32および押圧板43は、それぞれスタッドボルト44の位置に貫通孔が形成され、この貫通孔にスタッドボルト44が挿通され、スタッドボルト44に螺合されたナット45で締め付けることで固定板41に固定される。
なお、ナット45を工具で締め付けるために、スタッドボルト44と本体部31との間には工具を導入するのに十分な間隔が必要であり、スタッドボルト44は本体部31から同間隔だけ離れた位置とする必要がある。
【0010】
図5に示すように、耐食性金属薄板3は、ナット45を締め付けることで、平坦部32が固定板41に向けて押し付けられる。これにより、耐食性金属薄板3の鋼管矢板1に沿った半円弧状の本体部31が、有機防食層2である防食層21とクッション層22とを鋼管矢板1に押し付けて密着させる。
この際、クッション層22では本体部31による圧縮に対して反発力F1を生じ、これに伴う張力F2が本体部31に生じる。この張力F2は、平坦部32および押圧板43を傾けるように作用する。すなわち、平坦部32および押圧板43において、本体部31が起立する側では張力F2に従って上向きの力F3が生じる。一方で、平坦部32および押圧板43は、ナット45の角の当接部位を支点Pとして回転するように傾き、本体部31が起立する側とは反対側では下向きの力F4を生じる。
このような下向き力F4によって、本体部31が起立する側とは反対側では、固定板41との間でクッション層22が過剰に圧縮されて潰れてしまい、所期のクッション性が得られなくなる。一方で、上向きの力F3が生じる本体部31が起立する側では、クッション層22が十分に押圧されず、防食層21を固定板41に対して密着させる機能が得られなくなる。
また、上記の張力F2が生じるとF2の方向へ本体部31が移動するため、それに伴って平坦部32は本体部31側へ移動し、平坦部32における貫通孔部分がスタッドボルト44と接する場合がある。ここで鋼管矢板1における海中部分に電気防食を施していると、防食電流が鋼管矢板1からスタッドボルト44を経由して耐食性金属板3へ流出してしまうため、電気防食用陽極の消耗速度が高まり、電気防食能が低下してしまう不具合が発生する。
【0011】
以上のように、複層被覆防食法を適用する際、部分的なクッション層の過剰圧縮や押し付け不足を防止し、防食カバーの密着性を確保して確実に防食性能を発揮するために、締め付け固定部分での耐食性金属薄板の傾きを解消できる構造が求められていた。また、鋼管矢板の海中部分に施す電気防食を適切に作用させる構造が求められていた。
本発明の目的は、鋼矢板や鋼管矢板を複層被覆防食で防食する際、防食カバーの締め付け固定部分での耐食性金属薄板の傾きを解消し、防食カバーの密着性を確保して確実に防食性能を発揮でき、さらに鋼矢板や鋼管矢板における海中部分に施す電気防食を適切に作用させることができる鋼矢板または鋼管矢板の防食構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、海中部分に電気防食を施した鋼矢板または鋼管矢板における水際の表面に、ペトロラタムを含む防食層と、クッション層とを積層するとともに、前記クッション層の表面を耐食性金属薄板で被覆した防食構造であって、前記耐食性金属薄板の本体部の辺縁に形成された平坦部と、前記平坦部の裏面側に沿って配置されかつ前記鋼矢板または前記鋼管矢板に固定された固定板と、前記固定板と前記平坦部との間に積層された前記防食層および前記クッション層の延長部分と、前記平坦部の表面に沿って配置されかつ前記平坦部と前記本体部との境界部分まで延びる押圧板と、前記押圧板から前記固定板までを締め付け固定する非導電性材料からなる締め付けボルトと、前記押圧板の前記締め付けボルトに対する傾きを規制する規制部材とを有することを特徴とする。
【0013】
このような本発明では、ペトロラタムを含む防食層、クッション層および耐食性金属薄板により、鋼矢板または鋼管矢板の表面に複層被覆防食法に基づく防食構造の基本構造が形成される。
鋼矢板または鋼管矢板に対する耐食性金属薄板の固定は、耐食性金属薄板の本体部(鋼矢板の断面台形状の本体部分または鋼管矢板の断面半円形状の本体部分を覆う耐食性金属薄板としての主要な部分)に対し、本体部の辺縁に形成される平坦部と、鋼矢板または鋼管矢板に固定された固定板と、これらを挿通する非導電性材料からなる締め付けボルトとにより行われる。固定板と平坦部との間には、耐食性金属薄板の本体部と鋼矢板または鋼管矢板との間に積層された防食層およびクッション層の延長部分が配置され、耐食性金属薄板の固定部分においても本体部分から一連の防食構造が構成される。
【0014】
さらに、当該固定部分においては、平坦部の表面に沿って押圧板が配置され、この押圧板は平坦部と本体部との境界部分(平坦部から本体部が立ち上がる部分)まで延びており、更に締め付けボルトに対する押圧板の傾きを規制する規制部材が設置されている。
従来、耐食性金属薄板を固定する際には、
図5で説明したように、本体部からの張力により、平坦部および押圧板は締め付けボルト周辺の当接部位を支点として傾き、平坦部の本体部側が上向きに、本体部と反対側が下向きに変位していた。また、それに伴って平坦部と前記締め付けボルトとが接する場合があった。
これに対し、本発明では、規制部材により平坦部および押圧板の傾きが防止され、平坦部と固定板との間の防食層およびクッション層の延長部分が過剰に圧縮されたり、あるいは鋼矢板または鋼管矢板への密着が不十分になったりする等の不都合が生じない。とくに、この押圧板は平坦部と本体部との境界部分まで延びており、本体部側での密着不足が確実に防止される。また、締め付けボルトが非導電性材料からなるため、仮に平坦部と締め付けボルトとが接したとしても、防食電流が鋼管矢板から締め付けボルトを経由して耐食性金属板へ流出してしまうことはない。
以上により、本発明の鋼矢板または鋼管矢板の防食構造では、防食層およびクッション層を耐食性金属薄板で被覆する複層被覆防食が確保できるとともに、締め付け固定部分での耐食性金属薄板の傾きおよびこれに伴う不都合を解消することができる。また、鋼矢板や鋼管矢板における海中部分に施す電気防食を適切に作用させることができる。
【0015】
本発明において、前記締め付けボルトは、前記固定板に固定された非導電性材料からなるスタッドボルトであり、前記スタッドボルトには、前記防食層、前記クッション層、前記平坦部および前記押圧板が順次挿通されるとともに、前記押圧板の表面側から締め付けナットが螺合される構成とすることが好ましい。
このような本発明では、固定板に固定された前記スタッドボルトと締め付けナットとにより、積層構造をなす防食層、クッション層、平坦部および押圧板を一括して締め付け固定することができる。さらに、前記スタッドボルトが予め固定板に固定されているため、施工作業にあたっては防食層、クッション層、平坦部および押圧板の各々を順次スタッドボルトに挿通してゆけば、締め付けナットを締め付けない状態であっても仮止め状態とすることができ、例えば港湾構造物の海中作業等であっても作業を容易に行うことができる。
なお、本発明の締め付けボルトとしては、固定板に雌ねじを形成し、押圧板の表面側から平坦部、クッション層、防食層を貫通するボルトをねじ込んでもよい。
【0016】
本発明において、前記規制部材は、前記締め付けナットに形成された円形のフランジで構成され、前記フランジの半径が前記フランジの中心から前記平坦部と前記本体部との境界部分までの距離と同じとすることができる。
本発明のフランジとしては、締め付けナットと一体に形成されるフランジでもよいし、円盤状の鋼材をナットに溶接したものであってもよい。
【0017】
このような本発明では、前記締め付けボルトに締め付け固定される締め付けナットのフランジにより、前記締め付けボルトに固定された規制部材を形成することができる。規制部材としてのフランジは、締め付けナットにより前記締め付けボルトに支持され、締め付けナットが前記締め付けボルトとの螺合によりそのねじ軸線を一定に維持されることで、傾きに対して十分な剛性が得られる。
このような規制部材としてのフランジは、締め付けナットの締め付けにより押圧板の表面に密着され、押圧板に傾く方向の力が作用した場合でも、押圧板の持ち上がりを押さえつけ、結果として押圧板の傾きを規制することができる。
とくに、ナットの周囲に規制部材としてのフランジを設けることで、フランジの端部で押圧板の本体部が立ち上がる側の端部近傍を抑えつつ、本体部の立ち上がりとの間にナットを操作するための十分なスペースを確保することができる。
そして、ナットに形成されるフランジを、フランジの中心から平坦部と本体部との境界部分までの距離と同じ半径とすることで、前記締め付けボルトからのレバー比を可能な限り大きくとることができ、規制部材としての押圧板の傾きを規制する機能を最大限に発揮することができる。このような大きなフランジを実現するためには、円盤を溶接したナットを用いることが望ましい。
なお、前述した締め付けボルトを押圧板の表面側からねじ込む場合、締め付けボルトの頭部の座面周辺にフランジを形成することで、同様な効果が期待できる。
【0018】
本発明において、前記押圧板は、前記平坦部の表面に固定されていることが望ましい。
押圧板を平坦部の表面に固定する手段としては、例えば、接着剤による接着、リベット等による機械的接続が利用できる。
このような本発明では、耐食性金属薄板の本体部からの張力(
図2の張力F2)が平坦部に伝達された際でも、押圧板と平坦部とが固定されているため、平坦部と押圧板とがずれてしまうことを防止でき、クッション層による一様な圧力を防食層に作用させ、防食層を本体部の表面に密着させることができる。また、締め付けボルトが非導電性材料からなるため、仮に平坦部と締め付けボルトとが接したとしても、防食電流が鋼管矢板から締め付けボルトを経由して耐食性金属板へ流出してしまうことがないため、鋼矢板や鋼管矢板における海中部分に施す電気防食を適切に作用させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
〔第1実施形態〕
図1において、鋼管矢板1は、断面円形の長尺筒型鋼材で形成された本体部11と、本体部11の外側対向位置に配置された連結部12とを有する。連結部12は本体部11に対して小径の円筒状とされ、その周方向の一部が切断され、この切断部分に他の鋼管矢板1の連結部12を装入することで、複数の鋼管矢板1を相互に連結し、一連の壁面状構造物を構成することができる。
本実施形態の鋼管矢板1は、港湾施設の岸壁構造物を構築するために用いられる。このような用途では、海水に曝されることによる腐食が進行しやすい。そこで、本実施形態の鋼管矢板1には、本発明に基づく防食構造9Aが適用されている。
【0021】
防食構造9Aは、鋼管矢板1の表面に形成された有機防食層2と、この有機防食層2を被覆する耐食性金属薄板3を備えている。
有機防食層2は、ペトロラタム防食シートによる防食層21と、厚手の特殊発砲ポリエチレンによるクッション層22とによる2層とされている。
耐食性金属薄板3は、チタン合金等で形成されたものであり、鋼管矢板1の本体部11に沿った半円弧状の本体部31と、その両端に形成された締め付け固定用の平坦部32とを有する。
【0022】
平坦部32を固定するために、連結部12に沿って平鋼材を用いた固定板41が設置されている。
図2において、固定板41の表面側には、前述した鋼管矢板1の表面から連続する防食層21およびクッション層22と、耐食性金属薄板3と同質の連結板42と、前述した平坦部32と、鋼管矢板1の延伸方向(図面と交差する方向)に沿って延びる長尺平板状の押圧板43とが順次積層されている。
押圧板43は、接着剤による接着、リベット等による機械的接続により、平坦部32の表面に固定されている。
【0023】
固定板41には、鋼管矢板1の延伸方向に沿って所定間隔でスタッドボルト44が設置されている。前述した防食層21、クッション層22、連結板42、平坦部32および押圧板43は、それぞれスタッドボルト44の位置に貫通孔が形成され、この貫通孔にスタッドボルト44が挿通され、スタッドボルト44に螺合されたフランジ付ナット45Aで締め付けることで固定板41に固定される。
ここで固定板41とスタッドボルト44とは接着剤を用いて結合することができる。例えば固定板41に貫通孔を形成し、その貫通孔へスタッドボルト44を挿通させ、さらに固定板41における貫通孔部分とこれに挿通するスタッドボルト44との接触部に接着剤を付けて、これらをより強固に結合することができる。
また、スタッドボルト44は非導電性材料からなり、エンジニアリングプラスチックからなることが好ましく、スーパーエンジニアリングプラスチックからなることがより好ましい。ここでエンジニアリングプラスチックは、100℃以上の環境に長時間曝されても、49MPa以上の引っ張り強度と2.5GPa以上の曲げ弾性率を持ったものであることが好ましい。
【0024】
フランジ付ナット45Aは、通常のナット451の座面側に円盤状の鋼板を溶接固定してフランジ452を形成したものであり、このフランジ452が本発明の規制部材となっている。
フランジ452は、規制部材としての機能上、押圧板43の表面のうち、スタッドボルト44からなるべく離れた部位を抑えることが望ましく、このためになるべく大径のものを用いることが望ましい。
本実施形態においては、スタッドボルト44からのレバー比を最大限とするために、フランジ452の半径を、フランジ452の中心つまりスタッドボルト44の中心から本体部31が立ち上がる位置(平坦部32と本体部31との境界部分)までの距離と同じとなるように形成されている。
【0025】
このような本実施形態においては、以下のような手順で防食構造9Aを形成する。
先ず、連結部12で相互に連結された複数の鋼管矢板1に対し、連結部12を跨ぐように固定板41を溶接等により固定する。
次に、鋼管矢板1の本体部11ないし連結部12の表面に防食層21を貼り付け、続いて防食層21の表面にクッション層22を貼り付ける。
連結部12の領域においては、固定板41に予め固定されているスタッドボルト44と対応する位置に、防食層21およびクッション層22に切れ目等の挿通孔を形成し、この孔にスタッドボルト44を挿通させる。
【0026】
防食層21およびクッション層22が設置できたら、クッション層22の表面に、耐食性金属薄板3を被せる。
まず、耐食性金属薄板3の本体部31を、本体部11のクッション層22の表面に被せ、その両端の平坦部32を連結部12の領域つまり固定板41の表面側に張られたクッション層22の表面に被せる。ここで、連結部12の領域に設置されたクッション層22の表面には、先に耐食性金属薄板3と同質の連結板42を設置しておき、両側から延びてくる平坦部32どうしの隙間が閉じられるようにする。
これらの耐食性金属薄板3の平坦部32および連結板42は、防食層21およびクッション層22と同様に、それぞれスタッドボルト44に挿通される。
【0027】
次に、平坦部32の表面に表れているスタッドボルト44に押圧板43の挿通孔を挿通させ、この押圧板43を平坦部32の表面に当接させる。この状態で、スタッドボルト44にフランジ付ナット45Aを螺合させ、固定板41から押圧板43までを一括して締め付ける。
このフランジ付ナット45Aを締め付けることで、耐食性金属薄板3は、平坦部32が固定板41に向けて押し付けられる。これにより、耐食性金属薄板3の本体部31が、有機防食層2である防食層21とクッション層22とを鋼管矢板1の本体部11に押し付け、クッション層22が適宜圧縮された状態とされ、このクッション層22による一様な圧力によって防食層21が本体部11の表面に密着される。
【0028】
一方、クッション層22は本体部31による圧縮に対して反発力F1を生じ、これに伴う張力F2が本体部31に生じて平坦部32に伝達される。この張力F2は、平坦部32の本体部31が起立する側では上向きの力F3を生じる。
しかし、本実施形態では、締め付けにフランジ付ナット45Aを用いているため、規制部材であるフランジ452が押圧板43の傾きを規制する。
【0029】
すなわち、平坦部32に繋がる本体部31が起立する側では上向きの力F3が生じるが、スタッドボルト44に対して高い剛性とされたフランジ452が、スタッドボルト44から十分離れた点、つまり押圧板43の端部に十分近い点PAで押圧板43を抑えているため、上向きの力F3に拘わらず押圧板43の端部は持ち上げられない。
また、フランジ452の本体部31が起立する側の端部(点PA)と本体部31との距離が小さく、一方で点PAから押圧板43の本体部31が起立する側とは反対側の端部までの距離が数倍以上も大きい。このため、点PAを支点とした各側距離のレバー比に基づいて、押圧板43の本体部31が起立する側とは反対側では下向きの力F4を生じにくい。その結果、押圧板43には傾きが生じない。
【0030】
このように、押圧板43に傾きが生じないことから、押圧板43と固定板41との間の間隔は一定に維持される。その結果、従来のように本体部31が起立する側とは反対側でクッション層22が過剰に圧縮されて潰れてしまい、所期のクッション性が得られなくなるという問題、および、本体部31が起立する側でクッション層22が十分に押圧されず、防食層21を固定板41に対して密着させる機能が得られなくなるという問題を回避することができる。
【0031】
このような本実施形態によれば、以下のような効果が得られる。
本実施形態の防食構造9Aでは、ペトロラタムを含む防食層21、クッション層22および耐食性金属薄板3により、鋼管矢板1の表面に複層被覆防食法に基づく防食構造が形成され、鋼管矢板1に対して十分な防食性能を得ることができる。
本実施形態において、鋼管矢板1に対する耐食性金属薄板3の固定は、鋼管矢板1に固定された固定板41、スタッドボルト44およびフランジ付ナット45Aにより、耐食性金属薄板3の本体部31の辺縁に形成される平坦部32を、当該部分まで延びる防食層21およびクッション層22とともに一括して締め付け固定することで行うことができる。
【0032】
この固定部分においては、平坦部32の表面に沿って押圧板43が配置され、この押圧板43は平坦部32と本体部31との境界部分まで延びており、本体部31からの張力F2が平坦部32に伝達された場合でも押圧板43で抑えることができ、平坦部32の浮き上がりを防止することができる。
また、フランジ付ナット45Aは、規制部材としてのフランジ452を有し、このフランジ452の端部が押圧板43の端部(平坦部32から本体部31が立ち上がる位置)である点PAまで延びているため、本体部31からの張力F2が平坦部32に伝達された場合でも、押圧板43が傾くことを防止することができる。
【0033】
これらにより、平坦部32および押圧板43の傾きが防止されることで、平坦部32と固定板41との間の防食層21およびクッション層22の延長部分が過剰に圧縮されたり、あるいは鋼管矢板1への密着が不十分になったりする等の不都合を防止することができる。
さらに、フランジ付ナット45Aは、ナット451の周囲に規制部材としてのフランジ452を形成したため、フランジ452の端部で押圧板43の本体部31が立ち上がる側の端部近傍を抑えつつ、本体部31の立ち上がりとの間にナット451を操作するための十分なスペースを確保することができる。
また、スタッドボルト44が非導電性材料からなるため、仮に平坦部32とスタッドボルト44とが接したとしても、防食電流が鋼管矢板1からスタッドボルト44を経由して耐食性金属板へ流出してしまうことはないため、鋼管矢板1における海中部分に施す電気防食を適切に作用させることができる。
【0034】
本実施形態では、固定板41に固定されたスタッドボルト44とフランジ付ナット45Aとにより、防食層21、クッション層22、平坦部32および押圧板43を一括して締め付け固定することができ、構造を簡素化することができる。
さらに、スタッドボルト44が予め固定板41に固定されているため、施工作業にあたっては防食層21、クッション層22、平坦部32および押圧板43の各々を順次スタッドボルト44に挿通してゆけば、フランジ付ナット45Aを締め付けない状態であっても仮止め状態とすることができ、例えば港湾構造物の海中作業等であっても作業を容易に行うことができる。
【0035】
さらに、本実施形態では、押圧板43と平坦部32とが固定されることで、耐食性金属薄板3の本体部31からの張力F2が平坦部32に伝達された際でも、この張力F2により平坦部32と押圧板43とがずれてしまうことを防止でき、クッション層22による一様な圧力を防食層21に作用させ、防食層21を本体部31の表面に密着させることができる。
そして、押圧板43により平坦部32を補強することができる。つまり、平坦部32だけで張力F2を受けた場合、平坦部32は薄板であるため、その挿通孔がスタッドボルト44の抗力により変形ないし破損する可能性がある。しかし、押圧板43と連携することで、このような変形ないし破損を回避することができる。
【0036】
〔第2実施形態〕
本実施形態は、前述した第1実施形態と同様な鋼管矢板1に、本発明に基づく防食構造を適用したものである。本実施形態の防食構造は、前述した第1実施形態の防食構造9Aと一部を除き共通であるため、重複する説明は省賂し、以下には相違点のみ説明する。
前述した第1実施形態では、規制部材としてフランジ付ナット45Aのフランジ452を用いたが、本実施形態の防食構造では円盤状の鋼板で形成された規制部材兼用の板状ナットを用いる。
【0037】
図3において、板状ナット45Bは、全体が円盤状の鋼板で形成され、その中心にはスタッドボルト44が螺合可能な雌ねじ453が形成されている。板状ナット45Bの表面には操作用孔454が形成されている。この操作用孔454には、専用の回転工具455のピン456を係合可能であり、係合状態で回転工具を回転させることで、板状ナット45Bをスタッドボルト44に蝶合させて締め付け固定が可能である。
【0038】
このような本実施形態の防食構造によれば、前述した第1実施形態と同様な効果を得ることができる。
さらに、本実施形態の板状ナット45Bは、前述した第1実施形態のフランジ付ナット45Aよりも薄く、搬送および保管が簡単である。
【0039】
なお、本発明は前述した各実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形等は本発明に含まれるものである。
例えば、前記各実施形態では、本発明に基づく防食構造9Aを、本体部11が断面円形の鋼管矢板1に適用したが、本発明の防食構造は断面台形状の鋼矢板に適用することもできる。この場合、耐食性金属薄板3の本体部31の形伏を鋼矢板に応じた断面台形状とすればよく、防食層21およびクッション層22は形伏追従性があるため何ら問題なく適用することができる。
また、耐食性金属薄板3を固定するための固定板41の固定は、鋼矢板の相互連結用の連結部に応じて適宜固定すればよい。
【0040】
前記各実施形態では、フランジ付ナット45に形成されたフランジ452あるいは板状ナット45Bなど、端部が押圧板43の端部であって平坦部32から本体部31が立ち上がる境界部分に配置される円形の規制部材について説明したが、規制部材の端部は押圧板43の端部あるいは平坦部32から本体部31が立ち上がる境界部分と必ずしも一致している必要はなく、変形を抑えるという機能が得られる範囲で十分に近ければよい。
また、規制部材は円形に限らず、多角形あるいは星形など、外周が平坦部32から本体部31が立ち上がる境界部分に配置される形状としてもよい。
【0041】
前記各実施形態では、現揚の鋼管矢板1に対し、防食層21およびクッション層22の貼り付け、耐食性金属薄板3を被せる施工を順次行い、この状態で、スタッドボルト44にフランジ付ナット45Aを螺合させ、固定板41から押圧板43までを一括して締め付けるとしていた。これに対し、予め工場等で防食層21にクッション層22および耐食性金属薄板3を積層状態に加工しておき、これを現湯に搬入し、スタッドボルト44を挿通させて鋼管矢板1に取り付け、フランジ付ナット45Aを蝶合させて一括して締め付け固定するようにしてもよく、このような工場施工をしておくことで、現場での貼り合わせの際の波浪による剥がれ等を回避することができる。