(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6316462
(24)【登録日】2018年4月6日
(45)【発行日】2018年4月25日
(54)【発明の名称】ポリアリーレンスルフィドの重合方法
(51)【国際特許分類】
C08G 75/0295 20160101AFI20180416BHJP
C08G 75/025 20160101ALI20180416BHJP
【FI】
C08G75/0295
C08G75/025
【請求項の数】10
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2017-1902(P2017-1902)
(22)【出願日】2017年1月10日
(65)【公開番号】特開2017-125190(P2017-125190A)
(43)【公開日】2017年7月20日
【審査請求日】2017年1月10日
(31)【優先権主張番号】62/277,091
(32)【優先日】2016年1月11日
(33)【優先権主張国】US
(31)【優先権主張番号】15/381,684
(32)【優先日】2016年12月16日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】390023582
【氏名又は名称】財團法人工業技術研究院
【氏名又は名称原語表記】INDUSTRIAL TECHNOLOGY RESEARCH INSTITUTE
(74)【代理人】
【識別番号】100116872
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 和子
(72)【発明者】
【氏名】何 柏賢
(72)【発明者】
【氏名】林 志祥
(72)【発明者】
【氏名】陳 孟▲きん▼
(72)【発明者】
【氏名】范 正欣
(72)【発明者】
【氏名】高 信敬
(72)【発明者】
【氏名】張 義和
【審査官】
中村 英司
(56)【参考文献】
【文献】
特開平05−178993(JP,A)
【文献】
国際公開第1995/023148(WO,A1)
【文献】
特開2010−059159(JP,A)
【文献】
特表2013−523756(JP,A)
【文献】
特開昭50−029511(JP,A)
【文献】
特開平05−239213(JP,A)
【文献】
特開平10−182823(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 75/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)のポリアリーレンスルフィドを作製する方法であって、
下式(2)によるメチル4−(アリールチオ)アリールスルホキシド化合物を硫酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、pトルエンスルホン酸、またはトリフルオロメタンスルホン酸と反応させてポリスルホニウム(polysulfonium)中間体を得る工程と、
前記ポリスルホニウム中間体を脱メチル化してポリアリーレンスルフィドを得る工程と、を含み、
前記ポリスルホニウム中間体がHCl、HBr、またはHI水溶液で脱メチル化される、方法。
【化1】
【化2】
(式中、Ar
1およびAr
2は、同じまたは異なるアリール基であり、nは1から1000の整数である。)
【請求項2】
前記ポリアリーレンスルフィドがポリフェニレンスルフィドである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記メチル4−(アリールチオ)アリールスルホキシド化合物がメチル4−(フェニルチオ)フェニルスルホキシドである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記ポリスルホニウム中間体が有機溶媒中で脱メチル化される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記有機溶媒が、ケトン類、ニトリル類、スルホン類およびアミド類からなる群より選ばれる少なくとも1つである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記方法が、副生成物として塩廃棄物(salty waste)を生じない、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記塩廃棄物がピリジニウム塩である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記ポリアリーレンスルフィドを作製するのに精製ステップが必要ない請求項1に記載の方法。
【請求項9】
副生成物を収集して再利用する工程をさらに含む請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記副生成物が、硫酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、CH3Cl、CH3Br、およびCH3Iからなる群より選ばれる少なくとも1つである、請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、2016年1月11日に出願された米国仮特許出願第62/277,091号について米国特許法119条(e)に基づく利益を主張し、その内容が参照として本出願に明示的に援用される。
【0002】
本技術分野は、ポリアリーレンスルフィド(polyarylene sulfide)を作製する方法に関する。
【背景技術】
【0003】
ポリアリーレンスルフィド(PAS)、特にポリフェニレンスルフィド(PPS)は、低密度であるため、電子および自動車産業における金属と比べて、良好な機械特性ならびに優れた耐熱性および耐薬品性を備える材料である。またPASは、フィルタ、コネクタ、コーティング材料、および電子部品における紡糸に有用である。従来技術において、PASは、モノマーとしての硫化ナトリウムおよびp−ジクロロベンゼンを反応させることにより作製されている。PAS樹脂中には大量のハロゲン化アルカリ金属の副生成物が存在するため、PAS樹脂にはいくつかの精製工程が要される。しかし、塩廃棄物の除去による精製は、PAS樹脂の製造コストを高め、質を低下させ、かつ製造効率を低減させてしまう。
【0004】
特許文献1は、ポリスルホニウム(polysulfonium)中間体の作製を開示しており、これは、トリフルオロメタンスルホン酸中でメチル4−(フェニルチオ)フェニルスルホキシドを反応させてから、ピリジンによりポリスルホニウム中間体を脱メチル化して、副生成物としてのピリジニウム塩を有する中性のPAS樹脂を得るというものである。この反応およびスキームは以下に示されている。
【0005】
【化1】
【0006】
しかしながら、ピリジニウム塩のような塩廃棄物(salty waste)の副生成物の生成は好ましくなく、具体的に言うと、塩廃棄物の副生成物によって、PAS樹脂を精製するための追加の工程が必要となるため、コストが高まることになる。加えて、塩廃棄物の副生成物は環境に優しくない。よって、業界全体において、塩副生成物なしにポリアリーレンスルフィドを作製する方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7−304872号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
業界全体において、塩副生成物なしにポリアリーレンスルフィドを作製する方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の実施形態は、塩廃棄物なしにPASを作製する方法に関する。
【0010】
第1の実施形態は、式(1)のポリアリーレンスルフィドを作製する方法であって、下式(2)によるメチル4−(アリールチオアリールチオ)アリールスルホキシドを硫酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、pトルエンスルホン酸、またはトリフルオロメタンスルホン酸と反応させてポリスルホニウム(polysulfonium)中間体を得る工程と、ポリスルホニウム中間体を脱メチル化してポリアリーレンスルフィドを得る工程と、を含み、ポリスルホニウム中間体がHCl、HBr、またはHI水溶液で脱メチル化される、方法に関する。
【0011】
【化2】
【0012】
【化3】
【0013】
式中、Ar
1およびAr
2は、同じまたは異なっていてよいアリール基であり、nは2から1000の整数である。
【0014】
本開示の実施形態のさらなる適用の範囲が、以下に記載される詳細な説明により明らかとなるであろう。しかしながら、この詳細な説明から、当業者には、本開示の実施形態の精神および範囲内の各種変更および修飾は明らかとなるであろうことより、本開示の別の実施形態をも示す、詳細な説明および特定の実施例は、単に例として記載されている、ということが理解されなければならない。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、塩廃棄物を生じることなくポリアリーレンスルフィド(PAS)を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
単に例として記載され、よって本開示の実施形態を限定しない、以下の詳細な記載および添付の図面から、本開示の実施形態をより十分に理解することができるであろう。
【
図1】実施例で作製されたポリフェニレンスルフィドの示差走査熱量測定(DSC)スペクトルである。
【
図2】実施例で作製されたポリフェニレンスルフィドの赤外(IR)スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下の詳細な記載においては、説明の目的で、本開示の実施形態が十分に理解されるよう多数の特定の詳細が記載される。しかし、これらの特定の詳細がなくとも、1つまたは複数の実施形態が実施可能であることは明らかであろう。本発明概念は、本明細書に記載された例示的な実施形態に限定されることなく、様々な形式で具体化され得る。
【0018】
本開示の実施形態は、ポリアリーレンスルフィドを作製する方法に関する。
【0019】
ポリアリーレンスルフィドは下記の式(1)による構造を有する。
【0021】
式中、Ar
1およびAr
2は同じまたは異なっていてよいアリール基であって、フェニル基、ビフェニル基、ナフチル基、チエニル基、トリル基、キシリル基、インドリル基、テトラヒドロナフチル基、フェナントレニル(phenanthrenyl)基、ビフェニレニル(biphenylenyl)基、インデニル基、アントラセニル基、またはフルオレニル基であり得る。アリール基は、単環(single ring)、2つの縮合環(fused rings)、または3つの縮合環を有していてよい。例えば、アリール基はフェニルまたはビフェニル基であり得る。よって、ポリアリーレンスルフィドはポリフェニレンスルフィドであり得る。
【0022】
nは1から1000または2から1000の整数である。
【0023】
ポリアリーレンスルフィドの作製の第1のステップは、メチル4−(アリールチオ)アリールスルホキシド化合物を酸と反応させる工程を含む。メチル4−(アリールチオ)アリールスルホキシド化合物は、下記の式(2)による構造を有する。
【0025】
式中、Ar
1およびAr
2は同じまたは異なっていてよいアリール基であって、フェニル基、ビフェニル基、ナフチル基、チエニル基、トリル基、キシリル基、インドリル基、テトラヒドロナフチル基、フェナントレニル基、ビフェニレニル基、インデニル基、アントラセニル基、またはフルオレニル基であり得る。アリール基は、単環、2つの縮合環、または3つの縮合環を有していてよい。例えば、アリール基はフェニルであり得る。メチル4−(アリールチオ)アリールスルホキシドはメチル4−(フェニルチオ)フェニルスルホキシドであり得る。
【0026】
酸は、硫酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、pトルエンスルホン酸、またはトリフルオロメタンスルホン酸であり得る。
【0027】
約0から25℃、約0.5atmから1.5atmの環境下、メチル−4−(フェニルチオ)フェニルスルホキシドを適量はかり取り、スルホン酸を溶媒とし、反応中にゆっくりと滴下して加えることができる。反応は約0℃から25℃で約0.5から1.5時間続き得る。次いで、温度を約20℃から50℃(例えば、約25℃)まで上げ、反応を約4時間から72時間(例えば約10時間から30時間)引き続き進行させることができる。完了後、白色の固体をエタノール中で再結晶させることができる。1実施形態として、メチル4−(アリールチオ)アリールスルホキシドと酸を約0℃で約1時間反応させてから、反応の温度を約25℃まで上げて約20時間反応させることができる。
【0028】
メチル4−(アリールチオ)アリールスルホキシドを酸と反応させると、ポリスルホニウム中間体が得られる。ポリスルホニウム中間体は、下記の式(3)による構造を有し得る。
【0030】
式中、Ar
1およびAr
2は同じまたは異なっていてよいアリール基であって、フェニル基、ビフェニル基、ナフチル基、チエニル基、トリル基、キシリル基、インドリル基、テトラヒドロナフチル基、フェナントレニル基、ビフェニレニル基、インデニル基、アントラセニル基、またはフルオレニル基であり得る。アリール基は、単環、2つの縮合環、または3つの縮合環を有していてよい。1実施形態では、アリール基はフェニル基であり得る。
【0031】
nは1から1000または2から1000の整数である。
【0032】
Yは、HSO
4−、CH
3SO
3−、PhSO
3−、p−tolSO
3−、またはCF
3SO
3−のようなアニオンで表される。
【0033】
次のステップで、ポリスルホニウム中間体を脱メチル化してポリアリーレンスルフィドを得る。
【0034】
HCl、HBr、またはHI水溶液でポリスルホニウム中間体を脱メチル化することができる。この点について、脱メチル化に用いられる酸の酸性度を、ポリスルホニウム中間体を得るために用いられる酸よりも強くすることができる。
【0035】
ポリスルホニウム中間体を有機溶媒中で脱メチル化することができる。有機溶媒は、ケトン類、ニトリル類、スルホン類およびアミド類からなる群より選ばれる少なくとも1つであってよい。1実施形態において、有機溶媒は、水との混合溶媒であってよい。別の実施形態では、有機溶媒は、水およびアセトンの混合溶媒であってよい。
【0036】
白色のポリスルホニウムの固体を、混合溶媒(適度な比率の水と有機溶媒)中に溶解し、塩酸中にゆっくりと注ぎ入れることができる。室温で8から72時間反応を進行させ続けると、薄茶色の粉末状生成物が得られる。1実施形態では、室温で反応を24時間進行させることができる。室温は約18〜25℃と定義される。
【0037】
本開示の実施形態は、下記の反応スキームに表される。
【0039】
本開示の実施形態の反応スキームの1例を以下に示す。メチル4−(フェニルチオ)フェニルスルホキシドを硫酸と反応させてポリスルホニウム中間体を得てから、ポリスルホニウム中間体を塩酸水溶液により脱メチル化して、副生成物としての塩廃棄物なしに中性のPAS樹脂を得る。
【0041】
この反応スキームにおいては、ポリスルホニウム中間体の脱メチル化に、求核剤として塩酸水溶液(aqueous hydrochloric acid)を用い、高収率でポリアリーレンスルフィド(PAS)を得ると共に、副生成物としての気体状塩化メチルを得る。
【0042】
上記反応スキームに示されるように、モノマーのスルホキシド基がプロトン化されて、カチオン性ヒドロキシスルホニウム基(hydroxysulfonium group)が生成され、芳香環のπ電子が求電子置換反応の発生に寄与する。その結果、スルホニウム基を有する可溶性のポリカチオン性ポリマーが作製される。解離定数の高いHCl水溶液を求核剤として用い、ポリカチオン性ポリマーのスルホニウム基上のメチル基を除去することで、塩廃棄物なしに、気体状の副生成物、CH
3Clが得られる。
【0043】
特開平7−304872号の反応スキームに示されるように、塩廃棄物はピリジニウム塩であり得る。塩廃棄物の他の例としては、アルカリ金属ハロゲン化物およびアルカリ土類金属ハロゲン化物があげられる。本開示の実施形態は、副生成物として塩廃棄物を生じない。
【0044】
従来の方法と比較して、本開示の実施形態では、硫酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、CH
3Cl、CH
3Br、およびCH
3Iよりなる群から選ばれる少なくとも1つであり得る副生成物が生成される。しかし、従来の方法とは異なり、本開示の実施形態の副生成物、CH
3Cl、CH
3Br、およびCH
3Iは気体である。したがって、副生成物であるCH
3Cl、CH
3Br、およびCH
3Iは容易にバブリングにより追い出すことができるため、本開示の実施形態の方法は、さらなる工程または精製ステップが不要となり得る。この点に関し、副生成物を収集して再利用することもできる。真空中でのトラップによって、副生成物であるCH
3Cl、CH
3Br、およびCH
3Iを収集することができる。
【0045】
以下、例示的実施形態に関して本開示の実施形態が記述される。これら実施形態は、単に例示であり、かつ本出願の範囲を限定することを意図しないと解されるように記載されている。
【実施例】
【0046】
スキーム1−(1)に示されるポリカチオン性中間体の合成
【0047】
メチル−4−(フェニルチオ)フェニルスルホキシド1g(4mmol)を撹拌機付き10ml2口丸底フラスコ中に加え、0℃で97%スルホン酸5mlを反応中にゆっくり滴下して加えて反応させた。反応は0℃で約1時間続いた。次いで、温度を25℃まで上げ、反応を20時間進行させた。20時間経過後、その反応溶液をエタノール200ml中に注ぎ入れ、ポリスルホニウム中間体の白色の沈殿物(1.31g、100%)を得た。
【0048】
スキーム1−(2)に示されるPPSの合成
【0049】
その白色の沈殿物(1.31g)を混合溶媒(水40mlとアセトン20ml)中に溶解し、35%塩酸水溶液50ml中にゆっくり滴下した。室温で反応を24時間進行させ、薄茶色の粉末状生成物であるPPSを得た(0.8g、92%)。
【0050】
【化9】
【0051】
図1のDSCスペクトルによれば、PPSの融点(T
m)は267℃から280℃の間にあり、結晶化点(T
c)は211℃であった。
図2のIRスペクトルにおいて、主吸収ピークは3066、1572、1470、1387、809、1091、1093、および1008cm
−1にあった。
【0052】
本開示の実施形態に各種修飾および変化を加え得るということは、当業者には明らかであろう。明細書および実施例は単に例示として見なされるように意図されており、本発明の真の範囲は、以下の特許請求の範囲およびそれらの均等物によって示される。