特許第6318813号(P6318813)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 東洋紡株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6318813-MutS変異体を用いたPCR法 図000003
  • 特許6318813-MutS変異体を用いたPCR法 図000004
  • 特許6318813-MutS変異体を用いたPCR法 図000005
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6318813
(24)【登録日】2018年4月13日
(45)【発行日】2018年5月9日
(54)【発明の名称】MutS変異体を用いたPCR法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20180423BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20180423BHJP
【FI】
   C12Q1/68 AZNA
   C12N15/00 A
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-88050(P2014-88050)
(22)【出願日】2014年4月22日
(65)【公開番号】特開2015-204800(P2015-204800A)
(43)【公開日】2015年11月19日
【審査請求日】2017年1月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(72)【発明者】
【氏名】新井 康広
【審査官】 千葉 直紀
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/175815(WO,A1)
【文献】 Atsuhiro Shimada et al.,the FEBS Journal,2013年,280,p.3467-3479
【文献】 Ryuichi Kato et al.,J.Mol.Biol.,2001年,309,p.227-238
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS/REGISTRY(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
Science Direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を低減させ、かつ、ATPase活性部位を改変されたMutS変異体を反応液中に含む核酸増幅法。
【請求項2】
前記MutS変異体が、ATPase活性部位の極性アミノ酸残基を非極性アミノ酸残基または反対の極性を示すアミノ酸残基に改変したMutS変異体である請求項1に記載の核酸増幅方法。
【請求項3】
前記MutS変異体が、配列番号1に示されるアミノ酸における597、670および671番目に相当するアミノ酸からなる前記ATPase活性部位に関するアミノ酸のうち、少なくとも1つのアミノ酸の改変を有するMutS変異体である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
K597に相当する改変がK597M又はK597Aのアミノ酸置換であるMutSを用いる請求項3に記載の核酸増幅方法。
【請求項5】
D670に相当する改変がD670Aのアミノ酸置換であるMutSを用いる請求項3に記載の核酸増幅方法。
【請求項6】
E671に相当する改変がE671A、E671M、E671K又はE671Nのアミノ酸置換であるMutSを用いる請求項に記載の核酸増幅方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の核酸増幅方法に用いるための反応液組成物。
【請求項8】
以下の(a)〜(e)を含む請求項7に記載の反応液組成物。
(a)DNAポリメラーゼ
(b)一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に互いに相補的である一対のプライマー
(c)デオキシヌクレオチド三リン酸(dNTP)
(d)2価イオンおよび1価イオンを含むバッファー溶液、および
(e)ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を低減させたMutS変異体
【請求項9】
請求項7または8に記載の反応液組成物を含む試薬またはキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸増幅の分野に関する。さらに詳しくは、核酸増幅における非特異的反応産物の生成を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
DNAポリメラーゼを用いた鋳型核酸からのDNAの合成は、分子生物学の分野において、シーケンシング法や核酸増幅法等、様々な方法に利用・応用されている。中でも、核酸増幅法は、研究分野のみならず、遺伝子診断、親子鑑定といった法医学分野、あるいは、食品や環境中の微生物検査等において、既に実用化されている。
【0003】
核酸増幅法は現在までに様々な方法が開発されており、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法、Loop−Mediated Isothermal Amplification(LAMP)法、Transcriprtion Reverse Transcription Concerted Reaction (TRC)法、Nucleic Acid Sequence−Based Amplification (NASBA)法などの核酸増幅法が比較的一般に普及している。
【0004】
中でも、DNAの特異的配列の増幅に用いられるPCR法は、研究分野から応用分野に至るまで極めて幅広く普及している技術である。現在、PCR法は更なる開発が行われており、複数のプライマーを同時に増幅するMultiplexPCR法や、蛍光色素を用いて、PCRの増幅産物をリアルタイムで検出するリアルタイムPCR法など、様々な技術が存在する。これらの技術も、研究分野のみならず、法医学分野や食品、環境中の微生物検査等において、既に実用化されている。
【0005】
PCR法による遺伝子増幅方法は、標的核酸、4種類のデオキシヌクレオシド三リン酸、少なくとも一対のプライマー及びDNAポリメラーゼの存在下で、変性、アニーリング、伸長からなるサイクルを20〜50サイクル繰り返すことにより、上記一対のプライマーで挟まれる標的核酸の領域を指数関数的に増幅させる方法である。
【0006】
PCR法には、一対のプライマーで挟まれる標的核酸の領域を増幅することで、目的とする遺伝子配列を増幅できる特徴がある反面、プライマーが目的としない配列にハイブリダイズしてしまった場合(プライマーのミスマッチアニーリング)においても、その配列の増幅が起こり、非特異増幅が生じるという欠点がある。また、PCR中にプライマー同士が会合することで、プライマーダイマーが生じ、これが鋳型DNAとして働いて、非特異増幅産物が生成されるという欠点がある。そのため、PCRにおける課題は、非特異増幅を抑制し目的産物のみを増幅させることにある。
【0007】
非特異増幅を低減させる方法として、特許文献1ではPCRに耐熱性のMutS(MutSミスマッチ結合タンパク質(MutS DNA Mismatch−Binding Protein))を添加することで非特異増幅を低減させる方法が記載されている。また、非特許文献1ではThermus aquaticus由来のMutSを用いて等温増幅中の非特異増幅を低減したことが報告されている。これらの方法ではMutSが増幅時に生じるミスマッチ塩基対を認識し、結合することで、DNAポリメラーゼの作用を阻害することで、非特異的な増幅を防ぐことで、核酸増幅反応における非特異増幅を低減することができるとされている。
【0008】
しかしながら、MutSを添加した場合、非特異増幅以外の核酸増幅においても阻害が起こることがしばしば観察され、更なる改良が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】WO2013/175815
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Mitani,Y.et al. Nat Methods 4, 257−262(2007)
【非特許文献2】M.H.Lamers et al. The EMBO Journal 22, 746−756(2003)
【非特許文献3】G.Obmolova et al. Nature 407,703−710(2000)
【非特許文献4】Takamatsu,S et al. Nucleic AcidsRes 24,640−647(1996)
【非特許文献5】M.S.Junop et al. Molecular Cell 7,1−12(2001)
【非特許文献6】Yokoyama et al. Nature Struct. Biol. 7,943−945(2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は核酸増幅反応においてMutSの添加による増幅阻害を低減し、MutSの非特異的増幅反応の抑制の効果を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らはMutSを添加した核酸増幅反応で起こる阻害が、MutSによるヌクレオシド三リン酸の不活化が原因であることを示唆する結果を見出した。
この問題点を解決する方法を検討した結果、ATPase活性部位を改変したMutS変異体を用いることで、MutS添加による増幅阻害が低減することを見出し、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は以下の構成からなる。
[1]
ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を低減させたMutS変異体を反応液中に含む核酸増幅法。
[2]
前記MutS変異体が、ATPase活性部位を改変したMutS変異体である、[1]に記載の方法。
[3]
前記MutS変異体が、ATPase活性部位の極性アミノ酸残基を非極性アミノ酸残基または反対の極性を示すアミノ酸残基に改変したMutS変異体である、[1]または[2]に記載の方法。
[4]
前記MutS変異体が、配列番号1に示されるアミノ酸における597、670、および671番目に相当するアミノ酸からなる前記ATPase活性部位に関するアミノ酸のうち、少なくとも1つのアミノ酸の改変を有するMutS変異体である、[1]から[3]のいずれかに記載の方法。
[5]
K597に相当する改変がK597M又はK597Aのアミノ酸置換であるMutSを用いる、[4]に記載の方法。
[6]
D670に相当する改変がD670Aのアミノ酸置換であるMutSを用いる、[4]に記載の方法。
[7]
E671に相当する改変がE671A、E671M、E671K又はE671Nのアミノ酸置換であるMutSを用いる、[4]に記載の方法。
[8]
[1]から[7]のいずれかに記載の方法に用いるための反応液組成物。
[9]
以下の(a)〜(e)を含む、[8]に記載の反応液組成物。
(a)DNAポリメラーゼ
(b)一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に互いに相補的である一対のプライマー
(c)デオキシヌクレオチド三リン酸(dNTP)
(d)2価イオンおよび1価イオンを含むバッファー溶液、および
(e)ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を低減させたMutS変異体
[10]
[8]または[9]のいずれかに記載の反応液組成物を含む試薬またはキット。
【発明の効果】
【0014】
本発明によって、反応液の調製時および核酸増幅反応中に起こっているヌクレオシド三リン酸の不活化を防ぐことで、MutSによる増幅阻害を回避できる。さらに、MutSの非特異増幅低減効果を示す濃度範囲を拡張することができる。したがって、MutSを添加した試薬の調製を行いやすくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】Tth MutSのヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を評価した図である。
図2】Tth MutSのヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性の評価の妥当性を確認した図である。
図3】Tth MutS変異体のヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を評価した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の一態様は、ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を低減させたMutS変異体を反応液中に含む核酸増幅法である。
【0017】
本発明の核酸増幅法に用いる増幅系はPCR、LAMP、TRC、NASBAなどが挙げられるが特に限定されない。以下、PCR法を例にとり本願発明を説明するが、その他の増幅系への適用を排除するものではない。
【0018】
[1]定義・評価法など
本発明の核酸増幅法に用いるMutSとはDNAミスマッチ結合タンパク質であり、ミスマッチ塩基対を認識して結合するタンパク質である。
【0019】
本発明においてミスマッチ塩基対とは、ワトソン−クリック型塩基対以外はすべてミスマッチを意味する。
【0020】
本発明におけるヌクレオシド三リン酸とは、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、シチジン三リン酸(CTP)、ウリジン三リン酸(UTP)、デオキシアデノシン三リン酸(dATP)、デオキシグアノシン三リン酸(dGTP)、デオキシシチジン三リン酸(dCTP)、デオキシチミジン三リン酸(dTTP)、およびデオキシウリジン三リン酸(dUTP)などから選ばれる1または2種以上の混合物であるが、これに限定されない。
【0021】
本発明におけるMutSのヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性はPCRによって評価できる。例えば、鋳型となるDNA、緩衝材、マグネシウム、dNTPs、プライマー、DNAポリメラーゼおよび評価対象のMutS(1.8μM)を含むPCR反応液を用意し、このPCR反応液に対してすぐに熱サイクルを行うサンプル(A)と、この前記反応液を25℃で1時間放置してから熱サイクルを行うサンプル(B)との増幅量を比較することで確認することができる。サンプル(B)において増幅が確認できない場合、もしくはサンプル(A)と比較して増幅量が減少している場合、MutSがヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を有しているものとし、また、サンプル(A)とサンプル(B)とで同等の増幅量が確認できる場合、MutSはヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を有していないものとする。
【0022】
<MutSのヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性の評価方法>
本発明における「ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性」の評価は、以下の方法に従う。
KOD −Plus−(Toyobo社製)添付のBuffer、dNTPs、MgSO、酵素液(KOD −Plus−)を用い、1×PCR Buffer、および1.0mM MgSO、15pmolのプライマー(配列番号2および3)、20ngのヒトゲノムDNA(Roche社製)、および1UのKOD −Plus−を含む20μlを含む溶液を作製し、この溶液に、さらにMutS(1.8μM)を含む反応液と、MutSを含まない反応液とを用意する。前記反応液ですぐにPCRを行うサンプルと、室温で1時間静置してからPCRを行うサンプルを調製する。PCRは、94℃、1分の前反応の後、94℃、20秒→60℃、30秒→68℃、4分を40サイクル繰り返すスケジュールでPCR system GeneAmp9700(Applied Biosystem社)にて行う。反応終了後、MultiNA(島津製作所社製)のDNA−12000キットに供し増幅産物を確認する。MutS濃度が1.8μMの場合において、すぐに熱サイクルを行ったサンプルと1時間放置してから熱サイクルを行ったサンプルとの増幅量を比較することでMutSのヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を評価できる。
なお、本評価方法において、「MutSを含まない反応液」は、1時間放置することが増幅量に与える影響を排除するためのコントロールとして用いる。
【0023】
[2]核酸増幅法
本発明の核酸増幅法を実施するための反応液組成物の構成は、ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を低減させたMutS変異体を反応液中に含むほかは、特に限定されない。例えばPCR反応液であれば、耐熱性DNAポリメラーゼ、鋳型となる核酸、1種以上のオリゴヌクレオチドプライマー、1種以上のデオキシヌクレオチド三リン酸又は、デオキシヌクレオチド三リン酸の誘導体、緩衝剤、及び塩よりなる群のうち少なくとも1つを含有させればよい。
【0024】
核酸増幅法としてPCRを行う場合、反応液組成物として、以下の(a)〜(e)を含む構成が例示できるが、これに限定されない。
(a)DNAポリメラーゼ
(b)一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に互いに相補的である一対のプライマー
(c)デオキシヌクレオチド三リン酸(dNTP)
(d)2価イオンおよび1価イオンを含むバッファー溶液、および
(e)ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を低減させたMutS変異体
前記反応液組成物には、必要に応じて、さらに、その他の試薬類、たとえばPCR増強因子、BSA、非イオン界面活性剤などを含んでもよい。
【0025】
上記の構成を有する反応液は、試薬やキットの形態にすることができる。本発明の核酸増幅法を実行するための試薬、キットは、ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を低減させたMutS変異体を含むことを特徴とし、その他の構成は特に制限されない。たとえば、すべての反応液組成物を1液にまとめた形態でも良いし、2液以上に分割した形態でも良い。
【0026】
本発明の方法に使用する耐熱性DNAポリメラーゼは、特に限定されない。従来公知の耐熱性細菌由来のポリメラーゼが使用できる。具体的には、ファミリーA(PolI型)に属するTaq DNAポリメラーゼやTth DNAポリメラーゼ、ファミリーB(α型)に属するKOD DNAポリメラーゼ、Pfu DNAポリメラーゼ、Pwo DNAポリメラーゼ、Ultima DNAポリメラーゼ、PrimeSTAR(登録商標) DNAポリメラーゼのシリーズ(HS、GXL、Max)などが挙げられる。これらのうち2以上を組み合わせて用いても良い。
【0027】
本発明の方法において、鋳型となる核酸は特に限定されない。合成DNA、生体試料等から精製されたゲノムDNA、RNAから逆転写反応により得たcDNAなどが挙げられる。また、精製されている必要性はなく、鋳型となる核酸を含む生体試料の粗精製サンプルや、生体試料そのものを使用することもできる。
【0028】
本発明において使用する1種以上のオリゴヌクレオチドプライマーとは、増幅されるべき核酸の各核酸鎖に相補的なオリゴヌクレオチドであり、2種またはそれ以上のプライマーを使用することが好ましい。該プライマーは、2本鎖核酸の配列の異なる各鎖と実質的に相補的であって、一方のプライマーから合成された伸長生成物がその相補体から分離された場合に、その伸長生成物が他方のプライマーの伸長生成物の合成のための鋳型として機能することができるように選択される。
【0029】
1種以上のデオキシヌクレオチド三リン酸又はデオキシヌクレオチド三リン酸の誘導体は、PCR反応において基質として使用される。この基質として、4種類のデオキシリボヌクレオシド三リン酸(dNTPs;dATP、dCTP、dTTPおよびdGTPの混合物)溶液などを含んでいてもよい。
【0030】
前記のPCR反応液にはさらに緩衝剤を含むことが好ましい。前記緩衝剤として、例えば、トリス(TRIS)、トリシン(TRICINE)、ビス−トリシン(BIS−TRICINE)、へペス(HEPES)、モプス(MOPS)、テス(TES)、タプス(TAPS)、ピペス(PIPES)、及びキャプス(CAPS)などが挙げられるが、特に限定されない。濃度としては、10〜200mM程度が好ましく、20〜100mM程度がより好ましい。pHとしては、7.0〜9.5程度の範囲が好ましく、7.5〜9.0程度の範囲がより好ましい。
また、前記緩衝液中には、1〜5mM、好ましくは1.5〜2.5mM程度の濃度でMg2+を含むことが好ましい。更には、KClを含んでいてもよい。
【0031】
さらに、前記PCR反応液中には、アルブミン、グリセロール、ヘパリン、トレハロース、ベタイン等を含んでいてもよい。これらの添加割合は、PCR反応を阻害しない範囲で添加すればよい。
【0032】
[3]MutS変異体
本発明に用いるMutS変異体の変異前のMutSの由来は特に限定されない。
前記MutSの由来としては、MutS homolog 2〜6(配列番号4〜8)、Escherichia coli(配列番号9)、Salmonella typhimurium(配列番号10)、StreptococcusのhexA(配列番号11)、Thermus aquaticus(Taq)(配列番号12)、Aquifex aeolicus(配列番号13)およびThermus thermophilus(Tth)(配列番号1)などが挙げられるが、これに限定されない。また、このほかに、超好熱菌であるThermococcus kodakaraensis(配列番号14)とPyrococcus furiosus(配列番号15)などが挙げられるが、他のPyrococcus、Thermococcusを用いることができる。好ましくはTaq、Aquifex aeolicusおよびTthである。
【0033】
本発明に用いるMutS変異体は、ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を低減するよう改変されたものであれば、特に限定されない。
【0034】
このような特性の変化が得られる変異箇所としては特に限定されないが、ATPase活性部位が変異したものが好ましい。例えば、非特許文献5に記載のTaq MutSにおいては、配列番号12のアミノ酸配列においてアミノ酸543〜731に該当する。
Taq由来のMutS以外についてはATPase活性部位は特定されていないが、ATPase活性部位に関するアミノ酸は、由来の異なるMutSにおいて高度に保存されており(非特許文献2〜4)、アミノ酸配列の一次構造を比較(アラインメント)することにより、その位置を高い蓋然性で予測し確認することができる。
【0035】
本願明細書において、配列番号1に示されるアミノ酸配列と完全同一ではないアミノ酸配列おける、配列番号1上のある位置(順番)と対応する位置とは、配列の一次構造を比較(アラインメント)したとき、配列番号1の当該位置と対応する位置とする。
本明細書では、DNA Databank of Japan(DDBJ)のClustalW(http://clustalw.ddbj.nig.ac.jp/index.php/lang=ja)においてデフォルト(初期設定)のパラメーターを用いることにより、配列の一次構造を比較する。
【0036】
本発明者らは、前記方法により、Tth由来のMutSのATPase活性部位は配列番号1に記載のアミノ酸配列においてアミノ酸551〜739に相当する部分を意味することを確認した。本明細書で具体的に配列を提示したMutS以外のMutSであっても、同様の確認が可能である。
【0037】
本発明の核酸増幅法において、ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を低減させたMutS変異体は、ATPase活性部位の極性アミノ酸残基を非極性アミノ酸残基または反対の極性を示すアミノ酸残基に改変したMutS変異体であることが好ましい。
本発明における極性アミノ酸とは、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、システイン、チロシン、アルギニン、ヒスチジン、リシン、トレオニン、およびセリンであり、非極性アミノ酸はグリシン、アラニン、バリン、プロリン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、トリプトファン、およびメチオニンである。
【0038】
本発明の核酸増幅法において、ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を低減させたMutS変異体は、より好ましくは配列番号1におけるアミノ酸K597、D670、E671に相当するアミノ酸から選択される少なくとも1つのアミノ酸の改変を有する。
好ましい例において、K597アミノ酸はリシン(K)が非極性アミノ酸に置換されており、具体的にはK597MまたはK597Aのアミノ酸置換である。別の好ましい例において、D670アミノ酸はアスパラギン酸(D)が非極性アミノ酸に置換されており、具体的にはD670Aのアミノ酸置換である。別の好ましい例において、E671アミノ酸はグルタミン酸(E)が反対の極性を示すアミノ酸または非極性アミノ酸に置換されており、具体的にはE671K、E671A、E671M、またはE671Nのアミノ酸置換である。
【0039】
ここで、例えばK597とは、597番目のアミノ酸であるリシン(K)残基を意味しており、アルファベット1文字は通用されているアミノ酸の略号を表している。なお、本明細書において、例えばK597Mとは、597番目のアミノ酸のリシン(K)がメチオニン(M)に置換されていることを意味しており、以下同様である。
【0040】
[4]MutS変異体の作製方法
本発明の核酸増幅法に用いるMutSを改変する方法は、既に当該技術分野において確立されている。よって、公知の方法に従い改変を行うことが出来、その態様は特に制限されない。
【0041】
アミノ酸の改変を導入する方法の一態様として、Inverse PCR法に基づく部位特異的変異導入法を用いることができる。例えば、KOD −Plus− Mutagenesis Kit(Toyobo社製)は、(1)目的とする遺伝子を挿入したプラスミドを変性させ、該プラスミドに変異プライマーをアニーリングさせ、続いてKOD DNAポリメラーゼを用いて伸長反応を行う、(2)(1)のサイクルを15回繰り返す、(3)制限酵素DpnIを用いて鋳型としたプラスミドのみを選択的に切断する、(4)新たに合成された遺伝子をリン酸化、Ligationを実施し環化させる、(5)環化した遺伝子を大腸菌に形質転換し、目的とする変異の導入されたプラスミドを保有する形質転換体を取得することのできるキットである。
【0042】
上記改変MutS遺伝子を必要に応じて発現ベクターに移し替え、宿主として例えば大腸菌を、該発現ベクターを用いて形質転換した後、アンピシリン等の薬剤を含む寒天培地に塗布し、コロニーを形成させる。コロニーを栄養培地、例えばLB培地や2×YT培地に接種し、37℃で12〜20時間培養した後、菌体を破砕して粗酵素液を抽出する。ベクターとしては、pBluescript由来のものが好ましい。菌体を破砕する方法としては公知のいかなる手法を用いても良いが、例えば超音波処理、フレンチプレスやガラスビーズ破砕のような物理的破砕法やリゾチームのような溶菌酵素を用いることができる。この粗酵素液を70℃、30分間熱処理し、遠心することで宿主由来のタンパクを除去し、SDS−PAGEに供することで、目的タンパクの発現を確認することができる。
【0043】
上記方法により選抜された菌株から精製MutSを取得する方法は、いかなる手法を用いても良いが、例えば下記のような方法がある。栄養培地に培養して得られた菌体を回収した後、酵素的または物理的破砕法により破砕抽出して粗酵素液を得る。得られた粗酵素抽出液から熱処理、例えば70℃、30分間処理し、HisTrap HP(GEヘルスケア製)を用いた金属アフィニティーの方法により精製を行うことができる。この操作の後、MutSはフェニルセファロースカラムクロマトグラフィーに供することで、精製し、精製酵素標品を得ることができる。該精製酵素標品はSDS−PAGEによってほぼ単一バンドを示す程度に純化される。
【実施例】
【0044】
以下、実施例に基づき本発明をより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0045】
実施例1:Tth MutSの作製
サーマス・サーモフィルス由来のMutS(Tth MutS)遺伝子を含有するプラスミドを作製した。
Therus thermophilus遺伝子発現プラスミドは文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクトを介して、独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンターより提供された(非特許文献6)。これを利用して、TthMutSの配列をpBluescriptにクローニングした。得られたプラスミドによりエシェリシア・コリJM109を形質転換し、酵素調製に用いた。
【0046】
実施例1で得られた菌体の培養は以下のようにして実施した。まず、滅菌処理した100μg/mlのアンピシリンを含有するTB培地(Molecular cloning 2nd edition、p.A.2)80mLを500mL坂口フラスコに分注した。この培地に予め100μg/mlのアンピシリンを含有する3mlのLB培地(1%バクトトリプトン、0.5%酵母エキス、0.5%塩化ナトリウム;ギブコ製)で37℃、16時間培養したエシェリシア・コリJM109(プラスミド形質転換株)(試験管使用)を接種し、37℃にて16時間通気培養した。培養液より菌体を遠心分離により回収し、15mlの破砕緩衝液(50mM リン酸緩衝液(pH8.0)、300mM NaCl、5mM imidazole)に懸濁後、ソニケーション処理により菌体を破砕し、細胞破砕液を得た。次に細胞破砕液を70℃にて30分間処理した後、遠心分離にて不溶性画分を除去した。更に、Niアフィニティークロマトグラフィー、フェニルセファロースクロマトグラフィーを行い、最後に保存緩衝液(30mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)、30mM NaCl、0.1mM EDTA)に置換し、Tth MutSを得た。
【0047】
実施例2:Tth MutSのヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性の評価
Tth MutSのヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性の評価方法として、MutSを含む反応液を調製した後、室温で一時間放置し、PCRでの増幅量の違いを、Human β−グロビンの3.6kbを増幅することで比較した。
【0048】
PCRは、KOD −Plus−(Toyobo社製)添付のBuffer、dNTPs、MgSO、酵素液(KOD −Plus−)を用い、1×PCR Buffer、および1.0mM MgSO、15pmolのプライマー(配列番号2および3)、20ngのヒトゲノムDNA(Roche社製)、および1UのKOD −Plus−を含む20μlを含む溶液を作製し、この溶液に、さらにMutS(0.5、0.8、1.0、1.3、1.5および1.8μM)を含む反応液と、MutSを含まない反応液とを用意した。前記反応液ですぐにPCRを行うサンプルと、室温で1時間静置してからPCRを行うサンプルを調製した。反応は94℃、1分の前反応の後、94℃、20秒→60℃、30秒→68℃、4分を40サイクル繰り返すスケジュールでPCR system GeneAmp9700(Applied Biosystem社)を用いて行った。反応終了後、MultiNA(島津製作所社製)のDNA−12000キットに供し増幅産物を確認した。
【0049】
結果を図1に示す。Tth MutS濃度1.8μMにおいて、直後のサンプルでは増幅が確認できるが、室温で一時間放置したサンプルでは増幅が確認できなかった。このことから、Tth MutSがヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性を有していることが確認できた。
【0050】
実施例3:ヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性の評価方法の確認
増幅阻害の原因がヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性によるものかどうかの確認を行った。評価方法として、dNTPsを除いた反応液を調製し、室温で1時間放置した後、PCR直前にdNTPsを添加してPCRを行った。直後と1時間後のPCRでの増幅量の違いを、Human β−グロビンの3.6kbを増幅することで比較した。
【0051】
PCRは、KOD −Plus−(Toyobo社製)添付のBuffer、MgSO、酵素液(KOD −Plus−)を用い、1×PCR Buffer、および1.0mM MgSO、15pmolのプライマー(配列番号2および3)、20ngのヒトゲノムDNA(Roche社製)、および1UのKOD −Plus−を含む、dNTPsを除いた20μlを含む溶液を作製し、この溶液に、さらにMutS(0.5、0.8、1.0、1.3、1.5および1.8μM)を含む反応液と、MutSを含まない反応液とを用意した。前記反応液で0.2mMdNTPを添加してすぐにPCRを行うサンプルと、室温で1時間放置してからPCRを行う直前に0.2mMdNTPsを添加するサンプルを調製した。反応は94℃、1分の前反応の後、94℃、20秒→60℃、30秒→68℃、4分を40サイクル繰り返すスケジュールでPCR system GeneAmp9700(Applied Biosystem社)を用いて行った。反応終了後、MultiNA(島津製作所社製)のDNA−12000キットに供し増幅産物を確認した。
【0052】
結果を図2に示す。Tth MutS濃度1.8μMにおいて、直後のサンプルと、室温で一時間放置したサンプルの両方で増幅が確認でき、増幅阻害は確認されなかった。このことから、Tth MutSの増幅阻害の原因がヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性であることが確認でき、評価方法の妥当性が示された。
【0053】
実施例4:TthMutS変異体の作製
サーマス・サーモフィルス由来の改変型MutS(Tth MutS)遺伝子を含有するプラスミドを作製した。
変異導入に使用されるDNA鋳型は、pBluescriptにクローニングされたサーマス・サーモフィルス由来のMutS(Tth MutS)を用いた。変異導入にはKOD−Plus−Mutagenesis Kit(Toyobo社製)を用いて、方法は取り扱い説明書に準じて行った。なお、変異体の確認は塩基配列の解読で行った。得られたプラスミドによりエシェリシア・コリJM109を形質転換し、酵素調製に用いた。
実施例4で作製したプラスミドを表1に示す。
【0054】
【表1】
【0055】
実施例4で得られた菌体の培養は以下のようにして実施した。まず、滅菌処理した100μg/mlのアンピシリンを含有するTB培地(Molecular cloning 2nd edition、p.A.2)80mLを500mL坂口フラスコに分注した。この培地に予め100μg/mlのアンピシリンを含有する3mlのLB培地(1%バクトトリプトン、0.5%酵母エキス、0.5%塩化ナトリウム;ギブコ製)で37℃、16時間培養したエシェリシア・コリJM109(プラスミド形質転換株)(試験管使用)を接種し、37℃にて16時間通気培養した。培養液より菌体を遠心分離により回収し、15mlの破砕緩衝液(50mM リン酸緩衝液(pH8.0)、300mM NaCl、5mM imidazole)に懸濁後、ソニケーション処理により菌体を破砕し、細胞破砕液を得た。次に細胞破砕液を70℃にて30分間処理した後、遠心分離にて不溶性画分を除去した。更に、Niアフィニティークロマトグラフィーを行い、最後に保存緩衝液(30mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)、30mM NaCl、0.1mM EDTA)に置換し、MutS変異体を得た。
【0056】
実施例5:Tth MutS変異体のヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性の評価
Tth MutS変異体(K597M、K697A、D670A、E671A、E671M、E671K、E671N)のヌクレオシド三リン酸に対する不活化活性の評価方法として、反応液を調製した後、室温で一時間放置し、PCRでの増幅量の違いを、Human β−グロビンの3.6kbを増幅することで比較した。
【0057】
PCRは、KOD −Plus−(Toyobo社製)添付のBuffer、dNTPs、MgSO、酵素液(KOD −Plus−)を用い、1×PCR Buffer、および1.0mM MgSO、15pmolのプライマー(配列番号2および3)、20ngのヒトゲノムDNA(Roche社製)、および1UのKOD −Plus−を含む20μlを含む溶液を作製し、この溶液に、さらにMutS(1.0および1.8μM)を含む反応液と、MutSを含まない反応液とを用意した。前記反応液ですぐにPCRを行うサンプルと、室温で1時間静置してからPCRを行うサンプルを調製した。反応は94℃、1分の前反応の後、94℃、20秒→60℃、30秒→68℃、4分を40サイクル繰り返すスケジュールでPCR system GeneAmp9700(Applied Biosystem社)を用いて行った。反応終了後、MultiNA(島津製作所社製)のDNA−12000キットを用いて増幅産物を確認した。
【0058】
結果を図3に示す。TthMutS濃度1.8μMにおいて、直後のサンプルと、室温で一時間放置したサンプルの両方で増幅が確認でき、増幅阻害は確認されなかった。これより、反応液が室温で安定であるため、調製が容易になった。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は核酸増幅反応においてMutSの添加による増幅阻害をなくし、MutSの非特異的増幅反応の抑制の効果を向上させることである。これにより、研究分野のみならず、法医学分野や食品、環境中の微生物検査、診断用途等において、目的産物のみの増幅を容易に確認できるようになる。
図1
図2
図3
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]