特許第6328721号(P6328721)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6328721駆動源制御装置およびこの駆動源制御装置を備えた車両
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6328721
(24)【登録日】2018年4月27日
(45)【発行日】2018年5月23日
(54)【発明の名称】駆動源制御装置およびこの駆動源制御装置を備えた車両
(51)【国際特許分類】
   F16H 48/36 20120101AFI20180514BHJP
   B60L 15/20 20060101ALI20180514BHJP
   B60L 9/18 20060101ALN20180514BHJP
【FI】
   F16H48/36
   B60L15/20 S
   B60L15/20 K
   !B60L9/18 P
【請求項の数】4
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2016-201078(P2016-201078)
(22)【出願日】2016年10月12日
(65)【公開番号】特開2018-62979(P2018-62979A)
(43)【公開日】2018年4月19日
【審査請求日】2018年2月16日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086793
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 雅士
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(72)【発明者】
【氏名】平田 淳一
【審査官】 笹岡 友陽
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−295173(JP,A)
【文献】 特開2006−256454(JP,A)
【文献】 特開2013−213518(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 48/36
B60L 15/20
B60L 9/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二つの駆動源と、左右の駆動輪と、前記二つの駆動源と前記左右の駆動輪との間に設けられ、前記二つの駆動源からの動力を前記左右の駆動輪に分配し、且つ前記二つの駆動源のトルク差を増幅して前記左右の駆動輪を駆動する動力伝達装置とを備えた車両における、前記駆動源を制御する駆動源制御装置であって、
前記二つの駆動源のうちいずれか一方または両方の駆動源の回転速度が過回転であるか否かを判定する過回転判定手段と、
この過回転判定手段で一方の駆動源の回転速度が過回転であると判定されたとき、指令手段から与えられた前記二つの駆動源のそれぞれの出力の指令値を補正する補正手段と、を備え、
前記補正手段は、前記左右の駆動輪における、回転速度の大きい側の駆動輪のトルクが補正前よりも小さくなり、且つ前記左右の駆動輪における、回転速度の小さい側の駆動輪のトルクが補正前に対して等しいか小さくなるように、前記二つの駆動源のそれぞれの出力の指令値を補正する駆動源制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の駆動源制御装置において、前記補正手段は、前記左右の駆動輪における、回転速度の大きい側の駆動輪のトルクの向きを制動側にし、且つ前記左右の駆動輪における、回転速度の小さい側の駆動輪のトルクが補正前に対して等しいか小さくなるように、前記二つの駆動源のそれぞれの出力の指令値を補正する駆動源制御装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の駆動源制御装置において、前記動力伝達装置は、二つの遊星歯車機構を有し、前記二つの駆動源が発生するトルクの差を増幅するトルク差増幅装置を備える駆動源制御装置
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の駆動源制御装置を備えた車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、独立した二つの駆動源から発生した駆動トルクを、左右の駆動輪にトルク差を増幅して伝達する駆動源制御装置およびこの駆動源制御装置を備えた車両に関する。
【背景技術】
【0002】
車両のスムーズな旋回走行の実現または、極端なアンダーステア、極端なオーバーステア等の車両の挙動変化を抑制するために、左右の駆動輪の間に大きな駆動トルクの差を発生させることが有効な場合がある。そこで、二つの駆動源と左右の駆動輪との間に、遊星歯車機構を二つ組み合わせた歯車装置を備え、トルクの差を増幅した車両駆動装置が開示されている(特許文献1,2)。
【0003】
これらの車両駆動装置では、上位ECUから指令された左右の駆動輪のトルク指令値から二つの駆動源の出力トルクを決定し制御する。駆動源として電気モータの適用が示されている。
前記の車両駆動装置では、二つの駆動源のトルクの差を増幅するが、回転速度の差は縮小されて左右の駆動輪に伝わる。トルクの増幅率をα(α>1)、減速比をβ(β≧1)、二つの駆動源のトルクをそれぞれTM1,TM2、左右の駆動輪のトルクをTWL,TWRとすると、トルクの関係は以下の式で示すことができる。
【0004】
TWL+TWR=β(TM1+TM2) …(1)
TWL−TWR=αβ(TM1−TM2) …(2)
同様に、二つの駆動源の回転速度をそれぞれωM1,ωM2、左右の駆動輪の回転速度をωWL,ωWRとすると、回転速度の関係は以下の式で示すことができる。
ωWL+ωWR=(ωM1+ωM2)/β …(3)
ωWL−ωWR=(ωM1−ωM2)/αβ …(4)
【0005】
電気モータが過回転となった場合の対応方法として、電気自動車のモータの過回転を検出し、モータの破損を防止するためのモータの制御方法が開示されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015−21594号公報
【特許文献2】特許第4907390号公報
【特許文献3】特開平8−163702号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1および2で示される車両駆動装置において、式(3),(4)から、二つの駆動源の回転速度ωM1,ωM2を求めると次式になる。
ωM1=β(1+α)/2・ωWL+β(1−α)/2・ωWR …(5)
ωM2=β(1−α)/2・ωWL+β(1+α)/2・ωWR …(6)
また、式(1),(2)から、左右の駆動輪のトルクTWL,TWRを求めると次式になる。
TWL=β(1+α)/2・TM1+β(1−α)/2・TM2 …(7)
TWR=β(1−α)/2・TM1+β(1+α)/2・TM2 …(8)
α>1、β≧1であれば、係数の符号はそれぞれ、β(1+α)/2>0、β(1−α)/2<0である。
【0008】
前記車両駆動装置を搭載した車両において、左右の駆動輪に駆動トルクを与えている状態(TWL>0、かつTWR>0)で左の駆動輪のみが空転した場合を考える。TWL>0かつTWR>0であれば、式(1),(2)よりTM1>0かつTM2>0となる。このとき、左の駆動輪の回転速度ωWLが上昇すると、式(5),(6)から一方の駆動源の回転速度ωM1が大きく上昇し、他方の駆動源の回転速度ωM2は減少する。
【0009】
具体例を図10に示す。左右の駆動輪が100r/min(回毎分)で回転している場合、α=2、β=10とすれば、図10(1)に示すように、駆動源M1および駆動源M2の回転速度は1000r/minである。ここで左の駆動輪の回転速度が200r/minに上昇すると、図10(2)に示すように、駆動源M1の回転速度は2500r/minに上昇し、駆動源M2の回転速度は500r/minへと低下する。
【0010】
ここで、駆動源M1の回転速度が許容回転速度を超えて過回転になったと仮定し、特許文献3で開示されているモータの制御方法を適用し、駆動源M1のトルクを零または制動側に発生させる(TM1≦0)。式(7),(8)においてTM1≦0とするとともに、過回転になっていない駆動源M2のトルクTM2を維持した場合、左の駆動輪のトルクTWLは減少するが、右の駆動輪のトルクTWRは増加する。
【0011】
具体例を図11に示す。駆動源M1および駆動源M2が10N・mのトルクを出力している場合、α=2、β=10とすれば、左右の駆動輪のトルクは100N・mとなる。ここで、駆動源M1のトルクを零に補正し、駆動源M2のトルクを10N・mのまま維持すると、左の駆動輪のトルクは−50N・m、右の駆動輪のトルクは150N・mとなり、右の駆動輪のトルクが増加することになる。
【0012】
上記状況を車両が加速しながら左旋回している場面を例に考える。左旋回では、左の駆動輪が旋回内輪となるため、旋回横加速度が大きな場合には左の駆動輪に空転が生じ、駆動源M1が過回転となる。このときに、駆動源M1のトルクTM1をTM1>0からTM1≦0へと変化させ、駆動源M2のトルクを維持すると、左の駆動輪のトルクTWLが減少もしくは制動側となるため、左の駆動輪および駆動源M1の回転速度の抑制に寄与する。
【0013】
しかし右の駆動輪のトルクTWRが増加することで、旋回を助長するヨーモーメントが発生し、車両がスピン挙動となる可能性がある。また旋回内輪が空転する程の急旋回であれば、旋回外輪である右の駆動輪のタイヤ負荷も大きいため、駆動トルクの増加によってタイヤの空転が生じてタイヤがグリップを失うことも考えられる。その場合には車両姿勢をさらに不安定にする可能性がある。
【0014】
同様に、スプリット低μ路面上で発進または加速をする場合にも、上記状況が生じる可能性がある。右の駆動輪がアスファルト路面上にあり、左の駆動輪が氷結路面上にある場合、発進または加速をするときに左の駆動輪が空転しやすく、上記と同様に駆動源M1が過回転となった場合に駆動源M1のトルクTM1を零または回生方向にすると、アスファルト上にある右側の駆動輪のトルクが増加することになり、車両が左方向に旋回しようとし、車両姿勢が不安定になる可能性がある。
【0015】
この発明の目的は、駆動源の回転速度の上昇を抑制するとともに、不要なヨーモーメントの発生を抑えて車両姿勢を安定化させることができる駆動源制御装置およびこの駆動源制御装置を備えた車両を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
この発明の駆動源制御装置67は、二つの駆動源2L,2Rと、左右の駆動輪61L,61Rと、前記二つの駆動源2L,2Rと前記左右の駆動輪61L,61Rとの間に設けられ、前記二つの駆動源2L,2Rからの動力を前記左右の駆動輪61L,61Rに分配し、且つ前記二つの駆動源2L,2Rのトルク差を増幅して前記左右の駆動輪61L,61Rを駆動する動力伝達装置3とを備えた車両における、前記駆動源2L,2Rを制御する駆動源制御装置であって、
前記二つの駆動源2L,2Rのうちいずれか一方または両方の駆動源2L,2Rの回転速度が過回転であるか否かを判定する過回転判定手段68と、
この過回転判定手段68で一方の駆動源2L(2R)の回転速度が過回転であると判定されたとき、指令手段66aから与えられた前記二つの駆動源2L,2Rのそれぞれの出力の指令値を補正する補正手段69と、を備え、
前記補正手段69は、前記左右の駆動輪61L,61Rにおける、回転速度の大きい側の駆動輪61L(61R)のトルクが補正前よりも小さくなり、且つ前記左右の駆動輪61L,61Rにおける、回転速度の小さい側の駆動輪61R(61L)のトルクが補正前に対して等しいか小さくなるように、前記二つの駆動源2L,2Rのそれぞれの出力の指令値を補正する。
前記駆動源2L(2R)の回転速度が過回転であるか否かは、例えば、駆動源2L(2R)の回転速度が閾値を超えたとき過回転であると判定しても良い。または、駆動輪61L,61Rの回転速度から、左右の駆動輪61L,61Rの回転速度と駆動源2L,2Rの回転速度との関係式を用いて、駆動源2L,2Rの回転速度を算出し、この算出した駆動源2L,2Rの回転速度が閾値を超えたとき過回転であると判定しても良い。
その他、過回転判定手段68は、前記関係式を用いず、左右の駆動輪61L,61Rの回転速度が所定の条件を満たした場合に、駆動源2L,2Rが過回転か否かを判断しても良い。
前記閾値は、設計等によって任意に定める閾値であって、例えば、試験およびシミュレーションのいずれか一方または両方により適切な閾値を求めて定められる。
【0017】
この構成によると、過回転判定手段68は、一方または両方の駆動源2L,2Rの回転速度が過回転であるか否かを判定する。補正手段69は、過回転判定手段68で一方の駆動源2L(2R)の回転速度が過回転であると判定されたとき、指令手段66aから与えられた二つの駆動源2L,2Rのそれぞれの出力の指令値を補正する。
【0018】
つまり補正手段69は、左右の駆動輪61L,61Rにおける、回転速度の大きい側の駆動輪61L(61R)のトルクが補正前よりも小さくなり、且つ回転速度の小さい側の駆動輪61R(61L)のトルクが補正前に対して等しいか小さくなるように、二つの駆動源2L,2Rのそれぞれの出力の指令値を補正する。補正量は、例えば、試験およびシミュレーションのいずれか一方または両方により定められる。このように二つの駆動源2L,2Rのそれぞれの出力の指令値を補正することで、回転速度の大きい側の駆動輪61L(61R)は、路面および駆動部の機械的な抵抗を受けて減速し、その結果、駆動源2L(2R)の過回転が抑制される。これとともに、駆動輪61L(61R)のトルク増加による不要なヨーモーメントの発生を抑えて車両姿勢を安定化させることができる。
【0019】
前記補正手段69は、前記左右の駆動輪2L,2Rにおける、回転速度の大きい側の駆動輪61L(61R)のトルクの向きを制動側にし、且つ前記左右の駆動輪61L,61Rにおける、回転速度の小さい側の駆動輪61R(61L)のトルクが補正前に対して等しいか小さくなるように、前記二つの駆動源2L,2Rのそれぞれの出力の指令値を補正しても良い。この場合、回転速度の大きい側の駆動輪61L(61R)には、路面および駆動部の機械的な抵抗に加えて、駆動源2L(2R)からの制動トルクが生じるため、より効果的に駆動源2L(2R)の過回転を抑制することができる。
【0020】
前記動力伝達装置3は、二つの遊星歯車機構30L,30Rを有し、前記二つの駆動源2L,2Rが発生するトルクの差を増幅するトルク差増幅装置30を備えるものであっても良い。この場合、二つの駆動源2L,2Rが発生するトルクの差をトルク差増幅装置30で増幅することで、車両のスムーズな旋回走行を実現することができる。
【0021】
この発明の車両は、いずれかの駆動源制御装置67を備えている。この場合、例えば、スプリット低μ路面等において過回転が生じた駆動源2L(2R)の回転速度の上昇を抑制するとともに、不要なヨーモーメントの発生を抑えて車両姿勢を安定化させることができる。
【発明の効果】
【0022】
この発明の駆動源制御装置は、二つの駆動源と、左右の駆動輪と、前記二つの駆動源と前記左右の駆動輪との間に設けられ、前記二つの駆動源からの動力を前記左右の駆動輪に分配し、且つ前記二つの駆動源のトルク差を増幅して前記左右の駆動輪を駆動する動力伝達装置とを備えた車両における、前記駆動源を制御する駆動源制御装置であって、前記二つの駆動源のうちいずれか一方または両方の駆動源の回転速度が過回転であるか否かを判定する過回転判定手段と、この過回転判定手段で一方の駆動源の回転速度が過回転であると判定されたとき、指令手段から与えられた前記二つの駆動源のそれぞれの出力の指令値を補正する補正手段と、を備え、前記補正手段は、前記左右の駆動輪における、回転速度の大きい側の駆動輪のトルクが補正前よりも小さくなり、且つ前記左右の駆動輪における、回転速度の小さい側の駆動輪のトルクが補正前に対して等しいか小さくなるように、前記二つの駆動源のそれぞれの出力の指令値を補正する。このため、駆動源の回転速度の上昇を抑制するとともに、不要なヨーモーメントの発生を抑えて車両姿勢を安定化させることができる。
【0023】
この発明の車両は、いずれかの駆動源制御装置を備えているため、駆動源の回転速度の上昇を抑制するとともに、不要なヨーモーメントの発生を抑えて車両姿勢を安定化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】この発明の実施形態に係る駆動源制御装置および車両駆動装置を備えた車両の概念構成を示すブロック図である。
図2】同車両駆動装置の断面図である。
図3】同車両駆動装置のトルク差増幅装置部分を拡大して示す断面図である。
図4】同車両駆動装置を示すスケルトン図である。
図5】同車両駆動装置を搭載した電気自動車の説明図である。
図6】同車両駆動装置によるトルク差増幅率を説明するための速度線図である。
図7】同駆動源制御装置の制御系のブロック図である。
図8】同駆動源制御装置で補正したトルク指令値の一例を示す図である。
図9】同駆動源制御装置で補正したトルク指令値の他の例を示す図である。
図10】従来の車両駆動装置の駆動輪回転速度および駆動源回転速度の例を示す図である。
図11】従来の車両駆動装置の駆動輪トルクおよび駆動源トルクの補正前後の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
この発明の実施形態に係る駆動源制御装置およびこの駆動源制御装置を備えた車両を図1ないし図9と共に説明する。図1は、この駆動源制御装置および車両駆動装置を備えた車両(電気自動車)の概念構成を示すブロック図である。この車両は、後輪駆動方式であり、シャーシ60、後輪である駆動輪61L,61R、前輪である従動輪62L,62R、車両駆動装置1、上位ECU66、駆動源制御装置67、バッテリ63およびインバータ装置64等を備える。
【0026】
車両駆動装置1は、第1,第2電動モータ2L,2Rと、動力伝達装置3を備えている。第1,第2電動モータ2L,2Rは、車両に搭載され独立して制御可能な二つの駆動源である。動力伝達装置3は、これら第1,第2電動モータ2L,2Rと駆動輪61L,61Rとの間に設けられる。
【0027】
<制御系の基本構成について>
上位ECU66は、駆動源制御装置67の上位の制御手段であり、例えば、車両全般の統括制御および協調制御を行う機能と、左右の駆動輪61L,61Rの制駆動トルク指令値を生成する機能とを有する。上位ECU66は、図示外のアクセル操作部の出力する加速指令と、図示外のブレーキ操作部の出力する減速指令と、図示外の操舵角センサ等の出力する旋回指令とから、左右の制駆動トルク指令値(出力の指令値)を生成する。
【0028】
駆動源制御装置67は、上位ECU66から与えられた左右の制駆動トルク指令値に基づいて、インバータ装置64にモータトルク指令値を与える。これにより第1,第2電動モータ2L,2Rは個別に制御される。インバータ装置64は、バッテリ63の直流電力を第1,第2電動モータ2L,2Rの駆動のための交流電力に変換する。インバータ装置64は、第1,第2電動モータ2L,2Rが出力するトルクがモータトルク指令値と等しくなるように、バッテリ63から供給される電流を制御し第1,第2電動モータ2L,2Rを駆動する。車両駆動装置1からの出力は等速ジョイントを介して左右の駆動輪61L,61Rに伝達される。
【0029】
<車両駆動装置1>
<<第1,第2電動モータ2L,2Rについて>>
この実施形態では、車両駆動装置1における第1,第2電動モータ2L,2Rは、同一の最大出力を有する同一規格の電動モータを用いている。
図2に示すように、第1,第2電動モータ2L,2Rは、モータハウジング4L,4Rと、ステータ6,6と、ロータ5,5とを有する。第1,第2電動モータ2L,2Rは、モータハウジング4L,4Rの内周面にステータ6,6が設けられ、各ステータ6の内周に間隔を隔ててロータ5を設けたラジアルギャップタイプである。
【0030】
モータハウジング4L,4Rは、円筒形のモータハウジング本体4aL,4aRと、外側壁4bL,4bRと、内側壁4cL,4cRとを有する。外側壁4bL,4bRは、モータハウジング本体4aL,4aRにおけるアウトボード側の外側面を閉塞する。内側壁4cL,4cRは、モータハウジング本体4aL,4aRにおけるインボード側の内側面に設けられ、動力伝達装置3と隔てる隔壁を成す。内側壁4cL,4cRには、各モータ軸5aをインボード側に引き出す開口部が設けられている。なおこの明細書において、車両駆動装置1が車両に搭載された状態で車両の車幅方向の外側寄りとなる側をアウトボード側と呼び、車両の車幅方向の中央寄りとなる側をインボード側と呼ぶ。
【0031】
モータハウジング本体4aL,4aRの内周面に、ステータ6,6が嵌合固定されている。ロータ5は、モータ軸5aを中心部に有する。内側壁4cL,4cRと外側壁4bL,4bRには、転がり軸受8a,8bが設けられている。各モータ軸5aは、モータハウジング4L,4Rに転がり軸受8a,8bを介して回転自在に支持されている。左右のモータ軸5a,5aは同一軸心上(同軸)に設けられている。
【0032】
<<動力伝達装置3について>>
動力伝達装置3は、ハウジング9と、入力歯車軸12L,12Rと、中間歯車軸13L,13Rと、出力歯車軸14L,14Rと、トルク差増幅装置30とを有する。動力伝達装置3は、第1,第2電動モータ2L,2Rのモータ軸5aから入力されたトルク(駆動トルク)の差をトルク差増幅装置30で増幅し、駆動輪61L,61Rへと伝達する装置である。
【0033】
ハウジング9は、これらの歯車軸およびトルク差増幅装置30を収容する。ハウジング9は、前記歯車軸の軸方向に直交する方向に三ピースに分割された三ピース構造である。具体的に、ハウジング9は、中央ハウジング9aと、この中央ハウジング9aの両側面に固定される左右の側面ハウジング9bL,9bRとを有する。
【0034】
側面ハウジング9bL,9bRのアウトボード側の側面と、内側壁4cL,4cRとが、複数のボルトで固定される。これにより、ハウジング9の左右両端に二基の電動モータ2L,2Rが固定される。
中央ハウジング9aには、中央に仕切り壁11が設けられている。ハウジング9は、仕切り壁11によって左右に二分割され、動力伝達装置3の本体部を収容する。この動力伝達装置3の本体部は、左右対称形であり、入力歯車軸12L,12Rと、中間歯車軸13L,13Rと、出力歯車軸14L,14Rと、トルク差増幅装置30とを備えている。
【0035】
入力歯車軸12L,12Rは、モータ軸5aから動力が伝達される入力歯車12aを有する。仕切り壁11に形成された軸受嵌合穴と、左右の側面ハウジング9bL,9bRに形成された軸受嵌合穴に、転がり軸受17a,17bが設けられている。入力歯車軸12L,12Rの両端は、ハウジング9に転がり軸受17a,17bを介して回転自在に支持されている。入力歯車軸12L,12Rは中空構造である。この入力歯車軸12L,12Rの中空内部に、各モータ軸5aのインボード側の端部が挿入されている。入力歯車軸12L,12Rと各モータ軸5aとは、スプライン(「セレーション」も含む。以下のスプラインについても同様に「セレーション」を含む。)結合されている。
【0036】
図3に示すように、左右の中間歯車軸13L,13Rは、同軸に配置されている。中間歯車軸13L,13Rは、入力歯車12a,12aに噛み合う大径の入力側外歯車13a,13aと、後述する出力歯車14a,14aに噛み合う出力側小径歯車13b,13bとを有する。仕切り壁11に形成された軸受嵌合穴19aと、左右の側面ハウジング9bL,9bRに形成された軸受嵌合穴19bに、転がり軸受20a,20bが設けられている。中間歯車軸13L,13Rの両端は、ハウジング9に転がり軸受20a,20bを介して回転自在に支持されている。軸受嵌合穴19a,19bは、転がり軸受20a,20bの外輪端面が当接する段付き形状であり、後述する第1,第2の結合部材31,32が通るように貫通している。
【0037】
中間歯車軸13L,13Rには、この中間歯車軸13L,13Rと同軸にトルク差増幅装置30が組み込まれている。トルク差増幅装置30は、二つの電動モータ2L,2R(図2)から与えられるトルク(駆動トルク)の差を増幅する。このトルク差増幅装置30は、3要素2自由度の二つの遊星歯車機構30L,30Rを備える。遊星歯車機構30L,30Rには、この例では、シングルピニオン遊星歯車機構が採用されている。二つの遊星歯車機構30L,30Rは同軸に設けられている。
【0038】
遊星歯車機構30L,30Rは、リングギヤR,Rと、サンギヤS,Sと、プラネタリギヤP,Pと、遊星キャリアC,Cと、第1,第2の結合部材31,32とを有する。リングギヤR,Rは、中間歯車軸13L,13Rの入力側外歯車13a,13aにそれぞれ組み込まれた内歯車である。サンギヤS,Sは、リングギヤR,Rと同軸に設けられた太陽歯車である。プラネタリギヤP,Pは、リングギヤR,RとサンギヤS,Sに噛み合う公転歯車である。遊星キャリアC,Cは、プラネタリギヤP,Pに連結され、リングギヤR,Rと同軸に設けられている。遊星キャリアC,Cには、中間歯車軸13L,13Rの出力側小径歯車13b,13bが連結されている。
【0039】
第1の結合部材31は、図3左側の遊星歯車機構30Lの構成部材である一方の遊星キャリアCと、図3右側の遊星歯車機構30Rの構成部材である他方のサンギヤSとを結合する。第2の結合部材32は、図3左側の遊星歯車機構30Lの構成部材である一方のサンギヤSと、図3右側の遊星歯車機構30Rの構成部材である他方の遊星キャリアCとを結合する。
【0040】
遊星キャリアC,Cは、プラネタリギヤP,Pを支持するキャリアピン33と、アウトボード側のキャリアフランジ34aと、インボード側のキャリアフランジ34bとを有する。プラネタリギヤP,Pは、針状ころ軸受37を介してキャリアピン33に支持されている。アウトボード側のキャリアフランジ34aは、キャリアピン33のアウトボード側端部に連結されている。インボード側のキャリアフランジ34bは、キャリアピン33のインボード側端部に連結されている。
【0041】
アウトボード側のキャリアフランジ34aは、アウトボード側に延びる中空軸部35を備える。この中空軸部35のアウトボード側の端部が、側面ハウジング9bL,9bRに形成された軸受嵌合穴に転がり軸受20bを介して支持されている。インボード側のキャリアフランジ34bは、インボード側に延びる中空軸部36を備える。この中空軸部36のインボード側の端部が、仕切り壁11に形成された軸受嵌合穴に転がり軸受20aを介して支持されている。各キャリアフランジ34a,34bの外周面とリングギヤR,Rとの間には、転がり軸受39a,39bが設けられている。
【0042】
二つの遊星歯車機構30L,30Rを互いに連結している第1,第2の結合部材31,32は、中央ハウジング9aを左右に仕切る仕切り壁11を貫通して組み込まれている。第1,第2の結合部材31,32は、互いに同軸に位置して、それぞれスラスト軸受47によりアキシアル方向に回転自在に支持され、かつ深溝玉軸受49によりラジアル方向に回転自在に支持される。さらに第1,第2の結合部材31,32間には、軸受47,49とは別の軸受45,46,スラスト軸受48が設けられている。別の軸受45,46として、それぞれ針状ころ軸受が適用されている。第2の結合部材32が中空軸を有し、第1の結合部材31が前記中空軸に挿通される軸を有する。
【0043】
第2の結合部材32における図3右側のアウトボード側の外周面と、遊星キャリアCにおけるインボード側のキャリアフランジ34bの中空軸部36とに互いに噛み合うスプラインが設けられている。よって、第2の結合部材32は、遊星キャリアCに対しスプライン嵌合により連結されている。したがって、第2の回転部材である遊星キャリアCは、第2の結合部材32と一体となって回転する。
【0044】
第1の結合部材31における図3左側のアウトボード側の外周面と、遊星キャリアCにおけるアウトボード側のキャリアフランジ34aの中空軸部35とに互いに噛み合うスプラインが設けられている。よって、第1の結合部材31は、遊星キャリアCに対しスプライン嵌合により連結されている。したがって、第1の回転部材である遊星キャリアCは、第1の結合部材31と一体となって回転する。
【0045】
前述のように、第1,第2の結合部材31,32が、遊星キャリアC,Cに対しスプライン嵌合により連結されているため、二つの遊星歯車機構30L,30Rは左右に分割可能となり、三ピース構造のハウジング9に他の減速歯車軸と共に左右から組み込み可能である。第2の結合部材32における遊星キャリアC側の端部は、その外周面に、図3左側の遊星歯車機構30LのサンギヤSを構成する外歯車が形成されている。このサンギヤSを構成する外歯車がプラネタリギヤPと噛み合う。
【0046】
第1の結合部材31は、図3右側の遊星歯車機構30Rの端部に大径部43を有する。この大径部43の外周面に、図3右側の遊星歯車機構30RのサンギヤSを構成する外歯車が形成されている。このサンギヤSを構成する外歯車がプラネタリギヤPと噛み合う。第2の結合部材32の軸方向両端には、スラスト軸受47,48が設けられている。これらスラスト軸受47,48により、第1,第2の結合部材31,32と遊星キャリアC,Cとのスプライン嵌合部の摺動による軸方向移動が規制される。
第1の結合部材31は、図3右側の端部が、遊星キャリアCに対して深溝玉軸受49によって支持されている。第1の結合部材31の軸心には、給油穴が設けられている。
【0047】
図2に示すように、出力歯車軸14L,14Rは、大径の出力歯車14aを有する。仕切り壁11に形成された軸受嵌合穴と、左右の側面ハウジング9bL,9bRに形成された軸受嵌合穴に、転がり軸受54a,54bが設けられている。出力歯車軸14L,14Rは、ハウジング9に転がり軸受54a,54bを介して回転自在に支持されている。
【0048】
出力歯車軸14L,14Rのアウトボード側の端部は、側面ハウジング9bL,9bRに形成された開口部からハウジング9の外側に引き出されている。引き出された出力歯車軸14L,14Rのアウトボード側の端部の外周面に、等速ジョイント65aの外側継手部がスプライン結合されている。各等速ジョイント65aは、図示外の中間シャフト等を介して駆動輪61L,61R(図1)に接続されている。
【0049】
図4は、この車両駆動装置を示すスケルトン図である。図5は、この車両駆動装置を搭載した電気自動車の説明図である。図4および図5に示すように、左右の電動モータ2L,2Rは、駆動源制御装置67(図1)により個別に制御され、異なるトルクを発生させて出力し得る。
【0050】
電動モータ2L,2Rのトルクは、動力伝達装置3における入力歯車軸12L,12Rの入力歯車12aと、中間歯車軸13L,13Rの大径の入力側外歯車13aとの歯数比で増大されて、トルク差増幅装置30のリングギヤR,Rに伝達される。そして、トルク差増幅装置30により左右のトルク差が増幅され、出力側小径歯車13bへとトルクが伝達される。さらに出力側小径歯車13bと出力歯車14aとの歯数比でトルクがさらに増幅されて、駆動輪61L,61Rに出力される。
【0051】
トルク差増幅装置30における遊星歯車機構30L,30Rは、同軸に設けられたサンギヤS,SおよびリングギヤR,Rと、これらサンギヤS,SとリングギヤR,Rとの間に位置するプラネタリギヤP,Pと、プラネタリギヤP,Pを回動可能に支持しサンギヤS,SおよびリングギヤR,Rと同軸に設けられた遊星キャリアC,Cとを有する。ここで、サンギヤS,SとプラネタリギヤP,Pは外周にギヤ歯を有する外歯歯車であり、リングギヤR,Rは内周にギヤ歯を有する内歯歯車である。プラネタリギヤP,PはサンギヤS,SとリングギヤR,Rとに噛み合っている。
【0052】
遊星歯車機構30L,30Rでは、遊星キャリアC,Cを固定した場合にサンギヤS,SとリングギヤR,Rとが逆方向に回転する。このため、図6に示す速度線図に表すと、リングギヤR,RおよびサンギヤS,Sが遊星キャリアC,Cに対して反対側に配置される。
【0053】
図4および図5に示すように、このトルク差増幅装置30は、前述のように、サンギヤS、遊星キャリアC、プラネタリギヤPおよびリングギヤRを有する一方の遊星歯車機構30Lと、サンギヤS、遊星キャリアC、プラネタリギヤPおよびリングギヤRを有する他方の遊星歯車機構30Rとが互いに同軸に組み合わされて構成されている。
【0054】
遊星歯車機構30Lの構成部材である遊星キャリアCと、遊星歯車機構30Rの構成部材であるサンギヤSとが結合されて第1の結合部材31を形成している。また遊星歯車機構30Lの構成部材であるサンギヤSと、遊星歯車機構30Rの構成部材である遊星キャリアCとが結合されて第2の結合部材32を形成している。
【0055】
電動モータ2Lで発生したトルクTM1は、入力歯車軸12Lから中間歯車軸13Lに伝達される。この中間歯車軸13Lに伝達されたトルクは、トルク差増幅装置30により左右のトルク差が増幅され、遊星歯車機構30Lを介して順次、中間歯車軸13Lの出力側小径歯車13b、出力歯車14a、出力歯車軸14Lに伝達される。出力歯車軸14Lから駆動輪61Lに駆動トルクTL(図6)が出力される。
【0056】
電動モータ2Rで発生したトルクTM2は、入力歯車軸12Rから中間歯車軸13Rに伝達される。この中間歯車軸13Rに伝達されたトルクは、トルク差増幅装置30により左右のトルク差が増幅され、遊星歯車機構30Rを介して順次、中間歯車軸13Rの出力側小径歯車13b、出力歯車14a、出力歯車軸14Rに伝達される。出力歯車軸14Rから駆動輪61Rに駆動トルクTR(図6)が出力される。
【0057】
<駆動トルク等について>
ここで、トルク差増幅装置30によって伝達される駆動トルクについて、図6に示す速度線図を用いて説明する。トルク差増幅装置30は、二つの同一のシングルピニオン遊星歯車機構30L,30Rを組み合わせて構成されるため、同図6に示すように二本の速度線図によって表すことができる。ここでは、分りやすいように、二本の速度線図を上下にずらし、図6上側に一方の遊星歯車機構30Lの速度線図を示し、図6下側に他方の遊星歯車機構30Rの速度線図を示す。
【0058】
本来は、図5に示すように、各電動モータ2L,2Rから出力されたトルクTM1およびTM2は、各入力歯車軸12L,12Rの入力歯車12aと噛み合う入力側外歯車13aを介して、各リングギヤR,Rに入力されるため、減速比が掛かる。また、トルク差増幅装置30から出力された駆動トルクTL,TRは、出力歯車14aと噛み合う出力側小径歯車13bを介して、左右の駆動輪61L,61Rへ伝達されるため、減速比が掛かる。
この車両駆動装置にはこれらの減速比が掛かるが、以降、理解を容易にするため、図6に示すように、速度線図および各計算式の説明においては減速比を省略し、各リングギヤR,Rに入力されるトルクをTM1,TM2のままとし、駆動トルクはTL,TRのままとする。
【0059】
二つのシングルピニオン遊星歯車機構30L,30Rは、同一の歯数の歯車要素を使用しているため、速度線図においては、リングギヤRと遊星キャリアCとの距離およびリングギヤRと遊星キャリアCとの距離は等しく、この距離を「a」とする。また、サンギヤSと遊星キャリアCとの距離およびサンギヤSと遊星キャリアCとの距離も等しく、この距離を「b」とする。
【0060】
遊星キャリアC,CからリングギヤR,Rまでの長さと遊星キャリアC,CからサンギヤS,Sまでの長さの比は、リングギヤR,Rの歯数Zrの逆数(1/Zr)とサンギヤS,Sの歯数Zsの逆数(1/Zs)との比と等しい。よって、a=(1/Zr)、b=(1/Zs)である。
【0061】
の点を基準にしたモーメントMの釣り合いから下記式(9)が算出される。なお図6において、図中矢印方向Mがモーメントの正方向である。
a・TR+(a+b)・TL−(b+2a)・TM1=0 …(9)
の点を基準にしたモーメントMの釣り合いから下記式(10)が算出される。
−a・TL−(a+b)・TR+(b+2a)・TM2=0 …(10)
【0062】
(9)式+(10)式より、下記式(11)が得られる。
−b・(TR−TL)+(2a+b)・(TM2−TM1)=0
(TR−TL)=((2a+b)/b)・(TM2−TM1) …(11)
式(11)の(2a+b)/bがトルク差増幅率αとなる。a=1/Zr、b=1/Zsを代入すると、α=(Zr+2Zs)/Zrとなり、下記のトルク差増幅率αが得られる。
α=(Zr+2Zs)/Zr
【0063】
この例では、電動モータ2L,2R(図5)からの入力は、R,Rとなり、駆動輪61L,61R(図5)への出力はS+C,S+Cとなる。
図5および図6に示すように、第1の結合部材31と第2の結合部材32の回転速度の差が小さい場合、二つの電動モータ2L,2Rで異なるトルクTM1,TM2を発生させて入力トルク差ΔTIN(=(TM1−TM2))を与えると、トルク差増幅装置30において入力トルク差ΔTINが増幅され、入力トルク差ΔTINよりも大きな駆動トルク差α・ΔTINを得ることができる。
【0064】
すなわち、入力トルク差ΔTINが小さくても、トルク差増幅装置30において前記トルク差増幅率α(=(Zr+2Zs)/Zr)で入力トルク差ΔTINを増幅することができる。よって、左駆動輪61Lと右駆動輪61Rとに伝達される駆動トルクTL,TRに、入力トルク差ΔTINよりも大きな駆動トルク差ΔTOUT(=α・(TM2−TM1))を与えることができる。
【0065】
図1に示すように、左右の電動モータ2L,2Rの回転角速度も、左右の駆動輪61L,61Rの回転角速度および動力伝達装置3が備える歯車の歯数から決まる。なお、動力伝達装置3が備える歯車の歯数とは、図2に示すように、入力歯車軸12L,12R、中間歯車軸13L,13R、出力歯車軸14L,14R、およびトルク差増幅装置30が有する歯車の歯数である。以下では、「動力伝達装置3が備える歯車の歯数」を単に、「歯車の歯数」と称する。
【0066】
ここで、図1に示すように、電動モータ2L,2Rの回転速度をωM1,ωM2とし、左右の駆動輪61L,61Rの回転速度をωWL,ωWRとすると、以下の関係式が成り立つ。
ωM1=A1×ωWL−A2×ωWR …(12)
ωM2=−B1×ωWL+B2×ωWR …(13)
但し、A1,A2,B1,B2は、歯車の歯数から決まる定数であり、全て正の値である。左右の駆動輪61L,61Rの一方が回転すると、二つの電動モータ2L,2Rの両方が回転する。言い換えれば、一方の駆動輪61L(61R)を回転させるためには二つの電動モータ2L,2Rの両方を回転させることになる。
【0067】
図7は、この駆動源制御装置67の制御系のブロック図である。
図1および図7に示すように、駆動源制御装置67では、インバータ装置64から受け取るモータ回転速度に基づいて、電動モータ2L,2Rの過回転を検出し抑制する処理を行う。インバータ装置64は、電動モータ2L,2Rが出力するトルクがモータトルク指令値と等しくなるように、モータ回転速度に合わせてバッテリ63から供給される電流を制御し電動モータ2L,2Rを駆動する。各モータ回転速度は、例えば、電動モータ2L,2Rに取り付けられたレゾルバ等の回転検出手段で検出する。
【0068】
駆動源制御装置67は、上位ECU66の指令手段66aから左右の駆動輪61L,61Rの制駆動トルク指令値と、インバータ装置64から電動モータ2L,2Rのモータ回転速度を受け取る。駆動源制御装置67は、過回転判定手段68、補正手段69、およびトルク変換手段70を備える。過回転判定手段68は、電動モータ2Lまたは電動モータ2Rが過回転であるか否かを判定する。具体的には、過回転判定手段68は、インバータ装置64から受け取ったモータ回転速度と予め設定した閾値とを比較し、モータ回転速度が閾値を超えた場合、電動モータ2Lまたは電動モータ2Rが過回転であると判定し、判定結果を出力する。
【0069】
補正手段69は、補正後トルク設定手段71と、トルク指令値切替手段72とを有する。補正後トルク設定手段71には、上位ECU66の指令手段66aから左右の制駆動トルク指令値、インバータ装置64からモータ回転速度、および過回転判定手段68の判定結果が入力される。補正後トルク設定手段71では、左右の駆動輪61L,61Rにおける、回転速度の大きい側の駆動輪61L(61R)のトルクを補正前よりも小さくもしくは制動側にし、且つ回転速度の小さい側の駆動輪61R(61L)のトルクが補正前に対して等しいか小さくなるように左右の補正後制駆動トルク指令値を設定する。
【0070】
左右の駆動輪61L,61Rの回転速度は、例えば、モータ回転速度から計算しても良いし、駆動輪61L,61Rにそれぞれ取り付けた図示外の回転センサで検出しても良い。左右の制駆動トルク指令値を前記条件で左右の補正後制駆動トルク指令値に設定することで、実質的に二つの電動モータ2L,2Rの制駆動トルクを補正する。
【0071】
トルク指令値切替手段72では、過回転判定手段68の判定結果に従い、通常時は上位ECU66から受け取った制駆動トルク指令値をトルク変換手段70に出力し、電動モータ2Lまたは電動モータ2Rに過回転が生じた場合には補正後制駆動トルク指令値を出力する。トルク変換手段70は、受け取った制駆動トルク指令値または補正後制駆動トルク指令値を、モータトルク指令値に変換しインバータ装置64に出力する。
【0072】
図8に、補正したトルク指令値の一例を示す。以後、図1図7も適宜参照しつつ説明する。この例のトルク差増幅率α=2、減速比β=10である。補正前は、モータトルク指令値は10N・mであり、左右の駆動輪61L,61Rの制駆動トルク指令値はいずれも100N・mである。ここで左側の駆動輪61Lに過回転が生じたとする。この場合、電動モータ2Lが過回転となり、過回転判定手段68は、電動モータ2Lが過回転であると判定しその判定結果を出力する。
【0073】
補正後トルク設定手段71は、左の駆動輪61Lの制駆動トルク指令値を零にするとともに、右の駆動輪61Rの制駆動トルク指令値を100N・mに維持するように設定する。このように設定することで、左の駆動輪61Lは、路面および駆動部の機械的な抵抗を受けて減速し、その結果、電動モータ2Lの過回転が抑制される。このときの電動モータ2Lおよび電動モータ2Rのモータトルク指令値はそれぞれ2.5N・m、7.5N・mとなり、電動モータ2L,2Rのモータトルク指令値が補正される。
【0074】
図9に、補正したトルク指令値の他の例を示す。この例のトルク差増幅率α=2、減速比β=10である。補正前は、モータトルク指令値は10N・mであり、左右の駆動輪61L,61Rの制駆動トルク指令値はいずれも100N・mである。ここで左側の駆動輪61Lに過回転が生じたとする。この場合、過回転判定手段68は、電動モータ2Lが過回転であると判定しその判定結果を出力する。
【0075】
補正後トルク設定手段71は、左の駆動輪61Lの制駆動トルク指令値をマイナス(制動方向)100N・mにするとともに、右の駆動輪61Rの制駆動トルク指令値を100N・mに維持するように設定する。このように設定することで、左の駆動輪61Lには、路面および駆動部の機械的な抵抗に加えて、電動モータ2Lからの制動トルクが生じる。このため、図8の例よりも効果的に、電動モータ2Lの過回転を抑制することができる。さらに駆動源制御装置67は、駆動輪61Lに設けた摩擦ブレーキ(図示せず)を制御することで、電動モータ2Lのモータ回転速度を低下させても良い。図9の例では、補正後の電動モータ2L,2Rのモータトルク指令値は、それぞれ−5N・m、5N・mとなり、電動モータ2L,2Rのモータトルク指令値が補正される。
【0076】
回転速度の大きい側の駆動輪のトルクは、例えば、基準となる車輪回転速度以下になるようにフィードバック制御を行うことで決定しても良い。車輪の回転速度をω、基準となる車輪回転速度をωtarget、ωとωtargetとの差をΔω、上位ECU66(図7)からの制駆動トルク指令値をT、補正後制駆動トルク指令値をT´とすれば、式(14),(15)で制駆動トルク指令値を補正することができる。
【0077】
Δω=ω−ωtarget …(14)
T´=T−{K・Δω+K・∫(Δω)dt+K・d/dt(Δω)}…(15)
ここで、K、K、Kは制御ゲインである。基準となる車輪回転速度をωtargetは、車両の従動輪または回転速度が小さい側の駆動輪の車輪回転速度に基づいて定めても良いし、過回転となった駆動輪の過回転を検出した時の回転速度に基づいて定めても良い。
【0078】
以上説明した駆動源制御装置67によれば、補正後トルク設定手段71は、左右の駆動輪61L,61Rにおける、回転速度の大きい側の駆動輪61L(61R)のトルクを補正前よりも小さくもしくは制動側にし、且つ回転速度の小さい側の駆動輪61R(61L)のトルクが補正前に対して等しいか小さくなるように左右の補正後制駆動トルク指令値を設定する。トルク指令値切替手段72は、過回転判定手段68の判定結果に従い、通常時は上位ECU66から受け取った制駆動トルク指令値をトルク変換手段70に出力し、電動モータ2Lまたは電動モータ2Rに過回転が生じた場合には補正後制駆動トルク指令値を出力する。トルク変換手段70は、受け取った制駆動トルク指令値または補正後制駆動トルク指令値を、モータトルク指令値に変換しインバータ装置64に出力する。
【0079】
このように二つの電動モータ2L,2Rのそれぞれの出力の指令値を補正することで、回転速度の大きい側の駆動輪61L(61R)は、路面および駆動部の機械的な抵抗を受けて減速し、その結果、電動モータ2L(2R)の過回転が抑制される。これとともに、駆動輪61L(61R)のトルク増加による不要なヨーモーメントの発生を抑えて車両姿勢を安定化させることができる。
【0080】
補正手段69が、左右の駆動輪61L,61Rにおける、回転速度の大きい側の駆動輪61L(61R)のトルクの向きを制動側にし、且つ左右の駆動輪61L,61Rにおける、回転速度の小さい側の駆動輪61R(61L)のトルクが補正前に対して等しいか小さくなるように、二つの電動モータ2L,2Rのそれぞれの出力の指令値を補正した場合、回転速度の大きい側の駆動輪61L(61R)には、路面および駆動部の機械的な抵抗に加えて、電動モータ2L(2R)からの制動トルクが生じるため、より効果的に電動モータ2L(2R)の過回転を抑制することができる。
【0081】
他の実施形態について説明する。
以下の説明において、構成の一部のみを説明している場合、構成の他の部分は、特に記載のない限り先行して説明している形態と同様とする。同一の構成から同一の作用効果を奏する。実施の各形態で具体的に説明している部分の組合せばかりではなく、特に組合せに支障が生じなければ、実施の形態同士を部分的に組合せることも可能である。
【0082】
図8および図9では、補正後の右の駆動輪61Rの制駆動トルク指令値を、補正前の制駆動トルク指令値に維持しているが、この例に限定されるものではない。例えば、補正後トルク設定手段71は、左の駆動輪61Lの制駆動トルク指令値の低下量に応じて、右の駆動輪61Rの制駆動トルク指令値を低下させても良い。
【0083】
また、例えば、車両のヨーレートを測定し、駆動源制御装置67は、定められた車両モデルから計算される規範ヨーレート(左の駆動輪のトルク低下がないとして計算)との差が大きければ車両の姿勢変化が大きいと判断し、車両の姿勢変化を抑制するために、ヨーレートの測定値と計算値である規範ヨーレートの偏差の大きさに応じて、右の駆動輪61Rのトルクを低下させるようにしても良い。
【0084】
また、他の例として、駆動源制御装置67は、測定した車両の車速と横加速度とヨーレートに基づいて、横滑り角もしくは横すべり角速度を算出してもよい。このような場合、駆動源制御装置67は、定められた車両モデルから計算される規範横滑り角もしくは規範横すべり角速度(左の駆動輪のトルク低下がないとして計算)との差が大きければ車両の姿勢変化が大きいと判断する。そして、駆動源制御装置67は、車両の姿勢変化を抑制するために、測定値から算出した横滑り角の値と計算値である規範横滑り角の偏差の大きさ、もしくは測定値から算出した横滑り角速度の値と計算値である規範横滑り角速度の偏差の大きさに応じて、右の駆動輪61Rのトルクを低下させるようにしても良い。
【0085】
また、上述した実施形態においては、駆動源制御装置67の過回転判定手段68はインバータ装置64から入力されるモータ回転速度に基づいて電動モータ2L,2Rが過回転か否かを判断する例を示したが、本発明に係る駆動源制御装置67はこれに限られるものではない。すなわち、駆動源制御装置67は、左右の駆動輪61L,61Rの回転速度を検出する、ABSセンサやパルサーリングからの出力値を受け取り、過回転判定手段68は、当該出力値に基づいて、電動モータ2L,2Rが過回転か否かを判断してもよい。具体的には、電動モータ2L,2Rの回転数と、左右の駆動輪61L,61Rには、上述した式(12),(13)の関係が成り立つため、回転判定手段69は、当該式を用いて電動モータ2L,2Rの回転数を算出し、予め設定した閾値とを比較することで、電動モータ2L,2Rが過回転か否かを判断してもよい。
さらに、過回転判定手段68は、上述した式(12),(13)を用いず、左右の駆動輪61L,61Rの回転速度が所定の条件を満たした場合に、電動モータ2L,2Rが過回転か否かを判断する構成であってもよい。前記所定の条件は、例えば、試験およびシミュレーションのいずれか一方または両方により定められる。
【0086】
上記のように電動モータ2Lおよび電動モータ2Rのトルクを補正することで、過回転が生じた電動モータ2Lの回転速度を低下させることができ、さらに右の駆動輪のトルクの増加を防ぐことで、モータトルク補正後の不要なヨーモーメントの発生を抑えて車両姿勢を安定化させることができる。
【0087】
図2および図3に示す実施形態では、左側の遊星歯車機構30Lの遊星キャリアCと、右側の遊星歯車機構30RのサンギヤSとが結合されて第1の結合部材31を形成し、左側の遊星歯車機構30LのサンギヤSと、右側の遊星歯車機構30Rの遊星キャリアCとが結合されて第2の結合部材32を形成しているが、この例に限定されるものではない。
【0088】
例えば、左側の遊星歯車機構30LのサンギヤSと、右側の遊星歯車機構30RのリングギヤRとが結合されて第1の結合部材31を形成し、左側の遊星歯車機構30LのリングギヤRと、右側の遊星歯車機構30RのサンギヤSとが結合されて第2の結合部材32を形成している構成としても良い。
その他、左側の遊星歯車機構30Lの遊星キャリアCと、右側の遊星歯車機構30RのリングギヤRとが結合されて第2の結合部材32を形成している構成としても良い。
車両駆動装置1の駆動源は、電動モータに限らず、ガソリンエンジン等の内燃機関を用いても良い。
【0089】
第1,第2の結合部材31,32の間の軸受45,46として、針状ころ軸受が適用されているが、例えば、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受等の転がり軸受を適用することも可能である。
【0090】
以上、実施形態に基づいてこの発明を実施するための形態を説明したが、今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。この発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0091】
2L,2R…第1,第2電動モータ(駆動源)
3…動力伝達装置
30L,30R…遊星歯車機構
61L,61R…駆動輪
66a…指令手段
67…駆動源制御装置
68…過回転判定手段
69…補正手段
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