特許第6322454号(P6322454)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6322454耐食性に優れた、特に鋭敏化特性が改善された排ガス流路部材用オーステナイト系ステンレス鋼材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6322454
(24)【登録日】2018年4月13日
(45)【発行日】2018年5月9日
(54)【発明の名称】耐食性に優れた、特に鋭敏化特性が改善された排ガス流路部材用オーステナイト系ステンレス鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180423BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20180423BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20180423BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
   C21D9/46 Q
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-66221(P2014-66221)
(22)【出願日】2014年3月27日
(65)【公開番号】特開2015-189990(P2015-189990A)
(43)【公開日】2015年11月2日
【審査請求日】2017年3月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110423
【弁理士】
【氏名又は名称】曾我 道治
(74)【代理人】
【識別番号】100111648
【弁理士】
【氏名又は名称】梶並 順
(74)【代理人】
【識別番号】100122437
【弁理士】
【氏名又は名称】大宅 一宏
(74)【代理人】
【識別番号】100161115
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 智史
(72)【発明者】
【氏名】田井 善一
(72)【発明者】
【氏名】溝口 太一朗
(72)【発明者】
【氏名】森本 憲一
(72)【発明者】
【氏名】原田 和加大
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2004/111285(WO,A1)
【文献】 国際公開第2005/103314(WO,A1)
【文献】 特開2009−041103(JP,A)
【文献】 特開2013−199663(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/00 − 49/14
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.030質量%以下、Si:0.10〜0.70質量%、Mn:0.10〜2.00質量%、Ni:10.00〜40.00質量%、Cr:17.00〜30.00質量%、P:0.005〜0.40質量%、S:0.0005〜0.003質量%,Cu:0.01〜0.5質量%、Mo:1.00〜6.00質量%、Al:0.10質量%以下、N:0.005〜0.050質量%、Nb:2.00質量%以下であり、さらにNb/(C+N)≧20を満たす、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、固溶C量が0.005質量%以下であり、laves相が析出していない、耐食性に優れた排ガス流路部材用オーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項2】
前記排ガス流路部材が、排気ガス再循環装置又は排熱回収装置の部材である、請求項1に記載の耐食性に優れた排ガス流路部材用オーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項3】
C:0.030質量%以下、Si:0.10〜0.70質量%、Mn:0.10〜2.00質量%、Ni:10.00〜40.00質量%、Cr:17.00〜30.00質量%、P:0.005〜0.40質量%、S:0.0005〜0.003質量%、Cu:0.01〜0.5質量%、Mo:1.00〜6.00質量%、Al:0.10質量%以下、N:0.005〜0.050質量%、Nb:2.00質量%以下であり、さらにNb/(C+N)≧20を満たす、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有する鋼材を、1050〜1150℃で溶体化処理した後、800〜900℃で、10時間以上でかつ以下の式(1)を満たす時間の範囲で安定化処理することを含む、請求項1又は2に記載の、耐食性に優れた排ガス流路部材用オーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【数1】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は粗悪燃料が利用される排ガス部材など、主に耐食性、特に耐鋭敏化特性が必要とされる用途に使用されるステンレス鋼材であって、鋭敏化特性が改善されたNb含有オーステナイト系ステンレス鋼材およびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車業界における環境規制がますます強くなり、排ガス中のNO低減、燃費向上が要求されている状況である。その対策として、EGR(Exhaust Gas Recirculation;排ガス再循環装置)や排熱回収装置の搭載が進んでいる。
【0003】
EGRクーラーや排熱回収装置に用いる材料には、融雪塩に対する耐食性、循環水として使用される溶液に対する耐食性および排ガスの結露によって生じる排ガス凝縮水に対する耐食性が要求される。
【0004】
排ガス凝縮水は排気ガス中に含まれている塩分やSO、NOが排ガス流路部材内に結露した水分に溶け込み、HCl、HSO、HSO、HNO、ギ酸及び酢酸が含まれる酸環境を形成する。これらは系外へ全て排出されるわけではなく、次第に排ガス流路部材内で濃化する。また、排気ガスの凝縮と凝縮水の蒸発の繰り返しにともなって凝縮水のpHは低下し、腐食性イオンは濃化するため、腐食環境は厳しくなっていき、排ガス流路部材の腐食を促進する。
【0005】
上記の要求特性から、EGRクーラーの材料としては特許文献1に記載されるように、SUS304、SUS316に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼、あるいは特許文献2に開示されるフェライト系ステンレス鋼が用いられている。また排熱回収装置にはSUS436L、SUS444などのフェライト系ステンレス鋼が用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−46890号公報
【特許文献2】特開2009−174040号公報
【特許文献3】特開2003−166039号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
中国に代表される新興国では、精製が不十分で硫黄(S)濃度が高い燃料が用いられることも多い。S濃度が高い燃料を使用した際の排ガス凝縮水はpHが低く、排ガス流路内に厳しい腐食環境を形成するため、SUS444をはじめとするフェライト系ステンレス鋼は十分な耐食性を示さなかった。
【0008】
また、EGRクーラーや排熱回収装置の性能を高めるためには高温の排ガスを利用することが好ましいが、排ガス温度が500℃を超えると、C量が0.010質量%のSUS316Lであっても鋭敏化による粒界腐食を生じた。
【0009】
本発明は、上記の従来技術の問題点に鑑みて、S濃度が高い燃料を使用し、500℃を超える高温の排ガスを使用する排ガス流路内の環境において優れた耐食性を有するオーステナイト系ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために、オーステナイト系ステンレス鋼材の鋭敏化による粒界腐食を防ぐために固溶C量を減らすことに着目した。そして、鋭意検討した結果、Nbを添加した鋼材に特定温度で溶体化処理し、その後、処理温度及び時間を厳正に制御した安定化熱処理を施すことで、laves(ラーベス)相の析出を抑え、効率的にNbCを析出させ、鋼材の固溶C量を減らすことが可能であることを見出した。特に、本発明で設定した製造方法で得られた鋼材は、固溶C量が0.005質量%以下に制御され、高温環境下での粒界腐食に優れた耐性を示すことが分かった。
【0011】
具体的に、本発明は、C:0.030質量%以下、Si:0.10〜0.70質量%、Mn:0.10〜2.00質量%、Ni:10.00〜40.00質量%、Cr:17.00〜30.00質量%、P:0.005〜0.40質量%、S:0.0005〜0.003質量%,Cu:0.01〜0.5質量%、Mo:1.00〜6.00質量%、Al:0.10質量%以下、N:0.005〜0.050質量%、Nb:2.00質量%以下であり、さらにNb/(C+N)≧20を満たす、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、固溶C量が0.005質量%以下であり、laves相が析出していない、耐食性に優れた排ガス流路部材用オーステナイト系ステンレス鋼材を提供する。
上記排ガス流路部材として、排気ガス再循環装置又は排熱回収装置の部材が好ましい。
【0012】
さらには、C:0.030質量%以下、Si:0.10〜0.70、Mn:0.10〜2.00質量%、Ni:10.00〜40.00質量%、Cr:17.00〜30.00質量%、P:0.005〜0.40質量%、S:0.0005〜0.003質量%,Cu:0.01〜0.5質量%、Mo:1.00〜6.00質量%、Al:0.10質量%以下、N:0.005〜0.050質量%、Nb:2.00質量%以下であり、さらにNb/(C+N)≧20を満たす、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有する鋼材を、1050〜1150℃で溶体化処理した後、800〜900℃で、10時間以上でかつ以下の式(1)を満たす時間の範囲で安定化処理することを含む、上記耐食性に優れた排ガス流路部材用オーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法を提供する。
【0013】
【数1】
【発明の効果】
【0014】
本発明によるオーステナイト系鋼材は、S濃度が高い燃料を使用した際の排ガス凝縮水に対し良好な耐食性を有し、特に、500℃を越える高温環境で改善された鋭敏化特性を示す。
このように、優れた耐食性、及び改善された鋭敏化特性を有する本発明の鋼材は、排ガス流路部材として、特に排気ガス再循環装置又は排熱回収装置の部材として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】表1に記載の化学組成を有する発明鋼を用いて、本発明の安定化熱処理における温度及び時間と、鋼材における固溶C量との関係を示した図である。黒丸は固溶C量が0.005質量%を超える濃度を有する鋼材を示し、白丸は固溶C量が0.005質量%以下の濃度を有する鋼材を示す。
図2】表1に記載の化学組成を有する発明鋼を800℃で100時間安定化熱処理した後の、鋼材表面のNbC析出状況を高分解能SEMで示した図である。
図3】表1の組成の化学組成を有する発明鋼を本発明の規定の範囲外の条件(900℃で100時間)で安定化熱処理した鋼材のlaves相の析出状況を電子顕微鏡で示した図である。
図4】実施例における、精製が不十分な燃料を用いた際の排気ガスの凝縮環境を模して行った耐食性評価試験方法のフロー図である。
図5】実施例における、耐食性評価試験後のサンプルの腐食発生箇所を光学顕微鏡で観察した写真である。(a)は本発明鋼1、(b)は比較鋼6を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
発明者らは、HSO濃度が高くpHが低い環境におけるステンレス鋼の耐食性及び高温環境でのステンレス鋼の組織及び耐食性を広く研究し、S濃度が高い燃料を使用する場合の排ガス流路を構成する部材(EGRクーラー、排熱回収装置等)の環境における腐食の抑制、さらに高温環境での鋭敏化特性を改善できることを見出し、本発明に至った。
【0017】
以下、本発明で対象とする鋼材の化学組成について説明する。
C:0.030質量%以下
Cはステンレス鋼中に不可避的に含まれる元素である。C含有量の低減は鋭敏化特性の改善に有効である。本発明鋼はNb添加および熱処理によって固溶C量を0.005質量%以下にまで低減させる。含有C量の増加はNb添加量の増大を招くことから、C含有量は0.030質量%を上限とする。
【0018】
Si:0.10〜0.70質量%
Siはステンレス鋼の脱酸材として含有される。しかし多量に含まれると、鋼を硬質化して加工性を低下させることから、Si含有量は0.10〜0.70質量%とする。
【0019】
Mn:0.10〜0.70質量%
Mnは脱酸剤あるいはオーステナイト安定化元素として必要であり、少なくとも0.10質量%以上含有させる。一方、ステンレス鋼に不純物として含まれているSと結合し、科学的に不安定な硫化物であるMnSを生成して耐食性を低下させるため、Mn含有量は0.10〜2.00質量%の範囲とした。
【0020】
Ni:10.00〜40.00質量%
Niはオーステナイト相を得るために必須であり、耐食性を高めるためにも有効である。従ってNi量は10.00質量%以上の含有が必要である。しかし、多量に含有するとコストの上昇を招くことから、Ni含有量は40.00質量%、好ましくは30.00質量%、さらに好ましくは25.00質量%を上限とする。
【0021】
Cr:17.00〜30.00質量%
Crはステンレス鋼の表面に不働態皮膜を形成する主要な合金元素であり、耐孔食性、耐隙間腐食性および一般耐食性の向上をもたらす。発明者らの検討の結果、高S凝縮水環境で要求される耐食性を付与するには17質量%以上のCr含有量を確保すべきであることがわかった。しかし、Cr含有量が多くなると機械的性質や靭性を損ね、さらにコストを増大させる要因となる。したがって本発明では30.00質量%、好ましくは25.00質量%を上限とする。
【0022】
P:0.004〜0.040質量%
Pは鋼素地と腐食生成物との界面や母材中の粒界に偏析し、溶融塩による腐食や粒界腐食を促進させるのでその含有量は少ないほど好ましい。しかし、含有量の極端な低下はコストの増大を招く。したがって、P含有量は0.005〜0.040質量%の範囲とした。
【0023】
S:0.0005〜0.003質量%
SはMnと硫化物を生成して孔食の起点となる。また、本発明のようなオーステナイト系ステンレス鋼ではSが粒界に偏析し、熱間加工性が低下する。したがって、S量は低いほど好ましい。ただし極度にS含有量を低下させることは製造コストの上昇を招くため、S含有量は0.0005〜0.003質量%の範囲とする。
【0024】
Cu:0.01〜0.5質量%
Cuは耐食性向上および母材の靭性改善に有効であるが、多量に含有すると溶接熱影響部の靭性低下を引き起こす。したがってCu含有量は0.0〜0.10質量%とした。
【0025】
Mo:1.00〜6.00質量%
MoはCrと同じく、安定した耐食性を確保するための基本成分である。含有量が1質量%以上で効果が得られ、含有量が多いほど耐食性は向上するが、6質量%を超えると熱間加工性を低下させる。したがって、Mo含有量は1.00〜6.00質量%の範囲とする。
【0026】
Al:0.10質量%以下
Alは脱酸剤として添加される。ただし過剰に添加すると、Al系介在物を生成し、加工性を低下させることから、Al含有量の上限は0.10質量%とする。
【0027】
N:0.005〜0.050質量%
Nはオーステナイト安定元素として有効であり、さらにCr、Ni、Moとともに、ステンレス鋼の耐食性、特に耐孔食性を向上させる。したがってNは0.005質量%以上の添加が必要である。一方、過剰に添加すると、製造性を低下させ、Nbの炭化物形成を妨げることから、N含有量は0.050質量%を上限とする。
【0028】
Nb:2.00質量%以下
NbはCおよびNと親和力の強い元素であるため、添加すると炭窒化物を形成して固溶CおよびN量を低減させる効果のある元素である。そして、Nb添加による固溶C、Nの低減により、高温環境におけるCr炭化物の析出を抑制し、鋭敏化特性を高めることができる。本発明では、前記した通り熱処理によりNbC及びNbNを析出させるため、Nb/(C+N)が20以上となる必要がある。しかし、Nb添加量を多くしすぎると、固溶C、Nの低減効果が飽和し、Nb自身の影響によって冷間加工性、熱間加工性が低下する。さらに高温環境で耐食性の低いlaves相の析出を促進するため、上限を2.00質量%とした。
【0029】
本発明において、ステンレス鋼の鋭敏化特性の改善及び耐粒界腐食性の向上を図るため固溶C量を0.005質量%以下にした。これを達成するには化学成分組成を上述のように規定するとともに、NbCを析出させるための最適な安定化熱処理が必要である。
本発明のステンレス鋼の製造方法は、上述の化学成分組成の鋼を溶製し、熱間圧延を行う工程までは、従来のステンレス鋼の製造方法を用いることができる。熱間圧延して得られた鋼材を必要に応じて、冷間圧延を行ってもよい。本発明では、さらに、1050〜1150℃で溶体化処理を5分〜15分行った後、800〜900℃で、10時間以上でかつ以下の式(1)を満たす時間の範囲で安定化処理することを特徴とする。
【0030】
【数2】
【0031】
以下に、本発明のステンレス鋼材の製造条件の設定根拠について説明する。
・固溶C量調査方法
粒内へのNbCの析出状況から、加熱時にCr炭化物生成の要因となるオーステナイト相中の固溶C量を調査した。
以下の表1に示す化学組成及び不可避不純物からなる鋼を溶製し、熱間圧延によって板厚3.0mmの熱延板を製造した。この熱延板を焼鈍後、板厚1.0mmまで冷間圧延し、1150℃で5分間仕上焼鈍を施した。さらに図1にプロットされる時間及び温度条件で安定化熱処理を施し、酸洗した後、各鋼材の固溶C量を調査した。
【0032】
NbCは高分解能SEMを用いて確認することが出来る。例として図2に表1の成分の発明鋼を800℃で100時間安定化熱処理後のNbC析出状況を示す。鋼板の断面を100nm間隔で交点が400になるようなメッシュ(例えば20×20)を用い、結晶粒内に析出したNbCと重なったメッシュの交点を数える。この作業を10視野以上について行い、NbCと重なった交点の数を全交点の数で除して、Nb炭化物の面積率を求めた。
【0033】
安定化C量(質量%)=NbC面積率×NbCの比重(7.78g/cm3)÷ステンレス鋼の比重(7.93g/cm3)×Cの原子量(12)÷NbCの分子量(92.9)×100=NbC面積率×12.7
そして以下の式(2)に基づいて固溶C量を導出した。
固溶C量(質量%)=含有C量(質量%)−NbC面積率×12.7 (2)
【0034】
【表1】
【0035】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼材では、laves相が析出していない。ここで、「laves相が析出していない」とは、ステンレス鋼材中にlaves相が面積率0.1%以下、好ましくは0.01%以下を意味する。以下に、laves相析出の確認方法を説明する。面積率は、サンプルエッチング後、光学顕微鏡400倍にて視野中のlaves相の析出面積の割り合いを測定し、ランダムな50視野の平均より求める。
例として図3に表1の組成の発明鋼を900℃で100時間安定化熱処理したサンプルのlaves相析出状況を示す。
【0036】
安定化熱処理温度:800℃〜900℃
オーステナイト相に固溶出来るC量は温度の上昇とともに増加する。そのため900℃よりも高い温度ではNbCを十分に析出させることが出来ず、十分な固溶C量の低減効果が得られないため、熱処理温度の上限を900℃とした。また、800℃より低い温度ではNbはFeと化合し、金属間化合物であるlaves相を形成しやすい。laves相が形成することでNbCの析出は阻害され、またlaves相自体の耐食性も低いことから、熱処理温度の下限を800℃とした。
【0037】
【数3】
【0038】
固溶炭素量低減のために十分な量のNbCを析出させるため、熱処理時間の下限は10時間とした。しかし、過度に長い時間の熱処理は800℃〜900℃の温度域においても粒内および粒界にlaves相の析出を招き、材料の耐食性が低下するため、熱処理時間の上限を
【0039】
【数4】
【0040】
時間とした。
各種安定化熱処理条件にて製造したサンプルについて、固溶C量およびlaves相析出状況を調査することで導出した適切な安定化熱処理条件の範囲は図1に示す。
【0041】
以上で説明したオーステナイト系ステンレス鋼を素材として、EGRクーラー、排熱回収装置をはじめとする排ガス流路部材を製造する。装置の形状および構造は公知の製造方法が採用される。成形手段に制限はなく、プレス加工、Niろう付け、溶接等によって製造される。
【実施例】
【0042】
表2に示す化学成分を有するステンレス鋼を溶製し、熱間圧延によって板厚3.0mmの熱延板を製造した。この熱延板を板厚1.0mmまで冷間圧延し、1150℃で5分間仕上焼鈍を施し、さらに表2に記載の条件で安定化熱処理を施し、酸洗した後、試験に供した。
【0043】
【表2】
【0044】
・排ガス流路部材用オーステナイト系ステンレス鋼材用耐食性評価試験
排気ガスの凝縮と蒸発が繰り返される排ガス流路部材の内部環境を模擬するために、図4に示す試験方法によって耐食性を評価した。
板厚1.0mmの各ステンレス鋼から、50mm×50mmの試験片を切り出し大気環境において700℃で1000時間加熱後、表面のスケールは研磨によって除去した。
試験液はS濃度の高い燃料を使用している実車のEGRクーラーから採取した凝縮水の分析例を参考にして作成した。表3に試験液の組成を示す。なお、pHはアンモニア水を用いて調整した。排ガス流路部材用オーステナイト系ステンレス鋼材用耐食性評価試験では、試験片に試験液100mlを滴下し、恒温・恒湿度槽内で温度80℃、相対湿度40%の環境で30分乾燥させ、液を蒸発させた後、温度80℃、相対湿度85%の環境で3時間保持し、表面に試験液の35倍の凝縮水を形成した。このサイクルを50回繰り返した後、さびを除去し、腐食形態を観察した。
なお、laves相の析出は上記の方法により確認した。最大侵食深さは、光学顕微鏡を用いた焦点深度法によって求めた。
【0045】
【表3】
【0046】
・耐食性評価試験の結果
図5は発明鋼1(a)及び比較鋼6(b)の試験後の腐食部の表面概観を表す。NbCが析出しておらず、固溶C量が0.015質量%の比較鋼6では粒界腐食が深く生じたが、NbCが生じ、固溶C量が0.004質量%の発明鋼1では浅い孔食が生じた。
また、表4に示す結果からわかるように、比較鋼5はNbCが析出しており、固溶C量は0.005質量%であるが、適正範囲外の長時間熱処理によりlaves相が析出しているため、粒界の耐食性が低下し、深い粒界腐食が発生した。比較鋼8はNbCが析出しているが、適正範囲外の高温熱処理により固溶C量が0.005質量%以下に低減されていないため深い粒界腐食が生じている。しかし、本発明鋼はNbCが析出し、固溶C量が0.005質量%であり、laves相が析出していない。これらは腐食形態が孔食であり、最大侵食深さがいずれも50μm以下であったことから、本発明鋼は500℃以上の環境で鋭敏化せず、高い耐粒界腐食性を有していることが確認された。
【0047】
【表4】
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼を用いれば、500℃以上の高温環境で長時間使用される場合にも良好な耐食性を有する排ガス流路部材、例えばEGRクーラーや排熱回収装置の部材等を得ることが出来る。
図1
図2
図3
図4
図5