特許第6318971号(P6318971)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社豊田中央研究所の特許一覧

(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6318971
(24)【登録日】2018年4月13日
(45)【発行日】2018年5月9日
(54)【発明の名称】熱間プレス成形方法
(51)【国際特許分類】
   B21D 22/20 20060101AFI20180423BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20180423BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20180423BHJP
   C22C 38/18 20060101ALN20180423BHJP
   B21D 22/26 20060101ALN20180423BHJP
【FI】
   B21D22/20 H
   C21D1/18 Q
   B21D22/20 Z
   !C22C38/00 301W
   !C22C38/00 301S
   !C22C38/18
   !B21D22/26 D
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-166153(P2014-166153)
(22)【出願日】2014年8月18日
(65)【公開番号】特開2016-41440(P2016-41440A)
(43)【公開日】2016年3月31日
【審査請求日】2017年2月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】与語 康宏
【審査官】 石川 健一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−173166(JP,A)
【文献】 特開2014−118613(JP,A)
【文献】 特開2010−150612(JP,A)
【文献】 特開2013−040390(JP,A)
【文献】 特開2013−194249(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 22/20
B21D 22/26
B21D 24/00
C21D 1/18
C22C 38/00
C22C 38/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板をオーステナイト変態温度(Ac点)以上の初期温度に加熱する加熱工程と、
該加熱された鋼板を成形型により所望形状にプレス成形して焼入れされたプレス成形品を得る成形工程と、
を備える熱間プレス成形方法であって、
前記成形工程は、前記成形型に保持された状態で該鋼板の少なくとも一部である特定領域を、マルテンサイト変態完了温度(Mf点)以下の焼戻温度域内に所定の焼戻時間だけ保持する焼戻工程を含み、
前記プレス成形品は少なくとも一部の金属組織が焼戻マルテンサイト相からなることを特徴とする熱間プレス成形方法。
【請求項2】
前記焼戻温度域は、前記マルテンサイト変態完了温度よりも100℃低い温度(Mf点−100℃)以上である請求項1に記載の熱間プレス成形方法。
【請求項3】
前記焼戻時間は、5〜30秒である請求項1または2に記載の熱間プレス成形方法。
【請求項4】
さらに、前記成形工程後のプレス成形品は15℃/s以下の冷却速度で徐冷される請求項1〜3のいずれかに記載の熱間プレス成形方法。
【請求項5】
前記成形工程は、少なくともマルテンサイト変態開始温度(Ms点)に至るまで前記鋼板を20℃/s以上の冷却速度で急冷する急冷工程を含む請求項1〜4のいずれかに記載の熱間プレス成形方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板を熱間プレス成形したプレス成形品と、その熱間プレス成形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、家電、家具・雑貨等の各種分野でプレス成形品が多用されている。プレス成形品は、通常、ダイの周縁部とブランクホルダ(「しわ押さえ」等ともいう。)により挟持された金属板を、ダイの成形凹部とパンチの成形凸部の間で展伸または延伸させ、その金属板を所望形状に塑性変形させることにより得られる。このようなプレス成形を行うことにより、複雑な形状の部材も効率的に量産可能となる。
【0003】
ところで、自動車用プレス成形品等の分野では、環境性、安全性等の観点から、軽量でより高強度なプレス成形品が求められているため、従来の冷間プレス成形に替わって、熱間プレス成形が利用されつつある。熱間プレス成形は、オーステナイト変態温度(Ac点)以上に加熱された鋼板を、成形金型(ダイとパンチ)でプレス成形することにより、成形と熱処理(焼入れ)を同時に行う成形法である。この熱間プレス成形によれば、引張強度が1500MPa以上となる高強度なプレス成形品が、成形性を確保しつつ得られる。なお、熱間プレス成形は、ホットプレス、ホットスタンプ等とも呼称されている。
【0004】
このような熱間プレス成形により得られた製品(適宜「熱間プレス成形品」または単に「プレス成形品」という。)は、通常、その金属組織がほぼ全体的に焼入れされたままのマルテンサイト相からなり、高強度である一方、延性や靱性に劣ることがある。なお、熱間プレス成形後に、別途、焼戻し等の熱処理を行うと、製造コストが増大するのみならず、強度が全体的に低下し得る。
【0005】
もっとも、一つのプレス成形品でも、強度が優先的に要求される部位もあれば、延性や靱性等が優先的に要求される部位もあり、要求特性の異なる部位が並存していることが多い。このような傾向は、プレス成形品が大型になるほど顕著である。そこで熱間プレス成形を用いつつ、部位毎に特性(例えば、高強度部と、高延性部または高靱性部)を作り分けることが提案されている。これに関する記載が下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2013−194249号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1は、鋼板の二つの領域をそれぞれ異なる温度まで加熱し、鋼板全体を同じ冷却速度で冷却しつつプレス成形を行うことにより、部位によって特性の異なる熱間プレス成形品を得ることを提案している。具体的にいうと、特許文献1は、第1領域をAc点以上(930℃)に、第2領域をAc点以上(825℃)に加熱した鋼板全体を、金型によりプレス成形して、成形と共に焼入れ(平均冷却速度:40℃/s)を行い、金属組織ひいては特性が第1領域と第2領域で異なる熱間プレス成形品を得ている。この場合、第1領域と第2領域とでは、残留オーステナイト相の割合が異なると共に、第1領域は焼入れしたままのマルテンサイト相が主体となり、第2領域は焼戻しベイナイト相や焼戻しマルテンサイト相が主体となっている。こうして特許文献1では、高強度部位(第1領域)と高延性部位(第2領域)が並存した熱間プレス成形品を得ている。
【0008】
しかし、特許文献1のように、プレス成形前の鋼板を異なる温度に加熱し、その状態を維持したままプレス成形することは容易ではない。また、こうして得られる熱間プレス成形品では、第1領域の引張強度は1500MPa以上あるものの、第2領域の引張強度は1010〜1180MPa程度に過ぎず、第2領域は第1領域に対して強度低下が著しい。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、強度と延性(または靱性)を高次元で両立した熱間プレス成形品と、それを得ることができる新たな熱間プレス成形方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、鋼板の初期加熱温度ではなく、成形工程中(特にMf点到達後)の鋼板(プレス成形品)の温度(具体的には金型温度)を制御することにより、強度と延性が高次元で両立した熱間プレス成形品を得ることに成功した。また、同様にして、強度と延性が異なる部位を作り分けた熱間プレス成形品も得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0011】
《熱間プレス成形方法》
(1)本発明の熱間プレス成形方法は、鋼板をオーステナイト変態温度(Ac点)以上の初期温度に加熱する加熱工程と、該加熱された鋼板を成形型により所望形状にプレス成形して焼入れされたプレス成形品を得る成形工程と、を備える熱間プレス成形方法であって、 前記成形工程は、前記成形型に保持された状態で該鋼板の少なくとも一部である特定領域を、マルテンサイト変態完了温度(Mf点)以下の焼戻温度域内に所定の焼戻時間だけ保持する焼戻工程を含み、前記プレス成形品は少なくとも一部の金属組織が焼戻マルテンサイト相からなることを特徴とする。
【0012】
(2)本発明の熱間プレス成形方法(適宜、単に「プレス成形方法」という。)によれば、先ず、従来と同様に良好な成形性が維持されつつ、全体が焼入れされた高強度な熱間プレス成形品(単に「プレス成形品」ともいう。)が得られる。そして本発明の場合、焼戻工程が施された少なくとも一部の部位が焼戻マルテンサイト相となるため、単に高強度であるのみならず高延性なプレス成形品が得られる。
【0013】
なお、本発明に係る焼戻工程は、成形工程で成形型による成形と焼入れ(Mf点到達後)に続いてなされる。このため本発明によれば、別途、成形工程の完了後に再加熱してプレス成形品を焼戻し等する必要がなく、強度と延性が高次元で両立したプレス成形品の製造を効率的に生産することができる。
【0014】
《プレス成形品》
本発明は、上述したプレス成形方法としてのみならず、それにより得られたプレス成形品としても把握できる。つまり本発明は、上述した熱間プレス成形方法により得られるプレス成形品であって、少なくとも一部の金属組織が焼戻マルテンサイト相からなることを特徴とするプレス成形品でもよい。
【0015】
《熱間プレス成形装置》
本発明は、さらに、上述した熱間プレス成形方法を実現する装置としても把握できる。例えば、本発明は、成形凹部を有するダイと、該成形凹部に対応する成形凸部を有するパンチと、該パンチを内挿するブランクホルダと、該ダイまたは該パンチを駆動して該成形凹部と該成形凸部を近接させる駆動手段とを備え、該ダイおよび該パンチからなる成形型により、Ac点以上に加熱された鋼板が所望形状にプレス成形されて焼入れされたプレス成形品が得られる熱間プレス成形装置であって、さらに、前記成形型に保持された状態で該鋼板の少なくとも一部である特定領域を、Mf点以下の焼戻温度域内に所定の焼戻時間だけ保持して前記プレス成形品の少なくとも一部の金属組織を焼戻マルテンサイト相とすることができる温度制御手段を備えることを特徴とする熱間プレス成形装置でもよい。
【0016】
温度制御手段は、例えば、成形型(ダイとパンチの少なくとも一方)に配設された加熱手段(電熱ヒーター、誘導コイル等)および/または冷却手段(水路等)と、成形型または鋼板の温度に応じてそれら手段の少なくとも一方を制御する制御手段とからなると好ましい。このような温度制御手段を設けることにより、本発明に係る焼戻工程を的確に行うことができ、所望範囲に、所望特性の焼戻マルテンサイト相が生成されたプレス成形品を得ることができる。
【0017】
《熱間プレス成形型》
また本発明は、上述したように、ダイと、パンチと、それらの少なくとも一方に設けられた加熱手段および/または冷却手段とを有し、Ac点以上に加熱された鋼板が所望形状にプレス成形および焼入れされると共に、その少なくとも一部である特定領域がMf点以下の焼戻温度域内に所定の焼戻時間だけ保持されて、少なくとも一部の金属組織が焼戻マルテンサイト相となったプレス成形品が得られることを特徴とする成形型としても把握できる。
【0018】
《補足》
本発明のプレス成形品は、全体が高強度で高延性な焼戻マルテンサイト相からなってもよい。もっとも、部位により要求特性(強度、延性または靱性等)が異なる場合、本発明のプレス成形品は、焼戻マルテンサイト相からなる高延性部と、焼戻しされずに焼入れされたままであるマルテンサイト相からなる高強度部とを有し、それらが適切に配置されたものであると好適である。
【0019】
本発明のプレス成形方法によれば、特性の異なる別部材を別途溶接したり、高価なテーラードブンラク材を利用するまでもなく、部位によって特性を作り分けたプレス成形品を効率よく低コストで製造することができる。
【0020】
《その他》
(1)本明細書でいう「温度」は、基本的に、プレス成形品の金属組織に影響を与える鋼板の温度を意味する。但し、プレス成形中の鋼板の温度を直接的に測定したり管理することは容易ではない。そこで、本明細書でいう「温度」は、特に断らない限り、鋼板に接触する成形型の温度(特に金型の成形面近傍の温度)により代用されるものとする。
【0021】
(2)Mf点またはMs点は、鋼板の組成により変化するため一概に特定できない。本明細書でいうMf点またはMs点は、使用する鋼板毎に冷却中の相変態に伴って生じる体積変化の測定によって特定されたものである。
【0022】
なお、鋼板の各変態温度は、下記に示す周知な経験式に基づいて算出される温度により代用することもできる。なお、式中にある[]は、鋼板(全体を100質量%)に含まれる各元素の含有量(質量%)を示す。鋼板に含まれない元素については、その項([])がないものとして扱う。
【0023】
Ac点(℃)=910−203×[C]1/2+44.7×[Si]−30×[Mn]
+700×[P]+400×[Al]+400×[Ti]
+104×[V]−11×[Cr]+31.5×[Mo]
−20×[Cu]−15.2×[Ni]
Ms点(℃)=550−361×[C]−39×[Mn]−10×[Cu]
−17×[Ni]−20×[Cr]−5×[Mo]+30×[Al]
【0024】
(3)本明細書でいう「冷却速度」は、上述した方法により特定された温度の変化を、それに要した時間により除して求めた平均冷却速度である。なお、特定点の冷却速度を求める場合は、時間と温度の関係を示す曲線に基づいて求まる特定点における接線の傾きとする。
【0025】
(4)本発明に係るプレス成形品は、少なくとも鋼板の特定領域に対応した特定部位の金属組織が、焼戻マルテンサイト相を主相とするものであればよい。具体的にいうと、特定部位における焼戻マルテンサイト相の割合が85〜100%であると好ましい。その下限値は90%さらには95%であるとより好ましい。
【0026】
なお、本明細書でいう各相の割合は、対象部位の金属組織表面を観察したときにおける各相の面積分率により特定する。具体的には、対象部位をナイタールで腐食させて表出させた金属組織を、走査型電子顕微鏡(SEM)により観察し(倍率:3000倍)、得られた顕微鏡画像(組織写真)を画像処理することにより、各相の面積分率を特定する。
【0027】
焼戻マルテンサイト相ではない部位の金属組織は、焼入れしたままのマルテンサイト相(適宜、「焼入マルテンサイト相」という。)が主相であると、プレス成形品の高強度化を図れて好ましい。具体的にいうと、特定部位以外において、焼入マルテンサイト相の割合が85〜100%であると好ましく、その下限値は90%さらには95%であるとより好ましい。なお、本明細書では、適宜、焼入マルテンサイト相を単に「マルテンサイト相」ともいう。
【0028】
焼入マルテンサイト相と焼戻マルテンサイト相は、ともにマルテンサイト相であるため、各組織写真を個別に観察しても、識別が困難な場合も多い。もっとも、焼戻マルテンサイト相は、過飽和な炭素が炭化物(セメンタイト、合金元素に応じて生成された炭化物(例えばクロム炭化物))等となってマトリックス(マルテンサイト相)中に微細に析出し、焼入れ時に導入された格子欠陥(転位等)が緩和されたものである。従って、炭化物の析出等を顕微鏡等で観察することにより、焼戻マルテンサイト相であるか、単なる焼入マルテンサイト相であるかの識別は可能である。少なくとも、プレス成形品中に焼入マルテンサイト相からなる高強度部と焼戻マルテンサイト相からなる高延性部が存在する場合であれば、各部位の硬さ、強度、伸び等の特性を測定して対比すれば、いずれのマルテンサイト相であるかを識別することは容易である。
【0029】
本発明に係る金属組織は、フェライト、残留オーステナイト、パーライト、ベイナイト等からなる残部組織を有するものでもよい。これらの残部組織は、上述した焼入マルテンサイト相または焼戻マルテンサイト相を主相とする部位に混在していてもよい。但し、このような残部組織は、本発明に係るプレス成形品の強度を低下させ得るため、面積率で10%以下さらには5%以下であると好ましい。
【0030】
(5)本明細書でいう「焼入れ」とは、少なくとも過渡的または一時的にでも、マルテンサイト相(焼戻マルテンサイト相を含む。)が形成されることを意味する。
【0031】
特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】熱間プレス成形に用いたダイの一例を示す斜視図である。
図2A】第1成形部(高強度部)に適用したヒートパターンを示す図である。
図2B】第2成形部(高延性部)に適用したヒートパターンを示す図である。
図3A】第1成形部と第2成形部の引張強度を比較した棒グラフである。
図3B】第1成形部と第2成形部の伸びを比較した棒グラフである。
図4A】第1成形部の金属組織(焼入マルテンサイト相)を示す顕微鏡写真である。
図4B】第2成形部の金属組織(焼戻マルテンサイト相)を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本明細書で説明する内容は、本発明のプレス成形方法のみならず、それにより得られたプレス成形品にも該当し得る。製造方法に関する構成要素は、プロダクトバイプロセスクレームとして理解すれば物に関する構成要素ともなり得る。上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0034】
《鋼板》
本発明に係る鋼板は、炭素(C)を含有した鉄合金からなり、焼入れ可能であれば、炭素鋼板、合金鋼板の他、ステンレス鋼板(特にマルテンサイト系ステンレス鋼板)等でもよい。Cは、理論上、αフェライトの固溶上限である0.02質量%(適宜単に「%」という。)からオーステナイトの固溶上限である2.14%の範囲内で含有され得るが、成形性、強度、靱性等を考慮して、鋼板全体を100%としたときにC:0.1〜0.6%さらには0.15〜0.4%であると好ましい。また鋼板は、焼入れ性を高める合金元素(Mn、CrまたはMo等)を含有していると好ましい。この場合、例えば、マンガン(Mn):0.5〜3%さらには1〜2.5%、Cr:0.05〜3%さらには0.1〜1%であると好ましい。
【0035】
なお、鋼板の厚さ(板厚)は、プレス成形品の仕様に応じて適宜選択され得るが、熱処理(焼入れ、焼戻し)や成形等の観点から、4mm以下、3mm以下、2mm以下さらには1.5mm以下であると好ましい。その下限値は問わないが、プレス成形品の剛性、強度等を確保するため、0.3mm以上、0.6mm以上さらには1mm以上であると好ましい。
【0036】
《加熱工程》
加熱工程は、鋼板をオーステナイト変態温度(Ac点)以上に加熱する工程である。加熱方法は問わず、炉内加熱でも、高周波加熱等でもよい。成形工程前に鋼板をAc点以上に加熱して鋼板全体をオーステナイト相としておくことにより、全体が均質的なマルテンサイト相(焼戻マルテンサイト相を含む)からなるプレス成形品が得られる。
【0037】
《成形工程》
成形工程は、加熱された鋼板を成形型により所望形状にプレス成形して、焼入れされたプレス成形品を得る工程である。この工程中に焼入れをするには、鋼板(プレス成形品)を少なくともMs点以下まで急冷する必要がある。そこで成形工程は、少なくともMs点に至るまで鋼板を20℃/s以上、30℃/s以上さらには40℃/s以上で急冷する急冷工程を含むと好適である。さらに、プレス成形品の金属組織全体を均質的なマルテンサイト相とするには、同様な冷却速度で、鋼板の温度をMf点に至るまで急冷すると好適である。
【0038】
Ms点またはMf点は鋼板の組成等により異なるため一概には規定できないが、例えば、Ms点は340〜380℃程度であり、Mf点は260〜300℃程度である。
【0039】
《焼戻工程》
焼戻工程は、成形型に鋼板が保持された状態で、成形工程の一部としてなされる工程である。具体的にいうと、焼戻工程は、Mf点を通過した鋼板の少なくとも一部である特定領域を、Mf点以下の焼戻温度域内に所定の焼戻時間だけ保持する工程である。この焼戻工程により、鋼板の少なくとも特定領域の金属組織全体は、Mf点を通過して均質的な(焼入)マルテンサイト相となった後に低温焼戻しされて、同様に均質的な焼戻マルテンサイト相となる。このようにして、プレス成形品の少なくとも特定部位が、高強度であると共に高延性または高靱性となる。
【0040】
このような焼戻マルテンサイト相が得られる限り、成形型を介して鋼板(プレス成形品)を保持する際の保持温度(焼戻温度)および保持時間(焼戻時間)は、適宜、調整される。もっとも、その保持温度が過小では、良好な焼戻マルテンサイト相が得られない。そこで本発明に係る焼戻温度域は、Mf点以下で、Mf点よりも100℃低い温度(Mf点−100℃)以上であると好適である。その下限温度は、Mf点−50℃以上さらにはMf点−30℃以上であると好適である。なお、このときの鋼板の温度(焼戻温度)は、その焼戻温度域内で一定でもよいし、変化(例えば漸減)してもよい。
【0041】
また保持時間が過小では、炭化物の析出や残留応力の低減等が実質的になされ得ず、良好な焼戻マルテンサイト相が得られない。但し、保持時間が過大では、生産効率が低下する。そこで本発明に係る焼戻時間は、5〜30秒さらには7〜15秒であると好適である。
【0042】
焼戻工程後のプレス成形品は、放冷(空冷)等により徐冷すれば足る。このときの冷却速度は問わないが、急冷すると伸びの向上が小さくなって好ましくない。そこで、その冷却速度は15℃/s以下、10℃/s以下さらには5℃/s以下であると好ましい。なお、この徐冷工程は、焼戻工程後に成形工程の一部としても行うことも可能であるが、プレス成形品を成形型が離脱させた後、つまり成形工程後に行うと効率的である。
【0043】
《プレス成形品》
(1)本発明のプレス成形品は、その形態や用途を問わないが、例えば、車両ボディ、バンパー、オイルパン、インナーパネル、ピラー、ホイルハウス等として用いられる。なお、本発明のプレス成形品は、成形後のままで高特性であるが、他の熱処理等が施されることを排除するものではない。また本発明のプレス成形品には、メッキ、塗装等の表面処理が適宜なされ得る。
【0044】
(2)本発明のプレス成形品は、その具体的な機械的特性を問わないが、焼戻マルテンサイト相に係る部位(高延性部)は、引張強度が1300MPa以上、1400MPa以上さらには1500MPa以上であり、伸びが10%以上、12%以上さらには13%以上であると好ましい。また、焼戻工程がなされない焼入マルテンサイト相に係る部位(高強度部)は、引張強度が1400MPa以上、1500MPa以上さらには1550MPa以上であると好ましい。要求仕様に応じて、プレス成形品の適所に、焼入マルテンサイト相よりも高延性な焼戻マルテンサイト相または焼戻マルテンサイト相よりも高強度な焼入マルテンサイト相が配置されると好適である。
【0045】
本発明のプレス成形品の金属組織は、焼戻マルテンサイト相単独であるか、または焼戻マルテンサイト相と焼入マルテンサイト相の並存したものであると好ましいが、その一部に、残留オーステナイト相、フェライト相等からなる残部組織が存在していてもよい。
【実施例】
【0046】
高強度部と高延性部が並存した熱間プレス成形品の製造および評価を通じて、本発明を具体的に説明する。
【0047】
《プレス成形装置(金型)》
成形凹部を有するダイ1(図1参照)と、それに遊嵌される成形凸部を有するパンチと、ダイに対向して配設されたブランクホルダと、ブランクホルダを上下動可能に支持するダイクッションと、ダイクッションを支持するベースと、ダイを駆動する油圧プレス機とを備えた熱間プレス成形装置(単に「成形装置」という。)を用意した。なお、この成形装置では、パンチはベースに固定されている。
【0048】
ダイ1の概要を図1に示した。ダイ1は、一方向に延在する溝形状の成形凹部を有する。ダイ1は、延在方向に略同長な第1型部11と第2型部12とからなり、第1型部11と第2型部12の間には断熱材か介装されている。第1型部11には、少なくともワークを急冷するための冷却水を誘導する水路(冷却手段)が内部に配設されてある。第2型部12は、少なくともワークを保温するための電熱ヒーター(加熱手段)が内部に配設されてある。また、第1型部11および第2型部12は、各部の金型温度(特にワークに接触する表面近傍の温度)を検出する熱電対(温度検出手段)と、その検出結果に応じて第1型部11内の水路へ供給する冷却水量や第2型部12内の電熱ヒーターに供給する電力量等を調整する制御装置(温度制御手段)を備える。
【0049】
《ワーク》
ワークとして、市販されている熱間プレス成形用鋼板(板厚:1.4mm/22MnB5鋼板)を用意した。この鋼板の組成は、C:0.19質量%、Mn:2.0質量%、Cr:0.25質量%、残部:Feおよび不可避不純物であった。なお、この鋼板は、Ac点:820℃、Ms点:360℃、Mf点:280℃である。これらの温度は相変態に伴って生じる体積変化の測定によって特定したものである。
【0050】
《熱間プレス成形》
上述した鋼板を加熱炉に入れて、全体がAc点以上である900℃となる初期温度(T)まで十分に加熱した(加熱工程)。加熱炉から取り出した鋼板を直ちに上述した成形装置内に載置し、プレス成形を行った(成形工程)。この際、第1型部11により成形される鋼板部分(第1成形部)と第2型部12により成形される鋼板部分(第2成形部)が、それぞれ図2A図2Bに示すヒートパターンに沿った温度となるように、第1型部11と第2型部12の金型温度を制御した。
【0051】
具体的にいうと、第1成形部は、第1型部11により、初期温度(T)から室温(Tr<Mf点)付近まで、一気に冷却した(急冷工程)。このときの冷却速度は約100℃/s程度であった。
【0052】
第2成形部は、第2型部12により、先ずは初期温度(T)からMf点まで一気に冷却した(急冷工程)。このときの冷却速度は、第1成形部と同様に、約100℃/s程度であった(焼入工程)。これに続いて、焼戻温度域(ΔT)内にありMf点近傍かそれより僅かに低い焼戻温度(T/約280℃)で、焼戻時間(Δt)内である10秒間保持した(焼戻工程)。なお、本実施例の場合、Tは、Mf点の近傍で、略一定か、僅かに漸減していた。
【0053】
その後、ダイ1から取り出した鋼板(熱間プレス成形品)を大気中で放冷した(徐冷工程)。このときの冷却速度は約2℃/sであった。こうして熱履歴の異なる第1成形部と第2成形部を有するプレス成形品を得た。
【0054】
その他、上述したプレス成形は、成形速度:12spm(stroke per minutes)として行った。
【0055】
《測定と観察》
(1)得られたプレス成形品の第1成形部と第2成形部からそれぞれ切り出した試験片を用いて、各部の引張強度と伸びを測定した。それらの測定結果を図3Aおよび図3B(適宜、両図を併せて「図3」という。)に示した。
【0056】
(2)また、第1成形部と第2成形部のそれぞれの金属組織を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。得られた各部の組織写真をそれぞれ図4Aおよび図4B(適宜、両図を併せて「図4」という。)に示した。
【0057】
《評価》
(1)先ず図3Aから明らかなように、第1成形部および第2成形部は共に引張強度が1500MPaを超える高強度となっていることが確認された。これは、図4に示すように、いずれの部位の金属組織もマルテンサイト相となっているためである。なお、第1成形部は、焼入れたままのマルテンサイト相(焼入マルテンサイト相)が面積率でほぼ100%であり、第2成形部は、焼戻マルテンサイト相が面積率でほぼ100%であった。
【0058】
(2)次に図3Bから明らかなように、第1成形部の伸びは10%未満であったが、第2成形部の伸びは13%超であり、第2成形部は第1成形部に対して延性が大幅に増大することがわかった。こうして本実施例により、部位により特性が異なるプレス成形品、具体的にいうと高強度部(第1成形部)と高延性部(第2成形部)を有するプレス成形品が得られることが明らかとなった。
【0059】
[比較例]
(1)第2成形部をMf点の通過後に140℃×30秒保持し、その後に20℃/sで冷却したプレス成形品も製造した。このときの第2成形部は、引張強度:1538MPa、伸び:9.9%であり、前述した本実施例に係る第1成形部(高強度部)と同様に低延性となった。これは保持温度がMf点−100℃(180℃)よりもさらに低かったため、低温焼戻しがなされず、焼入マルテンサイト相のままで、焼戻マルテンサイト相が生成されなかったためと考えられる。
【0060】
(2)また、第2成形部をMs点の通過後に340℃×10秒保持し、その後に2℃/sで冷却したプレス成形品も製造した。このときの第2成形部は、引張強度:1400MPa、伸び:11.0%であり、強度と延性が共に不十分な特性となった。これは保持温度がMf点よりも大きく(Ms点に近く)、焼入マルテンサイト相および焼戻マルテンサイト相の生成が共に不完全な状態になったためと考えられる。
【0061】
以上のことから、高強度で高延性な部位を有する熱間プレス成形品を得るには、Mf点に到達後に、所定の焼戻温度域内(Mf点〜Mf点−100℃)に、所定の焼戻時間(5秒以上)保持する焼戻工程が有効であることが明らかとなった。
【符号の説明】
【0062】
1 ダイ
11 第1型部
12 第2型部
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B