(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6321964
(24)【登録日】2018年4月13日
(45)【発行日】2018年5月9日
(54)【発明の名称】疲労骨折のバイオマーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20180423BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20180423BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/53 D
【請求項の数】10
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-2489(P2014-2489)
(22)【出願日】2014年1月9日
(65)【公開番号】特開2015-132479(P2015-132479A)
(43)【公開日】2015年7月23日
【審査請求日】2016年12月22日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成25年9月12日、特定非営利活動法人 日本栄養改善学会主催の第60回日本栄養改善学会学術総会講演要旨集において発表 平成25年9月14日、第60回日本栄養改善学会学術総会において発表 平成25年9月14日、第60回日本栄養改善学会学術総会において発表
(73)【特許権者】
【識別番号】501061319
【氏名又は名称】学校法人 東洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(72)【発明者】
【氏名】太田 昌子
(72)【発明者】
【氏名】矢野 友啓
【審査官】
海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】
木田吉城ほか,骨質マーカーとしてのペントシジンの有用性,Med. Technol.,2013年 4月15日,Vol.41,No.4,PP.358-359
【文献】
丸山伸也ほか,競技レベルが大学女子ラクロス選手の骨代謝及び骨質に及ぼす影響,運動とスポーツの科学,2013年12月30日,Vol.19,No.1,PP.149-154
【文献】
若松健太ほか,大学女子スポーツ選手における骨代謝マーカーおよび骨質関連マーカーに関する研究,日本臨床スポーツ医学会誌,2011年10月10日,第19巻第4号,S163
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
疲労骨折のリスクを決定するためのデータを取得する方法であって、
前記方法は、
ヒト被検者に由来する血漿試料中のホモシステイン濃度の測定値を得る工程を含み、
前記血漿試料中のホモシステイン濃度が5.4μmol/L以上である場合に、前記被検者における疲労骨折のリスクが高いと決定される、方法。
【請求項2】
疲労骨折のリスクを決定するためのデータを取得する方法であって、
前記方法は、
ヒト被検者に由来する血漿試料中のペントシジン濃度の測定値を得る工程を含み、
前記血漿試料中のペントシジン濃度が0.036μg/mL以上である場合に、前記被検者における疲労骨折のリスクが高いと決定される、方法。
【請求項3】
疲労骨折のリスクを決定するためのデータを取得する方法であって、
前記方法は、
ヒト被検者に由来する血漿試料中のホモシステイン濃度およびペントシジン濃度の測定値を得る工程を含み、
前記血漿試料中のホモシステイン濃度が5.4μmol/L以上であり、かつ、ペントシジン濃度が0.036μg/mL以上である場合に、前記被検者における疲労骨折のリスクが高いと決定される、方法。
【請求項4】
疲労骨折のリスクを決定するためのデータを取得する方法であって、
前記方法は、
被検者に由来する試料中のペントシジン濃度の測定値を得る工程を含み、
前記被検者は、40歳以下のヒトまたは12歳以下のウマであり、
前記ペントシジン濃度が、前記被検者における疲労骨折のリスクと正に相関する方法。
【請求項5】
疲労骨折のリスクを決定するためのデータを取得する方法であって、
前記方法は、
被検者に由来する試料中のペントシジン濃度の測定値を得る工程を含み、
前記被検者は、0.0552μg/mL未満の血漿ペントシジン濃度を有するヒトであり、
前記試料中のペントシジン濃度が、前記被検者における疲労骨折のリスクと正に相関する方法。
【請求項6】
複数の被検者に由来する複数の試料中のペントシジン濃度の測定値を得る工程を含み、前記ペントシジン濃度がより高い被検者は、他の被検者よりも疲労骨折のリスクが高いと決定される、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
同一の被検者から異なる時点において採取された複数の試料中のペントシジン濃度の測定値を得る工程を含み、前記ペントシジン濃度がより高い時点において、被検者は疲労骨折のリスクがより高い状態にあると決定される、請求項4または5に記載の方法。
【請求項8】
40歳以下のヒトまたは12歳以下のウマである被検者における疲労骨折のリスクと正に相関するバイオマーカーとしてのペントシジンの使用。
【請求項9】
抗ペントシジン抗体を含む、請求項2〜7のいずれかに記載の方法に使用するためのキット。
【請求項10】
疲労骨折のリスクを決定するためのデータを取得する方法であって、
前記方法は、
被検者に由来する試料中のホモシステイン濃度の測定値を得る工程を含み、
前記被検者は、7.060μmol/L以下の血漿ホモシステイン濃度を有するヒトであり、
前記試料中のホモシステイン濃度が、前記被検者における疲労骨折のリスクと正に相関する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疲労骨折の予防、診断、治療等に関する医学分野、および、プロまたはアマチュアのアスリートのコンディション管理に関するスポーツ科学・健康科学の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
疲労骨折は、一度では骨折に至らない程度の力が、骨の同一部位に繰り返し加わることにより発生する骨折であり、跳躍や長時間の疾走などを反復して行うことが多いアスリートに発生することが多い。疲労骨折は、正常な骨に外力が加わって起こる外傷性骨折と区別され、また、骨粗鬆症に代表されるような疾患による骨の強度低下が原因である脆弱性骨折とも区別される。
【0003】
疲労骨折は、外傷性骨折や脆弱性骨折と比べると件数が少なく、スポーツ選手等に起こる特異な骨折である。従って、他の種類の骨折と比べて研究が進んでおらず、疲労骨折発生の生物学的なメカニズムについてはよく理解されていない。現状では、疲労骨折を予測することはできないと一般に考えられており、疲労骨折の予測方法およびスクリーニング方法は確立されていない(非特許文献1)。通常は、次のような暫定的な診断がなされている。
(1)骨密度の経時変化から、低値を示したら「発症割合が高い」と判断する。
(2)骨粗鬆症の保険診療で認められている骨形成マーカー(骨型アルカリフォスファターゼ:BAP)、または骨吸収マーカー(尿中デオキシピリジノリン:DPD、尿中I型コラーゲン架橋N-テロペプチド:NTX、血清NTX、尿中I型コラーゲン架橋C-テロペプチド:CTX)を経時的に測定する。
【0004】
しかしながら、上記の方法では疲労骨折を予測し予防するには至っておらず、疲労骨折のスクリーニング方法としては不適であるとみられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】体力科学 47, 9-12, 1998
【非特許文献2】臨床整形外科 45:893-899, 2010
【非特許文献3】J Bone Miner Res, 22(5):747-56, 2007
【非特許文献4】Clinical Chemistry 42:1439-1444, 1996
【非特許文献5】Nephrol Dial Transplant 14:576-580, 1999
【非特許文献6】Arch Gen Psychiatry 67:589-597, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、疲労骨折のリスク評価、予防、スクリーニング等に有用なバイオマーカーを提供し、そのバイオマーカーを使用して疲労骨折のリスクを評価する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ホモシステインおよびペントシジンが、疲労骨折のリスクと正に相関するバイオマーカーとして使用できることを発見し、本発明を完成するに至った。
【0008】
ホモシステインおよびペントシジンは、老化物質とも呼ばれ、加齢とともに蓄積して、特に高値に至っている場合には、骨コラーゲン架橋化という現象を通じて高齢者(典型的には60歳以上)の骨粗鬆症における骨脆弱化(ひいては骨折)と関連し得ることが知られている(非特許文献2)。しかしながら、疲労骨折の症例が最も多いのは10代、特に高校生・中学生であり(非特許文献1)、高齢化や骨粗鬆症とは全く無縁である若く健康なアスリートにおいて、このように老化物質と呼ばれる物質が疲労骨折の指標として使用できることは驚くべき発見であった。
【0009】
また、骨粗鬆症の主たる要因は骨吸収の亢進であって、上記コラーゲン架橋は、数多く存在し得る副次的な要因のうちの一つと考えられる。一方で疲労骨折は、そもそも発症メカニズムがほとんど理解されていない上に、発症者や発症の場面が骨粗鬆症とは明らかに異なる事象である。従って、疲労骨折と骨粗鬆症との間で共通の指標が存在し得るか否か、存在するとすればいかなる指標であるかを予測することはできなかった。事実、上述したように、骨粗鬆症の保険診療で認められているマーカーによって疲労骨折を予測する試みも従来行われてきたものの成功は得られていなかった。
【0010】
例えばホモシステインについては、血中または血漿中ホモシステイン濃度が15μmol/L以上である群において骨粗鬆症ないし脆弱性骨折のリスクが高まることが報告されている(非特許文献2、3)。しかしながらこれは、高齢者の中でも特に高値の群に相当することに留意すべきである。若いアスリートにおける血漿中ホモシステイン濃度は通常は15μmol/Lよりはるかに低いレベルである(典型的には10μmol/L以下)。このように、正常レベルの範囲におけるホモシステインおよびペントシジンの濃度のわずかな個人差が、疲労骨折のリスクを予測するための信頼性の高い指標となり得るということは、驚くべき発見であった。
【0011】
すなわち本発明は、以下の側面を含む。
[1]骨折のリスクを決定するためのデータを取得する方法であって、前記骨折は疲労骨折であり、前記方法は、被検者に由来する試料中のホモシステイン濃度およびペントシジン濃度のうちの少なくともどちらかの測定値を得る工程を含み、前記ホモシステイン濃度および/またはペントシジン濃度が、被検者における疲労骨折のリスクと正に相関する方法。
[2]前記試料が血漿である、前記[1]に記載の方法。
[3]前記被検者がヒトであり、前記血漿試料中のホモシステイン濃度が5.4μmol/L以上である場合に、被検者における疲労骨折のリスクが高いと決定される、前記[2]に記載の方法。
[4]前記被検者がヒトであり、前記血漿試料中のペントシジン濃度が0.036μg/mL以上である場合に、被検者における疲労骨折のリスクが高いと決定される、前記[2]に記載の方法。
[5]前記被検者がヒトであり、前記血漿試料中のホモシステイン濃度が5.4μmol/L以上であり、かつ、ペントシジン濃度が0.036μg/mL以上である場合に、被検者における疲労骨折のリスクが高いと決定される、前記[2]に記載の方法。
[6]複数の被検者に由来する複数の試料中の、ホモシステイン濃度およびペントシジン濃度のうちの少なくともどちらかの測定値を得る工程を含み、前記ホモシステイン濃度および/またはペントシジン濃度がより高い被検者は、他の被検者よりも疲労骨折のリスクが高いと決定される、[1]または[2]に記載の方法。
[7]同一の被検者から異なる時点において採取された複数の試料中の、ホモシステイン濃度およびペントシジン濃度のうちの少なくともどちらかの測定値を得る工程を含み、前記ホモシステイン濃度および/またはペントシジン濃度がより高い時点において、被検者は疲労骨折のリスクがより高い状態にあると決定される、[1]または[2]に記載の方法。
[8]疲労骨折のリスクと正に相関するバイオマーカーとしてのホモシステインおよび/またはペントシジンの使用。
[9] 抗ペントシジン抗体、抗ホモシステイン抗体、および抗S-アデノシルホモシステイン抗体のうちの1つ以上を含む、疲労骨折リスク検査用キット。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、従来確立されていなかった疲労骨折のバイオマーカーを提供し、信頼性の高い疲労骨折のリスク評価を可能とするものである。また、従来、疲労骨折に関しては確定診断や二次予防(早期発見、早期治療)が主流であったが、本発明のバイオマーカーを用いたスクリーニング方法により、疲労骨折の一次予防が可能となる。本発明のバイオマーカーは、血液、血漿、尿等、容易に採取できる試料において測定可能であるため、簡便に検査測定ができ、経時変化の観察などにも適している。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、被検者の血漿試料において測定されたホモシステイン濃度(縦軸)およびペントシジン濃度(横軸)を示す。個々の白い四角形は、試料採取から2年間の期間中に疲労骨折を経験しなかった被検者(対照群)を表し、個々の黒い四角形は、試料採取から2年間の期間中に疲労骨折を経験した被検者(疲労骨折群)を表す。網掛けの部分は、ホモシステイン濃度が5.4μmol/L以上であり、かつ、ペントシジン濃度が0.036μg/mL以上である領域を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
疲労骨折とは、一度では骨折に至らない程度の力が、骨の同一部位に繰り返し加わることにより発生する骨折である。本発明のバイオマーカーの使用によって疲労骨折のリスクを評価する対象となる被検者には、例えば、同一の肉体的運動を反復的に行うことの多いアスリートや労働者が含まれ得る。
【0015】
陸上、サッカー、バスケットボール、バレーボール、野球、ゴルフ、ウェイトリフティング等、あらゆるスポーツ種目の実施者が疲労骨折を発症する可能性を有しており、従って本発明の被検者となり得る。最も典型的な被検者の例は、プロまたはアマチュアの長距離走選手、またはトレーニングの一環としてランニングを行なう各種アスリートである。例えば月間走行距離200 km以上、より典型的には月間走行距離300 km以上のアスリートにおいて、本発明のバイオマーカーによる疲労骨折リスク評価が好適に実施され得る。
【0016】
本発明における被検者は、典型的には50歳以下である。被検者の年齢が50歳を超えていても本発明に従って疲労骨折リスクの評価をすることは可能であるが、これらの被検者では骨粗鬆症等による骨脆弱化の影響も現れ得るようになる。好ましい実施態様において、被検者の年齢は40歳以下であり、より好ましい実施態様においては被検者の年齢は30歳以下である。また、被検者は典型的には7歳以上である。好ましい実施態様において、被検者の年齢は10歳以上であり、より好ましい実施態様においては被検者の年齢は15歳以上である。
【0017】
以上では被検者がヒトである場合について説明してきたが、ホモシステインおよびペントシジンは哺乳類のあいだで共通するごく基本的な生体化合物であり、また、疲労骨折は例えば競走馬(典型的には馬齢12歳以下)等ヒト以外の哺乳類においても同様に起こることが知られている。従って本明細書における「被検者」という用語は、ヒトおよびウマを含む哺乳類全般を意味する。
【0018】
本発明では、ホモシステインおよびペントシジンのうちの少なくとも1つが、疲労骨折のリスクを評価ないしは診断するためのバイオマーカーとして使用される。これらのバイオマーカーは、被検者に由来する試料においてその濃度が測定される。本明細書において、「被検者に由来する試料」とは、その被検者から採取された生物学的試料を意味する。
【0019】
上記試料としては、血漿が最も好ましいが、血液、血清、尿、あるいは骨生検を試料とすることもできる。異なる種類の試料間で上記バイオマーカーの濃度は相関することが知られているが(例えば非特許文献2、4)、複数の被検者のあいだで、または同一被検者の複数の時点のあいだで疲労骨折のリスクを比較する場合には、比較を容易にするために、同一種類の試料においてバイオマーカー濃度を測定することが好ましい。被検者から試料を採取してすぐに上記バイオマーカーの濃度を測定してもよいし、採取試料を冷凍保存等の適切な方法で保存し、その後に上記バイオマーカーの濃度を測定してもよい。例えば少なくとも数年間の冷凍保存を経た試料であってもバイオマーカー濃度測定に使用し得る。
【0020】
試料中のホモシステインおよびペントシジンの濃度の測定方法は当業者には複数知られており、適宜選択することができる。ホモシステインは遊離型と酸化型(タンパク質等と結合した型)とが存在するが、本明細書において単にホモシステイン濃度という場合はこれらを合わせた総ホモシステイン濃度を意味する。ホモシステインおよびペントシジンの濃度の適切な測定方法の例としては、液体クロマトグラフィー(HPLC)、酵素法、および、例えばELISA法のような免疫学的方法が挙げられる。免疫学的測定方法には、抗ペントシジン抗体、または抗ホモシステイン抗体もしくは抗S-アデノシルホモシステイン抗体が使用され得る。これらの抗体は当業者が通常の知識に基づいて作製することができ、市販もされている。測定方法が異なっても測定値は実質的に一致することが知られている(例えば非特許文献5)。
【0021】
本発明においては、ホモシステインおよびペントシジンのうちのいずれかまたは両方が、疲労骨折のリスクと正に相関するバイオマーカーとして使用される。すなわち、試料中のこれらバイオマーカーの濃度がより高い場合に、疲労骨折を発症する可能性がより高いと評価される。
【0022】
別の見方をすれば本発明では、疲労骨折のリスクを検査し決定するためのデータを取得する方法が提供され、ここで、上記データは、ホモシステイン濃度およびペントシジン濃度のうちのいずれかまたは両方の測定値を得ることによって取得され、試料中のこれらバイオマーカーの濃度がより高い場合に、疲労骨折を発症する可能性がより高いと評価される。
【0023】
本発明の一側面では、複数の被検者から採取された複数の試料中のバイオマーカーの濃度の測定値を得て比較し、バイオマーカーの濃度がより高い被検者は、バイオマーカー濃度が低い他の被検者より疲労骨折のリスクが高いと評価される。ここでいう比較とは、同一の動物種に属する被検者間の比較を意味する。
【0024】
ホモシステインおよびペントシジンのうちのどちらか単独をバイオマーカーとして用い得る。すなわち、第1の被検者は第2の被検者よりもホモシステインの濃度が高い場合に、第1の被検者の方が第2の被検者よりも疲労骨折を発症する可能性がより高いと評価される。または、第1の被検者は第2の被検者よりもペントシジンの濃度が高い場合に、第1の被検者の方が第2の被検者よりも疲労骨折を発症する可能性がより高いと評価される。
【0025】
ホモシステインおよびペントシジンの両方を合わせてバイオマーカーとして用いる場合には、特に信頼性の高い疲労骨折リスク評価を行なうことができる。すなわち、第1の被検者は第2の被検者と比較してホモシステインおよびペントシジンのどちらの濃度も高い場合に、第1の被検者の方が第2の被検者よりも疲労骨折を発症する可能性がより高いと評価される。
【0026】
本発明の別の側面では、同一の被検者から異なる時点において採取された複数の試料中のバイオマーカーの濃度の測定値を得て比較し、バイオマーカーの濃度がより高い時点において、被検者は疲労骨折のリスクがより高い状態にあると評価される。例えば、同一の被検者について、バイオマーカーの測定値が過去の測定値に対して上昇した場合には、この個体において疲労骨折のリスクが経時的に上昇したと判定される。
【0027】
本発明のこの側面においても、上記同様、ホモシステインおよびペントシジンのどちらか単独をバイオマーカーとして用いることもできるし、ホモシステインおよびペントシジンの両方を合わせてバイオマーカーとして用いて、さらに信頼性の高い疲労骨折リスク評価をすることもできる。
【0028】
本発明のさらに別の側面では、被検者由来の試料中のバイオマーカー濃度の測定値を得て、これを事前に定められた基準値と比較し、測定値が基準値よりも高い場合に、この被検者は疲労骨折のリスクが高いと評価される。例えばヒト被検者において、血漿試料中のホモシステイン濃度が5.4μmol/L以上である場合に、その被検者における疲労骨折のリスクが高いと評価される。または、血漿試料中のペントシジン濃度が0.036μg/mL以上である場合に、その被検者における疲労骨折のリスクが高いと評価される。または、血漿試料中のホモシステイン濃度が5.4μmol/L以上であり、かつ、ペントシジン濃度が0.036μg/mL以上である場合に、その被検者における疲労骨折のリスクが高いと評価される。
【0029】
あるいは、特定の被検者の群ごとに上記基準値を定めることもできる。例えば、その被検者群における各バイオマーカー濃度の平均値、中央値、第3四分位値等を基準値とすることができる。
【0030】
上述した本発明による方法は、例えば適切な入力手段、プロセッサ、および出力手段を備えた装置またはシステムを利用して実施してもよい。この場合、入力手段を介してホモシステインおよび/またはペントシジンの測定値が入力され、プロセッサによって基準値の算出および/または測定値と基準値もしくは他の測定値との比較が実行され、比較の結果得られた疲労骨折リスク評価・判定結果が出力手段により表示される。ここでいう表示とは、ディスプレイ画面上への表示、紙等の媒体への印刷、音声による通知等を含み得る。入力手段は、バイオマーカー濃度を測定する測定手段に直接接続されていてもよい。
【0031】
本発明の別の側面では、抗ペントシジン抗体、または抗ホモシステイン抗体もしくは抗S-アデノシルホモシステイン抗体を含む、疲労骨折リスク検査用組成物が提供される。S-アデノシルホモシステインは、ホモシステインをS-アデノシルホモシステイン加水分解酵素の存在下でアデノシンと反応させて得られる産物である。ホモシステインを抗ホモシステイン抗体によって直接検出するよりも、酵素反応を経由して抗S-アデノシルホモシステイン抗体によって間接的に検出するほうが、より高い感度・特異性が達成され得る。
【0032】
さらに別の側面では、抗ペントシジン抗体、抗ホモシステイン抗体、および抗S-アデノシルホモシステイン抗体のうちの1つ以上を含む、疲労骨折リスク検査用キットが提供される。上記組成物または抗体を、被検者から採取された試料に接触させることにより、ELISA等の免疫学的方法に基づいて試料中のホモシステインおよび/またはペントシジンの濃度を測定することができ、そのようにして得られる測定値から、上述のように疲労骨折リスクの判定を行うことができる。上記キットは、二次抗体、検出用の発色、発光もしくは蛍光物質、還元剤、測定手順や基準値等が記載された使用説明書、またはこれらの組合せ等をさらに含み得る。
【0033】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
12人の女性長距離走選手(年齢24.4±3.5歳)を対象にして試験を行った。これらの被検者は、月間走行距離が756±266 kmであり、3000 m走の平均自己ベスト記録が559.9±10.3秒であり、エリートアスリートと呼べる選手たちである。ここで、±を用いた表記は平均±標準偏差を表す。
【0035】
これらの被検者から常法に従って血漿試料を採取し、凍結保存した。試料採取の2年後、被検者を(イ)過去2年間(すなわち、試料採取以後)に疲労骨折を経験した群(疲労骨折群、n=6)と、(ロ)過去2年間に疲労骨折を経験しなかった群(対照群、n=6)とに分類した。また、上記凍結試料を解凍して、ホモシステインおよびペントシジンの濃度を測定した。さらに、血漿試料採取と同月に脊椎(海面骨優位)および大腿骨(皮質骨優位)の骨密度の測定も行なった。ホモシステイン濃度は液体クロマトグラフィー法、ペントシジン濃度はELISA法、骨密度は二重エネルギーX線吸収測定法(DXA)によって測定した。
【0036】
得られたホモシステインおよびペントシジンの血漿中濃度の測定値の分布を表1および
図1に示す。ホモシステイン濃度の平均値は、対照群では4.7μmol/L、疲労骨折群では6.2μmol/L、全被検者では5.4μmol/Lであった。ペントシジン濃度の平均値は、対照群では0.031μg/mL、疲労骨折群では0.042μg/mL、全被検者では0.036μg/mLであった。なお骨密度については、データを示していないが、対照群と疲労骨折群との間で測定値に有意な差は見られなかった。従って骨密度は疲労骨折の指標としては有用でないことが確認された。
【表1】
【0037】
これらの結果から、血漿中ホモシステイン濃度が5.4μmol/L以上であった被検者は、7人中6人が、血漿試料採取後2年以内に疲労骨折を経験したことがわかる。それに対し、血漿中ホモシステイン濃度が5.4μmol/L未満であった5人の被検者の中には、同期間中に疲労骨折を経験した者はいなかった。
【0038】
また、血漿中ペントシジン濃度が0.036μg/mL以上であった被検者は、7人中6人が、血漿試料採取後2年以内に疲労骨折を経験したことがわかる。それに対し、血漿中ペントシジン濃度が0.036μg/mL未満であった5人の被検者の中には、同期間中に疲労骨折を経験した者はいなかった。
【0039】
さらに、血漿中ホモシステイン濃度が5.4μmol/L以上であり、かつ、血漿中ペントシジン濃度が0.036μg/mL以上であった被検者は、6人中6人が、血漿試料採取後2年以内に疲労骨折を経験したことがわかる。別の見方をすれば、疲労骨折群に属する被検者は全員、血漿中ホモシステイン濃度が5.4μmol/L以上であり、かつ、血漿中ペントシジン濃度が0.036μg/mL以上であった。それに対し、対照群に属する被検者は全員、ホモシステインまたはペントシジンの少なくともどちらかがこれらの基準値を下回っていた。
【0040】
本実施例で測定された被検者のホモシステイン濃度およびペントシジン濃度は、従来から骨脆弱化その他の異常と関連付けられてきたような高値ではない。例えば非特許文献3では9μmol/L未満の血漿ホモシステイン濃度が「低レベル」(すなわち標準レベル)と定義されており、非特許文献6では0.0552μg/mL未満の血漿ペントシジン濃度が「正常」と定義されている。また、本実施例で測定されたホモシステイン濃度およびペントシジン濃度のそれぞれの最高値は、それぞれの最低値の2.0倍にも満たない程度に過ぎず、かつ、それぞれの平均値の1.5倍にも満たない程度に過ぎない。従って、本実施例で測定された上記バイオマーカー濃度の分布は、いずれも正常レベルの範囲内におけるわずかな個人差を表しているといえる。
【0041】
以上より、ホモシステイン、ペントシジン、またはこれらの組合せが、疲労骨折の発生を予測する能力を有する優れたバイオマーカーであることが示された。