(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.1%以下、Si:0.2〜1.2%、Mn:0.5〜2.5%、P:0.06%以下、S:0.008%以下、Ni:10.0〜15.0%、Cr:16.0〜20.0%、Mo:2〜3.5%、Cu:0.08〜0.5%、N:0.01〜0.1%、Al:0.01〜0.3%、Ca:0.01%以下、O:0.015%以下、B:0.0001〜0.008%を含有し、
さらに、Ti:0.50%以下、Nb:0.50%以下、V:0.50%以下のうちの1種または2種以上を含み、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、
式(1)および式(2)で算出されるCreqとNieqの比(Creq/Nieq)が1.56以下、
式(3)で算出されるP値が−5以下であることを特徴とする熱間加工性と耐水素脆化特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb ・・・ (1)
Nieq=Ni+30C+0.5Mn ・・・ (2)
P値=(S+O−0.8Ca)×10000−30 ・・・ (3)
但し、式(1)、式(2)および式(3)中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
負偏析部における[Ni]+0.37[Cr](式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。)で算出される成分が18%以上である請求項1に記載の熱間加工性と耐水素脆化特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の成分組成からなる鋼片を加熱して熱間圧延を行う熱間圧延工程を有し、前記熱間圧延工程において、前記鋼片に対して25〜60%の圧下率で予備圧延し、1100〜1250℃で60分以上の熱処理を実施した後に、最終熱間圧延を行うことを特徴とする熱間加工性と耐水素脆化特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化防止の観点から、温室効果ガス(CO
2、NO
x、SO
x)の排出を抑制するため、水素をエネルギーとして利用する技術開発が進んでいる。このため、水素の貯蔵・輸送に用いる金属材料の開発が期待されている。
【0003】
従来、圧力40MPa程度までの水素ガスは、厚肉のCr−Mo鋼製ボンベに高圧ガスとして充填・貯蔵されている。また、配管用材料あるいは燃料電池自動車の高圧水素ガスタンクライナーとしては、JIS規格のSUS316系オーステナイト系ステンレス鋼(以下、「SUS316鋼」と記載)が使用されている(非特許文献1参照)。SUS316鋼は、高圧水素ガス環境下での耐水素脆化特性が、例えば上記のCr−Mo鋼を含む炭素鋼や、JIS規格のSUS304系オーステナイト系ステンレス鋼(以下、「SUS304鋼」と記載)と比較して良好である。
【0004】
近年、燃料電池自動車の一般販売に先駆けて、水素ステーションの公的な試作・実証実験が進行している。例えば、大量の水素を液体水素として貯蔵し、液体水素を昇圧して70MPa以上の高圧水素ガスとして供給可能な水素ステーションが実証段階にある。また、水素ステーションにおいて、燃料電池自動車のタンクに充填する水素を−40℃程度の低温に予冷するプレクールと呼ばれる技術が実用化されている。したがって、水素ステーションのディスペンサーに付随する液体水素容器や水素ガス配管などに用いる金属材料は、70MPaの高圧かつ−40℃の低温の水素ガスに曝されることが想定される。さらに現在、水素ステーションにおいて、より高圧の水素を供給することや、より低温に予冷することが検討されている。このため、上記の用途に用いられる金属材料には、従来と比較して、より一層優れた耐水素脆化特性が要求される。
【0005】
しかしながら、例えば、上記のSUS316系オーステナイト系ステンレス鋼であっても、特許文献1に記載されている通り、低温・高圧水素ガス環境下では、水素脆化する場合がある。これは、SUS316系オーステナイト系ステンレス鋼の素材中に存在する、凝固時の成分分配に起因したNiの偏析が原因であると言われている。
【0006】
特許文献2においては、40MPa超の高圧水素ガス環境および液体水素環境での耐水素脆化特性に優れたオーステナイト系高Mnステンレス鋼が開示されている。このステンレス鋼は、製造時の凝固偏析の影響を考慮したものではない。
【0007】
一方、オーステナイト系ステンレス鋼では、凝固時にオーステナイト相に固溶できなくなった不純物が最終凝固部に濃縮し、熱間圧延時に割れが生じてしまう。このため、熱間加工性も重要である。
例えば、特許文献3には、熱間加工性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。このステンレス鋼では、δフェライト相の活用により熱間加工性を高めている。しかし、δフェライト相は、適切な製造を実施しなければ、耐水素脆化特性を低下させてしまう。
【0008】
特許文献4には、高Niステンレス鋼板の製造方法が開示されている。特許文献4に記載の製造方法は、Ni量が15〜45%であるステンレス鋼板を対象としており、一般的なオーステナイト系ステンレス鋼のNi量範囲から逸脱している。
【0009】
このように、低温かつ40MPa超の高圧水素ガス環境下での耐水素脆化特性と優れた熱間加工性を兼ね備えたオーステナイト系ステンレス鋼は、未だ出現していないのが現状である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、低温かつ40MPa超の高圧水素ガス環境下での耐水素脆化特性と優れた熱間加工性を兼ね備えたオーステナイト系ステンレス鋼を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記の課題を解決するために、主要元素であるCr、Mn、Ni、Moと微量元素で構成されているオーステナイト系ステンレス鋼の合金成分組成と、金属組織、高圧水素ガス環境下における耐水素脆化特性および熱間加工性の関係について鋭意研究を行った。その結果、以下の新しい知見を得て、本発明を完成するに至った。
【0014】
(a)Niは、オーステナイト系ステンレス鋼の変形組織を、水素脆化感受性の小さな形態に制御する元素である。このため、耐水素脆化特性の向上には、Ni量の確保が最も重要である。ただし、Niは、オーステナイト系ステンレス鋼の凝固偏析により、鋼中でその濃度にばらつきが生じてしまう。そして、高圧水素ガス中での引張試験において、Ni濃度が低い領域では、水素脆化感受性が大きくなる。そのため、試験片表層に生成したき裂は、Ni濃度が低い領域を優先的に伝ぱする。その結果、高圧水素ガス中では延性が低下する。
【0015】
(b)Ni濃度のばらつきは、フェライト生成元素であるCr、Mo、Si、Nb量が多くなるほど大きくなる。一方、オーステナイト生成元素であるNi、C、Mn量が多くなるほどNi濃度のばらつきは小さくなる。Ni濃度のばらつきは、上記各元素のNi濃度のばらつきへの寄与を考慮した以下の式(1)および(2)で算出されるCreqとNieqの比(Creq/Nieq)を1.57以下とすることで、著しく抑制される。
Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb ・・・ (1)
Nieq=Ni+30C+0.5Mn ・・・ (2)
但し、式(1)および式(2)中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【0016】
(c)高圧水素ガス中で引張破断した試験片について、き裂の伝ぱ経路を走査型電子顕微鏡および電子線マイクロアナライザーにより解析した。その結果、耐水素脆化特性には、Niに加えてCrも影響していることが分かった。さらに、NiおよびCrの耐水素脆化特性の向上への寄与の大きさを検討した。そして、室温から−70℃までの温度範囲において良好な耐水素脆化特性を発揮するためには、鋼中に含まれる負偏析部において、[Ni]+0.37[Cr](式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。)が18.0%以上であることが好ましく、19.0%以上であることがより好ましいことが分かった。
【0017】
(d)オーステナイト系ステンレス鋼では、熱間加工時に、オーステナイト粒界に偏析したSが粒界の結合力を低下させるため、割れが生じてしまう場合がある。従来、オーステナイト系ステンレス鋼中に意図的にδフェライト相を含有させ、Sをδフェライト相中に固溶させて熱間加工性を向上させる手法が一般的であった。しかしながら、耐水素脆化特性向上の観点から上記(b)(c)の知見を活用した場合、このようなδフェライト相は生成しない。このため、従来知見の適用は困難である。
【0018】
上記(b)(c)の知見を用いた成分組成とすることにより耐水素脆化特性を確保したオーステナイト系ステンレス鋼において、熱間加工性を向上させるには、Al脱酸およびCa添加によりS量を可能な限り低減させることが効果的である。具体的には、CaによるS量低減機能を考慮した式(3)で算出されるP値を−5以下に制御することで、優れた熱間加工性が得られる。さらに、熱間加工性を向上させるには、Bの微量添加により、粒界強度を高めることも有効である。
P値=(S+O−0.8Ca)×10000−30 ・・・ (3)
但し、式(3)中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【0019】
(e)(d)の知見を適用した場合、鋼中にはAl
2O
3・CaO介在物が生成する。上記(d)の知見を用いた成分組成にNb,Ti、Vを単独あるいは複合添加した成分組成では、Al
2O
3・CaO介在物を核として(Nb,Ti,V)(C,N)の複合系の炭窒化物が析出する。この炭窒化物は、オーステナイト母相に対して整合析出の関係にあり、炭窒化物と母相との界面で整合歪場が形成される。この整合歪場は、水素原子のトラップサイトとして作用する。そのため、低温におけるオーステナイト系ステンレス鋼の耐水素脆化特性がより一層向上する。整合歪場を形成するには、式(4)で算出されるT値を1.2以上に制御する必要がある。
T値=(Nb+Ti+V)/(C+N) ・・・ (4)
但し、式(4)中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【0020】
(f)通常のステンレス鋼の製造工程において、スラブ等の鋼片(半製品)は、一定時間の加熱後、熱間加工により目的の寸法製品となる。熱間圧延工程において、鋼片に対して予備圧延と熱処理とを行ってから、最終熱間圧延を行うことで、鋼中のNi拡散を促進でき、Ni濃度のばらつきをさらに抑制できる。本発明者らは、最終熱間圧延前の予備圧延および熱処理条件について鋭意検討を行った。その結果、鋼片に対して25〜60%の圧下率で予備圧延した後、1100〜1250℃で60分以上の熱処理を実施すれば、より一層耐水素脆化特性が向上することが明らかとなった。
【0021】
本発明は、上記(a)〜(f)の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
(1)質量%で、C:0.1%以下、Si:0.2〜1.2%、Mn:0.5〜2.5%、P:0.06%以下、S:0.008%以下、Ni:10.0〜15.0%、Cr:16.0〜20.0%、Mo:
2〜3.5
%、Cu:0.08〜0.5%、N:0.01〜0.1%、Al:
0.01〜0.3
%、Ca:0.01%以下、O:0.015%以下、B:
0.0001〜0.008
%を含有し、さらに、Ti:0.50%以下、Nb:0.50%以下、V:0.50%以下のうちの1種または2種以上を含み、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、式(1)および式(2)で算出されるCreqとNieqの比(Creq/Nieq)が1.56以下、式(3)で算出されるP値が−5以下であることを特徴とする熱間加工性と耐水素脆化特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
【0022】
Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb ・・・ (1)
Nieq=Ni+30C+0.5Mn ・・・ (2)
P値=(S+O−0.8Ca)×10000−30 ・・・ (3)
但し、式(1)、式(2)および式(3)中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【0023】
(2)負偏析部における[Ni]+0.37[Cr](式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。)で算出される成分が18%以上である上記(1)に記載の熱間加工性と耐水素脆化特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
【0024】
(3)式(4)で算出されるT値が1.2以上である(1)または(2)に記載の熱間加工性と耐水素脆化特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
T値=(Nb+Ti+V)/(C+N) ・・・ (4)
但し、式(4)中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【0025】
(4)(1)〜(3)のいずれかに記載の成分組成からなる鋼片を加熱して熱間圧延を行う熱間圧延工程を有し、前記熱間圧延工程において、前記鋼片に対して25〜60%の圧下率で予備圧延し、1100〜1250℃で60分以上の熱処理を実施した後に、最終熱間圧延を行うことを特徴とする熱間加工性と耐水素脆化特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、低温かつ40MPa超の高圧水素ガス環境下での耐水素脆化特性と優れた熱間加工性を兼ね備えたオーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明について詳細に説明する。まず、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成について説明する。なお、以下の説明において、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0028】
C:0.1%以下
Cは、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。オーステナイト相の安定化およびNi濃度のばらつき抑制により耐水素脆化特性を向上させるため、C含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、過剰なC添加は、Cr系炭化物の析出促進によるオーステナイト相の延性低下を招き、耐水素脆化特性が低下してしまう。このため、C含有量の上限を0.1%とする必要がある。より好ましいC含有量の上限は0.07%である。
【0029】
Si:0.2〜1.2%
Siは、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。オーステナイト相の安定化により耐水素脆化特性を向上させるため、Si含有量を0.2%以上とする必要がある。Si含有量は0.3%以上であることが好ましい。一方、過剰なSi添加は、水素脆化による割れ発生の起点となるδフェライト相の生成を促進させる。また、過剰なSi添加は、シグマ相などの金属間化合物の生成も促進させ、熱間加工性や靭性低下を招く。このため、Si含有量の上限を1.2%とする必要がある。Si含有量は、より好ましくは1.0%以下である。
【0030】
Mn:0.5〜2.5%
Mnは、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。オーステナイト相の安定化による加工誘起マルテンサイト相の生成抑制およびNi濃度のばらつき抑制により耐水素脆化特性を向上させるため、Mn含有量を0.5%以上とする必要がある。Mn含有量は0.7%以上であることが好ましい。一方、過剰なMn添加は、水素脆化による割れ発生の起点となるδフェライト相の生成を促進させるため、上限を2.5%とする必要がある。Mn含有量は、より好ましくは2.1%以下である。
【0031】
P:0.06%以下
Pは、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼中に不純物として含まれる。Pは、熱間加工性を低下させる元素であるため、極力低減させることが好ましい。具体的には、P含有量は0.06%以下とすることが好ましく、0.05%以下とすることがより好ましい。しかし、P含有量の極度の低減は製鋼コストの増大に繋がるため、P含有量は0.008%以上であることが好ましい。
【0032】
S:0.008%以下
Sは、熱間加工時にオーステナイト粒界に偏析し、粒界の結合力を弱めることで熱間加工時の割れを誘発する元素である。そのため、S含有量の上限を0.008%とする必要がある。S含有量の好ましい上限は0.005%である。S含有量は、極力低減させることが好ましいため、特に下限は設けないが、極度の低減は製鋼コストの増大に繋がる。このためS含有量は0.0001%以上であることが好ましい。
【0033】
Ni:10.0〜15.0%
Niは、オーステナイト系ステンレス鋼の耐水素脆化特性を向上させる効果が最も大きい元素である。この効果を十分に得るため、Ni含有量を10.0%以上とする必要がある。Ni含有量は12.0%以上であることが好ましい。一方、過剰なNi添加は材料コストの上昇を招くため、Ni含有量の上限を15.0%とする。Ni含有量は、好ましくは14.0%以下である。
【0034】
Cr:16.0〜20.0%
Crは、ステンレス鋼に要求される耐食性を得るために欠くことのできない元素である。加えて、Crは、オーステナイト系ステンレス鋼の強度上昇にも寄与する元素である。既存のSUS316鋼と遜色のない強度を確保するため、Cr含有量は16.0%以上とする必要がある。Cr含有量は、好ましくは17.0%以上である。一方、過剰なCr添加は、Ni濃度のばらつきやCr系析出物促進によるオーステナイト相の延性低下を招き、耐水素脆化特性を低下させる。このため、Cr含有量の上限を20.0%とする必要がある。Cr含有量は、好ましくは18.5%以下である。
【0035】
Mo:3.5%以下
Moは、オーステナイト系ステンレス鋼の強度上昇と耐食性向上に寄与する元素である。既存のSUS316鋼と同等の強度と耐食性を確保するため、Mo含有量は2%以上とすることが好ましい。一方、過剰なMo添加は、Ni濃度のばらつきを助長し、材料コスト増大にも繋がる。このため、Mo含有量の上限を3.5%とする必要がある。Mo含有量のより好ましい上限は2.5%である。
【0036】
Cu:0.08〜0.5%
Cuは、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。オーステナイト相の安定化により耐水素脆化特性を向上させるため、Cu含有量は0.08%以上とする必要がある。Cu含有量は、好ましくは0.10%以上である。一方、過剰なCu添加は、強度低下につながり、熱間加工性も損なわれるため、Cu含有量の上限を0.5%とする必要がある。Cu含有量は、より好ましくは0.4%以下である。
【0037】
N:0.01〜0.1%
Nは、オーステナイト相の安定化と強度上昇、さらには耐食性向上に有効な元素である。これら効果を得るため、N含有量は0.01%以上とすることが好ましい。N含有量は、好ましくは0.03%以上である。一方、過剰なN添加はCr系析出物の生成を促進し、オーステナイト相の耐食性や靭性を低下させる。このため、N含有量の上限を0.1%とする必要がある。N含有量は、より好ましくは0.08%以下である。
【0038】
Al:0.3%以下
Alは、脱酸および熱間加工性の向上に有効な元素である。一方、過剰なAl添加は、製造コストの著しい増加を招く。このため、Al含有量の上限を0.3%とする必要がある。Al含有量の好ましい上限は0.18%である。Al含有量の下限は特に設ける必要はないが、脱酸効果を十分に得るため、Al含有量は0.01%以上とすることが好ましい。
【0039】
Ca:0.01%以下
Caは、脱酸および熱間加工性の向上に有効な元素である。本効果を得るため、Ca含有量は0.001%以上とすることが好ましい。一方、過剰なCa添加は製造コストの著しい増加を招く。このため、Ca含有量の上限を0.01%とする必要がある。Ca含有量の好ましい上限は0.008%である。
【0040】
O:0.015%以下
Oは、鋼中で酸化物を形成することで、オーステナイト相の熱間加工性および靭性を低下させる。このため、O(酸素)含有量の上限を0.015%以下とする必要がある。O含有量は、好ましくは、0.010%以下である。O(酸素)含有量は、極力低減させることが好ましいが、極度の低減は製鋼コストの増大に繋がる。このためO(酸素)含有量は0.001%以上であることが好ましい。
【0041】
B:0.005%以下
Bは、オーステナイト粒界の結合力を高めることで、熱間加工性を向上させる元素である。本効果を得るため、B含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。一方、過剰なB添加は製造コストの著しい増加を招く。このため、B含有量の上限を0.008%とする必要がある。B含有量の好ましい上限は0.005%である。
【0042】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、上記元素に加えて、さらに、Ti:0.50%以下、Nb:0.50%以下、V:0.50%以下のうちの1種または2種以上を含む。
【0043】
Ti:0.50%以下
Tiは、介在物であるAl
2O
3・CaOを核とする炭窒化物の生成に必要な元素であるため、0.001%以上添加することが好ましい。一方、過剰なTi添加は合金コストの増加およびオーステナイト相の靭性低下を招くため、Ti含有量の上限を0.50%とする必要がある。Ti含有量の好ましい上限は0.30%である。
【0044】
Nb:0.50%以下
Nbは、介在物であるAl
2O
3・CaOを核とする炭窒化物の生成に必要な元素であるため、0.001%以上添加することが好ましい。一方、過剰なNb添加は合金コストの増加およびオーステナイト相の靭性低下を招くため、Nb含有量の上限を0.50%とする必要がある。Nb含有量の好ましい上限は0.30%である。
【0045】
V:0.50%以下
Tiは、介在物であるAl
2O
3・CaOを核とする炭窒化物の生成に必要な元素であるため、0.001%以上添加することが好ましい。一方、過剰なTi添加は合金コストの増加およびオーステナイト相の靭性低下を招くため、Ti含有量の上限を0.50%とする必要がある。Ti含有量の好ましい上限は0.30%である。
【0046】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成では、上記に加え、式(1)および式(2)で算出されるCreqとNieqの比(Creq/Nieq)を1.56以下とする。このことで、凝固偏析に起因したNi濃度のばらつきが著しく抑制される。より好ましいCreqとNieqの比(Creq/Nieq)は1.50以下である。
【0047】
Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb ・・・ (1)
Nieq=Ni+30C+0.5Mn ・・・ (2)
但し、式(1)および式(2)中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【0048】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成では、式(3)で算出されるP値を−5以下に制御する。このことで、オーステナイト粒界の結合力低下に寄与するSの影響が著しく小さくなり、熱間加工性が向上する。P値は、好ましくは−8以下である。また、P値は極力低下させることが好ましいが、過剰なP値の低下は製鋼コストの増加を招くため、−28以上であることが好ましい。
P値=(S+O−0.8Ca)×10000−30 ・・・ (3)
但し、式(3)中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【0049】
さらに、上記の成分範囲を満たしている場合、鋼中にはAl
2O
3・CaO介在物が生成する。上記成分組成では、Nb、Ti、Vを単独あるいは複合添加しているので、Al
2O
3・CaO介在物を核として(Nb,Ti,V)(C,N)の複合系の炭窒化物が析出する。この炭窒化物は、オーステナイト母相に対して整合析出の関係にあり、析出物と母相の界面で整合歪場が形成される。この整合歪場は水素原子のトラップサイトとして作用する。そのため、低温におけるオーステナイト系ステンレス鋼の耐水素脆化特性がより一層向上する。
【0050】
整合歪場を形成するには、式(4)で算出されるT値を1.2以上に制御する必要がある。T値が1.2以上である場合、(Nb,Ti,V)(C,N)の炭窒化物が十分に析出するため、水素原子のトラップ効果が十分に得られる。T値は、水素原子のトラップ効果をより一層向上させるために、1.25以上であることがより好ましい。また、過剰なT値の増加は、合金コストの増加およびオーステナイト相の延性低下を招く。このため、T値は5.5以下であることが好ましい。
T値=(Nb+Ti+V)/(C+N) ・・・ (4)
但し、式(4)中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【0051】
また、鋼中に含まれる負偏析部において、[Ni]+0.37[Cr](式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。)を18.0%以上とすることで耐水素脆化特性が向上する傾向が表れる。高圧水素ガス中で引張試験片を行った場合、延性の低下が確認された試験片では、割れを伴った脆性的な破面が観察される。この割れの生成・伝ぱ経路は、Ni量とCr量が関係している。上記[Ni]+0.37[Cr]が18.0%未満の領域は、オーステナイト相の耐水素脆化特性が周辺と比べて低いため、優先的な割れの生成・伝ぱ経路となる。上記[Ni]+0.37[Cr]が19.0%以上の領域では、このような割れの生成は認められない。したがって、[Ni]+0.37[Cr]は19.0%以上であることが好ましい。
鋼中のNiおよびCrの濃度分布は、例えば、電子線プローブマイクロアナライザーの線分析により測定できる。
【0052】
「製造方法」
次に、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法について説明する。本発明のオーステナイト系ステンレス鋼を製造するには、まず、上記の成分組成からなるステンレス鋼を溶製し、スラブなどの鋼片を製造する。次に、鋼片を所定の温度に加熱して熱間圧延を行う(熱間圧延工程)。熱間圧延工程においては、オーステナイト系ステンレス鋼の耐水素脆化特性を向上させるために、最終熱間圧延前に予備圧延(中間熱延)および熱処理を行うことが好ましい。なお、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、鋼板に限定されるものではない。したがって、鋼片は、スラブに限定されるものではなく、目的の製品(棒、管等)の形状に対して、好ましい形状の鋼片(ビレット、ブルーム等)を選択しても達成可能であることは言うまでもない。
【0053】
以下、最終熱間圧延前の中間熱延および熱処理の条件について詳細な説明を行う。
中間熱延は、鋼片に対して25〜60%の圧下率で行う。中間熱延により導入された歪は、熱処理時の合金元素の拡散を促進させ、オーステナイト系ステンレス鋼中のNi負偏析を軽減する。本効果を十分に得るためには、25%以上の圧下率が必要である。より好ましい圧下率は40%以上である。また、中間熱延での過剰な圧延は、最終熱間圧延における圧下率不足を招き、最終製品の粗粒化による強度低下および耐水素ガス脆化特性の低下に繋がる。このため、圧下率の上限を60%とすることが好ましい。より好ましい圧下率は50%以下である。
【0054】
中間熱延後、1100〜1250℃で60分以上の熱処理を行うことが好ましい。熱処理温度が1100以上であると、中間熱延後のオーステナイト系ステンレス鋼において、合金元素の拡散をより一層促進させることができる。熱処理温度が高くなるほど、合金元素の拡散は促進される。より好ましい熱処理温度は、1150℃以上である。しかし、熱処理温度が高すぎると、鋼材の異常酸化による研削工程の追加等による生産コストの増加を招く場合がある。このため、熱処理温度の上限を1250℃とすることが好ましい。より好ましい熱処理温度は1200℃以下である。
【0055】
熱処理温度が1100〜1250℃である場合、熱処理時間を60分以上とすることで、オーステナイト系ステンレス鋼中の合金元素の拡散によるNi負偏析を軽減させることができる。熱処理を行うことによる効果は、熱処理時間60分にて飽和するため、特に上限を設ける必要はない。
【実施例】
【0056】
表1〜表3の化学成分を有するステンレス鋼を溶製し、スラブを製造した。その後、スラブを加熱して、熱間圧延を行うことにより、厚さ15mmの熱延焼鈍板を作製した。なお、熱間圧延としては、表3に示す条件で、中間熱延、中間熱処理、厚さ15mmまでの最終熱間圧延、熱処理温度が1050℃で熱処理時間が4分である熱延板熱処理をこの順で行った。また、表1〜表3に示す試験片D1〜D7は、中間熱延および中間熱処理の条件を変化させて作製した熱延焼鈍板である。
【0057】
表2において(−)は、意図的に添加していないことを示す。
表3において「Creq/Nieq」は上記の式(1)および式(2)で算出されるCreqとNieqの比(Creq/Nieq)であり、「P値」は上記の式(3)で算出される値であり、「T値」は上記の式(4)で算出される値である。
【0058】
表3に示す「[Ni]+0.37[Cr]」は、鋼中の負偏析部における上記式で算出される成分であって、以下に示す方法により求めた値である。上記の方法により作製した厚さ15mmの熱延焼鈍板から、圧延方向と垂直な面が観察面となるように試験片を切り出した。その後、試験片を樹脂に埋め込み、鏡面研磨を行った。そして、電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA)を用いて、樹脂に埋め込んだ試験片の線分析を行い、板表層から中心部のNi量およびCr量の濃度分布を調査した。Ni量およびCr量の濃度分布の分析は、各鋼種に対して3視野で実施し、最も[Ni]+0.37[Cr](式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。)が小さい値を、その鋼種の負偏析部における[Ni]+0.37[Cr]の値(質量%)とした。
【0059】
次に、各鋼種の熱延焼鈍板について、以下に示す方法により、耐水素脆化特性と熱間加工性とを評価した。
「耐水素脆化特性」
上記の熱延焼鈍板の長手方向・中心部から、外径7mm、長さ35mmの平行部を持ち、標点間距離が25mmの丸棒引張試験片を採取した。この丸棒引張試験片を用いて、(1)大気中引張試験と、(2)高圧水素ガス中引張試験を行った。
【0060】
(1)の大気中引張試験は、試験温度:常温、−50℃、−70℃、試験環境:大気、クロスヘッド速度:0.028mm/秒の条件で実施した。
(2)の高圧水素ガス中引張試験は、試験環境を105MPa水素中としたこと以外は、(1)の大気中引張試験と同様にして実施した。
そして「(高圧水素ガス中での絞り/大気中での絞り)×100(%)」の値を算出し、この値が80%以上のものを、高圧水素ガス中での耐水素脆化特性が合格であると評価した。その結果を表4に示す。
【0061】
「熱間加工性」
熱間加工性は、サーモレスタ試験により、1200℃および1100℃で評価した。上記の熱延焼鈍板から、直径8mm長さ110mmの試験片を、板の長手方向・中心部から採取した。試験片は、室温から1200℃まで60秒かけて昇温し、60秒保持した。1200℃で評価する場合、1200℃での60秒保持後に引張試験を行った。1100℃で評価する場合、1200℃で60秒保持後、20℃/秒で1100℃まで冷却し、その後、60秒保持してから、引張試験を行った。なお、いずれの試験温度においても、引張試験におけるクロスヘッド速度は20mm/秒とした。そして、各試験温度において、絞りの値が60%以上のものを、熱間加工性が合格であると評価した。その結果を表4に示す。
【0062】
表4に示すように、本発明の実施例である試験片A1〜A6、B1〜B5、C1〜C4、D1〜D7は、常温、−50℃、−70℃のいずれの温度においても耐水素脆化特性の評価が80%以上であり、しかも、1200℃および1100℃における熱間加工性の評価が60%以上であり、合格であった。
【0063】
試験片A1〜A6は、T値が好ましい範囲内のものである。試験片A1〜A6は、−70℃の耐水素脆化特性の評価が85%以上であり、優れた耐水素脆化特性を有しつつ、優れた熱間加工性を示すことが確認できた。
試験片B1〜B5は、[Ni]+0.37[Cr]が19%以上であって、T値が好ましい範囲内である。試験片B1〜B5は、常温、−50℃、−70℃のいずれの温度においても耐水素脆化特性の評価が98%以上であり、極めて高い耐水素脆化特性を有しつつ、優れた熱間加工性を示すことが確認できた。
【0064】
試験片C3は、[Ni]+0.37[Cr]が18%未満であり、中間熱処理温度が1100℃未満の例である。試験片C4は、[Ni]+0.37[Cr]が18%未満であり、中間熱処理時間が60分未満の例である。試験片C3およびC4においても、試験片E1〜E9と比較して良好な耐水素脆化特性が得られることが確認できた。
【0065】
試験片D3およびD7は、好ましい条件で中間熱延および中間熱処理を行ったものである。このため、試験片D3およびD7では、−70℃における耐水素脆化特性の評価が98%以上となり、極めて良好であった。また、試験片D3およびD7は、中間熱延および中間熱処理を実施していない試験片D1と比較して、耐水素脆化特性の評価が良好であった。また、試験片D1、D2、D4〜D6の結果から、好ましい条件外で中間熱延および中間熱処理を行ったD2、D4〜D6では、中間熱延および中間熱処理を行うことによる効果が認められなかった。
【0066】
試験片E1およびE2は、「Creq/Nieq」が本発明の範囲を満たしていない。そのため、試験片E1およびE2では、鋼中のNi濃度変動が大きくなり、耐水素脆化特性を維持するために必要な[Ni]+0.37[Cr]量が確保できず、耐水素脆化特性の評価が低くなったと推定される。
試験片E3およびE4は、P値が本発明の範囲を満たしていない。その結果、熱間加工性の評価が低くなった。さらに、試験片E3およびE4では、熱延焼鈍板を作製する時の熱間圧延時に生成したと思われる欠陥が起点となり、−70℃における耐水素脆化特性を低下させたと推定される。
【0067】
試験片E5は、Ni量が本発明の範囲を満たしていない。その結果、耐水素脆化特性を維持するために必要な[Ni]+0.37[Cr]量が確保できず、耐水素脆化特性の評価が低くなったと推定される。
試験片E6は、Cr量が本発明の範囲を満たしていない。その結果、オーステナイト相の延性が低下し、−50℃、−70℃における耐水素脆化特性の評価が低くなったと推定される。
【0068】
試験片E7は、Mo量が本発明の範囲を満たしていない。その結果、鋼中のNi濃度変動が大きくなり、耐水素脆化特性を維持するために必要な[Ni]+0.37[Cr]量が確保できず、耐水素脆化特性の評価が低くなったと推定される。
試験片E8およびE9は、Mn量が本発明の範囲を満たしていない。Mn量が少ない試験片E9の場合はオーステナイト相の安定度が不足し、Mn量が多い試験片E8の場合はδフェライト相の生成により、耐水素脆化特性の評価が低くなったと推定される。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
【表3】
【0072】
【表4】