【実施例】
【0083】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0084】
[材料及び方法]
(ナノ粒子の解析)
ナノ粒子の形態は透過型電子顕微鏡(TEM、型式「JEM−2200−FS」、JEOL社)で観察した。加速電圧は200kVに設定した。TEMサンプルホルダーにナノ粒子を滴下して風乾し、試料を作製した。
【0085】
また、解析装置(型式「Nano−ZS」、マルバーン社)を用いた動的光散乱法により、ナノ粒子の流体力学直径を解析した。また、表面の電荷をゼータポテンシャルにより決定した。
【0086】
また、紫外−可視スペクトロメーター(型式「UV−2100PC/3100PC」、島津製作所)を用いて、ナノ粒子による薬物の担持及び放出を定量した。
【0087】
(動物実験)
インビボ実験では、Balb/c nu/nuマウスを使用した。実験には48匹のマウスを用いた。これらのマウスを実験前に1週間馴化した後、ヒト膠芽腫細胞株であるGl−1(理化学研究所)を頭蓋内移植(ブレグマの1mm下)した。
【0088】
移植後、マウスをランダムに1群8匹ずつの6つの群に分けた。移植から96時間後に、各マウスに後述する各組成物を静脈投与した。各組成物の投与は48時間毎に行った。薬物の投与量は1回の投与あたり16μgで一定とした。
【0089】
各マウスの体重を、と殺まで5日毎に測定した。10回目の組成物の投与から48時間後に各群について4匹のマウスを安楽死させ、潅流し、全脳を摘出した。残りの各群4匹ずつのマウスは生存率の測定に使用した。摘出した脳は、直ちに4%パラホルムアルデヒドで固定した。固定から24時間後、脳試料をスクロース溶液に移し一晩静置した。続いて脳試料を樹脂(OCTコンパウンド)に包埋し、凍結した。
【0090】
続いて、クライオスタットを用いて、厚さ30μmの脳試料の切片を作製した。切片は風乾し、ヘマトキシリン及びエオジン染色した。また、腫瘍の容積を測定し記録した。
【0091】
[実施例1]
[製造例1]
(非標的化クルシンナノ粒子の調製)
ナノ粒子は、改変した脂質コアセルベーション法によって調製した。1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[アミノ(ポリエチレングリコール)−2000](DSPE−PEG(2000)アミン、アバンティ ポーラ リピッド社)25mg/mL(約9.0×10
−3mol/L)、ステアリン酸(シグマアルドリッチ社)25mg/mL(約8.8×10
−2mol/L)、及びレシチン(ホスファチジルコリン)(シグマアルドリッチ社)25mg/mL(約3.3×10
−2mol/L)をクロロホルムに溶解して一晩乾燥させ、薄膜を形成した。
【0092】
続いて、薄膜にクルシンのリン酸緩衝液(PBS)溶液(pH7.4、5.33mg/mL)を添加して、超音波処理器(アズワン社)を用いて穏やかに(43kHz)数分間(1〜2分間)ソニケーションし、透明で安定な懸濁液を得た。続いて、懸濁液を50000rpmで30分間遠心してナノ粒子をペレット化させた(洗浄工程)。この洗浄工程を繰り返し行い、製造例1のナノ粒子(非特異的な非標的化クルシンナノ粒子)を得た。
【0093】
[製造例2]
(RGD結合クルシンナノ粒子の調製)
緩衝液中で、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸のアミノ酸配列からなるトリペプチド(RGDトリペプチド、シグマアルドリッチ社)2mgに、1−エチル−3−[3−ジメチルアミノプロピル]カルボジイミド ヒドロクロリド(EDC)(シグマアルドリッチ社)及びN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)(シグマアルドリッチ社)を添加し、チューブローテーターを用いて4℃で一晩反応させ、活性化した。
【0094】
続いて、活性化したRGDトリペプチドを、製造例1のナノ粒子(10mg)に添加して4℃で4時間以上(一晩)反応させた。続いて、懸濁液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)を得た。
【0095】
[製造例3]
(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子の調製)
緩衝液中で、トランスフェリン(シグマアルドリッチ社)2mgに、EDC及びNHSを添加し、チューブローテーターを用いて4℃で一晩反応させ、活性化した。
【0096】
続いて、活性化したトランスフェリンを、製造例1のナノ粒子(10mg)に添加して4℃で4時間以上(一晩)反応させた。続いて、懸濁液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を得た。
【0097】
[製造例4]
(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子の調製)
製造例2に記載したように調製した、活性化したRGDトリペプチド(1mgのRGDトリペプチドに相当する)、及び製造例3に記載したように調製した、活性化したトランスフェリン(1mgのトランスフェリンに相当する)を、製造例1のナノ粒子(10mg)に添加して4℃で4時間以上(一晩)反応させた。続いて、懸濁液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を得た。
【0098】
[製造例5]
(薬物非担持ナノ粒子の調製)
クルシンのリン酸緩衝液(PBS)溶液の代わりにPBS緩衝液を用いたこと以外は、製造例1と同様の方法によって、薬物非担持ナノ粒子を調製した。
【0099】
[実施例2]
(ナノ粒子の解析)
製造例1〜4のナノ粒子の形状を、透過型電子顕微鏡及び動的光散乱法により解析した。
【0100】
ナノ粒子の形態は透過型電子顕微鏡(TEM、型式「JEM−2200−FS」、JEOL社)で観察した。加速電圧は200kVに設定した。TEMサンプルホルダーにナノ粒子を滴下して風乾し、試料を作製した。
図1は、製造例1〜4のナノ粒子の代表的な透過型電子顕微鏡画像である。
図1に示すように、製造例1〜4のナノ粒子は、卵型の球状のナノ粒子であった。、製造例1のナノ粒子(非標的化クルシンナノ粒子)の直径は約150nmであった(100個のナノ粒子の平均値)。ナノ粒子は、外層とその外層によって包まれている小胞とを有することが示された。
【0101】
また、解析装置(型式「Zetasizer Nano−ZS」、マルバーン社)を用いた動的光散乱法により、ナノ粒子の流体力学直径を解析した。動的光散乱法により測定した、これらのナノ粒子の流体力学直径は約200nmであり、多分散性指数(polydispersity index、PDI)は約0.2であった。これらの結果は透過型電子顕微鏡画像の結果と一致していた。PDIが低いことは、これらのナノ粒子が高度に分散し、凝集していない粒子であることを示す。粒子が凝集していないことは、これらのナノ粒子が非常に安定であることを示し、このことは治療用途にナノ材料を適用する場合の必須の要件である。
【0102】
また、表面の電荷として、解析装置(型式「Zetasizer Nano−ZS」、マルバーン社)を用いてゼータポテンシャルを測定した。製造例1〜4のナノ粒子のいずれもマイナスのゼータポテンシャルを有していた。このことは、これらのナノ粒子が親水性であることを示す。製造例2〜4のナノ粒子は、製造例1のナノ粒子と比較してわずかにプラスにシフトしたゼータポテンシャルを有していた。これはナノ粒子の表面にRGDトリペプチド又はトランスフェリンが結合した結果であると考えられた。
【0103】
製造例1〜4のナノ粒子の動的光散乱法による流体力学直径及びゼータポテンシャルの結果を表1に示す。
【表1】
【0104】
[実施例3]
(細胞適合性の検討)
製造例1のナノ粒子を培養細胞に接触させて、細胞の生存率を測定した。細胞としては、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)、ヒト皮質神経細胞株(HCN−1A)及びグリオーマ細胞株(Gl-1)を使用した。HUVEC細胞はGibco社から入手した。HCN−1A細胞はATCC(アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション)から入手した。Gl−1細胞(A172細胞)は理化学研究所バイオリソースセンター細胞材料開発室から細胞番号RCB2530で入手した。
【0105】
各細胞の培地に、0(対照)、1、10及び100μg/mLのナノ粒子を添加し、72時間培養した。その後、MTTアッセイにより各細胞の生存率を測定した。
図2は、実験結果を示すグラフである。その結果、製造例1のナノ粒子は、様々な細胞に対して細胞毒性が低く、細胞適合性があることが明らかとなった。
【0106】
[実施例4]
(薬物の担持と放出)
紫外−可視スペクトロメーター(型式「UV−2100PC/3100PC」、島津製作所)を用いて、ナノ粒子による薬物の担持及び放出を定量した。製造例1〜4のナノ粒子によるクルシン(28kDa)の担持は、紫外−可視スペクトル測定で220nm及び250nmに特徴的なピークを検出すること、及びSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動で28kDaのバンドが得られることにより確認した。
【0107】
ナノ粒子の紫外−可視吸収スペクトルではわずかなピークシフトが認められ、これはクルシンとナノ粒子成分との相互作用によるものであると考えられた。クルシンのナノ粒子への担持効率は約67%であり、3.5mgのクルシン(54.6mgのナノ粒子中)が担持されたことが明らかとなった。
【0108】
ナノ粒子からのクルシンの放出は紫外−可視スペクトル測定により解析した。その結果、クルシンの放出が高度に持続することが明らかとなった。より具体的には、ナノ粒子からのクルシンの放出量は、24時間後、48時間後、及び72時間後に、それぞれ32%、51%及び83%であることが明らかとなった。このような、高度に穏やかで持続的なクルシンの放出特性は、ナノ粒子の形態に直接的に関係していると考えられた。
【0109】
製造例1〜4のナノ粒子は、ポリマー及び脂質の二重の膜によりクルシンを担持している。この二重の膜が、クルシンが脂質/ポリマー層を通過しなければ放出されず、その結果、持続的で遅延したクルシンの放出が実現されると考えられた。
【0110】
[実施例5]
(インビボでの腫瘍の縮小)
上述した手順で動物実験を行った。より具体的には、1群8匹ずつのBalb/c nu/nuマウスに、遊離のクルシンのみ、製造例1のナノ粒子(クルシンナノ粒子)、製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)、製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)及び製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した。また、対照として、緩衝液のみを投与した群も用意した。
【0111】
具体的には、実験に48匹のマウスを用いた。これらのマウスを実験前に1週間馴化した後、ヒト膠芽腫細胞株であるGl−1(理化学研究所)を頭蓋内移植(ブレグマの1mm下)した。移植後、マウスをランダムに1群8匹ずつの6つの群に分けた。移植から96時間後に、1群8匹ずつのBalb/c nu/nuマウスに、遊離のクルシンのみ、製造例1のナノ粒子(クルシンナノ粒子)、製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)、製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)及び製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を静脈内投与した。また、対照として、緩衝液のみを投与した群も用意した。投与は48時間毎に繰り返し行った。薬物の投与量は1回の投与あたり16μgで一定とした。各マウスの体重を、と殺まで5日毎に測定した。
【0112】
各マウスの体重及び行動を記録した。
図3は、実験開始0日目、8日目及び15日目のマウスの体重の変化を示すグラフである。その結果、対照群及び遊離のクルシンのみを投与した群のマウスは、8日目及び15日目の体重が顕著に減少したことが明らかになった。マウスの行動も大きく変化した。バランスの崩れた動作、食餌又は水の摂取が困難になる、制限された移動、接触に対する遅延した抵抗又は無抵抗は、対照群及び遊離のクルシンのみを投与した群のマウスで観察された主な行動であった。
【0113】
また、製造例1のナノ粒子(クルシンナノ粒子)を投与した群においても状況は似ていたが、対照群及び遊離のクルシンのみを投与した群と比較するとより改善されていた。
【0114】
また、製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)又は製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した群では、体重のわずかな減少が認められたが、異常な行動は認められなかった。
【0115】
また、製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した群は、一定の体重を示し、行動も正常であり、最も健康であった。
【0116】
[実施例6]
(脳試料の観察)
実施例5に記載した10回目の投与から48時間後に各群について4匹のマウスを安楽死させ、全身の潅流固定を行い、全脳を摘出した。摘出された脳試料における腫瘍の成長を解析した。
図4(a)〜(f)は、各群のマウスの代表的な脳試料の写真である。
図4(a)〜(f)中、腫瘍部分を点線で囲んで示す。
図4(a)は対照群の脳試料の写真であり、
図4(b)は遊離のクルシンのみを投与した群の脳試料の写真であり、
図4(c)は製造例1のナノ粒子(クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真であり、
図4(d)は製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真であり、
図4(e)は製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真であり、
図4(f)は製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真である。
【0117】
その結果、対照群及び遊離のクルシンのみを投与した群の脳試料では、ほぼ1つのローブ全体が腫瘍化していた。また、もう一方のローブにも腫瘍が転移しており、グリオーマの浸潤性の高さを示していた。
【0118】
製造例1のナノ粒子を投与した群では、約1/4の脳が腫瘍化していた。また、製造例2及び3のナノ粒子を投与した群では、製造例3のナノ粒子を投与した群の方が腫瘍の体積が比較的小さく、製造例2のナノ粒子を投与した群の方が腫瘍の体積が比較的大きかった。また、製造例4のナノ粒子を投与した群は最も治療が成功した群であり、肉眼で確認できる腫瘍は脳の表面には認められなかった。この結果は、製造例4のナノ粒子が、脳腫瘍の増殖を抑制するのに非常に効果的であることを示す。
【0119】
[実施例7]
(脳試料の病理組織学的な解析)
実施例6で摘出した脳は、直ちに4%パラホルムアルデヒドで固定した。固定から24時間後、脳試料をスクロース溶液に移し一晩静置した。続いて脳試料を樹脂(OCTコンパウンド)に包埋し、凍結した。続いて、クライオスタットを用いて、厚さ30μmの脳試料の切片を作製した。切片は風乾し、ヘマトキシリン及びエオジン染色した。また、腫瘍の容積を測定し記録した。
【0120】
図5(a)〜(f)は、各群の脳試料における、腫瘍の中央部の切片のヘマトキシリン・エオジン染色の結果を示す写真である。
図5(a)は対照群の脳試料の写真であり、
図5(b)は遊離のクルシンのみを投与した群の脳試料の写真であり、
図5(c)は製造例1のナノ粒子(クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真であり、
図5(d)は製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真であり、
図5(e)は製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真であり、
図5(f)は製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与した群の脳試料の写真である。
【0121】
その結果、対照群のマウスの脳試料では、脳のほぼ半分に腫瘍が浸潤していた。更に、脳の大きさが通常の脳の約2倍に腫脹し、形態学的な構造が変形していた。
【0122】
また、製造例4のナノ粒子を投与した群以外の脳では、生存及び予後に深刻な脅威となる腫瘍の浸潤が認められた。また、製造例4のナノ粒子を投与した群の脳では、対照群及び遊離のクルシンのみを投与した群と比較して腫瘍の体積が小さかった。
【0123】
図6は、各群の脳試料における腫瘍の体積の測定結果を示すグラフである。統計学的な解析の結果、遊離のクルシンのみを投与した群の腫瘍の体積は、対照群の腫瘍の体積の約70%であった。また、製造例1のナノ粒子を投与した群においても腫瘍の縮小は認められなかった。また、製造例2のナノ粒子を投与した群の腫瘍の体積は、対照群の腫瘍の体積の約40%であった。また、製造例3のナノ粒子を投与した群の腫瘍の体積は、対照群の腫瘍の体積の約25%であった。
【0124】
これに対し、製造例4のナノ粒子を投与した群の腫瘍の体積は、対照群の腫瘍の体積の約10%であり、統計学的に有意な差が認められた。
【0125】
以上の結果は、製造例1〜4のナノ粒子は、血液脳関門を通過することができ、ナノ粒子の表面に配置されたリガンドの効率(標的細胞に選択的かつ特異的に結合する能力)に依存して脳腫瘍に到達することができることを示す。特に、製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)は、脳腫瘍に対して優れた治療効果を有することが示された。
【0126】
[実施例8]
(生存期間の延長の検討)
実施例6で安楽死させなかった残りの各群4匹ずつのマウスは生存率の測定に使用した。各群のマウスの生存期間を計測した。表2に計測された生存期間を示す。その結果、対照群及び遊離のクルシンのみを投与した群のマウスの生存期間は、癌の移植から約20日間であった。
【0127】
また、製造例2のナノ粒子を投与した群のマウスの生存期間は対照群と比較して約5日延長した。また、製造例3のナノ粒子を投与した群のマウスの生存期間は対照群と比較して約10日延長した。これに対し、製造例4のナノ粒子を投与した群のマウスの生存期間は対照群と比較して約2倍に延長した。
【0128】
脳試料の解析結果から、製造例4のナノ粒子を投与した群では、腫瘍の体積が顕著に縮小したが、消失はしていなかった。腫瘍の移植から40日後にマウスが死亡したことは、腫瘍細胞が残存しており、腫瘍が再発したことによると考えられた。治療を延長することにより、残存する腫瘍細胞を完全に消失させることができる可能性が考えられた。
【0129】
【表2】
【0130】
[実施例9]
(ナノ粒子のさらなる解析)
ナノ粒子へのクルシンの取り込みをSDS−PAGEを用いて確かめた。クルシン、製造例5のナノ粒子(薬物非担持ナノ粒子)及び製造例1のナノ粒子(非標的化クルシンナノ粒子)をSDS−PAGEに供し、ゲルを染色して、タンパク質を解析した。結果を
図7Aに示す。クルシンは28kDaの分子量を有する。製造例1のナノ粒子では28kDaのバンドが見られ、クルシンが製造例1のナノ粒子に取り込まれていることが示された。一方、製造例5のナノ粒子(薬物非担持ナノ粒子)では、28kDaのバンドは見られなかった。
【0131】
ナノ粒子へのトランスフェリンの結合をSDS−PAGEを用いて確かめた。トランスフェリン、製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)及び製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)をSDS−PAGEに供し、ゲルを染色して、タンパク質を解析した。結果を
図7Bに示す。全てのレーンで79kDaのトランスフェリンのバンドが見られ、製造例3及び4のナノ粒子にトランスフェリンが結合していることが示された。
【0132】
続いて、RGDトリペプチドのナノ粒子表面への結合をMALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化法)質量分析によって確かめた。RGDトリペプチド、製造例2の粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)及び製造例4の粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)をMALDI質量分析機器(AXIMA(登録商標)−CFR、Kratos Analytical、島津製作所)によって解析した。結果を
図8に示す。RGDトリペプチドが通常示すピーク568m/zから少しシフトしていたが、RGDトリペプチドは588.35m/zにピークを示した。製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)及び製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)は、RGDトリペプチドと同じ位置にピークを示した。このことから、製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)及び製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)中にRGDトリペプチドが存在することが示された。
【0133】
[実施例10]
(生存期間の延長のさらなる検討)
4週齢のBalb/c nu/nuマウスを2週間馴化した後、マウス1匹あたり30,000個のヒト膠芽腫細胞株Gl−1細胞(理化学研究所)を頭蓋内移植し、頭蓋内腫瘍を担持するマウスを作製した。移植後、マウスに、PBS(陰性対照)、遊離クルシン(マウス1匹あたり16μg)、及び製造例1〜4のナノ粒子(100μl中、約16μgのクルシンを含有する250μgのナノ粒子)のいずれかを尾静脈に注射した。2日に1回、合計18回投与を行った。
【0134】
マウスの生存期間を
図9に示す。
図9(a)は対照群、
図9(b)は遊離クルシン投与群、
図9(c)は製造例1のナノ粒子(非標的化クルシンナノ粒子)投与群、
図9(d)は製造例2のナノ粒子(RGD結合クルシンナノ粒子)投与群、
図9(e)は製造例3のナノ粒子(トランスフェリン結合クルシンナノ粒子)投与群、及び
図9(f)は製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)投与群の生存率を示す。
図9の縦軸は生存率(%)を示し、
図9の横軸は、移植日を0日目として移植後の日数を示す。
【0135】
製造例4のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合クルシンナノ粒子)を投与したマウスの約60%が完全な腫瘍退行を示し、健康関連異常を伴わずに80日目まで生存した(
図9(f))(80日後にマウスは安楽死させた)。一方、他の群のマウスは30日以上生存しなかった。この結果から、RGD及びトランスフェリンを結合させたクルシンナノ粒子は、脳腫瘍に対して優れた治療効果を奏し、生存期間を大きく延長させることが示された。
【0136】
[実施例11]
[製造例6]
(非標的化QDナノ粒子の調製)
CdSe QD(量子ドット)をMohamedら(Nanoscale,2016,8,7876−7888)に記載の方法に従って調製した。具体的には、セレン(Se)0.0078gを、ナンヨウアブラギリ(Jatropha curcas)の種子から抽出した油(JC油)1mL中で250℃にて30分間溶解することによって、セレン前駆体溶液を得て、この溶液を室温に冷却した。酸化カドミウム(CdO)粉末(0.1mmol)、JC油(5mL)及びオクタデセン(10mL)の混合物を、撹拌し、溶液が透明になるまでアルゴン流の下で300℃まで加熱した。次いで、セレン前駆体溶液を上記混合物に素早く添加し、300℃で2分間維持し、すぐに室温に冷却した。次いで、混合物を9000rpmで5分間エタノールを用いて遠心分離し、2回洗浄し、得られた量子ナノ結晶をクロロホルム中に懸濁した。
【0137】
クロロホルム中に懸濁したQD(量子ドット)を、クロロホルムに溶解させた等濃度のDSPE−PEG(2000)アミン、ステアリン酸、及びレシチンに添加し、一晩乾燥させ、薄膜を形成した。続いて、この薄膜にPBS緩衝液(pH7.4)を添加して、超音波処理器(アズワン社)を用いて穏やかに(43kHz)数分間(1〜2分間)ソニケーション(水和)し、透明で安定な懸濁液を得た。続いて、懸濁液を50000rpmで30分間遠心してナノ粒子をペレット化させ、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)を得た。
【0138】
[製造例7]
(RGD結合QDナノ粒子の調製)
製造例1のナノ粒子の代わりに製造例6のナノ粒子を用いたこと以外は、製造例2と同様の方法によって、製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)を調製した。
【0139】
[製造例8]
(トランスフェリン結合QDナノ粒子の調製)
製造例1のナノ粒子の代わりに製造例6のナノ粒子を用いたこと以外は、製造例3と同様の方法によって、製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)を調製した。
【0140】
[製造例9]
(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子の調製)
製造例1のナノ粒子の代わりに製造例6のナノ粒子を用いたこと以外は、製造例4と同様の方法によって、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)を調製した。
【0141】
[実施例12]
(ナノ粒子の腫瘍への蓄積)
実施例10に記載したように作製した、頭蓋内腫瘍を担持するマウスをこの実験に用いた。PBS(陰性対照)、蛍光クルシン(マウス1匹あたり100μg)、及び製造例6〜9のナノ粒子(マウス1匹あたり0.5mgのナノ粒子)のいずれかを、マウスに静脈内注射した。蛍光クルシンは、市販のICG(インドシアニングリーン色素)のNHSエステルを用いて調製した。精製クルシン及びNHS−ICG(Dojindo社)を37℃で30分間反応させてコンジュゲートさせ、蛍光クルシンを、製造業者の推奨に従って、分子量カットオフベースの遠心分離によって遊離クルシン及び色素から分離することによって得た。投与の6、24及び48時間後に、マウスを安楽死させ、脳を取り出した。腫瘍及び正常脳組織におけるQD蓄積をインビボイメージングシステム(型式「Clairvivo Opt」、島津製作所)を用いて画像化した。画像化後、腫瘍を正常脳組織から分離し、腫瘍及び正常脳組織をそれぞれホモジナイズし、QDの蛍光を蛍光分光光度計を用いて測定した。
【0142】
QDナノ粒子の脳における蓄積を
図10に示す。対照群は、予想通り、腫瘍及び正常脳において蛍光を示さなかった。クルシン投与群の脳は、腫瘍及び正常脳組織の両方に、クルシンの非特異的蓄積を示したが、腫瘍における蛍光強度は非常に低かった。製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、投与6時間後に、腫瘍組織内に赤色に画像化されたはっきりとした蛍光シグナルを示し、隣接する正常脳組織への非特異的蓄積は見られなかった。製造例7及び8のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)も、6時間までに腫瘍特異的蓄積を示した。24時間後には、QDシグナル強度は、多くの群で弱くなったが、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)では強いままだった。48時間までに、大部分のQDは腫瘍から消失したが、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)のみが検出可能な蛍光を示した。
【0143】
各群の腫瘍の蛍光を定量し、対照群と比較した結果を
図11Aに示す。製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)、製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)及び製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、投与6時間後において、対照と比較してそれぞれ4、3.5、4.8及び5.8倍のナノ粒子蓄積増加を示した。投与24時間後には、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)、製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、及び製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)で蛍光強度が6時間後より減少した。一方、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)では、蛍光は24時間後にさらに増加し、対照と比較して約7倍であった。この結果は、RGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子が、脳腫瘍に送達され、腫瘍に長時間蓄積したことを示す。
【0144】
正常脳組織/腫瘍の蛍光比を
図11Bに示す。ナノ粒子が非特異的に蓄積すると、正常脳組織と腫瘍は同様の蓄積プロファイルを示し、その結果、両組織の蛍光の比は1に近くなる。逆にナノ粒子が腫瘍に特異的に蓄積すると、比は小さくなる。投与6時間後に、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)では比は約0.8であり、一方、製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)及び製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)では、比はそれぞれ0.67、0.57及び0.5であった。このことは、RGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子が、腫瘍に特異的に蓄積し、正常脳組織への非特異的な蓄積が非常に少ないことを示す。投与24時間及び48時間後では、多くの群で比は増加したが、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)では、48時間後でさえ、比は約0.6と低いままだった。このことは、RGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子が、長時間にわたり腫瘍に特異的に蓄積することを示す。
【0145】
正常脳組織における平均蛍光強度を
図11Cに示す。この結果は、脳組織における非特異的な蛍光クルシン又は粒子の蓄積を示す。対照群は、脳組織に蛍光をほぼ示さなかった。蛍光クルシン群も脳にほぼ蛍光を示さず、このことは、遊離薬物が血液脳関門の通過を制限されていることを示す。製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)は、脳に高い非特異的蓄積を示し、これに製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、さらに製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)が続いた。製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、正常脳組織における非特異的蓄積が非常に少なかった。
【0146】
これらの結果から、RGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子は、長時間にわたり脳腫瘍に蓄積し、また、正常脳組織への非特異的な蓄積が少ないことが示された。
【0147】
[実施例13]
(ナノ粒子の生体内分布)
実施例10に記載したように作製した、頭蓋内腫瘍を担持するマウスをこの実験に用いた。製造例6〜9のナノ粒子(マウス1匹あたり0.5mgのナノ粒子)のいずれかを、マウスの尾静脈に注射した。投与の6、24及び48時間後に、マウスを安楽死させ、主な臓器(脳、肺、心臓、腎臓、脾臓、及び肝臓)を取り出し、さらに、脳の腫瘍を正常脳組織から分離した。またマウスから血液も回収した。QD蓄積を、量子ドットの元素組成に基づきICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析計)(サーモ・サイエンティフィック社)を用いて定量化した。
【0148】
結果を
図12及び13に示す。
図12Aは脳、
図12Bは肺、
図12Cは心臓、
図12Dは腎臓、
図13Aは脾臓、
図13Bは肝臓、
図13Cは血液及び
図13Dは腫瘍における各群の平均蛍光強度を示す。
【0149】
製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、製造例6〜8のナノ粒子より、正常脳組織、肺、心臓、腎臓、脾臓、及び肝臓への蓄積が少なく、このことは、非特異的蓄積が少ないことを示す(
図12A〜12D及び13A〜13B)。非特異的蓄積は、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)で高く、これに製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、さらに製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)が続いた。一方、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、血液及び腫瘍に著しく多く検出された(
図13C及び13D)。製造例9のナノ粒子が血中に多く存在することは、この粒子が他の粒子に比べて増加した血中半減期を有することを示す。また、製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、腫瘍に、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)と比べて約6〜7倍、製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)と比べて6倍、製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)と比べて約2倍多く存在し(
図13D)、この結果は、RGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子の腫瘍への標的化効率及び特異性の高さを示す。
【0150】
[実施例14]
(インビトロBBBモデルの作製)
ヒト脳微小血管内皮細胞及びヒト脳微小血管周皮細胞をCell Systems社から購入し、CSCクラシック培地キットを用いて培養した。細胞は37℃、加湿雰囲気及び5%CO
2で増殖させた。Transwell(登録商標)インサート(3μm孔径、24ウェル、BD Falcon社)を逆さに置き、周皮細胞をその上に添加して24時間増殖させた。その後、インサートを注意しながら再度逆さにして(元に戻して)24ウェルプレートに入れ、内皮細胞をインサートの上側に播種した。高密度の共培養が達成されるまで細胞を培養し、インビトロBBB(血液脳関門)モデルを作製した(
図14)。このインビトロBBBモデルは、膜の上側(頂端側)で培養されたヒト脳内皮細胞及び下側(基底側)で培養されたヒト脳周皮細胞を有する。インビトロBBBモデルを用いる以降の実験では陰性対照として、細胞のないTranswell(登録商標)インサートを用いた。
【0151】
[実施例15]
(インビトロBBBモデルの評価)
実施例14で作製したインビトロBBBモデルのBBB完全性を確認するために、培地透過アッセイ及び頂端側から基底側への透過性分析を行った。
【0152】
培地透過アッセイは、0.5mlの培地をインビトロBBBモデルの上部チャンバーに添加し、30分後に下部チャンバーに透過した培地の体積を定量することによって行った。陰性対照として、細胞のないTranswell(登録商標)インサートを用いた。透過した培地の体積が少ないことは、BBBにおける、より強固な接合部の存在を示す。
【0153】
培地透過アッセイの結果を
図15Aに示す。対照では培地は下部チャンバーに完全に流れ出たのに対し、インビトロBBBモデルでは、培地は上部チャンバーに留まり、培地の透過は非常に少ないことが示された。
【0154】
次に、頂端側から基底側への透過性分析を、低分子量のFITC−イヌリン(シグマアルドリッチ社)、中程度の分子量のFITC−デキストラン20kDa(シグマアルドリッチ社)又は高分子量のFITC−デキストラン70kDa(シグマアルドリッチ社)をインビトロBBBモデルの上部チャンバー上に添加し、15分後及び30分後に下部チャンバーに流れ出た蛍光を測定することによって行った。イヌリン及びデキストランは、インビトロBBBモデルにおいて、薬剤透過性を試験するために使用されたことが報告されている(Wilhelm,I.,et al.,Mol.Pharmaceutics,2014,11(7):1949−1963)。陰性対照として、細胞のないTranswell(登録商標)インサートを用いた。
【0155】
頂端側から基底側への透過性分析の結果を
図15Bに示す。対照と比較して、インビトロBBBモデルでは、イヌリン及びデキストランはほとんど透過しないことが示された。30分後には、インビトロBBBモデルで低分子量のイヌリンがわずかに透過したが、これは、分子量に依存した透過現象(すなわち、低分子量の物質は高分子量の物質より容易に透過すること)を示す。このことは、インビトロBBBモデルがインビボの血液脳関門と同等に機能することを示す。
【0156】
また、インビトロBBBモデルでは、経内皮電気抵抗(TEER)は、382Ω/cm
2であった。TEERは300Ω/cm
2より大きい場合にインビボ条件をよく反映しているとみなされる。
【0157】
これらの結果は、実施例14で作製したインビトロBBBモデルが、インビボの血液脳関門をよく反映していることを示す。
【0158】
[実施例16]
(ナノ粒子の血液脳関門の通過能)
FITC標識クルシン及び製造例6〜9のナノ粒子が血液脳関門を通過できるかどうかを、実施例15に記載した頂端側から基底側への透過性分析と同様にして調べた。FITC標識クルシンは、精製クルシンをFITCのNHSエステル(FITC−NHS、Dojindo社)と反応させ、分子カットオフ技術を用いて遊離クルシン及びFITCから分離することによって調製した。FITC標識クルシン又は製造例6〜9のナノ粒子(濃度0.5mg/ml)を、実施例14で作製したインビトロBBBモデルの上部チャンバーに添加し、4時間インキュベートした。その後、下部チャンバー内のFITC又は量子ドットの蛍光を測定して、透過性を評価した。
【0159】
結果を
図16に示す。製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は約95%の高い透過性を示し、製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)(82%)及び製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)(70%)が続いた。この結果は、特にRGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子が、血液脳関門を効率的に通過できることを示す。
【0160】
[実施例17]
(RGDとトランスフェリンの比が、ナノ粒子の血液脳関門通過能に与える影響)
RGDトリペプチドとトランスフェリンが様々な比で結合したナノ粒子を調製した。RGD:トランスフェリンが2:8の質量比(約57:1のモル比)で結合したナノ粒子(RGD2:Tf8)を、10mgのナノ粒子あたり、0.4mgのRGDトリペプチドに相当する活性化したRGDトリペプチド及び1.6mgのトランスフェリンに相当する活性化したトランスフェリンを用いたこと以外は、製造例9と同様の方法で調製した。RGD:トランスフェリンが4:6の質量比(約152:1のモル比)で結合したナノ粒子(RGD4:Tf6)を、10mgのナノ粒子あたり、0.8mgのRGDトリペプチドに相当する活性化したRGDトリペプチド及び1.2mgのトランスフェリンに相当する活性化したトランスフェリンを用いたこと以外は、製造例9と同様の方法で調製した。RGD:トランスフェリンが6:4の質量比(約342:1のモル比)で結合したナノ粒子(RGD6:Tf4)を、10mgのナノ粒子あたり、1.2mgのRGDトリペプチドに相当する活性化したRGDトリペプチド及び0.8mgのトランスフェリンに相当する活性化したトランスフェリンを用いたこと以外は、製造例9と同様の方法で調製した。RGD:トランスフェリンが8:2の質量比(約913:1のモル比)で結合したナノ粒子(RGD8:Tf2)を、10mgのナノ粒子あたり、1.6mgのRGDトリペプチドに相当する活性化したRGDトリペプチド及び0.4mgのトランスフェリンに相当する活性化したトランスフェリンを用いたこと以外は、製造例9と同様の方法で調製した。ナノ粒子RGD2:Tf8、RGD4:Tf6、RGD6:Tf4又はRGD8:Tf2(濃度0.5mg/ml)を、実施例14で作製したインビトロBBBモデルの上部チャンバーに添加し、4時間インキュベートした。その後、下部チャンバー内の量子ドットの蛍光を測定して、透過性を評価した。
【0161】
結果を
図17に示す。試験したナノ粒子は全て約90%以上の高い透過性を示した。特に、RGD4:Tf6が、約96%の最も高い透過性を示した。この結果は、RGDトリペプチドとトランスフェリンを様々な比率で有するナノ粒子が効率的に血液脳関門を通過できることを示し、特にRGD:トランスフェリンが4:6の質量比(約152:1のモル比)の場合にナノ粒子がより効率的に血液脳関門を通過できることを示す。
【0162】
[実施例18]
(標的化剤の種類が、ナノ粒子の血液脳関門通過能に与える影響)
様々な標的化剤を単一で又は組み合わせて有するナノ粒子を調製した。標的化剤として、上記のRGDトリペプチド及びトランスフェリンに加えて、葉酸(FA)及びアンジネックス(Anginex)を用いた。葉酸は、膠芽腫(グリオブラストーマ)を含む多くの癌細胞で過剰発現している葉酸受容体に結合するため、癌細胞を標的化する。アンジネックスは、様々な腫瘍及び内皮細胞で発現しているガレクチン−1(galectin−1)に結合するため、腫瘍細胞(癌細胞)、及び新しい血管を形成する内皮細胞(血管新生)を標的化する。
【0163】
葉酸(シグマアルドリッチ社)2mgに、1−エチル−3−[3−ジメチルアミノプロピル]カルボジイミド ヒドロクロリド(EDC)(シグマアルドリッチ社)及びN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)(シグマアルドリッチ社)を添加し、4℃で一晩反応させ、葉酸を活性化した。活性化した葉酸を、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、葉酸が結合したナノ粒子を得た。
【0164】
アンジネックス(フェニックス ペプチド社)2mgに、EDC及びNHSを添加し、4℃で一晩反応させ、アンジネックスを活性化した。活性化したアンジネックスを、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、アンジネックスが結合したナノ粒子を得た。
【0165】
次いで、二種類の標的化剤を有するナノ粒子を調製した。葉酸2mgに、EDC及びNHSを添加し、4℃で一晩反応させ、葉酸を活性化した。アンジネックス、RGDトリペプチド及びトランスフェリンも同様にそれぞれ活性化した。
【0166】
活性化した葉酸(1mgの葉酸に相当する)及び活性化したアンジネックス(1mgのアンジネックスに相当する)を、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、葉酸及びアンジネックスが結合したナノ粒子を得た。
【0167】
活性化した葉酸(1mgの葉酸に相当する)及び活性化したトランスフェリン(1mgのトランスフェリンに相当する)を、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、葉酸及びトランスフェリンが結合したナノ粒子を得た。
【0168】
活性化した葉酸(1mgの葉酸に相当する)及び活性化したRGDトリペプチド(1mgのRGDトリペプチドに相当する)を、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、葉酸及びRGDトリペプチドが結合したナノ粒子を得た。
【0169】
活性化したアンジネックス(1mgのアンジネックスに相当する)及び活性化したトランスフェリン(1mgのトランスフェリンに相当する)を、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、アンジネックス及びトランスフェリンが結合したナノ粒子を得た。
【0170】
活性化したアンジネックス(1mgのアンジネックスに相当する)及び活性化したRGDトリペプチド(1mgのRGDトリペプチドに相当する)を、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)10mgと4℃で一晩反応させた。反応液を50000rpmで遠心して、ナノ粒子をペレット化させ、アンジネックス及びRGDトリペプチドが結合したナノ粒子を得た。
【0171】
こうして調製したナノ粒子及び製造例7〜9のナノ粒子(濃度0.25mg/ml)を、実施例14で作製したインビトロBBBモデルの上部チャンバーに添加し、4時間インキュベートした。その後、下部チャンバー内の量子ドットの蛍光を測定して、透過性を評価した。
【0172】
図18は、アンジネックスが結合したナノ粒子(Ang)、葉酸が結合したナノ粒子(FA)、製造例7のRGD結合QDナノ粒子(RGD)、製造例8のトランスフェリン結合QDナノ粒子(Tf)、葉酸及びアンジネックスが結合したナノ粒子(FA−Ang)、葉酸及びトランスフェリンが結合したナノ粒子(FA−Tf)、葉酸及びRGDトリペプチドが結合したナノ粒子(FA−RGD)、アンジネックス及びトランスフェリンが結合したナノ粒子(Ang−Tf)、アンジネックス及びRGDトリペプチドが結合したナノ粒子(Ang−RGD)及び製造例9のRGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子(RGD−Tf)の透過性の結果を示す。RGDトリペプチドとトランスフェリンの組み合わせを有するナノ粒子が、最も優れた脳血液関門通過能を示した。
【0173】
[実施例19]
(インビトロにおける膠芽腫(グリオブラストーマ)への標的化)
Gl−1細胞(理化学研究所)を12ウェルプレートに1×10
5細胞/ウェルの密度で播種し、24時間培養した。次いで、細胞を、FITC標識クルシン(実施例16に記載)、製造例6〜9のナノ粒子、RGDトリペプチドとトランスフェリンが様々な比で結合したナノ粒子(実施例17に記載)、及び様々な標的化剤を単一で又は組み合わせて有するナノ粒子(実施例18に記載)で2時間処理した。処理終了時に、細胞をPBSで3回洗浄し、4%パラホルムアルデヒドで固定し、細胞の取り込み効率をFACS装置(インテリサイト社)で分析した。
【0174】
結果を
図19〜21に示す。
図19Aは対照、
図19Bは製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)、
図19Cは製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、
図19Dは製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)、
図19Eは製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)、
図20Aはナノ粒子RGD2:Tf8、
図20Bはナノ粒子RGD4:Tf6、
図20Cはナノ粒子RGD6:Tf4、
図20Dはナノ粒子RGD8:Tf2、
図21Aはアンジネックスが結合したナノ粒子、
図21Bは葉酸が結合したナノ粒子、
図21Cは葉酸及びアンジネックスが結合したナノ粒子、
図21Dはアンジネックス及びRGDトリペプチドが結合したナノ粒子、
図21Eはアンジネックス及びトランスフェリンが結合したナノ粒子、
図21Fは葉酸及びRGDトリペプチドが結合したナノ粒子、並びに
図21Gは葉酸及びトランスフェリンが結合したナノ粒子の分析結果を示す。
【0175】
製造例9のナノ粒子(RGD及びトランスフェリン結合QDナノ粒子)は、製造例6のナノ粒子(非標的化QDナノ粒子)、製造例7のナノ粒子(RGD結合QDナノ粒子)、製造例8のナノ粒子(トランスフェリン結合QDナノ粒子)と比べて、標的細胞において多くの蓄積を示し(10
3〜10
4の範囲の強度)(
図19B〜19E)、RGD及びトランスフェリンが結合したナノ粒子の優れた標的化効率が示された。RGDトリペプチドとトランスフェリンの比を変化させると、RGD:トランスフェリンが4:6の質量比の場合に膠芽腫細胞に最も多くの蓄積が示された(
図20A〜20D)。さらに、様々な標的化剤及びそれらの組み合わせを試験したが(
図21A〜21G)、RGDとトランスフェリンの組み合わせより優れた蓄積を示すものはなかった。これらの結果から、特にRGDとトランスフェリンを組み合わせて有するナノ粒子が、標的細胞である膠芽腫細胞へ効率的に標的化及びアクセスできることが示された。
【0176】
[実施例20]
(さらなる薬物の担持及び放出)
薬物としてドキソルビシン又はパクリタキセルを含むナノ粒子を調製し、薬物の担持及び放出を調べた。
【0177】
ナノ粒子を、改変した脂質コアセルベーション法によって調製した。等濃度の1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[アミノ(ポリエチレングリコール)−2000)](DSPE−PEG(2000)アミン、アバンティ ポーラ リピッド社)、ステアリン酸(シグマアルドリッチ社)、及びレシチン(シグマアルドリッチ社)をクロロホルムに溶解して一晩乾燥させ、薄膜を形成した。
【0178】
続いて、薄膜を、薬物ドキソルビシン(DOX、シグマアルドリッチ社)又はパクリタキセル(PTX、和光純薬工業)の溶液(緩衝液中)を用いて水和し、数分間ソニケーションし、透明で安定な懸濁液を得た。続いて、懸濁液を遠心分離機(日立社)により50000rpmで30分間遠心分離して、薬物を担持するナノ粒子をペレット化させた(洗浄工程)。この洗浄工程を繰り返し行うことによって、薬物担持ナノ粒子を得た。ドキソルビシンは、アントラサイクリン系化合物の抗癌剤であり、分子量約544を有する親水性化合物である。パクリタキセルは、タキサン類化合物の抗癌剤であり、分子量約854を有する疎水性化合物である。
【0179】
10%Triton Xを用いてナノ粒子の脂質殻を溶解して、ナノ粒子の薬物担持効率を定量した。放出された薬物の吸光度(ドキソルビシンの場合は450nm、パクリタキセルの場合は280nmの吸光度)を分光光度計(型式「UV−2100PC/3100PC」、島津製作所)を用いて読み取った。薬物濃度と吸光度の関係を示す、予め作成しておいた標準曲線を用いて、測定した吸光度を薬物濃度に変換した。薬物担持効率(%)は、薬物担持ナノ粒子の調製に使用した全薬物に対する、上記の脂質殻の溶解によって放出された薬物(ナノ粒子に担持された薬物)の割合として算出した。薬物担持効率を
図22に示す。ドキソルビシン及びパクリタキセルのナノ粒子への担持効率は、それぞれ約83%及び約62%であることが示された。
【0180】
次に、薬物を担持するナノ粒子を生理的pH(7.2)のPBS中に様々な時間(0〜96時間)インキュベーションした後、遠心分離によってペレット化し、放出された薬物を含む上清の吸光度を分光光度計(型式「UV−2100PC/3100PC」、島津製作所)を用いて読み取った。薬物濃度と吸光度の関係を示す、予め作成しておいた標準曲線を用いて、測定した吸光度を薬物濃度に変換した。放出率(%)を、ナノ粒子に担持された薬物に対する、放出された薬物の割合として算出した。薬物放出プロファイルを
図23に示す。薬物の放出は、長期間にわたって高く維持された。ナノ粒子からのドキソルビシンの放出は、29%(6時間)、59%(24時間)、及び92%(72時間)であった。パクリタキセルの放出プロファイルはドキソルビシンと類似していた。これらの結果は、ナノ粒子からの薬物の穏やかで持続的な放出を示す。