特許第6325082号(P6325082)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6325082
(24)【登録日】2018年4月20日
(45)【発行日】2018年5月16日
(54)【発明の名称】マイクロニードル・シート
(51)【国際特許分類】
   A61M 37/00 20060101AFI20180507BHJP
【FI】
   A61M37/00 510
【請求項の数】4
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2016-505166(P2016-505166)
(86)(22)【出願日】2015年2月19日
(86)【国際出願番号】JP2015054641
(87)【国際公開番号】WO2015129545
(87)【国際公開日】20150903
【審査請求日】2016年7月1日
(31)【優先権主張番号】特願2014-37348(P2014-37348)
(32)【優先日】2014年2月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000160522
【氏名又は名称】久光製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100144440
【弁理士】
【氏名又は名称】保坂 一之
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100126653
【弁理士】
【氏名又は名称】木元 克輔
(72)【発明者】
【氏名】山本 直樹
(72)【発明者】
【氏名】小倉 誠
【審査官】 安田 昌司
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/187392(WO,A1)
【文献】 特開2008−228958(JP,A)
【文献】 特表2010−505518(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/191025(WO,A1)
【文献】 特開2013−153866(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/051147(WO,A1)
【文献】 特表2013−527853(JP,A)
【文献】 特開2006−345984(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 37/00
A61K 9/00
B81B 1/00
B81C 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シートの主面に略沿って該シートに形成された複数のマイクロニードルを備え、
前記マイクロニードルの材料が、ポリビニルアルコール、および、ポリビニルアルコールとポリエチレングリコールとのグラフトコポリマーの中から選択され、
前記シートの厚さが30〜100μmであり
記シートが曲げられることで前記マイクロニードルが前記主面から立ち上がり、立ち上がった該マイクロニードルが皮膚に刺さる、
マイクロニードル・シート。
【請求項2】
前記立ち上がったマイクロニードルの前記皮膚に対する穿刺角度が34度以上且つ180度未満である、
請求項1に記載のマイクロニードル・シート。
【請求項3】
前記主面から立ち上がった前記マイクロニードルと、前記シートの曲率中心から該マイクロニードルの根元に至る仮想線との成す最大角度が90度より大きい、
請求項1または2に記載のマイクロニードル・シート。
【請求項4】
前記最大角度が95〜130度である、
請求項3に記載のマイクロニードル・シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の一側面は、マイクロニードルによる活性成分の投与を補助するために用いるマイクロニードル・シートに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、皮膚を介して活性成分を投与するマイクロニードル、及びそのマイクロニードルを備える装置が知られている。例えば下記特許文献1に記載されている回転可能な微細構造装置は、曲線状の基材と、この基材の第1表面上に貼り付けられた複数の微細要素を含むローラー構造とを具備している。複数の微細要素は、微細構造装置が皮膚の上に置かれて所定の方向に転がるときに皮膚の角質層を貫通するように、所定の大きさ及び形状を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2005−503210号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1に記載の微細構造装置ではローラー上で微細要素がむき出しになっているので、マイクロニードルを介して活性成分を皮膚に適用しようとする前に当該ニードルが他の物(例えばユーザの皮膚や衣服など)に当たったり引っ掛かったりしてしまう可能性がある。そこで、マイクロニードルの取扱時の安全性を確保することが要請されている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一側面に係るマイクロニードル・シートは、シートの主面に略沿って該シートに形成された複数のマイクロニードルを備え、マイクロニードルの材料が、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルアルコール、および、ポリビニルアルコールとポリエチレングリコールとのグラフトコポリマーの中から選択され、シートが曲げられることでマイクロニードルが主面から立ち上がり、立ち上がった該マイクロニードルが皮膚に刺さる。
【0006】
このような側面においては、シートが曲げられるまでは、溶解性素材で作製されたマイクロニードルがシートの主面に略沿った状態にある。このことは、マイクロニードルが皮膚に適用されるまでは、マイクロニードルの先端が当該主面上から突き出ていないことを意味する。したがって、マイクロニードル・シートを皮膚に適用しない限り、マイクロニードルが他の物に当たったり引っ掛かったり心配がない。その結果、マイクロニードルの取扱時の安全性を確保することができる。また、非溶解性素材のマイクロニードル・シートと比べて、上記のような溶解性素材のマイクロニードル・シートは、皮膚に対する物理的な刺激が減るなど、安全性が高い。
【発明の効果】
【0007】
本発明の一側面によれば、マイクロニードルの取扱時の安全性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施形態に係るマイクロニードル・シートの平面図である。
図2】マイクロニードル・シートをライナーに固定した状態を示す図である。
図3】例示的なアプリケータの斜視図である。
図4図3に示すアプリケータの使用方法を示す図である。
図5】マイクロニードル・シートの適用を模式的に示す図である。
図6】マイクロニードル・シートの適用を模式的に示す図である。
図7】マイクロニードル・シートの適用を模式的に示す図である。
図8】穿刺の態様を模式的に示す図である。
図9】実施例の結果を示す表である。
図10】別の実施例である皮膚透過試験の結果を示すグラフである。
図11】上記の皮膚透過試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一又は同等の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0010】
図1,2を用いて、実施形態に係るマイクロニードル・シート10の構造を説明する。マイクロニードル・シート10は、生体内に任意の活性成分(例えば薬剤)を投与するための器具であり、皮膚に刺さる多数のマイクロニードルを有する。
【0011】
図1に示すように、マイクロニードル・シート10は帯状であり、シートの主面11に略沿って該シートに形成された複数のマイクロニードル12を有する。これらのマイクロニードル12はシートの長手方向及び幅方向のそれぞれにおいて整列するように並んでおり、すべてのマイクロニードル12の先端は例外なくシートの一端(図1では左方向)を向いている。
【0012】
マイクロニードル・シート10及びマイクロニードル12の材料は限定されない。例えば、ステンレス鋼、ポリエチレンテレフタラート(PET)、他の金属、他の樹脂、生分解性素材、セラミック、又は溶解性素材のいずれかによりマイクロニードル・シート10及びマイクロニードル12を作製してもよい。あるいは、これらの材料を組み合わせてマイクロニードル・シート10及びマイクロニードル12を作製してもよい。
【0013】
溶解性素材は糖類でも非糖類でもよい。糖類の溶解性素材の例として、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)およびヒドロキシプロピルセルロース(HPC)が挙げられる。非糖類の溶解性素材の例として、ポリビニルアルコール(PVA)、およびポリビニルアルコール・ポリエチレングリコール・グラフトコポリマー(ポリビニルアルコールとポリエチレングリコールとのグラフトコポリマー)が挙げられる。マイクロニードル・シート10及びマイクロニードル12の材料は、HPMC、HPC、PVA、あるいは、ポリビニルアルコール・ポリエチレングリコール・グラフトコポリマーの中から選択されてもよく、例えば、これら4種類から一つ選択されてもよい。
【0014】
ここで、本明細書における「マイクロニードル・シート及びマイクロニードルの材料」とは、製作者が、マイクロニードル・シート及びマイクロニードルを作製するために意図的に用いる物質のことである。マイクロニードル・シート及びマイクロニードルの製造過程において、材料として選択されなかった物質(例えば、微量の不純物)が意図せず混入したり、そのような意図しない物質を完全に除去しきれなかったりすることがあり得る。本発明に係るマイクロニードル・シートおよびマイクロニードルは、製作者が意図する材料に加えて、その者が意図しない物質も最終的に含んでしまうマイクロニードル・シートおよびマイクロニードルも包含する。
【0015】
マイクロニードル12はエッチングやレーザーなどにより形成することができる。シートが金属であれば薬液でそのシートを溶解することでマイクロニードル12を形成することができるし、シートが非金属であればレーザーでそのシートを蒸散させることでマイクロニードル12を形成することができる。これらの場合には、マイクロニードル12の周囲に空隙が生ずる。もちろん、エッチングおよびレーザー以外の手法によりマイクロニードル12を形成してもよい。図1に示すように本実施形態ではマイクロニードル12は三角形状であるが、マイクロニードルの形状は何ら限定されない。いずれにしても、マイクロニードル12を予めシートの主面11から立ち上げておく必要がないので、マイクロニードル・シート10を容易かつ安価に製造することができる。
【0016】
マイクロニードル・シート10の寸法も限定されない。具体的には、厚みの下限は5μmでも20μmでもよく、厚みの上限は1000μmでも300μmでもよい。マイクロニードル・シート10を溶解性素材で作製する場合には、HPMC、HPC、PVA、あるいは、ポリビニルアルコール・ポリエチレングリコール・グラフトコポリマーのいずれかを材料として選択することで、厚さが10〜300μmのマイクロニードル・シート10を作製することができるが、その場合の厚さの下限および上限はこれに限定されない。それら4種類の溶解性素材のいずれかを材料とする場合のマイクロニードル・シート10の厚さの下限は20μm、30μm、40μm、あるいは50μmでもよく、厚さの上限は200μm、150μm、100μm、90μm、80μm、70μm、60μm、あるいは50μmでもよい。マイクロニードル・シート10の厚さの下限は、皮膚を穿刺するマイクロニードル12の強度を考慮して定められ、厚さの上限はシートの屈曲性やマイクロニードル12の穿刺特性などを考慮して定められる。マイクロニードル・シート10の長さの下限は0.1cmでも1cmでもよく、長さの上限は50cmでも20cmでもよい。マイクロニードル・シート10の幅の下限は0.1cmでも1cmでもよく、幅の上限は60cmでも30cmでもよい。マイクロニードル・シート10の長さ及び幅の下限は活性成分の投与量を考慮して定められ、長さ及び幅の上限は生体の大きさを考慮して定められる。
【0017】
マイクロニードル12に関するパラメータも限定されない。具体的には、マイクロニードル12の長さの下限は10μmでも100μmでもよく、その長さの上限は10000μmでも1000μmでもよい。ここで、マイクロニードル12の長さとは、マイクロニードル12の底辺(主面11から立ち上がる根元の部分)から頂部までの距離である。針の密度の下限は0.05本/cmでも1本/cmでもよく、その密度の上限は10000本/cmでも5000本/cmでもよい。密度の下限は、1mgの活性成分を投与し得る針の本数及び面積から換算した値であり、密度の上限は、針の形状を考慮した上での限界値である。
【0018】
皮膚に適用する活性成分の準備方法として、溶解性素材のマイクロニードル・シートの場合には、マイクロニードル・シート10自体に活性成分を内包させておく手法と、マイクロニードル・シート10自体に予め活性成分をコーティングしておく手法と、マイクロニードル12を皮膚に穿刺する前にその皮膚上に活性成分を塗布しておく手法と、マイクロニードル12を皮膚に穿刺した後にその皮膚上に活性成分を塗布する手法とが考えられる。マイクロニードル・シート10に予め活性成分をコーティングするのであれば、所定の粘度のコーティング液をなるべく均一な厚みでシート全体に塗布するのが好ましいが、マイクロニードル12が主面11に沿っているのでそのような塗布を容易に為し得る。コーティングはスクリーン印刷の原理を用いて実施してもよいし、他の方法により実施してもよい。生分解性のシートを用いる場合には、そのシート自体に活性成分を内包させることも可能である。
【0019】
本実施形態では、マイクロニードル・シート10を後述のアプリケータ30にセットするためにライナー20を用いる。図2に示すように、このライナー20はマイクロニードル・シート10よりも長さおよび幅が大きい帯状のシートである。ライナー20の材料の例としてアクリル等のプラスチックが挙げられるが、その材料は何ら限定されるものでなく、例えば金属や他の種類の樹脂などを用いてライナー20を作製してもよい。関連する図ではライナー20を透明または半透明な物として示しているが、ライナー20は不透明であってもよい。マイクロニードル・シート10は、テープや粘着剤などによりこのライナー20の一端側に固定される。
【0020】
次に、図3を用いてアプリケータ30の構造を説明する。本実施形態に係るアプリケータ30は、マイクロニードル・シート10を皮膚に適用する際に用いる、矩形のシート状の器具である。本実施形態では、後述する粘着剤34が設けられた側をアプリケータ30の下側と定義し、その反対側をアプリケータ30の上側と定義する。
【0021】
アプリケータ30の本体31には、長手方向と直交する方向(以下では「幅方向」という)に沿って二つのスリット状の貫通孔が形成されている。一方の貫通孔は、ライナー20およびマイクロニードル・シート10を本体31の上側から下側に案内するための孔であり、以下ではこれを第1の貫通孔32という。他方の貫通孔は、マイクロニードル・シート10から剥離されたライナー20を本体31の下側から上側に案内するための孔であり、以下ではこれを第2の貫通孔33という。二つの貫通孔32,33間の距離は、皮膚へのマイクロニードル・シート10の適用範囲を考慮して決めてもよいし、他の基準を考慮して決めてもよい。
【0022】
本体31の底面には、粘着剤(粘着層)34が二つの貫通孔32,33を囲むように矩形状に設けられている。この粘着剤34はアプリケータ30を皮膚上に固定する役割を持つ。なお、粘着剤34の範囲は限定されない。例えば、粘着剤34は本体31の長手方向に沿った両縁部に沿ってのみ設けられてもよいし、本体31の幅方向に沿った両縁部に沿ってのみ設けられてもよい。
【0023】
本体31の材料の例としてアクリル等のプラスチックが挙げられるが、その材料は何ら限定されるものでなく、例えば金属や他の種類の樹脂などを用いて本体31を作製してもよい。関連する図では本体31を透明または半透明な物として示しているが、本体31は不透明であってもよい。
【0024】
アプリケータ30の寸法は、マイクロニードル・シート10またはライナー20の寸法に合わせて決めてもよい。例えば、アプリケータ30の幅はライナー20の幅に応じて決めてもよい。また、アプリケータ30の全長(長手方向に沿った長さ)はマイクロニードル・シート10の長さ、または皮膚へのマイクロニードル・シート10の適用範囲を考慮して決めてもよい。
【0025】
次に、図4〜8を用いて、マイクロニードル・シート10及びアプリケータ30の使用方法を説明する。まず、ユーザはマイクロニードル・シート10が取り付けられているライナー20をアプリケータ30にセットする。具体的には、ユーザは、マイクロニードル・シート10が固定されていない方のライナー20の一端を第1の貫通孔32に上から下に通し、さらにその一端を第2の貫通孔33に下から上に通す。この準備により、ライナー20は図4に示すように、二つの貫通孔32,33間においてアプリケータ30の底面側に位置することとなる。
【0026】
続いて、ユーザはマイクロニードル・シート10の一端を第1の貫通孔32からアプリケータ30の底面側に引き込んで折り曲げることでその一端を粘着剤34の下方に位置させ、この状態を維持したままアプリケータ30を活性成分の適用部位に貼る。この一連の動作により、アプリケータ30は図5に示すように皮膚S上に固定される。
【0027】
続いて、ユーザは図6の矢印で示される方向にライナー20の一端を引く。この操作により、マイクロニードル・シート10がそのライナー20に案内されて第1の貫通孔32を通り、皮膚Sとアプリケータ30の底面との間の空間に入る。
【0028】
マイクロニードル・シート10はこの空間内で180度曲げられる。すると、図6に示すように(あるいは図8で拡大して示すように)、曲がった部分に位置するマイクロニードル12が主面11から立ち上がり、立ち上がったマイクロニードル12が皮膚Sに刺さる。ユーザがライナー20の全体をアプリケータ30から引き出すまで当該ライナー20を引くと、図7に示すようにマイクロニードル・シート10の全体が皮膚に適用される。図4〜7から明らかなように、マイクロニードル・シート10(シート)は、マイクロニードル12の先端の方向に進んで曲げられる。マイクロニードル12は、そのシートが曲げられることで主面11から立ち上がり、その後、皮膚に刺さる。
【0029】
ユーザはこの後にアプリケータ30を皮膚から剥がすことができる。ユーザはマイクロニードル・シート10を直ぐに剥がしてもよいし、所定の時間にわたってそのマイクロニードル・シート10を皮膚Sに適用し続けてもよい。マイクロニードル・シート10を溶解性素材で作製した場合には、マイクロニードル12を皮膚からわざわざ抜く必要がないので、その分マイクロニードル・シート10の取り扱いが容易になる。本実施形態ではマイクロニードル・シート10をテープまたは粘着剤によりライナー20に固定したが、そのテープまたは粘着剤は、そのマイクロニードル・シート10を皮膚上に固定しておくためにも用いることができる。
【0030】
アプリケータ30と皮膚Sとの間において一度に立ち上がるマイクロニードル12は、マイクロニードル・シート10の幅方向に沿った一列分である。立ち上がったマイクロニードル12と主面11とが成す角度は当然ながら0度より大きく且つ180度未満である。
【0031】
図8に示すように、主面11から立ち上がったマイクロニードル12が皮膚に刺さる際の穿刺角度θ(マイクロニードル12と皮膚Sとが成す角度)も0度より大きく且つ180度未満である。穿刺角度の下限は20度、34度、または40度でもよく、その角度の上限は160度、140度、または100度でもよい。
【0032】
図8における値rは、曲げられたマイクロニードル・シート10の曲率半径を示している。マイクロニードル・シート10が折り返されることで主面11から立ち上がったマイクロニードル12と、曲率中心Cからそのマイクロニードルの根元に至る仮想線Vとの成す最大角度φは90度より大きい。例えばその最大角度は95〜130度の範囲にあってもよいし、95〜120度の範囲にあってもよい。
【0033】
曲率半径rに対するニードル長hの比(h/r)を0.20より大きくすることで、マイクロニードル12を確実に皮膚Sに刺すことができる。
【0034】
以上説明したように、本発明の一側面に係るマイクロニードル・シートは、シートの主面に略沿って該シートに形成された複数のマイクロニードルを備え、マイクロニードルの材料が、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルアルコール、および、ポリビニルアルコールとポリエチレングリコールとのグラフトコポリマーの中から選択され、シートが曲げられることでマイクロニードルが主面から立ち上がり、立ち上がった該マイクロニードルが皮膚に刺さる。
【0035】
このような側面においては、シートが曲げられるまではマイクロニードルがシートの主面に略沿った状態にある。このことは、マイクロニードルが皮膚に適用されるまでは、マイクロニードルの先端が当該主面上から突き出ていないことを意味する。したがって、マイクロニードル・シートを皮膚に適用しない限り、マイクロニードルが他の物に当たったり引っ掛かったり心配がない。その結果、マイクロニードルの取扱時の安全性を確保することができる。例えば、ユーザはマイクロニードル・シートの保管や搬送、使用直前の準備などを安全に行うことができる。
【0036】
また、マイクロニードルの材料が溶解性素材であることから、マイクロニードルを皮膚からわざわざ抜く必要がない。さらに、非溶解性素材のマイクロニードル・シートと比べて、上記のような溶解性素材のマイクロニードル・シートは、皮膚に対する物理的な刺激が減るなど、安全性が高い。加えて、徐放的な薬物吸収効果も期待できる。したがって、マイクロニードル・シートの利便性が上がる。
【0037】
他の側面に係るマイクロニードル・シートでは、シートの厚さが10〜300μmであってもよい。このように厚さを設定することでマイクロニードル・シートが薄く且つ柔軟になるので、生体の形状に合わせて当該シートを皮膚に当てることができ、その結果、活性成分を効率的に投与することができる。上記の4種類の溶解性素材のいずれかを用いることで、生体に対する溶解性を有し、かつ従来には無い薄さを持つマイクロニードル・シートを作製することができる。
【0038】
他の側面に係るマイクロニードル・シートでは、立ち上がったマイクロニードルの皮膚に対する穿刺角度が34度以上且つ180度未満であってもよい。この場合には、マイクロニードルをより確実に皮膚に刺すことができる。
【0039】
他の側面に係るマイクロニードル・シートでは、主面から立ち上がったマイクロニードルと、シートの曲率中心から該マイクロニードルの根元に至る仮想線との成す最大角度が90度より大きくてもよい。この場合には皮膚に刺さるマイクロニードルの部分の長さが長くなるので、活性成分の皮膚透過性が高くなる。
【0040】
他の側面に係るマイクロニードル・シートでは、最大角度が95〜130度であってもよい。この場合には皮膚に刺さるマイクロニードルの部分の長さが長くなるので、活性成分の皮膚透過性が高くなる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はそれらに何ら限定されるものではない。
【0042】
[マイクロニードル・シートの作製]
各種の材料を用いてマイクロニードル・シートを作製した。具体的には、各材料及び水を秤量し、容器中で混合および攪拌して材料を完全に溶解させた後、その材料を2000rpmの回転速度で遠心させることで脱泡し、これにより塗工溶液を作製した。その溶液を、乾燥後の厚さが50μmになるようにライナー(型)上に塗工し、50℃で1時間乾燥させた。このように作製したポリマーフィルムにレーザー加工を施すことでマイクロニードル・シートを作製した。個々のマイクロニードルの長さは500μmとし、マイクロニードルの密度は204本/cmとした。
【0043】
用いた材料は、トレハロース、マルトース、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸ナトリウム、デキストリン、プルラン、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、ゼラチン、ポリアクリル酸、ポリビニルアルコール・ポリエチレングリコール・グラフトコポリマー(コリコートIR)、ポリビニルアルコール(PVA)、および2種類のポリビニルピロリドン(PVP(K30),PVP(K90))であった。
【0044】
その結果、図9の「フィルム化」および「性状」の欄に示すように、HPMC、HPC、コリコートIR、またはPVAを材料として用いた場合に、マイクロニードル・シートを良好に作製することができた。ここで、「フィルム化」欄における丸印は、実用的なマイクロニードル・シート(より具体的には、平坦なマイクロニードル・シート)を作製できたことを示す。また、三角印は、シートは作製できたものの、湾曲するなどの理由により実用的でないと判定されたことを示す。また、バツ印は、溶液が型からはじかれて塊になるなどして、シートを作製できなかったことを示す。
【0045】
[マンドレル試験(耐屈曲性試験)]
続いて、良好に作製できた4種類のマイクロニードル・シートのうち、HPMCおよびPVAを材料とする2種類のマイクロニードル・シートについてマンドレル試験を実施して、耐屈曲性を評価した。屈曲試験機には、株式会社井元製作所のIMC−A0F0型を採用した。具体的には、マイクロニードル・シートの中心に屈曲試験機のマンドレル(径1mm)をセットし、試験機ごとマイクロニードル・シートを折り曲げた。そして、折り曲げたマイクロニードル・シートを顕微鏡で観察することにより、割れ、亀裂、または破断があるか否かを評価した。
【0046】
その結果、図9の「耐屈曲性」欄に示すように、HPMCおよびPVAで作製したマイクロニードル・シートの双方について割れ、亀裂、および破断のいずれも生じないことを確認できた。
【0047】
[立ち上がり角度の測定、およびゲルシートを用いた穿刺試験]
HPMCおよびPVAを材料とする2種類のマイクロニードル・シートについて穿刺試験を行った。皮膚のモデルとしてゲルシートを用いた。具体的には、円柱状の棒(径0.8〜1.2mm。以下では「円柱棒」という)をマイクロニードル・シートの幅方向に沿って配置し、その円柱棒でマイクロニードル・シートを折り返すことでニードルを立ち上げ、その円柱棒をゲルシートの上面に沿って動かすことでマイクロニードルをゲルシートに刺した。この試験では、立ち上がり角度および穿刺長さを観察した。ここで、立ち上がり角度とは、図8に示す角度φの最大値である。
【0048】
本実施例では、立ち上がり角度の測定には径1.2mmの円柱棒を用い、穿刺長さの測定には、直径1.0mmおよび0.8mmの円柱棒を用いた。ここで、穿刺長さとは、ゲルシート内に進入したマイクロニードルの長さの平均値である。個々のマイクロニードルの穿刺長さは、マイクロニードルの全体長から、露出している部分の長さを減ずることで得た。
【0049】
その結果、図9に示すように、HPMCおよびPVAのマイクロニードル・シートの双方において、マイクロニードルが90°を超える角度で立ち上がることが確認できた。また、その際に、ゲルシートに対して約170〜210μmの長さだけ穿刺できることも確認できた。さらに、その立ち上がりおよび穿刺において、マイクロニードル・シートの破損は認められなかった。
【0050】
[In vitro皮膚穿刺試験]
HPMCおよびPVAを材料とする2種類のマイクロニードル・シートについて、ヒト皮膚を用いてマイクロニードルの溶解性能を評価した。まず、径1mmの円柱棒を用いてマイクロニードル・シートをヒト皮膚へ穿刺し、その後、マイクロニードル・シートをテフロンフィルムで覆い、32℃の条件下で1時間マイクロニードル・シートをヒト皮膚に適用した。その後、ヒト皮膚から剥離したマイクロニードル・シートを顕微鏡で観察した。
【0051】
その結果、穿刺前と比較して、マイクロニードルの一部および基板の一部が溶解していることが観察された。すなわち、上記2種類のマイクロニードル・シートは溶解性能も持つことを確認できた。
【0052】
[In vitro皮膚透過試験]
塩酸リドカインを含有させた、HPMC製またはPVA製のマイクロニードル・シートを用いて、ヒト皮膚に対する塩酸リドカインの透過試験を行い、この薬物が投与される量を評価した。
【0053】
この試験のために、HPMCを材料とするマイクロニードル・シートと、PVAを材料とするマイクロニードル・シートとを二つずつ作製した。具体的には、塩酸リドカイン、材料(HPMCまたはPVA)、および水を秤量し、容器中で混合および攪拌してその薬物および材料を完全に溶解させた後、その水溶液を遠心分離して脱泡し、これにより塗工溶液を作製した。その溶液を、乾燥後の厚さが50μmになるようにライナー(型)上に塗工し、加熱して乾燥させた。このように作製したポリマーフィルムにレーザー加工を施すことでマイクロニードル・シートを作製した。HPMCを材料とする二つのマイクロニードル・シートはいずれも、その完成後において、約25.8質量%の塩酸リドカインを含んでいた。PVAを材料とする二つのマイクロニードル・シートはいずれも、その完成後において、約8.6質量%の塩酸リドカインを含んでいた。それぞれのマイクロニードル・シートの面積は1.5cmとした。個々のマイクロニードルの長さは500μmとし、マイクロニードルの密度は約200本/cmとした。
【0054】
作製した4個のマイクロニードル・シートのそれぞれについて、フランツ型拡散セルを用いて皮膚透過試験を行った。具体的には、面積が5cmであるヒト皮膚片の角質層側にマイクロニードル・シートを適用した後、真皮側がレセプタ槽の方を向くようにその皮膚片をフランツ型拡散セルに装着し、そのセルを32℃に保温した。
【0055】
ここで、この試験における「(皮膚片への)マイクロニードル・シートの適用」は、2種類の適用方法を包含することを意味する。一方は、個々のマイクロニードルを皮膚片に穿刺させることなくマイクロニードル・シートをその皮膚片に置く方法であり、もう一方は、個々のマイクロニードルを皮膚片に穿刺させるという方法である。HPMC製の2個のマイクロニードル・シートのうちの一方についてはマイクロニードルを皮膚片に穿刺させず、他方についてはマイクロニードルを皮膚片に穿刺させた。PVA製の2個のマイクロニードル・シートについても同様に、一方ではマイクロニードルを皮膚片に穿刺させず、他方でのみマイクロニードルを皮膚片に穿刺させた。
【0056】
皮膚片をセルに装着した後、このセルのレセプタ槽内でリン酸緩衝生理食塩水を一定の速度で置換して、所定時間ごとにレセプタ槽内の溶液を採取し、採取した個々の溶液中における塩酸リドカインの濃度を高速液体クロマトグラフィにより測定した。測定は、開始から24時間が経過するまでの間実施した。得られた測定値から各時間における薬物透過量を求め、さらに、各時間での皮膚透過速度(μg/cm/h)および累積透過量(μg/cm)を求めた。加えて、2種類の利用率(%)を求めた。第1の利用率(%)は、マイクロニードル・シートに当初含ませた薬物(塩酸リドカイン)の量(以下では「当初量」という)に対する、24時間経過時の累積透過量の割合である。一方、第2の利用率(%)は、残存率という値を用いて下記式群により得られる。
第2の利用率(%)=100−残存率
残存率(%)={(24時間経過後のマイクロニードル・シートに残存する薬物量)+(皮膚片の表面に付着した薬物量)}/(当初量)×100
第2の利用率では、レセプタ槽まで到達せずに皮膚片内に残る薬物も利用率にカウントされるので、第2の利用率は第1の利用率より高くなる傾向がある。2種類の利用率は、マイクロニードルを皮膚片に穿刺させた場合でのみ求めた。
【0057】
試験結果を下記表1に示す。なお、「材料」欄はマイクロニードル・シートの材料として用いた物質を示す。「適用」欄は、マイクロニードルを皮膚片に穿刺させたか否かを示す。最大皮膚透過速度(Jmax)は、それぞれのマイクロニードル・シートにおける複数の皮膚透過速度のうちの最大値である。
【表1】
【0058】
HPMC製のマイクロニードル・シートについての累積透過量のグラフ(a)および皮膚透過速度のグラフ(b)を図10に示す。また、PVA製のマイクロニードル・シートについての累積透過量のグラフ(a)および皮膚透過速度のグラフ(b)を図11に示す。これらの2図において、グラフ(a)の縦軸および横軸はそれぞれ、累積透過量、および測定開始からの経過時間(h)である。また、グラフ(b)の縦軸および横軸はそれぞれ、皮膚透過速度、および測定開始からの経過時間(h)である。
【0059】
これらの表およびグラフは、マイクロニードルを皮膚に穿刺させると薬物を効率よく体内に投与でき、徐放的な薬物吸収効果も得られることを示唆している。
【0060】
[ウサギを用いた皮膚一次刺激性試験]
上記の項目“[マイクロニードル・シートの作製]”で説明した方法に従って、HPMC製のマイクロニードル・シートおよびPVA製のマイクロニードル・シートを用意した。また、マイクロニードルの長さおよび密度がHPMC製およびPVA製のマイクロニードル・シートと同じである、ステンレス鋼(SUS)製のマイクロニードル・シートを比較例として用意した。
【0061】
これら3種類のマイクロニードル・シートのそれぞれについて、Draizeの方法に準じて皮膚反応を評価した。具体的には、ウサギの剃毛済みの背中にマイクロニードル・シートを適用し、粘着テープを用いてそのマイクロニードル・シートを皮膚に固定した。なお、この際には、個々のマイクロニードルを皮膚に穿刺させた。その適用から24時間後にマイクロニードル・シートを除去し、除去後2時間目、24時間目、および48時間目に紅斑および浮腫形成について肉眼で観察し、Draize(表2)の評価基準に基づいて採点した。これら一連の観察では、各種類のマイクロニードル・シートについて6匹のウサギを用いた。また、一次刺激指数(Primary Irritation Index;P.I.I.)を算出し下記のDraizeの評価基準(表3)を用いることで、皮膚一次刺激性を判定した。一次刺激指数の算出方法は次の通りである。まず、マイクロニードル・シート除去後の2時間目、24時間目、および48時間目における紅斑および浮腫形成のそれぞれについて、6サンプルの平均評点を求めた。続いて、3個の群(マイクロニードル・シート除去後の2時間目、24時間目、および48時間目)においてその平均評点の合計を求め、その合計値の平均を一次刺激指数として求めた。
【0062】
【表2】
【表3】
【0063】
評価結果を下記の表4に示す。なお、「材料」欄はマイクロニードル・シートの材料として用いた物質を示す。また、表中の記号「#」は、点状出血または点状出血痕が認められたことを示し、記号「+」は、縁部の紅斑または蒼痰が認められたことを示し、記号「$」は鱗屑が認められたことを示す。スコア欄の下段は、各群における平均評点の合計である。
【表4】
【0064】
表4に示すように、金属(SUS)製のマイクロニードル・シートと比べて、HPMC製マイクロニードル・シートおよびPVA製マイクロニードル・シートでは刺激が顕著に低下することがわかった。また、HPMC製マイクロニードル・シートおよびPVA製マイクロニードル・シートの場合にはマイクロニードルが皮膚内で溶解することを確認できた。この実験からも、溶解性素材を材料とするマイクロニードル・シートは、皮膚への刺激が低く、安全性が高いといえる。
【0065】
以上、本発明をその実施形態および実施例に基づいて詳細に説明した。しかし、本発明は上記実施形態および実施例に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0066】
マイクロニードル・シート10を曲げてマイクロニードル12を立ち上げることができるのであれば、アプリケータの形状及び構造は何ら限定されない。例えば、アプリケータは直線的な一本の棒のような形状を成していてもよい。あるいは、アプリケータは任意の機械的、電気的、又は電子的な構造又は制御手段を備えてもよい。アプリケータの態様が限定されないことに関連して、ライナー20を用いるか否かも任意に決めてよい。
【0067】
マイクロニードル・シートの形状は帯状に限定されず、例えば長さ及び幅が略同じ矩形であってもよいし、円又は楕円であってもよい。マイクロニードル・シートの形状によっては、アプリケータを用いなくてもよい。
【0068】
本発明に係るマイクロニードル・シートは、電気(イオントフォレシス(iontophoresis))、圧力、磁場、超音波(ソノフォレシス(sonophoresis))などのような他の経皮吸収促進技術と併用することができる。マイクロニードル・シートとこれらのような他の技術とを併用することで、薬物吸収量をさらに増加させることができる。
【符号の説明】
【0069】
10…マイクロニードル・シート、11…主面、12…マイクロニードル、20…ライナー、30…アプリケータ、31…本体、32…第1の貫通孔、33…第2の貫通孔、34…粘着剤。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11