特許第6321305号(P6321305)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6321305
(24)【登録日】2018年4月13日
(45)【発行日】2018年5月9日
(54)【発明の名称】薬物送達用ナノ粒子組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/42 20170101AFI20180423BHJP
   A61K 47/24 20060101ALI20180423BHJP
   A61K 47/12 20060101ALI20180423BHJP
   A61K 47/10 20060101ALI20180423BHJP
   A61K 47/64 20170101ALI20180423BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20180423BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20180423BHJP
   A61K 9/16 20060101ALI20180423BHJP
   A61K 9/51 20060101ALI20180423BHJP
   A61K 49/00 20060101ALI20180423BHJP
【FI】
   A61K47/42ZNA
   A61K47/24
   A61K47/12
   A61K47/10
   A61K47/64
   A61P35/00
   A61K45/00
   A61K9/16
   A61K9/51
   A61K49/00
【請求項の数】18
【全頁数】38
(21)【出願番号】特願2017-545984(P2017-545984)
(86)(22)【出願日】2017年3月23日
(86)【国際出願番号】JP2017011834
(87)【国際公開番号】WO2017164331
(87)【国際公開日】20170928
【審査請求日】2017年8月31日
(31)【優先権主張番号】特願2016-60520(P2016-60520)
(32)【優先日】2016年3月24日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501061319
【氏名又は名称】学校法人 東洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前川 透
(72)【発明者】
【氏名】ダサパンナイル サクチクマール
(72)【発明者】
【氏名】モハメッド シェイク モハメッド
(72)【発明者】
【氏名】ヴィーラナラヤナン スリワニ
【審査官】 高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2010/0076092(US,A1)
【文献】 KAUR, I.P. et al.,Potential of solid lipid nanoparticles in brain targeting,Journal of Controlled Release,2008年,Vol.127,p.97-109
【文献】 QIN, L. et al.,A dual-targeting liposome conjugated with transferrin and arginine-glycine-aspartic acid peptide for,Oncology Letters,2014年,Vol.8,p.2000-2006,ISSN 1792-1074
【文献】 KUO, Y.C. et al.,Dual targeting of solid lipid nanoparticles grafted with 83-14 MAb and anti-EGF receptor for maligna,Life Sciences,2016年 1月,Vol.146,p.222-231,ISSN 0024-3205
【文献】 Macromol. Biosci.,2014年,Vol.14,p.1696-1711
【文献】 JAIN, A. et al.,Transferrin-tailored solid lipid nanoparticles as vectors for site-specific delivery of temozolomide,Journal of Nanoparticle Research,2013年,Vol.15:1518,p.1-9,ISSN 1388-0764
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 9/00− 9/72
A61K 47/00−47/69
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質及び第二の物質が表面に結合したナノ粒子を含むナノ粒子組成物であって、
腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質は、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸のアミノ酸配列を含むペプチドであり、
腫瘍細胞に対する特異性を有する第二の物質は、トランスフェリンであり、
前記ナノ粒子は、外層とその外層によって包まれている小胞とを有し、かつ前記ナノ粒子は、膜成分として、PEGが結合したホスファチジルエタノールアミンと、ステアリン酸と、ホスファチジルコリンのみを含む、ナノ粒子組成物。
【請求項2】
前記ホスファチジルエタノールアミンが、DSPEである、請求項に記載のナノ粒子組成物。
【請求項3】
前記PEGが結合したホスファチジルエタノールアミンが、アミノ基で修飾されたPEGを有する、請求項1又は2に記載のナノ粒子組成物。
【請求項4】
前記第一の物質と前記第二の物質とを、2:8〜8:2の質量比で含む、請求項1〜のいずれか一項に記載のナノ粒子組成物。
【請求項5】
前記第一の物質と前記第二の物質とを、35:65〜45:55の質量比で含む、請求項4に記載のナノ粒子組成物。
【請求項6】
前記ナノ粒子が薬物をさらに含む、請求項1〜のいずれか1項に記載のナノ粒子組成物。
【請求項7】
前記薬物が抗癌剤である、請求項に記載のナノ粒子組成物。
【請求項8】
前記ナノ粒子が画像化剤をさらに含む、請求項1〜のいずれか1項に記載のナノ粒子組成物。
【請求項9】
腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質及び第二の物質が表面に結合したナノ粒子を含むナノ粒子組成物を製造する方法であって、
(i)PEGが結合したホスファチジルエタノールアミンと、ステアリン酸と、ホスファチジルコリンとを揮発性有機溶媒中に含む溶液から揮発性有機溶媒を除去して、膜を形成させるステップ、
(ii)ステップ(i)で得られた膜を緩衝液中で超音波処理し、ナノ粒子を生成するステップ、及び
(iii)ステップ(ii)で得られたナノ粒子の表面に、腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質及び第二の物質を結合させるステップ
を含み、
腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質は、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸のアミノ酸配列を含むペプチドであり、
腫瘍細胞に対する特異性を有する第二の物質は、トランスフェリンであり、
前記ナノ粒子は、外層とその外層によって包まれている小胞とを有する、方法。
【請求項10】
前記ステップ(ii)において緩衝液が薬物を含み、薬物を含むナノ粒子が生成される、請求項に記載の方法。
【請求項11】
前記薬物が抗癌剤である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
画像化剤をナノ粒子に導入することをさらに含む、請求項9〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
ステップ(i)の溶液が、PEGが結合したホスファチジルエタノールアミン、ステアリン酸、及びホスファチジルコリンをそれぞれ10〜50mg/mLの濃度で含む、請求項9〜12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
請求項に記載のナノ粒子組成物を含む、癌の治療用の医薬組成物。
【請求項15】
癌が脳腫瘍である、請求項14に記載の医薬組成物。
【請求項16】
請求項に記載のナノ粒子組成物を含む、腫瘍細胞を画像化するための組成物。
【請求項17】
請求項8に記載のナノ粒子組成物を含む、脳腫瘍検出するための組成物
【請求項18】
請求項8に記載のナノ粒子組成物を含む、脳腫瘍に対する治療効果をモニタリングするための組成物
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はナノ粒子組成物に関する。より具体的には薬物等を送達するためのナノ粒子組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
悪性脳腫瘍に薬剤を送達して治療することにおける障壁を克服するための挑戦がなされている。悪性脳腫瘍の複雑な性質と、悪性脳腫瘍が脳において形成されるという位置的な問題から、脳腫瘍は、世界的に高い致死率をもたらしている。
【0003】
脳腫瘍の中でも、神経膠芽腫は、高度に組織化され複雑化した悪性細胞のネットワークにサポートされて、転移し、原発巣から新たな領域に広がり、脳全体に迅速に拡散していく。この神経膠芽腫の迅速な増殖能力は、外科的腫瘍切除や化学療法といった、従来の治療に対する重要な障壁の一つとして、依然として存在している。
【0004】
化学療法の限られた成功率における、もう一つの主な障壁は、ほとんどすべての化学療法剤が、脳の内在的な防御機構を克服できないことである。1%未満程度の化学療法剤しか、全身投与を介して、中枢神経系腫瘍の脈管構造に到達できないことが報告されている。これは、高度に選択的な血液脳関門が存在していることによる。化学療法剤を脳の特定の領域に送達することの困難性を克服することが、脳障害の治療に対する課題として存在している。
【0005】
そこで、血液脳関門を通過することができる種々の薬物送達システム(DDS)が検討されている。例えば非特許文献1には、血液脳関門を通過する薬物送達システムとして、金粒子を利用することが記載されている。
【0006】
非特許文献2には、グリオーマの標的化療法のための、トランスフェリン及びアルギニン−グリシン−アスパラギン酸ペプチドとコンジュゲートされた二重標的化リポソームが記載されている。しかし、非特許文献2には、脂肪酸を膜成分として含むリポソームについて記載されていない。
【0007】
非特許文献3には、グリオブラストーマを治療するための、リボソーム不活性化タンパク質であるクルシン及びハイブリッド固体脂質ナノベクターからなるナノ製剤が記載されている。しかし、非特許文献3には、標的細胞に対する特異性を有する物質をナノ粒子の表面に結合させることについて記載されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Cheng Y., et al., Blood-brain barrier permeable gold nanoparticles: an efficient delivery platform for enhanced malignant glioma therapy and imaging., Small, 10 (24), 5137-5150, 2014.
【非特許文献2】Qin L., et al., A dual-targeting liposome conjugated with transferrin and arginine-glycine-aspartic acid peptide for glioma-targeting therapy, Oncology Letters, 8, 2000-2006, 2014
【非特許文献3】Mohamed MS., et al., Structurally distinct hybrid polymer/lipid nanoconstructs harboring a type-I ribotoxin as cellular imaging and glioblastoma directed therapeutic vectors. Macromolecular Bioscience, 14, 1696-1711, 2014.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このような状況のもと、血液脳関門を通過することができ、薬物送達効率が高く、より安全な薬物送達システムが求められている。
そこで、本発明は、血液脳関門を通過可能な薬物送達システムに利用することができ、細胞毒性が低い組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討を重ねた結果、標的細胞に対する特異性を有する物質を表面に結合したナノ粒子が血液脳関門を通過して、脳内(特に脳腫瘍)に効率的に送達されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は以下の態様を含む。
[1]腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質及び第二の物質が表面に結合したナノ粒子を含むナノ粒子組成物であって、
腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質は、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸のアミノ酸配列を含むペプチドであり、
腫瘍細胞に対する特異性を有する第二の物質は、鉄結合性タンパク質であり、
前記ナノ粒子は、外層とその外層によって包まれている小胞とを有し、かつ前記ナノ粒子は、膜成分として、PEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸と、非PEG化リン脂質とを含む、ナノ粒子組成物。
[2]前記融点が30℃以上の脂肪酸がステアリン酸であり、前記非PEG化リン脂質がホスファチジルコリンである、[1]に記載のナノ粒子組成物。
[3]前記PEG化リン脂質が、PEGが結合したホスファチジルエタノールアミンである、[1]又は[2]に記載のナノ粒子組成物。
[4]前記ホスファチジルエタノールアミンが、DSPEである、[3]に記載のナノ粒子組成物。
[5]前記PEG化リン脂質が、アミノ基で修飾されたPEGを有する、[1]〜[4]のいずれかに記載のナノ粒子組成物。
[6]前記第一の物質と前記第二の物質とを、2:8〜8:2の質量比で含む、[1]〜[5]のいずれかに記載のナノ粒子組成物。
[7]前記ナノ粒子が薬物をさらに含む、[1]〜[6]のいずれかに記載のナノ粒子組成物。
[8]前記薬物が抗癌剤である、[7]に記載のナノ粒子組成物。
[9]前記ナノ粒子が画像化剤をさらに含む、[1]〜[8]のいずれかに記載のナノ粒子組成物。
[10]腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質及び第二の物質が表面に結合したナノ粒子を含むナノ粒子組成物を製造する方法であって、
(i)PEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸と、非PEG化リン脂質とを揮発性有機溶媒中に含む溶液から揮発性有機溶媒を除去して、膜を形成させるステップ、
(ii)ステップ(i)で得られた膜を緩衝液中で超音波処理し、ナノ粒子を生成するステップ、及び
(iii)ステップ(ii)で得られたナノ粒子の表面に、腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質及び第二の物質を結合させるステップ
を含み、
腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質は、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸のアミノ酸配列を含むペプチドであり、
腫瘍細胞に対する特異性を有する第二の物質は、鉄結合性タンパク質である、方法。
[11]前記ステップ(ii)において緩衝液が薬物を含み、薬物を含むナノ粒子が生成される、[10]に記載の方法。
[12]前記薬物が抗癌剤である、[11]に記載の方法。
[13]画像化剤をナノ粒子に導入することをさらに含む、[10]〜[12]のいずれかに記載の方法。
[14][8]に記載のナノ粒子組成物を含む、癌の治療用の医薬組成物。
[15]癌が脳腫瘍である、[14]に記載の医薬組成物。
[16]癌を有する被験体に[14]又は[15]に記載の医薬組成物を投与することを含む、癌の治療方法。
[17]癌が脳腫瘍である、[16]に記載の方法。
[18][9]に記載のナノ粒子組成物を含む、腫瘍細胞を画像化するための組成物。
[19]脳腫瘍の検出方法であって、それを必要とする被験体に[18]に記載の組成物を投与するステップ、及び画像化剤の脳内での局在を検出するステップを含む、方法。
[20]脳腫瘍に対する治療効果をモニタリングする方法であって、それを必要とする被験体に[18]に記載の組成物を投与するステップ、及び画像化剤の脳内での局在を検出するステップを含む、方法。
【0012】
本発明はさらに以下の態様を含む。
[101]下記式(1)で表される化合物と、融点が30℃以上の脂肪酸と、リン脂質とを含む組成物。
【化1】
[式(1)中、m1〜m2はそれぞれ独立に10〜25の整数であり、nは20〜60の整数であり、m3は、0〜10の整数であり、Rはカルボキシ基、アミノ基、又はアミド基を含む基であり、Xは、カチオンである。]
[102]更に薬物を含む、[101]に記載の組成物。
[103]前記薬物がクルシンである、[102]に記載の組成物。
[104]式(1)で表される前記化合物において、式(1)中のRが標的細胞に対する特異性を有する第一の物質を含む、[101]〜[103]のいずれかに記載の組成物。
[105]式(1)で表される前記化合物において、式(1)中のRが標的細胞に対する特異性を有する第二の物質を含む、[101]〜[104]のいずれかに記載の組成物。
[106]標的細胞に対する特異性を有する前記第一の物質が、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸のアミノ酸配列を有するペプチドである、[104]又は[105]に記載の組成物。
[107]標的細胞に対する特異性を有する前記第二の物質がトランスフェリンである、[105]又は[106]に記載の組成物。
[108]直径500nm以下の粒子状である、[101]〜[107]のいずれかに記載の組成物。
[109]脳腫瘍治療用である、[102]〜[108]のいずれかに記載の組成物。
【0013】
本発明はさらに以下の態様を含む。
[1001]腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質及び第二の物質が表面に結合したナノ粒子を含むナノ粒子組成物であって、
腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質は、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸のアミノ酸配列を含むペプチドであり、
腫瘍細胞に対する特異性を有する第二の物質は、鉄結合性タンパク質であり、
前記ナノ粒子は、外層とその外層によって包まれている小胞とを有し、かつ前記ナノ粒子は、膜成分として、PEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸と、非PEG化リン脂質とを含む、ナノ粒子組成物。
[1002]前記PEG化リン脂質がDSPE−PEG(2000)アミンであり、前記脂肪酸がステアリン酸であり、前記非PEG化リン脂質がホスファチジルコリンである、[1001]に記載のナノ粒子組成物。
[1003]前記第一の物質と前記第二の物質とを、2:8〜8:2の質量比で含む、[1001]又は[1002]に記載のナノ粒子組成物。
[1004]前記ナノ粒子が薬物をさらに含む、[1001]〜[1003]のいずれかに記載のナノ粒子組成物。
[1005]前記ナノ粒子が画像化剤をさらに含む、[1004]に記載のナノ粒子組成物。
[1006]前記ナノ粒子が画像化剤をさらに含む、[1001]〜[1003]のいずれかに記載のナノ粒子組成物。
[1007]前記薬物が抗癌剤である、[1004]に記載のナノ粒子組成物。
[1008]腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質及び第二の物質が表面に結合したナノ粒子を含むナノ粒子組成物を製造する方法であって、
(i)PEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸と、非PEG化リン脂質とを揮発性有機溶媒中に含む溶液から揮発性有機溶媒を除去して、膜を形成させるステップ、
(ii)ステップ(i)で得られた膜を緩衝液中で超音波処理し、ナノ粒子を生成するステップ、及び
(iii)ステップ(ii)で得られたナノ粒子の表面に、腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質及び第二の物質を結合させるステップ
を含み、
腫瘍細胞に対する特異性を有する第一の物質は、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸のアミノ酸配列を含むペプチドであり、
腫瘍細胞に対する特異性を有する第二の物質は、鉄結合性タンパク質である、方法。
[1009]前記ステップ(ii)において緩衝液が薬物を含み、薬物を含むナノ粒子が生成される、[1008]に記載の方法。
[1010]画像化剤をナノ粒子に導入することをさらに含む、[1009]に記載の方法。
[1011][1009]又は[1010]に記載の方法によって製造される、ナノ粒子組成物。
[1012]前記薬物が抗癌剤である、[1009]に記載の方法。
[1013][1012]に記載の方法によって製造される、ナノ粒子組成物。
[1014]画像化剤をナノ粒子に導入することをさらに含む、[1008]に記載の方法。
[1015][1014]に記載の方法によって製造される、ナノ粒子組成物。
[1016][1007]又は[1013]に記載のナノ粒子組成物を含む、癌の治療用の医薬組成物。
[1017]癌が脳腫瘍である、[1016]に記載の医薬組成物。
[1018]癌を有する被験体に[1016]又は[1017]に記載の医薬組成物を投与することを含む、癌の治療方法。
[1019]癌が脳腫瘍である、[1018]に記載の方法。
[1020][1006]又は[1015]に記載のナノ粒子組成物を含む、腫瘍細胞を画像化するための組成物。
[1021]脳腫瘍の検出方法であって、それを必要とする被験体に[1020]に記載の組成物を投与するステップ、及び画像化剤の脳内での局在を検出するステップを含む、方法。
[1022]脳腫瘍に対する治療効果をモニタリングする方法であって、それを必要とする被験体に[1020]に記載の組成物を投与するステップ、及び画像化剤の脳内での局在を検出するステップを含む、方法。
【0014】
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2016-060520号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、血液脳関門を通過可能な薬物送達システムに利用することができ、細胞毒性が低い組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】一実施形態に係るナノ粒子の代表的な透過型電子顕微鏡画像の写真である。
図2】実施例3の細胞の生存率を測定した結果を示すグラフである。エラーバーは標準偏差を表す(N=3)。
図3】実施例5のマウスの体重の変化を示すグラフである。エラーバーは標準偏差を表す(N=3)。
図4】実施例6の各群のマウスの代表的な脳試料の写真である((a)〜(f))。
図5】実施例7の各群の脳試料における、腫瘍の中央部の切片のヘマトキシリン・エオジン染色の結果を示す写真である((a)〜(f))。
図6】実施例7の各群の脳試料における腫瘍の体積の測定結果を示すグラフである。エラーバーは標準偏差を表す(N=3)。
図7】実施例9に記載される、ナノ粒子へのクルシン又はトランスフェリンの取り込み(結合)を示すSDS−PAGEによるゲルの写真である((A)及び(B))。
図8】実施例9に記載される、ナノ粒子へのRGDトリペプチドの結合を示すMALDIによる測定結果を示すグラフである。
図9】実施例10に記載される各群のマウスの生存率を示すグラフである。
図10】実施例12に記載される各群の脳におけるQD(量子ドット)ナノ粒子の脳における蓄積を示す写真である。
図11】実施例12に記載される、各群におけるナノ粒子の腫瘍への蓄積を示すグラフである((A)〜(C))。エラーバーは標準偏差を表す(N=3)。
図12】実施例13に記載される各群の各臓器における平均蛍光強度を示すグラフである((A)〜(D))。エラーバーは標準偏差を表す(N=3)。
図13】実施例13に記載される各群の各臓器、血液及び腫瘍における平均蛍光強度を示すグラフである((A)〜(D))。エラーバーは標準偏差を表す(N=3)。
図14】実施例14のインビトロBBBモデルを示す模式図である。
図15】実施例15に記載される、インビトロBBBモデルを評価した結果を示すグラフである((A)及び(B))。エラーバーは標準偏差を表す(N=3)。
図16】実施例16に記載される、各ナノ粒子の頂端側から基底側への透過性分析の結果を示すグラフである。エラーバーは標準偏差を表す(N=3)。
図17】実施例17に記載される、各ナノ粒子の頂端側から基底側への透過性分析の結果を示すグラフである。エラーバーは標準偏差を表す(N=3)。
図18】実施例18に記載される、各ナノ粒子の頂端側から基底側への透過性分析の結果を示すグラフである。エラーバーは標準偏差を表す(N=3)。
図19】実施例19に記載される各ナノ粒子の膠芽腫細胞への標的化をFACS装置で解析した結果を示すグラフである((A)〜(E))。
図20】実施例19に記載される各ナノ粒子の膠芽腫細胞への標的化をFACS装置で解析した結果を示すグラフである((A)〜(D))。
図21】実施例19に記載される各ナノ粒子の膠芽腫細胞への標的化をFACS装置で解析した結果を示すグラフである((A)〜(G))。
図22】実施例20に記載される、さらなる薬物の担持効率を示すグラフである。エラーバーは標準偏差を表す(N=3)。
図23】実施例20に記載される、さらなる薬物の放出プロファイルを示すグラフである。エラーバーは標準偏差を表す(N=3)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[ナノ粒子組成物]
本発明は、ナノ粒子組成物に関する。本明細書において、ナノ粒子とは、直径が概ね1μm以下(好ましくは1nm以上かつ1μm未満)である粒子を意味する。本発明において、ナノ粒子は、脂質を主成分として含む膜で形成され、外層とその外層に包まれている小胞とを有し得る。
【0018】
一実施形態では、ナノ粒子は、膜成分(外層と小胞の膜成分)として、PEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸と、非PEG化リン脂質とを含んでよい。ナノ粒子は、他の成分を含んでもよい。本発明において、ナノ粒子は、膜成分として、コレステロールを含まなくてもよい。
【0019】
本明細書において、「PEG化リン脂質」とは、ポリエチレングリコール(PEG)が結合したリン脂質を指す。PEG化リン脂質としては、以下に限定するものではないが、PEGが結合したホスファチジルエタノールアミン(1,2−ジアシル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン)が挙げられる。PEGは、ホスファチジルエタノールアミン中のアミノ基に結合してよい。ホスファチジルエタノールアミン中の2つの脂肪酸は、それぞれ独立して、炭素数10〜25又は16〜20の飽和脂肪酸であってよい。PEGは、mPEG(メトキシPEG)であってもよい。ホスファチジルエタノールアミンは、例えば、DSPE(1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン)、DPPE(1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン)又はDMPE(1,2−ミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン)であってもよい。
【0020】
PEG化リン脂質中のポリエチレングリコール(PEG)鎖の平均分子量(Mw)は、500〜10000、好ましくは1000〜5000又は1000〜3000、例えば2000であってもよい。
【0021】
PEG化リン脂質は、特にPEG鎖の遊離末端において、官能基で修飾されていてもよい。官能基は、例えば、アミノ基、カルボキシ基、又はアミド基であってもよい。アミノ基で修飾されたPEG化リン脂質は、1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[アミノ(ポリエチレングリコール)−2000]であってもよく、これは、例えば、DSPE−PEG(2000)アミンとしてアバンティ ポーラ リピッド社から入手できる。カルボキシ基で修飾されたPEG化リン脂質は、1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[カルボキシ(ポリエチレングリコール)−2000]であってよく、これは、例えば、DSPE−PEG(2000)カルボン酸としてアバンティ ポーラ リピッド社から入手できる。
【0022】
一実施形態では、ナノ粒子組成物の製造のため、PEG化リン脂質として、式(1)で表される化合物を用いてもよい。
【化2】
[式(1)中、m1〜m2はそれぞれ独立に10〜25の整数であり、nは20〜60の整数であり、m3は、0〜10の整数であり、Rはカルボキシ基、アミノ基、又はアミド基を含む基であり、Xは、カチオンである。]
【0023】
式(1)におけるm1及びm2は、独立して、室温で固体である脂肪酸の炭素数に対応する数であることが好ましく、例えば15〜25であってもよく、例えば15〜20又は16〜18、具体的には17であってもよい。また、式(1)におけるnは、例えば25〜55であってもよく、例えば30〜50であってもよい。
【0024】
また、式(1)におけるm3は、0〜10の整数であり、例えば0〜6であってもよく、例えば0、1又は2であってもよい。
【0025】
式(1)におけるXは、カチオンであり、例えば、アンモニウムカチオン、スルホニウムカチオン、ヨードニウムカチオン、ホスホニウムカチオン、水素イオン等が挙げられる。
【0026】
また、式(1)におけるRのカルボキシ基又はアミノ基を利用して、薬物送達の標的細胞に対する特異性を有する物質を、例えばアミド結合により結合させ、ナノ粒子を標的細胞に集積させることが可能である。また、化学架橋剤を利用した架橋反応等により共有結合させてもよい。
【0027】
本明細書において、融点が30℃以上の脂肪酸としては、室温で固体である脂肪酸を使用することができる。例えば、融点が30℃以上の脂肪酸は、炭素数が10〜25の飽和脂肪酸から選択される1種以上の脂肪酸であってよく、より具体的には、例えば、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、パルミチン酸、ヘプタデカン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸等が挙げられる。
【0028】
また、本明細書において、非PEG化リン脂質としては、レシチン(ホスファチジルコリン)、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルエタノールアミン、及びホファチジルイノシトール等のホスファチジルグリセリドをはじめとするグリセロリン脂質、並びにスフィンゴミエリン等のスフィンゴリン脂質が挙げられる。一実施形態では、非PEG化リン脂質は、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルエタノールアミン、及びホファチジルイノシトールからなる群から選択される1種以上のホスファチジルグリセリドであってもよい。
【0029】
融点が30℃以上の脂肪酸及びリン脂質を膜成分として含むナノ粒子は、安定性が高いという利点がある。
【0030】
PEG化リン脂質(例えば、上記式(1)で表される化合物)は、脂質部分とポリマー部分とを有しているため、本発明に係るナノ粒子は、固体脂質ナノ粒子(Solid−Lipid Nanoparticle)とポリマー粒子とのハイブリッドであるということができる。固体脂質ナノ粒子とは、脂質コアが室温で固体である固体脂質粒子である。本発明に係るナノ粒子は、ハイブリッド固体脂質ナノ粒子(Hybrid Solid−Lipid Nanoparticle)であるということもできる。
【0031】
ナノ粒子中に膜成分として含まれる、PEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸と、非PEG化リン脂質との割合は、ナノ粒子が形成される範囲であれば特に制限されず、例えば、質量比で1〜10:1〜10:1〜10であってもよい。ナノ粒子中に膜成分として含まれる、PEG化リン脂質及び非PEG化リン脂質の合計と、融点が30℃以上の脂肪酸との割合は、例えば、1:1〜1:5、1:1.3〜1:4、又は1:1.5〜1:3のモル比であってもよい。ナノ粒子中に膜成分として含まれる、PEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸との割合は、1:50〜1:3、1:30〜1:5、1:20〜1:6、又は1:15〜1:8のモル比であってもよい。
【0032】
本実施形態の組成物に含まれるナノ粒子の平均直径は500nm以下、400nm以下、300nm以下、又は200nm以下であってよい。ナノ粒子の平均直径は、130nm以上、140nm以上、150nm以上、160nm以上、170nm以上、180nm以上、190nm以上であってもよい。ナノ粒子の平均直径は、例えば、140nm〜500nm、150nm〜300nm、又は160〜200nmの範囲であってもよい。粒子の直径は、当技術分野で公知の方法によって測定できるが、特に、動的光散乱法により測定することができる。動的光散乱法による測定は、市販の解析装置、例えばZetasizer Nano−ZS(マルバーン社)を用いて実施できる。また、粒子の直径は、例えば、粒子の透過型電子顕微鏡画像における直径を計測することによって測定してもよい。粒子画像が円形でない場合には、粒子画像と同じ面積を有する円の直径を直径とみなすとよい。本発明に係るナノ粒子は、外層とその外層に包まれている小胞とを有し得るが、外層の直径を粒子の直径とする。粒子の直径は平均値(例えば透過型電子顕微鏡画像における直径を計測する場合には100個の粒子の平均値)であってよい。
【0033】
本発明においてナノ粒子は、凝集しないことが好ましい。また、ナノ粒子は、マイナスのゼータポテンシャルを有することが好ましい。ナノ粒子のゼータポテンシャルは、より好ましくは、例えば、−100mV〜−1mV、−80mV〜−2mV又は−50mV〜−3mV、又は−30mV〜−5mVであってよい。マイナスのゼータポテンシャルは粒子が親水性であることを示す。粒子のゼータゼータポテンシャルは、電気泳動光散乱法により測定することができる。電気泳動光散乱法によるゼータポテンシャルの測定は、当技術分野で公知の方法によって、例えば市販の解析装置、例えばZetasizer Nano−ZS(マルバーン社)を用いて実施できる。
【0034】
従来の固体脂質ナノ粒子の製造方法は、界面活性剤の使用を必要とする乳化−分散プロセスを含む場合がある。界面活性剤の使用はコスト増につながる場合があり、乳化−分散プロセスは煩雑で時間を要する傾向にある。また、得られた固体脂質ナノ粒子は、薬物の担持量が低く、薬物が漏出する場合がある。
【0035】
これに対し、実施例において後述するように、本発明では、薬物担持量が多く、薬物放出を長期に維持するナノ粒子を形成することができる。これは、ポリマー及び脂質の二重の膜により薬物を封入するため、薬物が脂質/ポリマー層を通過しなければ放出されず、その結果、持続的で遅延した薬物の放出が実現されるものと考えられる。
【0036】
また、本発明に係るナノ粒子は、例えば図1に示すように、外層とその外層によって包まれている小胞とを有し得る。このような構造により、内包した薬物を長期にわたり放出させることができる。
【0037】
本発明では、ナノ粒子の表面に、標的細胞に対する特異性を有する物質が結合していてもよい。本明細書において、標的細胞に対する特異性を有する物質とは、他の細胞と比較して、標的細胞により結合しやすい性質を持つ物質を指す。標的細胞に対する特異性を有する物質は、ナノ粒子に膜成分として含まれる少なくとも一部のPEG化リン脂質(特にPEG鎖を修飾している官能基)に結合していてもよい。結合は、好ましくは共有結合である。結合は、当技術分野で公知の技術によって行ってよい。例えば、結合は、PEG化リン脂質に結合したアミノ基と、標的細胞に対する特異性を有する物質の有するカルボキシ基との間のアミド結合であってもよい。
【0038】
標的細胞は、脳細胞であってよい。標的細胞は、腫瘍細胞、特に膠芽腫(グリオブラストーマ)細胞であってよい。
【0039】
一実施形態では、ナノ粒子の表面に、標的細胞に対する特異性を有する第一の物質及び第二の物質が結合していてもよく、ここで、第二の物質は、第一の物質とは異なる物質である。係る場合、本実施形態の組成物は、二重の標的シグナルを有するため、ナノ粒子を標的細胞により効率良く集積させることが可能である。
【0040】
一実施形態では、上記式(1)で表される化合物の少なくとも一部には、標的細胞に対する特異性を有する物質が結合していてもよい。より具体的には、上記式(1)で表される化合物の少なくとも一部は、式(1)中のRが標的細胞に対する特異性を有する第一の物質であってもよい。係る場合、標的細胞に対する特異性を有する第一の物質は、アミド結合を介して結合するため、Rは、アミド基を含む。
【0041】
更に、標的細胞に対する特異性を有する物質として、第一の物質とは異なる第二の物質を含んでいてもよい。
【0042】
標的細胞に対する特異性を有する物質としては、特に制限されず、標的細胞に応じてあらゆる物質を使用することができる。例えば、標的細胞の表面に存在するタンパク質に対する抗体、抗体断片、アプタマー;標的細胞の表面に存在する受容体に対するリガンド等が挙げられる。
【0043】
標的細胞に対する特異性を有する物質としては、例えば、細胞表面に存在するインテグリンに結合する、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸(RGD)のアミノ酸配列(RGD配列)を有するペプチドが挙げられる。RGD配列を有するペプチドは、特に血管内皮癌細胞に特異性を有する。
【0044】
RGD配列を有するペプチドとしては、RGD配列を含有するペプチドを用いることができる。本明細書において、ペプチドとは、2個以上のアミノ酸がペプチド結合で結合したアミノ酸ポリマーをいう。ペプチドに含まれるアミノ酸の数は特に限定されないが、例えば2〜100個、又は3〜50個であってもよい。RGD配列を有するペプチドは、3〜10、例えば、3、4、5又は6アミノ酸残基長であってよい。RGD配列を含有するペプチドとしては、RGDトリペプチド、GRGDS(配列番号1)のアミノ酸配列を有するペンタペプチド、GRGDNP(配列番号2)のアミノ酸配列を有するヘキサペプチド、又はディスインテグリン類等が挙げられる。RGD配列を有するペプチドは、例えば市販のペプチド合成機を用いた化学合成によって調製してもよく、又は遺伝子工学的技術によって調製してもよい。あるいは、例えばシグマアルドリッチ社から市販されているRGD配列を有するペプチドを用いてもよい。
【0045】
標的細胞に対する特異性を有する物質の他の例としては、鉄結合性タンパク質が挙げられる。鉄結合性タンパク質は、鉄に結合する性質を有する任意のタンパク質を指す。鉄結合性タンパク質としては、限定されないが、例えば、トランスフェリン、ラクトフェリン、及びオボトランスフェリン、並びにそれらの変異体が挙げられる。変異体は、天然に存在するタンパク質においてアミノ酸置換、欠失、及び/又は挿入(例えば1〜10個のアミノ酸の)を有する変異体を含み得る。変異体は、標的細胞に対する特異性を保持し得る。鉄結合性タンパク質は、好ましくは、癌細胞表面に多く存在するトランスフェリン受容体に対するリガンドである、トランスフェリンである。トランスフェリンは約79kDaのタンパク質である。鉄結合性タンパク質は、特に限定されないが、例えばヒト又はウシなどの哺乳動物に由来し得る。鉄結合性タンパク質は、当技術分野で公知の方法によって、例えば遺伝子工学的技術を用いて調製できる。あるいは、例えばシグマアルドリッチ社から市販されている鉄結合性タンパク質を用いてもよい。
【0046】
実施例において後述するように、RGDトリペプチド及びトランスフェリンの双方を結合したナノ粒子は、血液脳関門を通過し、非常に効率よく脳腫瘍に薬物を送達することができた。したがって、本実施形態のナノ粒子組成物は、脳腫瘍治療用であるということもできる。
【0047】
また、標的細胞に対する特異性を有する物質として、葉酸、低密度リポタンパク質、アミノグルコース、表皮増殖因子等が挙げられる。
【0048】
ナノ粒子の表面に、標的細胞に対する特異性を有する第一の物質と第二の物質とが結合している場合、ナノ粒子組成物は、任意の比で第一の物質と第二の物質とを含んでよい。例えば、標的細胞に対する特異性を有する第一の物質がRGD配列を有するペプチドであり、標的細胞に対する特異性を有する第二の物質が鉄結合性タンパク質である場合、ナノ粒子組成物は、第一の物質と第二の物質とを、1:20〜20:1、1:10〜10:1、2:8〜8:2、3:7〜7:3若しくは4:6〜6:4の質量比、又はより詳細には35:65〜45:55の質量比で含み得る。また、標的細胞に対する特異性を有する第一の物質がRGD配列を有するペプチドであり、標的細胞に対する特異性を有する第二の物質が鉄結合性タンパク質である場合、ナノ粒子組成物は、第一の物質と第二の物質とを、10:1〜2000:1、50:1〜1000:1、80:1〜500:1、100:1〜400:1、120:1〜300:1、又は130:1〜200:1のモル比で含み得る。第一の物質と第二の物質とは、これらの質量比又はモル比でナノ粒子の表面に結合し得る。
【0049】
一実施形態では、ナノ粒子は、さらに薬物を含んでもよい。薬物を含むナノ粒子は、薬物送達システムに適用することができる。薬物は、その性質に応じて、ナノ粒子の膜内に内包されてもよく、膜成分中に組み込まれてもよい。
【0050】
薬物としては、例えば抗癌剤等が挙げられるが、特に限定されず、様々な性質及び活性を有する薬物を本発明に使用できる。抗癌剤としては、特に制限されず、例えば、フルオロウラシル、アザチオプリン、メトトレキサート等のDNA合成阻害剤;イリノテカン、ビンブラスチン、パクリタキセル等の細胞分裂阻害剤;シスプラチン、ナイトロジェンマスタード等のDNA損傷剤;ドキソルビシン、ブレオマイシン等の抗腫瘍性抗生物質;クルシン等の細胞殺傷活性を有する化合物等が挙げられる。なお、クルシンは植物の一種であるジャトロファ・クルカスの種子に含まれる有毒タンパク質(疎水性の分子量28kDaのI型リボソーム不活性化糖タンパク質)であり、癌細胞に対する強力な殺傷活性を有することが知られている。薬物は、核酸、タンパク質、ペプチド、小分子化合物(例えば分子量1000以下)等であってもよい。薬物の分子量は、限定されないが、200Da〜50kDa又は400Da〜30kDaであってよい。薬物は、例えば、10kDa〜40kDa又は20kDa〜30kDaの分子量のタンパク質であってもよい。薬物は、タキサン類化合物(例えば、パクリタキセル、ドセタキセルなど)又はアントラサイクリン系化合物(例えば、ドキソルビシン、ピラルビシン、イダルビシン、アクラルビシン、ダウノルビシン、エピルビシン、アムルビシン、ミトキサントロンなど)であってもよい。薬物は親水性でも疎水性でもよい。
【0051】
これらの薬物は単独で用いてもよく、あるいは2種以上を組み合わせて用いてもよい。なお本明細書において、化合物は遊離形態の他に、その塩、水和物なども含み得る。
【0052】
本発明の薬物を含むナノ粒子は、腫瘍、特に脳腫瘍に効率的に送達され、安定性が高く、薬物を長期にわたって放出することができる。
【0053】
一実施形態では、ナノ粒子は、さらに画像化剤を含んでもよい。画像化剤を含むナノ粒子は、標的細胞の画像化に適用することができる。一実施形態では、腫瘍の画像化により、例えば、腫瘍の検出及び診断、並びに腫瘍に対する治療効果のモニタリングが可能となる。画像化剤は、その性質に応じて、ナノ粒子の膜内の水相に内包されてもよく、膜成分中に組み込まれてもよい。画像化剤は、ナノ粒子の表面に結合していてもよい。ナノ粒子は、薬物と画像化剤の両方を含んでもよい。
【0054】
画像化剤としては、蛍光物質、発光物質、量子ドット、放射性物質、MRI造影剤、X線造影剤、常磁性イオンなどが挙げられる。
【0055】
本発明の画像化剤を含むナノ粒子は、効率的に腫瘍、特に脳腫瘍に送達され、腫瘍の画像化に使用され得る。
【0056】
本実施形態のナノ粒子組成物は、当技術分野で公知のいずれの方法によって作製してもよいが、特に、後述の「ナノ粒子組成物の製造方法」によって製造することができる。
【0057】
本発明に係るナノ粒子は、例えば図1に示すように、外層とその外層によって包まれている小胞とを有し得る。このような構造により、内包した薬物を長期にわたり放出させることができる。また本発明に係るナノ粒子は、安定性が高く、分散性に優れるという利点もある。標的細胞(特に脳腫瘍細胞)に対する特異性を有する物質が表面に結合しているナノ粒子は、血液脳関門を通過することができ、特異性高く脳腫瘍に薬物又は画像化剤などを送達することができ、一方で非特異的な組織への蓄積が少ないという利点がある。また本発明に係るナノ粒子は、長期にわたり血中を循環し、それにより、長期にわたる標的細胞への送達が可能となる。
【0058】
[ナノ粒子組成物の製造方法]
本発明は、本発明に係るナノ粒子組成物の製造方法を提供する。本方法は、(i)PEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸と、非PEG化リン脂質とを揮発性有機溶媒中に含む溶液から揮発性有機溶媒を除去して、膜を形成させるステップ、及び(ii)ステップ(i)で得られた膜を緩衝液中で超音波処理し、ナノ粒子(非標的化ナノ粒子)を生成するステップを含み得る。本方法は、(iii)ナノ粒子(非標的化ナノ粒子)の表面に、標的細胞に対する特異性を有する物質を結合させるステップをさらに含むことができる。本方法は、薬物又は画像化剤をナノ粒子に導入することをさらに含んでもよい。本明細書において、非標的化ナノ粒子は、標的細胞に対する特異性を有する物質が表面に結合していないナノ粒子を指す。
【0059】
本方法のステップ(i)において、PEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸と、非PEG化リン脂質とを含む溶液は、例えば本分野における一般的な揮発性有機溶媒、例えばクロロホルム、トルエン、エタノール、アセトン、メタノール、ジメチルスルホキシド等にこれらの物質を溶解させることにより調製することができる。本方法は、PEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸と、非PEG化リン脂質とを揮発性有機溶媒中に含む溶液を調製するステップを含んでもよい。溶液中のPEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸と、非PEG化リン脂質との割合は、ナノ粒子が形成される範囲であれば特に制限されず、例えば、質量比で1〜10:1〜10:1〜10であってもよい。溶液中のPEG化リン脂質、融点が30℃以上の脂肪酸、及び非PEG化リン脂質の濃度は、それぞれ、例えば、0.1〜200mg/mL、1〜100mg/mL又は10〜50mg/mLであってもよい。溶液中のPEG化リン脂質及び非PEG化リン脂質の合計と、融点が30℃以上の脂肪酸との割合は、例えば、1:1〜1:5、1:1.3〜1:4、又は1:1.5〜1:3のモル比であってもよい。溶液中のPEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸との割合は、1:50〜1:3、1:30〜1:5、1:20〜1:6、又は1:15〜1:8のモル比であってもよい。
【0060】
一実施形態では、PEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸と、非PEG化リン脂質とを含む溶液は、薬物又は画像化剤をさらに含んでもよい。これにより、製造されるナノ粒子の膜中に薬物又は画像化剤を含ませることができる。
【0061】
本方法のステップ(i)において、PEG化リン脂質と、融点が30℃以上の脂肪酸と、非PEG化リン脂質とを揮発性有機溶媒中に含む溶液から揮発性有機溶媒を除去し、これにより膜が形成され得る。揮発性有機溶媒は、当技術分野で公知の方法によって、例えば真空乾燥法によって除去することができる。
【0062】
次いで、本方法のステップ(ii)において、ステップ(i)で得られた膜を緩衝液中で超音波処理し、ナノ粒子を生成し得る。緩衝液は、生理的緩衝液、例えばリン酸緩衝生理食塩水(PBS)であってよい。緩衝液のpHは、限定されないが、例えば6.8〜8.0、7.0〜7.8又は7.2〜7.6であってよい。一実施形態では、緩衝液は、薬物又は画像化剤をさらに含んでもよい。これにより、製造されるナノ粒子の膜内に薬物又は画像化剤を内包させることができる。緩衝液中の薬物又は画像化剤の濃度は、当業者であれば目的に応じて適宜調整することができるが、例えば、0.01mg/mL〜100mg/mL、0.1mg/mL〜20mg/mL、又は1mg/mL〜10mg/mLであってもよい。超音波処理は、当技術分野で公知の方法によって、例えば市販の超音波処理器を用いて行うことができる。超音波処理は、透明で安定な懸濁液が得られるまで行ってもよい。超音波処理は、例えば、10〜200kHz又は20〜100kHzの周波数で行ってもよい。
【0063】
生成されたナノ粒子は、例えば遠心分離することにより(例えば30,000〜70,000rpmで20分間〜1時間の遠心分離により)ペレット化させて、精製してもよい。遠心分離は複数回行ってもよい。
【0064】
次いで、本方法のステップ(iii)において、ステップ(ii)で得られたナノ粒子(非標的化ナノ粒子)の表面に、標的細胞に対する特異性を有する物質を結合させることができる。結合は、当技術分野で公知の技術のいずれによって行ってもよいが、特に化学架橋剤を用いて行うことができる。化学架橋剤としては、例えば、1−エチル−3−[3−ジメチルアミノプロピル]カルボジイミド ヒドロクロリド(EDC)及びN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)等が挙げられる。一実施形態では、標的細胞に対する特異性を有する物質を化学架橋剤によって活性化し、活性化された当該物質をステップ(ii)で得られたナノ粒子(特に、ナノ粒子の膜成分中のPEG化リン脂質に結合したアミノ基)と反応させて、ナノ粒子の表面に当該物質を結合させることができる。活性化された、標的細胞に対する特異性を有する物質と、ナノ粒子との反応条件は、当業者であれば適宜設定し得るが、例えば0℃〜10℃で3時間〜24時間であってもよい。標的細胞に対する特異性を有する物質の量(2種以上の物質を用いる場合は、総量)は、反応させるナノ粒子に対して、例えば5%〜40%(質量)、又は10〜30%(質量)であってよい。
【0065】
PEG化リン脂質が上記式(1)で表される化合物である場合、標的細胞に対する特異性を有する物質は、式(1)中のRに結合させてもよい。
【0066】
標的細胞に対する特異性を有する物質を2種以上結合させる場合、ナノ粒子への当該2種以上の物質の結合は、別々に行ってもよく、又は同時に行ってもよい。当該2種以上の物質を同時にナノ粒子に結合させることにより、より簡単にナノ粒子を製造できる。
【0067】
標的細胞に対する特異性を有する物質が表面に結合したナノ粒子は、例えば遠心分離することにより(例えば30,000〜70,000rpmで20分間〜1時間の遠心分離により)ペレット化させて、精製してもよい。遠心分離は複数回行ってもよい。
【0068】
一実施形態において、本発明は、上記製造方法によって製造されたナノ粒子組成物を提供する。
【0069】
[脳腫瘍の治療及び画像化方法]
本発明は、本発明の一実施形態に係る抗癌剤を含むナノ粒子を含む、癌の治療用の医薬組成物を提供する。癌は、好ましくは脳腫瘍である。
【0070】
本明細書において、脳腫瘍は、頭蓋内に発生する任意の腫瘍を指す。脳腫瘍としては、神経膠腫(グリオーマ)、星状細胞腫、乏突起膠腫、退形成性星細胞腫、退形成性乏突起膠腫、膠芽腫(グリオブラストーマ)等が挙げられるが、これらに限定されない。膠芽腫は、悪性度が最も高い神経膠腫である。
【0071】
本明細書において、「治療」とは、脳腫瘍を有する被験体において、腫瘍を縮小させる又は消滅させることを意味する。脳腫瘍を有する被験体は、例えば、CT(コンピュータ断層撮影)及びMRI(核磁気共鳴像)などの画像診断によって決定できる。
【0072】
医薬組成物は、製剤分野で通常使用される任意の製剤補助剤をさらに含んでもよい。本明細書において、製剤補助剤としては、製薬上許容される、担体(固体又は液体担体)、賦形剤、安定化剤、崩壊剤、界面活性剤、結合剤、滑沢剤、乳化剤、抗酸化剤、矯臭剤、充填剤、溶解補助剤、懸濁剤、コーティング剤、着色剤、矯味剤、保存剤、緩衝剤などの、様々な担体又は添加剤を用いることができる。具体的には、製剤補助剤としては、水、生理食塩水、他の水性溶媒、製薬上許容される有機溶媒、マンニトール、ラクトース、デンプン、微結晶セルロース、ブドウ糖、カルシウム、ポリビニルアルコール、コラーゲン、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、水溶性デキストリン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、アラビアゴム、キサンタンガム、カゼイン、ゼラチン、寒天、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、グリセリン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ソルビトールなどが挙げられる。製剤補助剤は、製剤の剤形に応じて適宜又は組み合わせて選択され得る。
【0073】
医薬組成物は、経口的に、又は静脈内など非経口的に被験体に投与できる。医薬組成物は、錠剤、丸剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、粉剤、液剤などの経口剤、又は注射剤、点滴剤、塗布剤などの非経口剤の製剤としてよい。当業者は、慣用の方法でこれらの製剤を製造することができる。
【0074】
医薬組成物は、治療上有効な量で投与されてよい。医薬組成物の具体的な投与量は、個々の被験体に応じて、病気の進行度若しくは重症度、全身の健康状態、年齢、性別、体重及び治療に対する忍容性などに基づき、例えば医師の判断により決定される。例えば、医薬組成物は、ナノ粒子に含まれる抗癌剤が0.000001mg/体重kg/日〜1000mg/体重kg/日、又は0.001mg/体重kg/日〜1mg/体重kg/日、又は0.005mg/体重kg/日〜0.5mg/体重kg/日、又は0.01mg/体重kg/日〜0.1mg/体重kg/日となる量で投与してもよい。医薬組成物は、単回投与又は複数回投与することができ、例えば一定の時間間隔、例えば、1日、2日、3日、4日、5日、6日、1週間、2週間、3週間、1ヶ月などの間隔で、被験体に対して、数回又は数十回投与してもよい。
【0075】
医薬組成物は、他の抗癌剤治療、手術(外科治療)、又は放射線治療と併用してもよい。
【0076】
医薬組成物を投与する被験体は、哺乳動物、例えば霊長類、様々な家畜、家禽、ペット、実験動物等であってよく、好ましくはヒトである。被験体は、癌、好ましくは脳腫瘍を有する被験体であってよい。
【0077】
本発明はまた、癌を有する被験体に、本発明の一実施形態に係る抗癌剤を含むナノ粒子又は医薬組成物を投与することを含む、癌の治療方法を提供する。癌は、脳腫瘍であってよい。
【0078】
本発明はまた、癌の治療薬を製造するための、本発明の一実施形態に係るナノ粒子の使用を提供する。
【0079】
医薬組成物の投与により、癌、特に脳腫瘍を有する被験体の生存期間を、投与を受けていない被験体と比較して、延長させることもできる。
【0080】
本発明はまた、本発明の一実施形態に係る画像化剤を含むナノ粒子を含む、腫瘍細胞を画像化するための組成物を提供する。本組成物は、上述の製剤補助剤をさらに含んでもよい。また、本組成物の投与経路、剤形、投与量、投与回数、及び投与間隔としては、医薬組成物に関して上述のもの、又は当技術分野で公知のものを適宜用いることができる。
【0081】
本発明はまた、脳腫瘍の検出方法であって、それを必要とする被験体に、本発明の一実施形態に係る画像化剤を含むナノ粒子又は組成物を投与するステップ、及び画像化剤の脳内での局在を検出するステップを含む、方法を提供する。被験体は、脳腫瘍を有するか又は脳腫瘍を有することが疑われる被験体であってよい。本方法は、脳腫瘍を検出又は診断した後、脳腫瘍を治療するステップをさらに含んでもよい。
【0082】
本発明はまた、脳腫瘍に対する治療効果をモニタリングする方法であって、それを必要とする被験体に、本発明の一実施形態に係る画像化剤を含むナノ粒子又は組成物を投与するステップ、及び画像化剤の脳内での局在を検出するステップを含む、方法を提供する。被験体は、脳腫瘍に対する治療が施された被験体であってよい。本方法における投与及び検出は、通常、適当な時間間隔で複数回行われ得る。
【実施例】
【0083】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0084】
[材料及び方法]
(ナノ粒子の解析)
ナノ粒子の形態は透過型電子顕微鏡(TEM、型式「JEM−2200−FS」、JEOL社)で観察した。加速電圧は200kVに設定した。TEMサンプルホルダーにナノ粒子を滴下して風乾し、試料を作製した。
【0085】
また、解析装置(型式「Nano−ZS」、マルバーン社)を用いた動的光散乱法により、ナノ粒子の流体力学直径を解析した。また、表面の電荷をゼータポテンシャルにより決定した。
【0086】
また、紫外−可視スペクトロメーター(型式「UV−2100PC/3100PC」、島津製作所)を用いて、ナノ粒子による薬物の担持及び放出を定量した。
【0087】
(動物実験)
インビボ実験では、Balb/c nu/nuマウスを使用した。実験には48匹のマウスを用いた。これらのマウスを実験前に1週間馴化した後、ヒト膠芽腫細胞株であるGl−1(理化学研究所)を頭蓋内移植(ブレグマの1mm下)した。
【0088】
移植後、マウスをランダムに1群8匹ずつの6つの群に分けた。移植から96時間後に、各マウスに後述する各組成物を静脈投与した。各組成物の投与は48時間毎に行った。薬物の投与量は1回の投与あたり16μgで一定とした。
【0089】
各マウスの体重を、と殺まで5日毎に測定した。10回目の組成物の投与から48時間後に各群について4匹のマウスを安楽死させ、潅流し、全脳を摘出した。残りの各群4匹ずつのマウスは生存率の測定に使用した。摘出した脳は、直ちに4%パラホルムアルデヒドで固定した。固定から24時間後、脳試料をスクロース溶液に移し一晩静置した。続いて脳試料を樹脂(OCTコンパウンド)に包埋し、凍結した。
【0090】
続いて、クライオスタットを用いて、厚さ30μmの脳試料の切片を作製した。切片は風乾し、ヘマトキシリン及びエオジン染色した。また、腫瘍の容積を測定し記録した。
【0091】
[実施例1]
[製造例1]
(非標的化クルシンナノ粒子の調製)
ナノ粒子は、改変した脂質コアセルベーション法によって調製した。1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[アミノ(ポリエチレングリコール)−2000](DSPE−PEG(2000)アミン、アバンティ ポーラ リピッド社)25mg/mL(約9.0×10−3mol/L)、ステアリン酸(シグマアルドリッチ社)25mg/mL(約8.8×10−2mol/L)、及びレシチン(ホスファチジルコリン)(シグマアルドリッチ社)25mg/mL(約3.3×10−2mol/L)をクロロホルムに溶解して一晩乾燥させ、薄膜を形成した。
【0092】
続いて、薄膜にクルシンのリン酸緩衝液(PBS)溶液(pH7.4、5.33mg/mL)を添加して、超音波処理器(アズワン社)を用いて穏やかに(43kHz)数分間(1〜2分間)ソニケーションし、透明で安定な懸濁液を得た。続いて、懸濁液を50000rpmで30分間遠心してナノ粒子をペレット化させた(洗浄工程)。この洗浄工程を繰り返し行い、製造例1のナノ粒子(非特異的な非標的化クルシンナノ粒子)を得た。
【0093】
[製造例2]
(RGD結合クルシンナノ粒子の調製)
緩衝液中で、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸のアミノ酸配列からなるトリペプチド(RGDトリペプチド、シグマアルドリッチ社)2mgに、1−エチル−3−[3−ジメチルアミノプロピル]カルボジイミド ヒドロクロリド(EDC)(シグマアルドリッチ社)及びN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)(シグマアルドリッチ社)を添加し、チューブローテーターを用いて4℃で一晩反応させ、活性化した。
【0094】
続いて、活性化したRGDトリペプチドを、製造例1のナノ粒子(10mg)に添加して4℃で4時間以上(一晩)反応させた。続いて、懸濁液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)を得た。
【0095】
[製造例3]
(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子の調製)
緩衝液中で、トランスフェリン(シグマアルドリッチ社)2mgに、EDC及びNHSを添加し、チューブローテーターを用いて4℃で一晩反応させ、活性化した。
【0096】
続いて、活性化したトランスフェリンを、製造例1のナノ粒子(10mg)に添加して4℃で4時間以上(一晩)反応させた。続いて、懸濁液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を得た。
【0097】
[製造例4]
(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子の調製)
製造例2に記載したように調製した、活性化したRGDトリペプチド(1mgのRGDトリペプチドに相当する)、及び製造例3に記載したように調製した、活性化したトランスフェリン(1mgのトランスフェリンに相当する)を、製造例1のナノ粒子(10mg)に添加して4℃で4時間以上(一晩)反応させた。続いて、懸濁液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を得た。
【0098】
[製造例5]
(薬物非担持ナノ粒子の調製)
クルシンのリン酸緩衝液(PBS)溶液の代わりにPBS緩衝液を用いたこと以外は、製造例1と同様の方法によって、薬物非担持ナノ粒子を調製した。
【0099】
[実施例2]
(ナノ粒子の解析)
製造例1〜4のナノ粒子の形状を、透過型電子顕微鏡及び動的光散乱法により解析した。
【0100】
ナノ粒子の形態は透過型電子顕微鏡(TEM、型式「JEM−2200−FS」、JEOL社)で観察した。加速電圧は200kVに設定した。TEMサンプルホルダーにナノ粒子を滴下して風乾し、試料を作製した。図1は、製造例1〜4のナノ粒子の代表的な透過型電子顕微鏡画像である。図1に示すように、製造例1〜4のナノ粒子は、卵型の球状のナノ粒子であった。、製造例1のナノ粒子(非標的化クルシンナノ粒子)の直径は約150nmであった(100個のナノ粒子の平均値)。ナノ粒子は、外層とその外層によって包まれている小胞とを有することが示された。
【0101】
また、解析装置(型式「Zetasizer Nano−ZS」、マルバーン社)を用いた動的光散乱法により、ナノ粒子の流体力学直径を解析した。動的光散乱法により測定した、これらのナノ粒子の流体力学直径は約200nmであり、多分散性指数(polydispersity index、PDI)は約0.2であった。これらの結果は透過型電子顕微鏡画像の結果と一致していた。PDIが低いことは、これらのナノ粒子が高度に分散し、凝集していない粒子であることを示す。粒子が凝集していないことは、これらのナノ粒子が非常に安定であることを示し、このことは治療用途にナノ材料を適用する場合の必須の要件である。
【0102】
また、表面の電荷として、解析装置(型式「Zetasizer Nano−ZS」、マルバーン社)を用いてゼータポテンシャルを測定した。製造例1〜4のナノ粒子のいずれもマイナスのゼータポテンシャルを有していた。このことは、これらのナノ粒子が親水性であることを示す。製造例2〜4のナノ粒子は、製造例1のナノ粒子と比較してわずかにプラスにシフトしたゼータポテンシャルを有していた。これはナノ粒子の表面にRGDトリペプチド又はトランスフェリンが結合した結果であると考えられた。
【0103】
製造例1〜4のナノ粒子の動的光散乱法による流体力学直径及びゼータポテンシャルの結果を表1に示す。
【表1】
【0104】
[実施例3]
(細胞適合性の検討)
製造例1のナノ粒子を培養細胞に接触させて、細胞の生存率を測定した。細胞としては、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)、ヒト皮質神経細胞株(HCN−1A)及びグリオーマ細胞株(Gl-1)を使用した。HUVEC細胞はGibco社から入手した。HCN−1A細胞はATCC(アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション)から入手した。Gl−1細胞(A172細胞)は理化学研究所バイオリソースセンター細胞材料開発室から細胞番号RCB2530で入手した。
【0105】
各細胞の培地に、0(対照)、1、10及び100μg/mLのナノ粒子を添加し、72時間培養した。その後、MTTアッセイにより各細胞の生存率を測定した。図2は、実験結果を示すグラフである。その結果、製造例1のナノ粒子は、様々な細胞に対して細胞毒性が低く、細胞適合性があることが明らかとなった。
【0106】
[実施例4]
(薬物の担持と放出)
紫外−可視スペクトロメーター(型式「UV−2100PC/3100PC」、島津製作所)を用いて、ナノ粒子による薬物の担持及び放出を定量した。製造例1〜4のナノ粒子によるクルシン(28kDa)の担持は、紫外−可視スペクトル測定で220nm及び250nmに特徴的なピークを検出すること、及びSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動で28kDaのバンドが得られることにより確認した。
【0107】
ナノ粒子の紫外−可視吸収スペクトルではわずかなピークシフトが認められ、これはクルシンとナノ粒子成分との相互作用によるものであると考えられた。クルシンのナノ粒子への担持効率は約67%であり、3.5mgのクルシン(54.6mgのナノ粒子中)が担持されたことが明らかとなった。
【0108】
ナノ粒子からのクルシンの放出は紫外−可視スペクトル測定により解析した。その結果、クルシンの放出が高度に持続することが明らかとなった。より具体的には、ナノ粒子からのクルシンの放出量は、24時間後、48時間後、及び72時間後に、それぞれ32%、51%及び83%であることが明らかとなった。このような、高度に穏やかで持続的なクルシンの放出特性は、ナノ粒子の形態に直接的に関係していると考えられた。
【0109】
製造例1〜4のナノ粒子は、ポリマー及び脂質の二重の膜によりクルシンを担持している。この二重の膜が、クルシンが脂質/ポリマー層を通過しなければ放出されず、その結果、持続的で遅延したクルシンの放出が実現されると考えられた。
【0110】
[実施例5]
(インビボでの腫瘍の縮小)
上述した手順で動物実験を行った。より具体的には、1群8匹ずつのBalb/c nu/nuマウスに、遊離のクルシンのみ、製造例1のナノ粒子(クルシンナノ粒子)、製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)、製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)及び製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した。また、対照として、緩衝液のみを投与した群も用意した。
【0111】
具体的には、実験に48匹のマウスを用いた。これらのマウスを実験前に1週間馴化した後、ヒト膠芽腫細胞株であるGl−1(理化学研究所)を頭蓋内移植(ブレグマの1mm下)した。移植後、マウスをランダムに1群8匹ずつの6つの群に分けた。移植から96時間後に、1群8匹ずつのBalb/c nu/nuマウスに、遊離のクルシンのみ、製造例1のナノ粒子(クルシンナノ粒子)、製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)、製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)及び製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を静脈内投与した。また、対照として、緩衝液のみを投与した群も用意した。投与は48時間毎に繰り返し行った。薬物の投与量は1回の投与あたり16μgで一定とした。各マウスの体重を、と殺まで5日毎に測定した。
【0112】
各マウスの体重及び行動を記録した。図3は、実験開始0日目、8日目及び15日目のマウスの体重の変化を示すグラフである。その結果、対照群及び遊離のクルシンのみを投与した群のマウスは、8日目及び15日目の体重が顕著に減少したことが明らかになった。マウスの行動も大きく変化した。バランスの崩れた動作、食餌又は水の摂取が困難になる、制限された移動、接触に対する遅延した抵抗又は無抵抗は、対照群及び遊離のクルシンのみを投与した群のマウスで観察された主な行動であった。
【0113】
また、製造例1のナノ粒子(クルシンナノ粒子)を投与した群においても状況は似ていたが、対照群及び遊離のクルシンのみを投与した群と比較するとより改善されていた。
【0114】
また、製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)又は製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した群では、体重のわずかな減少が認められたが、異常な行動は認められなかった。
【0115】
また、製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した群は、一定の体重を示し、行動も正常であり、最も健康であった。
【0116】
[実施例6]
(脳試料の観察)
実施例5に記載した10回目の投与から48時間後に各群について4匹のマウスを安楽死させ、全身の潅流固定を行い、全脳を摘出した。摘出された脳試料における腫瘍の成長を解析した。図4(a)〜(f)は、各群のマウスの代表的な脳試料の写真である。図4(a)〜(f)中、腫瘍部分を点線で囲んで示す。図4(a)は対照群の脳試料の写真であり、図4(b)は遊離のクルシンのみを投与した群の脳試料の写真であり、図4(c)は製造例1のナノ粒子(クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真であり、図4(d)は製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真であり、図4(e)は製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真であり、図4(f)は製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真である。
【0117】
その結果、対照群及び遊離のクルシンのみを投与した群の脳試料では、ほぼ1つのローブ全体が腫瘍化していた。また、もう一方のローブにも腫瘍が転移しており、グリオーマの浸潤性の高さを示していた。
【0118】
製造例1のナノ粒子を投与した群では、約1/4の脳が腫瘍化していた。また、製造例2及び3のナノ粒子を投与した群では、製造例3のナノ粒子を投与した群の方が腫瘍の体積が比較的小さく、製造例2のナノ粒子を投与した群の方が腫瘍の体積が比較的大きかった。また、製造例4のナノ粒子を投与した群は最も治療が成功した群であり、肉眼で確認できる腫瘍は脳の表面には認められなかった。この結果は、製造例4のナノ粒子が、脳腫瘍の増殖を抑制するのに非常に効果的であることを示す。
【0119】
[実施例7]
(脳試料の病理組織学的な解析)
実施例6で摘出した脳は、直ちに4%パラホルムアルデヒドで固定した。固定から24時間後、脳試料をスクロース溶液に移し一晩静置した。続いて脳試料を樹脂(OCTコンパウンド)に包埋し、凍結した。続いて、クライオスタットを用いて、厚さ30μmの脳試料の切片を作製した。切片は風乾し、ヘマトキシリン及びエオジン染色した。また、腫瘍の容積を測定し記録した。
【0120】
図5(a)〜(f)は、各群の脳試料における、腫瘍の中央部の切片のヘマトキシリン・エオジン染色の結果を示す写真である。図5(a)は対照群の脳試料の写真であり、図5(b)は遊離のクルシンのみを投与した群の脳試料の写真であり、図5(c)は製造例1のナノ粒子(クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真であり、図5(d)は製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真であり、図5(e)は製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真であり、図5(f)は製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真である。
【0121】
その結果、対照群のマウスの脳試料では、脳のほぼ半分に腫瘍が浸潤していた。更に、脳の大きさが通常の脳の約2倍に腫脹し、形態学的な構造が変形していた。
【0122】
また、製造例4のナノ粒子を投与した群以外の脳では、生存及び予後に深刻な脅威となる腫瘍の浸潤が認められた。また、製造例4のナノ粒子を投与した群の脳では、対照群及び遊離のクルシンのみを投与した群と比較して腫瘍の体積が小さかった。
【0123】
図6は、各群の脳試料における腫瘍の体積の測定結果を示すグラフである。統計学的な解析の結果、遊離のクルシンのみを投与した群の腫瘍の体積は、対照群の腫瘍の体積の約70%であった。また、製造例1のナノ粒子を投与した群においても腫瘍の縮小は認められなかった。また、製造例2のナノ粒子を投与した群の腫瘍の体積は、対照群の腫瘍の体積の約40%であった。また、製造例3のナノ粒子を投与した群の腫瘍の体積は、対照群の腫瘍の体積の約25%であった。
【0124】
これに対し、製造例4のナノ粒子を投与した群の腫瘍の体積は、対照群の腫瘍の体積の約10%であり、統計学的に有意な差が認められた。
【0125】
以上の結果は、製造例1〜4のナノ粒子は、血液脳関門を通過することができ、ナノ粒子の表面に配置されたリガンドの効率(標的細胞に選択的かつ特異的に結合する能力)に依存して脳腫瘍に到達することができることを示す。特に、製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)は、脳腫瘍に対して優れた治療効果を有することが示された。
【0126】
[実施例8]
(生存期間の延長の検討)
実施例6で安楽死させなかった残りの各群4匹ずつのマウスは生存率の測定に使用した。各群のマウスの生存期間を計測した。表2に計測された生存期間を示す。その結果、対照群及び遊離のクルシンのみを投与した群のマウスの生存期間は、癌の移植から約20日間であった。
【0127】
また、製造例2のナノ粒子を投与した群のマウスの生存期間は対照群と比較して約5日延長した。また、製造例3のナノ粒子を投与した群のマウスの生存期間は対照群と比較して約10日延長した。これに対し、製造例4のナノ粒子を投与した群のマウスの生存期間は対照群と比較して約2倍に延長した。
【0128】
脳試料の解析結果から、製造例4のナノ粒子を投与した群では、腫瘍の体積が顕著に縮小したが、消失はしていなかった。腫瘍の移植から40日後にマウスが死亡したことは、腫瘍細胞が残存しており、腫瘍が再発したことによると考えられた。治療を延長することにより、残存する腫瘍細胞を完全に消失させることができる可能性が考えられた。
【0129】
【表2】
【0130】
[実施例9]
(ナノ粒子のさらなる解析)
ナノ粒子へのクルシンの取り込みをSDS−PAGEを用いて確かめた。クルシン、製造例5のナノ粒子(薬物非担持ナノ粒子)及び製造例1のナノ粒子(非標的化クルシンナノ粒子)をSDS−PAGEに供し、ゲルを染色して、タンパク質を解析した。結果を図7Aに示す。クルシンは28kDaの分子量を有する。製造例1のナノ粒子では28kDaのバンドが見られ、クルシンが製造例1のナノ粒子に取り込まれていることが示された。一方、製造例5のナノ粒子(薬物非担持ナノ粒子)では、28kDaのバンドは見られなかった。
【0131】
ナノ粒子へのトランスフェリンの結合をSDS−PAGEを用いて確かめた。トランスフェリン、製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)及び製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)をSDS−PAGEに供し、ゲルを染色して、タンパク質を解析した。結果を図7Bに示す。全てのレーンで79kDaのトランスフェリンのバンドが見られ、製造例3及び4のナノ粒子にトランスフェリンが結合していることが示された。
【0132】
続いて、RGDトリペプチドのナノ粒子表面への結合をMALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化法)質量分析によって確かめた。RGDトリペプチド、製造例2の粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)及び製造例4の粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)をMALDI質量分析機器(AXIMA(登録商標)−CFR、Kratos Analytical、島津製作所)によって解析した。結果を図8に示す。RGDトリペプチドが通常示すピーク568m/zから少しシフトしていたが、RGDトリペプチドは588.35m/zにピークを示した。製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)及び製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)は、RGDトリペプチドと同じ位置にピークを示した。このことから、製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)及び製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)中にRGDトリペプチドが存在することが示された。
【0133】
[実施例10]
(生存期間の延長のさらなる検討)
4週齢のBalb/c nu/nuマウスを2週間馴化した後、マウス1匹あたり30,000個のヒト膠芽腫細胞株Gl−1細胞(理化学研究所)を頭蓋内移植し、頭蓋内腫瘍を担持するマウスを作製した。移植後、マウスに、PBS(陰性対照)、遊離クルシン(マウス1匹あたり16μg)、及び製造例1〜4のナノ粒子(100μl中、約16μgのクルシンを含有する250μgのナノ粒子)のいずれかを尾静脈に注射した。2日に1回、合計18回投与を行った。
【0134】
マウスの生存期間を図9に示す。図9(a)は対照群、図9(b)は遊離クルシン投与群、図9(c)は製造例1のナノ粒子(非標的化クルシンナノ粒子)投与群、図9(d)は製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)投与群、図9(e)は製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)投与群、及び図9(f)は製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)投与群の生存率を示す。図9の縦軸は生存率(%)を示し、図9の横軸は、移植日を0日目として移植後の日数を示す。
【0135】
製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与したマウスの約60%が完全な腫瘍退行を示し、健康関連異常を伴わずに80日目まで生存した(図9(f))(80日後にマウスは安楽死させた)。一方、他の群のマウスは30日以上生存しなかった。この結果から、RGD及びトランスフェリンを結合させたクルシンナノ粒子は、脳腫瘍に対して優れた治療効果を奏し、生存期間を大きく延長させることが示された。
【0136】
[実施例11]
[製造例6]
(非標的化QDナノ粒子の調製)
CdSe QD(量子ドット)をMohamedら(Nanoscale,2016,8,7876−7888)に記載の方法に従って調製した。具体的には、セレン(Se)0.0078gを、ナンヨウアブラギリ(Jatropha curcas)の種子から抽出した油(JC油)1mL中で250℃にて30分間溶解することによって、セレン前駆体溶液を得て、この溶液を室温に冷却した。酸化カドミウム(CdO)粉末(0.1mmol)、JC油(5mL)及びオクタデセン(10mL)の混合物を、撹拌し、溶液が透明になるまでアルゴン流の下で300℃まで加熱した。次いで、セレン前駆体溶液を上記混合物に素早く添加し、300℃で2分間維持し、すぐに室温に冷却した。次いで、混合物を9000rpmで5分間エタノールを用いて遠心分離し、2回洗浄し、得られた量子ナノ結晶をクロロホルム中に懸濁した。
【0137】
クロロホルム中に懸濁したQD(量子ドット)を、クロロホルムに溶解させた等濃度のDSPE−PEG(2000)アミン、ステアリン酸、及びレシチンに添加し、一晩乾燥させ、薄膜を形成した。続いて、この薄膜にPBS緩衝液(pH7.4)を添加して、超音波処理器(アズワン社)を用いて穏やかに(43kHz)数分間(1〜2分間)ソニケーション(水和)し、透明で安定な懸濁液を得た。続いて、懸濁液を50000rpmで30分間遠心してナノ粒子をペレット化させ、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)を得た。
【0138】
[製造例7]
(RGD結合QDナノ粒子の調製)
製造例1のナノ粒子の代わりに製造例6のナノ粒子を用いたこと以外は、製造例2と同様の方法によって、製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)を調製した。
【0139】
[製造例8]
(トランスフェリン結合QDナノ粒子の調製)
製造例1のナノ粒子の代わりに製造例6のナノ粒子を用いたこと以外は、製造例3と同様の方法によって、製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)を調製した。
【0140】
[製造例9]
(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子の調製)
製造例1のナノ粒子の代わりに製造例6のナノ粒子を用いたこと以外は、製造例4と同様の方法によって、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)を調製した。
【0141】
[実施例12]
(ナノ粒子の腫瘍への蓄積)
実施例10に記載したように作製した、頭蓋内腫瘍を担持するマウスをこの実験に用いた。PBS(陰性対照)、蛍光クルシン(マウス1匹あたり100μg)、及び製造例6〜9のナノ粒子(マウス1匹あたり0.5mgのナノ粒子)のいずれかを、マウスに静脈内注射した。蛍光クルシンは、市販のICG(インドシアニングリーン色素)のNHSエステルを用いて調製した。精製クルシン及びNHS−ICG(Dojindo社)を37℃で30分間反応させてコンジュゲートさせ、蛍光クルシンを、製造業者の推奨に従って、分子量カットオフベースの遠心分離によって遊離クルシン及び色素から分離することによって得た。投与の6、24及び48時間後に、マウスを安楽死させ、脳を取り出した。腫瘍及び正常脳組織におけるQD蓄積をインビボイメージングシステム(型式「Clairvivo Opt」、島津製作所)を用いて画像化した。画像化後、腫瘍を正常脳組織から分離し、腫瘍及び正常脳組織をそれぞれホモジナイズし、QDの蛍光を蛍光分光光度計を用いて測定した。
【0142】
QDナノ粒子の脳における蓄積を図10に示す。対照群は、予想通り、腫瘍及び正常脳において蛍光を示さなかった。クルシン投与群の脳は、腫瘍及び正常脳組織の両方に、クルシンの非特異的蓄積を示したが、腫瘍における蛍光強度は非常に低かった。製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、投与6時間後に、腫瘍組織内に赤色に画像化されたはっきりとした蛍光シグナルを示し、隣接する正常脳組織への非特異的蓄積は見られなかった。製造例7及び8のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)も、6時間までに腫瘍特異的蓄積を示した。24時間後には、QDシグナル強度は、多くの群で弱くなったが、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)では強いままだった。48時間までに、大部分のQDは腫瘍から消失したが、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)のみが検出可能な蛍光を示した。
【0143】
各群の腫瘍の蛍光を定量し、対照群と比較した結果を図11Aに示す。製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)、製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)及び製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、投与6時間後において、対照と比較してそれぞれ4、3.5、4.8及び5.8倍のナノ粒子蓄積増加を示した。投与24時間後には、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)、製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、及び製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)で蛍光強度が6時間後より減少した。一方、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)では、蛍光は24時間後にさらに増加し、対照と比較して約7倍であった。この結果は、RGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子が、脳腫瘍に送達され、腫瘍に長時間蓄積したことを示す。
【0144】
正常脳組織/腫瘍の蛍光比を図11Bに示す。ナノ粒子が非特異的に蓄積すると、正常脳組織と腫瘍は同様の蓄積プロファイルを示し、その結果、両組織の蛍光の比は1に近くなる。逆にナノ粒子が腫瘍に特異的に蓄積すると、比は小さくなる。投与6時間後に、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)では比は約0.8であり、一方、製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)及び製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)では、比はそれぞれ0.67、0.57及び0.5であった。このことは、RGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子が、腫瘍に特異的に蓄積し、正常脳組織への非特異的な蓄積が非常に少ないことを示す。投与24時間及び48時間後では、多くの群で比は増加したが、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)では、48時間後でさえ、比は約0.6と低いままだった。このことは、RGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子が、長時間にわたり腫瘍に特異的に蓄積することを示す。
【0145】
正常脳組織における平均蛍光強度を図11Cに示す。この結果は、脳組織における非特異的な蛍光クルシン又は粒子の蓄積を示す。対照群は、脳組織に蛍光をほぼ示さなかった。蛍光クルシン群も脳にほぼ蛍光を示さず、このことは、遊離薬物が血液脳関門の通過を制限されていることを示す。製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)は、脳に高い非特異的蓄積を示し、これに製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、さらに製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)が続いた。製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、正常脳組織における非特異的蓄積が非常に少なかった。
【0146】
これらの結果から、RGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子は、長時間にわたり脳腫瘍に蓄積し、また、正常脳組織への非特異的な蓄積が少ないことが示された。
【0147】
[実施例13]
(ナノ粒子の生体内分布)
実施例10に記載したように作製した、頭蓋内腫瘍を担持するマウスをこの実験に用いた。製造例6〜9のナノ粒子(マウス1匹あたり0.5mgのナノ粒子)のいずれかを、マウスの尾静脈に注射した。投与の6、24及び48時間後に、マウスを安楽死させ、主な臓器(脳、肺、心臓、腎臓、脾臓、及び肝臓)を取り出し、さらに、脳の腫瘍を正常脳組織から分離した。またマウスから血液も回収した。QD蓄積を、量子ドットの元素組成に基づきICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析計)(サーモ・サイエンティフィック社)を用いて定量化した。
【0148】
結果を図12及び13に示す。図12Aは脳、図12Bは肺、図12Cは心臓、図12Dは腎臓、図13Aは脾臓、図13Bは肝臓、図13Cは血液及び図13Dは腫瘍における各群の平均蛍光強度を示す。
【0149】
製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、製造例6〜8のナノ粒子より、正常脳組織、肺、心臓、腎臓、脾臓、及び肝臓への蓄積が少なく、このことは、非特異的蓄積が少ないことを示す(図12A〜12D及び13A〜13B)。非特異的蓄積は、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)で高く、これに製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、さらに製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)が続いた。一方、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、血液及び腫瘍に著しく多く検出された(図13C及び13D)。製造例9のナノ粒子が血中に多く存在することは、この粒子が他の粒子に比べて増加した血中半減期を有することを示す。また、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、腫瘍に、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)と比べて約6〜7倍、製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)と比べて6倍、製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)と比べて約2倍多く存在し(図13D)、この結果は、RGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子の腫瘍への標的化効率及び特異性の高さを示す。
【0150】
[実施例14]
(インビトロBBBモデルの作製)
ヒト脳微小血管内皮細胞及びヒト脳微小血管周皮細胞をCell Systems社から購入し、CSCクラシック培地キットを用いて培養した。細胞は37℃、加湿雰囲気及び5%COで増殖させた。Transwell(登録商標)インサート(3μm孔径、24ウェル、BD Falcon社)を逆さに置き、周皮細胞をその上に添加して24時間増殖させた。その後、インサートを注意しながら再度逆さにして(元に戻して)24ウェルプレートに入れ、内皮細胞をインサートの上側に播種した。高密度の共培養が達成されるまで細胞を培養し、インビトロBBB(血液脳関門)モデルを作製した(図14)。このインビトロBBBモデルは、膜の上側(頂端側)で培養されたヒト脳内皮細胞及び下側(基底側)で培養されたヒト脳周皮細胞を有する。インビトロBBBモデルを用いる以降の実験では陰性対照として、細胞のないTranswell(登録商標)インサートを用いた。
【0151】
[実施例15]
(インビトロBBBモデルの評価)
実施例14で作製したインビトロBBBモデルのBBB完全性を確認するために、培地透過アッセイ及び頂端側から基底側への透過性分析を行った。
【0152】
培地透過アッセイは、0.5mlの培地をインビトロBBBモデルの上部チャンバーに添加し、30分後に下部チャンバーに透過した培地の体積を定量することによって行った。陰性対照として、細胞のないTranswell(登録商標)インサートを用いた。透過した培地の体積が少ないことは、BBBにおける、より強固な接合部の存在を示す。
【0153】
培地透過アッセイの結果を図15Aに示す。対照では培地は下部チャンバーに完全に流れ出たのに対し、インビトロBBBモデルでは、培地は上部チャンバーに留まり、培地の透過は非常に少ないことが示された。
【0154】
次に、頂端側から基底側への透過性分析を、低分子量のFITC−イヌリン(シグマアルドリッチ社)、中程度の分子量のFITC−デキストラン20kDa(シグマアルドリッチ社)又は高分子量のFITC−デキストラン70kDa(シグマアルドリッチ社)をインビトロBBBモデルの上部チャンバー上に添加し、15分後及び30分後に下部チャンバーに流れ出た蛍光を測定することによって行った。イヌリン及びデキストランは、インビトロBBBモデルにおいて、薬剤透過性を試験するために使用されたことが報告されている(Wilhelm,I.,et al.,Mol.Pharmaceutics,2014,11(7):1949−1963)。陰性対照として、細胞のないTranswell(登録商標)インサートを用いた。
【0155】
頂端側から基底側への透過性分析の結果を図15Bに示す。対照と比較して、インビトロBBBモデルでは、イヌリン及びデキストランはほとんど透過しないことが示された。30分後には、インビトロBBBモデルで低分子量のイヌリンがわずかに透過したが、これは、分子量に依存した透過現象(すなわち、低分子量の物質は高分子量の物質より容易に透過すること)を示す。このことは、インビトロBBBモデルがインビボの血液脳関門と同等に機能することを示す。
【0156】
また、インビトロBBBモデルでは、経内皮電気抵抗(TEER)は、382Ω/cmであった。TEERは300Ω/cmより大きい場合にインビボ条件をよく反映しているとみなされる。
【0157】
これらの結果は、実施例14で作製したインビトロBBBモデルが、インビボの血液脳関門をよく反映していることを示す。
【0158】
[実施例16]
(ナノ粒子の血液脳関門の通過能)
FITC標識クルシン及び製造例6〜9のナノ粒子が血液脳関門を通過できるかどうかを、実施例15に記載した頂端側から基底側への透過性分析と同様にして調べた。FITC標識クルシンは、精製クルシンをFITCのNHSエステル(FITC−NHS、Dojindo社)と反応させ、分子カットオフ技術を用いて遊離クルシン及びFITCから分離することによって調製した。FITC標識クルシン又は製造例6〜9のナノ粒子(濃度0.5mg/ml)を、実施例14で作製したインビトロBBBモデルの上部チャンバーに添加し、4時間インキュベートした。その後、下部チャンバー内のFITC又は量子ドットの蛍光を測定して、透過性を評価した。
【0159】
結果を図16に示す。製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は約95%の高い透過性を示し、製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)(82%)及び製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)(70%)が続いた。この結果は、特にRGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子が、血液脳関門を効率的に通過できることを示す。
【0160】
[実施例17]
(RGDとトランスフェリンの比が、ナノ粒子の血液脳関門通過能に与える影響)
RGDトリペプチドとトランスフェリンが様々な比で結合したナノ粒子を調製した。RGD:トランスフェリンが2:8の質量比(約57:1のモル比)で結合したナノ粒子(RGD2:Tf8)を、10mgのナノ粒子あたり、0.4mgのRGDトリペプチドに相当する活性化したRGDトリペプチド及び1.6mgのトランスフェリンに相当する活性化したトランスフェリンを用いたこと以外は、製造例9と同様の方法で調製した。RGD:トランスフェリンが4:6の質量比(約152:1のモル比)で結合したナノ粒子(RGD4:Tf6)を、10mgのナノ粒子あたり、0.8mgのRGDトリペプチドに相当する活性化したRGDトリペプチド及び1.2mgのトランスフェリンに相当する活性化したトランスフェリンを用いたこと以外は、製造例9と同様の方法で調製した。RGD:トランスフェリンが6:4の質量比(約342:1のモル比)で結合したナノ粒子(RGD6:Tf4)を、10mgのナノ粒子あたり、1.2mgのRGDトリペプチドに相当する活性化したRGDトリペプチド及び0.8mgのトランスフェリンに相当する活性化したトランスフェリンを用いたこと以外は、製造例9と同様の方法で調製した。RGD:トランスフェリンが8:2の質量比(約913:1のモル比)で結合したナノ粒子(RGD8:Tf2)を、10mgのナノ粒子あたり、1.6mgのRGDトリペプチドに相当する活性化したRGDトリペプチド及び0.4mgのトランスフェリンに相当する活性化したトランスフェリンを用いたこと以外は、製造例9と同様の方法で調製した。ナノ粒子RGD2:Tf8、RGD4:Tf6、RGD6:Tf4又はRGD8:Tf2(濃度0.5mg/ml)を、実施例14で作製したインビトロBBBモデルの上部チャンバーに添加し、4時間インキュベートした。その後、下部チャンバー内の量子ドットの蛍光を測定して、透過性を評価した。
【0161】
結果を図17に示す。試験したナノ粒子は全て約90%以上の高い透過性を示した。特に、RGD4:Tf6が、約96%の最も高い透過性を示した。この結果は、RGDトリペプチドとトランスフェリンを様々な比率で有するナノ粒子が効率的に血液脳関門を通過できることを示し、特にRGD:トランスフェリンが4:6の質量比(約152:1のモル比)の場合にナノ粒子がより効率的に血液脳関門を通過できることを示す。
【0162】
[実施例18]
(標的化剤の種類が、ナノ粒子の血液脳関門通過能に与える影響)
様々な標的化剤を単一で又は組み合わせて有するナノ粒子を調製した。標的化剤として、上記のRGDトリペプチド及びトランスフェリンに加えて、葉酸(FA)及びアンジネックス(Anginex)を用いた。葉酸は、膠芽腫(グリオブラストーマ)を含む多くの癌細胞で過剰発現している葉酸受容体に結合するため、癌細胞を標的化する。アンジネックスは、様々な腫瘍及び内皮細胞で発現しているガレクチン−1(galectin−1)に結合するため、腫瘍細胞(癌細胞)、及び新しい血管を形成する内皮細胞(血管新生)を標的化する。
【0163】
葉酸(シグマアルドリッチ社)2mgに、1−エチル−3−[3−ジメチルアミノプロピル]カルボジイミド ヒドロクロリド(EDC)(シグマアルドリッチ社)及びN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)(シグマアルドリッチ社)を添加し、4℃で一晩反応させ、葉酸を活性化した。活性化した葉酸を、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、葉酸が結合したナノ粒子を得た。
【0164】
アンジネックス(フェニックス ペプチド社)2mgに、EDC及びNHSを添加し、4℃で一晩反応させ、アンジネックスを活性化した。活性化したアンジネックスを、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、アンジネックスが結合したナノ粒子を得た。
【0165】
次いで、二種類の標的化剤を有するナノ粒子を調製した。葉酸2mgに、EDC及びNHSを添加し、4℃で一晩反応させ、葉酸を活性化した。アンジネックス、RGDトリペプチド及びトランスフェリンも同様にそれぞれ活性化した。
【0166】
活性化した葉酸(1mgの葉酸に相当する)及び活性化したアンジネックス(1mgのアンジネックスに相当する)を、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、葉酸及びアンジネックスが結合したナノ粒子を得た。
【0167】
活性化した葉酸(1mgの葉酸に相当する)及び活性化したトランスフェリン(1mgのトランスフェリンに相当する)を、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、葉酸及びトランスフェリンが結合したナノ粒子を得た。
【0168】
活性化した葉酸(1mgの葉酸に相当する)及び活性化したRGDトリペプチド(1mgのRGDトリペプチドに相当する)を、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、葉酸及びRGDトリペプチドが結合したナノ粒子を得た。
【0169】
活性化したアンジネックス(1mgのアンジネックスに相当する)及び活性化したトランスフェリン(1mgのトランスフェリンに相当する)を、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、アンジネックス及びトランスフェリンが結合したナノ粒子を得た。
【0170】
活性化したアンジネックス(1mgのアンジネックスに相当する)及び活性化したRGDトリペプチド(1mgのRGDトリペプチドに相当する)を、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、アンジネックス及びRGDトリペプチドが結合したナノ粒子を得た。
【0171】
こうして調製したナノ粒子及び製造例7〜9のナノ粒子(濃度0.25mg/ml)を、実施例14で作製したインビトロBBBモデルの上部チャンバーに添加し、4時間インキュベートした。その後、下部チャンバー内の量子ドットの蛍光を測定して、透過性を評価した。
【0172】
図18は、アンジネックスが結合したナノ粒子(Ang)、葉酸が結合したナノ粒子(FA)、製造例7のRGD結合QDナノ粒子(RGD)、製造例8のトランスフェリン結合QDナノ粒子(Tf)、葉酸及びアンジネックスが結合したナノ粒子(FA−Ang)、葉酸及びトランスフェリンが結合したナノ粒子(FA−Tf)、葉酸及びRGDトリペプチドが結合したナノ粒子(FA−RGD)、アンジネックス及びトランスフェリンが結合したナノ粒子(Ang−Tf)、アンジネックス及びRGDトリペプチドが結合したナノ粒子(Ang−RGD)及び製造例9のRGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子(RGD−Tf)の透過性の結果を示す。RGDトリペプチドとトランスフェリンの組み合わせを有するナノ粒子が、最も優れた脳血液関門通過能を示した。
【0173】
[実施例19]
(インビトロにおける膠芽腫(グリオブラストーマ)への標的化)
Gl−1細胞(理化学研究所)を12ウェルプレートに1×10細胞/ウェルの密度で播種し、24時間培養した。次いで、細胞を、FITC標識クルシン(実施例16に記載)、製造例6〜9のナノ粒子、RGDトリペプチドとトランスフェリンが様々な比で結合したナノ粒子(実施例17に記載)、及び様々な標的化剤を単一で又は組み合わせて有するナノ粒子(実施例18に記載)で2時間処理した。処理終了時に、細胞をPBSで3回洗浄し、4%パラホルムアルデヒドで固定し、細胞の取り込み効率をFACS装置(インテリサイト社)で分析した。
【0174】
結果を図19〜21に示す。図19Aは対照、図19Bは製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)、図19Cは製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、図19Dは製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)、図19Eは製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)、図20Aはナノ粒子RGD2:Tf8、図20Bはナノ粒子RGD4:Tf6、図20Cはナノ粒子RGD6:Tf4、図20Dはナノ粒子RGD8:Tf2、図21Aはアンジネックスが結合したナノ粒子、図21Bは葉酸が結合したナノ粒子、図21Cは葉酸及びアンジネックスが結合したナノ粒子、図21Dはアンジネックス及びRGDトリペプチドが結合したナノ粒子、図21Eはアンジネックス及びトランスフェリンが結合したナノ粒子、図21Fは葉酸及びRGDトリペプチドが結合したナノ粒子、並びに図21Gは葉酸及びトランスフェリンが結合したナノ粒子の分析結果を示す。
【0175】
製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)、製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)と比べて、標的細胞において多くの蓄積を示し(10〜10の範囲の強度)(図19B〜19E)、RGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子の優れた標的化効率が示された。RGDトリペプチドとトランスフェリンの比を変化させると、RGD:トランスフェリンが4:6の質量比の場合に膠芽腫細胞に最も多くの蓄積が示された(図20A〜20D)。さらに、様々な標的化剤及びそれらの組み合わせを試験したが(図21A〜21G)、RGDとトランスフェリンの組み合わせより優れた蓄積を示すものはなかった。これらの結果から、特にRGDとトランスフェリンを組み合わせて有するナノ粒子が、標的細胞である膠芽腫細胞へ効率的に標的化及びアクセスできることが示された。
【0176】
[実施例20]
(さらなる薬物の担持及び放出)
薬物としてドキソルビシン又はパクリタキセルを含むナノ粒子を調製し、薬物の担持及び放出を調べた。
【0177】
ナノ粒子を、改変した脂質コアセルベーション法によって調製した。等濃度の1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[アミノ(ポリエチレングリコール)−2000)](DSPE−PEG(2000)アミン、アバンティ ポーラ リピッド社)、ステアリン酸(シグマアルドリッチ社)、及びレシチン(シグマアルドリッチ社)をクロロホルムに溶解して一晩乾燥させ、薄膜を形成した。
【0178】
続いて、薄膜を、薬物ドキソルビシン(DOX、シグマアルドリッチ社)又はパクリタキセル(PTX、和光純薬工業)の溶液(緩衝液中)を用いて水和し、数分間ソニケーションし、透明で安定な懸濁液を得た。続いて、懸濁液を遠心分離機(日立社)により50000rpmで30分間遠心分離して、薬物を担持するナノ粒子をペレット化させた(洗浄工程)。この洗浄工程を繰り返し行うことによって、薬物担持ナノ粒子を得た。ドキソルビシンは、アントラサイクリン系化合物の抗癌剤であり、分子量約544を有する親水性化合物である。パクリタキセルは、タキサン類化合物の抗癌剤であり、分子量約854を有する疎水性化合物である。
【0179】
10%Triton Xを用いてナノ粒子の脂質殻を溶解して、ナノ粒子の薬物担持効率を定量した。放出された薬物の吸光度(ドキソルビシンの場合は450nm、パクリタキセルの場合は280nmの吸光度)を分光光度計(型式「UV−2100PC/3100PC」、島津製作所)を用いて読み取った。薬物濃度と吸光度の関係を示す、予め作成しておいた標準曲線を用いて、測定した吸光度を薬物濃度に変換した。薬物担持効率(%)は、薬物担持ナノ粒子の調製に使用した全薬物に対する、上記の脂質殻の溶解によって放出された薬物(ナノ粒子に担持された薬物)の割合として算出した。薬物担持効率を図22に示す。ドキソルビシン及びパクリタキセルのナノ粒子への担持効率は、それぞれ約83%及び約62%であることが示された。
【0180】
次に、薬物を担持するナノ粒子を生理的pH(7.2)のPBS中に様々な時間(0〜96時間)インキュベーションした後、遠心分離によってペレット化し、放出された薬物を含む上清の吸光度を分光光度計(型式「UV−2100PC/3100PC」、島津製作所)を用いて読み取った。薬物濃度と吸光度の関係を示す、予め作成しておいた標準曲線を用いて、測定した吸光度を薬物濃度に変換した。放出率(%)を、ナノ粒子に担持された薬物に対する、放出された薬物の割合として算出した。薬物放出プロファイルを図23に示す。薬物の放出は、長期間にわたって高く維持された。ナノ粒子からのドキソルビシンの放出は、29%(6時間)、59%(24時間)、及び92%(72時間)であった。パクリタキセルの放出プロファイルはドキソルビシンと類似していた。これらの結果は、ナノ粒子からの薬物の穏やかで持続的な放出を示す。
【産業上の利用可能性】
【0181】
本発明によれば、血液脳関門を通過可能な薬物送達システム等に利用することができ、細胞毒性が低いナノ粒子組成物を提供することができる。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
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【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]