【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、鋼板の初期加熱温度ではなく、成形工程中(特にMf点到達後)の鋼板(プレス成形品)の温度(具体的には金型温度)を制御することにより、強度と延性が高次元で両立した熱間プレス成形品を得ることに成功した。また、同様にして、強度と延性が異なる部位を作り分けた熱間プレス成形品も得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0011】
《熱間プレス成形方法》
(1)本発明の熱間プレス成形方法は、鋼板をオーステナイト変態温度(Ac
3点)以上の初期温度に加熱する加熱工程と、該加熱された鋼板を成形型により所望形状にプレス成形して焼入れされたプレス成形品を得る成形工程と、を備える熱間プレス成形方法であって、 前記成形工程は、前記成形型に保持された状態で該鋼板の少なくとも一部である特定領域を、マルテンサイト変態完了温度(Mf点)以下の焼戻温度域内に所定の焼戻時間だけ保持する焼戻工程を含み、前記プレス成形品は少なくとも一部の金属組織が焼戻マルテンサイト相からなることを特徴とする。
【0012】
(2)本発明の熱間プレス成形方法(適宜、単に「プレス成形方法」という。)によれば、先ず、従来と同様に良好な成形性が維持されつつ、全体が焼入れされた高強度な熱間プレス成形品(単に「プレス成形品」ともいう。)が得られる。そして本発明の場合、焼戻工程が施された少なくとも一部の部位が焼戻マルテンサイト相となるため、単に高強度であるのみならず高延性なプレス成形品が得られる。
【0013】
なお、本発明に係る焼戻工程は、成形工程で成形型による成形と焼入れ(Mf点到達後)に続いてなされる。このため本発明によれば、別途、成形工程の完了後に再加熱してプレス成形品を焼戻し等する必要がなく、強度と延性が高次元で両立したプレス成形品の製造を効率的に生産することができる。
【0014】
《プレス成形品》
本発明は、上述したプレス成形方法としてのみならず、それにより得られたプレス成形品としても把握できる。つまり本発明は、上述した熱間プレス成形方法により得られるプレス成形品であって、少なくとも一部の金属組織が焼戻マルテンサイト相からなることを特徴とするプレス成形品でもよい。
【0015】
《熱間プレス成形装置》
本発明は、さらに、上述した熱間プレス成形方法を実現する装置としても把握できる。例えば、本発明は、成形凹部を有するダイと、該成形凹部に対応する成形凸部を有するパンチと、該パンチを内挿するブランクホルダと、該ダイまたは該パンチを駆動して該成形凹部と該成形凸部を近接させる駆動手段とを備え、該ダイおよび該パンチからなる成形型により、Ac
3点以上に加熱された鋼板が所望形状にプレス成形されて焼入れされたプレス成形品が得られる熱間プレス成形装置であって、さらに、前記成形型に保持された状態で該鋼板の少なくとも一部である特定領域を、Mf点以下の焼戻温度域内に所定の焼戻時間だけ保持して前記プレス成形品の少なくとも一部の金属組織を焼戻マルテンサイト相とすることができる温度制御手段を備えることを特徴とする熱間プレス成形装置でもよい。
【0016】
温度制御手段は、例えば、成形型(ダイとパンチの少なくとも一方)に配設された加熱手段(電熱ヒーター、誘導コイル等)および/または冷却手段(水路等)と、成形型または鋼板の温度に応じてそれら手段の少なくとも一方を制御する制御手段とからなると好ましい。このような温度制御手段を設けることにより、本発明に係る焼戻工程を的確に行うことができ、所望範囲に、所望特性の焼戻マルテンサイト相が生成されたプレス成形品を得ることができる。
【0017】
《熱間プレス成形型》
また本発明は、上述したように、ダイと、パンチと、それらの少なくとも一方に設けられた加熱手段および/または冷却手段とを有し、Ac
3点以上に加熱された鋼板が所望形状にプレス成形および焼入れされると共に、その少なくとも一部である特定領域がMf点以下の焼戻温度域内に所定の焼戻時間だけ保持されて、少なくとも一部の金属組織が焼戻マルテンサイト相となったプレス成形品が得られることを特徴とする成形型としても把握できる。
【0018】
《補足》
本発明のプレス成形品は、全体が高強度で高延性な焼戻マルテンサイト相からなってもよい。もっとも、部位により要求特性(強度、延性または靱性等)が異なる場合、本発明のプレス成形品は、焼戻マルテンサイト相からなる高延性部と、焼戻しされずに焼入れされたままであるマルテンサイト相からなる高強度部とを有し、それらが適切に配置されたものであると好適である。
【0019】
本発明のプレス成形方法によれば、特性の異なる別部材を別途溶接したり、高価なテーラードブンラク材を利用するまでもなく、部位によって特性を作り分けたプレス成形品を効率よく低コストで製造することができる。
【0020】
《その他》
(1)本明細書でいう「温度」は、基本的に、プレス成形品の金属組織に影響を与える鋼板の温度を意味する。但し、プレス成形中の鋼板の温度を直接的に測定したり管理することは容易ではない。そこで、本明細書でいう「温度」は、特に断らない限り、鋼板に接触する成形型の温度(特に金型の成形面近傍の温度)により代用されるものとする。
【0021】
(2)Mf点またはMs点は、鋼板の組成により変化するため一概に特定できない。本明細書でいうMf点またはMs点は、使用する鋼板毎に冷却中の相変態に伴って生じる体積変化の測定によって特定されたものである。
【0022】
なお、鋼板の各変態温度は、下記に示す周知な経験式に基づいて算出される温度により代用することもできる。なお、式中にある[]は、鋼板(全体を100質量%)に含まれる各元素の含有量(質量%)を示す。鋼板に含まれない元素については、その項([])がないものとして扱う。
【0023】
Ac
3点(℃)=910−203×[C]
1/2+44.7×[Si]−30×[Mn]
+700×[P]+400×[Al]+400×[Ti]
+104×[V]−11×[Cr]+31.5×[Mo]
−20×[Cu]−15.2×[Ni]
Ms点(℃)=550−361×[C]−39×[Mn]−10×[Cu]
−17×[Ni]−20×[Cr]−5×[Mo]+30×[Al]
【0024】
(3)本明細書でいう「冷却速度」は、上述した方法により特定された温度の変化を、それに要した時間により除して求めた平均冷却速度である。なお、特定点の冷却速度を求める場合は、時間と温度の関係を示す曲線に基づいて求まる特定点における接線の傾きとする。
【0025】
(4)本発明に係るプレス成形品は、少なくとも鋼板の特定領域に対応した特定部位の金属組織が、焼戻マルテンサイト相を主相とするものであればよい。具体的にいうと、特定部位における焼戻マルテンサイト相の割合が85〜100%であると好ましい。その下限値は90%さらには95%であるとより好ましい。
【0026】
なお、本明細書でいう各相の割合は、対象部位の金属組織表面を観察したときにおける各相の面積分率により特定する。具体的には、対象部位をナイタールで腐食させて表出させた金属組織を、走査型電子顕微鏡(SEM)により観察し(倍率:3000倍)、得られた顕微鏡画像(組織写真)を画像処理することにより、各相の面積分率を特定する。
【0027】
焼戻マルテンサイト相ではない部位の金属組織は、焼入れしたままのマルテンサイト相(適宜、「焼入マルテンサイト相」という。)が主相であると、プレス成形品の高強度化を図れて好ましい。具体的にいうと、特定部位以外において、焼入マルテンサイト相の割合が85〜100%であると好ましく、その下限値は90%さらには95%であるとより好ましい。なお、本明細書では、適宜、焼入マルテンサイト相を単に「マルテンサイト相」ともいう。
【0028】
焼入マルテンサイト相と焼戻マルテンサイト相は、ともにマルテンサイト相であるため、各組織写真を個別に観察しても、識別が困難な場合も多い。もっとも、焼戻マルテンサイト相は、過飽和な炭素が炭化物(セメンタイト、合金元素に応じて生成された炭化物(例えばクロム炭化物))等となってマトリックス(マルテンサイト相)中に微細に析出し、焼入れ時に導入された格子欠陥(転位等)が緩和されたものである。従って、炭化物の析出等を顕微鏡等で観察することにより、焼戻マルテンサイト相であるか、単なる焼入マルテンサイト相であるかの識別は可能である。少なくとも、プレス成形品中に焼入マルテンサイト相からなる高強度部と焼戻マルテンサイト相からなる高延性部が存在する場合であれば、各部位の硬さ、強度、伸び等の特性を測定して対比すれば、いずれのマルテンサイト相であるかを識別することは容易である。
【0029】
本発明に係る金属組織は、フェライト、残留オーステナイト、パーライト、ベイナイト等からなる残部組織を有するものでもよい。これらの残部組織は、上述した焼入マルテンサイト相または焼戻マルテンサイト相を主相とする部位に混在していてもよい。但し、このような残部組織は、本発明に係るプレス成形品の強度を低下させ得るため、面積率で10%以下さらには5%以下であると好ましい。
【0030】
(5)本明細書でいう「焼入れ」とは、少なくとも過渡的または一時的にでも、マルテンサイト相(焼戻マルテンサイト相を含む。)が形成されることを意味する。
【0031】
特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。