(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
更に、金属フッ化物を、ワイヤ全質量あたり、F換算値で0.05〜0.30質量%含有する請求項1〜5のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
石油・ガスの開発や油・ガスの輸送では、硫化物応力腐食割れ(Sulfide Stress Corrosion Cracking:SSCC)や水素脆性というサワー腐食が問題となる。この問題に対応するため、米国防蝕技術協会(National Association of Corrosion Engineers:NACE)の規格(NACE MR0175)では、溶接金属中のNi量が1質量%以下に規制されている。
【0007】
しかしながら、前述した特許文献1のフラックス入りワイヤは、優れた低温靭性を確保するために、Niを0.1〜3.0質量%添加しているため、溶接金属のNi含有量が1質量%を超えてしまう場合があり、NACEの要求に十分に対応することができない。また、特許文献1に記載のフラックス入りワイヤは、熱処理条件についての検討がなされておらず、より厳しい条件で熱処理した場合でも、耐力、強度及び低温靱性などに優れた溶接金属が得られるかは不明である。
【0008】
また、引用文献2に記載のフラックス入りワイヤも、Niを1.0〜3.0質量%含有しているため、NACEの要求に対応することができない。また、このフラックス入りワイヤでは、熱処理後の溶接金属の性能についての検討がなされておらず、前述した引用文献1に記載のフラックス入りワイヤと同様に、より厳しい条件で熱処理した場合でも、強度及び低温靱性などに優れた溶接金属が得られるかが不明である。
【0009】
そこで、本発明は、溶接作業性が良好で、かつ、Ni含有量が1質量%以下であっても、溶接のまま及び熱処理後のいずれにおいても低温靭性が良好な溶接金属が得られるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、鋼製外皮内にフラックスが充填されたフラックス入りワイヤであって、ワイヤ全質量あたり、Cを0.01〜0.12質量%、Siを0.05質量%以上0.30質量%未満、Mnを1.0〜3.5質量%、Niを0.1質量%以上1.0質量%未満、Moを0.10〜0.30質量%、Crを0.1〜0.9質量%、TiO
2を4.5〜8.5質量%、SiO
2を0.10〜0.40質量%、Al
2O
3を0.03〜0.23質量%、Feを80質量%以上含有する。
このフラックス入りワイヤは、Vを、ワイヤ全質量あたり0.020質量%以下に規制してもよい。
また、ワイヤ全質量あたりのC含有量(質量%)を[C]、Mn含有量(質量%)を[Mn]、Si含有量(質量%)を[Si]、Mo含有量(質量%)を[Mo]、Cr含有量(質量%)を[Cr]としたとき、下記数式(A)を満たす組成とすることもできる。
【0011】
【数1】
【0012】
本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、Mgを、ワイヤ全質量あたり0.2〜0.7質量%含有していてもよい。
更に、Tiを、ワイヤ全質量あたり0.04〜0.08質量%含有していてもよい。
更に、金属フッ化物を、ワイヤ全質量あたり、F換算値で0.05〜0.30質量%含有していてもよい。
更に、Na化合物若しくはK化合物又はその両方を、ワイヤ全質量あたり、Na換算値及びK換算値の合計で0.01〜0.30質量%含有していてもよい。
更に、B、B合金及びB酸化物のうち少なくとも1種を、ワイヤ全質量あたり、B換算値の合計で0.001〜0.020質量%含有していてもよい。
一方、このフラックス入りワイヤは、ZrO
2を、ワイヤ全質量あたり、0.02質量%未満に規制することもできる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、溶接作業性が良好で、かつ、Ni含有量が1質量%以下であっても、溶接のまま及び熱処理後のいずれにおいても低温靭性が良好な溶接金属が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
【0016】
本実施形態のフラックス入りワイヤは、鋼製外皮にフラックスを充填したものであり、ガスシールドアーク溶接に用いられる。そして、本実施形態のフラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量あたり、Cを0.01〜0.12質量%、Siを0.05質量%以上0.30質量%未満、Mnを1.0〜3.5質量%、Niを0.1質量%以上1.0質量%未満、Moを0.10〜0.30質量%、Crを0.1〜0.9質量%、TiO
2を4.5〜8.5質量%、SiO
2を0.10〜0.40質量%、Al
2O
3を0.03〜0.23質量%、Fe含有量が80質量%以上を含有する。なお、本実施形態のフラックス入りワイヤにおける上記以外の成分、即ち、残部は、不可避的不純物である。
【0017】
また、本実施形態のフラックス入りワイヤは、前述した各成分以外に、Mg、Ti、金属フッ化物、Na化合物、K化合物、B、B合金及びB酸化物などを含有していてもよい。一方、本実施形態のフラックス入りワイヤにVやZrO
2が含有される場合は、これらの含有量を規制することが好ましい。
【0018】
更に、本実施形態のフラックス入りワイヤは、C量及びMn量と、Si量、Mo量及びCr量との関係が、下記数式(A)を満たすことが好ましい。なお、下記数式(A)における[C]はワイヤ全質量あたりのC含有量(質量%)、[Mn]はワイヤ全質量あたりのMn含有量(質量%)、[Si]はワイヤ全質量あたりのSi含有量(質量%)、[Mo]はワイヤ全質量あたりのMo含有量(質量%)、[Cr]はCr含有量(質量%)である。
【0020】
なお、前述した各成分の含有量は、容量法や重量法などの湿式化学分析法により測定することができる。例えば、Cは燃焼−赤外線吸収法で、Ti、Si、Zr、Mn、Al、Mg、Ni、Mo、Cr及びBはICP発光分光分析方法で、Na及びKは原子吸光分析方法で、Fは中和滴定法で、それぞれ測定することができる。
【0021】
本実施形態のフラックス入りワイヤの外径は、特に限定されるものではないが、一般には1.0〜2.0mmであり、実用上は1.2〜1.6mmが好ましい。また、フラックス充填率は、ワイヤ中の各成分が前述した範囲内であれば、任意の値に設定することができるが、ワイヤの伸線性及び溶接時の作業性(送給性など)の観点から、ワイヤ全質量の10〜30質量%とすることが好ましい。更に、本実施形態のフラックス入りワイヤは、断面形状、シームの有無及び内部形状も、特に限定されない。
【0022】
次に、本実施形態のフラックス入りワイヤに含有される各成分の数値限定理由について説明する。なお、以下に示す各成分の含有量は、特に断りのない限り、ワイヤ全質量あたりの値である。また、数値限定理由に記載した効果などは、特に断りのない限り、溶接のままの溶接金属及び応力除去焼なまし(Stress Relieving:SR)後の溶接金属の両方に共通の効果などである。
【0023】
[C:0.01〜0.12質量%]
Cは、溶接のまま及びSR後における溶接金属の強度を確保するために必要な元素である。ただし、C含有量が0.01質量%未満の場合、溶接金属の強度が不足すると共に、靭性の安定化効果が十分に得られない。一方、C含有量が0.12質量%を超えると、溶接金属の耐高温割れ性が劣化すると共に、溶接金属の強度が過度に上昇して低温靭性も劣化する。よって、C含有量は0.01〜0.12質量%とする。
【0024】
C含有量は、溶接金属の強度向上及び靭性向上の観点から、0.03質量%以上とすることが好ましく、また、溶接金属の耐高温割れ性向上及び低温靭性向上の観点から、0.10質量%以下とすることが好ましい。なお、Cはフラックス及び鋼製外皮のいずれに含有されていてもよい。本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるC源としては、フラックス成分として添加されるグラファイト、及びFe−MnやFe−Siに付随するC、鋼製外皮に添加されるCなどが挙げられる。
【0025】
[Si:0.05質量%以上0.30質量%未満]
Siも、溶接のまま及びSR後における溶接金属の強度を確保するために必要な元素である。ただし、Si含有量が0.05質量%未満の場合、脱酸不足により、溶接金属の低温靭性が劣化する。Si含有量が0.30質量%以上の場合、Si量が過多となり、Siがフェライトに固溶し、マトリクッスフェライトの強度が高くなり、溶接金属、特にSR後の溶接金属の低温靭性が低下する。よって、Si含有量は、0.05質量%以上0.30質量%未満とする。
【0026】
Si含有量は、脱酸効果を高めて溶接金属の低温靭性を向上させる観点から、0.08質量%以上であることが好ましく、また、SR後の溶接金属の低温靭性を向上させる観点から、0.20質量%以下とすることが好ましい。なお、Siはフラックス及び鋼製外皮のいずれに含有されていてもよい。本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるSi源としては、フラックス成分として添加されるFe−Si及びSi−Mnや、鋼製外皮に添加されるSiなどが挙げられる。
【0027】
[Mn:1.0〜3.5質量%]
Mnは、溶接時に微細組織生成の起点となる酸化物を形成し、溶接金属の強度向上及び靭性向上に有効な元素である。ただし、Mn含有量が1.0質量%未満の場合、溶接金属の強度が不足したり、靭性が劣化したりする。一方、Mn含有量が3.5質量%を超えると、強度過多及び焼入れ性過多により溶接金属の靭性が低下する。よって、Mn含有量は1.0〜3.5質量%とする。
【0028】
Mn含有量は、溶接金属の強度向上及び靭性向上の観点から、1.2質量%以上とすることが好ましく、また、溶接金属の強度及び焼入れ性を調整し靭性を向上させる観点から、3.0質量%以下とすることが好ましい。なお、Mnはフラックス及び鋼製外皮のいずれに含有されていてもよい。本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるMn源としては、フラックス成分として添加される金属Mn、Fe−Mn及びSi−Mnや、鋼製外皮に添加されるMnなどが挙げられる。
【0029】
[Ni:0.1質量%以上1.0質量%未満]
従来のフラックス入りワイヤでは、低温靭性を完全に確保できる量のNiを溶接金属に添加するため、ワイヤ全質量あたりのNi量を1質量%以上にしていた。しかしながら、溶接金属にNiが多量に含まれていると、H
2S環境中において硫化物応力腐食割れ(SSCC)の感受性が高まる。そこで、本実施形態のフラックス入りワイヤでは、NACE規格に合致させるため、Ni含有量を従来よりも低い範囲にした。
【0030】
具体的には、Ni含有量は、0.10質量%以上1.0質量%未満とする。Ni含有量が0.10質量%未満の場合、溶接金属の靭性を向上させる効果が不十分となる。一方、Ni含有量が1.0質量%以上の場合、NACE規格を満たす溶接金属が得られず、また、溶接金属の耐高温割れ性能も劣化する。Ni含有量は、溶接金属の靭性向上の観点から0.30質量%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.05以上である。また、NACE規格を満たしつつ耐高温割れ性能を更に向上させるには、Ni含有量を0.95質量%以下にすることが好ましい。
【0031】
なお、Niはフラックス及び鋼製外皮のいずれに含有されていてもよい。本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるNi源としては、フラックス成分として添加される金属Ni及びNi−Mgや、鋼製外皮に添加されるNiなどが挙げられる。
【0032】
[Mo:0.10〜0.30質量%]
Moは、粒界炭化物の粗大化及び焼鈍軟化を抑制し、組織を微細化する効果があり、本実施形態のフラックス入りワイヤにとって重要な元素である。ただし、Mo含有量が0.10質量%未満の場合、溶接金属の強度が不足する。一方、Mo含有量が0.30質量%を超えると、脆性破壊の遷移温度が高温側へに移行し、溶接金属の靭性が劣化する。よって、Mo含有量は、0.10〜0.30質量%とする
【0033】
Mo含有量は、溶接金属の強度向上の観点から0.15質量%以上であることが好ましく、また、溶接金属の靭性向上の観点から0.25質量%以下であることが好ましい。なお、Moは、フラックス及び鋼製外皮のいずれに含有されていてもよい。本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるMo源としては、フラックス成分として添加される金属Mo及びFe−Moや、鋼製外皮に添加されるMoなどが挙げられる。
【0034】
[Cr:0.1〜0.9質量%]
Crは、SR時に生成する粒界炭化物を微細化する作用を有する。ただし、Cr含有量が0.1質量%未満の場合、溶接金属の強度が不足すると共に、旧γ粒界に存在する粗大な粒界炭化物を微細化する作用が小さく、結果としてSR後の溶接金属の靭性が劣化する。一方、Cr含有量が0.9質量%を超えると、溶接金属の強度及び焼き入れ性が過多になるため、低温靭性が低下する。よって、Cr含有量は0.1〜0.9質量%とする。Cr含有量は、溶接金属の強度向上及びSR後の靭性向上の観点から0.2質量%以上であることが好ましい。
【0035】
なお、Crは、フラックス及び鋼製外皮のいずれに含有されていてもよい。本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるCr源としては、フラックス成分として添加される金属Cr及びFe−Crや、鋼製外皮に添加されるCrなどが挙げられる。
【0036】
[TiO
2:4.5〜8.5質量%]
TiO
2は、アーク安定剤であると共に、スラグ剤の主成分である。ただし、TiO
2含有量が4.5質量%未満の場合、溶接作業性が劣化し、全姿勢溶接が困難になる。一方、TiO
2含有量が8.5質量%を超えると、溶接金属中の酸素量が増加して靭性が低下する。よって、TiO
2含有量は4.5〜8.5質量%とする。溶接金属の靭性向上の観点から、TiO
2含有量は5.5〜8.0質量%であることが好ましい。なお、本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるTiO
2源としては、フラックス成分として添加されるルチル及び酸化チタンなどが挙げられる。
【0037】
[SiO
2:0.10〜0.40質量%]
SiO
2は、ビード形状を良好にする効果がある。ただし、SiO
2含有量が0.10質量%未満の場合、その効果が十分に得られず、ビード形状が劣化する。一方、SiO
2含有量が0.40質量%を超えると、スパッタ発生量が増大する。よって、SiO
2含有量は0.10〜0.40質量%とする。SiO
2含有量は、ビード形状向上の観点から0.15質量%以上とすることが好ましく、また、スパッタ抑制の観点から0.35質量%以下とすることが好ましい。なお、本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるSiO
2源としては、フラックス成分として添加されるシリカ、カリガラス及びソーダガラスなどが挙げられる。
【0038】
[Al
2O
3:0.03〜0.23質量%]
Al
2O
3も、ビード形状を良好にする効果がある。ただし、Al
2O
3含有量が0.03質量%未満の場合、その効果が十分に得られず、ビード形状が劣化する。一方、Al
2O
3含有量が0.23質量%を超えると、スパッタ発生量が増大する。よって、Al
2O
3含有量は0.03〜0.23質量%とする。Al
2O
3含有量は、ビード形状向上の観点から0.07質量%以上とすることが好ましく、また、スパッタ抑制の観点から0.19質量%以下とすることが好ましい。なお、本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるAl
2O
3源としては、フラックス成分として添加されるアルミナなどが挙げられる。
【0039】
[Fe:80質量%以上]
例えば全姿勢溶接用フラックス入りワイヤの場合、Fe含有量が80質量%未満の場合、スラグ発生量が過多となり、ビード形状が劣化する。ビード形状向上の観点から、Fe含有量は、82〜93質量%とすることが好ましい。なお、本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるFe源は、鋼製外皮の他、フラックスに添加される鉄粉及びFe系合金などが挙げられる。
【0040】
[(10×C+Mn)/(Si+Mo+Cr):1.6〜5.6]
本実施形態のフラックス入りワイヤにおいては、前述した各成分の含有量に加えて、C量、Mn量、Si量、Mo量及びCr量の関係も重要となる。ワイヤ組成を前述した範囲にすることで、溶接金属の引張強度及び低温靭性と、溶接作業性とを、ある程度のレベルにすることはできるが、本発明者は、更に、C量、Mn量、Si量、Mo量及びCr量の関係が、前述した数式(A)を満たすようにすることで、溶接金属の引張強度及び低温靭性と、溶接作業性とを、更に向上させることができることを見出した。
【0041】
(10×[C]+[Mn])/([Si]+[Mo]+[Cr])を1.6〜5.6の範囲にすることにより、焼き入れ性を向上させて、溶接金属の引張強度を高めることができる。また、P及びSなどの不可避的不純物に起因する焼戻し脆化、Mo
2Cなどの微細炭化物の析出硬化及びAC1変態温度の低下を抑制することができるため、SR後の溶接金属の低温靭性が向上する。更に、旧γ粒界に粗大な炭化物が生成することを抑制すると共に、旧γ粒界に粗大な炭化物が生成した場合でも、それを微細化することができるため、SR後の溶接金属の引張強度と低温靭性を共に向上させることができる。加えて、溶融プールの粘度低下を防止することができるため、立向溶接作業性も向上する。
【0042】
なお、(10×[C]+[Mn])/([Si]+[Mo]+[Cr])が1.6未満の場合、焼入れ性が不足して、溶接金属の引張強度が低下することがある。また、P及びSなどの不可避的不純物に起因する焼戻し脆化や、Mo
2Cなどの微細炭化物の析出硬化が促進されて、SR後の溶接金属の低温靭性が劣化することもある。一方、(10×[C]+[Mn])/([Si]+[Mo]+[Cr])が5.6を超えると、AC1変態温度の低下や、旧γ粒界に粗大な炭化物の生成が促進されることにより、SR後の溶接金属の低温靭性が劣化することがある。また、焼入れ性不足、溶融池の粘度低下、及び旧γ粒界にある粗大な炭化物を微細化する効果が低下して、立向溶接作業性、SR後の引張強度及び低温靭性が劣化することがある。
【0043】
[V:0.020質量%以下]
Vは、SR後の溶接金属の低温靭性に影響するため、その含有量を0.020質量%以下に規制することが好ましい。これにより、SR後の溶接金属の低温靭性を向上させることができる。
【0044】
[ZrO
2:0.02質量%未満]
ワイヤがZrO
2を過剰に含有すると、立向溶接作業性が劣化することがある。このため、ZrO
2含有量は0.02質量%未満に規制することが好ましく、これにより溶接作業性を向上させることができる。本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるZrO
2源としては、ジルコンサンドやジルコニアなどが挙げられる。
【0045】
[Mg:0.2〜0.7質量%]
Mgは、脱酸元素であり、溶接金属の靭性向上に効果があるため、必要に応じて添加することができる。ただし、Mg含有量が0.2質量%未満では、十分な脱酸効果が得られず、溶接金属の靭性向上は期待できない。また、0.7質量%を超えてMgを含有すると、スパッタ量が増加し、溶接作業性が低下する。よって、Mgを添加する場合は、その含有量が0.2〜0.7質量%になるようにする。なお、本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるMg源としては、金属Mg、Al−Mg及びNi−Mgなどが挙げられる。
【0046】
[Ti:0.05〜0.30質量%]
Tiも、溶接金属の靭性向上の効果があり、必要に応じて添加することができる。ただし、Ti含有量が0.05質量%未満の場合、充分な核生成がされず、溶接金属の靭性向上の効果が不十分となる。一方、0.30質量%を超えてTiを含有させると、固溶Tiが過多となり、溶接金属の強度が過多となり、靭性も劣化する。よって、本実施形態のフラックス入りワイヤにTiを添加する場合は、その含有量が0.05〜0.30質量%になるようにする。これにより、更に靭性に優れた溶接金属が得られる。
【0047】
なお、Tiは、フラックス及び鋼製外皮のいずれに含有されていてもよい。本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるTi源としては、フラックス成分として添加される金属Ti及びFe−Tiや、鋼製外皮に添加されるTiなどが挙げられる。
【0048】
[金属フッ化物(F換算値):0.05〜0.30質量%]
金属フッ化物は、溶接時にアークの安定化に寄与する効果があるため、必要に応じて添加することができる。ただし、金属フッ化物の含有量がF換算値で0.05質量%未満の場合、アークの安定化効果が小さく、スパッタ発生量が多くなることがある。一方、金属フッ素化合物の含有量がF換算値で0.30質量%を超えると、ビード形状が劣化する。よって、金属フッ化物を添加する場合は、その含有量がF換算値で0.05〜0.30質量%になるようにする。
【0049】
[Na化合物(Na換算値)、K化合物(K換算値):合計で0.01〜0.30質量%]
Na化合物及びK化合物は、アーク安定剤として、必要に応じて、1種又は2種以上をフラックスに添加することができる。ただし、Na化合物及びK化合物の総含有量が、それぞれNa換算値及びK換算値で、0.01質量%未満の場合、アークの安定化効果が小さく、スパッタ発生量が多くなることがある。一方、Na化合物及びK化合物の総含有量が、それぞれNa換算値及びK換算値で、0.30質量%を超えると、ビード形状が劣化する。よって、Na化合物及びK化合物を添加する場合は、その総含有量が、それぞれNa換算値及びK換算値で0.01〜0.30質量%になるようにする。
【0050】
[B、B合金(B換算値)、B酸化物(B換算値):少なくとも1種を合計で0.001〜0.020質量%]
B、B合金及びB酸化物は、溶接金属の靭性向上に効果があるため、必要に応じて、1種又は2種以上を添加することができる。ただし、これらの総含有量がB換算値で、0.001質量%未満の場合、溶接金属の靭性向上効果が小さく、また、0.020質量%を超えると、溶接金属の耐高温割れ性が低下する。よって、本実施形態のフラックス入りワイヤにB、B合金及びB酸化物を添加する場合は、総含有量がB換算値で0.001〜0.020質量%になるようにする。これにより、更に靭性に優れた溶接金属が得られる。
【0051】
B、B合金及びB酸化物の総含有量は、溶接金属の靭性向上の観点から、B換算値で0.003質量%以上とすることがより好ましく、また、溶接金属の耐高温割れ性の観点から、B換算値で0.015質量%以下とすることがより好ましい。なお、本実施形態のフラックス入りワイヤにおけるB源としては、Fe−B合金、Fe−Si−B合金及びB
2O
3などが挙げられる。
【0052】
[残部]
本実施形態のフラックス入りワイヤの成分組成における残部は、不可避的不純物である。本実施形態のフラックス入りワイヤにおける不可避的不純物としては、V、S、P、Cu、Sn、Na、Co、Ca、Nb、Li、Sb及びAsなどが挙げられる。また、本実施形態のフラックス入りワイヤには、前述した各成分の他に、本発明の効果が阻害されない範囲で、前述した元素以外の合金元素、スラグ形成剤及びアーク安定剤などが添加されていてもよい。なお、前述した各元素が酸化物や窒化物として添加された場合は、本実施形態のフラックス入りワイヤの残部には、OやNも含まれる。
【0053】
本実施形態のフラックス入りワイヤは、ワイヤ成分を特定しているため、Ni含有量が1質量%以下であっても、溶接のまま及び熱処理後のいずれにおいても低温靭性が良好な溶接金属が得られる。これにより、低温環境下で使用される構造物の安全性をより一層高めることができ、特に、各プラットフォームやプラント向のパイプ溶接において、溶接作業性が良好で、耐サワー特性及び低温靭性が優れた溶接金属が得られるフラックス入りワイヤを実現することができる。
【0054】
更に、C量、Mn量、Si量、Mo量及びCr量の関係が、数式(A)を満たすようにすることで、溶接金属の脆性破壊の遷移温度を低温側へ移行させることができると共に、スパッタの発生を抑制することが可能となる。その結果、溶接金属の低温靭性及び溶接作業性の両方を更に向上させることができる。
【実施例】
【0055】
以下、本発明の実施例
、比較例
及び参考例を挙げて、本発明の効果について具体的に説明する。本実施例においては、軟鋼からなる鋼製外皮に、フラックスを13〜20質量%充填し、下記表1及び表2に示す組成の実施例及び比較例の各フラックス入りワイヤを作製した。その際、ワイヤ径は1.2mmとした。なお、下記表1に示すワイヤNo.1〜
11は本発明の範囲内の実施例であり、
下記表1に示すNo.12及び13は参考例であり、下記表2に示すワイヤNo.14〜28は本発明の範囲から外れる比較例である。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
次に、実施例
、比較例
及び参考例の各フラックス入りワイヤを使用して、以下に示す性能確認試験を実施した。
【0059】
<全溶着金属溶接>
母材に下記表3に示す鋼板を用いて、下記表4に示す条件で、ガスシールドアーク溶接を行い、得られた溶接金属について、下記表5に示す方法で機械的性質を測定した。なお、下記表3に示す母材組成の残部は、Fe及び不可避的不純物である。機械的性質の評価は、620℃、8時間のSR後の0.2%耐力が500MPa以上、引張強さが600MPa以上で、かつ−40℃の吸収エネルギーが70J以上のものを合格とした。
【0060】
【表3】
【0061】
【表4】
【0062】
【表5】
【0063】
<耐高温割れ性>
母材に上記表3に示す鋼板を使用し、下記表6に示す条件でガスシールドアーク溶接にてC形治具拘束突合せ溶接割れ試験(JIS Z 3155)を行い、得られた溶接金属の割れ率を求めた。割れ率は、破断したビードのビード長に対する割れ(クレータ割れを含む)長さの比率(質量%)とし、耐高温割れ性の評価は、割れ率が10質量%以下のものを合格とした。
【0064】
【表6】
【0065】
<溶接作業性>
母材に上記表3に示す鋼板を使用し、下記表7に示す条件でガスシールドアーク溶接を行い、溶接作業性を評価した。その結果、溶接作業性が良好であったものを○、不良であったものを×とした。
【0066】
【表7】
【0067】
実施例
、比較例
及び参考例の各フラックス入りワイヤにより得た各溶接金属(SR後)の機械的性質、溶接作業性及び割れ率の評価結果を、下記表8にまとめて示す。なお、機械的性質は、溶接のままの溶接金属についても評価を行ったが、実施例
及び参考例のフラックス入りワイヤを用いたものは、全て目標値を満足するものであった。
【0068】
【表8】
【0069】
図1はフラックス入りワイヤにおけるC量及びMn量と、Si量、Mo量及びCr量との関係が、溶接金属の機械特性に及ぼす影響を示す図である。
図1に示すように、C、Mn、Si、Mo及びCrの各元素の含有量の関係、即ち(10×[C]+[Mn])/([Si]+[Mo]+[Cr])が1.6〜5.6の範囲のものは、範囲外のものよりも、溶接作業性が良好で、溶接金属の靭性及び強度も優れていた。
【0070】
以上の結果から、本発明によれば、溶接作業性が良好で、かつ、Ni含有量が1質量%以下であっても、溶接のまま及び熱処理後のいずれにおいても低温靭性が良好な溶接金属が得られるフラックス入りワイヤを実現できることが確認された。