(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6321882
(24)【登録日】2018年4月13日
(45)【発行日】2018年5月9日
(54)【発明の名称】加熱蒸散用水性殺虫剤組成物、及び加熱蒸散用水性殺虫剤組成物の加熱蒸散方法
(51)【国際特許分類】
A01N 53/06 20060101AFI20180423BHJP
A01N 25/18 20060101ALI20180423BHJP
A01P 7/04 20060101ALI20180423BHJP
【FI】
A01N53/06 110
A01N25/18 103Z
A01P7/04
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-503460(P2017-503460)
(86)(22)【出願日】2016年2月29日
(86)【国際出願番号】JP2016055978
(87)【国際公開番号】WO2016140172
(87)【国際公開日】20160909
【審査請求日】2017年8月17日
(31)【優先権主張番号】特願2015-43826(P2015-43826)
(32)【優先日】2015年3月5日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2015-115734(P2015-115734)
(32)【優先日】2015年6月8日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000207584
【氏名又は名称】大日本除蟲菊株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141586
【弁理士】
【氏名又は名称】沖中 仁
(72)【発明者】
【氏名】杉岡 弘基
(72)【発明者】
【氏名】引土 知幸
(72)【発明者】
【氏名】大野 泰史
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 友恵
(72)【発明者】
【氏名】川尻 由美
(72)【発明者】
【氏名】浅井 洋
(72)【発明者】
【氏名】中山 幸治
【審査官】
阿久津 江梨子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−95107(JP,A)
【文献】
特開平3−7207(JP,A)
【文献】
特開昭60−214760(JP,A)
【文献】
特開2008−94823(JP,A)
【文献】
特表2015−506379(JP,A)
【文献】
川田 均,殺虫剤抵抗性疾病媒介蚊に対する新しい防除法の試み,Med. Entomol. Zool.,2014年,Vol. 65, No. 2,p. 45-59,特に54頁左欄下から16-10行、Fig. 17
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 53/06
A01N 25/18
A01P 7/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した蚊類を防除するための加熱蒸散用水性殺虫剤組成物であって、
トランスフルトリンを0.1〜3.0質量%と、これの感受性低下対処助剤としてジエチレングリコールモノアルキルエーテルを10〜70質量%と、水とを含む加熱蒸散用水性殺虫剤組成物。
【請求項2】
前記トランスフルトリンを0.9〜3.0質量%含む請求項1に記載の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物。
【請求項3】
前記ジエチレングリコールモノアルキルエーテルは、ジエチレングリコールモノブチルエーテルである請求項1又は2に記載の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか一項に記載の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物に吸液芯の一部を浸漬し、吸液された前記加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を吸液芯上部に導き60〜130℃で加熱蒸散させる加熱蒸散用水性殺虫剤組成物の加熱蒸散方法。
【請求項5】
前記吸液芯の素材が、ポリエステル系繊維及び/又はポリアミド系繊維、或いは多孔質セラミックである請求項4に記載の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物の加熱蒸散方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した蚊類を防除するための加熱蒸散用水性殺虫剤組成物、及び当該加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を用いた加熱蒸散方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蚊類等の飛翔害虫を防除するための飛翔害虫防除製品として、殺虫成分を含有する薬液に吸液芯を浸漬し、吸液された薬液を吸液芯の上部に導き、吸液芯を加熱することにより殺虫成分を大気中に蒸散させる方式を採用した、いわゆる「蚊取リキッド」が市販されている。蚊取リキッドの殺虫成分は、一般に、ピレスロイド系殺虫成分が使用されている。ピレスロイド系殺虫成分としては、従来は、プラレトリン、フラメトリン等が主流であったが、近年は、殺虫活性に優れたトランスフルトリン、メトフルトリン、プロフルトリン等の新しい成分が使用される傾向がある。
【0003】
また、蚊取リキッドに使用する薬液には、灯油をベースとした油性処方と、水をベースとした水性処方とが存在する。これまでの蚊取リキッドは、世界的には油性処方が主流であったが、水性処方は油性処方に比べて使い勝手が良いため、今後は水性処方のニーズが増加していくことが予想される。
【0004】
例えば、特許文献1及び特許文献2には、水性処方が油性処方に較べ、火気に対する危険性を軽減できることや、害虫に対する殺虫効果を増強しえるメリットを有することが記載されている。そして、これらの先行技術文献では、蒸散性の界面活性剤として、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレンフェニルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、多価アルコール脂肪酸部分エステル、ポリオキシエチレン多価アルコール脂肪酸部分エステル、脂肪酸のアルキロールアミド等の多岐にわたる化合物を網羅し、界面活性剤によるピレスロイド系殺虫成分の殺虫効力増強作用を開示している。
【0005】
ところで、近年、ピレスロイド系殺虫成分に対し感受性が低下した蚊類等の害虫が世界の至るところで出現し、その防除対策が急務となっている。感受性の低下が害虫における代謝酵素の活性化に起因する場合、ピペロニルブトキサイドの配合が有効と言われているが、これに替わる有用な化合物は未だ提案されていない。特許文献1及び特許文献2においても、その殺虫効力試験は、感受性が低下していない害虫を対象としたものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平7−74130号公報
【特許文献2】特公平7−100641号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明者らは、蚊取リキッドが家庭での蚊類防除手段として広く浸透している現状を鑑みて、これまでの飛翔害虫防除製品に採用されている技術を見直し、鋭意検討を重ねた結果、各種界面活性剤の中でも、特に沸点が150〜300℃であるグリコールエーテル系化合物が、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した蚊類に対しても特異的に有効であり、その作用を感受性低下対処助剤として活用できることを知見し、本発明を完成するに至ったものである。
【0008】
すなわち、本発明は、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した蚊類を有効に防除するために、ピレスロイド系殺虫成分と、これの感受性低下対処助剤とを含む有用な加熱蒸散用水性殺虫剤組成物、及び当該加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を用いた加熱蒸散方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明は以下の構成を採用する。
(1)ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した蚊類を防除するための加熱蒸散用水性殺虫剤組成物であって、ピレスロイド系殺虫成分を0.1〜3.0質量%と、これの感受性低下対処助剤として沸点が150〜300℃である少なくとも一種のグリコールエーテル系化合物を10〜70質量%と、水とを含む加熱蒸散用水性殺虫剤組成物。
(2)前記グリコールエーテル系化合物は、沸点が200〜260℃である(1)に記載の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物。
(3)前記グリコールエーテル系化合物は、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルである(1)又は(2)に記載の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物。
(4)前記ジエチレングリコールモノアルキルエーテルは、ジエチレングリコールモノブチルエーテルである(3)に記載の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物。
(5)前記ピレスロイド系殺虫成分は、トランスフルトリン、メトフルトリン、及びプロフルトリンからなる群から選択される少なくとも一種である(1)〜(4)の何れか一に記載の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物。
(6)前記ピレスロイド系殺虫成分は、トランスフルトリンである(5)に記載の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物。
(7)(1)〜(6)の何れか一に記載の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物に吸液芯の一部を浸漬し、吸液された前記加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を吸液芯上部に導き60〜130℃で加熱蒸散させる加熱蒸散用水性殺虫剤組成物の加熱蒸散方法。
(8)前記吸液芯の素材が、ポリエステル系繊維及び/又はポリアミド系繊維、或いは多孔質セラミックである(7)に記載の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物の加熱蒸散方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物は、ピレスロイド系殺虫成分と、これの感受性低下対処助剤とを含むものであり、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した蚊類を有効に防除できるので、その実用性は極めて高い。そして、この加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を用いた加熱蒸散方法も非常に有用なものである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物、及び当該加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を用いた加熱蒸散方法について説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施形態や実施例に限定されることを意図しない。
【0012】
本発明の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物は、ピレスロイド系殺虫成分を0.1〜3.0質量%含有する。ピレスロイド系殺虫成分の含有量が0.1質量%未満の場合、殺虫効力が低下する虞がある。一方、ピレスロイド系殺虫成分の含有量が3.0質量%を超えると、水性組成物の性状に支障を来たす可能性がある。ピレスロイド系殺虫成分としては、トランスフルトリン、メトフルトリン、プロフルトリン、エムペントリン、アレスリン、プラレトリン、フラメトリン、テラレスリン等が挙げられる。これらのうち、加熱蒸散性、殺虫効力、安定性等を考慮すると、トランスフルトリン、メトフルトリン、及びプロフルトリンが好ましく、トランスフルトリンがより好ましい。上掲のピレスロイド系殺虫成分は、単独で使用してもよいし、複数種を混合した状態で使用してもよい。また、ピレスロイド系殺虫成分において、酸部分やアルコール部分に不斉炭素に基づく光学異性体や幾何異性体が存在する場合、それらも本発明で使用可能なピレスロイド系殺虫成分に含まれる。
【0013】
本発明は、ピレスロイド系殺虫成分とともに、これの感受性低下対処助剤として沸点が150〜300℃、好ましくは200〜260℃である少なくとも一種のグリコールエーテル系化合物を10〜70質量%含有することを特徴とする。グリコールエーテル系化合物(感受性低下対処助剤)の含有量が10質量%未満であると、水性製剤化に支障を来たすだけでなく、殺虫効力の低下度合を低減させる効果が乏しくなる。一方、グリコールエーテル系化合物(感受性低下対処助剤)の含有量が70質量%を超えても殺虫効果が頭打ちとなるばかりか、火気に対する危険性が増大することとなって、水性組成物としてのメリットが損なわれる虞がある。
【0014】
なお、従来では、ピレスロイド感受性の害虫に対し、その本来の殺虫効力を増強させる化合物を「効力増強剤」と称することがあるが、本明細書においては、感受性が低下した害虫を対象とした場合に殺虫効力の低下度合を軽減するような化合物を、従来の「効力増強剤」と区別し、「感受性低下対処助剤」と定義する。両者の作用メカニズムは明確に解明されているわけではないが、「効力増強剤」が必ずしも「感受性低下対処助剤」に該当するとは限らない。
【0015】
本発明の目的で使用可能なグリコールエーテル系化合物の条件は、(1)ピレスロイド系殺虫成分を可溶化できること、(2)加熱蒸散性を有すること、(3)ピレスロイド系殺虫成分と水との間に介在して3成分が一定の比率を保って加熱蒸散すること、の3条件に加え、(4)ピレスロイド系殺虫成分の感受性低下対処助剤として作用し得るもの、である。そのようなグリコールエーテル系化合物の具体例としては、ジエチレングリコールモノエチルエーテル(沸点:202℃)、ジエチレングリコールモノイソプロピルエーテル(沸点:207℃)、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(沸点:231℃)、ジエチレングリコールモノイソブチルエーテル(沸点:220℃)、ジエチレングリコールモノヘキシルエーテル(沸点:259℃)、ジエチレングリコールモノ2−エチルヘキシルエーテル(沸点:272℃)、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル(沸点:283℃)、トリエチレングリコールモノメチルエーテル(沸点:249℃)、プロピレングリコールモノターシャリーブチルエーテル(沸点:151℃)、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル(沸点:188℃)、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル(沸点:210℃)、3−メトキシ−1,2−プロパンジオール(沸点:220℃)等が挙げられる。これらのうち、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノイソプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノイソブチルエーテル、ジエチレングリコールモノヘキシルエーテルが好ましく、ジエチレングリコールモノブチルエーテルがより好ましい。上掲のグリコールエーテル系化合物は、単独で使用してもよいし、複数種を混合した状態で使用してもよい。
【0016】
本発明の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物は、前述の成分のほか、水を含有して構成されるが、本発明の趣旨を妨げない限り、その他各種成分を配合することができる。例えば、ディート、テルペン系化合物、天然精油、及び香料のような忌避成分、抗菌剤、防カビ剤、ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)、パラヒドロキシ安息香酸メチルのような安定化剤、pH調整剤、着色剤、茶抽出物やチャ乾留液等の消臭剤などを適宜配合してもよい。また、加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を調製するにあたって、水性処方の利点を妨げない限り、エタノール、イソプロパノールのような低級アルコール、灯油(ケロシン)のような炭化水素系溶剤、エステル系もしくはエーテル系溶剤を少量使用することも可能であり、さらに、可溶化剤、分散剤を適宜使用しても構わない。
【0017】
このように調製された本発明の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物は、吸液芯を備えた容器本体に充填され、吸液芯を介して加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を加熱蒸散させる方式の飛翔害虫防除製品(例えば、蚊取リキッド)に適用される。すなわち、加熱蒸散用水性殺虫剤組成物をポリプロピレン、ポリエステル、ポリ塩化ビニールなどのプラスチック製薬液容器に収容し、中栓を介して吸液芯を加熱蒸散用水性殺虫剤組成物中に浸漬させる。そうすると、容器内の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物は吸液芯上部に導かれ、その周囲に設けられたリング状の発熱体により60〜130℃に加熱されて大気中に蒸散する。吸液芯は発熱体と間隙を設けて対向しているので、吸液芯上部の目的の表面温度(60〜130℃)は、発熱体の温度をそれより高く(例えば、80〜150℃)設定することによって達成される。加熱蒸散用水性殺虫剤組成物の加熱温度が高くなり過ぎると、加熱蒸散用水性殺虫剤組成物が早期に蒸散したり、加熱蒸散用水性殺虫剤組成物の熱分解や重合が生じる可能性があり、その結果、吸液芯の表面に高沸点物質が生成し、これが蓄積して目詰まりを起こす虞がある。一方、加熱温度が低くなり過ぎると、加熱蒸散用水性殺虫剤組成物が蒸散し難くなり、十分な防虫性能を達成できなくなる。
【0018】
吸液芯の素材としては、ピレスロイド系殺虫成分に対して安定でかつ毛細管現象で水溶液を吸液するものが用いられ、具体的には、クレー(カオリンクレー)、マイカ、ムライト、タルク、パーライト、珪藻土等の無機質材料を適宜、黒鉛、カルボキシメチルセルロース等の有機物質とともに混練し、成形及び焼成したもの、ポリエステル系繊維、ポリアミド系繊維、ポリプロピレン系繊維等からなるプラスチック芯、多孔質セラミック芯等が挙げられるが、これらに限定されない。なお、吸液芯に、色素、防腐剤、4,4’−メチレンビス(2−メチル−6−t−ブチルフェノール)、ステアリル−β−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート等の酸化防止剤を適宜添加してもよい。
【0019】
本発明の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物の加熱蒸散方法によれば、リビングルーム、居室、寝室等の屋内で、ピレスロイド感受性系統は勿論、感受性が低下したアカイエカ、コガタアカイエカ、ネッタイイエカ、チカイエカ等のイエカ類、ネッタイシマカ、ヒトスジシマカ等のヤブカ類、ユスリカ類等の蚊類に対して、実用的な殺虫効力を示すので極めて有用性が高い。なお、このような効果は、イエバエ類、チョウバエ類、ノミバエ類、アブ類、ブユ類、ヌカカ類等の他の有害飛翔性昆虫に対しても少なからず認められるが、特に蚊類について特徴的である。
【実施例】
【0020】
次に、具体的実施例に基づいて、本発明の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物、及び当該加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を用いた加熱蒸散方法をさらに詳細に説明する。
【0021】
〔実施例1〕
トランスフルトリンを0.9質量%、感受性低下対処助剤としてジエチレングリコールモノブチルエーテルを50質量%、安定剤としてジブチルヒドロキシトルエンを0.1質量%、及び精製水を49質量%配合し、本発明にかかる実施例1の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を調製した(下記表1参照)。
この加熱蒸散用水性殺虫剤組成物45mLをプラスチック製容器に充填し、中栓を介して吸液芯を装填した後、加熱蒸散装置(例えば、特許第2926172号等に開示された装置)に取り付けた。なお、吸液芯としては、ポリエステル系繊維を素材とし、直径7mm、長さ70mmの丸棒形状のものを用い、吸液芯上部の周囲に設置したリング状発熱体の設定温度を130℃とした。
ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下したネッタイイエカの生息が観察されているタイ国において、上記の加熱蒸散装置を6畳の部屋(25m
3)の中央に設置し、1日あたり12時間通電使用したところ、60日間(約700時間)に亘って蚊に刺咬されることはなかった。
【0022】
〔実施例2〜8、比較例1〜6〕
実施例1に準じて、本発明にかかる実施例2〜8の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を調製し、これらを実施例1で使用したものと同じ加熱蒸散装置に装填して殺虫効力確認試験を実施した。また、比較のため、本発明の範囲外となる比較例1〜6の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を調製した。実施例1〜8、及び比較例1〜6における加熱蒸散用水性殺虫剤組成物の組成、及び吸液芯の材質を下記表1に示す。
【0023】
実施例1〜8は何れも、ピレスロイド系殺虫成分、沸点が150〜300℃のグリコールエーテル系化合物(感受性低下対処助剤)、及び水を本発明の範囲で含む加熱蒸散用水性殺虫剤組成物である。これに対し、比較例1及び2は、溶剤として灯油を含む油性処方の殺虫剤組成物である。比較例1及び2の殺虫剤組成物の比重(約0.77)は、実施例1〜8の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物の比重(約1.0)よりも小さい。従って、殺虫剤組成物の蒸散量について、水性処方の実施例1及び2と油性処方の比較例1及び2とを対比すると、容量ベースでは両者の蒸散量は実質同一であるが、質量ベースでは水性処方の実施例1及び2の方が油性処方の比較例1及び2よりも蒸散量が大きくなる。ただし、有効成分(ピレスロイド系殺虫成分)の揮散量は、何れの処方も使用期間は60日であり、実施例1及び2と比較例1及び2とで実質的な差異はない。比較例3は、沸点が302℃のジエチレングリコールモノベンジルエーテルを使用したものである。比較例4は、グリコールエーテル系化合物の代わりに沸点が280℃のジアセチンを使用したものである。これらの物質の蒸散量は、各実施例で使用する感受性低下対処助剤の蒸散量よりも小さい。なお、比較例3及び4で使用する上記物質は、従来、感受性系統には有用な「効力増強剤」として使用されていたものである。比較例5は、感受性低下対処助剤の含有量が過剰となるように設定したものである。比較例6は、感受性低下対処助剤の含有量が過少となるように設定したものである。表1において、比較例3で使用する「ジエチレングリコールモノベンジルエーテル」、及び比較例4で使用する「ジアセチン」は、厳密には本発明で定義する感受性低下対処助剤には該当しないが、説明の便宜上、表1中の「感受性低下対処助剤」の項目に示してある。
【0024】
【表1】
【0025】
<殺虫効力試験>
各加熱蒸散用水性殺虫剤組成物の効能を確認するため、以下に説明する殺虫効力試験を実施した。内径20cm、高さ43cmのプラスチック製円筒を2段に重ね、その上に16メッシュの金網で上下を仕切った内径20cm、高さ20cmの円筒(供試昆虫を入れる場所)をゴムパッキンを挟んで載せ、さらにその上に同径で高さ20cmの円筒を載せた。この4段重ねの円筒を台に載せた円板上にゴムパッキンを挟んで置いた。円板中央には5cmの円孔があり、この円孔の上に供試加熱蒸散装置を置き、通電してくん蒸した。通電4時間後、上部円筒に供試昆虫のネッタイシマカ雌成虫(ピレスロイド感受性タイ国DMS系統、又は感受性が低下したタイ国BS系統)約20匹を放ち、時間経過に伴い落下仰転した供試昆虫を数え、KT
50値を求めた。また、暴露20分後に全供試昆虫を回収して24時間後にそれらの致死率を調べた。試験結果を下記表2に示す。
【0026】
【表2】
【0027】
試験の結果、本発明にかかる実施例1〜8の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物、すなわち、ピレスロイド系殺虫成分を0.1〜3.0質量%と、これの感受性低下対処助剤として沸点が150〜300℃である少なくとも一種のグリコールエーテル系化合物を10〜70質量%と、水とを含む加熱蒸散用水性殺虫剤組成物は、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した系統のネッタイシマカに対しても、ピレスロイド感受性系統を対象とした場合と比べて殺虫効力の低下度合が小さく、これら蚊類を防除する上で極めて有効であることが確認された。ここで、実施例1〜4と、実施例5〜7との対比から、グリコールエーテル系化合物のなかでも、沸点が200〜260℃のジエチレングリコールモノアルキルエーテル化合物が好ましく、ジエチレングリコールモノブチルエーテルがより好適であった。また、ピレスロイド系殺虫成分としては、実施例8を参照して明らかなように、トランスフルトリン、メトフルトリン、及びプロフルトリンが本発明の目的に合致し、なかでも、トランスフルトリンの有用性が高かった。また、上記表2に示す結果より、ピレスロイド系殺虫成分に感受性を有する蚊類のKT
50値(秒)を[A]とし、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した蚊類のKT
50値(秒)を[B]としたとき、[A]/[B]の値が0.6以上であれば、感受性が低下した蚊類に対しても致死率を100%とすることが可能であることが示唆された。
【0028】
これに対し、比較例1及び2の灯油をベースにした油性処方では、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した系統のネッタイシマカのノックダウン効力が、ピレスロイド感受性系統の場合と比べて大幅に低下することが認められた。また、比較例3及び4の組成物は、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した系統のネッタイシマカに対しては、グリコールエーテル系化合物を含む本発明の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物ほどの効果は認められなかった。このことから、従来の「効力増強剤」が必ずしも「感受性低下対処助剤」に該当しないことが明らかとなった。なお、70質量%を超えて感受性低下対処助剤を配合した比較例5は、火気に対する危険性が増大して水性処方のメリットが失われる結果となった。比較例6については、感受性低下対処助剤の配合量が過少となるため良好な水性組成物を形成できず、殺虫効力試験に供することができなかった。そのため、上記表2には、比較例5及び6の試験結果は示していない。
【0029】
〔実施例9、比較例7〕
実施例1に準じ、トランスフルトリンを1.3質量%、感受性低下対処助剤としてジエチレングリコールモノブチルエーテルを50質量%、安定剤としてジブチルヒドロキシトルエンを0.1質量%、及び精製水を48.6質量%配合し、本発明にかかる実施例9の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物を調製した。実施例9の加熱蒸散用水性殺虫剤組成物は、90日用の長期使用タイプである。この加熱蒸散用水性殺虫剤組成物45mLをプラスチック製容器に充填し、中栓を介して吸液芯を装填したのち、加熱蒸散装置に取り付けた。なお、吸液芯としては、クレー、マイカ等の無機質粉体を黒鉛等の有機物質とともに混練し、直径7mm、長さ70mmの丸棒形状に成形後、焼成して得られたセラミック芯を用いた。また、吸液芯上部の周囲に設置したリング状発熱体の設定温度は128℃であった。
一方、トランスフルトリン1.69質量%(1.3w/v%)を灯油に溶解させたこと以外は実施例9と同様にして比較例7の油性処方の加熱蒸散用殺虫剤組成物を調製し、これを実施例9と同様の加熱蒸散装置に使用した。
実施例9及び比較例7の加熱蒸散装置について、以下の実地殺虫効力試験を実施した。
【0030】
<実地殺虫効力試験>
換気しない状態で6畳居室(25m
3:2.7m×3.6m×高さ2.55m)の床にクラフト紙を敷き、中央に供試加熱蒸散装置を置いた。通電開始と同時に、供試昆虫のネッタイシマカ雌成虫(ピレスロイド感受性タイ国DMS系統、又は感受性が低下したタイ国BS系統)約100匹を放ち、時間経過に伴い落下仰転した供試昆虫を数え、KT
50値を求めた。また、2時間暴露後、全供試昆虫を清潔なプラスチック容器に移し、砂糖水を含ませた脱脂綿を与えた。約25℃で保存し、24時間後にそれらの致死率を調べた。試験結果を表3に示す。
【0031】
【表3】
【0032】
感受性低下対処助剤を配合した場合において、水性処方である実施例9の加熱蒸散用殺虫剤組成物は、油性処方である比較例7の組成物と較べると、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した系統のネッタイシマカに対して特に有効であることが実地殺虫効力試験においても認められた。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、人体やペット用の害虫防除製品において利用可能なものであるが、その他の用途として、例えば、殺虫、殺ダニ、殺菌、抗菌、消臭、及び防臭の用途で利用することも可能である。