【実施例1】
【0049】
図1に本発明の色素含有のシリコーン樹脂3(本願請求項における「色素分散部」の一例)を備える構造物1(本願請求項における「フィルタ部材」の一例)の断面図を示す。
図1に示すように、本発明の構造物1は、例えばPDMSのようなシリコーン樹脂に色素(本願請求項における「色素」の一例)を添加して当該色素を含有させた構造の成形体表面の少なくとも一部の領域に色素拡散抑制部材5(本願請求項における「色素拡散抑制部」及び「色素拡散抑制部材」の一例)が設けられる。
図1は、上記成形体表面が全て色素拡散抑制部材5に覆われている例を示している。
色素拡散抑制部材5としては、高密度であって、所望の光に対して透過性が高く、また、内部において色素の移動が無視できるほど小さいか、全く移動しない材質からなる。
具体的には、ポリメタクリル酸メチル樹脂(Poly methyl methacrylate:PMMA)等のアクリル樹脂、ポリエチレンテレフタラート(Polyethylene terephthalate:PET)、ポリカーボネート(polycarbonate)や無機ガラス等が用いられる。特に色素の移動を完全に防止するのであれば、色素拡散抑制部材5として無機ガラスを使用することが好ましい。
なお、色素拡散抑制部材5の材質を金属とすることも可能である。しかしながら、構造物1をフィルタ部材として使用する場合、色素を含有する形成体表面と接触する色素拡散抑制部材5の表面に入射した光は、この表面により反射・散乱されることになる。そのため、所望しない方向に光が進行する可能性もあるので、色素拡散抑制部材5の材質を金属とするのは、構造物1をフィルタ部材として使用する場合は好ましくない。
【0050】
構造物1をPDMS等のシリコーン樹脂からなる成形体に埋設させる場合、少なくとも構造物1が上記埋設させるシリコーン樹脂と接触する領域に色素拡散抑制部材5を設けることにより、構造物1内部に含有されている色素は、当該内部は移動するものの色素拡散抑制部材5にはほとんど進入できない。構造物1と構造物1が埋設されるシリコーン樹脂からなる成形体との間の界面は、色素拡散抑制部材5とシリコーン樹脂との界面となるので、上記界面から構造物1内部に含有される色素が構造物1外部のシリコーン樹脂からなる成形体に対して染み出すことはない。
よって、構造物1を光学フィルタとして使用する場合、当該光学フィルタ内に分散している色素が徐々に外部へと移動することもなく、光学フィルタとしての所定の機能は維持される。
【0051】
構造物1において、所定の光を吸収する色素を含有させて光学フィルタとする場合、この光学フィルタは、色ガラスフィルタと同等の光学性能を有する有機光機能材になる。上記したように、シリコーン樹脂3の成形は比較的容易であり、形状の自由度も高いので、光学系の光路形状に対応した形状の有機光機能材を容易に得ることができる。
【0052】
構造物1の製造方法(1)
以下、構造物1の製造方法の例を説明する。例として、構造物1で光学フィルタを形成する場合を示す。
図2(a)に示すように、まず色素拡散抑制部材5を作製する。色素拡散抑制部材5は、例えば、無機ガラスからなり、外形は例えば、設置される光路形状に対応した形状に成形される。この色素拡散抑制部材5は内部に空洞7が設けられ、更に空洞7と空間的に連続する開口9が設けられる。後で示すように、空洞7内に色素を含有するPDMS等のシリコーン樹脂が配置される。
【0053】
次に、
図2(b)に示すように、色素拡散抑制部材5の開口9から液状のシリコーン樹脂11(本願請求項における「液状の樹脂」の一例)を流し込み、さらに、使用するシリコーン樹脂11の特性に応じた重合開始剤、硬化剤、架橋剤等の添加剤を適宜添加し、空洞7を添加剤が添加された液状のシリコーン樹脂11で満たす。
【0054】
そして、
図3(c)に示すように、色素拡散抑制部材5の空洞7に投入した液状のシリコーン樹脂11を硬化させる。シリコーン樹脂11の硬化は、使用するシリコーン樹脂11に応じて、室温で一定時間放置したり、一定時間加熱したりすることによりなされる。使用するシリコーン樹脂11が光硬化性樹脂の場合は、硬化用の光を照射することにより硬化が行われる。
図3(c)は、液状のシリコーン樹脂11を加熱して硬化させる例を示している。
【0055】
その後、
図3(d)に示すように、空洞7内部でシリコーン樹脂11が硬化して、色素拡散抑制部材5とシリコーン樹脂13とが一体化した構造物15を色素溶液17(本願請求項における「色素溶液」の一例)に浸漬する。色素溶液17は、例えば染料をアルコール等の有機溶剤に溶かすことにより得られる。
そして、
図4(e)に示すように、恒温槽19(加熱槽)等を用いて色素溶液17に浸漬した構造物15を一定時間加熱し、開口9から色素をシリコーン樹脂13の内部に拡散させる。
次いで、
図4(f)に示すように、恒温槽19等から色素溶液17と共に色素含有シリコーン樹脂21を備える構造物23を取出し、構造物23を色素溶液17から取出したあと、構造物23を室温で所定時間放置する。
以上の工程を経て、本発明の構造物23が完成する。
【0056】
なお、
図4(f)に示す状態では、色素拡散抑制部材5の開口9においては、色素含有シリコーン樹脂21が露出している。この露出部分も色素拡散抑制部材5により覆う必要がある場合は、
図4(g)に示すように、色素拡散抑制部材5と同一、または同等の材料からなる蓋部材25を開口9に接合する。接合は、例えば、溶着により行われる。
【0057】
構造物1の製造方法(2)
上記した構造物1の製造方法においては、色素拡散抑制部材5内部に液状のシリコーン樹脂11を導入してシリコーン樹脂11を固化し、その後固化したシリコーン樹脂13に色素を拡散させる。しかしながら、本発明の構造物1の製造方法はこれに限定されるものではなく、例えば、色素拡散抑制部材5内部に、予め色素を分散させた液状のシリコーン樹脂を導入してこのシリコーン樹脂を固化するようにしてもよい。
以下、この製造方法について説明する。
【0058】
図5(a)に示すように、まず色素拡散抑制部材31を作製する。色素拡散抑制部材31は、例えば、無機ガラスからなり、外形は例えば、設置される光路形状に対応した形状に成形される。この色素拡散抑制部材31は内部に空洞が設けられ、更に当該空洞と空間的に連続する開口が設けられる。後で示すように、上記空洞内に色素を含有するPDMS等のシリコーン樹脂が配置される。
【0059】
次に
図5(b)に示すように、色素溶液33を準備する。
色素溶液33は、揮発性の溶媒(例えば、アルコール、トルエンなど)やシリコーンオイル等の溶媒35に染料(色素)37を溶かしたりすることにより得られる。
【0060】
次いで、
図5(c)に示すように、液状のシリコーン樹脂39と
図5(b)で用意した色素溶液33とを混合して、色素溶液33と液状シリコーン樹脂39との混合液41を作製する。
なお、使用する液状のシリコーン樹脂39の特性に応じて、重合開始剤、硬化剤、架橋剤等の添加剤が適宜添加される。
【0061】
ここで、色素溶液33を作製する際、揮発性の溶媒を用いた場合、混合液41を作成後、混合液41中の揮発性溶媒を蒸発させて除去する。除去を促進するために混合液41を加熱してもよいが、色素が劣化する恐れがあるため、室温でかつ減圧下にて蒸発させることが好ましい。なお、除去のための時間は、適宜設定される。
【0062】
次に、
図6(d)に示すように、色素拡散抑制部材31の開口から混合液41を流し込み、色素拡散抑制部材31の空洞を混合液41で満たす。
そして、
図6(e)に示すように、色素拡散抑制部材31の空洞に投入した混合液41を硬化させる。シリコーン樹脂39の硬化は、使用するシリコーン樹脂39に応じて、室温で一定時間放置したり、一定時間加熱したりすることによりなされる。使用するシリコーン樹脂39が光硬化性樹脂の場合は、硬化用の光を照射することにより硬化が行われる。
図6(e)は、混合液中のシリコーン樹脂39を加熱して硬化させる例を示している。
以上の工程を経て、本発明の構造物が完成する。
【0063】
なお、
図6(e)に示す状態では、色素拡散抑制部材31の開口においては、色素含有シリコーン樹脂47が露出している。この露出部分も色素拡散抑制部材31により覆う必要がある場合は、
図6(f)に示すように、色素拡散抑制部材31と同一、または同等の材料からなる蓋部材43を色素拡散抑制部材31の開口部に接合する。接合は、例えば、溶着により行われる。
【0064】
上記した製造方法おいて、製造方法(1)は、色素拡散抑制部材5の空洞7内に導入したシリコーン樹脂11を固化後、シリコーン樹脂13に色素を拡散させるのに対し、製造方法(2)は、予め液状のシリコーン樹脂39と色素溶液33とを混合して混合液41を作製したあと、色素拡散抑制部材31の空洞内に混合液41を導入して固化するものであり、いずれの方法を採用しても構造物1を製造することが可能である。
【0065】
しかしながら、発明者らの実験の結果、使用する色素によっては、製造方法(1)の方が好ましいことが分かった。
まず、液状のシリコーン樹脂として主剤(SIM−360:信越化学工業社製)と硬化剤(CAT−360:信越化学工業社製)とを混合してなる液状のPDMSと、トルエンにスダンI(Sudan I:1-phenylazo-2-naphthalenol)を溶かして得た色素溶液を用いて、上記製造方法(1)および製造方法(2)により、それぞれ構造物1を製造した。
【0066】
製造方法(2)を採用したところ、
図6(e)に示す混合液41の硬化工程を経て混合液41を固化させると、混合液41中の色素のほとんど全てが脱色してしまい、構造物1を光学フィルタとして使用することが困難となった。色素が脱色した理由は必ずしも明らかではないが、混合液41が固化する際の架橋反応時に硬化剤(CAT−360)と色素とが反応して、色素が脱色したものと考えられる。
一方、製造方法(1)を採用したところ、固化済みのPDMSに拡散した色素は脱色等の不具合を起こすことなく、上記PDMS中に分散した。
以上の結果により、使用するシリコーン樹脂、色素によっては、製造方法(1)を用いて構造物1を製造することが好ましいことが分かった。
【0067】
波長600nm以下(詳細には波長570〜580nm以下)の光を吸収する光学フィルタを意図して、表1に示す色素を用いて構造物1を作製した。各色素とトルエンを溶媒として濃度0.1mg/mlの色素溶液と、主剤(SIM−360)と硬化剤(CAT−360)とを混合してなる液状のPDMSを用いて、製造方法(1)を採用して、光学フィルタを形成した。なお、色素拡散防止部材5としては、PMMAを用いた。
【0068】
【表1】
【0069】
各光学フィルタ毎の吸収断面積を計算した。
図7に計算結果に基づく吸収断面積の分光特性を示す。波長600nm近傍の透過率を考えると、図中の項番(1)、(2)、(5)の色素を用いた光学フィルタが有望であることが分かった。
【0070】
図8に各色素を用いて作製した光学フィルタの蛍光特性を示す。項番(3)の色素を用いた光学フィルタを除き、いずれの光学フィルタを用いても蛍光はほぼ観測されなかった。なお、
図7及び
図8中のマーカーは、それぞれ同じ色素を用いた場合のデータを示す。
【0071】
以上の結果により、色素とシリコーン樹脂とを適切に選択することにより、構造物1を光学フィルタとして使用することが可能であることが分かった。
【0072】
本発明の光学フィルタの使用例
以下、構造物1を光学フィルタ51(本願請求項における「光学フィルタ部」、「光学フィルタ」の一例)として構成し、この光学フィルタ51を
図9に示した光誘起蛍光測定装置53(LIF測定装置)に使用した例を示す。
【0073】
図9に示す光誘起蛍光測定装置53は、
図10に示すものと同様、レーザ光源等の固体光源55、被測定試料を保持する試料ケース57、レンズや光学フィルタ等からなる蛍光収集光学系、光電子増倍管などの蛍光測定器59(本願請求項における「測定部」の一例)を含む。
具体的には、少なくともレーザ光源(固体光源55)の光出射面61、光電子増倍管(蛍光測定器59)の受光面62は、固体光源55からの励起光、試料から放出される蛍光を含む光に対して透明なPDMS等の樹脂に埋設されるか、もしくは接触する。さらに、上記光出射面61から受光面62までの光路に形成される蛍光収集光学系も上記透明なPDMS等の樹脂に埋設されたり、また透明な樹脂自体が蛍光収集光学系を構成する。すなわち、上記透明な樹脂によりレーザ光源の光出射面61、試料ケース57、蛍光収集光学系(本願請求項における「光路」の一例)、光電子増倍管の受光面62が一体化して保持され、かつ、位置決めされる。
【0074】
そして、各構成要素を一体化して保持する透明な樹脂構造は、励起光、試料ケースに励起光が照射される際に発生する自家蛍光、及び励起光が樹脂内を進行する際、樹脂から発生するラマン光を吸収する波長特性を有する顔料がほぼ一様に含有している樹脂により包囲される。すなわち、この顔料が含有されている樹脂は、試料ケース57、蛍光測定器59、及び、蛍光収集光学系等を保持する筐体63(本願請求項における「筐体」の一例)を構成する。
この顔料が含有されている樹脂には、必要に応じて、固体光源55や蛍光測定器59を少なくとも一部が埋設されるとともに、図示を省略した固体光源55および蛍光測定器59に電力を供給する電力源が埋設される。
【0075】
レーザ光源
固体光源55として採用されるレーザ光源としては、例えば、半導体励起固体レーザ(Diode−pumped solid−state(DPSS)lasers)装置が使用され、より具体的には、半導体励起のNd:YVO
4レーザ(波長1064nm)の第2高調波である波長532nmのレーザビームを放出するグリーンレーザ装置が用いられる。
【0076】
試料(測定対象)
本実施例においては、測定用試料として、抗体軽鎖可変領域ポリペプチドと抗体重鎖可変領域ポリペプチドとを備え、前記抗体軽鎖可変領域ポリペプチドと抗体重鎖可変領域ポリペプチドのいずれか一方が蛍光色素により標識されたキット(以下、このキットのことを便宜上、「蛍光物質で標識された抗体」と呼ぶことにする)を使用した。
この「蛍光物質で標識された抗体」は、抗体の末端近傍を色素で蛍光標識した組替抗体断片であり、単体では抗体内のアミノ酸により色素の蛍光は消光された状態にある。これに試料となる抗原を結合させると、消光が解除され色素の蛍光強度が顕著に増大する。
すなわち、抗原と反応する前の蛍光物質で標識された抗体にレーザビームを照射しても色素の蛍光は発生しないが、当該蛍光物質で標識された抗体と抗原とを反応させたあとにレーザビームを抗原と結合した「蛍光物質で標識された抗体」に照射すると、色素からの蛍光の量が増大する。
【0077】
上記した試料を用いる場合、容器中の「蛍光物質で標識された抗体」に抗原を注入して混合し、この混合液体に励起光であるレーザビームを照射し発生する蛍光を測定するだけで、簡便に抗原と抗体の結合状態を測定することが可能となる。すなわち、マイクロチップを用いて抗体抗原反応の度合いを測定する場合のマイクロチップにおける抗体または抗原の固相化工程や標識化合物の非特異吸着を除去する洗浄工程が不要となる。
【0078】
なお、波長532nmのレーザビームを、測定対象である、抗原との結合により消光が解除されている「蛍光物質で標識された抗体」に照射すると、波長570nm〜580nm(本願請求項における「特定の波長」の一例)の蛍光(本願請求項における「測定対象光」の一例)が放出された。
【0079】
試料ケース
試料ケース57としては、例えば、ポリスチレン製PCRチューブが使用される。このPCRチューブは先端がテーパ状になっており、液体状の試料を投入しても、上記PCRチューブの先端側で気泡が出来にくい。この先端側が上記DPSSレーザ装置から放出されるレーザビームが照射される位置となるように、PCRチューブは位置決めされる。
【0080】
光学系
DPSSレーザ装置の光出射面61と光電子増倍管の受光面62との間の光路は、光出射面61と試料ケース57を含む第1のシリコーン樹脂65、第1の空気室67(本願請求項における「第1レンズ」の一例)、第2のシリコーン樹脂69、ノッチフィルタ71(本願請求項における「第2フィルタ部」の一例)、第3のシリコーン樹脂73、第2の空気室75(本願請求項における「第2レンズ」の一例)、本発明の光学フィルタ51(構造物1)が設けられ、試料から放出される蛍光が出射する試料ケース57と光電子増倍管の受光面62との間に配置される上記各構成要素(第1のシリコーン樹脂65、第1の空気室67、第2のシリコーン樹脂69、ノッチフィルタ71、第3のシリコーン樹脂73、第2の空気室75、本発明の光学フィルタ)により蛍光収集光学系が構成される。
【0081】
第1乃至第3のシリコーン樹脂65、69及び73は、DPSSレーザ装置から放出されるレーザビームの波長、および試料から放出される蛍光波長等に透明であり、例えば、PDMS(信越化学社製SIM−360)からなる。
これらの光学系は、後で示すように、励起光、試料ケースに励起光が照射される際に発生する自家蛍光、及び励起光が樹脂内を進行する際、樹脂から発生するラマン光を吸収する波長特性を有する顔料がほぼ一様に含有している顔料含有樹脂により包囲される。
【0082】
第1のシリコーン樹脂
第1のシリコーン樹脂65は、試料ケース57、および、少なくともDPSSレーザの受光面とを含む。第1のシリコーン樹脂65の試料ケース57と対向する位置には、第1の空気室67が設けられる。
【0083】
第1のシリコーン樹脂65と第2のシリコーン樹脂69との間には第1の空気室67が設けられ、第1のシリコーン樹脂65と第2の空気室69との境界面は凸レンズ形状に形成されている。よって、第1のシリコーン樹脂65の光出射側端部は凸レンズとして機能し、曲率を適宜設定することにより、試料から放出される拡散光を平行光に整形する。
【0084】
第2のシリコーン樹脂
第2のシリコーン樹脂においては、成形された平行光が
図9における左方向に進む。
【0085】
ノッチフィルタ
第2のシリコーン樹脂69の光出射面と第3のシリコーン樹脂73の光入射面との間には、当該光出射面、光入射面と密着するようにノッチフィルタ71が配置される。すなわち、ノッチフィルタ71は、第2のシリコーン樹脂69、第3のシリコーン樹脂73を構成する透明なPDMS樹脂に埋設された状態で保持される。
【0086】
第1のシリコーン樹脂65に配置された試料ケース57中の試料にDPSSレーザ装置からのレーザビーム(励起光)が照射されると、試料から放出される蛍光の他に、波長が532nmである励起光による迷光、試料ケース57からの自家蛍光の迷光、および励起光による迷光がPDMS樹脂中を進行する際に発生するラマン光も第1のシリコーン樹脂65から放出される。これらの迷光、ラマン光の波長は、測定対象である試料から放出される蛍光の波長570〜580nmと相違し、測定の結果、いずれも波長570nmより短い波長を有することが分かった。
【0087】
ノッチフィルタ71は入射角特性を有するフィルタであり、測定対象光である波長570〜580nmの蛍光が入射角0°で入射するとほぼ100%透過し、波長532nm(励起光の波長)の光が入射角0°で入射するとほぼ100%近く反射するようなものが選定される。第2のシリコーン樹脂69から放出される光は平行光であり、ノッチフィルタ71は上記平行光の入射角が0°となるように配置される。よって、第2のシリコーン樹脂69から放出される平行光に含まれる励起光の迷光は、このノッチフィルタ71により除去される。
なお、試料ケース57からの自家蛍光の迷光、および励起光による迷光がPDMS樹脂中を進行する際に発生するラマン光はノッチフィルタ71を通過するが、上記自家蛍光の強度やラマン光の強度は、励起光による迷光の強度と比較すると著しく小さく、後で述べる本発明の光学フィルタ51によりほぼ除去される。
【0088】
第3のシリコーン樹脂
第3のシリコーン樹脂73においては、ノッチフィルタ71を通過した平行光が
図9における左方向に進む。
【0089】
本発明の光学フィルタ(構造物1)
第3のシリコーン樹脂73から放出される測定対象光である波長570〜580nmの蛍光と、上記自家蛍光の迷光、ラマン光のうち測定対象である蛍光以外の光を除去するために、色素拡散抑制部材77と色素含有シリコーン樹脂79とからなる光学フィルタ51を作製した。
この光学フィルタ51は、上記した構造物1の第1の製造方法に準拠して作製した。色素拡散抑制部材77としてはPMMAを使用し、3Dプリンターを用いて
図2(a)に示すような一方に開口を有する容器として作製した。そして、この容器に、主剤(SIM−360)と硬化剤(CAT−360)とを混合してなる液状のPDMSを充填し固化させ、その後、18.0mMの濃度でSudan Iをエタノールに溶解させた色素溶液に、PDMSを充填した容器を24時間浸漬し、上記PDMS樹脂にSudan I色素を拡散させた。すなわち、上記した光学フィルタ51は、
図7、
図8に示す項番(2)の色素を用いた光学フィルタと同等の特性を示す。
【0090】
色素拡散後、
図9に示すように、第2の空気室、光電子増倍管の受光面62と接する領域にある色素拡散抑制部材を除去した。すなわち、光学フィルタ51は、後で述べる顔料含有樹脂と接触する部分のみ、色素拡散抑制部材77が設けられた構造となる。
【0091】
この光学フィルタ51と第3のシリコーン樹脂73との間には先に述べた第2の空気室75が設けられ、色素含有シリコーン樹脂79が露出した光学フィルタ51の光入射面と第2の空気室75との境界面は凸レンズ形状に形成されている。この凸レンズ形状の曲率は、光学フィルタ51に入射した第3のシリコーン樹脂73からの平行光が最終的に光電子増倍管の受光面62に集光するように設定される。
【0092】
図7、
図8に示す項番(2)の色素の特性から明らかなように、光学フィルタ51は波長570nmより短い波長の光を吸収する特性を有する。一方、ノッチフィルタ71を透過する試料ケース57からの自家蛍光の迷光、および励起光による迷光の波長は、上記したように波長570nmより短く、また、強度も小さいので、本実施例の光学フィルタ51によりほぼ完全に除去される。
【0093】
顔料含有シリコーン樹脂
上記したように、励起光であるレーザビームや試料ケース中の試料から放出される蛍光が進行する光路空間は、透明なPDMS等の樹脂(第1〜第3のシリコーン樹脂65、69及び73)、第1及び第2の空気室67及び75、本実施例の光学フィルタ51より構成される。そして、この光路空間は、励起光、試料ケースに励起光が照射される際に発生する自家蛍光、及び励起光が樹脂内を進行する際、樹脂から発生するラマン光を吸収する波長特性を有する顔料がほぼ一様に含有している樹脂(筐体63)により包囲される。
【0094】
顔料を含有するシリコーン樹脂は、光路を形成する第1〜第3のシリコーン樹脂65、69及び73、本実施例の光学フィルタ51を構成する色素含有シリコーン樹脂79と同じシリコーン樹脂であり、例えば、PDMS樹脂である。また、このPDMSへ含有させる顔料としては、上記励起光による迷光、自家蛍光による迷光、ラマン光を吸収する、炭素からなる黒色顔料が使用されている。
【0095】
上記したように、この顔料含有シリコーン樹脂は、光路を形成する路を形成する第1〜第3のシリコーン樹脂65、69及び73、本実施例の光学フィルタ51を構成する色素含有シリコーン樹脂と同じシリコーン樹脂であるので、これらの屈折率は全て同じである。すなわち、顔料含有シリコーン樹脂と第1〜第3のシリコーン樹脂との間には屈折率境界がない。よって、上記第1〜第3のシリコーン樹脂65、69及び73が占める領域を通過した迷光が、上記顔料含有シリコーン樹脂が占める領域に入射する場合、両シリコーン樹脂が接触する界面において光の反射や散乱は抑制される。
すなわち、光路を進行する各迷光は、顔料含有シリコーン樹脂に反射や散乱されることなく入射し、上記顔料により吸収される。
【0096】
一方、顔料含有シリコーン樹脂と本実施例の光学フィルタ51とが接する領域には、PMMAからなる色素拡散抑制部材77が存在し、これらの界面には屈折率境界が存在する。しかしながら、屈折率境界において反射・散乱される上記迷光は、本実施例の色素含有シリコーン樹脂79により吸収されるので、実質、光電子増倍管の受光面には到達しない。
【0097】
図9に示す光誘起蛍光測定装置53は、
図10に示すものと同様の特徴を有する。すなわち、各構造物が樹脂内に埋設されているので、光学素子等の位置変動が起こりにくく外部からの衝撃に対して安定であり、また光学素子を保持するホルダも不要なので、光誘起蛍光測定装置53は小型かつ携帯可能なものとなる。
【0098】
また、光路空間を包囲するシリコーン樹脂は、励起光、試料ケースに励起光が照射される際に発生する自家蛍光、及び励起光が樹脂内を進行する際、樹脂から発生するラマン光を吸収する波長特性を有する顔料をほぼ一様に含有しているので、装置外部に励起光や測定光である蛍光は放出されず、外部からの光が蛍光収集光学系等の内部に入ることもない。従って、高精度な測定が可能となる。また、励起光やその反射光・散乱光等の迷光は、一旦、顔料含有樹脂に入射すると吸収され、迷光の複雑な多重反射は殆ど発生しない。よって、蛍光収集光学系は、複雑な迷光の多重反射に対応する必要がなく簡便化され、結果的に光誘起蛍光測定装置53は小型化される。
【0099】
このような光誘起蛍光測定装置53において、光学フィルタ51をPDMS等のシリコーン樹脂からなる成形体に埋設させる場合、少なくとも構造物1が上記埋設させるシリコーン樹脂と接触する領域に色素拡散抑制部材77を設けることにより、光学フィルタ51と光学フィルタ51が埋設されるシリコーン樹脂からなる成形体との間の界面は、色素拡散抑制部材77とシリコーン樹脂との界面となる。
したがって、光学フィルタ51を構成する色素含有シリコーン樹脂79内部に含有されている色素は、当該内部は移動するものの色素拡散抑制部材77にはほとんど進入できないので、光学フィルタ51外部のPDMS等のシリコーン樹脂からなる成形体に対して染み出すことはない。すなわち、光学フィルタ内に分散している色素が徐々に外部へと移動することもなく、光学フィルタとしての所定の機能は維持される。
なお、拡散抑制部材77の代わりに、空気層を構成することによっても、色素含有シリコーン樹脂79内部の色素が光学フィルタ51外部のPDMS等のシリコーン樹脂からなる成形体に対して染み出すことを抑制することが可能である。
【0100】
構造物1において、所定の光を吸収する色素を含有させて光学フィルタ51とする場合、光学フィルタ51は、色ガラスフィルタと同等の光学性能を有する有機光機能材になる。上記したように、シリコーン樹脂の成形は比較的容易であり、形状の自由度も高いので、光学系の光路形状に対応した形状の有機光機能材を容易に得ることができる。
【実施例2】
【0101】
続いて、
図11を参照して、実施例1に係る構造物1とは異なる構造物2について説明する。
図11は、本実施の形態に係る構造物2の断面図である。本実施例においても、構造物2を光学フィルタ51として構成し、この光学フィルタ51を
図9に示した光誘起蛍光測定装置53(LIF測定装置)に使用した例を示す。
【0102】
構造物2は、構造物1とは異なる点として、色素拡散抑制部材223と色素含有シリコーン樹脂215との間に、試料からの蛍光、励起光、自家蛍光による迷光、ラマン光を吸収する第2色素(本願請求項における「第2色素」の一例)を有する第2色素含有シリコーン樹脂233(本願請求項における「光吸収部」の一例)を備えている。なお、ここでいう第2色素には、水に溶けない色素や移動しない顔料のような色素も含まれ、例えば、炭素粉末、カーボンナノチューブ、チタンブラック等が候補として挙げられる。
【0103】
本発明の光学フィルタにおける励起光の消光
図12を参照して、構造物2の利点について述べる。
図12は、光学フィルタ51内における励起光等の消光の様子を示した、光学フィルタ51の断面図及び側面図である。
図12(a)に光学フィルタ51として構造物1を用いた場合、
図12(b)に構造物2を用いた場合について示す。
図12中では、試料から放出される蛍光を白色の矢印で表し、それ以外の観測対象ではない光を黒色の矢印で表している。なお、いずれの場合も光学フィルタの周辺は、顔料含有樹脂を有する筐体63に囲まれている。
【0104】
まず、
図12(a)は、構造物1を光学フィルタ51として用いた場合の励起光等の消光の様子である。光学フィルタ51には、第3シリコーン樹脂73から、試料から放出される蛍光の他に、強度は小さいが、励起光、及び、試料ケース57からの自家蛍光の迷光、励起光による迷光が入射する。これらの光が光学フィルタ51を通過する際、色素含有シリコーン樹脂79により、自家蛍光の迷光、及び、励起光による迷光はほぼ吸収され、試料から放出される蛍光のみが吸収されない。そのため、光学フィルタ51を通過し、測定器59に入射する光は、ほぼ試料から放出される蛍光のみであると考えることができる。
【0105】
しかし、実際には、構造物1が有する、色素拡散抑制部材77と色素含有シリコーン樹脂79間の屈折率の異なる境界面に、蛍光や励起光の迷光が入射する場合がある。この蛍光や励起光の散乱光は、測定対象である蛍光に比べ、強度がとても小さい。したがって、測定に大きく影響することはないとはいえ、境界面にて蛍光や励起光の散乱光が生じる。
【0106】
次に、
図12(b)は、構造物2を光学フィルタとして用いた場合の励起光等の消光の様子を示す図である。構造物1と同様に、色素含有シリコーン樹脂にて、自家蛍光の迷光、及び、励起光による迷光はほぼ吸収され、試料から放出される蛍光のみが吸収されない。また、色素拡散抑制部材223と第2色素含有シリコーン樹脂233間に屈折率の異なる境界面を有する。
【0107】
しかしながら、構造物2は、構造物1とは異なる点として、色素拡散抑制部材223と色素含有シリコーン樹脂215間に、試料からの蛍光、励起光、自家蛍光による迷光、ラマン光を吸収する第2色素含有シリコーン樹脂233を備えている。そのため、その境界面に入射する蛍光の迷光や、励起光の迷光は、第2色素含有シリコーン樹脂233によって吸収され、蛍光や励起光の散乱光の発生を抑えることができる。しかも、第2色素含有シリコーン樹脂233は、色素含有シリコーン樹脂215と同一の素材(シリコーン樹脂)で構成されている。そのため、これらの層間において反射光や散乱光は生じない。したがって、光学フィルタとして構造物2を用いると、構造物1を用いた場合に比べ、さらに高精度の蛍光測定を実現することができる。
【0108】
さらに、
図12(b)に示すように、第2色素含有シリコーン樹脂233の層の厚さを、色素含有シリコーン樹脂215が含有する色素の大きさよりも薄くすることも有効である。これにより、仮に色素含有シリコーン樹脂215内の色素が第2色素含有シリコーン樹脂233に拡散したとしても、少なくともその色素の一部は色素含有シリコーン樹脂215内にとどまる。そのため、光学フィルタとしての機能の減退を抑制することが容易となる。
【0109】
構造物2の製造方法
図13(a)に示すように、まず型材201を作製する。型材201は、例えば、
アクリル樹脂又は金属からなり、形状は、設置される光路形状に対応した形状に成形される光学フィルタにおける色素を含有するPDMS等のシリコーン樹脂の形状に対応している。
この型材201は内部に空洞203が設けられ、更に空洞203と空間的に連続する開口205が設けられる。後で示すように、空洞203内に色素を含有するPDMS等のシリコーン樹脂が配置される。
【0110】
次に、
図13(b)に示すように、型材201の開口205から液状のシリコーン樹脂207を流し込み、さらに、使用するシリコーン樹脂の特性に応じた重合開始剤、硬化剤、架橋剤等の添加剤を適宜添加し、空洞を添加剤が添加された液状のシリコーン樹脂207で満たす。
【0111】
そして、
図14(c)に示すように、型材201の空洞203に投入した液状のシリコーン樹脂207を硬化させる。シリコーン樹脂の硬化は、使用するシリコーン樹脂に応じて、室温で一定時間放置したり、一定時間加熱したりすることによりなされる。使用するシリコーン樹脂が光硬化性樹脂の場合は、硬化用の光を照射することにより硬化が行われる。
図14(c)は、液状のシリコーン樹脂207を加熱して硬化させる例を示している。
【0112】
その後、
図14(d)に示すように、空洞203内部でシリコーン樹脂が硬化して、型材201とシリコーン樹脂209とが一体化した構造物211を色素溶液213に浸漬する。色素溶液213は、例えば染料をアルコール等の有機溶剤に溶かすことにより得られる。
【0113】
そして、
図15(e)に示すように、恒温槽19(加熱槽)等を用いて色素溶液213に浸漬した構造物211を一定時間加熱し、開口205から色素をシリコーン樹脂209の内部に拡散させる。
次いで、
図15(f)に示すように、恒温槽19等から色素溶液213と共に色素含有シリコーン樹脂215を備える構造物217を取出し、構造物217を色素溶液213から取出したあと、構造物217を室温で所定時間放置する。
ここまでは構造物1とほぼ同様の製造方法であるが、構造物2の製造では、ここから更に、
図15(g)に示すように、構造物217において、型材201から硬化した色素含有シリコーン樹脂215を取り外す。
【0114】
次に、
図16(h)に示すように、例えば、無機ガラスからなり、内部に空洞219が設けられ、更に空洞219と空間的に連続する開口221が設けられている色素拡散抑制部材223を用意する。そして、上記空洞219内に、型材201から取出した硬化済みの色素含有シリコーン樹脂215を配置する。尚、色素拡散防止部材223の空洞219内表面と硬化済み色素含有シリコーン部材215表面との間には、間隙225が設けられる。間隙225の幅は、後で示す第2色素含有シリコーン樹脂の幅となり、この幅は、(先に提出した資料にあるように)第2色素含有シリコーン樹脂において、励起光の迷光等を十分に吸収可能な幅(厚み)である。
【0115】
次いで、
図16(i)に示すように、第2色素を含有する液状シリコーン樹脂227を用意する。
第2色素229としては、励起光であるレーザビームの迷光などを吸収する特性を有する、例えば、黒色顔料が用いられる。
なお、上記迷光などを吸収する特性を有していれば、第2色素として染料を使用することも考えられる。しかしながら、染料は顔料とは異なりシリコーン樹脂中を移動する特性がある。よって、色素含有シリコーン樹脂に第2色素を含有するシリコーン樹脂から2の色素が染み出し、第2色素を含有するシリコーン樹脂における迷光などの吸収能力が低下するという不具合が発生する可能性がある。よって、第2色素としては、シリコーン樹脂中を移動しない顔料を用いることが好ましい。
【0116】
すなわち、
図16(i)に示すように、液状のシリコーン樹脂231に例えば黒色顔料からなる第2色素229を添加して混合することにより、第2色素を含有する液状シリコーン樹脂227が準備される。
なお、第2色素含有液状シリコーン樹脂227には、使用するシリコーン樹脂の特性に応じた重合開始剤、硬化剤、架橋剤等の添加剤が適宜添加されている。
【0117】
そして、
図16(j)に示すように、色素拡散防止部材223の空洞219内表面と硬化済みの色素含有シリコーン樹脂215表面との間に設けられている間隙225に、上記した第2色素(黒色顔料)含有の液状シリコーン樹脂227を導入し、間隙225を第2色素含有液状シリコーン樹脂227で満たす。
【0118】
そして、
図17(k)に示すように、上記間隙に投入した第2色素(黒色顔料)含有の液状シリコーン樹脂227を硬化させる。シリコーン樹脂の硬化は、使用するシリコーン樹脂に応じて、室温で一定時間放置したり、一定時間加熱したりすることによりなされる。使用するシリコーン樹脂が光硬化性樹脂の場合は、硬化用の光を照射することにより硬化が行われる。
図17(k)は、液状のシリコーン樹脂を加熱して硬化させる例を示している。
以上の工程を経て、構造物2が完成する。
【0119】
なお、
図17(k)に示す状態では、色素拡散抑制部材223の開口221においては、硬化済みの色素含有シリコーン樹脂215および第2色素含有シリコーン樹脂233が露出している。この露出部分も色素拡散抑制部材223により覆う必要がある場合は、
図17(l)に示すように、色素拡散抑制部材223と同一、または同等の材料からなる蓋部材235を開口221に接合する。接合は、例えば、溶着により行われる。
【0120】
なお、硬化済みの色素含有シリコーン樹脂215を得る場合、構造物1の製造方法(2)にあるように、型材201内部に、予め色素を分散させた液状のシリコーン樹脂を導入してこのシリコーン樹脂を固化するようにしてもよい。