【文献】
Biotechnol. Bioeng.,2010年,Vol. 68, No. 2,p. 231-237
【文献】
Eur. J. Biochem.,2001年,Vol. 268,p. 1136-1142
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献3〜5の糖質酸化酵素は、糖質を酸化する反応で副生成分として過酸化水素を生成する。過酸化水素は、殺菌や漂白剤として使用されるなど、タンパク質を変性させる力があり、糖質酸化時に副生する過酸化水素が、糖質酸化酵素を変性失活させてしまう。このため、糖質酸化酵素を用いて工業的に安定且つ効率的に重合度2以上の澱粉分解物および転移反応物を酸化するためには、過酸化水素の速やかな分解が必要となる。
【0007】
特許文献6や7のグルコースオキシダーゼ製剤においても、グルコースをグルコン酸へ酸化する過程で過酸化水素が発生する。副生する過酸化水素を速やかに分解する生産技術としてカタラーゼ製剤を使用することが記載されている。
【0008】
重合度2以上の澱粉分解物や転移反応物を酸化する場合においても、糖質酸化酵素と一緒に、カタラーゼ製剤を添加すると、糖質酸化時に副生する過酸化水素を速やかに分解することが出来る。しかしながら、原因は不明ではあるが、重合度2以上の酸化物を高収率で安定して生産することができない。
【0009】
本発明は、以上の実情に鑑みてなされたものであり、酸化反応で副生する過酸化水素を速やかに分解するカタラーゼ製剤を用い、かつ、高収率で、重合度2以上の澱粉分解酸化物或いは転移反応酸化物で糖カルボン酸を工業的に生産する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、原料となる重合度2以上の澱粉分解物や転移反応物が、カタラーゼ製剤中に含まれる夾雑酵素であるα−グルコシダーゼやグルコアミラーゼ等の澱粉分解酵素により加水分解されることが、重合度2以上の糖酸化物の生産を不安定化あせる原因であることを発見した。酵素法によるグルコン酸製造では、原料であるグルコースは単糖であるためカタラーゼ製剤中の夾雑酵素による加水分解を考慮する必要がないこととは対照的である。この発見に基づき、夾雑酵素である澱粉分解酵素を所要以下となるように調製したカラターゼ製剤を用いることで、重合度2以上の澱粉分解物或いはその転移反応物の酸化物を安定的に得る方法を見出し、本発明を完成するに至った。より具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0011】
(1) 還元末端にグルコース残基を有する重合度2以上の澱粉分解物又は転移反応物の還元末端側のアルデヒド基が酸化された糖カルボン酸の製造方法であって、
糖質酸化時に過酸化水素を副生する糖質酸化酵素剤を、カタラーゼ製剤中のカタラーゼ活性(A)に対する糖化活性(B)の含有比率(B/A)が0.00002以上0.005以下であるカタラーゼ製剤の存在下、前記澱粉分解物或いは転移反応物を含む原料基質に作用させる工程を含み、
前記カタラーゼ製剤は、その糖化活性が前記原料基質中の還元糖量(wt%)に対して0.9u/g以下である量で存在する方法。
【0012】
(2) 還元末端にグルコース残基を有する重合度2以上の澱粉分解物又は転移反応物の還元末端側のアルデヒド基が酸化された糖カルボン酸の製造方法であって、
糖質酸化時に過酸化水素を副生する糖質酸化酵素剤を、カタラーゼ製剤中のカタラーゼ活性(A)に対する糖化活性(B)の含有比率(B/A)が0.005以下でありかつ糖化活性(B)が0.1u/ml以上であるカタラーゼ製剤の存在下、前記澱粉分解物或いは転移反応物を含む原料基質に作用させる工程を含み、
前記カタラーゼ製剤は、その糖化活性が前記原料基質中の還元糖量(wt%)に対して0.9u/g以下である量で存在する方法。
【0013】
(3) 前記糖質酸化酵素剤の添加量は、前記原料基質中の還元糖量(wt%)に対して1u/g以上30u/g以下である(1)又は(2)記載の方法。
【0014】
(4) カタラーゼ製剤は、そのカタラーゼ活性が前記原料基質中の還元糖量(wt%)に対して40u/g以上1000u/g以下である量で存在する(1)から(3)いずれか記載の方法。
【0015】
(5) 前記カタラーゼ製剤は、その糖化活性が前記原料基質中の還元糖量(wt%)に対して0.00008u/g以上である量で存在する(1)から(4)いずれか記載の方法。
【0016】
(6) 前記作用工程における前記澱粉分解物或いは転移反応物の濃度が10%(w/w)以上である(1)から(5)のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、食品、医薬や工業分野等において、ミネラル成分を可溶させる素材等として有用である糖カルボン酸を収率よく製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の具体的な実施形態について詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。なお、説明が重複する箇所については、適宜説明を省略する場合があるが、発明の要旨を限定するものではない。
【0019】
本発明の一実施形態は、糖質酸化時に過酸化水素を副生する糖質酸化酵素剤を、カタラーゼ製剤中のカタラーゼ活性(A)に対する糖化活性(B)の含有比率(B/A)が0.00002以上0.005以下であるカタラーゼ製剤の存在下、前記澱粉分解物或いは転移反応物を含む原料基質に作用させる工程を含み、
前記カタラーゼ製剤は、その糖化活性が前記原料基質中の還元糖量(wt%)に対して0.9u/g以下である量で存在する方法である。
【0020】
本発明の別の実施形態は、還元末端にグルコース残基を有する重合度2以上の澱粉分解物又は転移反応物の還元末端側のアルデヒド基が酸化された糖カルボン酸の製造方法であって、
糖質酸化時に過酸化水素を副生する糖質酸化酵素剤を、カタラーゼ製剤中のカタラーゼ活性(A)に対する糖化活性(B)の含有比率(B/A)が0.005以下でありかつ糖化活性(B)が0.1u/ml以上であるカタラーゼ製剤の存在下、前記澱粉分解物或いは転移反応物を含む原料基質に作用させる工程を含み、
前記カタラーゼ製剤は、その糖化活性が前記原料基質中の還元糖量(wt%)に対して0.9u/g以下である量で存在する方法である。
【0021】
例えば、還元末端にグルコース残基を有する澱粉分解物である、重合度2のマルトースを原料として場合、糖質酸化時に過酸化水素を副生する糖質酸化酵素剤を作用させることにより、マルトビオン酸と過酸化水素が生成するが、副生する過酸化水素が、酸化酵素を変性失活させてしまう。このため、高収率でマルトビオン酸を製造するためには、過酸化水素を速やかに分解するカタラーゼ製剤を添加する必要がある。
【0022】
(カタラーゼ製剤)
本発明で言うカタラーゼ製剤とは、Aspergillus属や、Micrococcus属などの微生物由来のカタラーゼ製剤などが挙げられ、具体的には、Aspergillus nigr又はMicrococcus lysodeikticus由来のカタラーゼ製剤が挙げられる。また、副活性としてカタラーゼ活性を有する市販のグルコースオキシダーゼ製剤を選択して用いることも含まれる。
【0023】
本発明のカタラーゼ製剤中には、グルコアミラーゼやα‐グルコシダーゼなどの糖化活性を持つ夾雑酵素が多く混在していると、糖カルボン酸の原料となる還元末端にグルコース残基を有する重合度2以上の澱粉分解物又は転移反応物や、これら原料を酸化した糖カルボン酸が分解されてしまい、安定的な品質の糖カルボン酸の製造が不可能となる。
【0024】
このため本発明では、マルトビオン酸等の糖カルボン酸を高収率で安定生産するために、カタラーゼ製剤中のカタラーゼ活性(A)に対する糖化活性の含有比率(B/A)が0.005以下であるカタラーゼ製剤を用いる。好ましくは、B/Aは、0.0045以下、0.003以下、0.002以下、0.0015以下、0.001以下、0.0005以下、0.0004以下である。
【0025】
本発明で用いるカタラーゼ製剤は、工業的に糖カルボン酸を製造する観点で、試薬のように高度に精製されたカタラーゼ酵素のみからなるものではなく、むしろ許容範囲内での夾雑酵素を含む。具体的に、B/Aは0.00002以上であることが好ましく、具体的には0.0001以上、0.0002以上、0.0003以上、0.0004以上であってよい。カタラーゼ製剤がこの程度の比率で糖化活性を有していても、糖化反応に比べて糖質酸化の主反応が速やかに進むため、収率低下につながりにくい。
【0026】
本発明においては、試験例4の比較例5に示したようにカタラーゼ製剤中のカタラーゼ活性(A)に対する糖化活性(B)の含有比率(B/A)が0.005以下であっても、原料糖質に対してカタラーゼ製剤を多めに添加すると、カタラーゼ製剤中の夾雑酵素が原料基質を加水分解し、マルトビオン酸等の糖カルボン酸が想定している組成のものが得られない場合がある。このためカタラーゼ製剤中の糖化活性が、原料基質中の還元糖量(固形分当たりwt%)に対して0.9u/g以下(好ましくは、0.8u/g以下、0.7u/g以下、0.65u/g以下)となるようにカタラーゼ製剤を作用させる必要がある。
【0027】
カタラーゼ製剤中のカタラーゼ活性(A)は、5000u/ml以上であることが好ましく、具体的には10000u/ml以上、15000u/ml以上、20000u/ml以上、22500u/ml以上であってよい。高いカタラーゼ活性を有すると、糖化活性がある程度高くても、収率に与える影響を小さくとどめやすい。
【0028】
カタラーゼ製剤中のカタラーゼ活性(A)は、500000u/ml以下であることが好ましく、具体的には、2500000u/ml以下、150000u/ml以下、100000u/ml以下、75000u/ml以下であってよい。本発明で用いられるカタラーゼ製剤は糖化活性が低いので、過大なカタラーゼ活性を有しなくても、収率に与える影響を小さくとどめやすい。
【0029】
カタラーゼ製剤中の糖化活性(B)は、250u/ml以下であることが好ましく、具体的には、100u/ml以下、50u/ml以下、30u/ml以下、25u/ml以下であってよい。
【0030】
他方、カタラーゼ製剤中の糖化活性(B)は、許容範囲内で有してよく、0.1u/ml以上であることが好ましく、具体的には0.5u/ml以上、1.0u/ml以上、1.5u/ml以上、2.0u/ml以上であってよい。この程度の糖化活性が存在しても、糖化反応に比べて糖質酸化の主反応が速やかに進むため、収率低下につながりにくい。
【0031】
カタラーゼ製剤中の糖化活性は、許容範囲内で有してよく、具体的には原料基質中の還元糖量(固形分当たりwt%)に対して、0.00008u/g以上、好ましくは0.0005u/g以上、0.001u/g以上、0.0015u/g以上であってよい。この程度の糖化活性が存在しても、糖化反応に比べて糖質酸化の主反応が速やかに進むため、収率低下につながりにくい。
【0032】
また、マルトビオン酸等の糖カルボン酸製造にあたり、前記カタラーゼ製剤は、原料基質中の還元糖量(固形分当たり)に対して40u/g以上1000u/g以下で存在するのが好ましく、より好ましくは、60u/g以上500u/g以下で存在する。本発明では、カタラーゼ製剤中の糖化活性が低く抑えられているため、過酸化水素による糖質酸化酵素の分解を抑制するのに十分な量のカタラーゼ製剤を使っても収率低下を招きにくい。また、糖化活性による原料となる重合度2以上の澱粉分解物や転移反応物の分解が抑制され、ある程度の時間をかけて糖質酸化反応を行っても収率低下を招きにくいので、過剰なカタラーゼ活性を必要としない。
【0033】
本発明のカタラーゼ製剤中のカタラーゼ活性は、次のようにして測定する。
酵素反応後の残存過酸化水素をチオ硫酸ナトリウムで滴定する方法に従う(小崎道雄監修「酵素利用ハンドブック」、地人書館昭和60年版、p404〜410)。すなわち、市販の30重量%過酸化水素を50mMリン酸緩衝液(pH7.0)で800倍に希釈した基質溶液5mlを容器にとり、30℃の恒温水槽に15分入れ恒温とする。これに30℃に保温した検体酵素液1mlを加え、正確に5分後に0.5N硫酸2mlを加えよく振り混ぜ酵素作用を止める。これに10重量%ヨウ化カリウム溶液1mlと1%モリブデン酸アンモニウム1滴及び指示薬として0.5%デンプン試薬5滴を加え、この溶液を撹拌しながら、0.005Nチオ硫酸ナトリウム溶液(定量用)で滴定し、ブランクは試料の代わりに水1mlを添加し、ブランクの値から検体の値を差し引いてカタラーゼ作用によって分解された過酸化水素の量を算出し、標準曲線から検体酵素液のカタラーゼ活性を求める。なお、1Uは1分間に1μmolの過酸化水素を分解する活性を示している。
カタラーゼ活性(U/ml)=A×n
n:希釈倍率
A:標準曲線のグラフよりy=(T
0−T
S)×24.18/T
0×2.5×fのx軸の値Aを求める
f:0.005Nチオ硫酸ナトリウムのファクター
T
0:ブランクの滴定値(ml)
T
S:サンプルの滴定値(ml)
24.18/T
0:初発基質濃度による活性測定変化に対する補正値
2.5:0.005Nチオ硫酸ナトリウム溶液1mlは過酸化水素2.5μmolに相当
【0034】
本発明で定義する糖化活性とは、グルコアミラーゼ活性とα−グルコシダーゼ活性により澱粉分解物が加水分解されグルコースを遊離する力であり、本発明の糖化活性は、基質の4−ニトロフェニルβ−マルトシド(G2−β−PNP)より、1分間に1μmolのPNPを遊離する活性を1Uと定義することができる。
【0035】
カタラーゼ製剤中の糖化活性は、カタラーゼ製剤を4−ニトロフェニルβ−マルトシドと反応させて4−ニトロフェニルβ−グルコシドを生成させ、それをβ-グルコシダーゼによって分解して4−ニトロフェノールを生成させ、4−ニトロフェノールを定量することにより測定される。具体的には、キッコーマン社製の糖化力測定キット或いは糖化力分別定量キットなどを利用して、カタラーゼ製剤中の糖化活性を測定する。
【0036】
(キッコーマン社製の糖化力測定キットを使用した糖化力活性の測定)
キッコーマン社製の糖化力測定キットを使用する場合、4−ニトロフェニルβ−マルトシドを含有する基質溶液0.5mlにβ−グルコシダーゼを含有する酵素溶液0.5mlを混ぜ、37℃で5分間予備加温を行った後、測定試料0.1mlを加え、混合して37℃で10分間反応させる。反応停止は、炭酸ナトリウムを含有する酵素停止液2mlを加え混合する。反応終了後の液を波長400nmで定量することにより糖化力を測定し、以下の計算式より活性を算出する。
糖化力活性 (U/ml)=(Es−Eb)× 0.171×n
Es:測定試料の吸光度
Eb:ブランクの吸光度
n:酵素液の希釈倍率
【0037】
(糖質酸化酵素製剤)
本発明で言う糖質酸化酵素製剤とは、還元末端にグルコース残基を有する重合度2以上の糖質を酸化し、副生成分として過酸化水素を発生するものをいう。Microdochium属に属する微生物由来の糖質酸化酵素製剤や、Acremonium属に属する微生物由来の糖質酸化酵素製剤などが挙げられ、具体的には、Acremonium chrysogenumに由来する糖質酸化酵素などが挙げられる。
【0038】
マルトビオン酸等の糖カルボン酸製造にあたり糖質酸化酵素は、原料基質中の還元糖量(wt%)に対して1u/g以上30u/g以下が好ましく、より好ましくは、2u/g以上20u/g以下で作用させる。本発明では、カタラーゼ製剤による過酸化水素の分解が十分になされるので、副生される過酸化水素の増加にかかわらず、糖質酸化反応を十分な速度で行うことができる。また、糖化活性による原料となる重合度2以上の澱粉分解物や転移反応物の分解が抑制され、ある程度の時間をかけて糖質酸化反応を行っても収率低下を招きにくいので、過剰な量の糖質酸化酵素を必要としない。
【0039】
本発明の糖質酸化酵素の酵素活性は、次のようにして測定する。
0.15%(w/v)フェノール及び0.15%(w/v)トリトンX−100を含む0.1Mリン酸一カリウム−水酸化ナトリウム緩衝液(pH7.0)2ml、10%マルトース一水和物溶液0.5ml、25U/mlペルオキシダーゼ溶液0.5ml、及び0.4%(w/v)4−アミノアンチピリン溶液0.1mlを混合し、37℃で10分保温後、酵素溶液0.1mlを添加し、反応を開始した。酵素反応進行と共に、波長500nmにおける吸光度の増加を測定することにより糖質酸化活性を測定した。なお、ブンランクには0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)を使用し、1分間に1μmolのマルトース一水和物を酸化するのに必要な酵素量を1単位とし、以下の計算式より活性を算出する。
マルトース酸化活性 (U/ml)
={(A5−A2)−(Ab5−Ab2)}× 2.218 ×n
A2, A5 : 反応開始後、2分後および5 分後の吸光度 (検体)
Ab2, Ab5 : 反応開始後、2 分後および5 分後の吸光度 (ブランク)
n:酵素液の希釈倍率
【0040】
(原料糖質)
本発明において原料に用いる糖質は、還元末端にグルコース残基を有する重合度2以上の澱粉分解物或いは転移反応物であり、マルトース、イソマルトース、マルトトリオース、イソマルトトリオース、マルトテトラオース、マルトヘキサオース、パノース、マルトオリゴ糖、イソマルトオリゴ糖、水飴、粉飴、デキストリン、分岐デキストリン、イソマルトデキストリン等が挙げられる。
【0041】
糖カルボン酸生産時の原料糖質の濃度は、精製工程での濃縮等を考慮すると10〜50(wt)%が好ましく、20〜40(wt)%がより好ましい。なお、本明細書において、「(wt)%」は、対象成分の含有量(質量)を意味し、ここでは、液体中における糖質の含有量を意味する。
【0042】
(反応温度と反応pH)
糖質酸化酵素とカタラーゼの反応工程での反応温度は、例えば20〜60℃程度の条件下で行うのが好ましく、より好ましくは、25〜40℃の範囲である。
【0043】
反応pHは4〜10程度の条件下で行うのが好ましく、より好ましくはpH5〜8の範囲である。また、糖カルボン酸が生成する過程で、反応pHが低下するため、反応液に中和剤を添加調整する必要がある。中和剤としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、酸化カルシウムなどが挙げられる。
【0044】
また、本発明の酸化反応では、酸素が必要となるため、空気や酸素を通気撹拌することで、反応溶液中の溶存酸素量を維持することが好ましい。
【0045】
(糖カルボン酸)
本発明方法を使用して調製される糖カルボン酸は、重合度2以上、好ましくは重合度4以上の澱粉分解物又は転移反応物の還元末端側のアルデヒド基が酸化されたものであれば、特に限定されない。澱粉分解物又は転移反応物の重合度は、例えば、2〜100、好ましくは4〜100等であってもよい。より具体的には、糖カルボン酸は、より具体的には、マルトデキストリン酸化物、粉飴酸化物、水飴酸化物、マルトヘキサオン酸、マルトテトラオン酸、マルトトリオン酸、マルトビオン酸、イソマルトデキストリン酸化物、パノース酸化物、イソマルトトリオン酸、イソマルトビオン酸、ニゲロビオン酸、コージビオン酸などが挙げられる。これらのうち、糖カルボン酸は、遊離の酸であってもよく、ラクトンであってもよく、その塩類であってもよい。
【0046】
糖カルボン酸の塩としては、特に限定されないが、カルシウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩、ナトリウム塩、亜鉛塩、鉄塩、銅塩等が挙げられる。
【0047】
糖カルボン酸への酸化反応は、還元糖量の減少から確認することができ、例えばネルソン・ソモギ法による比色定量法を用いることが出来る。
【0048】
また、HPLCにより原料糖質や糖カルボン酸を分析することで確認することも可能である。例えば、マルトースを原料に酸化反応を行った後、HPAED−PAD法(パルスドアンペロメトリー検出器、CarboPac PA1カラム)により、溶出:35℃、1.0ml/min、水酸化ナトリウム濃度:100mM、酢酸ナトリウム濃度:0分−0mM、2分−0mM、20分−20mMの条件で測定すれば、マルトース、マルトビオン酸を定量することが可能である。
【0049】
本発明方法を使用して調製した糖カルボン酸は、飲食物や化粧品、医薬品、化成品等へ使用することが可能である。
【実施例】
【0050】
(試験例1) カタラーゼ製剤Aによるマルトビオン酸生産への影響
バッフル付きの三角フラスコへ、マルトース(和光純薬製)9gを蒸留水へ溶解させ30g(30wt%)とした後、炭酸カルシウム(和光純薬製)1.5gと、Acremonium chrysogenum由来糖質酸化酵素製剤(糖質酸化活性300u/ml)120μl(36u、4u/g基質)と、Aspergillus属由来のカタラーゼ製剤A(カタラーゼ活性75060u/ml、糖化活性24.8u/ml、糖化活性/カタラーゼ活性比=0.00033)0〜4500U(0〜500u/g基質)を加え、30℃、200rpmで振盪反応を行いマルトビオン酸の生産効率への影響を評価した。
【0051】
反応組成中のマルトビオン酸量は、HPAED−PAD法(パルスドアンペロメトリー検出器、CarboPac PA1カラム)により、溶出:35℃、1.0ml/min、水酸化ナトリウム濃度:100mM、酢酸ナトリウム濃度:0分−0mM、2分−0mM、20分−20mMの条件で分析した。
【0052】
【表1】
【0053】
評価の結果、比較例1のカタラーゼ無添加では、マルトビオン酸への変換率は25%に留まった。これに対し、所定のカタラーゼ製剤を適量で用いた実施例1〜6では、マルトビオン酸へ90%以上変換することができた。
【0054】
(試験例2) カタラーゼ製剤Aによるデキストリン酸化物生産への影響
バッフル付きの三角フラスコへ、デキストリン(商品名NSD700,サンエイ糖化社製)9gを蒸留水へ溶解させ30g(30wt%)とした後、炭酸カルシウム(和光純薬製)0.75g、Acremonium chrysogenum由来糖質酸化酵素製剤(糖質酸化活性300u/ml)60μl(18u、2u/g基質)と、Aspergillus属由来のカタラーゼ製剤A(カタラーゼ活性75060u/ml、糖化活性24.8u/ml、糖化活性/カタラーゼ活性比=0.00033)0〜9000U(0〜300u/g基質)を加え、30℃、200rpmで振盪反応を行いデキストリンの酸化効率への影響を評価した。酸化率は、反応液の還元糖量をネルソン・ソモギ法で定量し、次式により変換率を算出した。
(反応開始前還元糖量−反応液還元糖量)/反応開始前還元糖量×100=酸化率(%)
【0055】
【表2】
【0056】
評価の結果、比較例2のカタラーゼ無添加では、副生した過酸化水素量により糖質酸化酵素が変性失活されたため34%の酸化率に留まった。所定のカタラーゼ製剤を適量で用いた実施例7〜11では、90%以上を酸化することができた。
【0057】
(試験例3) カタラーゼ製剤Bによるデキストリン酸化物生産への影響
バッフル付きの三角フラスコへ、デキストリン(商品名NSD700,サンエイ糖化社製)9gを蒸留水へ溶解させ30g(30wt%)とした後、炭酸カルシウム(和光純薬製)0.75g、Acremonium chrysogenum由来糖質酸化酵素製剤(糖質酸化活性300u/ml)60μl(18u、2u/g基質)と、Aspergillus属由来のカタラーゼ製剤B(カタラーゼ活性27400u/ml、糖化活性244u/ml、糖化活性/カタラーゼ活性比=0.0089)を表3の記載量を加え、30℃、200rpmで振盪反応を行いデキストリンの酸化効率への影響を評価した。酸化率は、反応液の還元糖量をネルソン・ソモギ法で定量し、次式により変換率を算出した。
(反応開始前還元糖量−反応液還元糖量)/反応開始前還元糖量×100=酸化率(%)
【0058】
また、反応生成物の糖組成は、HPAED−PAD法(パルスドアンペロメトリー検出器、CarboPac PA1カラム)により、溶出:35℃、1.0ml/min、水酸化ナトリウム濃度:100mM、酢酸ナトリウム濃度:0分−0mM、5分−0mM、55分−40mMの条件で分析した。
【0059】
【表3】
【0060】
評価の結果、糖化活性が原料基質の還元糖あたり0.9u/g以下でも、糖化活性/カタラーゼ活性比=0.005以上となる比較例3は、酸化率8割以下であり、且つ組成中の加水分解により生成したグルコースが酸化されたグルコン酸量が9%程度となっており、原料のデキストリンが加水分解による影響を受けていることが分かる。
【0061】
また、糖化活性が原料基質の還元糖あたり0.9u/g以上で、糖化活性/カタラーゼ活性比=0.005以上となる比較例4は、酸化率は7割以下であり、且つ組成中の加水分解により生成したグルコースが酸化されたグルコン酸量が16%程度と、原料のデキストリンが加水分解による影響を受けていることが分かる。
【0062】
(試験例4) カタラーゼ製剤Cによるデキストリン酸化物生産への影響
バッフル付きの三角フラスコへ、デキストリン(商品名NSD700,サンエイ糖化社製)9gを蒸留水へ溶解させ30g(30wt%)とした後、炭酸カルシウム(和光純薬製)0.75g、Acremonium chrysogenum由来糖質酸化酵素製剤(糖質酸化活性300u/ml)と、Aspergillus属由来のカタラーゼ製剤C(カタラーゼ活性52000u/ml、糖化活性64u/ml、糖化活性/カタラーゼ活性比=0.0012)を表4の記載量を加え、30℃、200rpmで振盪反応を行いデキストリンの酸化効率への影響を評価した。酸化率は、反応液の還元糖量をネルソン・ソモギ法で定量し、次式により変換率を算出した。
(反応開始前還元糖量−反応液還元糖量)/反応開始前還元糖量×100=酸化率(%)
【0063】
また、反応生成物の糖組成は、HPAED−PAD法(パルスドアンペロメトリー検出器、CarboPac PA1カラム)により、溶出:35℃、1.0ml/min、水酸化ナトリウム濃度:100mM、酢酸ナトリウム濃度:0分−0mM、5分−0mM、55分−40mMの条件で分析した。
【0064】
【表4】
【0065】
評価の結果、糖化活性/カタラーゼ活性比=0.005以下でも、糖化活性が原料基質の還元糖あたり0.9u/g以上となる比較例5は、酸化率は7割以下であり、且つ組成中の加水分解により生成したグルコースが酸化されたグルコン酸量が19%程度となっており、原料のデキストリンが加水分解による影響を受けていることが分かる。一方、糖化活性が原料基質の還元糖あたり0.9u/g以下である実施例12では、酸化率は9割以上であり組成中のグルコン酸量も7%以下と、大きく低分子化することなく、酸化反応が進んだ。
【0066】
(試験例5) カタラーゼ製剤Cによるマルトビオン酸生産への影響
バッフル付きの三角フラスコへ、30(wt)%ハイマルトース溶液30g、炭酸カルシウム(和光純薬製)0.75g、Acremonium chrysogenum由来糖質酸化酵素製剤(糖質酸化活性300u/ml)と、Aspergillus属由来のカタラーゼ製剤C(カタラーゼ活性52000u/ml、糖化活性64u/ml、糖化活性/カタラーゼ活性比=0.0012)を表5の記載量を加え、30℃、200rpmで振盪反応を行いマルトビオン酸の生産効率への影響を評価した。
【0067】
反応組成中のマルトビオン酸量は、HPAED−PAD法(パルスドアンペロメトリー検出器、CarboPac PA1カラム)により、溶出:35℃、1.0ml/min、水酸化ナトリウム濃度:100mM、酢酸ナトリウム濃度:0分−0mM、2分−0mM、20分−20mMの条件で分析した。
【0068】
【表5】
【0069】
評価の結果、糖化活性/カタラーゼ活性比=0.005以下でも、糖化活性が原料基質の還元糖あたり0.9u/g以上となる比較例6は、原料のマルトースが加水分解されたことで、マルトビオン酸への変換量は8割以下であったの対して、糖化活性が原料基質の還元糖あたり0.9u/g以下で実施例13では、殆ど夾雑酵素による加水分解の影響を受けることなく、98%以上がマルトビオン酸へ変換された。
【0070】
(試験例6) カタラーゼ製剤Dによるデキストリン酸化物生産への影響
バッフル付きの三角フラスコへ、デキストリン(商品名NSD700,サンエイ糖化社製)9gを蒸留水へ溶解させ30g(30wt%)とした後、炭酸カルシウム(和光純薬製)0.75g、Acremonium chrysogenum由来糖質酸化酵素製剤(糖質酸化活性300u/ml)60μl(18u、2u/g基質)と、Aspergillus属由来のカタラーゼ製剤D(カタラーゼ活性54400u/ml、糖化活性242u/ml、糖化活性/カタラーゼ活性比=0.0044)を表6の記載量を加え、30℃、200rpmで振盪反応を行いデキストリンの酸化効率への影響を評価した。酸化率は、反応液の還元糖量をネルソン・ソモギ法で定量し、次式により変換率を算出した。
(反応開始前還元糖量−反応液還元糖量)/反応開始前還元糖量×100=酸化率(%)
【0071】
また、反応生成物の糖組成は、HPAED−PAD法(パルスドアンペロメトリー検出器、CarboPac PA1カラム)により、溶出:35℃、1.0ml/min、水酸化ナトリウム濃度:100mM、酢酸ナトリウム濃度:0分−0mM、5分−0mM、40分−40mMの条件で分析した。
【0072】
【表6】
【0073】
評価の結果、糖化活性/カタラーゼ活性比=0.005以下でも、糖化活性が原料基質の還元糖あたり0.9u/g以上となる、比較例7は、酸化率は7割以下であり、且つ組成中の加水分解により生成したグルコースが酸化されたグルコン酸量が26%となっており、原料のデキストリンが加水分解による影響を受けていることが分かる。一方、糖化活性が原料基質の還元糖あたり0.9u/g以下である実施例14では、酸化率は9割以上であり組成中のグルコン酸量も8%以下と、大きく低分子化することなく、酸化反応が進んだ。
【0074】
(試験例7)
(実施例15)
マルトース 70.3wt%に加えて、グルコース 1.2wt%、マルトトリオース15.0wt%及びマルトテトラオース(重合度4)以上のマルトオリゴ糖13.5wt%を含むハイマルトース水飴(Bx.75%、サンエイ糖化製)880gに蒸留水1320gを加え、30%wtとなるように溶解させた後、炭酸カルシウム(和光純薬製)86g、Acremonium chrysogenum由来糖質酸化酵素製剤(糖質酸化活性300u/ml)4.4ml(1320u、2u/g基質)と、Aspergillus属由来のカタラーゼ製剤A(カタラーゼ活性75060u/ml、糖化活性24.8u/ml、糖化活性/カタラーゼ活性比=0.00033)0.66m(l49500U、70u/g基質)を加え、35℃、500rpm、空気通気2L/分で通気攪拌をおこなった。反応開始から12時間後に、糖質酸化酵素剤1.1ml(330u、0.5u/g基質)とカタラーゼ製剤0.22ml(16500u、25u/g基質)を追加添加し酸化反応を行った。
【0075】
酸化反応の推移は、反応液の還元糖量をネルソン・ソモギ法で定量し、次式により変換率を算出した。
(反応開始前還元糖量−反応液還元糖量)/反応開始前還元糖量×100=酸化率(%)
【0076】
また、反応生成物の糖組成は、HPAED−PAD法(パルスドアンペロメトリー検出器、CarboPac PA1カラム)により、溶出:35℃、1.0ml/min、水酸化ナトリウム濃度:100mM、酢酸ナトリウム濃度:0分−0mM、2分−0mM、20分−20mMの条件で分析した。
【0077】
【表7】
【0078】
糖化活性/カタラーゼ活性比=0.005以下(0.00033)且つ糖化活性が原料基質の還元糖あたり0.9u/g以下(0.066)の実施例15について、表7に酸化反応開始時から45時間までの経過時における酸化率を示す。表7に示すとおり、反応45時間後には100%酸化され、この時の生成物は、カルシウム4.1wt%を含む、マルトビオン酸 67.4wt%に加えて、グルコン酸 1.2wt%、マルトトリオン酸14.4wt%及びマルトテトラオン酸(重合度4)以上のマルトオリゴ糖酸12.9wt%で構成されており、糖化活性による加水分解等の影響がないことが確認された。
【課題】酸化反応で副生する過酸化水素を速やかに分解するカタラーゼ製剤を用い、かつ、高収率で、重合度2以上の澱粉分解酸化物或いは転移反応酸化物で糖カルボン酸を工業的に生産する方法を提供すること。
【解決手段】還元末端にグルコース残基を有する重合度2以上の澱粉分解物又は転移反応物の還元末端側のアルデヒド基が酸化された糖カルボン酸の製造方法は、糖質酸化時に過酸化水素を副生する糖質酸化酵素剤を、カタラーゼ製剤中のカタラーゼ活性(A)に対する糖化活性(B)の含有比率(B/A)が0.00002以上0.005以下であるカタラーゼ製剤の存在下、前記澱粉分解物或いは転移反応物を含む原料基質に作用させる工程を含む。カタラーゼ製剤は、その糖化活性が前記原料基質中の還元糖量(wt%)に対して0.9u/g以下である量で存在する。