【文献】
ピストンリングとは?,http://tpr.co.jp/products/pistonring/about.html
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ガスタービンのシャフトは高温の下で高速に回転することが必要であり、その軸受けは極めて過酷な環境にさらされる。軸受けに油膜切れを起こさせないよう、通常、ガスタービンは潤滑油を強制的に送給し、循環させるシステムを備える。かかるシステムにおいて、軸受けは潤滑油ライン上のサンプ室と呼ばれる小室に収納され、かかるサンプ室内において潤滑油の噴霧を受け、以って潤滑される。サンプ室やこれに連絡するラインにおいて、潤滑油の温度は350〜400℃の程度に達する。潤滑油はミスト状になって空気と混合するために、極めて酸化的な環境であり、かつ高温であるので、潤滑油の変質が起こり易く、従ってかかる部位ではデポジットが発生しやすい。また、上述と類似の環境は、過給機において、シャフトを支持する軸受けを潤滑するために潤滑油を送給する潤滑油ライン等においても見出される。
【0008】
本発明者らが観察したところによれば、ガスタービンまたは過給機の潤滑油ライン内の潤滑油が通過する流路部品において認められるデポジットは、半固体状であって潤滑油ラインの流路部品の内面に粘着する性質のものである。この半固体状のデポジットは、通常、エンジン油等の潤滑油に含まれる油分と、油分が酸化することで発生する酸化物(高分子の含酸素化合物、スラッジ)と、油分が炭化することで発生する炭化物と、潤滑油に含まれる添加剤に由来する金属化合物からなる無機残渣と、を含んで構成されている。なお、この半固体状のデポジットには、酸化物、炭化物及び無機残渣のうちのいずれか1つが含まれない場合もある。
【0009】
これと比較して、船舶用過給機のタービンにおいて、その翼部およびハウジングの内面に認められるデポジットは、灰分を含んで相当程度に硬質であり、これらの表面に被膜のごとく固着する性質のものである。両者は明らかに異なっており、かかる相違は、既に述べた通り反応機序の相違に基づくものと考えられる。かかる相違のために、船舶用過給機のタービン用の被膜がガスタービンまたは過給機における潤滑油ラインの流路部品に付着するデポジットをも抑制することは、期待できない。ガスタービンまたは過給機の潤滑油ラインにおける流路部品等のごとき中程度の高温、例えば300〜450℃程度の高温において、効果的にデポジットの付着を抑制する被膜が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)よりなる粒子とを含む被膜が、300ないし450℃程度においてデポジットの発生を抑制することを見出した。
【0011】
その一の局面によれば、300ないし450℃程度においてデポジットの発生を抑制する機器に利用される被膜は、前記機器の内面を覆い、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子とを含む。
【0012】
本発明に係る被膜は、300ないし450℃程度において潤滑油に曝される機器の前記潤滑油に接する面を覆い、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子とを含む。
【0013】
本発明に係る被膜は、被膜中の体積比率が0体積%より大きく40体積%以下の前記ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。
【0014】
本発明に係る被膜は、被膜中の体積比率が10体積%以上40体積%以下の前記ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。
【0015】
本発明に係る被膜は、被膜中の体積比率が30体積%以上35体積%以下の前記ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。
【0016】
他の局面によれば、ガスタービンまたは過給機の潤滑油ラインは、潤滑油が通過する流路部品と、前記流路部品の内面を覆い、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子とを含む被膜と、を備える。
【0017】
本発明に係る被膜を備える流路部品は、ガスタービンまたは過給機に用いられ、潤滑油が通過する流路部品と、前記流路部品における300ないし450℃程度に曝されると共に、前記潤滑油に接する面を覆い、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子とを含む被膜と、を有する。
【0018】
本発明に係る被膜を備える流路部品において、前記被膜は、被膜中の体積比率が0体積%より大きく40体積%以下の前記ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。
【0019】
本発明に係る被膜を備える流路部品において、前記被膜は、被膜中の体積比率が10体積%以上40体積%以下の前記ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。
【0020】
本発明に係る被膜を備える流路部品において、前記被膜は、被膜中の体積比率が30体積%以上35体積%以下の前記ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。
【0021】
本発明に係る被膜を備える流路部品において、前記流路部品は、前記ガスタービンに用いられ、前記潤滑油でベアリングを潤滑するサンプ室および前記サンプ室と通じており、前記潤滑油を逃がすベントラインよりなる群より選択された何れか一以上であることが好ましい。
【0022】
本発明に係る被膜を備える流路部品において、前記流路部品は、前記ガスタービンに用いられ、前記潤滑油でベアリングを潤滑するサンプ室および前記サンプ室と通じており、前記潤滑油を逃がすベントラインであり、前記被膜は、前記サンプ室および前記ベントラインにおける前記面のみを覆うことが好ましい。
【0023】
本発明に係る被膜を備える流路部品において、前記流路部品は、前記過給機に用いられ、前記潤滑油をベアリングに給油する給油路を有するベアリングハウジングであり、前記被膜は、前記給油路における前記面を覆うことが好ましい。
【発明の効果】
【0024】
300ないし450℃程度において潤滑油に由来して生ずるデポジットが、ガスタービンまたは過給機の潤滑油が通過する流路部品等の機器において発生することを抑制し、あるいはその付着を防止する。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の幾つかの実施形態を添付の図面を参照して以下に説明する。図面は必ずしも正確な縮尺により示されておらず、従って相互の寸法関係は図示されたものに限られないことに特に注意を要する。
【0027】
既に述べた通り、発明者らは、ニッケルないしニッケル−リン合金−PTFE複合被膜が、300ないし450℃程度においてデポジットの形成を抑制するという属性を有することを見出している。デポジットは、油が機器表面に付着し、これが固化することを経て発生すると推測される。かかる被膜は、300ないし450℃程度の高温に曝される機器においてデポジットの発生を抑制する用途に適すると見られる。かかる機器に該当するものにつき、本発明者らが鋭意探索したところ、ガスタービンの潤滑油ラインを見出した。
【0028】
図2を参照するに、ガスタービンは、その機首から機尾に向けた順に、例えば、ファン1と、低圧コンプレッサ3と、高圧コンプレッサ5と、燃焼器7と、高圧タービン9と、低圧タービン11とを備える。燃料が燃焼器7において燃焼することにより、機尾に向けた高温ガスの流れが生じ、高圧タービン9がこれからエネルギの一部を取り出して高圧コンプレッサ5を駆動し、低圧タービン11が残りのエネルギの一部を取り出してファン1および低圧コンプレッサ3を駆動する。
【0029】
低圧タービン11とファン1および低圧コンプレッサ3とは、インナドライブシャフト21により連結しており、これはベアリング25,31を介してガスタービンの静止部材13に回転可能に支持される。高圧タービン9と高圧コンプレッサ5とは、アウタドライブシャフト23により連結しており、これはベアリング27,29を介して同じく静止部材13に回転可能に支持され、またインナドライブシャフト21とは同軸である。
【0030】
静止部材13は機体に直接に固定される場合もあるし、あるいはガイドベーン15とファンケーシング17とを介して固定される場合もありうる。ファンケーシング17とガスタービン本体との間はバイパスダクト19として作用し、ファン1から機尾に向けて流れる気流の一部がガスタービンをバイパスしてここを流れる。
【0031】
またガスタービンは、ベントラインを流れる空気から潤滑油を分離するエア−オイルセパレータ33を備える。エア−オイルセパレータ33には例えば公知の遠心式のものが適用でき、その動力は例えばインナドライブシャフト21からギア機構により取り出される。
【0032】
ベアリング25,27,29,31を潤滑するための構造は、いずれも同様な構造を有している。アウタドライブシャフト23を支持するベアリング29を例にとり、かかる構造を以下に説明する。
【0033】
図3を参照するに、ベアリング29,31は、それぞれ静止部材であるフレーム41,43に支持されている。フレーム41およびベアリング29はサンプ室45に収納されており、ベアリング29は図外のジェット給油装置により潤滑油のジェット給油を受けて潤滑される。サンプ室45では、ベアリング29が高速回転することで潤滑油がミスト化する。ミスト化した潤滑油は、サンプ室45の壁面に付着して薄膜を形成する。
【0034】
サンプ室45において潤滑油はミスト状であり、何もなければ容易にサンプ室45から周囲に逃散してしまう。これを防ぐべくラビリンスシール等を利用しうるが、さらに加圧空気により加圧室47を加圧してサンプ室45からの潤滑油の逃散を防止する。圧を逃がすべくベントライン49が加圧室47に連結しており、これはさらに前述のエア−オイルセパレータ33に流体連通し、これを介して潤滑油ラインと連結している。また、ベントライン49は、圧を逃がすと共に、他の部位への潤滑油の流れ込みを抑えるために、余分な潤滑油を逃がす機能を有している。このため、ベントライン49の流路面は、潤滑油およびそのミストを含む空気に曝される。
【0035】
ガスタービンにおいて、潤滑油は例えば
図4のごとき潤滑油ラインにより循環する。かかる図において、説明の便宜のために、ベアリングとサンプ室との組み合わせは一のみが示されているが、潤滑油ラインは他のベアリングおよびサンプ室にも接続されている。
【0036】
図4を参照するに、潤滑油ラインは、潤滑油が通過する流路部品として、例えば、エア−オイルセパレータ33と、サンプ室45と、ベントライン49と、タンク51と、供給ライン53と、ポンプPと、熱交換器55と、スカベンジライン57と、リカバリライン59とを備える。サンプ室45は、通常、熱交換器55とスカベンジライン57との間に介在し、ベントライン49およびエア−オイルセパレータ33は、サンプ室45とリカバリライン59との間に介在する。
【0037】
タンク51に貯留された潤滑油は、ポンプPにより供給ライン53を経由して引き出され、熱交換器55を通ってサンプ室45に供給される。熱交換器55においては、潤滑油と例えば燃料Fとの間で熱交換が行われ、潤滑油の温度が調整されるとともに燃料Fが予熱される。
【0038】
サンプ室45においてベアリング29を潤滑した後の潤滑油は、概してスカベンジライン57を通ってタンク51に回収される。これと並行して、サンプ室45からベントライン49を通って取り出された加圧空気にも、既に述べた通り、潤滑油がミスト状になって含まれている。潤滑油のミストを含む加圧空気は、エア−オイルセパレータ33に導入され、空気Aと潤滑油とに分離される。空気Aはエア−オイルセパレータ33から外気に放出され、潤滑油はリカバリライン59を通ってタンク51に回収される。
【0039】
潤滑油およびそのミストを含む空気は、ベアリング29を潤滑する際に加熱され、定常時において350〜400℃の程度であり、一時的には450℃程度に達しうるであろう。かかる潤滑油は、タンク51を経由して熱交換器55に導入される時点においても燃料Fを予熱するに十分な高温を保つ。すなわち潤滑油ラインの全体が高温であり、デポジットが発生してその内部に付着する懸念を有する。本実施形態による被膜は、かかる潤滑油ラインの内面を被覆することにより、デポジットの付着を抑制するに好適である。すなわち、本実施形態による被膜は、潤滑油が通過する流路部品における300ないし450℃程度に曝されると共に、潤滑油に接する面を覆うことにより、デポジットの付着を抑制するに好適である。
【0040】
特にサンプ室からベントラインを経由してエア−オイルセパレータに達する部分は、潤滑油がミスト状になって空気と混合しているので、極めて酸化的な環境にあり、デポジットが発生し易いので、その抑制の目的で本実施形態による被膜を適用するに特に好適である。
【0041】
すなわち、本実施形態による被膜を適用する流路部品は、潤滑油でベアリングを潤滑するサンプ室およびサンプ室と通じており、潤滑油を逃がすベントラインよりなる群より選択された何れか一以上であることが好ましい。また、本実施形態による被膜は、サンプ室およびベントラインにおける300ないし450℃に曝され、潤滑油に接する面のみを覆うようにしてもよい。
【0042】
潤滑油およびそのミストを含む高温の空気と接するサンプ室の壁面の温度、ベントラインの流路面の温度は、300ないし450℃程度に達しうる。サンプ室の壁面は、潤滑油のミストが付着して薄膜を形成するので、デポジットがより発生し易くなる。サンプ室の壁面を本実施形態の被膜で覆うことにより、デポジットの付着を抑制できるので、ベアリングの潤滑の阻害を防止することが可能となる。また、ベントラインは、圧を逃がすと共に、余分な潤滑油を逃がす機能を有しているので、ベントラインの流路面は、デポジットがより発生し易くなる。ベントラインの流路面を本実施形態の被膜で覆うことにより、デポジットの付着を抑制できるので、流路の閉塞を防止することが可能となる。
【0043】
また上述と類似の環境は過給機においても見出される。すなわち、幾つかの種類の過給機においては、過給機のシャフトを支持するベアリングを潤滑する目的で、潤滑油を循環する潤滑油ラインが設けられ、潤滑油ライン上に設けられたオイル溜りに、かかるベアリングが収容される。かかる潤滑油ライン、特に、オイル溜りは300ないし450℃程度に達するので、本実施形態による被膜を適用するに好適である。
【0044】
本実施形態は、ニッケルないしニッケル−リン合金−PTFE複合被膜が、300ないし450℃程度においてデポジットの形成を抑制するという属性を発見し、かかる属性の発見に基づき上述の用途への使用に適することを見出したことに基づくものである。ガスタービンまたは過給機の潤滑油が通過する流路部品は、300ないし450℃程度に曝され、潤滑油に接する面を覆い、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子とを含む被膜を備えている。ただしガスタービンまたは過給機の潤滑油ラインへの使用は、用途の一例に過ぎず、300ないし450℃程度であって潤滑油のごとき油に曝露される何れの機械装置にも、本実施形態は適用することができる。
【0045】
なお、かかる被膜は、デポジットを抑制する目的でサンプ室およびベントラインを含む潤滑油ラインの内面を被覆するのであって、潤滑あるいは摩耗の低減の目的でベアリングないしレースを被覆するのではないことに注意を要する。潤滑油ラインの内面は概して摩擦を受けるわけではない。
【0046】
本実施形態による被膜は、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子とを含んでいる。また、本実施形態による被膜は、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)よりなる粒子と、よりなることが好ましい。ニッケルまたはニッケル−リン合金は、ニッケルが含まれていることから、主に、潤滑油に含まれる油分の炭化反応を抑制して、酸化物(スラッジ)や炭化物の生成を抑える機能を有している。
【0047】
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)よりなる粒子は、主に、撥油性を高めて、潤滑油の付着を抑制する機能を有している。被膜の撥油性が低い(濡れ性が良い、接触角が小さい)場合には、被膜表面に潤滑油が広く拡散して付着量が多くなるので、酸化物(スラッジ)や炭化物の生成量が多くなる。これに対して、被膜の撥油性が高い(濡れ性が悪い、接触角が大きい)場合には、被膜表面に潤滑油が広く拡散し難くなり付着量が少なくなるので、酸化物(スラッジ)や炭化物の生成量が少なくなる。
【0048】
このように、本実施形態による被膜によれば、被膜表面の撥油性を高くして潤滑油の付着量を低減すると共に、被膜表面に付着した潤滑油に含まれる油分の炭化反応を抑えることにより、デポジットの発生を抑制可能となる。また、後述する本実施形態の被膜の熱分析評価で示すように、本実施形態の被膜は、300ないし450℃程度の温度範囲では被膜構造の変質が殆どなく、被膜に含まれるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)が軟化した場合でもニッケルないしニッケルーリン合金で保持されるので、300ないし450℃程度の温度範囲において適用可能である。被膜の膜厚については、例えば、5μmから20μmとすることが可能である。かかる被膜の形成には公知の技術を利用することができ、例えば無電解複合めっき法が利用できる。無電解複合めっき法によれば、その手順は以下の通りである。
【0049】
対象の潤滑油ライン部品となる流路部品には、予め適宜の脱脂および酸洗がなされる。また対象面以外にめっきがなされないよう、対象面以外の表面をマスキング等によりシールしておくことが好ましい。
【0050】
めっき液は、ニッケル無電解めっきに利用される公知のものであって、例えば次亜リン酸および硫酸ニッケルないし塩化ニッケルを含む水溶液である。
【0051】
PTFEよりなる粒子は、予め準備される。その粒径は1μm以下であり、好ましくは0.2ないし0.5μmであり、その形状は球形ないし球形に近い不定形である。かかる粒子は、界面活性剤中に懸濁されてコロイドを成している。
【0052】
なお、めっき液、PTFEコロイド液ともに市販のものを利用することができる。
【0053】
かかるPTFEコロイド液をめっき液に混合する。この混合比は、被膜におけるPTFEとニッケルないしニッケル−リン合金との組成比を支配する。目的とする組成比に応じて混合比を調整する。
【0054】
混合液は、めっき槽中において例えば85ないし88℃に保温する。加熱は、粒子の変質や凝縮を防止するべく、局部加熱を回避しうる手段によるのが好ましく、その一例は蒸気ヒータである。またPTFE粒子がめっき面に均一に到達するのを促すべく、めっき浴は攪拌棒等によりごく穏やかに攪拌する。
【0055】
対象の流路部品は、保温された混合液中に浸漬される。これらの流路部品は鉄族元素を含む合金(例えば、鉄を含むアルミニウム合金、ステンレス鋼等の鉄合金)よりなり、それ自体が触媒となって次亜リン酸の脱水素を促し、生じた水素がニッケルイオンを還元してニッケルめっきが成される。次亜リン酸も還元を受けてリンを生じ、通常、このリンはニッケルとの間で合金を作るが、このこと自体は本発明において本質ではない。ニッケル単体のめっきでもよく、あるいは他の元素との合金めっきでもよい。
【0056】
PTFE粒子は、かかるニッケルめっき中に巻き込まれ、以ってニッケルないしニッケル−リン合金−PTFE複合めっき被膜が流路部品上に形成される。被膜中におけるPTFE粒子の体積比率は、めっき液へのPTFEコロイド液の混合比に依存するが、50体積%を超えないことが好ましい。すなわちニッケルないしニッケル−リン合金がマトリックスであり、これにPTFE粒子が分散している。
【0057】
被膜は、被膜中の体積比率が0体積%より大きく40体積%以下のPTFE粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。被膜中のPTFE粒子の体積比率が0体積%より大きいのは、被膜中にPTFE粒子を含有させて撥油性を高めるためである。被膜中のPTFE粒子の体積比率が40体積%以下であるのは、40体積%を超えると相対的にニッケルの含有量が減るので潤滑油に含まれる油分の炭化反応の反応抑制効果の低下が大きくなり、シリコーン系耐熱塗料等よりもデポジットの抑制効果が低下する可能性があるからである。
【0058】
被膜は、被膜中の体積比率が10体積%以上40体積%以下のPTFE粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることがより好ましい。被膜中のPTFE粒子の体積比率が10体積%以上であるのは、撥油性が大きく向上するからである。また、被膜中のPTFE粒子の体積比率が10体積%より小さいと、撥油性が低下して、シリコーン系耐熱塗料等よりもデポジットの抑制効果が低下する可能性があるからである。
【0059】
被膜は、被膜中の体積比率が30体積%以上35体積%以下のPTFE粒子を含み、残部がニッケルないしニッケルーリン合金からなることが更に好ましい。被膜中のPTFE粒子の体積比率が30体積%以上であるのは、撥油性を更に高めることができるからである。また、被膜中のPTFEの体積比率が35体積%以下であるのは、炭化反応の反応抑制効果をより高めることができるからである。なお、被膜には、微量の不可避的不純物が含まれていてもよい。
【0060】
本実施形態による被膜の効果を検証する目的で、パネルコーキング試験による比較を行った。パネルコーキング試験は、例えば非特許文献4において解説されているごとく、潤滑油の清浄性を評価する技術分野において周知の試験であって、
図5に例示した装置を利用する。
【0061】
図5を参照するに、パネルコーキング試験装置は、斜めに傾けられた直方体の槽61を備え、試料油Lはかかる槽61に適量貯留される。槽61中において試料油Lの油面より上方は空気である。試料油Lを加熱できるよう、槽61の例えば下面にはヒータ63が設置される。
【0062】
槽61中には試料油Lをはねかけるためのスプラッシャ65が挿入されており、その軸67が槽61外に引き出され、軸67を駆動してスプラッシャ65を回転させることができるようになっている。軸67から径方向に突出した複数のワイヤ69が試料油Lに半ば浸っており、スプラッシャ65が回転することにより、ワイヤ69が順次試料油を試験片Tにはねかけるようになっている。
【0063】
試験片Tは、槽61の上面を覆うように設置され、ヒータ71と共に、クランプ73により槽61に固定することができる。その他、試料油L中、および試験片Tに密着するように、それぞれ熱電対のごとき温度測定装置が設置される。
【0064】
比較材として被膜を有さないアルミニウム板、実施例1として10−15体積%のPTFEを含むニッケル−リン合金−PTFE複合めっき被膜を有するもの、実施例2として30−35体積%のPTFEを含むもの、実施例3として40体積%のPTFEを含むもの、を試験片として、パネルコーキング試験を行った。
【0065】
実施例1から3の被膜については、無電解複合めっき法によりニッケル−リン合金−PTFE複合めっき被膜を形成した。また、実施例1から3の被膜については、いずれもアルミニウム板(鉄を含む)に被覆した。実施例1の被膜は、被膜中の体積比率が10体積%から15体積%のPTFE粒子を含み、残部がニッケルーリン合金から構成されている。実施例2の被膜は、被膜中の体積比率が30体積%から35体積%のPTFE粒子を含み、残部がニッケルーリン合金から構成されている。実施例3の被膜は、被膜中の体積比率が40体積%のPTFE粒子を含み、残部がニッケルーリン合金から構成されている。
【0066】
ヒータ63により試料油Lを100℃に、ヒータ71により試験片を350℃にそれぞれ加温し、スプラッシャ65を回転することにより試験片に試料油をはねかけた。スプラッシャ65の回転は間歇的であり、試験片が試料油の飛沫を15秒間浴びた後、45秒間休止するサイクルを繰り返した。試料油はエステル油であり、試験時間は6時間であった。試験後に試験片を取り出し、外観を観察し、付着したデポジットの質量を測定した。
【0067】
いずれの試験片においても、その内面の全面にデポジットが確認された。
図6は、試験結果であって、横軸はデポジットの質量である。被膜のない比較材においては、150mgを超えるデポジットが付着したが、実施例1ないし3では、デポジットはいずれもその半分以下であった。すなわち本実施形態の被膜ではデポジットの発生を抑制する効果が顕著である。
【0068】
実施例1から3の被膜は、撥油性と、炭化反応の反応抑制効果とを備えており、デポジットの発生を抑制する効果が顕著であることが明らかとなった。また、実施例1から3の被膜では、実施例2の被膜が最もデポジットの付着量が少なかったことから、実施例2の被膜が最もデポジットの発生を抑制する効果が高いことがわかった。
【0069】
実施例1、2の被膜におけるデポジットの付着量の関係から、PTFEの体積比率が30−35体積%より小さくなると、被膜の撥油性が低下することによりデポジットの付着量が多くなり、デポジット発生の抑制効果が低下することが明らかとなった。
【0070】
更に、実施例2、3の被膜におけるデポジットの付着量の関係から、PTFEの体積比率が30−35体積%より大きくなると、相対的にニッケルーリン合金の体積比率が小さくなることにより、被膜における炭化反応の反応抑制効果が低下して、デポジット発生の抑制効果が低下することがわかった。
【0071】
また比較例として、PTFEのみよりなる被膜を有する試験片もパネルコーキング試験に供した。この例では試料油はTEXACO5W30の商品名で市販されるものであって、一定期間使用されたものである。試料油を100℃に、試験片を230℃にそれぞれ加温し、試験時間を24時間とした。
図7はその試験結果である。被膜のない比較材に比べ、PTFE被膜を有する比較例のほうが多量のデポジットが付着した。
【0072】
次に、参考例として、シリコーン系耐熱塗料を施した試験片もパネルコーキング試験に供した。シリコーン系耐熱塗料については、2種類評価した。参考例1では、シリコーン樹脂に、顔料としてアルミニウム粉末を添加したシリコーン系耐熱塗料を用いた。参考例2では、シリコーン樹脂に、顔料としてアルミニウム粉末と、ニッケル粉末と、コバルト粉末と、を添加したシリコーン系耐熱塗料を用いた。参考例1、2の被膜については、アルミニウム板に各シリコーン系耐熱塗料を塗布した後、400℃で2時間焼成して形成した。なお、パネルコーキング試験の試験条件については、上記の実施例1から3の被膜の試験条件と同じである。
【0073】
図8は、参考例1、2の被膜と、本実施形態による実施例1から3の被膜とを比較したものである。参考例1、2の被膜は、実施例1から3の被膜よりもデポジットの付着量が大きかった。この結果から、実施例1から3の被膜は、シリコーン系耐熱塗料からなる被膜よりもデポジットの抑制効果が認められた。すなわち、被膜が、被膜中の体積比率が10体積%以上40体積%以下のPTFE粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなる場合には、シリコーン系耐熱塗料からなる被膜よりもデポジットの抑制効果が高くなることがわかった。
【0074】
以上の試験結果から、被膜中のPTFE粒子の体積比率は、0体積%より大きく40体積%以下であることが好ましく、10体積%以上40体積%以下であることがより好ましく、30体積%以上35体積%であることが更に好ましいことがわかった。
【0075】
次に、パネルコーキング試験前の実施例2の被膜について、熱分析を行った。熱分析については、示差熱―熱重量分析(TG−DTA分析)と、熱重量―赤外分光分析(TG−IR分析)とを行った。TG−IR分析については、TG−DTA分析と同時に行い、排出ガスを測定した。なお、これらの分析については、大気雰囲気中、常温から900℃まで一定の昇温速度で昇温して測定した。
【0076】
図9は、TG−DTA分析による測定結果を示すグラフである。
図10は、TG−IR分析による測定結果を示すグラフである。
図9に示すDTA曲線では、約650℃以上で発熱反応が進行し、約700℃から750℃で大きな発熱ピークが認められた。
図9に示すTG曲線では、発熱反応の進行に伴って、約700℃から750℃で僅かな重量減少が認められた。
図10のAbs(CFbond)で示すIR曲線では、約700℃から750℃で大きなピークが認められた。発熱反応が進行する温度域で生じる排出ガスの成分には、C−F結合が増加しており、この重量減少は、被膜に含まれるPTFEの熱分解等の変質によるものと考えられる。
【0077】
この結果から、本実施形態の被膜は、600℃以下では、被膜構造の変質が殆どなく、本実施形態の被膜に含まれるPTFEの熱分解等も殆ど生じないことがわかった。したがって、本実施形態の被膜は、300ないし450℃程度で適用可能であることを確認した。
【0078】
本実施形態による被膜は、ニッケルないしニッケルーリン合金に含まれるニッケルにより潤滑剤に含まれる油分との炭化反応を抑制すると共に、PTFE粒子により撥油性を高めて潤滑油の付着を抑えることにより、デポジットの発生を抑制しうる。このため、かかる被膜が、ガスタービンまたは過給機における流路部品における300ないし450℃程度に曝され、潤滑油と接する面を覆うことにより、流路部品のデポジットの発生およびその付着を抑制する用途に適することは明らかである。また、かかる被膜が、300ないし450℃程度において潤滑油に曝される機器の潤滑油に接する面を覆うことにより、このような機器のデポジットの発生およびその付着を抑制可能なことも明らかである。
【0079】
次に、本実施形態の被膜を適用する車両用(例えば、自動車用)等の過給機の流路部品について説明する。
図11は、過給機81の構成を示す図である。
図11に示す過給機81において、コンプレッサ側は左方に示されており、タービン側は右方に示されている。
【0080】
過給機81は、ベアリングハウジング83を備えている。ベアリングハウジング83には、複数のベアリング85a、85b、85cと、ベアリング85a、85b、85cに支持され、コンプレッサインペラ87とタービンインペラ89とを一体的に連結するシャフト(ロータ軸)91と、が配置されている。また、ベアリングハウジング83は、ベアリング85a、85b、85cと、シャフト(ロータ軸)91と、が摺動する部位に潤滑油を給油し、ベアリングハウジング83の外に潤滑後の潤滑油を排油する潤滑油路構造を備えている。このように、ベアリングハウジング83は、潤滑油が通過する流路部品としての機能を有している。
【0081】
潤滑油路構造は、潤滑油を取り入れるための給油口93と、給油口93と連通し、ベアリング85a、85b、85cに潤滑油を給油するための給油路95a、95b、95cと、を有している。また、潤滑油路構造は、ベアリング85a、85b、85cを潤滑した潤滑後の潤滑油を排油するための排油路97と、排油路97と連通して設けられ、ベアリングハウジング83の外に潤滑後の潤滑油を排油するための排油口99と、を有している。なお、排油口99から排油された潤滑油は、図示しない潤滑油ポンプにより、再び、給油口93から取り入れられる。このように、過給機81は、シャフト(ロータ軸)91を支持するベアリング85a、85b、85cを潤滑するために、潤滑油を送給し、循環する潤滑油ラインを備えている。
【0082】
給油路95a、95b、95cは、給油口93から給油される潤滑油や、ベアリング85a、85b、85cを潤滑する際の潤滑油のミストを含む空気に曝される。また、給油路95a、95b、95cは、ベアリング85a、85b、85cの近傍に形成されているので、ベアリング85a、85b、85cの発熱等により、給油路95a、95b、9の潤滑油と接する面の温度が、300ないし450℃程度に達する。このように、給油路95a、95b、95cは、高温で酸化的な環境にある。
【0083】
給油路95a、95b、95cにおける300ないし450℃程度に曝され、潤滑油と接する面に、本実施形態による被膜を被覆することにより、給油路95a、95b、95cの内面にデポジットの付着を抑制することができる。これにより、給油路95a、95b、95cのデポジットによる油路閉塞を防止して、ベアリング85a、85b、85cに潤滑油を給油することが可能となる。
【0084】
なお、車両用(例えば、自動車用)等の過給機における本実施形態の被膜を適用する流路部品としてベアリングハウジングについて説明したが、これに限定されることなく、タービン側における潤滑油が通過する流路部品等に適用することも可能である。エンジンからの排気が供給されるタービン側の流路部品等では、300ないし450℃程度に達し、排気に含まれる潤滑油と接する面に、デポジットが形成され易いからである。
【0085】
好適な実施形態により本発明を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。上記開示内容に基づき、当該技術分野の通常の技術を有する者が、実施形態の修正ないし変形により本発明を実施することが可能である。